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2018年08月

[サイスコ]情動本能

  • 2018/08/08 21:35
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オメガバース設定です。
αサイファー×Ωスコール。





この世には、男女の性の他に、三つの性が存在する。
それぞれα、β、Ωと名の付くそれは、この世界において大きな意味と役割を生き物に課していた。

最も優良種と言われるαは、先天的にあらゆる才能に置いて秀でており、あらゆる分野でその存在は大きく珍重されていた。
政治家、学者、プロスポーツマン等、様々な業界の第一線で活躍する者は、大抵α性である。
人間的にも人を引き付ける魅力があるのか、芸能人で人気のある者も、多くはα性と言われていた。
また、社会的にもヒエラルキーの高い位置にある為か、その恩恵に肖ろうと思う者は多く、より良い遺伝子を残そうと言う種の存続への本能からか、様々な目的を持ってα性に近付く者も少なくなかった。
また、α性は男性、女性共に、両性の生殖器を持ち得ており、女性であっても他者を妊娠させる事が可能である。

最も一般的で、最も数が多いのが、β性である。
謂わば“凡人”ともカテゴライズされるβ性は、先天的な才能に置いてはαには及ばないが、かと言って劣等な訳ではない。
身体的特徴は、此処の生まれ持った性質の差を除けば、大きな違いと言うものはなく、ごく普通の生命体であると言って良いだろう。
殆どの生き物はβ性である為、人々の生活に置いて、βが存在しない環境と言うのは、ほぼ全くあり得なかった。

そして最も数が少なく、貴重な種とされているのが、Ω性だ。
身体的特徴や才能云々と言ったものは、αには及ばずともβには劣らず、ごく普通のものである場合が多いが、特筆すべきはその特殊な性質である。
Ω性には男女に限らず、自身が孕む為の生殖器が備えられており、男性であっても女性のように妊娠する事が出来る。
その性質により、古い時代には“Ω性=繁殖の為の性”と定義され、社会に置いて底辺の扱いをされていた事もあった。
現在は様々な社会運動によりこうした差別は薄れている───とされているが、実際には根強く残っており、Ω性である事を公言すると言う事は、己が繁殖の為の器である事を公言する事と同じとされた。
其処まで根強い差別意識が蔓延る理由の一つとして、Ωのみに見られる“発情期”がある。
一定の年齢まで成長したΩ性は、三か月に一度、一週間の発情期が起こり、その間発情している以外の事は何も出来なくなってしまう。
その時にΩ性が発する強烈なフェロモンは、α性やβ性、その男女を問わずに強く惹きつけてしまい、これを原因とした様々な事件が起こった。
Ω性の発情期のフェロモンと言うものは強烈な誘淫剤となり、当てられた者が簡単に理性が飛んでしまう程にもなると言う。
これは薬を使ってある程度の抑制が可能とされており、Ω性は発情期に因るトラブルを避ける為、殆どがこの薬を服用しており、義務と言う程の強制はないものの、必要不可欠な事であるとされていた。
それを理由に、過去に起こった発情期を原因とした性的暴行事件等は、裁判沙汰にまで発展しながらも、被害者であるΩが発情期の抑制を怠った(被害者は薬を服用していたと記録されているにも関わらず)事が原因とされ、被疑者無罪となってしまった事もあるのだ。
この事件は後にΩ性の社会的地位向上を求める運動の際に取り上げられ、当時の時代背景としても問題視された事もあり、事件から何十年と経って、ようやく根本的な問題として扱われるようになった。
それ程までに、“Ω性である事”は、現在の社会に置いて、大きな意味を占めるのである。

昨今は発情期の症状を抑える抑制剤も一般的に流通するようになり、Ω性を隠して生きる事も不可能ではなくなったが、薬の効果が薄れれば症状が起こる為、以前としてΩ性が生きづらい事に変わりはなかった。



αだとかβだとか、Ωだとか、そう言った事はサイファーにとってどうでも良い事だった。
それを口にすれば、君はαだからそんな事が言えるんだよ、と言われるのだが、それも含めてバカバカしいと思う。

確かにサイファーはαで、体格にも恵まれ、頭も良い。
しかし、先天的な幾つかの点も含めて、それを“αだから”と全てそれにより恵まれたものだと言われるのは腹が立つ。
勉強も訓練も、何もかもが努力なしで恵みだけで得たような言われ方をすると、人知れず重ねた己の努力が無駄な事と馬鹿にされたような気がした。
サイファーだって何もかもが得意な訳ではないし、嫌いな事もある。
それを克服する為に重ねた密かな努力を、“αだから”の一言で片付けられたくなかった。

だからサイファーは、αやβやΩだからと言う色眼鏡を持たない。
いつの間にかつるむ事が多くなった風神と雷神はβだが、だからと言って彼等を凡百の一つであると馬鹿にはしない。
寧ろ、そう言う価値観に固執して、αが羨ましいだとか、自分はβだから仕方がないと言う輩の方が、サイファーには虫酸が走る。

ただ、それでも三つの性と言うものを無視できないのも確かなのだ。
バラムガーデンと言う、ごく限られた環境で生活していても、三つの性の問題は随所で起こる。
αの生徒が居丈高にお山の大将を気取って回りのβ達を支配したり、αの庇護を得ようと群がるβもいるし、希少とされるΩの生徒も全くいない訳ではなかった。
だからこそ、バラムガーデン学園長のシド・クレイマーは、学生達に性を理由に差別をしないよう、若い内からの意識改革を望んでおり、三つの性の共同生活が問題なく送れるようにと頭を捻らせているそうだ。
しかし現実を見ると、そんな生活は理想のまた理想と言うレベルでしかなかった。

訓練施設での授業を終え、今日一日の残りの授業をサボタージュするか考えながら廊下を歩いていたサイファーは、ふとした違和感を感じて足を止めた。
すん、と鼻を鳴らしてみると、甘い蜜のような匂いが鼻孔を刺激する。
覚えのある感覚に、自分の心臓の鼓動が逸るのが判ったが、サイファーは奥歯を噛んでそれを無視した。
ブーツが床を蹴る音が再開されると、それは急くような速さで繰り返される。
サイファーの進行方向でぼんやりと立ち尽くしている生徒がいたが、サイファーの足音に気付くと、慌てて道を開けた。
苛立ちを全面に露出させたサイファーに近付くのは危険であると、生徒の誰もが知っているお陰で、サイファーの進む道を遮る者はいない。

匂いを辿ってサイファーが向かったのは、薄暗い駐車場だった。
ガーデンの運営に必要なものが運び込まれる倉庫でもある其処は、業者の出入りも激しい為、何処かに人の気配が感じられる事もあるのだが、今日はシャッターすらも閉まっている。
と言う事は、此処には今誰もいない筈なのだが、強く漂う匂いと、奥から聞こえる物音がそれを否定していた。


「や…め……っ、離せ……っ!」
「良いだろ、一回だけ。一回だけで良いから…!」
「ふざけるなっ!」


拒否を示す声と、凡正気ではない、興奮を混じらせた声が聞こえる。
サイファーは二つの声が聞こえる方へ、真っ直ぐに進んだ。

複数人を乗せる事が出来る大きめの搬送トラックと、恐らくは教材が入っているのだろう山積みになっている段ボールの隙間。
其処は人が通るのに問題のない程度の広さが取られていたが、トラックと段ボールのお陰で、入り口からは奥が全く見えなくなっている。
其処から漂う強い匂いに、なんて所に逃げ込んだんだ、とその浅はかさに呆れるしかない。

言い合う声は次第に小さくなり、代わりに唸る声が霞んで聞こえた。
ゴトゴトと言う物音は続いているが、それもその内聞こえなくなってしまうのだろうか。
そうなる前に、サイファーはトラックの荷台の横扉を殴りつけた。
がぁん、と鉄で作られた横扉が大きな音を立てると、奥の暗がりにいた人影がビクッと固まる。


「誰……っ、サ、サイファー……!」
「そんな所で何やってやがる。此処は生徒の勝手な立ち入りは禁止だぜ」


自分も立ち入り禁止区域に堂々と踏み込んでいるが、そんな事は構わずに指摘すると、人影────男子生徒は「い、いや、その……」としどろもどろとし始めた。

バラムガーデンにおいて、サイファーの存在を知らない者はいない。
生まれ持っての正しくα性、と言わんばかりの存在感と、苛烈な性格も相俟って、サイファーに畏怖をもって敬遠する者は多かった。
挙句、最近は風紀委員を自称して、気に入らない生徒を見付けては脅しも同然の注意をするようになり、益々サイファーは多くの生徒に避けられている。
男子生徒もそう言った者達と変わらず、一番不味い奴に見付かった、と言う顔をしていた。

石像のように動かなくなった男子生徒を一瞥して、サイファーは彼が押し倒しているものを見る。
暗がりの中ではあまり見えない濃茶色の髪と、類を見ない蒼灰色の瞳を持った生徒。
息苦しそうに眉根が寄せられているのは、男子生徒に手で口を塞がれているからだ。
その上、男子生徒に馬乗りに伸し掛かられており、両手は頭上で一まとめに押さえ付けられていた。


「リンチか?それとも───まあ、どっちでも同じなんだがな。風紀委員としちゃあ見過ごせねえ」
「あ……い、いや!別に何も…っ、何もしてないよ!」
「へえ?」
「……っほ、本当に何も、まだ────うわっ!」


生徒がうっかり口を滑らせた瞬間、その体は後ろに飛ばされた。
伸し掛かられていた生徒が、男子生徒の腹を目一杯蹴り飛ばしたのである。

男子生徒はごろごろと転がって、サイファーの足元に顔面から床をぶつけて止まった。
いてて、と起き上がった男子生徒は、サイファーの脚を見付けて、ゆっくりと顔を上げる。
絶対零度の金髪碧眼に見下ろされている事に気付くと、ぞわっと背中に悪寒が走って、生き物として“逆らってはいけない”と本能が悟る。
ひえええ、と情けない声を上げながら、生徒は床を這うようにしてその場を逃げ出した。

トラックの向こうで転ぶような音を聞きながら、サイファーはチッと舌を打つ。
収まらない苛立ちに、一発殴ってやっても良かったな、と思いつつ、暗がりの向こうから動かない生徒へと視線を戻した。


「……おい。いつまでそんな所にいやがる」
「……る、…さい……っ…!」


苦々しい声で返って来る反応に、返事をする気力はあるようだな、と確認する。

一歩近付く事に、強烈な甘い匂いがサイファーを襲う。
意識が飛びそうな程に、甘く馨しい匂いに、サイファーは両の拳が白む程に強く握りしめていた。
匂いの下となっている人物は、は、は、と小刻みに呼吸を繰り返し、悶えるように蹲っている。

暗がりの中にいた生徒────スコール・レオンハートは、直ぐ傍まで来たサイファーを見て、微かに安堵したように苦悶の表情を緩めた。


「サイ、ファー……っ」
「……発情期か」
「………っ…!」


サイファーの問に、スコールは唇を噛んだ。
認めたくない、けれど認めざるを得ないと、彼自身も判っているのだろう。
動く事も儘ならない様子に、サイファーは溜息を吐いて、細い肩を掴んで引っ張り起こした。


「う……っ!」
「薬はどうした。飲んでねえのか」
「飲んだ、けど……、最近…効きが、わるい……っ」
「それ、ちゃんとカドワキに言え。効かねえモン飲んだって意味ねえだろうが」


自分の肩を貸して、サイファーはスコールを立ち上がらせた。
が、スコールの足元には碌な力は入っておらず、完全にサイファーに寄りかかっている状態だ。
これなら丸ごと抱えた方が移動が楽なのは判っているが、保健室に行くまでにその他大勢の目がある事を思うと、迂闊な事は出来なかった。

殆どスコールの脚を引き摺りながら、サイファーは駐車場を後にする。
保健室へと向かう道すがら、すれ違う生徒がスコールを抱えるサイファーを見ていたが、特に不審がられる様子はない。
訓練と称してスコールを連れ出したサイファーが、散々付き合わせて疲れ切った、負傷して気を失ったスコールを抱えて帰って来るのは、儘見られる光景だったからだ。
スコールが漂わせている匂いは、その発信元がどこなのか判らない程に広がっている所為で、あまり特定されてはいないらしい。
しかし、察しの良い者や、気付かれる可能性は皆無ではないから、サイファーは速足で廊下を進んだ。

保健室に着くと、サイファーとスコールを見ただけで、カドワキは何も言わずとも事情を察してくれた。


「一番奥のベッドに寝かせて。ドアはちゃんと閉めるんだよ」
「判ってるよ」
「薬を飲ませないといけないね」
「それなんだが、最近効きが悪いんだってよ。もっと強いのあるか」
「これ以上強い薬は、本来のホルモンバランスまで壊しかねない。……でも、そうも言っていられないか。急場だし、今回だけ使うとしよう」


スコールに与える薬の準備を始めるカドワキ。
サイファーはそれを横目に見ながら、スコールを保健室の奥へと運んだ。

バラムガーデンは、三つの性を持つ生徒達が皆平等に暮らせるよう、環境を整えようとしている。
しかし、持っている性質の全てを同じにする事は出来ないから、一定の区別はやはり不可欠であった。
複数の人数で共同生活となる寮は、同じ性で部屋割りが分けられているし、Ωが発情期を迎えている間は授業を休む事も許されている。
保健室には発情期の発生、或いはそのフェロモンに当てられた生徒が落ち着くまで、一時的に隔離が出来るよう、特別な一室が設けられていた。

隔離室にスコールを運び込むのは、これで何度目になるだろう。
そんなことを考えながら、サイファーはスコールをベッドに降ろした。


「…は…う……っ」
「……ちっ……」


ベッドへ移す振動だけで、熱の籠った吐息を漏らすスコールに、サイファーは舌を打った。
そうしなければ、ずくずくとした欲望が頭を上げるのを誤魔化せなかったのだ。

────スコールはΩ性だが、最初からそうだった訳ではない。
バラムガーデンは、多数の若者が共同生活するに当たって、軽視はできないΩ性の問題を可能な限り回避する為にも、入学時に性の診断が義務付けられている。
スコールとサイファーも、いつであったか診断を受けており、その時にサイファーはα性である事が判った。
恐らくはその時にスコールもα性と診断されており、だからこそ授業も寮部屋も他のα性の生徒と同じように組まれていた筈だ。
しかし、二年前にスコールの体に変調が起こり、自身の体の違和感を感じたスコールがカドワキに相談し、もう一度診断した際に、αからΩへと変異した事が判った。

生まれ持った性から、別の性に変異すると言う出来事は、過去にも確認されている。
本来ならそれが発覚した時点で、スコールの生活環境はΩ性に準じたものへと変えるべきだったのだが、スコールが強く拒否した。
幼い頃はαらしくない性格と言われ、男らしいとも言えなかった容姿も相俟って、スコールはその手の揶揄を散々受けて来た。
それをようやく克服しつつ、授業も訓練も好成績を納めて、やっと自分に自信が持てそうだったのに、α性からΩ性へ転移したと言うのは、スコールにとって地獄の底に落とされたようなものだろう。

だからスコールは、相談をしたカドワキに、Ωになった事は誰にも知らせないで欲しいと頼んだ。
カドワキは始めこそ鈍い反応だったそうだが、思春期の難しい年頃にあって、性の変異はデリケートな話だ。
本人にとって辛い話である事は勿論、それを聞いた他の生徒達が、興味本位に何をしてくるかも判らない。
保険教諭のカドワキでさえ、そう考えずにはいられない程、Ω性の環境は苦しいのである。

そして、スコールの変異は、サイファーにも影響を齎している。
三つの性など、人間を形作る上で大した意味もないものだと思っていたが、スコールがΩ性になったと気付いてからは、そうも言っていられなくなった。
ライバル視していた男が、自分と同じαではなくなったと言うのもショックだが、それ以上に、発情期になったスコールから目を離せない。
そうした異変に気付いたからこそ、サイファーはスコールがΩに変異したのだと気付く事が出来た───が、元よりαはΩの発情期に強い反応を示すものだと言われているものの、気を抜けば正気を失いそうな程に惹きつけられるとは思っていなかった。


(Ωの生徒なら、他にもいるってのに。こいつだけが、俺をこんなに狂わせる)


ベッドの上で蹲り、熱の籠った呼気を繰り返しているスコール。
その全身から溢れ出すフェロモンは、決して広くない部屋の中を一杯に満たしていた。
下部に溜まった熱が暴発しそうで、サイファーは奥歯を強く噛んで自制を保つ。

薬を持ってきたカドワキが部屋に入り、スコールの体をそっと起こした。
カドワキの手が背中に触れただけで、ビクッと細い肩が震える。


「っは……せ、んせ、い……」
「薬だ。自分で飲めるかい?」
「……ん……」
「いつものより、少し強い薬だからね。副作用もあるだろう。でも、大人しく眠っていれば、そう影響はない筈だ」
「……う…ん……」


カドワキに背を支えられながら、スコールは受け取った錠剤を口に入れる。
渡された水を一口飲んで、薬を飲み込む。
赤らんだ体の熱を冷まそうと、残りの水も飲み干そうとしたが、零れた水が彼の喉を伝い落ちて行くのが見えた。


「う……っ!」
「落ち着いて。そんなに一気に飲むんじゃない、咽ちまうよ」
「……は、い……」


宥められて、スコールはようやくゆっくりと水を飲む。
グラス一杯の水を完全に空にして、またカドワキに支えられながら、スコールはベッドへと横になった。


「後はゆっくり眠るのが一番だ」
「寝れるのかよ、こいつ」
「薬の副作用に、入眠作用もあるから、大丈夫だよ。ほら、アンタはさっさと部屋を出な。じゃないとスコールも眠れないだろう」


Ωの発情期は、性を問わずに強力な誘引剤となるが、特にαへの影響は強い。
だから、これ以上一緒にいるのは双方にとって危ないだろうと、カドワキはサイファーの退室を促した。

部屋を出て行くカドワキの後を追う形で、サイファーもベッドを離れようとする。
が、くん、とコートの端が引っ張られるのを感じて足を止めた。

振り返ると、薄らと濡れた蒼の瞳が此方を見ている。
微かに開いた唇が、サイファー、と名前を呼んだのを聞いた。
はあ……っ、と零れる吐息が、無自覚にサイファーの情欲を煽ろうとする。

ぐ、と奥歯を噛んで、サイファーはコートの裾を引いた。


「………」
「……あ……」


コートからスコールの手が離れて、濡れた蒼からじわりと雫が浮かぶ。

サイファーは大股でスコールの下に戻ると、ぼんやりと見つめるスコールの頭をぐしゃぐしゃと掻き撫ぜた。
突然の事にスコールが目を瞑っている間に、一頻り撫でて手を離す。
それだけでまた泣き出しそうに此方を見上げてくるスコールに、サイファーは触れそうな程に顔を近付けて言った。


「其処にいる」
「……そこ、に……?」
「ああ」
「……ずっと…?」
「ああ。だからお前は気にせず寝てろ」


ぼんやりと見上げるスコールが、言葉の意味を何処まで理解しているのかは考えず、サイファーは彼の傍を離れた。
いつも通りの歩調で部屋を出て、甘い匂いのない空気を吸って、大きく吐き出す。

扉の前にずるずると座り込んで、サイファーは肺の中にある酸素を全て入れ替えるべく、何度も深呼吸を繰り返す。
其処までやっても、己の下腹部は痛いままで、これが収まるまでは動けまい。
カドワキはデスクに戻ったようで、隔離室への通路はサイファー以外には誰もいなかった。
それを幸いに、サイファーは自分の熱が収まるまで此処でサボらせて貰う事にする。


サイファーの脳裏に、名を呼ぶスコールの貌が浮かぶ。
蒼灰色の瞳が、抗えない本能が、何を求めているのか、サイファーは理解していた。

─────それでも。


(絶対、やらねえ)
(俺もお前も、ブッ飛んでる状態でなんて、絶対にやらねえ)


欲しくない訳ではない。
求められて、疼かない訳ではない。
欲しいと、手に入れたいと、ずっと思っている。

思うからこそ、サイファーは本能に抗うのだ。





『サイスコでオメガバース』のリクエストを頂きました。
ちょいちょい摘まんでいたので、最低限の設定は知っていましたが、相変わらず設定は都合の良い所だけ使っております。

このサイスコは運命の番だろうし、だからこそ影響も強いのですが、両方ともその自覚はない。
サイファーは抱くなら理性があって合意の上でやりたい。無理やりとか絶対に嫌。スコールが意識朦朧としている時も嫌。
スコールの方は本能的にサイファーを求めているけど、今の所はツンツンしてる。
ⅧED後まで拗れそうなオメガバースサイスコ、考えてて楽しかったです。

[サイスコ]迷子の矢印

  • 2018/08/08 21:30
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任務を終えて、四日振りにスコールの部屋に行くと、其処には見知らぬ男子生徒がいた。
開けたままのドアを境界線にして、馴れ馴れしい口調でスコールと話をしている。
男子生徒が徐に延ばした手が、スコールの肩をぽんぽんと叩いた。
スコールはそれに表情を変える事なく、いつもと変わらない無表情で、就寝前の挨拶を口にした。

男子生徒はひらひらとスコールに手を振って、ドアを離れて行く。
此方へ向かって歩いて来た男がサイファーを見付け、よう、と片手を上げて挨拶したが、サイファーは返さなかった。
相手が何処の誰なのか、先輩なのか同期なのか後輩なのか、記憶が全く震えないので判らない。
先の魔女戦争で戦犯とされ、更生の為にバラムガーデンに戻ってきたサイファーに堂々と挨拶を投げようとする所を見ると、先輩か同期と言った所だろうか。

しかし、サイファーにはどうでも良い事だった。
隣を横切り、遠退いていく男の足音を聞いているのも癪に触って、それから離れるように歩を再開させる。
苛立ちを体現するような、男の足音を消さんばかりに露骨な足音を立てながら、サイファーはスコールの部屋の前に来た。

鍵のかかったドアのパネルを操作して、ロックを外す。
開けたドアの向こうには、部屋の主が淹れたばかりなのだろう、湯気の立つコーヒーカップを持って立っていた。


「……ああ、あんたか」


来訪者の貌を確認して、零れた言葉が、「お帰り」の代わりだ。
それに対して「おう」と返すのが常のサイファーだったが、今の彼にその余裕はない。

サイファーは無言で部屋へと入ると、スコールの手からコーヒーカップを取り上げた。
突然のサイファーの横暴に、おい、と抗議の声が上がるが、サイファーは無視する。
カップを床に放らずにテーブルに置いたのは、なけなしの理性だった。
手が空になると今度はスコールの腕を掴み、加減のない力で掴まれたスコールが顔を顰めるのも構わず、力任せに細身の体をベッドへと放る。


「痛っ……!何す、」
「うるせぇ!」


抗議しようとするスコールの声を、サイファーは怒りの声で遮った。
馬乗りになる男に、見開かれた蒼が見上げて来たが、それだけでサイファーの感情は収まらない。


「何他の男連れ込んでやがんだ、テメェ」
「……はあ?」


サイファーの言葉に、スコールの眉間に眉根が寄せられる。

サイファーの手がスコールの肩を掴み、ベッドシーツに縫い付ける。
薄手のシャツを着ているスコールの肩に、サイファーの指と爪が食い込んでいた。
スコールはそれをちらりと見遣って、怒り心頭で見下ろしてくる幼馴染を睨み、


「離せ。痛い」
「うるせえ」
「それしか言えないのか。何が気に入らないのか説明もしないで」
「何が、だと?」


サイファーの感情が伝染したように、スコールの声には苛立ちが混じっている。
そんなスコールの様子が、またサイファーには怒りの種になっていた。

────何が気に入らないのか、なんて、言うまでもないとサイファーは思っている。
しかし、言わなければ判らない、と言うスコールの台詞も最もだ。
彼にしてみれば、四日ぶりに任務から帰ってきた男が、部屋に入って来るなり怒り心頭になっていると言う状況なのだから、訳が判らないだろう。
もっと人の感情や動向に聡い人間なら察するものがあったかも知れないが、何せ相手はスコールだ。
他者と積極的に関わる事を避けて来た人間に、幼馴染が相手とは言え、何も言わない相手の心情を察しろと言うのは、甚だ無茶な話だった。

肩を掴む手に力が籠る。
ぎり、と痛む骨に、スコールが睨むのを見下ろしながら、サイファーは荒げたくなる声を努めて静かに吐き出した。


「面倒臭ぇ仕事が終わって、やっと帰って来れたと思ったら、他の男と慣れ慣れしくしてるのを見せつけられたんだぞ。腹も立つってもんだろうが」
「……意味が判らない。誰が誰と馴れ馴れしくしてたって?」
「お前が、何処の誰かも知らねえ奴と、だ。ついさっき其処にいただろうが」
「………ああ。あの人か」


たっぷりと考える時間を置いてから、スコールはようやくサイファーの指している人物に思い当たったらしい。
思い出すだけで時間がかかる程、スコールにとっては印象が薄いと言う事か。
それなら多少はサイファーの気も紛れるが、しかし、直ぐに件の男子生徒がスコールの肩に手を置いていた事を思い出す。
全く見知らぬ相手か、名前すらも知らない相手にそんな事をされて、スコールが平然としているとは思えない。
少なくとも、名前くらいは知っている間柄で、尚且つ指揮官となったスコールに気安く触れる事が許されている人物なんて、このバラムガーデン全体で探しても一握りだろう。

思い当たる人物に行きついてから、スコールは溜息を吐いた。
面倒臭いな、と言う色をした瞳がサイファーを見上げる。


「あの人はただの先輩だ。馴れ馴れしいのは……最初からだ。ああ言う人なんだろう」
「そんな奴がなんてお前の部屋に来てんだよ。お前、あいつと何してやがった?」
「何って、ただの報告書の提出だ。指揮官室はもう閉めていたから、こっちに持ってきたんだと」
「本当にそれだけか?」
「……しつこいな。なんなんだよ、あんた。俺が誰とどう言う話をしていようと、あんたには関係ないだろ」


スコールにとって、それはごく普通の、特に深い意味のない言葉だったのだろう。
長い間、親しい人間と言うものを作らず、自ら孤独の道を歩こうとしてきた。
魔女戦争を経て、幼い頃の記憶や友人たちを思い出して、少しは軟化したと言っても、長年培った価値観は変わらない。
他者からの過度の干渉を嫌うのも、同じことだった。

しかし、今のサイファーにその言葉は聞き捨てならない。

肩を掴んでいた手を離して、両手でスコールの胸倉を掴んだ。
ベッドに体を押さえ付けたまま、喉元に噛みついてやる。
急所を取られたと言う防衛本能か、恐怖に竦むようにスコールの体が引き攣ったのが判る。
構わずに歯を立て、ぎ、と痕を残してやれば、我に返ったスコールが怒りを滲ませた目でサイファーを睨んだ。


「あんた、何────」
「関係ねえ訳ねえだろうが!」
「!」


何かを言おうとしたスコールの言葉を遮って、サイファーは声を荒げた。
間近で聞いたサイファーの荒々しい声に、スコールが目を瞠る。

サイファーはスコールの胸倉を掴んだまま、ゼロにも等しい距離で言った。


「自分の恋人が!他の野郎とベタベタして!ムカつかねえ訳あるか!」


絶対に鈍いスコールにも判るように、大事な所を区切りながら、サイファーは叫ぶ。
隣室にも多少聞こえているかも知れないが、構わなかった。
そんな事よりも、理不尽で格好の悪い嫉妬であろうと、この感情はこいつにぶつけてやらなければならない、と思ったのだ。

ふーっ、ふーっ、と興奮した動物宜しく荒い鼻息の音が響く。
スコールはそんなサイファーを見詰め、……ぱち、ぱちぱち、と見開いた目で瞬きをした後、


「……は?……恋人?」
「あ?」
「……誰の話だ?」
「……あぁ!?」


鈍い反応に、つられたようにサイファーも反応が鈍った。
が、続いたスコールの問う言葉に、再びサイファーは沸点へと吹き上がった。


「ふざけんな!俺とお前の話だろうが!」
「……え?」
「セックスもしただろ!」
「…したけど……」
「したなら尚更、恋人で正しいだろ!」
「……え、あ…ちょ、苦し……っ」


胸倉を掴むサイファーの手に益々力が籠る。
スコールはサイファーの手を叩いて、離せ、と訴えたが、サイファーの手には力が籠るばかりだ。

────サイファーとスコールは恋人同士だ。
サイファーはそう思っている。
出奔したバラムガーデンに帰ってきてから、紆余曲折の末に、サイファーは古くから自覚していたその感情に従い、スコールに告白をした。
凡そ色気やロマンティックとは程遠い遣り取りをしたが、自分達にはそれ位が似合いだったのだろうと思っている。
それ位に直球にしなければ、スコールにこの気持ちを理解させるのは無理だと思ったからだ。
その後、スコールからの態度が特に変わった事がある訳ではなかったが、サイファーがキスをするのは嫌がらなかったし、体の関係も持った。
睦言を語り合うような甘い雰囲気は少ないが、スコールもサイファーに身を委ねるのは厭わなかったように見えた。

それなのに、スコールのこの反応はどう言う事だ。
告白をして、キスをして、セックスもしているのに、スコールはサイファーと恋愛関係にあるとは思っていなかったのか。


「おい……先週もセックスしたよな、俺達」
「…あ…ああ。した」
「その前にもしただろ。キスもした」
「……した」
「お前、その時どういうつもりだったんだ。お前は俺となんでセックスした?なんで拒否しなかった?……恋人だからじゃねえのか?」


先週も、その前も、いつだって、求めるのはサイファーだった。
スコールはそれに応じていたのが常で、自分からサイファーに特別な意識をもって触れる事はなかった。
が、スコールが他者を求める事そのものが苦手であると知っているから、サイファーもそれで構わなかったのだ。
求める事は勿論、求められるのが苦手なスコールだから、触れる手を拒否されない事が彼の答えだとサイファーは思っていたから。

でも本当はそうじゃないのか、と怒りの滲む瞳の中に、微かに傷付いた色が宿る。
それを見付けて、スコールは俯いた。
蒼灰色が彷徨うように揺れるのは、自分の頭の中を整理している時の癖だ。
サイファーは胸倉を掴んでいた手の力をようやく緩めて、スコールの言葉を待った。


「……セックス、は……あんたが、したがるから」
「お前は俺以外でも、誰かがヤらせろって言ったら、許すのか」
「それはない」
「そりゃ幸いだ。で、なんで俺がお前とヤりたがってるのかは判ってんのか?」
「……他に相手がいないからだろ?あんた、色々フダツキになったし。女に逃げられそうな顔してるし」
「好き放題言ってくれやがって……!」


さらりと酷い事を言われて、それも腹が立ったサイファーだが、今はそれ所じゃないと頭を振る。


「好きだからだろ。好きだからお前を抱いてんだよ」
「………は……?」
「なんだよ、その反応は」


思いもよらなかったと言う顔で見詰めるスコールに、サイファーは溜息を堪えた。


「……好きって、誰が」
「俺が」
「……誰を」
「お前を」
「………あんた、頭大丈夫か?」


真面目な顔で言うスコールに、サイファーは頭痛を覚える。
スコールは全くサイファーの言う事を信じていないし、そんな事がこの世に有り得るとも思っていないらしい。
思えない事はある意味仕方がないのかも知れないが、だが、それならばいつぞやに交わしたサイファーからの告白はどう思っているのか。


「スコール。俺は前に言ったよな。お前の全部を俺に寄越せって」
「あ───う、ん。言ってたな、そんな事」
「お前、その時なんて言ったか自分で覚えてるか」
「………」


考え込むスコールに、これは覚えていないな、とサイファーは察した。
サイファーの一世一代の告白そのものは覚えているが、その時の自分の反応は綺麗さっぱり忘れているらしい。
両方忘れていたらド突いてる所だ、と思いつつ、サイファーは絶対に忘れないあの言葉を繰り返してやった。


「“好きにしろ”って、お前はそう言ったんだよ」
「……言ったか?俺」
「言ったんだ」


ことん、と首を傾げるスコールに、サイファーは今度こそ溜息を吐く。

全部寄越せ、と言ったサイファーに、好きにしろ、と返したスコール。
あの時サイファーは、自分の言葉をスコールが受け止めたのだと解釈していた。
良いんだな、と念を押せば、また好きにしろ、とスコールは言ったから、“スコール”と言う存在を全て自分のものにしようと思った。
“スコール”と言う人間を自分の色に染めて、彼にとっても自分と言う存在がなくてはならない物にしてやろう、と。
何かと頻繁にスコールの下に通って彼を抱き締めるのも、そう言う気持ちがあったからだ。

しかし、当のスコールはと言うと、其処まで言っても反応が鈍かった。
自分の身に起きている事なのに、まるで理解の外にある話をしているかのように、ぽかんとした表情を浮かべている。


「……あんたが、俺を────」
「そうだ。……つーかお前、今までどういうつもりで俺に抱かれてたんだ。普通嫌だろ、男が男にヤられるってのは」
「それは、まあ……でも、あんたは相手がいなさそうだし。それであんたが何処かでヤバい事件を起こす位なら、俺が我慢すれば良いかって」
「誰がするか、そんな事。お前ほんっとに俺を信用してねえな」
「だってサイファーだし」
「認識を改めろ。そんな下らねえ理由で、男に手を出したりしねえよ」
「……」


サイファーの言葉に、それもそうか……とスコールが納得したように表情を変える。

言動は粗野でも、サイファーは根っからのロマンティストだ。
幼い頃から続く夢を一途に追っているが故に暴走した事もあるが、それ程、彼の根は純な所がある。
俗な感情を生々しいと嫌う訳ではないが、それはそれとして、好きな事にはロマンを見出して没頭する事が多い。
恋人とのあれやこれやともなれば、サイファーのロマンティスト心に火を付ける事だろう。

其処までようやく理解して、はた、とスコールは思い至る。


「…じゃあ、あんた、本気で俺の事が好きなのか?」


真っ直ぐ目を見て訊ねるスコールに、今更それかよ、とサイファーは呆れたが、同時に諦める。
いつの間にか自覚していたサイファーと違い、恋愛感情なんてものを今まで抱いた事もないであろうスコールだ。
生来の自己評価の低さも手伝って、誰かが自分に特別な感情を持つ事はない、とも思っていたに違いない。
そんなスコールが、「好き」だとか「お前が欲しい」なんて事を言われても、判る筈がないのだ。
これ以上直球な言葉もない筈だが、何せスコールにそれを受け止める器が出来ていないのだから仕方がない。

しかし、今となっては違うだろう。
スコールがどう受け取っていたにしろ、サイファーが何かと触れて来た事を今のスコールは知っている。
抱き締めて、キスをして、その体を抱いて熱に染めて────どうしてそうしていたのかを、今は理解している筈だ。

サイファーはスコールの肩を掴んで、ベッドへと押し戻した。
再び仰向けになったスコールは、見下ろす男の顔を見て、碧眼から滲む凶暴な気配を悟る。
どくん、と心臓の音が跳ねて、なんだこれは───と考える暇もなく、呼吸が塞がれた。
突然の事に蒼灰色が見開かれ、抗議するようにじたばたと暴れるが、サイファーはたっぷりとその唇の味を堪能してからようやく離す。


「っは……あんた、いきなり……っ」


予告もなく口付けたサイファーに、酸素の準備も儘ならなかった事を怒るスコールだったが、その言葉は見下ろす瞳に射貫かれて途切れる。

ぎしり、とベッドの軋む音が鳴って、サイファーはスコールの上に馬乗りになった。
体全部でスコールを閉じ込めるように囲い込んで、薄く笑みを浮かべて口を開く。


「もう一回言うぜ、スコール。お前の全部、俺に寄越せ」


仕切り直し、とばかりに告げた後、サイファーはスコールの返事を待たない。
好きにして良いんだよな、と囁くサイファーに、抗議の声は終ぞなかった。





『片方は付き合っていると思っているが、もう片方は付き合ってないと思っているサイスコ』のリクエストを頂きました。

やる事やってるけど、恋愛感情で付き合ってるとは思っていないスコール……鈍過ぎる。
でもサイファーがキスしたりして来た時に強く拒否していないので、脈はあったんだと思う。自覚する切っ掛けがなかったんです。

[クラスコ]創痕

  • 2018/08/08 21:25
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若輩と言えば若輩だが、それでも大人の振りが出来る程度には年齢を重ねたつもりだった。
けれど、目の前に見た赤色に、駄々を捏ねるように腹立たしさを覚えずにはいられない。

戦闘の最中、スコールにその背を庇われた。
預け合うような形で庇われたのではない、明らかに隙をついて来た攻撃からクラウドを守る為に、スコールはその間に割り込んだのだ。

それが最短の方法である事は、判っているつもりだ。
避けるべきは避けるとしても、その為に反って更に不利な状況を作る可能性があるのならば、優先順位は入れ替わらざるを得ない。
また、1か0かの判断を迷っている暇もなく、本能が弾き出した最も効率的な方法として、間違いない事も少なくはないのだ。
更に言えば、立場が逆であるならば、恐らく自分も同じ手段を取ったであろう事も、想像に難くない。

そう考えて行くと、誰が悪い訳でもなく、無論、彼に責任がある訳でもない。
言うのであれば、それを招いてしまう隙を作った自分が最も責を負うべきであると、クラウドも判っている。
判っていても、どんな顔をして良いか判らなかった。


(……やっぱり俺もまだ子供なのか)


以前の闘争で恋中になる以前から、折に見てはスコールを子供扱いしているクラウドだが、こんな時、自分自身が思う程に自分が大人ではない事を思い知る。

スコールが負った傷は、魔女の放った矢に因るもので、太腿に大きな穴が開いた。
致命傷になる程はなかったが、陣営に戻って治療が終わるまで、足を引き摺らなければならない程のものだ。
共に戦闘に出ていたのはバッツで、彼の魔法で応急処置は済ませたが、深い部分に達した損傷を完全に修復する事は出来なかった。
きちんとした治療が出来たのは秩序の陣営の本拠地である塔に戻ってからで、ティナによってスコールの傷は綺麗に消えたが、念の為、明日一日は様子を見る事となった。
待機を好まないスコールだが、足の違和感は確かに残っているようで、珍しく待機指示を大人しく受け入れた。
それからは自分の部屋へと戻り、養生に専念するようだ。

クラウドはそれらの経緯を隣で見ていたのだが、戦闘が終わってから後、スコールとは一言も口を聞いていない。
歩けないスコールを背負って塔まで戻りはしたものの、それだけだ。


(……大丈夫か、とか。痛みはないか、とか。聞けば良かったか……)


高い塔の上から、遠くに延びる名もない山脈を見詰めながら、クラウドは苦い感情を噛み締めていた。

戦場から塔まで戻る間は、バッツがずっとスコールに話しかけていた。
痛くないか、熱を持っていないか、他に気になる所はないか。
スコールは痛みはある、熱はない、他は別に、と答えていて、後はバッツがいつものように雑談を振っていた。
スコールもクラウドも自分から進んで話題を振る方ではないし、放っておけば口は噤まれているので、こうした光景は珍しくない。
いつも通りと言えば、いつも通りの事だった。

だが、歩けないスコールをクラウドが背負っていたと言うのは、いつもとは違う光景だ。
そうなってしまうような事態に陥らせてしまったのだと言う事が、クラウドの心に影を落とす。


(……だからと言って、あの態度は、ない)


俯くクラウドの脳裏に浮かぶのは、ティナがスコールの治療を終えた後の事。
ウォーリアとセシルから、念の為に休むように言われたスコールは、休む為に自分の部屋に行くと言った。
一人で歩くには支えが必要な彼の為に、いの一番に手を上げたのはバッツである。
面倒見の良いバッツの事だ、部屋に戻ってからもスコールの気が紛れるように、話し相手をするつもりだったのだろう。

その時、少しだけ、スコールの視線がクラウドへと向けられた。
何を言おうとしていたのか、何を求めようとしていたのか、クラウドには判らない。
目が合った数瞬の後、クラウドが先に目を逸らしてしまったからだ。
逸らしてから、自分が何をしたのかを理解して、クラウドは余計に居た堪れなくなった。


(……あれじゃ避けてるみたいだ。いや、避けてしまったんだ)


みたい、等と言う逃げ道はない。
あの時クラウドは、スコールから向けられる視線を、明らかに拒否してしまったのだ。
そうしてしまったのは他でもない、自分の所為で彼を負傷させたと言う罪悪感だった。

以前のような血で血を洗う闘争とは違うとは言え、勝負は勝負であり、其処に手加減は存在しない。
だから隙を見せれば死角からやられるし、仲間の負傷は自陣の不利にも繋がるから、致命傷をかわす為に身を盾にして食らう事もある。
今回はクラウドの隙をアルティミシアが突き、いち早くそれに気付いたスコールがその思惑を阻んだ。
その代償に、スコールは傷を負った。

珍しい話ではない。
過去の闘争は勿論、この世界で召喚されてからも、初めて起きた事でもなんでもない。
しかし、“スコールがクラウドを庇った”事で傷を負ったのは、クラウドが覚えている限り、初めての事だった。


(……こんなにショックなものなのか。あいつの顔が見れない位に)


自分を庇ったスコールに対し、苛立ちを感じている訳ではない。
傷を負った彼の顔を見る事で、彼を傷付けたのが自分であると思い知る度、自分自身に腹が立つ。
ぐらぐらと腸を煮やすその感情は、何処にぶつけられる訳でもなく、クラウドの内側に溜まって行くばかりだった。

そうして、彼から目を逸らしてしまったのだ。
彼が何かを求めているから此方を見たのだと判っているのに、それを受け止める勇気がなくて、逃げた。


(……最悪だ)


はあ、と深い溜息が漏れる。
透明なガラス板に手を突いて、項垂れるように俯いた。

────其処に、ひょっこりとスカイブルーが覗き込んできた。


「よっ」
「……ジタン」


ゆらゆらと金色の尻尾を揺らす仲間の名を呼ぶと、ジタンはひらりと手を上げた。
クラウドが顔を上げるのに合わせて、ジタンも曲げていた膝を伸ばして立ち上がる。


「大分参ってるみたいだな」
「そう見えるか」
「他にどう見えると思ってんだ?帰ってきた時からそんな調子だっただろ」


隠してたつもりだったのか、と言うジタンに、クラウドはさて───と首を捻る。
自分の胸中を隠す程の余裕がなかったのも確かで、そう思えば何もかもダダ漏れだったと言う事だ。
今回の事で、自分が相当なダメージを受けている事を、クラウドは認識せざるを得なかった。

ふう、と何度目かの溜息を吐くクラウドを、感情豊かな空色が見上げる。


「スコールがやった事、怒ってんのか?」


バッツからかスコールからかは判らないが、恐らく彼等から聞いて来たのだろうジタン直球な質問に、クラウドは緩く首を横に振った。


「庇ってくれた事は、助けて貰って良かったと思っている。そうでなければ、今回の闘いでこっちが負けていたかも知れないしな」
「じゃあなんでさっき無視したんだよ」
「……無視、か」


仲間達からしてもそう見えたと言う事は、間違いなく、スコールもそう受け取っているだろう。
益々罪悪感が沸いて、クラウドは自分が以下に浅慮だったかを実感する。


「無視と言うか───顔を合わせられなかった。スコールのあの怪我は、俺のミスを庇ってのものだったからな。俺のミスでスコールを傷付けたと思うと、腹が立って」
「成程な。自分で自分が許せなかった、と」
「ああ。……だから、スコールには悪い事をしたと思っている」


戦闘を終えてから、塔に帰って来るまで、クラウドは何も言わなかった。
いつもの事だと言えばそれまでだが、スコールは敏感で繊細だから、何かを感じ取っていたかも知れない。

せめて、早く謝らなければ。
そう考えていると、ジタンがゆらりと尻尾を揺らし、


「判ってるんなら、早く行けよ。バッツが行ってたぜ、結構落ち込んでるって」
「……そうか。……そうだな」


呟くクラウドに、そうそう、とジタンが頷いた。

スコールは何に置いても後を引いてしまう性格なのだから、何かを解決するのなら、早い内が良い。
遅くなればなる程、彼の頭の中はぐるぐると絡まってしまい、妙な方向へと進み始めてしまう。
そうなってしまうと厄介な事に、事実とは一番遠い所に着地してしまい、本当の事が見えなくなる。
此処まで行くといよいよ周りの声が届かなくなってしまう為、最悪の場合、関係の修復も殆ど望みが薄くなってしまう。

踵を返したクラウドを、ジタンは「行ってらっしゃーい」と見送った。
頭が冷えれば謝らなければ、と初めから思ってはいたが、やはり背を押してくれる仲間がいると言う事は有り難い。
一人で考え続けていれば、出口のない迷路を延々と回るだけだった思考を、切り替える切っ掛けになった。

スコールへと割り当てられた部屋の前に来ると、ドアノブを握る前に、内側から扉が開いた。
出てきたのはバッツで、褐色の瞳がクラウドを映して丸くなる。
来るとは思っていなかった、と言うような表情に、バッツから見ても自分は酷い態度に見えたのだな、とクラウドは眉尻を下げた。


「入っても良いか」
「あ。えーと……、うん。おれはもう出るけど」
「ああ、すまない」


クラウドはドアの前から退いて、通り道を譲った。
バッツは部屋の中に向かって「じゃあ明日な」と言って、部屋を出る。

ちら、とバッツの目が此方を見た。
その目が責めているように感じたのは、恐らく、自分の中にある罪悪感の所為なのだと思う。
けれどもバッツは何も言わず、クラウドの肩をぽんと叩いただけで、いつものようにひらひらと片手を振ってその場を後にした。

閉じかけていたドアを開けて、「邪魔するぞ」と言って部屋に入る。
カーテンを閉め切り、小さな豆電球だけを灯した部屋の中は暗かったが、中にあるものが見えない程ではない。
部屋の主がベッドの上に丸く蹲っているのも、はっきりと確認できた。


「スコール」
「……!」


名前を呼ぶと、ぴくっ、と肩が跳ねる。
が、振り向く事はしなかった。
無言の背中からじわじわと滲む緊張感に、やはり先のクラウドの行動から、悪い事を考えているのだと判る。

ベッドに横たわる少年の体を見詰めて、クラウドの視線がその脚へと向かう。
傷は既に綺麗に消えたが、筋肉など内部を痛めないように念の為にと、彼の太腿には包帯が巻かれている。
当然ながらそれは服とシーツに包まれて見えないのだが、“其処にそれがある”と思うだけで、クラウドの表情には苦いものが滲んだ。


(……駄目だ。この貌は、見せてはいけない)


これは、つい先程、ジタンに「参ってるな」と言われた時の顔だ。
恐らく自分はこれと同じ表情を浮かべて、スコールから目を逸らしている。
同じ轍を踏まない為に、クラウドは意識して、ゆっくりと息を吐いた。

ベッドの端に腰を下ろすと、ぎしり、とスプリングの軋む音が鳴る。
ビクッ、とスコールがまた震えるのが見えた。


(……何を。どう、言えば良いのか。……判らないな)


伝えるべきは、先ずは謝る事だと思う。
目を逸らしたことや、意識していなかったが、固い態度を取っていた事は、きっとスコールを不安にさせただろう。
それを先ず謝って、目を逸らしたのは決してスコールに非がある訳ではないと伝えなければ。
それから、今日の戦闘で隙を作ってしまった事、その所為でスコールに怪我を負わせた事を謝らなければならない。

────と、言うべき事は判っているのに、それをどう形にすれば良いのかが判らない。
いや、単純なもので良い筈だ、とも思っている。
言葉をあれこれと連ねた所で、伝えるべき事を遠巻きにすだけなら、真っ直ぐに伝えるのが一番だ。
スコールのように、良くも悪くも言葉の裏側を勘繰ってしまうのなら、尚更。

すまない、と、そう言おう────とした時だった。
もぞ、とスコールが身動ぎをして、ころんと寝返りを打つ。


「スコー……」


此方を向いたスコールに、その名前を呼ぼうとして、声が途切れた。
薄暗い部屋の中で、豆電球の仄かな明かりに照らされた蒼色が、じっとクラウドを見詰めている。
音のない世界で、その瞳が言葉以上に語るのを、クラウドは確かに聞いた。

そっと伸ばした手で、微かに涙の痕の残る頬を撫でる。
途端、じわり、とその眦に粒が浮かび、


「……クラウド……」


自分の名前を呼ぶ声に、やはり随分と傷付けてしまったのだと悟る。
それに返すべき言葉は幾つも頭の中に浮かんだが、それよりも先ず、伝えなければならない事がある。

ベッドに横になって、蹲る体を抱き締めた。
脚が彼の傷に当たらないように気を付けて、出来るだけ体温が感じられるように密着する。
溶け合う体温を得る中で、スコールの強張っていた体が、少しずつ緩んでいくのが判った。



謝る言葉も、庇ってくれた事への感謝も後にして、愛している、と囁いた。
嫌われる事に敏感な恋人に、抱く気持ちは何も変わってはいないのだと伝えると、背中に腕が回された。

重ねた胸の奥で、鼓動の音が聞こえる。
脳裏に刻まれた罪悪感はまだ僅かに残るけれど、瞼の裏の赤色は薄れていく。
そうしてようやく、愛して已まない蒼と、真っ直ぐに向き合えた。





『クラスコで、自分を庇って怪我をしたスコールに対して優しくしたいけど、自己嫌悪で優しく出来ないクラウド』のリクエストを頂きました。
自分の失態云々もあるけど、それによって愛しい人に傷を負わせた事が許せなかったクラウドと、ひょっとして庇った事でクラウドを怒らせたんじゃないかと不安になってたスコールです。

NTの設定にしたのは私の趣味です。23歳クラウド×17歳スコールが美味しい。

[サイスコ]君の為の願い星

  • 2018/08/08 21:20
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流れ星に願い事をすると、願い事が叶うのだと聞いた。
だから流れ星が見たい、と言ったスコールに、見せてやりたい、と思った。
彼の願い事が叶えば、彼がもう一度笑ってくれると思ったから。

一人、また一人と一緒に過ごした仲間達がいなくなっていく中で、自分達だけが取り残された。
二人きりになると、どうしても相手の事が気になって、意識するしないに関わらず、目で追う事が増えた。
そうして、ただでさえ泣き顔ばかりだった彼の顔が、本当にそれ一色しか残らなくなって行くのが嫌だった。
だって、スコールは確かに泣き虫だったけれど、笑う事もあったし、怒る事もあったのだ。
それなのに、姉がいなくなったその日から、スコールは姉を呼んで泣いているか、見付からないと言って泣いているか、まだ帰ってこないと泣いているばかり。
そんなスコールの泣き顔以外が見たくて、彼の願いを叶えてやりたくて、サイファーはスコールを夜の浜辺へと連れ出した。

夜の海は危ないから、子供達だけで行ってはいけないと言われていたけれど、その日はママ先生もシド先生もいなかった。
サイファーにとっては幸いだ、そうでなければ流れ星を見る前に家に連れ戻されてしまうに違いない。
良い子で寝ているのよ、と言ったママ先生の言いつけを破る事には少し抵抗があったけれど、それよりも、彼の笑った顔が見たかった。

その日は満点の星空で、とても綺麗な夜だった。
こんなに星が沢山あるなら、流れ星もきっと見れる筈だと思って、意気揚々とスコールを連れ出した。


けれど、流れ星は見付からなくて、幼い願いも叶わなかった。
そうして、そんな記憶も、いつの間にか海の底へと沈んで行った。



明日一日の休みが確保できた所で、スコールは仕事を切り上げた。
時刻は夜11時であったが、普段寝ないで仕事をするのが当たり前になりつつあるスコールにしては、早い終業だろう。
キスティスに言わせると、これでも遅い方らしいが。

丸一日が休みと言うのは久しぶりの事だったので、何をしようかと少し浮ついた気持ちで寮へと向かっていたのだが、その途中でサイファーに逢った。
逢ったと言うより、寮への渡り廊下で、サイファーがスコールを待ち伏せしていたのだ。
約束をしていた訳でもないのに「遅ぇ」と言ったサイファーに、スコールが知った事かと素通りしようとして、腕を掴まれた。
そのまま目的とは真逆の方向へとずるずると引き摺られ、抵抗している間に、スコールはガーデンの門を潜っていた。


(なんなんだ……)


カードリーダーを強制的に通された辺りから、スコールは抵抗を止めた。
ずんずんと進んでいくサイファーに腕を引かれるまま、校外に出てしまっている。
仕事から解放されたと言う気の緩みもあって、妙な体の重みを自覚しながら、だらだらとした足取りでサイファーについて行く。

問答無用に引き摺られてから、何処に行くんだ、何を考えているんだとは言ったのだが、サイファーは「良いからついて来い」の一点張りであった。
せめて説明責任は果たして欲しい、と思うのだが、時によりサイファーはそれを完全に放棄する事がある。
それはどう言う時なのか、スコールは何となく理解していた。


(また何かサプライズか?)


言うべき事を言わず、秘密にして驚かせようと言う時、サイファーの口は固い。
手を退く男の背中は、急くように忙しなくはあるけれど、足取りは何処か浮かれているようにも感じられる。
と言う事は、やっぱり何かサプライズなんだな、とスコールは結論付けた。

バラムガーデンを出てから、サイファーは真南へと向かって進んでいる。
舗装された道を外れて進んでいるので、外灯の類はなく、星明りだけが二人の道標となっていた。

足元の草土が途切れて、細かな砂の感触に変わる。
夜の浜辺に寄せては返す波の音が聞こえて、風に乗って潮の香りが届いた。
夜とあってか、この辺りに生息しているフォカロルの鳴き声もなく、波音だけが静かな夜の浜辺に響く。


「────よし。間に合ったな」
「……?」


サイファーの呟きに、何かを急いでいたのか、とスコールは察する。
しかし、何の為に急いでいたのかは判らない。


「……おい、サイファー」
「あん?」
「なんでこんな所に連れて来た?何かあるのか?」
「まあな。直に始まる筈だから、ちょっと待ってろ」


そう言って、サイファーは掴んでいたスコールの手を離し、その場に腰を下ろす。
砂浜の上で、お気に入りのコートの裾が砂だらけになるのも構わず、サイファーはその場に落ち着いてしまった。

結局大した説明はしないんだな、と半ば判っていた事と諦めつつ、スコールは辺りを見回す。
浜辺は勿論、海はいつも通りだし、他の幼馴染のメンバーがいると言う訳でもなさそうだ。
やれやれ、と溜息を吐いて、スコールもサイファーの隣に腰を下ろして、波音の響く海を眺める事にした。

今日の海は随分と暗く見える。
と言うのも、月が全くなく、星の光だけでは海を照らすほどの明かりにならないからだろう。
そのお陰か、星明りがちりばめられている天上の方が、今日はほんのりと明るく見える程だ。


(……こう言う景色を、前にも見たような気がするな)


スコールの脳裏に、霞がかった情景が浮かぶ。
何処までも延びる暗い海と、遠く遠くまで続く満天の星空と、寄せては返す波の音。
誰かが隣にいたけれど、それが誰だったのかは判らなくて、多分子供の頃の記憶なのだろうと思う。
恐らくは石の家にいた頃のもの、と言う事までは判ったが、それがその頃のいつの物なのかは判然としなかった。

ぼんやりと海を眺めながら、そう言えばあの時はどうして海を見ていたのだろう、とふと疑問に思う。
夜の海は危ないから、子供だけでは近付いてはいけないと口酸っぱく言われていた筈だ。
それなのに、朧な記憶の中には大人の姿はなくて、子供だけで夜の海辺で星を見ていたのだと言う事が判る。
スコール自身は、大人の言いつけを余り破る行動力がなかったと思うので、誰かに誘われて行ったのだと思うのだが、それは果たして誰だったのか。


(言いつけを破って、夜の海に行くような奴は────)


メンバーは限られている。
そう、例えば、今自分の隣にいる奴とか。

そう思った時に、サイファーが「お」と声を上げた。


「始まったぜ、スコール」
「は?一体何が────」


何が始まったんだ、と問う声は、空でちかりと光ったものに遮られる。
光の軌跡を追って蒼灰色の瞳が夜の空を見ると、其処には次々に降り注ぐ星の雨があった。

始めは一瞬の一本から。
その後を追うように、また一筋、また一筋と、星の海を流れて行く光がある。
消えたと思ったら違う場所から、同じ方向に向かって並行に流れ落ちて行く光の名を、スコールも知っている。


「……流星群?」
「ああ。丁度今夜が見頃だってニュースでやっててよ」
「………」
「知らなかっただろ。お前、テレビなんて見ないからな」


全く知らない情報に、スコールが目を丸くしている間に、サイファーがくつくつと笑って言った。

確かにサイファーの言う通り、普段のスコールは、情報収集の目的がなければテレビを見ない。
だからローカルニュースや、ニュースの体を借りた情報バラエティなんてチャンネルを点ける事もしないので、其処で発信される情報は全く入って来なかった。

また一閃、ひらり、ひらり、と星が流れて行く。
空に散りばめられた星よりも、一際明るい光の線は、星の命の最期の色だ。
それは刹那に燃え尽きるものだったが、何万光年と言う遠い地まで届く鮮明な光は、地に立つ生き物の心を引き付けて已まない。
勿論、ロマンティックを自負する男の心も、捉えて離さなかった。


「滅多に見れるもんじゃねえからな。良いもんだろう」
「……まあ、な」


確かに珍しいものだ。
いずれはまた起きる事だと言っても、それが己の目が確かな内に再来するとも限らない。
見ようと思えば見えるが、見ようと思わなければ見ずに終わり、そのまま機会も失われるものなのだ。

降り頻る星の雨をじっと見つめるスコールを、サイファーはちらりと見遣って、口元を緩める。


「……やっと見せてやれたな」
「……え?」


呟きにスコールが顔を向けると、碧眼とぶつかった。
何かを遣り遂げたような顔をしているサイファーに、こいつはこんな顔をする奴だったか、とスコールは首を傾げる。

サイファーは砂浜の上に倒れ込み、大の字になった。
見上げた満点の星空にも、海の向こう程の数ではないが、流星が通り過ぎて行くのが見える。
その光景を見詰めながら、サイファーは遠い記憶の出来事を語る。


「ガキの頃、お前を連れて海に行った事がある」
「……」
「流れ星に願い事をすると叶うって言うだろ。だから、お前の願い事、叶えてやろうと思ってよ」
「……」
「まあ、結局見せてやれなかったんだけどな。結構待ったけど、流れ星は一回も見付けられなかったし、結局途中で寝落ちちまってて、後でママ先生に二人揃ってこっぴどく叱られて」
「……そう、だったのか」


サイファーの言葉に、思い出したばかりの記憶が再び揺り起こされる。
相変わらず記憶はぼんやりと霞がかかっているが、サイファーの言葉を受けてか、記憶の一部が溶けたように続きが浮かんで来た。

眠っている所を起こされて、サイファーに手を引かれて、夜の浜辺に降りた。
流れ星って知ってるか、と言われ、流れ星に願い事をすると叶うんだ、とも言われた。
それを聞いて、あの頃ずっと願っていた事────お姉ちゃんが帰って来る事をお願いしたいと言ったら、サイファーは願い事が出来るまで一緒に流れ星を探すと言ってくれた。
その後の事は思い出せないが、多分サイファーの言った通りなのだろうな、と思う。
小さな子供が夜にいつまでも起きていられる訳もなく、言いつけを破った事がバレて、大人に叱られるまでも様式美か。

随分と古い事を、よくもまあ覚えているものだ。
存外と記憶力の良い幼馴染に呆れつていると、


「っつー訳だ、スコール。今度こそちゃんと願い事しときな」
「……はあ?」
「これだけ流れ星が見れたんだ。願い事の一つや二つ、今度はちゃんと叶えてくれるだろ」
「…そんな事……」


今更、願い事なんて。
そんな気持ちで、スコールは星の雨に目を向ける。

幼い頃に願っていたのは、大好きな姉が帰って来る事だけだった。
それ以上にスコールが欲しい物などなかったし、他の何かを求められる程、スコールの世界は広くなかった。
そう思うと、世界中の地を踏んだ今なら、幾らでも願い事が思い浮かぶような気がしたが、特にこれと言って浮かぶものはない。
記憶の彼方に置き去りにしていた姉とも再会し、埋もれていた記憶も取り戻し、守りたかった人も守る事が出来た。
流れ星に頼まなければ叶えられないような願い事は、今のスコールには思い付かない。

流れては消える光を見詰めながら、スコールは抱えた膝に顎を乗せた。


(願い事……)


星を見詰める蒼の瞳が、つい、と隣に寝転ぶ男へと向かう。
サイファーはしばらく星を見上げていたが、視線に気付くと「なんだよ?」と此方を見た。
別に言いたい事は特にないので、スコールはじっとサイファーを見詰めたまま、沈黙する。

今以上の何かを、スコールは求める気にはならない。
それは恐らく、今自分が欲しいと思うものが、当たり前に隣に存在しているからだろう。

じっと見つめるスコールに、サイファーが起き上がって問う。


「で?願い事は決まったのか?」
「……いや」
「さっさと決めろよ、終わっちまうぞ」
「別に、構わない。願い事も特にないし」
「勿体ねえな。折角見れた流れ星だぜ。連れてきてやったんだから、何でもいいから願っとけよ」
「……じゃあ、あんたが次の任務で余計なトラブルを起こしませんように、と」


しれっと告げられた願い事に、色気がねえ、可愛くねえ、と怒る声。
それを何処吹く風と聞き流しながら、スコールは最後の星が海の向こうに吸い込まれて行くのを見ていた。





『浜辺で星を見上げるサイスコ』のリクエストを頂きました。

子供の頃に二人並んで星を見上げて、成長してから同じ事をしてる二人って好きです。
変わらない所もありつつ、確かに何か変わっている二人とか。好き。

[スコスコ]ホートスコピー・シェイプ・シフト

  • 2018/08/08 21:15
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[スツール・エン・ダンス]の続き





殺してやる。
何度もそう繰り返すのを聞きながら、弄んだ。
忌々し気に、悔しそうに、睨んでくるのが面白かった。

その内に疲れか精神的な限界か、意識を飛ばしたのを見て、さてどうしようかと考える。

何も知らない彼は、此方の言っていた事など、惑わせる為の戯言としか思っていないだろう。
本物か偽物か、実際の所、この世界においてそれは然したる意味を持たない事だったが、まだ何も知らない彼には、大きな揺さぶりになったに違いない。
敵であるからと、その敵が言った事を、特に意味のない単語だとは片付けられない性格だから。
それを思うと、どうせなら言葉の意味を理解するまで、手元に置いて観察していたい、と言う欲が沸いた。

けれど、いつまでものんびりと観察している訳にも行かないだろう。
繰り返されるこの世界に、タイムリミット等と言うものは余り意味がなかったが、“次”が始まるまでの時間制限はあるのだ。
“次”が来れば今の記憶は恐らく彼には残っていないから、また初めからやり直しになる。
繰り返し植え付けて行けば何らかの変化も見られるかも知れないが、生憎、其処まで気が長くはない。
己の存在そのものさえ、ふとした瞬間に露と消えて、同じ形の違う入れ物に入って戻って来る事を思えば、やはり今の内にしか楽しめない。

意識のない体を担ぎ上げて、歪の入り口を開ける。
遠くから此方へ向かってくる気配があったので、銀色の刃を地面に突き立てて標にした。
これを見た彼等が何を感ずるかは知らないが、良くない予感に至るのは間違いないだろう。
それから先にどれ位に辿り着くか、それも含めて、スパイスにするのも悪くない。



散々な目に遭った。
痛いとか、苦しいとか、そう言うものは勿論だが、それ以上に吐き気がした。
それを押し付けてくるのが、自分の同じ顔をしていると言うのが、一層嫌悪に拍車をかける。
だが、スコールがそうして嫌悪している事すらも、あれにとってはきっと愉悦なのだろう。
それを証明するように、間近で見た嫌な笑顔ばかりが焼き付いて離れない。

好き勝手にされて、意識を飛ばして、目を覚ましたら、石壁で囲まれた部屋の中にいた。
両手は鎖で縛られ、首に巻かれた首輪と繋がっている所為で、碌な自由がない。
ボロボロにされた服はそのまま着せられているが、拡げられたシャツからひんやりとした冷気が入り込んで来るのが鬱陶しかった。
武器は手元にはなく───あってもこの状態では握れない───、酷く心許無いが、それは表に出してはならない。
下手な弱味を少しでも見せたら、奴は絶対に調子に乗る、とスコールは理解していた。

幸いなのは、奴が此処に現れる時間はごく限られていると言う事だろうか。
だから彼がいない内に此処を脱出する術を見付けたいのだが、それは口で言う程簡単な話ではなかった。
この空間が何処なのかはスコールには判らないが、魔力の気配が色濃い事から、恐らく魔女の手を借りて作り出した空間だろうと見当をつける。
となると、スコールの自力だけで脱出口を見付けるのは、いよいよ以て難しいと言う事になる。


(やはり、あいつが戻ってきた所を狙うしかない。だが、この状態では────)


冷たい床に鵜座って壁に寄りかかり、脱出の方法を探すスコールだが、その両手が拘束されているのが辛い。
鎖は首輪にも繋がっている為、両腕を真っ直ぐに伸ばす事も出来ず、肩から上の自由は殆ど無いようなものだった。

手首を捻り、捩じり、なんとか鎖を外せないかと試みる。
もう何度目になるか判らない挑戦は、やはり全くの徒労にしかならなかった。
悪足掻きに鎖に歯を立て、絡み付きを緩ませようともしてみるが、案の定、無駄な足掻きにしかならない。
口の中に残る鉄錆の味が、スコールの腹立たしさを増す。


(手が自由になれば。それさえ出来れば、後は何とでもなる)


実際にはそれ程楽観的な状況ではないのだが、逆に言えば、それすら儘ならなければ突破口は見出せないと言う事だ。
両手ないし片手だけでも自由がなければ、物を掴む事も探る事も出来ない。
だから何をするにも、先ずはこの手の自由を取り戻す事からだ、とスコールは何度目か知れない鎖に牙を立てる。

ぎり、ぢゃり、と金属の擦れ合う音がする。
唯一使える口が段々と疲れてきて、鉄味ばかりを味わう舌が嫌気を訴えて来た頃、暗闇の中でカツン、カツン、と言う固い踵の音が聞こえた。


「またやっているのか。飽きないな」


呆れたように、けれど何処か楽しそうに聞こえる声は、スコールの声そのものだ。
しかし愉悦を孕むような喋り方をスコールはした事がない。
それよりも、俺はこんな声で、こんな貌で喋るのか、と思うと、嫌悪が止まらなかった。

嘗てスコールが憧れ、それに袖を通す事を目標にしていた服────SeeD服。
それを身にまとい、スコールと同じ瞳の色で、薄らと笑うスコールとよく似た貌を持った、混沌の駒。
多くは鉱石を思わせる見た目をしている人形とは異なり、服は勿論、髪や肌質までスコールをそっくり再現したイミテーション。
初めて邂逅した時から、スコールの苛立ちを助長させるばかりだったそれが、笑みを浮かべて此方を見下ろしている。

見下ろす男から体を隠すように、スコールはじり、と後ろに下がる。
しかし、背にしている壁に既に行き止まってしまう為、両者の距離は幾らも開かなかった。
それ所から、ブーツの脚が此方に近付いてきて、スコールの足元を跨ぐように立って止まる。
殆ど垂直の位置から見下すように落ちてくる視線が気に入らなくて、スコールは眦を尖らせてそれを睨み返していた。


「……お前は、何がしたいんだ」
「うん?」


スコールの言葉に、イミテーションは意味を測りかねると首を傾げる。


「…こんな所に閉じ込めて、お前達カオスの連中は何を考えている?殺すならさっさと殺せば良いだろう」
「……ああ、そうか。確かに、それが普通だな」
「……白々しい。お前達は───お前は一体何がしたいんだ」
「……“何が”、か」


睨み付けて再度問うスコールに、イミテーションは見下ろしていた視線を外し、天井を見上げる。
隙だらけのその姿に、スコールは益々腹が立った。
そんな姿を見せられる程に、相手に余裕がある、それをさせてしまう程に自分に余裕がない事が明白だからだ。

イミテーションは沈黙の末に、再びスコールを見下ろして言った。


「別に。特に何もないな」
「……っ…!!」


他のどんな返答よりも、腹立たしい答えが返ってきた。
瞬間、スコールの頭は一気に沸点へ上る。


「あんな事をしておいて……!」
「……あんな事、か」


忌々しいと言わんばかりの眼光で睨むスコールの言葉に、イミテーションが膝を追って、目線の高さを合わせる。
覗き込んでくる蒼灰色に、本当に俺はこんな顔をしているのか、とスコールは疑問に思う。
暗く淀んだ光を携えた眼も、薄く笑みを浮かべた唇も、まるで自分を模した物だとは思えない程、目の前の貌が憎い。

すい、と延びた手が、スコールの頬を撫でた。
その感触が、体に未だに残る記憶と重なって、スコールの背中に悪寒が走る。


「あんな事と言うのは、これか?」
「触るな!」


つう、と鎖骨の狭間を辿る指を、拘束された手で打ち払えば、イミテーションは払われた手を一瞥して、また伸ばす。
延びてくるその手を見るだけで、スコールの貌が引き攣った。
弱味を見せてはならないと歯を食い縛れば、イミテーションは薄ら笑いを浮かべて、スコールの鎖に縛られた手を掴む。


「思い出した。少し面白い話をしてやろうと思ったんだ」
「……興味ない」
「ついさっき、秩序の聖域に行ってきた」
「!?」


反応を無視して告げられた言葉に、スコールは目を瞠る。

混沌の駒であるイミテーションが、秩序の聖域に。
襲撃したのか、とスコールが睨むと、イミテーションは歪んだ表情を変えずに続ける。


「お前の仲間が、必死にお前を探していた。お前のガンブレードはあそこに置いて来たから、それを見て、お前に何かあったと探し回っていたんだろう。……其処に、今のお前と同じ格好をした俺が現れたら、どうなると思う?」
「……な……」


今スコールの目の前にいるのは、SeeD服を着ている事以外は、全く自分と変わらない見た目をした人間だ。
イミテーションだと言われても、鉱石地味た見た目の他の者とは違い、一見するとスコール本人との差異も見付けられない程にそっくりだった。
声も仕草も、何もかもがスコールと鏡映しにしたような井出達に、仲間達が混乱していたのは、まだ遠くない話だ。
口を開けば雰囲気が違う事や、何よりも服装が違うからまだ判るけど、と言うレベルだった。
もしもスコールがSeeD服を着て相対したら、どちらがどちらなのか、仲間達にも見分けが着かないかも知れない。

スコールがこのイミテーションに拉致されてから、どれ程時間が経ったのかは判らないが、スコールが獲物を置き去りに消える事などある筈がないから、“何か”が起きた事は皆判るだろう。
そう言う時の“何か”と言うのは、混沌の戦士の姦計が絡んでいる場合が多い。
だから慎重に、且つ早期に、スコールを見付け助けなければならない、と彼らは思っている筈だ。

そんな彼等の下に、何食わぬ顔をした“スコール”が現れたらどうなるか。
SeeD服ではなく、黒のジャケットを着た、いつもの姿の“スコール”が戻ってきたら。
秩序の戦士達は、それが“スコール”なのか“スコールとよく似た別物”なのか、判るのか。

その答えを、イミテーションは滔々と語る。


「ジタンもバッツも、何処に行っていたんだと言ってきた。囚われたから脱出して来たと言ったら、安心したように飛び付いて来た。ウォーリアから説教を食らったな。面倒なので黙っていたら、クラウドとセシルが入ってきて、ウォーリアを宥めた。傷はないかと聞かれたから、魔法で治したと言ったら、それで終わりだ。皆俺が“お前”だと思って疑わない」


スコールとそっくりのイミテーションがいると知っていて、誰一人として、目の前の“スコール”を疑わない。
相対している時、必ずイミテーションがSeeD服を着ている事もあり、それを着ていればイミテーション、そうでなければ“スコール”だと言う先入観もあるだろう。
後はイミテーションが努めて“スコール”と同じ言動をなぞってしまえば、彼等にはもう見抜けない。

イミテーションの言葉を、スコールは愕然とした表情で聞いていた。
仲間達が偽物を見抜けなかった事も、裏切られたようで腹立たしいが、それ以上に、目の前の人形がそっくりそのまま“自分”として摩り替われている事がショックだった。

そんなスコールの頬を、イミテーションの両手が包み込む。
覗き込んでくる蒼の瞳が、薄暗い笑みを浮かべて、自分と同じ顔をした少年を見詰めていた。


「俺がお前に成り代わるのは簡単だ。お前が考えているように行動して、お前がしそうな顔をすれば、俺は直ぐにお前になれる」
「……こ…の……っ」
「偽物と本物なんてそんなものだ。お前は俺を偽物だと言うが、お前がその場にいなければ、誰も俺がお前の偽物だなんて思わない。俺とお前の違いなんて、その程度のものしかない」
「違う。お前なんかと一緒にするな」
「同じだ。お前は俺で、俺はお前だ。だからお前の仲間達も、俺をお前だと思ったんだろう」
「お前が俺の振りをしているだけだろう。どうせその内ボロが出る」
「さて、どうだろうな」


スコールの反論すら、イミテーションは意に介さない口調を崩さない。
肌の上をゆっくりと滑る手が悍ましい。
その手はスコールの腹を辿り、刻まれた感覚を呼び起こそうとするように、緩やかに皮膚を撫でる。


「俺はお前として、秩序の聖域に踏み込んだ。どう言う事か判るか?」
「……」
「もう秩序の聖域に、お前の為に用意された席はないと言う事だ」
「………っ!!」


目の前の偽物が、本物のスコールの振りをして、秩序の戦士の中にいる。
戦闘ともなればどうせボロが出るだろうと言うのは、スコールの希望的観測だ。
そして、本当にそれによって偽物と本物の差が出るのか言えば、判らない。

何故なら、目の前の偽物は、まるで本物そっくりのように思考回路も行動理論も持っているからだ。
スコールならばどう行動するのか、何を言うのか、本物のスコールと肉薄した戦闘中さえも、まるでシミュレーターを具現化したかのように、そっくりスコールの行動に沿って来る。
そんなイミテーションを一度でも信じた彼らが、“スコール”と信じている偽物を、疑う事が出来るだろうか。


「スコール。逃げたいなら逃げれば良い。戻りたいなら戻れば良い。だが、もうお前の居場所は其処にはない」
「……ふざけるな……!お前なんかに、そんな事────」
「奴らにとって、もう“俺”は“お前”だ。“お前”が今更自分を“お前”だと主張した所で、“俺”が“俺”を“お前”だと言えば、偽物はどちらになるか、判るだろう」


今まで当たり前にスコールが存在していた、秩序の戦士達の輪の中に、侵入する異物。
異物は、不在となっている椅子の持ち主と同じ顔をして、何食わぬ顔で其処に座り、誰もそれを疑わない。
本来の主が戻ってきても、席は既に奪われて、スコールが座る場所はなくなっている。
それ所か、“偽物”が“本物”になって、”本物”が“偽物”になって、“仲間”は“敵”になる。
スコールが元の居場所を取り戻すには、“本物になった偽物”と入れ替わらなければならなかった。

だが、スコールは囚われたまま、目の前にいる“偽物”に噛みつく事も出来ない。
暗い笑みを浮かべた蒼灰色は、その事を判っている。
視線で殺せるのなら殺してやりたい、と言わんばかりの眼光を向けるスコールに、イミテーションは薄い胸板を撫でながら囁いた。


「殺しはしない、スコール。“俺”が“俺”でいる為に、“お前”の存在は必要だ」
「意味の…分からない事を……っ!」
「でも、そうだな。このまま何もないのは、お前も詰まらないだろうな」


スコールの肌を撫でる手が、するり、と胸へと滑る。
ぞわ、と悪寒が背中を走るのを感じて、スコールはその手から逃れようと身を捩った。
しかし、イミテーションはスコールの頭を掴んで引き摺り倒すと、その上に跨って体重をかけて押さえ付ける。


「ぐ……っ!」
「もう少し楽しませて貰おうか、“スコール”」
「……っ…!」
「“俺”と“お前”が違うと言うなら、“お前”がそれを証明しろ。“俺”とは違う、その体で」


刻まれたばかりの痕を抉るように、イミテーションが嗤う。



別の固体として存在しているのだから、確かにその存在は別物だ。
それが“本物”と“偽物”の区別と言えば、そうなのかも知れない。
けれど、何が“本物”で、何が“偽物”なのか、その証となる物は何処にもないのだ。

それでも自分は“本物”だと、だから“偽物”に飲み込まれる訳にはいかない。
揺らぐ心を煽るように、体の奥がじくじくとした痛みを発している気がして、スコールは歯を食い縛った。





『アナスコorスコールのイミテーション×スコールで[スツール・エン・ダンス]の続き』のリクエストを頂きました。
糖度も何もない、ギスギスしたアナスコ×スコと言う仕上がりに。

拘束したノーマルスコールを可愛がる(意味深)アナザースコールと言う構図が好きなようです。
SeeD服なアナザースコールは、色々と知恵が回って立ち回りが上手いと良いなぁと言う妄想。

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