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2016年08月

[レオスコ]花咲く音は聞こえない

  • 2016/08/08 22:20
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学校帰りに、仕事帰りの兄と、電車の中で鉢合わせた。

今日は随分早い、とスコールが言うと、話が早い内にまとまったからな、とレオンは言った。
詳しい事はスコールの知る由ではないが、まとまったのなら良い事なのだろう、と思う。
いつも忙殺させるように奔走しているレオンが、平日夕方の電車で帰宅の徒につけているのだから、これは恐らく、相当良い事だ、と。

スコールはと言うと、放課後にティーダ達とゲームセンターなり、何なりと行く予定も組めたのだが、なんとなく帰ろうと思った。
ティーダ達は随分と渋っていたが、直にテストも始まるぞ、とスコールが釘を差すと、黙り込んだ。
忘れていたかったのだろう学生生活のボスバトルに、言うなよぉ、としおしおと泣き顔を浮かべていたクラスメイト達に手を振って、スコールは帰路へ。
いつもよりも少し早い電車に乗って、家の最寄駅まで向かっている所へ、兄が同じ車両に乗り込んで来たのであった。

兄弟揃って電車に乗り、家に帰るなんて、何年振りだろうか。
そもそも、年が離れているので、兄が学生の頃でも、こうやって一緒に帰る事は少なかった。
スコールが幼く、保育園に通っていた頃は、レオンが学校への行き帰りで保育園に足を運んでスコールを送り迎えしていたが、小学校に上がるとそれもなくなった。
現在、スコールが通っている高校に在籍していたレオンに対し、小学校は街からバス一本で行ける場所にあったから、どうしても生活は別々にならざるを得なかったのだ。
今ではスコールが高校生、レオンは社会人となっており、子供の頃よりも、更に生活時間がズレている。
一緒に電車で帰宅など、余程のタイミングが合わなければ、先ず起きない事だったのだ。

そのタイミングに初めて逢ったものだから、スコールは些か動揺していた。
背広は脱いで、腕をまくって、ネクタイだけはきちんと締めた兄が、隣に立っている────そう思うだけで、吊革に掴まる手に、なんとなく汗を掻いているような気がする。
窓の向こうで通り過ぎる景色は、いつも見ているものと変わりないのに、何かが違うと思わせる。

そんな動揺心を精一杯隠して、いつも通りの顔で停止した駅の景色を見ていると、気の所為ではなく、街の様子がいつもと違う事に気付いた。


「……?」


首を傾げて窓の向こうを見ていると、向かいのホームにやけに人が多いのだと判った。
その中には、ちらほらと浴衣を着ている者の姿もある。


「夏祭りか」
「……ああ」


隣から聞こえた声に、スコールも納得した。
向かいのホームから乗り換えの電車で、夏祭りが催される地区に行ける。
毎年の光景だったのだが、スコールは人込みに興味がないので、イベントにアンテナも立てておらず、夏祭りなんてものは、知らない間に始まって終わっているものだった。
それに今年は偶然気付いた、それだけの事。

ただでさえ人が集合し易い駅で、いつもの倍以上の人影。
近寄るのは嫌だな、と思うと、どんなに盛況な祭りであっても、スコールは行く気になれない。
賑やかし事が好きな父なら、うきうきと息子達を誘った所だろうが、今日の彼は夜遅くまで帰って来ない。
今年も夏祭りとは無縁なまま、夏を過ごして行くのだろう───とスコールは思っていたのだが、


「行ってみるか」
「え?お、おい」


レオンが一言呟いたかと思うと、スコールは彼に引かれて、電車を降りた。
あれよあれよと言う内に、改札口を抜けて、駅の外へと連れて行かれる。

スコールはしばらくしてから、レオンが「祭りに行ってみるか」と言った事を理解した。
が、それなら、何故駅から離れて行くのだろう。
今日催されている夏祭りに行くのなら、今の駅で改札を出るのではなく、ホームを変えて電車に乗る必要がある。


「レオン、あんた何処に行く気だ」
「夏祭りだ」
「だったら電車に乗らないと…」
「電車なんかに乗ったら、人込みで酔うだろう」


確かに、駅のホームにこれでもかと並んでいた人のなかに交れば、スコールは人酔いするに違いない。
その点で兄の気遣いは有難いものだったが、そもそも俺は祭りに行きたいなんて言ってない、とスコールは思う。
それでも腕を引く兄の手を振り払えないのは、惚れた欲目か。

電車に乗らないのなら、バスにでも乗るのか。
そう思っていたら、レオンは駅前のバス停もさっさと素通りし、その向こうのタクシープールへ。
タクシーの自動ドアが開くと、レオンに乗るように促された。
まあバスも人が多かったし……と大人しく乗り込み、隣にレオンも座った所で、スコールはもう一度首を傾げる事になる。

レオンが運転手に告げた行き先は、祭りが催されている地区ではなかった。


「レオン、場所が違う……」
「良いんだ。穴場がある」
「穴場?」


毎年、それなりに人が集まっている祭りの穴場。
そんなものがあったのか、と思うと同時に、どうしてレオンはそんな事を知っているのだろう、と疑問に思う。

そうしている間に、存外と近かった“穴場”に到着した。
人や車の流れが、夏祭りを目当てに専ら駅へ集中している所へ、逆に走行したお陰で、渋滞に巻き込まれる事もなかった。
反対車線が人と車でぎっちりと埋まっているのを見たスコールは、益々夏祭りと言うものに気分が遠くなっていたのだが、“穴場”には見事に人の姿がない。


「此処は……」
「古い神社だ。土日は子供が遊んでいるものらしいが、流石に今日は静かだな」


皆祭りに行ってるんだろうな、と言って、レオンは鳥居へ伸びる石段を上る。
スコールもそれを追って、いつ作られたのか、隙間から苔や雑草を生やしている階段を上って行った。

登り切って鳥居を潜ると、広い境内がある。
境内に比べると、些かこぢんまりとした社が立っており、これも随分と古い建物だ。
レオンが言った通り、境内は普段は子供の遊び場になっているらしく、地面に石で描いた落書きの後があったり、持ち寄られたお菓子を棄てたゴミ箱が設置されていた。
しかし、これもレオンの言う通り、今日は人っ子一人いない。
社の下で猫が涼み夕寝をしている位だった。

レオンが境内を横切って行くので、スコールはそれについて行った。
この神社は少々高台に位置しており、境内の端まで行くと、近隣の街を一望する事が出来る。
夕焼け色に染まった街を、レオンがぐるりと見渡して、


「やっぱり少し早かったか」
「何かあるのか」


レオンが見ているものを探して、スコールがきょろきょろと辺りを見回すが、変わったものは何もない。
と、レオンが、展望できる近い距離にある川を指差す。


「毎年、あそこから花火が上がる」
「花火?」
「あそこで打ち上げれば、夏祭りをしている場所から、丁度良い距離で花火の全体像が見れるんだろうな。でも、此処ならもっと近くて、全部見える。特等席だそうだ」


夏祭りには、最後にいつも花火が上がる。
八月中頃に行われる花火大祭に比べると、数は劣るものの、やはり夏祭りに花火は付き物とでも言うのか、かなり力が入っており、好評らしい。
スコールも、幼い時分、この花火だけは何処かで見たような記憶がある。
幼かったので、いつ何処で見たかと言われると、いまいち判然としないのだが。

それにしても、レオンは何処でこの“穴場”を知ったのだろう。
スコールと同じく、自ら賑やかな祭りの類には余り興味を持ちそうにない男の、情報源が気になった。


「レオン。こんな所、なんで知ってるんだ」
「父さんに教えて貰った事がある。二、三年前だったかな」


出て来た名前を聞いて、成程、とスコールは納得した。
が、同時にまた疑問が浮かぶ。


「なんでラグナがこんな場所を知ってるんだ?」
「さあ……俺も聞いたけど、苦笑いでかわされたからな。あの人の事だから、道に迷って偶然辿り着いた、って所じゃないか?」


兄の言葉に、ああそう言う事なら…とスコールは再度納得した。

実際、レオンの予想は当たっている。
兄弟の父ラグナは、中々の方向音痴で、目的地とは全く真逆の場所に辿り着く事も少なくない。
それは持ち前の好奇心の所為だったり、ちょっとした見栄の空回りであったり、理由は様々だが、取り敢えず、父に悪気がない事だけは確かである。
その際、思いもがけない出来事に出逢ったり、細やかな発見をしたりと、悪い事ばかりではないのが幸いと言えるか。
レオンが教わった“穴場”も同じような流れで、若い折、生前の母を夏祭りのデートに誘ったは良かったものの、バス乗り場をうっかり間違え、この神社に辿り着いた。
その頃は、“穴場”とは言われても、今よりも人の気配があって、夜が近付くにつれてぽつりぽつりと増える人影に、此処で何かあるのかと訊ねた所、花火が綺麗に見えるんだと教えて貰った。
それから後、この時期の夏祭りの時は、この神社が二人のデートスポットになったのである。

レオンはラグナから詳しい話を聞いた訳ではなかったが、似たような別の話は何度か聞いている。
そして、母はそんなラグナと一緒にいるのが楽しくて、呆れながらも一緒に寄り添ってくれていたのだと言う事も。


「───でも、まだ花火には早いな。夜にもなっていないし」


まだ橙色の濃い空を見上げて、レオンは言った。
適当に待たせて貰うか、と吸われる場所を探す。

ベンチはちらほらと備えられていたが、何処も西日が当たって暑い。
レオンは少し考えたが、場所を借りよう、と言って社に向かった。

拝殿の下で寝ていた猫が、ピクッと顔を上げる。
レオンとスコールが近付いて来るのを見るものの、二人が自分に近付いて来ないと悟ってか、逃げる事はしなかった。
邪魔をされなければどうでも良い、と丸まり直して、ふくふくと腹を動かしている猫を横目に、二人は賽銭箱の隣を間借りする事にした。


「花火の開始予定は、20時半か」
「結構先だな」
「最近は、それ位にならないと暗くならないからな」


夏真っ盛りの今、夕方の時間は一時のものとは言えど、秋や冬に比べると遥かに長い。
季節が違えば今の時間でも夜になるが、今はまだまだ太陽が高い位置にあった。

それにしても────変な感じだ、とスコールは思う。
学校帰りに、真っ直ぐ家に帰ろうとして、電車で兄と逢って、いつの間にか人気のない神社に来ている。
夕涼みの風が、静森をさわさわと揺らして行く音が、心地良い。
隣にレオンがいると思うと、尚更。


「スコール?」


寄り掛かるように僅かに体重を預けて来た弟に、レオンが名を呼ぶ。
スコールは返事をせず、とす、とレオンの肩に頭を乗せた。

そのまま少しの時間、じっとしていると、形の良い手がスコールの頭を撫でた。
レオンの手だ、と甘受している内に、その指先がスコールの項に触れて、首周りをそっと滑って行く。
くすぐったさに眉間に皺が寄ったが、手が頬に添えられたのを感じて、スコールはじっと大人しくしていた。
力の緩んだスコールの唇に、レオンのそれが重なって、二人の吐息が交じり合う。


「ん……」
「……は……っ」


レオンの舌がスコールの唇を舐めた。
ぶるっ、とスコールが身を震わせると、レオンの唇が離れる。

スコールはほんのりと赤らんだ顔で、レオンを睨むように見て、


「此処、外だぞ……」
「でも誰もいないだろう」


だから気にしなくて良い、とレオンは言った。
花火はどうするんだ、と言うと、まだ時間はある、と答える。

気付いた時には、スコールは鐘が吊るされた天井を見ていた。
花火が始まったら見たい、とだけ言って、スコールは触れる手に身を委ねた。





レオスコでリクエストを頂きました。
サラリーマンなレオンと、高校生なスコールでした。

それにしても、人気のない神社で何をしているのか。けしからん。もっとやれ。

[アルスコ]迷子の歯車

  • 2016/08/08 22:12
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目が覚めた時、其処は歯車が噛み合う、奇妙な井出達の城の中だった。
自分がどうしてこんな場所にいるのか、此処が何処なのかも判然とせずにぼんやりと座り込んでいると、一人の魔女が音もなく現れた。
こんな所で何をしているのです、と問う魔女に、自分は答えられなかった。
そもそも、何をしていたのか判らないから、そうして座り込んでいたのだ。

魔女はしばらく此方を観察した後、突然高笑いを上げた。
何がそんなに可笑しいのか判らずに首を傾げていると、高笑いはまた突然ぴたりと止んで、魔女は今度は綺麗な顔で柔和に笑った。
金色の瞳を細め、真っ赤な紅を塗った唇を歪めたその顔は、恐ろしいものだったのかも知れない。
けれども、当時の自分はそんな事を気にする余地もなく、自分と言う存在の詳細が全く思い出せなかった事で頭が一杯になっていた。

それから、その魔女に連れて行かれて、自分の名前と“役割”を教えられた。


名前はスコール。
役割は、“魔女の騎士”。

真紅の衣に身を包んだ魔女を守る、“騎士”。




「────なんて話、本当に信じてるの?」


出会い頭に言ったクジャに、スコールは眉根を寄せた。
何か可笑しなところがあるのか、と無言で問う蒼に、クジャは肩を竦める。


「バカバカしいお遊戯に付き合わされるこっちの身にもなって欲しいねって言ってるんだよ」
「……意味不明だ」
「……まあ、君がそんな状態じゃ、仕方がないのかな」


それだけを言うと、クジャはくるりと背を向けた。
其方から振って置いて、一方的に話を切り上げるとはどう言うつもりだ。
スコールは思ったが、何かと煩い印象のクジャが自分で口を噤んでくれたのなら、彼のしつこい囀りに付き合わされないで済むので、幸いな事とも言える。
蛇が引っ込んだ藪をわざわざ突く必要もないだろうと、スコールもクジャに背を向けた。

カラカラと歯車が回る城の中、その一角にスコールの部屋が用意されている。
其処の扉を開けると、毛の長いラグが敷かれ、猫足の椅子とテーブルの他、天蓋つきのベッドが備えられている。
魔女に拾われ、連れて来られて間もない頃に与えられたものだった。

ベッドに体を放り出すと、ぼふっ、と柔らかな羽毛に受け止められる。
初めの頃は落ち着かない寝床であったが、過ごしている内に段々と慣れてきた。
ごろりと仰向けになって、薄いカーテンに覆われた天蓋を見上げながら、先のクジャの言葉の意味を考える。

クジャは隠語や比喩を多用する。
物事を指す単語として代理に並べられるのは、演劇や物語を思わせるものが多かった。


(お遊戯って何だ?遊び?何が?)


クジャは何を示して、“遊び”だと言ったのだろう。
彼は、自分がそれに付き合わされていると言っていた。
それも、バカバカしい遊戯だと言っていたから、傍目に見れば相当滑稽な何かに巻き込まれていると言う事か。

それをスコールにぶつける意味は、何処にあるのか。
クジャは回りくどい性格ではあるが、文句を言う時は、それをぶつけるべき相手に堂々と毒を吐きに行くタイプだ。
ならば、先のクジャの言葉は、間違いなくスコールに釘を差すものだったと考えられるのだが、スコールには彼に毒を吐かれる謂れが判らない。


(……アルティミシアへの当てつけか?)


スコールを保護し、この城に住まわせているのは、魔女アルティミシアだ。
彼女とクジャはどうにも反りが合わないようで、何かと冷戦を繰り広げているのをよく見る。
が、クジャが幾ら毒を吐いた所で、アルティミシアはまるで気に留めない。
業を煮やしたクジャが、アルティミシアの“騎士”であるスコールに、代わりに文句をつけに来たのかも知れない。
お前からあいつをどうにかしろ、と言う具合に。


(……そんな事されても、俺の知った事じゃない)


クジャとアルティミシアが衝突する理由を、スコールは知らない。
この神々の闘争とやらの世界では、同陣営の人間の衝突はご法度とされているらしい。
だから、幾らあの二人が口喧嘩をした所で、それが血で血を見るような騒動にはならないだろう。
であれば、“魔女の騎士”とは言え、個人の衝突まで感知する所ではないスコールが割り込むような必要はない。

────そう思っていたスコールだったが、ふと、頭の中にちらつく顔に気付いた。
それは毎日のように顔を合わせている魔女でも、先程向かい合っていたクジャでもなく、四日前に対峙した二人の敵。
此方とは敵対している、秩序の女神が召喚した戦士だと言う彼等と、スコールは戦闘した。
その時、彼等は何と言っていたか。


『スコール!?なんでお前、』
『なんでそんな所にいるんだよ!』


アルティミシア達が、混沌の神の駒として、秩序の女神の駒と戦っている事は聞いていた。
其方についてはスコールはどうでも良かったが、女神の戦士達が“魔女”のアルティミシアの敵だと言うなら、“魔女の騎士”である自分にとっても敵なのだろう。
そう言う認識で、四日前、スコールは初めて秩序の戦士達と相対した。

アルティミシアと共に現れたスコールを見て、暢気な貌をした青年と、尻尾を持った少年は目を丸くしていた。
どうしてそんな所に、心配してたんだぞ、何があったんだ、と彼等は口々に言った。
だが、スコールは彼等が何故そんなにも気安く声をかけて来たのか判らない。
惑わそうとしているのですよ、とアルティミシアに言われ、成程、と納得した。
混沌の戦士が姦計を巡らせる事に富んでいるように、バカ正直な者が多いと言われている秩序の戦士にも、知略を巡らせて敵を内部から分断させようとする者がいても可笑しくない。
だが、スコールは“魔女の騎士”である。
スコールは自分の事を殆ど覚えていなかったが、その言葉はすんなりと心に溶け込んで、自分が“そうであった”事を確信した。
ならば選ぶ選択を迷う事はない、とスコールは彼等に剣を向けたのだが、


『何やってんだよ、スコール!』
『若しかして、操られてるのか?直ぐ助けてやるからな!』


彼等は最後まで、スコールを傷付けようとはしなかった。
狙いは専らアルティミシアへと絞られており、スコールとは真っ向から向き合おうとしない。
精々、尻尾の少年が此方からの攻撃を往なしている程度であった。
舐められているのか、と頭にきたスコールだったが、しばらく応戦した後、アルティミシアに退却を促され、仕方なく戦線から引く事となった。

……あの時、スコールは、彼等の言葉を深く考えていなかった。
だが、よくよく考えれば、可笑しな事が数多く散らばっている。


(……どうして奴らは、俺の名前を知っていた?)


スコールは、ほんの数日前、混沌の神の力によってこの世界へ召喚され、アルティミシアによって拾われた。
記憶障害は新たに召喚された戦士には総じて見られる症状であると言う。
戦っていれば直に思い出しますよ、そう言う世界ですから、とアルティミシアに言われたが、スコールは今までアルティミシアに囲われるように生活していた為、記憶が回復する切っ掛けがなかった。
今日になってようやく戦いに赴く事が出来た訳で────つまり、新たに召喚されたスコールが、アルティミシアの城を出たのは、四日前が初めての事だったのだ。

それなのに、あの日相対した秩序の戦士達は、名乗りもしていないスコールの名前を知っていた。

何か可笑しい、とスコールは眉根を寄せた。
ズキズキと、頭の奥で金槌で殴られているような鈍い痛みに襲われる。
ベッドに蹲って頭を抱え、歯を食いしばって痛みに耐えていると、


「どうしました、スコール」


いつの間に部屋に入っていたのか、音もなく現れた真紅の魔女を見て、スコールの眉間に更に深い皺が寄る。


「……アルティミシア……っ」
「ええ。何です?スコール」


呼ぶ声に、アルティミシアはうっそりと嬉しそうに笑う。
何処か空々しさを感じさせる笑みを浮かべたまま、アルティミシアの獣に似た手が、スコールの頬を撫でる。


「……頭が痛い」
「傷を負いましたか?」
「……違う。中の方が痛い」


外傷の問題ではない、と言うスコールに、アルティミシアが眉を潜めた。
スコールの頭も掴めそうな大きさの手が、ゆったりとスコールの喉を滑って行く。


「誰かに悪い魔法でもかけられてしまったのかしら」
「……魔法……?」
「誰かと話をしましたか?」
「……クジャと話した」
「何を言われました?」
「……よく判らない。でも、考えていたら、あいつらの……秩序の奴等が言っていた事を思い出して。何かが可笑しい気がして、そうしたら────」


頭が痛くなって、起き上がる事も出来なくなった。
その頭痛が、どうも普通の頭痛ではないような気がしてならない。
何かを警告しようとしているような、何かが揺り起こされなければならないと言っているような、そんな。

絶えず襲う頭痛の苦しみに耐えながら、スコールはそれだけをなんとか伝えた。
アルティミシアはスコールの顔をじっと見詰め、彼の話を聞いた後、赤い唇をそっと額の傷へと押し当てた。


「可哀想なスコール。誑かされてしまったのかしらね」
「……誑かされる……?」
「あんな小男の言う事など、聞かなくて良いのですよ。ああ、こんなに沢山汗を掻いて……」


アルティミシアの手がスコールの胸に触れると、其処は布越しにも判る程、じっとりと汗を吸い込んでいた。
気持ちが悪いでしょう、と指の爪先がシャツの裾を引っ掛ける。
捲り上げられて腹に外気が触れるのを感じて、スコールがふるりと体を震わせると、アルティミシアの体がその上に覆い被さった。

柔らかな乳房が、スコールの胸に押し付けられる。
それを受け止めさせられたスコールはと言うと、思春期の少年らしい反応はなく、ぼんやりとした瞳でアルティミシアの顔を見上げていた。


「恐がらなくて良いのですよ。貴方は何も考えなくて良い」
「…アル、ティ…ミシア……?」
「貴方は魔女の騎士。私を守る、唯一人の騎士。それだけを知っていれば良い」
「……う……?」


金色の瞳に見詰められ、スコールは頭の芯がくらくらと揺れるのを感じた。
それは余り気持ちの良いものではなかったが、酷い頭痛が遠退いて行くのも感じて、どちらがマシかを考えると、身を委ねる事を選んだ。

苦悶と疑心を滲ませていた青灰色の瞳から、少しずつ光が消えて行く。
アルティミシアは、あの意志の強い瞳も気に入っていたが、こればかりは仕方がない。
ようやく手に入れたこの少年を手放す位なら、一時彼を夢に迷わせる位、大した問題ではなかった。

露わにされたスコールの胸に、アルティミシアの手が這う。
アルティミシアの手元だけを見れば、獣が人を襲おうとしているようにも見えるだろう。
だが、スコールは大人しくその手を甘受していた。
蒼灰色の瞳には、既に戸惑いの色はなく、何処かうっとりとした表情で、スコールはベッドに沈み込んでいる。


「大丈夫ですよ、スコール。貴方は私が守ってあげます」
「……ま、も…る……?」
「だから、私に委ねなさい。そうすれば、苦しい事なんて何もない」


スコールの体を守る布が、一枚一枚、ゆっくりと剥ぎ取られて行く。
時間をかけて行われる、まるで儀式のような行為に、スコールは疑問を持つ事なく従った。

裸身にされた無防備な少年の体を、魔女の手が検分するように這い回る。


「さあ、スコール」


呼ぶ声に、スコールは蹲り守っていた体を、差し出すように拓いた。



魔女に捕まった哀れな子供は、魔女の正体に気付けなければ、いつか取って食われてしまうもの。
早く猟師が来ると良いね、と他人事のように呟く青年の声を、聞く者はいない。





『アルティミシア×スコール』のリクを頂きました!

混沌スコールではなく、秩序のスコールで、戦闘中にダメージのショックで記憶喪失に。
これ幸いと攫って行ったアルティミシア様でした。
スコールを囲って自分の物にしてしまおうとするアルティシミアを書くのが楽しい。

[ウォルスコ]この手が与えてくれるもの

  • 2016/08/08 22:07
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「あんたの手、大きいな」


藪から棒のスコールの言葉に、ウォーリアはぱちりと瞬きを一つ。
そんな彼の手は、褥の中でウォーリアに身を寄せているスコールに捕まえられている。

数日振りの情事の後、けだるさに身を任せて、ベッドで舟を漕いでいた。
その中で、情事の最後に意識を飛ばしたスコールが、いつの間にか目を覚ましていた事には気付いている。
スコールが眠っている時は向き合わせていた体は、彼が目覚めてから寝返りを打ち、今はウォーリアの胸にスコールの背中が当たっている。
恥ずかしがり屋な彼が、情事の後に向き合おうとしないのはいつもの事だ。
ウォーリアは少しそれを寂しく思うが、閉じ込めた腕から逃げようとはしないので、それが彼の気持ちの表れであると思っている。
そうして、腕の中の温もりに愛しさを募らせながら、そろそろ睡魔に身を委ねようとしていた時の事だ。

手が大きい、と言われて、そうだろうか、とウォーリアは首を傾げた。
その気配を感じ取ったのだろう、スコールが肩越しに此方を見る。
アイスブルーとブルーグレイが交じり合って、ウォーリアは彼の手に捕まえられている自分の手を見た。


「……そうだろうか」


大きい、のだろうか。
判断基準もない為、判然とせずに考えていると、


「大きいだろ。俺よりでかい」


そう言ってスコールは、ウォーリアの手を開かせ、自分の手を重ね合せる。
成程、確かにそうして比べてみると、ウォーリアの手はスコールのそれよりも一回り大きかった。
大人と子供と言う程の差はないものの、指の関節一つ分は差がある。
それでいてウォーリアの手は厚みもあり、骨も筋肉もしっかりとしている事が感じられた。

ウォーリアの手との差を目に見える形で知って、スコールの眉間に深い皺が生まれる。
俺だってそれなりにある筈なのに、と自分の手を握り開きして、感覚を確かめる。
決して小さくはない筈だ、と。


(……前にも、こう言う感覚はあった────気がする)


スコールの朧な記憶に、ぼんやりと浮かぶ影。
もっと小さかった手に重ねられた小さな手は、それでも自分よりも一回りか二回り大きかった。
それを知って思ったのは、小さな自分の手が悔しいと言う事と、大きな手が羨ましいと言う事。

記憶の風景がいつのものであるのかは判然としなかったが、その頃から自分は、“大きな手”に羨望に似た感情を抱いていたらしい。
詳細が思い出せないのに、そんな感情があった事ばかりは思い出せるのだから、きっと相当なコンプレックスになっていたのではないだろうか。

重ねていた手のひらだけを離して、逃がしはしないまま、スコールはウォーリアの手をじっと眺める。
剣胼胝のある手は武骨なもので、決して柔らかいとは言い難い。
指先まで筋肉がしっかりと詰まっているような固さで、皮膚も厚みがある。
胼胝のある掌に指を滑らせれば、ごつごつとした感触が返ってきた。


(こっちの手はどうなんだ?)


スコールはウォーリアの右手を放し、腕枕にしている左手を捕まえた。
右手は武器を握るから、剣胼胝があるのは自然な事だったが、左手はもう少し柔らかかったりするのか───と思ったが、此方も負けず劣らず硬い。
掌には、剣胼胝ではないが、盾を持った癖痕のようなものが残っていた。

ウォーリアは、盾さえも武器のように扱う。
大きさもさる事ながら、厚みと重みのある盾は、使いように寄っては立派な鈍器である。
基本的に防具らしい防具を身に付けていないスコールは、それを受け止める時にはガンブレードに頼る事になるが、刃に乗る重さと言ったら。
あれをうっかり生身で食らった日には、青痣が数日に渡って消えない事はザラだった。
そんな重量のある盾を持って戦うのだから、やはりこの手も、その過重に負けない鍛え方が成されている。

先と同じように、ウォーリアの左手に自分の手を重ねて、大きさの差を見てスコールは眉根を寄せる。
此方の方が僅かに大きいような、と些細な違いに目を奪われつつ、スコールの唇が拗ねたように尖った。


(……俺だって、小さくない筈なのに)


身長も、手も、決して小さくはない。
身長の割に細い細いとよく言われるが、それでも筋肉はついているし、決して柔な体の造りはしていない。

が、それでも、ウォーリアの方が、身長も体格も上である事は変わらない。

目の前の大きな手が、なんとなく憎たらしくなって、スコールは手の甲の皮膚を抓った。
鈍そうなので思い切り、とぎゅうう、と力を入れて抓ってやると、流石に堪える物があったらしく、


「……スコール」
「なんだ」
「……手が……」


痛い、とウォーリアは言わなかったが、気持ちとしては同じだろう。
スコールが手を解放してやると、白磁のように白い肌に、赤い痕が残された。
此処の皮膚は流石に普通と同じか、と新しい事実を発見したような気持ちで、赤みが引いて行くのを眺めていると、


「……スコール」
「なんだ」
「……私は、君に何かしてしまったのだろうか」


問う声にスコールが振り返ると、近い距離でじっと青の瞳が見ていた。
以前はその瞳に見詰められるだけで、スコールは落ち着かなくて居心地が悪かったのだが、今は違う。

無感動に見えて、色々な感情が浮かぶ透明度の高い青には、心なしか哀しそうな色がある。
その哀しさは、スコールに悪戯をされたと言う事よりも、スコールを怒らせてしまったのではないか、と言う不安から来るものだ。
自身でも知らない間に、スコールに不快な思いをさせたから、手の甲を抓られたのではないか───と、きっとウォーリアはそんな事を考えているに違いない。

大袈裟な奴だ、と思いながら、スコールは身体をごろりと転がした。
正面に確りと盛り上がった均整の取れた胸筋があって、またじわじわと妬ましい気持ちが浮かぶが、スコールは矮小な自分から目を逸らした。
まだ不安そうな表情をしているウォーリアの胸に頭を乗せ、背中に腕を回してやる。


「別に何もしてない。さっきのは────ただの八つ当たりだ」
「八つ当たり?」
「……あんたの手が、俺よりでかいから」


ただの八つ当たり、ただの嫉妬。
それだけの事で、ウォーリアには何も非はない。

そうは言っても、ウォーリアの不安は簡単には拭えないようだった。
それはスコールの言葉が信じられないと言うよりも、いつかまたスコールに同じ気持ちを抱かせてしまう事への不安と警戒だろう。

ウォーリアは翳りの消えない瞳で、自分の手を見た。


「……ミニマム」
「?」


ぽつりと聞こえた言葉に、スコールは意味が判らずに首を傾げる。
聞き覚えがあるような、ないような単語。
何だったか、と考えていると、ウォーリアは掌を見たまま続けた。


「ミニマムを使えば、小さくなるだろうか」
「は?小さく……?何を?」
「私の手だ。君に不快な思いをさせないように、少しでも小さく出来ればと」


スコールには思いも寄らない発想であった。
が、ウォーリアが至極真面目にそれを考えている事は、真剣なその表情を見れば判る。

ウォーリアが言っている事の意味と、その意図、理由を理解するまで、スコールは数瞬の時間を要した。
理解してから、また大袈裟な事を、と呆れる。
八つ当たりに大した意味などないし、手の大きさ云々はスコールが勝手に嫉妬した事で、ウォーリアが責任を感じるような必要はない。
それなのにウォーリアは、スコールが嫌な思いをしたのならと、真剣に解決案を考えようとしている。

はあ、とスコールは溜息を吐きかけたが、寸での所で飲み込んだ。
呆れる気持ちを飲み込んで、スコールはウォーリアの胸に顔を埋めて言う。


「別に不快とか、不愉快とか、そう言うのはない」
「しかし」
「…特に意味なんかないんだ。あんたの責任じゃない」
「………」


スコールとしては、精一杯率直に伝えたつもりだったが、ウォーリアの表情は晴れなかった。
まだ納得しない様子のウォーリアに、スコールは切り口を変える。


「大体、小さくなんてしてどうするんだ。あんた、剣も盾も握れなくなるぞ」
「それは困る」


この世界で生き抜く為にも、武器防具の扱いは重要だ。
ウォーリアが愛用している剣盾は、今の彼の手の大きさに丁度良く馴染んでいる。
それなのに、ウォーリアの手が小さくなってしまったら、握り手の癖を矯正するだけでも、かなりの努力と時間が必要とされるだろう。
体勢によっては、重さを手の力、指の力、手首だけで支えている時もあるし、使い勝手が大幅に変わってしまうのは間違いない。
場合によっては、武器の新調も視野にいれなければならないし、おいそれとやって良い真似ではあるまい。

この世界の記憶しか持たないウォーリアにとっては、この世界で行く抜く術が彼の全てである。
それを根底から覆され、剰え仲間達の足を引っ張るような事は、絶対にあってはならない。
スコールへの愛情から思い立った事とは言え、軽率な考えであった事は、彼も理解したようだった。


「すまない、スコール」
「別に謝る必要はないだろ。先に変な事を言ったのは俺だ」
「そんな事はない」
「……あんた、たまには俺の所為って事で納得してくれ」


何処までもスコールに非がある事を認めようとしないウォーリアに、いつもの事と思いつつも、スコールは複雑な面持ちだ。
切欠が此方にあった事位、素直に自分の非を認めさせてくれ、と思う。

はあ、と今度は溜息を吐いて、スコールはウォーリアの胸に頬を寄せた。
そんなスコールの後頭部に、ウォーリアの大きな手が添えられる。


(…あんた、本当に大きいな)


手も、体も、何もかも。
目で見る事は出来ないけれど、恐らく、その心もとても大きいに違いない。
その心から溢れ出るカリスマ性と包容力が、秩序の戦士達を惹きつけて已まないのだ。

それに比べて自分は、指先一つの大きさの違いを、ぐじぐじと気にしている。
小さい奴だな、と自分の矮小さに苛立ちつつ、そんな事を気にする自分にまた腹が立つ。
こうしてウォーリアと一緒にいると、意識的、無意識に関わらず比べてしまう分、余計に自分のちっぽけさが浮き彫りになるのが嫌だった。
以前、スコールがウォーリアの存在そのものを酷く苦手としていたのは、そう言う部分もあるだろう。

体を重ね合う関係となった今でも、スコールはウォーリアに対して、一種の苦手意識は否めない。
培ったものなのだから仕方がないだろう、と誰に対してでもなく言い訳をする。
けれど、一緒にいる事で知ったのは、それだけではない。


(……気持ち良い)


大きな手がゆっくりと、スコールの頭を撫でている。
慣れていないのだろう、バッツやクラウドに比べると、手指の動かし方は少しぎこちない。
指先に絡む髪の毛一本すら、繊細なものであるかのように扱っているのが判った。

その柔らかな撫で方が、スコールには心地良い。
大きな胸に抱かれて、大きくて優しい手に撫でられる度に、スコールは口元が緩む。




(……あんたのこの手は、好きなんだ)


だからずっと、このままでいて欲しいと思う。





フリーでリクを頂きまして、ウォルスコで手を比べ合わせてる光景が浮かんだので。

子供の頃、どうしても体格で追い付けないサイファーに、一杯揶揄われたんだと思います。
WoLの体格や手の大きさに憧れを持ってたら可愛いな。

[8親子]はじめのいっぽ

  • 2016/08/08 22:00
  • Posted by


我が家の小さなアイドルが、掴まり立ちが出来るようになった。

ずり這いを習得したタイミングも含め、先にその道を通った兄や姉に比べると、随分とゆっくりとしたペースだが、この頃の差は大した問題ではない。
比較的活発だった二人に対し、末息子のスコールは、甘えたがりでのんびり屋だ。
自分で動き回るよりも、誰かに抱き上げられているのが好きなようだし、何より、周りがすっかり甘やかしたがりになっている。
スコールが欲しいものは、父を筆頭に兄と姉が先を争って取りに行くし、抱っこをねだられれば直ぐに応えていた。
欲しいものが中々手に入らない時は、大きな声で泣けば、大抵は誰かが駆けつけてくれる。
そんな訳だから、興味のある物に対して積極的だった兄姉に比べると、自分で一所懸命になる事は少なかったかも知れない。

けれども、可愛い可愛い幼子に、早く歩けるようになって貰いたい、と周囲が思っているのも事実。
そうすれば、もっともっと色んな事が一緒に出来るようになる。
お散歩したい、縄跳びしたい、と口々に言う子供達に、そうだなあ、皆で一緒にやろうなあ、と父が言った。
近い将来を楽しみにしている保護者達に囲まれたスコールは、きょとんとした顔で首を傾げていたものである。

そんな家族の夢が、少しずつ現実味を帯びてきた。
初めてスコールの掴まり立ちの現場を見たのは、幼稚園から帰っていた姉、エルオーネだった。
リビングのローテーブルでお絵描きをしていたら、スコールがテーブルの足に捕まりながら立っていたと言う。
今まで、立とうとする仕草は何度か見られていたが、その度、力尽きてぽてっと尻もちを付いていたスコールが、ようやく立てたのだから、きっと驚いた事だろう。
お母さんお母さん、と呼ばれたレインが見た時には、スコールはいつものように尻もちをしていたのだが、「立ったよ!スコール、たっちしたんだよ!」と興奮してはしゃぐエルオーネに、レインも嬉しくなったものだ。
レオンやラグナに至っては、その瞬間を見れなかった事を酷く後悔していた位、一家にとって一大イベントとなった。

一度掴まり立ちが出来るようになれば、後は反復練習の要領で、同じ行動を繰り返す内、きちんと立てるようになった。
立って見せると家族が拍手で褒めるので、スコールもそれを覚えたらしい。
最近のスコールは、何はなくとも立って見せるようになり、拍手されると嬉しそうにきゃっきゃと笑っていた。



夏休みに入って、レオンとエルオーネは家にいる時間が増えた。
普段、日中は母と二人で過ごすスコールは、遊び相手がずっといてくれるのが嬉しいようだったが、流石に二人もいつまでも弟の相手ばかりはしていられない。
特に小学生のレオンは、夏休みの宿題と言うものがあり、一日に数時間は其方に時間を取られてしまう。
エルオーネも幼稚園から宿題に当たるものが出たようで、夏休み明けに提出する為の工作をやっている。
レインに言われ、時間を決めてそれを熟している二人だが、まだ一歳のスコールには、そう言う事は全く判らないもので、


「うー。あー、うー」
「レオン、ここテープはって」
「どこだ?」
「ここ」
「あうぅ。あー、あー」


リビングのカーペットに座って、宿題をしている兄妹と、色取り取りの積木で遊んでいる弟。
父ラグナは今日は午前中のみの仕事に行っており、母レインは庭で洗濯物を取り込んでいる。
一時、リビングには子供達だけが残されていた。

妹に頼まれて、レオンはセロハンテープを切って、エルオーネの指している場所に貼る。
エルオーネは、牛乳パックを使ったオモチャを製作していた。
先週、テレビの教育番組で見た工作オモチャを参考に、出来るだけ自分の力で作れるように頑張っている。
とは言えまだ5歳なので、要領の悪さは否めず、落ちるのを防ぐ為に押さえているとテープが貼れない、と言う場面ではレオンを頼っていた。

レオンの宿題は順調に減っている。
元々サボる性格ではないし、普段の宿題も忘れ物はほとんどしない。
エルオーネが生まれて以来、兄として見本になるように頑張っている彼は、弟が生まれて益々その気持ちが強くなったらしい。
妹弟の面倒を見つつ、彼は立派な長兄として、成長しつつあった。


「うーん……あと一ページやろうかな…」
「クレヨンもってくるー!」
「廊下、走ったら転ぶぞ」
「はーい」


ドリルの次ページを捲ろうか考えているレオンの脇を、エルオーネがぱたぱたと駆けて行く。
お転婆な妹は、返事ばかりであったが、まあ良いか、とレオンはドリルに向き直った。

宿題は、前倒しにやればやる程、後が楽だ。
小学生の夏休みを既に二回経験しているレオンは、それをよく知っていた。
今の所は全くの予定通りなので、此処でちょっと進めようか、と思っていると、


「うー。うー。あーい」
「ん?」


たん、たん、と床を叩く音が聞こえて、振り返ると、スコールが此方を見ていた。
夢中になっていた積木は脇に退けられており、どうやら飽きてしまったらしい。
遊んで、構って、と手を伸ばして来る弟に、レオンの眦が下がる。

予定は予定通りなのだし、まあ良いか、とレオンはドリルを閉じた。
レオンが腕を伸ばすと、スコールの小さな手がぎゅっと兄の手を握る。


「う、うっ。うーぁ」


スコールはレオンの手をぎゅうっと強く握りながら、まだまだ重いのであろう体を持ち上げる。
レオンは、そんな弟を手助けしたい気持ちに駆られつつ、ぐっと堪えてスコールの力を信じて待った。

スコールの掴まり立ちは、慣れて来たのか、段々と上手くなっている。
今日は昨日よりも短い時間で、真っ直ぐ立つ事が出来た。


「スコールはたっちが上手だな」
「じょーう?」
「うんうん」


舌足らずに兄の言葉を真似るスコール。
レオンはすっかり緩んだ顔で、スコールを抱き上げて、膝の上に乗せてやった。
大好きな兄の膝に乗せられて、スコールはきゃっきゃと嬉しそうに笑う。

一頻り兄の膝を楽しむと、スコールはきょろきょろと辺りを見回した。


「ねーえ、ねーえ」
「ねえねはいないぞ」
「ねーえ。ねー」
「よしよし。すぐ戻って来るからな」


さっきまでエルオーネが此処にいた事を、スコールも覚えているのだろう。
いなくなった事については、積木に夢中になっていたので、気付いていなかったのだ。

姉の事が大好きなスコールは、エルオーネがいないのが不満だったらしく、ぷうっと丸い頬が膨らむ。
レオンは体を揺り籠のように揺らして、膨れ顔の弟をあやした。
その言葉の通り、ぱたぱたと廊下を駆け戻って来る音がして、


「ほら、エルが戻って来た」


レオンが言うと、スコールはぱっと明るい表情になって、きょろきょろと姉を探す。
エルオーネがドアを開けて入って来ると、スコールは早速手を伸ばした。


「ねーえ、ねーえ」
「あれ、スコール。積木は?」
「飽きちゃったみたいだ」
「んーえ、ねーえー」


だっこをせがんで手を伸ばすスコールを、レオンは膝から下ろしてやった。
小さな両脇に手を入れて、エルオーネの方を向けて、両足を立たせてやる。
スコールがきちんと足に力を入れて立ったのを確かめてから、レオンは手を離した。

きちんと自分の足で立ったスコールを見て、エルオーネがぱちぱちぱち、と手を叩く。


「スコール、上手上手!」
「……えは」


レオンに続いてエルオーネにも褒められて、スコールがにぱーっと笑う。
その笑顔が、家族には愛らしくて堪らない。

────と、二人が弟の笑顔にすっかり骨抜きになっていた時だった。


「う、う、」
「おっとと。危ないぞ、スコール」


重い頭をふらふらと揺らしているスコールに、転んだら大変、とレオンが小さな体に手を添える。
何せ直ぐ隣にはローテーブルの縁があるから、転べば頭を打つかも知れない。
母がいれば、「貴方もエルも、あちこちよくぶつけてたから、大丈夫よ」と笑っただろうが、レオンはどうしても妹弟に過保護になる。
こうした所は、子煩悩な父に似たのだろうと、母は言っていた。

スコールは背中に添えられたレオンの手には気付かず、力んだように声を上げている。
何をしているんだろう、とレオンとエルオーネが首を傾げていると、とん、とスコールの右脚が前に出た。


「んっん、んっ」
「……スコール、お前」


レオンが呼ぶ声と重なって、今度は左足が前に出る。
それからスコールは、ぺたんとその場に座り込んだ。


「ねーえ。ねーえ」


だっこして、と小さな手が姉に甘えている。
だが、兄姉は揃ってそれ所ではなくなっていた。

レオンとエルオーネは、丸くなった目を互いに見合わせた。
見間違いじゃない、とお互いの反応を見て確信すると、レオンはスコールを抱き上げた。
後ろから抱き攫われてきょとんとしているスコールに構わず、兄妹は走って玄関へ向かう。

玄関には、丁度洗濯物を片付け終えて家に戻って来た母と、仕事を終えて帰ったばかりの父の姿があった。


「母さん!あっ、父さんも!」
「おう、ただいまー」
「お帰りなさい!」
「どうしたの、二人とも。そんなに大きい声出して」


血相を変えて飛び出してきた息子と娘を見て、レインが目を丸くする。
二人がこんなにも取り乱す事となったら、溺愛しているスコールに関する事だけだ。
幼い末息子に何かあったのかと両親が見遣れば、スコールは兄に抱かれてきょろきょろと首を巡らせている。
やがて母譲りの蒼灰色が両親の姿を捉えると、ぱあ、と嬉しそうな表情を浮かべた。

エルオーネと、スコールを抱いたレオンが、両親の下へ駆け寄った。
興奮し切った二人の様子に、父が「どした?」と訊ねると、


「スコール、あるいた!」
「え?」
「スコールが歩いたんだ!」


声を大きくした二人の言葉に、ラグナとレインは顔を見合わせた。
突然の事に、一瞬理解が出来なかった二人だが、それが数秒して追い付くと、


「本当か!?」
「ほんと!」
「いつ?」
「さっき!」


飛び付く勢いの父に、息子と娘ははっきりと答えて頷いた。
それを聞いたラグナが、ぐあーっと頭を抱えてしゃがみこむ。


「マジかぁー!初めて立った所は見れなかったから、歩く所は見ようと思ってたのに!」
「私も見たかったなあ。掴まり歩きしたの?」
「違う。俺、ちょっと支えてたけど、でも自分で」
「自分でね、あるいたの!こうやって」


再現して見せるエルオーネを見て、見たかったあ!とラグナが叫ぶ。
仕事なんかに行ってなければ見れたのに、と心の底から悔やむ夫に、こればっかりはね、とレインは苦笑するしかない。

レインに促されて、親子はリビングへと戻る。
兄に抱かれていたスコールが、カーペットに下ろされて、自分を囲む四人をきょとんとした顔で見回した。


「ね、スコール。さっきの、もう一回やって」
「スコール、歩くとこ見せてくれよ~」


エルオーネとラグナにねだられるスコールだが、彼はきょとんと首を傾げている。
レオンがスコールの脇に手を入れて、立つように促した。
しかし、周りの賑々しさに委縮したか、スコールはレオンの手をぎゅうっと握って捕まえてしまう。


「スコール、」
「うーう。うあぅ」
「手を離したいんだけど…」
「あーあ。やぁうぅー」


小さな手はしっかりと兄を捕まえて、離そうとしない。
何やら仰々しい雰囲気になっているのを感じ取ったのかも知れない。
レオンが手を離そうとすると、守ってくれるものを求めて、いやいやと頭を振る。

頑張って、頑張れ、と応援するエルオーネとラグナだが、スコールは困惑するばかり。
終いにはすっかり縮こまって泣き出してしまい、レオンも含めてあわあわとする家族に、レインは眉尻を下げて、長兄の腕から末息子を引き取る。


「えああぁ、あぁー、わぁぁあ」
「びっくりしちゃったわね。よしよし」
「スコール、ごめんな。恐がらせたな」


母にしがみついて泣くスコールに、ラグナがすっかり弱った顔で謝る。
その傍らで、レオンとエルオーネも心配そうに弟を見上げていた。

レインは息子のチョコレート色の髪を撫で、ソファに座って、膝にスコールを下ろした。
離れたくないと言わんばかりにしがみつくスコールに、あんよの練習はまた今度かしらね、と言う。
ラグナが残念そうに肩を落としたが、こればかりはスコールの気持ちが働かなければどうにもならない事だ。
幸い、明日から三日間、ラグナは仕事が休みになるので、その間にまた見れるかも知れない。
そう言う妻に、そうだな、のんびり待つよ、とラグナは言った。

すんすんと鼻を啜る弟を、レオンとエルオーネが撫でて慰める。
びっくりさせたな、ごめんね、と謝る二人に、スコールは涙を滲ませた瞳で、ことんと首を傾げたのだった。





お父さん、お母さん、事件です。
弟が立って歩きました。
そんな感じで、一々大騒ぎになる末っ子溺愛一家は書いてて幸せ。

ちなみに、レオンが赤ん坊の時にはラグナが、エルが赤ん坊の時はレオンが大騒ぎでした。
レインもびっくりしてるけど、自分以上に家族が大わらわになってるので、一周回って落ち着く。
後で思い出したりして、びっくりしたなあ、って思ってる。

[ラグレオ]落ちた雫は君の声

  • 2016/08/08 21:55
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レオンは、突然泣く事がある。
そういう時、彼は自分が泣いている事に気付いていない事が多い。

元々、泣く機会があまりなかったのだろう、と言うのは、彼の生い立ちを聞いてから思った。
幼くして天涯孤独の身となった彼は、早い内から自立心を芽生えさせ、それを形にするべく努力していた。
比例して他人に甘える事は減り、周囲に年下の子供が増えて行くにつれ、自身は世話をする役に徹するようになった。
お陰で彼は、15歳にして一人立ちする事が出来たのだが、共に育って行く筈だった幼く柔らかい心は、心の何処かで置き去りにされていたのだろう。

誰にも迷惑をかけないように生きる為に、彼は、甘えられる筈の少年時代に、殆ど人に甘えて来なかった。
お陰で同年代の若者達に比べると、驚く程しっかりとした好青年に育った訳だが、その代償は決して少なくない。
甘えるよりも甘えられる事の方が多かったレオンは、大人になった今でも、他人に甘える事が出来なかった。
お陰で人の仕事は率先して手伝う癖に、自分の仕事を他人に任せる事が出来ず、その癖なまじ有能な所為で、自分一人で全ての仕事を片付けられる。
それらは褒められるべき事と言って良いのだろうが、ラグナにとってはそうではなかった。
自分がやらなくて良い事まで引き受けて、体力の限界を越えてまでやる事ではない。
たまには他人を頼れ、甘えろ、と叱ったラグナを、レオンは豆鉄砲を喰らった鳩のような貌で見ていた。
あの表情は、滅多に怒らない先輩上司に叱られたと言う驚きもあったようだが、それ以上に、思いがけない事を言われた、と思ったかららしい。
“自分が誰かに頼って良い”と言う事が、レオンにとって、意識を根底から覆される様な言葉だったようだ。

それからレオンは、少しずつ周囲を頼るようになった。
元々、甘え下手な性質であるので、自分から人に頼る事は稀ではあるが、些細な事なら委ねられるようになった。
特に彼を叱り、面倒を見ていたラグナに対しては、その傾向が顕著に出た。
ラグナもしっかり者と評判の彼に頼られるのは悪い気がしなかったし、付き合いが増える内に、段々と見えて来るレオンの“歪”な意識を知ってからは、どんどん放って置けなくなった。

そうして共に過ごす時間が増え、体の関係を持つまでに至ってから、一ヶ月か二ヶ月か経った頃から、レオンはラグナの前で突然泣くようになった。
自身でも泣いていた事に気付かない程、唐突に訪れるその感情の揺れには、本人が一番戸惑っていた事だろう。
ラグナも驚きはしたが、レオンの今までの事情を鑑みれば、なんとなくその原因が想像できる気がした。
安堵か、未知の恐怖か、どう言い表せば正確なのかは判らないが、それでも、そうした感情の高ぶれや揺れは、決してレオンにとって悪いものではない筈だ。
寧ろ、今までそうしたものを強引に振り切っていた事を考えると、置き去りにされた心がその時間を取り戻すように、急激に芽吹いているのだとも思え、無理に留める必要はないとラグナは言った。
あやされる事にすら不慣れなレオンは、そうした慰めすら重荷になるようだったが、繰り返される内に彼も少しずつ慣れたのだろう。
今では、唐突に訪れた涙が止まるまで、大人しくラグナにあやされているようになった。

─────今日もレオンは、唐突に泣いた。
セックスの最中の事だったので、過ぎた快感による生理的なものかとも思ったが、行為を止めても尚止まらなかった涙に、いつもの奴だとラグナも気付いた。
ラグナは行為を完全に中断させて、レオンを抱き締めてあやす。
最近のレオンは、自分が泣いている事を自覚すると、益々涙が出て来るようになった。
ようやくそれが収まった時には、体の熱もすっかり落ち着いてしまっている。


「……すいません……」


赤らんだ顔を手で隠し、ぐす、と鼻を啜りながら、レオンが詫びる。
泣いた後のお決まりの言葉のようなものだった。

ラグナは良いの良いの、と言って、抱き締めていたレオンの背中をぽんぽんと叩いてやる。


「謝らなくて良いんだぞ。泣きたい時は泣けば良いんだからさ」
「でも…いつもこんな、急に……」


前兆もなく零れる涙で、何度ラグナを驚かせ、慌てさせた事か。
今でこそラグナも慌てずに相手をしてくれるが、初めの頃は、俺なんかしたか?と焦らせてしまっていた。
それが心苦しくて、次はないようにしようと思うのに、何かの弾みにまた零れてしまう。
その事にラグナが慣れてしまったと言うのも、それだけ彼を困らせてしまった証明のように思えて、レオンは心苦しかった。

気まずそうに視線を逸らすレオンに、気にしなくて良いのに、とラグナは思う。
何度かそれを口に出して伝えたが、どうしてもレオンは気に病んでしまうようだった。
元々、必要以上に気が回る性格なので、自身の意識でどうにもならない事で、他人の手を煩わせてしまう事にも、慣れていないのだろう。

ぐしゃぐしゃになった顔を拭くものを探して、レオンがきょろきょろとベッド周りを見回す。
ラグナはレオンを片腕に抱いたまま、逆の腕を伸ばして、ベッド横のチェストからティッシュを取った。
それを受け取ろうとするレオンだったが、ラグナの手はついと避けて、レオンの顔にティッシュを当てる。


「あ、あの……」
「んー?」
「自分でやりますから……」
「良いの良いの」


ラグナの手で顔を拭かれ、レオンは戸惑っていた。
両手がラグナを止めようと捕まえるが、ラグナは構わずに恋人の顔を拭き続ける。

散々泣いて、何度も目許を擦っていた所為で、レオンの顔はすっかり腫れている。
薄らと炎症を浮かせた皮膚をこれ以上痛めないよう、ラグナは出来るだけ優しく、彼に触れていた。
レオンは眉を下げて困り顔をしていたが、ラグナが止めてくれないのも判ったのだろう、大人しくされるがままになる。


「今日も一杯泣いたなあ」
「……すいません…」
「だから謝らなくて良いんだって。泣けるってのは、何も悪い事じゃないんだから」
「……そう、でしょうか……」


泣けば他人を困らせる、迷惑になってしまう、とレオンは思っている。
それも間違いではないだろう。
しかし、小さな子供は泣いて自分の気持ちを発露させるものだし、赤ん坊に至っては泣くのが仕事だ。
大人になってまでそれに甘んじて良い訳ではないが、大人だって哀しい時は泣くし、嬉しい時も涙が出るものだ。
レオン一人が、それを赦されない、等と言う事はないだろう。

でも、とレオンは言った。
ようやく落ち着いた蒼灰色の眦に、またじわりと薄い膜が浮く。


「……俺、ラグナさん以外の前で、こんな風になった事、ないのに……」


レオンが泣く時は、必ずラグナが傍にいる時だった。
だからレオンが泣く姿を見るのは、ラグナしかいない。
お陰でラグナは、レオンが突然泣く事について、誰かに相談するのも難しい(何度かした事はあったが、大抵「ラグナ君が困らせたんじゃないか」と言われてしまうようだった)ようだった。
だから彼がレオンの涙に慣れるまでの間、泣く度にラグナは困り果てた顔をしていたものだ。

ようやく出会えた、自分を愛してくれる人に、迷惑をかけたくない。
レオンはずっとそう思っているのに、そんな自分が一番彼を困らせてしまう。
その事を我が身で感じ取る度に、付き合ってくれる彼を愛しく思うと同時に、悔しくて堪らなかった。

またぼろぼろと涙を零し始めたレオンを、ラグナは小さく笑んで、抱き寄せる。
よしよし、と柔らかな髪を撫でてやれば、レオンはラグナの肩に額を押し付けて、ぐすぐすと鼻を啜った。


「す、すいま、せ……」
「謝らなくて良いんだって。ほら、思いっきり泣いちゃいな」
「そ、そんな事…できません……」


レオンが“出来ない”と言う理由は、ラグナに迷惑をかけたくないと言う気持ちは勿論だが、素直に自身の感情の発露が出来ないと言う事もあるだろう。
子供の頃から自分の感情を抑えるのに慣れてしまった分、今になって自分の意識で発散するやり方が判らないのだ。

う、う、と堪えるように声を零すのが、レオンの精一杯の発露だった。
ラグナはそんなレオンを抱き締めて、ベッドに身を沈める。


「レオンは、一杯苦労したんだなあ。頑張ったんだなあ」
「……ラグ、ナ…さん……」
「今も一杯頑張ってるよなあ。俺はよ~く知ってるぞ」
「……はい……」
「一杯頑張って、一杯張り詰めて。疲れてもまた頑張って」


レオンが幼い頃から必要以上に頑張っていた事を、知る者は少ない。
人当たりは良いのに、何処かで線を引いているレオンは、特別親しい人間と言う者が殆どいなかった。
だから自分の生い立ちを知る者も限られるし、レオンの優秀な人柄が、彼自身の相当な努力の上に成り立っている事も、余り知られていない。

だから、こんなにも頑張って生きて来たのに、褒めてくれる人もいなかった。
レオン自身もそれを当たり前だと思っていたから、自分が褒められるような人間だと思っていない。


「レオンは頑張ってるよ。俺は知ってる。全部知ってる」
「……う……」
「だから、俺の前では泣いても良いんだよ」


ラグナの言葉が、最後の一押しになったのだろう。
レオンの腕がラグナの背に回されて、しがみつくように抱き付いて、レオンは泣き出した。
相変わらず声は抑えたままだったが、肩に滲む熱い雫が、止め処なく溢れては流れて行くのが判る。

レオンは長い間、声を殺して泣き続けた。
堰を壊した後、止め方を知らない彼は、いつも枯れ果てるまで泣き続ける。
声が静かになってきたと思った時には、レオンは泣き疲れて眠っており、それ以上は揺すっても朝まで目を覚ます事はない。
泣くのは存外と体力を使う事だから、深い深い夢の中に落ちてしまうのだろう。

レオンが寝息を立て始めてからしばらくして、ラグナは抱き締めていたレオンの体を少しだけ放す。
枕に沈めたレオンの横顔には、涙の痕が残っていた。
冷やしたタオルでも取ってこようかと思ったが、背中に回されたレオンの腕が解けない。
ティッシュだけを取って、涙の痕をそっと拭いてやる。


「本当に、お前はよく頑張ってるよ。もっと肩の力を抜いて良い位に」


囁くラグナの声に、反応はない。
穏やかな貌で眠る青年は、何処か幼い子供を彷彿とさせる。
その表情に気付いた時から、ラグナは彼を放って置く事が出来なくなった。

よしよし、と頭を撫でると、レオンはちいさくむずがって、ラグナへと身を寄せる。
恋人関係になったばかりの頃は、眠っている時でさえ、彼は余り甘えてくれなかった。
幼い頃から培われた意識は、今のレオンを構成させる一部であるので、ラグナはそれを強く否定するつもりはない。
けれど、もっと甘えて良いんだぞ、と思う事は少なくない。


「難しいんだろうなあ、お前には」
「……ん……」
「良いさ。ゆっくり、出来るようになって行こうな。俺はお前と一緒にいるから」


そう言って、ラグナはレオンの雫が滲んだ眦にキスをする。
もっと、と言うように頬を寄せる青年に唇を緩めて、ラグナは自分とレオンのそれを重ね合せた。





うちのレオンは、幸せになったらなったで、その幸せに慣れなくて泣きそう、と言うイメージから。
特にラグナ×レオンで考えると、くっついたら幸せの許容量オーバーしそう。

そんなラグレオが読みたいんですけど落ちてないですかねって言う、ラグレオ好きさんへの催促(オイ)。

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