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2019年08月
サイファーと二人で訓練所に来る事を、実はスコールは余り好んでいない。
ペア行動は任務でも儘ある事だ。
任務の際、基本的に相手は選べるものではなく───スコールの立場を利用すれば可能、ではあるのだろうが、其処は補佐官が許してはくれない───、諸々の都合や効率を考えて、苦手とする相手でも相方になる事は珍しくない。
余りにも相性が悪い、馬が合わない者ならば流石に合わせないようにはするが、それも毎回都合が着く訳ではない。
そもそも個々人の好き嫌いと言うのは、ごく個人的な話であるから、その程度で任務に支障を来すな、と言うのが組織を動かす者としての見解である。
スコールもそう言った指示を出す立場であるし、そもそも自分の趣向でメンバーを選り好みをごねるような性格ではないので、こう言った指示には基本的には従うようにしている。
サイファーとスコールがペアとなって行動する任務も少なくはない。
寧ろ、戦闘の実力や、誰よりも互いの事を理解している事もあり、打ち合わせなしに阿吽の呼吸の働きを見せる彼等を知っていれば、組ませない理由の方がないだろう。
加えて、互いの暴走を抑えられるのも互いだけ、と言う超限定的な理由も含めて、サイファーとスコールは一緒にして置いた方がベストでありベターである、と言うのがキスティスの見解らしい。
以前のスコールなら、サイファーと組まされる事に、苦い顔の十や二十は見せただろう。
それはサイファーも同じ事だ。
だが、魔女戦争を終え、相手を憎からず意識している今は、それ程強い嫌悪的意識は持っていない。
二人も共に大人の階段を幾つか登り、必要以上の衝突が起こる事もなく、時々過度な喧嘩でガンブレードを持ち出す程度だ(それを“程度”と言う所が傍目には異常かも知れないが、それが彼らの日常である)。
だが、サイファーと一緒に訓練所に入る事だけは、スコールは避けたがっている。
戦闘訓練をするなら外でも良いし、派手な事にならなければグラウンドだって良い。
だったら訓練所だって良いだろう、寧ろ派手に暴れられる分、訓練所の方が遠慮がなくて良いじゃないか───と首を傾げたのはゼルだったか。
グラウンドでやらかしては修繕に駆り出されるゼルにしてみれば、結局これだけ暴れるのなら然るべき場所でやってくれ、と言いたい所だろう。
スコールもそれは薄々感じているし、設備をうっかり破壊しては給料天引きと修繕労働を命じられるのは面倒なので、ゼルの言う事が最もだと判ってもいる。
それでも嫌なのだ。
誰にも理由は言えないけれど。
嫌だ嫌だと思っていても、為さねばならない時もある。
今が正にそうだった。
スコールは工具箱を手に訓練所を歩いていた。
その三メートル後ろをついて歩くのは、ガンブレードを肩に担いだサイファーだ。
パーソナルスペースが広いスコールの場合、これだけ他人との距離が開いているのは普通の事なのだが、普段はサイファーにそれは適用されていない。
それはサイファーが構わず近付いて来るからだったり、スコールがそれを特に振り払わないからだ。
故に二人の距離は、もっと近いのが本来の日常風景である。
しかし訓練所に入る時だけは、スコールはサイファーに近付くなと厳命している。
任務で指示を出す時よりも真剣な表情で告げる命令に、サイファーは溜息を吐きながら判ってるよと言った。
そうしなければならない事を、サイファーもスコールと同じように理解しているからだ。
訓練所全体に生い茂る、熱帯樹林のように蔓延る植物を掻き分けながら進み、スコールは目的の場所に到着した。
其処にあったのは古い大型の空調設備で、訓練所全体の温度湿度を調整する為に設置されているものだ。
ガーデン設立から数年後に用意されたもので、修理修繕を繰り返して使われており、働き始めてから十年近くが経っている。
当時はエスタ~ガルバディア間の戦争の直後と言う事もあってか、機械類は利便性よりも頑強さを求められていた節があり、幸か不幸か、魔物が徘徊する訓練所内にあって、この設備は一度も壊されてはいないと言う。
しかし経年劣化の波は押し寄せており、これを作ったメーカーがとうの昔に倒産している事や、交換部品の製造が終わっている事もあって、そろそろ限界ではないかと囁かれている。
出来れば交換したいと言うのがスコールやキスティスの本音だが、今時、訓練所のような広さの場所に宛がえる上に、魔物の襲撃にも耐えられる強靭な機械など、一般には殆ど出回っていない。
キスティスが今度カーウェイに伝手はないか聞いてみる、と言っていたので、運が良ければ軍事用の某かが手に入るかも知れない。
が、その目途が立つまでは、現在の設備に生きていて貰わなければならなかった。
普段、この場所の設備は機械を得意とした面々───主にはニーダ───が調査修理をしている。
魔物を警戒しながらの確認作業なので、集中できるようにと警備の意味で二人ペアで赴く事が決められていた。
スコールも何度か警備役として同伴しているので、この役割分担の必要性は理解している。
しかし、自分が整備するに辺り、相方をサイファーにするのだけは止めて欲しかった。
任務の所為で皆が出払い、偶々暇だったのが自分達だけと言う悪運を、スコールはつくづく恨む。
後ろをついてきた気配が、殆ど距離を詰めずに足を停めた。
ちらりと見遣ると、退屈そうなサイファーが辺りを見回して魔物を警戒している。
スコールが厳命した距離は守っており、何もなければ彼が此方に近付く事はないだろう。
(……さっさと済ませよう)
スコールは地面に工具箱を置いて、蓋を開けて幾つかの道具を取り出す。
とにかく此処に長居してはいけない、と言う気持ちだけで、スコールは急ぎ確認作業に取り掛かる。
空調機器は、古いだけに中身の構造は単純で、その分確認する点が多い。
おまけに蓋を開けただけでは見えない、奥まった場所にも確認点がある。
仕方ない、とスコールはカバーを完全に外して、50cmもない穴の中に上半身を潜り込ませた。
その様子を離れた所から見ていたサイファーは、なんとも複雑な面持ちを浮かべていた。
彼の目には、空調設備の穴に潜り込んだスコールの、小ぶりな尻がもぞもぞと動いている図が映っている。
作業に集中しているのだから仕方ないのだが、小刻みに右へ左へ揺れる尻の、なんと無防備な事か。
此処にいるのが俺で良かったな、と思うサイファーだが、恐らくそれを言っても彼は首を傾げるだけだろう。
しばらくの間、サイファーは近付いて来るグラットを切り捨て、アルケオダイノスを追い払う事に終始した。
時々、あっちは変わりないか、と尻を────スコールをちらと見遣る。
見る度、相変わらず無防備な子桃を揺らしているのを見て、こっそりと溜息を吐きつつ、仕事を続けた。
ようやくスコールが仕事を終えた時、彼は穴の中で汗だくになっていた。
整備の為に空調の電源を切っているので、排熱はないのだが、狭い狭い穴の中だ。
空気の循環がある訳もない、極端に狭い場所での集中作業で、汗が止まらない。
下手な隠密任務より疲れる、と思いながら、ようやっと作業を終えたと穴から出ようとして、
「……ん…?」
ぐっ、と何かが引っ掛かっている感触に阻まれた。
服が何処かのツメか出っ張りにでも引っ掛かっている。
くそ、と舌打ちしてどうにか外れないかともがくスコールだったが、何処に何が引っ掛かっているのかも確認できない状態では、どうにもならなかった。
「……サイファー!」
一瞬躊躇したが、他に手段が浮かばなかった。
呼ぶ声にサイファーが振り返ると、動かなくなった尻がある。
呼ばれたので何か用事があるのだろうが、現在、サイファーは接近禁止令を出されている。
近付く前に、距離保ったままで声を大きくして返事を投げた。
「……なんだよ!?」
「引っ掛かって出れない。手伝え」
「……何やってんだ、お前。鈍ってデブったか」
「服が引っ掛かってるんだ!」
呆れて言うサイファーに、スコールは怒気の籠った声で言い返した。
サイファーは周辺の安全確認だけを済ませて、スコールの下に向かった。
その間もスコールはなんとか抜け出せないかと奮闘していたが、サイファーにはやはり、尻がぷりぷりと揺れているだけだ。
余りの無防備振りに悪戯心が沸きそうになるサイファーだが、頭を振って堪えた。
接近禁止令は一時解除されているだけなのだから、此処で余計な事をしたら、血の雨になる。
「何処が引っ掛かってんだ」
「…判らない。後ろは、何か……」
「こっちから見える所は問題なさそうだぜ」
「んん……」
尻は賢明にもぞもぞと動いていて、中でスコールが奮闘している事が判る。
しかしこのままでは埒が明かない。
手っ取り早い方法は、とサイファーはスコールのズボンの端を掴む。
本当なら腰をしっかり掴んでやりたい所だったが、穴のサイズにスコールの体がぴったりと収まっている所為で、穴と体の間に手を入れる程の隙間がないのだ。
「引っ張るぞ。良いな」
「……判った。……変な所触るなよ」
「触んねーよ」
「……」
自分ではどうにもならないと諦めて、スコールはサイファーに任せた。
念押しにたいして判っていると言う返事をするサイファーに、どうだか、とスコールは眉根を寄せる。
サイファーにしてみれば、そもそもそんな念押しをされる謂れもない、のだが、これまでの経緯を思うと疑われるのも仕方がないと判ってはいた。
スコールとサイファーが二人で訓練所に入ると、往々にして何か事件が起こる。
それは繁殖期で胎内変動を起こしたグラットの体液でスコールの服が溶かされて裸同然にされたり、服に枝が引っ掛かって破れたり脱げたり。
何もない場所で足を滑らせたり、その拍子にサイファーがスコールを押し倒したり、掴んだスコールのズボンを引き摺り下ろしてしまったり。
前者については魔物が原因、スコールの不注意や油断で済むのだが、後者についてはスコールが怒るのは当然だろう。
突然押し倒されたり、尻に顔面を埋められたり、挙句の果てに下着姿にされたり、────それが一度や二度の事故ではないのだから。
訓練所以外ではそんな事件は起きていないので、スコールはサイファーがわざとやっているんじゃないかと睨んでいる。
サイファーは全くの濡れ衣で全て事故なのだが、余りにも頻発する為、段々自分でも疑わしくなってきた。
だから、スコールからの接近禁止令も、律儀に守っていたのだ。
これからの許可を貰った所で、サイファーは腕に力を入れて、スコールの下肢を後ろへと引っ張る。
いたた、と言う声を聴きつつ、しかし躊躇していては終わらないと、サイファーは一気にスコールの体を穴から引きずり出した。
ぶちッ、ぶちちッ、と言う少々嫌な音を立てながら、スコールの体が穴から出て来る。
服が破れる位なら安いもんだと、思い切って強く引っ張ると、ぐっと何かが強く引っ掛かる感触があって、
「!サイ、待、」
「こら暴れんな」
「待て、ちょっ、ベルトが────」
焦るスコールを無視して、サイファーは勢いよくスコールの腰を引っ張った。
直後、ばちんっ、と何かが弾ける音がすると同時に、スコールの体が穴から救出される。
が、サイファーの手にはその感触よりも、随分と軽くなった布地の感触だけが残されていた。
勢いよく引っ張られた反動で、スコールの体は飛び出すように排出された。
そこそこの勢いで吐き出されたスコールは、そのまま後ろにいたサイファーの体にぶつかって尻餅をつく。
「いたた……だから待てって言ったのに…!」
忌々し気に呟くスコールは、下肢をすっかり裸にされていた。
穴の中で突起に引っ掛かっていたベルトの留め具が、引きずり出される勢いに耐え切れずに千切れ飛び、細身のスコールでは余裕のあるウェストだったズボンが脱げてしまったのだ。
人の話を聞けよ、と忌々し気にサイファーを睨もうとして、その姿が辺りにない事に気付く。
きょろきょろと辺りを見回したスコールであったが、何かが尻の下で蠢いている事に気付いてギクッとした。
まさか、と恐る恐る視線を落とせば、そこはサイファーの上────しかも、よりにもよって顔面に尻餅をついていたのである。
「~~~~~っっ!!」
真っ赤になったスコールが飛び退くと、サイファーは大の字になったまま動かない。
怒りと羞恥で一杯のスコールは、サイファーの手に握られていた自分のズボンを引っ手繰ると、下半身をパンツ姿のままで駆けだした。
一人残されたサイファーは、ほんのりと温かい感触の残る顔に手を当てて、溜息を吐いたのだった。
『T〇L〇veる並にラッキースケベを引き起こすサイファーと、ラッキースケベられるスコール』のリクを頂きました。
ラッキースケベは有り得ない事が起きる位が丁度良い。
この後、茂みで蹲ってるスコールをサイファーが迎えに行って、お詫びにおんぶして帰ります。
そんな時はほぼ起きない、空気を呼んでくれるラッキースケベな世界。
ご都合主義ラブコメ万歳。
数ヵ月振りに顔を合わせた、養父と呼んで良いのであろう人物────シド・クレイマーは、スコールの顔を見て「元気そうですね」と言って微笑んだ。
スコールは18歳になる前にバラムガーデンを卒業し、指揮官職を退いた。
年齢だけで言えば20歳になるまで在校は可能であったし、多くのSeeDはそうしていたが、スコールの行く宛てが決まった事が、早い卒業の理由となった。
実の父親であり、エスタの現大統領であるラグナ・レウァールから、自分の専属SPにならないかと声をかけられたのだ。
組織的に見ればヘッドハンティングであったが、その実の内情はもっと複雑だ。
スコールとラグナが実の親子である事や、その繋がりを模索している内にもっと踏み込んだ間柄になった事。
今まで互いの存在すらも知らずにいた時間を取り戻すように、もっと近い距離で、もっと時間を共にしたいと言ったラグナを、スコールは拒否する事は出来なかった。
ガーデンもスコールにとっては自分の家だったから、其処を離れる事に思う事は数えきれない程にあったけれど、それよりも、ラグナと共にいたい、と言う気持ちが、今までずっと恐れていた見えない未来への一歩を踏み出す勇気になった。
そうなれば、幼子をあやす揺り籠であった箱庭の役目は終わる。
きっと一番長くガーデンに留まるであろうと思われていたスコールが、誰よりも先に卒業した事に、幼馴染達は驚きつつも祝福した。
行ってらっしゃい、偶には帰って来いよ、ラグナ様の写真送ってね、とめいめい賑やかに送り出した幼馴染達の傍らで、スコールの成長を見守り続けたシドも、笑みを浮かべていた。
魔女戦争を終え、妻が戻ってきて以来、シドは何処か肩の荷が下りたようで、スコールは彼が急に老け込んだように感じる事があった。
けれどそれは悪い意味ではなく、ようやく本当の意味で安心できるようになったのではないか、と思う。
それなら、これからはずっと、穏やかに暮らして行けたら良い。
ガーデン設立の経緯や、G.Fによる記憶障害の事実、魔女戦争の最中に突然行方を晦ませた時など、言いたい文句も山ほどあるが、それはそれだ。
そう思う位には、スコールにとってシド・クレイマーと言う人物は、嫌いではない人だったのだ。
────シドがエスタを訪れたのは、今後もガーデンを経営・発展していくに辺り、最新機器を使った授業形態をエスタから取り入れる為だった。
主な視察はエスタ国内の各学校施設で、スケジュールも殆どそれで埋まっていたのだが、滞在最後の日にラグナと非公式の会談をする事になった。
立場も背景もそれぞれ違うが、共に“魔女”と戦った指導者として……等と言う文言は、ニュースが勝手に流した言葉だ。
実際にはもっとフランクで、もっと内密で、私的な会話が交わされている。
主に、スコールが幼い頃のあれやこれやを。
「うーん……スコールがよく泣く子だった、って言うのはエルからも聞いてるんだけど…」
「ええ、今の彼はとてもしっかりしていて、よく気が付く子ですから、余り想像できないかも知れませんね」
「いや、そうでもないかも?泣き虫じゃないけど、色々判り易い所もあるからさ。なんとなーく、こう……思い浮かぶような所もあって。でも見たかったなあ、ちっちゃい頃のスコール。無理なんだけどさ、仕方ないんだけど」
「アルバムでもあれば良かったんですけどね。石の家にいた頃は、カメラはとても私達には手が届かない代物だったものですから」
「あー、うんうん。俺もカメラは持ってたけど、ウン十万ギルとかしてて。フィルムも高かったなあ」
昔話に花を咲かせるのは、大人の証拠なのだろうか。
自分の過去を勝手にバラされつつ、あっちこっちに飛ぶ会話に、スコールは眉間の皺を深くしながら、警護の為にとラグナの傍らに立っていた。
話をしている二人は随分と楽しそうだが、スコールは退屈な上、自分の過去を───覚えていない事まで───あれこれと暴露されるので、非常に苦い気持ちを味わっている。
しかし警護任務の仕事中だからと、無表情であるようにと努めていた。
だが、そんな胸中をシドは察しているのだろう、時折此方を見ては楽しそうに笑っている。
やっぱりあの笑顔は狸だ、とスコールは思った。
「スコールが元気そうで安心しました。いえ、キスティスやゼルから聞いてはいたんですが、やっぱり自分の目で見ると、一層、と言いますか」
「ああ、判る気がする。人伝に聞いてるのと、自分で見るのとじゃ、やっぱり色々違うもんな。俺もエルの事は大丈夫な所にいるとは聞いてたけど、実際逢ったら、ああ本当だエルだー良かったーって思ったし」
「ええ、ええ。そう、エルオーネも元気だそうですね。よく此方に来ていると伺いました」
「うん。俺が忙しいもんだから、そんなにゆっくり話は出来ねーんだけど、月一くらいで来てくれてるんだ。スコールとよく話をしてるよ。な?」
くるん、と翠の瞳が此方を向いて、スコールを捉える。
スコールは短い沈黙の後、「……近況報告程度には」と答えた。
実際には姉が来た時には色々と込み入った話もしているのだが、それは言う必要はないだろう。
ラグナはもっと話をしてるじゃないか、と言いたげな表情で首を傾げていたが、シドはくすくすと笑って、
「スコールもエルオーネも、元気に過ごしているのなら、何よりです。貴方の顔を直接見に来た甲斐がありました。イデアにも良い土産話が出来そうだ」
「……そう、ですか」
「でも、スコールも時々で良いので、ガーデンに顔を見せてくれると嬉しいです。皆もきっと喜びますよ。特に、サイファーとか、ね」
「その名前は知りません」
指揮官を退く際、後任を決めろと言われて、その場で名指しした幼馴染の名前。
それを知らないと素っ気ない言葉を投げるスコールに、シドは変わらない笑みを浮かべている。
その笑みに腹の中まで見られているような気がして、スコールの眉間の皺が深くなった。
殆ど雑談のような流れのまま、シドとラグナの会談は終わった。
ガーデンの今後の発展を、エスタの躍進を、と形的な遣り取りを最後に、シドは大統領官邸を後にする。
彼はこの後、ガーデンで待っているであろう自分の妻と子供達の為、沢山の土産を購入してから帰路に着くそうだ。
オススメのお土産ってありますか、と尋ねるシドに、スコールは熟考した後で、なんとか最近耳にしている流行物を教える事が出来た。
ではスコールのオススメとして買って行きましょう、なんて言うシドに、スコールは心の底から勘弁してくれと思う。
だが、彼はきっとその通りに品物を購入し、その通りに幼馴染達に伝えるのだろう。
明日の朝にパソコンに喧しいメールが届くのを想像して、スコールは溜息を吐いた。
────その隣で、ラグナも判り易い大きな溜息を吐く。
「はー。あれがお前の育ての親、かあ」
「……あまりそう意識した事はないけどな」
スコールはシドとイデアが開いた石の家にいて、そのままバラムガーデンへと入学した。
思えばずっと二人の庇護下にいた訳だが、G.F.の影響もあってから、スコールはあまりそうと意識した事はなかった。
寧ろ、ガーデンからいつの間にか消えていたイデアの事は愚か、シドが“シド先生”であった事も忘れていたのだ。
スコールが二人に育てられていた事実を思い出したのはつい最近で、特にシドに対しては長らく“学園長”としての認識のみであった事もあり、所謂“父親役”であったとは考えていなかった。
だが、ラグナは唇をへの字にして、拗ねたような表情で、窓の向こうの空港を見詰めている。
何か子供じみた感情が其処に滲んでいるような気がして、スコールは首を傾げた。
「……ラグナ?」
「んー?」
「………」
表情は相変わらず拗ねたまま、返事だけは寄越したラグナに、スコールは閉口する。
何か言いたい事でもあるのか、でも言いたくないのか、それともスコールに聞かせたくないのか。
でも聞かせたくないならそんな顔、とスコールが俯くと、ラグナは横目でそれを見付けて、眉尻を下げて笑みを作る。
「そんな顔するなよ、別に何か変な事考えてた訳じゃないからさ」
くしゃくしゃとラグナの手がスコールの髪を掻き回すように撫でる。
子供をあやすような手つきに、今度はスコールの唇が尖って、ラグナの手を振り払う。
しかしラグナは構わずに、その手でスコールの頬を撫でた。
「俺の知らないスコールの事を、あの人が沢山知ってると思ったら、なんかちょっとヤキモチみたいな感じになってさ」
「……」
「子供の頃のお前とか、SeeDを目指してた頃のお前とか。俺はお前の事知らないのに、あの人は全部見てるんだなって」
そう言いながら、ラグナの指がゆっくりとスコールの頬の形をなぞる。
少しかさついた、加齢を感じさせる皮膚の感触を感じながら、スコールは呟く。
「…だからあんた、俺をエスタに呼んだんだろ」
「うん」
「……知らないから、教えてくれって。見せてくれって」
「うん」
「……全部、見せてくれ、って」
それは、スコールがラグナの下に行く事を決める時に、ラグナから告げられた言葉。
ぎこちない関係から始まり、繰り返し逢っては距離の取り方を模索している内に、自分達でも想像していなかった深い場所で繋がりを持った。
繋がる血が、妻へ母への罪悪感を思い出させる事もあるけれど、家族としても恋人としても、失えないと思った。
だから埋められない過去の代わりに、未来を共に過ごしたいと願ったラグナに、スコールも頷いた。
誰にも見せた事のないスコールを、全て見せて欲しいと言うラグナに、全部を見せるから全部が欲しい、とスコールも願ったのだ。
その言葉を交わした日の事を思い出して、スコールの顔が熱を持って行く。
何度も見せた体が疼くのを感じて、こんな時間なのに、と卑しい自分が恥ずかしくて堪らない。
だが、ラグナはそんなスコールを見て、胸の奥の蟠りがすぅと消えていくのを感じていた。
「なあ。俺しか知らないスコールって、きっと沢山あるんだよな。あの人も知らないスコールとかさ」
「……知らない、そんな事」
「もっと見たいな、俺だけのスコール」
「……いつも見てるだろ」
「まだ足りないよ」
幾ら見ても足りない、もっと見たい。
そう囁くラグナに、スコールは目を細めて、頬を撫でる手に身を委ねる。
近付く影にスコールが目を閉じ、二人の唇が重なった。
頬に添えられていた手が、するりと首筋をなぞって行くのを感じて、スコールの肩がふるりと震える。
スコールの右手がそっとラグナの手を捕まえて、咎めるように緩く力を込めたのが伝わると、ラグナはそっと唇を離す。
「……今は、仕事中、だから」
此処は大統領官邸の執務室で、何事かがあれば人の出入りがある場所だ。
そんな場所で交わった事も一度や二度ではないけれど、とにかく今は駄目だとスコールは言った。
赤い顔で逸らされた瞳の奥には、本当は欲しいと訴えていたけれど、理性がそれを止める。
だから駄目だと、自分に言い聞かせるように告げるスコールに、ラグナはくすりと笑みを浮かべ、
「うん。帰ったら、な」
そう言って傷の走る額にキスをすれば、スコールは何処か夢に沈むような、うっとりとした表情で頷いた。
ラグナだけが知る、スコールの顔。
それを前にして熱を灯すラグナの顔を、スコールだけが知っている。
『ラグナがスコールを思い切り可愛がって愛でて慈しむ話』のリクを頂きました。
パパ先生だったシドに対抗心燃やしてるとなお良し!との事でしたので、二人顔を合わせて見たり。
家族愛も恋愛もごちゃ混ぜにしてスコールを可愛がるラグナです。
このラグナはスコールに対する愛が重そうだなあ、と思いつつ、スコールの愛も重いだろうから良いのです。
フリオニールの宿敵である、皇帝の根城であるパンデモニウムと言う場所は、中々いやらしくて厄介だ。
空間全体に様々な罠が仕掛けられており、視線を遮るように壁が聳えて、内部が複雑に入り組んでいる。
城内に皇帝の魔力が張り巡らされている為、罠は自動生成が可能なようで、起動させれば後はもう安全、と言う訳にはいかない。
加えて皇帝自らが出張って設置した罠もあるので、探索するだけでも気が抜けなかった。
探知を得意とする者なら罠にかからずに済むかと言えばそうではなく、ご丁寧にそう言ったメンバーを狙う事を主とした罠もある。
動きたくないが動かなければならず、安全地点と言うものは常に変わる、そう言う風にパンデモニウムは作られていた。
そんな場所で戦闘になれば、運悪くトラップを踏んでしまう事も少なくない。
動き回る事を戦闘手段の一つとするメンバーにとっては尚更だ。
仕掛けられているトラップを読んで、避けて、読んで、避ける。
それを繰り返しながら、スコールとフリオニールはこの城の主である暴君へと肉薄した。
あと一歩、あと一手、それでこの刃が届く────その読みが、勇み足になった。
フリオニールが踏み込んだ一歩を合図に、転送魔法の紋が開き、二人の体を白い光が包み込む。
(しまった─────!!)
恨みも悔やみもする暇もなく、二人の姿は光の渦に飲み込まれる。
それは一瞬の出来事だったが、体感する者にとっては長い長い数秒間。
そして次に放り出された時には、戦うべき者の姿はなかった。
「……スコール。無事、か?」
「……体に損傷はない」
罠に嵌った瞬間と全く同じ格好で、二人は立っていた。
五体は一部の欠けもなく、異常を訴える部分もなく、そう言った点では一先ず無事と言う事か。
それを確認して、フリオニールはほっと息を吐いて姿勢を整えた。
きょろきょろと辺りを見回すと、景色は奇しくも見慣れたパンデモニウムのままであった。
しかし皇帝を前にしていた時とは違い、空間は開けておらず、細い道が縦横に続いている。
恐らくは通路のような場所なのだろうが、このような場所はこれまでの探索でも見た事がない。
元々が皇帝が拠点としていた城が様々な負のエネルギーを受けて変容した場所であると訊いてはいるので、こんな通路があっても造りとしては可笑しくはないが、今まで一度も見た事がない場所が突然現れたと言うのは、引っ掛かるものがあった。
スコールは辺りを慎重に伺い、何か気配はないかと神経を尖らせる。
その傍らでフリオニールも、壁や床をコツコツと叩いて、罠や変わった反応はないかと探ってみるが、
「何もないな。仕方ない、移動してみるか」
「……そうだな」
調べど眺めど、周囲に一切の変化は訪れなかった。
得体の知れない場所なので、一先ずは良い事なのだが、此方からアプローチしなければ何も判らないと言うのも恐ろしい。
だが、こんな所でいつまでも時間ばかりを食ってはいられないのだ。
出口となる歪を見付ける事も含めて、二人は行動を開始した。
先ずは最寄の分かれ道に近付いて、フリオニールが体を壁に張り付かせて、そっと角の向こうを伺う。
其処は十字路だったので、スコールも逆側の壁に張り付いて、フリオニールとは反対の道をそっと覗き込んだ。
どちらも何もない道だけが伸びており、違いは分かれ道が近くにあるか、遠くにあるかだけ。
さてどっちへ行く、と目を合わせた二人は、スコールが確かめた道の方へと向かう事にした。
其方の方が分かれ道が近く、潜んでいたものが飛び出してきた場合、気付ける猶予が長い方を背にする事にしたのだ。
「俺が前で良いな?フリオニール」
「ああ。背中は任せてくれ」
後ろから襲撃が来た場合、鎧を着ているフリオニールの方が、防御の壁としては安全性が高い。
フリオニールはスコールの背を預かる喜びを隠しつつ、快活とした表情でスコールの信頼に応じた。
スコールは壁に片手を突きながら、慎重な足取りで進み始めた。
フリオニールは後ろを確認しながらその後を追う。
今の所は何かが出現する気配はないな、とフリオニールが後ろを見ながら歩いていると、突然ぐっと足元がつんのめった。
「うわっ!」
「!?」
バランスを崩したフリオニールは、咄嗟に縋るものを求めて手を伸ばした。
それが掴んだのはスコールの腰に足れた布で、支えにするには頼りなく、スコールの体が重量を受けて傾く。
幸いフリオニールは膝で床を打つ所で留まったが、腰を引っ張られたスコールは、中途半端な体勢を強いられている。
「わ、悪い…!」
「良いから離せ……重い」
「すまない。足に何か引っかかって……」
腰布から手を放し、立ち上がって足元を確認するフリオニールだが、しかし其処には何もない。
あれ、と首を傾げるフリオニールに、スコールは胡乱な目を向けていたが、しかし此処は彼の暴君の城の一部だ。
罠か、その為に気を引く何かが散らばっていても可笑しくはなかった。
「……慎重に行く」
「ああ。すまない、頼む。俺も気を付ける」
フリオニールの言葉に、スコールは頷いて、改めて道を進む。
通路は複雑に入り組んでおり、どうやら広大な迷路になっているようだった。
幸いなのは魔物やイミテーションの姿はなく、トラップも大がかりなものは見られないと言う事だ。
だが、目印に出来そうなものを用意する事も難しい為、同じ場所をぐるぐると回っているような気がしてならない。
いっそ壁を壊して真っ直ぐに突き進もうか、と乱暴な事も考えたが、何がどんな事を引き起こすのか全く読めない事を思うと、迂闊な真似も出来ない。
ティーダ辺りなら取り敢えずでやってみそうな実験も、スコールとフリオニールでは、慎重論に傾くので手を付ける事もなかった。
しばらく道を壁伝いに進み、幾つかの角を曲がる。
と、其処でスコールの脚元がずるりと滑った。
「!」
「スコール────!」
バランスを崩したスコールの体を、咄嗟に助けようとフリオニールが手を伸ばす。
が、その為に踏み込んだフリオニールの足元も滑り、
「いたっ!」
「うっ!」
どっ、と二人揃って地面に倒れ込む羽目になる。
倒れる時に膝から落ちたのか、フリオニールは足がじんじんと痛みを訴えていた。
単なる打ち身と思われるので、直ぐに引くだろうと思いながら、地面に手を突いて起き上がる───筈だった。
しかしフリオニールが手が置いた所は、ふに、と僅かに柔らかく、温かい。
「……?」
妙だと思って顔を上げると、黒い布地に覆われたものに、フリオニールの手が重なっている。
あれ、とその正体を確かめようと少し指先に力を入れると、黒いそれはピクッと震え、
「……おい」
「え」
「……」
胡乱な声に顔を揚げれば、床に倒れ込んだスコールが、肩越しに此方を見ていた。
睨んでいた、と言う方が正しい表情で。
僅かに頬が赤い気がして、どうしたのだろうと思った後で、フリオニールは自分が降れているものの正体に気付く。
尻、だ。
スコールの引き締まった、小ぶりな尻に、フリオニールの右手が、しっかりと重なっている。
「わ、悪い!」
「…良いから退いてくれ」
慌てて右手を離したフリオニールに、スコールは溜息交じりに行った。
フリオニールはスコールの脚の上に倒れている為、フリオニールが退いてくれないと、スコールは起き上がる事も出来ないのだ。
悪い、ともう一度言って、フリオニールも急いで立ち上がろうとする。
が、急いでいたのが悪いのか、足元の滑る感触が悪いのか。
立ち上がろうと踏ん張ろうとしたフリオニールの足が、ずるっと滑って、また倒れ込む。
「うぐっ」
「っ……!」
どすっ、と人体で一番重いとされる頭部が、スコールの尻の上に落ちた。
思わぬ場所への重みと衝撃に、スコールの体がびくっと強張る。
フリオニールの顔が、スコールの尻の谷間に嵌るように乗っていた。
うう、と唸るフリオニールの鼻筋が、谷間の溝を擦るように当たって、「ひ、」とスコールの喉から小さく悲鳴が漏れる。
その声を聴いて、フリオニールの意識が一気に現実へ帰り、状況を理解する。
「すすすすすすまない!わ、わざとじゃない!本当に!」
「………」
今度こそがばっと起き上がって、フリオニールは後ずさりしながら叫んだ。
地面に突っ伏したスコールの肩がふるふると震えている。
不味い、怒っている、どうすれば、と混乱するフリオニールを他所に、スコールはぬるついた地面に手を突いて、ゆっくりと起き上がる。
「……道、変えるぞ。戻ってさっきの分かれ道を逆に行く」
「あ……そ、そうだな。その方が良い……」
ドロドロとした滑る足元は、通路の向こうに続いている。
このまま進み続けたら、さっきのような惨事に何度見舞われるか判ったものではない。
そうでなくとも、足元の覚束ない場所と言うのは不安しかないから、引き返してルートを練り直す方が無難だろう。
踵を返したスコールだったが、歩き出そうとはしなかった。
フリオニールは少しの間俯いたフリオニールを見詰めていたが、はっと気づいて慌てて背を向ける。
此処までスコールが前を、警戒の為にフリオニールが後ろをついて歩いたが、さっきの今でスコールは再びフリオニールの前を歩きたくはないだろう。
振り返るだけで足元が滑る感触がしたので、フリオニールは壁に手を突いた。
伝うように壁を支えにして歩いて行くと、突然ぐんっと壁の感触が消える。
「え」
「!フリオニール!」
足元の悪さと、支えを失くした事で、フリオニールの体が傾く。
咄嗟に伸びてきたスコールの手を掴んだフリオニールだったが、スコールの足元も悪いままだ。
碌に踏ん張りの効かない体は、フリオニールの重みに釣られて、諸共に消えた壁の向こうへ倒れ込んだ。
「いたた……」
「…なんなんだ……っ」
打ち付けた背中の痛みに顔を顰めるフリオニールと、この場の面倒臭さに辟易するスコール。
早く外に出たい、と言うスコールに、フリオニールは俺もだ、と呟いて起き上がろうとして、
「ひっ」
フリオニールの体の上で、スコールの体がビクッと跳ねた。
え、とフリオニールが腹の上に倒れている彼を見ると、可哀想な程に真っ赤に染まった顔がある。
「スコール、どうし」
「う、動くなっ」
「え?」
「ひんっ」
起き上がろうとしたフリオニールを、スコールは慌てた声で止めた。
スコールの身に何かあったのかと、フリオニールが訊ねようとして、はたと気付いた。
倒れた拍子に、スコールはフリオニールの上に体を重ねていた。
頭はフリオニールの胸にあって、高い位置にある腰は、フリオニールの股の辺りに。
そして起き上がろうと膝を立てたフリオニールの足の上に、スコールの股間が乗っている。
その状態でフリオニールが膝を動かしたものだから、スコールの敏感な部分が圧迫されて、
「ス、スコー……っ」
「う・ご・く・な」
「……はい……」
真っ赤になったフリオニールが、状況を悟った事を、スコールも気付いたのだろう。
フリオニール以上に真っ赤になって、スコールは射殺さんばかりの眼力でフリオニールを睨み付けた。
石像のように固まったフリオニールの上から、ようやくスコールが退く。
もう良いか、もう良いよな、と確かめたいが出来ないフリオニールは、それから数十秒が経ってからようやく起き上がった。
何か言いようのない空気が二人の間に流れ、早く此処から出なければと思うのに、どちらも立ち上がろうとはしない────出来ない。
心臓の音がやけに煩いのは何故だろう。
そんな事を気にしている場合でも、こんな風に鼓動を逸らせている場合ではないと言うのに、どうしてこんな事になったのか。
ついさっきまで、普通に過ごしていた筈の、隣にいる仲間の顔を見る事も出来ないのは、何故。
─────取り敢えず、皇帝を殴ろう。
こんな場所を作り出したのであろう城の主に、それだけはしなければと、期せずして二人の心は一つとなっていた。
『皇帝の策略によりラッキースケベの多発する空間に閉じ込められたフリスコ(付き合ってない)』のリクを頂きました。
ラッキースケベ!意図せず触れてしまった手、近付いてしまった距離!そんなつもりはなかったのになんだかドキドキしてくる二人!
脱出した後、普通通りにしようとして出来ない二人とかがいるととても楽しいですね。
スコール・レオンハートと言う生徒は、扱いが難しい事で、教職員の間では有名だった。
成績は申し分なく優秀で、学年順位は常に上位を維持し、運動神経も良い。
文部両道を地で行く彼を絶賛する教師は多いのだが、反面、他者とのコミュニケーションの点について、大いに難が見られていた。
親しい友人と言う者は殆ど無いに等しく、クラスの輪に溶け込もうとしない。
体育の授業で、ペアを作って、なんて言うと、必ず彼が余り、仕方なく三人ペアにしようと言っても、スコール自身は「先生とで良いです」と言う。
他の生徒もスコールと共に行動する事には難色を示し、自分からスコールとペアになろうとする者はおらず、余り者同士ですらスコールは敬遠されていた。
入学して間もない頃は、教師があれこれと手を尽くし、スコールがクラスに馴染むようにと尽力した。
しかしスコール自身がそれに応える気がなく、クラスメイトの方から歩み寄ろうとしても、意図的に距離を取り、時には嫌われるような発言まですると言う。
そんな有様だから、生徒の方がスコールの事を避けるようになり、彼は完全に孤立化する事になった。
こうなっては教師もお手上げで、しかし成績は優秀で、素行に特別に問題がある訳ではないから、このまま触らないのが一番良いのかも知れない───と言う結論に行き付いた。
ウォーリアがスコールの事を知ったのは、着任してから一月後の事だ。
前任であった教師が寿退社する事になったので、その後釜としてウォーリアが入る事になった。
スコールはクラス委員長になっており、授業前にプリントを配る等と言った教員の雑用係を任される事が多く、一日に一度は教職員室を訪れていたので、其処でウォーリアは彼を知った。
気難しい奴なんですよ、と言う話も他の教職員から聞かされたが、その時の教員達は、彼の扱いの難しさに辟易して、少々愚痴めいたマイナス印象の話ばかりが多かったように思う。
その内容も全てが間違いではないのだろうが、だが真に受けるだけではスコールと言う人物を知るには足りないと思い、ウォーリアは彼を観察するようになった。
教職員の話は概ね事実で、スコールは非常に難しかった。
口数が極端に少ない為、コミュニケーションは途切れ勝ちで、偶に自分から話し始めたと思ったら、此方の痛い所をずけずけと突いて来る。
歯に衣着せない物言いに、生徒も教師も敬遠するのは無理もなかった。
周囲の高校生よりも一つ先を見て来たような大人びた雰囲気や、一分の隙も見せない頑なさ、親しくなろうと近付いてきた者にも針の筵を向けるような彼に、大人も太刀打ち出来なかったのだ。
だからあの日、ウォーリアがスコールの異変に気付いたのは、皆が言う“スコール”を噂でしか聞いた事がなかったからなのかも知れない。
いつものように顰め面で授業を受けていたスコールを、ウォーリアが見た時だった。
普段から深い眉間の皺が、割り増ししたように深くなり、授業中はいつもきちんとノートを取っている彼の手が止まっていた。
傷のある額を手で覆い、何かを堪えるように唇を引き結んでいる彼に、可笑しい、と思ったウォーリアは、授業の後にスコールを保健室へと連れて行った。
スコールは何でもないから大丈夫です、と言ったが、ウォーリアが掴んだ彼の手は異常な程に熱かった。
保健室の体温計で計ってみれば、39度の高熱を出しており、ウォーリアは直ぐに彼を病院へと連れて行った。
そして、昨日の夜から体調不良の気配があり、朝には熱が出ていた事、それでもテストが近いからと休まずに登校したと言う事を、随分と長い時間をかけて聞き出した。
スコールにとって、成績優秀である事だけが、自分を守るものだった。
努力して努力して、それが確実で実を結び、学年順位と言う形で明確な形を実を結ぶ度、スコールは自分のしている事が間違っていないのだと思う事が出来る。
それは勉強の仕方であったり、日々の時間の使い方であったり、親との向き合い方であったりする。
勉強方法や時間の有効活用についてはウォーリアも直ぐに理解できたが、親との関係とは、と尋ねると、スコールは重い口を開いて言った。
「俺はずっと孤児だったんだ。父親はいなくて、母親は死んで、養護施設で育てられた。だけど中学三年の時に、俺の事を知った父親が現れて、引き取られた。家族として暮らしたいんだと言われたけど、家族ってどうしたら家族になれるのか、俺には判らない。でも、テストで良い点が取れたら、あの人は褒めてくれたから……父親として誇らしいって言ったから、じゃあ、テストは頑張らなきゃいけないと思ったんだ」
父親に対する感情を、スコールはまだよく掴めていない。
だが、父親に褒められると悪い気はしなかったし、誇らしいと言われたら、それなら誇らしい息子で在るのが良いのだろうと思った。
そうすれば、父が望むような家族として、息子になれる事が出来る筈だと。
始めは単なる小テストからだったその思考は、あっという間にスコールの全神経に信号を送って、彼を呪うように成長した。
テストは満点、成績はオールクリア、学年順位は常に首位、いや可能であればトップ、可能性があるなら常にそうある為に努力を。
苦手は常に意識して克服するように反復学習を繰り返し、テストの時には必ず、ミスがないかを繰り返し繰り返し確認する。
子供の頃は苦手で嫌いだった体育も、その思考の中で克服し、今では運動部から、出来る事なら人材として欲しい、と言われる程の活躍振り。
一度の失敗も、たった一問の間違いも許されない、許してはいけない。
他の何が出来なくても、勉強だけは、成績に反映する事は、完璧に。
そうでなければ、自分と言う存在価値はなくなるのだと、スコールは思っていた。
熱があるのに無理をして登校したのも同じ思考だ。
一日でも授業を休めば、その分の穴が開いてしまう。
単位は十分だし、補習しなければならないような事はないけれど、スコールの呪いはそれを許さなかった。
体調不良“程度”の事で、何もかもを台無しにする訳には行かない────そんな思いが、スコールに酷い無茶を強いたのだ。
周囲への頑なな態度は、“成績”に拘るスコールの、行き過ぎた自己防衛だった。
遊んでいて課題をするのを忘れたら、部活なんて初めて成績が落ちたら、そんな思考がどんどんスコールを深みに沈めて行く。
勉強以外にする事がない、と言う位に自分を追い込んでしまった方が、スコールにとっては楽だった。
自分の失敗を誰かの所為にする事もなく、全ては自分の責任だけで、だから自分で取り戻す事も出来る筈、と。
その事に気付いた時、ああ、この子は可哀想な程に酷く優しい子なのだと、ウォーリアは思った。
ウォーリアが毎日眺めている生徒達は、皆何処か自分勝手で自由だ。
良い事があれば喜びを共有するが、嫌な事があればその原因を押し付け合う事もある。
スコールは、その押し付けを誰かにしたくなくて、一人の世界に閉じ篭ろうとした。
けれどその根幹にあるのは、誰かに、父親に愛されたいと、けれどその方法が判らなくて、唯一見付けた標を頼りに歩き続けようとする、寂しがり屋の普通の子供だった。
だから、放って置けなかったのだ。
窓辺に座る少年は、人を寄せ付けない空気を振り撒きながら、本当は寂しい寂しいと叫んでいた。
愛して欲しい、抱き締めて欲しい、でも怖い、寂しい寂しい寂しい怖い。
ウォーリアはきっと、その聲を聞いたのだ。
ウォーリアが“スコール”と言う人物を知るようになってから、半年が経とうとしている。
季節は冬の終わりで春との境目を迎え、スコールは学年末テストと言う最終行事を終えれば、晴れて春休みを迎える。
その前に不安な所を確かめたい、とスコールはウォーリアの家を訪ねていた。
今でも成績優秀で通っているスコールであるから、確認なんて必要ないだろう、と思わないでもないのだが、スコールの不安は今も変わらず、彼の根に深く突き刺さっている。
これを解消するには、とにかく反復学習するしかないのだが、スコールの失敗への恐怖は強い。
ウォーリアから大丈夫、と太鼓判を押されないと、どうしても自信が持てないのだ。
だが、これでも以前に比べれば、状態は軽減された方だろう。
ウォーリアと親しくなる以前は、とにかく自分一人で確かめるしかなかったから、そうなると幾ら繰り返しても不安は一向になくならず、テストの瞬間まで鬱々とした気持ちが続いていたと言う。
そんな事を知っていたら、前日に大人の下を訪ね、これで良いか、と確認しに来るだけでも、大した進歩だろう。
最後の問題の読み解き方を終えて、スコールはノートをウォーリアに差し出した。
ウォーリアが数式から答えまで、しっかりと目を通して確認し、赤いペンで丸をつけると、ほうっと安堵する息が聞こえた。
「終わった……」
「ああ、これならもう大丈夫だろう。後は、明日に備えてしっかりと休みなさい」
「……ん……」
全身の力を抜いてテーブルに突っ伏して、重いが安心した様子で返事をするスコールに、ウォーリアの頬が緩む。
学校では常に背筋を伸ばし、完璧主義者を体現するような井出達をしたスコールが、こんな風に年相応の姿を見せてくれるのは、此処だけの話であった。
其処に自分がいても構わない事に、スコールが自分に気を許してくれている証を見たような気がして、ウォーリアの胸の内がぽかぽかと暖かくなる。
気が抜けた反動か、スコールは中々体を起こそうとしなかった。
急かすのも可哀想だと、ウォーリアは席を立ち、
「コーヒーを淹れよう。砂糖とミルクは───」
「二つ。ミルクも」
「判った」
普段はブラックを好んで飲んでいるスコールだが、疲れた後はやはり甘いものが欲しいらしい。
何か摘まめるものはあっただろうか、と少ない冷蔵庫の中身を確認する。
要望通りに砂糖とミルクを入れたコーヒーと、三日前にスコールが来た時に置いて行ったプリンが残っていたので一緒に出す。
プリンはスコールも見覚えがあったようで、「食べて良かったのに」と呟く。
が、甘いものへも誘惑の方が今日は強かったようで、素直に蓋を取って食べ始めた。
黙々と甘味を摂取するスコールと向き合って、ウォーリアもコーヒーを傾ける。
じんわりと広がる香ばしい味わいを堪能して、ふとテーブル端のカレンダーに目が行く。
「……今回のテストが終われば、春休みか」
「……ん」
「暫く君と逢えなくなるな」
ウォーリアの言葉に、ぴくり、とスコールの肩が震えた。
カップを持っていた手が止まり、口をつけようとしていたそれが、テーブルへと戻される。
「……なあ」
「なんだ?」
「…来年、あんた、何処かのクラスの担任とか、するのか」
現在、ウォーリアは担任のクラスを持っていない。
前任であった教師も担当受け持ちはなく、それが後釜であるウォーリアにそのまま引き継がれた。
来年については、どうだったか、とウォーリアは考える。
新年度に当たり、異動になった同僚も少なくはなく、教員会議でも担当が空くクラスがある事は議題に上がっていた。
新年度のクラスの割り振りも含めて、これらの話はまだ固まっていない。
だが、ウォーリアを何処かのクラス────主には進路指導の対象となる三年生の担当にするのはどうか、と言う話は持ち掛けられていた。
「…まだ決まっている訳ではないが、持ってみてはどうか、と言う話は聞いている」
「……そう、か」
ウォーリアの言葉に、スコールは俯いた。
カップを持つ手が、何かを探すように、なだらかなカーブを描く陶器の形をなぞるように滑り、
「……俺の、担任に…なったら良いのに、……」
消え入りそうな呟きは、静かな部屋に溶けて消える。
それでも、しっかりとウォーリアの耳に届いていた。
ウォーリアが目を向けると、スコールは俯いたままだった。
だが、意識がひしひしと此方に向けられているのが判る。
「……そしたら…もっと、あんたと…いられる、のに……」
「……スコール」
「………」
独り言のような小さな声だけれど、スコールのそれは独り言ではない。
目を見て話す事も出来ない位に耳まで赤くなりながら、その言葉はウォーリアへと向いている。
かたん、と言う小さな音に、スコールがビクッと体を震わせた。
叱られる事を恐れる小さな子供のように、萎縮して縮こまっているのが見て取れる。
そんなに怯えないで欲しい、とウォーリアは思った。
その気持ちを込めて、椅子に座って俯いているスコールの、ほんのりと赤らんだ白い首筋に手を伸ばす。
柔らかな濃茶色の髪の隙間から覗く項を、そっと優しく撫でると、恐る恐る蒼い瞳が此方を見上げ、
「……ウォー、リア」
期待と不安の入り混じった声で、スコールは目の前の男の名を呼んだ。
その唇に引き寄せられるように、ウォーリアは己の顔を近付ける。
ウォーリアにとって、スコールと言う少年は、初めて自分が守りたいと思った人物だった。
周りを突き放していつように見えて、本当は誰かの手に支えられる事を求めている、危うい世界の境界線に立っている少年。
放って置けない、と言う気持ちのままに、少しずつ彼と言う存在を知って行く内に、大人びた仮面の隙間から覗く、年齢よりもずっと幼い表情や感情の揺れに気付いて、慈しみたいと言う気持ちが膨らんだ。
だが優しすぎる彼に、望まぬ選択を強いてしまうのも望んではいなかったから、彼の重荷にはならないようにと努めていた───つもりだ。
だが、スコールから求める声を聴いてしまったら、もう抑えられない。
重ねた唇が、少しずつ深くなって行く。
束の間に離すと、もっと、と求める瞳が此方を見ていた。
『教師ウォルと生徒スコールが両思いになるまでをウォルの視点で』のリクを頂きました。
教師ウォルって鋼の理性と道徳心で、自分からは手を出さないだろうな、と思ってます。
なので先に求めるのはスコールの方で、それが切っ掛けでやっと両想いが叶うと言うイメージ。
この後、スコールが卒業するまでの一年間で色々我慢できるのか、我慢できなくなったスコールが色々仕掛けたりしてすったもんだしてたら良いと思います。
サイファー→スコール♀で現代パロディ。
スコールの姉にレオン♀がいます。
発育と言うものは、人によって様々だ。
誰が背が高い背が低い、足が速い遅い、字を何歳から書けるようになった、等々。
形を問わず、それは色々な場面に現れては、身近に比べる対象がある事で、その差を良し悪しきに関わらず突き付けられる事になる。
その差が最も大きく出るのは幼い内である事が多いだろう。
幼子一人一人の感性や、何に興味を持つか、それを伸ばす環境があるか。
身体的特徴もまた幅広く、あの子はもう歩いている、あの子はまだ立てない、あの頃にはあの子はもう───と親の期待と不安も入り混じる。
が、それぞれの差はあれど、大抵は一定の所まで平均的に伸びて行くもので、また其処から更に伸びしろも様々で、気付いた時には身長差が逆転していたと言うのも儘ある話だった。
これは血の繋がった兄弟姉妹にも当て嵌まる。
同じ血を分けているからと言って、何もかもが似る事はない。
スコールとレオンの姉妹は、顔こそ母親似であると共通している事もあってよく似ているが、目に見て判る体つきは違っていた。
スコールは今年17歳になった高校生である。
姉のレオンとは8歳の年齢差があり、彼女はとうに社会人として自立している。
大学まで進んで、教員免許を取得して無事に卒業を果たした彼女は、スコールが高校に入学すると同時に、妹の学校の教員になった。
お互いにそうしようと狙った訳ではなかったので、入学式初日に顔を合わせた時には驚いたものだ。
真新しいセーラー服と、新品のスーツに身を包んで、父に強請られて二人並んで校門で写真を撮った時には、妙に気恥ずかしかったが、良い思い出だ。
それぞれの立場で始まった新しい生活は、一年間で大分慣れる事が出来た。
普段、学校では“教師と生徒”である事を念頭に置いた距離を保つようにと努めている二人だが、昼休憩の時間など、二人で過ごす時は“姉と妹”に戻る事もある。
新生活が始まったばかりの頃、神経質なスコールはストレスを溜め勝ちだったが、レオンがいたお陰で息抜きする事も出来た。
また、レオンの方も、今時の高校生が何を思い、何に夢中になるのかを、妹から聞いて、生徒達との距離を縮める事に成功したそうだ。
レオンとスコールが姉妹である事は、校内でもよく知られている。
互いに隠している訳ではなかったし、年齢差のお陰で他者から間違えられる事は少ないものの、一目で姉妹であると判る容姿だ。
スコールと共に入学した幼馴染達もよく知っている間柄であったから、二人の事は瞬く間に知れ渡った。
その所為か、初めの頃は二人が一緒にいると、何かと人目を引いてしまい、スコールが辟易する場面もあったのだが、徐々に周りも見慣れるようになると、それも落ち着いた。
スコールが二年生になる頃には、新入生を覗けば二人を気にする者もいなくなり、日々は問題なく回っている。
時折、スコールがレオンに授業の準備の手伝いを頼まれたり、スコールからレオンに教員の手として協力を仰いだりと言う場面も見られるようになり、“教師と生徒”の“姉と妹”と言う存在も、今ではすっかり学校に馴染んでいた。
このように、姉妹はとても仲が良い事で知られている。
その為か、毎日と言う訳でもないが、頻繁に二人が揃っている場面も目撃されていた。
だからなのか、姉妹でよく似た二人だが、あまり“似ていない”部分と言うのも、目立つようになっている。
特に身体的特徴は、顕著な違いが見られる所があり、スコールはここしばらく、ずっとそれを気にしていた。
────昼休憩を終えたスコールが教室に戻ろうと廊下を歩いていると、突き当たりの階段の前に姉の姿があった。
話をしているのは男子生徒で、授業の質問にでも答えているのか、レオンは真面目な表情をしている。
答えを探すように考える彼女の前で、男子生徒の視線はちらちらと怪しい動きをしていた。
その視線の先にあるのは、レオンのたわわに育った豊乳だ。
(………)
レオンの胸を見詰めていたスコールの視線が、下へと落ちて、真っ直ぐに布が落ちている胸元を見て、眉根が寄る。
(別に……)
スコールの小さな唇が尖るように突き出され、拗ねた表情になる。
別に大したことじゃない、だからどうって事じゃない。
胸中でそんな呟きを繰り返すのは、これで何回目になるだろうか、とそんな事を考えるとより惨めな気分になって来る。
まだ成長期である自分と、もう大人の体として完成している姉を比べても仕方がない。
そう思いもするが、でも彼女が高校生の時には、と写真好きの父のお陰で残っている沢山のアルバムの中身を思い出して、スコールの眉間の皺は益々深くなった。
子供の頃から気にしていた訳ではない。
レオンは昔からプロポーションが良く、身長だけで言えば少し大きく、男性と並んでも“格好良い”と形容される位にしっかりと整っている。
昨今の痩せぎすである事を良しとするような風潮のあるグラビアとは違い、適度に引き締まった肉と脂肪があって、海外広告モデルに見るようなバランス体型をしていた。
特に人目を引くのは、やはり豊かに育った胸元で、男は勿論、女子生徒も彼女の大きく形の良い胸に憧れる者は多い。
スコールはと言うと、気になる事がない訳ではなかったが、特別に引っ掛かる事でもなかったのは確かだ。
それなのに、最近になってやたらとスコールがレオンの其処に注目してしまうのは─────
「何やってんだ、お前」
背中にかけられた声の主を、スコールは振り返らなくても理解した。
理解して、二本だった眉間の皺が三本になって、口がへの字に曲がる。
後ろから近付いてきた気配が隣に並んで、スコールが見ているものを見付ける。
「またお姉ちゃんか」
「……」
「いつまで経っても姉貴離れしねえな、お前」
ガキ、と言われているような気がして、スコールの目に険が籠る。
しかし隣に立つ男───幼馴染のサイファー・アルマシーは、スコールのそんな視線など物ともしない。
サイファーはしばらくレオンを見詰めた後、隣の少女を見た。
最初は顔を見ていた碧の瞳が、顔のパーツを確認した後、降りて行く。
じろじろと無遠慮な視線に、スコールはデリカシーってものを知らないのか、と言ってやりたかった。
言った所で、知ってるけどお前には必要ないだろう、と宣うのが想像できて、忌々しさが増す。
廊下の向こうで生徒と話していたレオンが、男子生徒に別れを告げる。
次の授業の準備の為に移動しようとして、レオンは妹が此方を見ている事に気付いた。
ひら、と手を振る彼女の表情は嬉しそうで、自分を慕う妹が可愛くて仕方ない、と言う様子が、妹当人からも感じ取れた。
それから妹の隣に立っている男子生徒を見て、喧嘩はしていないのか、と視線で問う。
今の所は特に何もないので、スコールは右手を上げて返事をするだけに留めた。
レオンは少し心配そうに此方を見詰めていたが、迫る時間もあって、階段を下りて行った。
保護者の姿がなくなると、くつくつと隣で笑う気配がした。
何か言いたい事でもあるのかと、スコールが隣を睨むと、彼女の体のある一点を見詰めながら、サイファーは薄い笑みを浮かべて言った。
「育たねえな、お前」
「……」
「レオンと大違いだ」
「……煩い」
やっぱりそれか、とスコールは米神に青筋を浮かべる。
もう何度も聞いた言葉でも、やはり腹が立つのは変わらない。
「レオンは中学位の時にはでかかったのに」
「……レオンが中学生の時、あんた子供だっただろ。そんな頃から、そんな所ばっかり見てるのか」
最低だ、と睨むスコールに、サイファーは肩を竦めた。
「あんだけでかけりゃ、見ようとしなくたって見えるだろ」
「見てても見ないようにするのが配慮ってものだろう」
「丸くてでかいもんがありゃ追い駆けるのが男の性ってもんだ。仕方ねえ。追われるモンも持ってないお前にゃ判らねえだろうけどな」
にやにやと、明らかに馬鹿にした表情で言うサイファーに、スコールの平手が飛んだ。
が、それが標的の頬を打つ前に、サイファーの手がスコールの手首を掴む。
ぎりぎりと悔しさに歯噛みして睨むスコールを、サイファーは笑みを浮かべて見下ろしている。
一触即発、何なら既に爆発した後と言う雰囲気の二人を、周囲は遠巻きに見ながら、触れないようにと通り過ぎている。
スコールとサイファーのこうした遣り取りは、生徒達にとって見慣れたものなのだ。
これに下手に近付くと要らぬ煽りを被るので、大抵の生徒は見て見ぬふりをしてくれる。
が、スコールは一度で良いから糾弾されれば良いのに、とデリカシーゼロの男を睨みながら常々思う。
手首を掴む手が離れて、スコールは腕を引いた。
一発食らわせられなかったのは癪だったが、自分が騒ぎを起こせば、姉に迷惑がかかる。
これ以上不快な思いをしない内に、自分の教室に戻ろう、と思った所に、サイファーは言った。
「羨ましいんなら、俺が育ててやろうか」
「………は?」
スコールの声がワントーン低くなり、睨む目に冷たいものが浮かぶ。
大抵の生徒なら、それを見て地雷を踏んだと悟り、いそいそと逃げて行くのだが、サイファーは地雷を自ら踏み抜きに来た。
「揉んだら大きくなるって言うじゃねえか。胸」
「………」
「ない乳でもちゃんと育ててやれば、変わるかも知れねえだろ」
ヒュン、と風を切る音が鳴って、スコールの手がサイファーの顔を狙う。
だが、これもまた予想済みだと、サイファーはスコールの手首を掴んで阻止した。
直後に、スコールの膝がサイファーの窮鼠を抉る。
「うげ……っ…!てめ……っ、」
「ふん」
無防備だった腹に痛烈な一撃を食らい蹲るサイファーを、スコールは一瞥してスカートを翻し、すたすたと歩き去って行った。
スコールが立ち去った後も、サイファーはしばらく動けなかった。
的確に人体の急所を撃ち抜く一発に、昼飯が食えなくなったらどうするんだ、と思うサイファーだが、しかしこの醜態は自業自得である事も判っている。
スコールの性格や日頃何を気にしているか、彼女以上に理解していながら、嫌な所を意図的に突いたのだから。
鈍い苦痛を発信する腹を抱えて、よろよろとサイファーは自分の教室に戻る。
次の授業が億劫で、何処かでサボってしまおうかと考えていると、
「見てたよ、サイファー」
かけられた声に顔を上げれば、幼馴染で同級生のアーヴァインがいた。
面倒なのに見付かった、と顔を顰めるサイファーに構わず、アーヴァインはやれやれと判り易く呆れた表情を浮かべる。
「綺麗に貰ったねえ。原因については訊かないけど。大体想像できるから」
「煩ぇ。引っ込んでろ」
「なんでそんなに意地悪ばかりするんだろうね」
「お前にゃ関係ねえだろ」
「あるよ~。セフィからも相談されてるんだもの。サイファーがスコールに意地悪ばかりするからなんとかして~って」
サイファーの一つ下で、スコールと同級生の幼馴染の名前が出て来て、サイファーは溜息を吐く。
セフィ───セルフィが絡むと、彼女に惚れているアーヴァインは、とかく彼女の為にと能動的になるので厄介だ。
構うだけ鬱陶しくなるだけだと、サイファーはさっさと退散する事にした。
まだ痛む腹を摩って宥めながら、入ったばかりの教室を出て行くサイファーを、アーヴァインは無言で見送る。
そして彼の姿が見えなくなると、机二つを挟んだ向こうの席に座っている眼鏡の幼馴染に声をかけた。
「ねえ、キスティ。どうしてサイファーはスコールにあんなに意地悪なんだろうね」
「子供なのよ」
きっぱりと言い切る幼馴染に、やっぱりねえ、とアーヴァインも同意するしかないのだった。
『レオン♀の巨乳に憧れるスコール♀と、そんなスコール♀が好きなのに、貧乳貧乳と揶揄ってしまうサイファーなサイ→スコ』のリクを頂きました。
踏んではいけない場所を自分から踏みに行って、スコールに嫌われるサイファー。ザ・男子高校生だと思います。
スコールはきっと他の生徒に言われるなら、腹は立ってもそんなに気にしない。下世話な奴が勝手に言っているだけだから。
元々の憧れも込みで、サイファーに言われるから余計に気になってるんだけど、その理由についてはまだ気付いていません。