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2018年08月08日

[ウォルスコ]ファースト・コンタクト

  • 2018/08/08 21:50
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誰かをこんなに好きになった事なんて、初めての事だったと思う。
元の世界の記憶と言うものが未だに朧気だから、その事まで引き合いに出されたら、やはり判らない事ではあるのだけれど、それでも経験則として、こんな感情を抱いた事はないのは確かだった。

近くにいると、真っ直ぐに前を見詰める瞳が強くて眩しくて、堪らなかった。
抱いていた苦手意識はそう言う所から芽生えたものだったから、言ってしまえばあれは劣等感から目を逸らしていたに過ぎなかったのだろう。
後から思い返すと、本当に子供の反抗のようだった。
けれどその時は、そうしなければ向かい合う事すら出来なかったから、仕方のない事だったのだろう───多分。

それから繰り返す逢瀬の中で、あの光に惹かれていく自分に気付いた。
ちっぽけな自分と彼では、見える世界の色も、生きている世界の形も違い過ぎて、不釣り合いだと思った事もある。
いつか別れてしまう出逢いだったのだから、悪戯に近付くよりも、見ているだけで十分だとも思った。
触れ合えばきっと忘れられなくて、別れるのが嫌になるから、姿形と生き様以外の事は、知らなくて良かった。

……けれど、触れられるとやはり嬉しくて、もっと欲しいと思ってしまう。
頬を撫でる手は、慣れていないと判るぎこちなさが感じられて、その事に少し安堵した。
いつも真っ直ぐに歩き続ける彼でも、知らない事や慣れない事、戸惑う事もあるのだと、人間臭さを知れた気がしたのだ。
雲の向こうで光り輝く星のような、遠い存在のように感じていたけれど、彼は両足を地面について此処にいる。
手を伸ばせば触れる事が出来る場所にいるのだと知った時、胸の奥が熱くなったのを覚えている。

そうして存在を感じる度に、もっと感じたい、もっと知りたい、と願う。
欲張りな感情は望む事を止めないから、まだ足りない、もっと欲しい、といつも飢えている。
それを少しずつ埋めてくれる熱を、今よりももっと深い場所に打ち込んで欲しいと思った。



スコールにそう言った経験はないが、ウォーリアもないと言う。
彼もまた、スコール以上に記憶の回復が芳しくなく、本当の名前と言うものも思い出せないようだから、過去については定かではない。
しかし、少なくとも、今この記憶を持つ現在に置いて、経験がないのは確かだった。

それを聞いたスコールは、ほんの少しだけ安堵した。
自分ばかりが何も知らない子供である事は、背伸びをしたい彼にとって、どうしても受け入れ難い事だったからだ。
そんな事に頓着するのが子供なのだと言われるとぐうの音も出ないのだが、幸い、それを指摘する者はいない。
彼も知らない事があるのだと、これから彼の“初めて”を自分もまた貰えるのだと思うと、嬉しかった。

同時に、少なくない緊張がスコールを襲う。
ウォーリアは誰かに恋愛感情を持った事もなければ、口付けやそれ以上の事をした事もなく、もっと言えばそう言った知識そのものが欠落しているようだった。
だから自分がスコールに対し、他の仲間達とは違う特殊な感情を持っている事も、その感情が何と呼ぶものなのかも、彼は判らなかったのだ。
スコールの気持ちと、ウォーリアの様子を見た仲間達が、あれやこれやと気を回してくれなければ、きっと今でもウォーリアは自分の感情の正体を知らなかったに違いない。
……そんなウォーリアと、これから恋人としての触れ合いをするのだ。
経験はなくとも、知識だけはある自分の方が、流れを作って行くべきではないのかと、スコールはそう考えていた。


(でも……流れって、どうやって作るんだ?)


ウォーリアの寝室に入って、ベッドの端に座ってから、スコールはずっとそれを考えていた。
主のいない部屋で過ごすのは今日が初めてではなかったが、思考をぐるぐると巡らせている所為で、酷く落ち着かない。
だがウォーリアが部屋に戻って来るまでには答えを見付けなければならないと、思考を止める訳にもいかなかった。

この場にいないウォーリアは、日課になっている聖域周辺の見回りを終えて、風呂に入っている。
長湯をするタイプではないから、あと五分もすれば上がって来るだろう。
その待ち時間が長いようで、短いようで、スコールは緊張した面持ちでそわそわとしていた。


(……ウォルと…これから……、…………)


もう直ぐ訪れるであろう瞬間を想像するだけで、スコールの顔は赤くなる。
イメージはどうにも希薄で、上手く形作る事が出来ないのだが、それでも“何を”するのかは浮かぶ。

だが、スコールの緊張を煽るのは、二人が未だキスすらした事がないと言う事だ。


(……それなのに、それ以上の事まで一気にするとか、無理だろ!)


物事には順序と言うものがある。
それは大抵、簡単な事から始め、課題を一つ一つクリアしながら、難易度を上げていくものだろう。

しかし二人の仲間達は、此処に至るまでの両者の進み具合から、「これじゃいつまで経っても進まない!」「見ていてじれったい!」と言う結論に至ったらしい。
大きなお世話だとスコールはつくづく思うのだが、そのお陰で、強引にこうした時間が作られたのも確か。
その証拠に、誰かがいたら二人とも人目を気にしてしまうだろう、と言う事で、全員が某かの理由をつけて出払っている。
お陰で今夜、秩序の聖域にいるのは、スコールとウォーリアの二人だけだった。

気の使い方が露骨過ぎて思う事がない訳ではないが、ぶつける相手は誰も明日まで帰ってこない。
ついで、お節介だと言ってはいても、彼らの気遣いが有り難くない訳ではない。
彼をもっと触れたい、もっと感じたい、と思うスコールにとって、先に進む為に、これ以上のお膳立てはなかった。

……だから仲間達の気遣いは受け取るつもりでいるのだが、如何せん、どうすればスムーズに進められるのかが判らない。


(やっぱり俺の方からが良い、よな。あいつは…あまり自分からは、して来ない、し……)


経験がないからか、指標がないからか、恋愛に関する事はウォーリアは余り積極的ではない。
知識もないので、何をどうすれば良いのか判らない、と言うのが彼の正直な言葉だった。
となると、やはりスコールの方から流れを進めるのが良いのだが────と、思考は堂々巡りを続けている。

とにかく切っ掛けを作るようにしないと、思った所で、部屋のドアが開く音がした。
キイイ、と蝶番の鳴る音を聞いただけで、スコールの心臓が早鐘を打つ。
今からこんな調子では────と思っている内に、隣にほんのりと熱を持った気配が腰を下ろす。


「すまない。待たせてしまっただろうか」
「あ───い、や……別に……」


詫びるウォーリアの声に、スコールは顔を上げる事が出来なかった。
ドキドキと煩い心臓の音が、隣の男に聞こえているような気がする。
黙れ、静まれ、と自分に言い聞かせてみるけれど、鼓動は感情に正直で、一行に収まる様子がない。

ちらり、と隣を見遣れば、まだ水分を孕んでいる銀色がきらきらと閃いて、スコールの心を奪う。
銀色の前髪の隙間から覗くアイスブルーの澄んだ瞳が、つ、と此方に向いて、少年の顔を映した。
その瞬間にスコールの意識は目の前の恋人に全て囚われて、身動きが出来なくなる。


「…ウォ、ル……」


震える唇で名を呼ぶと、ウォーリアの手がスコールの頬に触れた。
する、と撫でる指先がくすぐったくて、スコールは目を細める。

ウォーリアの触れ方をなぞるように、スコールもウォーリアの頬に手を伸ばした。
ひた、と触れた頬は、まだほんのりと上気していて温かい。
此処も温かいんだろうか────と蒼の瞳が形の良い唇へと向けられて、スコールは誘われるように其処に顔を近付けていた。


「ん……」



唇を押し当てるキスを、ウォーリアは拒まなかった。
目を閉じて唇を重ねているスコールに、ウォーリアも習って目を閉じる。

長いような短いような時間を過ごして、スコールはそっと唇を離した。
はぁ……っ、と緊張と熱の混じった吐息が零れて、ウォーリアの口元をくすぐる。


「は…ふ……ウォル……」
「……スコール」


名前を呼べば、呼び返してくれるのが嬉しかった。
その声に促されたような気がして、スコールはもう一度、ウォーリアの唇に己のそれを重ねる。


「ん…んぅ……」


触れているだけなのに、重ねているだけなのに、心地良い。
キスとはたったこれだけの事で、こんなにも気持ち良くなれるものなのか。
生まれて初めての経験に、スコールの意識は緩やかに溶けつつあった。

重ねていた唇を離して、また呼吸をする。
は、ふ、と少し逸る呼気を繰り返した後、スコールはウォーリアがどんな顔をしているのか気になって、顔を上げた。


「……ウォル…どう、だ……?」


嫌じゃないか、変じゃないか、と問うスコールに、ウォーリアは薄く笑みを浮かべて頷く。


「ああ。とても、幸せだ」
「……そう、か……」


ウォーリアの言葉に、なら良い、とスコールは呟く。
彼が嫌な気持ちにならないなら、自分と同じように幸せを感じてくれているなら、十分だ。

スコールの頬に触れている手がするりと滑って、スコールの顎を捉える。
くん、と上向くように促されて、スコールは素直に従った。
そうして微かに開いたスコールの唇へと、ウォーリアのそれが重ねられる。


「ん、あ……っ」


ウォーリアの方から────そう気付いた時、スコールは自分の体が熱くなるのを感じた。
口付けを重ねる内に徐々に落ち着きつつあった心音が、また跳ねて煩くなる。

開いたままの唇に、温かいものが触れた。
なんだろう、と思っている間に、それはスコールの口の中に入ってきて、歯列をなぞる。
背中にぞくぞくとしたものが走ったが、それは嫌悪とはもっと別の感覚だった。


「ふ…ん……っ!」


ひくっ、ひくんっ、と震えるスコールの体。
その腰にウォーリアの腕が回されて、抱き寄せられ、二人の体が密着する。

無防備な舌が熱の塊に絡め取られて、撫でられる。
ぞくぞくっ、と言う感覚がスコールの首筋を辿って、頭の芯まで響いたような気がした。
これは、何、とスコールが誰にも問えずにいる間にも、口付けは深くなっていく。


「ん…あ……あふ……っ」
「…ん……ふ……」


ふるふると震える舌を、何度も何度も撫でられている。
舌の根がびりびりと甘い痺れを感じて、スコールは体の力が抜けるのが判った。
いつの間にか自分で自分の体を支えられないまでになり、くったりとウォーリアに体重を預けてしまう。

寄りかかるスコールの重みを感じながら、ウォーリアはゆっくりと唇を離す。
二人の唇の間を、細い銀色の糸が繋いだ。


「ふ…あ……ウォ、ル……?」


ぼんやりとした蒼灰色の瞳が、不思議そうにウォーリアを見上げる。

これは、何。
ふわふわと気持ち良いのは、何。

自分からキスをした時には、受け入れて貰えた喜びがあった。
それは確かに幸せな事だったけれど、こんなにも溢れそうな多幸感はなかった筈だ。
まるで特別な何かを施されたかのように、スコールはウォーリアから貰ったキスが忘れられない。

熱に浮かされたように揺れるスコールの瞳を、ウォーリアは真っ直ぐに見詰めていた。
顎にかけられた指に微かに力が籠るのを感じて、スコールは無意識に唇を薄く開く。
作法のように従うスコールに、またウォーリアは口付けた。


「は…ん、ふぁ……っ」


するり、と滑り込んだ舌が、スコールの舌を絡め取って愛撫する。
唾液が絡み合ってスコールの耳の奥で音を立てていた。
それが恥ずかしくて溜まらないけれど、与えられる心地良さが恋しくて、離れる事が出来ない。

スコールの腕がウォーリアの首に絡み付き、上気した瞳が、もっと、と音なくウォーリアに訴える。
ウォーリアはそんなスコールの後頭部に手を回し、柔らかな力で抱き締めて、より深くに口付けを与えて行く。
そうすればもっとスコールが幸福になれると知っているかのように。


「あ…は……っ…」


ようやく唇が解放されて、スコールはウォーリアにしな垂れかかる。
足りなくなった酸素を求めて、はふ、はふ、と吐息を零す唇は、桜色になっていた。


「……スコール。大丈夫か」
「…ん……た、ぶん……」


気遣う声に、スコールは小さく頷いて、顔を上げる。


「……ウォル」
「なんだ?」
「……あんた…初めて、なんだよ、な……?」
「ああ」


確かめる気持ちで訊ねるスコールに、ウォーリアははっきりと頷いた。
それを聞いて、嘘だろう、とスコールは胸中で呟く。


(初めてしたのに…キスだけ、なのに……こんなに、気持ち良い、とか……)


これはまだ、始まりに過ぎない筈だ。
此処から先、もっとキスをして、触れて、混じり合う事になる。

それを想像するだけで、体が持たない気がする、とスコールは思った。





『ウォルスコで、WoLのキスに翻弄されてとろとろになるスコール』のリクエストを頂きました。

知識も経験もないけど、本能でスコールが喜ぶ事を知ってるWoLって良いですね。
キスだけでこんなにされたので、今夜のスコールは初めてなのに大変な事になると思います。

[クラスコ]据え膳食わねど

  • 2018/08/08 21:45
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高校入学の際、地元から遠く離れた場所にある学校を選んだのは、一人暮らしの為だった。
実家は小さな村にあり、周囲は山に囲まれ、冬になると雪で閉ざされる、そんな場所だったのだが、そう言う環境から一刻も早く抜け出したいと言う気持ちもあった。
何かと不便を強いられる場所よりも、何もかもが便利な場所の方が良い。
別に、故郷の事を嫌う程ではないけれど、そう言った“都会”と言う場所への強い憧れが、見た目ばかりの自立を促したのは強ち間違っていない。

クラウドの家は母子家庭であったから、母に余計な負担はさせたくないと───それなら、そもそも地元の学校に入学すれば良かったのだが───、自分の生活費は自分で賄うように努めた。
新聞配達、コンビニ店員、一日限りのイベントスタッフや、工事現場等、色々な所で仕事をしたと思う。
学生の稼ぎなど知れているから、学費だけは母が出すと言って譲らなかったのは、後々に思う事だったが、本当に助けられた。
それでも毎日の生活で必要なものを得るには足りなくなる事も少なくなく、そんな時には、母が実家の畑で採れた物を仕送りしてくれた。
勉強は無理をしなくて良い、服も清潔感を保てているなら無理にお洒落なんてしなくて良い、けれど食べ物だけはきちんと食べなさい、と同送された手紙に書かれていたのを覚えている。

母からの仕送りは、どんなものであれ、非常に有り難かった。
畑で採れた作物、ご近所さんから貰った乾物、町内会の旅行で買った土産の漬物、等々。
それらが届けられた時は、カップラーメンやコンビニ弁当の生活は少し止めて、出来ない料理を頑張ったりもした。
頑張った結果、黒焦げのダークマターを生産するばかりと悟ってからは、料理の得意な友人に頼むようになって、月に一度はその友人を交えて夕飯を食べるようになった。
お陰で母の仕送りは無駄なく消費され、クラウドの高校生活を支え続ける事となる。

大学に入ってから、アルバイトの時間が更に長く取れるようになり、母も若くはないのに仕送りを続けるのは大変だろうと断りの電話を入れたのだが、「良いからやらせて」と押し切られた。
母にとっては、仕送りをすると言う事が、遠く離れた息子と繋がる証のように思えるらしい。
そんな事を言われると、クラウドはどうにもむず痒くて、じゃあ出来る間は宜しく、としか言えなかった。
そうして、大学を卒業し、社会人になった今でも母からの仕送りは続いており、クラウドの食生活が今以上に崩壊しないように、密かな支えとなっている。


(……とは言え、キャベツ一玉を丸ごと送って来るのはどうかと思うんだが)


実家から届けられた段ボールを受け取って、蓋を開けたクラウドは、見事な大玉のキャベツの入ったそれを見て思う。
スーパーで売っているキャベツに比べると、倍はあろうかと言う大きさのキャベツは、母が丹精込めて育てたのだろう。
それは立派なキャベツなのだが、20代の男とは言え、一人暮らしの人間が消費するには中々大変だ。
他にもトマトやキュウリ、ナス等、夏野菜が沢山入っている。

冷蔵庫に全部入るだろうか、と首を傾げつつ、クラウドは段ボールを持ち上げた。
玄関から部屋へと戻ると、其処には一人の少年が寛いでいた。
封を開けて時間が経ち、少し湿気り始めたポテトチップを摘まみながら、少年───スコールが顔を上げる。


「何か届いたのか?」
「実家からの仕送りだ。……これ、冷蔵庫に全部入るか?」


クラウドが段ボールを下ろすと、スコールが覗きに来る。
キャベツ一玉を筆頭に、種類豊富な夏野菜を見て、眉根を寄せる。


「……大きいな」
「ああ」
「キャベツも、トマトもナスも……こんなに大きいのは初めて見た」


スコールはナスを取り出して、しげしげと眺める。
くるくると上下左右に回しながら実の具合を確認して、元の位置へと戻す。


「全部は入らないと思う。特にキャベツ」
「半分位、貰ってくれると有り難いんだが」
「じゃあ、貰う。あんたの所の野菜、美味いし」
「伝えておこう」


今のスコールの言葉は、母にとって嬉しい事だろう。
伝えたら、また張り切って大きな野菜が届けられるような気がしたが、それは止めまい。
スコールの他にも、クラウドと同じように独り暮らしをしている友人に配れば、喜んでくれるに違いない。


「キャベツを半分と、トマトも一個。トウモロコシ、一本貰って良いか?」
「ああ」
「それ位か。後は、今のうちに幾つか調理してしまおう」


そう言って席を立ち、スコールは自分の鞄からエプロンを取り出した。
クラウドと恋人関係になり、クラウドのアパートに長居する事が増えてから、いつの間にか用意されるようになったものだ。

手早くエプロンの背中を結んだスコールは、ダンボールを抱えてキッチンに移動した。
すっかりスコール専用に整え直されたキッチンで、先ずはキャベツを半分に切り、それぞれをビニール袋に包んで、一つは冷蔵庫へと納められた。
案の定、一角を占拠するキャベツに、後で四分の一にして刻んでしまおう、と決める。
その前にスコールはナスとキュウリを刻み、それぞれ塩揉みを始めた。

手際良く作業していくスコールを、クラウドは後ろから覗き込む。
ちらりと蒼の目がクラウドを見たが、作業の邪魔にはならないと踏んでか、スコールは何も言わなかった。


「どうするんだ、それは」
「半分は漬物にする。後は、今日の晩飯のカレー」
「良いな。いつも助かる」
「……ん」


恋人同士になってから、クラウドの食生活の管理は、スコールが握るようになった。
週に二回は放課後にアパートに来て、数日分の料理を作り置きしていく。
それが定着した頃には、友人のザックスは「俺は空気を呼んだ方が良いな」と言って、余り家に来なくなったと言うのは、スコールには秘密にしている。

作業を始めたついでにと、スコールはそのまま夕飯のカレーを作り始めた。
料理が好きな訳ではないが、何かを始めると没頭する癖のあるスコールは、後ろにクラウドが立っている事も気にせず、黙々と野菜を刻んで行く。
着々と進む調理の準備は、見ているだけでも面白いと言えば面白いのだが、


「……スコール」
「なんだ」
「何かやる事はあるか?」
「あんた、料理できないだろ」
「まあ、そうなんだが。放っておかれるのは寂しいんだ」
「良い年した大人が何言ってるんだ」


呆れた口調で返しながら、スコールはフライパンに野菜を移し、火を点けた。
じゅうじゅうと野菜を炒める音を聞きながら、スコールは背中に張り付いて離れないクラウドを見遣り、


「段ボールの中、まだ何か入ってただろ。それ片付けて置いたらどうだ」
「ああ、そうだったな。そうするか」


母からの仕送りは、野菜ばかりではないのだ。
乾物やらレトルトパックやらと、色々なものが詰め込まれている。
要冷蔵のものはないが、段ボールの中に置いたままと言うのも味気ないし、使わずに忘れてしまいそうで勿体ない。
クラウドは、段ボールの中身を再確認すると、それぞれスコールが指定した置き場所へと移動させた。

諸々の片付けが終わると、スコールはルーのパックを開ける所だった。
ルーの入ったフライパンを弱火にかけて煮込んでいるのを見て、クラウドはその背中に手を伸ばす。


「!クラウドっ!」
「ん?」


後ろから伸びて来た腕が腹に回され、抱き締められて、スコールが声を上げた。
何してるんだ、と肩越しに睨む顔が赤くなっているのを見て、クラウドの口角が上がる。


「あんた、凄く邪魔だぞ」
「だろうな。気が済んだら離れるから、それまで我慢してくれ」
「……いつ気が済むんだ」
「さて。いつだろうな」


そう言って、クラウドはスコールの項に唇を寄せた。
ちゅ、と首の後ろに触れられた感触に、ピクッとスコールの肩が跳ねる。
スコールの体を片腕で抱き締めながら、空いている手で細い腰を撫でれば、じろりと睨まれた。


「ちょ……っ、変な事するな!」
「変な事とは酷いな。触っているだけだろう?」
「触り方が……んっ…!」


口付けた項に柔らかく歯を立てると、甘い音が漏れる。
敏感な反応にクラウドがこっそりと笑みを浮かべていると、ふるふるとスコールの肩が震え、


「……っいい加減にしろ!セクハラみたいな真似ばかりして!」
「悪かった。怒るな」


声を荒げるスコールに、クラウドは素早く離れて両手を上げる。
お玉を手に睨むスコールに、クラウドは落ち着け、とホールドアップの姿勢で言った。

スコールはしばらくの間、興奮した猫のように鼻息を荒げていたが、ぽこぽことカレーが沸騰する音を聞いてキッチンに向き直る。
怒っていると隠さない背中に、ちょっと調子に乗り過ぎたな、とクラウドが遅蒔きに反省していると、


「あんた、あっちで大人しくしてろ。夕飯が出来るまでこっちに来るな」
「ああ。悪かったな」
「………」


重ねて詫びるクラウドに、スコールは返事をしなかった。
これは自業自得と反省しつつ、しかし余り落ち込む事もなく、クラウドはリビングテーブルへと向かう。

時計を見ると、夕方の六時まであと少しと言う所だった。
米は朝炊いたものが保温のまま残っているので、カレーが完成すれば夕飯になるだろう。
それまでは大人しくしていないと、スコールの怒りが再燃して、下手をすれば飯抜きだ。
テレビでも見て、時間を潰すか────と思っていると、


「……クラウド」
「ん?」


名前を呼ばれて、一瞬聞き間違いかと思いつつ、顔を上げる。
スコールはキッチンに立ち、此方に背を向けたまま、


「……今日は泊まりだから」
「ああ。そうだな」
「……だから」
「うん」
「………あと少しだけ、待ってくれ」


それからなら良いから、と言うスコールが、何を指して“良い”と言っているのか、直ぐに読み取れた。
クラウドの理解が間違っていないのは、赤くなったスコールの耳を見れば判る。

正直な気持ちを言えば、夕飯の後だなんて言わずに、今すぐ食べてしまいたい。
だが、スコールから待てと言われたのだから、クラウドはぐっと堪えて待つ事にした。
待っていればその時は来るのだと、スコールの方から約束してくれたようなものだから、此処で暴走してしまうのは勿体ない。

カレーのスパイシーな香りが漂い、胃袋が鳴る。
色々楽しみだな、と思いつつ、クラウドは先ずは目の前の夕飯の完成を待つのだった。





『クラスコ』で私の好きなシチュエーションでとリクエストを頂きました。
ので、最近は当たり前に彼氏の家でご飯作ってるスコールと言う設定が好きだなぁと(日替わり定食感覚)。

このクラスコはいつかそれぞれの家にお互いを紹介しに行けば良いと思います。

[バツスコ]ブルーアンバー・ロマンス

  • 2018/08/08 21:40
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モーグリショップで、琥珀の原石を見付けた。
掘り出された際の形のまま、磨きにすらかけられていない、一見すると風変りな溶岩石にしか見えない代物だ。
素人が見ると本当にただの石なので、正しく石ころ同様の値段で売られていた。
その価値がバレないようにと、口八丁でモーグリを丸め込んで、バッツは無事に原石を手に入れた。

聖域へと原石を持ち帰ったバッツは、その日からコツコツと加工と始めた。
鉱石の加工は、旅の資金を得る為には重用される技術の一つだったので、父親と旅をしている内に仕込まれた。
加工そのものを必要とせずとも、旅の最中、魔物との戦闘等でアクセサリーが破損した時、応急処置程度の修復も出来るので、神々の闘争の世界に喚ばれてからも、バッツのこの技は折々で有効活用されている。
しかし、原石からの本格的な加工は久しぶりだったので、じっくりと腰を据えて作業を続けた。

加工作業は地道で根気のいる作業だ。
暇な時間を見ては作業に手をつけていると、案の定、目の肥えたジタンに見付かった。
ショップに売られていた原石のままでも、きっとジタンならその価値に気付いただろうし、盗賊の彼が宝物を好むのも知っている。
物を渡すのは流石に拒否したが、見る分には構わなかったし、人の目から見てどれ位整ったか、加工の具合を見て貰うにも良い相手だった。
此処の角度が甘い、と中々厳しい指摘を貰いつつ、バッツは着々と石の加工を進めていく。

セシルも中々目が肥えていた。
それ程詳しい訳ではないんだけど、と本人は言うが、やはり城仕えの騎士となれば、様々な宝石類を目にする機会も多かったのだろう。
反対にこの手のものに全く知識がなかったのがティーダとクラウドだ。
宝石や鉱石は彼らの世界にもあるものだったが、彼らにとっては本物よりも偽物───イミテーション、と彼等はそれを指す言葉として使った───の方が身近なものだったと言う。
本物そっくりの偽物の宝石を作るなんて、殆どの仲間にとっては其方の方が驚く話だったが、彼等の世界は機械的な発達が大きな分野を占めていたらしいから、自然の産物は逆に量が限られるレベルだったと言えば、バランス的には判る話だった。
代わりにティーダとクラウドは、偽物を使った安価で凝ったデザインのアクセサリーを知っており、図書室からその手の雑誌を持ってきて、こう言う形で売られている石もある、と教えてくれた。
雑誌に掲載されている物の多くは、専用の道具を使って加工して作り出す物も多かったので、バッツの腕だけで加工している今は出来ないものばかりだったが、デザインの参考には多いに役立ってくれた。

いつも風の向くまま気の向くままに、ふらりと歩き出すバッツが、長く座って作業をしている時間が続いた。
何をしているのかと気にした仲間達が、物見に来たのは一度や二度ではない。
そうして見に来る度、少しずつ形を変えていく石を見て、感心した表情を浮かべていたのが、バッツは妙にくすぐったかった。

専用の道具等殆ど無い上、毎日ずっとその作業をしている訳にも行かない為、バッツの作業は遅々としている。
それでも折を見ては欠かさず続けていくと、いつしか石は輝きを持ち、美しい形へと生まれ変わって行った。
ショップで売られていた時には、直径5センチはあった筈の石は、不純物を取り除いて磨く内に、みるみる小さくなっていく。
不純物も含めて琥珀の個性の一種ではあるのだが、バッツはどうしても、不純物のない綺麗な石に仕上げたかったのだ。

そうしてバッツの地道な日々の積み重ねで、ようやく石は輝く宝石となる。
モーグリショップで購入したアクセサリーから石を外して貰い、其処に宝石を固定して、ようやく完成だ。
プロの金細工職人が見れば粗だらけだろうが、手作りの味と言う事で許して貰おう。

透明な赤黄色をした、一対のピアス。
それを手に、バッツは彼────スコールの下へと赴いて、


「ほら、スコール」


そう言って差し出したピアスを、スコールはきょとんとした表情で見詰めた。
バッツはピアスを差し出した格好で、スコールはそれを見詰めて、数秒間の沈黙が流れる。


「……え?」


首を傾げるスコールに、バッツはにっこりと笑って見せる。


「これ、スコールにあげようと思ってたんだ」
「な……そ、んな。そんなもの」
「あ、ひょっとして琥珀って嫌いだったか?」
「あ────そ、そうじゃない、けど」


僅かに顔を引き攣らせるスコールに、失敗だったか、とバッツが尋ねると、スコールは慌てて首を横に振る。


「……それ、琥珀なんだろう。結構貴重な石だって、あんた言ってたじゃないか」


バッツが石を加工している様子は、スコールもよく見ていた。
専用の機械を用いず、ヤスリを使っての人の手による地道な加工作業は、スコールには非常に珍しいものだった。
始めは貴重なものを見ると言う気持ちで観察していただけだったのだが、作業中にバッツがあれこれと鉱石について話をしてくれたので、本物の琥珀と言うものがどれだけ希少な物かと言う事も知った。
特殊な環境下と、何千万年と言う長い長い歳月をかけて作り上げられる、琥珀石。
その価値すらも具体的に判らないスコールには、とても手にして良い代物ではないような気がするのだ。

しかしバッツは構わず、スコールの手を掴んで、その手に琥珀のピアスを握らせる。


「最初からこれはスコールの為に作ろうって思ってたんだ。だから受け取ってくれよ」


そう言って、バッツは握っていたスコールの手を離す。

スコールは手の中に残されたものを見て、眉根を寄せた。
空から降り注ぐ光を受けて、琥珀がきらきらと透き通った輝きを反射させている。
スコールの記憶にある、“本物に似せて作られた石”とは違う光だ。


「……こんなもの。落としたらどうするんだ」
「別に良いさ」
「良くないだろう。あんたが毎日時間をかけて作ったものなのに」


琥珀石の金額的な価値は勿論、スコールはこれをバッツが作ったと言う事が重い意味を占めていた。

加工の為の碌な工具もない世界で、バッツの手一つで作られた宝石のピアス。
きっとこの世界で失くしてしまったら、どんなに探しても、二度と見付ける事は出来ないだろう。
それでも良い、とバッツは言うが、スコールは絶対に嫌だった。

苦い表情を浮かべているスコールに、バッツはかりかりと頭を掻いて、


「じゃあ、せめて受け取ってくれよ。つけなくても良いからさ」
「………」
「な?」


僅かに高い位置にある顔を覗き込んで、にぱっと笑うバッツに、スコールはひっそりと唇を噛む。
眉間の皺が消えないスコールを見て、バッツは濃茶色の髪をくしゃくしゃと撫でてやった。


「それよりさ、スコール。面白いもの見せてやるよ」
「……面白い…?」
「それ、片方貸してくれ」


バッツがピアスを指さしたので、スコールは無言でピアスを差し出した。
バッツは対になっているピアスを一つ取り、天上の太陽に翳して見せる。


「お、」
「……」
「スコール、ほら。こっちから見てみろよ」
「……?」


嬉しそうな表情で誘うバッツに、スコールは首を傾げつつ近付く。
見てみろ、と言うのは恐らくピアスの事だろうと、スコールはバッツの視線に出来るだけ合わせるようにと、翳されたピアスを下から覗き込んでみた。
すると其処には、深い深い蒼色の輝きを宿した石の姿があった。

え、と目を丸くして、スコールは自分の手の中にある石を見る。
其処にあるのはオレンジがかった黄色の石のピアスがあり、え、と益々スコールを混乱させる。

自分とバッツの手元を交互に見るスコールに、バッツはくすくすと笑いながら、


「凄いだろ。太陽の光で、色が変わって見えるんだ」
「…そう、なのか。琥珀って、そういう宝石なのか?」
「いや、全部が全部じゃないよ。琥珀の中でも凄く珍しい奴なんだ。生命力を引き出してくれる、なんて言い伝えもあったりするんだぜ」


ただでさえ貴重と言われている石の、更に貴重な代物と聞いて、スコールが絶句する。


「そんなもの。俺なんかに」
「そう言うなって。それに、おれ、これを見付けた時、真っ先にスコールの顔が浮かんだんだ」


言いながらバッツは、スコールの手にピアスを戻し、また握らせる。
スコールは握られた手を落ち着かない様子で見下ろしている。
バッツはその瞳を覗き込んで、蒼灰色の宝石をじっと見つめた。


「……へへ」
「……?」


スコールの顔を覗き込んだ体勢のまま、頬を緩めて笑うバッツに、スコールは首を傾げる。
なんだよ、と唇を尖らせるスコールに、バッツは双眸を細めて顔を近付け、スコールの眦にキスをする。


「……?!」
「へへ。な、これ、持っててくれよ。別につけなくても良いからさ」
「あ…、な、……!」


バッツの言動に理解が追い付いていないのだろう、スコールは言葉を失っている。
ピアスを握らせた手を柔らかな力で包まれて、振り払う事も出来ず、スコールははくはくと唇を開閉させるだけだった。
その間、言葉以上にお喋りな蒼の瞳が、何を言って、ふざけるな、石はどうすれば、と矢継ぎ早に問いかけていたが、バッツは何も答えない。

バッツの手の中で、スコールの手が震える。
何かを考えるように、スコールの唇が噤まれて沈黙した後、はあ、と言う溜息が漏れた。


「……もう、判った。判ったから」
「貰ってくれるか?」
「…受け取らないと離さないだろう、あんた」
「あはは」


否定しないバッツに、スコールはもう一度溜息を吐く。

両手を包むように握っていたバッツの手が離れて、スコールは自由になった手を開く。
黒のグローブの手の中で、赤黄色に光る石を見詰めていると、角度を変えた時にひらりと蒼く光る瞬間が見えた。
確かに綺麗ではあるけれど、この価値が具体的にどれ程のものなのかは、相変わらず判らない。
こう言う代物は、まだまだ学生であるスコールには、縁遠い物なのだから仕方がないだろう。
やっぱり何処かに締まっておこう、とスコールは思いつつ、手の中のピアスを落とさないように気を付けながら、耳へと手を持っていく。


「……スコール?」


名を呼ぶ声に返事をせずに、スコールは右耳のピアスを外した。
続いて左耳のピアスも外し、「ちょっと持っててくれ」と蒼石のピアスをバッツに差し出す。
バッツがそれを受け取ると、スコールは手元に残った琥珀のピアスを耳に宛がう。

いつもと違うピアスをつけるなんて、随分と久しぶりの事のような気がする。
なんだか妙な気分だ、と思いつつ、スコールは真新しい感触のする耳を触りつつ、


「あんたが折角作ったんだから。……今、だけだ」


失くしたくないから、直ぐに仕舞うつもりだけれど、その前に一度だけ。
微かに顔を赤らめながら、スコールは琥珀のピアスを嵌めた耳をバッツに見せた。

この為にと作られて、陽の光を受けながら、赤黄に蒼にとひらひらと光を揺らす小さな石。
滅多に見る事もないであろう、貴重な石が抱く輝きに、きれいだなあ、とバッツは思う。
けれどそれ以上に、赤らんだ頬の傍らで恥ずかしそうに逸らされる蒼が、一番きれいだと思った。





『バツスコかジタスコで、お互いがお互い大好き同士のほのぼの』のリクエストを頂きました。
どっちも書きたくて迷った末に、バツスコが浮かびましたのでバツスコで!

なんでも出来そうなジョブマスター&旅人と言う便利なスキル。
貰った物は失くすのが怖くて使えなくて仕舞い込んでるスコールが可愛いなって思った。

[サイスコ]情動本能

  • 2018/08/08 21:35
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オメガバース設定です。
αサイファー×Ωスコール。





この世には、男女の性の他に、三つの性が存在する。
それぞれα、β、Ωと名の付くそれは、この世界において大きな意味と役割を生き物に課していた。

最も優良種と言われるαは、先天的にあらゆる才能に置いて秀でており、あらゆる分野でその存在は大きく珍重されていた。
政治家、学者、プロスポーツマン等、様々な業界の第一線で活躍する者は、大抵α性である。
人間的にも人を引き付ける魅力があるのか、芸能人で人気のある者も、多くはα性と言われていた。
また、社会的にもヒエラルキーの高い位置にある為か、その恩恵に肖ろうと思う者は多く、より良い遺伝子を残そうと言う種の存続への本能からか、様々な目的を持ってα性に近付く者も少なくなかった。
また、α性は男性、女性共に、両性の生殖器を持ち得ており、女性であっても他者を妊娠させる事が可能である。

最も一般的で、最も数が多いのが、β性である。
謂わば“凡人”ともカテゴライズされるβ性は、先天的な才能に置いてはαには及ばないが、かと言って劣等な訳ではない。
身体的特徴は、此処の生まれ持った性質の差を除けば、大きな違いと言うものはなく、ごく普通の生命体であると言って良いだろう。
殆どの生き物はβ性である為、人々の生活に置いて、βが存在しない環境と言うのは、ほぼ全くあり得なかった。

そして最も数が少なく、貴重な種とされているのが、Ω性だ。
身体的特徴や才能云々と言ったものは、αには及ばずともβには劣らず、ごく普通のものである場合が多いが、特筆すべきはその特殊な性質である。
Ω性には男女に限らず、自身が孕む為の生殖器が備えられており、男性であっても女性のように妊娠する事が出来る。
その性質により、古い時代には“Ω性=繁殖の為の性”と定義され、社会に置いて底辺の扱いをされていた事もあった。
現在は様々な社会運動によりこうした差別は薄れている───とされているが、実際には根強く残っており、Ω性である事を公言すると言う事は、己が繁殖の為の器である事を公言する事と同じとされた。
其処まで根強い差別意識が蔓延る理由の一つとして、Ωのみに見られる“発情期”がある。
一定の年齢まで成長したΩ性は、三か月に一度、一週間の発情期が起こり、その間発情している以外の事は何も出来なくなってしまう。
その時にΩ性が発する強烈なフェロモンは、α性やβ性、その男女を問わずに強く惹きつけてしまい、これを原因とした様々な事件が起こった。
Ω性の発情期のフェロモンと言うものは強烈な誘淫剤となり、当てられた者が簡単に理性が飛んでしまう程にもなると言う。
これは薬を使ってある程度の抑制が可能とされており、Ω性は発情期に因るトラブルを避ける為、殆どがこの薬を服用しており、義務と言う程の強制はないものの、必要不可欠な事であるとされていた。
それを理由に、過去に起こった発情期を原因とした性的暴行事件等は、裁判沙汰にまで発展しながらも、被害者であるΩが発情期の抑制を怠った(被害者は薬を服用していたと記録されているにも関わらず)事が原因とされ、被疑者無罪となってしまった事もあるのだ。
この事件は後にΩ性の社会的地位向上を求める運動の際に取り上げられ、当時の時代背景としても問題視された事もあり、事件から何十年と経って、ようやく根本的な問題として扱われるようになった。
それ程までに、“Ω性である事”は、現在の社会に置いて、大きな意味を占めるのである。

昨今は発情期の症状を抑える抑制剤も一般的に流通するようになり、Ω性を隠して生きる事も不可能ではなくなったが、薬の効果が薄れれば症状が起こる為、以前としてΩ性が生きづらい事に変わりはなかった。



αだとかβだとか、Ωだとか、そう言った事はサイファーにとってどうでも良い事だった。
それを口にすれば、君はαだからそんな事が言えるんだよ、と言われるのだが、それも含めてバカバカしいと思う。

確かにサイファーはαで、体格にも恵まれ、頭も良い。
しかし、先天的な幾つかの点も含めて、それを“αだから”と全てそれにより恵まれたものだと言われるのは腹が立つ。
勉強も訓練も、何もかもが努力なしで恵みだけで得たような言われ方をすると、人知れず重ねた己の努力が無駄な事と馬鹿にされたような気がした。
サイファーだって何もかもが得意な訳ではないし、嫌いな事もある。
それを克服する為に重ねた密かな努力を、“αだから”の一言で片付けられたくなかった。

だからサイファーは、αやβやΩだからと言う色眼鏡を持たない。
いつの間にかつるむ事が多くなった風神と雷神はβだが、だからと言って彼等を凡百の一つであると馬鹿にはしない。
寧ろ、そう言う価値観に固執して、αが羨ましいだとか、自分はβだから仕方がないと言う輩の方が、サイファーには虫酸が走る。

ただ、それでも三つの性と言うものを無視できないのも確かなのだ。
バラムガーデンと言う、ごく限られた環境で生活していても、三つの性の問題は随所で起こる。
αの生徒が居丈高にお山の大将を気取って回りのβ達を支配したり、αの庇護を得ようと群がるβもいるし、希少とされるΩの生徒も全くいない訳ではなかった。
だからこそ、バラムガーデン学園長のシド・クレイマーは、学生達に性を理由に差別をしないよう、若い内からの意識改革を望んでおり、三つの性の共同生活が問題なく送れるようにと頭を捻らせているそうだ。
しかし現実を見ると、そんな生活は理想のまた理想と言うレベルでしかなかった。

訓練施設での授業を終え、今日一日の残りの授業をサボタージュするか考えながら廊下を歩いていたサイファーは、ふとした違和感を感じて足を止めた。
すん、と鼻を鳴らしてみると、甘い蜜のような匂いが鼻孔を刺激する。
覚えのある感覚に、自分の心臓の鼓動が逸るのが判ったが、サイファーは奥歯を噛んでそれを無視した。
ブーツが床を蹴る音が再開されると、それは急くような速さで繰り返される。
サイファーの進行方向でぼんやりと立ち尽くしている生徒がいたが、サイファーの足音に気付くと、慌てて道を開けた。
苛立ちを全面に露出させたサイファーに近付くのは危険であると、生徒の誰もが知っているお陰で、サイファーの進む道を遮る者はいない。

匂いを辿ってサイファーが向かったのは、薄暗い駐車場だった。
ガーデンの運営に必要なものが運び込まれる倉庫でもある其処は、業者の出入りも激しい為、何処かに人の気配が感じられる事もあるのだが、今日はシャッターすらも閉まっている。
と言う事は、此処には今誰もいない筈なのだが、強く漂う匂いと、奥から聞こえる物音がそれを否定していた。


「や…め……っ、離せ……っ!」
「良いだろ、一回だけ。一回だけで良いから…!」
「ふざけるなっ!」


拒否を示す声と、凡正気ではない、興奮を混じらせた声が聞こえる。
サイファーは二つの声が聞こえる方へ、真っ直ぐに進んだ。

複数人を乗せる事が出来る大きめの搬送トラックと、恐らくは教材が入っているのだろう山積みになっている段ボールの隙間。
其処は人が通るのに問題のない程度の広さが取られていたが、トラックと段ボールのお陰で、入り口からは奥が全く見えなくなっている。
其処から漂う強い匂いに、なんて所に逃げ込んだんだ、とその浅はかさに呆れるしかない。

言い合う声は次第に小さくなり、代わりに唸る声が霞んで聞こえた。
ゴトゴトと言う物音は続いているが、それもその内聞こえなくなってしまうのだろうか。
そうなる前に、サイファーはトラックの荷台の横扉を殴りつけた。
がぁん、と鉄で作られた横扉が大きな音を立てると、奥の暗がりにいた人影がビクッと固まる。


「誰……っ、サ、サイファー……!」
「そんな所で何やってやがる。此処は生徒の勝手な立ち入りは禁止だぜ」


自分も立ち入り禁止区域に堂々と踏み込んでいるが、そんな事は構わずに指摘すると、人影────男子生徒は「い、いや、その……」としどろもどろとし始めた。

バラムガーデンにおいて、サイファーの存在を知らない者はいない。
生まれ持っての正しくα性、と言わんばかりの存在感と、苛烈な性格も相俟って、サイファーに畏怖をもって敬遠する者は多かった。
挙句、最近は風紀委員を自称して、気に入らない生徒を見付けては脅しも同然の注意をするようになり、益々サイファーは多くの生徒に避けられている。
男子生徒もそう言った者達と変わらず、一番不味い奴に見付かった、と言う顔をしていた。

石像のように動かなくなった男子生徒を一瞥して、サイファーは彼が押し倒しているものを見る。
暗がりの中ではあまり見えない濃茶色の髪と、類を見ない蒼灰色の瞳を持った生徒。
息苦しそうに眉根が寄せられているのは、男子生徒に手で口を塞がれているからだ。
その上、男子生徒に馬乗りに伸し掛かられており、両手は頭上で一まとめに押さえ付けられていた。


「リンチか?それとも───まあ、どっちでも同じなんだがな。風紀委員としちゃあ見過ごせねえ」
「あ……い、いや!別に何も…っ、何もしてないよ!」
「へえ?」
「……っほ、本当に何も、まだ────うわっ!」


生徒がうっかり口を滑らせた瞬間、その体は後ろに飛ばされた。
伸し掛かられていた生徒が、男子生徒の腹を目一杯蹴り飛ばしたのである。

男子生徒はごろごろと転がって、サイファーの足元に顔面から床をぶつけて止まった。
いてて、と起き上がった男子生徒は、サイファーの脚を見付けて、ゆっくりと顔を上げる。
絶対零度の金髪碧眼に見下ろされている事に気付くと、ぞわっと背中に悪寒が走って、生き物として“逆らってはいけない”と本能が悟る。
ひえええ、と情けない声を上げながら、生徒は床を這うようにしてその場を逃げ出した。

トラックの向こうで転ぶような音を聞きながら、サイファーはチッと舌を打つ。
収まらない苛立ちに、一発殴ってやっても良かったな、と思いつつ、暗がりの向こうから動かない生徒へと視線を戻した。


「……おい。いつまでそんな所にいやがる」
「……る、…さい……っ…!」


苦々しい声で返って来る反応に、返事をする気力はあるようだな、と確認する。

一歩近付く事に、強烈な甘い匂いがサイファーを襲う。
意識が飛びそうな程に、甘く馨しい匂いに、サイファーは両の拳が白む程に強く握りしめていた。
匂いの下となっている人物は、は、は、と小刻みに呼吸を繰り返し、悶えるように蹲っている。

暗がりの中にいた生徒────スコール・レオンハートは、直ぐ傍まで来たサイファーを見て、微かに安堵したように苦悶の表情を緩めた。


「サイ、ファー……っ」
「……発情期か」
「………っ…!」


サイファーの問に、スコールは唇を噛んだ。
認めたくない、けれど認めざるを得ないと、彼自身も判っているのだろう。
動く事も儘ならない様子に、サイファーは溜息を吐いて、細い肩を掴んで引っ張り起こした。


「う……っ!」
「薬はどうした。飲んでねえのか」
「飲んだ、けど……、最近…効きが、わるい……っ」
「それ、ちゃんとカドワキに言え。効かねえモン飲んだって意味ねえだろうが」


自分の肩を貸して、サイファーはスコールを立ち上がらせた。
が、スコールの足元には碌な力は入っておらず、完全にサイファーに寄りかかっている状態だ。
これなら丸ごと抱えた方が移動が楽なのは判っているが、保健室に行くまでにその他大勢の目がある事を思うと、迂闊な事は出来なかった。

殆どスコールの脚を引き摺りながら、サイファーは駐車場を後にする。
保健室へと向かう道すがら、すれ違う生徒がスコールを抱えるサイファーを見ていたが、特に不審がられる様子はない。
訓練と称してスコールを連れ出したサイファーが、散々付き合わせて疲れ切った、負傷して気を失ったスコールを抱えて帰って来るのは、儘見られる光景だったからだ。
スコールが漂わせている匂いは、その発信元がどこなのか判らない程に広がっている所為で、あまり特定されてはいないらしい。
しかし、察しの良い者や、気付かれる可能性は皆無ではないから、サイファーは速足で廊下を進んだ。

保健室に着くと、サイファーとスコールを見ただけで、カドワキは何も言わずとも事情を察してくれた。


「一番奥のベッドに寝かせて。ドアはちゃんと閉めるんだよ」
「判ってるよ」
「薬を飲ませないといけないね」
「それなんだが、最近効きが悪いんだってよ。もっと強いのあるか」
「これ以上強い薬は、本来のホルモンバランスまで壊しかねない。……でも、そうも言っていられないか。急場だし、今回だけ使うとしよう」


スコールに与える薬の準備を始めるカドワキ。
サイファーはそれを横目に見ながら、スコールを保健室の奥へと運んだ。

バラムガーデンは、三つの性を持つ生徒達が皆平等に暮らせるよう、環境を整えようとしている。
しかし、持っている性質の全てを同じにする事は出来ないから、一定の区別はやはり不可欠であった。
複数の人数で共同生活となる寮は、同じ性で部屋割りが分けられているし、Ωが発情期を迎えている間は授業を休む事も許されている。
保健室には発情期の発生、或いはそのフェロモンに当てられた生徒が落ち着くまで、一時的に隔離が出来るよう、特別な一室が設けられていた。

隔離室にスコールを運び込むのは、これで何度目になるだろう。
そんなことを考えながら、サイファーはスコールをベッドに降ろした。


「…は…う……っ」
「……ちっ……」


ベッドへ移す振動だけで、熱の籠った吐息を漏らすスコールに、サイファーは舌を打った。
そうしなければ、ずくずくとした欲望が頭を上げるのを誤魔化せなかったのだ。

────スコールはΩ性だが、最初からそうだった訳ではない。
バラムガーデンは、多数の若者が共同生活するに当たって、軽視はできないΩ性の問題を可能な限り回避する為にも、入学時に性の診断が義務付けられている。
スコールとサイファーも、いつであったか診断を受けており、その時にサイファーはα性である事が判った。
恐らくはその時にスコールもα性と診断されており、だからこそ授業も寮部屋も他のα性の生徒と同じように組まれていた筈だ。
しかし、二年前にスコールの体に変調が起こり、自身の体の違和感を感じたスコールがカドワキに相談し、もう一度診断した際に、αからΩへと変異した事が判った。

生まれ持った性から、別の性に変異すると言う出来事は、過去にも確認されている。
本来ならそれが発覚した時点で、スコールの生活環境はΩ性に準じたものへと変えるべきだったのだが、スコールが強く拒否した。
幼い頃はαらしくない性格と言われ、男らしいとも言えなかった容姿も相俟って、スコールはその手の揶揄を散々受けて来た。
それをようやく克服しつつ、授業も訓練も好成績を納めて、やっと自分に自信が持てそうだったのに、α性からΩ性へ転移したと言うのは、スコールにとって地獄の底に落とされたようなものだろう。

だからスコールは、相談をしたカドワキに、Ωになった事は誰にも知らせないで欲しいと頼んだ。
カドワキは始めこそ鈍い反応だったそうだが、思春期の難しい年頃にあって、性の変異はデリケートな話だ。
本人にとって辛い話である事は勿論、それを聞いた他の生徒達が、興味本位に何をしてくるかも判らない。
保険教諭のカドワキでさえ、そう考えずにはいられない程、Ω性の環境は苦しいのである。

そして、スコールの変異は、サイファーにも影響を齎している。
三つの性など、人間を形作る上で大した意味もないものだと思っていたが、スコールがΩ性になったと気付いてからは、そうも言っていられなくなった。
ライバル視していた男が、自分と同じαではなくなったと言うのもショックだが、それ以上に、発情期になったスコールから目を離せない。
そうした異変に気付いたからこそ、サイファーはスコールがΩに変異したのだと気付く事が出来た───が、元よりαはΩの発情期に強い反応を示すものだと言われているものの、気を抜けば正気を失いそうな程に惹きつけられるとは思っていなかった。


(Ωの生徒なら、他にもいるってのに。こいつだけが、俺をこんなに狂わせる)


ベッドの上で蹲り、熱の籠った呼気を繰り返しているスコール。
その全身から溢れ出すフェロモンは、決して広くない部屋の中を一杯に満たしていた。
下部に溜まった熱が暴発しそうで、サイファーは奥歯を強く噛んで自制を保つ。

薬を持ってきたカドワキが部屋に入り、スコールの体をそっと起こした。
カドワキの手が背中に触れただけで、ビクッと細い肩が震える。


「っは……せ、んせ、い……」
「薬だ。自分で飲めるかい?」
「……ん……」
「いつものより、少し強い薬だからね。副作用もあるだろう。でも、大人しく眠っていれば、そう影響はない筈だ」
「……う…ん……」


カドワキに背を支えられながら、スコールは受け取った錠剤を口に入れる。
渡された水を一口飲んで、薬を飲み込む。
赤らんだ体の熱を冷まそうと、残りの水も飲み干そうとしたが、零れた水が彼の喉を伝い落ちて行くのが見えた。


「う……っ!」
「落ち着いて。そんなに一気に飲むんじゃない、咽ちまうよ」
「……は、い……」


宥められて、スコールはようやくゆっくりと水を飲む。
グラス一杯の水を完全に空にして、またカドワキに支えられながら、スコールはベッドへと横になった。


「後はゆっくり眠るのが一番だ」
「寝れるのかよ、こいつ」
「薬の副作用に、入眠作用もあるから、大丈夫だよ。ほら、アンタはさっさと部屋を出な。じゃないとスコールも眠れないだろう」


Ωの発情期は、性を問わずに強力な誘引剤となるが、特にαへの影響は強い。
だから、これ以上一緒にいるのは双方にとって危ないだろうと、カドワキはサイファーの退室を促した。

部屋を出て行くカドワキの後を追う形で、サイファーもベッドを離れようとする。
が、くん、とコートの端が引っ張られるのを感じて足を止めた。

振り返ると、薄らと濡れた蒼の瞳が此方を見ている。
微かに開いた唇が、サイファー、と名前を呼んだのを聞いた。
はあ……っ、と零れる吐息が、無自覚にサイファーの情欲を煽ろうとする。

ぐ、と奥歯を噛んで、サイファーはコートの裾を引いた。


「………」
「……あ……」


コートからスコールの手が離れて、濡れた蒼からじわりと雫が浮かぶ。

サイファーは大股でスコールの下に戻ると、ぼんやりと見つめるスコールの頭をぐしゃぐしゃと掻き撫ぜた。
突然の事にスコールが目を瞑っている間に、一頻り撫でて手を離す。
それだけでまた泣き出しそうに此方を見上げてくるスコールに、サイファーは触れそうな程に顔を近付けて言った。


「其処にいる」
「……そこ、に……?」
「ああ」
「……ずっと…?」
「ああ。だからお前は気にせず寝てろ」


ぼんやりと見上げるスコールが、言葉の意味を何処まで理解しているのかは考えず、サイファーは彼の傍を離れた。
いつも通りの歩調で部屋を出て、甘い匂いのない空気を吸って、大きく吐き出す。

扉の前にずるずると座り込んで、サイファーは肺の中にある酸素を全て入れ替えるべく、何度も深呼吸を繰り返す。
其処までやっても、己の下腹部は痛いままで、これが収まるまでは動けまい。
カドワキはデスクに戻ったようで、隔離室への通路はサイファー以外には誰もいなかった。
それを幸いに、サイファーは自分の熱が収まるまで此処でサボらせて貰う事にする。


サイファーの脳裏に、名を呼ぶスコールの貌が浮かぶ。
蒼灰色の瞳が、抗えない本能が、何を求めているのか、サイファーは理解していた。

─────それでも。


(絶対、やらねえ)
(俺もお前も、ブッ飛んでる状態でなんて、絶対にやらねえ)


欲しくない訳ではない。
求められて、疼かない訳ではない。
欲しいと、手に入れたいと、ずっと思っている。

思うからこそ、サイファーは本能に抗うのだ。





『サイスコでオメガバース』のリクエストを頂きました。
ちょいちょい摘まんでいたので、最低限の設定は知っていましたが、相変わらず設定は都合の良い所だけ使っております。

このサイスコは運命の番だろうし、だからこそ影響も強いのですが、両方ともその自覚はない。
サイファーは抱くなら理性があって合意の上でやりたい。無理やりとか絶対に嫌。スコールが意識朦朧としている時も嫌。
スコールの方は本能的にサイファーを求めているけど、今の所はツンツンしてる。
ⅧED後まで拗れそうなオメガバースサイスコ、考えてて楽しかったです。

[サイスコ]迷子の矢印

  • 2018/08/08 21:30
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任務を終えて、四日振りにスコールの部屋に行くと、其処には見知らぬ男子生徒がいた。
開けたままのドアを境界線にして、馴れ馴れしい口調でスコールと話をしている。
男子生徒が徐に延ばした手が、スコールの肩をぽんぽんと叩いた。
スコールはそれに表情を変える事なく、いつもと変わらない無表情で、就寝前の挨拶を口にした。

男子生徒はひらひらとスコールに手を振って、ドアを離れて行く。
此方へ向かって歩いて来た男がサイファーを見付け、よう、と片手を上げて挨拶したが、サイファーは返さなかった。
相手が何処の誰なのか、先輩なのか同期なのか後輩なのか、記憶が全く震えないので判らない。
先の魔女戦争で戦犯とされ、更生の為にバラムガーデンに戻ってきたサイファーに堂々と挨拶を投げようとする所を見ると、先輩か同期と言った所だろうか。

しかし、サイファーにはどうでも良い事だった。
隣を横切り、遠退いていく男の足音を聞いているのも癪に触って、それから離れるように歩を再開させる。
苛立ちを体現するような、男の足音を消さんばかりに露骨な足音を立てながら、サイファーはスコールの部屋の前に来た。

鍵のかかったドアのパネルを操作して、ロックを外す。
開けたドアの向こうには、部屋の主が淹れたばかりなのだろう、湯気の立つコーヒーカップを持って立っていた。


「……ああ、あんたか」


来訪者の貌を確認して、零れた言葉が、「お帰り」の代わりだ。
それに対して「おう」と返すのが常のサイファーだったが、今の彼にその余裕はない。

サイファーは無言で部屋へと入ると、スコールの手からコーヒーカップを取り上げた。
突然のサイファーの横暴に、おい、と抗議の声が上がるが、サイファーは無視する。
カップを床に放らずにテーブルに置いたのは、なけなしの理性だった。
手が空になると今度はスコールの腕を掴み、加減のない力で掴まれたスコールが顔を顰めるのも構わず、力任せに細身の体をベッドへと放る。


「痛っ……!何す、」
「うるせぇ!」


抗議しようとするスコールの声を、サイファーは怒りの声で遮った。
馬乗りになる男に、見開かれた蒼が見上げて来たが、それだけでサイファーの感情は収まらない。


「何他の男連れ込んでやがんだ、テメェ」
「……はあ?」


サイファーの言葉に、スコールの眉間に眉根が寄せられる。

サイファーの手がスコールの肩を掴み、ベッドシーツに縫い付ける。
薄手のシャツを着ているスコールの肩に、サイファーの指と爪が食い込んでいた。
スコールはそれをちらりと見遣って、怒り心頭で見下ろしてくる幼馴染を睨み、


「離せ。痛い」
「うるせえ」
「それしか言えないのか。何が気に入らないのか説明もしないで」
「何が、だと?」


サイファーの感情が伝染したように、スコールの声には苛立ちが混じっている。
そんなスコールの様子が、またサイファーには怒りの種になっていた。

────何が気に入らないのか、なんて、言うまでもないとサイファーは思っている。
しかし、言わなければ判らない、と言うスコールの台詞も最もだ。
彼にしてみれば、四日ぶりに任務から帰ってきた男が、部屋に入って来るなり怒り心頭になっていると言う状況なのだから、訳が判らないだろう。
もっと人の感情や動向に聡い人間なら察するものがあったかも知れないが、何せ相手はスコールだ。
他者と積極的に関わる事を避けて来た人間に、幼馴染が相手とは言え、何も言わない相手の心情を察しろと言うのは、甚だ無茶な話だった。

肩を掴む手に力が籠る。
ぎり、と痛む骨に、スコールが睨むのを見下ろしながら、サイファーは荒げたくなる声を努めて静かに吐き出した。


「面倒臭ぇ仕事が終わって、やっと帰って来れたと思ったら、他の男と慣れ慣れしくしてるのを見せつけられたんだぞ。腹も立つってもんだろうが」
「……意味が判らない。誰が誰と馴れ馴れしくしてたって?」
「お前が、何処の誰かも知らねえ奴と、だ。ついさっき其処にいただろうが」
「………ああ。あの人か」


たっぷりと考える時間を置いてから、スコールはようやくサイファーの指している人物に思い当たったらしい。
思い出すだけで時間がかかる程、スコールにとっては印象が薄いと言う事か。
それなら多少はサイファーの気も紛れるが、しかし、直ぐに件の男子生徒がスコールの肩に手を置いていた事を思い出す。
全く見知らぬ相手か、名前すらも知らない相手にそんな事をされて、スコールが平然としているとは思えない。
少なくとも、名前くらいは知っている間柄で、尚且つ指揮官となったスコールに気安く触れる事が許されている人物なんて、このバラムガーデン全体で探しても一握りだろう。

思い当たる人物に行きついてから、スコールは溜息を吐いた。
面倒臭いな、と言う色をした瞳がサイファーを見上げる。


「あの人はただの先輩だ。馴れ馴れしいのは……最初からだ。ああ言う人なんだろう」
「そんな奴がなんてお前の部屋に来てんだよ。お前、あいつと何してやがった?」
「何って、ただの報告書の提出だ。指揮官室はもう閉めていたから、こっちに持ってきたんだと」
「本当にそれだけか?」
「……しつこいな。なんなんだよ、あんた。俺が誰とどう言う話をしていようと、あんたには関係ないだろ」


スコールにとって、それはごく普通の、特に深い意味のない言葉だったのだろう。
長い間、親しい人間と言うものを作らず、自ら孤独の道を歩こうとしてきた。
魔女戦争を経て、幼い頃の記憶や友人たちを思い出して、少しは軟化したと言っても、長年培った価値観は変わらない。
他者からの過度の干渉を嫌うのも、同じことだった。

しかし、今のサイファーにその言葉は聞き捨てならない。

肩を掴んでいた手を離して、両手でスコールの胸倉を掴んだ。
ベッドに体を押さえ付けたまま、喉元に噛みついてやる。
急所を取られたと言う防衛本能か、恐怖に竦むようにスコールの体が引き攣ったのが判る。
構わずに歯を立て、ぎ、と痕を残してやれば、我に返ったスコールが怒りを滲ませた目でサイファーを睨んだ。


「あんた、何────」
「関係ねえ訳ねえだろうが!」
「!」


何かを言おうとしたスコールの言葉を遮って、サイファーは声を荒げた。
間近で聞いたサイファーの荒々しい声に、スコールが目を瞠る。

サイファーはスコールの胸倉を掴んだまま、ゼロにも等しい距離で言った。


「自分の恋人が!他の野郎とベタベタして!ムカつかねえ訳あるか!」


絶対に鈍いスコールにも判るように、大事な所を区切りながら、サイファーは叫ぶ。
隣室にも多少聞こえているかも知れないが、構わなかった。
そんな事よりも、理不尽で格好の悪い嫉妬であろうと、この感情はこいつにぶつけてやらなければならない、と思ったのだ。

ふーっ、ふーっ、と興奮した動物宜しく荒い鼻息の音が響く。
スコールはそんなサイファーを見詰め、……ぱち、ぱちぱち、と見開いた目で瞬きをした後、


「……は?……恋人?」
「あ?」
「……誰の話だ?」
「……あぁ!?」


鈍い反応に、つられたようにサイファーも反応が鈍った。
が、続いたスコールの問う言葉に、再びサイファーは沸点へと吹き上がった。


「ふざけんな!俺とお前の話だろうが!」
「……え?」
「セックスもしただろ!」
「…したけど……」
「したなら尚更、恋人で正しいだろ!」
「……え、あ…ちょ、苦し……っ」


胸倉を掴むサイファーの手に益々力が籠る。
スコールはサイファーの手を叩いて、離せ、と訴えたが、サイファーの手には力が籠るばかりだ。

────サイファーとスコールは恋人同士だ。
サイファーはそう思っている。
出奔したバラムガーデンに帰ってきてから、紆余曲折の末に、サイファーは古くから自覚していたその感情に従い、スコールに告白をした。
凡そ色気やロマンティックとは程遠い遣り取りをしたが、自分達にはそれ位が似合いだったのだろうと思っている。
それ位に直球にしなければ、スコールにこの気持ちを理解させるのは無理だと思ったからだ。
その後、スコールからの態度が特に変わった事がある訳ではなかったが、サイファーがキスをするのは嫌がらなかったし、体の関係も持った。
睦言を語り合うような甘い雰囲気は少ないが、スコールもサイファーに身を委ねるのは厭わなかったように見えた。

それなのに、スコールのこの反応はどう言う事だ。
告白をして、キスをして、セックスもしているのに、スコールはサイファーと恋愛関係にあるとは思っていなかったのか。


「おい……先週もセックスしたよな、俺達」
「…あ…ああ。した」
「その前にもしただろ。キスもした」
「……した」
「お前、その時どういうつもりだったんだ。お前は俺となんでセックスした?なんで拒否しなかった?……恋人だからじゃねえのか?」


先週も、その前も、いつだって、求めるのはサイファーだった。
スコールはそれに応じていたのが常で、自分からサイファーに特別な意識をもって触れる事はなかった。
が、スコールが他者を求める事そのものが苦手であると知っているから、サイファーもそれで構わなかったのだ。
求める事は勿論、求められるのが苦手なスコールだから、触れる手を拒否されない事が彼の答えだとサイファーは思っていたから。

でも本当はそうじゃないのか、と怒りの滲む瞳の中に、微かに傷付いた色が宿る。
それを見付けて、スコールは俯いた。
蒼灰色が彷徨うように揺れるのは、自分の頭の中を整理している時の癖だ。
サイファーは胸倉を掴んでいた手の力をようやく緩めて、スコールの言葉を待った。


「……セックス、は……あんたが、したがるから」
「お前は俺以外でも、誰かがヤらせろって言ったら、許すのか」
「それはない」
「そりゃ幸いだ。で、なんで俺がお前とヤりたがってるのかは判ってんのか?」
「……他に相手がいないからだろ?あんた、色々フダツキになったし。女に逃げられそうな顔してるし」
「好き放題言ってくれやがって……!」


さらりと酷い事を言われて、それも腹が立ったサイファーだが、今はそれ所じゃないと頭を振る。


「好きだからだろ。好きだからお前を抱いてんだよ」
「………は……?」
「なんだよ、その反応は」


思いもよらなかったと言う顔で見詰めるスコールに、サイファーは溜息を堪えた。


「……好きって、誰が」
「俺が」
「……誰を」
「お前を」
「………あんた、頭大丈夫か?」


真面目な顔で言うスコールに、サイファーは頭痛を覚える。
スコールは全くサイファーの言う事を信じていないし、そんな事がこの世に有り得るとも思っていないらしい。
思えない事はある意味仕方がないのかも知れないが、だが、それならばいつぞやに交わしたサイファーからの告白はどう思っているのか。


「スコール。俺は前に言ったよな。お前の全部を俺に寄越せって」
「あ───う、ん。言ってたな、そんな事」
「お前、その時なんて言ったか自分で覚えてるか」
「………」


考え込むスコールに、これは覚えていないな、とサイファーは察した。
サイファーの一世一代の告白そのものは覚えているが、その時の自分の反応は綺麗さっぱり忘れているらしい。
両方忘れていたらド突いてる所だ、と思いつつ、サイファーは絶対に忘れないあの言葉を繰り返してやった。


「“好きにしろ”って、お前はそう言ったんだよ」
「……言ったか?俺」
「言ったんだ」


ことん、と首を傾げるスコールに、サイファーは今度こそ溜息を吐く。

全部寄越せ、と言ったサイファーに、好きにしろ、と返したスコール。
あの時サイファーは、自分の言葉をスコールが受け止めたのだと解釈していた。
良いんだな、と念を押せば、また好きにしろ、とスコールは言ったから、“スコール”と言う存在を全て自分のものにしようと思った。
“スコール”と言う人間を自分の色に染めて、彼にとっても自分と言う存在がなくてはならない物にしてやろう、と。
何かと頻繁にスコールの下に通って彼を抱き締めるのも、そう言う気持ちがあったからだ。

しかし、当のスコールはと言うと、其処まで言っても反応が鈍かった。
自分の身に起きている事なのに、まるで理解の外にある話をしているかのように、ぽかんとした表情を浮かべている。


「……あんたが、俺を────」
「そうだ。……つーかお前、今までどういうつもりで俺に抱かれてたんだ。普通嫌だろ、男が男にヤられるってのは」
「それは、まあ……でも、あんたは相手がいなさそうだし。それであんたが何処かでヤバい事件を起こす位なら、俺が我慢すれば良いかって」
「誰がするか、そんな事。お前ほんっとに俺を信用してねえな」
「だってサイファーだし」
「認識を改めろ。そんな下らねえ理由で、男に手を出したりしねえよ」
「……」


サイファーの言葉に、それもそうか……とスコールが納得したように表情を変える。

言動は粗野でも、サイファーは根っからのロマンティストだ。
幼い頃から続く夢を一途に追っているが故に暴走した事もあるが、それ程、彼の根は純な所がある。
俗な感情を生々しいと嫌う訳ではないが、それはそれとして、好きな事にはロマンを見出して没頭する事が多い。
恋人とのあれやこれやともなれば、サイファーのロマンティスト心に火を付ける事だろう。

其処までようやく理解して、はた、とスコールは思い至る。


「…じゃあ、あんた、本気で俺の事が好きなのか?」


真っ直ぐ目を見て訊ねるスコールに、今更それかよ、とサイファーは呆れたが、同時に諦める。
いつの間にか自覚していたサイファーと違い、恋愛感情なんてものを今まで抱いた事もないであろうスコールだ。
生来の自己評価の低さも手伝って、誰かが自分に特別な感情を持つ事はない、とも思っていたに違いない。
そんなスコールが、「好き」だとか「お前が欲しい」なんて事を言われても、判る筈がないのだ。
これ以上直球な言葉もない筈だが、何せスコールにそれを受け止める器が出来ていないのだから仕方がない。

しかし、今となっては違うだろう。
スコールがどう受け取っていたにしろ、サイファーが何かと触れて来た事を今のスコールは知っている。
抱き締めて、キスをして、その体を抱いて熱に染めて────どうしてそうしていたのかを、今は理解している筈だ。

サイファーはスコールの肩を掴んで、ベッドへと押し戻した。
再び仰向けになったスコールは、見下ろす男の顔を見て、碧眼から滲む凶暴な気配を悟る。
どくん、と心臓の音が跳ねて、なんだこれは───と考える暇もなく、呼吸が塞がれた。
突然の事に蒼灰色が見開かれ、抗議するようにじたばたと暴れるが、サイファーはたっぷりとその唇の味を堪能してからようやく離す。


「っは……あんた、いきなり……っ」


予告もなく口付けたサイファーに、酸素の準備も儘ならなかった事を怒るスコールだったが、その言葉は見下ろす瞳に射貫かれて途切れる。

ぎしり、とベッドの軋む音が鳴って、サイファーはスコールの上に馬乗りになった。
体全部でスコールを閉じ込めるように囲い込んで、薄く笑みを浮かべて口を開く。


「もう一回言うぜ、スコール。お前の全部、俺に寄越せ」


仕切り直し、とばかりに告げた後、サイファーはスコールの返事を待たない。
好きにして良いんだよな、と囁くサイファーに、抗議の声は終ぞなかった。





『片方は付き合っていると思っているが、もう片方は付き合ってないと思っているサイスコ』のリクエストを頂きました。

やる事やってるけど、恋愛感情で付き合ってるとは思っていないスコール……鈍過ぎる。
でもサイファーがキスしたりして来た時に強く拒否していないので、脈はあったんだと思う。自覚する切っ掛けがなかったんです。

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