サイト更新には乗らない短いSS置き場

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User: k_ryuto

[16/シドクラ]寒い日



過ぎ行く窓の風景は、とうに自然光と言うものからは縁遠く、人工的な光で溢れている。
そんな外界も、煌々とした電灯の点いた電車の中からは漆のように黒で塗り潰されて、遠くのビルの陰影も見えない。
晴れた空なら、夜でも多少はビルの輪郭くらいは見えるものだが、今日は全くそれがないのは、暗雲が天を覆っているからだ。
天気予報は午後から曇りを示し、その予報通りに、冬の空らしいどんよりとした天気になっていた。

冷える空気に吐く息は白く、会社から最寄の駅に向かうまでの短い距離でも、存外と凍えた。
まだ老輩とは言いたくないが、若い年齢はとうに終えたと自覚のある体に、キンと冷えた北風が染みる。
おまけに電車に乗った頃から、雨が降り始めた。
雨脚は大して強くはないが、さらさらと降る雨は、ただでさえ冷たい空気から更に熱を奪って行く。
先月の半ばごろから、電車の中でも暖房が稼働するようになったが、人気の少ない電車の中は、幾ら温めても足りないようで、各駅停車の度に開くドアから、辛うじて温まった空気が逃げて行く。
空気の冷えに負けて、ホームの到着と同時に滑り込んで来たこの電車に乗り込んだが、快速列車が来るまで待った方が良かったかも知れない。
ともあれ、後少しで家の最寄り駅に着くのだから、過ぎた事を後悔するのは止めた。

駅到着のアナウンスを流しながら、電車はゆっくりとホームに停止する。
電車を降りて直ぐに吹き付けて来た冷たい風を嫌って、ロングコートの前を寄せ合わせながら速足になった。
靴下は厚手のものを使っているのに、靴の中で指先が酷く冷たい。
家に帰ったらまず風呂に入って温まりたい、今からでも連絡すれば用意して置いてくれるだろうか。
そう言えば炬燵をまだ出していなかったなと思い出しながら、改札を通り抜ける。

ホームから二階の連絡通路へ上がり、改札を抜けると、通路は南と北にそれぞれ伸びている。
北側には地元の人間が生活の頼りにしているスーパーがあり、学校帰り、会社帰りの客が毎日利用していた。
シドや同居人も同様で、日々の食糧、日用品の買い出しの他、仕事終わりの疲れた体を甘やかす為、其処でささやかな趣向品を吟味して帰る事もあった。
しかし、今日はとかく寒さが身に染みるものだから、真っ直ぐ帰ってしまおうと、シドの足は自宅がある南口の方へと向かう。

外へと出れば、また寒い風に襲われるだろう。
その前に防御を固めながら外への階段を降りて行くと、その一番下に、見知った人物のシルエットを見付ける。


「なんだ、お迎えか?」


階段を下りる足を止めずに言うと、しっかりそれを聞き拾って、シルエットが壁に預けていた背を伸ばす。

無造作気味に伸びた癖のついた黒髪と、混じりけの無いブルーアイズ。
あまりに綺麗に整えていると、案外と幼い顔をしているのがコンプレックスらしく、それを隠すように無精気味に伸びた髭。
頬には幼い頃の事故が原因だと言う、火傷で少し色の変わった皮膚を持っている青年。
一年前からシドが自分の会社へと引き込み、その内に共に生活を始め、今ではパートナーとなった、クライヴ・ロズフィールド。

クライヴは体躯の良い体を、厚手のダウンに覆い、首元までしっかりと前を止めている。
基礎体温の高いこの男でも、今日の冷え込みは流石に堪えるものだったのだろう。

クライヴは左手に持っていたビニール傘を二本、ひらりと掲げて見せ、


「雨が降っていたから、あんた、濡れて帰るんじゃないかと思って」
「お優しいね」
「結局止んだから、いらなかったけどな」


クライヴは傘を持った手を降ろしながら、肩を竦めた。

彼の言う通り、シドが電車に乗る時に降り出した雨は、その電車を降りた途端に止んでいた。
気紛れな雨雲はまだ空の上で淀んでいるが、今の所は泣く気がないのか、時折ごろごろと不穏な音を零している程度。
いつまた降り出すかと言う風ではあるものの、止んでいる内に傘を差す必要はあるまい。
クライヴは二本の傘を持ったまま、帰路へと足を向けて歩き出した。

足元は濡れた気配がそのまま残り、昼の微かな晴れ間の内にアスファルトに蓄えられた温もりは、最早微塵も残っていない。
ビルの隙間から吹き下ろして来る風は、渦巻く冷気ばかりを引っ掻き回して、まるで冷蔵庫の中を歩いているようだった。


「全く、身に染みる寒さだな。こうも一気に冷えなくても良いだろうに」
「雨の所為で余計に冷えてるんだ。風呂を沸かして来たから、帰ったら入ると良い」
「準備が良いな。有り難く貰うとするか。お前も一緒に入るか?」
「遠慮する」


俺が入ったら狭いだろ、と言うクライヴに、入る事自体は構わないんだなとこっそり思う。


「夕飯はもう食ったのか」
「いや。鍋にしたから、あんたが帰ってからにしようと思って。あんたが風呂に入ってる間に、整えておくよ」
「いつも悪いな」
「別に、構わない。こう言うのは手が空いてる人間が引き受けた方が効率が良いだろう」


シドとクライヴは、同居している事に加え、社長とその部下と言う間柄がある。
休日も祝日も構わず、一日を共に過ごすような環境だが、立場が違えば仕事内容は勿論、退社時間にも差が出ることは儘あった。
大抵はクライヴが決まった時間に退勤して───以前はブラック企業にいた所為で、サービス残業が当たり前だったクライヴに、シドが口酸っぱく言い付けた末、一年がかりでようやく身に着いた習慣だ───、一足先に自宅に帰り、夕飯の用意をしている。
シドの帰りが遅い時には、先に食事も済ませてしまうが、偶にこうして、パートナーの帰りを待っている事があった。

自宅のあるマンションのエントランスを抜けて、エレベーターに乗り込む。
上へと動く浮遊感の中、クライヴは傘を握っている為に外気に晒していた手を口元に持って行き、はあ、と息で手のひらを温める。
体躯に見合って大きな手は、指先が悴んで薄らと赤くなっていた。


「そう言えばお前、手袋は持ってなかったな」
「ああ……そうだな」


シドの言葉に、クライヴは余り気にしていない様子で返した。
微かに温めた手の熱を逃がさないように、握り開きと繰り返して、指先へと血流を促している。
手首に引っ掻けた傘を落としそうになって、左手でそれを抑えるクライヴを見ながら、シドは言った。


「買ってやろうか、手袋」
「……突然だな」
「そうでもないだろう。あれだ、クリスマスも近いしな」
「クリスマスプレゼント?」
「良いだろう?」
「安上がりだ」
「ちゃんと上等なのを身繕ってやるさ」
「別に良いよ。なくても大して困ってない」


冷えた右手をダウンのポケットに突っ込んで、クライヴはくつりと笑って言った。
その表情は遠慮をしていると言う訳ではなく、本心から、必要ではないと思っているのだろう。

だがシドは、そんなクライヴの、歌のトナカイのように赤らんだ鼻先を摘まんでやる。


「寒い癖に、あんな所で突っ立ってお出迎えしてくれるんだ。風邪引かないように、真面な防寒具は必要だろう」


鼻を摘ままれたクライヴは、シドのその手を鬱陶しそうに払って眉根を寄せた。


「……もう行かないから必要ないよ。今日は雨が降ってたからだ」
「じゃあ、また雨が降る前に用意しておかないとな」


エレベーターが停止して、いつものように降りるシドの背中に、「だから行かないって……」と溜息交じりの声が投げられる。
それにシドが右手をひらひらと振って見せれば、はあ、と今度ははっきりと溜息が一つ。
行かないからな、とまるで決意のような独り言が聞こえたが、さてどうだろうとシドは思う。

一週間後、また冷え切った空に、天気予報にない雨が降った。
誰に対してでもなく試してみたシドの賭けの結果は、本人だけが知っている。


軽率に現パロで同居させたいマンなので、その間柄で駅までお迎えに行く図が好きです。
クライヴは体格が良いし寒さに弱くはなさそうだけど、それはそれで、厚みのある冬服を着込むと表面積が大きくなりそう。
シドの方は質の良い厚手のロングコートを着て欲しいって言う願望。

[プリスコ]それは心を映す瞳

  • 2023/11/08 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



神々の闘争の世界で生活するに置いて、食料の類は、多くをモーグリショップに頼っている。

戦士達は作物を自力で育てている暇もない訳だから、店売りのそれらは非常に有り難いものであった。
時には歪の中で見つけた、何処とも知れない民家や田畑から、頂けるものを攫わせて貰う事もあるが、此方は運が絡むし、食べれる状態が保たれているかも分からないものが多いので、見た目に問題ないと明らかに分かるものだけに留まっている。
生肉は、罠にかけた動物であったり、まだ可食の受け入れられる魔物であったりを狩って有効活用しているから、此処については戦士達の自足で成り立っていた。
店売りを宛てにしなくてはならないのは調味料の類で、砂糖や塩と言った代表的なものを主に、何処かの世界の何処かの国にしかないスパイス等は、運が良ければ購入できると言った具合だ。
酒は店でも売っているタイミングが限られ、時には猿酒を誰かが見つけて回収してくる事もあるが、いずれにせよ希少な趣向品と言えた。

様々な世界が入り交じり、歪を通してもそれらを入手する事も出来る為、食材の種類だけで言えば、かなり豊富なものだろう。
本来ならば自然の気候や、世界の各地域の環境に依存しているものが、この闘争の世界では聊か無秩序に手に入るのだ。
世界によって共通する食べ物もあれば、特別に珍しいものもあり、台所を預かるティファや、好奇心旺盛なバッツは、馴染のない食材もひっくるめて、腕の見せ所とばかりに楽しんでいる節もあった。

しかし、自然環境では勿論のこと、モーグリショップでも手に入らない物もある。
スコールやラグナ、ライトニングの世界では当たり前にあった、加工品や総菜と呼べる類である。
ジャムやバター、スプレッドは、瓶詰にされて売られているし、オイル漬けの缶詰もあるのだが、それ程種類は多くないし、凝った味付けがそれに成されている訳でもない。
あくまで携帯と保存の手段として有用、と言うのが、この世界における立ち位置と言えた。
満足感まで得られる携帯食とするには、聊か物足りないものと言えるだろう。
調理から味付けまですっかり完成された状態を差す総菜類は、それを作りパッキングするような生産ラインもないからか、見かけられる事もない。
販売形態に保冷場所がある訳でもないので、売った所で戦士達がそれを見付けるより早く痛んで行くものも多いことを思えば、商品棚にそれがないのも無理はないだろう。
それと同様にか、温めればすぐに食べられると言う冷凍食品と言うのも、まず見る事はなかった。

モーグリショップで売られている食糧・調味料の類が、どうやって保存されているのか、戦士達は知らない。
理屈を真正直に捏ねていても説明がつかない事は、この継ぎ接ぎの世界ではよくある事だった。
店を開いているモーグリ達も、理詰めの説明を求められても大概応えられる訳もなく、「とにかく問題はないと思うクポ!」と押し返すしかない。
スコールとしては、どう言う形で保存されていたのかは重要なファクターであるとは思うのだが、結局の所、これまでモーグリショップで購入した食料品で目立った問題は起きていない。
第一、何かを理由にモーグリショップの利用を忌避した所で、今度は食糧の自給自足率の問題に直面する訳で、此方の方が解決の糸口を捕まえる方が難しい。
この世界特有の、目に見えない力が何かしら影響しているらしいと言う事と、あとはモーグリ達の商魂を信ずる他ない訳だ。

モーグリショップに食料を低温を保って貯蔵する為の機能具が存在するのかは分からないが、秩序の戦士達の拠点である屋敷には、冷蔵庫がある。
台所は機械技術の発展したメンバーが見慣れた設備が整っているのは、真に幸いな事だった。
購入した食材で、冷蔵して置いた方が良いものも少なくはないし、作り置きした料理も保存して置ける。
そうして低温保存したものも、電子レンジがあるお陰で、手軽に一人分を温めて食べる事も出来るから、遠征から帰って来た者へ急ぎの食事も提供する事が出来た。
電子機器を上手く扱える人間は限られるものの、道具のあるなしは、生活水準の差として大きい。
台所は自分の持ち場、と言い切るティファや、家事に抵抗のない者でも、疲れていれば休みたい時はあるものだし、そう言った面々がいない時でも、簡単な作業で真っ当な食事にありつけるのは、この上なく有り難い事であった。

スコールも、この便利な機械たちに、大いに助けられている。
サバイバル訓練の経験があるお陰で、野山での手ずからの火起こしや、そう言った場所でも簡易な調理をする方法は知っているが、やはり面倒なことだ。
ライターのような着火道具を持っている人間が、藁を使った原始的な火起こしをわざわざしたがる訳もなく、一つ一つの作業が楽に終わるに越したことはない。
電気製品の類が日常生活に密着していたスコールにとっては、竈よりもガスコンロの方が遥かに使い慣れた道具であった。
もっと言えば、コンロよりも電子レンジの方が、使用頻度としては馴染がある。
何を基準にこの世界に機械技術が紛れ込んでいるのかは判らないが、ともあれ、あって良かったとつくづく思う位に、この文明の利器はスコールにとって生活必需品だと言えた。

十名を越える秩序の戦士達の食事を用意するのは、中々の重労働だ。
だからティファはよく大きな寸胴鍋を使って、この人数でも数日分は持つようにと、たっぷりと作り置きを用意してくれる事がある。
それでも健啖家が多いので、予定より早く減って行くのは珍しくないのだが、こう言うものがあると助かる。
その他、直ぐに使えるようにと、適度な大きさに切った葉物であったり、皮剥きを済ませた芋類が、丁寧にパッキングされて冷蔵・冷凍庫に入れられているのは、元の世界で食事提供もする店を切り盛りしていたと言う、ティファの知恵と手腕のお陰だ。
それを形にする為に、スコールを始めとした、調理に覚えのある者が駆り出され、生産工場よろしく作業に明かした事も付け加えておく。

待機番として当番が回って来たスコールは、重ねて受け持つことになる夕食当番の為、キッチンに立っていた。
先日、セシルとフリオニールが狩って来た魔物の肉は、筋繊維が多くて硬い部分もあるのだが、長時間じっくりと煮込むと柔らかく蕩けてくれる。
処理が面倒なのでスコールはあまり使わないのだが、余り長く置いておいても痛んでしまう。
今日のメインに使える食材をこれとして、肉入りスープを作ることにした。
下茹でを済ませた肉を新しい鍋に入れて、冷蔵庫から袋に入った大量の野菜を取り出し、大きめに刻んでそれを投入する。


(どうせ時間がかかるから、この間に何か他に作るか)


肉が食べやすい柔らかさになるまでは、時間をかけねばならない。
今日のスコールは、比較的、そう言った作業を厭うつもりがなかった。
秩序の戦士にとっては幸運な事に、今日の聖域は静かで平穏なものだったから、夕飯の準備は暇潰しの一環となっていたのである。

副食に使えるものは、ティファの作り置きが冷蔵庫の中に積んである。
あれがあるなら、メインの食卓に並べるものはもう必要ないだろうが、デザート程度は作っても良いかも知れない。
他にやる事もないし、取り敢えず使って良さそうなものはあるだろうか、と冷蔵庫の蓋を開けた時、


「ただいまー!誰かいるかぁ?」


元気の良い声がキッチンに入って来て、その無邪気さにスコールの眉間に分かり易く皺が寄る。
喧しいのが帰って来た、と渋い顔になる自覚はあったが、その顔で振り返っても、相手はけろりとした顔で、


「おっ、スコールだ。ただいま!」
「……ああ」


褐色肌に紫髪の少女────プリッシュの帰還の挨拶に、スコールは溜息交じりに端的に返事をした。

と、少女が両腕一杯に抱えているものを見て、また眉間の皺が深くなる。
プリッシュはそんなスコールの視線が捉えているものに気付き、腕に抱えていたものを「ほら」と見せつけて来た。


「すごいだろ。歪の中で見つけたんだ!」


そう言ってプリッシュが誇らしげに掲げるのは、瑞々しく黒光りする葡萄の山だ。
適当に持ち合わせていたのであろう、布地を大きな皿代わりにして、まるで葡萄農園から帰って来たかのよう。
ぷっくりと実を膨らませ、色付きからしてブルームもある事から、野生ではなく人の手が入っていること、採集されてから大した時間も経っていない事が判る。


「歪の中なんて、またいつ行けるか判らないし。採れるだけ採って来た!」
「……そうか」


プリッシュがキッチンの上に布ごと葡萄を置く。
小山になっていたそれが崩れて、房から零れた実がコロコロと転がった。
プリッシュはそれを一つ摘まんで、ぱくりと口の中へと放り込む。


「美味いんだ、コレ。お前も食えよ」
「俺は良い────」
「ほらほら、口開けろって」
(人の話を聞けよ)


美味しいものを共有したいと言う、全き善意的な気持ちで、プリッシュはスコールに葡萄を一粒差し出した。
口元にずいずいと持って来られるそれに、スコールはいらりと眉間に皺を寄せたが、見上げる少女の瞳は爛々と明るい。
どうにも毒気が抜かれるものだから、結局スコールは彼女の希望通りするしかない。

が、流石に持ち帰って直ぐの果物を、そのまま口に入れる気にはなれなかった。
スコールは口元を守るように手を入れて、プリッシュの手から実を受け取る。
シンクで軽く水に晒してから食べてみると、皮は少々厚みがあったものの、噛めばぶつりと破れて、瑞々しい果肉の味が溶け出て来た。


「美味いだろ?な?な?」
「……そうだな。悪くはない」
「だろ~!」


同意が得られて、プリッシュは痛く満足そうだった。
よくもここまで邪気がないな、とスコールは半分は呆れつつ、ひっそりと感心する。

さて、問題は持ち帰られた葡萄が大量にあると言う事だ。
秩序の戦士が全員揃った食卓でも、これだけを食べる訳ではないから、流石に一日二日では消費し切れまい。
取り敢えず半分くらいはきちんと保存できる状態にしなくてはと、先ずは今晩分だけを除いて袋詰めでもしておこうかと思っていると、


「なあなあ、スコール。これで何か美味いもの作れないか?」


きらきらと期待に満ちた目のプリッシュに、スコールは胡乱に目を細めた。


「……例えば?」
「例えば?えーと、うーんと、そうだなぁ。お菓子とか、甘いやつとか」
「…そっちの料理は詳しくない。他の誰かに頼め」


スコールにとって料理は、必要知識の一つとして、授業で履修したに過ぎない。
生活においても、元の世界の環境では、必ずしも必要なものではなかった。
最低限、生きる知恵として持っている越した事はなかったが、趣味趣向の類に枝葉を伸ばす程、興味も造詣も深くはない。
まともにそれらが欲しいと言うなら、それの知識のある人間が作った方が、ずっと良質なものを食べることが出来るだろう。

と、スコールは思うのだが、プリッシュは分かり易く唇を尖らせた。


「スコールが作ったのが食いたいんだよ。お前、なんでも作れるだろ」
「レシピと道具、素材が一通りあればの話だ」
「じゃあ大丈夫だろ。ティファやユウナやジタンがよく作ってるし。何が必要なのか、オレには判んないけど」


他人のものとは言え前例がある訳だから、道具は揃っている筈だとプリッシュは言う。

確かに、述べられたメンバーは折々にそれぞれが得意としているレシピでデザート類を作っているから、キッチンをくまなく探せば、道具は何かしら揃うだろう。
素材については、冷蔵庫から食糧庫まで、此方も探せば───タイミングによっては全てとは言わないだろうが───概ね見付かるに違いない。
後は、スコールが手を付けられるレシピについてだが、これについて当人は今の所、『葡萄を使ったもの』に思い当たる節がなかった。


「……レシピがない」
「探してもない?」
「それは────」


小首を傾げながら覗き込んで来るプリッシュに、スコールは返す言葉に窮した。
ない、と言ってしまうのは簡単ではあるが、本心として『探す所を探せばある』と言うのも事実。
期待に満ちた瞳にまじまじと覗き込まれて、スコールは眉間に目一杯の皺を寄せながら唇を噤んだ。

それから少しの静寂の後、まだじいっと見詰めて来る少女に、スコールは深々と溜息を吐く。


「……書庫を探せば、何かあるかも知れない」
「ホントか!」
「かも、の話だ。置いてあるかは判らない。俺が作れるレシピかも判らないし」
「じゃあ探して来る。見付けたら作ってくれるか?」
「……作れるものだったらな」


諦めにも似た境地で、スコールがそう答えると、プリッシュは分かり易く顔を輝かせる。

山積みになっている葡萄を、冷蔵庫に入れる為にパッキングしていると、プリッシュがそれを覗き込んで来る。
スコールにとっては近過ぎる距離であるが、彼女の普段の行動を思えばいつものことだ。
一々気にするのも面倒になってきて、スコールは黙々と葡萄を包む作業に終始した。

今日の夜に生で食べる分として、二房を水洗いしてザルに置いておく。
それからスコールは、鍋にかけていた火を止めて、蓋を閉じた。


「書庫に行くぞ」
「おう!作る時はオレも手伝うからな!」
「……ああ」


うきうきと、今から楽しみでしょうがないと言う様子のプリッシュを伴って、スコールはキッチンを出た。
一緒に書庫へと向かうプリッシュの足は、スキップでもしそうな弾み具合だ。

料理が得意なメンバーなら他にもいるのに、況してや菓子類ならもっと別の人間を宛てにした方が良いだろうに、どうしてプリッシュはスコールが作るものに拘るのか。
意味不明だ、と胸中で呟くスコールであったが、ともかく、今日はスコール自身も暇なのだ。
暇潰しの理由と、存外と美味かった葡萄の味に、気紛れ程度はしても良いと言う気になっている。



夕飯を前に完成した葡萄のパイを食べたプリッシュが、「また食べたい」と言うものだから、スコールは「気が向いたらな」とだけ返したのであった。



11月8日と言う事で、プリスコ。
無邪気なもので無自覚に甘え上手なプリッシュと、なんだかんだで無碍に仕切れないスコールでした。

どうしても食べ物ネタになるのであった。
プリッシュにしてみれば、スコールが口では素っ気なくても実は付き合いが良いとか、何であれ悪いようにはしないので、信用して甘えてるんだと思います。

[ジェクレオ]秘密の祝杯

  • 2023/10/08 21:05
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



戦勝会の打ち上げともなれば、どの選手もめいめいに飲み明かすものであった。
酒好きの多いチームメンバーである事もさながら、大きなトーナメント戦で優勝を制した暁ともなれば、誰もが弾けると言うもの。
チーム関係者の誰しもがほっと胸を撫で下ろし、試合期間はコンディションの為に抑えていた酒量を、これまでの分まで取り戻すように、酒瓶が空いて行く。

ここ一番の打ち上げでは、選手は選手で、スタッフはスタッフで飲みに行くのがお決まりだった。
選手だけでも相当な大所帯であるから、それを支えるチームスタッフは倍近くの人数になる。
それが一つの店に押し寄せる訳にもいかないし、仮にそれをするなら、何日も前に大広間を課し切るような予約をしなくてはいけない。
チームの大スター選手であるジェクトがいる事から、このチームが負けるなんて有り得ない、と豪語する者も多いが、とは言え勝負とは時の運である。
何がリズムを狂わせるか判らないもので、冷静な者は最後の最後まで気を抜かなかった。
それがより一層選手たちを研ぎ澄ませ、試合終了の音が鳴るまで、彼等は力強く水を掻き続けた。
優勝カップは、その甲斐あってのものだ。
勝利の証を肴に酒を飲みたい者は、選手スタッフ問わずに多かったが、まずはやはり試合で最も体を張ってきた選手たちへの労いにと、彼等と共に打ち上げ会場へと運ばれる。
そして、全員そろっての祝賀会は改めてのものとし、まずは選手と各スタッフとそれぞれに分かれての打ち上げが始まったのであった。

気の抜けない試合が続く中、コンディションを保つ為、ジェクトは当分の間、飲酒を控えていた。
偶には休息に飲むことはあったが、それも寝る前に一杯程度。
それだけにしておけと、マネージャーであり恋人であるレオンに釘を刺されていたから、大人しくそれに従った。
酒一杯程度でどうにかなるもんか、とジェクトの本音としてはあるのだが、若い時分にそうして失敗をして、翌朝の試合で酷い動きをしていた事を引き出されては、ぐうの音も出ない。
お陰で今回の試合は、ほとんど完璧な仕事が出来たから、やはり何事にも抑制は必要なのだと思い知らされる。

しかし、今日に至ってようやくその我慢も解禁だ。
別口で飲みに行くと言うレオンからは、「だからって羽目を外しすぎるなよ」と言われたが、そう言う彼も、その注意に大した効果があるとは思っていまい。
精々、財布の紐まで緩めて、この飲み会の代金を奢るなどと言い出さないでくれ、と言った所だろうか。

チームの大黒柱であり、守護神とも言えるジェクトの下へは、次から次へとチームメイトが声を交わしにやって来た。
ビールの入ったジョッキをぶつけ合い、何度も乾杯を唱えながら、酒瓶を開けていく。
大皿でやって来た摘まみは、解放感に胃袋まで再現をなくした選手たちの手で、どんどん平らげられていく。
この酒屋の食事は元々上手いと定評だが、やはり勝利と言う名のスパイスが一番の旨味だ。
今年一番の美味い飯だと、仲間達と共に飲む喜びは、長い選手生活の中で何度となく味わったものだが、やはり心地の良いものであった。

そうして食事を主とした打ち上げが終わると、クラブに行かないかと言う話が持ち上がった。
母国であれば二次会に行くようなものだ。
若い選手が声をかけ、偶には良いなとベテランまで加わる所で、ジェクトにもお呼びがかかった。
ジェクト自身もまだ飲めるし、胃に隙間はあるが、クラブとなるとジェクトはパスだ。
若い頃には参加する事もあったし、其処で多少なりと良い思いをした事がないとは言わないが、今はそう言う気にもならない。
適当な理由をつけて退散させて貰えば、まあいつもの事、と仲間達も気分良く帰宅組へと加わるジェクトを見送った。

タクシーを捕まえるなり、バスに乗るなりと、散らばって行く帰宅組の中、ジェクトは手近にあったコンビニで缶ビールを買っていた。
先の試合で優勝を飾ったスター選手の来訪は、コンビニ店員にもしっかり見られ、サインを強請られたので応えている。
そんな事をしていたら店の奥から店長と思しき男もやって来て、優勝祝いにと言って摘まみになるものを贈られた。
断るのも悪いものだと知っているから、今日は快く受け取り、さてこれで帰ってのんびり一人酒でもしようかと思っていた時。


「ジェクト?」


名を呼ぶ耳慣れた声に振り返ると、よく知る人物────レオンが立っていた。
どうして此処に、と言う顔をしたレオンと目を合わせて、ジェクトは「よう」と摘まみの入った袋を持った手をひらりと振って挨拶する。

此方に近付いて来るレオンの顔は、ほんの少し赤い。
レオンも今日は関係者同士、選手マネージャーを勤める仲間内で、所属するチームの優勝を祝う飲み会に参加していた。
それなりに酒も飲んでいるのだろう、眦は普段よりも緩んでおり、頬もほんのりと赤い。
しかし足元は危なげなく、しっかりとしているので、酒量を弁えてセーブはしていたようだ。


「あんた、飲み会はどうしたんだ?」
「十分食ったし飲んだよ。お開きして、次はクラブだってんで、俺は抜けてきた」
「行けば歓待されただろうに。優勝チームのスター選手が来た、ってな」
「そりゃ有り難ぇが、ああ言う場所は色々やらかす奴も多いからな。俺はもう懲りてるよ」
「懸命な判断だ」


過去の失敗の経験は、それなりに堪えているのだと言うジェクトに、レオンはくつくつと笑う。
これだけの事で上機嫌に笑う辺り、やはりアルコールは回っているようだと分かった。


「お前の方こそどうした?今日は祝いだからな、お前も二次会くらい誘われただろ」
「声はかけられたけど、大分飲んだからな。これ以上は危ないと思ったんだ」


頬の火照りを確かめるように、レオンは自身の頬に手を当てながら言う。
これ以上は人に迷惑をかける、と言うレオンに、こんな時でも真面目な奴だとジェクトは苦笑した。

レオンの視線が、ジェクトの右手に握られた缶ビールを見付ける。


「あんたはまだ飲むのか」
「良いだろ?まだ余裕だよ」
「摘まみまで買って」
「これは貰いモン。コンビニの店長から、優勝祝い」
「人気者だな」
「そりゃあな」


謙遜など不要と堂々と言ってやれば、レオンは肩を竦めて見せる。
普段なら、飲み会で飲んだならもう止めておけ、と言う所だが、今日ばかりは目を瞑ってくれるようだ。

お互いに飲み会が終わった者同士、足は帰る方向へと向かう。
ジェクトの日々の管理は、専らレオンが握っているもので、その仕事の延長の中で今ではレオンと同居している状態にある。
他人は知らぬ話ではあるが、故にこそ二人は、仕事の意味でも、プライベートな意味でも、“パートナー”と呼べる間柄になっている。
母国で暮らす互いの家族にも未だ秘密の仲ではあるが、誰にも踏み込まれる事のない、二人きりの生活と言うものを、二人は案外と気に入っていた。

そんな同棲と呼ぶに等しいジェクトとレオンであるが、二人で連れたって帰路を歩くのは珍しい事だ。
レオンはジェクトの専属マネージャーを仕事としている為、彼の生活管理を始めとし、移動手段の都合をつけたり、スケジュール管理もレオンの役目である。
だから家を出る時には二人揃って出発する事は多いのだが、帰りは大抵バラバラだ。
ジェクトは自分自身の調整を納得するまで続けたり、チームメイトの誘いで、自身が酒を飲む飲まないに関わらず、宴席に顔を出す事が多い。
レオンはジェクトの健康管理も仕事の内であるから、日々の食事作りもレオンが引き受けているが、それは必ずしも強制的なものでもない。
ジェクトに関する事務仕事が遅くまで続いたり、此方は此方で人との付き合いがあるもので、ジェクトに一報だけを入れて、其方を優先する事もあった。
それが普通の生活だからか、こうやって夜遅い街を二人で並んで歩く事もない。

ジェクトは飲み干した缶ビールを、道の端に設置されているトラッシュボックスに放った。
からんからんと音を立てるそれが鎮まる前に、ビニール袋から二個目の缶ビールを取り出す。


「本当によく飲むな」
「気分が良いもんでな」
「その辺で寝潰れないでくれよ」
「しねえよ、そんな事。お前も飲むか?」


ぷしゅっ、と缶ビールのタブを開けながら言うと、


「……そうだな。一口くらいは良いかも知れない」
「なんだ、珍しいな。いつもはいらねえって言うのに」


アルコールが嫌いな訳ではないが、強くはないと言う体質もあってか、自分から進んで酒を飲まないレオンである。
祝賀会の席で、どれ程かはジェクトもはっきりとは判らないが、とは言え火照る程度には飲んでいる筈だ。
それは宴の場所だから、と言う理由もあっての事で、其処から離れ、道端を歩いている時にまで飲む気になるなど滅多な事ではない。

レオンもそんな自分に自覚はあるようで、くすりと笑ってジェクトを見上げ、


「あんたじゃないが、今日は確かに気分が良い。もう少し位、飲んでも良いかと思ったんだ」


そう言った青年の顔は、頬の赤みと、蒼の宝玉を抱いた眦が仄かに緩み、随分と柔らかい。

規模の大きなトーナメント戦を熟す日々は、試合に出る選手は勿論の事、その身体の管理の一切を任されているレオンにとっても、それなりに気合と緊張が続くものだ。
一試合ごとに蓄積される選手の疲労も考えながら、次の試合へと向けた調整をし、選手のモチベーションにも気を配らなくてはならない。
レオンはジェクトの操縦方法と言うものをよくよく心得ているが、その傍ら、レオンは自分自身の管理も怠る訳にはいかなかった。
自分がミスをすれば、それはジェクトにも跳ね返ってしまうものだと判っているから、一層気を張る時間が続く。
どうにも適度に手を抜くと言うやり方が出来ないレオンにとって、最後の最後、優勝が決まるその瞬間まで、彼はジェクト以上に根を詰めていたのは間違いないだろう。
それでいて、ジェクトと過ごす日々にはそれを滅多に顔には出さず、ジェクトは試合に集中できるようにと努めていた。
今回の決勝戦の相手が、トーナメントを勝ち上がってきたライバルとも言える強豪チームであった事から、レオンの緊張が一入に高かった事は、ジェクトにも想像できる。

レオンはようやく、その緊張の日々が終わったのだ。
選手であるジェクト同様、長い戦いを終えたレオンの、久しぶりに見る穏やかな表情に、ジェクトも面映ゆさで口元が緩む。
その気持ちのままに、ジェクトはレオンの腰を抱き寄せると、いつもよりも三割増しに赤い頬に唇を押し付けた。


「おい、ジェクト……」
「なんだよ」
「酔っ払い。外だぞ」
「構わねえだろ。酔っ払いだからな」


二人が恋人同士である事は、誰にも秘密だ。
それがこんな路上で、通る人も多い場所でキスなんて、と叱るレオンであったが、その手は顔を寄せて来る男を拒まない。
やはり、お互いにそこそこの酔いが回っているのだろう。
それも心地の良いものであったから、こうして人目も憚らずに、戯れに興じているようなものだ。

しかし、戯れでことが済むなら可愛いものだが、生憎ジェクトはそうではない。
試合の為に我慢を続けていたのは、飲酒に関する事だけではないのだから。


「……ムラついていきたな」
「此処でする気はないぞ」
「判ってるよ。何処か行くか?」
「あんたとホテル?パパラッチが喜ぶネタだ」
「だよなぁ」


有名選手のジェクトであるから、今でも何処かで何かを期待している目はあるだろう。
今は気の知れたマネージャーと、酔いに感けたじゃれ合いに見えても、これ以上は流石に良くない。


「しゃあねえな、帰るまで我慢してやるよ」
「そうしてくれ」
「明日は気にしなくて良いんだよな」
「夜には優勝会見がある。それまではゆっくりしてて良い」
「そりゃあ良かった」


言いながらジェクトは、中身が半分ほど残っている缶ビールをレオンに差し出す。
レオンはそれを受け取って、こくりと一口。
濡れた唇がプルタブからゆっくりと離れ、赤い舌が唇の端を舐めるのを見て、ジェクトは久しぶりの欲が分かり易く膨らむのを自覚していた。



10月8日と言う事でジェクレオ。
相変わらず書いてる奴が楽しい、プロ水球選手×専属マネージャーなパロです。

二人揃って海外暮らしなので、秘密の関係ではあるけど、割と外でもこの程度にいちゃいちゃする事がある。なお酔っ払ってる時限定。
大事な試合が全部しっかり終わって、次の日は少しのんびり出来るとなれば、遠慮なくお楽しみするんだと思います。

[ティスコ]君が僕の力になる

  • 2023/10/08 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



くつくつと煮立った鍋の中身は、いつもの事を思えばかなり豪華だった。

別段、質素倹約をモットーとしているだとか、贅沢は敵だとか言うつもりはないが、しかしスコールが作る鍋と言うのは、基本的に野菜が多いものである。
そうしないと同居人が肉ばかりを食べるのだから、ちゃんとバランス良く食べさせるには、やはり食卓に出るものから調整をかけるのが一番確実だった。

けれど、今日ばかりはそれも忘れて良いだろう。
いつものスーパーで今日の夕飯を作る材料を吟味しながら、スコールは豚バラ肉の大きなパックを二つ買った。
普段は小パックを一つと、つみれ団子を選ぶ所だが、今日は豚のみ。
牛肉をたっぷり入れたすき焼きと言う手もあったが、それは流石に豪華の極みだと思うので、もっと別の機会が良い。
最高の手札を使うなら、彼だって最高の時が良いだろう。
それを確実に食べられる日がある事を自分は願っているし、彼もその為に日々を努力しているのだから。

夕方の走り込みに行ってくると言うティーダを見送って、スコールは直ぐに夕飯の準備に取り掛かった。
出汁を取っている間に白菜と葱を刻み、大根と人参をかつら剥きにして、椎茸は半分に切る。
大盤振る舞いするとは決めても、野菜はしっかり食べさせなくてはと思うので、まずはそれをたっぷりと入れて火が通るのを待った。
山盛りだった野菜がしんなりと柔らかくなって、先ずは豚肉一パックを全て投入。
野菜の上をすっかり埋め尽くす肉に、多かっただろうかと一瞬思ったが、どうせ杞憂に終わるだろうと推測する。

食卓に備えた卓上コンロに鍋を移動させた所で、玄関のドアが開く音が聞こえた。


「ただいまー!」
「お帰り」


元気の良い声を聞きながら、スコールは食器の準備を済ませて行く。
其処へ同居人────ティーダがやって来て、食卓に置かれた今日の夕飯に気付いた。


「やった、鍋!」
「寒くなって来たからな」
「助かる~。さっきも走りながら大分寒くなって来たなーって思ってたとこでさ。温まるのが良いよな、鍋は」


言いながらティーダは洗面所へ向かう。
その背中にスコールが「風呂は?」と聞くと、「飯食ってから!」と言う返事。
食い気があって何よりだと、スコールはティーダの茶碗に米を山盛りに装ってやった。

ティーダがそわそわとしながらリビングダイニングに戻って来て、いつもの位置へと座る。
スコールが鍋の蓋を開けると、たっぷり野菜の上にたっぷり並んだ肉を見て、おおおお、と人懐こい目がきらきらと輝いた。


「豚肉いっぱい!今日は豪華っスね!」
「あんたが無事に予選を突破したからな」
「お祝い?やりぃ!」
「ポン酢とゴマだれ、どっちが良い」
「ゴマ!」


先日、ティーダの所属する水球部が、全国大会の予選を突破した。
トーナメント形式で争われた予選は、強豪校が犇めくグループへと配され、エースと名高いティーダを擁するチームでも、敗退の可能性が最後まで否めなかった。
その通りに危ういシーンはありつつも、ティーダが粘り強くボールに食らいつき、その姿を見たチームメイト達も奮起した。
その甲斐あって、チームは無事に予選大会を一位で通過し、全国大会への切符を手に入れたのである。
今日の夕飯は、スコールなりにそれを祝したものなのだ。

ティーダ希望のゴマだれドレッシングをテーブルに置いて、スコールはティーダと向かい合う席へ座る。
待ち侘びて堪らなかったティーダは、早速両手を合わせて「頂きまーす!」と弾んだ声で言った。
倣ってスコールも形ばかりに手を合わせて、先ずは白菜を取る。
ティーダはと言うと、スコールが予想していた通り、程好く火の通った肉をひょいひょいと浚っていた。


「野菜もちゃんと食べろよ」
「判ってる判ってる。これ食ったら次は食べる!」


スコールが日々の栄養管理の為、食事作りに気を遣っている事を、ティーダもよく知っている。
それでもついつい、いつもよりも沢山入った鍋の肉の誘惑に負けてしまう。
やれやれ、とスコールは一つ溜息を吐いたが、食事が体を作る為に大事である事も、その為に何を食べていくべきかと言う事も、ティーダは理解していた。
まだ口煩く言うタイミングじゃない、と始まったばかりの鍋パーティに説教は引っ込めて、自身も豚肉へと箸を伸ばした。

今日は午後に体育の授業があり、ティーダはその後、クラブチームに顔を出して練習をしている。
それから帰って休憩した後、日課の走り込みに行ったので、ティーダの胃袋は空っぽだ。
まるで吸い込まれるように消えていく肉に、自分で食べつつ、ティーダは段々とそれを惜しむ表情を浮かべていた。


「あー、肉がなくなっちゃう……」


寂しい、と眉をハの字にするティーダに、スコールは食事の手を続けながら、


「もう一パックある」
「マジっスか!」
「それで最後だからな。後はない」
「じゅーぶんっスよ!」
「出して来る。そのまま食べてろ」
「サンキュー!」


言いながらティーダは、豚肉と一緒に白菜を取っている。

スコールは冷蔵庫で待機させていた豚肉を取り出し、食べやすい大きさに切った。
適当に取り出した皿に、先ずは全体の半分を乗せて食卓へ戻り、鍋に入れる。
蓋をして少し待てば、直ぐに火が通って、ティーダが早速箸を伸ばした。


「こんな豪華な飯食えるんだから、本選も頑張らないとな」
「気合が入ったなら何よりだ」
「なあ、優勝したら今度は何作ってくれるんだ?」
「気が早すぎるだろ。まだ日程も出てないのに」
「日程なんか判らなくても、練習はするし。楽しみがあった方が燃えるし」


そう言って期待に満ちた目で見詰めるティーダに、どうせなら黙って準備してやりたかったんだけど、とスコールはこっそりと思いつつ、


「……すき焼きは考えてある」
「やった!」
「優勝したら、だからな。途中で落ちたら知らない」
「判ってるって。俺は絶対優勝するからな!」


そう言って拳を握るティーダは、目標を口にする事で、自分を奮い立たせているのだろう。
直向きなその様子に、スコールは眩しさに目を細めながら、傍目には「頑張ってくれ」と素っ気なく言った。

追加からの追加の肉が鍋に入る頃には、流石にティーダの胃袋も満たされてきて、食べるペースがゆっくりになる。
取り皿に移すものも野菜が中心になり、そろそろお開きと考えても良さそうだ。
鍋の中は粗方食べ尽くされていて、野菜を足した所で明日の夕飯には足るまいと、何かリメイクするか、汁物として明日のメニューに組み込むか、と考えていた時だった。


「予選は無事に抜けたし。練習も日々快調。へへ、スコールのお陰っスね」


そう言って笑いかけるティーダを見て、スコールは何とも言えない表情が浮かぶ。
ティーダの言葉は嬉しくない訳ではないのだが、予選も練習も、ティーダ自身が努力して実をつけたことだ。
彼と一緒に戦う訳でもないのに、自分のお陰と言われても、スコールは腑に落ちないものがあった。


「試合も練習も、あんた自身の力だろう。俺は何もしてない」
「いつも応援してくれるじゃん」
「……それだけだろ。大体、試合だって俺は見ているだけだし」


ティーダが試合の時、スコールは出来るだけ現地に応援に行くようにしている。
そうしてくれと言われた訳ではなかったが、ティーダが頑張っているのなら、その姿を少しでも多く見ておきたかった。
子供の頃から一緒に過ごしてきた幼馴染であり、今は恋人と言う関係もあって、ティーダの努力は一つでも多く報われて欲しいと思う。
そんな願いに似た気持ちもあって、何も出来ないけどせめて────と、なんとか時間を作っては、ティーダの試合を見に行った。

それだけだ、とスコールは思う。
けれども、ティーダにしてみれば、“それだけ”の事がとても大きい。


「好きな人が見に来てんだもん。格好悪いとこ見せられないから、気合が入るよ」
「……大袈裟だ」


真っ直ぐに目を見て言われて、スコールは頬が熱くなる。
どうしてこうも臆面もなく、こんな台詞を言う事が出来るのか、幼馴染ながらにスコールは判らない。
その直向きな素直さが、ティーダの誰より良い所だと言う事は、深く知りながら。

赤らむ顔を見られたくなくて、スコールは「片付ける」と言って席を立った。
そそくさと逃げるその耳が、後ろから見ても判る程に赤くなっている事を、スコールは気付いていない。

スコールが洗い物をしている間に、ティーダが鍋の残りをガラス製のタッパーに移す。
大きめのタッパーではあるが、其処に納まる程度にしか残り物がないのなら、明日はこれを汁物にして出すのが手っ取り早いだろう。
ティーダは中身が零れないようにラップを挟んで蓋をして、冷蔵庫の中へと仕舞と、洗い物に無理やり意識を集中させているスコールの下へとやって来て、


「スコール」
「!」


ぎゅう、と後ろから抱き着かれて、スコールは危うく茶碗を取り落としそうになった。
後ろにその気配があるのは判っていたのに────いや、判っていたから、意識していたからそんな大仰な反応をしてしまったのだ。
等と言う事はやはり知られたくなくて、意識して眉間に皺を寄せながら、じろりと肩から覗き込んで来る恋人を睨む。


「危ないだろ」
「ごめん。へへ、鍋美味かったっス。ありがと、スコール」
「……別に」


いつもの夕食だと、わざわざ感謝される謂れもないと言うスコール。
しかしティーダは、ぎゅう、とスコールの腹を抱きながら、


「スコールがいるから頑張れるんだよ。本当に」
「………」


普段の快活とした声ではなく、染み込んで来るような静かな声に、スコールも口を噤む。
首筋に当たる呼吸の気配が、どうにもくすぐったくて堪らなかった。

洗い物が全て片付いても、ティーダは抱き着いたまま離れない。
鍋で温まった所為だと思うが、じんわりと躰の奥が火照っていて、スコールは落ち着かない気分だった。
頬を掠める髪の毛の感触もあって、そうっと其方に首を傾けてみれば、上目に此方を見ているマリンブルーに見付かった。
それがより近付いて来る気配に、仕様がない奴、と赦す格好を取りながら受け入れる。

キスは触れるだけの柔いものから始まって、段々と吸い付きながら深みを増していく。
明日は平日なのに────と思いながらも、スコールは触れる手を突き放す術を持っていないのだった。



10月8日と言う事で、現パロで幼馴染で同居で恋人なティスコ。

このスコールはティーダの大事な試合の前には、トンカツとかカツ丼とか作ってると思う。
出来る限り試合を見に来てくれるので、ティーダも気合が入る。ゴールしたらスコールに手を振ったりする。
同居しているのでティーダは家ではいっぱいいちゃいちゃしたいし、スコールはそれが恥ずかしいけど、結局のところ嫌ではないんだと思う。

[ジタスコ]この小さな屋根の下

  • 2023/09/08 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



外で降り出した雨に気付いた時には、通り雨だろうと思っていた。
昨日の天気予報でも、今日は晴れ空が続くと言っていたし、実際、振り出すほんの数分前まで、真っ青な空がよく見えていたのだ。
長雨など誰も予想も考えもしておらず、放課後、帰る頃にはもうこの雨は止んでいるものだとばかり。

だが、天気予報と言うのは刻一刻と変わるものだ。
特に季節の変わり目ともなると、何かにつけて大気は不安定になり易く、不意の悪天候がやってくる事もある。
実際に、インターネットなどで公開されている雨雲レーダーを終始眺めていれば、ばらばらと斑な雨雲がランダムに浮かんでは消えていく様子を確認できるだろう。
だが、航空関係の仕事をしているだとか、海なり山なり、天気に左右されることの多い仕事をしている者ならともかく、平地の都会の真ん中で暮らしている学生が、そんな事を逐一確かめる訳もない。
皆が昨日の天気予報、若しくは今朝のそれを見て、今日の空模様の予定を思う位だろう。

だから俗にゲリラと呼ばれる急な豪雨がやって来ても、何ら誰の責任と言うものでもないのだ。
天気予報士に文句を言えども、彼等とて完璧な未来が予測できる訳ではないし、そもそも「大気が不安定な状態が続いています」とは言っているのだから、彼等はきちんと仕事を熟している。
単にそれを見る者が、自分が確認した時から現在に至るまでの変化を見ていないだけなのだ。
とは言え、誰も彼もが情報を常に最新版に更新できる筈もないので、“自分が見ていた天気予報”の情報から外れた空を見ると、溜息なり愚痴なりと出て来るものであった。

予報になかった今日の雨は、午後の授業が始まった頃に降り出した。
急速に空が暗くなって行くのが見えて、嫌だなあ、と誰かが呟く位には、青空からの急転直下振りは大きかった。
それでも、午後の体育の授業が屋内に切り替わる位で、さっさと通り過ぎるだろうと思っていた者は少なくない。
そうすれば、放課後の寄り道なり、部活なりと、楽しむ事は出来るだろうと。

しかしこれもまた予想を外れて、雨は長々と降り続けた。
一番の大粒の土砂降りだったのが、振り始めてほんの数分のみであったのは幸いだが、その後も空は分厚い暗雲に覆われたまま。
少しずつ雨の勢いは失われてはいるものの、まだ十分に“雨降り”と言って良い具合だった。
多くの生徒は晴れ空の天気予報を信じていたから、どうやって帰ろう、と頭を悩ませている。

そんな中、ジタンは悠々としたものだ。
鞄の中に入れっぱなしにして忘れていた折り畳み傘は、こんな時にこそ役に立つ。
それがある事を、授業の隙間の休憩時間に改めて確認しておいたので、残る一時間の授業は心穏やかに過ごすことが出来た。
本音を言えば、綺麗さっぱり雨が止んでくれる方が良いのだが、どうも雨雲はこの街の上空に留まったまま動くつもりがないらしい。
放課後を迎えても相変わらず淀んだ空は続き、グラウンドは水を含んでぬかるみを増やしていた。

今日の最後の授業が終わり、ホームルームもそこそこに、生徒たちは帰路に就くべく昇降口へ向かう。
その間、廊下のあちこちでは、友人同士で傘の貸し借りを求める声があった。
ジタンのように折り畳み傘を常備している者もいれば、置き傘があると言う者、仕方がないから濡れて返る者など様々である。
中には、学校から家が近い者の家に転がり込んで、其処で傘を借りるだとか、最寄のコンビニでビニール傘を買うだとか、皆色々と手段を考えているようだ。

ジタンはと言うと、今日は本屋に寄って漫画雑誌を買う予定だったのを、どうしようかと考えている。
当初の予定通りに動いても構わないのだが、雨の中を行くのが聊か面倒臭い。
別に冊数限定の特装版が欲しい訳ではなかったし、雑誌のように次号が出ると置き場が更新される訳でもないし、明日以降、天気が安定した時に行っても構わなかった。
そうするか、と言う所まで至った所で、昇降口に到着し、ジタンは上履きをスニーカーへと履き替える。

思い思いのスタイルで雨の家路に向かう少年少女達を尻目に、ジタンは鞄から折り畳み傘を取り出した。
早速それを開こうとした所で、ふと、あと一歩で外と言う軒の下に立っている人物を見付ける。
濃茶色の髪に、すらりとしたシルエットは、恨めしいものを見るように曇天の空を睨んでいた。


「スコールじゃん。どうしたよ」


一つ上の学年に在籍する青年───スコールの名を呼ぶと、気怠げな蒼灰色が此方を見た。
スコールは其処にいるのが見知った後輩であると気付き、はあ、と溜息を吐いて視線を空へと戻す。
言うのも面倒、見れば判るだろうと言う仕草に、ジタンは唇を苦笑に緩めつつ、彼の傍へと行ってみる。


「雨だな~」
「……」
「傘ないクチ?」
「……」


じと、と蒼い瞳がまたジタンを見た。

真面目な気質である事、余計な荷物を増やしたがらないスコールだから、必要もないのに折り畳み傘を鞄に常備することはあるまい。
生徒の中には学校に置き傘を備えて───放置とも言うか───いる者もいるが、スコールはそれもしていない。
こんな急な雨の日に、労を凌ぐ手段は持っていないのだ。

スコールが見ているのは、ジタンの手に握られた、開きかけの折り畳み傘だ。
ジタンは、傘があって良いよな、と言う声を聴いた気がした。


「まあ仕方ないよな。天気予報じゃ晴れるって言ってたし」
「……」
「こんなにいつまでも降るとは思わなかったし」
「……」


誰もが口々にしていたことを言ってみれば、スコールは益々うんざりとした表情を浮かべる。

二人の脇を、男子生徒が鞄を軒替わりにして走って行った。
鞄なんてもので降り頻る雨から幾らも体を守れる訳もなく、男子生徒はあっという間に全身を濡らして、止まらず肛門に向かって駆ける。
家が近いのか、とにかく急いで帰らなければならないのかは判らないが、彼は覚悟を決めて、この雨空に挑んだようだ。
降り頻る雨がいつ晴れるとも知れないと思えば、あれ位に思い切り良く生きた方が良いのかも知れない。

だが、スコールの足は軒下から根が張ったように動かず、彼は雨の中に飛び出していく気はないようだ。
焦るような用事もないなら、のんびりと雨が上がるのを待つのも、選択肢の一つだろう。
問題は、何度天気予報を見ても、向こう数時間はこの雨が止んでくれる様子がないと言うことだ。
そんな空を見つめるスコールの表情からは、急いで帰る必要もないが、いつまでも此処で佇み待ち続けるのも面倒と言う内心がありありと表れていた。

ふむ、とジタンは手元の雨具を見て、


「折角だし、入ってくかい?」


傘を軽く掲げて示してやると、スコールの目がぱちりと瞬きを一つ。
じっと物言いたげにしながらも噤まれた唇の奥では、色々な言葉が零れているのだろうが、ジタンは敢えて気にせずに、折り畳み傘を開いた。


「サイズはこんなもんだけど、二人ならギリギリ入れるだろ」
「……いや、俺は……」
「止むかも判りゃしないし、逆に激しくなるかも知れないし。これ位の雨になってる内に、帰った方が良いと思うぜ」
「………」
「途中でコンビニ寄る?傘買うんならその方が良いよな」


スコールの家は、ジタンの家とは途中で反対方向に別れる事になる。
その時、雨がもう少し弱まってくれていたら、傘もいらないかも知れないが、それは皮算用だ。
帰宅まで無事に過ごしたいと思うのであれば、道中にあるコンビニによって、適当な雨具を調達するのが良いだろう。
それまで束の間、ジタンの傘下を借りれば良い。

スコールはしばらく考える様子を見せていたが、ジタンはそれを、開いた傘を肩に乗せてのんびりと待った。
一人でその場を離れようとはしないジタンに、スコールの方が根負けした様子で、溜息を一つ。


「……邪魔する」
「あいよ、いらっしゃい」


ジタンは腕を少し上に伸ばして、スコールの頭に傘が当たらないように補った。
と、その傘を持つ手に、スコールの手が重ねられ、


「俺が持つ」
「いや、良いよ。オレが」
「……俺の方が身長が高い」
「そーだな、悔しい事にな。やれやれ、仕方ないからお願いするよ」


確かに、ジタンよりもスコールが傘を持った方が、その軒下は快適だろう───主にはスコールが。
あと10cm伸びてくれたら、と思うジタンであったが、兄クジャが自分とほぼ変わらない身長(彼の方が少し高いが)であると思うと、打ち止めなのかも知れない。
いや、まだ伸びしろはある筈だと自分に言い聞かせつつ、スコールの手に傘の持ち手を預けた。

ぬかるむ地面を踏みながら、グラウンドを真っ直ぐに正門へと向かう。


「本屋行こうかと思ってたけど、もう面倒臭いんだよな」
「……俺も」
「あ、なんか買いたいものあったか?どうする、行く?」
「…いや、良い。それよりコンビニで傘を買う」
「無難だな。オレはついでに何か食い物でお買おうかな」
「買い食いは校則で禁止だぞ」
「誰も守っちゃいないって、そんなの。お前だって時々コーヒー買って行ってるじゃん」
「飲むのは帰ってからだから、買い食いには当たらない」
「いやどうだろ、そんな理屈あるかね」


スコールが何処まで本気で言っているにせよ、確かに買い食いの制限はあれど、実際にはそれは形骸化された校則であった。
放課後にコンビニに寄ったり、ファーストフードを食べたり、大通りの出店屋台に誘われる生徒は少なくない。
今時の学生と言うのは忙しくて、学校が終わったら、家にも帰らず直ぐ塾だ習い事だと向かう事も多かった。
そうして夕飯も遅くなってしまう事も珍しくない訳で、このタイミングで軽く腹拵えをしておかなければ、習い事にも身が入らない。
教員たちもそれは理解しているので、精々が「迷惑かけるんじゃないぞ」と釘を刺しておく程度だ。

校門を抜けて間もなく、生徒達が寄り道の定番にしているコンビニが見えて来る。
傘を持たずに学校を飛び出した生徒の殆どは、まず此処を目指し、雨具の調達を狙っていたのだろう。
一人、また一人と制服姿の少年少女が現れては、購入したばかりの傘を開いて、改めて家路に着いて行く様子を見る事が出来た。

二人はコンビニの入り口脇の軒下へ入り、ジタンは傘を閉じた。
どうせまた直ぐに使うのだがとは思いつつ、濡れた傘をそのままに持つ訳にも行かないので、仕方なくきちんと閉じてカバーに入れて置く。
湿ったそれを鞄の中に入れる気にはならなかったので、ジタンはそれを手に持ったまま、店内へと入った。

雨に濡れた若者達が転がり込んで来る所為だろう、店の中はじっとりと湿気が多い。
長居は無用だなと、ジタンは商品棚から袋菓子、レジ横のホットスナックから肉まんを頼んで、支払いを済ませた。
その後ろに並んでいたスコールは、予定通りにビニール傘と、いつもの缶コーヒーを買っている。

と、


(────あ)


鞄から財布を取り出しているスコールの肩を見て、ジタンは其処が水染みに濡れている事に気付いた。

折り畳み傘は、どうしてもサイズとしては小さいもので、一人用と言って良い。
其処に二人で収まっていたのだから、肩が食み出てしまうのは仕方がない。
しかし、ジタンの体は、足元の水溜り跳ねを除けば濡れた所はなく、傘を持っていたスコールの肩だけが不自然に濡れているのは、つまり。

なんとなく悔しい気持ちが立って、ジタンは鞄の中を探った。
其処へ支払いを終えたスコールが戻って来て、


「何してるんだ、あんた」
「ん。いや、ちょっとな。取り敢えず、店出るか」


大して広くもないコンビニの一角を占拠していては、買い物客の邪魔になる。
ジタンが促すと、スコールは素直にその後ろをついて、店の外へと出た。

スコールが購入したばかりの傘を開き、ジタンも折り畳み傘をもう一度開き直した。
一人一つ分の傘の下で、ようやく遠慮もしなくて良いと、スコールがほうっと息を吐き、


「助かった」


その言葉は、此処に来るまで束の間の軒下を貸してくれた友人への感謝のものだろう。
律儀なそれに、ジタンは真面目な奴だなと思いつつ、


「スコール、ちょっと屈んでくれ」
「……?」


ジタンの言葉に、スコールは訝しむ表情を浮かべながらも、背中を丸めて見せる。
身長差で少し遠かったスコールの肩が目線の高さに来て、改めて近くで確認すると、其処はぐっしょりと濡れている。
ジタンは鞄から取り出したハンカチタオルで、スコールのその肩を拭いてやった。


「折角傘持ってたのに、濡れてるじゃねーか」
「……傘、小さいんだから仕方がないだろう」
「だからってお前が濡れる事ないだろ」
「あんたの傘を借りたんだ。あんたを濡らす方が、気が悪い」
「ま、気持ちは判んなくもないけどさ。首んとこまで濡れてんじゃん、殆ど背中出てたんじゃないか?」


やはり、折り畳み傘では二人を庇うのは限界だったと言うことだろう。
とは言え、こうも背中が濡れている所を見るに、スコールが持っていた傘は、彼自身よりもジタンを庇う為に構えられていたことが判るもの。

ジタンはハンカチでスコールの首の後ろをしっかりと拭いてやった。
意外と柔らかい毛質なんだなと思いつつ、大方の水分を吸い取ってやった所で、手を放す。


「こんなもんか」
「……ああ、悪い」
「どうせなら詫びじゃなくて感謝が聞きたいトコだな」
「………」


ウィンクをして見せるジタンに、スコールは相変わらず胡乱げな視線を向ける。
心持ち尖った小さな唇が、やはり色々と物言いたげにはしていたが、それが音になる事は滅多にない。
いつものスコールの表情と言えばそうなので、ジタンは深くは気にせず、タオルハンカチをズボンのポケットに突っ込んだ。

スコールは拭かれた感触が残っているのか、首の後ろを気にして手を遣っている。
その眦が、不快に歪んでいる訳ではない事だけを確認して、ジタンは「行こうぜ」と言った。

傘の下が自分専用の空間となって、歩き易さは勿論のこと、密着によるじっとりとした湿り気からも解放されて、快適度が増した。
いつも通りに傘を持っていれば、背中や肩、脇に抱えた鞄が濡れる事もない。
折り畳み傘でさえそうなのだから、普通のビニール傘を使っているスコールは言わずもがなだろう。

────でも、とジタンは思う。


(なんとなく、あのまんまでも、あんまり悪くはなかったな)


小さな折り畳み傘の下に、二人で寄り添うように収まっていた一時。
結局スコールの肩や背中は濡れているし、歩調を合わせて歩いていたので、ジタンも歩き難さはあった。
それでも不思議と嫌な感覚はなく、傘の中でだけ完成されたような緩やかな空気感に、また同じような言があっても良いかも知れない、等と思っていた。



こんな事もあるのなら、不意の雨も悪くはないかも知れない。
またの機会に備えて、折り畳み傘もまた、鞄の底に仕舞われる事になるのだろう。



9月8日と言うことでジタスコ!

なんとも不安定な天気が続いているので、二人で相合傘して貰ってみた。
身長が足りないことがなんとも悔しいジタンと、軒を借りているのは自分なので、密かに遠慮していたスコール。
でもジタンはジタンで、自分が濡れる位なんともないと思っているので、スコールに遠慮すんなよと思っている。
ちゃんとハンカチを持っているのは紳士の嗜み。
拭かれている間、スコールも大人しくしていたので、結構気を許しているんだと思います。

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