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User: k_ryuto

[ウォルスコ]過日に馳せた想いの丈に

  • 2024/01/11 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



記念日と言うものを、大事にしたがる人間がいると言うことは、知っていた。
今のスコールにとっては自分の誕生日ですらそれほど特別には思わないのだが、ことに父がそう言ったものをよくよく気にする人なのだ。
元々そう言う気質だと言うのもあるが、恐らくは、スコールが子供の時、誕生日を初めとして、様々な行事ごとを喜んでいたと言う思い出があるからだろう。
もうそんな子供じゃない、とスコールは思うのだが、誕生日プレゼントだとか、受験に合格した祝いだとか、入学祝だとか、それに必要なものを探し回る父は、存外と楽しそうで、其処に水を差すのは聊か憚られた。
幼い頃のように、無邪気に喜んで見せられない息子に、どうしてそんなにも、と思う事はある。
だが、差し出されたものを受け取った時、ほっと嬉しそうな表情を浮かべる父を見ていると、彼が飽きない間は付き合っても良い、とは思っていた。

そして子供の頃のスコールも、幼いなりに、父に喜んでほしくて、そう言った行事にあやかることもあった。
まだあの頃は素直だったと自分でも自覚があるので、お絵描きだとか、手作りの金メダルだとか、肩叩き券だとか───子供が一人で準備ができる範囲など知れているから、そう言うものばかりだったと記憶しているが、父はそれを随分と喜んだ。
息子からの贈り物を、大事にするよ、と言った彼は、その言葉通り、今でも幼いスコールが贈った手作りの品々を手元に残している。
経年劣化だって激しいだろうに、絵の具なんて変色もするのに、彼は大事に大事にしまい込んでいた。
スコールにしてみると、朧な記憶に思い出した品々は、照れ臭いのと恥ずかしいのと、あまりに稚拙なので処分してしまいたいのだが、黙って片付けてしまったら、父はきっと悲しむだろう。
だから、自分に見えない所にある分は仕方ないと割り切って、敢えて触れないようにしている。

成長するにつれ、こうした行事ごとへの関心は、スコールの中で薄れて行った。
年始にやってくる父の誕生日については、この時期に開いているケーキ屋を探して2ピースの誕生日ケーキを買い、年末までに確保して置いたプレゼントを渡しているが、それ位のことだ。
世には『某の日』と名を付けて、毎日のように色々な記念日が制定されているそうだが、ほぼほぼスコールにとっては関係のない話であった。

だが、今年からそれも少し変わった。
スコールにとって、唯一無二と言える、心を寄せる相手が出来たのだ。

父ラグナの海外での仕事が増加し、家に帰れる時間が減るにつれ、事実上の独り暮らしと言う生活になったのは、高校一年生になって間もない頃。
小さな子供ではないのだとスコールは問題のないつもりでいたのだが、どうにも過保護な所があるラグナである。
既に一ヵ月の半分も帰るのが精々と言う状態だったのを、ラグナは痛く心配し、自分が母国に不在の間、スコールの幼馴染であるウォーリアの下へと預けたいと言い出した。
判り易く子供扱いされているとスコールは反発したのだが、「だって最近って物騒だろ」と真剣に弱り切った顔で言う父親の後ろでは、正しく一人暮らしの学生を狙った窃盗事件が起きていた。
それなりにセキュリティの固い住まいではあるものの、それでも決して油断はできないのが世の常だ。
“一人にならない”と言うのは、安全を確保する上で十分に有効なことであり、未成年ならば尚のこと、大人の介添えがあることは大きな意味と、犯罪者への牽制として抑止力になる。
だからラグナは、大事な大事な一人息子を、最も信頼できる人物の下へと預けたのだ。

ウォーリアの方はと言えば、スコールよりも8つ年上で、既に社会人として働いている。
スコールは「急に転がり込むなんて迷惑だろ」と言ったが、ラグナはスコールに話す前に、既に彼と話をつけていた。
彼は迷う素振りもなく、あの真っ直ぐな眼差しで「引き受けよう」と言ったそうだ。

そうしてスコールとウォーリアの同居生活は始まった。
父が帰ってくる時は実家に戻るので、ウォーリアの居宅で過ごすのは、月の半分ほどであるが、二人の距離を縮めるには十分な時間が持てた。
元々スコールにとって、ウォーリアと言う存在は特別なのだ。
幼年の頃から、歳の離れた兄のように慕いながら、憧れに混じって無自覚の恋情があり、それが同居生活の中で急速に花開いて行った。
その生活はスコールにとって、時に息苦しく悩みの元ともなっていたが、ウォーリアがスコールの感情を全て受け止めてくれた事で、無事に昇華されることとなる。
不安症のきらいがあるスコールは、様々に過ぎる思いに自ら振り回されることも多いが、何よりもウォーリアが絶対の自信と信頼を持って、年下の恋人を包み込んでくれるのだ。
お陰で、最近はようやく、恋人と共に過ごせる時間と言うものを、スコールは受け止められるようになってきた。

だから少しだけ、特別な日と言うものを作って、意識しても良いかも知れない、と思ったのだ。
それはスコールにとって細やかな思い付きでしかなく、今後繰り返していくかも判らないものだったが、今年くらいは、と。
恋人同士と言う関係になってから、いつの間にか一年が過ぎようとしていたから、折角だから、と。


(……はしゃいでたな、俺)


人気のないリビングのソファに、項垂れるように座って、溜息と共に独り言ちた。

カレンダーの日付に、気付かれないようにと、ごくごく小さくつけた点の印。
色の薄い水色のマーカーで、近付かなければ判らないようにと描いたそれは、スコールだけが覚えていれば良いものだった。
だからそんな判り難い印にしたのだが、そんな事をするのも、今日と言う日を待ちわびるように浮かれていた自分を象徴しているように見えた。

その印がついた日から、三日が過ぎた今日、恋人宅で過ごす時間は酷く静かだ。
いる筈の家主はおらず、間借り的に同居している自分だけがいる空間は、実家で過ごす一人暮らし同然の日々と変わらない。
けれども、本来はそんな予定ではなかったのだ。
少なくとも、カレンダーの日付にマーカーのインクを乗せた時には。


(……そろそろ帰ってくる。飯を作ろう)


家主であり、恋人であるウォーリアは、三日前の朝、出張に行った。
それは急な連絡から決まったことで、病欠の同僚に代わって、席を埋めねばならない為のピンチヒッター。
彼がマーカーの印を、その意味を知らない以上は無理もなく、スコールも伝えるつもりはなかったから、優先すべき事柄で予定が上塗りされてしまうのは仕方がない。
だが、真面目な彼がそれを受け取ったことを聞いた時、スコールは自分が判り易く拗ねた顔をしていた自覚がある。
「すまない」と謝罪とともに頬に触れた手と、彼のアイスブルーの瞳に映る自分の顔の酷さに、喉まで出かかった我儘を飲み込むのが精一杯だった。

そして三日前、まさにマーカーに印がついたその日に、彼は家を空けた。
残ったスコールは、父も帰ってくる予定はないし、実家に帰った所で結局は一人であるから、束の間の一人暮らし再来だ。
たった三日、されど三日のその時間は、もうあと少しで終わるだろう。
帰って来た彼を迎える為にも、いつものように、夕飯を作っておかないと、とようやく重い腰を上げた。

スコールが来るまで、コーヒーを淹れる時くらいしか使われることがなかったと言うキッチン。
今ではすっかり生活臭のある其処で、いつものように料理の仕込みを始める。


(いつも通りの飯で良いよな、もう。どうせ大した日じゃないんだから)


三日前は、少しだけ張り切った食事でも用意しようかと思っていた。
特別に金をかけるようなことはないけれど、厚みのある肉を買っても良いなとか、時間がかかる煮込みものに手間暇をかけても良いなとか、そんな風に。
けれども、何もかもがご破算となり、印の日付も過ぎた今、スコールはすっかり冷静である。
寧ろ冷めてしまったと言っても過言ではなく、今改めて浮つく気にもならなくて、取り敢えず日常へ戻る為の準備をするのが精々であった。

仕事と遠方への往復で、きっと疲れて帰ってくるであろうウォーリアに、せめて温かいものを用意しておきたい。
スープ系で良いだろうか、腹の減り具合が判らないから、具は肉と野菜と織り交ぜて、出す時にどれくらい食べられるかを確認するのが良いだろう。
慣れた手で野菜を刻み、スープの出汁にしながら火を通す傍ら、挽肉にスパイスを混ぜて、一口サイズの肉団子を作っていく。
多めの油で肉団子の表面を焼いた後、スープの具に加えて、弱火でじっくりコトコトと煮込んだ。

実の所、こうしてスコールがキッチンに立つのは、二日ぶりのことだ。
一人で食べる為だけに食事を作ると言う労力をこなす気にはならなかったし、咎める者もいないから、小さなコンビニ弁当で十分だった。
朝はパン一つとインスタントのコーヒーで済ませ、昼については食べていない。
元々、自分自身が食事にこだわりがある訳ではなく、一食程度は抜いても問題ないタイプだ。
同居人が───父にしろ、恋人にしろ───心配するから、きっちり三食、食べられる程度に食べている、と言うのがスコールの食への意識である。
それに加え、恋人が向かいにいない、と言う環境での食事がどうにも落ち着かなくて、然程に食欲も沸かなかった。

でも、今日はもう日常に戻らねば。
今日の昼も食べていない、なんてことが恋人に知られたら、きっと困った顔をさせるに違いない。
彼はスコールを滅多に叱る事はなかったが、その代わり、なんと言ったら良いものか、と言った風に眉尻を下げる事があった。
傍目にはあまり表情が変わっていないように見えるそうだが、付き合いが長く、彼をよく知っているスコールにはすぐ判る。
ああ、困らせている───と悟った瞬間、スコールの心は急速に申し訳なさで萎むものであった。


(綺麗な顔してる癖に、あんな表情するから、すごく悪いことをしてるような気分になるんだよな……)


くつくつと煮込んだ鍋をくるりと掻き混ぜながら、スコールは思う。
元より自分の我儘が顔に出るのが原因であることは判っているが、あの顔であの表情はずるい、と。

メインのスープに、サラダの新しい作り置きも出来て、あとは予約時間に米が焚ければ良い。
あとは帰ってくるのを待つだけ、とキッチンの片付けも終えて、水気のある手をタオルで拭いていると、帰宅の合図に玄関の鍵が鳴る音を聞いた。


(帰って来た)


浮つく気持ちなどとうに萎えた癖に、急にそわりと足が動いた。
急ぐようにキッチンを出て、玄関へと向かえば、靴を脱いでいるスーツ姿の恋人───ウォーリアがいる。


「おかえり」
「ああ、ただいま」


普段から無精にしている銀色の髪が、今日はすこしばかり草臥れている。
疲れていると判る眦が、此方を映した一瞬、柔らかく細められたのを見て、スコールは少し嬉しくなった。

床に置かれていたウォーリアの鞄を拾って、いつものように、彼の上着も脱がせようとした時だ。


「スコール」
「なんだ」
「これを君に」


そう言ってウォーリアは、上着のポケットから小さな箱を取り出した。
シンプルな紺色で、ウォーリアの大きな手には収まるサイズのそれは、控えめで上質な光沢を帯びている。
恐らくはジュエリーボックスと思われるが、唐突に差し出された箱に、スコールはぽかんと立ち尽くした。

ウォーリアは、口を半開きにしているスコールの手を取り、そっと箱を其処に重ねる。
手のひらに触れたものの感触に、ようやくスコールがそれを握ると、ウォーリアの唇が優しく緩んだ。


「これ……なんだ?」


ぴったりと口を閉じている箱を見つめて問うスコールに、ウォーリアは三日ぶりの恋人の頬を撫でながら、


「指輪だ」
「は?」
「君が好むものとは趣が違うと思うが、良ければ受け取って欲しい」


突然の出来事に、益々目を丸くするスコールを、ウォーリアは細めた瞳でじっと見つめている。
平時、その顔の整いようも相俟って、目力の強さに他者を圧倒することが多いウォーリアだが、スコールを見つめる眼差しはいつも優しくて慈愛に溢れている。
それがスコールには、未だに気恥ずかしさを誘うものがあるのだが、今この時ばかりは、そんなことに意識を攫われる余裕もなかった。

スコールがそうっと箱の蓋を持ち上げてみると、贈り主の言葉通り、飾り気のないシンプルなシルバーの指輪が納められていた。
よくよく見ると刻印が施され、スコールとウォーリアの名がイニシャルで彫られている。
一切の曇りのない銀色の光沢は、その指輪がとても品質の良いものであることを示していた。


「……これ……」
「本当は、三日前に渡そうと思っていたのだが」
「……三日前?」
「あの日、朝か、帰った時にこれを君に渡そうと思って、鞄の中に入れたままにしていた。結局それが出来ずに、持って行ってしまっていたから、帰ったらまず先に渡さねばと思っていたのだ」


そう言えば、とスコールは朧な記憶を辿ってみる。

その日は、朝から慌ただしかった。
緊急の代理として仕事に向かわなければならないと決まったのは、前日の夜のことで、ウォーリアはものの数時間で出張に必要な物事を整えなければならなかった。
出発の時間も迫り、とにかく忘れ物がないことだけを、二人で再三に確認して、ようやく彼は家を出る。
あの時、家を出ようとする直前に、ウォーリアが何か物言いたげな顔をしていたような気がしたが、それより仕事を遅らせる方が良くないと、強引に背中を押し出した。
ウォーリアは玄関を出ると、既にマンションの下に止まっていたタクシーを見付け、急いで降りて行った。
だから、こんなものをウォーリアが持っていたなんて、スコールは全く知らなかったし、思いもしていなかった。

そう言った経緯があって、今此処に至るのだと言うウォーリアに、スコールは、


「……そう、か。いや、それよりあんた、三日前って」


突然のプレゼントが、どうして今この時に渡されたのか、それは判った。
だが、そもそも、ウォーリアが何故これを用意したのか、と言う点が不明瞭なままである。

スコールの脳裏に、カレンダーにつけていた密やかな印が浮かぶ。
けれど、その日は何か判り易いことがあった訳ではなく、ただ自分が勝手に意識をしていただけのもの。
きっと他の誰も気にしはしないと、スコールはそう思っていたのだが、


「一年前のあの日、君は私に自分の気持ちを伝えてくれた。だから今度は、私が君に伝えたいと思ったのだ。私にとってあの日はとても特別なものになったから、今度は君に、その喜びを感じてくれたらと」


ウォーリアの言葉に、スコールの瞳が徐々に大きくなって行く。
そんな彼の前では、ウォーリアが眉尻を下げ、「結局、酷く遅くなってしまったのだが…」と申し訳なさそうに呟いているが、それは殆ど聞こえなかった。

ばくばくと鳴る心臓の音が煩い。
ああ、こんな事ならちゃんとやる気を出して、あの日の本来の予定のように、もっと豪華な夕飯にすれば良かった。
浮つく気持ちが冷めていた自分に、何をやっていたのだと手のひら返しをしながら、スコールは目の前の男に抱き着いた。
スーツ越しにも分かる熱い胸板に顔を埋め、真っ赤になった顔を隠す少年を、ウォーリアはくすりと笑って、その背に腕を回す。


「スコール。私の気持ちを、受け取って貰えるだろうか」


問う声は、きっと敢えてのことではなく、真摯に聞いているのだろう。
指輪はスコールの趣味とは違うし、本来の予定からもズレているしと、ウォーリアにとってもきっと予定は滅茶苦茶になっているのだ。
それでも渡したいと、スコールに想いを伝えたいと、愚直なほどに真っ直ぐな眼差しに、スコールは胸の奥と一緒に目尻まで熱くなる。

問いの返事は、音に出来そうになかったから、無音と唇に乗せて明け渡した。




1月8日だったので。
諸事で書く時間が取れなくて完全に遅刻ですが、やっぱり書きたかったので書いた。

スコールは記念日と言うものは意識するほど意識しなくちゃいけなくなるので面倒臭い、ウォーリアは人の記念日ならば相手を尊重する気持ちで意識するけど自分個人のことには特別性を持たない。
と言う二人だった訳ですが、晴れて恋人同士になれた日のことは、思い返すとやっぱり特別だと意識するようになって、某かこっそり準備したりしてると私が楽しい。

[8親子]キープアウトの理由は秘密

  • 2024/01/03 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



コーヒーブレイクをしようとキッチンに行ったら、末っ子と娘に「入っちゃだめ!」と怒られてしまった。
だめだめ、入らないで、見ないで、とぐいぐいと押し出す力に、おやおやと思いながら後ろ足を数歩。
その時、キッチンの奥からは、ほんのりと甘い香りが漂っていた。

仕方がないので自室に戻り、休憩のつもりで途中にしていたパソコンの前に座り直す。
しかしどうにも集中できなくて、なんでも良いから摘まみたいなあ、と思っていると、ノックが聞こえた。
寂しがり屋の末っ子がいつでも入って来れるように、部屋のドアは滅多に鍵をかけていない。
今日も相変わらず鍵は開けたままだったから、「開いてるよー」と返事をすると、ドアを開けたのは長男だった。


「コーヒー、持って来たよ。俺が淹れたから、味はちょっと判らないけど」
「お。ありがとう、レオン」


気の利く息子の手には、コーヒーとクッキーを乗せたトレイがある。
パソコンの置いてあるテーブルの端にそれを置いて貰って、早速コーヒーに口をつけた。
普段、妻が淹れてくれるコーヒーに比べると、それは少しばかり苦味が強かったが、


「うん、美味いよ。レオンは何でも上手に出来るなぁ」


褒めちぎる父の言葉に、思春期なレオンは少しばかり恥ずかしそうに眉尻を下げて苦笑する。
ラグナはそんな息子の顔も気にはせず、淹れたてのコーヒーの香りと味を楽しんでいた。


「さっきキッチンに皆いたみたいだけど、何かしてるのか?」
「ああ───まあ、うん。色々と」


雑談の気持ちで言ったラグナに対し、レオンの返事は少しばかり拙い。
なんでも判り易く、はっきりと返事をしてくれるしっかり者の長男にしては珍しい反応だ。

レオンは閉じた部屋のドアを見遣って、ふむ、と口元に指を宛てている。
何かを考えている時の仕草だと、ラグナは彼の考え事が住むのを、クッキーを齧りながらのんびりと待つ。
クッキーは妻が子供たちの為に、週に一度は焼いてくれるもので、練り込まれたアーモンドの風味が美味しい。
残り二枚をさっさと食べてしまうのは勿体無いなと、コーヒーの当てにのんびり食べようと思う。


「……父さん」
「ん?」
「今日の仕事は忙しいか?」
「其処まででもないよ。どした、なんか用事ある?何処か行きたいなら、車は出せるよ」


年始のこの時期、いつも子供たちが遊びに行くような遊戯施設は、大抵、休みの看板を掲げている。
昨今は早い内に店が開くことも多いものだが、もう後一日くらいはしないと、平常の運営体制には戻らないだろう。
だからこそのんびりと休める人もいるものの、元気のあり余った子供たちにとっては、家で過ごすことに飽きてしまうのも儘あること。
ちょっと離れた場所にある運動公園なら、時期に限らず遊べるし、ラグナの気分転換も兼ねて、ちょっとドライブに出掛けるのも良いだろう。

と、ラグナは思ったのだが、レオンは緩く首を横に振った。


いや、そう言う訳じゃないんだ。ただ、その───」


レオンは少し言い難そうに言い淀み、言葉を探して視線を彷徨わせる。
が、結局は遠回しな言い方に意味はないと思い、一番判り易く言った。


「悪いけど、今日はキッチンとリビングには来ないで欲しいんだ。俺達が入って良いって言うまで」
「んん?」


息子の申し出に、ラグナはことんと首を傾げた。

レウァール家にとって、キッチンは一家の生活の中心である母レインの城である。
其処に在るのは、設備も道具も、レインがこだわって選んだものばかりだから、物によってはお触り禁止のアイテムもあったりする。
とは言え、基本的に躾の良い子供たち────母の手伝いに慣れたレオンは勿論、追ってそれを援けるエルオーネ、兄姉の真似事が楽しい年頃のスコールと、彼等が台所ものものを勝手にあれこれと触ることは先ずない。
そしてラグナはと言うと、台所には妻お気に入りの茶器が多くあることを知っているから、コーヒーを自分で淹れる時以外に、其処に入ることはなかった。

反対にリビングはと言うと、一家の憩いの場所として、其処にはいつも人の気配が絶えなかった。
子供達は既にそれぞれの部屋があるのだが、自分の部屋で勉強に集中することがあるレオンは別にして、エルオーネはまだまだ見守る目がないと宿題に手を付けない事が多い為、リビングで勉強道具を拡げていることが多い。
スコールは寂しがり屋で、一人で過ごすことが苦手だから、必ず誰かがいるであろうリビングにいた。
そしてラグナも、持ち帰った仕事に集中すると言う時を除けば、リビングで子供達と一緒にテレビを見たり、ゲームをしたり。

キッチンはともかく、リビングに入らないでくれと言うのは、中々珍しいお願いだ。


「入らないでくれって言うなら、そりゃあ構わないけど。なんで?」
「なんでと言われると、俺からはちょっと……」


純な疑問を訊ねてみれば、レオンはまた眉尻を下げて言い淀む。
弱り切った表情を浮かべる長男であったが、その表情は困ってはいるものの、切羽詰まっている程でもない。
ただ少しばかり、言い難い、或いはあまり言いたくない、と言う雰囲気が滲んでいる。

ラグナが首を傾げていると、コンコン、とドアをノックする音がした。
ラグナが「はーい」と返事をすると、ドアノブがカチャッと回って、開いた隙間からくりくりとした蒼灰色がそぉっと覗き込んで来た。


「おっ、スコール。どした?」
「……」


顔半分を覗かせる末っ子は、もじもじとした様子で此方を見ている。
円らな瞳が忙しなく動いて、どうやら父と兄とを交互に見ているようだった。
物言いたげなその様子に、ラグナは何度目か首を傾げていたが、兄の方は弟の視線の意味を察したらしく、


「ああ、すぐ戻るよ」
「うん」


兄の言葉を聞いて、末っ子はほっとした表情を浮かべる。
スコールはきょとんとしている父の顔を見ると、ひらひらと手を振って、ぱたんとドアを閉めた。

ぱたぱたと小さな足音が聞こえなくなってから、さて、とレオンが軽く伸びをする。


「じゃあ、俺も戻るよ」
「戻るって、キッチン?」
「ああ」
「何してるんだ?さっきも皆いた気がするけど」


どうやら今日のラグナはキッチンに立ち入り禁止令が出ているようだが、ついさっき、コーヒーを求めて入った時には、其処には家族皆が揃っていた。
キッチンの主であるレインは勿論、ラグナを其処から追い出したエルオーネとスコール、そして今こうして向き合っているレオンも。
皆がいるのに自分は入っちゃ駄目なんて、となんとなく寂しくなって拗ねた顔を作る父に、レオンはまた困ったように眉尻を下げて苦笑を浮かべる。


「何と言われても。秘密だから言えないんだ」
「秘密?」
「ああ。秘密」


そう言って肩を竦めるレオンの眼は、秘密があると明かす事で、これ以上の質問は勘弁して欲しい、と訴えている。


「キッチンが終わったら、次はリビングなんだ」
「次?」
「全部終わったら、ちゃんと呼ぶよ」
「うーん」
「順調なら夕方には終わると思う」
「夕方……」
「晩ご飯は作らないといけないし。だから多分、それまでだと思うんだ」


何をしている、とレオンは決して言わなかった。
なんとなく、そう言う風に妹や弟と約束しているのだろうな、とラグナは感じ取る。
まだまだ幼い二人に比べると、よくよく周りを見て気遣いの出来る兄だから、“何か”を楽しんでいる妹弟の邪魔をしたくはないのだろう。
その為に、少々仲間外れにする事を許して欲しい、と妻とよく似たお喋りな瞳は言った。

皆が一所に集まっているのに、自分は其処に行ってはいけない、というのはラグナにとってなんとも寂しいものだが、“何か”を精一杯に隠そうとしている子供達の気持ちを無碍には出来ない。
何より、今ばかりは仲間外れになってはいるが、母も傍にいるようだし、彼等のことだ。
決して悪いことを企むようなことはしないと信じているから、ラグナもまあ良いか、と思うことにした。


「行っても大丈夫になったら、呼んでくれるんだよな」
「ああ」
「判った。じゃあそれまで、此処でお仕事頑張ってるよ」
「ありがとう。コーヒーのお代わり、あった方が良いか?」
「いや、大丈夫。そんなに長くやるつもりもなかったからさ」


仕事は締め切りがあるからと手を付けたが、幸いにも、明日明後日までに仕上げなければならない程に急いではいない。
今日の内に出来ることも限られていたものだし、それだけ済ませて置けば良い。
後は、夕方までどうやって時間を潰すか、そんな平和な悩みが追加されただけだ。

父の言葉に、レオンは「そうか」と言って、今度こそ部屋を出ていく。
ドアを開けると、中々帰って来ない彼に焦れたのか、兄の名を呼ぶ妹弟の声が聞こえた。


「レオン、早く。生クリームが溶けちゃう」
「お兄ちゃん、お母さんがチョコペンのチョコ、準備できたって」
「悪い、今戻るよ」


レオンが返事をすると、スコールとエルオーネの「早くね」と言う声があった。

恐らくは、その声もラグナは聞かない方が良かったのだろう。
しかし高くてよく通る子供達の声は、部屋の奥にいたラグナの耳にもしっかり届いてしまっていた。


(生クリームと、チョコ)


子供達にとっては、大好きなおやつだ。
レインはよくそれらを使って、見た目も華やかなデザート作り、子供達の目と舌を虜にしている。
とは言え、おやつを楽しむ為に皆がキッチンに集まると言うのもないだろう。
それなら子供達はリビングにいるだろうし、ラグナだけ仲間外れにされる事もない筈。

何してるんだろうなあ、とラグナがパソコンに向き直ろうとして、その前に目に入ったのは、壁掛けのカレンダーだ。
三日前に新しくなった月別カレンダーの、今日を差す日付が、まるでラグナを導くように目に留まる。

ぱち、ぱち、ぱち、とまるでパズルのピースが嵌るように、ラグナの頭の中で、情報が一つの形を成していく。


「─────あ」


思わず零れた声は、ドアを目る間際の息子の耳に届いたらしい。
振り返ったラグナが見たのは、人差し指を口元に宛て、小さく笑う息子の顔だった。

静かな部屋に一人残されて、ラグナは頬が判り易く緩むのを堪ええられない。
きっと気付かない方が、思い出さない方が良かったのだろうと思うが、判ってしまったものは仕方がなかった。
ならばせめて、何も思い出していない事にして、次に子供達が呼びに来るのを待つとしよう。
そして子供達が一所懸命に準備してくれたものを見て、目一杯に驚いて喜んでやろうと心に決めた。



レオンが淹れてくれた少し苦いコーヒーを飲みながら、頭が冴えてしまったのはこれの所為なのかな、と笑った。




ラグナ誕生日おめでとう、と言うことでうちの8親子ファミリーで。

ラグナが自室で仕事に勤しんでいる間に、皆でケーキとおめでとうパーティの準備をしている訳です。
その真っ最中にラグナがキッチンにやって来たので、ケーキを焼いてた子供達が大慌てして、「入っちゃダメ!」になったんですね。
なんだかんだで察しちゃったラグナですが、どんなことをしてくれるのか、どんなケーキを頑張って作ってくれているのかは知らないので、楽しみに待ってる。

[16/シドクラ]変わらぬ日々に特別を



いつからソリを引いてやって来る白髭の存在を信じなくなったのかと言われると、さて、と思う。
そもそも、初めから信じていたのかさえ、思い返してみると曖昧であった。
ただ、それを真っ向から否定するような言を使った事もなかった筈だ。
それは一重に、5歳年下の弟の存在があったからで、彼がそれを信じている間は、決して否定はすまいと思っていた。
素直な弟は随分と長い間それの存在を信じ、今年は来てくれるかな、と無邪気な表情で兄に聞いていた。
その度に、お前は良い子だから来てくれるよ、と答えるのが常だった。

もう随分と昔のことだ。
弟も今では大学院生で、流石にあの頃のように無邪気な年齢ではないし、街の軒先を飾るリースを見て、夢物語に思いを馳せることもない。
自分に至ってはそろそろ三十路になる歳で、世間の其処此処で華やぐムードがある今日も、相も変わらず仕事をしている。
今日と言う日でも止まる事のない公共交通機関であったり、人々の生活を明るく照らす電気であったり、そう言うものに従事している人間は案外と何処にでもいるものだった。
それでも赤白緑と、この時期特有のカラーに飾られ、七色に光るイルミネーションに飾られた街の浮かれ振りを見る度に、ああなんでこんな日にまで、と憂う声も聞こえて来る気がした。

クライヴはと言うと、いつも通りに定時に上がって、会社を出た。
幾つか前倒しに終わらせようとしていた案件はあったのだが、社長であり、同居人であるシドから、「クリスマスだぞ。帰って美味い飯でも作っといてくれ」と追い出されたのである。

帰り道にある行きつけのスーパーで、普段よりも少しばかり豪華な買い物をして、自宅に帰る。
夕飯の準備をしていると、携帯電話が鳴ったので確認してみると、メールが二通。
一通は弟から、「プレゼントをありがとう」と言う一文と共に、新品のマフラーの画像が添えられている。
今日と言う日の為に、クライヴが彼に当てて送ったクリスマスプレゼントだ。
それから、年末までに何処かでディナーでも行こう、と言う誘いがあって、都合の良い日を教えて欲しいとあった。
本来ならば今日、と言う予定があったのだが、お互いに上手く都合がつかなくて先延ばしになった。
クライヴは改めて日程を確認し、返信メールを送っておく。

それからもう一通は、動画付きのグリーティングメッセージで、再生ボタンを押してみると、同居人の娘───ミドがクラッカーを鳴らして「メリークリスマス!」と高らかに謳った。
動画に映るミドが着ているカーディガンが、シドが唸りながら選んで贈ったものだと気付いて、クライヴの唇が緩んだ。
ミドのメールは、きっと同じものが同居人の元にも届いているだろう。
今日と言う日を祝う言葉と共に、返信のメールを送信した。

夕食を作る手を再開させ、二品目、三品目と出来た所で、ちょっと量が多いか、と気付いた。
クライヴはそれなりに食べる方だが、シドはと言うと、摘まみになるものはそこそこ食べるが、重くなるものは得意ではない。
それをぼやいていた時、歳か、と言ったら、お前も直にそうなるぞ、と脅して来た。
いずれは辿る道かも知れないが、今の所はそう言う気配もないので、その時の遣り取りは、クライヴが肩を竦めて終わった。
と言った会話も思い出したのだが、


(まあ良いか。クリスマスだし)


パーティを開く程にはしゃぐことはないが、さりとていつも通りの夕飯と言うのも詰まらない。
これ見よがしな鶏の丸焼きを出す訳でなし、品数が多い位は構うまい。
偶には華やかに見える食事を用意するのも楽しいものだと、開き直ることにした。

折角だからワインでも開けようか、と考えていると、玄関から家主の帰宅の音が鳴る。
キッチンからひょいと顔を覗かせてみれば、寒さに赤らんだ顔がクライヴを見付け、


「おう、帰ったぞ」
「ああ」
「良い匂いがしてるな。美味そうだ」
「あんたが作れって言ったからな」


シドはマフラーを解きながらダイニングに入り、其処に並んだ料理を見て苦笑した。


「お前、張り切り過ぎじゃないか?」


バジルソースを添えたトマトとチーズのカプレーゼ、バゲット入りのオニオンスープ、スーパーで今日の為とばかりに売られていた厚みのあるローストビーフに、ミートソースのパスタ。
加えてデザートにと、ヨーグルトにブルーベリーソースとシリアルを添えて並べた。
普段は主食に沿えてサラダとスープ、あとはもう一品軽いもの、と言う具合だが、今日は随分と賑やかな食卓だ。

呆れ気味の表情を向けて来るシドに、クライヴは開き直って、


「良いだろう、クリスマスだし」
「だからってな。ミドがいるならともかく、食い切れんだろう」
「明日も食えば良いさ」
「やれやれ。作るのが楽しかったんだな。仕方ない、無駄にならんようにするか」


眉尻を下げて笑いながら言うシドに、是非そうしてくれ、とクライヴも言った。

折角だから開けよう、とシドがセラーから出して来たワインを開けて、のんびりとした夕食の時間。
特別なのは並ぶ料理が少しばかり豪華と言うくらいで、其処で交わす内容が何か特別になる訳でもない。
それでもなんとなく、満足感と言うのか、幸福感と言うのか、そう言うものをじんわりと感じる。
くすぐったさまで感じさせるそれを、目の前にいる男に悟られないように、クライヴはいつも通りに食事を進めた。

食べ切れないと言った割りには、シドはそこそこ食べてくれた。
パスタは一人分よりも少なめに、あとは食べたい分だけ摘まめるようにしたのと、ワインのお陰だ。
余った分はタッパーに移し、冷蔵庫に入れて、明日の夕飯にすれば綺麗になくなるだろう。

さて、とクライヴが食器を片付けようとキッチンに向かおうとした所で、


「クライヴ。片付けなら俺が引き受けるから、お前はあっちだ」
「あっち?」


呼び止めたシドの言葉に、クライヴはことんと首を傾げる。
あっち、と言ってシドが指差した先には、リビングソファに置いたシドの鞄がある。
それはクライヴにも見慣れたものであったが、その傍らに、小さな白い袋が置かれていた。

シドがさっさとキッチンに行ってしまったので、クライヴは首を傾げつつ、袋を手に取った。
赤いリボンで封をされた袋には、薄い金のインクで『merryXmas』と印字されている。
クライヴはしばらくそれを眺めていたが、


「シド。これ、開けて良いのか」
「ああ」


一応の確認に訊ねてみれば、思った通りの返事があった。

リボンを解いて中のものを取り出すと、シンプルな黒の長方形のジュエリーボックス。
手触りの良い箱に、そこそこ良いものなんじゃないか、とクライヴは眉根を寄せた。
蓋を開けてみれば、鈍銀色のチェーンに、赤紫色に光る石が連なっている。
アクセサリーとしては渋い色合いだが、派手にならずに落ち着いた品位を漂わせたそれは、ファッションとしてもそれなりに上級者向けのデザインをしていた。
当然、クライヴにとっては馴染もないものであったが、決して安い値段でないことは分かってしまう。


「シド」
「お前に合いそうなモンを探してみた。ま、気が向いた時にでもつけてみろよ」
「それは───その、ありがたい、が。急にこんなもの」


戸惑う表情を浮かべるクライヴに、シドはくっと笑う。


「おいおい、クリスマスだぞ。恋人ヽヽにプレゼントを渡すのに、これ以上の理由はないだろう」
「……!」


シドの言葉に、クライヴの存外と幼さの残る顔に朱色が差す。
あ、う、と返す言葉に詰まって口籠る青年に、シドはくつくつと笑いながら、手許の食器の泡を流していた。

クライヴは赤らんだ顔をどうにか宥めて(それでもまだ赤かったが)、ふう、と一つ息を吐く。
落ち着いて手元の宝玉を見て、また別の理由で眉根を寄せた。


「俺、あんたに何も用意していない」
「ああ、気にするな。そいつも、俺の気紛れみたいなもんだからな」
「……だが……」


宥めるシドであったが、クライヴの表情は晴れない。
そんなパートナーに、大方の予想はしていたが、やっぱり律儀な奴だなとシドは呟いて、


「良いさ。お前からの分は、あとで貰うつもりだからな」
「あと?……だから、俺は何も───」
「別に物を渡すだけがプレゼントってもんでもない。色々あるだろ、色々な」


念を入れるように重ねて繰り返すシドに、クライヴはぱちりと瞬きを一つ。
それからしばらくの沈黙の後、シドの“あと”と“色々”の意味を理解して、収まりかけていた頬の熱が一気に再燃した。

沸騰したように赤くなった顔で、じろりと睨んで「……スケベ親父」と憎まれ口を叩くクライヴに、シドは理解したのならお互い様だと返したのだった。


クリスマスと言うことで。

基本的に家族を大事にする二人なので、それぞれジョシュアやミドと何か約束とかしてそうだなーと思いつつ。
それはまたの機会に書ければなと、今回は二人で過ごすクリスマスを書きたかった。
あと顔真っ赤にしたクライヴに「スケベ親父」って言わせたかった。察してしまったのでお互い様。

[絆]内緒のプレゼント・ルーレット

  • 2023/12/25 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



クリスマスと言えば、スコールとティーダにとって、毎年楽しみにしているものだった。
一番はサンタクロースが来てくれる事で、毎年欠かさずやって来てくれるそれに、嘗ては「いない」と思っていたティーダも、今やすっかり当たり前にその存在を信じている。
その影で、兄と姉と、今はザナルカンドで過ごすティーダの父親が、いそいそと忙しく準備に駆け回っている事を、弟達はまだ知らない。

彼等が一番の楽しみにしているのは確かにサンタクロースだが、それ以外にも、彼等の心を引き寄せるものは多い。
例えば、街を歩いていれば必ず目に付く、華やかで楽しそうな飾り付けの数々。
店先に植えられた木々や、小さなプランターにも飾りが施され、夜になるとチカチカち光る電飾も少なくない。
平時のバラムは海辺の穏やかな街に過ぎないが、この時期ばかりは判り易く浮かれてくれた。
街で一等背の高いバラムホテルにある街頭テレビにも、度々クリスマスの時期を報せるニュースが流れ、限定アイテムの販促にも余念がなかった。
バラムガーデンは一足先に冬休みに入るのだが、その前から売店や食堂は華やかに飾られる。
街に住んでいるスコール達は噂にしか聞いていないが、なんでもクリスマス当日には、限定メニューとしてケーキも食べられるらしい。
実家が遠いとか、長期休暇でも家に帰るのが難しい学生達にとっては、ガーデンからのささやかな贈り物と言う訳だ。

そう、ケーキ。
まだまだ甘いものの誘惑が恋しい子供達にとっては、ケーキも楽しみの一つだ。
スコールにとって、それは元々、孤児院にいた頃からの習慣で、クリスマスには決まってママ先生ことイデア・クレイマーがケーキを手作りしていた。
市販のケーキよりもシンプルな作りをしたそれが、実は店売りのものよりも美味しいのだと知っているのは、それを食べたことがある子供達だけの思い出だ。
ティーダはママ先生のクリスマスケーキを食べた事はないが、レオンの下で一緒に暮らすようになってから、折々に彼女が兄弟一家の様子を見に来てくれるお陰で、彼女の手作り菓子にすっかり舌が肥えている。
ママ先生のお菓子作りの腕には定評があって、子供達にとってそれを食べる機会は、幾らあっても足りない位に楽しみなものだった。

其処で、スコールは思い立ったのだ。
今年のクリスマスには、ママ先生に教えて貰って、自分たちでケーキを用意しよう、と。

孤児院がその役割をバラムガーデンへと移すまで、ママ先生は毎年、ケーキを作っていた。
時には十人前後にもなる子供達を満足させ、且つ好き嫌いが激しかったり、時にはアレルギーを持っている場合もある子供達に平等に食べさせてやるには、当時は手作りしてやるのが一番だったのだ。
レオンはその手伝いをしていたこともあるお陰か、菓子作りにも多少なりと知識がある。
とは言え、バラムガーデンを開き、レオンと妹弟が其処から巣立ってからは、流石に手作り菓子に精を出す暇はなくなってしまった。
バラムの街にケーキ屋もあるし、兄弟三人───今では四人───がケーキを食べるのに、ホール一つはやはり大きい。
よく食べるティーダが平らげてくれる事もあるが、ケーキのみで腹を膨らませるのは、やはり如何なものかと言うのが、保護者的立場の考えである。
時間と手間の問題と、勿体無いと言う気持ちも重なって、今では一人一ピースのケーキを買うのが無難となっていた。
それは自然なことであるし、兄がアルバイトの帰りにわざわざ足を延ばし、四人分のケーキを買って来てくれるのも嬉しい。
一人一つ、四種類のうちから、どれにしようかなと迷いながら選ぶのも、楽しいものであった。

ケーキは、クリスマスには欠かせないものだ。
そう言うものだと、スコールは積み重ねた経験から思っている。
そして最近のスコールとティーダは、兄姉が毎年のように色々な準備をしてくれる年中行事と言うものに、自分たちも“準備をする側”として参加する楽しさを見出していた。
其処で、以前バレンタインの時にも頼ったママ先生にお願いして、自分たちでクリスマスケーキを作りたい、と思ったのだ。

その話を、冬休みに入る前、学園長室で彼女に打ち明けた。
「お願いします!」と二人揃ってぺこりと頭を下げる子供達に、イデアは「良いですよ」と笑って言ってくれた。
それからは作るもののレシピを決めて、クリスマスの当日に作りましょう、と言うママ先生に、スコール達はやる気いっぱいで手を叩きあったのだった。

────それから一週間が過ぎ、約束通りのクリスマス当日、バラムの街の海沿いにある兄弟の自宅にママ先生はやって来た。
弟達がケーキを作るんだと聞いていたエルオーネは、玄関を開けて、第二の育ての母を屋内へと招く。


「いらっしゃい、ママ先生。スコール達、丁度今、準備してる所だよ」
「お邪魔します。ふふ、やる気があって何よりね」


イデアは外行きのコートを脱ぐと、持っていた荷物の中から、エプロンを取り出した。
黒を基調にしたエプロンを早速締める彼女の下へ、二階からぱたぱたと足音が二つ下りて来る。


「お姉ちゃん、準備できたよ。あっ、ママ先生!」
「ママ先生ー!」


子供用のエプロンを身に着けたスコールとティーダは、イデアの姿を見付けると、ぱあっと喜び一杯の表情を見せた。
イデアは抱き着いて来るティーダを受け止め、じゃれる彼の頭を撫でながら、姉にエプロンの結び目を確かめて貰っているスコールを見る。


「準備万端ね、スコール、ティーダ」
「うん!」
「ケーキ作るからね!」
「じゃあ、早速キッチンにお邪魔しましょう」


イデアに促されて、スコールとティーダはこっちこっちとキッチンに駆けていく。

キッチンには、小麦粉、バター、砂糖、ベーキングパウダー、卵、牛乳と、今日のレシピに必要なものがしっかりと揃えられていた。
器材もボウルが複数に、泡だて器、計量カップ、計り、そして紙製の型が並べてある。
デコレーションに必要なフルーツや生クリームは、冷蔵庫の中に入ってるよ、とエルオーネが言った。

バレンタインの時にもやったことだし、スコールもティーダも、日々兄姉のお手伝いをしている。
それはきちんと彼等の身についていて、材料を量るのも、レシピの順に入れては混ぜてと言う手順も、随分と慣れたものだった。
イデアは子供達の成長を感じられるそれが嬉しくて、後ろで少し心配そうにそわそわと見守るエルオーネを見遣り、にこりと笑って見せる。
大丈夫よ、と言葉なく告げる育ての母の表情に、姉は眉尻を下げつつホッとした表情を浮かべ、


「スコール、ティーダ。私、洗濯物を畳んで来るから、ケーキ作り、頑張ってね」
「うん!」
「任せて!」
「ママ先生を困らせちゃ駄目よ」
「はーい!」


ケーキ作りへの情熱か、返事をする二人の声は弾んでいた。

エルオーネが風呂場に干している洗濯物を片付けに行って、キッチンにはイデアとスコールとティーダの三人。
剤長を全て入れた生地のもとを、二人の子供は交代しながら混ぜている。
それも十分に終わると、ティーダがオーブンレンジの余熱をセットし、スコールがボウルを持って、生地を型へと流し込んだ。
余熱が終わったレンジに、生地を整えた型を置き、二人で一緒にスイッチを押す。
ぶぅん、と動き始めたオーブンの庫内を、二人はまじまじと見つめていたが、イデアは効率の為にと二人を呼んだ。


「スコール、ティーダ。スポンジケーキが焼ける間に、フルーツと生クリームの準備をしましょう」
「フルーツ!」
「生クリーム!」


ぱっと明るい顔で振り返る二人。

駆け足で冷蔵庫に向かう二人がその蓋を開けると、まだ背の伸び切らない二人でも届く場所に、フルーツの缶詰と生クリームのパックが置いてあった。
まずはフルーツを取り出し、缶切りを使って封を開け、新しいボウルに中身を出す。
蜜柑、黄桃、パイナップル、種を抜いたさくらんぼ。
これだけあればケーキのデコレーションには十分だが、しかし、クリスマスのケーキと言えばやはり───とイデアが思っていると、


「あっ、いちご。野菜室に入れてるって言ってた」
「あら。じゃあ、それも使いましょうね」


スコールが思い出してくれたお陰で、忘れてはいけないものも見付かった。
ティーダが野菜室から出して来たいちごのパックは、小粒だが色艶が良く、今日作るケーキのサイズにも丁度良いだろう。

いちごを丁寧に洗い、切り分け、缶詰のシロップ漬けになっていたフルーツは水切りする。
カットされたフルーツの余分な水分を取る為、一つ一つをペーパータオルに並べていく。
その傍ら、イデアは今日と言う日を楽しみにしていたであろう子供達に、毎年の定番になりつつある質問を投げかけてみた。


「今年は二人に、サンタクロースさんは来たのかしら」
「サンタさん!来たよ、ねっ」
「ね!」


明るく嬉しそうに言ったティーダに、スコールも丸い頬を赤く燈らせて頷く。


「何を貰ったの?」
「あのね、オレね、ブリッツボールの本!選手がいっぱい載ってるやつ」
「僕はね、新しい鞄貰ったんだよ。沢山ポケットがついてるから、沢山入れられるの」
「色んな選手の色んなことが書いてあるんだ。あのね、父さんも載ってるんだ!」
「前のより大きいからね、教科書とか、お道具箱とか、全部入るよ。それでお弁当も入れられるんだ」


ティーダはブリッツボールの選手名鑑、スコールはこれまで使っているものより、一回り大きな鞄。
その特徴、持ってみて嬉しかった所を口々に説明する二人は、きらきらと眩しい笑顔だ。
これだけ喜んでくれるなら、兄も姉も、今年は帰られそうにないと言うティーダの父も、、きっと嬉しいことだろう。

オーブンレンジが焼き上がりの音を鳴らして、イデアはスポンジケーキの生地を取り出した。
潰れないように軽くガスを抜いて、粗熱が取れるまで冷ましておく。
その間に、今度は生クリームの準備をする。

氷水の張ったボウルの上に、一回り小さなボウルへ入れた生クリームをセットする。
泡立て器で一所懸命に混ぜる二人を見守っていると、


「あとね、あのね。お兄ちゃんとお姉ちゃんにも、サンタさん来たんだよ」
「それは嬉しいことね」
「うん」


スコールの言葉に、イデアがにこりと微笑むと、無邪気な子供はにっこりと笑う。
その隣で、混ざって行く生クリームを見つめていたティーダが、得意げな顔をして言った。


「でもね、ママ先生。レオンとエル姉のサンタさんは、オレ達なんだよ」
「あら。そうだったの」


秘密を自慢そうに明かしてくれるティーダに、スコールもつられたように「えへへ」と笑う。
この秘密は知ってしまって良かったのだろうか、と判っていつつも、イデアは苦笑する。
打ち明けてくれたのは子供達の方なので、きっと自分が知る分には大丈夫だと思われたのだろう。


「お兄ちゃんとお姉ちゃんは、もう大人だから、サンタさんは来てくれないんだって」
「でも、レオンもエル姉も、いつも一杯頑張ってるじゃん」
「だから二人にはね、僕たちがプレゼントを用意してあげて。サンタさんには、僕たちのプレゼントを持ってきて貰った時に、お兄ちゃんたちにこのプレゼントを渡して下さいって手紙を書いておいたの」


言いながら二人は、リビングの向こうで洗濯物を畳んでいる筈の姉を気にしてか、声を潜めて「内緒だよ」と言った。
イデアは優しい子供達の行いに、自然と頬を緩めながら、二人の頭を優しく撫でる。


「頑張ったのね。サンタさんは、レオンとエルの所にプレゼントを持って行ってくれた?」
「うん。起きたらね、二人の枕元に置いてあったんだって」
「二人のプレゼントは何だったの?」
「えっとねー。エル姉にはね、ブローチを作ったんだ。レオンにはブレスレット!」
「僕はね、お姉ちゃんに指輪を作ってあげたの。お兄ちゃんは、首飾り!」


どうやら、小さなサンタクロースは、手作りのプレゼントを兄姉に贈ったらしい。
そう言えば、とイデアが今日のエルオーネの様相をよくよく思い出すと、彼女の左手の指と胸元には、きらきらと綺麗なビーズが光っていた。
彼女の為に一所懸命にそれを作ったサンタクロースに、つけてつけて、とおねだりされたのだろう。
今はアルバイトに行っているレオンも、今日は首飾りとブレスレットを身に着けて行ったに違いない。

生クリームは中々固まらなかったが、仕上げにイデアが泡立て器を握ると、あっという間に搾れる固さまで変化した。
その様子を目の前で見ていた子供達は、おおお、とまるで魔法を見るように目を輝かせる。
粗熱が取れたスポンジを横から二枚に切って、生クリームとカットフルーツでサンドし、更に上にもデコレーションを施す。
盛るのが大好きな子供達の自由な発想で、いちごはふんだんに飾られて、雪の中の小さないちご畑が出来上がった。
これはカットするのが大変そう、とイデアはこっそりと思ったが、潰さないようになんとかするしかないだろう。

子供達の奮闘が終わった後は、ケーキは崩れないようにと冷蔵庫に仕舞われた。
入れ替わって今度はエルオーネがキッチンに立ち、夕飯の準備に取り掛かる。
今日はいつもより豪勢にしたいと言うので、イデアもそれを手伝うことにした。
弟たちは、冬休みに入って渡された課題に取り組みながら、キッチンから漂う美味しそうな匂いと、冷蔵庫で出番を待つケーキに思いを馳せる。
イデアに上手ねと褒められたクリスマスケーキを兄が見たら、どんなに驚いてくれることだろう。
今朝、小さなサンタクロースが来たことを、少し照れ臭そうに喜んでいた兄の顔を思い出しては、スコールとティーダの胸は高鳴っていた。



短い夕方の時間が過ぎ、レオンが家に帰って来て、イデアも交えての賑やかな夕食。
そしてお待ちかねの手作りケーキが登場し、思っていた以上にしっかりとした出来栄えに驚く兄の胸と腕には、イデアが思った通り、ビーズのアクセサリーがきらりと光っていたのだった。



クリスマスと言うことで、ネタ粒では久しぶりの絆シリーズで。
多分そろそろ10歳くらいなので、日々のお手伝いもすっかり身についてる弟たちです。
レオンとエルが頑張ってるお陰で、まだまだサンタクロースを信じています。
その傍ら、お返しがしたいとか、自分たちも楽しみに待つだけじゃなくて、色々準備をしてみたいと言う気持ちも強くなっているので、頼れる人にお願いしながら色んな事に挑戦しているようです。
そうして本人達には露知らず、兄姉弟みんなでプレゼント交換をしたのでした。

レオンはそろそろ卒業が視野に入る年齢なので、この次の年には、SEEDになっている頃だなぁ。
家族と過ごした毎年のクリスマスを始めとした行事ごとは、レオンやエルオーネにとって、弟達の成長を感じられる日だったのだと思います。

[サイスコ]AM0:00のその時に

  • 2023/12/22 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



何度目の熱の交わりになるか、もう数えることもバカバカしくなる。
若い体でその解放感と心地良さを覚えてしまえば、忘れてしまうことなど出来なくて、まるで盛りのついた犬猫のように求めてしまう。
任務を終えて帰った日は尚更で、相手が不在であれば仕方がないと自己処理するしかないが、いるのであれば必然的に足が向いた。

日が落ちるのも早いこの時期、夕刻など一時程度しかないから、船がバラム島に着いた時には、もうとっぷりと夜は更けていた。
諸々の確認を終えて、同行したSeeD達に解散を言い渡すと、彼等は足早に港を離れて行った。
トラビア大陸で味わう寒波に比べればマシだと言っても、港は海風が皮膚に痛い。
レンタカー屋まで歩いて行くのも面倒で、もう帰るのは明日で良いかと、スコールはホテルで一泊明かそうと決めた。
愛剣を納めたケースをいやに重く感じる位には、疲労があったのは確かだ。

そんな折に、ホテルの前でばったりと逢った。
対の傷を抱いた金髪のその男も、自分と殆ど同じタイミングで、バラムステーションに帰って来た所らしい。
ガルバディア大陸西部のウィルバーン丘陵で魔物退治に勤しんでいた彼は、大陸横断鉄道に長いこと揺られて、存外と疲れた顔をしていた。
ホテルに来たのも、街からガーデンへの帰路が面倒臭かった、と言うスコールと全く同じもの。

宿で見知った顔と出くわしたなら、金銭的な所に重きを置いて、二人部屋を取るのは然程不自然ではないだろう。
それを提案したのはサイファーの方で、スコールも別に構わないと言った。
────それを認めた理由については、億尾にも出したつもりはなかったが、きっとサイファーは判っていた。
判っていたし、きっとスコールと同じだったから、彼もそんな提案をして来たのだ。
本当にゆっくり眠って朝を迎えたいなら、こんな事を言い出す事もないだろうから。

そうして渡されたキー番号の部屋に入って、すぐにベッドに縺れ込んだ。
お互いに厄介な魔物を相手に戦って、終わって直ぐに帰路の足へと移ったから、体の熱を持て余している。
とにかく発散しないと碌に眠れる気がしなかったし、何より、燻るものが目の前の存在を求めていた。
窓の向こうの寒さも、そこから滑り込んで来る冷気も、何もかもを忘れるように、汗だくになって絡み合う。
動物の方がもっと慎み深いかも知れない。
だとすれば此処にいるのはケダモノ二匹か、とそんな取り止めのない思考は、繋がり合った瞬間に綺麗に熔けて消えて行った。

自分と対の傷のある額に、粒の雫が伝い流れていくのを見ていた。
おもむろに手を伸ばして其処に触れ、しっかりした掘りのある作りをした目元を辿り、頬へと滑らせる。
翠色の宝石が微かに笑ったのが判った。
頬から滑る手は首へと周り、もう片方の腕も同じように回してやると、背中に触れていた腕に抱き寄せられる。
支えられながら、ベッドに沈めていた上体を久しぶりに起こし、深く深く口付けた。


「ん……、ふ、んん……」


絡み合う舌が音を立てて、耳の奥で響いている。
その度に繋がった場所が熱を滲ませて、其処に入ったままのものを締め付けていた。
足元がシーツを滑り、逃げを打ったつもりもないが、捕まえようとするように腰を押し付けられるものだから、深くなる繋がりに喉奥で喘ぐ。

たっぷりと唾液を交換し合って、ようやく唇を離した。
が、今度は相手の方からやって来て、下唇を食むように吸われる。


「んん……っ!」


ぢゅ、と啜られるのが判って、ひくっと肩が震えた。
濡らした其処を次はゆっくりと舌が舐めて行き、ああ、とあえかな声が漏れる。

ようやっと唇の戯れが終わって、持ち上げていたスコールの頭がベッドに落ちた。
背中を支えていた腕が解け、きしりとスプリングが小さく音を立てる。


「っは……はぁ……あ……」
「……えらく熱烈じゃねえか」


足りなくなった酸素を補給しているスコールに、覆い被さる男が楽しそうに言った。
スコールが薄く目を開ければ、まだケダモノの情欲を宿した翠が其処にある。

ふう、とようやく呼吸を整えてスコールは言った。


「……にじゅうに……」
「ん?」
「……に、なったから……」


熱に浮かされて拙い舌遣いのスコールの言葉に、サイファーは少しばかり眉根を寄せる。
それから数秒、間を置いてから、ああ、と理解した。


「22日、ね」


12月22日、それが今日の日付。
二つ並んだベッドの間に置かれた、ラジオ付きのデジタル時計は、つい今しがたその日を迎えた事を示している。
それを認識して、サイファーもスコールの行動の理由を察した。


「プレゼントか」
「……さあ」
「もっとくれよ」
「……やだ」


視線を外して素っ気ない反応をするスコールに、サイファーがくつくつと笑う。
態度ばかりは冷たくても、見下ろす其処にある顔は、分かり易く赤らんでいる。
その赤らみの理由が、自分の行動なのか、今もまだ共有している熱なのかは曖昧であったが、サイファーにしてみればどちらでも良いことだ。

繋がっている場所をぐっと押し付けてやると、びくっと細身の躰が跳ねた。
紅い目元がじろりと睨むが、サイファーは構わずに、スコールの目尻にキスをする。


「良いだろ、折角の俺の誕生日だ。サービスしろよ」
「もうした」
「足りねえ」
「っ……擦るな、バカ……!」


もうこれ以上につけるサービスなんてあるものか、とスコールはサイファーに言った。
体も熱も繋げ合って、口付けだって今晩だけで何回したか判らない。
その癖、夜はまだまだ長くて、中にあるものが一向に大人しくならないことも判っているから、これ以上なんてしたら体が持たない。
何より、自分らしくもないことをした自覚があるものだから、同じ事を何度もしろと言われても、土台無理な話なのだ。

サイファーだってそんな事は判っているのに───判っているから、まだ足りない、と彼は言う。


「普段は俺が山ほどしてやってるだろ」
「別にしろって言ってない……」
「嬉しい癖に」


サイファーの言葉に、スコールは首を横に振る。
どうやっても素直になれない恋人に、サイファーは悪戯心が膨らんだ。


「恋人の誕生日に、一番に祝ってくれるなんて、嬉しいもんだぜ」
「じゃあもう十分だろ」
「ヤってる間、ずっと時計気にしてたのか?」
「別に」
「そうでなきゃ、こんなタイミングで出来る訳ねえだろ」
「……偶々目に入っただけだ」
「でも意識してたんだろ」
「……してない」


どうやっても口では認めたくないスコールに、サイファーは軽く腰を揺すった。
中にあるものがスコールの柔らかく濡れた所を弄って、ビクンッと判り易く跳ねる。


「知ってるか。キスしながら中擦ると、お前良い顔するんだぜ」
「このっ」


悪い顔をして耳元で囁いたサイファーに、スコールの右手が出る。
が、サイファーにしてみれば判り切っていた事だし、何より、この状態でスコールが本気の一撃を出せる訳もない。

難無く手首を捕まえて、ベッドシーツに押し付けながら、覆い被さって唇を重ねる。
繋がっている所の角度が変わって、くぐもった悲鳴が短く零れた。
咥内で戦慄いていた舌を捉えて、ちゅる、と音を立てて啜ると、中の肉が切なげに締め付けて来る。
滾るものがどくどくと集まって来るのを感じながら、サイファーはスコールの咥内をたっぷりと味わった。


「んむ、ぁ……は、んぁ……っ!」


スコールの自由な片手は、抗議にサイファーの肩を叩いていたが、長い口付けに段々とその意欲も失う。
薄く開いた瞼の隙間に覗く蒼灰色は、さっきまで浮かべていた羞恥心も忘れて、とろりと飴のように溶けている。
此処も舐めたら甘そうだなと、サイファーはこっそりと思いながら、絡めた舌を外へと誘いながら、ゆっくりと恋人の呼吸を解放した。

はあっ、と熱の籠った吐息が零れ、二人の唇を細い銀糸が繋ぐ。
それが切れてしまうかと思った時、サイファーの頬に白い手が添えられ、またスコールから口付けが贈られた。


「ん、ちゅ、んぷ……」
「ふ……ん、ん……っ」
「うんっ……!ん、は……サ、イファー……っ」


呼吸の為に一時離れれば、耳心地の良い声が男の名を呼ぶ。
呼ばれた男は嬉しそうに口元を弧に歪ませて、それに応えるように、何度目かの熱の交わりに没頭して行く。

そう言えば、祝いの言葉がなかったなと二人それぞれに気付くのは、昼も過ぎてのことであった。



12月22日ということで、サイファー誕生日おめでとう!
しっぽりいちゃいちゃしながら祝いの日を迎えて貰いました。
完全に二人揃って朝帰りコースでしょうね。一緒に泊まっちゃってるんだから。

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