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User: k_ryuto

[サイスコ]AM0:00のその時に

  • 2023/12/22 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



何度目の熱の交わりになるか、もう数えることもバカバカしくなる。
若い体でその解放感と心地良さを覚えてしまえば、忘れてしまうことなど出来なくて、まるで盛りのついた犬猫のように求めてしまう。
任務を終えて帰った日は尚更で、相手が不在であれば仕方がないと自己処理するしかないが、いるのであれば必然的に足が向いた。

日が落ちるのも早いこの時期、夕刻など一時程度しかないから、船がバラム島に着いた時には、もうとっぷりと夜は更けていた。
諸々の確認を終えて、同行したSeeD達に解散を言い渡すと、彼等は足早に港を離れて行った。
トラビア大陸で味わう寒波に比べればマシだと言っても、港は海風が皮膚に痛い。
レンタカー屋まで歩いて行くのも面倒で、もう帰るのは明日で良いかと、スコールはホテルで一泊明かそうと決めた。
愛剣を納めたケースをいやに重く感じる位には、疲労があったのは確かだ。

そんな折に、ホテルの前でばったりと逢った。
対の傷を抱いた金髪のその男も、自分と殆ど同じタイミングで、バラムステーションに帰って来た所らしい。
ガルバディア大陸西部のウィルバーン丘陵で魔物退治に勤しんでいた彼は、大陸横断鉄道に長いこと揺られて、存外と疲れた顔をしていた。
ホテルに来たのも、街からガーデンへの帰路が面倒臭かった、と言うスコールと全く同じもの。

宿で見知った顔と出くわしたなら、金銭的な所に重きを置いて、二人部屋を取るのは然程不自然ではないだろう。
それを提案したのはサイファーの方で、スコールも別に構わないと言った。
────それを認めた理由については、億尾にも出したつもりはなかったが、きっとサイファーは判っていた。
判っていたし、きっとスコールと同じだったから、彼もそんな提案をして来たのだ。
本当にゆっくり眠って朝を迎えたいなら、こんな事を言い出す事もないだろうから。

そうして渡されたキー番号の部屋に入って、すぐにベッドに縺れ込んだ。
お互いに厄介な魔物を相手に戦って、終わって直ぐに帰路の足へと移ったから、体の熱を持て余している。
とにかく発散しないと碌に眠れる気がしなかったし、何より、燻るものが目の前の存在を求めていた。
窓の向こうの寒さも、そこから滑り込んで来る冷気も、何もかもを忘れるように、汗だくになって絡み合う。
動物の方がもっと慎み深いかも知れない。
だとすれば此処にいるのはケダモノ二匹か、とそんな取り止めのない思考は、繋がり合った瞬間に綺麗に熔けて消えて行った。

自分と対の傷のある額に、粒の雫が伝い流れていくのを見ていた。
おもむろに手を伸ばして其処に触れ、しっかりした掘りのある作りをした目元を辿り、頬へと滑らせる。
翠色の宝石が微かに笑ったのが判った。
頬から滑る手は首へと周り、もう片方の腕も同じように回してやると、背中に触れていた腕に抱き寄せられる。
支えられながら、ベッドに沈めていた上体を久しぶりに起こし、深く深く口付けた。


「ん……、ふ、んん……」


絡み合う舌が音を立てて、耳の奥で響いている。
その度に繋がった場所が熱を滲ませて、其処に入ったままのものを締め付けていた。
足元がシーツを滑り、逃げを打ったつもりもないが、捕まえようとするように腰を押し付けられるものだから、深くなる繋がりに喉奥で喘ぐ。

たっぷりと唾液を交換し合って、ようやく唇を離した。
が、今度は相手の方からやって来て、下唇を食むように吸われる。


「んん……っ!」


ぢゅ、と啜られるのが判って、ひくっと肩が震えた。
濡らした其処を次はゆっくりと舌が舐めて行き、ああ、とあえかな声が漏れる。

ようやっと唇の戯れが終わって、持ち上げていたスコールの頭がベッドに落ちた。
背中を支えていた腕が解け、きしりとスプリングが小さく音を立てる。


「っは……はぁ……あ……」
「……えらく熱烈じゃねえか」


足りなくなった酸素を補給しているスコールに、覆い被さる男が楽しそうに言った。
スコールが薄く目を開ければ、まだケダモノの情欲を宿した翠が其処にある。

ふう、とようやく呼吸を整えてスコールは言った。


「……にじゅうに……」
「ん?」
「……に、なったから……」


熱に浮かされて拙い舌遣いのスコールの言葉に、サイファーは少しばかり眉根を寄せる。
それから数秒、間を置いてから、ああ、と理解した。


「22日、ね」


12月22日、それが今日の日付。
二つ並んだベッドの間に置かれた、ラジオ付きのデジタル時計は、つい今しがたその日を迎えた事を示している。
それを認識して、サイファーもスコールの行動の理由を察した。


「プレゼントか」
「……さあ」
「もっとくれよ」
「……やだ」


視線を外して素っ気ない反応をするスコールに、サイファーがくつくつと笑う。
態度ばかりは冷たくても、見下ろす其処にある顔は、分かり易く赤らんでいる。
その赤らみの理由が、自分の行動なのか、今もまだ共有している熱なのかは曖昧であったが、サイファーにしてみればどちらでも良いことだ。

繋がっている場所をぐっと押し付けてやると、びくっと細身の躰が跳ねた。
紅い目元がじろりと睨むが、サイファーは構わずに、スコールの目尻にキスをする。


「良いだろ、折角の俺の誕生日だ。サービスしろよ」
「もうした」
「足りねえ」
「っ……擦るな、バカ……!」


もうこれ以上につけるサービスなんてあるものか、とスコールはサイファーに言った。
体も熱も繋げ合って、口付けだって今晩だけで何回したか判らない。
その癖、夜はまだまだ長くて、中にあるものが一向に大人しくならないことも判っているから、これ以上なんてしたら体が持たない。
何より、自分らしくもないことをした自覚があるものだから、同じ事を何度もしろと言われても、土台無理な話なのだ。

サイファーだってそんな事は判っているのに───判っているから、まだ足りない、と彼は言う。


「普段は俺が山ほどしてやってるだろ」
「別にしろって言ってない……」
「嬉しい癖に」


サイファーの言葉に、スコールは首を横に振る。
どうやっても素直になれない恋人に、サイファーは悪戯心が膨らんだ。


「恋人の誕生日に、一番に祝ってくれるなんて、嬉しいもんだぜ」
「じゃあもう十分だろ」
「ヤってる間、ずっと時計気にしてたのか?」
「別に」
「そうでなきゃ、こんなタイミングで出来る訳ねえだろ」
「……偶々目に入っただけだ」
「でも意識してたんだろ」
「……してない」


どうやっても口では認めたくないスコールに、サイファーは軽く腰を揺すった。
中にあるものがスコールの柔らかく濡れた所を弄って、ビクンッと判り易く跳ねる。


「知ってるか。キスしながら中擦ると、お前良い顔するんだぜ」
「このっ」


悪い顔をして耳元で囁いたサイファーに、スコールの右手が出る。
が、サイファーにしてみれば判り切っていた事だし、何より、この状態でスコールが本気の一撃を出せる訳もない。

難無く手首を捕まえて、ベッドシーツに押し付けながら、覆い被さって唇を重ねる。
繋がっている所の角度が変わって、くぐもった悲鳴が短く零れた。
咥内で戦慄いていた舌を捉えて、ちゅる、と音を立てて啜ると、中の肉が切なげに締め付けて来る。
滾るものがどくどくと集まって来るのを感じながら、サイファーはスコールの咥内をたっぷりと味わった。


「んむ、ぁ……は、んぁ……っ!」


スコールの自由な片手は、抗議にサイファーの肩を叩いていたが、長い口付けに段々とその意欲も失う。
薄く開いた瞼の隙間に覗く蒼灰色は、さっきまで浮かべていた羞恥心も忘れて、とろりと飴のように溶けている。
此処も舐めたら甘そうだなと、サイファーはこっそりと思いながら、絡めた舌を外へと誘いながら、ゆっくりと恋人の呼吸を解放した。

はあっ、と熱の籠った吐息が零れ、二人の唇を細い銀糸が繋ぐ。
それが切れてしまうかと思った時、サイファーの頬に白い手が添えられ、またスコールから口付けが贈られた。


「ん、ちゅ、んぷ……」
「ふ……ん、ん……っ」
「うんっ……!ん、は……サ、イファー……っ」


呼吸の為に一時離れれば、耳心地の良い声が男の名を呼ぶ。
呼ばれた男は嬉しそうに口元を弧に歪ませて、それに応えるように、何度目かの熱の交わりに没頭して行く。

そう言えば、祝いの言葉がなかったなと二人それぞれに気付くのは、昼も過ぎてのことであった。



12月22日ということで、サイファー誕生日おめでとう!
しっぽりいちゃいちゃしながら祝いの日を迎えて貰いました。
完全に二人揃って朝帰りコースでしょうね。一緒に泊まっちゃってるんだから。

[16/バルクラ]朝の戯れ



クライヴが緩やかに微睡みながら目を開けると、ブラインドの隙間から差し込む光が目元に当たった。
瞼の向こう側に透けていた光を直に見て、乾いた眼球が隠れろと訴える。
その命令はなんとも惰性の心地良さを誘うが、さりとて身を任せる訳にも行かなかった。

少年の頃はとかく模範的である事に努力していた所為か、今でもその癖は抜けない。
余程の疲れがあれば別だが、決まった時間に目を覚ますのは、体が記憶したバイオリズムであった。
しかし昨日は、その“余程の疲れ”があった日なので、時計を見れば午前八時を越えている。
ああやってしまったと思った所で、今日の予定は特段急ぐものもない訳で、それを思えば惰眠を貪っていても良かったのだろうが、目が覚めた以上は起きなければ。
腹も減っている訳だし、二度寝をしたとて、どうせ胃袋が鳴いて起きる羽目になるだろう。
栄養を摂ればもう少し目も覚める筈だと、ベッドから抜け出す決意をした。

────筈なのに、その行動を起こし始めてから約十分、クライヴは未だベッドの中にいる。

クライヴは、起き上がってはいるものの、半身はまだシーツの中に埋もれていた。
腰にまとわりついているものが、どうやっても重い。
あからさまにクライヴの起床を阻害しているそれは、振り払おうと思えば出来る筈だが、案外とそれに多大な労力を必要とすることを知っている。
その労力を使うには、まだ頭が目覚め切っていなかったから、まあ良いかとそれが自然と外れるのをのんびりと待ちながら、聊か遅い朝食メニューについて考えていた。

……のだが、既にメニューは決まり(そもそも然程選ぶ幅もない)、時間が経つに連れて、脳もしっかりと覚醒して来た。
流石にこれ以上の引き延ばしは、時間の無駄にしかならないだろう。
何より、まとわりつくものの持ち主は、恐らく、きっと、起きている。
振り払われないことを良いことに、存外と図太い神経で今の状態を続けていることを、クライヴは経験から学んでいた。


「……バルナバス」


寝床からの脱皮を引き留める者の名を呼ぶが、返事はない。
代わりに腰を捕まえる太い腕に、分かり易く力が籠ったのを感じた。


「そろそろ離せ。朝飯を作るから」
「……必要ない」


興味がない、と言わんばかりに、平坦な声が返って来た。
それと一緒に背中の腰のあたりに触れるのは、微かな吐息と、髭の感触。

やっぱり起きてるじゃないかと呆れつつ、クライヴは「そう言う訳にはいかない」と反論した。


「あんたはただでさえ飯を食わないんだ。朝食は一日のエネルギーだぞ」
「摂らなくとも問題はない」
「駄目だ。あんたにちゃんと人間らしい生活をさせるという条件で、あんたの秘書から目溢しされてるようなものなんだから」


言いながらクライヴは、腰を捕まえる腕に触れた。
離れろ、と案外と太い骨の感触のある手首を握ると、抗議のようにまた力が籠ったが、遠慮せずに抓ってやれば渋々に離れて行った。

やっと自由になった体をベッドから下ろし、クライヴは床に落ちている服を拾う。
体を包んでいた布地と、密着していた体温がなくなった所為で、朝の冷え込みに冴えた空気が、一段と冷たく感じられた。
それから身を守る為に手早く着換えを済ませ、ベッドに部屋の主を残して、寝室を後にした。

独り暮らしで使うには余る広さの2LDKは、質の良い家具こそ揃えられているが、あまり使われた形跡がない。
と言うのも、この部屋の主───今はベッドの主───が滅多に帰って来ないものだから、生活臭と言うのが碌に染み付かないのである。
その傍らハウスキーパーは定期的に出入りして行くので、埃も塵も見付からなくて、尚更人が過ごしている気配がなかった。
稀に帰ってきたとて、使うのはシャワーと寝室くらいのもので、生活の営みの中心とも言えるキッチンなんて、それこそ稀に飲むワインを楽しんだ後くらいしか使わない。
その話を聞いた時、朝飯はどうしているんだとクライヴが聞いたら、「食べない」と言う答えが帰って来て、呆れたものだった。
多忙であるが故に偏った生活スタイルになるのは止むを得ないとしても、せめてもう少し体を鑑みた食生活は考えるべきだ。
平時、雇用主の意向には余計な感情を挟まない有能な秘書が、眉尻を下げて閉口する訳だ、とクライヴは思った。

そんなバルナバスの仕事はと言うと、新進気鋭と名高い、大手企業の社長である。
一代で企業から頂点まで上り詰めたと名高い彼と、ただのしがないサラリーマンであるクライヴが、朝露を共にするような間柄になったのはどういう訳だか。
クライヴは未だに疑問が尽きないが、ごくごく簡素に言ってしまえば、“見初められた”と言うのか。
共通の知り合いを介して顔を合わせたのは仕事の時で、プロジェクトを進めている内に、多少なりと身内話をするような間柄になった。
それから閨まで共に過ごす事になったのは、クライヴにしてみれば酒に酔った弾みのことだったが、どうやら向こうはそうではなかったらしい。
無表情とばかり思っていた顔が、いやに真摯な目をして真っ直ぐに近付いて来るのを、素面で押し返す事が出来なかった。
流された、と思わないでもないが、存外とその腕に包まれていると居心地が良い。
まあ良いか───などと言い方をすると随分と不誠実な気がしたが、さりとて悪感情がないのも事実。
何故かすべてを知っていた秘書(多分、雇用主から直に説明でもあったのではないかと思う。そう言う男だ)からは、「貴方に悪意はないでしょうから」とあっさりとしたものだった。
秘書にとっては雇用主である男の意思が重要で、クライヴがどう思うか、倫理的、道徳的、常識的な話だとかは、どうでも良いことと言い切った位だ。
秘書の言葉については、此方の人間性を信頼して貰っているものとして受け取って、こうしてクライヴとバルナバスの関係は、カテゴリーとして『恋人同士』と言うものに納まったのであった。

とは言え、甘い甘い恋人生活と言うほど、二人の生活は密接してはいない。
社長として国内外問わずに顔を使うバルナバスは勿論のこと、クライヴもサラリーマンとして、相応に忙しい日々を送っている。
こうして閨を共に過ごすのは、週に一度もあれば十分で、後は偶に夜にかかってくる電話くらいのもの。
それもバルナバスが海外にいれば、時差を慮ってかないことも多く、傍目に見れば二人の関係は酷く淡白にも見えただろう。
実際、こんなものか、とクライヴも付き合い始めの初期は思ったものだった。

────だから、と言うと聊か話が飛ぶ気もするが、そんな反動のように、週に一度の逢瀬の夜は濃いものになる。
今日のクライヴが平時に比べて遅くに目が覚めたのも、そのお陰であった。

週に一度とは言え、クライヴが泊まり、その翌日には朝食を作るので、キッチンも少しばかり生活感が出て来た。
まるでモデルルームのように水気もなく綺麗だったシンクには、三角コーナーが置かれ、壁には調理器具がかけられ、引き出しを開ければピーラーやら菜箸やら。
大きいばかりで中身がないも同然だった冷蔵庫は、昨日の夜に買って帰った食材が入っている。
野菜はカットされたもの、ドレッシングや調味料は使い切りのポーションタイプ、卵は三つ入りのパック。
牛乳は500mlでも朝食だけでは余ってしまうものだから、200mlをふたつ買うようになった。
水垢もないキッチンを使うことに、初めこそ良いのだろうかと躊躇ったクライヴであったが、流石にもう慣れた。
綺麗に使うことは心掛けつつも、勝手知ったる台所と、コンロも電子レンジも使い分け、てきぱきと朝食を整えて行った。

ダイニングテーブルに二人分の朝食が揃った所で、クライヴの視線は寝室のドアへと向かう。


(さて……まだ出て来そうにないな)


仕様がない、と存外と手のかかる社長様の為、クライヴは寝室へ戻った。

案の定、バルナバスはまだベッドの中にいる。
外では完璧を体現したような男が、プライベートがそれなりに寝汚いことを知る者は少ない。
色々知ったら幻滅するかも知れんぞ、とクライヴに言ったのは、バルナバスとも付き合いが長い上司だ。
その言葉の通り、まさかこんな人間だったとは、と思った事は幾つもあるのだが、不思議と愛想は尽きていない。


「バルナバス、起きてるだろう」
「……」
「朝飯が出来たから、ちゃんと食べろ」


ベッドに近付きながら声をかけてみるが、返事はない。
低血圧が酷いことは知っているから、朝のエンジンがかからないのはいつもの事だ。

ベッドの端に片手をついて、クライヴはシーツの波に埋もれている男の顔を覗いてみる。
眉間に癖のように強い皺が寄っているのを見て、起きているな、と確信した。


「バルナバス」
「……」
「あんたに起きて貰わないと、俺がスレイプニルに怒られるんだが?」
「……好きに言わせておけ」
「あんたはそれで良いだろうけど」


バルナバスにとっては、秘書から偶に貰う小言程度なのだろうが、クライヴにとってはそうではない。
別段、彼とクライヴの仲が悪い訳ではないのだが、秘書はあくまで社長の味方である。
クライヴの所為でバルナバスが堕落しようものなら、勿論それはクライヴの所為であり、排除すべきと断ずるだろう。
流石にそれで恋人との仲を引き裂かれるのは悲しいもので、クライヴはそれなりに、周囲とは穏健な関係を育んでおきべきであると思っている。

その為にも、取り敢えず、バルナバスには起きて食事をして貰わなければならない。
「恋人の手作りなら、あの人も少しは食べますかね」等と真剣な顔で言っていた秘書にとって、これは割と真面目な問題であるらしい。
週に一度程度のことでも、重ねて行けば、バルナバスの食事への意識が改善されるのでは、と。
それに応じてと言う訳ではないが、ともあれ案外と年嵩であるバルナバスの健康管理は大事なことだから、クライヴもこうして食事を用意している訳だ。

しかし、当人に全く起きる気がないのではどうしようもない。
かと言って、折角作った朝食を無駄にしたくはないもので、さてどうやって食わせようかと考えていると、ぬっと太い腕が伸びて来た。
無造作に胸倉を掴んだそれにぐいっと引っ張られて、上体を落としたと思ったら、唇が塞がれる。
ぬるりとしたものが咥内に入って来て、ぞくりと首の後ろに官能の兆しが奔った。


「っ……こら、おい」
「来い」
「んむ……っ!」


唇が離れた一瞬、抗議するクライヴだが、今度は頭を掴まれた。
捕えた獲物を逃がすまいと籠る力に、クライヴは眉根を寄せながらも、舌をなぞられる感触に、くぐもった吐息が漏れる。


「む……ん、ん……っ」


昨日も散々したのに、と地味に痛みを訴える腰があることを、この男は知っているだろうか。
知った所で、きっと大して気にはしないのだろうと思いながら、ベッドの中へと連れ戻される。

ああくそ、とクライヴは心中に吐きながら、すぐ其処にある顔を両の手で包み込み、口付けをより深くする。
此方から舌を絡めてやれば、満足そうに厚みのある手がクライヴの頬を滑った。
ちゅくちゅくと耳の奥で鳴る音に、昨夜もずっと感じていた熱の重みが腹の中で目覚めるのを感じる。

────が、そこまでだ。


「っは……、は……」


クライヴは強い理性でもって、繋いでいた唇を離した。
舌と舌の間を唾液が糸になって引き、ぷつりと切れる。


「……続きは後だ、バルナバス」


とにかくノルマは済ませろと、睨むように至近距離で言って、クライヴは頭を抱える手を解かせた。
その手は今一度獲物を捕まえようと伸ばされるが、すいと避けてベッドを逃れる。

速足に寝室を出たクライヴを見送って、バルナバスはようやく起き上がったのだった。



バルクラを書いてみた。
クライヴにしてみればバルナバスに振り回されている気分だけど、バルナバスの方もクライヴに結構翻弄されている感じ。
大体自分の好きにさせてるクライヴが、急に反撃してきてびっくりする(顔は無表情)バルナバスはありなんじゃないかと思いました。

後でちゃんと抱き潰されると思います。

[16/シドクラ]熱に隠したこころの



情に厚いと言うよりかは、情に深いと言う人間なのだと思う。
そうでなければ、道端で斃れている見ず知らずの男を拾い、甲斐甲斐しく面倒を看ることもあるまい。
言えば当人からは「厄介と天秤にかけただけさ」と言うが、それでも大抵の人間は、自らが落ち者を拾って帰りはしないだろう。
精々、警察に電話をするだとか、アパートの大家や管理会社に連絡するとか、その程度だ。
わざわざ自分から面倒を背負い込むようなことをして、それについては“厄介”には入らない辺り、世話好きと言うか、人好きと言うか。

彼に拾われ、半ば強引に会社を其処へ転職させられると、いよいよその世話焼きは本領を発揮した。
元より、彼の会社で働く人々が、そう言った面倒見から端を発する、拾われ者の集まりである事を知る。
古株の面々は、彼が独立する以前からの付き合いだと言うが、そんな人々から見ても、彼は本当に“なんでも”拾って来たのだとか。
故にこそ彼は腕も頭もその人格も信頼され、社員からは須く尊敬を向けられている。

そんな彼が一等に愛を注ぐのは、血の繋がらない一人娘であった。
どう言った経緯かクライヴは聞いた事がない───可惜に踏み込んで良いとも思えないので───のだが、この親子は血の繋がり以上に強い絆で結ばれている。
存外とスキンシップが好きなのは父子揃ってのことで、今は離れて暮らしている所為か、偶に遭うとハグやキスは見慣れた光景だ。
娘は大学生で、異性親には色々と感ずるものも多い年頃だと人は言うが、お互いに気質が似ているのと、よくよく見ると父親の方がきちんと節度を取っているからか、二人は本当に仲が良い。
それはクライヴにとって少々羨ましくもある程で、どちらも真っ直ぐに愛情を向けあう姿は、見ていて微笑ましくなるものだった。

シドのそうした一面は、一年近くを同じ空間で過ごしたクライヴにも、よく分かっていることだ。
私生活が崩壊を通り越して黒塗りされていた自分を、見ていられないからと言うような理由で、現状の生活に至るまで面倒を看た。
時折、呆れた顔をしながらも、決してクライヴの考え方や感じ方を否定せず、広い懐で受け止めてくれた彼の情の深さは、パートナーと言う関係になると尚更、よく見える。
閨に感じる耳心地の良い声であったり、ゆったりと触れる手のひらだったり、眦や口端に浮かぶ皺の数であったり。
ひとつひとつはごく些細なものだが、それでも意識の中に積み重ねられて行けば、そう言ったものにこそ彼の言動の意味が汲み取れるようになる。
そう言った、あからさまにならない中で、少しずつ滲む愛情が、クライヴを安心させていた。

────のだが。

今日は馴染の面子と飲む約束がある、と聞いていた。
当人のシドと、会社の最古参メンバーであるオットーと、今は競争相手にもなった元同僚(今は同じ社長業らしく、シドは元はと言えばそこから独立したそうな)と、久しぶりの会食だったとか。
シドにしろオットーにしろ、そして其処に加わる人間にしろ、毎日を多忙にしているから、こうやってそれぞれの都合がついたのは、随分と久しぶりのことらしい。
人とコミュニケーションをするのが好きな男が、案外とそれを楽しみにしているのが見て取れた。

だから多分、良い酒を飲んだのだろうと思う。
其処で交わされる会話や委細を、クライヴが知る由はないが、少なくとも帰って来た彼の機嫌は良かった。
千鳥足と言うことはなかったが、顔が細やかながら紅い所や、笑った顔が常より二割増しに柔く見えた。
肩の力が抜けている、と言うのも見て分かったから、楽しかったのだろうな、とクライヴは思った。


(────だからって、どうしてこうなってる?)


玄関とリビングを繋ぐ廊下の真ん中で、寄り掛かるようにして抱き締める男の腕の中で、クライヴは呆けた顔で疑問を呈す。
呈すが、口にも出ないそれに答えを寄越してくれる者はなく、その疑問の出所はと言うと、さっきからずっと、クライヴを抱き締めてあやすように頭を撫でたり、背中を叩いたりしている。

シドが帰って来たのはつい先程のことで、時刻は日付が変わる前。
タクシーで帰って来たのであろう彼をクライヴが出迎えたのは、偶々風呂を上がった所だったからだ。
玄関で丁度靴を脱いでいる所を迎えて、「お帰り」と声をかければ、「おう、ただいま」といつもの挨拶があった。
それから、風呂を奨めるか、でも飲んでるなら危ないかな、と思った数秒の間に、抱き込まれてしまった。
前触れもなかったその出来事に、クライヴは混乱も混じって立ち尽くすしかない。

そんな状態になってから、一分は経っただろうか。
クライヴの頭はようやくの再起動がかかり、寄り掛かってくる男が存外と酒臭いことを感じ取る。


「おい、酔っ払い」
「なんだ?」
「……大分気分が良いみたいだな」
「そうだな。ま、そこそこ良い酒にありつけたから」
「それは良かったな。所で、重いんだが」
「いつもお前を受け止めてやってるんだ。偶にはお前が受け止めろよ」


軽口めいた口調で言いながら、シドは更に寄り掛かって来る。
上体にわざと体重を乗せて来る男に、何がしたいんだ、とクライヴは眉根をハの字に寄せていた。

そんなクライヴの頭を撫でていた手が、するりと滑って耳朶を擽る。
いつもイヤーカフをしている耳は、風呂上がりなので今は肌が晒されていた。
其処の感触で遊ぶように、器用な指先が耳朶を掠めるのが妙にむず痒くて、クライヴは頭を振ってそれから逃げる。
と、今度はその手はクライヴの頬に触れて、こっちを向け、と言うように正面へと向き直された。


「クライヴ」
「何────」


呼ぶ声に返事をしようとして、その唇を塞がれる。
突然のことに青の瞳が見開かれるのも構わず、ぬるりとしたものが咥内に滑り込んで来た。
予想もしていなかったことに驚いて強張るクライヴを、背中を抱いていた腕が宥めるようにぽんぽんと叩く。

口付けは徐々に深くなり、侵入した舌が、クライヴのそれを絡め取る。
ゆっくりと舌の表面をなぞられ、じわりと滲みだした唾液が混じり合って、クライヴの耳の奥で水音が鳴る。
ぬるついたものが咥内を丁寧に嘗め回すのを、クライヴは戸惑いつつも、当たり前に受け止めていた。


「ん、ふ……ふ、ぅん……」


もう寝るつもりだったのに、だから風呂も済ませたのに、首の後ろにぞくぞくとした感覚が走る。
覚えのある感触に、それを丁寧に教え込まれた躰は勝手に熱を思い出し、目の前の男の全てを欲しがってしまう。

ゆっくりと唇が離れて、はあ、と熱を孕んだ吐息が漏れた。
とろんと蕩けた青の瞳を、ヘイゼル色の瞳がじっと見つめ、何処か嬉しそうに細められる。
クライヴの足元が緩く脱力して、僅かに蹈鞴を踏めば、シドはクライヴを傍にある壁へと寄り掛からせた。
自分の体と壁とで挟んで、腕の檻で閉じ込めてしまえば、クライヴはもうされるがままだ。

口端に、頬に、首筋に。
一つずつ確かめるようにキスが降りて来るのを、クライヴは受け止めながら、


「あんた、キス魔だったのか」


いつになく増えるキスの数に、クライヴはそんな事を思った。
呟きに零れたそれは、直ぐ其処にあるシドの耳にちゃんと聞こえたようで、


「まさか。誰にでもする程軽かない」
「どうだか。あんたはたらしだから」
「そりゃお前だろう」


言いながらシドは、クライヴの衿の隙間に覗く鎖骨に唇を寄せる。
風呂を終えたばかりだから、肌は火照りを残して、少しばかり汗ばんでいた。

ちゅう、と吸われる感覚に、ひくっ、とクライヴの肩が震える。


「ん……する、のか……」
「そうだな。お前が嫌じゃなけりゃ」
「……別に、それは……もう寝るだけだったし。明日も休み、だし……」
「じゃあ遠慮しなくて良さそうだな」
「いつも遠慮なんかしてないだろう」
「伝わってないってのは悲しいもんだ」


何やら含みのありそうなシドの台詞に、クライヴは首を傾げたが、目の前の顔は笑みを浮かべているばかりだ。

クライヴは簡素な夜着だったから、脱ぐのも脱がされるのも簡単だった。
シドはと言うと、それなりに洒落た格好をしている上、首元のストールこそ解けているものの、他はきっちりと着込んでいる。
その上、場所が場所───すぐ其処に玄関もある廊下でなんて、とクライヴは思ったが、気分の良い酔っ払いは止まってくれそうにない。
時折羞恥心から抵抗の欠片でも示すと、宥めるように、すぐ其処にある皮膚にキスをされた。
胸でも、腹でも、臍でも、太腿でも、何処でも愛おしいと言わんばかりに触れて来るから、どうにもくすぐったくて堪らない。

後でもう一回風呂に入らないといけない、と思いながら、クライヴは緩やかに立ち上る熱に身を任せた。



実はクライヴのことが滅茶苦茶大事だし愛してるから、これでもかと甘やかしてやりたいけど、クライヴの方がそう言うのに慣れてないから普段は自制しているシド(言わないと分からない前提)。
気持ち良く飲んで良い機嫌で帰ったら、恋人が出迎えてくれたので(偶々だけど)、あーなんか可愛いなこいつとか思ったらしい。
クライヴはシドが愛情深い人だとは思っているけど、それは一番は家族であるミドにだけ向いていて、自分もそんなに愛されていると自覚がないと楽しいなって。

[ヴァンスコ]レインカーテンに隠れて

  • 2023/12/08 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



神々の闘争の世界と言うのは何処も不安定であるが、各地域によって、その度合いは多少なりと違いがあった。
混沌の神の牙城がある北の大陸は、全体的にその力の影響が強い所為か、常に曇天に覆われ、不規則には嵐を起こす事もある。
それに比べれば、まだ秩序の女神の影響が強い範囲である南の大陸は、地域ごとの気候がある程度決まっていた。
エルフ雪原はその名の通り、雪が降り続けて万年白雪に覆われ、メルモンド湿原は終始雨が降っている。
煌々と晴れた日と言うのは滅多に見ないが、とは言え、秩序の聖域に程近い場所では、束の間に陽光を見ることもあった。
この辺りは、多くの戦士達が常識的に考える天候───気象学を思うとその理も無視して来るが───を望むことも出来た。

とは言え、そもそもが天候と言うのは、人智の及ぶ所ではないと言うのは変わらない。
神々の力が世界の在り様にそのまま影響を与えることもあり、混沌の神の勢力が優位にある今、安定的な天候は強く期待しない方が良い。
科学的な知識である程度の天候の変異が予想できるスコールやライトニング、旅の知恵として肌身でもそれを予測する事が可能なバッツでも、天気予報の精度はよく言って五割の率である。
混沌の戦士の中には、膨大な魔力を暴走させれば、天候さえも乱すことが出来る程の力を有するものがいるとなれば、尚更、理屈に則った予測には限界があった。

だから秩序の戦士達は、少々遠出を考える時には、相応の準備を整えていく。
簡単なものでは、装備品として外套を用意し、急な冷え込みや雨や、場合によっては砂塵からも身を守る為に使える。
厚手のものなら、少々重いが、防具の一つとしても有用だ。
嵩張ることは確かだが、少人数での行動であれば、テントを持って行くよりも荷物が少なく済む。

だが、それを頼りにしていても、降り頻る雨の鬱陶しさと言うのはどうにもならない。
視界がなくなる程の土砂降りに見舞われたとなれば、直に濡れるよりはマシだとは言え、雨合羽にした外套は湿って重くなり、濡れたその布地に体の体温が奪われていく。
せめて水の含みの限界が来る前に、雨宿りできる場所を見付けなくてはと、ヴァンとスコールは急ぎ足に走った。
その甲斐あってか、岸壁の隙間に小さな洞窟を見付けて、滑り込む事に成功する。


「は~、良かった。雨宿りだ」
「ああ……」


すっかり重くなった外套のフードを外し、濡れた髪から湿気を逃がそうと、がしがしと頭を掻くヴァン。
その隣でスコールも、もう合羽としても限界であろう外套を脱いでいた。


「買い物に来ただけだったのに、散々だったなぁ」
「……そうだな」


ヴァンの台詞は独り言気味ではあったが、スコールも同意見と言うように返事を寄越す。

今日のヴァンは、秩序の聖域から少々離れた場所にある、モーグリショップに行っていた。
まるで人目憚るような場所に店を構えるそのショップは、往復すると一日から二日の時間を要する。
面倒な場所にあるのは確かだが、他のものに比べると少々ラインナップが変わっており、時には希少な素材や召喚石まで並ぶ事があった。
其処で交換した素材は、また別のモーグリショップで別の素材と交換する事も出来る。
だから秩序の戦士達は、不定期なことではあるが、このモーグリショップを折々に覗いて、各自が必要になる道具の為、交換用のアイテムを用立てることがあるのだ。
ヴァンもそのつもりでやって来たのだが、偶然、其処でスコールと合流した。
そう言えば朝から昨日から看なかったな、と思ったが、彼の単独行動と言うのは珍しものでもないので、ヴァンは深く気にしなかった。

必要なものを揃えて、ヴァンはそのまま帰ることにし、其処にスコールの足並みも揃った。
特に何か会話が必要な二人ではかったが、足が揃っているなら、ヴァンは気を置くこともなく雑談を振る。
スコールからの反応は多くはないが、時折、呆れたような、面倒臭そうな返事が帰って来るので、ヴァンはそれで十分であった。

そうして平和と言えば平和な帰路だったのだが、その途中で土砂降りに見舞われたのだ。
もう少し進めていれば、秩序の聖域へと辿り着けるテレポストーンがあったのだが、この雨の中を強行して行ける距離でもない。
視界の悪さも、この闘争の世界では命とりとなるもので、せめて雨煙が収まるまでは束の間の屋根の下にいるのが無難な策と言えた。

濡れた布と言うのは冷たく、触れる体温を奪うばかりだから、二人とも合羽替わりの外套は脱いだ。
適当に出っ張った岩に引っ掻けて、雨が止むまでに少しでも乾いてくれることを祈る。
しかし、小さな洞穴の中はじっとりと湿り、とてもではないが、水気が抜けてくれる気がしない。
降り頻る雨ですっかり気温も落ちたようで、ひんやりとした空気が、二人の少年の濡れた躰から、じわじわと熱量を奪っていく。


「う~……」
「……」
「焚火でも起こせたら良いんだけどなぁ」


元より薄着のヴァンは、剥き出しの二の腕を摩りながら呟いた。

隣をちらりと見遣れば、ふかふかとしたファーがあって、温かそう、とヴァンは思う。
スコールも決して厚着は言えない格好ではあるが、ファー付きの長袖のジャケットがあるだけ、ヴァンよりもマシだろう。
腹を出している訳でもないし、肌が空気に触れている場所は、少ない方だった。


「……良いなあ、それ」
「……何が」
「上着。暖かそう」
「これも濡れてる。大して暖かくはない」
「でも俺より暖かそうだぞ」
「……それはあんたの格好の所為だろう」


全くスコールの言う通りであった。
ヴァンもいつものベストだけでなく、もっと布の多い服を着ていれば、こうも凍える事はなかっただろう。


「大体、あんたは雪原に行く時だって同じような格好をしてるじゃないか。雨くらいで……」
「戦うかも知れないなら、動き易い方が良いだろ。でも、今はそうじゃないじゃんか」
「……まあな」
「じっとしてなきゃいけないなら、もっと着るよ。じゃなきゃ寒いばっかりだ」


こんな雨に見舞われて、冷たい洞窟に逃げ込む予定なんてなかったのだ。
だからヴァンはいつも通りの格好で出て来たし、余分な荷物も持っていない。
これは不運な事故であった。

むず、とヴァンの鼻の奥がくすぐったくなって、くしゃみが出た。


「うー、寒い。まだ止まないかな。早く帰って温まりたい」
「……同感だ」
「焚火……うーん、燃えるものがないか」
「……そうだな」


辺りを見渡してみた所で、洞穴は岩土ばかりで覆われていて、燃料に出来るものがない。
服端でも破って使ったら、とも思ったが、土砂降りの所為で二人の服も、荷物を入れる為の布袋も、すっかり水分を含んでいる。
この湿りようでは、直にマッチの火を近付けても、暖まるだけの熱を起こす事は難しいだろう。

探した所で、何もないことを再確認するばかりで、ヴァンは仕方なく火起こしの希望を諦めた。
代わりに直ぐ其処にある、自分以外の唯一の熱を求めて、身を寄せる。
暖かそうに見えていた、ジャケットのファーに顔を寄せて、それを羽織る少年の背中に密着すると、存外とひやりとした冷気がヴァンの肌身に伝わった。


「……おい」
「つめたいな」
「濡れてるって言っただろう」


背中にぴったりと密着して来たヴァンに、スコールは呆れた口調で言った。

持ち主が言った通り、スコールの黒のジャケットは、全体的に湿気にやられている。
一見するとふかふかとしていた首回りのファーも、触ってみると毛先が重く、束になってくっつきあっていた。
こんなものを着ているのと、冷えた空気に肌を晒すのと、果たしてどちらがマシだろうか。


「脱いじゃえよ、スコール。風邪ひくぞ、こんなの着てたら」
「脱いだら寒いだろ。ないより良い」
「あっても意味ないよ、こんなの。首とか冷たい」


ヴァンはそう言いながら、スコールの首筋に唇を近付けた。
ファーの毛がまとわりつくように縋っている其処に舌を這わせれば、ひくん、とスコールの肩が跳ねる。


「おい、こんな所で」
「暖まるなら一番手っ取り早いよ」
「………」


だからって、と言いたげに蒼灰色が背後のおんぶお化けを睨む。
しかし、後ろから肩口に手を回して、黒いジャケットを剥がすように引っ張ると、案外と抵抗はなかった。

ジャケットの下のスコールの白いシャツは、少し湿った気配はあるものの、ジャケットや外套に比べれば冷たくはなかった。
これがあるから、スコールは湿ったジャケットも着たままで良かったのだろう。
布一枚を奪った代わりに、ヴァンがぴったりとその背中に身を寄せると、基礎体温の高い体から、じわじわと熱量が分け与えられていく。



雨はまだ止む気配はなく、まとわりつく冷えた空気を厭うように、二人は其処にある唯一の熱へと没頭して行った。



12月8日と言うことでヴァンスコ。
自然な事のように始めようとするヴァンと、流されているようで実の所受け入れているし、実際寒いので暖まる為にすることに抵抗はないって言うスコールでした。

ヴァンスコ、二人きりの時に独特の雰囲気と言うか、インモラルな空気があると私が楽しい。

[16/シドクラ]寒い日



過ぎ行く窓の風景は、とうに自然光と言うものからは縁遠く、人工的な光で溢れている。
そんな外界も、煌々とした電灯の点いた電車の中からは漆のように黒で塗り潰されて、遠くのビルの陰影も見えない。
晴れた空なら、夜でも多少はビルの輪郭くらいは見えるものだが、今日は全くそれがないのは、暗雲が天を覆っているからだ。
天気予報は午後から曇りを示し、その予報通りに、冬の空らしいどんよりとした天気になっていた。

冷える空気に吐く息は白く、会社から最寄の駅に向かうまでの短い距離でも、存外と凍えた。
まだ老輩とは言いたくないが、若い年齢はとうに終えたと自覚のある体に、キンと冷えた北風が染みる。
おまけに電車に乗った頃から、雨が降り始めた。
雨脚は大して強くはないが、さらさらと降る雨は、ただでさえ冷たい空気から更に熱を奪って行く。
先月の半ばごろから、電車の中でも暖房が稼働するようになったが、人気の少ない電車の中は、幾ら温めても足りないようで、各駅停車の度に開くドアから、辛うじて温まった空気が逃げて行く。
空気の冷えに負けて、ホームの到着と同時に滑り込んで来たこの電車に乗り込んだが、快速列車が来るまで待った方が良かったかも知れない。
ともあれ、後少しで家の最寄り駅に着くのだから、過ぎた事を後悔するのは止めた。

駅到着のアナウンスを流しながら、電車はゆっくりとホームに停止する。
電車を降りて直ぐに吹き付けて来た冷たい風を嫌って、ロングコートの前を寄せ合わせながら速足になった。
靴下は厚手のものを使っているのに、靴の中で指先が酷く冷たい。
家に帰ったらまず風呂に入って温まりたい、今からでも連絡すれば用意して置いてくれるだろうか。
そう言えば炬燵をまだ出していなかったなと思い出しながら、改札を通り抜ける。

ホームから二階の連絡通路へ上がり、改札を抜けると、通路は南と北にそれぞれ伸びている。
北側には地元の人間が生活の頼りにしているスーパーがあり、学校帰り、会社帰りの客が毎日利用していた。
シドや同居人も同様で、日々の食糧、日用品の買い出しの他、仕事終わりの疲れた体を甘やかす為、其処でささやかな趣向品を吟味して帰る事もあった。
しかし、今日はとかく寒さが身に染みるものだから、真っ直ぐ帰ってしまおうと、シドの足は自宅がある南口の方へと向かう。

外へと出れば、また寒い風に襲われるだろう。
その前に防御を固めながら外への階段を降りて行くと、その一番下に、見知った人物のシルエットを見付ける。


「なんだ、お迎えか?」


階段を下りる足を止めずに言うと、しっかりそれを聞き拾って、シルエットが壁に預けていた背を伸ばす。

無造作気味に伸びた癖のついた黒髪と、混じりけの無いブルーアイズ。
あまりに綺麗に整えていると、案外と幼い顔をしているのがコンプレックスらしく、それを隠すように無精気味に伸びた髭。
頬には幼い頃の事故が原因だと言う、火傷で少し色の変わった皮膚を持っている青年。
一年前からシドが自分の会社へと引き込み、その内に共に生活を始め、今ではパートナーとなった、クライヴ・ロズフィールド。

クライヴは体躯の良い体を、厚手のダウンに覆い、首元までしっかりと前を止めている。
基礎体温の高いこの男でも、今日の冷え込みは流石に堪えるものだったのだろう。

クライヴは左手に持っていたビニール傘を二本、ひらりと掲げて見せ、


「雨が降っていたから、あんた、濡れて帰るんじゃないかと思って」
「お優しいね」
「結局止んだから、いらなかったけどな」


クライヴは傘を持った手を降ろしながら、肩を竦めた。

彼の言う通り、シドが電車に乗る時に降り出した雨は、その電車を降りた途端に止んでいた。
気紛れな雨雲はまだ空の上で淀んでいるが、今の所は泣く気がないのか、時折ごろごろと不穏な音を零している程度。
いつまた降り出すかと言う風ではあるものの、止んでいる内に傘を差す必要はあるまい。
クライヴは二本の傘を持ったまま、帰路へと足を向けて歩き出した。

足元は濡れた気配がそのまま残り、昼の微かな晴れ間の内にアスファルトに蓄えられた温もりは、最早微塵も残っていない。
ビルの隙間から吹き下ろして来る風は、渦巻く冷気ばかりを引っ掻き回して、まるで冷蔵庫の中を歩いているようだった。


「全く、身に染みる寒さだな。こうも一気に冷えなくても良いだろうに」
「雨の所為で余計に冷えてるんだ。風呂を沸かして来たから、帰ったら入ると良い」
「準備が良いな。有り難く貰うとするか。お前も一緒に入るか?」
「遠慮する」


俺が入ったら狭いだろ、と言うクライヴに、入る事自体は構わないんだなとこっそり思う。


「夕飯はもう食ったのか」
「いや。鍋にしたから、あんたが帰ってからにしようと思って。あんたが風呂に入ってる間に、整えておくよ」
「いつも悪いな」
「別に、構わない。こう言うのは手が空いてる人間が引き受けた方が効率が良いだろう」


シドとクライヴは、同居している事に加え、社長とその部下と言う間柄がある。
休日も祝日も構わず、一日を共に過ごすような環境だが、立場が違えば仕事内容は勿論、退社時間にも差が出ることは儘あった。
大抵はクライヴが決まった時間に退勤して───以前はブラック企業にいた所為で、サービス残業が当たり前だったクライヴに、シドが口酸っぱく言い付けた末、一年がかりでようやく身に着いた習慣だ───、一足先に自宅に帰り、夕飯の用意をしている。
シドの帰りが遅い時には、先に食事も済ませてしまうが、偶にこうして、パートナーの帰りを待っている事があった。

自宅のあるマンションのエントランスを抜けて、エレベーターに乗り込む。
上へと動く浮遊感の中、クライヴは傘を握っている為に外気に晒していた手を口元に持って行き、はあ、と息で手のひらを温める。
体躯に見合って大きな手は、指先が悴んで薄らと赤くなっていた。


「そう言えばお前、手袋は持ってなかったな」
「ああ……そうだな」


シドの言葉に、クライヴは余り気にしていない様子で返した。
微かに温めた手の熱を逃がさないように、握り開きと繰り返して、指先へと血流を促している。
手首に引っ掻けた傘を落としそうになって、左手でそれを抑えるクライヴを見ながら、シドは言った。


「買ってやろうか、手袋」
「……突然だな」
「そうでもないだろう。あれだ、クリスマスも近いしな」
「クリスマスプレゼント?」
「良いだろう?」
「安上がりだ」
「ちゃんと上等なのを身繕ってやるさ」
「別に良いよ。なくても大して困ってない」


冷えた右手をダウンのポケットに突っ込んで、クライヴはくつりと笑って言った。
その表情は遠慮をしていると言う訳ではなく、本心から、必要ではないと思っているのだろう。

だがシドは、そんなクライヴの、歌のトナカイのように赤らんだ鼻先を摘まんでやる。


「寒い癖に、あんな所で突っ立ってお出迎えしてくれるんだ。風邪引かないように、真面な防寒具は必要だろう」


鼻を摘ままれたクライヴは、シドのその手を鬱陶しそうに払って眉根を寄せた。


「……もう行かないから必要ないよ。今日は雨が降ってたからだ」
「じゃあ、また雨が降る前に用意しておかないとな」


エレベーターが停止して、いつものように降りるシドの背中に、「だから行かないって……」と溜息交じりの声が投げられる。
それにシドが右手をひらひらと振って見せれば、はあ、と今度ははっきりと溜息が一つ。
行かないからな、とまるで決意のような独り言が聞こえたが、さてどうだろうとシドは思う。

一週間後、また冷え切った空に、天気予報にない雨が降った。
誰に対してでもなく試してみたシドの賭けの結果は、本人だけが知っている。


軽率に現パロで同居させたいマンなので、その間柄で駅までお迎えに行く図が好きです。
クライヴは体格が良いし寒さに弱くはなさそうだけど、それはそれで、厚みのある冬服を着込むと表面積が大きくなりそう。
シドの方は質の良い厚手のロングコートを着て欲しいって言う願望。

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