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2019年08月08日

[フリスコ]道連れアップサイド・ダウン

  • 2019/08/08 22:40
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大学生になった年に、フリオニールはシェアハウスを始めた。
日々の生活の利便性であったり、通学手段の都合であったりと理由は色々あるが、最も大きいのは家賃と生活費だ。
少々古いアンティーク調のその家は、その古さ故と、シェアハウスと言う環境もあって、金銭的に余裕のないフリオニールにはお宝物件のようなものだった。
心配があると言えば住民との折り合いだったが、フリオニールは他者と交流を持つ事に否やはなかった。
寧ろ、田舎から突然都会の真ん中に引っ越す事になったフリオニールにとって、色々と訊ねる事が出来るかも知れない、と言う環境は渡りに船だったのだ。

優しい女性オーナーの案内を受け、訪れたその家は、とても良い雰囲気に包まれていた。
住んでいる者は社会人から学生まで幅広く、一番若い者でまだ中学生だと言う少年もいた。
女性は一人だけ住んでいて、男性陣がそれぞれに気を遣い、女性の方も自分で皆に迷惑をかけないようにと工夫しており、円満な人間関係が出来ていた。
時折、冷蔵庫の中のデザートを誰が食べただとか、隣の話し声が煩いなどと言った事件は起きるけれど、住人は皆仲が良い。
其処にフリオニールも加わらせて貰って、新しい生活をスタートした。

初日は先住の人々に代わる代わる家を案内して貰い、この家での規則を教えて貰った。
キッチンや洗面所と言った場所に使用に関わる細かな制限はないが、冷蔵庫の中身や、洗面所のタオル等は、きちんと名前を書いておくこと。
そうでなければ誰が使っても良いものとして扱うと言う事。
風呂は五人程度は余裕で入れる広さがあるが、節水の為に入浴時間は決められており、それ以外の時間に入るのであればシャワーのみにする事。
女性が入っている時にうっかり事故を起こさない為に、脱衣所には誰が風呂を使っているか判るように名札を下げ、きちんと確認してから入る事。
共同生活をするに辺り、基本となる事を規則として、後は各人の良識を信じる、というものだった。
幸い、常識外れの行いをする者はおらず、時折起こる価値観の違いや感覚の違いから来る摩擦がある位で、日々は平和に過ぎている。

支え支えられ、時に衝突をしながら、フリオニールは共に過ごす人々と交流を深めて行った。
その中で最も親しくなったのは、スコールと言う高校生の少年だ。
始めこそ出会い頭の事件により、スコールに相当の悪印象を与えてしまったフリオニールだったのだが、その後の交流で誤解と蟠りは少しずつ溶けて行った。
今では一緒に休日に出掛ける事もあるし、お互いの部屋に寝泊まりする事もある程だ。
フリオニールはそうして一緒に過ごす相手は彼だけではなかったが、スコールはパーソナルスペースが広く、他者に自分の領域に踏み込まれる事を良しとしていないので、フリオニール程距離の近い者は少ない。
況してや彼の部屋で眠ったり、彼が他人の部屋で眠るなど、付き合いの長いメンバーでも有り得ない事だと言う。
それ程に彼と親しくなれた事に、フリオニールはこっそりと喜びを感じていた。

今日もフリオニールは、同じ気持ちで過ごしている。
小さな鎌を片手に、庭の小さな菜園で土いじりをしているフリオニールの傍らには、ホースを持って水を撒いているスコールがいる。
スコールは先日までテスト期間に向けた勉強をしていて、碌に外に出ていなかったのだが、ようやくテストが終わって一息吐けるようになった。
しかし遠くに出掛ける性質ではないスコールが暇を持て余している所に、フリオニールから声をかけて、一緒に菜園の手入れをする事になったのだ。
この菜園にはスコールがフリオニールと一緒に植えた種もあったから、スコールも気になっていたのだろう。

此処しばらく炎天が続いていた菜園に、冷たい水の雨が降る。
乾きかけていた土に水が染み込んで行き、濡れた植物の葉がきらきらと陽光を反射させていた。


「うん、もうそろそろ水遣りは十分かな」
「……ん」


フリオニールの言葉に、スコールはホースの水を停めた。
スコールは伸ばしていたホースを巻き直し、フリオニールは抜いた雑草をゴミ袋代わりのビニールに詰める。


「久しぶりに外に出たんだろ。ちょっと暑かったと思うけど、どうだった?」
「……中にいた方が良かった」
「はは……」


スコールの返事に、フリオニールは眉尻を下げて笑う。
元々インドア派なスコールには、陽光を見る健全さより、快適な屋内で本を読んでいる方が良かったのだろう。
しかし、滲む汗を手の甲で拭うスコールの表情は、決して悪くはないものだった。

と、スコールが何度も顔を手で拭うのを見て、フリオニールは自分の肩にかけていたタオルを取る。


「スコール、タオルを使った方が良い。俺が使ったもので悪いけど…」
「…ん。ありがとう」
「あ、ああ。うん」


差し出したタオルを受け取って、スコールは小さな声で礼を言った。
余り面と向かってそういった言葉を使わないスコールに、不意打ちを食らったような気がして、フリオニールはくすぐったさにほんのりと顔を赤らめる。


「ええと……うん。そろそろ中に入ろうか、冷たい飲み物も欲しいし」
「ん……タオル、助かった。洗って返す」
「良いよ、そんなに気を遣わなくて。自分で洗うさ」
「……ん」


返して貰えるようにとフリオニールが手を出すと、スコールは少し困ったように間を置きつつも、タオルをフリオニールに差し出した。
それを受け取り、じゃあ中に入ろう、とフリオニールが歩き出した時だった。

スコールが巻き直し、きちんと片付けた筈のホースが不自然にふるふると震える。
既に片付けたものと認識しているフリオニールとスコールは、それに気付く事無くホースの横を通り過ぎようとした。
その瞬間、ぱんっ、と言う少々嫌な音が響いて、水飛沫が噴き出した。


「ぶ……っ!」
「スコール!」


突然の噴射水の直撃を食らったのは、スコールだった。
ホースの口が上に向かっていた所為で、顔面から食らう羽目になり、スコールの脚元がよろよろと蹈鞴を踏む。
フリオニールが慌ててその背を支えると、スコールは濡れた頭を猫のようにぶんぶんと振って、


「なんだ、いきなり…!」
「大丈夫か?目とか……」
「ちょっと入ったけど、大丈夫だ。……水、ちゃんと止めた筈なのに」


ごしごしと手の甲で顔を拭きながら、スコールは苦い表情で呟く。
今だ水を吐き出しているホースからスコールを離して、フリオニールは横から腕を伸ばして水栓を締める。

しかし、水を停める為の栓はそれ以上締まる方向へは回らず、スコールの言った通り、きちんと元栓は占められている筈である事が判った。
それなのに水がいつまでも噴き出すと言う事は、この水栓の留め栓自体が上手く嵌っていないと言う事になる。


「…壊れてるみたいだ。コスモスに連絡しないと」
「……はあ……」
「これは、仕方がないからこのままだな…」


じゃばじゃばと溢れ出る水に、勿体ない、と二人は思う。
思うが、止めようにも止められないのだから仕方ない、と諦める他なかった。

それよりもスコールをなんとかしないと、とフリオニールはびしょ濡れになっているスコールを見る。
見てから、其処にあるものを見付けてしまって、思わず息が止まった。
フリオニールのその様子に気付いて、スコールがことんと首を傾げる。


「フリオ?」
「あ……ちょ、あの……ちょっと」
「……なんだよ?」
「……ごめん、ちょっと……」


赤い顔をしたフリオニールの歯切れの悪さに、スコールが眉根を寄せた。
何かあるならはっきり言え、と言わんばかりの表情だが、それが出来ればフリオニールとて苦労しない。

フリオニールは手に持っていたタオルをスコールに差し出した。
拭けと言う事か、とスコールが頭を拭き始めるが、


「あの、スコール。頭もなんだけど、服を……」
「服?」
「……濡れて、その……透けてる……」


まだいまいち切れの悪いフリオニールの言葉に、スコールは眉間の皺を深めつつ、自分の服を見下ろした。
今スコールが着ている服は、柄も何もない、真っ白なTシャツだった。
夏仕様のものなので厚みもない為重みがなく、風通しが良いので、スコールはリラックスしたい時には大抵この手のシャツを着ている。
同じタイプで紺や黒も持っているが、今日はたまたま白であった。

水に濡れた、薄手の白いTシャツ。
それはスコールの細身の肌にぴったりと張り付いて、薄い胸板のラインも浮き上がらせていた。
其処にある小さな蕾も一緒に。


「……っっ!」


男なら大して気にしなくても、と言われるかも知れないが、これはそう言う訳にも行かない。
水着であるとか風呂であるとか、そう言う時なら気にしなくても、今は昼まで外で服を着ている。
見えない筈のものが、そのつもりもないのに誇張されるように晒されてしまっている事に気付いて、スコールは真っ赤になってそれを腕で覆い隠した。


「……」
「………ス、スコール……」
「……」


俯いたスコールをフリオニールが恐る恐る呼ぶと、きっ、ときつい目がフリオニールを睨む。
ぎくっと固まったフリオニールを、蒼灰色はじっと睨み、睨んだ後で、緩んだ。
はあ、と言う大きな溜息と共に。


「……あんたに見られるのは、今更か……」
「う……いや、でも、それは…その……」
「あんた、一番最初に全部見てるし……」
「……あ…それは…事故で……」
「………普段も色々見られてる気がするし」
「……うう……それも…わざとじゃ、なくて……」
「………もう、今更と言えば、今更だし……」


スコールの呟きに、フリオニールはしどろもどろになっていく。
そして最後の言葉は消え入りそうなものだったが、その中に滲む意味が判らない程、フリオニールも鈍感ではなかった。

フリオニールは、家に住む事になった初日に、失敗をした。
規則の中にある、風呂を使う時に先客がいないか確認してから入る事、と言う点を忘れていたのだ。
引っ越し作業や周辺確認で疲れており、住民の殆どが休んだ時間になってからようやく風呂に入ろうとしたフリオニールは、名札を見ないで脱衣所のドアを開けた。
すると其処には、風呂上がりの程好く火照った濡れた肢体があって、フリオニールは思わず固まった。
固まって、白く細いその体に釘付けになったまま、真っ赤になって卒倒してしまったのである。
その上フリオニールは、細身のスコールを女だと思ってしまった為、翌朝事故について詫びに来た時にも、「女性の入浴を覗こうとした訳ではなかった」と言う旨の発言をしてしまい、これが原因でスコールからのフリオニールの印象は最悪のものになってしまったのだ。

その事件については、一緒に暮らすメンバーのお陰で、誤解が誤解を呼んだのだとスコールも宥められ、フリオニールも改めて謝罪した事で解決した。
しかし同様の事件は一度だけではなく、その後も何度か起きている。
スコールの入浴中にフリオニールが入って来たり、食事を用意したフリオニールが朝に弱いスコールを起こしに行ったら着替えている最中だったり、服を脱ぎかけているスコールをフリオニールが押し倒した形になった事もあった。
時折、逆にスコールがフリオニールの着換えシーンに遭遇したりして、何とも言えない奇妙な空気に捕まった事もある。
男同士なのだから気にする程の事ではないだろう、と言う者もいるだろうが、スコールにとってはそうではないのだ。
フリオニールも、最初の出会いのインパクトの尾を引き摺っており、どうもスコールの裸と言うものに過敏に反応してしまう所があった。

こう言った事件を何度も繰り返している内に、主には謝り倒すフリオニールと、それを事故だから仕方ないと赦すスコールの図が増えて行った。
そして、嫌な思いをさせた詫びにと、フリオニールがあれこれとスコールの世話を焼くようになり、スコールもそんなフリオニールに甘えるようになった。
基本的にシェアハウス内でも一人での生活を好んでいたスコールにとって、これは初めての事だったと言う。
理由が何であれ、時間を共有する機会が増えて、段々と距離が縮んで行き、────部屋の電球を変えようと、踏み台の上で足を滑らせたスコールをフリオニールが助けた拍子に、キスをしてしまって。
その日を切っ掛けに、自覚のない間に膨らんでいた相手への想いが堰を切って、走り出した。
そして、何もかもをお互いに曝け出して、恋人と言う関係となった今へとつながる。

────これまでの事を、その度に見てしまっていたスコールの肌を思い出して、フリオニールの顔が赤くなる。
どくんどくんと心臓が速くなって、言葉を失っていると、スコールがくるりと背を向けて、


「……っくしゅ!」
「あ、」


小さく響いたくしゃみの声に、ぼんやりしている場合ではなかったのだとフリオニールが我に返る。
早く中に入って着替えさせなきゃ、でもその前に、とフリオニールは羽織っていたワイシャツを脱ぐ。

取り敢えずはこれで、とワイシャツを羽織らせると、スコールは素直にそれを借りた。
スコールは一回り大きなシャツの前を手繰り合わせて、急ぎ足で玄関に向かう。
その背を追いながら、フリオニールは気温の所為ではなく、体の温度が上昇するのを感じていた。





『現パロでラッキースケベ頻発して、意識してすったもんだの末にお付き合いを始めるフリスコ』のリクを頂きました。

ダイジェストですが色んなことが起きてます、きっと。
階段の上で足を滑らせてスコールの胸にダイブしたり、ごちゃっとなって起き上がろうとして尻を掴んでしまったり。
そもそもお互いに近付かなければ、きっと起きなかっただろう事件もあったのです。でも世話を焼いたり焼かれたりで、今日はどんどん縮まって、どんどん事件も起きて行ったのです。全て起こるべくして起こった事件だったのです。

[セシスコ]泡沫の奇跡に

  • 2019/08/08 22:35
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クリスタルを手に入れた戦士達の前で、秩序の女神は業火に焼かれた。
自分達を召喚した主とも言える女神の消失により、秩序の戦士達も闇の底へと溶け行く運命だった。
だがクリスタルの加護により、戦士達は決して長くはない猶予を手に入れる。

残された僅かな時間を使って、戦士達は決戦へと向かう。
それぞれの宿命に決着を着け、全てを破壊せんとする混沌の神との闘いに挑む。
世界の命運をかけて、それぞれの大切なものの為に。

────そんな旅路でも、歩く足は賑やかだった。
そうであろうとする仲間達の声が、少ない時間と言う事実を霞ませるように、明るく響く。
他愛のない会話を交わし、思い出した記憶を語り、この世界での思い出を綴る。
何処か作り物めいた、明るいふりをした空気でも、それすらもう長く味わえないものと思えば、誰も悪い気はしなかった。
誰も負けるつもりなどないけれど、それでも結果はまだ判らない。
この世界の神ですら、結果を予知できるようなレールからは、既に外れているのだ。
だからどんな結末になろうとも、後悔する事のないように、この世界で出会った仲間の事を誇れるように、前を向いて戦士達は進む。

テレポストーンの力さえも失われつつあるのか、戦士達の進む道はその足に託されていた。
進み、休み、また進む日々は、短いようで長い。
歩くの疲れたよ、と言う愚痴も時折聞こえるが、誰もその足を止める事はしなかった。
少しだけ休んで、また明日進もう、と言えば、そうしようと皆が野営の準備を始める。
こうして自然的に役割分担をしながら野営をするのも、後何回あるだろう。
そう思うと、一つ一つの作業さえも何処か感慨深いものがあって、けれど湿っぽいのは嫌だとはっきり言う者もいたから、皆こみ上げるものは飲み込んだ。

全員での旅が始まって、何度目かの夜、その日は月が明るかった。
混沌の力が増して以来、空が快活とした色に覆われる事は少なく、重く暗い曇り空が続いた。
そんな中で久々に見た美しい月を、ひょっとしたらこれが最後かも知れないと、誰もが口にせずとも感じていた。
だから本当は早く休まなければいけないのだけれど、もう少しこの月を、皆で見る綺麗な月を見ていたいと、皆が珍しく宵っ張りの夜を過ごした。
それでもやはり休まねばと、一人二人と寝床に着き、いつものローテーションの見張り役だけが火の番をする。
スコールも同じで、自分の見張り当番が早々に終わった事を幸いに、明日に備えて眠ろうとしたが、


(………)


小さな寝息が複数重なるテントの中で、スコールは起きていた。
今日は鼾が煩いジタンやティーダとは別になったから、さっさと眠れると思っていたのに、まるで睡魔は訪れない。
それでも長い間、じっと目を閉じていたのだが、そろそろ退屈が過ぎて、耐え切れずに起き上がった。

眠る仲間達を起こさないように、足音を殺してテントを出る。
見張り当番だったバッツが顔を上げ、よう、と手を上げた。


「寝れない?」
「……少し歩いて来る」
「判った。気を付けてな」


問いかけには応えなかったスコールを、バッツは咎めなかった。
テントを出た足でそのまま何処へともなく歩き出したスコールを、ひらひらと手を振って見送る。

岩場に囲まれていた野営地を離れると、小高い丘があった。
ゆっくりとそれを上って行けば、少し目線の高さが上がって、周辺の低地をぐるりと見渡せる。
遠くに古い遺跡群があって、昨日はあの辺りで野営した、と新しい記憶を呼び起こす。
余り進んでいないように見える距離だが、実際には山道をずっと迂回しているので、結構な距離を歩いていた。

遠くを見ていた視線を、上へと傾ける。
其処には満点の星空と、細い三日月が淡い光を放ち、世界を優しく照らしていた。
もう直に訪れるであろう世界の終焉に向けて、この世界そのものを柔らかな眠りで包もうとしているかのようだ。
だが、スコール達はその眠りの誘いを振り払う為に、明日も進んで行く。


(戦いを、終わらせる為に)


この世界で連綿と続く、神々の闘い。
それに召喚され、駒として戦い続けた自分達。
その終焉を作る事で、世界が救われたのならば、自分達もようやく元の世界へと戻る事が出来る。

そう思った瞬間、胸の奥が冷たく痛むのを感じて、スコールは唇を噛んだ。
まるで嫌だと叫んでいるようで、そう感じている事が事実であると、スコール自身にも判ってしまう。
だが、それはきっと声に出してはいけない事だと思うから、歯を噛んで必死に飲み込んだ。

────草息を踏む音がしたのは、その時だ。
さくり、と柔らかなその音が聞こえたのは、月の夜が静かすぎた所為だろう。


「スコール」


呼ぶ声に振り返れば、淡い銀色の髪が、よく似た月の光を受けてひらひらと揺れている。
何処かの世界の“月の民”だと言うその男───セシルに、降り注ぐ銀の光はよく似合っていた。


「君も眠れなかったのかい?」
「……あんたも?」
「少しね。なんだか落ち着かなくて」


何事にも動じない冷静さを持っているような男でも、そんな日がある事に、スコールは少し安堵した。

かしゃ、とグリーブの鳴る音がして、セシルがスコールの隣に並ぶ。
次に交代で来る筈の見張りに備えてか、セシルはしっかりと鎧を着込んでいた。
スコールにしてみれば華美な装飾が多く見える鎧は、きちんと実用的に造られていて、着ているだけで相当な重さがある。
それを着て激しい戦闘を行うセシルは、虫も殺さないような優しい顔に反して、苛烈な内面と肉体を持っていた。
……その肉体に包まれる事に安心感を覚えるようになったのは、いつからだろう。
そんな事を考えて、スコールは胸の奥がつきんと痛んだ。

俯いたスコールの横顔を、セシルはじっと見詰めている。
視線に敏感な筈のスコールだが、思考の海に浸っている時、彼は酷く無防備だった。
そんなスコールの頬にそっと手を当てると、スコールはビクッと肩を震わせて、驚いた顔でセシルを見上げる。


「セ……」
「ん?」
「………」


名前を呼びかけて止めたスコールに、セシルはことんと首を傾げて「何?」と促す。
しかしスコールは、中途半端に口を開閉させた後、また俯いて沈黙した。

────この旅路は、終わりへの旅路だ。
終わってそれぞれの帰るべき場所へと帰る為の、最後の旅だ。
それなのに余計な事を言ってはいけない、皆そうしているのだからと、スコールはぎゅうっと口を噤む。

だが、柔らかく頬を撫でる手は、そんなスコールを酷く優しく慈しむ。


「スコール。思う事があるのなら言ってごらん」
「……別に…」
「今なら僕しか聞いていないから」


セシルのその言葉は、免罪符のようで、誘惑のようだった。
スコールがゆっくりと顔を上げると、藤色の瞳がじっと此方を見詰めている。
その瞳を見ていると、柔らかな真綿で包まれるようで、スコールは自分が必死に纏い身に着けているものが、するすると滑り落ちて行くような気がした。

何度も心を裸にされて、弱くちっぽけな自分を晒して、その度に酷い醜態を晒したと思う。
けれど、そんな自分を受け入れてくれるセシルの優しさに、スコールは縋らずにはいられない。


「……もう直ぐ、この世界は終わるだろう。俺達が勝っても負けても、きっと」
「ああ。そうだね」


この世界を作り出していた柱の一つは、既に失われた。
在るのはその残滓とも言えるクリスタルと、その恩恵を受けている10人の戦士だけ。
そしてクリスタルが力を失い、自分達が加護を喪えば、秩序の力は全て失われ、力の均衡を崩したこの世界は混沌の闇に飲み込まれて消える。

混沌の力を停める為、自分達が混沌の軍勢に勝利を収めても、恐らく結末自体は変わらない。
秩序の力も、混沌の力も失えば、いよいよこの世界は維持する力を失って、消滅していくのだろう。
違いがあるとすれば、その消滅がこの世界のみで留まるか、他の異世界まで拡がるか、それだけだ。


「…勝っても負けても、この世界は消える。勝ったとすれば、俺達は自分の世界に帰る事が出来る」
「ああ。そう言う事、なんだろうね」
「……そうなったらもう、逢えないんだろう、俺達は」


“俺達”と言ったスコールの言葉が、此処で出会った仲間達の事を全てを指しながら、違うニュアンスを含んでいる事を、セシルは感じ取っていた。

この世界で出逢った戦士達は、皆違う世界から召喚されている。
それは本来なら交わる筈のなかった邂逅で、互いの存在すらも知らないままに終わる命だった。
それが神々の悪戯、力によって運命の糸が手繰られ絡み合い、出逢う事になる。

神々の力で作られた出会いなら、その神々が消えたなら、繋がる糸も消えるだろう。
元より出会う事のなかった運命へ、それぞれの道へと帰り、二度と道が交わる事はない。


「……あんたともう、逢えなくなるって。そう思ったら、……嫌になった」


何が、とはスコールは言わなかった。
それを口にしたら、本当に何もかもが溢れ出しそうで、それはしたくないとスコール自身も思っている。
クリスタルを手に入れて、女神を失った時から、日に日に記憶が蘇る。
忘れていた思い出の中にあった沢山の顔を、声を、手を、スコールは捨てる事が出来ない。
だから帰らなければ、と言う想いも確かにあった。

けれど帰れば、この世界で繋いだ手を、二度と繋ぐ事は出来なくなる。
あと幾つかの夜を重ねたら、こんな風に月夜の下で、二人並ぶ事もない。
頬に触れるセシルの手も、其処から伝わる熱の香りも、感じる事はなくなるのだ。


「……セシル」
「うん」
「……あんたに逢わなければ良かった」


目の前の人に向けて冷たい言葉を選んだのは、本心も其処にあったからだ。
出逢わなければこんな思いもしなかったのに、こんな痛みを知る事もなかったのに。
恨むような台詞を吐きながら、そんな言葉を使ってしまう自分の幼稚さを突き付けられた気がして、スコールは悔しくて堪らなかった。

唇を噛むスコールを、セシルの手があやすようにゆっくりと撫でて、目尻に滲む雫を拭う。
柔らかな月明かりに照らされたスコールの貌は、我儘を言う幼い子供のそれと同じで、セシルは困ったように笑う事しか出来ない。
肩を抱き寄せれば抵抗はなく、細身の体がすっぽりとセシルの腕の中に収まった。


「ありがとう、スコール」
「……」
「そんなに僕の事を好きになってくれて、ありがとう」


セシルの言葉に、スコールが息を飲んだ。
ぎゅう、と噛んだ唇が震えて、スコールの手がセシルの背中に回される。

離れたくないと一所懸命に訴える少年を抱き締めて、セシルは唇を重ね合わせた。



スコールが近しくなった者との別れを極端に忌避している事を、セシルは知っている。
仲間であればその旅立ちを見送る事は出来るけれど、傍にいて欲しい人との別れは、スコールにとって何よりも恐ろしいものだった。
だと言うのに、いつかは必ず終わるこの世界で、その場所を許された自分の罪を、セシルはただ受け入れる。

それがスコールにとって、最も優しくて残酷な呪いになると知っていながら。





『月夜の切ないセシスコ』のリクを頂きました。

別れが決まっていると言うだけでも、スコールにとっては切ないものだなあ、と。
セシスコはスコールがセシルに依存して、その危険性を判っていて依存させるセシルが好きです。

[セフィレオ]非日常的空間の日常

  • 2019/08/08 22:30
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[平日、とあるアンティークカフェにて]の続き






蒼く澄んだ光に包まれて、二人で歩く。
何処か非現実的な雰囲気は、きっと周囲の環境が齎す、一つの副次効果なのだろう。
その空気はとても心地良く、ゆるゆるとセフィロスの心を潤い流すように過ぎて行く。

隣を歩く男───レオンは、物珍しいものを見る目で、きょろきょろと辺りを見回している。
こう言った場所自体にあまり足を運ぶ機会がないようだから、と言うのもあるが、こんな場所がこんな所にあるなんて、と言う驚きもあるのだろう。
セフィロスもそれは同じで、話に聞いてはいたが、まさかこんなにも大規模で本格的だとは思わなかった。
ビル自体が大きく広く、複数のコンテンツが混在する大型商業施設なので、期待値もなくはなかったが、しかし普通はこんな場所にこんな物を作るものじゃない、と言う常識的な発想が浮かぶ。
それを打ち壊した代物なのだから、入場料が少々高いのも、致し方ないのかも知れない。

都心の中心に聳える巨大なビルの中に作られた水族館は、中々凝った趣向を凝らしていた。
平時から客足が絶えないその水族館は、夏休み真っ最中の今でも人で溢れているのだろうと思っていたのだが、案外と空いているように見える。
噂程に流行っていないのか、ピークが過ぎているのか、偶々なのか。
理由は色々とあるのかも知れないが、セフィロスにとってはどうでも良い事だ。
気まぐれに入ってみたら思いの外空いていたと言うのは、余り人混みが得意ではない二人の男にとって、幸運だった。
どうせもう一度来る機会があるかも怪しいのだし、のんびりと見れる内に回ってみよう、と言う話になり、二人で順路通りに展示を楽しんでいる。

大きな水槽の前で足を停めた二人の前を、悠然と泳いでいく生き物は、体長1メートル程のアザラシだ。。
透き通った水の中で獲物を探す為、大きく発達した瞳に、水面から透き通る光の波がゆらゆらと反射している。
時間になればショーにも使われると言う広めの水槽を、数頭のアザラシ達が楽しそうに泳いでいた。


「気持ち良さそうだな」


水槽の前で立ち尽くして、レオンが言った。
独り言のようにも聞こえたが、ああ、とセフィロスが返事をすると、レオンは少し嬉しそうに頬を緩ませる。


「…3時からショーがあるようだが、見るか?」
「さて……どうするかな」


セフィロスの言葉に、レオンは肩を竦める。

広いホールとなっている其処の出入口には、動物たちのショーのスケジュールが書かれていた。
時刻はまだ1時を過ぎた所で、ショーが始まるには随分と間がある。
時間を思えば、今は昼食と休憩で、客が飲食スペースに集まっているのかも知れない。
しかし他の所を周ってから戻ってきたら、見栄えの良い場所は他の客に奪われていそうだし、何よりその時の人の多さを想像すると、レオンは余り気乗りしなかった。


「止めておくか?俺はどちらでも構わない」
「俺もそうなんだ。見た事がないから興味はなくもないが……割と今日は空いているようだけど、ショーとか時間が決まっているものがあるなら、その時だけ集まる人も多そうだし。子供も増えるだろうしな」


折角来たのだから見て行けば良いのに、と此処にいない友人達の声を聴いた気がしたが、それとこれとは別なのだとセフィロスもレオンも思う。
どうしても見たいと言う訳ではなかったし、それなら客が此処に集中している間に、比例して人が少なくなるであろう通路展示をゆっくり見ても良い。

行くか、と言ったセフィロスに、レオンは頷いた。
のんびりとアザラシを眺めているのも悪くはないが、他の展示も気になっているのだろう。
歩き出したセフィロスの後を、レオンは素直について来た。

立地条件の所為もあるのだろう、海岸沿いにあるような有名な水族館に比べると、巨大な水槽と言うものは少ない。
代わりに展示方法に趣向が凝らされており、動物の生態に合わせて、客が目を引くような行動を取るようにと工夫がしてある。
しかし、セフィロスとレオンが最も興味を示したのは、特集として特別展示されている、深海生物を主とした変わった生態を持つ生き物群だった。
見た目も変わった物が多いその展示水槽を眺めて、レオンが呟く。


「深海生物か……一時、随分と流行っていた気がするな」
「ああ。特には、こいつか。俺もニュースで見た事がある」


そう言ってセフィロスが指したのは、真っ白なダンゴムシのような生き物だ。
しかし海の中にダンゴムシがいるなんて聞いた事もないし、第一これはダンゴムシではない。
形状だけはよく似ていて、だが比べものにならない程大きく、顔の詳細まではっきり見えるのを見て、レオンは首を傾げる。


「俺も見た覚えがある。うちの班の女性が可愛いと言っていたような気がするんだが……可愛いか?」
「さて、俺には判らん。一応、可愛くしたものもあそこにいるぞ」


そう言ってセフィロスが指差したのは、物販コーナーに詰まれたぬいぐるみ。
フォルムをよく再現しているが、デフォルメも施されており、何よりもふもふとした布綿の雰囲気もあってか、可愛いと言えば可愛い……かも知れない、とレオンは眉尻を下げた。


「……流行と言うのはよく判らないな」
「同感だ。まあ、そう言うものはザックスやクラウドに任せておけ。あいつらの方がこう言う話は向いている」


同僚であり後輩である、仲の良いコンビの名前に、そうだな、とレオンは頷いた。
元々流行に興味がない上、流れの速いそれに乗って情報を追うのを、レオンもセフィロスも得意とはしていない。
仕事に必要となれば色々と調べはするものの、平時からそれを終始追う癖はついていなかった。

展示をルートに沿って一通り見終わった時には、時刻は3時を周っていた。
アザラシのショーが始まるな、とセフィロスは言ったが、レオンは困ったように苦笑するだけだ。
入った時には静けさもあった館内だったが、客足が戻って来たのか、ショー目当てなのか、子供の声がよく聞こえる。
ショーを見に行く気もない二人は、静けさを求めて退館する事にした。

エレベーターでビルの中層まで降りて、少し座れる場所を探す。
客入りのピークを過ぎたフードコートがあったので、コーヒーと軽食を頼み、一服する為に席を取った。


「こう言う所も、偶に来るのは良いかも知れないな」
「同感だ。次に来る事があるかは判らんが」


セフィロスの言葉に、確かに、とレオンはくすくすと笑う。
今日は本当に、何も予定がなかった事や、偶々この場所を訪れたから、行ってみようかと言う話になっただけだ。
そもそも二人とも出不精な性質があるから、こうやって二人で街を散策する事も滅多にない。
そんな奇跡のような事が二度も三度もあるとも思えず、また意図的に起こす気もないので、今日と言う日がまた訪れると言う予感は全くしないのだった。

セフィロスはコーヒーを傾けて一口飲むと、薄いな、と呟いた。
昼にカフェで飲んだものと比べれば、仕方のない事だとレオンが宥める。
セフィロスはさっさとコーヒーを空にして、のんびりと軽食を楽しむレオンを眺めながら言った。


「気まぐれに入ったようなものだったが、知らない物を知るには良い機会だったな」
「ああ。あの動物があんなに大きいとは思っていなかった。皆が可愛いと言っているから、もっと小さいものなのかと」
「深海生物と言うのは、総じて大物が多いそうだ。体が大きい方が体温を逃がさずに済むと言う考えもある」
「だが、体が大きいと言う事は、その体を維持する為にのエネルギーも増えるだろう。餌が少ない深海で、それは非効率な進化に思えるな…」
「水圧に耐える為に巨躯になった、と言う考えもあるらしい」
「それなら……理屈としては判るか」
「後は、餌が少ない故に巨大化した、とも。生物は体が大きい程、新陳代謝の効率は下がる。そうなれば、大きくなるほど、エネルギーの消費量が抑えられると言う事だ」
「その上で餌を自ら能動的に探さない、流れて来るのを待つ習性を持つ生き物なら、食料が少なくとも長く生きる事は可能になる、と。熱の放出や、新陳代謝の効率を求めた進化の形は、陸上の動物とそれ程違いはないんだな」


成程、と納得した顔をするレオンに、セフィロスは例外も少なくはないがな、と付け加えた。


「…深海は宇宙よりも未解明の部分が多いと言われているそうだ。研究している学者でも判らない事が多いと言うし、俺も別にそれ程興味がある訳でもないから、実際の所は何も知らない」
「その割には詳しい方に思えるが。そう言えば、生物科学科にいたんだったか?」
「ザックスにでも聞いたか?生物科にいたのは初年度だけだ。教授が気に入らなくて辞めた」
「そんな事があったのか」


セフィロスの告白に、意外だ、と言いながら、レオンはくすくすと笑った。
何事も完璧に、まるで天啓でも持っているかのように卒なく物事をこなしている男でも、若気の勢いと感情で行動する日があったのか。
見た目の美丈夫ぶりもあり、何処か人形めいて見えるセフィロスの、時折見せる人間臭さが、レオンには面白い。
其処には、滅多に自分の事を語らないセフィロスが、過去を細やかながら教えてくれたと言う喜びもあった。

コーヒーと軽食を済ませて、さて次はどうする、と二人は顔を見合わせた。
そろそろビルを出て他に行こうかとも思ったが、真夏の現在、外は陽炎が上る程に暑い。
窓の向こうでぎらぎらと光る太陽を見て、せめてあれが沈むまでは外には出るまいと思う。


「……少し店を見て回ってみるか。何か気になるものはあったか?」
「そうだな……ああ、確か下のフロアに水族館のグッズや土産物を並べた店があったな。館内の物販は人が多くて見れそうになかったし、そっちで見てみるか」
「弟への土産か。今度来るんだったか?」
「友達と一緒にプチ旅行、らしい。うちに泊まって行くんだ。少し付き合わせるが、良いか?」
「構わない」


席を立つセフィロスに、ありがとうと礼を言って、レオンも椅子を引いた。
空のトレイをフードコートの指定の位置に返して、二人はエレベーターへと向かった。




ザックスとクラウドがそのビルに足を運ぶ機会は多い。
食事の為だったり、季節物の新しい服を買う為だったり、単純に暇なので行こう、と言う事もある。
スタイリッシュな外観を売りにしている所為か、中の店舗施設も選ばれているのだろう、余りアングラな雰囲気の店は入っていなかった。
メジャーで名のあるブランド店は、こぞって出店しているから、主にはそれを目当てしている。
上層にある水族館は、家族連れや若いカップルの憩いの場所になっているそうで、ザックスも恋人と来る時には其処に向かう事もあった。
しかし今日の連れ合いはクラウドなので、エレベーターは中層止まりである。

今日の二人のお目当ては、贔屓にしているアクセサリーブランドの限定商品の回収だった。
受注生産とされるそれは、受付が始まった時に予約も支払いも済ませているので、受け取る日を間違えさえしなければ、誰と喧嘩をする事もなく悠々と手に入れる事が出来る。
個々で注文した二人が今日を受け取りにしたのは全くの偶然だったのだが、それなら気の合う者同士、ついでに遊んで帰ろうと言う話になり、連れたって来たのである。

目当てのフロアに到着した二人は、早速と意気揚々とした足で店に向かおうとした。
が、その前にエレベーターホールの直ぐ傍にあった店で、クラウドが足を止める。


「どした?クラウド」
「あそこに珍しいのがセットでいる」


店を指差すクラウドに、ザックスがその先を見ると、可愛らしいフォルムの水族館グッズが並べられた土産コーナーがある。
上層にある水族館は、物販コーナーが客で溢れる事もある為、客足を散らす為、館外にも店が出ているのだ。
大抵、其処にいるのは水族館帰りの家族連れか、海洋生物が好きな者なのだが、そのどちらにも当て嵌まらない背中が並んでいた。

背の高い濃茶色の髪と、それよりも頭半分程高い位置から始まる、腰まで伸びた長い銀髪。
まず間違いなく職場の同僚二人と判る後ろ姿だが、こんな場所で先ず見る事のないものを見付けて、ザックスは今年一番驚いた。
二人はザックス達の視線には気付かず、真面目な顔でぬいぐるみを触っている。
社内でも顔も頭も良いと評判でトップ成績を持つ二人が、ダンゴムシのぬいぐるみを抱えて顔を埋めたりする図は、なんともシュールであった。


「……おお。なんだあれ」
「何って、デートだろう。多分」


驚きが過ぎて思わず呟いたザックスに、クラウドは言った。
あの二人が一緒にいるのだから、そうだろう、と。
それを聞いて、そうか、デートか、とザックスも納得した。

どちらが言い出したのか知らないが、彼等にこんな所にデートに来る発想があるとは意外だった。
普段、仕事で共にしている事は多いが、余り甘い空気もなく過ごしている二人を知っているだけに、こんな所でどんな会話をしているのだろうと、ちょっとした興味も沸いて来る。

しかし、アザラシのぬいぐるみを抱えたレオンは、くすぐったくも楽しそうだ。
良くも悪くも真面目過ぎると言われるレオンが素直に笑みを零している場面は、とても珍しい。
セフィロスも冷たく見られ勝ちな頬が緩んでいるし、これは割って入るのは野暮と言うものだろう。
ザックスはクラウドを促して、彼らに見付かってしまう前に、その場を離れる事にした。


───明日、お前達を見かけたぞと言ったら、彼らはどんな反応をするだろう。
一人は赤くなって、もう一人は涼しい顔で流すのであろう場面が想像できて、ごちそーさま、とザックスは一人笑うのだった。





『セフィレオ』のリクを頂きました。
去年のセフィレオを気に入って頂けたようでしたので、続いてみた。と言うか書きたかった。

傍目に見ると楽しいのか?と思うような雰囲気や会話でも、本人達は楽しんでます。
そんなに甘い雰囲気もなく、真面目な顔で真面目な話をしてるけど、楽しんでます。
本人たちはデートだと意識してないけど、どう見てもデートです。
そんなセフィレオです。

[サイスコ]スラップスティック・ウォーミング

  • 2019/08/08 22:25
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サイファーと二人で訓練所に来る事を、実はスコールは余り好んでいない。

ペア行動は任務でも儘ある事だ。
任務の際、基本的に相手は選べるものではなく───スコールの立場を利用すれば可能、ではあるのだろうが、其処は補佐官が許してはくれない───、諸々の都合や効率を考えて、苦手とする相手でも相方になる事は珍しくない。
余りにも相性が悪い、馬が合わない者ならば流石に合わせないようにはするが、それも毎回都合が着く訳ではない。
そもそも個々人の好き嫌いと言うのは、ごく個人的な話であるから、その程度で任務に支障を来すな、と言うのが組織を動かす者としての見解である。
スコールもそう言った指示を出す立場であるし、そもそも自分の趣向でメンバーを選り好みをごねるような性格ではないので、こう言った指示には基本的には従うようにしている。

サイファーとスコールがペアとなって行動する任務も少なくはない。
寧ろ、戦闘の実力や、誰よりも互いの事を理解している事もあり、打ち合わせなしに阿吽の呼吸の働きを見せる彼等を知っていれば、組ませない理由の方がないだろう。
加えて、互いの暴走を抑えられるのも互いだけ、と言う超限定的な理由も含めて、サイファーとスコールは一緒にして置いた方がベストでありベターである、と言うのがキスティスの見解らしい。

以前のスコールなら、サイファーと組まされる事に、苦い顔の十や二十は見せただろう。
それはサイファーも同じ事だ。
だが、魔女戦争を終え、相手を憎からず意識している今は、それ程強い嫌悪的意識は持っていない。
二人も共に大人の階段を幾つか登り、必要以上の衝突が起こる事もなく、時々過度な喧嘩でガンブレードを持ち出す程度だ(それを“程度”と言う所が傍目には異常かも知れないが、それが彼らの日常である)。

だが、サイファーと一緒に訓練所に入る事だけは、スコールは避けたがっている。
戦闘訓練をするなら外でも良いし、派手な事にならなければグラウンドだって良い。
だったら訓練所だって良いだろう、寧ろ派手に暴れられる分、訓練所の方が遠慮がなくて良いじゃないか───と首を傾げたのはゼルだったか。
グラウンドでやらかしては修繕に駆り出されるゼルにしてみれば、結局これだけ暴れるのなら然るべき場所でやってくれ、と言いたい所だろう。
スコールもそれは薄々感じているし、設備をうっかり破壊しては給料天引きと修繕労働を命じられるのは面倒なので、ゼルの言う事が最もだと判ってもいる。

それでも嫌なのだ。
誰にも理由は言えないけれど。



嫌だ嫌だと思っていても、為さねばならない時もある。
今が正にそうだった。

スコールは工具箱を手に訓練所を歩いていた。
その三メートル後ろをついて歩くのは、ガンブレードを肩に担いだサイファーだ。
パーソナルスペースが広いスコールの場合、これだけ他人との距離が開いているのは普通の事なのだが、普段はサイファーにそれは適用されていない。
それはサイファーが構わず近付いて来るからだったり、スコールがそれを特に振り払わないからだ。
故に二人の距離は、もっと近いのが本来の日常風景である。

しかし訓練所に入る時だけは、スコールはサイファーに近付くなと厳命している。
任務で指示を出す時よりも真剣な表情で告げる命令に、サイファーは溜息を吐きながら判ってるよと言った。
そうしなければならない事を、サイファーもスコールと同じように理解しているからだ。

訓練所全体に生い茂る、熱帯樹林のように蔓延る植物を掻き分けながら進み、スコールは目的の場所に到着した。
其処にあったのは古い大型の空調設備で、訓練所全体の温度湿度を調整する為に設置されているものだ。
ガーデン設立から数年後に用意されたもので、修理修繕を繰り返して使われており、働き始めてから十年近くが経っている。
当時はエスタ~ガルバディア間の戦争の直後と言う事もあってか、機械類は利便性よりも頑強さを求められていた節があり、幸か不幸か、魔物が徘徊する訓練所内にあって、この設備は一度も壊されてはいないと言う。
しかし経年劣化の波は押し寄せており、これを作ったメーカーがとうの昔に倒産している事や、交換部品の製造が終わっている事もあって、そろそろ限界ではないかと囁かれている。
出来れば交換したいと言うのがスコールやキスティスの本音だが、今時、訓練所のような広さの場所に宛がえる上に、魔物の襲撃にも耐えられる強靭な機械など、一般には殆ど出回っていない。
キスティスが今度カーウェイに伝手はないか聞いてみる、と言っていたので、運が良ければ軍事用の某かが手に入るかも知れない。
が、その目途が立つまでは、現在の設備に生きていて貰わなければならなかった。

普段、この場所の設備は機械を得意とした面々───主にはニーダ───が調査修理をしている。
魔物を警戒しながらの確認作業なので、集中できるようにと警備の意味で二人ペアで赴く事が決められていた。
スコールも何度か警備役として同伴しているので、この役割分担の必要性は理解している。
しかし、自分が整備するに辺り、相方をサイファーにするのだけは止めて欲しかった。
任務の所為で皆が出払い、偶々暇だったのが自分達だけと言う悪運を、スコールはつくづく恨む。

後ろをついてきた気配が、殆ど距離を詰めずに足を停めた。
ちらりと見遣ると、退屈そうなサイファーが辺りを見回して魔物を警戒している。
スコールが厳命した距離は守っており、何もなければ彼が此方に近付く事はないだろう。


(……さっさと済ませよう)


スコールは地面に工具箱を置いて、蓋を開けて幾つかの道具を取り出す。
とにかく此処に長居してはいけない、と言う気持ちだけで、スコールは急ぎ確認作業に取り掛かる。

空調機器は、古いだけに中身の構造は単純で、その分確認する点が多い。
おまけに蓋を開けただけでは見えない、奥まった場所にも確認点がある。
仕方ない、とスコールはカバーを完全に外して、50cmもない穴の中に上半身を潜り込ませた。

その様子を離れた所から見ていたサイファーは、なんとも複雑な面持ちを浮かべていた。
彼の目には、空調設備の穴に潜り込んだスコールの、小ぶりな尻がもぞもぞと動いている図が映っている。
作業に集中しているのだから仕方ないのだが、小刻みに右へ左へ揺れる尻の、なんと無防備な事か。
此処にいるのが俺で良かったな、と思うサイファーだが、恐らくそれを言っても彼は首を傾げるだけだろう。

しばらくの間、サイファーは近付いて来るグラットを切り捨て、アルケオダイノスを追い払う事に終始した。
時々、あっちは変わりないか、と尻を────スコールをちらと見遣る。
見る度、相変わらず無防備な子桃を揺らしているのを見て、こっそりと溜息を吐きつつ、仕事を続けた。

ようやくスコールが仕事を終えた時、彼は穴の中で汗だくになっていた。
整備の為に空調の電源を切っているので、排熱はないのだが、狭い狭い穴の中だ。
空気の循環がある訳もない、極端に狭い場所での集中作業で、汗が止まらない。
下手な隠密任務より疲れる、と思いながら、ようやっと作業を終えたと穴から出ようとして、


「……ん…?」


ぐっ、と何かが引っ掛かっている感触に阻まれた。
服が何処かのツメか出っ張りにでも引っ掛かっている。
くそ、と舌打ちしてどうにか外れないかともがくスコールだったが、何処に何が引っ掛かっているのかも確認できない状態では、どうにもならなかった。


「……サイファー!」


一瞬躊躇したが、他に手段が浮かばなかった。

呼ぶ声にサイファーが振り返ると、動かなくなった尻がある。
呼ばれたので何か用事があるのだろうが、現在、サイファーは接近禁止令を出されている。
近付く前に、距離保ったままで声を大きくして返事を投げた。


「……なんだよ!?」
「引っ掛かって出れない。手伝え」
「……何やってんだ、お前。鈍ってデブったか」
「服が引っ掛かってるんだ!」


呆れて言うサイファーに、スコールは怒気の籠った声で言い返した。

サイファーは周辺の安全確認だけを済ませて、スコールの下に向かった。
その間もスコールはなんとか抜け出せないかと奮闘していたが、サイファーにはやはり、尻がぷりぷりと揺れているだけだ。
余りの無防備振りに悪戯心が沸きそうになるサイファーだが、頭を振って堪えた。
接近禁止令は一時解除されているだけなのだから、此処で余計な事をしたら、血の雨になる。


「何処が引っ掛かってんだ」
「…判らない。後ろは、何か……」
「こっちから見える所は問題なさそうだぜ」
「んん……」


尻は賢明にもぞもぞと動いていて、中でスコールが奮闘している事が判る。
しかしこのままでは埒が明かない。
手っ取り早い方法は、とサイファーはスコールのズボンの端を掴む。
本当なら腰をしっかり掴んでやりたい所だったが、穴のサイズにスコールの体がぴったりと収まっている所為で、穴と体の間に手を入れる程の隙間がないのだ。


「引っ張るぞ。良いな」
「……判った。……変な所触るなよ」
「触んねーよ」
「……」


自分ではどうにもならないと諦めて、スコールはサイファーに任せた。
念押しにたいして判っていると言う返事をするサイファーに、どうだか、とスコールは眉根を寄せる。
サイファーにしてみれば、そもそもそんな念押しをされる謂れもない、のだが、これまでの経緯を思うと疑われるのも仕方がないと判ってはいた。

スコールとサイファーが二人で訓練所に入ると、往々にして何か事件が起こる。
それは繁殖期で胎内変動を起こしたグラットの体液でスコールの服が溶かされて裸同然にされたり、服に枝が引っ掛かって破れたり脱げたり。
何もない場所で足を滑らせたり、その拍子にサイファーがスコールを押し倒したり、掴んだスコールのズボンを引き摺り下ろしてしまったり。
前者については魔物が原因、スコールの不注意や油断で済むのだが、後者についてはスコールが怒るのは当然だろう。
突然押し倒されたり、尻に顔面を埋められたり、挙句の果てに下着姿にされたり、────それが一度や二度の事故ではないのだから。
訓練所以外ではそんな事件は起きていないので、スコールはサイファーがわざとやっているんじゃないかと睨んでいる。
サイファーは全くの濡れ衣で全て事故なのだが、余りにも頻発する為、段々自分でも疑わしくなってきた。
だから、スコールからの接近禁止令も、律儀に守っていたのだ。

これからの許可を貰った所で、サイファーは腕に力を入れて、スコールの下肢を後ろへと引っ張る。
いたた、と言う声を聴きつつ、しかし躊躇していては終わらないと、サイファーは一気にスコールの体を穴から引きずり出した。
ぶちッ、ぶちちッ、と言う少々嫌な音を立てながら、スコールの体が穴から出て来る。
服が破れる位なら安いもんだと、思い切って強く引っ張ると、ぐっと何かが強く引っ掛かる感触があって、


「!サイ、待、」
「こら暴れんな」
「待て、ちょっ、ベルトが────」


焦るスコールを無視して、サイファーは勢いよくスコールの腰を引っ張った。
直後、ばちんっ、と何かが弾ける音がすると同時に、スコールの体が穴から救出される。
が、サイファーの手にはその感触よりも、随分と軽くなった布地の感触だけが残されていた。

勢いよく引っ張られた反動で、スコールの体は飛び出すように排出された。
そこそこの勢いで吐き出されたスコールは、そのまま後ろにいたサイファーの体にぶつかって尻餅をつく。


「いたた……だから待てって言ったのに…!」


忌々し気に呟くスコールは、下肢をすっかり裸にされていた。
穴の中で突起に引っ掛かっていたベルトの留め具が、引きずり出される勢いに耐え切れずに千切れ飛び、細身のスコールでは余裕のあるウェストだったズボンが脱げてしまったのだ。

人の話を聞けよ、と忌々し気にサイファーを睨もうとして、その姿が辺りにない事に気付く。
きょろきょろと辺りを見回したスコールであったが、何かが尻の下で蠢いている事に気付いてギクッとした。
まさか、と恐る恐る視線を落とせば、そこはサイファーの上────しかも、よりにもよって顔面に尻餅をついていたのである。


「~~~~~っっ!!」


真っ赤になったスコールが飛び退くと、サイファーは大の字になったまま動かない。
怒りと羞恥で一杯のスコールは、サイファーの手に握られていた自分のズボンを引っ手繰ると、下半身をパンツ姿のままで駆けだした。

一人残されたサイファーは、ほんのりと温かい感触の残る顔に手を当てて、溜息を吐いたのだった。





『T〇L〇veる並にラッキースケベを引き起こすサイファーと、ラッキースケベられるスコール』のリクを頂きました。
ラッキースケベは有り得ない事が起きる位が丁度良い。

この後、茂みで蹲ってるスコールをサイファーが迎えに行って、お詫びにおんぶして帰ります。
そんな時はほぼ起きない、空気を呼んでくれるラッキースケベな世界。
ご都合主義ラブコメ万歳。

[ラグスコ]モノポリー・グラフィティ

  • 2019/08/08 22:20
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数ヵ月振りに顔を合わせた、養父と呼んで良いのであろう人物────シド・クレイマーは、スコールの顔を見て「元気そうですね」と言って微笑んだ。

スコールは18歳になる前にバラムガーデンを卒業し、指揮官職を退いた。
年齢だけで言えば20歳になるまで在校は可能であったし、多くのSeeDはそうしていたが、スコールの行く宛てが決まった事が、早い卒業の理由となった。
実の父親であり、エスタの現大統領であるラグナ・レウァールから、自分の専属SPにならないかと声をかけられたのだ。
組織的に見ればヘッドハンティングであったが、その実の内情はもっと複雑だ。
スコールとラグナが実の親子である事や、その繋がりを模索している内にもっと踏み込んだ間柄になった事。
今まで互いの存在すらも知らずにいた時間を取り戻すように、もっと近い距離で、もっと時間を共にしたいと言ったラグナを、スコールは拒否する事は出来なかった。
ガーデンもスコールにとっては自分の家だったから、其処を離れる事に思う事は数えきれない程にあったけれど、それよりも、ラグナと共にいたい、と言う気持ちが、今までずっと恐れていた見えない未来への一歩を踏み出す勇気になった。
そうなれば、幼子をあやす揺り籠であった箱庭の役目は終わる。

きっと一番長くガーデンに留まるであろうと思われていたスコールが、誰よりも先に卒業した事に、幼馴染達は驚きつつも祝福した。
行ってらっしゃい、偶には帰って来いよ、ラグナ様の写真送ってね、とめいめい賑やかに送り出した幼馴染達の傍らで、スコールの成長を見守り続けたシドも、笑みを浮かべていた。
魔女戦争を終え、妻が戻ってきて以来、シドは何処か肩の荷が下りたようで、スコールは彼が急に老け込んだように感じる事があった。
けれどそれは悪い意味ではなく、ようやく本当の意味で安心できるようになったのではないか、と思う。
それなら、これからはずっと、穏やかに暮らして行けたら良い。
ガーデン設立の経緯や、G.Fによる記憶障害の事実、魔女戦争の最中に突然行方を晦ませた時など、言いたい文句も山ほどあるが、それはそれだ。
そう思う位には、スコールにとってシド・クレイマーと言う人物は、嫌いではない人だったのだ。

────シドがエスタを訪れたのは、今後もガーデンを経営・発展していくに辺り、最新機器を使った授業形態をエスタから取り入れる為だった。
主な視察はエスタ国内の各学校施設で、スケジュールも殆どそれで埋まっていたのだが、滞在最後の日にラグナと非公式の会談をする事になった。
立場も背景もそれぞれ違うが、共に“魔女”と戦った指導者として……等と言う文言は、ニュースが勝手に流した言葉だ。
実際にはもっとフランクで、もっと内密で、私的な会話が交わされている。
主に、スコールが幼い頃のあれやこれやを。


「うーん……スコールがよく泣く子だった、って言うのはエルからも聞いてるんだけど…」
「ええ、今の彼はとてもしっかりしていて、よく気が付く子ですから、余り想像できないかも知れませんね」
「いや、そうでもないかも?泣き虫じゃないけど、色々判り易い所もあるからさ。なんとなーく、こう……思い浮かぶような所もあって。でも見たかったなあ、ちっちゃい頃のスコール。無理なんだけどさ、仕方ないんだけど」
「アルバムでもあれば良かったんですけどね。石の家にいた頃は、カメラはとても私達には手が届かない代物だったものですから」
「あー、うんうん。俺もカメラは持ってたけど、ウン十万ギルとかしてて。フィルムも高かったなあ」


昔話に花を咲かせるのは、大人の証拠なのだろうか。
自分の過去を勝手にバラされつつ、あっちこっちに飛ぶ会話に、スコールは眉間の皺を深くしながら、警護の為にとラグナの傍らに立っていた。

話をしている二人は随分と楽しそうだが、スコールは退屈な上、自分の過去を───覚えていない事まで───あれこれと暴露されるので、非常に苦い気持ちを味わっている。
しかし警護任務の仕事中だからと、無表情であるようにと努めていた。
だが、そんな胸中をシドは察しているのだろう、時折此方を見ては楽しそうに笑っている。
やっぱりあの笑顔は狸だ、とスコールは思った。


「スコールが元気そうで安心しました。いえ、キスティスやゼルから聞いてはいたんですが、やっぱり自分の目で見ると、一層、と言いますか」
「ああ、判る気がする。人伝に聞いてるのと、自分で見るのとじゃ、やっぱり色々違うもんな。俺もエルの事は大丈夫な所にいるとは聞いてたけど、実際逢ったら、ああ本当だエルだー良かったーって思ったし」
「ええ、ええ。そう、エルオーネも元気だそうですね。よく此方に来ていると伺いました」
「うん。俺が忙しいもんだから、そんなにゆっくり話は出来ねーんだけど、月一くらいで来てくれてるんだ。スコールとよく話をしてるよ。な?」


くるん、と翠の瞳が此方を向いて、スコールを捉える。
スコールは短い沈黙の後、「……近況報告程度には」と答えた。
実際には姉が来た時には色々と込み入った話もしているのだが、それは言う必要はないだろう。
ラグナはもっと話をしてるじゃないか、と言いたげな表情で首を傾げていたが、シドはくすくすと笑って、


「スコールもエルオーネも、元気に過ごしているのなら、何よりです。貴方の顔を直接見に来た甲斐がありました。イデアにも良い土産話が出来そうだ」
「……そう、ですか」
「でも、スコールも時々で良いので、ガーデンに顔を見せてくれると嬉しいです。皆もきっと喜びますよ。特に、サイファーとか、ね」
「その名前は知りません」


指揮官を退く際、後任を決めろと言われて、その場で名指しした幼馴染の名前。
それを知らないと素っ気ない言葉を投げるスコールに、シドは変わらない笑みを浮かべている。
その笑みに腹の中まで見られているような気がして、スコールの眉間の皺が深くなった。

殆ど雑談のような流れのまま、シドとラグナの会談は終わった。
ガーデンの今後の発展を、エスタの躍進を、と形的な遣り取りを最後に、シドは大統領官邸を後にする。
彼はこの後、ガーデンで待っているであろう自分の妻と子供達の為、沢山の土産を購入してから帰路に着くそうだ。
オススメのお土産ってありますか、と尋ねるシドに、スコールは熟考した後で、なんとか最近耳にしている流行物を教える事が出来た。
ではスコールのオススメとして買って行きましょう、なんて言うシドに、スコールは心の底から勘弁してくれと思う。
だが、彼はきっとその通りに品物を購入し、その通りに幼馴染達に伝えるのだろう。
明日の朝にパソコンに喧しいメールが届くのを想像して、スコールは溜息を吐いた。

────その隣で、ラグナも判り易い大きな溜息を吐く。


「はー。あれがお前の育ての親、かあ」
「……あまりそう意識した事はないけどな」


スコールはシドとイデアが開いた石の家にいて、そのままバラムガーデンへと入学した。
思えばずっと二人の庇護下にいた訳だが、G.F.の影響もあってから、スコールはあまりそうと意識した事はなかった。
寧ろ、ガーデンからいつの間にか消えていたイデアの事は愚か、シドが“シド先生”であった事も忘れていたのだ。
スコールが二人に育てられていた事実を思い出したのはつい最近で、特にシドに対しては長らく“学園長”としての認識のみであった事もあり、所謂“父親役”であったとは考えていなかった。

だが、ラグナは唇をへの字にして、拗ねたような表情で、窓の向こうの空港を見詰めている。
何か子供じみた感情が其処に滲んでいるような気がして、スコールは首を傾げた。


「……ラグナ?」
「んー?」
「………」


表情は相変わらず拗ねたまま、返事だけは寄越したラグナに、スコールは閉口する。
何か言いたい事でもあるのか、でも言いたくないのか、それともスコールに聞かせたくないのか。
でも聞かせたくないならそんな顔、とスコールが俯くと、ラグナは横目でそれを見付けて、眉尻を下げて笑みを作る。


「そんな顔するなよ、別に何か変な事考えてた訳じゃないからさ」


くしゃくしゃとラグナの手がスコールの髪を掻き回すように撫でる。
子供をあやすような手つきに、今度はスコールの唇が尖って、ラグナの手を振り払う。
しかしラグナは構わずに、その手でスコールの頬を撫でた。


「俺の知らないスコールの事を、あの人が沢山知ってると思ったら、なんかちょっとヤキモチみたいな感じになってさ」
「……」
「子供の頃のお前とか、SeeDを目指してた頃のお前とか。俺はお前の事知らないのに、あの人は全部見てるんだなって」


そう言いながら、ラグナの指がゆっくりとスコールの頬の形をなぞる。
少しかさついた、加齢を感じさせる皮膚の感触を感じながら、スコールは呟く。


「…だからあんた、俺をエスタに呼んだんだろ」
「うん」
「……知らないから、教えてくれって。見せてくれって」
「うん」
「……全部、見せてくれ、って」


それは、スコールがラグナの下に行く事を決める時に、ラグナから告げられた言葉。

ぎこちない関係から始まり、繰り返し逢っては距離の取り方を模索している内に、自分達でも想像していなかった深い場所で繋がりを持った。
繋がる血が、妻へ母への罪悪感を思い出させる事もあるけれど、家族としても恋人としても、失えないと思った。
だから埋められない過去の代わりに、未来を共に過ごしたいと願ったラグナに、スコールも頷いた。
誰にも見せた事のないスコールを、全て見せて欲しいと言うラグナに、全部を見せるから全部が欲しい、とスコールも願ったのだ。

その言葉を交わした日の事を思い出して、スコールの顔が熱を持って行く。
何度も見せた体が疼くのを感じて、こんな時間なのに、と卑しい自分が恥ずかしくて堪らない。
だが、ラグナはそんなスコールを見て、胸の奥の蟠りがすぅと消えていくのを感じていた。


「なあ。俺しか知らないスコールって、きっと沢山あるんだよな。あの人も知らないスコールとかさ」
「……知らない、そんな事」
「もっと見たいな、俺だけのスコール」
「……いつも見てるだろ」
「まだ足りないよ」


幾ら見ても足りない、もっと見たい。
そう囁くラグナに、スコールは目を細めて、頬を撫でる手に身を委ねる。

近付く影にスコールが目を閉じ、二人の唇が重なった。
頬に添えられていた手が、するりと首筋をなぞって行くのを感じて、スコールの肩がふるりと震える。
スコールの右手がそっとラグナの手を捕まえて、咎めるように緩く力を込めたのが伝わると、ラグナはそっと唇を離す。


「……今は、仕事中、だから」


此処は大統領官邸の執務室で、何事かがあれば人の出入りがある場所だ。
そんな場所で交わった事も一度や二度ではないけれど、とにかく今は駄目だとスコールは言った。
赤い顔で逸らされた瞳の奥には、本当は欲しいと訴えていたけれど、理性がそれを止める。
だから駄目だと、自分に言い聞かせるように告げるスコールに、ラグナはくすりと笑みを浮かべ、


「うん。帰ったら、な」


そう言って傷の走る額にキスをすれば、スコールは何処か夢に沈むような、うっとりとした表情で頷いた。



ラグナだけが知る、スコールの顔。
それを前にして熱を灯すラグナの顔を、スコールだけが知っている。





『ラグナがスコールを思い切り可愛がって愛でて慈しむ話』のリクを頂きました。
パパ先生だったシドに対抗心燃やしてるとなお良し!との事でしたので、二人顔を合わせて見たり。

家族愛も恋愛もごちゃ混ぜにしてスコールを可愛がるラグナです。
このラグナはスコールに対する愛が重そうだなあ、と思いつつ、スコールの愛も重いだろうから良いのです。

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