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2019年08月08日
カチ、チリチリ、カチリ。
小さな小さな金属音が、静かな空間で辛うじて聞こえる。
音の出所は、ロックの手元だった。
其処には古めかしい金属製の錠前が握られ、鍵穴には細い針金が差し込まれている。
ロックは針金を細かい動きで操り、チン、と言う小さな音を聞く度、手指の形を微妙に変えて、じっくりと奥を探るように針金を操る。
スコールはそれを真剣な表情でじっと見詰めていた。
何度目かのカチ、と言う小さな音を聞いて、ロックの口角が上がる。
スコールがその表情の変化に気付いた時には、カチャン、と言う音と共に、錠前の鍵が外されていた。
「こんな物かな。参考になったか?」
「……あまり」
ロックの言葉に、スコールがふるふると首を横に振れば、ロックは苦笑する。
「はは。まあ、そうでなくちゃ俺も困るけどな。それなりに知識と経験が必要な事だから」
言いながら、ロックは外したばかりの錠前の鍵を元に戻す。
何処かの古城のような歪で拾ったと言う錠前は、ロックやジタンと言った、鍵開け術を持っている者達の良い玩具になっている。
ウォード錠と呼ばれる構造を使った掌大の錠前なんて、スコールの世界では、遺跡でもなければ見ないような代物だ。
シリンダー錠を使っている家庭は多くあったと思うが、それでもセキュリティ的な不安も囁かれており、鍵を二重三重にしたり、電子キーと併用したりする所が増えている。
この為、泥棒を働こうとする者は、様々な便利器具のようなものを使い分けたり、習慣として閉め忘れになってしまっている不用心な家屋を狙い、強引な鍵開けを行う者は少なかった。
その所為か、針金一本であらゆる鍵を開けると言う技術は、泥棒稼業のような人間ですら、滅多にお目にかかる事はない。
それだけに、ロックの鍵開け術と言うのは、スコールには目新しく新鮮だった。
歪で見つけた鍵のかかった宝箱など、ジタンが開ける所を見ていたので、初めての経験と言う訳ではないが、目の前でその手法をじっくりと見たのはこれが初めてだ。
そして、見て思ったのは、やはりぱっと見ただけでコピー出来るような簡単な技術ではないと言う事。
「あんたは、こう言う事を誰かに教わったりしたのか?」
「多少は教わったよ。仲間内でこんな扉があるとか、あそこの鍵はこう開けたとか、眉唾な武勇伝もあったりしたけどな。これが出来なきゃ、基本の仕事が出来ないし」
「……泥棒の仕事?」
「俺はトレジャーハンターって、そろそろ判っててそれ言ってるよな?」
じろりと睨んでくるロックに、さて、とスコールは涼しい顔で流す。
スコールはロックの手で遊んでいた錠前を取ると、鍵穴に入ったままの針金を抜いた。
針金は微妙な形に変形した名残が残っており、元は真っ直ぐだったものが少しずつ中の形に合わせて変形していったのが判る。
その変形の過程は、全て錠の内部、即ち目には見えない場所で行われていた事だと思うと、スコールは感心せざるを得なかった。
じっと錠前と針金を見詰めるスコールに、ロックが楽しそうに声をかける。
「スコールもやってみるか?こいつはそんなに複雑じゃないし、偶然でも開けられるかも知れないぞ」
「……」
「知恵の輪みたいなものだと思ってやってみろよ」
それなりに知識と経験が、と言ったその口で、ロックはスコールに鍵開けを実践してみろと言う。
確かに、この技術が身に着けば、この闘争の世界ではともかく、元の世界でも某かの役には立つかも知れない────これを使うような場面が、スコールの世界にあるのかは微妙だが。
開かないものと諦めた上で、スコールは少しだけ試してみる事にした。
素手の方が良いかも知れない、と黒の手袋を外して、スコールは針金を握った。
左手に錠前を持ち、針金を鍵穴に差し込んで、ロックがしていたように、少しずつ針金を左右に揺らして、鍵穴の中を探ってみる。
針金の先端が、穴の中をカリカリと引っ掻いている音がする。
何かに引っ掛かったような抵抗感が時折感じられる気がしたが、それが鍵を開ける為に必要なものかどうか、スコールには判らない。
(……と言うか、何も判らない……)
針金が何かに引っ掛かる感触はあるものの、それにどうアプローチをすれば良いのか。
大体、こうして穴を探っていて、何か判る事があるのかすらもさっぱりだ。
しばらく格闘してみたスコールだったが、時々何か判らない感触がある以外は、何も収穫はなかった。
判っていた事だと溜息を吐きながら錠前から針金を抜く。
「無理だ。判らない」
「諦めが早いな。案外短気だよなあ、スコールは」
「……」
「怒るなよ、別に揶揄ってる訳じゃない。最初は誰でもそんなもんさ」
俺も似たようなものだったし、と言いながら、ロックはスコールの手から錠前と針金を取る。
癖のように流れる仕草で、ロックは錠前に針金を差し込み、カチカチと鍵穴を探り始めた。
「外から見ると適当な事してるように見えるだろうけど、こうやって中の形を確認してるんだ。どの辺に凹みがある、引っ掛かるってことは出っ張りがある……じゃあ多分これはこう言う形の鍵だ、って想像しながら、針金の形がそれに沿うように曲げて行く」
「……鍵穴の形なんて、パターンがあるものなのか」
「ある程度は。時代と言うか、その鍵が作られた技術力と言うか、そう言うので決まって来る。俺の世界では、だけどな。スコールの世界は、もっと複雑なものが簡単に作れそうだから、骨が折れそうだけど」
「あんたは、自分の世界にある鍵の種類を覚えてるのか?」
「まあまあ覚えてるよ。だから、これならこう言うパターンが来る、って言うのも、予想は出来る。だからこう言うのは、天啓みたいな勘も必要だけど、知識と経験がないと難しいものなんだ」
拗ねた顔のスコールを宥めるように話しながら、ロックは錠前を突いて遊んでいる。
しかし錠前を見詰める表情は真剣そのもので、遊びながらも本業の血が騒ぐのだろうか。
一度開けている事もあってから、ロックは先の半分の時間で、錠前を開けて見せた。
「それから、後は指先の感覚だ。嵌ったり引っ掛かったり、そう言う所に気付く事」
「指先……」
スコールの視線が、錠前で遊ぶロックの指へと向けられる。
例えば、一つ引っ掛かりを見付けたとして、その引っ掛かりは出っ張っているのか凹んでいるのか。
それは鍵を開ける為には重要な情報であり、其処を正確に把握するには、自分の指がどんな形状のものを探っているのかを把握できなければならない。
しかし鍵は二つに割って中身を見る事は出来ないので、指先の感覚だけで、その是非を知らねばならないのだ。
必然的にそれを感じ取る為には指先の知覚神経が敏感でなければならず、また更に細かな動きが出来なければ、内部の形通りに針金の形を変える事は出来ない。
トレジャーハンターとして様々な鍵に触れて来たロックの指は、目に見えない所でも、指先一つでその情報を繊細に感じ取る事が出来るのだろう。
────だから、いつも。
いつもあの指には、見付けられてしまうのだろうか。
スコールが必死に隠そうとする場所のことまで。
「…………!!」
「ん?」
ふつり、と脳裏を過ぎった思考に気付いて、スコールの顔が一気に沸騰した。
突然絶句して真っ赤になったスコールに、ロックが顔を上げてきょとんと首を傾げる。
「スコール?どうした?」
「……!!」
鍵を遊んでいた手が離れ、スコールの顔へと近付く。
熱でもあるのか、と頬に触れた手に、指の感触に、スコールはぞくぞくとしたものが背を奔るのを感じた。
つい昨夜、その指はスコールの深い場所に触れていた。
ロックの指先はとても優秀だ。
だからスコールがどんなに隠そうと反応を堪えても、誤魔化せない中の反応で、全て伝わってしまう。
彼の指の動きと言うのはとても繊細で、スコールを傷付けないように優しく解しながら、適格に弱い所を探り当てて来る。
スコールが自分でも知らなかったポイントを、ロックはどんどん見つけ出し、一度見付けるともう忘れてくれない。
其処は嫌だと泣いて訴えても、スコールがとろとろになるまで、優しく、時に激しく、掻き回していく。
そんな事を思い出して、耳まで真っ赤になるスコールを、ロックは心配そうに見ていた。
その距離感が酷く近い事に気付いたスコールは、弾かれたようにソファから立ち上がる。
「な……っんでもない!」
「おお?」
思わず声を荒げたスコールに、ロックは目を丸くする。
ぽかんと見上げるロックを置いてけぼりに、スコールは逃げるようにキッチンへと潜り込んだ。
茹った頭と顔を冷まそうと、スコールはグラスに水を注いで、氷を入れた。
幾らも水が冷えない内に喉を通すが、頬の火照りは一向に抜けない。
こっそりとリビングを覗けば、ロックが首を傾げながら、ぽんぽんと錠前を投げて遊んでいる。
その手を、指先を、スコールは当分の間、真っ直ぐ見る事が出来なかった。
『甘々なロクスコ』のリクを頂きました。
Ⅵ本編でロックが世界崩壊後のナルシェの家の鍵を開ける所が好きです(マニアック)。
あんな事できるんだからロックは絶対に精密作業とか指先のあれこれとか得意だと思ってる。
一家のアイドルが新しい門出を迎えた、春。
末っ子のスコールは、晴れて幼稚園への入園を果たした。
一番上の長男であるレオンは、あまり物怖じしない性格のお陰か、初の登園はスムーズであった。
毎日のように父から登園の練習を促され、彼も真剣に取り組んでいたので、余り不安はなかったようだ。
公園で近所の子供達と遊んでいる時も、その親御と話をしている時も、レオンはすらすらと受け答えをしており、初めて出会うものに対して強く警戒する事はなかった。
好奇心が旺盛、と言う程にやんちゃでもなく、幼いなりに色々と頭の中でシミュレーションをして当日を望むタイプらしく、予定が予定通りに繋がって行けば、彼はあまりパニックを起こさない。
その分、予想していなかった事や、思いも寄らない事が起きると、混乱してフリーズしてしまう事もあった。
幼稚園に入ってからは、そうした出来事にも少しずつ慣れて行く。
そして妹が生まれると、彼女の為に自分がしっかりしなくちゃ、と言う気持ちも芽生え、より慎重に、けれど臆病にはならない性格になっていった。
真ん中の子である娘エルオーネは、レオンよりも賑やかであった。
幼稚園に行くのも特に抵抗はなく、幼稚園と言う新しい場所に行く事を楽しみにしていた位だ。
入園してからも友達が直ぐに出来、クラスの担任の先生にイタズラをしかけるやんちゃ振り。
男の子とケンカをする事もあり、そのケンカに勝った負けたで泣くので、レオンが慰めれば良いのか、叱れば良いのか、褒めれば良いのか、途方に暮れた事がある。
幼稚園で過ごすにあたって、余り不安を感じる事はなかったエルオーネだが、幼稚園の花壇や畑にいる虫だけは駄目だった。
当番制で花壇と畑の水遣りを任される日は、いつもよりも少し嫌そうな顔で登園していたものだ。
そして末っ子のスコールはと言うと、初日から中々大変だった。
兄や姉とは違い、引っ込み思案で怖がりな所があるスコールは、見知らぬ場所に一人で残される事を嫌がり、送った母が家に帰ろうとすると泣いて引き留めた。
スコールがこう行った反応を見せるのは、凡そ想像がついていたので、レインとラグナは予行練習として、玄関を出る時の行って来ますから、園門に着いての行ってらっしゃいまでシミュレーションしていたのだが、当日になるとスコールの不安は一気に膨らんでしまったらしく、慣れない場所に一人にされる事を嫌がって、レインに抱き着いて離れなかったのだ。
生まれた時から母、父、兄、姉に囲まれていたスコールは、幼稚園に行って初めて、家族の輪から離れた場所で過ごさなければならなかったから、余計にスコールは一人になるのが怖かったのだろう。
幼稚園の先生は、優しくスコールを諭してくれていたが、当然ながら3歳の子供に理屈が判る訳もなく、そもそも泣いている子供には中々他人の声は届かない。
幼稚園が怖い場所ではない事、お昼ご飯が終わったら迎えに来るよ、と宥めながら、さり気無く先生にスコールを預けて、レインは家へと帰る日々。
母がいないと気付いたスコールが、門の向こうで大きな声をあげて泣くのが聞こえて、可哀想だと思いもした。
しかしこれは母子ともに一つの試練でもあって、避けて通れる道ではない。
今この道を避けたとしても、小学校に上がる時には同じ事が起きると、レインは簡単に想像できてしまった。
せめてエルオーネが一緒に通園して、同じ場所で過ごせる年齢だったら違ったのかな、と考えたが、もしもは何度考えても現実にはならない。
母としては、一日でも早く、スコールが幼稚園に馴染んでくれる事を祈るばかりであった。
初めての幼稚園の一日を終え、母が迎えに来ると、スコールは泣きながら母に抱き着いた。
レインはそれを受け止めて、先ずは一日を頑張ったであろう息子を褒めてあやした。
明日も行くのよと言うと、いやいやと首を振った幼子に、なんと言って宥めたものかと考えながら帰路を歩いたのを覚えている。
次の日から、スコールの朝は憂鬱になった。
起きると幼稚園へ行く準備をしなければならないから、行きたくないスコールはいつも駄々を捏ねた。
少し収まって来ていたおねしょも再び始まって、全身で嫌がるスコールに、母も毎日工夫を凝らす。
怖い所に行く訳ではないのだから、楽しい気分でいられるように、行く道を歌いながら歩いたり、今日のお昼ご飯のお弁当の話をしたり。
一番最初に迎えに行くからね、と約束をして、指切りげんまんをして、ようやくスコールは母から手を離す。
お迎えの時間になると、レインは諸々の家事を切り上げてスコールを迎えに行くように努めた。
幼稚園に行くと母と離れるけれど、ちゃんと迎えに来てくれる事を覚えれば、スコールの不安も段々と落ち着いて行くだろう、と願って。
スコールの幼稚園への順応は、先の兄姉と比べてしまうと、どうしても長い時間がかかると思った。
それは予想通りで、一日を泣き暮らす日もあり、そう言う時は家に連絡があった。
その日の様子によって、少し迎えを早くしたり、直ぐには行けないけどちゃんと迎えに行くから良い子で待てる?と宥めたり。
友達が増えて、楽しい思い出が増えれば、スコール自身が幼稚園を億劫に感じる事も減るのだろうけれど、何をするにも引っ込み思案な性格が足踏みをさせていた。
けれど、時間が経つに連れて、ぽつぽつと話をする子は増えたらしい。
一番話をする子と言うのが、一つ年上の年中クラスの子で、スコールとは正反対のやんちゃな子だと聞いた時は少し驚いたが、その子を中心にして、スコールの交流の輪も広がって行ったようだ。
そうなると、段々と朝の大泣き行事は減り、夏を迎える頃には、門前での「行ってらっしゃい」「行って来ます」の挨拶も出来るようになって行った。
スコールが幼稚園に慣れた頃から、スコールの送り迎えは家族皆で交代制になった。
基本的にはレインが送り迎えをしているが、兄と姉が送り、母が迎え、父が送り、兄と姉が迎えに行く日もある。
レオンとエルオーネが通っている小学校は、スコールが通う幼稚園とは少し道が違う。
だから弟を幼稚園へ送る日、二人は早めに起きて家を出なければならないのだが、それは余り苦ではないらしい。
二人も元々は卒園生であるし、レオンはエルオーネの送り迎えをしていた事があるから、少し懐かしい気持ちで弟を送り出しているようだ。
ラグナが専ら送るばかりなのは、仕事の都合なので仕方がない。
代わりにラグナは、家に帰ると、いの一番に末息子を抱き締めて「今日もお互い頑張ったな!と」頬擦りするのが日課になっていた。
一日のお勉強が終わり、最後に終わりの会をして、子供達は親の迎えを待つ。
待ち方はそれぞれで、友達と一緒に園庭で遊ぶ子もいれば、教室で本を読んでいる子もいた。
スコールはお絵描きをするのが習慣になっていて、教室の隅で丸くなってクレヨンを握っている。
幼稚園に通い始めた頃、スコールは此処で過ごす事が嫌で嫌で仕方がなかった。
知らない大人がいて、知らない子供が沢山いて、此処は兄も姉も、父も母もいない。
まるで異世界に一人で突然放り込まれてしまったかのような感覚で、スコールは幼稚園に来るのが怖くて堪らなかった。
けれど今は、其処まで怖いとは思っていない。
良い子で待っていればちゃんと誰かが迎えに来てくれるし、此処でお勉強を頑張れば、誰かが褒めてくれると判ったからだ。
最近のスコールは、帰りの迎えを誰が来てくれるのかを楽しみにしている時もあった。
(今日はおにいちゃんとおねえちゃんがつれて来てくれたから、おかあさんかなあ)
いつものようにライオンの絵を描きながら、スコールはそわそわとお迎えの到着を待っていた。
レオンとエルオーネが弟を迎えに来られるのは、授業の時間が少ない曜日に限られる。
だから二人が迎えに来る日は決まっているのだが、スコールはまだそれを判っていなかった。
偶にはお父さんも迎えに来て欲しいな、と思うのも、幼い期待故の可愛い願いである。
お母さんが迎えに来たら、今日のお弁当は全部食べられたんだよと伝えよう。
お兄ちゃんとお姉ちゃんが来たら、今日はともだちと一緒にお外で遊んだよと伝えよう。
お父さんが迎えに来たら、お絵描きの時間にお父さんの似顔絵を描いたんだよと伝えよう。
話したい事は毎日幾つも幾つも生まれて、皆それを良かったね、頑張ったねと褒めてくれるのが嬉しかった。
まだかな、まだかな、とお迎えの来た子供を呼びに来た先生が、自分の名前を呼んでくれないかとそわそわしていると、
「スコールくん。お迎えが来たよ」
「!」
子供達の賑やかな声が響く中、優しい先生の声を聞き留めて、スコールはぱっと顔を上げた。
急いで鞄にお絵描き帳とクレヨンを片付けて、よいしょと肩にかけて立ち上がる。
小さなコンパスを一所懸命に動かして、靴箱へ向かう先生の後を追った。
お母さんかな、お兄ちゃんとお姉ちゃんかな、とわくわくしながら靴箱に来たスコールをお迎えしてくれたのは、
「おとうさん!」
「おう、パパだぞー!」
その姿を見付けて、スコールは両手を広げて精一杯早く走った。
廊下は走っちゃいけません、と言われている事も忘れて、一目散に。
さあ来い、と両腕を拡げるスーツ姿の父の下に、スコールは思い切り飛び込んだ。
ラグナは小さな息子を受け止めると、そのまま抱き上げて、ぎゅうっと抱き締める。
「おとうさん、おとうさんだ!おとうさんだー!」
「うんうん、パパだぞ。パパが迎えに来たぞぉ~」
初めてお迎えに来てくれた父に、スコールは多いに喜んだ。
そんなスコールの反応が愛しくて、ラグナも満面の笑みを浮かべる。
大きな手がスコールの濃茶色の髪をくしゃくしゃに撫でる。
少しチクチクとした感触のある頬が、スコールの丸くふにふにとした頬に寄せられた。
いつも家で、ラグナが仕事から帰った夜にして貰っている事を、まだ幼稚園にいるのにして貰えて、スコールはなんだか不思議でくすぐったくて堪らない。
子供は勿論、一緒に嬉しそうにはしゃいで見せる父親に、先生がくすくすと笑っている。
それを見付けたラグナが、少し照れたようにへらりと笑った。
「あはは、どうも、今日もお世話になりまして」
「いえいえ。今日はパパがお迎えに来てくれて良かったね、スコールくん」
「うん!」
ぎゅっ、とラグナの胸に抱き着いて、スコールは先生の言葉に返事をした。
それじゃあ今日はさようなら、と手を振る先生に、スコールもばいばいと手を振る。
ラグナは抱いたスコールを落とさないように支えながら、ぺこりと小さく頭を下げて会釈した。
母と同じように優しくて、けれど母より確りした腕に抱かれて、スコールは鼻歌を歌っていた。
ふんふんふん、と楽しそうな息子に、ラグナもついつい頬が綻ぶ。
「スコール、楽しそうだなあ。今日の幼稚園、楽しいこと一杯あったか」
「んーんー。ふふ。んー?」
「んー?」
ラグナの言葉に、スコールはふるふると首を横に振る。
しかしにこにこと笑顔なのは変わらず、父の顔をまじまじと見て、首を傾げて見せる。
それに釣られるように、ラグナも顔を合わせながら首を傾けて見せれば、あはは、とスコールは面白がって笑う。
「あはは。おとうさんだぁ」
「そうだぞー」
「あのね、あのね。おとうさんもね、おむかえ来てくれないかなって思ってたの。そしたらね、おとうさん、来てくれたからね。うれしいの」
「そっかそっか。俺もスコールのお迎えしたかったから、お迎え出来て嬉しいぞぉ」
ぎゅう、と喜びを体全部で伝えるように、ラグナはスコールを抱き締めた。
少し苦しいけれど、それよりも父に抱き締めて貰える事が嬉しくて、スコールもラグナの首に腕を回して、ぎゅっと抱き着く。
のんびりとした家路だけれど、大人のラグナの足の一歩は大きい。
レオンとエルオーネに手を引かれて歩くより、レインに抱かれて歩くより、父子が家に着くのは早かった。
初めてお迎えに来てくれたラグナにもう少し抱かれていたいスコールは、まだ降ろさないでとぎゅっと抱き着いておねだりした。
それを感じ取ったのか、スコールには判る事ではなかったが、ラグナにとっては息子が甘えてくれるのがただただ嬉しい。
もうちょっと抱っこしたままで良いか、でも靴は脱がなきゃな、と思いつつ、玄関のドアを開ける。
「ただいまー」
「おかあさん、ただいま!」
「はーい、お帰りなさい」
ラグナとスコールの声に、ダイニングキッチンの方から返事があった。
エプロンで手を拭きながら出迎えに来た母の後ろに、学校を既に終えていたレオンとエルオーネもついて来る。
今日はラグナだけでなく、レオンとエルオーネも学校が早く終わったようだ。
「スコール、お帰り!」
「父さんもお帰り」
「うん、ただいま。スコール、お靴脱ごうな」
息子と娘に返事をしつつ、ラグナはスコールを床に降ろした。
スコールは靴の踵に指を入れて、んしょんしょと頑張って脱いで、シューズクロークに収めてから、手を洗わなきゃと言う兄と姉に連れられて、洗面所へと向かった。
スコールが手を洗い終わった時には、ラグナとレインは既に玄関にはいなかった。
きっとダイニングだろうと向かおうとしたスコールを、レオンが呼び止める。
「スコール、鞄を置いて来ないと」
そうだった、とスコールはくるんと方向転換して、部屋へと向かう兄と姉の後をついて行く。
いつも母と一緒に眠る部屋が、スコールの物を置く部屋でもあった。
肩にかけていた鞄を下ろしてから、その中にあるものの事を思い出して、蓋を開ける。
ごそごそと探って取り出したのは、今日の授業で描いた絵だった。
鞄に入れる為に丸めていた紙を広げると、レオンとエルオーネが覗き込んで、
「父さんだ」
「うん。ぼくがかいたの!」
「スコールすごーい!上手上手!」
ぱちぱちと拍手して褒めてくれる二人に、スコールは照れ臭そうに顔を赤らめながら笑う。
父さんに見せなきゃ、と言う兄に頷いて、スコールは速足でダイニングへと急いだ。
ダイニングでは、ワイシャツの襟元を緩めたラグナと、冷たいジュースを用意した母が待っていた。
おとうさん、と真っ直ぐに駆け寄って来たスコールを、ラグナが腕を伸ばして迎える。
ふわっと浮いた体が、父の膝に乗せられて、スコールは嬉しさいっぱいに抱き着いたのだった。
末っ子が幼稚園に行くようになりました。
慣れるまで大変だったけど、お友達も出来て元気にやっているようです。
でもやっぱり家族と一緒の時間が一番大好き。
体に重さを感じるような気怠さの中で、ラグナはゆっくりと目が覚めた。
飲み過ぎたかなあ、と思ったが、よくよく考えると、昨日は殆ど酒を飲んでいない。
じゃあ仕事のし過ぎかなあ、と思ったが、昨日と今日と会社は休みだ。
それでは、このぼんやりとした、けれど何処かふわふわとした怠さは一体────と思ってから、隣で肌を晒して眠っている青年の事を思い出した。
いつも一人で眠っている筈のベッドに、今日は自分を含めて二人。
シーツの波に濃茶色の髪を散らばらせた傍らの青年は、目元に少し泣き腫らした跡があったけれど、寝顔はとても穏やかだった。
彼がそんな風に眠るのは珍しい事で、昨夜も随分と無理をさせていたような気がするから、その寝顔が健やかである事に安堵する。
出来るだけ彼の負担が軽くなるようにと努めたつもりはあるけれど、それでも立場を交換でもしない限りは、どうしても彼の体に無体を強いる事になる。
彼の記憶が苦痛のみで埋め尽くされていなければ良い、と思っていた分、彼───レオンの柔らかな寝息は、ラグナの不安を拭うには十分であった。
昨夜、ラグナは初めてレオンを抱いた。
始めは恐る恐る触れていた手が、躊躇いを忘れて縋るようになって来た時には、ラグナも彼の体に溺れていた。
恋人同士と呼ばれる関係になってからも、何かと気を遣い過ぎる青年は、中々思い切る一歩が出なかったようで、自分から体を繋げたいと言い出す事も出来ず、しかしラグナを求める気持ちもあって、随分と葛藤していたらしい。
その葛藤には、やはり元々ラグナが既婚者であり、一人息子を儲けている事や、今でも亡き妻を愛している事も含まれている。
レオンはラグナに対し、不可侵の聖域のようなものを感じている節があったし、家族に関する事へは尚更踏み込んではいけないと感じている所もあった。
だが、ラグナはレオンとも家族になりたいと思っているし、年が離れている所為もあって時折息子を相手にしているような気分になる事もあるが、やはり彼とラグナの関係は“恋人”と呼ぶものが一番適切に当て嵌まる。
その“恋人”が“家族”になりたいと言っているのだから、ラグナはそれに応える事に否やはなかった。
だが、今まで独りで生きてきたレオンを、自分の下に縛る事になるとなれば、ラグナの方も迷う所はあった。
何せレオンはまだ二十代の半ばで、人生もこれから、自分なんかに恋をしたなんて何かの間違いじゃないのか、と未だに思ってしまう事がある位だ。
レオンがもう一度自分の生き方を振り返り、新たな道を択ぶ自由を喪わない為にも、彼をこの場に縛り付けるような事はしない方が良いのではないか、とラグナは思っていたのだ。
────結局の所、そう言ったお互いへの遠回りな気遣いは、全て杞憂だったのだけれど。
ラグナは、傍らで眠る青年の、微かに赤みを残している目元にそっと触れた。
昨夜、何度も涙を拭っては、唇を落とした其処を、ゆっくりと指先でなぞる。
と、ふるり、と長い睫毛が震えて、少し眉根が寄せられた後、ゆっくりと瞼が持ち上げられる。
「……ん……」
夢幻の中で目覚めるかのように、レオンの蒼の瞳はゆらゆらと頼りなく揺れていた。
いつも凛としている姿が常にある分、こうした表情が酷く幼く見えて、ラグナの庇護欲をそそる。
寝起きの息子───スコールも同じような顔をする事があるかな、と思いながら、ラグナはレオンの頬を撫でた。
レオンはしばらくの間、撫でるラグナの手に甘えるように、それを受け入れながら目を細めていた。
緩く開いた唇から、時折甘い吐息が漏れて、昨夜の情事の呼吸を思い起こさせる。
流石に朝から求める程にラグナは盛んにはなれなかったが、色っぽいなあ、と思いながら、撫でる指を唇まで持って行く。
「……ふ…?」
ふに、と唇に触れられて、レオンから不思議そうな音が漏れた。
くすぐったかったのか、んん、とむずがる声と共に、レオンがゆるゆると頭を揺らす。
それが脳に刺激を齎したか、茫洋としていた瞳に徐々に意識が浮かび上がり、
「……あ……」
「おはよ」
「……おはよう、ございます……?」
ようやく蒼がラグナを捉えて、朝の挨拶を交わす。
レオンがのろのろと起き上がり、猫手で眠い目を擦る。
そうしてきょろきょろと辺りを見回し、此処が何処なのかを認識した後で、
「あ、……あ、」
此処がラグナの家、ラグナの自室である事に気付いた後、レオンは自分が裸である事に気付く。
その理由を続け様に思い出したのだろう、あまり日に焼けない色をした頬が、ふつふつと沸騰していくように赤くなる。
それから、自分の顔をじっと見つめる男もまた、裸身である事に気付いて、耳まで一気に真っ赤になった。
「あ……!」
「ん?」
ようやく全ての記憶が繋がって、レオンはぱくぱくと唇を震わせる。
ラグナは、そんないつになく動揺した青年の顔を見て、可愛いなあ、と笑みを零した。
それがレオンにとっては駄目押しだったらしい。
「すっ、すみませ……っ!」
「え?あら、おーい」
口早に詫びたかと思ったら、レオンはベッドに突っ伏してしまった。
耳まで赤くなった顔をシーツに埋めて隠し、ふるふると肩を戦慄かせている。
「レオン。おーい、レオンー」
「……っ…!」
繰り返し名前を呼んでみるラグナだが、レオンは俯せのまま首を横に振るばかり。
見ないでくれ、と言わんばかりのレオンであったが、ラグナは構わずにレオンの肩に触れてみた。
振り払われる事はなかったので、恥ずかしがっているだけだな、と理解して、ラグナはレオンの肩を引いて抱え起こす。
「ラ、ラグナさん…ちょっと、待って下さい……」
「大丈夫、大丈夫」
「いえ、あの、大丈夫じゃない……」
落ち着くまで待って欲しい、とレオンが言っているのは理解できたが、ラグナは待たなかった。
恥ずかしがっているレオンと言うのは、どうにも可愛らしくて仕方がないのだ。
だからラグナは、本気で嫌がられないのを良い事に、恥ずかしがっているレオンの顔を見ようとする。
直視は勘弁してくれと、レオンは片手で顔の半分を覆って、ラグナと向かい合う形になった。
指の隙間から見えるレオンの顔は、頭から湯気が出そうな程に赤くなっていた。
「はは、まっかっか」
「すみません……」
「謝る事ないって」
この場合、謝るべきは、強引に顔を見たがった自分なのだろうなと思いつつ、それは口にはしなかった。
代わりに寝癖のついた濃茶色の髪をくしゃくしゃと撫でると、レオンのへの字だった口元が微かに緩むのが判る。
「元気そうだけど、何処か辛いトコとかないか?痛いとかさ」
「あ…は、はい、大丈夫です」
「ほんとに?お前、すぐ我慢したりするからなあ。昨日は無理したようなもんなんだから、辛い所があるなら、ちゃんと言って良いんだぞ」
「……はい。ありがとうございます」
謝辞は口にするものの、やはり何が辛いとは言わないレオンに、ラグナは仕方がないと目尻を下げる。
ぽんぽんと子供をあやすように頭を叩いて手を離すと、レオンは撫でた名残を惜しむように、自分の手を其処に当てた。
「取り敢えず、朝飯にすっか。えーと、確か残り物が」
「あ。俺がやります」
「え。おい、ちょっと、」
習慣なのか気を遣ってなのか、レオンは急いでベッドから降りようとする。
だが、昨夜の事を思えば、若いとは言えその体がいつも通りに動く筈もなく、ベッドを出て立とうとした瞬間に、力の入らない足ががくっと膝を折った。
自分の体で思いも寄らない事が起きたのだろう、目を瞠って倒れそうになるレオンの体を、寸での所で後ろから伸びた腕が掬う。
「危ない危ない。大丈夫か?」
「は、はい……」
目を白黒とさせているレオンを、ラグナはなんとか持ち上げて、ベッドへと座らせた。
「やっぱり昨日のが響いてるんだよ。今日は無理しないで、ゆっくりしてな」
「でも……それは、その……」
「良いから、飯は俺が持ってくるから。良いな?」
「……はい」
念入りに押して押して、ようやくレオンはラグナの言葉に頷いた。
よしよし、ともう一度頭を撫でてやれば、レオンは眩しそうに目を細める。
ラグナはレオンの体にシーツを被せて、ベッドを降りた。
少し腰回りに疲労感が残っているが、立って動き回れない程ではない。
今日はスコールが友人宅に泊まりに行っているから、家事諸々はラグナが担わなければならないのだ。
動ける位で良かった、明日になってから筋肉痛とか来ないような、とひっそり恐々としつつ、ラグナはパンツとチノパンを履いた。
寒くはないが一応シャツも、とワイシャツに袖を通しつつ、少し落ち着かない様子できょろきょろと辺りを見回しているレオンに気付き、
「レオン。今日のレオンは、休むのが仕事だぞ?」
「は、はい。でも、その、何もしないと言うのはやっぱり落ち着かなくて…」
「動けるようになったら、色々頼むからさ。それまでは休んでてくれよ。さっきみたいにフラフラしてたら、心配になっちまうからさ」
「…はい。判りました」
「よし。良い返事!」
ようやく言い聞かされてくれたレオンの返事に、ラグナは両手でレオンの頭をくしゃくしゃに撫でまわす。
小さな子供を褒めるような触れ方だが、レオンはこうしてラグナに触れられるのが好きだった。
困ったように眉尻を下げて笑いながら、その触れ方を受け入れる事で甘えている青年の額に、ラグナは触れるだけのキスをする。
良い子にしてろよ、ともう一つ念を押して、ラグナはキッチンへ向かった。
彼が触れた場所に手を当てて、赤い顔を柔らかく緩ませる青年の貌を、見ないままで。
恥ずかしがるレオンが書きたくて。
そう言うレオンを可愛い可愛いと思ってるラグナが書きたくて。
こう言う幸せ一杯なレオンを書いてると、今まで多分安心できる幸せを感じた事なかったんだろうなと思ってしまう、基本不幸体質を不幸体質を思わず生きてるレオンが脳内に根付いている。
エスタ大統領がバラムガーデンを公式訪問したのは、公的教育機関の視察の為だった。
エスタにも学校と言うものは勿論存在しており、機関としての責務も十分に果たしてはいるが、長い間同じ体制での教育形態を続けているので、マンネリ化とでも言うのか、そうした問題も起こっていると言う。
所謂学級崩壊だとか言われるような大きな社会問題こそ起きていないものの、教育内容の見直し等は考えられており、しかし鎖国していたが故に新たなモデル形態も見付からなかった為、長く先延ばしにされていた。
其処へ魔女戦争の終結と共にエスタの開国となり、これからはエスタも変わって行かなければならない、とした宣言した上で、ラグナは各国の様々な公的機関の視察を行っている。
バラムガーデンは傭兵を育成する為に創られたものだが、その根幹は普通の学校と差して変わらない。
まだ幼児と呼ばれる年齢の幼年クラスから、国際的に成人として扱われるようになる20歳までの、エスカレーター式の一貫校である。
最終目標はSeeDとなる事、ではあるものの、中にはSeeDになる事を諦めて(或いは忘れて)自分の趣味趣向に邁進したり、別の道を見付けて方向転換する者もいる。
勿論、そうした少年少女たちに対してもバラムガーデンは何らかの標を用意するようにと努めており、SeeDにはなれなかったもののフリーランスの傭兵として活動したり、何処かの街にある工場に就職したり、新進気鋭の会社を立ち上げて独立を図る者にも様々な伝手を紹介したりと、某かの形で若者達を応援していた。
時にはガーデンで培った知識や技術を悪用する者も出て来る為、そう言った時にはガーデンや勤める大人達が槍玉に上げられる事もあるが、そう言った問題は何処の国、何処の機関であっても、起これば当然問題視される事である。
そう言った事件が起きない事が最も良いのだが、如何せん、人の心とは移ろいやすく愚かなもので、難しい事だ。
ガーデンは教育機関である為、こうした事件が起きないよう、“傭兵”を育成する為の場所でありながらも、道徳や倫理の授業もカリキュラムに加えられている。
それ故に相反した教育内容にぶつかる事で、SeeDを目指す事、傭兵になると言う事に疑問を持つ生徒も出て来る。
バラムガーデンの学園長であり、ガーデンと言う形態の創始者であるシド・クレイマーは、それもまた一つの道であるとして、ガーデンに入学したからと頑なにSeeDを目指す必要はない、と言った。
────きっと教育者として正しい言葉なのだろうけれど、スコールは酷く上滑りした言葉のように聞こえたが、それは彼一人の胸中に秘されるのみである。
エスタ大統領が視察に来た訳であるから、スコールはその護衛として彼に付き添っていた。
平時はガーデン内を私服で過ごす所を、要人警護の一環であるとする為、SeeD服を着ているので完全に任務モードだ。
そんなスコールと、此方もまた一応公的な視察であるからと、スーツを着たラグナが並んで歩いている。
其処から一歩下がった所に、エスタ高官の独特の衣装を身にまとったキロスとウォードがいた。
最近はエスタならば見慣れた並びであるが、バラムでは初めての事である。
ガーデンの日常を崩さない為にと、生徒の授業がある平日に行われた視察であったが、任務帰りのSeeDであったり、サボタージュの生徒であったり、午後の授業のない年少クラスであったりと、廊下を歩く人目が全くない訳ではない。
普段は執務室に籠り切りになり勝ちなスコールが付き添っている事も含めて、四人は非常に目立っていた。
目立つ事は嫌いなスコールだが、指揮官としてあちこちに連れ出されるようになった所為で、多少は慣れた────と言うよりも諦めた。
下手なパーティとは違い、こう言った警護任務の最中なら、自分から喋る必要もないので、黙って時間が過ぎるのを待てば良い。
……のだが、今日は流石に終始沈黙している訳にも行かない。
初めてバラムガーデンを訪れたラグナに、校内施設の説明をしなくてはならないからだ。
こう言う事はキスティスかセルフィが向いている、と思うのだが、生憎どちらも任務で出ている。
ロビーから順に時計回りに施設を巡り案内し、一周して戻って来た所で、やっと終わった、とスコールは聊か疲れた表情で安堵した。
「……以上が、バラムガーデン全体の説明になります。何か他に気になる所はありますか?」
「うーん……」
スコールの確認に、ラグナは案内板を見ながら唸る。
目を細めながら記載されている文字を睨むのを見て、老眼か、とスコールはこっそりと思った。
眼鏡は手元に用意していなかったのか、ラグナは眉間に皺を寄せつつ、案内板を一頻り眺め、
「図書室ってさ、本の貸し出しもやってる?」
「はい」
「ガーデンの生徒じゃなくても、貸し出しして貰えるのか?」
「身元の証明がはっきりとしていれば、可能です。ガーデンの外への持ち出しは、生徒のみですが」
「そっかそっか。じゃあ何か借りて、このガーデンの中で読む分には構わないんだ。食堂とかに持って行っても良いんだよな?」
ラグナの言葉にスコールが頷くと、ラグナは嬉しそうに目を細めた。
そう言えば、ラグナは元々はジャーナリストを目指していたし、雑誌への寄稿もよく行っていた。
エスタに辿り着いてからは、様々な事情が絡み合い、色々なものを諦めざるを得なかったラグナだが、旅した景色の記憶は褪せていないのだろう。
エスタの大統領官邸には、エスタで流通している様々な本が集められており、その多くがラグナが私物として買い集めた本だと聞いた。
鎖国していたと言う背景もあり、殆どがエスタ国内、エスタ大陸にある風景に限定されてはいたものの、街の中からだけでは見えない景色と言うものに、ラグナの心が憧れていた事は想像に難くない。
ラグナは本の虫ではないが、外に出られない分、こう行った情報を追う欲は反動のように大きくなって行ったのかも知れない。
バラムガーデンにはエスタにはない本もあるだろうし、それを見て見たい、と思ったのかも知れない。
「図書室は夜間以外は出入り自由です。流石に、大統領が行かれるのであれば、念の為に司書に確認を取ってからと言う形にはなりますが……」
「ああ、うんうん。それはしゃーないもんな。後で一回行きたいから、その時に頼んで良いか?」
「了解しました」
後で、と言う事は、今すぐには行かなくて良いと言う事か。
とは言え、行きたいからと言うそのタイミングに司書に伝えるのでは遅いので、事前に連絡だけでもしておくか、とスコールが考えていると、
「その前にさ、寮をもう一回見たいんだけど、良いか?」
「はい」
「あと、お前の部屋も見たい」
「は……、」
流れを惰性でスルーしそうになって、スコールは寸での所で留まった。
何を言い出すのか、とラグナの貌を見れば、にこにこと楽しそうだ。
「学生寮って言うの、俺は初めてでさ。エスタにもそう言うのを作ってる学校はあるんだけど、こっちの寮はどうなってうんだろうと思って」
「……は、あ……」
「寮の中って言うか、部屋の中って言うか。そう言う所って、やっぱり生徒の生活環境として大事な所だろ?エスタの学生寮はさ、飯とかが携帯食みたいなのだったり、栄養補助食品みたいなのも多くて、こう、あんまり生活感がないって言うか。エスタは割と何処でもそんな感じもあるんだけど。でも、他の国はそうじゃないだろ?食育ってのも大事だし、教えることはそりゃカリキュラムあれば出来るけど、その後の意識とかは自分であれこれしたりって言うのは、環境がないとだし、蔑ろにしちまう事も多いだろうし」
「……」
「此処は大きな食堂があるから、その辺は大丈夫な気もするけど。あそこのおばちゃん達も良い人達だったしな!後は、えーと、そうそう、やっぱり学校なんだし、勉強に集中できる造りなのかとか、それとももっと皆とワイワイしてられるのかなとか……」
早口で喋るラグナに、何処かしら言い訳めいた雰囲気を感じたスコールであったが、彼の言っている事は的を射ている部分もある。
寮はガーデンに在籍する生徒達にとって家であり、スコールも含め、生徒達の生活のあらゆる場面に根付いている。
寝起きをするのは寮の部屋だし、食堂はあるが一人で食事をしたい者は此処で食べるし、課題をするのも此処だ。
SeeDになれば個室が与えられるが、候補生までは共同生活であるし、それでもきちんと個々の生活が回るようにと配慮して作られている。
公的教育機関の視察に来た大統領が、そのモデルケースを増やす為にも、しっかりと見れる所は見て置きたい、と思うのは当然か。
「……それなら、確か空き部屋があったと思うので、其方を」
「んあっ。いや、それはちょっとなぁ……」
スコールの言葉に、ラグナは微妙な反応を返す。
何か不都合でも、とスコールが視線で問えば、
「空き部屋って、誰も其処にいないんだろ?それだとちょっと、こう、生活してる気配がないだろ。それよりもうちょっと具体的な雰囲気が知りたいなと思って」
「………」
確かに、空き部屋は誰も使っていないので、生活臭は全くない。
しかし、誰かに自分の部屋を見せてくれなんて言われて、そう簡単にはいどうぞと見せられる者は少ないだろう。
ガーデンの生徒の多くは思春期の真っ只中であるから、色々と他人に見られたくない物だって転がっている。
自分の親でもいざ知らず、況してや他国の大統領にそんなものを見付けられるかも知れないなんて、絶対に嫌だ。
自分の部屋に他人を上げる事を厭うのは、スコールも同じだ。
幼馴染の面々は遠慮なしに入って来るが、それはスコールが少なからず気を許している事と、彼等がスコールの地雷を踏まない場所を弁えているからだ。
しかし、大統領のこの要請に対し、誰に許可を求めるでもなく応じる事が出来るとすれば、スコール自身の部屋を使うしかない。
仕方ないか────と仕事として割り切り始めた所で、
「それに、なあ。見て見たいんだよな、お前がいつも過ごしている部屋っての」
ぽつりと零したラグナの言葉は、独り言だったのかも知れない。
そうでなければ、意地の悪い言葉だ。
声に伴う感情が、スコールだけが知る“ラグナ”の色を含んでいたのだから。
場所も時間も弁えず、じわりと熱くなる体に、スコールは素知らぬ顔をした。
大統領の視察の為だから、その要請に応えるだけだからと、そんな顔で踵を返す。
「……では、私の部屋にご案内します」
「それなら、我々は食堂で待機していますよ」
「一緒には来られないのですか?」
いそいそとスコールの後を追うラグナに対し、キロスの言葉に、スコールは向かおうとした足を止める。
見ればキロスだけでなく、ウォードも此処で別れて待機するつもりである事が判った。
「指揮官殿の私室が気にならない訳ではないが、余り他人が大勢で詰めかけるのも良くないでしょう。何か異変があれば、連絡を頂ければ直ぐに向かいます」
「…判りました。視察が終わりましたら、大統領を食堂へお送りします」
「了解しました。では、後程」
短い挨拶をして、キロスが背を向ける。
ウォードも頭を下げる仕草を見せてから、キロスと共に食堂へと向かった。
最初にラグナを案内した時と同じく、学生寮は静かなものだった。
直に午前の授業が終わり、昼休憩に入るだろうから、そうなれば多少は人の気配が増えるが、多くの生徒は食堂へと向かうだろう。
そう思うと食堂にいる二人が目立ちそうだったが、彼等ならば卒なく躱すのも難しくあるまい。
ラグナを人の輪から引き離し、ランチタイムが終わるまで、自分の部屋に隔離して置く方が安全と考えると、ラグナが寮を見たいと言い出したのは、案外丁度良かったのかも知れない。
自室に入ってラグナを招き入れると、ラグナは「おお~」と何に対してか判らない感心の声を上げて、きょろきょろと部屋を見回した。
その傍らで自分も改めて自室を見回して、物が少ないな、と思う。
普段、執務室にいるか任務に出ているかで、部屋では寝起きする位なので、どうしてもスコールの部屋は殺風景だ。
出しっぱなしの私物と言えば、仕事に使うパソコンがデスクの上にあるのと、デッキ構成中のカード、読んでいる途中の月間武器くらいのものだろうか。
後はガンブレードケースを立てかけている位のものだろう。
備え付けのキッチンに至っては、前に其処を使ったのはいつだろう、と思う程度である。
ラグナは生活の気配がある部屋を参考にしてみたかった筈なので、これでは何の参考にもならないな、と思っていると、
「ふぅん。スコールはいつも此処で生活してるんだな」
「…はい」
「奥見ても良い?」
「はい」
一応の断りを入れて許可を貰うと、ラグナはいそいそと奥へ向かう。
デスクと並ぶベッドと、少しの本棚があるだけのシンプルな部屋を見回して、デスクに備えられた端末を見付ける。
「これでいつも俺と話してる?」
これ、と端末を指差すラグナが言っているのは、依頼や情報の遣り取りをする時の話ではない。
大統領と傭兵の指揮官と言う立場を忘れ、“ラグナ”と“スコール”として話をしている時。
その時にのみスコールが使うのが、自分の部屋に備えられている、私的利用の為と使い分けた端末だった。
スコールが沈黙して応えずにいると、ラグナは何かを勝手に解釈したか、にっこりと笑って見せた。
どう言う意味だ、と表情の奥底が読み取れずに眉間に皺を寄せるスコールに構わず、ラグナはデスクチェアを引く。
すとんと腰を下ろしたらラグナは、スコールに向かって両手を広げて見せた。
「スコール」
名前を呼ぶ声に、今は仕事中だ、とスコールは無言で睨む。
しかしラグナは笑顔のままで、
「大丈夫だって」
「……」
「おいで」
誰も見ていないから、と言うラグナに、そう言う問題じゃないとスコールは思った。
今は一時の視察の為に部屋に戻って来ただけで、ラグナの気が済めばキロス達と合流しなければいけない。
そう思った所で、午後の授業が終わるチャイムが聞こえた。
まだ寮は静かなものだが、五分としない内に食堂は腹を空かせた生徒達で溢れ帰り、好奇心旺盛な彼等の目にはキロスとウォードが捕まるだろう。
もしもゼルやアーヴァインがその場にいれば、遠巻きに見ている生徒達を他所に、気安い雰囲気で声をかけるに違いない。
そんな所にスコールを伴ったラグナも合流したら、どうなる事か。
もう一度、おいで、とラグナは言った。
瞳の奥にある熱が、ゆっくりと絡み付いて来るのを感じながら、ふらりとスコールの足は歩き出した。
ほんのり狡い大人と、判っているけど拒めないし本当は欲しいスコール。
昼の休憩時間が終わってからもう少ししてから食堂に……行けたら良いね。
頭を撫でる手のを大きさを確かめる度に、彼は大人なのだと実感する。
その度に、自分はまだ子供なのだと現実を突きつけられているような気がした。
スコールが生まれた時から、その手は直ぐ傍にあった。
それはスコールの頭を撫で、手を握り、時に涙を拭ったりもしてくれた。
余りにも当たり前に近くにあるから、スコールはそれの大切さと言うものに気付くまで、随分と時間がかかったものだ。
それ程にスコールにとって、あの手は、彼と言う存在は、ごく自然に空気のように自分に寄り添うものだったのである。
彼────レオンはスコールの実兄だ。
八歳と言う年齢差の所為か、彼は弟であるスコールを、幼い頃からそれはそれは溺愛した。
溺愛していると言う点では父も同じなのだが、只管に構いたがり構われたがる父に比べると、スコールが思春期になってからは適度に距離を置きつつ過ごしてくれるので、スコールは大いに助かっている。
しかし根本的に溺愛していると言う事は変わらないので、スコールに某かの変化があると、本人よりも先に反応を示す。
そしてスコールが疲れているなら休憩を、少し荒んでいるのなら気分転換でも、とあれこれと世話を焼いてくれるのだ。
スコールもレオンの事を好いているし、頼っている。
幼い時分には引っ込み思案で、何に対しても臆病だったスコールは、レオンに手を引かれながら世界を拡げていった。
お兄ちゃんがいるなら怖くない、と言うのが幼いスコールの根底にはあって、逆に言えば、レオンがいなければ何もかもが恐ろしくて仕方がなかったのだ。
流石に成長するに従って其処までの依存はなくなったが、やはり何かあると「レオンに相談しないと…」と思う所は変わっていない。
自分に自信が持てない所も、スコールは中々克服できていないから、そう言う所を兄に背を押して貰う事で、一つ安心して一歩を踏み出す事が出来るのだ。
お互いに、距離が近過ぎる兄弟だったのだろう、とは思う。
しかし、その距離感に違和感や拒否感が生まれるかと言われると、結局はなかった。
寧ろスコールが成長するに従い、兄への信頼とは違う感情も生まれ、思慕となったそれに悩んだ事もある。
兄弟なのに、男同士なのに、とぐるぐると考えていたスコールだったが、それが兄も同じであったと知った時には、瞠目したその裏で無償の喜びを感じた。
レオンも俺と同じ事を考えている、同じ気持ちを俺に対して持っている。
そう知ってしまったスコールの感情はもう止められなくて、それまで隠さなければと押し殺していた感情は呆気なく堰を壊し、夢中になって彼を求めた。
スコールを溺愛するレオンが、そんな弟を咎められる訳もなく、また彼自身もスコールが自分に思慕を抱いていた事に喜びを感じていた。
それから二人は、兄弟であり、恋人と言う関係になった。
父にも秘密にしている関係を、少し後ろ暗く思う事もない訳ではないけれど、それよりもレオンと繋がり合える幸福がスコールには大事だった。
ただ、いつか父には打ち明けなければいけない、と言う気持ちもある。
それがいつになるのかは、まだ目途も立っていない。
だから、二人が供に褥で過ごせる時間と言うのは限られていた。
今日はラグナが朝早くから海外出張に出ており、帰って来るのは来週となっている。
日々の触れ合いはさり気無く交わしてはいるが、濃密な時間と言うものは久しぶりで、スコールは風呂上がりに直ぐにレオンに甘えた。
レオンも判っていたようで、スコールを寝室に促した後は、手早くシャワーだけを済ませて戻ってくる。
そうして久しぶりの熱の共有を果たして、
「……っは……ふう……」
背中に艶を孕んだ声を混じらせた吐息が落ちて来るのを、スコールは熱に浮かされた頭でぼんやりと聞いた。
腹の奥がどくどくと熱いもので支配されているのを感じて、スコールの表情はうっとりと蕩けている。
レオンはそんなスコールの項に顔を寄せて、柔らかく唇を押し当てた。
奥まで納められていたものがゆっくりと引き抜かれて行く。
無意識にまだ熱を欲しがった穴が、きゅう、と締め付けてレオンに縋って誘うが、これ以上は、とレオンは自制した。
久しぶりの夜でもっと一つになっていたい気持ちもあるけれど、明日は平日で、スコールは学校があるし、レオンも仕事に行かなければならない。
別に一日くらいサボっても良い、と頭の隅で悪魔が囁くが、別に今晩焦らなくても良いんだと理性の振りをした本能が諭す。
俯せになっているスコールの頭を、レオンの手がゆっくりと撫でる。
子猫をあやすように優しい触れ方をするその手に、スコールは柔らかく目を細めた。
「…ん……」
「辛かったか?」
「……ん……」
訊ねる声に、スコールはゆるゆると首を横に振った。
重ね合う事は確かに疲れるし、時には痛いし、快感が大きすぎて怖いと思う事もある。
それらを辛いと言えば辛いのだろうけれど、それよりも、彼が中に出してくれた時の得も言われぬ充足感がスコールは好きだった。
生まれた時からスコールはレオンに手を引かれ、彼のいる世界で生きて来たけれど、中に出して貰うと、内側まで彼の色で染められているようで安心するのだ。
頭を撫でていた手が移動して、スコールの火照った頬を撫でる。
心地良いその感触にもっと浸っていたくて、スコールはまだ撫でて、と言うように頭を横に向けた。
差し出すように見せた頬を、心得ているレオンの手がひたりと触れて、指が優しく滑って行く。
「風呂に入らないとな……」
「……面倒くさい……」
「言うと思った」
くつくつと笑って、レオンの手が離れる。
後を追うようにスコールが手を伸ばすと、レオンは子供をあやすようにその手を握り、直ぐに離した。
起き上がる事は愚か、寝返りもしたくないとベッドに沈んでいる弟を、レオンは横抱きにして抱き上げる。
スコールは抵抗する事もなく、レオンの腕に体を委ねていた。
こうしていれば、何もかもレオンが済ませてくれるから、いつも甘えている。
バスルームに移動して、レオンはスコールの体を洗い始めた。
胡坐を掻いた膝の上にスコールを座らせ、ボディソープを泡立てた手で、スコールの躰を撫でていく。
性的な触れ合いをしている時とは違い、少しくすぐったい感触に、スコールは時々身を捩った。
「んぅ……」
「こら、動くな」
「…くすぐったいんだ」
「我慢しろ」
ぴしゃりと言うレオンに、スコールは唇を尖らせる。
そんな弟に構わず、レオンは手早くスコールの躰を清めて行った。
シャワーでスコールの体の泡を流した後、レオンはスコールを抱えて湯舟に入った。
ふう、と言うレオンの吐息が、スコールの耳元にかかる。
その感触が、ついさっきまで聞いていた、耳元で名を呼ばれていた時にも感じていたものとよく似ていて、スコールの貌がこっそりと赤くなる。
「……うん?どうした、スコール」
「……別に……」
「そうか?」
そうは見えないが、と言いながら、レオンはスコールのしっとりと濡れた髪を撫でる。
相変わらず目敏い、と些細な変化を見逃さない兄に、何処をどう見ているのだろうと不思議な気持ちを隠しつつ、スコールはレオンの胸に寄り掛かった。
体を洗っていた時と同じように、スコールはレオンの膝の上に座っている。
幼い頃は、体格の差もあって、よくこうして甘やかされていたものだった。
もうスコールはあの頃のような子供ではないし、レオンも流石にそれが判らない訳ではないけれど、でもこれは幼い頃の距離感とは意味が違う。
恋人同士の、体を繋げあった後の、緩やかで甘い営みの一つ。
そう思うと、それはそれでスコールには恥ずかしいものがあるのだけれど、
「スコール」
「……なんだ」
「いや、なんでも」
呼ぶ声に返事をすれば、嬉しそうな声と、頬を撫でる手が返される。
レオンは、ふとすればスコールのことを撫でている。
それは頭であったり、頬であったり、彼にしか許していない場所であったりする。
基本的にスコールは誰かに触れられる事そのものが好きではないのだが、レオンの大きな手は昔から安心できるものだった。
幼い頃は自分よりもずっと大きく、今でも一回りは差のある、大きな手。
それが自分と彼の、比喩も含めた器の大きさの違いを示しているようで、コンプレックスに感じる事もあった。
この手と同じ大きさになれたら、彼の隣に並ぶに相応しい者になれるのではないか────と、そんな夢を見た事もある。
けれど今は、この手に包まれていられる事だけで、スコールは幸せになれる。
────寝るなよ、と言う声を聴きながら、スコールはゆっくりと目を閉じる。
撫でる手の大きさが、体温が、鼓動がこれからも離れないようにと祈りながら。
レオスコいちゃいちゃ。
普段のスコールは、ラグナへの意識もあるので、もう少し素っ気ないフリを頑張ってしている筈。
その反動もあるので、二人きりになると甘えたがるし甘やかして貰いたい。
でも多分肝心な所は普段からダダ漏れだったり、レオンが隠す気があるのかないのかみたいな所もある。