[ウォルスコ]君の温もり、空の下
一週間前から、天気予報は迫る寒波の気配を報じていた。
近年稀に見る程の大寒波であり、その前哨のように短時間で積雪が観測された地域もある。
ウォーリアが恋人と共に過ごす都心部でも、その波は例外なく押し寄せており、寒風吹きすさぶ日々が続いていた。
そこに更に追い打ちを喰らわすかのように、今日明日と重ねて更に気温が冷え込むと言う。
寒がりな年下の恋人は、その天気予報を見て、勘弁してくれ、と項垂れていた。
こうした予報は見事に的中し、今朝ウォーリアが出勤の電車に乗った時には、雪花が街にチラついていた。
同じ電車に乗り合わせた部活始めの学生達が、勘弁してくれよ、と愚痴っていたのが耳に残っている。
空は分厚い雲に覆われ、陽の恩恵など望む事すら烏滸がましいと言わんばかりの冷たいコンクリートジャングルは、其処に暮らす人々全てに試練を齎す。
ウォーリアは余り温寒に神経を尖らせる性質ではないが、そんなウォーリアでも今朝の冷え込みは応えた。
幸い、仕事は屋内の業務であるから、暖房が効いている所にいればどうと言うことはないのだが、昼食にビル外の店に行くのも腰が重くなる程だ。
仕事の合間に、誰かが言っていた事だが、今日は全く気温が上がらないとのこと。
寧ろ日が落ちる時間になれば、更に気温は落ち込み、ひょっとしたら明日には積雪が確認されるかも知れない。
電車が動くか怪しいぞ、と言う言葉に、一同は明日分の仕事を前倒しにする事になった。
もしかしたら明後日も、と言い出したのは誰だったか。
だが、都市部の交通網と言うものは、一度麻痺してしまうと、波及する影響が大きいだけに、復旧も遅れてしまう可能性は否めない。
出来るだけ業務に余裕を持たせて置こう、と言う上司の言葉に、ウォーリアも最もだと思った。
────そのお陰で、退社が予定から大幅に遅れてしまったのは、少々計算ミスだった。
帰宅が遅れそうだと言うことは、それが見えた時に恋人に連絡を済ませたのだが、定時から二時間が過ぎてようやくの解放だ。
帰宅ラッシュの満員電車を避けれたのは幸いだが、いつも夕飯を作って待ってくれている恋人には、悪い事をしてしまったと思う。
天気予報の言う通り、朝よりも更に寒くなった街を急ぐ足で通り抜け、気持ち人が少ない電車に乗り込んだ。
人の熱が少ない所為か、電車の中は暖房が就いているのに妙に寒く感じられる。
最寄り駅に着いたら、駅外の自動販売機かコンビニで、ホットの缶コーヒーでも買おうか。
普段、ウォーリアの帰路は真っ直ぐなものなのだが、今日はそんな事を考える位に、冷え込みが強烈だったのだ。
それでも、帰れば恋人が温かなシチューを作って待ってくれていると思うと、やはり真っ直ぐに変えるべきだ、とも思った。
そんな事を考えながら、ウォーリアは駅の改札を潜り、冷気の滑り込む出入口の傍に佇む少年を見て、目を丸くする。
「スコール?」
思わずその名を口にすれば、人気の少ない駅構内の中では存外と響いたようで、恋人───スコールが顔を上げる。
いつも黒を基調にした服を着ている少年は、今日もいつも通り、黒ずくめだった。
だが、その様相が平時とは少々、いや随分と異なっている。
彼が気に入っているファー付きのジャケットを筆頭に、彼の細身の体躯を強調するような、スタイリッシュな服装を好むスコールだが、今日は随分と丸っこい。
寒さが本格化し、外で過ごす時間が長い日に限って袖を通される厚手のダウンジャケットと、その襟元にはマフラーが巻かれている。
マフラーの上からダウンを着ているのは、襟元や首の隙間から入って来る冷気への対策だろう。
ダウンのポケットに入れていた手には、厚手の手袋。
ボトムは見慣れたスキニージーンズではなく、少しゆとりのあるストレートパンツを穿き、腰にはストールが巻かれていた。
頭には、一ヵ月前に様子を見に来た父が買って来たと言う、耳当てとポンポンのついたニットの帽子。
父から贈られたものと言う気恥ずかしさもあり、趣味じゃない、と言っていた筈のアイテムだ。
彼らしからぬシルエットに、一瞬見間違いかと思ったウォーリアだったが、あの蒼の瞳を間違える事は絶対にない。
近付けば、帽子で押さえられた前髪の隙間から、寒さに宛てられて少々不機嫌になった瞳に迎えられる。
「……遅い」
「すまない」
拗ねた口調のスコールの言葉に、ウォーリアは飾らず詫びた。
それにスコールは小さく頷いた後、じっとウォーリアを見詰める。
ウォーリアはそれを見返しながら、彼を見付けた時からの疑問を口にした。
「スコール、何故君が此処に?家にいるとばかり思っていたが、何か用事でもあったのか」
「……別に、そう言う訳でもないけど……」
ウォーリアの問いに、スコールは小さな声で呟きながら、ダウンジャケットの前を開ける。
上から半分の所までジッパーを下ろして、内側に手を突っ込み、紺色の布を取り出した。
丸まっていた布を解くと、それは去年スコールと揃いで買ったウォーリアのマフラーで、スコールはそれをウォーリアの首へと引っ掻ける。
「あんたの事だから、どうせ碌な防寒しないで仕事に行ったんだろうと思ったんだ。今日はコートだけじゃ冷えるだろうから、ちゃんと防寒して学校行けって、俺に言ったのはあんたの癖に」
言いながらスコールは、ぐるぐるとウォーリアの首にマフラーを巻いて行く。
ウォーリアはそれを受け止めながら、確かに今朝、家を出る前に眠気眼で見送ってくれた彼にそんな事を言った、と思い出す。
その割に、ウォーリアは薄着であった。
スーツの上に冬用のロングコートを着てはいるものの、防寒用の装備と言ったらその程度だ。
インナーにはスコールが買って揃えたウォーム素材ではあるが、ビジネスバッグを持つ手は素手である。
何の為に買ったマフラーだ、とぼやくスコールに、確かに最もな意見だ、とウォーリアも思った。
マフラーを巻き終わったスコールは、また懐に手を入れて、ごそごそと中を探る。
「……しまった」
「どうかしたのか」
「…あんたの手袋、忘れたみたいだ」
失敗した、と呟くスコールは、心底悔しい顔をしている。
だがウォーリアは、首元を覆う温もりだけで十分だと言った。
「私はこれで十分だ。わざわざありがとう、スコール」
スコールが巻いてくれたマフラーは、彼が懐に入れてくれていた事もあり、その熱を分け与えられてとても暖かい。
その温もりは勿論のこと、基本的に寒さを嫌うスコールが、この寒空の中を迎えに来てくれたと言うことが、ウォーリアは何よりも嬉しかった。
手袋一つをスコールが忘れたことなど、ウォーリアには大した事ではない───のだが、スコールにとってはそうではなかった。
スコールはマフラーに埋めた唇を尖らせて、じぃっとウォーリアを見詰める。
その瞳がウォーリアの足の天辺から爪先までまじまじと見て、ビジネスバッグを持つ手に止まった。
「……十分な訳ないだろ」
そう言って、スコールは自分の右手の手袋を外した。
「これ、使え」
「それでは君が寒いだろう」
「あんたの今の状態の方が、見ていて寒い。良いから使え」
ずい、とウォーリアの胸元に押し付けられる、黒の手袋。
外側は合皮、内側はボアになっている手袋は、確かに身に付ければ暖かいだろう。
しかし受け取ってはスコールが、と言うウォーリアだが、蒼の瞳がじろりと剣呑を帯びた。
譲る気のない意思を其処に見て、ウォーリアは根負けした形で、スコールの右手袋を受け取る。
受け取ったので着けない訳にもいくまいと、ウォーリアは手袋に手を入れる。
今の今までスコールが使っていたものだから、其処にはしっかりと体温が残っていた。
暖かいな、と思っていると、ウォーリアの左手からビジネスバッグが取り上げられる。
「スコール?」
突然の恋人の行動に、ウォーリアが不思議に思って名を呼ぶが、スコールは答えない。
その代わりに、スコールは既になった手でウォーリアの空になった左手を掴むと、自分の手ごとダウンジャケットのポケットに突っ込んだ。
ごく狭い小さな空間の中で、スコールの手がウォーリアの手を掴んでいる。
ウォーリアがそれを認識するまで、彼はしばしの時間を要した。
その間にスコールの指がウォーリアの指と絡み合い、ポケットの中で握り締める。
「冷た……」
「すまない」
零れたスコールの言葉に、ウォーリアはポケットから手を抜こうとした。
しかしスコールの手は、握ったウォーリアの手を離そうとしない。
それ所か蒼い瞳がまたじろりとウォーリアを睨んで、
「……仕方がないから、これで行く」
「確かに私は暖かいが、君は」
「帰るぞ」
ウォーリアが言い終わる前に、スコールはポケットに入れた手をそのままに駅の外へと向かう。
引っ張られる形でウォーリアもそれを追い、隣に並んで歩き出した。
出入口に扉もない駅であるが、建物の中にいる限りは、風からは守られる。
その恩恵から一歩外に出ただけで、冷たい風がウォーリアとスコールの頬を叩いた。
もこもこに着膨れしていても寒さが身に染みるのだろう、スコールが眉根を寄せて唸る声が聞こえる。
ポケットの中で、ウォーリアの手を握るスコールの手が、寒さに堪えんと力が入るのが伝わった。
ウォーリアはその横顔を見詰めながら言った。
「スコール」
「……ん」
「君は、ずっとあそこにいたのか?」
「……知らない」
自分のことを聞かれたと言うのに、スコールの答えははっきりとしなかった。
意図的にぼかしているのは判ったが、ウォーリアはそうか、と返しただけで、それ以上は問い詰めない。
ウォーリアの隣を歩くスコールは、噴き荒む風に当てられて、鼻先が赤くなっている。
それが今から赤くなった訳ではなく、駅でウォーリアがその姿を見付けた時から色付いている事に、ウォーリアは気付いていた。
ウォーリアの仕事が終わる時間や、何時の電車で帰って来るかなど、彼には判らなかった筈だ。
一体スコールはいつからあの場所でウォーリアの帰りを待っていたのだろう。
昼日中でさえ吹雪いていた今日、陽が落ちてから一層寒くなった空の下で、彼はどんな気持ちで過ごしていたのだろう。
もう少し早く帰って来れたら良かったのに、と思うウォーリアだったが、その傍ら、
(……暖かい)
恋人の手で巻かれたマフラーと、ポケットの中で繋がる手。
彼が与えてくれる温もりが愛しくて、ウォーリアの口元は知らず緩むのであった。
1月8日と言うことでウォルスコ!
寒い!と言うことで寒空の下でいちゃいちゃして貰いました。あと着膨れスコールは可愛いと思います。
寒いの大嫌いだから外に出るのも億劫だったスコールだけど、家にウォーリアの防寒具が一通り残ってるのを見て溜息吐きながら出て来たんだと思います。