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User: k_ryuto

[セシスコ]熱を溶かした人だあれ

  • 2023/08/08 21:45
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



セシルとのセックスは、時折、何とも言えない苦しさをスコールに感じさせることがある。
それは決して痛みを伴っている訳ではなく、寧ろそれがないから余計に、スコールにとっては受け入れがたい瞬間と言うのがあるのだ。

酩酊する程の心地良さと言うものを、スコールは素直に甘受できない。
元々理性が強い性質であるし、自分の思う通りに躰が動かないのは恐ろしいと思う。
況してや、勝手に変な反応をするような事は、到底簡単には受け入れがたいし、出来ればそんな状態は避けたいと思う。
戦闘中に魔法を使われたとか言う理由があるなら、相応に対処をすべく頭をフル回転させる事が出来るが、大量の快楽物質に脳が焼かれている時は駄目だ。
自分がどういう状態にあるのか、何をすれば良いのか、何一つ理解できないまま、翻弄されて溶かし尽くされる。
それが恋人と交わると言う事なのだとしても、どうしてもスコールは、最後の理性の一片を手放す気にはなれないのだ。

そんなスコールのことを、セシルもよくよく理解している。
年齢的には大した差はない筈、とスコールは思っているつもりだが、その実、彼との人生経験の差は決して小さくはなかった。
特に閨事に関しては、それぞれの世界の常識と言うものが違っている事もあって、スコールはまるで赤子のような気分にされる。
何せ、スコールが知らないスコール自身のことを、悉く彼が暴くのだ。
それでいて柔衣のように包み込む事も忘れないのだから、本当に彼と繋がり合うのは恐ろしい事だと思う。

だと言うのに、どうにもスコールは、そんな彼から離れられない。
人目を避けるように、夜も遅い時間に彼の部屋を訪れて、静かな其処に滑り込む。
部屋の主一人が寝ているベッドの中に、眠れない子供のようにもぞもぞと侵入すれば、初めから分かっていたかのように薄く笑みを透いた瞳に迎えられる。
そうして、おいで、と両手を広げる彼に誘われるまま、今日も熱に浮かされた夜が始まる。


「君は甘えん坊だね、スコール」
「……そんな事ない」


夜着の上から、腰骨や腹、背中を辿る掌の感触を感じながら、スコールはセシルの言葉を否定した。
しかし、それはすっかり形だけのものとなって久しく、体は触れられた場所からじんわりとした熱を帯びて行く。
体の中の細胞の一つ一つを侵食して行くように、ゆっくりと広がって行くその感覚を知りながら、スコールは身動ぎもせずにセシルの手を受け入れていた。

傷の奔る額に、セシルの柔らかな唇が触れる。
そうすると、スコールからはセシルの白い喉が目の前にあって、綺麗な顔をしているのに、くっきりと喉仏が浮いているのが確認できた。
悪戯心のようなものが沸いて、それを指先でつんと突くと、く、とそれが震えたように見えた。
ふふ、と小さく笑うのが聞こえたので、擽ったかったのかも知れない。

背中を辿っていた手が一度降りて、服の裾から中に侵入して来る。
ひたりと骨ばった手の温度が少し冷たくて、熱を上げている真っ最中のスコールの躰は、その顕著な温度差にかふるりと震える。


「ん……」
「今日は、しても良い日かな?」


背骨のラインをゆっくりと撫でながら、セシルが問う。

君がしたくない日はしないよ、と初めての夜を迎える時に、セシルは言った。
恋人同士であるからと、必ずしも体を繋げる必要はないし、こんな世界で出逢った関係だから、万が一の時にも残す記憶は多くはない方が良いから、と。
明日には失われている可能性も低くないのだから、セシルの言う事は尤もだと思った。

だが、それを突き詰めて言うのなら、そもそもセシルはスコールの気持ちを受け入れるべきではなかったし、スコールも自分の気持ちを自覚しなければ良かった。
知らなければ何もないまま消えていたの感情を、ゆっくりと肥え太らせたのは誰だろう。
スコールは、その責任を誰に取らせるつもりもないけれど、少なくとも、肥料を与えた人間が誰なのかは判っていた。

スコールは背中が空気に触れて行くのを感じながら、目の前の男の首に腕を絡めた。
言葉を発するのが何かとハードルが高いスコールは、声の代わりに態度で示す。
それも始まりの頃は難しいものだったのだが、何度となく過ごした夜の間に繰り返す内に、段々とスコール自身の中で抵抗感は削られて行った。
同時に、こうしてサインを示さなくては、思ったようにはセシルが応えてくれないと学習している。


「……セシル……」
「……うん。良いよ」


君が望むならと、セシルは囁いた。
耳元を擽る吐息が甘くて、スコールの背中にぞくぞくとしたものが駆け抜ける。
それだけで、スコールの小さな唇からは、はあ、と熱の吐息が漏れた。

シャツが胸の上までたくし上げられて、夜のひんやりとした空気がスコールの肌を包み込む。
其処へゆったりと、まるで形を確かめるように、セシルの手のひらが彷徨い這う。
その歩みはいつも遅くて、スコールがじれったさに眉根を寄せる事も多いのだが、スコールはその愛撫を受け止め待ち続ける他になかった。

整った顔立ちがゆっくりと近付いて来て、スコールは目を閉じた。
唇が重ねられ、少し逡巡した後に、そうっと隙間を作る。
侵入して来たものが、中の状態を探るように、丁寧に歯列をなぞって行くものだから、どうにもむず痒くて首の後ろが震えてしまう。


「ん、む……んぁ……っ」


舌は更に奥へと入って来て、スコールのそれを先端で突く。
逃げてしまうと追って来てはくれないから、スコールはそろそろと差し出した。
すぐ其処で笑っている気配がする気配があるけれど、余りにも綺麗な顔が近くにあると判っているから、スコールは目を開ける事が出来ない。
外へと誘い出された舌が、ようやくねっとりと絡め取られ、ちゅくり、と耳の奥で水音が聞こえた。

じっとりと味わうように舌を舐られて、スコールの喉から甘い声が漏れて来る。
胸を這う手も段々と悪戯さを増し、小さな蕾を指先が掠めては離れ、と繰り返されていた。


「ふ、う……ん……セシ、ル……」


唇が解放された隙間に、恋人の名を呼んだ。
藤色の瞳が細められるのを見て、ぞくぞくとしたものがスコールの躰を走る。
この顔は、楽しんでいる時のものだと、よく知っている。

セシルの瞳に映り込んでいる少年は、とろりと蕩けた顔をしていて、だらしない、とスコールは思った。
そんなスコールの頬に、セシルの手が優しく当てられて、するりと滑って慈しむ。


「……明日は、バッツ達と出掛けるのかい?」
「……そうだな。俺は何も聞いてないけど」
「誘ったって言ってたよ」
「俺は何かを了承した覚えはない」


スコールの言葉に、セシルは「そう」と笑った。
そんな事を言っておいて、結局は賑やかな仲間二人に引っ張られていくことを、セシルは勿論、スコール自身も判っている。


「それじゃあ、あまり無理をさせてはいけないな」
「……別に。いつ出るなんて決まってないだろうし」
「朝早くかも知れないだろう?起きれなかったら大変だろう」
「待たせておけばいい。どうせ勝手に決めてる事なんだし」


ゆるゆるとスコールの体を弄りながら、明日の心配をしてみせるセシル。
それは相手を思う余裕を持った、配慮のものであったのだろうが、スコールは眉根を寄せる。

スコールは覆い被さる男の肩を掴むと、意識して力を入れて、セシルの横に押した。
重鎧を身に着けて平然と動くほどの体躯をしているのだから、十分に重い筈なのに、セシルは呆気なくごろりと転がる。
その上に今度は自分が馬乗りになれば、ぱちりと、驚いたような顔が此方を見上げていた。


「明日の事なんて、今は良いだろ」
「二人に迷惑をかけてしまうよ」
「俺はいつもあいつらに迷惑させられてる」


そもそも、明日の予定を勝手に決められているのは此方なのだ。
いつだってきっちりとしたスケジュール通りに過ごしている訳でもないし、待たせる位は好きに待たせれば良い。
待つ気がなくなれば、二人で勝手に行くだろうと、スコールはよくよく理解していた。

それよりも、今はこの体に巣食う熱だ。
相も変わらず、優し過ぎる愛撫の所為で、体はあちこち火照って仕方がないのに、セシルはいつまでもその先に行ってくれない。
明らかに劣情を呼び起こす触れ方をして置いて、スコールがはっきりとねだるまで、意地悪を続けてくれるのだ。
だからスコールは、いつも我慢が出来なくなって、あさましい欲望を晒すしかない。


「もう良いだろ、セシル。早くあんたが欲しい」


しっかりとした腹の上に乗って、スコールは言った。
見上げる顔に唇を近付け、熱と懇願を持って重ね、形の良い口蓋を舌でなぞる。

後頭部に大きな掌が添えられるのを感じながら、スコールは深く深く口付けた。
挿入した舌で一所懸命にセシルの咥内を探り、待ちの姿勢を崩さない舌に、自分のそれを絡ませる。
ちゅぷ、ちゅぷ、と耳の奥で鳴る水音に、体の芯で熱がまた大きく膨らんでいくのが判った。

薄く開いた瞼の隙間から、笑みを浮かべる男の顔が見えた。
いつも穏やかな、時には憂いを孕んでも、甘く嫋やかさすら感じられる中性的な貌は、スコールがこうやって懸命にねだっている時に、酷く悪い笑みを浮かべている。
頭を撫でていた手が項に辿り着いて、指先で首の後ろを辿られて、ぞくりとしたものが背を走った。
身動ぎする下肢が固くなっている事に、きっと彼は気付いている。


(だって、あんたが俺をこうした)


触れ合う事に、何処か本能的な拒否感を持っていたスコールを、それなくしてはいられないようにしたのは、他でもないセシルだ。
無理はさせない、嫌ならしないと言いながら、いつも激しい熱でスコールの思考を壊す。
そうやって忘れられない熱を体の奥に刻んで置きながら、ゆるゆると柔い触れ方でスコールを延々と煽ってくれる。
性を覚えたばかりの若鳥が、それで満足できる訳もないと判っていながら。

スコールがセシルの服に手をかけると、彼は何も言わずに微笑んでいる。
スコールの思うようにして良いよ、と言っているのが聞こえた気がして、それなら遠慮なくと服を脱がせる。
しっかりと固い筋肉に覆われた躰を見下ろして、それが齎す重さを思い出し、スコールの腰が無意識に揺れた。


「無理はしないようにね」


気遣うように言って、頬を撫でる男が、その実、一番無理をさせてくれることを、スコールはよく知っている。
スコールが夢中になって熱に没頭する度に、子供を褒めるように囁いて来るのはセシルなのだ。
理性の箍を手放したがらないスコールに、その瞬間の心地良さを教えたのも彼。
そうする事が良い事なのだと、まるで透明な水に好みの絵の具を染めるように、セシルはスコールの耳元で囁いては嬉しそうに微笑む。

性的な経験など一度もなかったスコールが、今はそれなくしては眠ることも出来ない程に変わった。
人の温もりは苦手だったのに───今もそれは変わらないのに───、セシルの熱だけは欲しくて堪らない。
そう言う風に、セシルが自分を育てたのだと、スコールは理解していた。


(あんたの所為で、俺はこんな風になったんだ)


上手に上手に誘導された。
優しく手のひらで氷を解かすように、生温い熱の中で、その体温に慣れて行った。
その傍ら、スコールの意思を尊重するよと嘯いて、事実、その通りにスコールは嫌なことを一度もされた覚えがない。
痛みがあればやんわりと気遣われ、次に触れる時には過剰な位に丁寧にされて、それを繰り返している内に、この行為にそれなりの負担が伴う事も忘れてしまった。
セシルにされるのなら良い、セシルが良い────そう思ってしまう位に、染められている。

セシルが優しく触れて来る時と言うのは、自分を染めようとしている時だと判っている。
スコールがそう考えていることを、セシルが察しているかまでは判らないけれど、少なくとも思うように染まり行く少年を見る瞳は、嬉しそうだった。
だから、それで良い、とスコールも思っている。
セシルの思う通りにこの身が染まって行けば、彼もまた、スコールの願うように応えてくれるのだから。


「……セシル」
「うん。おいで、スコール」


甘えるように名前を呼べば、綺麗な貌が嬉しそうに笑んだ。



『セシスコで、じっとりじっとり絡め取る悪い大人のセシルと、実はそれに気付いているスコール』のリクエストを頂きました。

余裕のある大人として、優しく気遣いつつ、実はしっかりスコールのツボを押さえているセシルって良いですね。
スコールは、最初の頃は自分のペースに合わさせるから罪悪感みたいなものもあったりして。
なので次はもっと先に進めるようにと努力して来たりして、そう言う所もセシルに見抜かれていたりして。
お互い抜け出せないし、抜け出したくないし、相手を逃がしたくないと思っていたら良いな。

[セフィレオ]秘密の共有、その意味を

  • 2023/08/08 21:40
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



父の会社を手伝い支えることは、子供の頃から目指していた道だった。
そうするように求められた事はなかったし、自由にして良いんだぞ、と何度も言われたけれど、それならば尚更、自分の自由で以て父を支えたかった。
まだ弟が幼い時分、余りにも早く早逝した母の分まで、彼は子供達のことを愛してくれたのだ。
だからこそレオンは、その恩返しもあり、懸命に働く父の背中を見て、その後を追いたいと思った。

それから勉学に励んで、レオンは真っ当な就職活動の末に、父の会社へと就職を果たす。
身内贔屓と囁く声は聞こえていたが、一切を無視して仕事に打ち込んで行けば、幸いにも相応の結果が付いて来た。
まだ若い身空でありながら、副社長なんて立場に祀り上げられた時には戸惑ったものだが、「お前だったら任せられると思ったからさ」と言われれば、応えない訳にはいかなかった。
相変わらずやっかみのような視線はあるものの、それも努力で変えて行けば良いと思っている。
その分、大変な事も多いけれど、成長した弟にも応援されているから、きっと上手く行く筈だ。
そうなるように、自分自身で変えて行く。

平社員の時には、上から降りて来る仕事を捌く日々であったが、立場が出来た今は、それとは異なる忙しさがある。
同業他社との情報交換、腹の探り合いの会食があったり、大きなプロジェクトに必要となる資金を捻出する為に各銀行と交渉したりと、人との付き合いを如何に上手く回していくかと言う事に注力するようになった。
書類仕事の方が気が楽だ、と感じたのは一度や二度ではないのだが、父はずっとこう言う仕事をしてきたのだと思うと、奮起せねばなるまいとも思った。

以来、時には自らの顔を使って、時には父の代理と言う役割を任されて、様々な人々と逢って来た。
そうしてレオンは、世界と言うのは中々に変わっていて、多種多様な人間がいるのだと言う事を知る。
中々の変わり者と言うのも少なくなく、どうもレオンはそう言う人に好かれる性質らしい───父もそうなので、血筋なのかな、と父の旧友は笑っていた───。
礼を失しない程度にそれを上手く躱して会話を進めるのは労のいる事だったが、お陰で幾つかは上手い結果を得ることが出来た。

だからレオンは、誰かと会食の類に行く事は、一種の交渉の場だと思っている。
其処で自分が発した一言一句、相手に見せた仕草一つで、どんな結果が待っているのか変わるのだ。
それは後々に仕事に影響して来る事も多かったから、レオンはいつも気を引き締めて人と逢う事にしている。

────セフィロスに初めて食事に誘われた時も、レオンは当然、その気持ちだった。

彼は世界的に有名な大手企業の社長で、一代で財を築き上げた事もあり、業界内では時代の風雲児とも呼ばれている。
そんなセフィロスとレオンが知り合ったのは、父と共に海外の社交界へと足を運んだ時の事。
華やかな世界に見えて、沢山の思惑が水面下で行き交う中で、恐らくは既に知り合いだったのだろう、父は存外と気さくに彼に話しかけ、同行していた息子を紹介した。
歳は近いから話が合うんじゃないか、と言う父の予想は、さて当て嵌まったかは別としても、レオンはセフィロスとの語らいを楽しむ事が出来た。
彼方も少なからず笑顔が零れていたし、パーティが終わった後には、連絡先も交換している。
プライベートのものだ、と電話番号を寄越されたのは聊か驚いたが、どんな形であるにせよ、交友関係が増えるのは有り難いものだ。
レオンも、出られる時は少ないとは思うが、と前置きをして、自分の電話番号を伝えている。

そうして細やかな交流を繰り返している内に、次第にレオンは、セフィロスが“友人として”レオンと交流を持ちたいのだと悟るに至る。
影響力のある立場を手に入れたが故に、セフィロスの周りは、悪く言ってしまえば雑虫が多いのだ。
それも自身が年若い事もあり、多くは年嵩の者ばかりに囲まれていた為、環境として、同年代と出逢う機会の方が少ない。
レオンも立場としては似たようなものだったから、段々とその気持ちに共感するようになり、今では肩の力を抜いて、他愛もない話が出来る友人として顔を合わせるようになった。

それからレオンの携帯電話には、時折、セフィロスからの着信がある。
其処には大抵、何日何時に食事でもどうか、と言う誘いが添えられていた。
お互いに多忙な身であるから、随時都合の擦り合わせは行いつつ、────今日もまた、レオンはセフィロスと共に食事に来ていた。
場所はセフィロスがセッティングを済ませており、大抵、個室のある小料理屋やレストランである事が多い。
平時は専ら人目である事を意識する生活をしているから、こんな時位は楽な方が良いだろう、と言うセフィロスの気遣いは有り難い。

都内でもランドマークとして有名な、高層ビルの上層フロアにある、名のあるシェフのレストラン。
席数も少ない為、此処で食べたいのなら熾烈な予約争いをするか、運の良いキャンセル待ちをするしかないと聞いているが、どうやらセフィロスは此処では常連であるらしい。
流石に新進気鋭の社長だな、と、実の所あまり高級レストランの類に興味のないレオンは、感心したような気持ちで食事を済ませた。
会計も終えて、さて今日はこれでお開きか、とレオンが思っていると、


「上のフロアにバーがある。少しどうだ?」


そう誘われて、レオンは少し考えた。

セフィロスからの誘いと言うものを、レオンは基本的に、断らない方向で考えている。
無論、仕事があれば話は別だが、そうでなければ人との付き合いは円滑にしておいた方が良い。
家には父の他、年の離れた弟もいるが、彼ももう高校生になり、目が離せない歳でもなかった。
どうせ帰りはタクシーを使うつもりであるし、酒も嫌いな訳ではない。


「良いな。案内して貰えるか」
「ああ」


応じたレオンの言葉に、セフィロスは整った面立ちを微かに緩ませて、満足気に頷いた。

レストランのあったフロアから、エレベーターで更に三つ昇った先に、静かで赴きのあるバーがあった。
訪れる者が限られるような場所にあるからなのか、此処も席数は少ないのだが、突き抜けたビルの上層にあるお陰で、何処の席でも眺めの良い景色が望める。
夜ともなれば、地上と空の星を同時に見ているようにも思えて、レオンは成功者の見る景色だなと思った。
同時に、隣の席でカクテルを傾ける男に、よくよく似合いの景色だと。

食事の後なので、腹は十分膨れているしと、二人はのんびりとアルコールの味を楽しんだ。
どちらも口数が多い性質ではない為に、然程会話が弾む訳ではないのだが、レオンは彼との沈黙には重苦しさを感じないのが気に入っていた。
お喋りではないレオンにとっては、無理に話題を探し、喋らなければならない方が疲れるものだ。
この静かな空気が許されているから、セフィロスの誘いに乗るのは苦がない。

オレンジ色をゆらゆらと揺蕩わせるカクテルを、そっと口元に運ぶ。
フルーティな味わいが咥内にゆっくりと溶けて行き、仄かに酸味が感じられた。


「うん、美味い」
「気に入ったか」
「ああ。しかし……それなりに強いだろう、これは」
「多少な」
「やっぱり。飲み過ぎないようにしないとな」


苦笑してそう言ったレオンに、セフィロスの眉が微かに寄せられる。


「アルコールには強くなかったか」
「飲めない事はないけど。さっきレストランで飲んだワイン位なら、一本開ける分には大丈夫だ。それ以上になると、怪しくなってくるな」
「ふむ……」


アルコールの入った腹が、仄かに熱を発しているのが判る。
これは調子に乗っては危ないな、とレオンは綺麗な色をした液体を見て思う。
胃が空だったら早々に回ったかも知れない、と思いつつ、もう一口と口をつけた。
その間セフィロスはバーテンダーを呼び、次のアルコールの注文をしている。

リズムの良いシェイカーの音を聞きながら、レオンはちらと隣の男を見た。
バーチェアに深く腰を落ち着かせ、長い足を組み、何かを思案するように緩く目を閉じているセフィロスは、まるで雑誌のポスターにでもなりそうな程、絵映えしている。
店内の空気を壊さず、窓の向こうの夜景を邪魔しない程度の灯りしかなくても、その整った面立ちはよく判った。
レオンから見て、背景となる夜景までもが、目の前の美丈夫を引き立てる為の素材に見える。
世の女性が夢中になる訳だと、いつかの社交界で数多の女性に囲まれていたのを思い出した。

こっそりと面白いと思うのは、そんな男がこんな店に連れてきているのが、自分だと言う事だ。
名のある大女優でも誘えば、それこそ映画のようなロマンスが始まるワンシーンになりそうなのに、どうして同性を誘ったのだか。
代わった男だと思いつつ、レオンはグラスに残っていた最後の一口を飲み干した。


「ふう……ちょっと火照って来た気がするな」
「酔ったか」
「かも知れない。これ以上は、あんたに迷惑をかける」
「俺は全く構わんが」
「そう言う訳にもいかないだろう。すまないな、あまり付き合えなくて」
「いや。俺が勝手に、お前も飲めるものだと思っていただけだ。せめて度数を押さえておけば良かったな───次はそうしよう」


最後に零れたセフィロスの言葉に、レオンはくっと笑った。


「あんた、こんな良い店を知っているなら、俺じゃなくてもっと他の誰かを誘えば良いのに」
「他とは?」


くつくつと笑って言うレオンに、セフィロスはいつもと変わらない表情で尋ね返す。
それは当然、とレオンは先ほど思った事を口にした。


「もっと良い人と言うか、特別な人だとか。あんたに誘われたら、世の名誉だと思って来る女性も多いと思うぞ。それなのに、俺なんか誘って────勿体無い」
「興味がないな。此処には、お前だから連れて来た。まあ、少し外してしまったようだが」
「そんな事はないさ。景色も良いし、酒も美味いし、気に入った。教えて貰って感謝している」
「なら、もう少し分かり易く喜んでくれ。お前の為に設けた席だ」


不思議な虹彩を宿した瞳が、レオンを映す。
伸ばされた腕がレオンの横顔に触れ、指先が頬を滑って耳の下に触れた。
ピアスを嵌めた耳朶を指先が掠めたのを感じて、レオンはくすぐったさに目を細める。
そんな触れ方をされたのは初めてで、レオンは不思議な気持ちになってくる。


「どうしたんだ、あんた。酔っているのか?」
「ああ、そうかもな」
「二杯目、これからなんだろう。大丈夫なのか」
「酒は問題ない。だが、まあ……お前に心配されるのは悪くはないが、今日は此処までにして置こう。お前も飲めとは言わないが、もう少し付き合え」
「それは勿論」


言いながらセフィロスは、レオンの耳朶を指先で柔く摘まんだ。
なんとなくその指先が冷たく感じられるのは、レオン自身の体温が上がっているからだろうか。

二杯目のカクテルがセフィロスの前に運ばれ、レオンに触れていた手が離れる。
長く形の良い指先が、カクテルグラスを摘まんで口に運ぶその様子を、レオンは耳朶に残る感触を感じながら、細めた眼差しで眺めていた。



心地良く緩やかな時間を過ごした後は、漠然とした幸福感があった。
そんな自分を自覚して、やはり酔っているのだろうな、とレオンは眉尻を下げてくつりと笑う。

時刻は夜の十時を過ぎている。
公共交通網はまだ全て止まりはしていないだろうが、のんびりとした足で駅へ向かっていれば、目当ての路線は終電には間に合うまい。
そもそも酔っ払っている訳だから、無理に自分の足で行くよりも、タクシーを使った方が安全だろう。
バーを出る時にセフィロスがタクシーを呼び、ビル前で待機させていると言うので、エレベーターで一階まで降りて行く。

足元が下降していく浮遊感を感じながら、レオンは隣に立っている男に言った。


「中々楽しかった。誘ってくれて感謝する」
「ああ。次はもう少し、お前の好みに合う所を用意しておこう」


どうやら、楽しい時間は次回もあるらしい。
レオンはくすりと笑って、


「次も用意してくれるのは嬉しいけど、本当に俺で良いのか?」
「何度も言っているだろう。お前だからだ」
「こんなにいい所にばかり連れて来て貰って。それも何度も。なんだか、口説かれようとしているみたいだな」


笑みを浮かべて、そんなまさかな、と冗談を言ってみる。

セフィロスは新進気鋭の実業家で、世界的に名の轟く、知らない者などいない著名人だ。
それ故に、彼が望むと望まざると言わず、その周囲には数多の人が集まるが、その多くはやはり彼の力に肖りたいと臨むのだろう。
気の置けない友人と言うのは案外と少なくて、昔からの知己の他は、柵のない学生時代に持った後輩くらいのものらしい。
そんな中で、レオンは久しぶりに持った同じ年頃の友人だから、色々と感覚を共有したくて仕方がないのだろう。

案外、可愛い所もある、とレオンはそんなことを思いながら笑っていると、


「ああ、……そうだな、その方がお前には判り易いかも知れない」
「うん?」


小さな箱の中で、恐らくは独り言だったのだろうセフィロスの呟きに、レオンはことんと首を傾げた。
何の事だろうと思っていると、コートのポケットに入れられていたセフィロスの手が、ゆっくりとレオンの顔へと伸びて来る。
ひた、と頬に触れた手はやはり冷たく感じられたが、向き合う碧の瞳は、それとは裏腹にじんわりと熱が溶けたような色をしていた。

真っ直ぐに見詰める瞳に、意識が囚われたように目を逸らせない。
そんなレオンに、セフィロスは触れそうな程に顔を近付け、


「俺はお前を口説いているんだ、レオン」
「……え?」


蒼の瞳を見開けば、其処に映り込んだ男が何処か艶やかに笑う。
惚けた唇の端に、柔らかいものがほんの一瞬触れて離れた。

エレベーターが一階へと到着した音を鳴らし、ドアが開く。
呆然と立ち尽くすレオンの手を、セフィロスの手がしかと掴んで、ビルの外へと連れ出した。
待機していたタクシーがぱかりと後部座席の口を開け、セフィロスはレオンを半ば強引に座らせると、いつの間にか覚えていたレオンの自宅住所をタクシーに告げる。

運転手が出発の準備をしている間に、セフィロスは未だぽかんと子供のような表情をしているレオンを見て、くつりと笑う。


「言ったからには、逃がすつもりはないぞ」
「あ……ああ……?」
「よくよく考えておいてくれ。じゃあ、また」


そう言ってセフィロスは、レオンの唇に指先を当てる。
其処はつい先程、柔らかいものが触れて離れた場所だった。

後部座席のドアが閉じて、タクシーが走り出し、レオンははっと我に返ってビルの方を振り返る。
遠ざかる夜景の中でもはっきりと存在感を示す銀色は、見えなくなるまで其処に立っていた。



酔いの残った頭で、口端に残る感触の意味をレオンが悟ったのは、それからまた長い時間を要してからの事であった。



『セフィレオ』のリクエストを頂きました。

レオンを口説こうとしている頃のセフィロスも良いなあ、と思いまして。
俺ロスだったら、割と真っ当に食事に誘ったり、景色の良いバーに連れて行ったりしてくれそうだなと。
実は“友人”にもそんな事はしてないよってものなんですけど、最近知り合ったばかりのレオンはそんな事は知らない訳ですね。お気に入りを友達と共有したいなんて可愛い所もあるな、と言う感じ。
しかしはっきりと宣告した以上は、もうセフィロスは押してくるでしょうし、レオンも意識せずにはいられなくなるんだと思います。此処で面と向かって拒絶できない所に、答えの根っこがありそう。

[ロクスコ]レンティニュラ・エドーダス

  • 2023/08/08 21:35
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



ロックが散策から帰った時、キッチンから胃袋を刺激する匂いが漂っていた。
空き腹だった訳ではないが、一仕事した後の匂いとしては中々魅力的で、ロックの足はふらふらと其方へ向かう。

キッチンはロックにとっては聊か見慣れないものが多い。
スイッチ一つで火が付くだとか、氷もないのに常に冷気を生み出し食材の鮮度を保つ冷蔵庫だとか、水だって蛇口を捻って幾らでも出るなんて、まるで神々の所業だ。
ロックは神など信じていないが、彼の世界の常識からは余りにも逸脱していて、戸惑いも少なくない。
だから料理に覚えがない訳ではないが、使い勝手と言う点で慣れないので、ロックはあまり其処に立ちいることはしなかった。
精々、アルコール類をちょっと失敬する時と、そのついでに摘まめるものを漁る位だ。

そのキッチンに立っていたのは、スコールだった。
料理の出来るもの、このキッチンに慣れている者で回る、夕食当番のルーティンが回って来たのだろう。
スコールは刻んだ食材をまとめて鍋に入れ、火にかけたそれをくつくつと煮ていた。
ロックが帰った時に嗅いだ匂いは、その鍋からのものだ。


「美味そうだな」


ロックが言うと、蒼の瞳がちらと此方を見た。
仲間の帰投を確認したスコールは、直ぐに視線を鍋へと戻す。


「夕飯ならまだ出来てない」
「良い匂いしてると思うけど。ま、確かに時間としては早いよな」


飾り棚の上に置かれた時計は、まだまだ昼日中と言うもので、外も夕方にもなっていなかった。
そんな時間から夕飯づくりをしていると言う事は、時間のかかるものを作っているのだろうか。

ロックは邪魔にならないようにスコールの隣に行き、鍋の中を覗き込んでみた。
薄琥珀色の液体が少しとろみを持って、レードルでゆっくりと掻き回されている。
人参や火の通った玉葱、大きく切ったじゃがいも等々、様々な食材が鍋の中を悠々と泳いでいた。
スープかな、と夕飯を楽しみに眺めていたロックだったが、ふと食材の中にあるものを見付けて、眉間に皺が寄る。


「スコール、これ……」
「?」
「キノコ入ってるのか」
「ああ」


ロックの問いに、何が可笑しいのかと、スコールは表情を変えずに答える。
うう、と小さく唸る声を聴いたスコールが、訝しんだ顔でロックを見た。


「良い出汁が出るんだ」
「う、ああ、うん。それは判るけど。この後、これ取ったりはしないよな……?」
「そんな面倒臭いことはしない。食べるものだし」


スコールの言葉に、そうだよなあ、とロックは溜息が漏れた。
鬱々とした空気を振り撒いて隠さないロックに、スコールは眉根を寄せ、


「……あんた、まさかキノコが嫌いなのか?」
「……察しが良くて助かるよ」


言い当てられて、ロックは多少の恥ずかしさと共に、素直に肯定する。

さっきまであんなにも美味しそうな夕飯だと楽しみに思っていたのに、其処に大嫌いなものが入っていると知った瞬間、気持ちは一気に急降下した。
作ったのがスコールなら、まず味は良いものだと判るし、変に冒険的な味付けに挑戦する事もあるまい。
味付けの調整もある程度個人の好みになるように、まずは薄味として、食卓に並べる調味料で各自が好きに味替えも出来る。
何も心配する事はない────と判ってはいるのだが、どうにもロックは、キノコだけは食べれる気がしなかった。
これは料理をしているのがスコールでなくても同じ事だ。

渋い顔で鍋を見ているロックに、スコールがはあと溜息を吐く。


「好き嫌いがあるなんて、あんたも大概、子供みたいだな」
「これだけだよ。後は何でも食べる。だけどこいつだけは駄目なんだ、昔、毒キノコに当たった事があったからな」


キノコはロックの世界でも食用として親しまれている。
何処でも採取できるような身近な種から、森を分け入って魔物が根城にしているような場所にしか生えない貴重なものまで、幅広く食卓で重用されていたものだ。
しかしキノコはその知識に精通している筈の人間でも、見分けを間違えてしまう程、種が全く違うのに見た目は似ているものがある。
食用として安全なものに混じって、危険な毒キノコが採取され、うっかり酒場で提供されて大事件、なんて事もあった。
一般家庭にもそれは起こり得ていた事で、腹痛や嘔吐、中には幻覚症状を見る者もいる。

ロックは昔から、キノコの匂いや嵩の見た目など、苦手としてはいるのだが、それでも堪えて食べられない程ではなかった。
食卓の友としては余りに身近だったから、避けようとしてもそれが難しい事もあったし、調達が比較的容易なものも多く、当たり前に世話になっていた。
しかし、トレジャーハンターの旅を初めて幾何だったか、山野の中で食糧が尽きてしまった時のこと。
山菜類が豊富な場所だったので、飢えを覚悟する必要はなかったが、その時に調達した食材の中に、毒キノコが混じっていたのだ。
ロックも一応、危険な種類の知識は持ってはいたが、図鑑で見ていたものや、調理場で見るような形とよくよく似通っていたから、間違えてしまった。
それを食べた日の夜は、腹痛と嘔吐で酷い有様になり、一睡もできなかった。
恐らくは幻覚症状も見えていたし、ふらふらと森を歩き回り、魔物の目を避け休める場所を辛うじて見つけた後は、只管腹痛に耐えて過ごすしかなかった。

あれ以来、キノコはどうしても駄目なのだ。
一度でもあんな経験をすれば、安全なものだと判っていても、トラウマが掘り起こされて苦い顔にもなると言うもの。

────と、キノコを食べたくない理由を切々と語ったロックであったが、


「あんたがキノコを嫌いな理由は判った。でも、これは別に、毒キノコじゃない」
「……判ってるけどさぁ」
「キノコは食物繊維が豊富で、人間の体に必要な栄養素を多く含んでいる。食べて損になることはない」
「……」


ロックの世界よりも、遥かに科学的な技術が進んだ世界から来ているスコールだ。
キノコがどうして食べ物として薦められるか、きちんと検証された見地から説明されて、そうなんだろうなあ、とロックも思う。
滋養に良いとされる薬の成分にされるキノコも確かにあるし、食べない方が損、と言われれば否定は出来ない。

しかし、やはり拗ねた顔は消えないロックに、スコールは小さく嘆息する。
鍋を掻き混ぜていたレードルを持ち上げ、掬った具と一緒に、スープを味見用の小皿に注ぐ。


「ん」
「え?」


ずい、と差し出された小皿に、ロックはぱちりと目を丸くする。
ぽかんとした様子のロックを見て、スコールは表情を変えずに言った。


「味見だ。俺はもう何回もしてるから、他人の意見が聞きたい」
「ああ、うん。それは良いけど────」


このキッチンで作られる夕飯は、仲間達に振る舞われるものだ。
舌の趣向もバラバラな面々が集まるから、スコールとしては無難に食べれるようにはしておきたいもの。
自分の舌だけでは偏るし、何度も味見していると感覚も麻痺してくるので、他人にも確認して貰いたいと言うスコールの考えは判る。

判るのだが、とロックが視線を落とした皿には、小さなキノコが浮いている。
恐らくはシイタケだと思うが、それを薄切りにしたものだ。
一口で飲み込めてしまうようなサイズであっても、ロックは中々手を伸ばす気になれなかった。

分かり易い葛藤の中にいるロックに、スコールも気付いたらしく、


「食わないと、大きくなれないぞ」


真面目な顔から飛び出して来た、存外と可愛らしい叱り文句に、ロックは思わず噴き出した。
くくく、と喉が笑うのを押さえられないまま、見た事もない目の前の青年の幼年期を思い描いてしまう。


「お前、そう言われて嫌いなもの食べさせられてた口なんだろ」
「……良いからさっさと味見してくれ」


ロックの言葉に、スコールが見るからに不機嫌に眉間に皺を寄せた。
ずいっと突き出される小皿に、まだ決心のつかないロックは、どうにか躱せないかと頭を巡らせてみたが、そんなロックを見たスコールの表情がふっと陰が付き、


「俺が作ったものが信用できないのか」
「いや、そう言う訳じゃないんだけど」
「アレルギーでもあるのか」
「そうでもないと思う。昔は普通に食ってたし。出汁の入ったスープは平気だし」
「じゃあ一口くらい食べてくれ。それで駄目だったら、夕飯はあんたの皿には入れないから」


だから食べてくれ────と、まるで懇願するような瞳で言うスコールに、これは判ってこの顔をしているな、とロックは思った。
人目を隠れて何度か肌を重ねる間柄になってから、この少年は時々、大胆なお願いをしてくれる事がある。
それは閨の中で、何もかも判らなくなってから見せてくれるものなのだが、それがロックには頗る効果があるのだ。
それを昼日中の台所で見る事があるなんて、不意打ちを喰らった気分だった。
惜しむらくは、それが可愛らしいおねだりではなく、キノコを食べさせることに利用されている事だが。

それはそれとして、目の前のキノコである。
浮かんでいるのは小さな切れ端だが、鍋の中には肉厚のものもあった。
あれを食卓で出されても、ロックは十中八九、手を付けないだろうし、選り分けて残すのが関の山だ。
勿体無いと言えば勿体無いので、そんな残し方をする前に、この切れ端で手を打って貰うのが無難か。

唸りながらロックは小皿を受け取った。
どうやっても渋い顔が消えないロックに、そんなに嫌か、とスコールも思う傍ら、子供の頃の自分も人参嫌いで随分と姉に対して抵抗していた事を思い出す。
結局、スコールの好き嫌いと言うのは、成長の過程でほぼ克服されているが、偶に出先でバッツが調達して来るゲテモノ類は、それしかないと判っていても胃が拒否したがる。
ロックにとって、キノコ類と言うのは、それらと同等の価値なのだろう。

ロックは一つ呼吸を整えてから、勢いよく皿を煽った。
元より大した量ではないので、スープは一口で彼の口の中へと納められ、一緒にあった具も流し込まれる。
スパイスの溶け込んだブイヨンのスープは、程好く塩味が効き、野菜の旨味が染み込んでいて良い味わいを出している。
……のだが、舌に乗ったキノコの感触と味がどうにも苦々しく思えて、ロックの渋面は最後まで解けなかった。


「……食べた」
「どうだ」
「……美味い、と、思う。スープは」
「キノコは」
「……食べれない事は、ない……」


実際、吐き出しはしなかった。
液体を飲み込むのと一緒に、苦い薬を飲むような気持ちで飲み下したので、噛んだ際の味わいは知らない。
それでも食べることは食べたので、最低限の感想だけで許して貰いたかった。

スコールに負けず劣らずの眉間の皺を寄せながら、ロックは手の甲で口元を拭う。
不味いものを食べたとは思わないが、やはり苦手なものは苦手なのだ。
スコールの料理の腕も、このキノコが安全なものだと判っていても、体が本能のように強張るのだから仕方がない。

空になった皿を返され、スコールはやれやれと肩を竦める。


「味はこの辺で良いとしよう。約束だから、あんたのスープにキノコは入れない」
「そうして貰えると助かる」


小皿をキッチン台に置いて、スコールはまたレードルで鍋をくるりと掻き混ぜた。

はあ、とロックは深い溜息を吐いて、大きく息を吸った。
喉の奥に中途半端な閊えがあって、其処に嫌いなものが張り付いているような感覚がある。
恐らくは気の所為なのだと思うが、舌の上にもまだキノコの感触がある気がして、どうにも落ち着かない。
水でも飲んで口直ししようか、と思ったロックだったが、そうだ、と思い付く。


「なあ、スコール。口直ししたいんだけど」
「好きにしたら良い。昨日ジタンが作ったデザートなら、冷蔵庫の中にまだ残ってる」


好きに食べれば良い、と言いながら、スコールは冷蔵庫に向かう。
次の料理に使う食材を取り出す傍ら、彼は冷蔵庫の奥に仕舞ってあった、昨晩の残り物であるパンナコッタのカップを取り出す。


「これで良いか」
「ああ、うん。それも貰うけど」


差し出されたものは厚意であるから、ロックは遠慮なく受け取った。
けれども、ロックが欲しい“口直し”は、これではない。

冷蔵庫の蓋を閉じて、キッチン台に戻ろうとしたスコールの腕を掴む。
まだ何かあるのか、と振り返ったスコールの目の前に、ヘーゼルカラーがあって、スコールは思わず息を飲んだ。
その無防備に薄く開いた唇へ、ロックは自分のそれを押し付ける。
見開かれた蒼灰色が混乱している隙に、ロックの舌がその中へと侵入した。


「んん……!?」


ぬるりとしたものに咥内を弄られ、びくりと細身の肩が跳ねる。
反射的に逃げを打とうとする腰に腕を回して、しっかりと捕まえ、呆然としている舌を絡め取った。
たっぷりと唾液を塗しながら舐ってやる内に、スコールもパニックから状況を理解するまでに意識を取り戻す。
言葉にならない抗議が上がっているのを知りながら、ロックはたっぷりと甘露を堪能させて貰った。

時間にすればそれ程長いものではなかったが、された側にとっては違うのだろう。
ロックがゆっくりと唇を離すと、スコールの足元が蹈鞴を踏んだ。
崩れ落ちそうなその体を、腰を抱いた腕で支えながら、冷蔵庫へと寄り掛からせる。
は、は、と小さな吐息を零す薄淡色の口端からは、飲み込み切れなかった唾液が一筋零れていた。


「……っあんた……!」
「ご馳走さん」


睨む瞳に笑みを交えてそう返せば、スコールの顔が首筋まで真っ赤になった。

「出てけ!」と怒鳴る声を背中に聞きながら、ロックはそそくさとキッチンを退散する。
一瞬、夕飯のスープに大量のキノコが盛られる可能性を考えたが、案外と律儀で人の好い少年は、約束を守ってくれるのだろう。
嫌いなものを頑張って食べたご褒美には十分だと、口元に残る感触を思い出しながら、夕飯を楽しみに自分の部屋へと戻るのだった。


『ロクスコ』のリクエストを頂きました。

ロックってキノコが嫌いな訳でして。
大人になっても嫌いなものって、栄養価が高いとか、安全だとか、理屈は判っていても進んで口にしたくはないものですね。
でも健康には良いものなのでどうにか食べて欲しかったスコールだけど、死ぬほど嫌そうな顔してるから勘弁してあげたらしい。
そしてご褒美も(勝手に)持って行かれたのでした。

[バツスコ♀]無自覚テンプテーション

  • 2023/08/08 21:30
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



夏休みとなれば、敏腕アルバイターのバッツは稼ぎ時である。
だから以前は丸ごとをアルバイトに費やしていたのだが、今年のバッツは違った。
スケジュールをアルバイトで黒塗りにしたのは、夏休みの前半だけで、後半はその半分ほどを空けている。
何故なら、この世で誰よりも愛しくて仕方がない恋人が出来たからだ。
彼女との逢瀬の時間を作る為、アルバイトの日取りは例年よりもぐっと減らしつつ、その間に必要となる資金を一気に稼ぐ為に、掛け持ちで夏休み前半を消費する事にした。

それじゃ前半は恋人を放ったらかしにするではないか、と言われそうだが、これもちゃんと相手には了解済みの事だ。
そもそも、恋人は高校生で、直に受験を控えている事もあり、更には父子二人暮らしと言う環境なので、家事全般も引き受けている為、大学二年生のバッツよりも遥かに忙しい日々を送っている。
夏休みは課題も多く出ると言うので、彼女は前半の内にそれを片付けてしまいたいらしい。
真面目だなあ、とよく夏休み終盤の数日で怒涛の片付けに追われるバッツは思ったのだが、手堅い計画は良いことだ。
況してや、「終わらせておけば、後は気兼ねしないで、あんたに逢えると思うから」なんて言われたら、邪魔をするような真似は言えない。
それならばと寂しさを誤魔化す気持ちもあって、がっつりと夏休み後半に向けた軍資金を貯めようと思ったのだ。

かくして始まった夏休みは、恋人に会えない寂しさはあるものの、後の楽しみを糧に充実している。
繁忙期とあって飲食店類は何処も繁盛しており、この時期ならばと臨時のスタッフにも良い金額の給料を出してくれる所が多い。
これならちょっと遠出も出来そうだよなぁ、とあれこれと夢を膨らませながら、バッツは仕事に精を出していた。

今日は大学の友人であるセシルからの誘いで、その兄が経営している喫茶店を手伝っていた。

中性的にも見える弟に比べ、中々に厳めしい顔をしている兄であるが、二人が営むその喫茶店は、静かで洒落た店だと評判が良かった。
普段は昼は兄一人、夕方以降は授業が終わったセシルも加わって回しているそうだが、世が夏休みとなれば来店客も増えるもので、ランチタイムにウェイターを任せられる人が欲しいと頼まれた。
賄いも出すよ、と言われればバッツが飛び付かない訳もなく、喜んで雇って貰ったのであった。

ほぼ毎日、一週間の昼を其処で過ごし、兄手製の賄いにも舌鼓を打った。
オムライスが美味しくて、恋人にも食べさせてやりたいなあ、と思ったほどだ。
夏休みの後半、彼女の時間が空いてデートが出来たら、連れて来ても良いなあ、とプランの一つに組み込んで置く。
そんな日々を送りながら、今日も今日とて賑やかなランチタイムにフロアを忙しく動き回り、ようやく一息つけるかと言う所で、出入口のベルが新たな来店客を報せた。


「いらっしゃいませー……って、ありゃ?」


来店客を迎える挨拶と共にバッツが其方を見ると、見覚えのある少女が立っていた。
少女はきょろきょろと辺りを見回した後、ウェイターとして客を迎えに出るバッツを見て、ほうと安心したように息を吐く。

来訪した少女は、首の後ろに少し背中にかかる位置まで濃茶色の髪を伸ばしている。
同じ長さにした横髪の隙間には、小さなピアスを嵌めた耳が見えていた。
目元に少しかかる長い前髪の隙間からは、宝石のように蒼い瞳が埋め込まれ、それが言葉以上にお喋りであることをバッツはよく知っている。
服装は、夏の盛りとあってか、トップスは薄手のカーディガンを羽織りつつ、ボトムはホットパンツと言う、彼女にしては開放的な衣装。
すらりと伸びた脚の眩しさに思わず目を奪われそうになりながら、バッツはスコールの前に立った。


「スコールじゃん。どうして此処に?」
「……あんたのアルバイト、此処だって。ティーダが言ってたから」
「会いに来てくれた?」
「……別に。どういう店なのかと思っただけだ」


ぷい、とそっぽを向いたスコールに、バッツはくすくすと笑う。

スコールは、バッツの愛しい愛しい恋人だ。
そしてティーダと言うのは、スコールの幼馴染で、バッツは彼女を通して知り合いになった少年。
更に言うと、ティーダはセシルとも知り合いらしく、恐らくそう言う情報網で、バッツがこの夏休みにセシルの店でアルバイトをする事が、スコールの元まで伝わったのだろう。

取り敢えず、店に来てくれたのなら、客である。
バッツは店内を見回して、窓辺の小さなテーブル席が空いているのを見付けた。


「此処しか空いてないけど、良いかな」
「何処でも良い。あんたの邪魔にならなければ」
「邪魔になんてなんないって」


来てくれて嬉しい、とバッツが言うと、スコールの頬が微かに赤くなる。

椅子を引くと、スコールが其処に座った。
テーブルの端に立てていたメニュー表を取り、開いて見せる。


「なんか食べる?飲み物も結構色々あるぞ」
「飲み物と……何か軽いものがあったら食べたい」
「トーストセットが人気があるぞ。コーヒーか紅茶ならセット内、ジュースはちょっと追加な」
「じゃあ、それ。コーヒーで」
「畏まりましたっと」


バッツはズボンの尻ポケットに入れていたメモに注文の品を走り書きした。
お冷持ってくるよ、と言って席を離れ、カウンター向こうの厨房へ向かう。


「トーストセット、コーヒーで」
「ああ」
「バッツ、お冷入れておいたよ。持って行くだろう?」
「サンキュー、セシル」


厨房を預かっているセシルの兄───ゴルベーザは、直ぐに注文品の準備に取り掛かる。
その傍ら、ミネラルウォーターと氷の入ったグラスを、セシルが差し出してくれた。
バッツがそれを受け取ると、セシルはこそりと声を潜め、


「あの子が例の恋人かい?」
「うん。セシルは会うの初めてだったな」
「会いに来てくれるなんて、可愛い子だね」


セシルの言葉に、「だろ?」とバッツも嬉しくなる。
店の詳細を伝えていた訳でもないから、まさか会いに来てくれるなんて思ってもいなかった。
サプライズはおれの方が得意だと思ってたんだけど、等と言いつつ、ついつい頬が緩むのが抑えられない。
そのまま蕩けた顔になりそうなバッツに、セシルはくつくつと笑って、


「客足も落ち着いてきたし、少しゆっくりして良いよ。トーストセットは僕が持って行くから」
「良いのか?ありがとな」


友人の厚意に、バッツは遠慮なく甘えることにした。
グラスを片手にいそいそとテーブルへと向かう。

スコールは、初めて来た店だからか、少し落ち着かない様子で辺りを見回している。
そんな彼女の前に「お待たせしました」とグラスを置き、テーブルを挟んで反対側の席に座る。
当たり前のように腰を落ち着けたバッツに、スコールはぱちりと目を丸くした後、じろりと睨む表情を浮かべた。


「…なんで座ってるんだ、あんた。仕事中だろう」
「そうだけど、今忙しくないからさ。セシルからゆっくりして良いって言って貰ったし」


セシルってあいつな、とバッツはスコールのずっと後ろで、カウンターに立っている友人を示す。
スコールが身を捻って振り返り、此方を見ていたセシルを見付けて、ぺこりと小さく頭を下げた。
藤色の瞳が和やかそうに細められ、形の良い唇が「ごゆっくり」と言ったのが見えると、スコールは恥ずかしそうに頬を赤らめて、体の向きを戻した。

冷を口に運ぶスコールの額からは、じんわりと汗が滲んでいる。
涼しい屋内に入って尚も汗が止まらない様子から、外は今日も相当暑いなとバッツは悟った。
そんな中にインドア派のスコールが外出するのも珍しい事だ。
本当に、わざわざ来てくれたんだなあ、と、気紛れであっても彼女のその行動が嬉しくて、バッツはついつい頬が緩む。

と、その表情は正面に座るスコールにもしっかりと見えていて、


「……何笑ってるんだ」
「いや、へへへ。何でもないよ」
「………」


スコールは訝しげに眉根を寄せたが、言及して来る事はなかった。
セシルが焼き立てのトーストセットを運んで来たからだ。

黄金の焼き色に、熔けたバターをたっぷりと染み込ませたトーストは、シンプルながらこの店の鉄板メニューである。
頂きます、ときちんと食膳の挨拶をしてから、スコールは火傷しないように指先でトーストを摘まむ。
小さな口で、はくり、と耳の部分を噛んで、もぐもぐとよく噛んでいる内に、蒼の瞳が驚いたように見開かれる。
それからは黙々と食べ進めるスコールに、これは気に入ってくれたな、とバッツは確信した。

スコールが食事をしている間、バッツは久しぶりに見た恋人の私服姿を眺める。
普段のスコールは、シャツやスキニーパンツ等を好んで着用する為、肌の露出が少ない。
それが今日は、シンプルながらに爽やかさを感じさせる白の薄手のカーディガンの下には、オフショルダーのトップス。
首回りがすっきりとしているので、いつも身に着けているシルバーのネックレスが、きらりとさり気無く持ち主の魅力を引き立てる。
ボトムはデニムのホットパンツと、足元はストリングサンダルで、やはりいつになく開放的だ。
────それが、「恋人にサプライズで会いに行くなら、可愛い格好していかなきゃ」と彼女を押した親友のコーディネートだと言う事を、バッツは知らない。


(こう言う格好も可愛いなあ。似合ってる)


物珍しさも合わさりながら、バッツは新鮮な気持ちで愛しい少女を見つめていた。
同時に、ふと、この魅力的な少女が一人で街を歩いていたのだと気付き、俄かに不安が浮かんで来る。


(こんなに可愛いんだもんな。ナンパされたりしてないよな?変な奴等に目をつけられたりとか)


スコールが魅力的な女性であることは、バッツにとって揺るがない事実だ。
そんなスコールが、普段のクールな装いとは全く違う服を着て、一人で街を歩いて来たなんて、余りにも危険ではないだろうか。
この辺りは治安の良い地区ではあるが、そんな場所でも不埒な輩はいるものだ。

途端にバッツはそわそわとしてきて、正面に座っているスコールにもその様子は見えていた。


「……何してるんだ、あんた。仕事が気になるなら、戻れば良いだろ」
「んぁ、いや、そう言う訳じゃないんだけど……」


呆れた表情を浮かべるスコールに、バッツは苦笑いを浮かべる。


「なあ、スコール。この後って、なんか予定あるの?」
「別に……一服しに来てみただけだし、食べ終わったら帰る」
「一人で?」
「当たり前だろ」


一人で来てるんだから、と言うスコールに、だよなあ、とバッツは頬杖をつく。
バッツはうーんと小さく唸り、


「じゃあ、特に用事もないならさ。おれの仕事が終わるまで、此処で待っててくれる?」


ねだる調子でそう言うと、スコールは眉根を寄せてバッツを見る。
いきなり何を言い出すのかと、意図が汲み取れずにいる様子の少女に、バッツは「だってスコール、すごい可愛いから」と言い掛けて、寸での所で飲み込んだ。
それを口にすればこそ、恥ずかしがり屋の彼女は、真っ赤になって今すぐ帰ると言い出すに違いない。


「えーと、まあ、おれもこのバイト終わったあとは暇だからさ」
「夕方のバイトがあるんじゃないのか」
「今日はない。夜は入ってるけど、それまで空いてるんだ。だから、家までお見送りでもさせてくれたら嬉しいな~って」


詰まる所、バッツは今のスコールに、一人で街を歩かせたくないのだ。
この店から彼女の家までは、電車も乗り継がなくてはならない筈だし、その間に彼女に何かあったらと思うと、バッツは気が気でならない。
愛しい彼女を護る為にも、本音は胸にしまっておいて、バッツはさり気無くスコールを送らせては貰えないかと提案した。

バッツの提案はスコールにとっては唐突なもので、どうして急にそんな事を言い出すのだろう、と言う表情を浮かべている。
しかし、両手に包んだコーヒーカップを見下ろすスコールの頬には、微かに朱色が滲んでいる。


「まあ……別に、やる事もないし。別に良いけど」
「ほんとか?」
「でも、あんたの仕事って何時までなんだ。店の邪魔をするのは良くないし、待つなら外で適当に待ってる」
「いや。いやいや、大丈夫だって、此処にいても。だよな、セシル!」


それでは意味がないのだと、バッツは助けを求めるように友人を呼んだ。
遠い席なので話の詳細は聞こえていなかったようで、セシルがことんと首を傾げる。
バッツは急ぎ足にカウンターへ近付いて、


「おれの勤務が終わるまで、スコールに此処にいて貰っても良いかな。送りたいんだ」
「ああ、成程。ふふ、心配してる訳だ」


バッツの申し出の理由を、此方は聡いもので、しっかり汲み取ってくれた。
頼むよ、と懇願するバッツに、セシルはやれやれと肩を竦める。


「良いよ、大丈夫。あと一時間くらいだしね」
「サンキュー、セシル。持つべきものは友達だ」
「調子が良いね。じゃあ、帰る時間までに、洗い物は頼むよ」
「うん」


セシルの言葉に頷いて、バッツはスコールのいるテーブルへと戻った。

スコールは、自分の所為で店に迷惑をかけていないかと、怪訝な表情を浮かべている。
バッツはそんなスコールに、にっかりと笑いかけた。


「大丈夫だってさ。だから此処にいてくれよ、スコール」
「……」
「外は暑いだろ?熱中症にでもなったら大変だしさ」
「……」
「な?」


お願い、と両手を合わせて見せれば、スコールは右へ左へと視線を彷徨わせた。
やがてその瞳は、もう半分程度しか残っていないコーヒーカップへと向けられて、


「……俺は、別に、どっちでも。あんたと一緒にいられるのは……嬉しい、し……」


そう言ったスコールの声は、終わりの方ほど、小さくなって行った。
じわじわと浮かんでいた頬の朱色も濃くなり、首元まで赤くなっているのがよく判る。

変なことを言った、とスコールは真っ赤な顔を俯かせた。
しかし、赤らんだ肌は幾らも隠せはしないし、テーブルの下では、彼女の長い足が忙しく身動ぎしているのが、時折サンダルの爪先がバッツの足先に当たる事で判ってしまった。
バッツは今すぐ目の前の恋人を抱き締めたかったが、流石に人前である。

バッツはテーブルから身を乗り出して、スコールの赤らんだ額にかかる前髪を上げて、其処に触れるだけのキスをした。
彼女がその感触の正体に気付いて顔を上げる前に、席を立って仕事に戻る。



カウンターに向かう足が浮かれている事には気付いていたが、どうしたって抑える事は難しかった。



『バツスコ』のリクと共に、通常スコとにょたスコと迷われていたので、今回は女体化で書かせて頂きました。

このスコールはツンデレするけどバッツの事が凄く好きなんだと思います。
バッツはそんなスコールの気持ちをしっかり理解しているので、スコールが可愛くて仕方がない。
守りたいし独占したいから、一人にするとか気が気じゃないんでしょうね。

[フリスコ]フリープランをご希望です

  • 2023/08/08 21:25
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



改めてデートなどと言われると、何をすれば良いのか、フリオニールは全く判らなかった。

フリオニールがスコールと恋人同士と言う関係になってから、早三ヵ月。
お互いに学業が忙しい上に、一人暮らしのアルバイターと、父子二人暮らしで家事の一切を引き受けている身であるから、存外と一緒に過ごす時間を自由には出来なかった。
一番ゆっくりと時間を共有できるのは、学校が終わった放課後の帰路くらいのものだ。
それもフリオニールはアルバイトで、スコールは教員に呼ばれて雑用を手伝わされることも多いので、回数も多くはない。
よくそんなので平気だなぁ、と言ったのはジタンだったか。
フリオニールとて平気な訳ではなく、もっとスコールと話が出来たら良いのにとは思うのだが、お互いにやらねばならない事を投げ出して私事を優先できない性格なものだから、仕方がないと諦め混じりと言うのが本音であった。

平日はそれで仕方がないとして、休日はどうなのだと聞かれると、あまり変わりはない。
苦学生なフリオニールにとって、アルバイトは日々の生活と勉強の為には欠かせないし、雇用主もそんな彼の内情を知っているから、規則を破らない程度に仕事日を多めに入れてくれている。
週に一度は休みを貰ってはいるものの、それ以外では閉店時間まで詰めているのが常だ。
その所為なのか、ただのアルバイトなのに、フロアのチーフリーダーよりも店の事に詳しくなってしまった。
お陰で助かってるよ、と給料を少しばかり上乗せしてくれるのは有り難いもので、フリオニールは恩返しの気持ちも込めて、出られる日にはなるべく応えようと思っている。

スコールの方はと言うと、フリオニールに比べれば時間の自由は利く方だった。
だからと時間に余裕があるとは言い難く、家事を熟して、勉強をして、更に将来に向けた資格試験の勉強もしているので、これが中々時間を占領してくれる。
フリオニールには聞いた事もないような、専門的な国家資格を取得するつもりらしく、毎年実施されるその試験の合格者は、全体の10%を切ると言う難関だ。
まだ高校生のスコールは、認定試験を受ける事は出来ないが、今からでも学んで置かなければ足りない、と言う程だとか。
目の前の日々を生きる事で精一杯のフリオニールには、とても出来ない事だ。
だから彼もとても忙しい身な訳で、フリオニールはそんなスコールを邪魔したくないと思っている。

お互いがお互いの事情を知っている上で、迷惑はかけたくない、と一歩を踏み込む事を躊躇するのが、フリオニールとスコールだった。
それで当人たちは良いと思っているのだが、周りの方がそれを黙って見ていられなかった。
そう広くはない交流関係の中から、じれったい、と言い出した面々が、フリオニールの知らぬ間に、あれよあれよとお膳立てをしてくれたのだ。
よく気の回る友人達のお陰で、スコールの方のスケジュールもいつの間にやら押さえられ、二人のデート日が決まったのであった。

そして日々は恙なく回り、デートの日がやって来る。
フリオニールは、不格好にならない程度を意識した私服で、待ち合わせの駅前広場に来ていた。
人の往来の多い真ん中で、賑々しさに少し落ち着かない気分になりながら、待ち人を探して辺りを見回す。


(スコールの事だから、10分前には来ると思うけど。そろそろかな)


時刻は、午前10時前。
生真面目な性格のあるスコールだから、予定された時刻よりも早くに来るのは想像に難くない。
もしも遅れるような事があれば、必ず何か連絡がある筈だ。

なんとなくそわそわとした気持ちが沸いて来て、フリオニールの踵がコツコツと地面を鳴らす。
緊張しているのだろうか、と自問して、そうだな、と納得した。


(こんなの、初めてだ。何を話せば、何をすれば良いのかも、よく判らないし)


二人が恋仲になってから、放課後以外で一緒に過ごすのは、これが初めての事だ。
そんな機会が訪れるとも思っていなかった所があるから、少しの戸惑いもある。
けれども、きっと自分では中々用意しようともしなかっただろう貴重な時間だから、出来れば大事にしたいと思う。

ただ、どうすれば大事にした事になるのか、これから来るであろうスコールに楽しい思いをさせる事が出来るのかが判らない。
場所は都心の真ん中、若者の街と呼ばれる区域だから、何処で何をするにも選択肢は多い筈だ。
しかし、元よりそう言うものに特別惹かれる性質でもなければ、興味を持って情報を追う事もしないので、何処に何の店があるのかも知らなかった。
スコールが楽しんでくれたら、とは思うものの、では何をすれば良いかと言う、具体的な所は全く浮かばないのだ。
昨日のうちにもう少し調べておけば良かったな、と遅蒔きに反省する。

そんな事を考えている所に、背にした街路樹の向こうから、聞き慣れた声。


「フリオニール」
「ああ、スコール。おはよう」
「……ん」


待ち侘びていた恋人の到着に、フリオニールの頬は自然と綻んだ。
高い位置へと上り行く太陽の光を受けて笑むフリオニールに、スコールは小さく頷いて隣に並ぶ。


「遅くなった」
「そんな事ないだろ。時間より早いし」
「あんたは俺より早く来てる。もっと早く来れば良かった」
「俺は、やる事がなかったからさ。この辺りもあまり来た事がなかったから、迷って待ち合わせに遅れでもしたら悪いなと思って」


待たせたことを詫びるスコールを宥めながら、実の所は、家でじっと時間を待っているのが落ち着かなかっただけなのだ。
初めてのデートと言う事実に、どうにも心臓が跳ねるから、誤魔化すような気持ちで家を出た。
道中もずっと心は落ち着かなくて、何をしよう、何処に行こうと考えていたのだが、結局、今の今まで何もスケジュールは固まっていない。

ええと、とフリオニールは頬を掻きながら、久しぶりに目にした私服姿のスコールを見る。
学校の制服は、上から下までいつもきっちりと着こなすスコールだが、私服はもう少しラフだった。
羽織った薄手のジャケットの前は開けており、首元には銀色のリングを通したネックレスが光っている。
ダメージジーンズなんて穿くんだな、と学校での真面目な印象とはまた違う服装に、なんでも着こなすよなあ、とフリオニールは思った。

頭のてっぺんから爪先まで、しげしげと眺めていたフリオニールに、スコールはことりと首を傾げる。
その眉間に皺が寄って、「なんだよ」と言う気持ちが目に出ているのを見付け、フリオニールははっと我に返った。


「す、すまない。スコールの私服ってあまり見ないから、ちょっと、新鮮で」
「……」


フリオニールの言葉に、スコールは自分の格好を見た。
眉間の皺が一層深くなり、心持ち拗ねたように唇が尖り、


「……おかしいか」
「いや、全然。よく似合ってる」


スコールの小さな呟きに、フリオニールは首を横に振った。
真っ直ぐに正直な感想を伝えれば、スコールの白い頬に朱色が上って、それを隠すように視線が逸らされる。

横を向いたスコールの耳には、小さなピアスが光っている。
学校では校則がある為に身に着けていないが、其処に小さな穴が開いている事は、フリオニールも知っていた。
触れると柔い耳朶を飾る銀が、スコールの耳の赤みをより強調しているように見えた。
それを見ていると、なんとなくフリオニールも照れのようなものが沸いて来て、熱を感じる頬を誤魔化すように指で掻く。

────さて、いつまでも待ち合わせ場所に留まっていても仕方がない。
折角だから何処かに出掛けるのが良いとは思うが、フリオニールには何も当てがなかった。


「なあ、スコールは何処か行きたい所とかあるか?」
「……行きたい所?」


訊ねるフリオニールに、スコールが鸚鵡返しにして首を傾げる。


「その、何処に行こうかって色々考えはしたんだけど、俺、この辺りのことはよく知らないから、何があるのかも判らなくて。スコールに何かやりたい事があるなら、それをしようかなと思って」
「……俺もこの辺りのことはあまり知らない」
「そうなのか。ティーダやジタンと、よく一緒に遊びに来てるのかと」
「来るのは来るけど。何がしたいとか、何処に何があるとかは、いつもあいつらに任せてたから」


スコールの返答に、成程、とフリオニールは思った。

この地域は若者向けの店が沢山集まっているから、ティーダやジタンのように、賑やかし事が好きな友人達は、頻繁に足を運んでいる。
テレビや雑誌で紹介された人気の店や、流行のアンテナショップ等、彼等の好奇心を擽るものは多いに違いない。
スコールもよくそれに連れ出されているのだが、彼自身はあまりそう言った事には興味がないから、あくまで友人の付き合いと言う感覚なのだ。
だから行った店の細かな詳細などは覚えていないのだろう。

となると、どうしようか。
腕を組んでうーんと考え込むフリオニールを、スコールが見詰めていると、ふと携帯電話のマナーモードが震える音が聞こえた。
スコールはジャケットのポケットに手を当てるが、其処にある携帯電話は静かにしている。
となると、この音の発信源は、


「フリオ。携帯が鳴ってる」
「本当だ。ティーダからメール?」


なんだろう、とフリオニールが通知欄からメールを開くと、『デートプランその①!』と言うタイトルがあった。
面食らった気持ちで、赤い瞳をぱちりと瞬かせるフリオニールに、スコールが訝しむ表情を浮かべる。


(……オススメの情報、なのか?)


メッセージ欄には、昼食に使えそうなファストフード店や、ランチ営業のある店の情報が連ねられている。
飲食が出来る場所の他にも、最新機器を導入した体験型アトラクションが遊べる場所や、デートスポットに最適と言う川沿いの広場などが綴られていた。
添付されたアドレスを開けば、マップアプリで店の位置情報が表示されるのを見て、フリオニールは友人が「参考にするっスよ!」と親指を立てているのを聞いた気がした。
更に続け様に着信が鳴り、今度はジタンから、大まかな時間割りまで添えて、今日一日の過ごし方が提案されている。

気が利くと言うか、何と言うか────タイミングの良さに、フリオニールは眉尻を下げつつ感心する。
その様子をずっと見つめていたスコールに、フリオニールは携帯電話の液晶画面を見せた。


「ティーダとジタンから、これが来たんだけど」
「……」
「何処か行ってみるか?スコール」


友人たちの情報は有り難いと思いつつも、あくまでフリオニールはスコールの希望を優先したかった。
この提案の中から、スコールの琴線に触れたものがあれば、其処に行くのも良い。
もっと違う場所が良いなら、それも全く構わなかった。

が、スコールはメール画面をじいっと睨み、眉間に深い皺を刻んでいる。
あまり好きな所はないのかな、とフリオニールが思っていると、スコールはきょろきょろと辺りを見回した。
どうしたのかと見ていると、スコールは突然にがしっとフリオニールの手を掴んで、人混みの多い方へと歩き出す。


「スコール?」
「お節介なんだ、あいつら」


手を引かれながら名を呼べば、スコールは苦々しそうに呟いて、


「どっちもタイミングが良すぎるだろう。絶対何処かで見てるんだ」
「そうなのか?」
「二人一緒にあんたにメールを寄越してくるなんて、そうに決まってる」


スコールにとって、それはほぼ確定したことらしい。
彼の言葉に、フリオニールも確かにと納得していた。

スクランブル交差点の人混みの真ん中に入って、信号が変わるのを待つ。
此処は四方八方から人が行き交う場所だから、紛れてしまうのなら此処が一番だろう。


「あいつらを撒く」


見られているのは嫌だ、とスコールの目がありありと語っている。
何せ、今日は久しぶりどころか初めての、恋人と二人きりのデートの日なのだ。
今日の日取りを押さえてくれた友人達の気遣いと、邪魔をする気はないが心配だと言う心遣いは少なからず感謝はするが、見られていると悟って平静としていられる度胸をスコールは持ち合わせていない。
どうせならもっと上手くやれと思いつつ、信号が切り替わって直ぐに、スコールはフリオニールの手を引いて歩き出した。

フリオニールはスコールについて歩きながら、ちらりと後ろを振り返ってみる。
待ち合わせにしていた広場の方に、如何にもなサングラスと、帽子を被った金髪の少年が二人。
しっかりとそれと目を合わせると、誤魔化すようにささっと視線が外されて、逆に確信させて貰った。

サングラスをしていた方───ジタンがそうっと此方を伺ったのが見えたので、フリオニールは詫びと感謝の気持ちで眉尻を下げて笑った。
それを見たジタンが、サングラスを外してひらりと手を上げてくれたから、これでもう大丈夫だろうと理解する。
空気を読む事に長けた二人の友人は、後のことはもう判ってくれている筈だ。

信号を渡り切って、スコールは一つ息を吐きつつも、まだ警戒するように辺りを見回している。
そんなスコールの手を、フリオニールは強く握りし返した。
はっとした表情で此方を見上げたスコールに、フリオニールは柔い笑みを浮かべ、


「大丈夫だ、スコール。行こう」


そう言って、今度はフリオニールがスコールの手を引く。
しっかりと握られた自分の右手を見て、スコールの顔が赤くなったことを、フリオニールは知らない。



『フリスコ』のリクエストを頂きました。

どっちもデート慣れしてなさそうだなと思ったので、見守られている二人です。
でも見守られていると分かって堂々過ごせる訳もないので、友人達に感謝はあるけど、恥ずかしいので逃げたいスコールと、それに応えるフリオニールでした。
ジタンとティーダの如何にもな変装(と言う程でもない)は、割と見付かること前提なのではないだろうか。
大丈夫だと思ったら引き上げるつもりはあったんだと思います。友人たちの事は心配しつつも理解しているので。

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