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2024年08月08日

[バツスコ←サイ]さかしまの糸

  • 2024/08/08 22:25
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF

オメガーバースパロ




運命なんて陳腐な言葉を信じていた訳ではないけれど、そうだったら良いな、と思っていた自分がいたのも、確かだった。

元々、スコールはβだった。
それが12歳の頃、突然の性の転換が起こって、Ω性だと診断された。
特に得意なものがある訳でもなく、凡夫だと、自分への自信のなさからそれ以下であるとすら思っていたスコールにとって、この転換は大きなショックを与える。
ただでさえ他人と上手く意見交換も出来ず、縮こまって時間が過ぎるのを待つしかなかったと言うのに───いや、それで待っていれば事もなく世は回ってくれたのだから、それでも良かったのだ。
自分自身の不出来さに、膝を抱えて俯いて、それでも誰かの邪魔をすることなく過ごしていれば、何事もなかった。
それなのに、Ωと言う性まで持ってしまって、他人にしてみれば、余計に手がかかる存在になってしまった。

引き取られたばかりだった父親に伝えるにも随分と時間がかかり、結局彼に知られたのは、“発情期”───ヒートによって昏倒した時のこと。
以降は父親の伝手もあり、ヒートを抑制する薬は欠かさず常備されるようになったが、それもあまり効かない傾向がある。
薬で辛うじて正常な意識を保ちながら、ヒートの期間が終わるまでは、とにかく待って過ごすしかなかった。
その間は学校に行くことは勿論、誰かと会う事も満足に出来ない。
面倒な奴を引き取ったって思ってる、と言う父親に対するスコールの思いは、当人曰くは杞憂で済んだようだけれど、本当はまだ、心の何処かでそう思っているんじゃないかと考えている。
それは、マイナスなことを自分から考えることで、捨てられた時の心の準備をしているからだ。
せめて少しでも早く、そんな不安から逃れられるように、スコールは一秒でも早く自立できる日を目指しているけれど、やはりΩ性故の特性は、そんな少年の思いの足を引っ張っていた。

そんなスコールにとって、何があっても一緒にいるよ、と言ってくれたバッツの存在は、数少ない心の救いだった。
バッツは、スコールが父ラグナに引き取られ、その家に来てから逢った青年だ。
三つ年上の彼は、気難しい年頃だったスコールに何くれと構い、スコールがΩ性へと転換したと最初に気付いた。
それはバッツがα性であったからで、Ω性に見られる、他者を引き付けるフェロモンの発露を肌で感じ取ったからだ。
当時、既にスコールの性格を大まかに把握していたバッツは、言葉を慎重に選びながら、スコールを知り合いで信頼できると言う医者の下へ連れて行った。
だから、スコールがΩ性となった時から、彼はスコールの面倒を見ているのだ。
スコールがΩになった事について、混乱で不安定になっている間も、彼は言葉の通り、ずっと傍にいてくれた。
それが当時のスコールにとって、変え難い経験であった事は、間違いない。

そう言う経緯があるから、スコールにとってバッツが特別信頼できる人間となるのも、自然なことだ。
バッツ以外に何もかもを曝け出し、それを受け止め包み込んでくれる人はいない。
バッツの方も、何くれとスコールを優先し、不安に泣けば抱き締めてくれたし、落ち着くまでずっと傍にいてくれた。
ラグナが家にいない日、ヒートで倒れたスコールの僅かなメッセージを聞いて、駆け付けてくれた。
そうして二人が、お互いの熱に浮かされるようにして交わったのは、二人にとっては当たり前の結果だったと言って良い。

それ以来、逢瀬を重ねては、隠れるように肌を合わせた。
スコールはそれが一番安心したし、バッツはスコールが安心する為に世話を焼くのを惜しまない。
Ωが一人のαの唯一となる為の、“番”になることも考えた。
だが、スコールは今年でまだ十七歳で、父親の庇護下で暮らしているし、“番”は一度その関係を作ったら、離れることが出来ない。
αがΩを捨てると言う出来事は稀に聞く話ではあったが、それはΩに多大なストレスを齎し、収まった筈のヒートも再発するが、二度と“番”を作ることも出来なくなる。
Ωにとって、“番”となったαは唯一無二の存在となり、その存在なくして生きていくことは出来ないのだ。
“番”になることは、Ωの今後の人生の選択を決めるも同然。
だからバッツは、“番”になりたがるスコールを敢えて宥めて、「成人まで待とう」と言ったのだ。
戻れない選択をするのだから、それまでに選べる筈の未来を早くに切り捨ててしまわないで、色んな未来の形を考える為に────と。

バッツに宥められてからも、スコールは彼と“番”になる日を今か今かと待っている。
彼との交わりをする度、項を差し出して見せると、バッツは窘めながら其処にキスをしてくれた。
ぞくぞくと感じる高揚と安堵に、やっぱり此処を噛んでくれるのは彼なのだと思った。
バッツが自分の“運命の番”なのだと、スコールは肌身で感じていたのだ。

だから、バッツの言う通り、二十歳になる日を待とうと思った。
そうすれば、その日になれば、バッツは噛んでくれるから、彼の為だけのΩになれるのだから。

─────そう、信じていたのに。


「おい。お前、スコールか?」


眩い程の金色、ペリドット色の瞳、幼い頃に自分と揃いでつけてしまった逆向きの顔の傷。
五年ぶりに逢ったその顔を見た瞬間、何かの底が抜けるような感覚がした。




後ろを追う足音から、逃げるように歩く。
走っても良かったが、それだと露骨すぎて、きっと火に油を注ぐ。
そも、こうやって逃げている事に気付かれている時点で、全てが油にしかならないのだろうけれど、燃え上がる事は避けたいと思っていた。

待て、と言う声が近付いて来る。
やっぱり走ろうか、でもこの距離まできて走った所で、逃げ切れるとも思えなかった。
彼の事は子供の頃からよく知っている、一緒に走るとスコールはいつも置いて行かれていた。
あの頃よりもスコールは運動が出来るようになったけれど、染み付いた感覚はやはり拭う事は出来なくて、いつだって三つも四つも先を行っていた幼馴染には、今でも勝てる気がしなかった。

そうやって頭の中で考えている内に、追い付かれていたらしい。
ぐいっ、と腕を後ろに引っ張られて、彼────サイファーがすぐ後ろに着ていた事にようやく気付く。


「待てって言ってんだろうが、バカスコール!」
「……バカじゃない」


苛立ち混じりのサイファーに、スコールも眉根を寄せて睨み返した。
当然ながらサイファーがそれに臆する訳もなく、寧ろより苛立った表情で、ずいと顔を近付けてくる。


「毎度毎度、無視してんじゃねえ。少しは話を聞きやがれ」
「話なんて、する事なんかないだろう。離せ」


スコールは、腕を掴むサイファーの手を振り払おうと試みた。
しかし、手首の骨が軋むほどに痛い力で握り締められ、スコールが何度腕を振ってもびくともしない。
それが幼年の頃から培われて根を張った、スコールの劣等感を刺激する。

逃がすまいと掴む腕をそのままに、サイファーはスコールを向き直らせる。
自分とちゃんと相対しろと言うサイファーに、スコールは苦々しい顔を浮かべていた。


「スコール。判ってねえとは言わせねえぞ。だから俺から逃げてるんだろ」
「……逃げてない」
「だったら避ける必要もないだろ?」
「あんたが煩いから嫌なんだ」
「お前が俺の話を聞かないからだろうが」


荒げてこそいないものの、サイファーの声には明らかに怒気が混じっている。
子供の頃なら、スコールはそれに当てられるだけで、縮こまって泣き出していただろう。
その頃よりは成長してるんだ、と拙い反論をする自分に言い聞かせながら、スコールは早くこの場を離れたくて仕方がなかった。
だが、相変わらず腕を掴んだままのサイファーの手があって、どうやってもこの場に縫い留められてしまう。


(離れないと。離れないといけないのに)


学校でサイファーの姿を見る度に、スコールはそう思っている。
学年が違うから、毎日必ず顔を合わせる訳ではないけれど、それでも彼が近くを通れば、本能的に体がその気配を感じ取る。
気を抜くと目がその存在を探しそうになるのを、スコールはいつも歯を噛んで堪えていた。
……“堪えなければならない”ことが、またスコールを自己嫌悪に貶める。

サイファーもそれを判っているのだ。
元々、サイファーは不思議とスコールのことには本人以上に敏感で、スコールの身に異変があると、誰よりも先に気付いていた。
思えばあれは、幼い時代に既に無意識にあった、本能が齎していた行動だったのかも知れない。
けれどそう考えてしまうと、“運命”はあの頃から既に根付いていたことになって、それはつまり────と嫌な結論に行き付いてしまう。
それが嫌だから、スコールは再会してから意図的にこの幼馴染を避けているのだけれど、


「ラグナさんから聞いたぞ。Ωになったって」
「……勘違いだ。俺はβだ」
「だったらお前のこの匂いはなんだよ」
「……香水」
「お前にそんなもんつける甲斐性があるか。ガキの頃、消臭剤にだって鼻曲げてた奴が」


どうでも良いことばかり覚えているな、とスコールは独り言ちた。
けれど、子供の頃、良い匂いだから嗅いでごらん、と差し出されたフローラルな匂いを放つ消臭剤に、一人鼻を摘まんでいたのは事実だ。
今でも匂いの多くには不快感が先立つものだから、サイファーの言う通り、スコールが香水なんてものをつける筈がない。

ずい、と近付けられる顔は、幼い頃と同じで、勝ち気で自信に満ち溢れている。
幼い頃、その光に魅せられるようにして、密かな憧れを抱いていたことを、スコールは思い出していた。
最早幼い日の郷愁でしかなかった筈のその感覚に、今になってまた襲われるなんて。
近付いて来る碧眼に、心臓が馬鹿になったように早鐘を打っている事を、認めたくなかった。


「スコール」
「……!」


向き合え、と名前を呼ぶ声に、鼓膜の奥でぞくりとしたものが奔る。
それが嫌悪感なら良かったのに、言いようのない高揚があるのが判ってしまった。


(やだ。いやだ。いやじゃない。いやじゃないのがいやだ)


直ぐ其処にある碧眼から、俯いて逃げる。
手首を掴む手が益々苛立ちを表すように力を増したけれど、スコールは顔を挙げなかった。
挙げられなかった、と言うのが正しい。

そんなスコールに、サイファーは露骨な舌打ちをして、


「そんなに俺が嫌いかよ」


サイファーの言葉に、今度はぞくりと背中が冷たくなる。

何もかもが自分の想いとは裏腹の反応が起きて、更にはスコールの身体から力が抜ける。
ずるりと座り込んでいくスコールを、サイファーは睨むように見下ろしていた。
唯一、掴まれたままのスコールの腕が、微かに震えながら精一杯に緩い拳を握り、


「……あんたじゃない」


吐き出すように零した言葉は、確かにサイファーの耳にも届いていた。
爛々としていた碧眼が、じわりと重い感情を浮かび上がらせる。


「……なんだと」
「……あんたじゃない……あんたじゃない!」
「お前、」
「あんたじゃないんだ……!」


絞り出すスコールに、サイファーも並々ならぬものを感じたのだろう。
スコールの腕を掴んでいた手から微かに力が抜け、俯くスコールの旋毛を見つめる目が細められる。

スコールは顔を上げないままで、言った。


「好きな奴が、いる」
「……!」
「俺がΩになった時から、一緒にいる。俺を大事にしてくれて、これからもずっと一緒にいるって約束してくれた。番になろうって、俺がちゃんと大人になったら、その時に、ちゃんと」


そう約束したのだ。
あれは一時のものではないし、彼に抱かれていると安心できる。
この腕の中が自分の“巣”だと、スコールはそう信じていた。

だが、そう思えば思う程、その言葉を吐き出せば吐き出す程、どうしようもなく息が出来なくなる。
頭の中の奥隅、深層意識とでも言うような場所から、もう一つの声がする────『判っている癖に』と。

サイファーがスコールのことを良く知っているように、スコールも彼をよく知っている。
父に引き取られて孤児院を離れ、数年間を別々に過ごしていたとは言え、昔は何かと同じ時間を共有していたのだ。
良い所も悪い所も知っていて、幼い日、彼に頻繁に泣かされたのは事実だが、反面、サイファーに慰められたことも多かった。
不器用な子供は、存外と根が真っ直ぐで世話焼きで、いつも一人でいるスコールを放っておけず、また他の子供がスコールにちょっかいを出すと、「俺のスコールに触るな」とばかりに割り込んできた。

幼い頃のサイファーが、どういうつもりでスコールに執着していたのか、正確な所は判らない。
だが、昔からロマンチストな気質だった彼が、αとΩの間にある“運命の番”と言うものに憧れていたことは知っている。
幾千幾億と存在する人間の中で、唯一無二の存在に出会えると言うことは、それこそ得難い幸福だと思っていることも。
若しもその相手に逢えたなら、全力で守ってやるんだと、幼心に誓いを立てていたことも、目の前で見ていたから知っている。

それでも、自分が約束したのは彼なのだと、スコールは見下ろす幼馴染を睨んで言った。


「あんたじゃない。俺の“運命”は、あんたじゃない」
「……」
「あんたじゃ、ないんだ……!」


碧眼に映り込む蒼灰色は、涙と悲しみと悔しさで歪んでいる。
瞬きせずとも溢れ出したその雫に、サイファーの手が伸びて、それは触れる前に止まった。
押し留めるようにゆっくりと握り締められた手が退いて、スコールの腕を掴んでいた手も離れる。

ようやく自由になった、とスコールの覚束ない足が立ち上がり、ふらふらと歩き出す。
走る事も出来ずに遠ざかって行くスコールの背を、サイファーはただ見送っていた。

いつも何気なく歩いている道が、酷く長くて、足が重い。
家までがやけに遠くて、座り込んでしまいたかったけれど、早く愛しい人に逢いたかった。
その一心だけで歩いていたから、名前を呼ぶ声があった事にも気付かず歩く。


「───ール。…スコール。スコール!」


何度目の呼ぶ声だったのかは判らないが、それが辛うじて聞こえてようやく、スコールは顔を上げる。
褐色の瞳がすぐ其処まで駆け寄ってきて、青白い顔をしたスコールの両肩を掴んだ。
どうしたんだよ、と心配そうに覗き込んでくる愛しい人───バッツの顔を見た瞬間、スコールは堪え続けていたものが溢れ出すのが判った。


(どうしよう、バッツ。俺の運命、あんたじゃなかった)


運命なんてバカバカしいと言っていた。
それでも、運命と言うものがあるなら、これが良いと思っていた。


(今はもう、どう思えば良いのかも判らない)


嗚咽を零して泣き出したスコールを、バッツは戸惑った表情を浮かべながら抱き締める。
大丈夫だよと頭を撫でられて、いつもの匂いを嗅ぎながら、スコールはどうしようもない遣る瀬無さに打ちひしがれていた。






『オメガバース設定で、最愛の恋人と運命の相手が違う三角関係』のリクを頂きました。
CPをお任せで頂きましたので、バツスコ前提サイ→スコになりました。

スコールはβだったけど、元々性質としてΩの資質も持っていて、αのサイファーは本能的に子供の頃からそれを感じ取っていたんだと思います。診断上はスコールがβなので、そうと思っていなかっただけで。
二人が離れ離れになってからスコールがΩになり、その時一緒にいたのがバッツで、何かと面倒を見てくれたし、スコールも信頼してるし、バッツもスコールが好きになった。αとΩだし、きっと運命だなって二人で納得してた訳です。番になる約束もしたし。
でもスコールとサイファーが再会してしまい、αとΩとして“運命の相手はこいつだ”と感じ取ってしまったと言う話でした。

サイファーは運命を信じていて、子供の頃からの無自覚の独占欲や恋慕(当時は未満)があって、再会後は自分がスコールと番になりたいことはもう自覚しているけど、スコールの気持ちを無視したくはない。
追い駆けてたのは、お互い明らかに感じ取ってる節があるのに、スコールが逃げてばかりで話も出来てなかったからです。
やっと話せたと思ったら、スコールの方が追い詰められた状態にあると悟って、スコールの気持ちを汲んで追い駆けなかった(追い駆けられなかった)……と言う状態でした。

[16/ジョシュクラ]鼓動と熱がもたらすものは



湖水の上に造られた隠れ家の夜は、とても静かなものだ。
増してや、黒の一帯の只中であるとなれば尚の事、生き物の気配と言うものも少ない。
人の声は隠れ家に住む人々のものしかなく、空を行く鳥たちも飛び行くには灯りが足りないので羽を休めているものが殆どだ。
足元の水の中は、生物が棲むには環境が厳しすぎて、どうやっても住み着く様子がないから、此処は水棲物の類とは縁遠い。
お陰で魚と言うものに触れる機会も滅多になく、此処で暮らす子供の中には、それを見たことがない者もいるのだそうだ。
過去の隠れ家を、敵の襲撃と言う惨劇で失った経験から、昼夜問わずに交代制で見張りが立てられているが、今の所は幸いなことに、形骸的なもので済んでいると言う。
だから、此処に住まう人々の大半が眠る深夜となると、隠れ家の中はひっそりと静まり返っている。

足元が水と言う関係上、夜になると此処はよく冷え込む。
暖を求めた子供たちは団子のように集まって眠り、大人も足先を縮こまらせて眠る事は多かった。
折に着けてカローンが外から良い布を調達してくれるが、物資は有限である為、誰がそれを使うかはある程度優先順位がつけられている。
先ずは病人や怪我人を抱える医務室に、出来るだけ清潔で質の良いものを使えるように工面してから、居住区や『石の剣』が使う装備類に回す。
出来る限り、“隠れ家の皆で”使えることを優先的に考えることが常であった。

その為、クライヴの部屋と言うものは質素だ。
ベッドも土台に造ったもので、街宿のそれとは比べるべくもない。
上質なものと言えば、書簡類を確認・整理するのに使っているデスクと椅子だが、あちらはなんでも、前の隠れ家の中から発掘してきたものらしい。
“前代のシド”が使っていたそれは、元々が上質なものを当該人物が気に入って愛用していたものらしく、前の隠れ家が崩壊して埋もれても、頑丈なお陰で傷が少なく済んだのが見付かったのだそうだ。
他には、協力者からの頼み事を熟したとか、そう言った経緯で譲られた所縁の品が飾られている位。
元々華美な生活環境ではないとは言え、物の少なさも相俟って、質実剛健な当たりが兄らしい、とジョシュアは思っていた。

そんな兄の部屋で、閨を共にするようになってから、しばらく経つ。
静かな波の音を聞きながら、ラウンジから貰って来たワインやエールを傾けて、他愛のない話をしてから、其処に収まるのがパターンになりつつあった。
元々の“空の文明”時代の遺跡の構造の為と、明り取りの為に空間を全てを囲う訳にはいかないから、一部の壁は常に開いている。
其処から入って来る夜風は、季節にもよるがやはり冷えを起こすもので、眠るとなると暖が欲しくなった。
それを理由に、言い訳のようにして、兄弟で熱を交わし合う。

熱に溺れる時間と言うのは、ついつい夢中になってしまうが、後の疲労も強いものだ。
セックスをした後、ジョシュアは疲れ切ってそのまま眠ってしまう事が多い。
負担があるのは、挿入される側である兄の方なのに、と申し訳なく思う事は少なくないのだが、中々後処理まで担うことが出来なかった。
それについて兄は「問題ないさ」と苦笑するのだが、ジョシュアとしては、やはり負担を強いているのは自分なので、最後まできちんとやるべき事は全うしたいと思う。
取り合えずは、もう少し体力をつけたい所だが、そもそも常にかかる自分の体への負荷が大きいものだから、これは一朝一夕には叶えられそうにない。

今日もまた、二度、三度と交わってから、終わって倦怠感に身を任せている間に、ジョシュアは眠っていた。
目が覚めた時には、壁の隙間から傾いた月が見えている。
また寝ていた、と言う事に聊かの不服を覚えつつ、未だ重さの感じる体を起こす気にもならず、少し硬いベッドの上でほうっと息を吐く────と、


「……ん……」


耳元に零れた声は、すぐ其処で眠っている兄のものだ。
寝返りを打って其方へ体ごと向き直ると、暗がりに慣れた目に、数センチの距離で兄の顔が映る。

ジョシュアは徐に手を伸ばして、兄の頬に手指を滑らせた。
重ねた年齢と苦労を表すように、クライヴの顔には年輪と髭がある。
あまり小奇麗にするにも限界がある環境だからか、クライヴは髪型も口元も無精にしており、それが独特の傭兵らしい威圧感を作っているようだった。
それでもよくよく見るとその顔立ちは整っていて、風貌の印象の割に、幼げな作りをしている。
目尻の形であったり、鼻筋の通り方であったり、子供の頃によく見ていた面影があるな、とジョシュアは思う。

そのまま、ジョシュアの指は、クライヴの頬から首筋へと下りていく。
喉を圧迫しないように、触れるだけの感覚でそうっと神経の通り道を辿って行くと、クライヴが小さくむずがるのが聞こえた。
あまり眠りが深くないのかも知れない、と思いつつも、ジョシュアはクライヴに触れるのをやめられなかった。
兄が此処にいる、触れられる距離に在る、と確認するのが、どうしても抑えきれない喜びを誘うのだ。

普段は着込んでいる外套であまり目につく事のない鎖骨に触れる。
元々、病弱だったジョシュアとは比べるべくもなく、体は健康体そのものだったクライヴだ。
ベアラー兵と言う過酷な環境にあっても、その身体は逞しく成長したようで、浮き上がる鎖骨が中々大きい。
それを爪先で、つぅ、と辿ってみると、


「…んん……」


むず痒かったのだろう、クライヴは眉根を寄せながら、ごろりと寝返りを打った。
ジョシュアの方を向いていた体が、仰向けになっている。
なんとなくそれが、自分から逃げられたような気分になって───悪戯をしているのだから自業自得なのだが───、ジョシュアはむぅと眉根を寄せた。

それ以上クライヴが逃げることを阻止するべく、ジョシュアは彼の体に身を寄せた。
幼い頃は兄を見上げるばかりであったジョシュアだが、幸いにもあれから身長は伸びて、今は並ぶ程である。
手足もそれなりに長くなった筈だし、クライヴの体を抱き締める位の事は出来る。
……出来るが、彼の体にぴったり腕が回り切らないのは、クライヴの体の厚みの所為なのだろう。

ひゅう、と隙間風が部屋に入り込んできて、ジョシュアの肩を撫でる。
俄かに感じた寒さに、熱を求めて更にクライヴへと身を寄せれば、


「……ん……ジョシュア……?」


もぞもぞといつまでも身動ぎされる気配にか、薄らとクライヴが目を開ける。
まだぼんやりとした瞳に、胸元に抱き着くように頬を寄せている弟の顔があった。


「……どうした?寒かったか」
「…そう言う訳でもないんだけど」


寒さは確かにあったが、この状態になったのは、それだけが理由ではない。
かと言って、眠っている愛しい人にささやかながら悪戯をしていたと言うのもどうだろう。
誤魔化すように厚みのある胸に顔を埋めていると、クライヴの手がくしゃりと金色の髪を撫でた。


「こうしていると、昔を思い出すな。夜中にお前が俺の部屋に来て、一緒に寝たいって言った時のこと」
「……ああ。そう言う事も、あったね」


もう十八年、ひょっとしたらそれよりも昔。
城の静かな夜と言うのは、幼い日のジョシュアにとって、何処か不安を誘う事があった。
フェニックスのドミナントとして目覚め、ロザリア公国の次期大公としての教育はとうに始まってはいたものの、本質的には十にも満たない子供である。
安堵の温もりを求め、自分の部屋を抜け出して、兄の部屋に行くのは、儘ある事だった。

その頃から、クライヴの部屋は質素なものだ。
大公の嫡男であったとは言え、只人として生まれ、召喚獣を終ぞ宿すことがなかった彼に、特別な持ち物と言うものはないに等しかった。
ジョシュアの幼い記憶の中でも、彼の部屋は最低限の物が置いてあるだけで、窓も壁も何も飾られてはいなかったように思う。
それでも、兄の存在さえあれば、ジョシュアにとって其処は何より安心できる場所だった。

クライヴはゆっくりとジョシュアの頭を撫でながら、遠い記憶に思いを馳せている。


「夏でも寒くて寝られない、なんて言うから、随分心配した。また熱があるんじゃないかって」
「もうちょっと上手い言い訳が出来たら良かったと思うよ。心配させてごめん」
「良いさ。殆どは熱はなかったし、俺も段々、一緒に寝たいだけなんだなって分かって来たし」


当時のジョシュアは、頻繁に熱を出していたから、「寒い」等と言えばクライヴが心配するのも当然だ。
薬を飲んで部屋で暖かくした方が良い、とクライヴも思ったが、結局の所、ジョシュアが「寒い」と言っていたのは、温度や体温のことではなく、気持ちの所が大きかったのだろう。
フェニックスのドミナントとは言え、まだ十にもならない子供は、いつも自分に優しくしてくれる兄に甘えたがっていたのだ。
それが分かれば、クライヴが弟の希望に応えられない訳もなく、明日の朝には部屋に戻ることを約束して、一緒のベッドで眠っていた。

あの頃のジョシュアは、よくクライヴに抱き着いたままで眠っていた。
日中のクライヴは、剣の稽古は勿論、時には討伐に同行することもあって、病弱だったジョシュアがついていける訳もなく、────母の厳しい目もあったから、近くにいられる時間と言うのは限られていた。
その寂しさを取り戻すように、埋めるように、限られた夜の時間で、精一杯に兄を補充していたのだ。

今、ジョシュアの頭を撫でているクライヴも、その時と同じ気分なのだろう。
頭を撫でる手は、ジョシュアの記憶よりも随分と大きくなったが、撫で方はあの頃と全く変わっていない。
それは、兄が変わらず兄でいてくれることが実感できて、嬉しくもあるのだが、


「ねえ、兄さん。僕はもう、小さな子供じゃないよ」
「分かってるさ。でも、こうしていると、つい……な」


目を細めて言うクライヴに、ジョシュアはなんとも言えない気持ちが浮かぶ。
小さな子供をあやすような顔で言われると、なんとなく男としてのプライドが疼くのだが、撫でる手は記憶にある以上に心地良い。
口元を埋めた状態の胸は、緊張していないからか思いの外柔らかく、弾力があった。
熱量もあるので、隙間風の冷えを嫌う体には、程よく暖かくて離れ難い。

ジョシュアの手がクライヴの体の表面を滑る。
逞しい胸筋で覆われた胸の奥で、とくとくと規則正しい鼓動が鳴っているのが分かった。

ジョシュアがちらと兄の顔を覗き見上げれば、自身と同じ青色を宿した瞳が、柔く此方を見詰めている。
愛おしむ、慈しむその表情は、ジョシュアが幼い頃にも何度も見上げたものだったが、


「兄さん」
「なんだ?」
「……もう一回しよう」
「疲れてるんじゃないか」
「問題ないよ」


言いながらジョシュアは、クライヴの胸に手を這わす。
其処にある膨らみを持ち上げるように手を添えて、頂きの蕾を吸った。
熱の名残がまだ残っていたのか、クライヴの体がぴくりと震えて、押し殺した吐息がジョシュアの旋毛を擽る。


「無理を……するなよ?」
「大丈夫だよ、兄さん」


宥めるように言ったクライヴに、ジョシュアはきっぱりと言い切った。
先の情交の疲れが全くない訳ではなかったが、触れ合う体温のお陰か、なんとなく調子が良い。
ことに幼い子供をあやすように撫でるクライヴの様子にも、聊か男のプライドが刺激されたのもあって、ジョシュアはこのまま穏やかに眠る気分はすっかり消えていた。




『ジョシュクラ』のリクエストを頂きました。
胸の大きい描写をと言う希望がありましたので、雄っぱいに顔埋めたり揉んだりしてるジョシュアです。
大きいよね、兄さんの胸は……物理的な包容力が……

よく考えるとジョシュアをちゃんと書いたのが初ですね。
兄さんに甘える癖が抜けないけど、男の矜持は見せたいのがうちのジョシュアのようです。
書きたいけど中々書くタイミングがなかったジョシュクラ、書かせて頂いて楽しかったです。

[14+16/ひろクラ]海都にて

FF14で行われた、FF16コラボイベントのストーリーを元にしています
エオルゼアに迷い込んだクライヴを、ひろしが案内している一幕……のような話

※『ひろし』とは:FF14の公式トレーラーなどで、プレイヤーキャラのイメージ格として登場する男性の日本版の愛称名




全く知らない光景だ、と道行く風景を見て、クライヴは思う。

雲一つなく遠く晴れ渡る澄んだ青空、その色を溶かし込みながら深く深くまで沁み込んだ海の蒼。
その只中に存在する、白亜色の石を幾重にも積み重ねて築き上げられた建造物は、まるで要塞のようでもあり、巨大な船のようでもあり。
其処に鉄と木材を使って、足場を広げたり、橋にしたり、必要に応じて増改築を重ねて行ったような、聊かの無秩序振りもありつつも、それがまた絡まり合いながら奔放に伸びている様子は、一種の解放感も作り出していた。
その道を右へ左へ行く人々は、統一された色やジャケットで揃えている者もいるかと思えば、全く異なった装いの者もいる。
なんとも不思議な景色であった。

見知らぬ地で目覚め、其処で出会った男に連れられ、クライヴはこの海上都市へとやって来た。
リムサ・ロミンサと言う名で呼ばれるこの地は、全域を海に囲われた島国であるそうだが、地域としては、クライヴが目覚めた場所と同じ、エオルゼアと呼ばれる地域に属しているらしい。
と、此処まで聞いてはいるものの、クライヴには全く耳に初めての話としか思えなかった。
記憶がどうにも不明瞭で、かの地で目覚めるまでに自分が何をしていたのか、何を目的として動いていたのか分からない。
そこで、一先ずはエオルゼアの地を巡り、自分の記憶にまつわるものを探しに来たのだが、どうもこの風景にはまったくもって馴染みを感じられずにいた。

全く知らない地で、何処にどう行けば良いのかも判らない訳だから、案内人は必要だった。
それについては、クライヴが倒れているのを見付けた男が引き受けてくれた。
しがない冒険者と名乗った男は、現在、黒渦団と言う名の組織の下へと赴いている。
クライヴは、終わるまでちょっと此処で待っててくれ、と言われたので、アフトカースルと言う名の大きな広場の一角で、道行く人々を眺めていた。


(……随分と大柄な者もいるが、逆に子供のような体の者もいる。俺と同じくらいの者もいる。……猫のような耳や、角や、尻尾が生えているのは……動物のような体をした者もいるな。あれは、人でいいんだろうか?)


アフトカースルと呼ばれる広場を行き来する人々の姿は、見るだに様々に違っている。
クライヴとそう変わらない体格や顔立ちの者もいるが、特徴はそれと似ていても、体格がまるで三倍も違うような大男もあった。
かと思えば、クライヴの足の長さが精々と言う小柄な身長の者がいたり(子供かと思ったが、髭を生やしている者もいるので、そうとも限らないようだ)。
体格的には標準的だが、頭の上に猫や兎のような耳が生えていたり、顔に鱗や角が生えていたり、様々な形の尻尾があったり。
それらに驚いていたら、まるで獣と変わらない頭部を持ち、ふさふさとした体毛が生えている者もいる。
多種多様な姿かたちをしたものが、縦横無尽に行きかうものだから、クライヴの混乱は収まる所か益々深まっていた。

だが、クライヴが何よりも気になるのは、道行くそれら人々が、誰もクライヴのことを深く気に留めないことだ。
時折、此方を覗く視線があるのは感じるが、誰もが深くは留まらず、それぞれの用事に追われて移動していく。
黄色いジャケットを着た大男が近くに立ち尽くし、見張りのように目を配らせているが、それも一度か二度、クライヴを見ただけで、何も言わなかった。
クライヴの頬に刻まれた刻印を、まるで見ていないかのように、まるで何も気にする必要などないかのように、意識に止めない。

それも初めは、刻印があるからこそ、気に留められないのかと思っていた。
ベアラーである以上、その存在は道具以下だから、大抵の人間はベアラーと言うものを深く気にしない。
だが、偶々目が合った猫耳を生やした女性が、にっこりと無邪気に笑いかけて来たものだから、驚いた。

『印持ち』にそんな風に無邪気に笑う人なんて、見た事がない。
少なくともクライヴはそう思った。


(……此処はやっぱり、俺の知っている場所じゃない────と言う事か)


記憶が不鮮明な部分が多い所為で、色々と確信を持てない所はある。
だが、それでも意識に根付いたように感じる、常識との剥離は幾つもあった。
クライヴの持つ感覚は、この海の街において、恐らくは異質なものであると言う事が感じられる。

目の前を小柄な人が通り過ぎて行き、その後ろに、きらきらと輝く水色の動物がいる。
生物にしては少々不思議な空気をまとわせている、あれは動物、生き物なんだろうかと、見た事のないものがまたひとつ通り過ぎていくのを目で追っていると、


「悪い悪い、待たせたな」


声がして振り返ると、クライヴをこの街へと連れて来た男が立っている。
日焼けしたような傷み気味の黒髪に、使い古した旅装束に身を包み、無精ひげを生やしてはいるが、笑うと随分と子供っぽい印象を持たせるその男。
その手には、此処を離れた時にはなかった筈の、簡素な紙袋がひとつ。


「腹が減ってないかと思って、飯を買って来たんだ。此処で評判のビスマルクって店で作ってるサンドイッチ」
「それは、わざわざ……すまない」
「良いさ、俺も腹が減っていたし。ほら、今の内に食っとくと良い」


そう言って男は、紙袋から取り出したサンドイッチをクライヴに差し出した。
瑞々しい野菜と一緒に、鮮やかな黄色の卵を、程よく焼き色のついたパンで挟んだもの。
贅沢だな、となんとなく思いながら眺めているクライヴの横で、男も同じものを頬張り始めた。
大口で豪快に食べるその様子に、クライヴは此処まで自覚していなかった空腹を感じて、隣の男を真似るように齧りついてみる。


「うん……美味いな」
「そうだろ?俺もよく世話になってる」


言いながら男は、三口、四口としている間に、サンドイッチを平らげた。
もごもごと森にいる齧歯類のように頬袋を膨らませているが、当人は苦も無く顎を動かしている。

男は、サンドイッチを食べるクライヴを見て、


「此処の景色は、どうだ。何か見覚えのあるものとか、気になるものとかあったか?」
「…気になるものと言うと、幾らでもあるにはあるが……見た事のないものばかりだ」
「ふぅん。じゃあ、海とはあまり縁がないのかもな」
「恐らく。海を知らない訳じゃないが、何か、空気そのものと言うか───違う気がするんだ、俺が知っているものとは」


問いに正直に答えると、男はふむふむと噛み砕くように頷きながらそれを聞いている。


「それに、俺のことを誰も気にしない。気にしてはいるんだが、その……気に仕方が、俺の考えるものと随分違うんだ」
「なんだ。変なのに絡まれでもしたか?ここらはイエロージャケットがいるし、GCの軍令部も近いから、治安は良い方だと思ったんだが」


悪漢にでも絡まれたかと言う男に、クライヴは首を横に振った。


「いや、そうじゃない。どちらかと言えば、逆……と言うか。偶に目を合わせる人がいるんだが、随分と屈託なく笑いかけて来るものだから、驚いた」


言いながらクライヴは、頬の刻印に手を当てる。
男はその仕草を見てはいたが、ふうん、と首を傾げるように言って、


「まあ、珍しい顔ではあるからな。此処は交易都市だし、冒険者も多いから、新顔が幾らいたって可笑しくはないけど」
「そうなのか」
「冒険者は色々金を落としてくれるのも多いし、愛想よくしとけば、マーケットあたりで何か買って行ってくれるかも知れない。ウルダハとはまた別に、此処も商売っ気は盛んだからな。海上がりも多くて気風が良いのも多いし、人懐こい人もいるさ」
「そう言うものか……」
「荒っぽい連中もいるから、トラブルもあるけどな。街中で起こす奴なら、イエロージャケットが飛んできてお縄だが」


お陰で平和に過ごせる、と男は言う。
確かに、時折荒っぽい声が聞こえる事はあるが、かと言って大騒動が起きているかと言えば、そうでもない。
声のもとを探してみると、海の方に停泊している船の上でどんちゃん騒ぎをしている集団だったり、精々が睨み合いをしている程度で、黄色いジャケットの者が其処に割り入れば、お開きになるものだった。
きちんと統制とルールが守られている、と言うのが判る光景だ。

クライヴがサンドイッチを食べきると、さて、と男は腕を組む仕草をし、


「黒渦団の方に確かめたが、此処らで異変みたいなものはなかったから、やっぱり空振りだったかな。次はグリダニアって所に行こうと思うんだけど────飛空艇がさっき出たばかりなんだ。ちょっと待って貰っても大丈夫か?」
「あんたに任せよう。俺は何も判らないし……」
「じゃあ、次の飛空艇が出る時間まで、ぶらつくか。少し歩くが、国際街商通りの方に行ってみないか?色々あるから、知ってるものが見つかるかも知れない」
「ああ。案内をよろしく頼む」


クライヴの言葉に、任された、と男は胸を叩く。

男に案内されて行ったのは、人通りの絶えない市場の通りであった。
街の喧騒のまさに中心部とも言える其処は、長く伸びた道なりに色々な店が構えられている。
トンネルのような道を少し歩いてみれば、成程、様々なものが此処には集められていた。

大柄な男が豪快な声で客を呼び込む傍ら、気風の良い長身の女性がまた威勢の良い声をかけている。
物々しい武器を持った若者が店の間を行ったり来たりと繰り返したり、小柄で髭を生やした男性が、店の主人を相手に値切り交渉を粘っていた。
どう見ても人間とは違う姿形をした者は此処にもいて、魚の入った魚籠を片手に売り歩きをしている。
かと思えば小さな子供が無邪気な声をあげながら駆けて行き、ぶつかりそうになった大人から、「危ないぞ」と叱られていた。

何処を見ても、沢山の人々が忙しなく行き来している。
そのシルエットが大きいものから小さいものまで様々にあるのを見て、クライヴはやはり、不思議な光景だと思った。


「……良い景色だな。色んな人が、こうも混ざり合って、暮らしていると言うのは。違う所があっても、それを認め合って、自然に並んで過ごせると言うのは……とても、良いことだ」
「そうだな。俺もこの景色は結構好きだよ」


クライヴの言葉に、男が歯を見せて嬉しそうに笑う。
────でも、と言葉が続いた。


「でも、こうなるまでには、色々あったんだ」
「……色々?」
「俺が知ってるのは、俺が冒険者になってからのことだから、古い歴史は話の内でしか知らないけどな。でも、種族だとか部族だとか、俺が知ってるだけでも多かったよ」


そう言った男の目が、これまでの朗らかなものと変わり、何処か痛ましそうに細められる。
往来の邪魔にならないよう、店の隙間の壁際に立って、男は道行く人々を眺めながら言った。


「俺が知ってるのはほんの一握りだろうけど、自分が譲れないものとか、守りたいものとかの為に、何処かで争いが起きていた。姿形が違うとか、思い描いてる理想が違うとか、誤解とか、偏見とか────色々理由はあったな。今でもそれは根付いて離れないものもある筈だ。俺もどうしても譲れなかったから、戦った事は何度もある」
「……この街も、そうだったのか?」
「その筈さ。元々此処は海賊が集まって出来たものだから、時代の変化で海賊が海賊らしくいられなくなって、軋轢が起きた事もあったし。蛮族たちと話が出来るようになったのも、最近だしなぁ……あっちもまだまだ、種族内で揉めてる所はあるんだろうし」
「あんたは、随分とその揉め事の類に詳しいようだな」
「うーん、どうだろうな。ほっとけなくて勝手に首突っ込んでたら、いつの間にか知り合いは増えてたけど」


男はぼりぼりと頭を掻きながら言った。
不思議なもんだ、と呟く男に、クライヴはくつりと眉尻を下げて笑う。


「あんたはかなり、お人好しのようだ」
「さて、どうかな。本当のお人好しってのなら、もっと穏便な方法を探せる筈さ」


クライヴの呟きに、男は自嘲の混じった表情で言った。
その目が一瞬、男の腰に下げられた、立派な意匠が施された剣へと向けられる。


「俺は自分の必要に応じて、突っ走って来ただけだ。でもまあ、背を押してくれた人たちくらいは、護りたい気持ちはあったかな」


そう言って、男は剣の柄に手を遣りながら、目を閉じる。
彼の頭の中には、一体何が巡っているのだろうか。

そう言えば、この街に来た時から、方々で男は様々な人に声をかけられている。
その中に「英雄殿」と言う呼び名があって、随分と大層な呼び名を持っている、とクライヴが思っていると、男は眉尻を下げならそれに手を振っていた。
男は何か言いたげにしながらも、その目には、まあ良いか、と諦めのようなものが混じっていたのを、クライヴは思い出した。


「……あんたも、色々あるようだ」
「そうだな。うん。色々あったよ」


色々な、と反芻させる言葉の中に、男の人生のどれ程が込められているのか、クライヴには知るべくもない。
問うにはあまりに壮大な何かに手を入れるように思えたし、男もあまり、突かれたくはなさそうだった。

男が顔を上げ、目元にかかる髪を、潮風が撫でていく。


「でも、色々あったけど、その色々で逢った人たちの事は、大体は好きなんだ」
「大体は、か」


全てとは言わない所に、男の正直さがある気がした。
それから、男はまた子供のように笑って、


「だから冒険者なんてもんをやってるのさ。色んなものに逢えて、色んなものを知れるから」
「……成程。それは確かに、得難い経験になりそうだ」
「ああ。だからクライヴ、お前と逢えたのも、そう言う冒険がくれた、良い巡り合わせのひとつだと思ってるよ」


真っ直ぐに此方を見て言う男に、クライヴは少々面を喰らった気分だった。


「……記憶喪失で、何処から来たのかも判らないような、怪しい人間だぞ?俺は」
「もっと怪しくて危ない奴を、もっといっぱい知ってるからな。お前なんて可愛いもんだ」


そう言って男は、ぐりぐりとクライヴの頭を撫でる。
唐突なことに目を丸くするクライヴに構わず、男は満足すると、黒髪から手を離した。


「それじゃ、時間も良さそうだし、そろそろランディングに行くか。グリダニアで何か手掛かりがあると良いな」


行こう、と歩き出した男に、クライヴは髪の乱れに手を遣りながら後を追った。





『ひろクラのエオルゼアに倒れていたクライヴがひろしと出会って帰るまでの間』のリクエストを頂きました。
ひろし=冒険者は暁月6.1くらいのキービジュのつもりで書いていますが、それ程設定を詰めてはいないので、ふわっとした雰囲気でお送りしています。

FF14にて行われた、FF16コラボでクライヴがエオルゼアに漂着していた時の話です。
コラボストーリーではクライヴはウルダハとグリダニアを訪れたのみでしたが、折角だからリムサも見てってえええ!!(黒渦団所属プレイヤー)となってたので行って貰いました。
ヴァリスゼアの世界から見ると、エオルゼア=FF14の世界って、見た目も種族もバラバラな人たちが入り混じって過ごしているから、クライヴには大分新鮮な光景なんじゃないだろうか。
時間的には暁月6.0をクリア後の何処か、と言う感じです。なのでひろし、旅してきた想いは色々ありますわねえ……と言う気持ちで書いてます。

[フリスコ♀]夕海の音

  • 2024/08/08 22:10
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



そもそもがインドアな気質であるから、真夏の海なんてものに誘った所で、スコールが諸手を挙げるような性格ではない事は、フリオニールにも判っている事だった。
しかし、アルバイト先の先輩から、厚意で譲られたチケットを無碍にするのも詮無いと、一応の体で、と言うつもりだったのだろう。

貰ったんだけど、どうかな、と眉尻を下げて言ったフリオニールの手には、有名なリゾートホテルの宿泊招待券。
ペアで一組、と記されたそれは、宿泊代の他、朝晩の食事も無料になると言う好待遇だ。
テレビ番組の懸賞だかで手に入ったらしいそれを、ぽいと人に譲るような人物がいるとは、奇特なことだ───いや、フリオニールの人望だろうか。
ともかく、応募したし当たったけれど行くつもりがないらしい先輩は、フリオニールがひとつ年下の恋人と付き合い始めた事について、色々とお節介を焼いてくれているらしい。
そして、生活の為にアルバイトに追われざるを得ず、中々具体的に二人の時間を作るのが難しいフリオニールを慮り、このチケットを寄越してくれたのだとか。
スコールはそれをフリオニールからの話でしか知らないが、随分と面倒見の良い奴がいるもんだ、と思った。

だからフリオニールから、スコールに「夏休みの間に旅行に行かないか」なんて言う誘いが出て来たのだ。
場所は有名な避暑地だし、夏休みなんて何処に行ってもイモ洗い宜しく人混みになっているだろうから、スコールがその手の場所に行かないことは、フリオニールもよく知っている。
それでも、誘う口実が手元に出来てしまったのだ。
だったら一度くらいは誘ってみないと、と思ったのだそうだ。

そんな感じで誘った訳なので、スコールが頷いた時には、フリオニールは大いに驚いていた。
「良いのか?本当に?」と目を丸くしていた彼に、スコールは「……嫌なら良い」と顔を顰めて言ったが、フリオニールは直ぐに「嫌なんて!」と言った。
ただただ驚いたんだと言うフリオニールに、まあそう言う反応になるよな、とスコールも自覚している。
夏休みだからと、開放的に遊び惚ける性格でもないし、街にある遊泳プールにだって、幼い頃に行ったきりだ。
年齢が上がるにつれて、スコールは人混みを避けるようになったし、昨今も猛暑酷暑の日差しを思えば、外で遊ぶより、図書館で過ごしている方が何倍も良い。
フリオニールもよくよくそれを判っているから、スコールが旅行になんて行く訳ないか、とダメ元で一応の誘いをしたに過ぎなかったのだ。

フリオニールは、予想に反したスコールの返事に驚いたが、しかし一緒に出掛けられるのなら喜ばない事はなかった。
きちんとした日程を組み、アルバイトの休みも取って、滞在先となるホテルのアクセスルートや、周辺情報の下調べもした。
スコールは寮に宿泊届を出し、ルームメイトのリノアに揶揄われつつ世話を焼かれつつ、旅行日までに必要となるであろうあれこれを買い揃えていた。

かくしてやって来た小旅行の日、二人は最寄り駅で待ち合わせして、出発した。
普段のデートも滅多に出来ていないのに、いきなり旅行なんて、となんとなく意識してしまってか、往時の二人の間で会話は少ない。
それでもスコールは、隣にフリオニールがいてくれると言うのが嬉しかった。
出発の前に駅前のコンビニで買ったおにぎりを食べながら、車窓に映る景色をぼうと眺めたり、同じように外を眺めているフリオニールの横顔を盗み見たりしているだけで、楽しい。
少女はささやかな楽しみを堪能しながら、束の間の旅路に耽ったのだった。

ホテルは、リゾート地のそれとして名高いことに相応しく、海が目の前にある。
ホテルの裏手から直接海へと遊びに行ける道も整備されていて、正しく真夏に御用達になっていた。
今日も例に漏れず、ホテルの客の多くは、到着早々に海へと繰り出しており、また地元民もよく遊びに行くようで、遠目から見ても遊泳エリアは沢山の人に溢れている。
判っていたことと言えばそうだが、スコールは其処に飛び込んでいくような気にはなれなかった。
フリオニールもそれはよくよく悟っていて、


「観光できそうな施設があるんだ。そっちに行ってみないか?」


と、提案してくれた。

リゾートとして有名な場所だから、やはり海に客が集まるのは当然だろう。
だが、避暑地としても名が知れているからか、其処に限らず人が興味を寄せそうな施設や店はそこここに散らばっている。
スコールが地元でも良く行く図書館だったり、工芸品が展示されている屋内ミュージアムだったり。
少し距離を延ばせば、小さいながらも水族館もあるようで、移動することに苦がなければ、海に限らずそこそこに楽しむことが出来るだろう。

────本音を言うと、避暑地とは言え、やはり暑い日差しの中を歩き回る事には抵抗があった。
だが、そうなると、ホテルで二人きりの時間を過ごすことになる。
宿泊する部屋は、当然ながらペア一組で使うもので、シングルベッドが二つ並んだツイン仕様だ。
それ程豪奢な訳ではなく、ビジネスホテルに比べれば広くゆったりとしている、と言う程度で、後は窓から海を臨めるのが良い、と言う位か。
貰い物の無料チケットで泊まれるホテルの部屋としては、十分贅沢と言えるものだから、何も不満はない。
ないが、まだまだ初々しい、恋人になりたての男女にとって、そんな場所でも二人きりになると言うのは、色々と意識が働いてしまうものであった。

だからスコールは、出掛けようか、と言うフリオニールに頷いた。
二人きりの空間でまんじりと、なんとも言えない空気の時間を過ごすより、気が紛れると思った。
……恐らくは、誘ったフリオニールの方も、同じ気持ちだったのだろう。

そうして二人は、ホテルを中心に、歩いていけそうな範囲をのんびりと散策した。
道行に街路樹が植えられ、並ぶ店々や宿泊施設も、グリーンカーテンをふんだんに使っており、海辺の街と言うこともあってか、都心で過ごす時間に比べると、少し涼しさも感じられる。
工芸品ミュージアムや、小さな水族館をのんびりと見て回ると、太陽は次第に海の向こうへと傾いていた。

夕方になって、もうめぼしい所は見て回ったかとフリオニールが言った。


「そろそろ、その……戻るか?夕飯の時間もあるしな」
「……ああ」


ホテルに戻る、あの二人きりの部屋に────と思うと、勝手に心臓が跳ねる二人だ。
それをお互い、相手に覚られないようにと平静を装いつつ、足を帰路へと向ける。

海辺の方が道が判り易いから、とフリオニールに促されて、二人は海沿いの道を行くことにした。
西日が海の水面に反射して、きらきらと黄金色に輝いている。
浜で遊んでいた海水浴客も、流石にそろそろお開きのようで、各自パラソルやテントを畳んでいた。


「………」


スコールはなんとなく、道すがらに海を眺めていた。
普段の生活で、海をこんなに間近に見る事はないから、少々の物珍しさも働いている。
そんなスコールを横目に見て歩いていたフリオニールは、


「ちょっと浜に降りてみるか?」
「……まあ……そう、だな」


丁度、道路から浜に降りるステップがあった。

さらさらのきめ細かな砂に覆われた浜を少し下れば、波が寄せて返す際まで行ける。
波打ち際で、まだ遊び足りない若者たちが、白波との追いかけっこをして遊んでいた。
無邪気なその声を何処か遠くに聞きながら、スコールとフリオニールも、波の傍まで行ってみる。


「気持ち良さそうだな。ちょっと入ってみるか」
「……水着もないのに?」
「足元だけなら大丈夫だよ」


そう言うと、フリオニールはサンダルを脱いで、素足で波打ち際へと近付いていく。
ざ、と寄せて来た白波が、フリオニールの足首を浚った。


「おお、冷たい。スコールもどうだ?」
「……俺は……」
「暑かったから、ちょっと冷やしていくのも良いと思うよ」
「……」


フリオニールの言葉に、スコールはしばし考える。
街路樹が多かったので、日中の移動は思ったほどに辛いものにはならなかったが、とは言え真夏である。
随所で蝉の声が聞こえる位には夏真っ盛りで、水分やアイスを堪能しながら過ごしたが、籠った熱が体の中に残っているのも確か。
足首を水に浸すフリオにールは、楽しそうで涼しそうで、少しだけスコールに羨ましさを齎していた。

スコールは靴を脱ぎ、靴下も脱いで、素足で砂浜を踏んだ。
日中の熱を蓄えた砂土は、まだまだ冷めるには至っていないようだが、色の違う場所───波が寄せて返す所まで来ると、今度はひんやりとしている。
足の裏に細かな砂土が付着するのを感じながら、スコールは「ほら」と手を伸ばす恋人の下へと向かった。

ぱしゃん、と足元で水が跳ねる。
冷えた感触で足の裏が洗われて、ふかふかと柔らかな砂地に少しだけ足が埋もれた。


「っ」
「おっと」


感触の変わった足元に、ぐらっと体を揺らしたスコールを、フリオニールが受け止める。
ぽすっと頭を押し付けて支えられたスコールの頬には、フリオニールの胸板が押し付けられていた。
長身に、筋肉が引き締まっている事もあってか、遠目に見るとフリオニールは細身に見えるが、こうして密着すると、その逞しい体つきがよりよく判る。
それがスコールの鼓動を無性に早く急き立るものだから、スコールは赤い顔を隠しながら、いそいそと体勢を繕い直した。


「助かった」
「ああ。波って結構力が強いんだな、初めて知った」


フリオニールの言葉に、俺も、とスコールは頷く。

子供の頃、孤児院で一緒に過ごしていた子供たちと一緒に、最寄りにあった海辺に降りた事は何度もある。
けれども、子供だけで海に入ることは禁止されていたし、そうでなくとも、当時泳げなかったスコールは、自ら海に入ろうとはしなかった。
今ではプール授業で泳ぎも覚え、運動や海への苦手意識もないが、今度は海に近付く機会がない。
遊泳プールに海のような寄せて引く波はないから、波打ち際の足元が、こうも不思議な感覚になるものとは知らなかった。

スコールはフリオニールに両手を握られた状態で、足元を見遣る。
ざあ、さあ、ざあ……と寄せては返す波で、足首や足の甲が何度も浚われ、浜砂を巻き取りながら逃げていく感触が擽ったい。
けれども悪い気はしないのは、夏の日差しで火照った身体が、足元から冷えていくのが心地良いからだろうか。


「もうちょっと向こうに行ってみるか?」
「……服は濡らしたくない」
「うん。だから、膝くらいまで」
「……それなら良い」


水に浸かっているフリオニールは、何処か楽しそうだった。
彼も決してアクティブなタイプでもないが、外遊びが苦ではない性格なのだ。
同行しているのがスコールだから、恋人の趣向に合わせて海に行こうとは言わなかったが、本当は海を堪能するのを楽しみにしていたのかも知れない。
彼は内陸の生まれで、水遊びと言えば川だったらしいので、果てのない海の景色に憧れもあると言っていたか。


(……それなら、明日……少しくらいは、海で過ごしてみても……)


結局、今日一日、フリオニールはスコールの希望に沿って行動してくれた。
暑いのが苦手なスコールの為、見て回った施設は殆どが屋内のもので、冷房も効いている。
屋外を歩く時には、「あった方が良いか思って」と日傘まで用意してくれていた。
余りに気が利いて至れり尽くせりなものだから、スコールは反ってちょっとした罪悪感まで沸いてしまう。
自分ばかりが大事にされて、何も返していないのは不公平なのではないか、と。

フリオニールに手を引かれて、膝まで水が浸かる位置に移動する。
膝元をちゃぷちゃぷと水面が遊び、ホットパンツを履いているスコールはともかく、短パンのフリオニールは裾が濡れていた。
だが、フリオニールは全く気にする様子はなく、スコールの顔を見て楽しそうに笑っている。


「……あんた、海、好きだったんだな」


その様子にスコールが呟くと、フリオニールはううんと考える様子を見せつつ、


「そう、だな。そうみたいだ。海に来たのなんて初めてだったから、ちょっと浮かれてるのもあると思う」
「子供みたいだぞ」
「はは、そうかもな。海ってこんなに冷たいんだな、知らなかった」
「まあ、もう夕方だし。冷えてきてるのもあるんだろう」
「夏に皆が海に行きたがるのが判る気がするな。凄く気持ち良い」


無邪気なフリオニールの言葉に、スコールは、やっぱり遊びたかったんだな、と思った。
彼がそうと口にすることは、相手がスコールである以上、恐らくはしないのだろうが。

……それなら、とスコールは言った。


「明日、泳ぐか」
「えっ?」
「午前中の内、ならだけど」


昼日中になれば、太陽が本格的に熱線を注いでくるから、スコールはそれを浴びるのは避けたかった。
そんな気持ちから、僅かな時間で良ければだけど、と提案してみると、俄かに夕焼け色の瞳がきらきらと輝く。


「良いのか?」
「折角の海だろ。全然泳がないで帰るのも何だし。あんた、水着は?」
「あ、え。ええと、ある。使わないかもと思ったんだけど、その、一応……」


しどろもどろに言うフリオニールは、密かな期待をしていた事を吐露する恥ずかしさを感じているようだった。
恋人の趣向を思えば、使わなくともと思ってはいたが、やはり一抹の期待はあったのだ。
それなら尚更、スコールは、使わないまま帰るのも勿体ない、と思う。
何せ、自分も彼と同じ、密かに用意していたものはあったのだから。


「じゃあ、明日」
「うん」
「昼くらいまで」
「そうだな。帰る準備もしないとだし」


明日の朝、ホテルのチェックアウトを済ませたら、海へ。
昼にはまた遊泳客が増えるだろうから、その頃に上がって、何処かで腹を満たして帰路に着こう。
そう言う予定をざっくりと組んで、スコールは明日を楽しみにしているフリオニールの顔を見ていた。

足元だけとは言え、冷え行く水に長く浸かっていると、その内体も冷えて来る。
上がろうか、と手を引くフリオニールに、スコールもついて行った。
濡れた足元を敢えてそのままに靴を履いて、帰ったらスリッパに履き替えよう、と笑う。

それからホテルに戻り、バイキング形式の夕食を堪能した後、部屋に戻る。
其処で二人は、改めて二人きりで泊まると言う環境に、少々ぎこちない一時を過ごすことになるのだが、それはまた別の話として────。
翌日、海辺でお披露目されたスコールの水着姿に、フリオニールが言葉を失うのも、また別の話なのであった。






『海に行くフリスコ♀』のリクエストを頂きました。

泳がずに水辺でぱしゃぱしゃしてる二人は可愛いと思います。
地元と違って自分たちを知ってる知り合いに遭遇することがないし、ちょっとだけ開放的になって、手を繋いだりしている二人。
それでも結構ドキドキしているので、ホテルで二人きりとかもまだまだ緊張する初々しさ。
スコールの水着は、毎度のパターンですが、寮のルームメイトの親友リノアが、この日の為に選ばなきゃ!とコーディネートしたものだと思います。

[ラグスコ]いつか全てを染め変えて

  • 2024/08/08 22:05
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF

※Dom/Subユニバースパロ




あの頃は、自分が“そう”だとは気付いていなかった。

人間の───と言うよりは、生物の本能として根付いた習性は、それがどんな形であれ、可惜に差をつけるべきではないと言われている。
だが、そんな風に声高に言われるようになったのは、時代としてそれ程遠くはないことらしい。
どんな性質を持って生まれたのだとしても、等しく権利はあるべきだと、それは決して、上下や優劣をつけて奪い奪われるべきではないと、そんな風潮が尊重されるようになってから、半世紀も経ってはいないそうだ。
だからだろう、世界は平等を叫びながらも、未だ優劣の色眼鏡はついて回るし、それによる迫害・差別を避ける為に、己の本質については隠そうとする者も多い。
そうしないと、己の意図や意思とは関係なく、奪い奪われが当たり前に起きてしまう。

バラムガーデン、ひいてはバラムの島は、世界の流れからは少々取り残される環境下にある。
だからこそ、バラムガーデンでは、他国に先んじて、新たな価値観を育むことが出来たのかも知れない。
だが、其処から一歩離れて大陸に渡れば、其処にあるのは旧来から根強く続く価値観だ。
其処で初めて触れるカルチャーギャップにショックを受ける生徒もいる傍ら、ああどうりで、と納得と共に古くからの価値観に迎合、染まってしまう生徒も少なくない。

その最たるものが、DomとSubと呼ばれる性質であった。
大きく言えば、Domとは支配するもの、Subとは支配されるものとされ、生物の本能として備わっている性質とされている。
Domは他者を支配することによって充足感を得て、Subは支配されることによって安心を得る。
それは持って生まれた性質ではあるが、その質の内訳となるグラデーションは様々で、両方の性質を持ち常に揺らぎの中で過ごしている者もいれば、いずれにも属さずそもそもそう言った性質への依存のない者もいたり、時には極一遍に強く偏る者もいる。
両者には生物学的な違いや、社会的地位における立場の優劣はないとされているが、とは言え、本能が持つその性質により、聊か歪なパワーバランスが生まれ易い事は確かにあった。

また、この支配するもの・されるものという本質に根付いた傾向は、それが長く満たされない環境にあると、強い抑圧やストレス症状を伴い、Domの場合は攻撃的になり、Subの場合は情緒不安定な恐慌状態を招くことがある。
それは言わば“過度な欲求不満”であり、適度に発散・充足させる事が出来ないと、Domは周囲にあるものを支配しようと過剰に圧力を与える事態も起こり、もしもその場にSubがいた場合、Domが放つ威圧感に本能的に支配されようとしてしまう、意図せぬ服従関係が作られてしまう場合もあった。

スコールが自分がSubだと気付いたのも、その時だ。
まだSeeD試験の参加資格も得る前、酷い苛立ちを隠さずに、生徒に圧力的な指導を与える教師がいた。
元々厳しい教員ではあったが、その日は特に酷く、指導と言うよりも八つ当たりじゃないかと、その授業に参加した生徒たちは思っていた。
何度も声を荒げるその教員に睨まれた時、スコールは突然、膝から力が抜け落ちるのを感じた。
ハードな運動をした後で、多くの生徒がへたりこんでいた所だったから、スコールが崩れ落ちても、疲れの所為だと思われたが、スコール自身は判っていた。
疲労じゃない、立てない、頭を上げることが出来ない────スコールは、Domである教師の放つ威圧感に飲み込まれ、彼へと服従しようとしていたのだ。
その時は、教員の異変に気付いた別の教師が割り込み、授業もお開きとなった後、疲れ切っていた生徒たちには授業終わりまで休憩時間が設けられた。
お陰でスコールの意識はゆっくりと戻ることが出来たが、その時に浴びせられた教員の言葉は、スコールの中に重い枷をかけることになってしまった。


『お前たちは従っていれば良い。逆らおうなんて考えるな。兵士は命令に従うものだ』


それは、兵士のあるべき形のひとつとして、正しいものだろう。
上から齎された命令に従い、駒として動くのが、兵士として求められる役割なのだから。
だが、現実には兵士とて考える力は必要であり、時には命令に背いてでも、目標の為に行動パターンを変えたり、自己の命を護るべき行動を優先せねばならない時もある。
そうした個人の意思力を奪うような指導は危険であると、後にその教員は学園長から指摘され、真偽の所は不明だが、それが理由でバラムガーデンの教職員としての席を追われたとも噂されている。

苛立ちをぶつけるように突き付けられた言葉が、生徒のどれ程に響くものを齎したのかは判らない。
あの日、教員は酷く苛々としていたから、何を言われた所で、多くの生徒は、ただストレス発散に使われているとしか思っていなかっただろう。
だが、スコールにとっては違う。
あれは、スコールにとって期せずして与えられた、Domからの“躾”だったのだから。




未だ内政に不安要素の多いガルバディアのデリングシティで行われる首脳会談と言うのは、その警護に立つ者たちにとって、一瞬たりと気が抜けないものであった。
スコールも大統領の側近位置に立つことから、SeeD服を着用し、終わりまで背筋を正して警戒を続けていた為、常以上に疲れが溜まっている。
それでも、明日の予定を含めた確認を怠る訳には行かず、最後の気力で随伴メンバーとの打ち合わせを行った。

全員の配置の確認と、要注意事項の伝達を終えた時には、予定の時間を少々オーバーしており、しまった、とスコールは密かに舌打ちした。


「────以上だ。0625、出発前に最後の確認を取る。遅れないように」


スコールの言葉に、SeeD達が敬礼と共に「はい!」と返事をする。

打ち合わせの場を離れたスコールは、真っ直ぐにラグナの下へと向かった。
其処に行き付くまでの廊下には、エスタの兵士が等間隔に並んで配置され、警備体制を続けている。
エスタ出発から大統領の直近警護として随行しているスコールは、ノーチェックで大統領の宿泊の為に用意された部屋へと到着した。

ノックを二つすると、鍵の回る音がして、ゆっくりと扉が開かれる。
扉の隙間から覗いた大柄な男────ウォードと目が合うと、強面の目元が少し緩んだように見えた。
中に入るように促され、「失礼します」と断ってから、入室する。

他国の大統領が泊まる部屋とあって、中は広々としており、調度品も上質なものが揃えられている。
そのソファに座って書類を眺めていたラグナが、近付く足音に気付いて顔を上げ、


「お、スコール。打ち合わせ終わったのか?」
「本日分は終了しました」


事務的に答えると、ラグナはそっかそっかと笑みを浮かべる。
それからラグナは、テーブルを挟んで向かい合って座っていたキロスと、スコールの後ろに立っているウォードを見た。
言葉なく目配せのみのラグナの意図を、旧友二人は直ぐに汲み取る。


「では、私たちも休ませて貰うとしよう。スコールくん、大統領をよろしく」
「………」
「はい。お疲れ様でした」


ぽん、と大きな手に肩を叩かれて、スコールは定型も挨拶を済ませた。

キロスとウォードが部屋を出るまで、スコールはじっとその場に立ち尽くしていた。
両手を背中に当て、直立不動の姿勢を取る様は、日中の首脳会談の時と何ら変わらぬ姿である。
しかし、警戒中のそれとは違い、視線だけはじっとラグナ一人を見詰めて離れない。

ラグナは手にしていた書類を片付けると、改めてソファに座り直して、スコールを見て言った。


「スコール、お座り(Kneel)


その言葉が耳に、脳に届いた瞬間、スコールの身体から力が抜ける。
ゆらりと足元が揺れた後、膝が床と平行になり、スコールはぺたんとその場に座り込んでいた。
背に回していた腕も既に力なく垂れて、ともすればそのまま前に倒れ込みそうな体を、床に手をついて支えている程度。
先までの無感情な鉄面皮は溶けたように剥がれ落ち、蒼の瞳はぼんやりとしている。

続けてラグナが「おいで(Come) 」と言うと、スコールはずりずりと下肢を床に擦り付けながら、手で身体を前へとずり動かす。
ゆっくりと近付いて来るスコールを、ラグナはソファに座ったまま、柔く双眸を窄めて見つめていた。

歩けば十歩となく終わる距離を、スコールは這うようにして進み、ようやくラグナの下へと辿り着く。
足元に座り込んだままのスコールに、ラグナは濃茶色の髪をそっと撫でて、


「よしよし。良い子だな」
「………」


子供を褒めるようなラグナの言葉に、スコールの小さな唇から、ほう、と吐息が漏れる。
眦を擽る指先に、スコールは子猫のように目を細めていた。

ラグナはスコールの顔をゆっくりと指で辿りながら、


「今日は……うーん、一時間くらいかな。明日は俺もお前も、お仕事あるしな」
「……ん……」
「だから、一時間が経ったら、止めよう。俺から時計、見えないから、スコール見ててくれな」
「……わかった……」


ラグナの言葉に、スコールは何処か恍惚とした表情を浮かべながら頷く。
それにまた、ラグナがよしよしと、猫をあやすように首元を擽ると、スコールはぞくぞくとしたものが背筋を走るのを感じていた。

熱を灯した蒼の瞳に見詰められ、ラグナは静かに告げる。


「スコール、脱いで(Strip)
「……どう、言う風に?」
「じゃあ、そうだなあ。ゆっくり、見たいかな」


ラグナの指示を受けて、スコールはSeeD服の詰襟に手をかけた。
一番上を止めているボタンを外し、前を閉じているファスナーをゆっくりと下ろしていく。
ウエストを絞っているベルトに引っかかったので、それを外してから、最後までファスナーを下げた。

ジャケットを脱ぎ、その下に着ていたシャツ、インナーも脱ぐ。
靴を脱ぎ、ズボンのベルトに手をかけると、一瞬、スコールの動きが止まって、ちらとラグナの顔を見た。
ラグナが頷いて見せてから、改めてベルトの前を外し、焦らすようにじわじわとボトムを下げて行った。
最後に下着と靴下も脱いでしまえば、スコールはすっかり生まれたままの姿になって、またラグナの足元にぺたりと座る。

じっと見上げる蒼灰色の瞳に、ラグナはそれが求める言葉を読み取っていた。


「よく出来ました」
「………」


ラグナの指がスコールの首筋を撫でる。
スコールはうっとりとした表情で、その感触に身を委ねていた。


「じゃあ……そのまま(Stay) だ、スコール」
「っ……」


ラグナの指示に、ピクッ、とスコールの微かに肩が震える。
言われた通り、そのままの姿勢で身動ぎも封じるスコールに、ラグナは良い子良い子と頭を撫でる。

SeeDであるスコールにとって、クライアントの依頼や指示と言うものは、命令と同義だ。
だが、ラグナの指示は明らかにクライアントとしての枠を越えている。
だからSeeDの班リーダーであり、その組織の指揮官と言うポストに座っているスコールは、行き過ぎたそれには明確に「否」を示さなければならないものだ。
そうしなければ、SeeDと言う傭兵としての商品価値を貶める事にも繋がり、SeeDへの信頼や信用性は勿論のこと、帰属しているバラムガーデンと言う場所を護る術を喪うことになる。

だが、今のスコールにそう言った意識はない。
彼は今、生来から持ち得ているSubの本能に従い、ラグナの指示に従っている。

そもそもがSubの性質を強く持つスコールにとって、他者からの命令や指示に従うと言うのは、本能的に精神に安定を齎すものであった。
その中でも、Domの指示と言うものは、特に従属意識を強く刺激する。
ラグナはDomであり、彼もまた、他者を────Subを支配することを欲求として強く持っていた。
魔女戦争以降、頻繁に時間を共有する内に、それぞれの持つ性質を匂いのように感じ取り、それぞれに渇望していた充足を求めるように噛み合ったのは、自然なことだった────少なくとも、本人たちにとっては。

ラグナに命令を貰うことは、スコールにとって“ご褒美”なのだ。
加えて、従えばラグナは欠かさず褒めてくれる。
Subと言う性質でなくとも、愛に餓えた少年にとって、それは何よりも甘くて美味しい砂糖菓子だった。

そして言われた通りに行動し、指示を順守するスコールの姿に、ラグナも言葉に表せない程の充足感を感じていた。
首筋を指先でくすぐり、露わにされている胸元にまで這わせていくと、スコールはぴくっ、ぴくっ、と四肢を小さく震わせながら、『Stay』の指示を守ろうと努めている。
触れ合いについて経験不足のスコールの身体は、こうした戯れめいたスキンシップに敏感だ。
それでもラグナの触れる手から逃げないようにと努める姿は、いじらしくもある反面、匂いたつ未成熟な性の気配に、ラグナの雄の衝動も刺激する。


「スコール、見せて(Present)
「……っあ……」


ラグナの言葉に、ぞくん、とスコールの身体に熱が奔る。
どくどくと心臓が早鐘を打つのを感じながら、スコールはそっと体を反らして見せた。

頭を上に持ち上げ、天井を仰ぎながら、胸を差し出す格好を取るスコール。
床に座ったスコールが、ラグナに向けてそんなポーズを取れば、何もかもを晒して見せる事になる。
ほんのりと火照った白い肌も、じんわりと蜜を滲ませ始めた下肢も、全て。


「良い子だな、スコール」
「は……、ラグ、ナ……っ」
そのまま(Stay)
「あ……っあ……!」


ラグナの瞳に、重い熱が籠るのを見付けて、スコールは意識が宙に浮かび上がるのを感じていた。
このまま何もかも、ラグナに委ねてしまいたい。
そうしたら、もっともっと心地良い安心感を得ることが出来ると、スコールの本能は知っている。

だが、視界の隅に見える時計は、いつの間にか指定された時間───一時間を越えていた。


(止め、ないと……)


この時間はとても心地良いけれど、行き過ぎると二人とも夢中になって戻って来れなくなる。
そのまま褥まで入ってしまえば、明日の予定に支障が出てしまう可能性もあった。
だからちゃんと止めないと、とスコールの微かに残る冷静な意識が訴える。

この遣り取りを止める方法は判っている。
最初に決めたセーフワードを言えば良い。
それを言えばラグナは絶対に止めてくれると約束した。

─────だが、


「……っ、…………っ」


どく、どく、とスコールの心臓の音が大きくなっていく。
夢を見るように茫洋としていたキトゥン・ブルーの瞳に、じわじわと冷たいものが混じって行く。
ラグナの触れる指の感触に、うっとりと甘い吐息を零していた唇からは、乱れた呼気が零れ始めていた。

セーフワードを、と頭の中で何度もそれを繰り返すが、音になって出てこない。
喉が詰まり、其処に言葉そのものが張り付いたように、スコールは声を出せなくなっていた。

かひゅ、と吐息にもならず掠れた音が零れて、ラグナは目を瞠る。
見開かれた蒼灰色の瞳が彷徨い、其処にいる筈の男すら認識できていない少年の姿に、ラグナの高揚していた感覚が一気にどす黒く燃え上がる。
その瞬間に、スコールの全身は棘の鞭でも打たれたように強張り、


「………っあ………!!」


がくっと体中の力を失ったスコールは、次の時には地面に額を擦り付けていた。
平伏の姿勢を取ったスコールに、ラグナははっと我に返った。


「スコール!スコール、見て(Look) 見て(Look) 、だ。スコール」
「……っ、……!」


身を伏せたまま、がくがくと体を震わせるスコールに、ラグナはその肩を抱え起こしながら『Look』を繰り返す。
抱きこされたスコールの目は、ラグナを避けるように床一点を見詰めている。
それを、両頬を包み込んで頭を上向かせ、ラグナは今一度、強く『見て(Look) 』と言った。

焦点を喪っていた蒼灰色の瞳が、少しずつその恐慌から逃れて、目の前にある翠を見付ける。
それでも言葉を発することが出来ないでいるスコールを、ラグナは強く抱きしめた。
床に二人で座り込んだまま、細身の少年を腕の中に閉じ込めて、ラグナはその眦にキスをしながら囁く。


「大丈夫、大丈夫だよ。うん。セーフワード、言おうとしたんだな。頑張ったな」
「っは……あ……っ、ラグ……、ナ……っ」
「うん、うん。一時間経ってたな。ちゃんと時間を守れた。スコールは良い子だ」


くしゃくしゃとラグナの手が濃茶色の髪を掻き撫ぜる。

スコールの背中は、ぐっしょりとした汗に濡れて、酷く冷たくなっていた。
ラグナはソファに投げるように放置していたジャケットを取って、スコールの肩にかけてやる。

スコールの身体は、全身の力の強張りこそ抜けたものの、虚脱して動ける状態ではなかった。
ラグナはそんなスコールを横抱きにして抱き上げると、整えられたベッドへと運ぶ。
綺麗なリネンの上に下ろされたスコールは、ようやく自分が陥った状態を理解していた。


「ラグナ……俺、また……」
「良いよ。お前の所為じゃないんだから。気付くのが遅れてごめんな」
「………」


謝るラグナに、スコールは小さく首を横に振る。

何年も前に、意図せず刻み込まれた乱暴な“躾”。
その所為でスコールは、本来ならば自分の身と、Domであるラグナとの間で信頼関係を保つ為に必要である筈のセーフワードを、示すことが出来ない。
セーフワードはDomの支配に抗うものでもある為、元々Subには負担のかかる傾向があるが、スコールはその負担が一層重い状態になっている。
このままは危険だから、とラグナは意図的にスコールがセーフワードを発するよう、訓練としての“躾”を意識していたが、未だその効果は具体的には見えていない。

それでも、初めの頃よりは良くなったのだと、ラグナは考えている。
Subと一口で言っても、そのグラデーションは様々で、“躾”だとしても嫌悪を齎す行為はある。
スコールはその一切を示さずに、Domであるラグナの言う事ならばと、無制限に従おうとしていた。
決して無体をしたい訳ではなく、あくまでスコールからの信頼があることを重きとするラグナにとって、スコールは余りにも危うかった。
だから、こうして少しずつ、意識と行動を改善できるようにと“躾”を重ねている。

ベッドに沈むスコールの身体は、ぐったりと重く、指一本も動かせない。
ラグナはそんなスコールの身体を抱き締めながら、布団の中へと潜り込んだ。


「今日はお疲れ様。このまま寝よう。温かいだろ?」
「……ん……」
「……お前の卒業まで、まだ時間もあるんだ。焦らないで行こう。な?」


言い聞かせるように囁くラグナに、スコールは小さく頷く。
触れ合う場所から伝わる温もりが、ようやくスコールの体温を戻しつつあった。

ラグナの指が、そっとスコールの首に触れていく。
いつか其処に、その指でもって証がかけられる日が来ることを、スコールは静かに願っている。






『ラグスコでDom/Subユニバース』のリクを頂きました。

時々この設定の二次創作のものを読んだ事はあったのですが、改めて色々設定を調べて、美味しいなあ………と思って色々詰め込んでしまいました。
Subのスコールにとって、SeeDになるべくして与えられる、授業中の指示だったり、任務の命令だったりは、本能的に従う事に抵抗感がない為、多少理不尽でも黙って従う。
子供の頃からそうやって蓄積された『従うこと』の無意識的な従属に加えて、事故的に浴びたDom教師のGlareが忘れられなくなってしまったって言う状態。
きっとこのスコール、ハードプレイを望むタイプ。しかし危険状態を知らせるセーフワードが言えないのでやばい。
Domのラグナは、支配したいと言うのはあるけど、それより甘やかしたい、自分だけに甘えるスコールを可愛がりたいと言う感じ。スコールに自分以外のDomの躾があると嫉妬する。しかし嫉妬が露骨に出るとGlareでスコールがSub dropに落ちるので、自制もしつつ、スコールをずっと可愛がっていけるように、ゆっくり躾をしている所です。

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