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2022年04月08日

[セシスコ]染まる無垢色

  • 2022/04/08 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF


ただいま、と言う習慣に、スコールはまだ慣れない。
けれど、帰ったらそう言ってくれると嬉しいな、と言われたから、それなら、と努力をしてみている。

独り暮らしがそれ程長いと言う訳ではない。
そう言う習慣を束の間忘れる位には、“独り”と言う生活に沈んでいた。
養護施設で育ち、高校入学を期に其処を離れ、自分の事を誰も知らない土地で暮らすことを選んだ。
勉強とアルバイトの両立は簡単ではなく、食事も忘れる位に目が回っていたのは、一年目の初めの頃のこと。
元々食にそれ程執着がなかった事も災いして、一日二日、何も食べずに過ごす事もあって、その所為で一度、アパートの部屋の中で目を回した。
受け身も取れずに昏倒したその日、隣人が何事かと心配し、大家を通じて部屋に入り、救急車で搬送されたのが、生活の変化の始まりだ。

搬送された翌日、スコールは見知らぬ病室で目を覚まし、医者からは疲労と睡眠不足、加えて栄養失調気味であると叱られた。
勉強と慣れないアルバイト、もっと言えば新たな環境に適応しようとするストレスや、元より人との交流が得意ではない所へ、アルバイト先の店長のパワハラ紛いの扱いに辟易していた事など、ざっくりと言えばスコールは“鬱”の真っ只中にいたのだ。
とにかくきちんとした休養と、出来るのなら生活を支えてくれるパートナーのようなものが必要であると言われたが、前者はともかく、後者はまるで宛てがない。
養護施設で世話になった人々には恩を感じているし、いつかそれを返せたらとは思うが、半ば強引に早い独り立ちを選んだ意地もあって、頼る気にはなれなかった。

それなら、と手を挙げたのが、セシル・ハーヴィだった。

彼はスコールが住んでいた部屋の隣室の住人である大学生で、詰まり、倒れたスコールを援けてくれた張本人だ。
それまで、早朝のゴミ捨てだとか、遅くに帰って来た時だとか、アパートの敷地前で稀に顔を合わせる事がある程度の、顔見知りと言うにも遠い関係であったのだが、彼曰く、「倒れた所を結果的には助けたんだ。今更放ってはおけないよ」とのこと。
それにしたって名も知らないような子供を───とスコールは思ったが、気付いた時には、セシルに面倒を見られる事が決まっていた。
セシルは「勝手に僕が君を気に掛けるだけだから、君はこれまで通りに過ごしていれば良い」と言ったが、それまで全くの“独り”であったスコールにとって、生活に変化が起こったのは事実であった。

先ずは、スコールが退院するまで、毎日のように病室にやって来て、自己紹介やら何やらと話して行った。
退院する時には付き添ってくれて、どうせ隣なんだからと、入院生活で使った荷物を持ってくれた。
アパートに戻ってからは、朝の挨拶を交わす頻度が増えて、「ご飯は食べてる?」「眠れてるかい?」と訊ねて来る。
スコールにとって、初めこそ聊か面倒で鬱陶しく感じられたのだが、昏倒した所を助けられた手前、露骨に無碍にも出来ずにいた。
挨拶には挨拶を、聞かれた事には取り敢えずの返答を、と言うのがスコールにとって出来る精々のコミュニケーションだったのだが、セシルはそれで満足そうだった。
そして偶に、「兄が送ってくれたんだけど、食べ切れなさそうでね」と乾物やら総菜やらを渡しに───見ようによっては、押し付けに───来る。
また栄養失調になったら良くないから、と言われると、突き返すのも気が引けて、スコールはされるがままに差し出されたものを受け取っていた。
時には、「食べに行こうと思うんだけど、一緒にどう?」と誘われ、そう言う時は大抵、スコールがアルバイト疲れて食事の用意も面倒になっていた時で、自発的に外食に行くのも足が重い所を、“誘われる”と言う形で促される事で辛うじて夕飯を口にする事に成功していた。

スコールとセシルの関係は、そう言う所から始まったのだ。
だからスコールは、長い間、セシルは随分と世話好きな奴なのだと思っていた。
その本質が、実は案外と真逆であると知ったのは、セシルの親友だと言う男と逢ってからの事。

やたらとスコールに甲斐甲斐しくしているのは、良い所を見せようとしているからだろう、と彼をよく知る男は言った。
セシルがどうしてそんな事をしてくれたのか、何をどうして、彼がそんな事をしようと思ってくれたのか、今でもスコールは知らない。
ただ、スコールが彼を認識するよりも早く、彼がスコールを見ていた事だけは確かなのだろう。
だからあの日、倒れたスコールを援けるべく動いてくれたのかも。

だからある意味、この形は、「納まるべき所に納まった」のかも知れない。
そう言ったのはセシルの親友で、それを受けたセシルはいつもの食えない笑みを浮かべていた。
それを見た時、スコールはなんとなくハメられたような気がしないでもなかったが、ではこの形に不満や不服があるかと言うと、そうではない。
慣れない感覚こそあれど、関係を否定するような感情は沸かず、寧ろいつかこの心地良さが消えたりしないと良い、とすら願っている。

知り合ってから一年、隣人として過ごし続けた二人の関係は、恋人と言う形に変化していた。
それに伴い、スコールは自身が住んでいた部屋を引き払い、セシルの部屋へと移り住んでいる。
どうせ隣なのに、と思わないでもなかったが、壁一枚の距離がなくなっただけで、“二人で”過ごしている感覚も強くなって、なんとも面映ゆいものがあった。

そんな中で、セシルが言ったのだ。


『これからは、“お邪魔します”じゃなくて、“ただいま”って言ってくれると嬉しいな』


此処は僕の家でもあるけど、これからは君の家でもあるから。
そう言ってふんわりと笑ったセシルに、スコールは眩しさと恥ずかしさで赤くなった。
誰かと一緒に暮らしている、自分の帰りを迎えてくれる人がいる───それがどうしようもなく、照れくさくて、嬉しかった。

しかし、どうにもスコールにその言葉はハードルが高い。
何故と言われると自分でも判らないが、どうしてか、その言葉を紡ごうとすると、いつも喉が閊えるのだ。
アルバイトを終え、新たに自宅となった部屋の前まで帰ったスコールは、今日も先ず息を整える。


(……よし)


息を吸って、吐いて、自分の鼓動のリズムを確認する。
心なしか逸っているのを、いつも通りだと無理やり飲み込ませて、スコールは玄関の鍵を差した。

最近、ようやく隣の部屋のものと間違える事がなくなった扉。
キ、と小さく蝶番が音を立てるそれを開けると、恋人が好んで合わせている、ラジオの音楽が流れていた。
然程大きくはないその音にうっかり負けないように、スコールは意識して声を出す。


「……た、だいま」


また閊えた、とスコールは思った。
が、奥からはいつもと変わらない、嬉しそうな返事が返ってくる。


「お帰り、スコール」
「……ん」


柔らかなウェーブのかかった銀糸が、部屋の奥の窓から差し込む西日を受けて、きらきらと光っている。
その眩しさに目を細めながら、スコールは迎えてくれたセシルの笑顔に、微かに唇を緩めた。

靴を脱いで部屋の奥へと向かえば、クラシックの音楽と一緒に、仄かに甘い香りが漂っている。


「夕飯は出来てるよ。食べるかい?それとも、先にお風呂?」
「……夕飯」
「じゃあ座っていて。すぐ用意するよ」
「俺も手伝う」


スコールの申し出に、セシルは眉尻を下げて笑う。
良いのに、と表情は告げていたが、どうにもスコールは人任せにするのが苦手だ。
それはセシルを信頼していないと言う訳ではないのだが、要は貸し借りを作る事に躊躇いがあるのである。
皿運びでも、茶を淹れるでも、何か一つ仕事をしておいた方が、気が楽になれるのだ。

セシルが料理を器に盛り、それをスコールが食卓のテーブルへ運ぶ。
以前、スコールが栄養失調で倒れた事を鑑みてか、並ぶ食事はいつも栄養バランスがよく考えられている。
一通りを並べ終えたら、向かい合って座って、手を合わせた。


「頂きます」
「……頂きます」


セシルに合わせて、スコールも食前の挨拶を言った。

この一言も、スコールは慣れていない。
養護施設にいた頃は、躾の一環もあり、皆が習慣づけている事もあって当たり前に行っていた筈なのだが、一人暮らしになるとぱったりと止めていた。
更に食事を採らない日も増え、食べてもパン一つとか、水一杯だとか、養母に知られたら怒られそうな位には食への意欲を失くしていた。
そう言う期間が、長くはないが集中した感覚の中で続いた為、スコールは幾つもの習慣と言うものを忘れていたのである。

セシルとの生活は、それを一つ一つ、取り戻していくような所があった。
セシルが言うから、セシルが言うなら───と、彼の希望に合わせる形で、忘れていた言葉を改めて身に付けていく。


「ちょっとレモンが強かったかなあ」
「……別に、悪くない」
「そう?それなら良かった。スコール、結構酸っぱいものは平気だよね。箸も進んでる」
「……普通だろう。そんな事覚えてたのか、あんた」
「大事なことだ。君の好きなものは何かなって、知っておきたいから。スコールが一杯食べれないと、また倒れてしまうかも知れないし」
「もうあんな事にはならないだろ。毎日ちゃんと食ってる。……あんたのお陰で」


セシルが毎日の食事を欠かさず作ってくれるお陰で、スコールの食生活は安定している。
彼が忙しくて台所に立てない日でも、弁当やパンを先んじて準備し、食べないと駄目だよ、と釘を刺されるので、少し面倒でもスコールはちゃんと胃に食べ物を入れる習慣が出来てきた。

────本当に、一つ一つの習慣が、セシルのお陰で戻ってきている。
若しくは、セシルと共に生活する事で、新たな習慣が身に付いて来る。
朝から晩まで独りで、時には学校のクラスメイトと挨拶すらも交わさず過ごしていた事が嘘のように、今のスコールの生活は充実していた。

食事を終えると、「ご馳走様」と言って席を立つ。
これもまた、セシルと一緒に過ごすようになってから、戻ってきた習慣だ。


「セシル、片付けは俺がやる」
「ああ、ありがとう。じゃあお風呂の準備をしておこうか。先に入る?」
「いや───」


後で良い、とスコールが言うよりも僅かに早く。


「じゃあ、一緒に入るかい?」
「……は?」


にっこりと笑みを浮かべて言うセシルに、スコールはぱちりと瞬きを一つ。
そんなスコールに、セシルは「悪い話ではないと思うよ。色々節約になるし」と言った。
確かに、そう言われるとそうだが───と一瞬考えたスコールだったが、


「何言ってるんだ、あんな狭い風呂で」
「はは、まあ、そうだね。じゃあ僕が先に入ろう」


眉根を寄せてスコールが返すと、セシルは笑ってそう言った。

お先に、と手を振って風呂場へ向かうセシルを見送って、スコールは溜息を一つ。
判り易く呆れた吐息であったが、その裏側で、彼の心臓はとくとくと早いリズムを刻んでいる。


(……何を意識しているんだ。馬鹿じゃないのか)


ただ一緒に風呂に入るだけなのに。
いや、入らないけど。
そんな話をしたけれど、どうせ冗談に決まっているのに。

そう思いながらも、俄かに意識してしまう自分が妙に不埒な存在に思えて、シンクの前で一人唇を摘まむスコールであった。





4月8日と言う事で、セシスコ!
セシスコで現パロって書いた事がなかったような、と思って。

知らず知らずのうちにセシルに染められていくスコールが見たい。
セシルはスコールの事を尊重しつつ、しっかりちゃっかりスコールが自分の方を向くようにしていると良いなと。
その為にも、スコールが喜んでくれそうな事は忘れないし、嫌がる事はしない。
でも押しの強さもあるから、スコールが本気で嫌がらないなら、ちょっと意地悪なことしてみたりその先もしてみたりするんじゃないだろうか。

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