Entry
2018年08月08日
「スコールって、案外サイファーの事が好きだよね」
「……は?」
提出された報告書をチェックしている所に、そんな言葉が振ってきて、スコールは頗る不愉快な顔をして見せた。
それを見たアーヴァインは、酷い顔だなぁ、と苦笑する。
「いや、ね。二人って、随分距離が近いなぁと思ってさ」
アーヴァインが指摘したのは、スコールとサイファーの日々の過ごし方の事だ。
スコールは何かとパーソナルスペースが広い為、必要以上に他者と距離を縮める事を嫌う。
その際の物理的な距離は、大体にして彼と相手との精神的距離を映し出しているものだった。
だから幼馴染のメンバーとは比較的距離が近く、ゼルやセルフィが話しかけてきた時に前のめりになってきても気にしないし、リノアが抱き着いて来る事は全く構わない。
イデアが肩に触れたり、手を握ったりする事も、あまり得意ではないが、記憶を取り戻した今は幼い頃の名残もあって、強く嫌がる事もなかった。
しかし他人に対しては、今でも判り易く距離が開き、見えない壁を一枚挟んでいるように見える。
スコール自身は恐らく意識していないのだろうが、彼が心を乱さず相対できる状態、と言うのは、他人に対してはどうしてもそこそこの距離が必要であった。
そして先の話題に上った人物───サイファーであるが、彼も彼で案外縄張りが広い。
スコール程顕著に他者の接近を嫌う事はしないが、己のテリトリーに近付く事を許す相手は選んでいた。
取り巻きの風神と雷神は勿論近いが、それ以上に近い者と言ったら、彼に対して遠慮をしないリノアやセルフィ位ではないだろうか。
最も、リノアは元から割と誰に対しても壁を作らないし、セルフィも同様な上に幼馴染なので、彼女達は一般枠から外しておいた方が良い。
ついでに、サイファーはバラムガーデンで“風紀委員長”として有名なので、周りが怖がって遠巻きにしているので、結果的にサイファーのテリトリーは広く取られてしまうのだ。
危険なものがいると判っているのに、うっかり近付いて蛇に絡まれるのは誰でも嫌なので、サイファーに近付く人間は限られているのである。
こうして考えると、スコールにしろサイファーにしろ、お互いにパーソナルスペースは広いのだ。
それなのに、二人が話をしている時、その距離はいつも必要以上に近い。
そう、必要以上に。
「さっきサイファーが此処にいた時、何か話をしていたけど」
「来週の任務の打ち合わせだ」
「お疲れ様。その時にも凄く近かったじゃない。スコールの肩にサイファーが腕を乗せててさ。顔近付けあってて」
「あいつが俺の持ってる書類を見てただけだ」
「何か確認してたのかな。だけど、それってスコールから書類を借りれば良いだけじゃない。その方が見易いと思うんだよね」
「面倒だったんだろ。横着者だから」
歯に衣着せないスコールの言葉に、アーヴァインはどうかなぁと笑う。
確かにサイファーは細かい事を面倒臭がる所があるが、任務や作戦の事となると、スコールとは違う視点で細かい所を気にする。
任務に関して大事な事だと思っていれば、自分で動くのはそれ程嫌わない。
書類一枚をスコールの手から借りる位、一々厭うような事でもないだろう。
「それでさ。スコールもそれを好きにさせてるじゃない」
「……邪魔だぞ。あいつはデカいから」
「まあね。背も高いし、体も大きいし。幅利かせて立つ癖もあるし」
サイファーは昔から、仁王立ちで立つ癖がある。
両足を肩幅に開いてどっしりと構えた風の立ち姿は、アーヴァインの記憶に残る幼い彼とそっくり重なる。
其処に愛用の白コートの裾が拡がるので、アーヴァインは時々、動物が体を大きく見せる為に飛膜を拡げる光景を思い出していた。
何かと横に立つ事が多いスコールにとっては、己のテリトリーを侵食されるようで、聊か気分は良くないのだろう。
並び立つと彼の体格の所為で、自分が細く見えてしまう───対照的な色による印象の違いもあるが───のも、スコールには少し引っ掛かっているかも知れない。
しかし、だ。
「でも、邪魔とは言うけど、振り払わないだろ?」
仕事の邪魔なら押し退けるが、其処までの場面でもなければ、スコールはサイファーを好きにさせている。
サイファーが何処で何をしていようと、自分のデスクを勝手に占拠しようと、ささくれ立つ事は少なかった。
と、アーヴァインは思うのだが、本人の視点ではまた違う。
「振り払ったとして、あいつが反省すると思うか?」
「思わないなぁ」
「邪魔なものは邪魔なんだ。でも追い払っても、五分後にはまた来るし、俺の部屋にも勝手に入るし。あのデカい図体が同じ部屋にいるって鬱陶しいぞ。あんたも一度味わってみるか」
「それは勘弁かな~。僕もそこそこ大きいし、部屋が小さくなっちゃうよ。おまけにサイファーと二人きりなんて、繊細な僕にはとても耐えられない」
「どうだかな」
あんたは繊細な割に図太いから、と言うスコールの言葉は、誉め言葉として受け取っておこう。
眉尻を下げて困ったように笑いながら、アーヴァインはそう思った。
「と言うか、僕と二人きりなんて、サイファーが絶対嫌がるだろ」
「だろうな。ヘタレが伝染る、とか言って」
「酷いよな~、でも言いそう。すぐ想像できる。ついでに聞くけど、スコールは僕と同室ってどう思う?」
「別に、どうでも」
「僕もサイファーと同じ位には身長あるよ。邪魔にならない?」
「あんたはあいつみたいに煩くないし、ベタベタしないだろ」
「そりゃあね」
君が許してはくれないだろうから、とアーヴァインは胸中で呟いた。
例えば、アーヴァインがサイファーやリノア、セルフィのようにスコールに近付いたとして。
最初の一回目は何かの気まぐれか、セルフィに感化されたかと流すかも知れないが、二回目はきっと許されないだろう。
普段から其処まで距離を近付けて会話をしている訳ではないし、スコールもアーヴァインも、お互いが適度に緊張を持たず過ごせる距離感と言うものを保っている。
それを踏み越えて相手のエリアに侵入した場合、スコールが何事かと身構えるのは間違いないだろう。
アーヴァインとて、スコールが突然ゼロ距離まで近付いてきたら、何があったのかとパニックになるに違いない。
それを思うと、やはりサイファーに対してだけ、スコールは許容範囲が広いのだと判る。
場に応じた適切な距離もありながら、その必要がない場面では、妙に距離感が近い。
それは其処まで近付く必要のある事?と傍目に見て不思議に思う事は少なくないのだ。
そしてサイファーもまた、スコールに対してだけ、距離感が可笑しい。
スコールに対して行っている事を、サイファーは他人には絶対にやらない。
噛みついて来るゼルや、懐いて来るセルフィを適当にあしらう事はあっても、自分からあの二人に積極的に近付く事はないだろう。
サイファーから二人に行く時は、腕一本を伸ばしても余る程度の距離感が保たれている。
風神や雷神はもう少し近かったように思うが、それでも基本的に距離を近付けてきているのは二人の方で、サイファーから密着しに行く事は殆どなかったように思う。
恐らく、あれがサイファーにとっての他者に対する適切な距離なのだろうが、スコールだけはこれがないのだ。
当たり前に隣にいて、遠慮も配慮もせずに寄りかかったり────アーヴァインは、サイファーがスコール以外にそんな事をしている場面は見た事がない。
(うーん。これは……)
少しばかり認識の改定が必要か。
そんな事を考えているアーヴァインの前に、ぴらり、と書類が差し出される。
「え。何、これ」
「暇そうだから」
「え~っ、もう次の任務?ちょっと休ませてよ」
「休む時間ならある。それの出発は明後日だ」
「そう言う事じゃないんだけどなぁ」
「人手不足なんだ」
「だろうね」
人手不足でなければ、ガルバディアガーデンから転入したばかりの人間を、試験抜きでSeeD採用なんてしないだろう。
半ば押し付けられたものとは言え、指揮官職の人間が度々出掛けなければならない位、SeeDは人が足りていない。
過労で倒れたら労災って出るのかなあ、とボヤきつつ、出るとすれば真っ先に使う事になるのは目の前の人物だろうな、と思った。
新たな任務の内容をざっと見て、任務地がティンバーと呼んでホッとした。
ティンバーなら当日の出発でも十分なので、明日一日はのんびり休めるだろう。
折った書類をコートのポケットに入れて、アーヴァインは退室する事にした。
それじゃあ、と言って踵を返したアーヴァインに、スコールからの返事はない。
聞こえているだろうから良いよね、と思いつつ歩き出そうとして、ふと無人のデスク───サイファーのデスクが目に留まった。
「……ねえ、スコール」
「……なんだ」
「今日、仕事が終わるのは遅い?」
「多分な。書類が溜まってる」
「そっか。サイファー、今日は君の部屋にいるかな?」
「…何か用事でもあるのか」
「ううん。ちょっと聞いてみただけ」
「………」
背中に突き刺さる胡乱な視線に、アーヴァインはこっそりと笑う。
自分の部屋にサイファーがいるかどうかについて、いないと否定はしないんだな、と。
「やっぱりスコールってサイファーの事が好きだね」
「なんでそうなる」
「色々考えたら、やっぱりそうなんだろうと思ってさ」
アーヴァインの言葉に、スコールが深い溜息を吐く。
コツ、コツ、とペン先が机を小突く音を聞いて、アーヴァインはなんとなく振り返った。
ペン先の音は幼馴染を振り向かせる意図ではなかったのだが、振り返ったのなら、と蒼がアーヴァインを映す。
「俺がサイファーを好きなんじゃない。あいつが俺を好きなんだ」
「へえ。そうなの」
「ああ。本人がそう言っていた」
スコールの言葉に、それはそれは、とアーヴァインは肩を竦める。
二人の会話は其処までで、アーヴァインは指揮官室を後にした。
……サイファーがスコールの事を好きとするなら、確かにそうなのだろう。
サイファーは明らかにスコールの存在を強く意識しているし、何に置いても無視はしない────出来ない。
しかし、それを言うなら、とアーヴァインは再三思う。
(僕には、どっちもどっちに見えるよ)
あいつが俺を好きなんだ、とスコールは言った。
アーヴァインは頭の中で、その台詞を話題の片割れに置き換えてみた。
そっくりそのまま同じ台詞を同じトーンで返すのが想像できて、堪らず噴き出す。
要するに彼らは、互いが互いを好きなのだ。
羨ましいなあ、と思いつつ、いやそうでもないかな、とアーヴァインは思い直した。
『サイスコで、サイファーがスコールを好きでしょうがない話』のリクエストを頂きました。
肝心のサイファーが不在です、すみません!
傍から見れば見る程、お互いが好きな二人にしてみました。アーヴァインは無自覚の惚気に当てられています。
現代パロディで、フリオニール×スコール→誰か、と言う設定。
どうして、と思わずにいられない。
どうして、そんなに苦しい事を続けているんだろう、と。
自分も同じ事をしていると判っていて、それでも、どうして、と思う。
スコールが彼に好意を寄せている事は明らかだった。
けれど、本人がそれに気付いていない。
元々人と関係を構築する事について、酷く消極的な性格である彼の事だ、自分にそんな感情があるとも思っていないのだろう。
更に言えば、幼い頃から自分に自信が持てない所があるから、自分の好意なんてものは他人にとって迷惑でしかない、と考えていても可笑しくない。
フリオニールにしてみれば、そんな事はないのに、お前に好きだって言われたらきっと誰でも嬉しくて堪らないだろうに、と思う。
けれど、そんなスコールだからこそ、フリオニールは心の何処かで安心していた。
他者と余り密接な関係を持ちたがらないスコールが、幼馴染だからと言う理由で、フリオニールとは距離が近い。
家族以外で、家族と近い、ひょっとしたらそれ以上に距離がないかも知れないポジションを、フリオニールは唯一許されていた。
その事に気付いた時、本当ならもっと沢山の人に愛されている事に気付かないスコールに、勿体ないと思う反面、彼と一番近い場所にいられるのが自分だけだと言う事に、密かな喜びを感じてもいた。
しかし、変化は突然やって来る。
ふらりと現れた人物に、スコールの心は奪われた。
ある意味で、“彼”はスコールの自分自身の理想像に近かったのだろう。
最初は恐らく憧れや羨望から始まったそれは、“彼”との距離が少しずつ近付くにつれ、形を変えて行った。
憧れの気持ちから、近くに行きたいけれど怖い、と言う気持ちで二の足を踏むスコールを、フリオニールは何度も背を押した。
それは純粋な厚意からで、少しでもスコールの喜んだ顔が見たかったからだ。
挨拶どころか、目も合わせられない程の距離から始まった“彼”とスコールの関係は、フリオニールの後押しを受けて、徐々に縮まった。
個人的に連絡を取り合う事も増え、フリオニールが間に入らなくても、会話が成立するようになった。
“彼”から送られてくるメールや電話、逢おうと約束した日が近付くと、そわそわとするスコールは、まるで遠足を前にした子供のように素直で判り易く、フリオニールの笑みを誘う。
スコールは他者との関係を強く求めない気質もあって、スコールの交友関係と言うものは極々限定されていた。
子供の頃からそれは発揮されており、沢山の子供達が遊ぶ公園に行っても、フリオニール一人の傍から離れない。
それも、フリオニールが他の子供達と遊んでいると、自分からフリオニールの下に駆け寄って行く事も出来ない消極さで、二人きりになれる時でなければ、自ら幼馴染に声をかける事さえ出来なかった。
輪に入れて、とも言えず、フリオニールと一緒に遊ぶ、と言う事も人数が多ければ言い出せないスコールに、フリオニールが先回りしてスコールと接触を保つようにしたのは、一体いつからだっただろう。
結構早い内だった、とフリオニールは記憶している。
それ以来、フリオニールは何をするにもスコールの気持ちを確認し、余程の事でなければ彼を優先するようになった。
そうする事でスコールは安心してフリオニールの傍にいる事が出来、フリオニールを介して自分の世界を拡げて行った。
スコールの世界は、隣に必ずフリオニールがいる事で、始まっていたのである。
だが、スコールももう高校生だ。
いつまでもフリオニールばかりにべったりしていられる訳ではないし、学校では同級生と話をしている場面も増えた。
フリオニールが傍にいなくても、彼の世界は確かに外と繋がっているのだ。
それを思えば、スコールが突然現れた“彼”に恋をしたのも、彼の世界がまた一つ広がる切っ掛けになったと言えるだろう。
だからフリオニールは、そんなスコールを見て喜んだ。
彼が夢中になる人が出来た事、恋をしている事、その関係を少しでも良い方向へと向けたいと、少しずつ、自ら動き出している事。
何をするにも、フリオニールの後押しがなければ出来なかった時の事を思えば、これは良い変化だ。
フリオニールとて直に大学に進み、今以上にスコールと過ごせる時間が減るのだから、いつまでも幼馴染同士だけで過ごせる訳ではない。
だから、これは良い事だ。
良い事なのだ。
────そう自分に言い聞かせているけれど、ふとした瞬間に涙を流すスコールを見る度に、胸が痛くて苦しくなる。
嵐でも来るのだろうか、と思うような悪天候の中、バイト終わりの家路を歩くフリオニールは、その途中で公園のベンチに座っているスコールを見付けた。
直に更に雨が激しくなると予報で言っていたのに、スコールは傘も差さずに、ぼんやりと空を見上げている。
そのまま曇天の向こうへ吸い込まれていきそうなスコールを、フリオニールは思わず立ち尽くして見詰めていた。
空を見詰めていた蒼の瞳が、ゆっくりと瞬きをして、頬に雫が伝い落ちる。
それが雨なのか、それ以外のものなのかは判らなかったが、フリオニールを正気に戻すには十分だった。
「スコール!」
水溜まりを跳ねさせて駆け寄り、名前を呼んだ。
降りしきる雨に掻き消されないように大きな声で呼んだお陰で、声は彼に届いたらしい。
スコールは酷く緩慢な動きで、ゆっくりと、茫洋とした瞳を此方へ向けた。
「……フリオ?」
ことん、と首を傾げて、スコールは幼馴染の名を呼んだ。
それきり動く様子のないスコールを、フリオニールは自分の傘の中へと入れる。
「何してるんだ、こんな所で。びしょ濡れじゃないか!」
「……あ」
フリオニールの言葉で、スコールは自分の体を見下ろした。
雨水を吸ってすっかり重くなった服を見て、ようやく自分の状態を認識したような声を漏らす。
これは放っておいてはいけない、とフリオニールは直ぐに判断した。
フリオニールはスコールの手を引き、少し強引に彼を公園から連れ出した。
スコールは特に抵抗する気配もなかったが、歩く事自体が億劫なようで、足取りが重い。
いつもの歩調で行けば、五分とかからない道程を、スコールに合わせてゆっくりと歩いた。
背負った方が早いとは思ったし、何度かそれを伝えて背負うから、と言ったが、スコールは反応しなかった。
フリオニールがしゃがんで促しても、立ち尽くしたまま、動こうとしないのだ。
手を引かれて、雛のように歩く事だけが、今のスコールに出来る事だった。
両親がいないフリオニールは、幼い頃は養護施設で育ち、高校入学と同時期に独り暮らしを始めた。
日々のアルバイトは学費と生活費を賄う為に必要不可欠なもので、これも高校入学以来、スコールと逢える時間が減った理由にもなっている。
それでも、フリオニールの家の鍵はスコールも持っているから、アルバイトから帰ってきたらスコールが家で勉強していた、夕飯を作っていた、と言うのはよくある事だ。
特に最近は、思春期になって過保護な父にスコールが複雑な気持ちを抱いている事や、密かに思う“彼”の話を聞く事もあって、幼い頃程ではないが、逢う時間は頻繁に設けられていた。
築三十年と言うアパートは、壁も薄く、屋根はトタンになっていて、雨が降ると音がよく響く。
しかし、五年前に全部屋の風呂がシステムバスへとリフォームされたお陰で、風呂場だけは綺麗でしっかりしていた。
スコールを連れ帰ったフリオニールは、真っ先にスコールの服を脱がせて、風呂場に入れる。
服を脱がせる時に嫌がるかと思えばそうではなく、スコールは大人しくフリオニールにされるがまま裸になり、湯を貯めている最中のバスタブへと入れられた。
それからフリオニールは、バスタブ横に膝をついて、小さな湯桶で掬った湯をスコールの肩からかけてやる。
「熱くないか?」
「……ん……」
全身を雨に晒していたスコールの体は、かなり冷え切っている。
寒い時期ではないとは言え、あれだけ濡れていたのだから当然だ。
フリオニールは、スコールが心地良く過ごせるよう、熱過ぎず温過ぎずと言う温度で湯を貯めて行く。
フリオニールはタオルを持ってきて湯舟に浸し、絞って余分な水気を切って、スコールの前に差し出した。
「顔、拭いた方が良いぞ」
「……ん……」
「頭も後で洗おう」
「……うん……」
フリオニールに渡されたタオルを、スコールは自分の顔へと押し付けた。
タオルを握りしめるように掴んで、顔を埋めて息を殺している。
「…スコール」
「……っ……」
「スコール。良いから。我慢するなよ」
くしゃ、と濃茶色の髪を撫でると、ひく、と喉が引き攣る音が聞こえた。
本当は声を上げたいのだろうに、上げたくないとも思っていて、押し殺そうとしているのが判る。
きっと自分が此処にいるから泣けないのだ、とフリオニールも判っていたが、今のスコールと一人にする事は出来なかった。
(……“あいつ”と何かあったのか?)
声に出さずに訪ねても、スコールからの返事はない。
しかし、声に出したとしても、きっとスコールは「何もない」と首を横に振るだろう。
そう、何もないのだ。
スコールと“彼”の間に、特別な事は何もない。
スコールが“彼”を特別に思っているだけで、二人の関係は、“彼”がスコール以外のその他大勢と繋がっている事と大差ない。
傍目に見れば、“彼”もまたスコールを少し特別に見ているかも知れないけれど、それはスコールが抱いている感情と同じではないのだ。
それが時折、スコールを酷く苦しめる。
ざぷん、と言う音が鳴って、スコールがたっぷりと溜まった湯の中に頭を沈めていた。
そのまましばらく顔を上げないスコールに、おい、とフリオニールが肩を掴んで引っ張り起こす。
「っぷは……!はっ、は…けほっ、げほっ……!」
「スコール、危ない事するな!」
「…はっ…は……、ふ……っ」
咳き込むスコールを叱り宥めると、スコールはふるふると頭を振る。
いやだ、と駄々をこねているような仕草だったが、何に対して“嫌”と主張したのかはよく判らない。
今は干渉しないでくれ、と言う事だろうか。
恐らくはスコールを落ち着かせるにはそれが一番なのだろうとは思うのだが、余りに不安定な様子のスコールを見た所為か、目を離した瞬間に溺死でも試みそうで、フリオニールは傍を離れてはいけないと思っていた。
湯に沈んでいたタオルを取って絞り、スコールの顔を拭いてやる。
いやいやと逃げようとするスコールの頬を捕まえて、前髪を掻き上げてやった。
湯の熱でほんのりと赤らんだ顔に、珠粒の雫が伝い落ちて、スコールの頬を流れて行く。
涙に似た軌跡を辿るそれを見て、フリオニールは息を詰まらせた。
「……は…う……っ、……ふぅ……っ」
ひっく、ひっく、としゃっくりの音が聞こえる。
スコールは、眦に浮かんだ涙を零すまいと、必死で目を開けていた。
けれども堪え切れずに瞬きをすれば、大粒の雫が溢れ出す。
「ス、」
「見るな……!」
伸ばされたフリオニールの手を、スコールは打ち払った。
顔を背けて涙を隠そうとするスコールの姿に、フリオニールの胸の奥で、ぎりぎりとした痛みが走る。
(なんで、また)
(また泣いてるのに)
(俺じゃ駄目なんだ)
“彼”との関係について、スコールは多くを望んでいない。
自分が“彼”の傍にいても、“彼”の重荷にしかならないと思っているからだ。
しかし、スコールは少なからず、他者に依存してしまう性質を持っている。
幼馴染のフリオニールと言う存在に長らく寄りかかっていた事が当たり前だったように、スコールは自分の身を安心して預けられる存在が欲しいのだ。
好意を持った相手に対しても、そうした感情は芽生えており、出来る事なら自分と一緒にいて欲しいと思っている。
だが、それを望めば相手を自分に縛り付けてしまうから、それは嫌だ、と言うジレンマがあった。
フリオニールがスコールの事を其処まで理解できているのは、スコール自身が“彼”との関係についてフリオニールに相談したから、と言うのも理由の一つだ。
人との付き合い方が判らないスコールは、何をするにもフリオニールに相談していた経験がある。
それと同じ流れで、スコールは“彼”と親しくなりたいと言う気持ちを、フリオニールに吐露していた。
フリオニールもその気持ちを汲み、スコールが喜んでくれるならと、二人の間に立って仲立ちをしていた時期もあった。
けれど、親しくなるにつれ、スコールはもっと“彼”と近付きたいと思うようになった。
しかし、スコールがどんなに望んでも、“彼”はスコールを今以上に特別視はしないだろう。
“彼”にとって特別な人物と言うのは、既に存在しているのだから、スコールがその場所を奪おうとしない限り、現状が変わる事はない。
そしてスコール自身も、これ以上の大きな変化を望める程、強くもなかった。
今の距離感だから“彼”に嫌われる事もなく、逢った時に邪見にされる事もなく、そして今以上に距離が離れる事を怯える必要もない。
今の“彼”との距離感が、スコールが耐えられる───と思っている───距離なのだ。
だが、結局は“耐えている”だけだ。
折々に見てしまう、“彼”と特別な関係を持つ人物との光景を見ては、募る羨望と嫉妬に焦がされる。
「う……うぅ……っ、うぁあ……っ」
堪え切れなくなったのだろう、スコールの喉から痛々しい声が漏れている。
こうして声を上げて泣くスコールを見るのは、フリオニールも久しぶりだった。
幼い頃は泣き虫だったスコールは、成長していくに連れ、感情を素直に吐き出さなくなった。
半分は自分で意識しての事だが、もう半分は、意識して抑え込んでいた事による弊害だろう。
吐き出すべき感情すら、スコールは溜め込んでしまうようになったのだ。
その姿が、フリオニ─ルは痛々しくて苦しくて仕方がない。
スコールをこんなにも涙させる存在を、決して厭ってはいけないと思いながらも、憎まずにはいられない程に。
「……スコール」
「……っ!」
名前を呼んで、フリオニールはスコールの体を抱き寄せた。
濡れたスコールの背中が、フリオニールの胸に触れて、服のじっとりと染みを作って行く。
スコールを腕の中に閉じ込めて、フリオニールはピアスを刺した耳元で囁いた。
「スコール、もう止めよう」
「……は…?」
「あいつを見るのは、もう止めよう。スコール、ずっと苦しそうだ」
見てられない、と言うフリオニールに、スコールの顔がかぁっと紅くなる。
自分のみっともない姿を見られている、と言う事への恥ずかしさもあったが、それ以上に、全てを知っていて「やめろ」と言った幼馴染の言葉が許せなかった。
「あんたに…っ、あんたに何が判るって、」
「判る」
「!」
言葉を遮るように告げられたフリオニールの声に、スコールの動きが止まる。
抱き締める腕の力が強くなるのを感じて、ビクッとスコールの体が震えた。
背中から滲む、常にない雰囲気に、ゆっくりと振り返ってみれば、真っ赤に燃える紅に射貫かれた。
「あいつじゃなくて、俺を見てくれ」
「な……」
「俺は全部判ってる。スコールの事、全部」
「……」
「だから俺なら、スコールを泣かせたりしない」
見開いた瞳に、フリオニールの顔が映り込んでいる。
その目を真っ直ぐに見詰めながら、狡い事をしている、とフリオニールは自覚していた。
スコールは縋れる人が欲しいのだ。
寄りかかっても良いと自分が思える人が欲しくて、それは幼い頃からフリオニールへと向けられていた。
フリオニールなら怒らない、嫌がらない、きっと一緒にいてくれる────培われた経験から、スコールはその対象を無意識に選び、フリオニールへと定めていた。
家路へと向かう路で、スコールがフリオニールの手を振り払う事なく大人しくついて来たのも、フリオニールならどんな自分でも拒否される事はないと思っているからだろう。
情けない姿を晒しても、幻滅される事もなく、無理な発破をかけられる事もない。
弱いままの自分を嫌わずに、見捨てずに、傍にいてくれる人を、スコールはずっと欲している。
────だから、スコールがフリオニールを拒む事はない。
────出来ない。
待て、と言う声が聞こえたけれど、フリオニールは無視する。
重ねた唇が拒否される事は、なかった。
『珍しく嫉妬したフリオなフリスコ』のリクを頂きました。
珍しくと言うか大分拗れた嫉妬話に……あれ……!?
スコールが恋したのは年上の誰かですが、“憧れの人”と“傍にいたい人”は別かも知れない。
憧れの人には近付けないし、一緒にいると自分の劣等感が増すので、多分スコールは見ている位が丁度良い距離感。
でも自分を特別視して欲しい気持ちも少なからずあって、拗らせた。
↑と言うスコールをずっと見ていたので、フリオニールも大分拗らせている。
一家の愛を一身に受ける末っ子が、幼稚園に通う年になった。
大人しい性格で、家族以外に殆ど懐く事がなく、人見知りの激しいスコールが幼稚園に入ると決まった時には、兄と姉は随分と心配したものだった。
元々が弟に対して多分に甘い所のあるレオンとエルオーネである。
生まれてこの方、家族と一時だって離れ離れになった事のない弟が、家族が誰もついて行けない所に行く事が、彼らには酷く不安になったようだ。
エルオーネはともかく、レオンは妹の時にも同じように心配したのだが、結果としてエルオーネは幼稚園と言う場所を初日から存分に楽しんでいたのを見ているのに、やはり不安の種は尽きないらしい。
最も、これについては、エルオーネとスコールの性格の違いがある為、同じように行くだろうとも思えないので、無理はないが。
だが、それはそれとして、入園の準備と言うものは中々楽しく進んだ。
園から規定された事項を守りつつ、必要なものを整えて行く。
用具は卒園まで使えるものが良い、とレインは考えたのだが、エルオーネは可愛いものを(自分がそれを使う訳ではないのだが)探し、レオンはスコールが気に入りそうなものを優先して探した。
父ラグナはと言うと、「俺が選ぶと変なのになるってエルが言うからさ~」と言って、妻と子供達が必要なものを探している間、スコールの遊び相手をしていた。
買い物はレイン、レオン、エルオーネの三人で品物を探し、それをスコールに見せて、気に入ったものを買うと言う形になった。
お弁当グッズ、ハサミや糊の入った道具箱、ハンカチやティッシュ入れも買った。
クレヨンは家で使っているものがあるから───と思ったが、大分使い古していて箱も草臥れてしまっているし、折角なので新しいものを買う事にした。
靴はマジックテープで開閉できるものにし、上履きはキャラクタープリントが不可だったのでシンプルなものに。
大型ショッピングモールでそれらを探し回っている内に、買った荷物はどんどん増えて行く。
レインは、息子娘と一緒に入った店で細々と買えるものを買った後、店舗の前で待っている夫と末っ子の下へ向かった。
両手に荷物を抱えたレインの隣で、レオンがエルオーネと手を繋ぎ、並ぶ商品に誘われそうになる妹を宥めている。
こう言う時、しっかり者で面倒見の良い長男の存在は、母にとって何よりも助けであった。
道具箱と中身一式の入った袋を持ち直しながら、ふう、とレインは溜息を吐く。
(一日で全部揃えようって言うのは、無茶だったかしら)
両手一杯となっている買い物は、まだ終わりではない。
これらを夫に預けたら、最後に残った通園バッグを探しにいかなければいけないのだ。
(お古が使えたら良かったけど、レオンが使っていたものは人にあげちゃったし。エルオーネのは、男の子用って感じじゃないし。割と気にせず使いそうな気はするけど)
年齢が離れていない兄弟ならば、上の子が使ったものを下の子に回すと言う事が出来るのだが、生憎レオンとスコールの間は八歳の差がある。
スコールが生まれた時点で、レオンが幼稚園の時に使っていたものは家に残っていなかった。
エルオーネが入園した時に買ったものは、物持ち良くまだ家に残っているが、好き嫌いのはっきりしたエルオーネが好んで使えるようにと彼女の趣味を重視して選んだものばかりなので、花柄やお姫様モデルと言った風で、女児の為にデザインされたような物が殆どなのだ。
未だに男女の堺が曖昧な節のあるスコールであるが、やはり男の子であるので、あまりに女の子らしい持ち物は───本人が望むなら別だが───どうだろう、と思う。
……姉の事が大好きなスコールだから、エルオーネが使っていたものだと言えば、喜んで受け継ぎそうな気もするが。
とは言え、入園と言えば幼子にとって一つの門出である。
レオンにしろエルオーネにしろ、必要なものはその都度買い揃えているのだし、末っ子だけお下がりと言うのも、なんだか可哀想な気もするのだ。
兄と姉が喜んでスコールの為の買い物に付いて来てくれている訳だから、それを無碍にするのも彼等を悲しませるだろう。
普段は仕事で忙しく、一緒にいる時間が少ない夫も、こうした時間を通じての家族との触れ合いを楽しみにしている。
この為、全員が揃って出かけられる日が今日一日しか確保できず、少々強引な買い物日和となったのだが、こうした家族の協力がなければ、レインが全て一人で整えなければならなくなった訳だから、それを思えば、今日一日の苦労は飲んでも十分お釣りが来ると言うものだ。
大きなスペースを使って学童用品を売っているエリアを出ると、店舗前に設置されたベンチに、ラグナとスコールが座っていた。
ラグナはストロー付きの水筒で、スコールに水を飲ませている。
「ラグナ、スコール」
「おう、お疲れさん。重かっただろ、俺が持つよ」
「ありがとう」
ラグナはスコールに水筒を持つようにと誘導してから、レインが持っていた買い物袋を受け取った。
「レオンやエルの時も思ったけど、結構色々いるよなぁ。後は、えーと……鞄だっけ?」
「そうそう。此処で買っても良かったんだけど、アニメのキャラクター物が多くて。そうじゃない奴は、凄くシンプルだし」
「あのね、あのね。あっちにね、可愛いカバンがあったの!だからあっちで見た方が良いよ」
エルオーネが父の膝に取り付いて、店の方向を指差しながら言う。
きらきらと光る瞳は、もうその店で探す事を決めているのが明らかだった。
行こう行こうと言うエルオーネに、反対する者はいない。
レインは少し休みたい気持ちもあったが、こう言う時は一旦休んでしまうと腰が重くなるものだ。
後は鞄だけなのだし、と自分を奮い立たせつつ、スコールに「次のお店に行くよ」と言って、彼の手から水筒を取る。
ラグナが荷物を全て持ってくれたので、レインはスコールと手を繋いだ。
レオンは、ちょこまかと動き回るエルオーネを宥めつつ、また手を繋いで、彼女が見つけた店に向かう。
エルオーネが見つけた店は、子供用品が集められた店舗だった。
勉強道具らしい品揃えだった学童用品売り場のものよりも、子供が好みそうなデザインの物が並んでいる。
男の子用、女の子用、どちらでも使えそうな物と、サイズも色々あって、選べる幅が広い。
学校から通園バッグの指定については特になかったので、
「ほらほら、あれ。すごく可愛いの!」
「エル、探してるのはスコールの鞄なんだぞ?可愛いより格好良い方が良いんじゃないか」
店の前に陳列されている、きらきらとラメの入った鞄を指差すエルオーネ。
確かに女の子が好きそうなデザインだ、と思いつつ、レオンはやんわりと妹の軌道修正を促した。
「えーっ。可愛いのでも良いよ。スコール、可愛いの似合うもん」
「まあ、確かに似合うけど……」
「あっ、でもあっちのカバンの方が大きい。幼稚園のお道具って一杯あるから、やっぱり大きいカバンの方が良いかな?」
エルオーネがレインを見上げて訊ねる。
自分の視野に夢中になりつつも、決して弟の事を考えていない訳ではないのだ。
自分が通園していた頃の事を思い出し、見た目ばかりではなくて、使い勝手もきちんと考えなければならない事を、エルオーネは判っていた。
レインは娘の質問に、うーんと唸りつつ、
「そうね。あんまり小さいと、入れる物が入りきらなくなっちゃうし」
「じゃああっちで探そう!」
「エル、走っちゃ駄目だぞ」
弟の為の道具選びがすっかり楽しくなったのか、はしゃいだ様子で駆けていくエルオーネ。
直ぐにレオンが追って、うーんうーんと頭を悩ませる妹の隣に立って、自分も弟の為に鞄を探す。
子供達が店に入って行くのを見て、ラグナがレインに言った。
「俺は其処で待ってるよ。荷物も多いし、邪魔になっちまいそうだから」
「ええ、お願いね」
「スコール、お店、ゆっくり見て良いからな」
「んぅ」
小さな頭を父に撫でられ、スコールは気持ち良さそうに目を細めた。
ふにゃ、と笑う息子が可愛くて、ラグナはすっかりでれでれだ。
また後でな、と言うラグナに、スコールはきょとんと首を傾げていた。
そんなスコールの手を引いて、レインは店の奥へと入り、棚に並ぶ鞄を見せてやる。
が、まだ幼いスコールには、目の前に並んでいるものが何であるのかはよく判っていないようで、玩具箱の中に迷い込んだような顔で、きょろきょろと辺りを見回している。
(どうしようかな。スコールは結構小さい方だから、紐の長さが調整できるものがあると良いんだけど)
スコールは兄や姉の幼い頃に比べても、かなり小柄な方だった。
身長の伸びもゆっくりとしたもので、同じ時期に生まれた他家の子供よりも小さい。
レオンが最近ぐんぐん背が伸び始めている事を思うと、スコールもまた伸びしろはありそうだが、子供の成長と言うのは読めないものだ。
何より、成長した後に丁度良くなるかも知れなくとも、先ずは今の状態で問題なく使えるものを選ばねばならない。
レインはキルト生地のトートバッグを取り、スコールに声をかけた。
「スコール、これ持ってみて」
「うん」
差し出されたトートバッグの持ち手を、スコールが握る。
そのまま腕が下ろされると、鞄の底が床についてしまった。
レインは鞄を持ってスコールの腕に通させ、肩に紐を引っ掻ける。
荷物が多くなるからと袋が大きなトートバッグにしてみたが、スコールの体に対して、袋が随分と大きく見える。
スコールが中に入れちゃいそう、と思いつつ、この大きさでは息子が動き回るのには邪魔になりそうだった。
レインはスコールの肩から鞄を外しながら、一回り小さなトートバッグを取る。
「次、これね。手を出して。片方だけ」
母に言われた通り、スコールは右手を前に出した。
其処から持ち手の輪を通して、鞄を肩にかけてやる。
今度は袋の大きさは気持ち大きめな程度で、これ位なら、と思えたが、紐が長くてスコールの肩から直ぐにずり落ちてしまう。
同じサイズで紐の長さが調整できるものはないか、と棚を見ていると、
「スコール、スコール!これ、見て見て!」
急ぎ足で棚の間を駆けてきたのは、エルオーネだ。
その後ろからレオンも付いて来ており、二人の手にはそれぞれ見繕ったのであろう、趣の違う鞄がある。
エルオーネが持ってきたのは、淡い水色のリュックサックだった。
猫の足跡が下部にぺたぺたと描かれており、上部に此方を見ている猫がいる。
ついつい自分の好みを優先してしまうエルオーネにしては大人しいチョイスになったのは、傍らにいる兄のお陰だろう。
レオンが上手く誘導した中で、弟に似合いそうなものを選んだのだ。
「あのね、このカバンだと重くないの。走る時にも、ジャマにならないんだよ」
「ぼく、はしらないもん」
「急ぐ時は走るでしょ?」
「んぅー……」
プレゼンするエルオーネの言葉に反論するスコールだが、直ぐに言い返されて、ぷぅと剥れる。
しかし姉の言う通り、運動が苦手でも、日常生活の中で全く走らない訳ではないのだ。
父や母に駆け寄ったり、トイレに急ぐ時など、スコールなりに一所懸命に走る事はあるのだから。
走る時に邪魔にならない、と言う娘の言葉に、それもありか、とレインは思った。
リュックサックは両肩と背中で持つから、重心の傾きも少ないだろう。
歩いている時、何もなくとも躓いて転ぶ事があるスコールには、バランスを取りつつ、両手が空くと言うのは大きい。
さて兄は何を選んで来たのだろう、と見上げてみると、察したレオンが持っていた鞄をスコールに見せる。
「ライオンの鞄を見付けたんだ。やっぱりスコールが気に入って使えるものが良いかなって」
「らいおんさん!」
レオンが持ってきたのは、ショルダータイプでラミネート加工が施されている鞄だ。
鞄のサイズはエルオーネが持ってきたリュックよりは小さいが、底マチも厚めなので、容量としては十分確保されている。
表の面には、有名なアニメの主人公となったライオンが描かれており、スコールが好きなものを選んだと言うのが判る。
その甲斐あって、案の定、スコールの食い付きは一番だった。
「おかあさん、これ。ぼく、これがいい」
「えーっ。こっちの方が良いよ、スコール」
「こっちがいい」
デザインだの大きさだの、使い勝手と言うのは、まだスコールには判らない。
スコールは鞄にプリントされているライオンに夢中なのだ。
そんな弟の反応に、見付けて来たレオンは嬉しそうに顔を緩めている。
姉の声には構わず、これがいい、と最早心は決まった風のスコールであるが、レインはちょっと待ってねと息子を宥める。
先ずは持たせてみないと、とスコールの肩に紐をかけてみると、紐が長い為に鞄の底がスコールの足元に近くなっている。
紐の長さが調整できたので、体格に合わせて短くして行く。
母の「気を付けして」の言葉で、スコールが両手両足を体に真っ直ぐ揃えて立つと、落ちるかと思った肩紐は幸いきちんと肩の上に乗って止まっている。
(リュックだと両手が空くけど、背負う時にまだ少し難しいかしら。ショルダーなら、物の出し入れも直ぐ出来るし────)
「おかあさん」
(何より、本人がコレだものね)
レインが色々と考えている間にも、スコールは肩にかけた鞄をぎゅっと抱えて離さない。
これがいい、と全身で主張する息子に、これは駄目だと言ったら、泣き出すのが目に見えている。
通園バッグはレオンが選んだものにするとして、エルオーネが持ってきたリュックサックも一緒に購入する事にした。
春には幼稚園の行事で親子遠足があるし、夏になれば家族揃って旅行も計画されている。
普段使いにする物とは別に、予備の鞄としても備えて置いて損はないだろう。
出費としては少し予定外のタイミングだが、いずれ買いに行く事を思えば、今の内に済ませても良い事だ。
レジカウンターで支払いを済ませると、レインはライオンプリントの鞄の入った袋をスコールに見せた。
「スコール。ライオンさんの鞄は、この袋の中ね」
「ライオンさん、ここ?」
「そう。これは、幼稚園に行く日まで、大事に持っておこうね」
「うん」
「それで、こっちの袋は、猫さんの鞄」
「ネコさん」
「私が見つけたやつ!」
「お姉ちゃんのネコさん」
「これは遠くにお出かけする時に使おうね」
「はぁい」
母の言葉に、スコールは聞き分け良く返事をする。
今すぐ使いたい、と言うかと思ったが、その心配はいらなかったようだ。
最後の買い物を終えて、ふう、とレインは一息吐く。
スコールがエルオーネと手を繋ぎたがったので、姉に末っ子の面倒を任せ、レインとレオンがそれぞれ鞄を持って店を出た。
荷物番をしていた父と再会すると、ラグナはにこにこと上機嫌な子供たちを見て、
「格好良い鞄は見付かったか?」
「うん。あのね、ライオンさんとね、ネコさんにしたよ」
「ネコさん、私が選んだの!」
「おお~っ、良いなあ、ライオンさんとネコさんか!良かったなぁ、スコール」
わしわしとラグナが両手でスコールの頭を撫でる。
小さな頭を揺らしながら、スコールは「んふ、ふふ」と嬉しそうに笑っていた。
さあて帰ろう、とラグナが置いていた荷物を両手に提げる。
余る程の量を見たレオンが、直ぐに自分も持つよと言った。
気の利く長男に感謝しつつ、ラグナとレオンで荷物を分け合って、一家は駐車場へと向かう。
車に乗り込むと、レオンはライオンのショルダーバッグの入った袋を、スコールに手渡した。
家へと帰る道すがら、スコールは何度も袋の中身を覗き込んでは、にこにこと楽しそうに笑う。
姉が選んでくれたリュックサックの方も気になるようで、姉の膝にあるそれの中を覗き込んで、エルオーネと目を合わせてにこにことしている。
鞄は幼稚園が始まるまで使われる事はないが、スコールは今からその日が楽しみで仕方がないのだろう。
ぱたぱたと無邪気に弾む足が、幼い末っ子の胸中を表すのを見て、兄と姉も選んで良かったと満足していた。
レオン11歳、エルオーネ7歳、スコール3歳。
末っ子の為に皆でお出かけ、お買い物。
夕飯を食べて家に帰る頃には、皆車の中で寝ちゃってるんだと思います。
ラグナ×レオン本【エモーショナル・シンドローム】のその後。
自分の管理は自分で出来るタイプなのだろうとは思う。
そうでなければ、長年独り暮らしなど出来ないし、仕事でも万事に置いて優秀な成績は残せまい。
一人であるからこそ、そうでなければならないと思っていたからこそ、レオンはそう出来ていたのだろう。
それは一つのプレッシャーでもあり、彼が自分を律する理由とも力ともなっていた。
が、それでも人の体は常に万全の上体は保てないし、ふとしたバイオリズムの変化で体調を崩す事はある。
変わらないリズムが繰り返される日常でも、そう言う事は絶対に起こってしまうものなのだから、環境が劇的に変化した後ともなれば尚更だった。
レオンとラグナが恋人同士と言う関係になってから、レオンはラグナの家に住む事になった。
ラグナの家には、彼の一人息子が同居している為、三人で一つ屋根の下に暮らす生活が始まったのだ。
ラグナの息子スコールは、余り人との関わりを強く持つまいとしていたレオンにしては珍しく、家庭教師役を引き受ける間柄になっていた。
そのお陰で、スコールはレオンが家庭に加わる事に特に反発する事はなく、寧ろ父を恋人として選んだレオンを、「こいつで良いのか」と(割と本気のトーンで)心配していた位だ。
レオンはレオンで、スコールの問には頷いたが、スコールから同居を拒否されたら、と考えていた。
が、知らない人間といきなり共同生活が始まる訳ではないし、父と違って適度に他者と距離を置くレオンなら、と人見知りが激しいと言うスコールにしては珍しく、新たな家族の誕生を素直に受け入れていた。
今まで独り暮らしだったレオンと、妻を失ってからは父子二人暮らしであったラグナ達とで、習慣の違いや感覚の差異はあったものの、大きなトラブルは今の所起きずに済んでいる。
しかし、大きな変化が起きた事は確かだから、折々にその歪は表面化する事があった。
特に、他者の家庭に踏み込んだ立場となったレオンは、元々が過剰に他者の手を煩わせる事を嫌う性格も相まって、少なからずストレスになっていた事に違いない。
────同居生活が始まってから一ヵ月と言う頃に、レオンが熱を出して倒れたのは、そう言う理由もあるのだろうとラグナは思う。
同居生活が始まって直ぐの時は、家中の勝手が判らない事もあり、レオンは家事一般はスコールの手伝いをする程度に留めていた。
日々が続き、家の何処に何があるのか、ゴミは何処に捨てるのか、と言ったルールを把握するに連れ、少しずつ手伝う範囲も広げて行く。
スコールは17歳の高校生で、学業と家庭の仕事を両立させていたが、一人暮らしをしていたレオンは、その大変さをよく知っている。
ラグナは家庭を大事にし、出来る事は手伝うようにしているが、キッチン回りは過去の失敗により、スコールがいる時は近付けさせて貰えないので、手を出せる範囲は限られている。
だからレオンの存在はスコールにとっても非常に助かるものになっていた。
レオンの方も、紆余曲折の最中に仕事を放りだすように辞めてしまった事で、手に職がないまま、転がり込むように居候生活が始まった事に申し訳なさを感じており、せめて家事くらいはやらせて貰わないと恩返しも出来ない、と感じていた。
そんなレオンにとって、料理や掃除洗濯と言った家事雑事を任せて貰える事は、“自分が此処にいる為の代価”を払っているようにも思えて、少しだが気が楽になれたのだ。
同居生活の開始からしばらくの間、レオンは色々な意味で環境に慣れなければならなかった。
誰かが傍にいると言う事、それによって少なからず起こる相互への影響、またそれによる摩擦の軽減等。
一人暮らしをしていれば気にならなかった事が、気にしない訳もいかない環境となったのは、レオンに自覚なく過剰な負担を齎していた。
幼い頃、両親に捨てられたと言う傷を持つレオンは、自分自身の存在が他者の邪魔になる、と言う意識を持っている。
その為にレオンは、これ以上誰かに捨てられる、排除される事のないよう、極力他者と近しい関係になる事を避け、誰の手も煩わせる事のないように、過剰に他者の目を伺う癖がついてしまった。
ラグナはそれを知っており、そんなレオンに、誰かに迷惑をかける事、誰かの世話になる事は決して悪い事ばかりではないのだ、と伝えるように努めているのだが、20年以上も培われた他者の意識と言うのは、覆すのは難しい事だ。
特に幼年期のトラウマと重なっている事もあり、レオンはラグナと恋人同士と言う関係を築いた今でも、ラグナにいつか嫌われること、捨てられることを常に考えている。
呪縛とも言えるこの思考は、一朝一夕で変えられるものではなく、また他人が強引に曲げられるものでもない為、ラグナとスコールは根気強くレオンと付き合っていく事を覚悟していた。
だから、同居生活に慣れて来たと思えた頃にレオンが熱を出したのも、そう言う理由が絡んでいるのだろうと、想像するのは難しくなかった。
スコールも幼い頃、人見知りが激しく、環境の変化に簡単になれる事が出来なかった。
幼稚園が怖い、小学校が怖い、知らない人が沢山いる所は行きたくない────どうしても行かなければならない時は、その日が近付くと、体が拒否反応を起こすように熱を出してしまう。
そう言う経験があったから、レオンが熱を出したと知った時、ラグナもスコールも無理もない事だと悟る事が出来た。
しかし、高熱を出していても尚、レオンがそれを隠そうとしていた事には、溜息が出た。
世話になっている者に迷惑をかけたくない、と言う思いの下、レオンは最後の最後まで体調不良を隠そうとし、それも殆ど完璧に隠していた末に、体の方が限界を越えて昏倒したのだ。
学校に行こうと玄関に立ち、レオンから手作りの弁当を渡された所だったスコールは、目の前で倒れた青年を見て驚いた。
けろりとした顔をしていた同居人が、急に目の前で倒れだのだから無理もないだろう。
音に気付いた父が直ぐに飛んで来たから良かったが、そうでなければ、スコールもパニックを起こしていたに違いない。
父子でレオンを寝室に運び、寝間着に着替えさせてから、ラグナはスコールを学校へと送り出した。
レオンを心配するスコールの気持ちは有り難いが、彼はもう直ぐ学年末試験がある。
ラグナが仕事を休むから、と言うと、息子は父を信じて───色々と念入りに確認されたが───、後ろ髪を引かれながらも家を出た。
一限目が始まる前に、レオンの様子を気にするメールが届いたので、どうやら遅刻はせずに学校に着く事は出来たらしい。
その時にはまだレオンは眠っていたので、ラグナは『ゆっくり休ませてるよ』とだけ返信を送った。
それから約三時間が経ち、時刻はそろそろ昼を迎えようとしている。
しかしレオンは未だ目を覚ます様子はなく、ベッドの中で苦しそうに喘いでいた。
(───……38度3分か。下がんねえなあ、上がる様子もないけど…)
レオンの脇で測った体温計を確認して、ラグナは眉根を寄せる。
倒れた直後に計測した時も、数値は殆ど同じものを指しており、レオンの容態に変化はない。
午後までレオンが目覚めないようなら、病院に連れて行った方が良いかな、とも思っていた。
レオンは目を閉じ、眉根を寄せ、傷の走る額に珠のような汗を浮かせている。
ラグナはレオンの額に乗せていたタオルで、顔や首筋に浮いている汗を拭き、温くなったタオルを濡らし直す為にキッチンへ向かおうと腰を上げた。
キッチンの水でタオルを洗い、絞りながら、ラグナはひそりと唇を噛む。
レオンが倒れるその瞬間まで、彼の体調不良に気付いてやれなかった自分が腹立たしい。
(風邪って言うより、ストレスかなぁ。俺達にも凄く気を使ってる感じするし。迷惑かけて良いんだって言っても、まだ遠慮なく寄っかかれる訳じゃないし。レオンの方からそう言う事は言わないだろうから、俺が気付いてやんなきゃいけなかったのになぁ)
家族の事ですら、気付けない事があるのだから、同居が始まったばかりの青年の事を、全て察する事が出来る訳もない。
それは判っているのだが、レオンは過去の経緯もあり、とかく人の迷惑になる可能性を嫌い、恐れる傾向がある。
仕事をしていた事は、「仕事が滞ると余計に迷惑をかける」と言う意識があったので、余りに無理をする事はなかったのだが、今はまた事情が違う。
ラグナが「家族になろう」と言っても、レオンに巣食う恐怖心が彼を足踏みをさせている今は、ラグナの方から察して手を差し伸べてやらなければいけないのだ。
そうしなくては、レオンはいつまでも、誰かに寄りかかる事も出来ないのだから。
しっかりと水気を絞ったタオルを手に、ラグナはレオンが眠る自分の寝室へと戻った。
レオンと同居を始めてから、部屋を一つリフォームして彼の寝室も作ったのだが、元々は物置に使っていた場所だった為、窓も小さく、日当たりも風通しも良くない。
そんな所にいるよりは、とラグナは彼を自分の部屋へと運び込んだのだ。
「────お、」
部屋に入ると、レオンは起き上がっていた。
しかし、起こした上体は力なく、朧な瞳がゆらゆらと天井を見つめて彷徨っている。
夢半分なのかも知れない、と思いつつ、ラグナは努めて柔らかく、彼の名を呼んだ。
「レオン。目、覚めたか?」
「………」
声をかけてみるが、レオンからの返事はない。
それ処か、レオンの瞳は宙を見詰めたまま、反応らしい反応もなかった。
熱が出ているのだから仕方がない事だ、とラグナは先ず彼を寝かし直した方が良いと判断した。
「ほら、レオン。もうちょっと横になってな」
「……あ、……」
肩を優しく掴んでやると、ようやく蒼の瞳がラグナを捉える。
しかし、焦点は結ばれないまま揺れており、ぼんやりとした表情もあって、いつもよりも雰囲気が幼い。
普段が確り者で通っているだけに、レオンのふとした時のこんな表情が、ラグナは酷く印象強く記憶に刻まれる。
ラグナがそっとレオンの体を押すと、レオンはとさっとベッドに戻った。
冷えたタオルを額に乗せて、布団をかけ直し、ぽんぽんと胸元を宥めるように叩いていると、
「………、」
「ん?」
少し乾いた唇が、何かを紡ぐように動く。
喉が乾燥しているのか、少し喘鳴のような音がするのを聞きながら、ラグナは顔を近付けて耳を澄ませる。
「……な、……、…い……」
「……え?」
体の熱で苦しさもあるのだろう、レオンは途切れ途切れに音を零す。
声を出す事さえも辛い様子のレオンに、聞き直して良いものかとラグナは考えていたが、
「……ごめ、…ん…なさ……」
「……レオン?」
聞こえた謝罪の言葉に、ラグナは目を丸くする。
その表情を、レオンは虚ろな瞳に映して、言った。
「直ぐ…治す、から……」
「レオン」
「……もう、起きれる……」
「あ、こら!」
重い体を強引に起こして行くレオン。
声すら碌に出す事が出来ないのに、起きれる筈がないだろう、とラグナは慌ててレオンの肩を抑える。
すると、涙の膜を浮かべた青の瞳がラグナを捉えた。
「ごめんな、さ、い……もう、平気だから……」
「平気な訳ないだろ。熱が38度もあるんだから」
「……大丈夫……直ぐに、治る…から……」
起き上がろうとするレオンを、ラグナは押さえ付けてベッドに縫い留めていた。
レオンは抵抗するように何度も体を捩ったが、どれだけ力を入れても、今の体調でラグナに敵う筈もない。
う、う、と唸りながら体を起こそうとするレオンだったが、五分と経たない内に、体力は尽きてしまった。
レオンの体から力が抜けたのを感じて、ラグナはそっと押さえ付けていた肩を離す。
動いている内に落ちてしまったタオルを拾い、畳み直して、傷のある額に戻してやる。
それをぼんやりと負った目から、ぽろ、と雫が伝い落ちた。
「う…う……っ」
「レオン?」
蹲るように丸くなり、肩を震わせるレオン。
寒いのか、とラグナが手を伸ばそうとすると、それを見たレオンの目に明らかに怯える色が浮かんだ。
ひく、と喉を引き攣らせているレオンに気付き、ラグナは空の手を見る。
其処にレオンが怯えるようなものはない筈────だが、レオンの過去を思い出して、ラグナは直ぐに理解した。
(そっか。病気になった時、優しくされた事もなかったんだっけな)
それは、レオンが両親に捨てられる以前の事。
父母ともにまともな親とは言い難い家庭に生まれたレオンは、捨てられるまでの間、何かと両親から邪見に扱われていた。
母は父程酷くはなかった、とレオンは言ったが、児童養護施設の教員から聞いた話では、母の方も酷かったと言って良い。
病気になった息子を看病しながら、それに時間を取られる事を酷く嫌い、その感情を病気の息子に向けていたのだから、ラグナには到底考えられない親だと思う。
ラグナは少し迷ったが、もう一度レオンへと手を伸ばした。
瞠られたまま、濡れた蒼の瞳が、挙動のすべてを見逃すまいとするように、ラグナの手を見詰めている。
それを咎める事はせず、ラグナはそっとレオンの頬を撫でた。
「大丈夫だよ、レオン。大丈夫」
「……あ……?」
思いもがけない事をされた、と言う顔で、レオンはラグナを見る。
ゆらゆらと頼りなく、迷子の子供のように彷徨っていた瞳が、ようやくラグナを映した。
ラグナはレオンの頬を両手で包み込み、顔を近付けた。
タオルの落ちた額に、こつん、とラグナが額を押し付けると、二人の鼻先も触れ合う。
は、は…っ、と熱に喘ぐレオンの呼吸が、ラグナの唇をくすぐっていた。
「熱があると辛いよな。でも大丈夫、ゆっくり休んでて良い。無理におきなくて大丈夫だから」
「……ラ、グナ…さ……」
「腹は減ってるか?もう直ぐ昼飯の時間なんだ。食欲ないなら、それでも良い」
「……ふ…う……」
「汗一杯掻いてるから、水飲もうか。な?」
じわじわと、眦の雫の粒が大きくなっていくレオンに、ラグナは子供に言い聞かせるように声をかけていた。
ベッド横のサイドテーブルに置いていた水差しを取り、レオンの口元に持っていく。
と、それが口元に来る前に、レオンが手を伸ばした。
「自分で…やります……」
「だぁめ。起きれないだろ」
「…起き、ます……」
「駄目だって」
「……で、も……」
くしゃ、とレオンの貌が歪む。
遠くはない過去に見た、何もかもを耐え切れなくなった時のレオンの貌と重なって、ずきりとラグナの胸が痛んだ。
「ラグナ、さん……迷惑…かけて……」
「メーワクなんかじゃないって。ほら、口開けて」
「ご、め…なさい……ごめん、なさ、い……」
「おーい、レオン。レオンってば」
枕に顔を埋め、泣き顔すら隠すレオンに、ラグナは努めていつものように声をかけながら、眉尻を下げる。
熱で明瞭とは言えない意識の中で、ラグナの手を煩わせている事が、レオンにとっては辛いのだろう。
ラグナの声が聞こえない様子で何度も謝罪の言葉を繰り返している姿は、未だ彼が過去の呪縛から解放されていない事を示していた。
ラグナは、くしゃくしゃとレオンの頭を撫でた。
そうして触れられる事を、レオンは何よりも好いている。
それでもまだ震えが止まらないレオンを、ラグナはそっと抱き起こした。
顔を見せたくないのだろう、レオンは僅かに抵抗の力を見せたが、「レオン」とラグナが名前を呼ぶと、まるで条件反射のように体の力が抜ける。
ラグナはベッドに座って、起き上がらせたレオンの体を抱き寄せた。
涙に濡れた目がぱちりと瞬きをして、恐々とラグナへと向けられる。
「……ラグナ、ん……っ!」
愛しい人の名前を呼ぼうとした唇と、ラグナは己のそれで塞いだ。
レオンの咥内の感触に、熱いな、とラグナは思った。
それは口付け合っていると言う興奮よりも、レオンの体が熱に侵されているからに他ならない。
濃茶色のカーテンの下にある蒼の瞳も、また浮かされたように頼りなく震えていた。
重ね合わせているだけだった唇を開放して、ラグナは水を口に含んだ。
まだぼんやりとしているレオンにもう一度口付けて、口の中の液体をそっと注ぎ込んでいく。
常温よりも少し低い温度の水の感触は、発熱しているレオンには冷たく心地良かったようで、レオンは素直に水を飲み始める。
「ん…っ、ん…、……は…っ」
「もっといる?」
「……い、…る……ん……っ」
子供のように素直な返事が聞こえて、ラグナはもう一度水を含んでキスをする。
重ねている内に、ベッドシーツを握りしめているばかりだったレオンの右手が、ラグナの服の裾を掴んだ。
握っても良いのか迷いながら、やはり離す事は出来なくて、きゅう……、と握り締められるのが判る。
満足行くまで水を飲んで、ゆっくりと口付けを終えると、レオンはぼんやりとした表情を浮かべていた。
意識ははっきりとしていないものの、恐慌に似た震えが止まっているのを見て、ラグナもほっと息を吐く。
「水、ちゃんと飲めたな」
「……は、い……」
「じゃあもうちょっと寝よう。熱が下がるまでは、安静にしてないとな」
「……はい……」
良いんですか、と問う事もなく、レオンは素直に頷いた。
抱いていた体を離してベッドに寝かせ、布団を被せ直してやる。
これから熱が上がらないとも限らないので、レオンが寒い思いをしないように、きっちりと首元まで覆った。
ゆっくりとした瞬きを繰り返す目が、じぃ、とラグナを見詰める。
何かを言いたそうにしているけれど、言葉が出てこないその様子に、ラグナは息子がよく同じ顔をしている事を思い出す。
年は随分違う筈なのだが、時折覗くレオンの幼い顔を見る度、根っこは同じ位なのかなあ、と思う。
ラグナはレオンの頬を撫で、眦に滲む涙を指で拭った。
それから子供をあやすように頭を撫でて、顔を覗き込んで小さな声で囁く。
「ゆっくりお休み、レオン。大丈夫、俺は此処にいるからさ」
「………はい……」
何処にも行かない、一人にしない。
それをはっきりと言葉にして伝えると、レオンの表情がようやく綻ぶ。
縋るものを求めるように、レオンの手がラグナへと延ばされる。
ラグナをそれを捕まえて、両手で柔らかく握り締めた。
安堵するように眠りに落ちたレオンを見て、ラグナもほうっと息を吐いたのだった。
オフ本【エモーショナル・シンドローム】の設定で、その後の様子が書きたかった。
色々あり過ぎて、自覚なく色んな事に臆病なレオンと、そんなレオンが放っておけないラグナ。
拗らせまくったレオンはとても楽しい(毎回言ってる)。
枯れたとは思わないが、盛んな年齢はとうに過ぎている。
そう思う程度には、自分が既に若くはない事は、嫌が応にも判っていた。
例えば、走ると息が切れる。
これでも昔は軍人であったし、軍に属する為の(時代と風潮もあって、結構なスパルタだったと記憶している)訓練もクリアして来たし、退役してからも足一つで長旅が出来る程度の体力があった。
一所に留まざるを得なくなってから、体を動かす為の時間が減って行き、意識しなければ体を動かす機会を逃す事が増えて行く。
その事に気付いて、下腹が気になるようになって、流石にこれはカッコ悪いと思って、意識的に運動をしていた時期もある。
しかし、長く留まるにつれて、一日の拘束される時間は増えて行き、効率的な運動の時間も採れなくなって行った。
それでも当分は気持ちで誤魔化していたのだが、結局の所、それは誤魔化しでしかない。
更に誰もが逃げられない老化現象と言う物も始まって、筋力は衰え、体力も低下して行く。
流石に日々の生活でパワードスーツを身につけなければならない、なんて事にはなっていないが、昔のように綱一本でワイヤーアクションをしていたような身軽さはなくなってしまった。
悔しい事に、老眼も始まっている。
元々ラグナは目が良い方だった。
いつでも何か楽しい事、面白い物を見付けたがっていた所為か、ラグナの目は両目ともに良好な視界を持っていた。
単純な視力もそうだし、動体視力も良かったし、特に興味のある物には敏感に反応する。
その“興味のある物”の範囲が、浅い所から深い所まで、幅広くカバーされていたので、尚の事ラグナの両目はセンサーとして優秀だったのかも知れない。
しかし、デスクワークが増えると、紙面の束と睨めっこするばかりになり、液晶画面ばかりを睨んでいる事も多くなった。
眼精疲労を極力軽減させる為にと、液晶画面の開発も進み、最近のパソコンは昔よりも目への負担が軽くなっているとは言われるが、積み重ねられた摩耗を回復させる事が出来る訳ではない。
重ねて、老眼と言うものは、なりたくないと思っていても、加齢により誰でも発生する症状とされている。
個人によってその具合は異なるものの、基本的には、逃げられるものではないのだ。
だから最近のラグナは、昔は必要なかった視力矯正具を胸ポケットに常に持ち歩くようになり、書類仕事やちょっとした読書の時間には、手放せないアイテムとなっていた。
体の皺やシミも増えた。
行く先々で出会う人々からは、年齢を聞くと驚かれる。
それは実年齢よりも見た目がずっと若々しいからだと、恐らくは良い事なのだろうが、昔からラグナを知る者から見ると、やはり老いと言うものは見た目にもよく表れているそうだ。
目尻や口元の皺もそうだし、手を見れば肉が落ちて骨の節が判るようになって来たようにも思う。
筋肉は直ぐに落ちるのに、ついた脂肪は中々取れないし、新陳代謝も落ちているのだろう。
髪もよくよく見れば白髪が混じっていて、年齢を思えば仕方のない事と思いつつも、見付けた時には中々ショックであった。
例を挙げていけばキリがない。
ラグナが自分で自分をまだ大丈夫と慰めても、友人たちの顔をみると、やはり年を取ったなと思う。
と言う事は、彼ら共に歩み続けてきた自分も、やはり年を取っているのだ。
幸いなのは、その辛さや虚しさ、此処に至るまでの長い道程を、分かち合える存在がいる事だろう。
そうでなければ、基本的に楽観的に物事を考えるようにしているラグナでも、逃れようのない己の現実を受け入れるまで、まだ時間はかかったに違いない。
……と、自分の年齢について考え始めると、往々にして切ない気持ちになるラグナだが、時々、俺もまだ若いって事かなあ、と思う事がある。
それは決まって、自分と一回り以上も若い青年───否、少年と共に過ごした時であった。
明日の仕事は午後からだからと、ラグナは昨夜、スコールを抱いた。
警護任務の依頼を受けて来ている筈のスコールは、あんたが午前休でも俺には関係ないんだ、と言ったが、結局は応えてくれた。
人と接する事が苦手でも、本音は愛情に飢えている少年を篭絡するのは、狡い大人にとって簡単な事だ。
嫌だ駄目だと言いつつも、彼が本気で逃げる事も嫌がる事もない事は判っているから、熱でとろとろに溶かしてやる度、悪い大人に捕まったなあと可哀想にも思う。
思うが、だからと言って解放してやる事も、倫理的な事を理由に突き放す事も出来ないから、本当に自分は悪い大人だ。
蕩けさせて、甘やかして甘えさせて、熱を注ぎ込んだ。
離さないで欲しいと、言葉にする事を怯える代わりに、全身で訴える少年が、愛しくて堪らない。
細胞の一粒まで自分の物にしてやりたい───そんな気持ちで、愛情にも触れられる事にも不慣れな少年を、自分の色に染めて行く。
そうして最後には「らぐな」と拙い舌で名を呼んで意識を飛ばすスコールを見て、ラグナもようやく満足して眠りに就いた。
そして窓から差し込む朝の光に目を覚まし、昨夜の勢いとは裏腹に、疲れの抜けない体をベッドに沈めたまま、ラグナは昨夜の自分の勢いに呆れていた。
(なんでいつもあんな感じになるかなぁ)
昨夜はスコールがもう無理、と言っても離してやれなかった。
これは昨日が初めての事ではなく、彼を抱く度にやってしまう事だ。
スコールは大統領の身辺警護の任務によって、エスタに来ている。
ラグナが休みであるか仕事であるかに関わらず、スコールは終日任務と言う事になるから、本来ならラグナが眠っている時間まで彼は任務の為に意識を割いて居なければならない。
それをラグナが触れたいからと言って、彼をベッドに引き込むのは良くないと判ってはいる。
しかし、かと言って二人の休日と言うのは殆ど合わせる事が出来ない。
そもそもスコールが自ら休みを取る事を意識しない事が多い為か、補佐官のキスティスは、エスタ大統領警護任務としてスコールをバラムから遠ざけた上で、諸々の事情を理解しているラグナの下で半ば強制的に休養させる事を目的としている節があった。
一番はスコールが意識的に休養を取り、ラグナのスケジュールと擦り合わせて二人静かに過ごせる日を確保するのが良いのだが、双方の事情により難しいのが現実だ。
だから、二人が熱を共有するには、昨夜のように少し強引にでも始めないと、仕事以外の会話をしないまま、スコールがバラムに帰ってしまう羽目になる。
────とは言え、毎回のようにスコールが気を失うまで離さないと言うのもどうか。
言葉とは反対に、スコールが離してくれない事も少なくはないが、やはり大人である自分がそんな彼を宥める位の余裕がなければ、とも思うのだ。
(……俺、そんなに若くはないと思うんだけどな。ほんとに)
何かに、誰かに夢中になる事は、簡単なようで難しい。
それ程までに自分が求めるものに出逢える事すらも、奇跡に等しい事だからだ。
年齢を重ねる程にその軌跡は遠くなり、それもまた仕方がないと諦める事も増えて行く。
けれど、スコールを前にすると、ラグナの体は沸騰したように熱くなる。
早く声が聞きたい、顔が見たい、触れたい、囁きたい、愛したい。
抑える理性の箍が外れたように、ラグナはスコールを欲して止まなかった。
だから彼を腕の中に抱き締めると、もっと深い場所で繋がりたくて、繋がっていたくて、ついいつまでも彼を繋ぎ止めようとしてしまうのだ。
(怒られるんだろうなぁ。起きれなかった、動けないって)
同じベッドで、隣で眠っている少年を見て、ラグナは眉尻を下げる。
すぅすぅと眠るスコールは、まだ目覚める様子はないが、ラグナは彼が目を開けた瞬間、枕が飛んでくるのが容易に想像できていた。
昨夜は汗ばんで赤くなっていた頬に、そっと手を伸ばして触れる。
熱が引いた頬は白く、シャープな形の中に未だ未発達な丸みが残っていて、彼の幼さを知らしめる。
大人びた顔と言動をしても、クールな雰囲気を纏っていても、まだ発展途上の最中なのだと判ると、ラグナの胸中にじわじわと罪悪感が浮かぶ。
本当ならこんな狡い大人に捕まっていないで、彼はもっと広い世界を見るべきなのだろう。
けれど、そうなったら、もう碌な自由のない大人には構ってくれなくなりそうで、それは嫌だと思う。
だからだろうか。
不満そうな顔で、動けない、と言ってベッドに沈んでいるスコールを見る度、ラグナは仄暗い安心感を覚えてしまう。
(嫌な大人に捕まったなあ、お前)
自分は過去にあちらこちらへ飛んだ癖に、スコールにはそれをして欲しくない。
そうして、ずっと自分の所にいて欲しいと願っている。
本当に身勝手だ、と思いながら、ラグナはそっとスコールの桜色の唇を指でなぞる。
ふる、と唇が微かに緩んで、「……んん…」とむずがる声が漏れた。
起こしてしまったか、と思っている内に、スコールの長い睫毛が震え、ゆっくりと持ち上げられる。
「………」
「おはよ、スコール」
「………?……」
まだ瞼が開き切らないまま、ぼんやりとした瞳がラグナを映す。
ラグナが朝の挨拶をして、またそうっと頬を撫でても、スコールは…ぱち、…ぱち、とゆっくりと瞬きを重ねるだけだった。
過激であったり、身の危険が直ぐ傍にあるような任務の最中のスコールは、眠っている時でさえスイッチが入ったように一気に覚醒する事が出来る。
しかし、平時はどちらかと言えば寝汚い事が多いらしく、気が抜けた状態だと、目を開けていても寝ている状態が続く。
目を覚ました時にスコールがぼんやりしていると言う事は、無防備を晒しても良い場所だと無意識に感じ取っているのかも知れない。
そう思うと、ラグナはスコールのぼんやりとした寝起きの顔が可愛くて堪らなかった。
(ま、単に疲れてるだけかも知れないけどなぁ。昨日、本当に遅くまでシちゃったし)
目元にかかる前髪を撫で上げながら、ラグナは眉尻を下げる。
ごめんなあ、と胸中でのみ詫びて、ラグナはスコールの反応を待っていた。
目を開けてから一分弱が経って、スコールはようやく動き始める。
布団の中で、ふあ、と欠伸を漏らした後、もぞもぞと身動ぎして、ラグナの方へと身を寄せる。
シーツに包まりながら密着してくる少年に、寝惚けているとは言え珍しい事もあるもんだと眺めていると、スコールはぴったりとラグナにくっついたまま、またうとうとと舟を漕ぎ始めた。
「ありゃ。おいおい、スコール。そろそろ起きて飯食わないと」
「……」
「俺、正午から仕事だから、準備が」
「………」
勿体ないけど起きないと、と促すラグナであったが、スコールは動かない。
ちらりと上目に寄越された瞳は、うるさい、と言っていた。
「……ねむい……」
「うん、そうだと思うけど。飯食ったらちょっとは目が覚めるだろうからさ」
「……いらない……」
「朝飯食わないと駄目だって。俺が作ってくるから────」
「……やだ……」
布団の中で、ラグナの脚にスコールの脚が絡み付く。
すり、と太腿が擦れる感覚に、ラグナの心臓がどきりと跳ねた。
スコールはラグナの胸に顔を寄せ、ぴったりと密着した状態で、猫のように目を細めている。
二人とも裸のままでベッドにいるから、触れ合う肌から直接感じられる体温が心地良い。
ラグナが少し身動ぎすると、スコールはより一層密着しようと体を寄せてきて、離れちゃ嫌だと全身で訴える。
うつらうつらとしているスコールを見下ろして、ラグナは参ったなあ、と溜息を一つ。
しかしその表情は緩んでおり、濃茶色の髪にそっと手を当てて撫でてやれば、幼い顔が安堵したように緩むのが見えて、これには勝てないと悟る。
「…スコール」
「……ん…」
「もうちょっと寝ちまうか。疲れてるだろ?」
「……誰の…せいで……」
「うん、俺だな。だから俺が責任取るからさ、もうちょっと寝てていいぞ」
「……あんたも……」
「うん。俺ももうちょっと寝てるから」
離れないから、と頭を撫でて囁くと、スコールは小さく頷いて目を閉じた。
間もなく穏やかな寝息が聞こえて、ラグナの唇にふっと笑みが浮かぶ。
スコールを起こさないように、ゆっくりと体を動かして、ベッド横のサイドテーブルにある電話を取る。
手探りでプッシュを押して、コール音の鳴る受話器を耳に当てた。
程なく電話は通話モードへと切り替わり、
「おう、キロス、おはよ。あのさ、今日の正午からの書類仕事、午後に出来ないか?」
眠る少年を腕に抱いて、ラグナは今日のスケジュールを調整するように頼んだ。
何事にも聡い友人たちは、面倒な事を言ってくれるねと言いながら、上手く調整してくれる事だろう。
若い子に夢中になってしまう大人って好きです。そんなラグスコ。
スコールもなんだかんだ言って嫌ではないので、寝起きの素直な時はべったりしてると可愛い。