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2021年03月14日

[サイスコ]ホワイトデー・キッス

  • 2021/03/14 21:50
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF


「ほらよ」


そう言って、放るように差し出されたものを、スコールはよく見ないで受け取った。
受け取ってしまってから、それが思っていたもの───書類の類の感触ではない事に気付いて、顔を上げる。
そうして手の中にあるものが、可愛らしくラッピングされた、小さな長方形のプレゼントボックスであると知った。

スコールはしばし手の中のものを見詰めた後、デスク越しに自分を見下ろしている男を見た。
これはなんだ、と目で問うスコールに、男───サイファーはいつもと同じ顔で答える。


「ホワイトデーだからな」
「ああ……は?」


サイファーの言葉に、成程と思った後で、スコールは我に返った。

カレンダーを見れば、確かに今日は3月14日のホワイトデーである。
しかし、この一年の締め括りのこの時期、年度末に押し寄せるあれこれで忙殺されていたスコールにとって、今日と言う日はただ多忙なだけの一日でしかなかった。
ついでに言うと、先月の今日も全く同じ話で、スコールはガーデンや街がどんなに色鮮やかに飾られても、全く知る由はなかった。
一日を殆ど執務室で缶詰になっていれば、さもありなんと言う話である。

其処に突き出されたこのプレゼントボックスは、今日と言う日を理解すればその由来は判ったが、しかしスコールにはもう一つ眉根を寄せねばならない事がある。


「……なんであんたが俺に渡すんだ」
「恋人だからな。可愛い恋人に贈り物するのは、別に今日じゃなくたって良いが、理由もあるんだし、贈らない手はないだろ?」
「そうじゃなくて。俺、あんたに何も渡してないだろ」


ホワイトデーと言えば、一般的にはその前哨にバレンタインデーがあって、その日に何かを貰った者が、お返しを用意する日ではなかったか。
自分が知らない間にその要項に変化でもあったか、何かと流行に疎いので置いてけぼりにされているのかと思ったスコールだったが、それなら流行に聡い女性陣から何か聞けそうなものだが、何もない。
恐らく、多分、例年通りのことなのだろうと思うのだが、それなら尚更、スコールはサイファーにこれを渡される意味が判らなかった。

先月も今と同じく仕事三昧だったスコールだ。
今日と言う日の前哨でもある、バレンタインデーも変わらず、その日が"そう"だとすら気付かないまま過ごしていた。
それは指揮官補佐を務める立場となったサイファーも同様なのだが、根からロマンチストな彼は、もう少し周りが見えている。
色気づく周囲の様相は勿論、自分でも暦をしっかり確認して、準備根回しは忘れない。
そして当日、サイファーはしっかりと、スコールにバレンタインのプレゼントと言うものを贈ってくれた。

と言う前日譚を踏まえると、ホワイトデーに贈り物を用意すべきはスコールの方だ。
サイファーはそれを待つ側であると言うのに、どうして彼がスコールへの贈り物を用意しているのか。

納得のいかない顔で見上げるスコールに、サイファーは肩を竦める。


「お前が年中行事をちゃんと覚えてるかなんて、ハナから期待してねえよ」
「……」
「実際、バカみたいに忙しいしな。缶詰になってるお前が、こう言う事を準備できるとも思ってねえし。先ず忘れてるだろうしよ」
「……」


やれやれと、両腕を上げる仕草をするサイファーに、スコールはぐうの音も出ない。
忙しいから仕方がないだろう、と言えなくもなかったが、きっと暇でもスコールは今日の事を忘れている。
バレンタインのように、ガーデンの売店や食堂にもそれを意識させる飾りつけがあれば、まだ思い出せる可能性はあるが、ホワイトデーは一ヵ月前と違って案外地味なものだ。
サイファーが何か突いて来なければ、きっと思い出す事もないだろう。

かくして今日はお陰で思い出した訳だが、しかしスコールは、じゃあ有り難く貰おうと言う気分にもなれなかった。
何せ、先月もスコールはサイファーからプレゼントを貰っているのだ。
本来、返しをする筈の今日に、また新たなものを貰っていると言うのは、どうなのだろう。


「……サイファー、これ」
「いらないってのは聞かないからな」


受け取れない、とスコールがプレゼントボックスを返そうとして、サイファーは先にそれを遮った。
中途半端に浮かせたスコールの腕が行き場を失くして彷徨い、蒼の瞳が所在無さげにプレゼントボックスを見る。

サイファーはそんなスコールの頭を見下ろしながら言った。


「俺が勝手に用意して、勝手にお前に渡してるだけだ。一々気にすんな」
「……でも」
「先月のだって、別にお返しなんて期待してねえしな。お前がガーデンにいない事だってあり得た訳だし」
「まあ……」
「直で渡せただけ十分だ」


そう告げるサイファーの声は、確かに満足そうだった。
スコールの頭を、くしゃり、と大きな手が撫でる。
辞めろとスコールが頭を振ると、手のひらは直ぐに逃げた。

────サイファーの言うことは確かで、先月にしろ今日にしろ、スコールがガーデンにいたのは幸運な事だった。
任務があれば優先されるは当然それだし、スコールがガーデンにいても、サイファーが出ていると言うことも少なくない。
二人揃って色気のない戦場に駆り出され、泥まみれになっている事もあると思えば、本当に今日は運が良い。

でも、それでも、とスコールは思うのだ。
スコール自身が年中行事に疎い性格とは言え、一応、サイファーとは紆余曲折の末、恋人同士と言う間柄に収まった。
サイファーがロマンチストである事はスコールもよく知っているし、それならクリスマスにしろバレンタインにしろ、サイファーにとっては特別なものにしたいのではないかと思う。
思ってはいるが、意識も行動もそれについて行かないので、こうして何も準備できない事も多い。
それでも、一応ホワイトデーの前にはバレンタインと言う日があったし、その時にプレゼントを渡されているのだから、返すもの位は準備しているべきでは、と考えずにはいられない。

複雑な胸中のまま、乱れた髪をスコールが手櫛で直していると、サイファーが「まあ、そうだな」と付け足すように口を開く。


「どうしても気が引けるってんなら、キスの一つでもしてくれよ」
「……はあ?」
「良いだろ、偶にはお前からして貰っても」


それで貸し借りなしだと言うサイファーに、スコールの眉間の皺が深くなる。
スコールのその反応も、サイファーには予想通りのもので、冗談だとまた付け足そうとした時だった。


「……良いんだな、それで」


呟くなり、スコールは椅子から腰を上げて、デスクを周り込んでサイファーの隣へ。
僅かに足りない身長差を背伸びで埋めて、サイファーの頬へと引き結んだ唇を押し付けた。
それはほんの一瞬、一秒にも満たない時間の事だったが、触れた感触をサイファーに伝えるには十分。

思いも寄らなかった恋人の行動に、サイファーが呆けた顔で立ち尽くすのを、スコールは見ていなかった。
背伸びを終えると、元来たルートを早回しのように回り込んで、デスクに着く。
プレゼントボックスを渡されるまで睨んでいた書類に、ペンでサインを書き込んで行く。

再起動が終わったサイファーがデスクを見れば、紙を睨んでいるスコールの小さな頭頂部があるのみ。
決して顔を上げるまいと言う堅い意思が感じられる傍ら、濃茶色の髪の隙間から、先端まで赤くなった耳が覗いている。
その耳を見ている内に、この素直でない、恥ずかしがり屋の恋人が、何をしたのかようやく理解して、口端が勝手に緩む。
スコールが顔を上げればきっと真っ赤になって怒るであろう顔をしている自覚があって、サイファーは右手で口元を隠した。

顔を見られる前に退散しようと、サイファーは踵を返す。
カリカリとペンの走る音を背中に聞きながら、自分用のデスクにサイファーが腰を下ろそうとした所で、食堂に出ていたキスティスが帰って来た。
執務室のドアが開く音を聞いて、スコールが慌てた様子でデスク上に置いたままにしていたプレゼントボックスを掴み、デスクの引き出しへと隠す。
そんな事をしても、赤くなった耳が元に戻らない限りは、目敏いキスティスに間違いなく突っ込まれるのだが。



案の定、赤い顔を見付かったスコールは、キスティスから「良い事でもあったの?」と訊かれていた。
スコールの返答は「何も」であったが、キスティスの眼は補佐官の片割れへと向いている。
無論サイファーは沈黙を守ったが、キャッツアイの向こうで緑の眼が何もかも───サイファーの頬に残った感触を除いて───見抜いている事を、サイファーは判っていた。





行事ごとを欠かさないサイファーと、そう言うものにてんで鈍くて遅れて思い出すスコール。
そんなサイファーに影響されて、段々とスコールも忘れないようになって来て、ちゃんと用意し始めるんだと思います。

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