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2025年05月08日

[バツスコ]あなたの為に旋律を

  • 2025/05/08 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



ぽっかりと空いた歪を見付けたのは、バッツと二人で探索をしていた時のこと。
元々、この辺りには次元のゆがみの影響が届き易く、その所為か、イミテーションも頻繁に沸いて来ることが確認されていた。
そんな所だから、突然に歪が現れると言うのは珍しくもないが、かと言って気にしない訳にもいかない。
この歪が、混沌の大陸の何処かに繋がっていたりすると、混沌の神の影響が及ぶのは勿論、混沌の戦士たちの使い勝手の良い通り道にされる可能性もある。
入った先の空間が行き止まりになっているのならまだ良いが、それも中に入って調べてみないと判らないことだ。
若しもイミテーションの巣窟となっているのなら、それが外へと出て来ない内に、掃討しておく必要もある。

そうして中に飛び込んでみると、思っていた以上に、其処は綺麗に整えられていた。
イミテーションがいるかも知れない、と言う警戒をまるでとんだ杞憂とでも言うように、其処には人の気配や影はおろか、物が動いている様子さえない。
景色は何処かの大劇場か大ホールで、数えきれない程の観客席が整列し、最奥にはステージがあった。
ステージの緞帳は上げられており、中央には艶のあるグランドピアノが設置されている。
まるでこれからコンサートプログラムが始まるかのような状態だったが、ピアニストは勿論、観客も、導線を誘導するスタッフの姿もなかった。


「随分立派な場所だなあ」


バッツが言いながら、緩やかなスロープになっている通路を下りていく。
スコールは周囲を警戒しながらついて行った。

ホールの天井には立派なシャンデリアがあり、煌々とした明るさが一定を保っている所から、どうやら光源は電気のようだ。
と言うことは、スコールやクラウド、ティーダのような、機械の文明レベルが高い場所と言うことになるが、それ以上の事は判らない。
客席の椅子は木製かと思ったが、どうやら金属を塗装し、木材に見立てているだけらしい。
座面と背宛には凝った刺繍模様が施された布が使われていた。
素材から見る文明レベルの高さとは裏腹に、ホール全体の雰囲気はクラシックな様式でまとめられており、随分と金がかかっているように見える。

辺りを見回すバッツは、これだけ大きなホールを見た事がなかったようで、ぽかんと口が空いている。


「何処の世界の劇場だろうなぁ」
「……さあな」
「うーん。ちょっとステージの方も調べてみるか」


バッツは小走りにステージまで駆け寄って、身長とほぼ同じ高さになっている壇上へと登った。
スコールはその近くにあった階段を使い、バッツの後に続く。

ホールの広さに見合って、ステージも随分と大きい。
それなりに立派な吹奏楽団も十分に取り込めそうな広さに、今はグランドピアノがひとつだけ。
単独のピアノコンサートならこういう光景もあるのだろうが、スコールには随分とうすら寂しい光景に見えた。
コンサートならばありそうな、場を華やかに彩る為の花だとか、或いは何某かのモニュメントだとか、そう言ったものが一切置かれていないからだろう。
これだけ広いステージにぽつんと置かれたグランドピアノは、まるで片付け損ねた、置き去りに忘れられた代物のようだった。

バッツはそのピアノに近付くと、おや、と首を傾げた。


「なんだ、これ」
「何かあったのか」


ステージを見渡していたスコールが尋ねると、バッツは右手を挙げた。
今まで空であった筈のその手には、小さな紙切れが一枚。
二つ折りにしたそれは、四方5センチ程度の大きさだった。


「鍵盤の蓋に置かれてた」
「……?」


明らかに不審な置物に、スコールの眉間に皺が寄る。
たかが紙切れ一枚ではあるが、魔法系のトラップと言うのは、こういうものを触媒にして発動のキーが記されていることもあるのだ。

バッツはしげしげと紙切れを眺めていたが、持っていても何も起きないことを確認してから、折り畳まれたそれを開いてみた。
するとそこには、流麗な走り文字で、短い一分が綴られている。


「“私を弾いて!”……なんだこりゃ」


バッツが読み上げた言葉に、スコールの眉間の皺は益々深くなった。
どういう意味だ、と無言に問うスコールへ、バッツは紙切れを見せる。
其処には確かに、バッツが読み上げた通りの言葉が書かれていた。


「私を、って多分こいつの事だよな」
「……普通のピアノは文字を書いたり、自分の意思を主張したりはしない」
「そうなんだけど。此処に置いてあったからさ、文章の意図としてはそうかなって」


顔を顰めたスコールの言葉に、バッツは苦笑しながら言った。


「うーん。弾いてみようか」
「迂闊なことをするな。このピアノ自体が何かのトラップかも知れない」
「でも、見た感じは何もないだろ?」
「ピアノの内部構造は複雑だ。中に何か仕掛けられていたらどうするんだ」
「大丈夫だよ。きっと、この世界と一緒に紛れ込んできただけだ。そんなのしょっちゅうだろ?」
「……物が紛れ込んでくることはあるが、こんなメモがあるのは可笑しいだろ」
「それも子供の落書きみたいなもんだって」


確かに、歪の中で色々と珍しいものを見付けることは珍しくない。
ちょっとした利便性のありそうな道具であったり、食糧なども、安全を確認した上で持ち帰ることもあった。
その際、恐らく道具の持ち主が残したのであろうメモであったり、子供の落書きだったり、どう見ても重要度の高い報告書類であったり、そう言うものを見付ける事もある。
大抵はそれ以上の意味を成さないものなので、用途のありそうなもの以外はそのままにしていた。
持ち出したものについては、世界の制約を受けてか、歪を出た時点で消えてしまうものも儘あるが、大抵は拠点まで持ち帰っても特に問題は起きていない。

それにしたって、とスコールは如何にも意味深な走り書きのメモを見遣る。
もしもこれが、小さな子供が出入りできるような場所だとか、学校の音楽教室の類なら、子供の悪戯だと思うことが出来ただろう。
だが、こうも立派な大ホールのステージで、しかも大人でなければ書けないような書体で、妙なメモがこれ見よがしに鍵盤の蓋へ置かれていると言うのは、怪しさ満点ではないか。

スコールはそう思うのだが、バッツは気にせず、鍵盤の蓋を開けた。
その瞬間に魔物の牙でも飛び出してくるのでは、とスコールは思ったのだが、何のこともなく、其処には綺麗な白黒の鍵盤が並んでいる。

バッツは手始めに、目の前の鍵盤を適当に押した。
ぽーん、と綺麗なドの音が鳴り、空気に振動を与えながらゆっくりと消えていく。


「音はちゃんと出るみたいだな」
「……おい、バッツ」
「何処か出ないかもだけど……いや、ステージに置いてるくらいだから、ちゃんと調律はしてそうだな。埃なんかもないし」
「………」


バッツは適当に鍵盤を押しながら、音の響き具合を確かめている。
ピアノは見た限りでも綺麗に磨かれた艶があり、音も曇りなく、歪みも感じられなかった。
観客席が裕に二千は下るまいと言う立派なホールに置くなら、バッツの言う通り、きちんと整えられていなくてはなるまい。

バッツはピアノの前に置いてあった椅子を引き、其処に座ると、両手を鍵盤に添えた。
手指を弾ませながら、ぽん、ぽん、ぽん、と適当に和音を押して遊ぶ。


「うん、問題なさそうだ」


ピアノは相変わらず、大人しく其処に鎮座して、バッツの指の通りに音を鳴らしている。

それでもスコールは、油断しないように努めて警戒していた。
こうして何事もないと思った瞬間、がばりと動き出すような彫像だとか石像だとかに遭遇したのは、一度や二度ではないのだから。
若しかしたらピアノは囮で、観客席の方が一気に動き出すかも知れない、と言う所まで考えている。

しかしバッツはと言うと、鼻歌を鳴らしながら、それに合わせてピアノを弾き始めている。
始めは鼻歌と同じ音を、段々と右手、左手、鼻歌と違う旋律を奏でていた。


(……器用な奴だな……)


バッツと言う男は多芸で、技術も知識も、雑多にその体に詰め込まれている。
理屈的な部分では、科学技術やその履修の利便に長けたスコールやクラウドの方が高い部分はあるが、バッツの場合、生粋の旅人として実施で学び得た知識が多い。
技術については言わずもがなで、旅の中で実際にその身に沁み込ませたものが多かった。
そして、彼の世界の理として、“智慧の結晶”とも言えるクリスタルが齎した力によって、より様々な分野の知識を有しているのだと言う。


(そう言えば、踊ったり歌ったりもしていた。じゃあ、楽器も弾けるものなのか)


仲間たちと酒の宴で盛り上がった時、バッツは気楽に踊りも歌も披露する。
踊りは一人で出来るものから、パートナーを要するもの、団体で囲み踊るものまで選ばない。
歌もまた、メロディに乗せて口遊むものは勿論のこと、詠み聞かせる詩歌も得意だった。
センスに関してはその時のテンションに任せていることもあってか、評価は人と気分によってまちまちだが、その場ですぐに即興できる、と言うのは中々できるものではないだろう。

バッツが奏でる音楽は、スコールには耳馴染みもないものばかりだ。
スコールが知っている音楽と言ったら、ガーデンの授業で習ったものが精々で、後は恐らく、世俗で流れている流行の歌を聞きかじったくらいのもの。
それも大してメロディも歌詞も思い出せないから、きっと興味を持って聞いていた訳でもないのだろう。
テレビコマーシャルやラジオで耳に入ったものが、なんとなく印象に残ったに過ぎない。
それらと比べると、バッツの弾いている音楽は、少し民族的な音運びがあって、素朴な印象があった。

───一頻りピアノを弾き終えて、ふう、とバッツは顔を上げた。


「何もなさそうだな。このメモ、やっぱりただの悪戯なんだよ」
「……迷惑な悪戯だ」


バッツが見付けた“私を弾いて”と書かれた紙切れ。
誰が置いたのか、そもそも本当にこの世界で、このピアノを指しての言葉なのか、判った事は何もない。
ピアノは相変わらず其処に鎮座していて、勝手に動くことも、鍵盤を鳴らすこともなかった。
ずっと警戒していたスコールからすれば、無駄に神経を尖らせて、徒労したようなものだ。

はあ、と溜息を吐くスコールに、バッツは苦笑しながら言った。


「そう拗ねるなって。そうだ、折角だからちょっと休憩して行こう」
「こんな所で……」
「良いだろ、椅子も一杯あるしさ」


確かに、バッツの言う通り、観客席は二千とある。
ステージに一番近い最前列だけで、三十席程度はあるだろうか。
その中の中央位置、ピアノをほぼ真正面に捉えられる席を、バッツが指差した。


「スコール、其処座って」
「……どうして」
「お客さんになって貰うからだよ」


ピアノの椅子に座ったまま言ったバッツに、スコールはぱちりと瞬きをひとつ。
虚を突かれた表情で見つめる少年へ、バッツは歯を見せて笑った。


「リクエストあったら聞くぞ。タイトルなんか言われても、スコールの世界の曲は判んないから、欲しい雰囲気でって感じになるけど」
「……それは、……別に」
「なんでも良いか?静かな感じとか、賑やかなのとか、色々あるぞ」


バッツの言葉に、スコールは、そもそも弾いてくれなんて言ってない、と眉根を寄せる。
この空間の危険性が今の所はないと言う点は判ったのだから、用は済んだ訳だし、さっさと歪を脱出して、見回りを再開した方が良い。
スコールはそう思っているのだが、バッツはピアノ前の椅子に座ったまま、まだ立つ気はないようだ。

スコールはしばらく渋い表情を浮かべていたが、動じる様子なく見返してくるバッツに、結局根負けした。
何度目かの溜息を漏らして、くるりと背を向け、ステージを下りていく。
その背中に、バッツが声をかけた。


「リクエストはー?」
「煩くない奴ならなんでも良い」


諦念もあってぶっきらぼうになったスコールの答えに、バッツは「了解」と言った。

スコールがバッツの指定した椅子に座ると、少し頭を上へと傾けることで、ピアノ演奏者の顔が見える。
よくよく考えると、この距離から何某かのステージを観覧すると言うのは、中々贅沢なことなのかも知れない。
更に言えば、これだけ沢山の観客席があるホールに、観客は自分一人。
大ホールを自分一人の為に貸し切りにすると言うのは、現実にはどれだけの金額が必要なのか考えれば、先ず普通に経験できることではないだろう。

そして、たった一人の観客の為だけに、ステージの上でグランドピアノの音が鳴る。


(……さっきと違う曲だ)


素朴で、何処か子供の遊び心も感じる所があった、先ほどまでのバッツの演奏。
それと比べると、今バッツの指が奏でているのは、柔らかな音調と、流れるように穏やかな旋律。
聞く者の鼓膜にゆっくりと染み渡るように音を通し、凪の水面に微かな波紋を生み出すような、静かで透き通った音楽だった。

普段は自由が信条の如く、気儘に駆け出していくような男の指から、こんなにも嫋やかな音が奏でられると言うのが不思議でならない。
目を閉じれば、この音に身を委ねるようにして、緩やかに眠ることさえ出来そうだった。



演奏を終えたバッツに、「何を弾いたんだ」と尋ねても、彼は「なんだっけなあ」と曖昧に言った。
なんとなく頭に浮かんだ曲を弾いたと言うその真意を、スコールはそれ以上問うこともしない。

だから、バッツが奏でたその曲が、恋人に愛を伝える為の小夜曲であることも、知ることはなかった。





5月8日と言うことでバツスコ。
バッツってピアノマスターなんだよな~って思いまして。
スコールの為だけにピアノを弾いてるバッツが浮かんだのでした。

ゲーム内で徐々にバッツのピアノが上手くなって行く様子が結構好きでした。遊び心ですね。
クリスタルの力も影響はありそうだし、吟遊詩人は歌うし、踊り子は踊るし、竪琴は武器だしで、音楽ネタに事欠かないバッツですが、ピアノについては行く先でピアノを触って覚えて行った感じ。地道な努力。

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