[ティスコ]君と過ごす毎朝の
カーテンの隙間から差し込む眩しい光で、覚醒を促される。
その光から逃げようと、抱えたものに顔を埋めていると、ピピピピ、と言う電子音が鳴った。
益々掴んだものに顔を埋めて逃げようとするが、電子音はいつまでも続き、光も消えない。
判った、もう判った、と観念する気持ちでようやく起き上がるのが、毎朝のパターンだった。
体を起こして、眠い目を擦りながらきょろきょろと辺りを見回す。
幾らか頭が起きてから、未だ鳴り続ける携帯電話のアラームを止めた。
そのまま再び転がりたい欲求をどうにか押さえ付けながら、スコールはのろのろとベッドを抜け出す。
昨晩、スコールのベッドに潜り込んできた同衾者は、とっくの昔に此処を抜け出していたらしく、ベッドにはその温もりの欠片があるのみ。
相変わらず朝に強い彼に、ほんの少しの羨ましさを感じつつ、スコールは眠い目を擦りながら服を着替えた。
寝室を出るとキッチンに向かい、朝食の準備を始める。
今日は彼の朝練習があるから、少しボリュームを増やしておいた方が良いなと考えながら、冷蔵庫を開けた。
昨夜の残りの煮物を温めながら、厚切りベーコンを焼き、千切って置いたレタスに新鮮なトマトを添えてサラダを作る。
インスタントのスープに湯を入れて溶かし、デザートにジャムを添えたヨーグルトを並べれば、朝食の完成だ。
終わる頃にはスコールの眼も少し覚めて、また此方もタイミング良く、玄関のドアが開閉する音が鳴った。
「ただいまー!」
「おかえり」
溌剌とした元気な声に、スコールはいつものように静かに返した。
ダイニングから玄関を覗くと、肩にタオルを乗せた同居人────ティーダの姿がある。
ティーダは額に滲む爽やかな汗を拭きながら、駆け足気味にスコールの下へ近付くと、
「おはよ、スコール!ちゅーっ」
「!」
朝の挨拶の流れそのままに顔を近付けてきたティーダを、スコールは咄嗟に手で顔を抑えつけてガードする。
勢い余ってバシッと平手を喰らわせる事になったが、謝っている暇はなかった。
「いてぇ。何するんスかぁ」
「こっちの台詞だ。バカな事してないで、手洗ってこい。飯が冷める」
「はぁーい」
悲し気な顔をして見せるティーダを一蹴して、スコールはティーダを洗面所へ追い遣る。
ちぇっ、と判り易く残念そうな声がしたが、スコールにそれを気にしている余裕はなかった。
バカじゃないのか、と呟きながら自分の椅子を引くスコールの顔は、耳まで赤くなっている。
程なくティーダが洗面所から戻り、スコールと向かい合う位置に座る。
二人揃って両手を合わせ、頂きます、と食前の口上をしてから、箸を取った。
ティーダは早速厚切りベーコンを口に入れ、程好く火が通って塩気の効いた肉の味に、頬袋を膨らませながら上機嫌に笑う。
「うまーい!」
「そうか」
良かったな、と返すスコールの反応は淡泊なものだ。
それでも、彼の頬がほんのりと赤らんでいるのを見て、ティーダは照れてるなあと読み取って楽しくなる。
スコールとティーダは、物心が付く以前からの幼馴染で、現在は同居人だ。
中学から高校に進学する際、共に少々遠い場所の高校に合格し、揃って実家を離れる事になった。
同じ学校に入った訳ではないのに、二人が同居する事になったのは、少々過保護気味はスコールの家族と、口は悪いが決して悪くは思っていない息子を想ったティーダの父の提案に因る。
おまけに、運良く二人の高校にそれぞれ中間地点に出来る場所に、セキュリティの良い新築のアパートがあった。
スコールにしろ、ティーダにしろ、一人にするのは不安があると言う家族の意向が強く働いた形で、彼等は二人暮らしを始める事になる。
家賃や生活費を含めた金のことや、こっそり一人暮らしと言うものに憧れていたスコールは聊か思う所もないではないが、家族の援助のお陰で、勉学にのみ集中する事が出来るのもあり、今は有り難くその恩恵を受けている。
ティーダも同じで、父親の援けなんていらない、借りを作りたくない、と抵抗心も一入だったのだが、スコールの父と兄から、「よろしく頼む」と言われると弱かった。
スコールとの同居が嫌だった訳ではないし、寧ろそれは嬉しい事なのだと思うと、意地も混じった父への対抗心は引っ込めるも吝かではなかった。
こうして始まった二人の同居生活は、一年と半年も続いており、時折ケンカもありつつも、上手く回っている。
以前よりもずっと近い距離で共に過ごしている内に、二人の距離も以前よりも近くなり、今では恋人同士と呼ばれる関係だ。
家族にはまだ秘密にしている関係だけれど、スコールもティーダも、それなりに充実した日々を送っている。
綺麗に平らげられた二人分の食器がシンクへ運ばれ、スコールが蛇口を捻って水を出す。
冷たくなってきた流水の感触に手を晒しながら、スコールはテーブルを拭いているティーダに声をかけた。
「ティーダ。後は俺がやるから、そろそろ出る準備しろ」
「良いの───って、うわっ、もうこんな時間だったのか。ごめん、あと頼むな!」
「ああ」
この家で、家事の多くはスコールが担当している。
ティーダはスポーツの強豪として有名な高校に入り、希望通りのサッカー部に入ったのだが、朝も夕も毎日のように練習スケジュールがみっちりと詰まっていた。
対してスコールは帰宅部であるから、勉強時間の確保さえ出来れば、身の回りの事は引き受ける時間が取れる。
時折体よくサボる事も覚えつつ、またティーダも手が空いている時は積極的に手伝いを申し出て、快適な生活サイクルを作っていた。
ティーダはばたばたと慌ただしく家を出る準備を始めた。
早朝ランニングの為に来ていたジャージを脱ぎ、制服に着替えて、洗面所で身嗜みを手早く整える。
昨晩、寝る前に済ませたまま放置していた宿題のノートを、テレビ前のソファから発掘し、それを持って自分の寝室へ。
ノートを鞄に突っ込むように入れて、昨日の内に洗濯を終えてスコールが綺麗に畳んだユニフォームも収める。
忘れ物はないか、中身の確認はそこそこに、多分大丈夫と自分に言い聞かせて、肩に鞄を担ぐ。
「じゃあ行ってきます!」
「ああ」
キッチン前を駆け抜けながら出立の挨拶をして、玄関へ────向かったのだが、その足がはたと踵を返して、ばたばたと駆け戻る。
その音を聞いたスコールが、また忘れ物かと少々呆れつつ、シンクの天板の水気を拭いていると、
「スコール!」
「何だ────」
名を呼ぶ声に、振り返らずに返事だけをした時だった。
背中に賑やかな気配が密着したかと思うと、ちゅ、と頬に柔らかい感触。
一瞬だけ触れて離れたそれに、スコールがぱちりと目を瞠っている内に、
「行ってきまーす!」
もう一度出立の挨拶をして、今度こそティーダは玄関を潜った。
この家の賑やかさの原因である人物がいなくなると、途端に辺りは静まり返る。
しん、と静寂に満ちた空間には、窓向こうの外界で遠く走る車の音が、妙に大きく聞こえた。
それからしばし時間が経って、スコールはようやくフリーズ状態から復帰した。
おい、と振り返ると、其処にはとっくに誰の姿もなく、台拭き用の布を握ったままで玄関へ向かうと、当然ながら此方も無人となっている。
玄関前に並べられた靴は一人分が足りず、今頃その持ち主は鮨詰めの通勤バスに乗っている事だろう。
一人取り残されたスコールは、物言わぬ玄関扉を見詰めて、
「……やり逃げ」
ぽつりと呟いたそれをティーダが聞いたら、「言い方!」と怒った事だろう。
そうしたら、でもそう言う事しただろう、とスコールは返してやるが。
触れたのはほんの一瞬であった筈なのに、今も頬に感触が残っているような気がする。
心なしか勝手に熱くなってくれる顔を冷やしたくなって、スコールはキッチンへと戻った。
もう役割の終わった台拭きは、一度洗って定位置に干して、スコールは洗ったばかりだったグラスコップに浄水を注ぐ。
口に含んでみると、食器を洗い始めた時には冷たく感じた筈の水は、もう常温程度になっていた。
氷を入れれば良かった、と思いつつ水は飲み欲して、また軽く洗って干しておく。
一人になると途端に静けさばかりが際立つ中で、スコールはティーダの部屋へと入った。
思った通り、脱ぎ捨てられた夜着とジャージが転がされている。
夜着は手早く畳んで、昨夜は使われないままだったベッドの上へ置き、ジャージは汗を含んでしっとりとしているのが感じられたので、洗濯機に入れる事にした。
ティーダはきっと明日の朝も早朝ランニングに行く筈だが、ティーダの高校では運動部の練習が多い事もあって、多くの生徒が複数の運動着を備えている。
ティーダもそれに倣うように、家で使うものと、部活で使うもの、更に予備のものを揃えていた。
お陰で日々の二人の生活で出る洗濯物の半分以上がティーダの運動着であったりする。
朝の家事を一通り済ませてから、スコールは学校の準備を始める。
今日の授業の予定を確かめ、、忘れ物がないかをしっかりと確認して、さてそろそろ────と時計を見ると、まだ家を出るには少々の余裕があった。
とは言え、何か作業が出来るような時間とは言えず、スコールは足の向いたままにベッドへ向かい、
「……ふう」
ぼすっ、と倒れ込んだ重みを、ベッドマットが受け止める。
心地良い沈みを与えてくれるマットに顔を埋めていると、ふあ、と欠伸が漏れた。
(やっぱり眠いな……)
元々スコールは朝に弱い性質だ。
それが、ティーダと同居生活をしている内に、彼の生活リズムとの擦り合わせもあり、早朝に起きる事が増えた。
が、元々の体質が大きく改善される訳でもないので、気を抜くと二度寝してしまう事もある。
今から寝てしまったら、学校は遅刻決定だ。
それは出来ない、と思いつつ、スコールは重くなる瞼を閉じないように精一杯の努力をしていた。
眠い頭を誤魔化そうと、むずがる子供のように、抱えた布団にぐりぐりと顔を押し付ける。
(………ん、)
そんな事をしていたら、ふと嗅ぎ慣れた匂いが鼻孔を擽った。
すん、と鼻を鳴らしてみると、ティーダが愛用しているボディソープの匂いがする。
途端に、スコールの脳裏に、ほんの数十分前の出来事が蘇る。
触れるだけのキスをして、スコールが反応するのも待たず、家を出て行った幼馴染兼恋人。
完全に隙を突かれたのだと思うと、俄かにスコールは恥ずかしさと負けず嫌いが刺激された。
(……帰ったらしてやるか)
スコールとティーダは恋人同士だ。
しかし、スコールはどうにもそう言う関係の距離感という物に慣れない。
だから触れたがるのは専らティーダの方で、スコールは彼にされるがまま、自由にさせていた。
それがスコールにとって、ティーダに対する愛情表現である事は、恐らくティーダも判っている。
そんなスコールが、予告もせずにキスをしたら、ティーダはどんな顔をするだろう。
やる事がやる事なので、実行するスコールのハードルも高かったが、今は気分が向いたので、出来る気がする。
頬にはもう、彼がくれた温もりは残っていない。
けれど思い出せるそれを感じながら、スコールは今日の夕方、彼が帰って来るのを密かに心待ちにするのだった。
10月8日なのでティスコ!
二人きりで同棲させてみた。
人目を気にせずいちゃいちゃできるって良いよね。