[ジェクレオ]ホリデー・ラプソディ
元々朝には弱い性質ではあるが、それが特に顕著に出る時。
それは大抵、前夜に大層熱心に交わり合った後のことで、自業自得と言えば否定できなかった。
ブラインドカーテンの隙間を潜り抜けて差し込む光は、朝にしては随分と強い。
この部屋の窓はほぼ真南に面しているので、此処に煌々とした光が入ると言うことは、時間もそろそろ昼を迎えようとしている、と言うことだ。
重い瞼を擦りながら、手探りでヘッドボードの携帯電話を探って、液晶画面を確認する。
思った通り、午前を思い切り寝倒したことを知って、寝起きの気怠さに駄々をこねる体を、半ば無理やりに起き上らせた。
「……ふあ……」
癖の付きやすい髪を手櫛で掻きながら、レオンは大きな欠伸を漏らす。
裸身の体を包んでいた柔らかいシーツがするりと滑り落ちたが、空調が丁度良く効いてくれているお陰で、不快な寒さは感じない。
拭い切れない微睡で、ぼんやりとした頭がもう一度眠りたがっていたが、空っぽの胃が何か寄越せと訴えているお陰で、ベッドから抜け出そうと言う気にはなった。
鳴いている腹を慰めるのは勿論だが、その前にシャワーだけでも浴びたい。
昨晩は試合の後だったから、パートナーは随分と元気であったし、それを余す所なく受け止めたものだから、体中の水分が全部なくなるかと思う程に汗を掻いた。
存外と喉が渇いていないのは、ひょっとしたら、意識を飛ばした後に水を貰ったのかも知れない。
抱く時には獣のように荒々しいのに、アフターケアは欠かさない辺りに、恋人の年の甲を感じるのは、こんな時だ。
恐らく体も清潔に拭いてくれてはいるのだろうが、やはり、直に湯を浴びてすっきりさせたい気持ちまでは誤魔化せなかった。
ベッドで豪快な鼾を立てている恋人の姿に、伸び伸びとしていて何よりと思いつつ、寝室を出た。
シャワールームで熱めの湯にして頭から浴び、昨夜の熱の名残を灌ぎ落とす。
鏡で見た自分の腰回りに、大きな手形がくっきりと残っているのを見て、改めて夜の交わりが激しかったことを知った。
ゆっくりと温まった方が体の回復は早いのだろうが、如何せん、腹が減っている。
夜は長めに風呂に浸かろう、と思いつつ、レオンは烏の行水よろしくシャワールームを後にした。
ラフにTシャツと短パンのみを着て、レオンはキッチンに立つ。
手の込んだものを作る気はしなかったが、昨晩はかなりカロリーを消費したし、前に食事をしてから既に十二時間以上が経っている。
冷蔵庫から作り置きにしているものを取り出して、電子レンジで温めながら、昨晩の夕飯の残り物のスープも鍋に移してコンロにかけた。
トースターにセットしていたパンが焼けると、いつも使っているジャムを塗り、もう少しトースターにかけて表面に熱を入れ直す。
サラダボウルから食べる分だけを皿に移して、ブランチの完成だ。
寝室に戻ると、恋人────ジェクトはまだベッドの中にいた。
ぐおー、ぐおー、と漫画のような鼾を立てているジェクトに、レオンは口端を緩めつつ、声をかける。
「ジェクト、起きろ。もう昼になるぞ」
「んあ~……ぐぅう……」
耳は多少起きているのか、ジェクトは唸りながら寝返りを打つ。
またぐうぐうと寝息を立て始めるジェクトに、やれやれ、とレオンは肩を竦めた。
「ジェクト。ジェクト」
「んぐー……」
「起きないなら構わないが、飯を食わないなら晩まで抜きになるぞ」
水球のプロプレイヤーとして活躍するジェクトの体調管理・栄養管理は、専属マネージャーであるレオンの管轄である。
だから普段は、ジェクト自身の体調が明らかに思わしくないような状態でもなければ、一日の食事は必ず用意するように努めていた。
特に起きて最初に食べる食事と言うのは、活動する為のエネルギーとして大事だから、欠かすことはしない。
が、試合は昨日終わって、今日一日、ジェクトは休みである。
平時はジェクトがそうであっても、レオンはマネージャーとしての仕事があるものだが、幸運にも今日は丸っきり手が空いていた。
故にこそ、昨夜のジェクトはレオンを解放しなかったし、レオンもそれを良しと受け入れた。
今日一日だけは、お互いに普段の規律正しさから解放されて、戯れに没頭しても良いのだ。
だからジェクトもいつも以上に寝汚い。
判り切っている事だから、レオンも構わない気持ちはあったが、折角用意した食事は食べて貰いたい、と言う気持ちも少なからずあった。
「ジェクト」
「……」
「ジェクト」
何度呼び掛けても、ジェクトは起き上がる様子がない。
が、その反面、段々と鼾が静かになっているのは判り易く、その意図をレオンも察していた。
────それを汲み取った所で、さてこの男は大人しく起きてくれるだろうかと、レオンは胡乱に目を細める。
ふう、と一つ溜息を吐いて、レオンの体がベッドに乗る。
ぎし、とスプリングが小さな音を立てながら、ゆっくりと動かない恋人へと近付いた。
「ジェクト」
耳元に唇を寄せて、名前を呼ぶ。
吐息が触れたか、微かに逞しい肩が反応したように見えたが、レオンは気にしなかった。
太い眉の端に小さく小さく口付ければ、それだけのことだと言うのに、妙に耳が熱くなるのを自覚する。
十代じゃあるまいし、と妙に初心初心しい心地になる自分に呆れている所へ、ぬっと視界に陰が落ちる。
ぐいっ、と強い力がレオンの頭を捕まえた。
予想はしていたから、首に無理な負荷がかからぬように、引っ張る力に任せて前のめりになる。
少し強めにぶつかる感触と共に、唇が塞がれて、すぐにぬるりと太くて生暖かいものが咥内に侵入した。
殆ど強制的に伏せのような格好になりながら、レオンは咥内を弄られる感触に、背筋にぞくぞくとしたものを感じ取る。
「ん、ん……っふ、う……っ」
まだ昨夜の熱を忘れられない体が、勝手にぞくぞくと背筋を震わせ、燻ぶりの熱を煽ろうとする。
それに応えるつもりは、頭にはなかったが、舌をぞろりと舐められると、条件反射のように胎内が準備を始めるのが判った。
「んぐ、ん、んん……っ」
「んっ、」
「んむぅっ」
ぐるん、とレオンの視界が回って、後頭部が柔らかい枕へと落とされる。
体の上にしっかりとした重みが覆いかぶさり、身動ぎすらも許さないとばかりに、ベッドへ強く縫い付けられた。
昨夜、あれだけ熱を交わしたと言うのに、ジェクトの当たる感触は既に固い。
試合の前はストイックに自分を追い込む傍ら、熱処理もごく最低限、それもレオンが手を出せば止まらなくなってしまうから、一人で済ませて貰っていた。
つまりは溜まりに溜まった末の晩だった訳で、当人曰く「一日で全部出し切れる訳ねえだろ」とのことだ。
少しは疲れて欲しい、とレオンは思うのだが、それだけ求められるのも悪い気がしないのが毒だ。
たっぷりと咥内を貪られて、飲み込むことも忘れた唾液が、レオンの口端から零れ伝う。
呼吸がやっと解放されたと思ったら、顎に光る糸をべろりと太い舌に舐め取られた。
「っは……はあ、う、こら……」
シャツの中に潜り込んでくる、ごつごつとした手の感触。
レオンはそれを掴みながら、身を捩って逃げを打った。
「飯が出来てるって言ってるだろ」
「後でちゃんと食うよ」
「冷める」
「美味いから問題ねえって」
「俺が今腹が減ってるんだ。飯抜きにするぞ」
脅してやると、赤い瞳が此方を見た。
ふむ、と考えるようにしばしの間が空いて、両腕を拘束していた重みがようやく解ける。
「仕方ねえな。先に食うか」
ジェクトは渋々にレオンの上から退いた。
勝てない重みから解放されて、やれやれ、とレオンも起き上がる。
昨日は試合を終え、その後に激しい睦み合いをしたので、ジェクトもよく眠れたのだろう。
深めの睡眠で少々硬くなった肩や首の凝りを解しながら、彼はようやく服を着始めた。
と言っても、外に出る用事がある訳でもないからか、トランクスにゆったりとしたショートパンツを履いたのみで、上半身は裸のままだ。
それで全くだらしなくは見えないのは、現役アスリートの中でも特に見事な仕上がりの筋肉が鎧になっているお陰だろう。
レオンが抜け殻になったベッドを軽く整えている間に、ジェクトはダイニングに行っていた。
追ってレオンがようやくの食卓に着く時には、既にジェクトは食事に手を付けている。
ジャムを塗ったパンを一口齧りながら、スプーンでスープをぐるぐると掻き回していた。
レオンもようやく、頂きます、と昔からの習慣の食前の挨拶をして、サラダにフォークを入れる。
「今日はどうする。全くの休みだから、羽根を伸ばすなら今の内だぞ」
今シーズンの試合はまだ残っている。
勝ち点としては既に優勝が約束されているようなもので、チームとしては消化試合があるだけとも言えるが、かと言って温い試合をする訳にはいかない。
何処かのチームが大量得点を取り、一気に後を追って来る可能性もゼロではないし、何より、腑抜けた試合をすれば、観客にそれは伝わるものだ。
此処から先もキングの活躍を見たいと思って試合会場にやって来るファンの為にも、気は抜けない。
だが、それはそれとして、今日の所は休日である。
買い物でも、昼間から飲み歩きに行くでも、レオンは全く構わないつもりだった。
明日になれば再びトレーニングと調整の日々が始まるのだから、それとのメリハリをつける意味でも、休みは存分にそれを満喫するべきだと思っている。
レオンが普段からそう言う方針でスケジュールを管理しているので、ジェクトもそう言った所は慣れている。
ジェクトは、昨日の夕飯にも食べた、香草焼きのグリルチキンを食べながら、
「そうだな────っつっても、特に何か用事がある訳でもねえし」
「まあな。何か気になるものでもあるかな……」
レオンはテーブル端に置いていたリモコンを取って、テレビの電源をつける。
適当にザッピングしていると、スポーツニュースが昨日の試合のVTRを流していた。
なんとなくそれを眺めながら、レオンは呟く。
「反省会でもしてみるか?」
「そんなもん、どうせ明日やるだろ」
「それはチームでな。今日は個人反省会だ」
「勘弁してくれ。今日は休みだよ」
店を開ける気はないんだと言うジェクトに、レオンはくすくすと笑いながらチャンネルを切り替える。
特に琴線に引っかかるものもなく、見るものもないな、とリモコンを元の位置に戻した。
食事を終えて、片付けの為にキッチンに立っていると、其処へジェクトがやって来た。
流し台でスポンジの泡を膨らませている所へ、ぐいっと腰が引かれて、彼の腕の中に閉じ込められる。
「洗い物中だ」
「判ってる判ってる。ちょっと補充だ」
「昨日あれだけ補充しただろ」
「足りねえよ」
「こら、当てるな。昼間だ、自重しろ」
戯れに押し付けられる感触に、つい数十分前に煽られた熱が反応しそうになる。
それを自分自身も含めて咎めるレオンであったが、それで目の前の野獣が大人しくなってくれる訳もなく。
「休みなんだ、良いだろ?」
「明日に響く」
「今からじっくりやれば、夜には休めるぜ。多分な」
ジェクトはそう嘯いてくれるが、レオンは「全く保証のない話だな」と言った。
しかし、此処できっぱりと断った所で、夜に寝かせて貰えなくなるだけと言うのも想像がつく。
昼間だと言うのに、と呆れも混じりに思いつつ、レオンは覆いかぶさる重みを見上げて言った。
「夕飯が作れないぞ」
「デリバリーで良いだろ」
「代金はあんた持ちで」
「そりゃ勿論」
それで済ませるなら安いものだと言うジェクトに、敢えて高級なものでも頼んでやろうかと思うレオンだったが、きっとデリバリーを頼む頃には、精も根も尽きているに違いない。
何も考えられなくなってしまう前に、先に注文して置くのもありだな、と思った。
10月8日と言うことで、ジェクレオ。
プロスポーツ選手×マネージャーの設定のやつです。
環境柄、遠慮なくいちゃつかせられるので書いてる奴がとても楽しい。
青い春なティスコと違って、こっちはしっぽりアダルトなので、すけべな方向にどっちも抵抗がないのが良い。