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2018年08月

[ラグレオ]ほころび

  • 2018/08/08 20:45
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ラグナ×レオン本【エモーショナル・シンドローム】のその後。




自分の管理は自分で出来るタイプなのだろうとは思う。
そうでなければ、長年独り暮らしなど出来ないし、仕事でも万事に置いて優秀な成績は残せまい。
一人であるからこそ、そうでなければならないと思っていたからこそ、レオンはそう出来ていたのだろう。
それは一つのプレッシャーでもあり、彼が自分を律する理由とも力ともなっていた。

が、それでも人の体は常に万全の上体は保てないし、ふとしたバイオリズムの変化で体調を崩す事はある。
変わらないリズムが繰り返される日常でも、そう言う事は絶対に起こってしまうものなのだから、環境が劇的に変化した後ともなれば尚更だった。

レオンとラグナが恋人同士と言う関係になってから、レオンはラグナの家に住む事になった。
ラグナの家には、彼の一人息子が同居している為、三人で一つ屋根の下に暮らす生活が始まったのだ。
ラグナの息子スコールは、余り人との関わりを強く持つまいとしていたレオンにしては珍しく、家庭教師役を引き受ける間柄になっていた。
そのお陰で、スコールはレオンが家庭に加わる事に特に反発する事はなく、寧ろ父を恋人として選んだレオンを、「こいつで良いのか」と(割と本気のトーンで)心配していた位だ。
レオンはレオンで、スコールの問には頷いたが、スコールから同居を拒否されたら、と考えていた。
が、知らない人間といきなり共同生活が始まる訳ではないし、父と違って適度に他者と距離を置くレオンなら、と人見知りが激しいと言うスコールにしては珍しく、新たな家族の誕生を素直に受け入れていた。

今まで独り暮らしだったレオンと、妻を失ってからは父子二人暮らしであったラグナ達とで、習慣の違いや感覚の差異はあったものの、大きなトラブルは今の所起きずに済んでいる。
しかし、大きな変化が起きた事は確かだから、折々にその歪は表面化する事があった。
特に、他者の家庭に踏み込んだ立場となったレオンは、元々が過剰に他者の手を煩わせる事を嫌う性格も相まって、少なからずストレスになっていた事に違いない。

────同居生活が始まってから一ヵ月と言う頃に、レオンが熱を出して倒れたのは、そう言う理由もあるのだろうとラグナは思う。

同居生活が始まって直ぐの時は、家中の勝手が判らない事もあり、レオンは家事一般はスコールの手伝いをする程度に留めていた。
日々が続き、家の何処に何があるのか、ゴミは何処に捨てるのか、と言ったルールを把握するに連れ、少しずつ手伝う範囲も広げて行く。
スコールは17歳の高校生で、学業と家庭の仕事を両立させていたが、一人暮らしをしていたレオンは、その大変さをよく知っている。
ラグナは家庭を大事にし、出来る事は手伝うようにしているが、キッチン回りは過去の失敗により、スコールがいる時は近付けさせて貰えないので、手を出せる範囲は限られている。
だからレオンの存在はスコールにとっても非常に助かるものになっていた。
レオンの方も、紆余曲折の最中に仕事を放りだすように辞めてしまった事で、手に職がないまま、転がり込むように居候生活が始まった事に申し訳なさを感じており、せめて家事くらいはやらせて貰わないと恩返しも出来ない、と感じていた。
そんなレオンにとって、料理や掃除洗濯と言った家事雑事を任せて貰える事は、“自分が此処にいる為の代価”を払っているようにも思えて、少しだが気が楽になれたのだ。

同居生活の開始からしばらくの間、レオンは色々な意味で環境に慣れなければならなかった。
誰かが傍にいると言う事、それによって少なからず起こる相互への影響、またそれによる摩擦の軽減等。
一人暮らしをしていれば気にならなかった事が、気にしない訳もいかない環境となったのは、レオンに自覚なく過剰な負担を齎していた。
幼い頃、両親に捨てられたと言う傷を持つレオンは、自分自身の存在が他者の邪魔になる、と言う意識を持っている。
その為にレオンは、これ以上誰かに捨てられる、排除される事のないよう、極力他者と近しい関係になる事を避け、誰の手も煩わせる事のないように、過剰に他者の目を伺う癖がついてしまった。
ラグナはそれを知っており、そんなレオンに、誰かに迷惑をかける事、誰かの世話になる事は決して悪い事ばかりではないのだ、と伝えるように努めているのだが、20年以上も培われた他者の意識と言うのは、覆すのは難しい事だ。
特に幼年期のトラウマと重なっている事もあり、レオンはラグナと恋人同士と言う関係を築いた今でも、ラグナにいつか嫌われること、捨てられることを常に考えている。
呪縛とも言えるこの思考は、一朝一夕で変えられるものではなく、また他人が強引に曲げられるものでもない為、ラグナとスコールは根気強くレオンと付き合っていく事を覚悟していた。

だから、同居生活に慣れて来たと思えた頃にレオンが熱を出したのも、そう言う理由が絡んでいるのだろうと、想像するのは難しくなかった。
スコールも幼い頃、人見知りが激しく、環境の変化に簡単になれる事が出来なかった。
幼稚園が怖い、小学校が怖い、知らない人が沢山いる所は行きたくない────どうしても行かなければならない時は、その日が近付くと、体が拒否反応を起こすように熱を出してしまう。
そう言う経験があったから、レオンが熱を出したと知った時、ラグナもスコールも無理もない事だと悟る事が出来た。

しかし、高熱を出していても尚、レオンがそれを隠そうとしていた事には、溜息が出た。
世話になっている者に迷惑をかけたくない、と言う思いの下、レオンは最後の最後まで体調不良を隠そうとし、それも殆ど完璧に隠していた末に、体の方が限界を越えて昏倒したのだ。
学校に行こうと玄関に立ち、レオンから手作りの弁当を渡された所だったスコールは、目の前で倒れた青年を見て驚いた。
けろりとした顔をしていた同居人が、急に目の前で倒れだのだから無理もないだろう。
音に気付いた父が直ぐに飛んで来たから良かったが、そうでなければ、スコールもパニックを起こしていたに違いない。

父子でレオンを寝室に運び、寝間着に着替えさせてから、ラグナはスコールを学校へと送り出した。
レオンを心配するスコールの気持ちは有り難いが、彼はもう直ぐ学年末試験がある。
ラグナが仕事を休むから、と言うと、息子は父を信じて───色々と念入りに確認されたが───、後ろ髪を引かれながらも家を出た。
一限目が始まる前に、レオンの様子を気にするメールが届いたので、どうやら遅刻はせずに学校に着く事は出来たらしい。
その時にはまだレオンは眠っていたので、ラグナは『ゆっくり休ませてるよ』とだけ返信を送った。

それから約三時間が経ち、時刻はそろそろ昼を迎えようとしている。
しかしレオンは未だ目を覚ます様子はなく、ベッドの中で苦しそうに喘いでいた。


(───……38度3分か。下がんねえなあ、上がる様子もないけど…)


レオンの脇で測った体温計を確認して、ラグナは眉根を寄せる。
倒れた直後に計測した時も、数値は殆ど同じものを指しており、レオンの容態に変化はない。
午後までレオンが目覚めないようなら、病院に連れて行った方が良いかな、とも思っていた。

レオンは目を閉じ、眉根を寄せ、傷の走る額に珠のような汗を浮かせている。
ラグナはレオンの額に乗せていたタオルで、顔や首筋に浮いている汗を拭き、温くなったタオルを濡らし直す為にキッチンへ向かおうと腰を上げた。

キッチンの水でタオルを洗い、絞りながら、ラグナはひそりと唇を噛む。
レオンが倒れるその瞬間まで、彼の体調不良に気付いてやれなかった自分が腹立たしい。


(風邪って言うより、ストレスかなぁ。俺達にも凄く気を使ってる感じするし。迷惑かけて良いんだって言っても、まだ遠慮なく寄っかかれる訳じゃないし。レオンの方からそう言う事は言わないだろうから、俺が気付いてやんなきゃいけなかったのになぁ)


家族の事ですら、気付けない事があるのだから、同居が始まったばかりの青年の事を、全て察する事が出来る訳もない。
それは判っているのだが、レオンは過去の経緯もあり、とかく人の迷惑になる可能性を嫌い、恐れる傾向がある。
仕事をしていた事は、「仕事が滞ると余計に迷惑をかける」と言う意識があったので、余りに無理をする事はなかったのだが、今はまた事情が違う。
ラグナが「家族になろう」と言っても、レオンに巣食う恐怖心が彼を足踏みをさせている今は、ラグナの方から察して手を差し伸べてやらなければいけないのだ。
そうしなくては、レオンはいつまでも、誰かに寄りかかる事も出来ないのだから。

しっかりと水気を絞ったタオルを手に、ラグナはレオンが眠る自分の寝室へと戻った。
レオンと同居を始めてから、部屋を一つリフォームして彼の寝室も作ったのだが、元々は物置に使っていた場所だった為、窓も小さく、日当たりも風通しも良くない。
そんな所にいるよりは、とラグナは彼を自分の部屋へと運び込んだのだ。


「────お、」


部屋に入ると、レオンは起き上がっていた。
しかし、起こした上体は力なく、朧な瞳がゆらゆらと天井を見つめて彷徨っている。
夢半分なのかも知れない、と思いつつ、ラグナは努めて柔らかく、彼の名を呼んだ。


「レオン。目、覚めたか?」
「………」


声をかけてみるが、レオンからの返事はない。
それ処か、レオンの瞳は宙を見詰めたまま、反応らしい反応もなかった。
熱が出ているのだから仕方がない事だ、とラグナは先ず彼を寝かし直した方が良いと判断した。


「ほら、レオン。もうちょっと横になってな」
「……あ、……」


肩を優しく掴んでやると、ようやく蒼の瞳がラグナを捉える。
しかし、焦点は結ばれないまま揺れており、ぼんやりとした表情もあって、いつもよりも雰囲気が幼い。
普段が確り者で通っているだけに、レオンのふとした時のこんな表情が、ラグナは酷く印象強く記憶に刻まれる。

ラグナがそっとレオンの体を押すと、レオンはとさっとベッドに戻った。
冷えたタオルを額に乗せて、布団をかけ直し、ぽんぽんと胸元を宥めるように叩いていると、


「………、」
「ん?」


少し乾いた唇が、何かを紡ぐように動く。
喉が乾燥しているのか、少し喘鳴のような音がするのを聞きながら、ラグナは顔を近付けて耳を澄ませる。


「……な、……、…い……」
「……え?」


体の熱で苦しさもあるのだろう、レオンは途切れ途切れに音を零す。
声を出す事さえも辛い様子のレオンに、聞き直して良いものかとラグナは考えていたが、


「……ごめ、…ん…なさ……」
「……レオン?」


聞こえた謝罪の言葉に、ラグナは目を丸くする。
その表情を、レオンは虚ろな瞳に映して、言った。


「直ぐ…治す、から……」
「レオン」
「……もう、起きれる……」
「あ、こら!」


重い体を強引に起こして行くレオン。
声すら碌に出す事が出来ないのに、起きれる筈がないだろう、とラグナは慌ててレオンの肩を抑える。
すると、涙の膜を浮かべた青の瞳がラグナを捉えた。


「ごめんな、さ、い……もう、平気だから……」
「平気な訳ないだろ。熱が38度もあるんだから」
「……大丈夫……直ぐに、治る…から……」


起き上がろうとするレオンを、ラグナは押さえ付けてベッドに縫い留めていた。
レオンは抵抗するように何度も体を捩ったが、どれだけ力を入れても、今の体調でラグナに敵う筈もない。
う、う、と唸りながら体を起こそうとするレオンだったが、五分と経たない内に、体力は尽きてしまった。

レオンの体から力が抜けたのを感じて、ラグナはそっと押さえ付けていた肩を離す。
動いている内に落ちてしまったタオルを拾い、畳み直して、傷のある額に戻してやる。
それをぼんやりと負った目から、ぽろ、と雫が伝い落ちた。


「う…う……っ」
「レオン?」


蹲るように丸くなり、肩を震わせるレオン。
寒いのか、とラグナが手を伸ばそうとすると、それを見たレオンの目に明らかに怯える色が浮かんだ。

ひく、と喉を引き攣らせているレオンに気付き、ラグナは空の手を見る。
其処にレオンが怯えるようなものはない筈────だが、レオンの過去を思い出して、ラグナは直ぐに理解した。


(そっか。病気になった時、優しくされた事もなかったんだっけな)


それは、レオンが両親に捨てられる以前の事。
父母ともにまともな親とは言い難い家庭に生まれたレオンは、捨てられるまでの間、何かと両親から邪見に扱われていた。
母は父程酷くはなかった、とレオンは言ったが、児童養護施設の教員から聞いた話では、母の方も酷かったと言って良い。
病気になった息子を看病しながら、それに時間を取られる事を酷く嫌い、その感情を病気の息子に向けていたのだから、ラグナには到底考えられない親だと思う。

ラグナは少し迷ったが、もう一度レオンへと手を伸ばした。
瞠られたまま、濡れた蒼の瞳が、挙動のすべてを見逃すまいとするように、ラグナの手を見詰めている。
それを咎める事はせず、ラグナはそっとレオンの頬を撫でた。


「大丈夫だよ、レオン。大丈夫」
「……あ……?」


思いもがけない事をされた、と言う顔で、レオンはラグナを見る。
ゆらゆらと頼りなく、迷子の子供のように彷徨っていた瞳が、ようやくラグナを映した。

ラグナはレオンの頬を両手で包み込み、顔を近付けた。
タオルの落ちた額に、こつん、とラグナが額を押し付けると、二人の鼻先も触れ合う。
は、は…っ、と熱に喘ぐレオンの呼吸が、ラグナの唇をくすぐっていた。


「熱があると辛いよな。でも大丈夫、ゆっくり休んでて良い。無理におきなくて大丈夫だから」
「……ラ、グナ…さ……」
「腹は減ってるか?もう直ぐ昼飯の時間なんだ。食欲ないなら、それでも良い」
「……ふ…う……」
「汗一杯掻いてるから、水飲もうか。な?」


じわじわと、眦の雫の粒が大きくなっていくレオンに、ラグナは子供に言い聞かせるように声をかけていた。
ベッド横のサイドテーブルに置いていた水差しを取り、レオンの口元に持っていく。
と、それが口元に来る前に、レオンが手を伸ばした。


「自分で…やります……」
「だぁめ。起きれないだろ」
「…起き、ます……」
「駄目だって」
「……で、も……」


くしゃ、とレオンの貌が歪む。
遠くはない過去に見た、何もかもを耐え切れなくなった時のレオンの貌と重なって、ずきりとラグナの胸が痛んだ。


「ラグナ、さん……迷惑…かけて……」
「メーワクなんかじゃないって。ほら、口開けて」
「ご、め…なさい……ごめん、なさ、い……」
「おーい、レオン。レオンってば」


枕に顔を埋め、泣き顔すら隠すレオンに、ラグナは努めていつものように声をかけながら、眉尻を下げる。
熱で明瞭とは言えない意識の中で、ラグナの手を煩わせている事が、レオンにとっては辛いのだろう。
ラグナの声が聞こえない様子で何度も謝罪の言葉を繰り返している姿は、未だ彼が過去の呪縛から解放されていない事を示していた。

ラグナは、くしゃくしゃとレオンの頭を撫でた。
そうして触れられる事を、レオンは何よりも好いている。
それでもまだ震えが止まらないレオンを、ラグナはそっと抱き起こした。
顔を見せたくないのだろう、レオンは僅かに抵抗の力を見せたが、「レオン」とラグナが名前を呼ぶと、まるで条件反射のように体の力が抜ける。

ラグナはベッドに座って、起き上がらせたレオンの体を抱き寄せた。
涙に濡れた目がぱちりと瞬きをして、恐々とラグナへと向けられる。


「……ラグナ、ん……っ!」


愛しい人の名前を呼ぼうとした唇と、ラグナは己のそれで塞いだ。

レオンの咥内の感触に、熱いな、とラグナは思った。
それは口付け合っていると言う興奮よりも、レオンの体が熱に侵されているからに他ならない。
濃茶色のカーテンの下にある蒼の瞳も、また浮かされたように頼りなく震えていた。

重ね合わせているだけだった唇を開放して、ラグナは水を口に含んだ。
まだぼんやりとしているレオンにもう一度口付けて、口の中の液体をそっと注ぎ込んでいく。
常温よりも少し低い温度の水の感触は、発熱しているレオンには冷たく心地良かったようで、レオンは素直に水を飲み始める。


「ん…っ、ん…、……は…っ」
「もっといる?」
「……い、…る……ん……っ」


子供のように素直な返事が聞こえて、ラグナはもう一度水を含んでキスをする。
重ねている内に、ベッドシーツを握りしめているばかりだったレオンの右手が、ラグナの服の裾を掴んだ。
握っても良いのか迷いながら、やはり離す事は出来なくて、きゅう……、と握り締められるのが判る。

満足行くまで水を飲んで、ゆっくりと口付けを終えると、レオンはぼんやりとした表情を浮かべていた。
意識ははっきりとしていないものの、恐慌に似た震えが止まっているのを見て、ラグナもほっと息を吐く。


「水、ちゃんと飲めたな」
「……は、い……」
「じゃあもうちょっと寝よう。熱が下がるまでは、安静にしてないとな」
「……はい……」


良いんですか、と問う事もなく、レオンは素直に頷いた。
抱いていた体を離してベッドに寝かせ、布団を被せ直してやる。
これから熱が上がらないとも限らないので、レオンが寒い思いをしないように、きっちりと首元まで覆った。

ゆっくりとした瞬きを繰り返す目が、じぃ、とラグナを見詰める。
何かを言いたそうにしているけれど、言葉が出てこないその様子に、ラグナは息子がよく同じ顔をしている事を思い出す。
年は随分違う筈なのだが、時折覗くレオンの幼い顔を見る度、根っこは同じ位なのかなあ、と思う。

ラグナはレオンの頬を撫で、眦に滲む涙を指で拭った。
それから子供をあやすように頭を撫でて、顔を覗き込んで小さな声で囁く。


「ゆっくりお休み、レオン。大丈夫、俺は此処にいるからさ」
「………はい……」


何処にも行かない、一人にしない。
それをはっきりと言葉にして伝えると、レオンの表情がようやく綻ぶ。

縋るものを求めるように、レオンの手がラグナへと延ばされる。
ラグナをそれを捕まえて、両手で柔らかく握り締めた。
安堵するように眠りに落ちたレオンを見て、ラグナもほうっと息を吐いたのだった。





オフ本【エモーショナル・シンドローム】の設定で、その後の様子が書きたかった。
色々あり過ぎて、自覚なく色んな事に臆病なレオンと、そんなレオンが放っておけないラグナ。
拗らせまくったレオンはとても楽しい(毎回言ってる)。

[ラグスコ]君しか見えない

  • 2018/08/08 20:40
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枯れたとは思わないが、盛んな年齢はとうに過ぎている。
そう思う程度には、自分が既に若くはない事は、嫌が応にも判っていた。

例えば、走ると息が切れる。
これでも昔は軍人であったし、軍に属する為の(時代と風潮もあって、結構なスパルタだったと記憶している)訓練もクリアして来たし、退役してからも足一つで長旅が出来る程度の体力があった。
一所に留まざるを得なくなってから、体を動かす為の時間が減って行き、意識しなければ体を動かす機会を逃す事が増えて行く。
その事に気付いて、下腹が気になるようになって、流石にこれはカッコ悪いと思って、意識的に運動をしていた時期もある。
しかし、長く留まるにつれて、一日の拘束される時間は増えて行き、効率的な運動の時間も採れなくなって行った。
それでも当分は気持ちで誤魔化していたのだが、結局の所、それは誤魔化しでしかない。
更に誰もが逃げられない老化現象と言う物も始まって、筋力は衰え、体力も低下して行く。
流石に日々の生活でパワードスーツを身につけなければならない、なんて事にはなっていないが、昔のように綱一本でワイヤーアクションをしていたような身軽さはなくなってしまった。

悔しい事に、老眼も始まっている。
元々ラグナは目が良い方だった。
いつでも何か楽しい事、面白い物を見付けたがっていた所為か、ラグナの目は両目ともに良好な視界を持っていた。
単純な視力もそうだし、動体視力も良かったし、特に興味のある物には敏感に反応する。
その“興味のある物”の範囲が、浅い所から深い所まで、幅広くカバーされていたので、尚の事ラグナの両目はセンサーとして優秀だったのかも知れない。
しかし、デスクワークが増えると、紙面の束と睨めっこするばかりになり、液晶画面ばかりを睨んでいる事も多くなった。
眼精疲労を極力軽減させる為にと、液晶画面の開発も進み、最近のパソコンは昔よりも目への負担が軽くなっているとは言われるが、積み重ねられた摩耗を回復させる事が出来る訳ではない。
重ねて、老眼と言うものは、なりたくないと思っていても、加齢により誰でも発生する症状とされている。
個人によってその具合は異なるものの、基本的には、逃げられるものではないのだ。
だから最近のラグナは、昔は必要なかった視力矯正具を胸ポケットに常に持ち歩くようになり、書類仕事やちょっとした読書の時間には、手放せないアイテムとなっていた。

体の皺やシミも増えた。
行く先々で出会う人々からは、年齢を聞くと驚かれる。
それは実年齢よりも見た目がずっと若々しいからだと、恐らくは良い事なのだろうが、昔からラグナを知る者から見ると、やはり老いと言うものは見た目にもよく表れているそうだ。
目尻や口元の皺もそうだし、手を見れば肉が落ちて骨の節が判るようになって来たようにも思う。
筋肉は直ぐに落ちるのに、ついた脂肪は中々取れないし、新陳代謝も落ちているのだろう。
髪もよくよく見れば白髪が混じっていて、年齢を思えば仕方のない事と思いつつも、見付けた時には中々ショックであった。

例を挙げていけばキリがない。
ラグナが自分で自分をまだ大丈夫と慰めても、友人たちの顔をみると、やはり年を取ったなと思う。
と言う事は、彼ら共に歩み続けてきた自分も、やはり年を取っているのだ。
幸いなのは、その辛さや虚しさ、此処に至るまでの長い道程を、分かち合える存在がいる事だろう。
そうでなければ、基本的に楽観的に物事を考えるようにしているラグナでも、逃れようのない己の現実を受け入れるまで、まだ時間はかかったに違いない。

……と、自分の年齢について考え始めると、往々にして切ない気持ちになるラグナだが、時々、俺もまだ若いって事かなあ、と思う事がある。
それは決まって、自分と一回り以上も若い青年───否、少年と共に過ごした時であった。



明日の仕事は午後からだからと、ラグナは昨夜、スコールを抱いた。
警護任務の依頼を受けて来ている筈のスコールは、あんたが午前休でも俺には関係ないんだ、と言ったが、結局は応えてくれた。
人と接する事が苦手でも、本音は愛情に飢えている少年を篭絡するのは、狡い大人にとって簡単な事だ。
嫌だ駄目だと言いつつも、彼が本気で逃げる事も嫌がる事もない事は判っているから、熱でとろとろに溶かしてやる度、悪い大人に捕まったなあと可哀想にも思う。
思うが、だからと言って解放してやる事も、倫理的な事を理由に突き放す事も出来ないから、本当に自分は悪い大人だ。

蕩けさせて、甘やかして甘えさせて、熱を注ぎ込んだ。
離さないで欲しいと、言葉にする事を怯える代わりに、全身で訴える少年が、愛しくて堪らない。
細胞の一粒まで自分の物にしてやりたい───そんな気持ちで、愛情にも触れられる事にも不慣れな少年を、自分の色に染めて行く。
そうして最後には「らぐな」と拙い舌で名を呼んで意識を飛ばすスコールを見て、ラグナもようやく満足して眠りに就いた。

そして窓から差し込む朝の光に目を覚まし、昨夜の勢いとは裏腹に、疲れの抜けない体をベッドに沈めたまま、ラグナは昨夜の自分の勢いに呆れていた。


(なんでいつもあんな感じになるかなぁ)


昨夜はスコールがもう無理、と言っても離してやれなかった。
これは昨日が初めての事ではなく、彼を抱く度にやってしまう事だ。

スコールは大統領の身辺警護の任務によって、エスタに来ている。
ラグナが休みであるか仕事であるかに関わらず、スコールは終日任務と言う事になるから、本来ならラグナが眠っている時間まで彼は任務の為に意識を割いて居なければならない。
それをラグナが触れたいからと言って、彼をベッドに引き込むのは良くないと判ってはいる。
しかし、かと言って二人の休日と言うのは殆ど合わせる事が出来ない。
そもそもスコールが自ら休みを取る事を意識しない事が多い為か、補佐官のキスティスは、エスタ大統領警護任務としてスコールをバラムから遠ざけた上で、諸々の事情を理解しているラグナの下で半ば強制的に休養させる事を目的としている節があった。
一番はスコールが意識的に休養を取り、ラグナのスケジュールと擦り合わせて二人静かに過ごせる日を確保するのが良いのだが、双方の事情により難しいのが現実だ。
だから、二人が熱を共有するには、昨夜のように少し強引にでも始めないと、仕事以外の会話をしないまま、スコールがバラムに帰ってしまう羽目になる。

────とは言え、毎回のようにスコールが気を失うまで離さないと言うのもどうか。
言葉とは反対に、スコールが離してくれない事も少なくはないが、やはり大人である自分がそんな彼を宥める位の余裕がなければ、とも思うのだ。


(……俺、そんなに若くはないと思うんだけどな。ほんとに)


何かに、誰かに夢中になる事は、簡単なようで難しい。
それ程までに自分が求めるものに出逢える事すらも、奇跡に等しい事だからだ。
年齢を重ねる程にその軌跡は遠くなり、それもまた仕方がないと諦める事も増えて行く。

けれど、スコールを前にすると、ラグナの体は沸騰したように熱くなる。
早く声が聞きたい、顔が見たい、触れたい、囁きたい、愛したい。
抑える理性の箍が外れたように、ラグナはスコールを欲して止まなかった。
だから彼を腕の中に抱き締めると、もっと深い場所で繋がりたくて、繋がっていたくて、ついいつまでも彼を繋ぎ止めようとしてしまうのだ。


(怒られるんだろうなぁ。起きれなかった、動けないって)


同じベッドで、隣で眠っている少年を見て、ラグナは眉尻を下げる。
すぅすぅと眠るスコールは、まだ目覚める様子はないが、ラグナは彼が目を開けた瞬間、枕が飛んでくるのが容易に想像できていた。

昨夜は汗ばんで赤くなっていた頬に、そっと手を伸ばして触れる。
熱が引いた頬は白く、シャープな形の中に未だ未発達な丸みが残っていて、彼の幼さを知らしめる。
大人びた顔と言動をしても、クールな雰囲気を纏っていても、まだ発展途上の最中なのだと判ると、ラグナの胸中にじわじわと罪悪感が浮かぶ。
本当ならこんな狡い大人に捕まっていないで、彼はもっと広い世界を見るべきなのだろう。
けれど、そうなったら、もう碌な自由のない大人には構ってくれなくなりそうで、それは嫌だと思う。

だからだろうか。
不満そうな顔で、動けない、と言ってベッドに沈んでいるスコールを見る度、ラグナは仄暗い安心感を覚えてしまう。


(嫌な大人に捕まったなあ、お前)


自分は過去にあちらこちらへ飛んだ癖に、スコールにはそれをして欲しくない。
そうして、ずっと自分の所にいて欲しいと願っている。
本当に身勝手だ、と思いながら、ラグナはそっとスコールの桜色の唇を指でなぞる。

ふる、と唇が微かに緩んで、「……んん…」とむずがる声が漏れた。
起こしてしまったか、と思っている内に、スコールの長い睫毛が震え、ゆっくりと持ち上げられる。


「………」
「おはよ、スコール」
「………?……」


まだ瞼が開き切らないまま、ぼんやりとした瞳がラグナを映す。
ラグナが朝の挨拶をして、またそうっと頬を撫でても、スコールは…ぱち、…ぱち、とゆっくりと瞬きを重ねるだけだった。

過激であったり、身の危険が直ぐ傍にあるような任務の最中のスコールは、眠っている時でさえスイッチが入ったように一気に覚醒する事が出来る。
しかし、平時はどちらかと言えば寝汚い事が多いらしく、気が抜けた状態だと、目を開けていても寝ている状態が続く。
目を覚ました時にスコールがぼんやりしていると言う事は、無防備を晒しても良い場所だと無意識に感じ取っているのかも知れない。
そう思うと、ラグナはスコールのぼんやりとした寝起きの顔が可愛くて堪らなかった。


(ま、単に疲れてるだけかも知れないけどなぁ。昨日、本当に遅くまでシちゃったし)


目元にかかる前髪を撫で上げながら、ラグナは眉尻を下げる。
ごめんなあ、と胸中でのみ詫びて、ラグナはスコールの反応を待っていた。

目を開けてから一分弱が経って、スコールはようやく動き始める。
布団の中で、ふあ、と欠伸を漏らした後、もぞもぞと身動ぎして、ラグナの方へと身を寄せる。
シーツに包まりながら密着してくる少年に、寝惚けているとは言え珍しい事もあるもんだと眺めていると、スコールはぴったりとラグナにくっついたまま、またうとうとと舟を漕ぎ始めた。


「ありゃ。おいおい、スコール。そろそろ起きて飯食わないと」
「……」
「俺、正午から仕事だから、準備が」
「………」


勿体ないけど起きないと、と促すラグナであったが、スコールは動かない。
ちらりと上目に寄越された瞳は、うるさい、と言っていた。


「……ねむい……」
「うん、そうだと思うけど。飯食ったらちょっとは目が覚めるだろうからさ」
「……いらない……」
「朝飯食わないと駄目だって。俺が作ってくるから────」
「……やだ……」


布団の中で、ラグナの脚にスコールの脚が絡み付く。
すり、と太腿が擦れる感覚に、ラグナの心臓がどきりと跳ねた。

スコールはラグナの胸に顔を寄せ、ぴったりと密着した状態で、猫のように目を細めている。
二人とも裸のままでベッドにいるから、触れ合う肌から直接感じられる体温が心地良い。
ラグナが少し身動ぎすると、スコールはより一層密着しようと体を寄せてきて、離れちゃ嫌だと全身で訴える。

うつらうつらとしているスコールを見下ろして、ラグナは参ったなあ、と溜息を一つ。
しかしその表情は緩んでおり、濃茶色の髪にそっと手を当てて撫でてやれば、幼い顔が安堵したように緩むのが見えて、これには勝てないと悟る。


「…スコール」
「……ん…」
「もうちょっと寝ちまうか。疲れてるだろ?」
「……誰の…せいで……」
「うん、俺だな。だから俺が責任取るからさ、もうちょっと寝てていいぞ」
「……あんたも……」
「うん。俺ももうちょっと寝てるから」


離れないから、と頭を撫でて囁くと、スコールは小さく頷いて目を閉じた。
間もなく穏やかな寝息が聞こえて、ラグナの唇にふっと笑みが浮かぶ。

スコールを起こさないように、ゆっくりと体を動かして、ベッド横のサイドテーブルにある電話を取る。
手探りでプッシュを押して、コール音の鳴る受話器を耳に当てた。
程なく電話は通話モードへと切り替わり、


「おう、キロス、おはよ。あのさ、今日の正午からの書類仕事、午後に出来ないか?」


眠る少年を腕に抱いて、ラグナは今日のスケジュールを調整するように頼んだ。
何事にも聡い友人たちは、面倒な事を言ってくれるねと言いながら、上手く調整してくれる事だろう。





若い子に夢中になってしまう大人って好きです。そんなラグスコ。
スコールもなんだかんだ言って嫌ではないので、寝起きの素直な時はべったりしてると可愛い。

[レオスコ]熱の記憶を抱き締めて

  • 2018/08/08 20:35
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仕事が仕事であるから、兄が一週間程度の出張に出るのは珍しい事ではない。
有能であるが故に早い出世をした彼は、外国向けの仕事もよく任される為、現地に赴く事も年々増えている。
それは仕事なので仕方のない事と本人も理解しているのだが、それでも無視できないのは、最愛の弟を一人にすると言う事だ。
こと弟に関しては過保護で心配性だと自覚のあるレオンは、出張の仕事が近付く度に、判り易く溜息を吐く。
そう言う所は、やはり父とよく似ている、とスコールは思っている。

カレンダーに書いたバツ印のついた日付は、明日に迫っている。
印は一週間に渡って付けられており、レオンがその日まで帰って来れない事を示していた。
忘れないようにと自ら印をつける事を習慣化させていたレオンであったが、それを見る度、聊か憂鬱な気分に捕まえるのは否めない。
どうにか早く片付けて、一日でも早く家に帰れたらと思うが、往復の航空チケットと滞在先のホテルの予約が既に取られている為、自分だけ好きなタイミングで帰りたいと言う勝手は叶うまい。

明日の午後には、レオンは飛行機に乗らなければいけない。
帰って来るのは到着が夜になる便だから、タクシーで家に帰る頃には、もう夜半になっている事だろう。


「面倒だな……」


ぽつりと零れた言葉は無意識だったが、何よりの本音であった。

真面目な性格なので、回された仕事は過不足なくきっちり終わらせておくタイプだが、かと言ってレオンとて好きで仕事に従事している訳ではない。
父の役に立ちたいと言う気持ちで就職し、彼の助けになればと一所懸命に仕事をして来たが、仕事が趣味と言うようなワーカーホリックではないのだ。
遣り甲斐があれば幸せ、なんて思考は、最初から持ち合わせていない。
何より、仕事の為に愛する者と過ごせる時間が減る事は、やはり腹立たしいものだ。

しかし、レオンの愛する者────弟スコールの反応はと言えば、大抵淡泊なものであった。


「面倒って言ったって、仕事なんだから仕方がないんだろ」
「…それはそうなんだがな」


夕飯の片付けを終え、リビングに戻ってきた弟の言葉に、レオンは眉尻を下げるしかない。


「お前が好き好んで勉強している訳じゃないのと同じさ」
「……やらなくて良い事なら、やりたくない」
「そう言う事だ」


スコールも兄に似て真面目な性格だ。
学校で出された課題は、学校で済ませられるものは其処で済ませ、持ち帰った物も帰宅後直ぐに終わらせる。
夕飯の準備に時間を取られる事もあるが、食後には手を付けて、寝る前には片付けているのが常だった。
更に時間に余裕があれば、授業の予習もするし、テスト前には復習も頻繁に行っている。
こうした努力の甲斐あって、スコールは学年でも首位の成績をキープしているが、だからと言って決して勉強が好きな訳ではない。
知れない事を知るのは面白い事もあるが、教わる事に何もかも興味が持てる訳ではないし、どうしたって眠い授業だってあるし、担当教諭が嫌いで好きになれない科目もある。
宿題は出れば面倒だし、テストの為に自分の自由時間を削って勉強をするのも面倒だし、しなくて良いならしたくない、と言うのが本音だ。
しかし宿題を放置する事、判らない問題を判らないままにしておく事が許せず、どうしても先々に片付けておかなければ、安心して眠れないのである。

そんな弟に、社会人になったら大変そうだな、とレオンは思う。
スコールが良くも悪くも真面目な事、融通が利かず要領も決して良くはない事を、兄はよく知っていた。
大人になる前に、もう少し肩の力が抜けると良いんだが────等と思いつつも、今は弟の心配よりも目の前の問題だと切り替える。
それと同じくして、スコールも話の流れを変えた。


「明日出るのは、午後からだよな」
「ああ。空港で昼を食べてからだから、出るのはもう少し早いか」
「帰りは?」
「夜になる。夕飯は先に食べていて良い。空港からの道路の混み具合にも因るが、大方、10時は過ぎているだろうから」
「判った」


レオンの言葉に、スコールは素直に頷いた。

まだレオンも子供だった頃、幼いスコールは一人寝をいつも嫌がっていた。
年の離れた弟がレオンも可愛くない訳がなく、スコールが安心するならと、随分と長い間一緒に眠っていたと思う。
その頃には父もまだ家にいたのだが、子供が眠る前に帰って来る事は少なかった。
だから余計にレオンはスコールに、スコールはレオンから離れたがらない生活を送っており、たまに学校行事で一晩離れ離れになるだけで、スコールは泣いて嫌がったものである。
しかし、それも今となっては昔の話で、中学生になった頃から独立心を急成長させたスコールは、高校二年生の現在、半ば独り暮らしとなる生活でも、特に問題なく日々を熟していた。

レオンは、弟の成長に喜びを感じつつ、いつかのようにくっついて離れなかった幼子の姿を懐かしく思う。
偶にで良いから、またあんな風に甘えてくるスコールを見てみたい。
しかし、思春期に入って、幼い頃の泣き虫振りを黒歴史のように扱っている弟の気持ちも汲めない訳ではないので、そんな気持ちは心の隅にひっそりと置いておく事にしている。

その代わり、もう一つの気持ちについては隠さない。


「スコール」
「ん?」


名前を呼ぶと、なんだ、と青灰色の相貌がレオンを見た。
スコールの瞳に、柔らかく微笑む兄の貌が映って、スコールは「なんだ?」と首を傾げる。
レオンはその問いに答えないまま、こっちに、と膝を叩いて示した。
スコールはぱちりと瞬きを二回繰り返した後、レオンの言わんとしている事を察して、かあっと顔を紅くする。

ぐぐぐ、と何か言いたげに、何かを耐えるように、赤らんだ顔がレオンを睨む。
気にせずレオンがそれを見つめ返していれば、やがて観念したようにスコールはのろのろと歩き出した。
大きめのダイニングテーブルを回って、自分の前に来た弟に、レオンは手を伸ばす。
力なく垂れているスコールの左手を握って軽く引っ張れば、スコールは蹈鞴を踏んでレオンの膝に座った。

いつも僅かに見上げる位置にある兄の貌が、少しだけ低い位置にある事に、スコールは毎回奇妙な気分になる。
距離感の近さにもどぎまぎとしている間に、レオンの唇が頬に当てられた。
くすぐったさに目を細めていると、キスが少しずつ降りて行って、首筋に宛がわれる。


「……んっ……!」


ちゅ、と吸い付いた感触に、スコールの喉から小さく音が漏れた。
ふるり、と微かに震える肩の感触を感じながら、レオンはスコールの腰と背中に腕を回す。
抱き締める腕の檻の中、密着した体越しにスコールの心音がとくとくと早鐘を打っているのが聞こえた。

ゆっくりとレオンの手がスコールの背中を撫でる。
子供をあやすような優しさがあるのに、背筋や脇腹を何度も行ったり来たりとするから、スコールの体は泣き出すように震えてしまう。
しかし嫌な感覚がある訳ではなく、湧き上がるのはじわじわとした緩やかな熱で、それはスコールの意思で抑えられるものではなくなっていた。


「……スコール」
「……っ…!」


名前を呼べば、首筋にかかる吐息に感じて、スコールの体がピクッと跳ねる。
レオンの唇の隙間から覗いた舌が、キスした場所をそっとなぞった。


「……っ、…あ……っ…」


熱を孕んだ吐息が、スコールの唇から零れる。
スコールは喉を差し出すように晒し、天井を仰いで、はっ、はっ…、と息を繰り返していた。
天井の電球を見詰める瞳はゆらゆらと頼りなく揺れ、薄らと水の膜を浮いている。
恐る恐る、おずおずと、スコールの腕がレオンの首に絡められると、レオンはひっそりと笑みを浮かべて、スコールの喉に食い付いた。

すらりとした白い喉に、レオンは甘く歯を立てる。
それだけで、スコールは感じ入ったようにビクッ、ビクッ、と躰を震わせていた。


「レ…オ……っ…」
「……は……っ」
「あ……っ!」


震える声に名を呼ばれ、その音が情事の色を纏っているのを聞いて、レオンの吐息も熱が籠る。
それが薄らと唾液に濡れた喉をくすぐって、スコールは思わず甘い声を上げた。

ゆっくりとレオンがスコールの喉から離れると、スコールはぼんやりとした瞳を彷徨わせる。
その頬にもう一度キスをすると、スコールは日向の猫のように目を細め、ふや、と眦を下げた。
レオンはスコールの雫が浮かんだ眦にキスをして、細い体を横向きで抱き上げる。
熱の煽りを貰ったスコールは、嫌がる事も恥ずかしがる事もなく、レオンの胸に体を預けていた。

レオンは自分の部屋へと移動すると、電気もつけないまま、ベッドへとスコールを運び込んだ。
レースカーテンだけが閉じられた窓の向こうから、青白い月の光が差し込んで、情に染まった二人の貌を映し出す。


「……明日から、しばらく触れないからな」


そう言って、レオンはシャツを脱ぎ捨てる。
薄暗闇の中に浮かび上がる男のシルエットに、スコールは小さく息を飲んで、癖のように緊張していた躰の力を抜いた。

ぎし、とベッドの軋む音が鳴って、レオンがスコールの上に覆い被さる。


「一週間分、感じさせて貰うぞ」
「………っ」


耳元で囁かれた言葉に、スコールの心臓が大きく跳ねた。
どくどくと早い鼓動を打つ心臓を隠すように、スコールはシャツの胸元を握り閉めて、頭上にある兄の顔を見上げる。


「……明日も学校がある」
「判っている」
「…テストが近いから、休みたくない」
「ああ」
「…だから」
「悪いな」


手加減して欲しい、と言おうとしたスコールの唇は、短い詫びの言葉と共に塞がれる。

無防備にしていた咥内に、艶めかしいものが侵入して来るのを、スコールは拒む事が出来ない。
舌を絡め取られ、たっぷりと唾液を塗すように舐られている内に、明日の心配は溶けるように消えて行く。
距離のない近さにある青灰色の瞳が、何も考えるな、と言っているのをスコールは聞いた。
それじゃ駄目なのに────と微かな理性が正気を取り戻せと言った気がしたが、頬を撫でる手がそれすらも容易に忘れさせる。

ゆっくりとレオンの唇が離れる頃、スコールの顔はとろりと緩み切っていた。
ほんのりと頬を赤らめ、うっとりとした表情で見上げるスコールに、レオンも満足気に双眸を細める。


「……レオン……」
「ん?」
「……もっと……」


スコールの両手がレオンの頬を包み込み、ねだる声で兄に催促する。

相手に触れる事が出来ない一週間が辛いのは、レオンだけではないのだ。
幼い頃のように、離れる事を泣いて嫌がる事はなくなったけれど、一人きりで過ごす夜よりも、兄と共に迎える朝の方が良いのは変わらない。
兄弟と言う関係に、その枠を越えた関係が追加されても、スコールのそんな気持ちは変わらなかった。
それでも子供の頃のように聞き分け悪く、自分の気持ちに正直に泣く事は出来ないから、せめて離れる前に目一杯“レオン”と言う存在を感じたい。
彼が帰って来るまで、その声を、温もりを、熱を忘れない為に。



もっと撫でて欲しい、もっと触れて欲しい、もっとキスして欲しい。

言葉で言い尽くせない程のものを、短い言葉で欲しがるスコールに、レオンは小さく頷いた。





いちゃいちゃレオスコ。

レオンとしては、許されるならスコールを連れて仕事に行きたい位。
学校が連休や長期休みだったらやりそうな勢い。

[スコリノ]始まりの言葉

  • 2018/08/08 20:30
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DFFACリノア参戦記念。





声が聞きたい。
ふとした時にそう思ってしまう位に、彼女の存在は自分の中で大きくなっていたのだと、離れている事で一層自覚する。


闘争の世界は、其処に召喚された者の記憶の断片から世界が構築されているらしい。
相変わらずその世界は不安定なものが多く、現れては消え、二度と見る事が出来ない世界も儘あった。
そんな中で、安定して出現し、世界の一部として固定された空間もあり、それらは大抵、戦士達の記憶の中でも特に印象強く刻まれている場所である事が多いようだ。
例えばヴァンの世界の一部だと言うラバナスタと言う城は、彼の故郷にあった王城であり、彼の旅は其処で出会った───正確に言えば、この城の地下で出会った、らしいが───事が始まりであったと言う。
以前の闘争では記憶の回復が芳しくなかったルーネスは、空中に浮かぶ大陸が彼自身の故郷であった事と、自分の生きる世界がごくごく限定された一地域に過ぎなかった事を知った時の衝撃が、記憶に色濃く残っているそうだ。
バッツはどうやらエクスデスとの戦闘の真っ只中に召喚されたらしく、記憶の鮮明さよりも別の力が作用した可能性がありそうだが、元々エクスデスは、空間として不安定な次元の狭間を牙城としている。
他のメンバーとは違う作用が働くのも、想像に難くはなかった。
その他にも、凡そ場所の見当は付けられるが、自ら足を運んだ事はない、と言う場所もあるようなので、一概に言えないのも確かである。

しかし、戦士の記憶、或いはその人物と某かの関わりを示唆する形で、闘争の世界が拡がっているのは間違いではない。
消えゆく世界を新たに作り出す為に、世界は戦士の記憶を取り込み続けている。



二つの陣営に分かれて、新たな闘争劇が始まった。
その時期ごとに新たな顔触れがどちらかの陣営に召喚される、と言う環境にも、慣れてきている。
最初にこの世界に召喚された時、勝手が判らずに戸惑っていたノクトも大分落ち着き、ヤ・シュトラに至ってはシャントットを交えて世界の情報を交換している程だ。
過去に終えた筈の闘争が再び繰り返される事に対し、否定的だった一部のメンバーも、この世界の闘争が以前のような問答無用の殺し合いとは目的が違う方向へと向き始めたからか、当初程の拒否反応は起きていない。
個人間のウマが合わない人物がいると言うのは仕様のない事で、周りに迷惑をかけないように適当に自己処理をしてくれ、と言うのがスコールの感想だ。
……その言葉がそのまま自分に跳ね返っている事には、気付かない振りをする。

今回のスコールは、マーテリア側に属していた。
陣営内には混沌の戦士の気配が多かったが、セシルやカイン、ライトニングと言った秩序の戦士もいる。
何かとスコールに構いつけてくるジタンとバッツは、今回はスピリタス側に属しており、前回の戦闘の際、「お前がいないとつまんない!」「こっち来いよ!楽しいぜ!」等と露骨な勧誘を受けた。
以前のように完全に敵味方が別れる環境ではない所為か、案外と簡単に陣営の鞍替えは可能で、ケフカ等はその時の気分で“面白そうな側”に移動する為、戦闘中でもあっちへこっちへ動くので始末が悪い。
スコールとしては、現陣営の神と“仕事の契約をしている”と言う意識の下、戦闘に臨むので、基本的に余程の事がなければ闘争中の鞍替えはしない事にしている。

秩序の戦士の中でも賑やかしの面々がスピリタス側にいる事、マーテリア側に属する者の多くが個人主義である事、セシルやライトニングも必要がなければ協調性を声高に叫ぶタイプではないので、今回のマーテリア陣営は戦闘以外はバラバラに過ごしている事が多い。
ふらふらと現れるイミテーションの駆除も、見付けた者が必要な程度に処しており、陣営の報告行為等は殆どないようなものだった。
軍人としての習慣か、元々同陣営であったと言う意識の近さからか、スコール、セシル、カイン、ライトニングの四人は情報共有を行っているが、多くの混沌の戦士とは目立った交流はしていない。
それで日々は問題なく回っているから、スコールにとって今回の陣営の振り分けは快適であった。
毎回こう言う振り分けなら良い、と思いつつ、その願いの行く末は今の所神すら知らない。

個人行動をする者が殆どである為、今回のマーテリア陣営の多くは、陣地とも言える秩序の塔に留まっている事が少ない。
しかし、いつもの戦闘はやはり何処かで始まるものである。
ティーダの言葉を借りれば「交流試合」なるこれは、両陣営から三名がチームを組んで、示された場所で行われる。
その場所は歪の中だったり外だったりと決まってはいないが、大抵は戦う為の空間が用意されていた。
女神からの通達でその場所を聞いたスコールは、現地の様子を確かめておこうと、一人先にポイントへと向かった。

指定ポイントと思しき歪の中に入ると、其処は小さな花に囲まれた場所だった。
スコールが忘れよう筈もない、彼女と約束を交わした、あの花畑だ。


(……イミテーションは、いないようだな)


ぐるりと辺りを見回すと、遮蔽物のないその世界は、簡単に全体を見渡す事が出来る。
咲き誇る花畑の中に、踏み潰された花の痕があったが、動き回っている者はいない。
スコールが来た時点で、此処が大地の涯ではなく、花畑に埋め尽くされているのなら、先に誰かが来てイミテーション退治を済ませたのかも知れない。
それが誰であるにせよ、疲れる事を誰かが肩代わりしてくれたのなら、スコールにとっては有り難い事だ。

スコールは花畑の真ん中に腰を下ろして、他のメンバーの到着を待つ事にした。
吹き抜ける風に踊る草花から香る匂いは、此処が闘争の世界だと言う事を忘れさせる。
そんな場所で戦う事に、ふとした違和感を覚えない訳ではなかったが、戦闘はそんな個人の胸中などお構いなしに開始される為、スコールは直ぐに思考を切り替える事にしている。


(今回は、誰が来るのか。あいつ等でなければ良いんだが……)


スコールの脳裏に浮かぶのは、何かと構いつけてくる二人───ジタンとバッツだ。
以前の戦闘で顔を合わせてから、スコールとの邂逅を目的としてか判らないが、彼らは随分と積極的に戦闘に参加している。
その都度、「こっち来いよ!」攻撃が始まるので、スコールとてはやり難くて仕方がない。
うっかり風邪でも引いて寝るなりしてくれ、と思うが、毎度彼らは元気であるから、望みは薄い。

次にジタンとバッツが来たら、選手交代させて貰おうか。
そんな事を半ば本気で考えながら、誰が来ても良いように、頭の中で入念なシミュレーションを行っていると、


「抜けれそうか?慣れないとちょっと変な感覚あるからな」
「無理しなくて良いぜ。ほら、捕まって」
「闘いってのもそんなに直ぐには始まらなかったりするから、慌てなくて良いぞ」
「あっち側はまだ誰も───あ、いや、いたいた。おーい、スコールー!」


背中に聞こえた声は二つ。
その声の主を、振り返るまでもなく察して、はあ、と溜息を吐いた。
煩い奴らが来た、と思いつつ、此方のメンバーが揃うまでどうやって往なしたものかを考える。

二つの声───ジタンとバッツは、何かを案内しているような口調で、あれこれと喋っている。
そう言えば、マーテリアが新たな戦士が一人召喚されたと言っていたか。
召喚を行ったのはスピリタスのようで、マーテリアはどんな人物が召喚されたかは判らないようだった。
新顔が来たのなら、その情報は持ち帰らねばなるまいと、先ずは顔を確かめようと振り返ろうとして、


「────スコール!」


呼ぶ声と共に、どんっ、と背中にぶつかるように重なった体温。
理屈や理由を考えるよりも早く、スコールはその声の主を悟った。


(リノア)


見開いた目で振り返れば、きらきらと光る瑪瑙の瞳が間近にある。
目尻に薄らと雫を浮かべながら、頬がほんのりと赤らんで、ああ前にも見た事がある顔だ、と思った。
首に回された腕には確りとした力が籠っていて、嬉しい、嬉しい、と言葉以上の感情を一所懸命に伝えてくる。

触れる体温に、伝わる鼓動に、それに触れたのは一体いつ以来だったのだろうと考える。
考えて、「スコールだぁ……」と独り言のように囁かれた少女の声に、それ以外の事を直ぐに忘れた。

さくさくと柔らかな草土を踏む音に、スコールははっと我に返る。
背中に覆い被さっている少女の黒髪越しに、意外なものを見たと言う顔と、にやにやと愉しそうな顔が並んでいる。
その瞬間、一番面倒臭い奴等に見られた、と言う事をスコールは覚った。


「いや~、お熱い事ですねぇ、バッツさん?あのスコールがねぇ。いやいや、隅に置けないってのはこの事だな」
「ですね~、ジタンさん。おまけに嫌がらないって所とか、凄く仲が良い関係って事だよな」
「な……」


明らかに何かを勘繰って言うジタンに、バッツが重ねて言うものだから、スコールの顔に一気に血が上る。
それを見たジタンが爛々とした目で「お?おお?」と玩具を見付けたように食いついて来たから、悪手の反応をしたとスコールも悟ったが、既に遅い。
ついでに、抱き着いている少女───リノアは、スコールのジャケットのファーに顔を埋めて、離れようとしない。


「スコール。スコールだ。本当にスコールがいた!」
「リノア、離れ───……いや、それより、なんであんたが此処にいる?」
「ん?んー……召喚された、から?」


一行に離れる様子のないリノアに、先ず冷静になれと自分に言い聞かせながら最初に問うべき事を問うと、リノアはことんと首を傾げながら答える。
まだ自分の状況も明確に理解していないのだろう、いまいちリノアの反応は鈍かった。
この様子だと、今回の闘争に際して新たに召喚された戦士と言うのが、リノアであると見て間違いはない。
と言う事は、初めて召喚されたノクトのように、何も判っていないと言う事だろう。

ちらりと蒼が後ろに控えている二人を捉え、説明責任は果たしたのか、と言葉なく問うと、察しの良い二名は直ぐに答えた。


「この世界の事ならちゃんと説明したぜ。一応、前までの事も含めて、な」
「話の中身が多くなったから、全部一気に理解って言うのは無理があると思うけど」
「……そうか」


確かに、自分達は過去から繋がる記憶があった為、比較的状況の理解は簡単だった。
しかし、ノクトやヤ・シュトラと言ったメンバーは、前代の神々の闘争の話から説明が必要だった為、状況を把握するまでに少し時間が必要だった。
その後も新たな戦士が召喚される都度、量の差はあれど幾何かの説明は必要となり、また新たな世界に関して案内も必要だろうと提案する者もいる。

リノアも、そうやってこの世界のあらましを説明されている真っ最中なのだろう。
しかし、初めて召喚された者が環境の全てを理解するには、この世界は少々ややこしい。
これから開始される闘争についても、果たして説明は及んでいるのか、スコールは其処が見えなかった。


「……リノア。あんた、この世界の事、何処まで理解してる?」
「んーと……秩序と混沌の神様って言うのがいて、色んな人がチームで分かれて、戦ってる───だっけ?」


くるんとリノアがジタン達を振り返って確認する。
恐らく、彼らが言った事をそのまま反芻したのだろう。


「まあそんなトコ。で、今回のおれ達は、スピリタスって奴の側」
「リノアちゃんを召喚したカミサマな」
「うんうん。筋肉ムキムキの男の神様」
「そんで、スコールは今回、マーテリアって神様の方についてる」


バッツの言葉に、リノアがぱちりと瞬きを一つ。
二人の貌を見ていたリノアの目が、ゆっくりとスコールへと向けられた。

じい、と見つめる瞳に、スコールはじくじくと落ち着かない気持ちが胸を巣食うのを感じる。


「スコール、こっちじゃないの?」
「……ああ」
「なんで?」
(なんでって……)


リノアの余りに真っ直ぐな質問に、スコールは答えられなかった。
偶々だと言えばそれまでなのだが、黒色瑪瑙が求めている答えはそれではないと判る。

歪の出入口が拡がる音がして、振り返ってみると、カインとゴルベーザの姿があった。
今回の戦闘に出張ってきたのだろう、二人は花畑の真ん中に屯している若者達を見付けると、その中に見慣れない少女がいる事に気付く。


「新顔だな。新たな戦士か」
「えーっと……はじめ、まして?」
「……ああ」


兜に隠れているカインの顔を見て、リノアは取りあえずと初見の挨拶を口にする。
カインの反応は淡泊なもののみ、ゴルベーザの視線はジタンとバッツへと寄越された。


「説明は済ませているのか」
「一通り。でも見ての通り初だから。まだ自分の勝手ってのも判ってないし」
「女の子だしな。お手柔らかに頼むぜ」
「さて……生憎、そう言った加減は上手くない」
「よく言ってくれるよ」


ゴルベーザの言葉に、ジタンとバッツは肩を竦めた。
だが、この世界に初めて召喚された者にとっては、気持ちとしては易しい相手だと言って良い。
もしも此処にいるのが皇帝ならば、間違いなくリノアは格好の的にされただろうし、エクスデスやセフィロスも容赦はしないし、ケフカ等は問題外だ。
それらに比べれば、手加減についてはともかく、悪戯にリノアの恐怖心を煽るのみの攻撃はしない、かも知れない。
だからと言って、勝ち戦を譲ってくれる程甘い人物ではないのだが。

人数が揃った事で、当たり前の流れに戦闘の準備が始まろうとしている気配が漂うと、リノアもそれを察知したようで、そわそわと落ち着かない様子で視線を巡らせている。
スコールの首に絡んだままのリノアの腕が、微かに強張って震えていた。


(……リノア)


リノアは、普通の少女だ。
スコールは誰よりもそれをよく知っている。

彼女の体には、魔女アルティミシアにも劣らない強大な魔力が内包されている。
その力の大きさは、元の世界で、過去の闘争で、この世界で魔女と闘い続けているスコール自身が理解していた。
それは味方であればとても強力で、敵であれば非常に厄介な力。
決して求めて得た訳ではないその力に、怯えながらも、それを乗り越えて向き合おうと戦っていた事も、スコールは判っているつもりだ。

────それでも、リノアは普通の少女だ。
戦う事を「こわい」と思う、ごく普通の少女なのだ。


「……リノア」
「ん?なに?」
「……大丈夫だ」
「え?」


内心の不安を隠すように、普通の声で反応しようと努めているリノア。
スコールはそんな彼女の手を握って、ごく小さな声で囁いた。
恐らくリノアにのみ聞こえただろうその言葉に、リノアがぱちりと目を丸くする。

スコールはリノアの腕を解いて立ち上がると、ガンブレードを手にしてカインとゴルベーザの下へ向かう。
残されたリノアが不安そうに見詰めているのが判ったが、今は振り返らなかった。

……スコールの脳裏に、何もかも堪えて飲み込んで、遠くに行こうとする少女の背中が浮かぶ。
追い駆けてはいけないそれを、彼女が何を望んでいるかを考えながら、スコールは見送る事しか出来なかった。
あの時の自分の行動が正しかったのか、間違いだったのか、その後の自分の行動も間違った事ではないと言えるのかは判らない。
ただ、あの時の自分は、こうする事が正しいのだと納得している振りをしていた事だけは、確かだった。
そして、「バカ」と言われて、頭を殴られたような気持ちになると同時に、ぐるぐると考え続けていた事が一気に飛び散って、晴れた。
理屈、理由、事情、柵────そう言うものを全て取り払って、真っ直ぐに自分の心だけと向き合った時、スコールはようやく自分が選ぶべき答えを見つけた。

三人と二人の中間になる位置で、スコールは足を止めた。
青灰色が真っ直ぐに二人の仲間と呼ぶべき男達を見詰め、その光の鋭さに、カインが唇を引き締める。
スコールは、はあ、と一つ息を吐いて、言った。


「あんた達には悪いが。今回の闘争、俺は“こっち”側に着かせて貰う」
「……それはお前の意思だな?」
「ああ」


カインの問に、スコールは兜の向こうに隠れた瞳を真っ直ぐに睨んで頷いた。

短い沈黙の中で、カインは傍らに立つ大男を見遣る。
ゴルベーザは腕を組んで立ち尽くしたまま、動く事もなく、言葉を発する事もない。
それでカインにとっては十分な意思確認であった。

やれやれ、とカインが肩を竦めて溜息を吐く。


「好きにしろ」
「ああ。そうする」


カインの言葉に、スコールは踵を返した。

元のいた位置に戻ってくるスコールを、リノアがぽかんとした表情で見つめている。
なんて顔してるんだ、と思いながら、彼女の傍らでも仲間達が同じような顔をしている事に気付いた。
間抜けな顔だ、と思いつつ、スコールは肩に担いでいたガンブレードを下ろして、三人に尋ねる。


「で、誰が行くんだ。あっちが二人になったから、こっちも二人だぞ」
「えあっ。あ、そーか。そうなるな」
「えっ?えっ?」
「えーとえーと、そんじゃ先ずはリノアちゃんは見学で、オレが付き添いを」
「…………」
「じゃなくてオレとバッツが行こうか」


ジタンの提案に「決まりだな」と言って、スコールは輪から離れる。
リノアもバッツに背を押され、スコールの後を追う形で、花畑の中央から移動した。

さくさくと、柔らかな草土の上を進むスコールの背に、リノアが声をかける。


「えっと、スコール……?」
「なんだ」
「…スコール、あっちの人じゃなかったの?」
「もうこっち側だ」
「それは、良いの?」
「良い」


何度も噛み砕いて確かめるリノアに、スコールは全て「良い」と返した。

以前の闘争のように、裏切る裏切らないと言う面倒な話は、今はないも同然の事だ。
何より、この場にいる者に話はつけたのだから、後は彼等が適当に伝えてくれれば良いとスコールは考えている。
相手がカインとゴルベーザなら、妙な尾鰭背鰭が付く事もあるまい。
次の戦闘で他の誰かと遇った時、文句の一つ二つに手痛い攻撃は食らうかも知れないが、気にする程の話ではなかった。
そんな事よりも、スコールが優先すべきものが此処にはある。

適度に距離を取って振り返ってみると、既に勝負は始まっていた。
駆け回るジタンとバッツを追って、ゴルベーザの魔法が飛び交い、二人の足が止まった所を狙ってカインが攻撃する。
因縁も因縁だと言うカインとゴルベーザの戦いぶりは、互いの事を理解しているとよく判る、抜群の連携が出来ている。
対するジタンとバッツも、過去の闘争から長く続く付き合いとあってか、よく互いの癖を上手くカバーし合い、ジタンの足の速さを生かすべくバッツがゴルベーザの魔法との消し合いが始まっていた。
遠目に見ても凄まじい応酬に、リノアが「うわぁ~……」と感嘆と畏怖の混じった声を漏らしている。


「……リノア」
「何?」
「戦闘の展開にもよるが、次は俺達が出る事になるぞ」
「あ────う、ん。うん」


スコールの言葉に、リノアは聊か緊張した様子で頷いた。
両手を握り、大丈夫、大丈夫と自分に言い聞かせている少女を横目に見て、スコールもガンブレードを握る手に力を籠める。


「大丈夫だ、リノア。あんたは俺が守るから」
「……!」
「だから、あんたは俺の傍から離れるな」


そう言って、スコールは花畑の向こうへと視線を戻す。
傍らの少女が、いつかの記憶と重なるその横顔に、顔を真っ赤にしている事を知らないまま。





リノア、参戦おめでとう!!
スコール、派生でついにヒロインと共演おめでとう!!

ACはすっかりやらなくなり、NTもあまり手を付けていませんが、やはり参戦記念にスコリノが一本書きたかった。

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