[ジェクレオ]秘密の祝杯
戦勝会の打ち上げともなれば、どの選手もめいめいに飲み明かすものであった。
酒好きの多いチームメンバーである事もさながら、大きなトーナメント戦で優勝を制した暁ともなれば、誰もが弾けると言うもの。
チーム関係者の誰しもがほっと胸を撫で下ろし、試合期間はコンディションの為に抑えていた酒量を、これまでの分まで取り戻すように、酒瓶が空いて行く。
ここ一番の打ち上げでは、選手は選手で、スタッフはスタッフで飲みに行くのがお決まりだった。
選手だけでも相当な大所帯であるから、それを支えるチームスタッフは倍近くの人数になる。
それが一つの店に押し寄せる訳にもいかないし、仮にそれをするなら、何日も前に大広間を課し切るような予約をしなくてはいけない。
チームの大スター選手であるジェクトがいる事から、このチームが負けるなんて有り得ない、と豪語する者も多いが、とは言え勝負とは時の運である。
何がリズムを狂わせるか判らないもので、冷静な者は最後の最後まで気を抜かなかった。
それがより一層選手たちを研ぎ澄ませ、試合終了の音が鳴るまで、彼等は力強く水を掻き続けた。
優勝カップは、その甲斐あってのものだ。
勝利の証を肴に酒を飲みたい者は、選手スタッフ問わずに多かったが、まずはやはり試合で最も体を張ってきた選手たちへの労いにと、彼等と共に打ち上げ会場へと運ばれる。
そして、全員そろっての祝賀会は改めてのものとし、まずは選手と各スタッフとそれぞれに分かれての打ち上げが始まったのであった。
気の抜けない試合が続く中、コンディションを保つ為、ジェクトは当分の間、飲酒を控えていた。
偶には休息に飲むことはあったが、それも寝る前に一杯程度。
それだけにしておけと、マネージャーであり恋人であるレオンに釘を刺されていたから、大人しくそれに従った。
酒一杯程度でどうにかなるもんか、とジェクトの本音としてはあるのだが、若い時分にそうして失敗をして、翌朝の試合で酷い動きをしていた事を引き出されては、ぐうの音も出ない。
お陰で今回の試合は、ほとんど完璧な仕事が出来たから、やはり何事にも抑制は必要なのだと思い知らされる。
しかし、今日に至ってようやくその我慢も解禁だ。
別口で飲みに行くと言うレオンからは、「だからって羽目を外しすぎるなよ」と言われたが、そう言う彼も、その注意に大した効果があるとは思っていまい。
精々、財布の紐まで緩めて、この飲み会の代金を奢るなどと言い出さないでくれ、と言った所だろうか。
チームの大黒柱であり、守護神とも言えるジェクトの下へは、次から次へとチームメイトが声を交わしにやって来た。
ビールの入ったジョッキをぶつけ合い、何度も乾杯を唱えながら、酒瓶を開けていく。
大皿でやって来た摘まみは、解放感に胃袋まで再現をなくした選手たちの手で、どんどん平らげられていく。
この酒屋の食事は元々上手いと定評だが、やはり勝利と言う名のスパイスが一番の旨味だ。
今年一番の美味い飯だと、仲間達と共に飲む喜びは、長い選手生活の中で何度となく味わったものだが、やはり心地の良いものであった。
そうして食事を主とした打ち上げが終わると、クラブに行かないかと言う話が持ち上がった。
母国であれば二次会に行くようなものだ。
若い選手が声をかけ、偶には良いなとベテランまで加わる所で、ジェクトにもお呼びがかかった。
ジェクト自身もまだ飲めるし、胃に隙間はあるが、クラブとなるとジェクトはパスだ。
若い頃には参加する事もあったし、其処で多少なりと良い思いをした事がないとは言わないが、今はそう言う気にもならない。
適当な理由をつけて退散させて貰えば、まあいつもの事、と仲間達も気分良く帰宅組へと加わるジェクトを見送った。
タクシーを捕まえるなり、バスに乗るなりと、散らばって行く帰宅組の中、ジェクトは手近にあったコンビニで缶ビールを買っていた。
先の試合で優勝を飾ったスター選手の来訪は、コンビニ店員にもしっかり見られ、サインを強請られたので応えている。
そんな事をしていたら店の奥から店長と思しき男もやって来て、優勝祝いにと言って摘まみになるものを贈られた。
断るのも悪いものだと知っているから、今日は快く受け取り、さてこれで帰ってのんびり一人酒でもしようかと思っていた時。
「ジェクト?」
名を呼ぶ耳慣れた声に振り返ると、よく知る人物────レオンが立っていた。
どうして此処に、と言う顔をしたレオンと目を合わせて、ジェクトは「よう」と摘まみの入った袋を持った手をひらりと振って挨拶する。
此方に近付いて来るレオンの顔は、ほんの少し赤い。
レオンも今日は関係者同士、選手マネージャーを勤める仲間内で、所属するチームの優勝を祝う飲み会に参加していた。
それなりに酒も飲んでいるのだろう、眦は普段よりも緩んでおり、頬もほんのりと赤い。
しかし足元は危なげなく、しっかりとしているので、酒量を弁えてセーブはしていたようだ。
「あんた、飲み会はどうしたんだ?」
「十分食ったし飲んだよ。お開きして、次はクラブだってんで、俺は抜けてきた」
「行けば歓待されただろうに。優勝チームのスター選手が来た、ってな」
「そりゃ有り難ぇが、ああ言う場所は色々やらかす奴も多いからな。俺はもう懲りてるよ」
「懸命な判断だ」
過去の失敗の経験は、それなりに堪えているのだと言うジェクトに、レオンはくつくつと笑う。
これだけの事で上機嫌に笑う辺り、やはりアルコールは回っているようだと分かった。
「お前の方こそどうした?今日は祝いだからな、お前も二次会くらい誘われただろ」
「声はかけられたけど、大分飲んだからな。これ以上は危ないと思ったんだ」
頬の火照りを確かめるように、レオンは自身の頬に手を当てながら言う。
これ以上は人に迷惑をかける、と言うレオンに、こんな時でも真面目な奴だとジェクトは苦笑した。
レオンの視線が、ジェクトの右手に握られた缶ビールを見付ける。
「あんたはまだ飲むのか」
「良いだろ?まだ余裕だよ」
「摘まみまで買って」
「これは貰いモン。コンビニの店長から、優勝祝い」
「人気者だな」
「そりゃあな」
謙遜など不要と堂々と言ってやれば、レオンは肩を竦めて見せる。
普段なら、飲み会で飲んだならもう止めておけ、と言う所だが、今日ばかりは目を瞑ってくれるようだ。
お互いに飲み会が終わった者同士、足は帰る方向へと向かう。
ジェクトの日々の管理は、専らレオンが握っているもので、その仕事の延長の中で今ではレオンと同居している状態にある。
他人は知らぬ話ではあるが、故にこそ二人は、仕事の意味でも、プライベートな意味でも、“パートナー”と呼べる間柄になっている。
母国で暮らす互いの家族にも未だ秘密の仲ではあるが、誰にも踏み込まれる事のない、二人きりの生活と言うものを、二人は案外と気に入っていた。
そんな同棲と呼ぶに等しいジェクトとレオンであるが、二人で連れたって帰路を歩くのは珍しい事だ。
レオンはジェクトの専属マネージャーを仕事としている為、彼の生活管理を始めとし、移動手段の都合をつけたり、スケジュール管理もレオンの役目である。
だから家を出る時には二人揃って出発する事は多いのだが、帰りは大抵バラバラだ。
ジェクトは自分自身の調整を納得するまで続けたり、チームメイトの誘いで、自身が酒を飲む飲まないに関わらず、宴席に顔を出す事が多い。
レオンはジェクトの健康管理も仕事の内であるから、日々の食事作りもレオンが引き受けているが、それは必ずしも強制的なものでもない。
ジェクトに関する事務仕事が遅くまで続いたり、此方は此方で人との付き合いがあるもので、ジェクトに一報だけを入れて、其方を優先する事もあった。
それが普通の生活だからか、こうやって夜遅い街を二人で並んで歩く事もない。
ジェクトは飲み干した缶ビールを、道の端に設置されているトラッシュボックスに放った。
からんからんと音を立てるそれが鎮まる前に、ビニール袋から二個目の缶ビールを取り出す。
「本当によく飲むな」
「気分が良いもんでな」
「その辺で寝潰れないでくれよ」
「しねえよ、そんな事。お前も飲むか?」
ぷしゅっ、と缶ビールのタブを開けながら言うと、
「……そうだな。一口くらいは良いかも知れない」
「なんだ、珍しいな。いつもはいらねえって言うのに」
アルコールが嫌いな訳ではないが、強くはないと言う体質もあってか、自分から進んで酒を飲まないレオンである。
祝賀会の席で、どれ程かはジェクトもはっきりとは判らないが、とは言え火照る程度には飲んでいる筈だ。
それは宴の場所だから、と言う理由もあっての事で、其処から離れ、道端を歩いている時にまで飲む気になるなど滅多な事ではない。
レオンもそんな自分に自覚はあるようで、くすりと笑ってジェクトを見上げ、
「あんたじゃないが、今日は確かに気分が良い。もう少し位、飲んでも良いかと思ったんだ」
そう言った青年の顔は、頬の赤みと、蒼の宝玉を抱いた眦が仄かに緩み、随分と柔らかい。
規模の大きなトーナメント戦を熟す日々は、試合に出る選手は勿論の事、その身体の管理の一切を任されているレオンにとっても、それなりに気合と緊張が続くものだ。
一試合ごとに蓄積される選手の疲労も考えながら、次の試合へと向けた調整をし、選手のモチベーションにも気を配らなくてはならない。
レオンはジェクトの操縦方法と言うものをよくよく心得ているが、その傍ら、レオンは自分自身の管理も怠る訳にはいかなかった。
自分がミスをすれば、それはジェクトにも跳ね返ってしまうものだと判っているから、一層気を張る時間が続く。
どうにも適度に手を抜くと言うやり方が出来ないレオンにとって、最後の最後、優勝が決まるその瞬間まで、彼はジェクト以上に根を詰めていたのは間違いないだろう。
それでいて、ジェクトと過ごす日々にはそれを滅多に顔には出さず、ジェクトは試合に集中できるようにと努めていた。
今回の決勝戦の相手が、トーナメントを勝ち上がってきたライバルとも言える強豪チームであった事から、レオンの緊張が一入に高かった事は、ジェクトにも想像できる。
レオンはようやく、その緊張の日々が終わったのだ。
選手であるジェクト同様、長い戦いを終えたレオンの、久しぶりに見る穏やかな表情に、ジェクトも面映ゆさで口元が緩む。
その気持ちのままに、ジェクトはレオンの腰を抱き寄せると、いつもよりも三割増しに赤い頬に唇を押し付けた。
「おい、ジェクト……」
「なんだよ」
「酔っ払い。外だぞ」
「構わねえだろ。酔っ払いだからな」
二人が恋人同士である事は、誰にも秘密だ。
それがこんな路上で、通る人も多い場所でキスなんて、と叱るレオンであったが、その手は顔を寄せて来る男を拒まない。
やはり、お互いにそこそこの酔いが回っているのだろう。
それも心地の良いものであったから、こうして人目も憚らずに、戯れに興じているようなものだ。
しかし、戯れでことが済むなら可愛いものだが、生憎ジェクトはそうではない。
試合の為に我慢を続けていたのは、飲酒に関する事だけではないのだから。
「……ムラついていきたな」
「此処でする気はないぞ」
「判ってるよ。何処か行くか?」
「あんたとホテル?パパラッチが喜ぶネタだ」
「だよなぁ」
有名選手のジェクトであるから、今でも何処かで何かを期待している目はあるだろう。
今は気の知れたマネージャーと、酔いに感けたじゃれ合いに見えても、これ以上は流石に良くない。
「しゃあねえな、帰るまで我慢してやるよ」
「そうしてくれ」
「明日は気にしなくて良いんだよな」
「夜には優勝会見がある。それまではゆっくりしてて良い」
「そりゃあ良かった」
言いながらジェクトは、中身が半分ほど残っている缶ビールをレオンに差し出す。
レオンはそれを受け取って、こくりと一口。
濡れた唇がプルタブからゆっくりと離れ、赤い舌が唇の端を舐めるのを見て、ジェクトは久しぶりの欲が分かり易く膨らむのを自覚していた。
10月8日と言う事でジェクレオ。
相変わらず書いてる奴が楽しい、プロ水球選手×専属マネージャーなパロです。
二人揃って海外暮らしなので、秘密の関係ではあるけど、割と外でもこの程度にいちゃいちゃする事がある。なお酔っ払ってる時限定。
大事な試合が全部しっかり終わって、次の日は少しのんびり出来るとなれば、遠慮なくお楽しみするんだと思います。