[ウォルスコ]この手が与えてくれるもの
「あんたの手、大きいな」
藪から棒のスコールの言葉に、ウォーリアはぱちりと瞬きを一つ。
そんな彼の手は、褥の中でウォーリアに身を寄せているスコールに捕まえられている。
数日振りの情事の後、けだるさに身を任せて、ベッドで舟を漕いでいた。
その中で、情事の最後に意識を飛ばしたスコールが、いつの間にか目を覚ましていた事には気付いている。
スコールが眠っている時は向き合わせていた体は、彼が目覚めてから寝返りを打ち、今はウォーリアの胸にスコールの背中が当たっている。
恥ずかしがり屋な彼が、情事の後に向き合おうとしないのはいつもの事だ。
ウォーリアは少しそれを寂しく思うが、閉じ込めた腕から逃げようとはしないので、それが彼の気持ちの表れであると思っている。
そうして、腕の中の温もりに愛しさを募らせながら、そろそろ睡魔に身を委ねようとしていた時の事だ。
手が大きい、と言われて、そうだろうか、とウォーリアは首を傾げた。
その気配を感じ取ったのだろう、スコールが肩越しに此方を見る。
アイスブルーとブルーグレイが交じり合って、ウォーリアは彼の手に捕まえられている自分の手を見た。
「……そうだろうか」
大きい、のだろうか。
判断基準もない為、判然とせずに考えていると、
「大きいだろ。俺よりでかい」
そう言ってスコールは、ウォーリアの手を開かせ、自分の手を重ね合せる。
成程、確かにそうして比べてみると、ウォーリアの手はスコールのそれよりも一回り大きかった。
大人と子供と言う程の差はないものの、指の関節一つ分は差がある。
それでいてウォーリアの手は厚みもあり、骨も筋肉もしっかりとしている事が感じられた。
ウォーリアの手との差を目に見える形で知って、スコールの眉間に深い皺が生まれる。
俺だってそれなりにある筈なのに、と自分の手を握り開きして、感覚を確かめる。
決して小さくはない筈だ、と。
(……前にも、こう言う感覚はあった────気がする)
スコールの朧な記憶に、ぼんやりと浮かぶ影。
もっと小さかった手に重ねられた小さな手は、それでも自分よりも一回りか二回り大きかった。
それを知って思ったのは、小さな自分の手が悔しいと言う事と、大きな手が羨ましいと言う事。
記憶の風景がいつのものであるのかは判然としなかったが、その頃から自分は、“大きな手”に羨望に似た感情を抱いていたらしい。
詳細が思い出せないのに、そんな感情があった事ばかりは思い出せるのだから、きっと相当なコンプレックスになっていたのではないだろうか。
重ねていた手のひらだけを離して、逃がしはしないまま、スコールはウォーリアの手をじっと眺める。
剣胼胝のある手は武骨なもので、決して柔らかいとは言い難い。
指先まで筋肉がしっかりと詰まっているような固さで、皮膚も厚みがある。
胼胝のある掌に指を滑らせれば、ごつごつとした感触が返ってきた。
(こっちの手はどうなんだ?)
スコールはウォーリアの右手を放し、腕枕にしている左手を捕まえた。
右手は武器を握るから、剣胼胝があるのは自然な事だったが、左手はもう少し柔らかかったりするのか───と思ったが、此方も負けず劣らず硬い。
掌には、剣胼胝ではないが、盾を持った癖痕のようなものが残っていた。
ウォーリアは、盾さえも武器のように扱う。
大きさもさる事ながら、厚みと重みのある盾は、使いように寄っては立派な鈍器である。
基本的に防具らしい防具を身に付けていないスコールは、それを受け止める時にはガンブレードに頼る事になるが、刃に乗る重さと言ったら。
あれをうっかり生身で食らった日には、青痣が数日に渡って消えない事はザラだった。
そんな重量のある盾を持って戦うのだから、やはりこの手も、その過重に負けない鍛え方が成されている。
先と同じように、ウォーリアの左手に自分の手を重ねて、大きさの差を見てスコールは眉根を寄せる。
此方の方が僅かに大きいような、と些細な違いに目を奪われつつ、スコールの唇が拗ねたように尖った。
(……俺だって、小さくない筈なのに)
身長も、手も、決して小さくはない。
身長の割に細い細いとよく言われるが、それでも筋肉はついているし、決して柔な体の造りはしていない。
が、それでも、ウォーリアの方が、身長も体格も上である事は変わらない。
目の前の大きな手が、なんとなく憎たらしくなって、スコールは手の甲の皮膚を抓った。
鈍そうなので思い切り、とぎゅうう、と力を入れて抓ってやると、流石に堪える物があったらしく、
「……スコール」
「なんだ」
「……手が……」
痛い、とウォーリアは言わなかったが、気持ちとしては同じだろう。
スコールが手を解放してやると、白磁のように白い肌に、赤い痕が残された。
此処の皮膚は流石に普通と同じか、と新しい事実を発見したような気持ちで、赤みが引いて行くのを眺めていると、
「……スコール」
「なんだ」
「……私は、君に何かしてしまったのだろうか」
問う声にスコールが振り返ると、近い距離でじっと青の瞳が見ていた。
以前はその瞳に見詰められるだけで、スコールは落ち着かなくて居心地が悪かったのだが、今は違う。
無感動に見えて、色々な感情が浮かぶ透明度の高い青には、心なしか哀しそうな色がある。
その哀しさは、スコールに悪戯をされたと言う事よりも、スコールを怒らせてしまったのではないか、と言う不安から来るものだ。
自身でも知らない間に、スコールに不快な思いをさせたから、手の甲を抓られたのではないか───と、きっとウォーリアはそんな事を考えているに違いない。
大袈裟な奴だ、と思いながら、スコールは身体をごろりと転がした。
正面に確りと盛り上がった均整の取れた胸筋があって、またじわじわと妬ましい気持ちが浮かぶが、スコールは矮小な自分から目を逸らした。
まだ不安そうな表情をしているウォーリアの胸に頭を乗せ、背中に腕を回してやる。
「別に何もしてない。さっきのは────ただの八つ当たりだ」
「八つ当たり?」
「……あんたの手が、俺よりでかいから」
ただの八つ当たり、ただの嫉妬。
それだけの事で、ウォーリアには何も非はない。
そうは言っても、ウォーリアの不安は簡単には拭えないようだった。
それはスコールの言葉が信じられないと言うよりも、いつかまたスコールに同じ気持ちを抱かせてしまう事への不安と警戒だろう。
ウォーリアは翳りの消えない瞳で、自分の手を見た。
「……ミニマム」
「?」
ぽつりと聞こえた言葉に、スコールは意味が判らずに首を傾げる。
聞き覚えがあるような、ないような単語。
何だったか、と考えていると、ウォーリアは掌を見たまま続けた。
「ミニマムを使えば、小さくなるだろうか」
「は?小さく……?何を?」
「私の手だ。君に不快な思いをさせないように、少しでも小さく出来ればと」
スコールには思いも寄らない発想であった。
が、ウォーリアが至極真面目にそれを考えている事は、真剣なその表情を見れば判る。
ウォーリアが言っている事の意味と、その意図、理由を理解するまで、スコールは数瞬の時間を要した。
理解してから、また大袈裟な事を、と呆れる。
八つ当たりに大した意味などないし、手の大きさ云々はスコールが勝手に嫉妬した事で、ウォーリアが責任を感じるような必要はない。
それなのにウォーリアは、スコールが嫌な思いをしたのならと、真剣に解決案を考えようとしている。
はあ、とスコールは溜息を吐きかけたが、寸での所で飲み込んだ。
呆れる気持ちを飲み込んで、スコールはウォーリアの胸に顔を埋めて言う。
「別に不快とか、不愉快とか、そう言うのはない」
「しかし」
「…特に意味なんかないんだ。あんたの責任じゃない」
「………」
スコールとしては、精一杯率直に伝えたつもりだったが、ウォーリアの表情は晴れなかった。
まだ納得しない様子のウォーリアに、スコールは切り口を変える。
「大体、小さくなんてしてどうするんだ。あんた、剣も盾も握れなくなるぞ」
「それは困る」
この世界で生き抜く為にも、武器防具の扱いは重要だ。
ウォーリアが愛用している剣盾は、今の彼の手の大きさに丁度良く馴染んでいる。
それなのに、ウォーリアの手が小さくなってしまったら、握り手の癖を矯正するだけでも、かなりの努力と時間が必要とされるだろう。
体勢によっては、重さを手の力、指の力、手首だけで支えている時もあるし、使い勝手が大幅に変わってしまうのは間違いない。
場合によっては、武器の新調も視野にいれなければならないし、おいそれとやって良い真似ではあるまい。
この世界の記憶しか持たないウォーリアにとっては、この世界で行く抜く術が彼の全てである。
それを根底から覆され、剰え仲間達の足を引っ張るような事は、絶対にあってはならない。
スコールへの愛情から思い立った事とは言え、軽率な考えであった事は、彼も理解したようだった。
「すまない、スコール」
「別に謝る必要はないだろ。先に変な事を言ったのは俺だ」
「そんな事はない」
「……あんた、たまには俺の所為って事で納得してくれ」
何処までもスコールに非がある事を認めようとしないウォーリアに、いつもの事と思いつつも、スコールは複雑な面持ちだ。
切欠が此方にあった事位、素直に自分の非を認めさせてくれ、と思う。
はあ、と今度は溜息を吐いて、スコールはウォーリアの胸に頬を寄せた。
そんなスコールの後頭部に、ウォーリアの大きな手が添えられる。
(…あんた、本当に大きいな)
手も、体も、何もかも。
目で見る事は出来ないけれど、恐らく、その心もとても大きいに違いない。
その心から溢れ出るカリスマ性と包容力が、秩序の戦士達を惹きつけて已まないのだ。
それに比べて自分は、指先一つの大きさの違いを、ぐじぐじと気にしている。
小さい奴だな、と自分の矮小さに苛立ちつつ、そんな事を気にする自分にまた腹が立つ。
こうしてウォーリアと一緒にいると、意識的、無意識に関わらず比べてしまう分、余計に自分のちっぽけさが浮き彫りになるのが嫌だった。
以前、スコールがウォーリアの存在そのものを酷く苦手としていたのは、そう言う部分もあるだろう。
体を重ね合う関係となった今でも、スコールはウォーリアに対して、一種の苦手意識は否めない。
培ったものなのだから仕方がないだろう、と誰に対してでもなく言い訳をする。
けれど、一緒にいる事で知ったのは、それだけではない。
(……気持ち良い)
大きな手がゆっくりと、スコールの頭を撫でている。
慣れていないのだろう、バッツやクラウドに比べると、手指の動かし方は少しぎこちない。
指先に絡む髪の毛一本すら、繊細なものであるかのように扱っているのが判った。
その柔らかな撫で方が、スコールには心地良い。
大きな胸に抱かれて、大きくて優しい手に撫でられる度に、スコールは口元が緩む。
(……あんたのこの手は、好きなんだ)
だからずっと、このままでいて欲しいと思う。
フリーでリクを頂きまして、ウォルスコで手を比べ合わせてる光景が浮かんだので。
子供の頃、どうしても体格で追い付けないサイファーに、一杯揶揄われたんだと思います。
WoLの体格や手の大きさに憧れを持ってたら可愛いな。