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2019年08月08日
フリオニールの宿敵である、皇帝の根城であるパンデモニウムと言う場所は、中々いやらしくて厄介だ。
空間全体に様々な罠が仕掛けられており、視線を遮るように壁が聳えて、内部が複雑に入り組んでいる。
城内に皇帝の魔力が張り巡らされている為、罠は自動生成が可能なようで、起動させれば後はもう安全、と言う訳にはいかない。
加えて皇帝自らが出張って設置した罠もあるので、探索するだけでも気が抜けなかった。
探知を得意とする者なら罠にかからずに済むかと言えばそうではなく、ご丁寧にそう言ったメンバーを狙う事を主とした罠もある。
動きたくないが動かなければならず、安全地点と言うものは常に変わる、そう言う風にパンデモニウムは作られていた。
そんな場所で戦闘になれば、運悪くトラップを踏んでしまう事も少なくない。
動き回る事を戦闘手段の一つとするメンバーにとっては尚更だ。
仕掛けられているトラップを読んで、避けて、読んで、避ける。
それを繰り返しながら、スコールとフリオニールはこの城の主である暴君へと肉薄した。
あと一歩、あと一手、それでこの刃が届く────その読みが、勇み足になった。
フリオニールが踏み込んだ一歩を合図に、転送魔法の紋が開き、二人の体を白い光が包み込む。
(しまった─────!!)
恨みも悔やみもする暇もなく、二人の姿は光の渦に飲み込まれる。
それは一瞬の出来事だったが、体感する者にとっては長い長い数秒間。
そして次に放り出された時には、戦うべき者の姿はなかった。
「……スコール。無事、か?」
「……体に損傷はない」
罠に嵌った瞬間と全く同じ格好で、二人は立っていた。
五体は一部の欠けもなく、異常を訴える部分もなく、そう言った点では一先ず無事と言う事か。
それを確認して、フリオニールはほっと息を吐いて姿勢を整えた。
きょろきょろと辺りを見回すと、景色は奇しくも見慣れたパンデモニウムのままであった。
しかし皇帝を前にしていた時とは違い、空間は開けておらず、細い道が縦横に続いている。
恐らくは通路のような場所なのだろうが、このような場所はこれまでの探索でも見た事がない。
元々が皇帝が拠点としていた城が様々な負のエネルギーを受けて変容した場所であると訊いてはいるので、こんな通路があっても造りとしては可笑しくはないが、今まで一度も見た事がない場所が突然現れたと言うのは、引っ掛かるものがあった。
スコールは辺りを慎重に伺い、何か気配はないかと神経を尖らせる。
その傍らでフリオニールも、壁や床をコツコツと叩いて、罠や変わった反応はないかと探ってみるが、
「何もないな。仕方ない、移動してみるか」
「……そうだな」
調べど眺めど、周囲に一切の変化は訪れなかった。
得体の知れない場所なので、一先ずは良い事なのだが、此方からアプローチしなければ何も判らないと言うのも恐ろしい。
だが、こんな所でいつまでも時間ばかりを食ってはいられないのだ。
出口となる歪を見付ける事も含めて、二人は行動を開始した。
先ずは最寄の分かれ道に近付いて、フリオニールが体を壁に張り付かせて、そっと角の向こうを伺う。
其処は十字路だったので、スコールも逆側の壁に張り付いて、フリオニールとは反対の道をそっと覗き込んだ。
どちらも何もない道だけが伸びており、違いは分かれ道が近くにあるか、遠くにあるかだけ。
さてどっちへ行く、と目を合わせた二人は、スコールが確かめた道の方へと向かう事にした。
其方の方が分かれ道が近く、潜んでいたものが飛び出してきた場合、気付ける猶予が長い方を背にする事にしたのだ。
「俺が前で良いな?フリオニール」
「ああ。背中は任せてくれ」
後ろから襲撃が来た場合、鎧を着ているフリオニールの方が、防御の壁としては安全性が高い。
フリオニールはスコールの背を預かる喜びを隠しつつ、快活とした表情でスコールの信頼に応じた。
スコールは壁に片手を突きながら、慎重な足取りで進み始めた。
フリオニールは後ろを確認しながらその後を追う。
今の所は何かが出現する気配はないな、とフリオニールが後ろを見ながら歩いていると、突然ぐっと足元がつんのめった。
「うわっ!」
「!?」
バランスを崩したフリオニールは、咄嗟に縋るものを求めて手を伸ばした。
それが掴んだのはスコールの腰に足れた布で、支えにするには頼りなく、スコールの体が重量を受けて傾く。
幸いフリオニールは膝で床を打つ所で留まったが、腰を引っ張られたスコールは、中途半端な体勢を強いられている。
「わ、悪い…!」
「良いから離せ……重い」
「すまない。足に何か引っかかって……」
腰布から手を放し、立ち上がって足元を確認するフリオニールだが、しかし其処には何もない。
あれ、と首を傾げるフリオニールに、スコールは胡乱な目を向けていたが、しかし此処は彼の暴君の城の一部だ。
罠か、その為に気を引く何かが散らばっていても可笑しくはなかった。
「……慎重に行く」
「ああ。すまない、頼む。俺も気を付ける」
フリオニールの言葉に、スコールは頷いて、改めて道を進む。
通路は複雑に入り組んでおり、どうやら広大な迷路になっているようだった。
幸いなのは魔物やイミテーションの姿はなく、トラップも大がかりなものは見られないと言う事だ。
だが、目印に出来そうなものを用意する事も難しい為、同じ場所をぐるぐると回っているような気がしてならない。
いっそ壁を壊して真っ直ぐに突き進もうか、と乱暴な事も考えたが、何がどんな事を引き起こすのか全く読めない事を思うと、迂闊な真似も出来ない。
ティーダ辺りなら取り敢えずでやってみそうな実験も、スコールとフリオニールでは、慎重論に傾くので手を付ける事もなかった。
しばらく道を壁伝いに進み、幾つかの角を曲がる。
と、其処でスコールの脚元がずるりと滑った。
「!」
「スコール────!」
バランスを崩したスコールの体を、咄嗟に助けようとフリオニールが手を伸ばす。
が、その為に踏み込んだフリオニールの足元も滑り、
「いたっ!」
「うっ!」
どっ、と二人揃って地面に倒れ込む羽目になる。
倒れる時に膝から落ちたのか、フリオニールは足がじんじんと痛みを訴えていた。
単なる打ち身と思われるので、直ぐに引くだろうと思いながら、地面に手を突いて起き上がる───筈だった。
しかしフリオニールが手が置いた所は、ふに、と僅かに柔らかく、温かい。
「……?」
妙だと思って顔を上げると、黒い布地に覆われたものに、フリオニールの手が重なっている。
あれ、とその正体を確かめようと少し指先に力を入れると、黒いそれはピクッと震え、
「……おい」
「え」
「……」
胡乱な声に顔を揚げれば、床に倒れ込んだスコールが、肩越しに此方を見ていた。
睨んでいた、と言う方が正しい表情で。
僅かに頬が赤い気がして、どうしたのだろうと思った後で、フリオニールは自分が降れているものの正体に気付く。
尻、だ。
スコールの引き締まった、小ぶりな尻に、フリオニールの右手が、しっかりと重なっている。
「わ、悪い!」
「…良いから退いてくれ」
慌てて右手を離したフリオニールに、スコールは溜息交じりに行った。
フリオニールはスコールの脚の上に倒れている為、フリオニールが退いてくれないと、スコールは起き上がる事も出来ないのだ。
悪い、ともう一度言って、フリオニールも急いで立ち上がろうとする。
が、急いでいたのが悪いのか、足元の滑る感触が悪いのか。
立ち上がろうと踏ん張ろうとしたフリオニールの足が、ずるっと滑って、また倒れ込む。
「うぐっ」
「っ……!」
どすっ、と人体で一番重いとされる頭部が、スコールの尻の上に落ちた。
思わぬ場所への重みと衝撃に、スコールの体がびくっと強張る。
フリオニールの顔が、スコールの尻の谷間に嵌るように乗っていた。
うう、と唸るフリオニールの鼻筋が、谷間の溝を擦るように当たって、「ひ、」とスコールの喉から小さく悲鳴が漏れる。
その声を聴いて、フリオニールの意識が一気に現実へ帰り、状況を理解する。
「すすすすすすまない!わ、わざとじゃない!本当に!」
「………」
今度こそがばっと起き上がって、フリオニールは後ずさりしながら叫んだ。
地面に突っ伏したスコールの肩がふるふると震えている。
不味い、怒っている、どうすれば、と混乱するフリオニールを他所に、スコールはぬるついた地面に手を突いて、ゆっくりと起き上がる。
「……道、変えるぞ。戻ってさっきの分かれ道を逆に行く」
「あ……そ、そうだな。その方が良い……」
ドロドロとした滑る足元は、通路の向こうに続いている。
このまま進み続けたら、さっきのような惨事に何度見舞われるか判ったものではない。
そうでなくとも、足元の覚束ない場所と言うのは不安しかないから、引き返してルートを練り直す方が無難だろう。
踵を返したスコールだったが、歩き出そうとはしなかった。
フリオニールは少しの間俯いたフリオニールを見詰めていたが、はっと気づいて慌てて背を向ける。
此処までスコールが前を、警戒の為にフリオニールが後ろをついて歩いたが、さっきの今でスコールは再びフリオニールの前を歩きたくはないだろう。
振り返るだけで足元が滑る感触がしたので、フリオニールは壁に手を突いた。
伝うように壁を支えにして歩いて行くと、突然ぐんっと壁の感触が消える。
「え」
「!フリオニール!」
足元の悪さと、支えを失くした事で、フリオニールの体が傾く。
咄嗟に伸びてきたスコールの手を掴んだフリオニールだったが、スコールの足元も悪いままだ。
碌に踏ん張りの効かない体は、フリオニールの重みに釣られて、諸共に消えた壁の向こうへ倒れ込んだ。
「いたた……」
「…なんなんだ……っ」
打ち付けた背中の痛みに顔を顰めるフリオニールと、この場の面倒臭さに辟易するスコール。
早く外に出たい、と言うスコールに、フリオニールは俺もだ、と呟いて起き上がろうとして、
「ひっ」
フリオニールの体の上で、スコールの体がビクッと跳ねた。
え、とフリオニールが腹の上に倒れている彼を見ると、可哀想な程に真っ赤に染まった顔がある。
「スコール、どうし」
「う、動くなっ」
「え?」
「ひんっ」
起き上がろうとしたフリオニールを、スコールは慌てた声で止めた。
スコールの身に何かあったのかと、フリオニールが訊ねようとして、はたと気付いた。
倒れた拍子に、スコールはフリオニールの上に体を重ねていた。
頭はフリオニールの胸にあって、高い位置にある腰は、フリオニールの股の辺りに。
そして起き上がろうと膝を立てたフリオニールの足の上に、スコールの股間が乗っている。
その状態でフリオニールが膝を動かしたものだから、スコールの敏感な部分が圧迫されて、
「ス、スコー……っ」
「う・ご・く・な」
「……はい……」
真っ赤になったフリオニールが、状況を悟った事を、スコールも気付いたのだろう。
フリオニール以上に真っ赤になって、スコールは射殺さんばかりの眼力でフリオニールを睨み付けた。
石像のように固まったフリオニールの上から、ようやくスコールが退く。
もう良いか、もう良いよな、と確かめたいが出来ないフリオニールは、それから数十秒が経ってからようやく起き上がった。
何か言いようのない空気が二人の間に流れ、早く此処から出なければと思うのに、どちらも立ち上がろうとはしない────出来ない。
心臓の音がやけに煩いのは何故だろう。
そんな事を気にしている場合でも、こんな風に鼓動を逸らせている場合ではないと言うのに、どうしてこんな事になったのか。
ついさっきまで、普通に過ごしていた筈の、隣にいる仲間の顔を見る事も出来ないのは、何故。
─────取り敢えず、皇帝を殴ろう。
こんな場所を作り出したのであろう城の主に、それだけはしなければと、期せずして二人の心は一つとなっていた。
『皇帝の策略によりラッキースケベの多発する空間に閉じ込められたフリスコ(付き合ってない)』のリクを頂きました。
ラッキースケベ!意図せず触れてしまった手、近付いてしまった距離!そんなつもりはなかったのになんだかドキドキしてくる二人!
脱出した後、普通通りにしようとして出来ない二人とかがいるととても楽しいですね。
スコール・レオンハートと言う生徒は、扱いが難しい事で、教職員の間では有名だった。
成績は申し分なく優秀で、学年順位は常に上位を維持し、運動神経も良い。
文部両道を地で行く彼を絶賛する教師は多いのだが、反面、他者とのコミュニケーションの点について、大いに難が見られていた。
親しい友人と言う者は殆ど無いに等しく、クラスの輪に溶け込もうとしない。
体育の授業で、ペアを作って、なんて言うと、必ず彼が余り、仕方なく三人ペアにしようと言っても、スコール自身は「先生とで良いです」と言う。
他の生徒もスコールと共に行動する事には難色を示し、自分からスコールとペアになろうとする者はおらず、余り者同士ですらスコールは敬遠されていた。
入学して間もない頃は、教師があれこれと手を尽くし、スコールがクラスに馴染むようにと尽力した。
しかしスコール自身がそれに応える気がなく、クラスメイトの方から歩み寄ろうとしても、意図的に距離を取り、時には嫌われるような発言まですると言う。
そんな有様だから、生徒の方がスコールの事を避けるようになり、彼は完全に孤立化する事になった。
こうなっては教師もお手上げで、しかし成績は優秀で、素行に特別に問題がある訳ではないから、このまま触らないのが一番良いのかも知れない───と言う結論に行き付いた。
ウォーリアがスコールの事を知ったのは、着任してから一月後の事だ。
前任であった教師が寿退社する事になったので、その後釜としてウォーリアが入る事になった。
スコールはクラス委員長になっており、授業前にプリントを配る等と言った教員の雑用係を任される事が多く、一日に一度は教職員室を訪れていたので、其処でウォーリアは彼を知った。
気難しい奴なんですよ、と言う話も他の教職員から聞かされたが、その時の教員達は、彼の扱いの難しさに辟易して、少々愚痴めいたマイナス印象の話ばかりが多かったように思う。
その内容も全てが間違いではないのだろうが、だが真に受けるだけではスコールと言う人物を知るには足りないと思い、ウォーリアは彼を観察するようになった。
教職員の話は概ね事実で、スコールは非常に難しかった。
口数が極端に少ない為、コミュニケーションは途切れ勝ちで、偶に自分から話し始めたと思ったら、此方の痛い所をずけずけと突いて来る。
歯に衣着せない物言いに、生徒も教師も敬遠するのは無理もなかった。
周囲の高校生よりも一つ先を見て来たような大人びた雰囲気や、一分の隙も見せない頑なさ、親しくなろうと近付いてきた者にも針の筵を向けるような彼に、大人も太刀打ち出来なかったのだ。
だからあの日、ウォーリアがスコールの異変に気付いたのは、皆が言う“スコール”を噂でしか聞いた事がなかったからなのかも知れない。
いつものように顰め面で授業を受けていたスコールを、ウォーリアが見た時だった。
普段から深い眉間の皺が、割り増ししたように深くなり、授業中はいつもきちんとノートを取っている彼の手が止まっていた。
傷のある額を手で覆い、何かを堪えるように唇を引き結んでいる彼に、可笑しい、と思ったウォーリアは、授業の後にスコールを保健室へと連れて行った。
スコールは何でもないから大丈夫です、と言ったが、ウォーリアが掴んだ彼の手は異常な程に熱かった。
保健室の体温計で計ってみれば、39度の高熱を出しており、ウォーリアは直ぐに彼を病院へと連れて行った。
そして、昨日の夜から体調不良の気配があり、朝には熱が出ていた事、それでもテストが近いからと休まずに登校したと言う事を、随分と長い時間をかけて聞き出した。
スコールにとって、成績優秀である事だけが、自分を守るものだった。
努力して努力して、それが確実で実を結び、学年順位と言う形で明確な形を実を結ぶ度、スコールは自分のしている事が間違っていないのだと思う事が出来る。
それは勉強の仕方であったり、日々の時間の使い方であったり、親との向き合い方であったりする。
勉強方法や時間の有効活用についてはウォーリアも直ぐに理解できたが、親との関係とは、と尋ねると、スコールは重い口を開いて言った。
「俺はずっと孤児だったんだ。父親はいなくて、母親は死んで、養護施設で育てられた。だけど中学三年の時に、俺の事を知った父親が現れて、引き取られた。家族として暮らしたいんだと言われたけど、家族ってどうしたら家族になれるのか、俺には判らない。でも、テストで良い点が取れたら、あの人は褒めてくれたから……父親として誇らしいって言ったから、じゃあ、テストは頑張らなきゃいけないと思ったんだ」
父親に対する感情を、スコールはまだよく掴めていない。
だが、父親に褒められると悪い気はしなかったし、誇らしいと言われたら、それなら誇らしい息子で在るのが良いのだろうと思った。
そうすれば、父が望むような家族として、息子になれる事が出来る筈だと。
始めは単なる小テストからだったその思考は、あっという間にスコールの全神経に信号を送って、彼を呪うように成長した。
テストは満点、成績はオールクリア、学年順位は常に首位、いや可能であればトップ、可能性があるなら常にそうある為に努力を。
苦手は常に意識して克服するように反復学習を繰り返し、テストの時には必ず、ミスがないかを繰り返し繰り返し確認する。
子供の頃は苦手で嫌いだった体育も、その思考の中で克服し、今では運動部から、出来る事なら人材として欲しい、と言われる程の活躍振り。
一度の失敗も、たった一問の間違いも許されない、許してはいけない。
他の何が出来なくても、勉強だけは、成績に反映する事は、完璧に。
そうでなければ、自分と言う存在価値はなくなるのだと、スコールは思っていた。
熱があるのに無理をして登校したのも同じ思考だ。
一日でも授業を休めば、その分の穴が開いてしまう。
単位は十分だし、補習しなければならないような事はないけれど、スコールの呪いはそれを許さなかった。
体調不良“程度”の事で、何もかもを台無しにする訳には行かない────そんな思いが、スコールに酷い無茶を強いたのだ。
周囲への頑なな態度は、“成績”に拘るスコールの、行き過ぎた自己防衛だった。
遊んでいて課題をするのを忘れたら、部活なんて初めて成績が落ちたら、そんな思考がどんどんスコールを深みに沈めて行く。
勉強以外にする事がない、と言う位に自分を追い込んでしまった方が、スコールにとっては楽だった。
自分の失敗を誰かの所為にする事もなく、全ては自分の責任だけで、だから自分で取り戻す事も出来る筈、と。
その事に気付いた時、ああ、この子は可哀想な程に酷く優しい子なのだと、ウォーリアは思った。
ウォーリアが毎日眺めている生徒達は、皆何処か自分勝手で自由だ。
良い事があれば喜びを共有するが、嫌な事があればその原因を押し付け合う事もある。
スコールは、その押し付けを誰かにしたくなくて、一人の世界に閉じ篭ろうとした。
けれどその根幹にあるのは、誰かに、父親に愛されたいと、けれどその方法が判らなくて、唯一見付けた標を頼りに歩き続けようとする、寂しがり屋の普通の子供だった。
だから、放って置けなかったのだ。
窓辺に座る少年は、人を寄せ付けない空気を振り撒きながら、本当は寂しい寂しいと叫んでいた。
愛して欲しい、抱き締めて欲しい、でも怖い、寂しい寂しい寂しい怖い。
ウォーリアはきっと、その聲を聞いたのだ。
ウォーリアが“スコール”と言う人物を知るようになってから、半年が経とうとしている。
季節は冬の終わりで春との境目を迎え、スコールは学年末テストと言う最終行事を終えれば、晴れて春休みを迎える。
その前に不安な所を確かめたい、とスコールはウォーリアの家を訪ねていた。
今でも成績優秀で通っているスコールであるから、確認なんて必要ないだろう、と思わないでもないのだが、スコールの不安は今も変わらず、彼の根に深く突き刺さっている。
これを解消するには、とにかく反復学習するしかないのだが、スコールの失敗への恐怖は強い。
ウォーリアから大丈夫、と太鼓判を押されないと、どうしても自信が持てないのだ。
だが、これでも以前に比べれば、状態は軽減された方だろう。
ウォーリアと親しくなる以前は、とにかく自分一人で確かめるしかなかったから、そうなると幾ら繰り返しても不安は一向になくならず、テストの瞬間まで鬱々とした気持ちが続いていたと言う。
そんな事を知っていたら、前日に大人の下を訪ね、これで良いか、と確認しに来るだけでも、大した進歩だろう。
最後の問題の読み解き方を終えて、スコールはノートをウォーリアに差し出した。
ウォーリアが数式から答えまで、しっかりと目を通して確認し、赤いペンで丸をつけると、ほうっと安堵する息が聞こえた。
「終わった……」
「ああ、これならもう大丈夫だろう。後は、明日に備えてしっかりと休みなさい」
「……ん……」
全身の力を抜いてテーブルに突っ伏して、重いが安心した様子で返事をするスコールに、ウォーリアの頬が緩む。
学校では常に背筋を伸ばし、完璧主義者を体現するような井出達をしたスコールが、こんな風に年相応の姿を見せてくれるのは、此処だけの話であった。
其処に自分がいても構わない事に、スコールが自分に気を許してくれている証を見たような気がして、ウォーリアの胸の内がぽかぽかと暖かくなる。
気が抜けた反動か、スコールは中々体を起こそうとしなかった。
急かすのも可哀想だと、ウォーリアは席を立ち、
「コーヒーを淹れよう。砂糖とミルクは───」
「二つ。ミルクも」
「判った」
普段はブラックを好んで飲んでいるスコールだが、疲れた後はやはり甘いものが欲しいらしい。
何か摘まめるものはあっただろうか、と少ない冷蔵庫の中身を確認する。
要望通りに砂糖とミルクを入れたコーヒーと、三日前にスコールが来た時に置いて行ったプリンが残っていたので一緒に出す。
プリンはスコールも見覚えがあったようで、「食べて良かったのに」と呟く。
が、甘いものへも誘惑の方が今日は強かったようで、素直に蓋を取って食べ始めた。
黙々と甘味を摂取するスコールと向き合って、ウォーリアもコーヒーを傾ける。
じんわりと広がる香ばしい味わいを堪能して、ふとテーブル端のカレンダーに目が行く。
「……今回のテストが終われば、春休みか」
「……ん」
「暫く君と逢えなくなるな」
ウォーリアの言葉に、ぴくり、とスコールの肩が震えた。
カップを持っていた手が止まり、口をつけようとしていたそれが、テーブルへと戻される。
「……なあ」
「なんだ?」
「…来年、あんた、何処かのクラスの担任とか、するのか」
現在、ウォーリアは担任のクラスを持っていない。
前任であった教師も担当受け持ちはなく、それが後釜であるウォーリアにそのまま引き継がれた。
来年については、どうだったか、とウォーリアは考える。
新年度に当たり、異動になった同僚も少なくはなく、教員会議でも担当が空くクラスがある事は議題に上がっていた。
新年度のクラスの割り振りも含めて、これらの話はまだ固まっていない。
だが、ウォーリアを何処かのクラス────主には進路指導の対象となる三年生の担当にするのはどうか、と言う話は持ち掛けられていた。
「…まだ決まっている訳ではないが、持ってみてはどうか、と言う話は聞いている」
「……そう、か」
ウォーリアの言葉に、スコールは俯いた。
カップを持つ手が、何かを探すように、なだらかなカーブを描く陶器の形をなぞるように滑り、
「……俺の、担任に…なったら良いのに、……」
消え入りそうな呟きは、静かな部屋に溶けて消える。
それでも、しっかりとウォーリアの耳に届いていた。
ウォーリアが目を向けると、スコールは俯いたままだった。
だが、意識がひしひしと此方に向けられているのが判る。
「……そしたら…もっと、あんたと…いられる、のに……」
「……スコール」
「………」
独り言のような小さな声だけれど、スコールのそれは独り言ではない。
目を見て話す事も出来ない位に耳まで赤くなりながら、その言葉はウォーリアへと向いている。
かたん、と言う小さな音に、スコールがビクッと体を震わせた。
叱られる事を恐れる小さな子供のように、萎縮して縮こまっているのが見て取れる。
そんなに怯えないで欲しい、とウォーリアは思った。
その気持ちを込めて、椅子に座って俯いているスコールの、ほんのりと赤らんだ白い首筋に手を伸ばす。
柔らかな濃茶色の髪の隙間から覗く項を、そっと優しく撫でると、恐る恐る蒼い瞳が此方を見上げ、
「……ウォー、リア」
期待と不安の入り混じった声で、スコールは目の前の男の名を呼んだ。
その唇に引き寄せられるように、ウォーリアは己の顔を近付ける。
ウォーリアにとって、スコールと言う少年は、初めて自分が守りたいと思った人物だった。
周りを突き放していつように見えて、本当は誰かの手に支えられる事を求めている、危うい世界の境界線に立っている少年。
放って置けない、と言う気持ちのままに、少しずつ彼と言う存在を知って行く内に、大人びた仮面の隙間から覗く、年齢よりもずっと幼い表情や感情の揺れに気付いて、慈しみたいと言う気持ちが膨らんだ。
だが優しすぎる彼に、望まぬ選択を強いてしまうのも望んではいなかったから、彼の重荷にはならないようにと努めていた───つもりだ。
だが、スコールから求める声を聴いてしまったら、もう抑えられない。
重ねた唇が、少しずつ深くなって行く。
束の間に離すと、もっと、と求める瞳が此方を見ていた。
『教師ウォルと生徒スコールが両思いになるまでをウォルの視点で』のリクを頂きました。
教師ウォルって鋼の理性と道徳心で、自分からは手を出さないだろうな、と思ってます。
なので先に求めるのはスコールの方で、それが切っ掛けでやっと両想いが叶うと言うイメージ。
この後、スコールが卒業するまでの一年間で色々我慢できるのか、我慢できなくなったスコールが色々仕掛けたりしてすったもんだしてたら良いと思います。
サイファー→スコール♀で現代パロディ。
スコールの姉にレオン♀がいます。
発育と言うものは、人によって様々だ。
誰が背が高い背が低い、足が速い遅い、字を何歳から書けるようになった、等々。
形を問わず、それは色々な場面に現れては、身近に比べる対象がある事で、その差を良し悪しきに関わらず突き付けられる事になる。
その差が最も大きく出るのは幼い内である事が多いだろう。
幼子一人一人の感性や、何に興味を持つか、それを伸ばす環境があるか。
身体的特徴もまた幅広く、あの子はもう歩いている、あの子はまだ立てない、あの頃にはあの子はもう───と親の期待と不安も入り混じる。
が、それぞれの差はあれど、大抵は一定の所まで平均的に伸びて行くもので、また其処から更に伸びしろも様々で、気付いた時には身長差が逆転していたと言うのも儘ある話だった。
これは血の繋がった兄弟姉妹にも当て嵌まる。
同じ血を分けているからと言って、何もかもが似る事はない。
スコールとレオンの姉妹は、顔こそ母親似であると共通している事もあってよく似ているが、目に見て判る体つきは違っていた。
スコールは今年17歳になった高校生である。
姉のレオンとは8歳の年齢差があり、彼女はとうに社会人として自立している。
大学まで進んで、教員免許を取得して無事に卒業を果たした彼女は、スコールが高校に入学すると同時に、妹の学校の教員になった。
お互いにそうしようと狙った訳ではなかったので、入学式初日に顔を合わせた時には驚いたものだ。
真新しいセーラー服と、新品のスーツに身を包んで、父に強請られて二人並んで校門で写真を撮った時には、妙に気恥ずかしかったが、良い思い出だ。
それぞれの立場で始まった新しい生活は、一年間で大分慣れる事が出来た。
普段、学校では“教師と生徒”である事を念頭に置いた距離を保つようにと努めている二人だが、昼休憩の時間など、二人で過ごす時は“姉と妹”に戻る事もある。
新生活が始まったばかりの頃、神経質なスコールはストレスを溜め勝ちだったが、レオンがいたお陰で息抜きする事も出来た。
また、レオンの方も、今時の高校生が何を思い、何に夢中になるのかを、妹から聞いて、生徒達との距離を縮める事に成功したそうだ。
レオンとスコールが姉妹である事は、校内でもよく知られている。
互いに隠している訳ではなかったし、年齢差のお陰で他者から間違えられる事は少ないものの、一目で姉妹であると判る容姿だ。
スコールと共に入学した幼馴染達もよく知っている間柄であったから、二人の事は瞬く間に知れ渡った。
その所為か、初めの頃は二人が一緒にいると、何かと人目を引いてしまい、スコールが辟易する場面もあったのだが、徐々に周りも見慣れるようになると、それも落ち着いた。
スコールが二年生になる頃には、新入生を覗けば二人を気にする者もいなくなり、日々は問題なく回っている。
時折、スコールがレオンに授業の準備の手伝いを頼まれたり、スコールからレオンに教員の手として協力を仰いだりと言う場面も見られるようになり、“教師と生徒”の“姉と妹”と言う存在も、今ではすっかり学校に馴染んでいた。
このように、姉妹はとても仲が良い事で知られている。
その為か、毎日と言う訳でもないが、頻繁に二人が揃っている場面も目撃されていた。
だからなのか、姉妹でよく似た二人だが、あまり“似ていない”部分と言うのも、目立つようになっている。
特に身体的特徴は、顕著な違いが見られる所があり、スコールはここしばらく、ずっとそれを気にしていた。
────昼休憩を終えたスコールが教室に戻ろうと廊下を歩いていると、突き当たりの階段の前に姉の姿があった。
話をしているのは男子生徒で、授業の質問にでも答えているのか、レオンは真面目な表情をしている。
答えを探すように考える彼女の前で、男子生徒の視線はちらちらと怪しい動きをしていた。
その視線の先にあるのは、レオンのたわわに育った豊乳だ。
(………)
レオンの胸を見詰めていたスコールの視線が、下へと落ちて、真っ直ぐに布が落ちている胸元を見て、眉根が寄る。
(別に……)
スコールの小さな唇が尖るように突き出され、拗ねた表情になる。
別に大したことじゃない、だからどうって事じゃない。
胸中でそんな呟きを繰り返すのは、これで何回目になるだろうか、とそんな事を考えるとより惨めな気分になって来る。
まだ成長期である自分と、もう大人の体として完成している姉を比べても仕方がない。
そう思いもするが、でも彼女が高校生の時には、と写真好きの父のお陰で残っている沢山のアルバムの中身を思い出して、スコールの眉間の皺は益々深くなった。
子供の頃から気にしていた訳ではない。
レオンは昔からプロポーションが良く、身長だけで言えば少し大きく、男性と並んでも“格好良い”と形容される位にしっかりと整っている。
昨今の痩せぎすである事を良しとするような風潮のあるグラビアとは違い、適度に引き締まった肉と脂肪があって、海外広告モデルに見るようなバランス体型をしていた。
特に人目を引くのは、やはり豊かに育った胸元で、男は勿論、女子生徒も彼女の大きく形の良い胸に憧れる者は多い。
スコールはと言うと、気になる事がない訳ではなかったが、特別に引っ掛かる事でもなかったのは確かだ。
それなのに、最近になってやたらとスコールがレオンの其処に注目してしまうのは─────
「何やってんだ、お前」
背中にかけられた声の主を、スコールは振り返らなくても理解した。
理解して、二本だった眉間の皺が三本になって、口がへの字に曲がる。
後ろから近付いてきた気配が隣に並んで、スコールが見ているものを見付ける。
「またお姉ちゃんか」
「……」
「いつまで経っても姉貴離れしねえな、お前」
ガキ、と言われているような気がして、スコールの目に険が籠る。
しかし隣に立つ男───幼馴染のサイファー・アルマシーは、スコールのそんな視線など物ともしない。
サイファーはしばらくレオンを見詰めた後、隣の少女を見た。
最初は顔を見ていた碧の瞳が、顔のパーツを確認した後、降りて行く。
じろじろと無遠慮な視線に、スコールはデリカシーってものを知らないのか、と言ってやりたかった。
言った所で、知ってるけどお前には必要ないだろう、と宣うのが想像できて、忌々しさが増す。
廊下の向こうで生徒と話していたレオンが、男子生徒に別れを告げる。
次の授業の準備の為に移動しようとして、レオンは妹が此方を見ている事に気付いた。
ひら、と手を振る彼女の表情は嬉しそうで、自分を慕う妹が可愛くて仕方ない、と言う様子が、妹当人からも感じ取れた。
それから妹の隣に立っている男子生徒を見て、喧嘩はしていないのか、と視線で問う。
今の所は特に何もないので、スコールは右手を上げて返事をするだけに留めた。
レオンは少し心配そうに此方を見詰めていたが、迫る時間もあって、階段を下りて行った。
保護者の姿がなくなると、くつくつと隣で笑う気配がした。
何か言いたい事でもあるのかと、スコールが隣を睨むと、彼女の体のある一点を見詰めながら、サイファーは薄い笑みを浮かべて言った。
「育たねえな、お前」
「……」
「レオンと大違いだ」
「……煩い」
やっぱりそれか、とスコールは米神に青筋を浮かべる。
もう何度も聞いた言葉でも、やはり腹が立つのは変わらない。
「レオンは中学位の時にはでかかったのに」
「……レオンが中学生の時、あんた子供だっただろ。そんな頃から、そんな所ばっかり見てるのか」
最低だ、と睨むスコールに、サイファーは肩を竦めた。
「あんだけでかけりゃ、見ようとしなくたって見えるだろ」
「見てても見ないようにするのが配慮ってものだろう」
「丸くてでかいもんがありゃ追い駆けるのが男の性ってもんだ。仕方ねえ。追われるモンも持ってないお前にゃ判らねえだろうけどな」
にやにやと、明らかに馬鹿にした表情で言うサイファーに、スコールの平手が飛んだ。
が、それが標的の頬を打つ前に、サイファーの手がスコールの手首を掴む。
ぎりぎりと悔しさに歯噛みして睨むスコールを、サイファーは笑みを浮かべて見下ろしている。
一触即発、何なら既に爆発した後と言う雰囲気の二人を、周囲は遠巻きに見ながら、触れないようにと通り過ぎている。
スコールとサイファーのこうした遣り取りは、生徒達にとって見慣れたものなのだ。
これに下手に近付くと要らぬ煽りを被るので、大抵の生徒は見て見ぬふりをしてくれる。
が、スコールは一度で良いから糾弾されれば良いのに、とデリカシーゼロの男を睨みながら常々思う。
手首を掴む手が離れて、スコールは腕を引いた。
一発食らわせられなかったのは癪だったが、自分が騒ぎを起こせば、姉に迷惑がかかる。
これ以上不快な思いをしない内に、自分の教室に戻ろう、と思った所に、サイファーは言った。
「羨ましいんなら、俺が育ててやろうか」
「………は?」
スコールの声がワントーン低くなり、睨む目に冷たいものが浮かぶ。
大抵の生徒なら、それを見て地雷を踏んだと悟り、いそいそと逃げて行くのだが、サイファーは地雷を自ら踏み抜きに来た。
「揉んだら大きくなるって言うじゃねえか。胸」
「………」
「ない乳でもちゃんと育ててやれば、変わるかも知れねえだろ」
ヒュン、と風を切る音が鳴って、スコールの手がサイファーの顔を狙う。
だが、これもまた予想済みだと、サイファーはスコールの手首を掴んで阻止した。
直後に、スコールの膝がサイファーの窮鼠を抉る。
「うげ……っ…!てめ……っ、」
「ふん」
無防備だった腹に痛烈な一撃を食らい蹲るサイファーを、スコールは一瞥してスカートを翻し、すたすたと歩き去って行った。
スコールが立ち去った後も、サイファーはしばらく動けなかった。
的確に人体の急所を撃ち抜く一発に、昼飯が食えなくなったらどうするんだ、と思うサイファーだが、しかしこの醜態は自業自得である事も判っている。
スコールの性格や日頃何を気にしているか、彼女以上に理解していながら、嫌な所を意図的に突いたのだから。
鈍い苦痛を発信する腹を抱えて、よろよろとサイファーは自分の教室に戻る。
次の授業が億劫で、何処かでサボってしまおうかと考えていると、
「見てたよ、サイファー」
かけられた声に顔を上げれば、幼馴染で同級生のアーヴァインがいた。
面倒なのに見付かった、と顔を顰めるサイファーに構わず、アーヴァインはやれやれと判り易く呆れた表情を浮かべる。
「綺麗に貰ったねえ。原因については訊かないけど。大体想像できるから」
「煩ぇ。引っ込んでろ」
「なんでそんなに意地悪ばかりするんだろうね」
「お前にゃ関係ねえだろ」
「あるよ~。セフィからも相談されてるんだもの。サイファーがスコールに意地悪ばかりするからなんとかして~って」
サイファーの一つ下で、スコールと同級生の幼馴染の名前が出て来て、サイファーは溜息を吐く。
セフィ───セルフィが絡むと、彼女に惚れているアーヴァインは、とかく彼女の為にと能動的になるので厄介だ。
構うだけ鬱陶しくなるだけだと、サイファーはさっさと退散する事にした。
まだ痛む腹を摩って宥めながら、入ったばかりの教室を出て行くサイファーを、アーヴァインは無言で見送る。
そして彼の姿が見えなくなると、机二つを挟んだ向こうの席に座っている眼鏡の幼馴染に声をかけた。
「ねえ、キスティ。どうしてサイファーはスコールにあんなに意地悪なんだろうね」
「子供なのよ」
きっぱりと言い切る幼馴染に、やっぱりねえ、とアーヴァインも同意するしかないのだった。
『レオン♀の巨乳に憧れるスコール♀と、そんなスコール♀が好きなのに、貧乳貧乳と揶揄ってしまうサイファーなサイ→スコ』のリクを頂きました。
踏んではいけない場所を自分から踏みに行って、スコールに嫌われるサイファー。ザ・男子高校生だと思います。
スコールはきっと他の生徒に言われるなら、腹は立ってもそんなに気にしない。下世話な奴が勝手に言っているだけだから。
元々の憧れも込みで、サイファーに言われるから余計に気になってるんだけど、その理由についてはまだ気付いていません。
放校処分が決まる直前になって、サイファーはようやくSeeD認定試験をクリアした。
連れ戻されてから、度々試験を受けながらも、適当な言い訳をつけたり、わざと違反を繰り返したりしていた彼は、その時ばかりはあっさりと合格して見せた。
元々実力はあるのに、素行の問題で落とされていただけなのだから、当然と言えば当然だ。
これによりサイファーは、魔女戦争の際に張り付く事になった“戦犯”の肩書を返上した事になる。
世間的には未だサイファーを中心にして起こったと思われる一連の出来事について追及する声もあったが、それでも表向きは無罪放免になった訳だ。
過去の所業の話はどうあってもついて回る事ではあるが、大手を振って外を歩けるようになった、と言うのは大きい。
次いで、バラムガーデンを無事に卒業した日を持って、サイファーは様々な意味で自由の身となった。
自由であるから、何処に行くにもサイファーが決める事も出来る。
彼は卒業して直ぐにバラムガーデンから去り、放浪しながらの傭兵稼業を始めた。
無罪放免になったとは言え、世間的な扱いは未だ黒に近いグレーであるから、何処かの組織に所属すると言うのは難しかったし、そもそもサイファーにその気がない。
折角SeeDにもなった訳だからと、その経歴を利用しながら、フリーランスで日銭を稼ぎつつ、煩わしさのない場所を探しているようだ。
その生き方そのものが、自由の身である事を体現しているようで、彼らしいと誰かが言った。
スコールもそれを聞いて、縛られる事が嫌いなあいつらしい、と言った。
同時に、だからこの手からも離れて行ったんだろう、と空の手を見詰めながら思った。
あと一年足らずで、スコールはバラムガーデンを卒業する。
しかし、この時期になっても、未だスコールは指揮官職の座から動けずにいた。
早く公認を見付けて欲しいと思ってはいるのだが、こんな面倒な職を自分から希望する奇特な者は早々いない。
シドに至っては、探す気があるのかないのか曖昧な反応で、ひょっとしてこのままガーデンに永久就職させられるのでは、とスコールは考えている。
強ち外れてもいなさそうなのが恐ろしいので、最近のスコールは自分で後任に出来そうな生徒を探すようになった。
今まで人の事など殆ど見ていなかった為、何が良くて何が悪いのかもいまいち判らないのだが、とにかくこのままでいるのは宜しくないと思うのだ。
ある意味、スコールにとって一番気が向かなかったであろう、“他者に目を向ける”事に繋がったのは、皮肉にも良い事であると、周囲は口を揃えて囁いていた。
“月の涙”の影響は未だに続いており、それによる依頼も寄せられるが、一時期よりは減ってきている。
魔女戦争の最中に起きた、ガーデン同士の衝突により、バラム・ガルバディア共にガーデンを去った生徒も、ちらほらと戻ってきていた。
そう行った背景もあり、ブラック企業宜しく地味ていたバラムガーデン擁するSeeDの人手不足も、少しずつ改善されて来ている。
教員資格を取得したキスティスやシュウ、最前線で駆けまわるゼルやセルフィ、ガルバディアガーデンに戻ったアーヴァインと言った、魔女戦争で活躍した面々を見て、改めてSeeDを目指す者も増えた。
全体の練度は簡単に底上げされるものでもないが、それでも良い傾向が見えている。
その為か、指揮官であるスコールが最前線の任務に出る回数は減っていた。
最近は週に一度、あるかないかと言うレベルで、指揮官室で紙を睨んでいるか、特別講師として教壇に立たされる事の方が多い。
スコールとしては非常に退屈で退屈で仕方がないのだが、組織としては良い事だと言われると、溜息を吐くしかなった。
お陰で近頃のスコールは、週に一度の任務が楽しみになっている。
魔物討伐なら万々歳、警護任務でもこの際構わない、と言う位に現地任務に飢えている。
余りにもそれらが巡って来ない時は、予定されていた人員を削って自分が割り込もうとする始末だ。
流石にこれは周りが困るので、すっかり補佐官が板についたキスティスが、適度にガス抜き出来るような任務を組むようになっている。
だが、今回の任務の現地に出向いたスコールは、苦い表情を浮かべていた。
今朝、いつも通りにバラムガーデンを出発し、ドールで依頼者に逢って一通りの確認事項を済ませた。
依頼内容は、街から車で数十キロの所にある、最近発見された古い遺跡洞窟の調査の護衛だ。
周囲には魔物が出現する事と、盗賊紛いの集団がいるとかで、調査中に襲われない為にと雇われたのである。
と言う仕事の中身については良いのだが、問題は依頼主の傍に立っていた男だ。
出発は明日と言う事で、ドールのホテルの一室で一人、スコールは件の男を思い出しては溜息を吐いている。
(なんであんたがいるんだ……)
依頼主が個人的なセキュリティとして雇ったと言う男────その名は、サイファー・アルマシー。
嘗ての“戦犯”を傭兵として雇うと言う奇特な依頼主は、彼の事を痛く気に入っているらしい。
どうもロマンを語る所で気が合うようだが、それを知った瞬間、スコールは依頼主が酷く胡散臭い人間に見えた。
何ヵ月ぶりかに見た男の顔を思い出して、スコールの眉間に深い皺が寄せられる。
あの顔を最後に見たのは、確か彼がバラムガーデンを去る前日だった。
体を重ねて、熱を溶け合わせて、何もかもを曝け出した次の日に、彼はスコールの下から離れて行った。
彼がバラムガーデンを出て行く事は、誰よりも先に聞いてはいたけれど、スコールはどうしても本当にそんな日が来るとは思えなかった────その日が現実となる日まで。
「……くそ」
悪態を吐いて、スコールはベッドに倒れ込んだ。
見上げた天井には大層なシャンデリアが輝いており、何でも世界的に有名な“魔女戦争の英雄”が来るのだからと奮発して用意されたらしい。
こんな余計な気遣いをするのなら、傍らにいた男を下げていて欲しかった。
そうすれば、あの顔を見なくて済んだのに。
そんな事を考えていると、コンコン、と部屋のドアをノックする音が聞こえた。
共に任務についたSeeDが何か確認事項にでも来たか、と重い体を起こして、ドアを開けに行く。
……そして、後悔した。
「よう、指揮官様。久しぶりだな」
「……どちら様ですか」
「ふぅん、そう来るかよ」
鏡になった傷を持つ男の来訪に、スコールは目を細めて素気無く返した。
そんなスコールの反応に、面白がるように口角を上げる男───サイファーに、スコールはドアを閉めようとするが、足の爪先で阻まれる。
「何、明日の任務で同行するから、挨拶でもと思ってな」
「…そうですか。ではこれで終わりましたね。明日に備えて、部屋に戻ってお休み下さい」
「そうしたい所だが、明日の警備の配置について、確認したい事もあるんでね。ちょいと中に入れてくれないか?」
そう言ったサイファーの手には、打ち合わせの際に渡した資料がある。
人員の配置や交代の時間、少々長丁場の任務となる為に補給物資の手配など、全員が情報を共有把握する為に作ったものだ。
それを用意したのはスコールなので、これに何か不明点があると言うなら、無視する訳にはいかない。
ドアを閉めようと込めていた力を渋々抜いて、スコールはドアを開いた。
「……どうぞ」とスコールが促して、サイファーが部屋へと入る。
スコールはサイファーを先に奥へと進ませてから、部屋の鍵を閉めないまま、ベッドルームへと戻った。
サイファーは何処に座る事もせず、豪華な部屋を見回してにやにやと笑っている。
「良い部屋じゃねえか。俺の安宿とは大違いだ」
「確認したい所と言うのは?」
「あのジジイ、相当お前の事が気に入ってるようだぜ」
「時間を無駄には出来ませんので、早めに済ませましょう」
「後でこの部屋に来るかもな」
サイファーの言葉を、スコールは流し続けている。
余計な話をして、あちらのペースに乗るつもりはないのだ。
もうあの日を最後に、二人の関係は終わっているのだから。
────そう、終わっている。
あの甘く柔らかい関係は、終わっているのだと、スコールは思っていた。
「スコール」
「……要件を」
「ああ、気にすんな。嘘だから」
「……は?」
これまでの遣り取りと全く変わらないトーンで投げられた言葉に、スコールは今何と言った、と顔を上げる。
と、其処には此方を真っ直ぐに見詰める緑瞳があり、覚えのある熱が灯っていた。
「……!」
「おっと」
ぞくん、と背に走った感覚に、咄嗟に足を引いたスコールだったが、サイファーが腕を掴む。
逃がすまいと言う力を込めたその手に、スコールの努めた無表情が呆気なく崩れた。
「離せ……っ!」
「嫌だね」
「あんたとはもう終わった!」
「ンな事誰が決めた?」
距離を近付け、サイファーはスコールを壁際へと追い詰めた。
まだ記憶に褪せていない、雄の気配を宿した顔が近付いて、スコールは歯を食い縛ってサイファーの腹に膝を入れた。
だが、予想していたのだろう、固い腹筋感触が膝に伝わって、スコールは悔しさに歯噛みする。
至近距離にある顔が、益々近付いて来るのを、スコールは顔を背けて拒否しようとする。
しかし、サイファーの手がスコールの顎を捉えて、正面へと向き直らせた。
「俺を見ろ、スコール」
「……っ」
何度も聞いた低い声に、スコールの心臓が跳ねた。
重なる唇を、拒否したいと思っている筈なのに、出来ない。
忘れたくても忘れられなかった、共有する熱の心地良さを、体が勝手に思い出して期待する。
交わりが深くなって行くに連れ、それはスコールの思考を容易く絡め取り、雁字搦めにして行くのだ。
いなくなった癖に、出て行った癖に。
俺を置いて行った癖に。
そんな言葉がぐるぐると、男に支配される口の中で繰り返されている事に、サイファーはきっと気付いている。
言葉にならない代わりに何よりもお喋りな蒼灰色の瞳を見て、この男が何も気付かない訳がないのだ。
今日、最初に互いの顔を見た時から、忘れようとしていた熱がもう一度燃え始めた事も、きっと。
頭の芯がぼんやりとして、夢を見ているような気分になる。
酸素が足りないのだと冷静に分析している間に、サイファーはスコールの唇を開放した。
は、と吐息を漏らしたスコールの体から力が抜けるのを、太い腕が掬い上げて、ベッドへと運ぶ。
覆い被さる男を蹴り飛ばすのは、恐らくは簡単な事だ。
だが、乱暴な性格の癖に、酷く優しく撫でる手に、スコールは視界が滲んでしまう。
置いて行ったつもりはねえよ、と囁く声が聞こえる。
だったらなんで、と訊いても、今これからは答えてはくれないのだろう。
後で絶対に聞き出して、死ぬほど文句を言ってやろうと心に決めて、スコールは懐かしい感覚へと溺れて行った。
『別れてからやけぼっくいに火が点いた感じのサイスコ or 別れようと思ったけどやっぱり別れられないサイスコ』のリクを頂きました。
別れたんだか別れてないんだか。
スコールは別れた(捨てられた)と思っているようですが、サイファーの方はスコールが卒業する頃に迎えに来るつもりだった可能性も。
その場合はちゃんとサイファーから色々話している筈ですが、スコールの方が話途中でショックで思考停止して聞いていなかったのだと思う。
でもサイファーからこれまで連絡もしていなかった辺りは、スコールを開放するつもりで出て行った、と言うのも有り。でも結局手放せなかったサイファーになります。
アルバイトが終わった所で、習慣のように携帯電話を見て、メールに気付いた。
後輩と言うよりも、良い友人と言った方が当て嵌まるティーダからのメールは、切羽詰まったものになっていた。
ああもっと早く気付いていたら、と思うけれど、仕事中に携帯電話を弄るなんて出来ないし、出来たとしても仕事を放り投げて店を飛び出せる程、フリオニールは常識外れではない。
真面目に仕事をこなし、引継ぎも駆け足気味だが丁寧に確認も済ませて、ようやくフリオニールは店を後にした。
今日、フリオニールが通う幾つかのサークル・部活で、合同コンパが開かれている。
入部した一年生への歓迎会でもあり、それを理由にした先輩たちの飲みの席でもあった。
体育系と文科系が混ざっての合同コンパなんて、珍しいんじゃないだろうか。
フリオニールはアルバイトの関係で余りそう言った飲みの席には参加できないので、詳しい事は知らないが、案外と皆仲良くやっているらしい。
合同コンパを始めた頃の先輩方がそれぞれ仲が良く、それから習慣のように合同化しているそうだから、上の学年の者程、他サークル・他部の者と親しいそうだ。
そう言った雰囲気が嫌な者は、段々と飲み会には出なくなるようだが、それでも習慣が終わらない所を見るに、場の雰囲気を素直に楽しく思っている者も多いのだろう───多分。
そう言う場にスコールも行くと聞いた時、フリオニールは驚いた。
合同だとかなんだとかと言う前に、飲み会の類にスコールは積極的ではないし、どちらかと言えば好きではないと言えるタイプだからだ。
幾ら一年生の歓迎会も含まれているとは言え、大勢で集まる場と言うものをスコールは苦手としている。
一年生だからと強制参加と言う訳ではなかったから、行かなくて良いなら行かない、と言うだろうとフリオニールは思っていた。
実際、スコールもそのつもりだったらしい。
しかし、スコールにとっては少々運の悪い事に、彼が所属した文芸部の先輩方は、是非ともスコールにコンパに参加して欲しいと言った。
それでもスコールは断るつもりだったのだが、あちらが中々しぶとく誘ってくるので、繰り返し拒否するのが面倒になったようだ。
それから、集まるメンバーの中に、同じクラスで高校の時から親しいティーダがいる事を知り、終始ティーダの下に避難していられるのなら、と行く事になったのだと言う。
ティーダもスコールの性格は知っているし、新入生歓迎会などと言う謳い文句があるのは今回だけだから、今回行く代わりに今後は行かない、と言う事で良いんじゃないか、と言う結論に至ったそうな。
スコールが一人で行くのなら心配だったフリオニールだが、ティーダが一緒ならきっと大丈夫だろう。
本当はフリオニールも一緒に参加出来れば良かったのだが、無慈悲なシフトにその希望は粉砕された。
ティーダはサッカー部に入部しており、先輩達にもよく構われていたが、ティーダはそれよりもスコールを優先してくれた。
スコールが辛そうだったら帰れるようにするよ、と言ったティーダを、フリオニールは信頼している。
そのティーダから送られたメールは、「スコール、ヤバいかも知んない」と言うもの。
送信時間はフリオニールのアルバイトが終わる一時間前だ。
コンパの開始予定時間から見て、宴もそこそこ盛り上がっているだろうと言う頃。
先輩方の酔いも巡り、そろそろ質の悪い絡み方をする者が出て来たり、カラオケを初めて賑やかさが増したり、スコールが苦手としている雰囲気が全体に広がる頃合いと見て良いだろう。
そうなると、良くも悪くも回りに対して神経質で、空気を読み過ぎてしまう所があるスコールは、帰りたくても帰りたいと言えなくなっているかも知れない。
ティーダがいるからそれは大丈夫、と思いたいが、ティーダもスコールにだけ構っている訳には行かないだろう。
性質の悪い酔っ払いと言うのはいるものだから、帰ろうとする彼等を強引に引き留めようとしている者もいるかも知れない。
とにかく早く迎えに来て欲しい、と言うメールに、フリオニールは仕事が終わって直ぐに、今から向かう、と返信した。
コンパ会場はフリオニールのアパートから徒歩で行ける場所にあった居酒屋だ。
タクシーで最寄の場所まで走って貰った後、今度は自分の足で走り、フリオニールはその看板を目指す。
少々年季の入ったビルの中層階にあるその居酒屋は、安くて上手いと学生達に評判が良かった。
エレベーターは来るのを待つのがもどかしくて、通路にも使用されている非常階段を使って上る。
目当てのフロアに来た時には、中々膝に来ていたが、それより早く迎えに行かなきゃ、とフリオニールは暖簾を潜った。
時期が時期であるからか、客は多く、コンパをしているグループは他にもいた。
フリオニールは店員に、所属している大学の名前を告げて、人を迎えに来たと言った。
店員に案内されて向かったのは、フロアの半分を使った大きめの座敷の宴会場だ。
此方ですと教えてくれた店員に礼を言った後、フリオニールは賑々しい部屋の雰囲気に飲み込まれないよう、大きな声と共に扉を開ける。
「失礼します!スコールとティーダを迎えに来ました!」
引き戸の扉をがらりと開けて、響いた声に、出入口付近に席を持っていた人々が振り返る。
おお、フリオだ、ともう大分飲んでいる様子の先輩の声がしたが、フリオニールは構わず目当ての人物を探す────と、
「フリオ、フリオー!こっちこっち!」
名前を呼ぶ高い声に其方を見れば、部屋の隅にいる蜜色とチョコレート色があった。
早く早くと手を振る蜜色───ティーダに急かされ、フリオニールは急ぎ足で其方へ向かう。
「ティーダ」
「遅いっスよお!でも良かった。ほら、スコール、フリオが来たっスよ」
大変だったと言わんばかりに抗議しつつ、ティーダは隣に座っているスコールの肩を揺らす。
スコールはティーダに揺さぶられて、くらんくらんと頭を揺らし、「んん……?」とむずがりながら顔を上げた。
ぼんやりとした蒼い瞳が、フリオニールを見上げる。
いつも白い頬がほんのりと紅潮して、少し血色が良くなっているように見えた。
常に真一文字に紡がれて、不機嫌さをにじませるピンク色の薄い唇が、今は半開きになって無防備な印象を与える。
何処か夢現に見える様子の少年に、これはまさか、とフリオニールが直感した後、
「フリオぉ……」
「あ、ああ。大丈夫か、スコール」
「……んー……」
片膝をついて、目線を合わせて声をかけるフリオニールを見て、スコールの表情がふにゃりと緩む。
眩しそうに目を細め、眉尻が下がって穏やかに笑う顔なんて、恋人のフリオニールでも滅多に見ないものだ。
それを期せずして向けられて、どきりと心臓の鼓動が弾むが、フリオニールはそんな場合じゃないと頭を振る。
「スコール、もう帰ろう。時間も遅いし、ラグナさんも心配する」
「んん……?」
「手伝うっスよ、フリオ。スコールの荷物は俺が持つから、おんぶしてやって」
「ああ。ほらスコール、おいで」
「やあ……はぐがいい……」
「あ、後でするから。今はおんぶ。な?」
両腕をフリオニールに向かって伸ばし、甘えて来るスコール。
平時は二人きりになって、頑張って頑張ってようやく伝えてくれる甘え文句が、こんな所でさらりと出て来るとは。
酒の力って凄い、と思いつつ、フリオニールはティーダの手を借りて、スコールを背中に乗せた。
相変わらず軽い体を担ぎ上げて、「お邪魔しました!」と急ぎ足で宴会場を後にする。
エレベーターでビルを降り、外に出ると、二人分の荷物を持ったティーダが、ぐっと大きく伸びをする。
目一杯に空気を吸い込んで吐き出す彼に、大分大変な思いをさせたようだとフリオニールは察した。
「来るのが遅くなってすまない、ティーダ。知らせてくれてありがとう」
「いやいや、良いっスよ。バイト、ちゃんと終わらせて来たんだろ?」
「ああ。人手不足だから、途中抜けもちょっと難しくて……」
「仕方ない仕方ない。それに、こっちもごめんな。酒は俺もスコールも断ってたんだけど、なんか誰かが間違えたのか、じゃなかったらこっそり取り換えられたのかも……」
「それこそティーダが謝る事じゃないだろう。間違いならともかく、判ってやられたのなら、そいつが悪い」
フリオニールの背中に負われた恋人は、誰の目にも明らかな程に酔っている。
しかしスコールとティーダはまだ未成年だから、酒は飲まないように、先輩諸氏も一年生に勧めないようにと言われていた。
が、何かの間違いであるならまだともかく、悪い事を考えたりする者がいると、そんな決まりは形骸化してしまう。
元々酒に良い印象もないから、スコールもティーダもソフトドリンクを飲んでいたのだが、いつの間にかスコールが飲んでいたジュースがよく似た色のアルコールドリンクに摩り替えられていた。
気付かずに飲み進めてしまったスコールは順調に酔いが回り、ティーダが気付いた時にはすっかり出来上がっていたのだ。
それから慌てて飲み物を取り上げ、ティーダが飲んでいたドリンクを渡したが、摂取したアルコールはそう簡単には抜けなかった。
ティーダはこれ以上は不味いと、スコールを連れて引き上げようとしたが、当のスコールが動こうとしない。
時間的に見てフリオニールが直ぐに動けない事は判っていたが、それでも早く迎えに来てくれと、ヘルプメールを送ったのでだった。
背中でんーんーと意味のない声を上げては、甘えるようにフリオニールの首に頬を擦り付けているスコール。
フリオニールが肩越しに見遣れば、赤い瞳とぶつかった蒼が、嬉しそうに細められる。
大分機嫌が良いようだな、とフリオニールが思っていると、
「でも、本当に大変だったんスよ。酔っ払い始めた時は静かだったんだけど、段々様子が変わって来てさ。『フリオは?』って聞いて来て、今日はいないだろって言ったら、泣きそうな顔になっちゃって」
「…そうなのか?」
「そうそう。で、『フリオに逢いたい』『フリオとはぐはぐしたい』って言い出して。あんなスコール、初めて見たからびっくりした。結構甘えたなんスね?いや、なんとなく知ってたけど。スコール、フリオといる時、目がずっとそんな感じだから」
スコールが真面な意識の中で聞いていたら、真っ赤になって憤慨するであろう台詞だ。
しかし、フリオニールの背中で甘えているスコールは、ティーダの声などまるで聞いていない。
ふりお、と時折愛しい人の名前を呼んでは、逞しい背中の安定感に身を委ねて甘えていた。
他にも、と酔ったスコールの様子を語るティーダに、フリオニールは聊か不謹慎と思いつつも、段々と嬉しくなっていた。
そのどれもが、普段は先ず口にしないであろう、スコールがフリオニールを切に求めるもので、恥ずかしがりやな恋人の本音を知れたような気がしたのだ。
────だがしかし、それを聞いたのはティーダだけではない。
「そんで、フリオは来れないよ、でも迎えには来てくれるからって宥めてたんだけど。フリオが来てくれるって判った位から、今度はふわふわ~って感じになっちゃって。フリオの名前を聞いただけで、ふわ~って笑ったり、眠そうだったから寝といて良いよって言っても、フリオが来るまで起きてるって。健気っスね。それは良いんだけど、それを見た先輩たちがさあ、ちょっとこう……」
歩きながら話すティーダの声が、少し歯切れの悪いものになった。
「こう……な?」と言うティーダに、フリオニールは首を傾げる。
と、ティーダはこっちも鈍いなあと露骨な溜息を吐いて見せ、
「普段はほら、むすーっとしてるばっかりだから、うちの先輩たちもあんまり可愛げがないって思ってたらしいんだけど……今日のコレで、結構スコールって可愛いんじゃないか、って言い出したんスよ」
「……それ、は……」
「フリオとスコールが付き合ってるって知ってるのは俺だけだし。ひょっとしたらひょっとする事もあるかも知れないから、気を付けた方が良いかも。スコール、もう飲み会とかは来ないと思うけどさ」
ティーダが言わんとしている危険性を、フリオニールはようやく理解した。
今まで、ごくごく一部の、親しい者のみが知っていた、スコールの魅力と言うものが、酒の席で皆に知れ渡った。
その上、無防備になったスコールが醸し出す危うげで蠱惑的な雰囲気に、かなりの者が当てられている。
「……もうスコールには飲み会には行かないように言っておくよ」
「それが良いっス。あと、お酒も禁止した方が良さそうっスね」
結構弱いみたいだから、と言うティーダの視線は、背中で上機嫌にしている同級生へ向けられる。
暢気で良いなあ、と変わりの心労を大いに被ったであろうティーダの呟きに、フリオニールは眉尻を下げて苦笑するしかなかった。
ティーダの言う事は最もだし、今回の飲酒はスコールにとっては事故か被害者のどちらかだ。
責める理由もないし、しかし酔った時の彼がどうなるのかは分かったから、気を付けるように言った方が良いだろう。
(でも……)
ちら、と肩越しに見遣れば、穏やかな顔をした恋人と目が合う。
なに、とことんと首を傾げながら、目が合うだけで幸せそうに笑うから、こんな顔が見れるなら……とそんな事を考えてしまうフリオニールであった。
『フリスコ』のリクを頂きました。
細かなシチュなどはなかったので私が書きたかったもの書いてます。
酔っ払ったスコールが甘えん坊になったりすると楽しいです。
いつもは素直に言えない、でも言いたかった事を、正面からぶつけてくるの可愛いよね。
そんなスコールは可愛いので魅力的ですが、彼氏としては誰かに見られたらとひやひやするに違いない。