サイト更新には乗らない短いSS置き場

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User: k_ryuto

[クラスコ]心地の良い場所

  • 2023/07/08 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



風邪など、一体何年ぶりだろうか。
秩序の聖域の、戦士達の拠点となる屋敷の中、自分の部屋でクラウドは天井を見つめながら思った。
開けたカーテンの向こうから差し込む光は、いつものように薄曇りではあるが、それでも室内を明るくするには十分だ。
そんな昼間のうちから、何をするでもなく自室に籠ると言うのは、ひょっとしてこの世界で目覚めてから、初めての事ではないだろうか。

傷を負った為に療養すると言うのは、儘あることだった。
魔法は傷を癒す事は出来るが、消費したスタミナであったり、流れた血を生成して補う事は出来ない。
だから大怪我と呼べるレベルの傷を負った際は、治療の後、きちんと休む時間というものが必要だった。
そうすることで、表面的な所からは判らない、身体の内部の損傷を修復させるようにしているのだ。
だから大人しく寝ているしかないと言うのは、この闘争の世界では、然程珍しいことではない。
怪我ではなくとも、なんらか遅効性の罠や魔法で、毒系を初めとした搦め手を受けることもあるから、此方も同様に、安全の為に様子を見ようと、数日の待機が余儀なくされる事もある。

しかし、今日のクラウドがベッドで大人しくしているのは、闘いや警戒とは全く別のものが理由だ。
どうにも昨日の晩から調子が優れない気がして、夕飯が常の半分程度しか食べれなかった。
健啖家の部類に入るので、半分と言ってもそれなりの量を食べてはいるのだが、体が常と違う状態であったのは確か。
胃もたれのような、どうにもスムーズに食べ物が腹に入らないような、それに加えて妙に背中の方が痛い気がして、あまりのんびりと過ごす気になれなかった。
不調は長引かせたくないもので、バッツに相談して滋養になる薬を一つ煎じて貰い、それを飲んで早めに寝床に入っている。

そして朝になって、熱が出ていたのだ。
今日はティーダに誘われ、フリオニールやセシルと共に、素材熱めに行く話をしていたのだが、これは無理だと判断した。
熱があるから辞めておく、と言ったクラウドを、三人は随分と心配してくれたが、言っても症状は熱だけなのだ。
休んでいれば治るから、とクラウドは三人を送り出し、後は部屋に戻って一日養生する事に決めた。

それから半日が経っており、中々暇なものだと、物言わぬ天井を見つめて思う。


(動き回る訳にも行かないから、寝ているしかないんだよな。これが存外……)


退屈だと、それが今のクラウドの胸中だ。
熱は極端に高くはないと思うのだが、体温計でもあれば、38度はあるのではと言う感覚がする。
一人で動けない事もないが、起き上がるのは体が面倒臭がるし、かと言って寝続けるのもそろそろ飽きている。
元の世界であれば、こう言う時は本なりゲームなりと、何かしら暇潰しが欲しいものであった。

本くらいなら構わないかなと、クラウドはむくりと起き上がる。
書庫にある本を一つ二つ拝借し、部屋に戻ってベッドの中で読む位なら、誰かに怒られる事もないだろう。
書庫に向かう足を見付かると注意されるかも知れないが、直ぐに戻るつもりで行くのだから、それ位は許して貰おう────と思っていた時だった。

コンコン、と部屋のドアがノックされて、クラウドは「開いてる」と答えた。
キ、と蝶番の鳴る音がすると、手にトレイを持ったスコールが入って来る。


「昼飯だ。食えるか」
「ああ、ありがとう。多分大丈夫だ」


置いておいてくれ、と言うクラウドに、スコールはベッド横のサイドチェストにトレイを置いた。
小さな土鍋にスプーンが添えられている所を見るに、粥かスープだろうか。
その横には、小さく折り込まれた紙が二つ並んでおり、中身はバッツが煎じた薬であることが想像できた。

スコールはベッドから降りようとしているクラウドを見て、眉根を潜める。


「起きて良いのか」
「良いと言う程でもないが、あんまり暇なものだからな。本でも取ってこようかと思っていた」
「……熱は?」
「下がっている気はしないな」


自分では体感以上のことは判らない。
そう言ったクラウドに、スコールはふうと一つ息を吐いて、クラウドの前に立った。
いつも嵌めている黒の手袋を外し、クラウドの額に手を置く。
元々スコールは体温が高い方ではないが、それにしても今日はひんやりと感じられて心地良い───詰まる所、まだクラウドの熱が幾らも下がっていないと言う事なのだが。

スコールは、クラウドと自分の額とにそれぞれ手を合わせて、違いを確かめた。
その結果、やはりクラウドの熱がまだ高いままである事を確信する。


「まだ熱い。本なら適当に見繕ってきてやるから、あんたは寝ていろ」
「それは有り難いが、じっとしているのも飽きているんだ」
「病人は大人しくしてろ」


ぴしゃりと言われて、ご尤も、とクラウドは肩を竦める。

食べれるだけ食べていろと言われたので、クラウドはトレイを手元に寄せた。
土鍋の蓋を開け、ほこほこと湯気を立てていたのは、野菜の出汁に浸して作った粥だった。
今日はバッツが屋敷に残っているから、彼が病人の為に用意してくれたのだろう。
熱を取りながら食べ始めたクラウドを見て、スコールは「本を取って来る」と言って部屋を出て行く。

クラウドが粥を半分ほど食べ、胃の感覚から、こんな所だなと食事を終えた頃、スコールも戻って来た。
厚みのある小説を一冊、薄い雑誌形態のものが二冊と、どちらもクラウドの世界では見ないものだったが、今は中身が何であれ読めれば十分だ。

バッツの薬を飲むと、中々に苦くて渋い味が口一杯に広がった。
良薬口に苦しと言うが、もう少しなんとかならないだろうか、と詮無い事を思う。
それを二つも飲むと言うのは中々根気がいるのだが、折角バッツが煎じてくれたのだから、無駄にする訳には行かない。
たっぷりの水を添えて飲み下し、ふう、とクラウドがようやく息を吐いたのを見て、


「……あんたが風邪を引くなんて、珍しいな」


ぽつりと言ったスコールの声が聞こえて、クラウドはベッドに戻りながら「そうだな」と頷いた。
クラウドは空になったグラスをサイドチェストに置きつつ、


「俺も、こう分かり易く熱を出したのは、随分久しぶりな気がする」
「この世界に来てから、こう言う事はなかったのか」
「覚えている限りでは、ないな。傷の所為で熱を持ったのはあったと思うが、風邪なんて、若しかしたら何年振りかも知れない」


クラウドの躰は、頑丈に出来ている。
それは生来の健康体であると言うのではなく───それも理由として皆無ではないだろうが───、クラウドの過去の出来事により、“普通”から逸脱しているのだ。
己の意志と関係なく取り込んだ因子により、表面的な頑健さも、生命が本来持ち得る自己回復力も、大幅に強化されている。
だからクラウドは、時間と共に消えるような弱い毒なら、それ程留意しない事も多く、身体を蝕むものについての抵抗力も強かった。
体に変調を齎すウィルスに対しても、その抵抗力が先んじて攻撃し、速いうちに駆逐してくれるので、そう言った免疫活動による反応が表面化する程に強くなる事も少ないのだ。

そんな訳だから、風邪など本当に久しぶりなのだ。
よくよく考えると、昨日の夜に感じた背中の痛みも、風邪症状の一つだったのだろう。
疲労の肩凝りにしては妙なと思っていたが、体の中に原因があったとは、あまりに感覚が久しぶり過ぎて気付きもしなかった。
バッツに薬を貰う時、色々と症状を聞かれて、それに合わせたものを煎じて貰ったが、今思うと、受け答えに少々ズレがあったかも知れない。
だが、先程飲んだ薬は、昨日のものともまた違うものだったから、恐らく今度こそ症状に合わせたものが煎じられたのだろう。
夜もあの薬を飲まなくて良いように、熱には早く下がって欲しいものだ。

スコールはクラウドに、書庫から持ってきた本を渡し、


「他に何か必要なものはあるのか」
「そうだな……水はまだあるし、暇潰しも手に入ったし。後は────」


取り立てて何も、と答えようとしたクラウドだったが、ふとベッド横に佇む少年を見遣る。
返事を待っているスコールは、じっと此方を見つめていたが、クラウドの視線に気付くと眉根を寄せた。
訝しむ表情にも見えるが、彼の事だから、ただの条件反射の表情だろう。
深くは気にせず、クラウドは自分が座っている隣を、ぽんぽんと叩いてやった。


「……?」
「座ってくれ。此処に」


何が言いたいのかと不思議そうな顔をしたので、クラウドは分かり易く希望を口にした。
スコールが素直に其処に座ってくれるのを見て、よしよしとクラウドも満足する。


「もう少しこっちに」
「……此処か」


ベッドに深く腰掛ける位置にと誘導すると、スコールは言われた場所に位置をずらす。
クラウドが思う十分な場所が出来たことを確認して、クラウドはベッドヘッドから背を離すと、スコールの膝の上にごろりと頭を乗せて転がった。


「……!?」
「うん。中々良いな」


膝を枕にされたスコールは、目を丸くしてクラウドを見下ろす。
クラウドはと言うと、人肌と程よい弾力のあるスコールの膝の感触の心地良さに、良いものだと目を細めた。
男であるし、戦場を駆け回る脚は少々固さも感じられるが、スコールの躰はクラウドやフリオニールのように固い筋肉に覆われているとは言い難い所がある。
少なくともクラウドには、微かに香るスコールの匂いも含めて、心地の良いものがあった。

そのままスコールの膝で落ち着き、横向きの体勢で雑誌を開いたクラウドに、「おい……」とスコールの低い声が落ちて来る。
クラウドがちらと視線の方向を見上げて見れば、眉間に深い谷を作り、心なしか赤くなったスコールの顔があった。


「何をしているんだ、あんたは」
「膝枕だ。恋人の」
「邪魔だ、退け」
「それは出来ない」


けんもほろろに言ってくれるスコールに、クラウドは全く動じなかった。
何処か楽しそうに小さな笑みを浮かべ、また横を向いて雑誌を捲るクラウドに、スコールからは中々に不機嫌なオーラが振り撒かれる。
邪魔、重い、動けない────そんな言葉が彼の視線からざくざくと刺さって来る。

だが、結局スコールは、一つ溜息を吐いただけだった。
恋人だと言う贔屓からか、病人だと言う甘さからか、いずれにせよ、クラウドの頭を膝から落とす事はしなかった。


「病人なんだから、まともにベッドに入って寝ろよ、あんた」
「ベッドの中にはいるだろう。枕も特別性だ。これなら、良い夢が見れる気がする」
「俺が動けない。暇じゃない」
「良いじゃないか、こんな時位、恋人を優先してくれ」


やる事があるのだと言うスコールに、手前勝手な我儘を投げてみると、少年はなんとも言えない表情を浮かべていた。
ほんのりと頬が赤い所から、“恋人”と言う言葉に彼が照れているのだと言う事が判る。
そして、厳しく素っ気なく見えて、実の所は甘えたがりな所があるスコールは、クラウドのこんな我儘を振り払う事はしない。
今日もまた、相手が病人であると言うことも加えて、最後にはクラウドの好きなようにさせてくれるのだ。

何度目かの溜息がスコールの口から漏れた後、彼は書庫から持ってきた小説を手に取った。
此処から動く事を諦めたスコールに、クラウドはくすりと笑みを浮かべて、穏やかな時間を堪能する事にする。



数分後、すぐそこにある恋人の温もりに、沸いた欲と悪戯心でそっと腕を伸ばしてみるが、不埒な手は容赦なく叩かれたのであった。



7月8日と言う事で、クラスコ!
珍しく体調を崩した為、それを前提に甘えたおすクラウドと、なんだかんだと無碍には出来ないスコールが浮かんだ。
でもこの流れなら行けるかなと思った先は、流石に駄目だったらしい。スコールにしてみれば病人が相手なので当たり前。
治ってから存分にいちゃいちゃすれば良いと思います。

[ロクスコ]野の夜、二人

  • 2023/06/08 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



トレジャーハンターなんてものを生業にしていれば、僻地での旅路と言うのも、そこそこ慣れたものであった。

ロックの世界では、人の足が用意に踏み込めない場所は多くあり、そう言う場所にこそお宝が眠っている。
何百年も前に滅んだ文明の残骸であったり、共謀な魔物が住み着いた崖壁にある洞穴であったり───大抵はそう言うものだ。
嘘か真か眉唾か、其処に眠ると噂される財宝を目指して、トレジャーハンターは道ならぬ道を掻き分けて進む。
別の言い方をすれば、“冒険家”なんて言う呼び方もあり、実際、誰も言った事がない場所を目指して旅をしている訳だから、その道筋を『冒険』と称するのも遠くはないだろう。
ただ明確に線引きをするならば、“冒険家”は誰も踏み入れた事がない場所を敢えて行き、其処を踏破することを目的としているのに対し、“トレジャーハンター”はその名の通り、財宝を得ることを目的としている。
ロック自身、探し求める財宝と言う物があったから、自身は“トレジャーハンター”であると自称した。

一人で方々を駆け回るのには慣れている。
あちこちで情報収集をしていたので、それなりに顔は広く、時には同行者と共に目的地へ赴く事もあったが、基本的にロックは単身行動を好んでいた。
他者との連携行動を厭う性質ではないのだが、何せ一人の方が身軽なものだ。
口では連帯を謡いながらも、利益を求める為に他者を蹴落とす事も当たり前の、弱肉強食が常に隣にある世界だから、下手な味方は敵より厄介だったりする。
宝を見付けた瞬間、横からナイフが突き出してくる事もあるから、本当の意味で信頼が置ける人間と言うのは、財宝よりも貴重なものだった。
それを思えば、ロックがあの世界で共に旅をした仲間達と言うのは、正しく貴重な存在であったと言えるだろう。

では、神々の闘争の世界で出会った者達はどうか。
一部は利害を担保とし、一部は“神の意思”に則って契約的な間柄を下とし、様々な理由付けの中で、敵と味方の境界線を分けている。
しかし、そんな者達の中でも、また別の区分けとして、特に親しくしている間柄の者は存在していた。
そう言う者達は、神々による闘争の世界への召喚と言う経験を、過去にも得ている者ばかりだった。
彼等は彼等で絆があるから、神々の気分次第で振り分けられる天秤以外にも、目の前にいる人間が信用に値するか否かを量る手段を持っているのだろう。

ロックが闘争の世界に召喚されたのは、これが初めての事だ。
ロックが此処に来て以降、また何人か召喚されたので、いつの間にやら先達の立場に持ち上げられているが、個人的にはまだまだこの世界には慣れていない。
その意識を多少なりと育てておく為にと、ロックは時間があれば、この世界の形を見るようにと努めていた。
戦士達が闘争を繰り広げることで生まれるエネルギーによって、この闘争の世界は拡がっていくのだと言う。
その言葉を裏付けするようにか、ロックが外へと足を向ける度に、世界の何処かであらましが変わっている。
これを何処まで拡げれば、神々が言うこの闘争は決着が着くのか、召喚された戦士達は元の世界へと戻る事が出来るのか────その辺りの事もはっきりさせたくて、ロックはよく外へ向かう。
ついでに、この“神々が創った世界”にしか存在しない“お宝”はないかと、職業柄の好奇心も絡めつつ。

神々が創った世界は、毎日のように繰り広げられる、誰かと誰かの闘いをエネルギーにして、少しずつ拡張していると言う。
だからなのか、世界はどうにも不安定な場所も多く、地形の成り立ちや気候の変化が、常識的な理屈から逸脱している場所も少なくなかった。
そう言う場所は長い時間をかけて安定に変わっていくものらしいが、ロックはこの変化の過渡期こそが面白いものが見れるのではないかと思う。


(……とは言っても────)


ヒュウン、と風を斬る音を後ろから聞いて、ロックは横に飛んだ。
ロックがいた場所に突き立った矢を放ったのは、後方で弓を番えている義士だ。
水晶で作られきらきらと輝くその躰から、あれがイミテーションと呼ばれる、召喚された戦士たちを模した人形である事が判る。

短剣を構えるロックの頭上から落ちて来たのは、ティーダのイミテーションだ。
空中を水のように泳いだかと思ったら、直角の動きで刃が降って来るので、不意を打たれる危険がある。
ロックはそれを半身に捩って避けて、利き腕に握っていた短剣でイミテーションの首筋を切りさいた。
生身の人間であれば十分に致命傷になる筈だが、人形は痛みを感じない。
首の半分程度を掻き割ったものの、其処を胴体と分離させるまでには至らず、イミテーションはすかさず次の攻撃を仕掛けて来た。

重みがある筈の長刃の武器を、ティーダは腕一本で振り回す。
動きからして、多少体重を振り回され気味に見えるのだが、彼の柔軟な筋肉がその欠点を補い、且つ自由な動きをして見せる。
目の良いロックにとって、多少の厄介はあれど、それを捌く事そのものは然程苦ではないのだが、


(二対一ってのは面倒だ)


泡沫の攻撃を捌く為、ロックの足が止まる。
と、それを狙って射出される矢で、ロックは嫌でもその場を飛ばなければならない。
とすれば当然、泡沫が直ぐにそれを追って来て、ロックの意識を縛り付けようとする。


(取り敢えず、あっちの方を先に片付けたいけど)


現状のロックにとって厄介なのは、剣戟を止めない泡沫よりも、遠方から常に狙い続けている義士の存在だ。
義士はつかず離れずと言う距離を常に保ち、弓矢や手斧と言った投隔武器を使って来る。
近距離は完全に泡沫に任せ、安全圏から敵の隙を狙い、時には泡沫の補助と言った戦法に徹していた。

今のロックの位置から、義士のいる場所までは、簡単には狙えない。
とにかく距離を詰めねば当たる攻撃も当たらないのだが、その為には張り付いて離れない泡沫をどうにかしなくてはいけない。
だが、単純に足の速さで振り払うには、泡沫の初速は流石に上回るのが難しかった。

一瞬で良いから、泡沫か、或いは義士の狙いが逸れてくれれば────と思っていた時。


「弾けろッ!!」
「!」



空気を震わせる咆哮と共に、火薬の弾ける音が響いた。
焦げた硝煙の匂いが粉塵と共に散る中に、義士が痛みに喘ぐ声を漏らす。

ロックの視界の端で、頽れかけた義士が体勢を立て直すのが見えた。
舞い上がる土煙の向こうで、剣が切り結ぶ音が響く。
同時に、常に此方を狙っていた刃が減った事に気付いて、ロックはにやりと口角を上げた。




二体のイミテーションを無事に退治したロックは、割り込んできた人物────スコールと合流した。
助かった、と言ったロックに、スコールは相変わらず釣れない態度であったが、ロックにとっては見慣れたものだ。

スコールは、最近、この周辺でイミテーションの目撃例が多いことから、その駆逐の為にやって来たと言う。
真面目なものだとロックは思うが、彼の言うこの哨戒行動が存外と大事である事も事実。
イミテーションは不安定な世界の継ぎ目───次元の狭間───から零れるように沸いて来るもので、放置しておくと爆発的な数になってしまう可能性がある。
嘗ては秩序の戦士を、今では陣営に関係なく、この世界で過ごす戦士を無作為に襲ってくる事から、害獣駆除の一環として、定期的な排除活動が必要となっていた。

戦士達が闘争の世界で過ごす時間が長くなるにつれ、この世界も拡充されている。
秩序と混沌の戦士が拠点とする両陣営の塔からも、随分と離れることが出来るようになった。
今ロックとスコールがいるのは、秩序の塔から二日ほど歩いた場所で、ぽつぽつと次元の歪の存在が目立つようになっている。
歪は力場が安定すれば、閉じるか、或いは通過点として利用できる程度に定着するのだが、今はまだ其処まで至ってはいない。
この為、行くも帰るもその足で歩く以外には手段がなかった。

となれば、当然、野宿と言う事になる。
昨日は一人寝だったロックだが、今夜は折角合流したのだからと、スコールと共にテントを張った。


「人手があるとやる事が少なくなって楽だよ」
「……そうだな」


テントを張り終え、スコールが起こした火を使って、ロックは簡単に鍋を作った。
近くには澄んだ川もあり、適当に切った野菜と、荷物袋の中に押し込んでいたスパイスを使えば、食べられるものになるから楽なものだ。

ロックは木製のカップに鍋を容れ、ほい、とスコールに差し出した。
スコールは無言でそれを受け取り、少し熱の当たりを覚ましてから、それを口元へと運ぶ。
意外と猫舌なのだと知った時には、見た目のクールさに相反した可愛らしさを見出したような気がして、ロックはこっそりと浮かぶ笑みを、自身のカップで隠す。

胃袋が熱を取り込んで、ふう、とロックは一つ安息を吐いた。


「見張りはどっちからする?」
「……どっちでも良い」
「じゃあ俺からで」
「……ああ」


相談と言う程の遣り取りでもない会話は、ものの一つ二つで終わってしまう。
それをロックが気不味く感じていたのは随分前の事で、最近は彼との間に沈黙しかなくても気にしなくなった。
蒼の瞳が、少しぼんやりとしている様子から、多分眠いのだろうなとロックは思う。
いつかの警戒した猫のような態度を思えば、随分と懐いてくれたと、感慨深くなった。

太陽が何処かへ隠れてしまってから、徐々に気温が落ちて行き、吹く風にも冷たさが混じる。
それでも大して寒くはないと思うのは、焚火と、温かいスープと、一人ではないと言う現実からだ。
とは言え休む時にはそれなりに暖は欲しいもので、スコールは寝床にする為の毛布を広げていた。


「交代時間は?」
「いつでも良い。あんたが眠くなったら起こせ」
「はいよ」


毛布に包まり、腕を枕にしながら言うスコールに、気安くなってくれたもんだとロックは独り言ちた。
ぱちぱちと揺れる焚火を背中にして、小さく蹲る背中。
規則正しい呼吸のリズムだけが読み取れる背中は、恐らくこの環境で深く寝入る事はないのだろうが、ロックに対して気を許している事だけは判った。

かさ、と小さな音が聞こえて、その方向に視線だけをやってみると、茂みの隙間から小さな野リスが此方を見ていた。
まだ若いのか、好奇心旺盛な目がじっとロックを見つめている
と、その目は背中を丸める少年へと向いて、小さな体が地面を滑るように移動して、少年の枕元へと辿り着いた。
チ、チ、と小さく鳴る野リスの喉に、ロックはしぃ、と人差し指を立ててやる。
それが通じたかは定かでないが、野リスはことんと首を傾げた後、今度はロックの下へとやって来た。


「疲れてるみたいだから、起こしてやらないでくれよ。これやるからさ」


ロックは懐に手を入れて、クルミを二個取り出した。
二つを手の中で打ち合わせて殻を割ると、ぽろりと中身が取り出して、野リスは早速それに齧り付く。

カップに夕食の鍋の残りを入れて、ロックは場所を移動した。
眠るスコールのすぐ後ろに胡坐を掻いて、揺れる火の灯りをスコールから遠ざけてやる。
ちらとロックがスコールの顔を見遣ると、眩しそうに寄せられていた眉間の皺が、段々と解けるのが見えた。
変わりにロックが間に入ったことで、焚火の熱源が遠くなってしまったのか、もぞもぞと毛布を手繰り寄せている。

ううん、と小さく唸る声の後、スコールが寝返りを打った。
反対側を向いた体が、傍らに座っていたロックの背に当たる。


「んん……」


むずがるような声が続いて、起きてしまうかと思ったロックだったが、スコールの瞼は持ち上がらなかった。
そんなにも疲れているなんて、一体何処で何をしていたのだかと疑問も沸くが、きっとスコールはその手のことを聞かれたくはないだろう。
素っ気ないようでいで、仲間思いの彼の事だから、色々とこの世界の探索に時間を費やしていたことは相続に難くない。
とは言え、こうも眠れる程に疲れていたのなら、もう少し上手く仲間を頼れば良いのにと思ってしまう。
だが、それが出来ないから、スコールは何でも自分で片付けてしまおうとするのだろう。

ロックの背中に半身を寄せた格好で、スコールはすぅすぅと寝息を立てている。
傭兵としての訓練を受けたと言うスコールは、人が傍にいる環境では深くは眠れない。
そんな彼が、こんな風に密着した状態でも目を覚まさないと言うのは、彼がロックと言う人間を信頼しているからに他なるまい。


「……あんなに警戒してくれてたのになあ」


すやすやと眠る少年を見下ろし、一番最初に顔を合わせた時のことを思い出しながら、ロックは苦笑する。
イレギュラーの重なりで、自分自身のことさえ曖昧だった時のロックを、スコールは誰よりも強く警戒していた。
それが彼の役割であり、誰かが考えなくてはならなかったものであったから、衝突があったことも含め、致し方のないものであったと言える。
逆の立場ならロックとて警戒心は持っただろうから、誰もあの時のスコールの態度を責めることは出来まい。

だが、あれを真っ直ぐに向けられていたから、ロックは今この時間が一入に感慨深い。
毛を逆立てていた子猫の懐は、随分と温かくて心地が良くて、愛おしさまで募って来る。

クルミを食べ終えた野リスが、またスコールの枕元へとやって来た。
目元にかかる栗色の髪に鼻先を寄せる野リスを、ロックは手でその触れ合いを遮ってやる。
野リスはロックの手の甲をすんすんと嗅いだあと、其処からするすると腕を登って、ロックの肩までやってきた。

肩で遊ぶ小動物を好きにさせながら、ロックは眠るスコールの目元に触れる。
指先に触れる皮膚の凹凸の感触は、特徴的な額の傷だ。
その形をゆっくりとなぞりながら、ロックの静かな夜は過ぎて行くのだった。



6月8日と言う事で、ロクスコ。

朗読劇の時には、スコールは得体の知れないジョンに対して警戒しまくりだった訳で。
素性が分かった後は、既に一揉め二揉めした後だったので、スコールの方もロックに対して慣れたと言うか。陣営が別なら警戒はするけど、知り合いの寝首を掻くような人間でもないとは思う。
ロックはロックで、スコールの警戒心の強さは当たり前の事だったし、今も陣営が急に引っ繰り返るので当たりが厳しくなるのも仕方ないなと思いつつ、なんだかんだ自分に懐いてくれているのも感じてほっこりしてると良いなと言う。

[バツスコ]その夜、初めて獣を見た

  • 2023/05/08 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



顔もそうだが、普段の振る舞いからして、バッツが年上だなどとは、スコールは思ってもいなかった。
あれ位に落ち着きのない同級生と言うのは珍しくなかったと思うし、それを指して『子供っぽい』と形容するのも判る。
はっきり言って、年下か、上に見積もって同級生と呼べる年齢が妥当だろう。
それよりもっと年上に、同様に落ち着きのない人間がいることを知っていたような気もするが、元の世界の記憶が判然としないので、あまりよくは思い出せない。

だから、バッツが二十歳を数えていると知った時には、思わず呆然としたものだ。
一緒に話を聞いていたジタンが「ウソだろ!?」と声を大きくしたのは、スコールの分も代弁していたと言って良い。
その反応を見たバッツが、「そんなにガキっぽいかぁ?」と唇を尖らせたのが、益々持って彼を子供じみた言動に見せていたのだが、そんな事は当人はお構いなしである。

しかし、彼は存外と大人びてもいた。
知識の広さは、幼少期より父と二人で生粋の旅人をしていた事から培われ、故に野性的な勘も含め、経験値の高さを物語るものになっている。
飄々とした、時に無邪気にも見える行動を取る傍ら、それにはきちんとした理が秘められており、可惜に無駄な行動と言うのも滅多にしない。
平時の子供じみた言動が目立つ所為か、或いはそれを隠れ蓑にしているのか、価値観が妙に達観している所もある。
けろりとした顔で、案外と酷な話もするものだから、そんな彼とよく一緒に行動しているジタンとスコールは、時々認識がバグを起こすような感覚に陥ることもあった。
そのどれもが“バッツ・クラウザー”と言う人間を創り出していることを思うと、確かに彼は、年齢以上の経験を積んでいるのだと思わざるを得ない。

それは、こんな所でもスコールに事実を突きつけて来た。
こんな────初めての閨の夜でも。

初めて重ねた唇は、乾燥してカサついていて、少しちくちくとスコールの唇に刺さった。
痛いと言うほどではないのだが、くすぐったさに似たようなものがあって、少し落ち着かない。
それでもようやくそれを重ね合える程になれたのだと思うと、俄かに胸の奥の鼓動が速くなって、スコールはそれを隠すのに必死になっていた。
だから気付かなかったのだ。
閉じた瞼の向こうで、熱を灯した獣が、舌なめずりをするように、唇を重ねていたことに。


「ん……う……?!」


離れない唇に、呼吸が苦しさを感じて来た頃だった。
ぬる、としたものがスコールの唇に触れて、隙間から中に入って来た。
思いもよらなかった感触が襲って来た事に、スコールは思わず目を瞠ったが、逃げようとした躰はいつの間にか背中に回されていた腕で閉じ込められていた。


「んぁ、バ、んむっ!」


咄嗟に首を振って離れ、ストップを唱えようするよりも早く、唇は追って来た。
離れたばかりの唇がまた重ねられ、一度目とは角度を変えて、侵入者が深くに入って来る。
生暖かくて艶めかしい感触が舌の上をそぞり撫でたのを感じて、ぞくぞくとしたものがスコールの首の後ろを走った。

スコールはバッツの両肩を掴んで押したが、その肩はびくりともしなかった。
後頭部にバッツの手が回り、ぐっと引き寄せるように押し付けられて、二人の唇はより深く交じり合う。
戸惑うスコールを他所に、侵入者は悠々と震える舌に絡み付き、耳の奥でぴちゃぴちゃと音を鳴らし始めた。

バッツは丹念に丁寧に、スコールの舌をねぶった。
たっぷりと分泌された二人の唾液が、スコールの咥内で混じり合い、舌が濡れそぼって行く。
塗したそれをバッツがまた丁寧に塗り広げていくものだから、スコールは艶めかしい肉が舌をなぞって行く度に、ビクッ、ビクッ、と肩が震えてしまう。
段々と舌の根が痺れるような感覚まで沸いて来て、これにどうして良いか判らなくなる。
連続で訪れる初めての感覚で、思考も停止してしまったスコールは、貪る男にされるがままになっていた。


「ん、ん……ふ、むぅ……っ!」
「んん……んれ、ぢゅぅ……っ!」
「っ………!」


絡み取られた舌を啜られて、スコールの舌の根が勝手に戦慄いた。
喉の奥でトクトクと言う脈が鳴って、何かが体の奥から競り上がって来るような気がする。

スコールは目一杯の力で、バッツの体を圧し退けた。
吸われていた唇が、ちゅぱ、と糸を引きながらようやく離れる。
はあ、はあ、と息苦しさに喘ぐ肺に酸素を送りながら顔を上げれば、バッツはきょとんとした顔で此方を見ていた。


「スコール、どした?なんか嫌だった?」
「………っ!!」


ずい、と顔を近付けて来るバッツ。
その厚みのある唇が、てらりと唾液で濡れているのを見て、スコールの腹の奥が何か鳴き声のようなものを上げる。
混乱したスコールにはそれが何なのか、理由も何も判らなかったが、とにかく何かが危険だと本能が叫んでいた。


「い、や……とか、言う問題じゃ、なくて……!」
「嫌ではなかった?」
「だから……!」


嫌だとか嫌じゃないとか、スコールの頭の中にあるのは、そんな単純な問題ではない。
ともすればまた奪われそうな唇を、庇うように片手で隠しながら、スコールは上体を後ろへ逃がす。
離れたがっていると判るであろうスコールの仕草であったが、バッツは此処に来てそれは嫌だとでも言うように、しっかりとスコールの背中を抱いて捕まえていた。

胸の内の鼓動が、キスを始める前の比ではない程、速くなっている。
ふ、ふぅ、と鼻で呼吸することをようやく思い出したスコールの顔は、沸騰したように紅い。
バッツはそんなスコールの頬を、殊更優しく手のひらで撫でた。


「スコール、あんまりこう言うのした事ない?」
「……っ」


バッツの言葉に、スコールの朱色が濃くなる。
あからさまに顔を反らしてしまえば、それがバッツにとっては答えだった。

分かり易く初心な反応してしまっているスコールを、バッツは「そっかそっか」と言いながらあやすように撫でている。
スコールの眦に柔らかいものが触れて、それがキスだと気付いた瞬間、スコールはいつの間にか密着していたバッツの体を強引に引っぺがした。
腕一本を限界まで伸ばした程度であるが、距離が出来たのが寂しいのか、バッツは不満そうに唇を尖らせている。
が、スコールの反応に何かを察したか、また近付いて来ることはせず、じっと恋人の反応を待った。

ややもして、ようやくスコールは声を出すことに成功する。


「あ、んた、は……っ」
「うん」
「……こう言う……経験、が……」


あるのか、と問おうとして、急に怖くなって声が小さくなる。
だが、そこまで聞けばバッツも十分に汲み取れたらしく、


「うん、まあ。ずっと旅してたからな、艶街なんかの世話にもなった事はあるし」


それはつまり、スコールの世界で言う、繁華街の類だろうか。
そして、そう言う場所には、水商売と括られる職業の者もいるだろうし、またそれを目当てにする人々が集まる場所でもある訳で。


「……あんたは、そう言うの、いつから……」
「いつ?歳か?えーと、んー……十四か、十五くらいの時にはもう行ってたかなあ。あんまりよく覚えてないけど」
「じゅう………」


異世界によって常識の感覚に齟齬があるのは、よくある話だった。
世界の文明レベルの発達規模や、国と言う形の在り様、法整備の影響が何処まで範囲を持っているかによっても様々である。

飲酒喫煙など分かり易いもので、スコール、ティーダ、クラウドなどは成人年齢が定められている事もあって、かなり厳格な基準が(国ごとの差はあれど)決まっているものだった。
しかしフリオニールは未成年の飲酒喫煙に余り問題を抱く事はないらしく、特に喫煙は、戦に荒れた兵士の一種の精神安定剤として、案外と安い趣向品として認識している節がある。
セシルは、十五の頃には既に一兵卒として、酒や色事は通過儀礼のようなものだったらしい。
ジタンはある程度の基準は国ごとにあったらしいが、彼自身が盗賊団と言う環境にあったので、酒盛りは普通にあったし、彼も飲むのは好きだと言う。

バッツは、記憶の回復が芳しくない節がある為、彼の世界についてはよく判っていない。
しかし、旅路で得たと言う薬学のレベルや、電子機器については見慣れなていない事から、フリオニールやセシルと同程度ではないかと思われる。
そう考えると、彼が───スコールの世界を基準とするなら───随分と早いうちに、諸々の経験をしていたと言うのは決して可笑しな話ではないのだが、


(……なんか……なんか、ショックだ……)


恋人が、その手の経験をしていると言う事については、致し方がないと思えなくもない。
元々が違う世界の人間であるし、こんな世界で出会うなんて予想だにしていないことだ。
誰かに恋して、誰かと手を繋いで、それ以上のことをしていても、仕方がない。
そう思える程度には、スコールも物分かりの良いつもりであった。

だが、それ以上に、自分が想像していたよりも遥かに、バッツが“大人”であった事がショックを誘う。
それはスコールの中で、何処かバッツを、自分より子供じみた人物だと思っていた所が大きいだろう。
折々に彼が経験豊富な戦士である事は実感していたが、こんな所でも先の先を行っていたと言う事が、思春期の初心な少年には中々の衝撃だったのだ。


(だって、十五って。SeeD試験を受ける為の筆記試験が出来るのが、その歳だった筈だ。バッツはそれより前に……こういう経験をしてたってことだろ)
「スコール?おーい」
(ずっと早く、こういう……おと、な……の……する、ことを……)


だから、バッツはあんなキスを知っていたのか。
あんなにも、首の後ろがぞくぞくとして、頭の中がふわついてしまうようなキスを。
沢山経験して、それを覚えて、実践して────

一体誰からそれを教わったのか、と言う疑問は、考えると恐ろしいので、頭から無理やり捨てた。
それでも、バッツが今のキス以上のことを知っていると言うのは、間違いないのだろう。
スコールが聞いた事もないような事を、ひょっとしたら、幾つも。

考えむように黙り込んだまま、動かなくなったスコールに、バッツは頭を掻いて彼が戻ってくるのを待った。
しかし、蒼くなったり赤くなったりを繰り返し、中々帰って来ない様子の恋人に、元々それ程忍耐力のないバッツが、こんな状況でいつまでものんびりとしていられる訳もなく。


「スコール」
「!」


耳元で名前を呼ぶと、びくっ、とスコールの肩が跳ねた。
怖がってるなあ、と口に出せば先ず否定するであろう事を思いながら、緊張した面持ちを浮かべているスコールの顔を見る。


「スコールはさ。初めてだった?」
「な、にが……」
「キス」
「……それ、は……わから、ない……」


バッツの問いに、スコールの答えは覚束ない。
直ぐに否定が出て来なかったと言うことは、若しかしたらあるのかも知れない、とは思うのだろう。
けれども、


「じゃあ、さっきみたいなキスは?」
「………っ!」


バッツがもう一度尋ねてみると、スコールは数瞬沈黙した後、耳の先まで真っ赤になった。
つい今しがた、バッツの唇で贈られたキスは、彼には想像もしていなかった程に濃厚なもの。
それを思い出しただけで、背中にぞくぞくとしたものが走ってしまう位、未知のものだったのだ。
そして当然、これからの事も、初心な彼が蕾のままである事をよくよく知らしめている。

言葉にせずとも、目が表情が物語るスコールに、バッツの唇が濡れる。
細めた褐色の双眸が、また獣じみた熱を宿している事に、そこに囚われた少年は気付いていない。


「スコール、綺麗な顔してるし、モテるだろうし。一杯経験あると思ってた」
「勝手にそんな……!」
「うん、ごめんごめん。おれが勝手に勘違いしてたんだ。へへ、おれが初めてなんだって思ったら、ちょっと安心したな」


言いながらバッツの手が、あやすようにスコールの頬を撫でる。
宥められて堪るか、とスコールはそんな恋人を睨んだが、バッツの笑みは消えない。
寧ろ、真正面から見てしまった褐色の瞳に宿るもので、射抜かれたスコールの方が動けなくなった。

近付いたバッツの唇が、スコールの唇と重なる。
またあれをされるのか、と俄かに強張ったスコールであったが、バッツは触れた唇は直ぐに解放された。
あれ、と肩透かしを食らったような気持ちで瞬きをしている間に、柔く圧されたスコールの肩がベッドに落ちる。
きしり、とベッドの軋む音がして、スコールはいつの間にか覆い被さる男を見上げる格好になっていた。


「焦っちゃダメだな。ゆっくりやろう、スコール」


そう言ったバッツの表情は、穏やかにあることを努めていたが、瞳の奥には明らかに興奮と情欲が灯っている。
あのキス以上のものが降って来る────それが即ちどういう意味なのか、スコールが正しく理解するのは、もうしばらく先のことだった。



5月8日でバツスコの日。
と言う事で、経験豊富なバッツ×全くの未体験スコールが見たくなった。

スコールってずっと人を避けてるあの性格だから、恋愛経験もないだろうし、相手が必要になる諸々のことも全くしたことないだろうなと。
うちのスコールはどの設定でも大体そんな感じな訳ですが、そんなスコールがバッツに色々教え込まれたりするのは大変好きです。
そして時々、色々知ってるバッツに対してもやもやしたり、それも考えられなくなる位に色々されたりすると良いと思います。

[セシスコ]不確かなものより確実な

  • 2023/04/08 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



「あんた、慣れてるよな」


そう言ったスコールに、セシルはぽかんと目を丸くしていた。

唐突と言えば唐突であったスコールの言葉が、なんとなく、彼が何を指してそう言ったのかは読み取れた。
と言うのも、時間は深夜も更けた頃、場所はセシルの部屋のベッドであったからだ。
更に付け加えれば、ついさっきまで二人は濃密な時間を共有していて、体にはまだその熱の名残が宿っている。
もう一回なんて言ったら怒るかな、なんてセシルが思っていた所に出て来た台詞だったから、間違いなく、それが閨の過ごし様を指していると言う事は、余程に鈍い人間でも読み取ることが出来ただろう。

とは言え、どうしてスコールがそんな事を言い出したのかは、まだ想像し難いものだった。
何処か拗ねたように唇を尖らせているスコールに、セシルはええと、と頬を掻き、


「それは───セックスのことで良いんだよね?」
「他にないだろ」


スコールは時々、溜め込んだ後に最後の部分だけを零す癖がある。
それで誤解が生じることも多いので、セシルは念の為に確認を取ったが、スコールはむっとした表情でぶっきら棒に肯定した。
怒ったような表情になったのは、「わざわざ言わなくても判るだろ」と言う、少々子供めいた自分勝手な期待から来るものだろう。
それを裏切ったのは申し訳ないと思うが、かと言って、下手な誤解を作りたくもなかったから、こう言った確認は許して欲しい。

それはともかく、スコールがそんな事を言い出した理由だ。
セシルは一考してみたが、幾ら恋人の言葉と言えど、ヒントもなしに解に辿り着くのは難しい。
スコールが自分の心中と言うものについて、明確な説明を得意に思っていないことは分かっていたが、やはりこれも改めて問いかけてみる他ないだろう。


「どうしてそう思ったの?」
「……」


回りくどい訊ね方をしても、スコールのヘソを曲げてしまうだけだ。
直球に聞いてみると、スコールは思った通り、口にするのは嫌と言う表情を浮かべた。
しかしセシルが柔い笑みを浮かべて見詰めていると、存外とお喋りなブルーグレイを右へ左へと逃がした後、はあ、と溜息を吐いて、


「……あんたとすると、すぐに変になる」
「気持ち良くなるってこと?」
「………」


じろ、とスコールが此方を睨んだ。
剣呑な目つきに反して、耳の先まで赤くなっているのを見れば、それが正解であると判る。
それは良かったとこっそりと思いつつ、セシルは先を促した。


「……俺は、あんたが初めてだ」
「そうみたいだね。ちょっと嬉しかったよ」
「……そういう事は別に聞いてない。それで、初めてって言うのは……きついものなんだろう、普通は」


また顔の赤みを深め、苦々しく視線を逸らしつつ、スコールは言った。
その言葉に、セシルはううんと考えつつも、一般的にはそう言われていると頷く。
これは男同士のことであることは勿論、男女の場合であっても、そう変わりはあるまい。

スコールは顔を埋めた枕を抱きかかえるように捕まえながら、ちらと隣の恋人を見遣り、


「あんたとする時、全然苦しくない訳じゃない」
「そうだね。見ていて、そうなんだろうなとは思うよ」
「……でも、大体それは最初の方だけだ」


その言葉に、それは努力の甲斐があったな、とセシルは思う。

スコールは彼の世界で言えばまだ学びの下にいる段階で、異性交流と言うのもそう広くはなかったという。
彼の性格からして、そうなのだろうなとはセシルも想像していたが、しかし若者が多く集まる場と言うのは、良かれ悪しかれ奔放にもなるものだ。
セシルも一兵卒としてタコ部屋で過ごしていた頃は似たような環境だったし、風紀を乱し易い者が一人や二人もいただろう。
スコールの場合、そう言った人間にも滅多に近付かない性質だったから、それらとは一線を隔していたようだが。
お陰でスコールは、この世界で初めて、セシルの手によって開花された。
それを彼自身がどう思っているかはまだ判らないが、こうして閨を共にするのを厭われていない事を思うと、セシルもついつい嬉しく思ってしまう。

と、そんな訳で、ベッドの中のことについて、スコールは全くの未経験であった。
性教育と言うのは、青少年の健全な成育の範囲で教えられてはいたそうだが、無論、実践の経験はない。
教わっていた範囲ですら知り得なかった、同性同士の性交と言うものをするに辺り、必然的にリードはセシルが持つことになった。
それは年齢であったり、経験であったりと、色々と理由があるものだが、そうなるのが無難である事だけは間違いではなかっただろう。
組み敷かれる側になる方が、少なからず負担が大きくなることは判っていたが、かと言ってスコールも、下手なことをしてセシルを傷付けたり、次を忌避するようになるのも嫌だった。
何より、セシルがスコールを抱きたいと思ったのが、二人のポジションの決め手となった。

そうして既に片手では足りない夜を共に過ごして、スコールは思ったのだ。
セシルは、“こう言う事”に慣れている────と。


「……初めてあんたとした時も、そんなにきつくはなかった」
「時間をかけたからね。君は、焦らすなって怒ったけど」
「……言ってない、そんなこと」
「ふふ、そう言う事にして置こうか」


笑みを浮かべるセシルに、スコールは枕に口元を埋めて舌打ちした。
全く悔しさを隠せない少年の横顔に、本当に素直だなあとセシルは頬を緩めている。

スコール曰く。
セシルとのセックスは、初めてした時のことも含めて、辛いのは精々最初の方だけだと言う。
恥ずかしさやどうにも慣れない異物感に歯を噛んでいる時間はあるものの、次第にそれも判らなくなるのだとか。
セシルが触れている場所から、彼を感じる場所から、段々と力が抜けて行くと、いつの間にか頭の中はその心地良さだけで一杯になっている。
其処まで行ってしまえば、もう苦痛らしい苦痛を感じることもなく、ただただ熱に翻弄されるだけ。
後になって腰が痛いとか、少し無茶な体勢をした所為で背中が軋むとかはあるけれど、傷になるような事は先ずなかった。
それだけセシルが丁寧にスコールの体を慣らし、十分に解れた上で挿入していると言う事だ。

だからスコールも、セシルと行為をする事に、抵抗する気持ちも徐々になくなってきている。
この間もしたのに───と言う理性の抵抗はあれど、忌避する程に嫌悪を覚えた事もなかった。

───そんなスコールの話を聞いたセシルは、恥ずかしそうに赤らんでいる恋人の頬に触れながら微笑む。


「君が辛い思いをしていないのなら良かったよ」
「……まあ、それは、……感謝はしている」


視線を反らしながら言ったスコールに、セシルは面映ゆいものを感じて、眦にキスをする。
スコールは目尻に触れる和らい感触に目を細めつつ、


「ただ、それはそれで」
「うん?」
「……あんたはやっぱり、慣れてるんだな。こう言う事に」


蒼の瞳が、また拗ねたようにセシルを見る。


「………した事があるみたいだ。男との」


睨むような、探るような、そんな顔が其処にはあった。
自分が知らない何処かで、今の自分と同じ立場にいる人間がいたのではないかと、疑うような。
それでいて、そうであって欲しくないと、此処は自分だけの場所なのだと信じたがっている瞳。
本当に、感情が全て瞳に出て来るのだと、セシルは眉尻を下げて苦笑する。

スコールに触れていた手が滑り、まだ赤みの引かない耳に触れる。
くすぐったさにか、スコールが逃げるように頭を揺らしたが、セシルは指先で耳朶を摘まんでやった。
ぴく、と震えるスコールの肩に唇を寄せ、小さな花を咲かせてやる。


「まあ、一応、立場もあったから、そう言うことがなかったとは言えないだろうな」
「……こう言う事をする立場ってなんだよ」
「男所帯の軍属だと言えば、君も少しは判るんじゃないかな。あんまり褒めれるものでもないけどね」
「……」


彼も、セシルと形は違えど、兵隊として生きるべく学びを積む場所にいると言う。
であればと俗な話を匂わせると、少なからず理解が及んだのか、スコールは納得と不満の間の表情を浮かべる。


「まあ、僕も自分の世界のことがはっきり思い出せない所があるから……正確な事は言えないけど。でも、そうだな。こうして抱いて、可愛いと思うのは、スコールだけだって言うのは、本当だよ」
「……証拠もない話だ」


スコールはふいと視線を逸らして言った。
振られたなあ、とセシルは思ったが、スコールの頬が赤くなっているのを見付けて、くすりと笑みを漏らし、


「じゃあ、証拠を見せてあげようか」
「は?────ちょ、待っ、」


耳朶に触れていた手を、その向こうに回しながら、顔を近付ける。
中性的な印象を持たせる顔が近付いて来るのを見て、スコールが焦った表情を浮かべて止めようとするが、聞く訳もない。
後頭部をしっかりと捕まえ、指先で顎を持ち上げ、上向いた唇を塞いでやれば、蒼灰色の瞳が零れんばかりに開かれた。

熱の名残を持つ咥内を、たっぷりと愛でて濡らしてやる。
耳の奥で鳴っているであろう音を、何度も何度も聞かせてやれば、細身の肩がぴくぴくと震えるのが判った。



4月8日なのでセシスコ!
この後はお楽しみになるのだと思います。

中世西洋ファンタジーな世界観のセシルなら、20歳で十分色んな経験をしてるんだろうなあと言う夢。
現代感の強いスコールから見たら、セシルや他ファンタジー強めな世界の成人は経験豊富だろうな~悔しさこみで拗ねそうだな~って言う話。

[オニスコ]向上の道

  • 2023/03/08 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



世の中にはどうにもならない事も多いが、そうだと思っているものでも、案外とどうにかなってしまう事もある。
それは理に逆らっているようで、きちんとそれも理の中に組まれているものであった。
だから、どんなに理解不能なことでも、通じた時には相応の組み立てが成されているものだ。
それを解析して行けば、理は新たな理として定着する。

どうにもならない事の第一は、年齢であるとルーネスは思う。
時間の流れと言うのは画一的なものであり、誰であろうと何であろうと、一秒は一秒だ。
どんなに早く動いているようでも、スロウがかかったように動きが鈍間でも、世界を取り巻く時間は決して早回しにも遅回しにもならない。
異世界で時間を操る術を持った魔女ですら、世界の時代を行き来する力を持っていても、己自身に流れる時間は動き続けていたのだ。
世界の時間は誰一人としてその枠組みから外れるようには、出来ていない。

だからルーネスがどんなに願っても、逆立ちしても、彼はこの世界に召喚された者達の中で、最年少と言う場から動けない。
新たな戦士が呼ばれれば判らない話だが、自分以下の年齢が戦士として召喚されるのもどうかとは思う。
ルーネス自身の記憶がはっきりとしないので定かではないが、秩序の戦士達で年齢がはっきりしている者や、体格の仕上がり具合などから見ても、自分が数え十五になるかならないかと言うのは否定できなかった。
となれば、それ以下となると、いよいよ幼い。
悔しいながら、多くの者がルーネスを“幼い”と形容する中で、自分以下の年齢の戦士が召喚されたら、幾らそれが女神の采配と言えど、ルーネスも彼女の真意を疑う事もあっただろう。
異世界それぞれに基準は違えど、少なくとも半数は元服と見られる年齢に接していると思われるルーネスは、秩序戦士達にとってはギリギリの許容ラインだったと言える。
故に、それ以下の幼い戦士の参入は、決して歓迎されるものではあるまい。

その他、戦士達の力ではどうにもならない事と言えば、それぞれの世界に依存する力の作用だ。
分かり易いのが、各個人が持つ魔力やそれを操る素養の差である。
セシルの世界では、魔法はそれぞれの道に応じた才能と素養、そして努力があって実るものであるが、やはり強いのは生まれ持っての才能であったと言う。
だから黒魔法と白魔法を同時に究められる者は先ず殆どおらず、いればその人は賢者と呼ばれる程の力を有することになる。
フリオニールの場合、魔法の素養は少なくとも多くの人間が持っているが、それを得る為の手習いのような方法がなかった為、書を手に入れて鍛錬に望めばこそ得られる力であった。
そう言った理屈であったから、修練を積めば研ぎ澄ませることも出来るが、フリオニール自身がそもそも魔法を不得手としているようなので、あまり頼ることはない。
反対にヒトが魔法を使う事自体が難しく、道具に頼らざるを得ないのがクラウドだ。
彼の場合、魔法は専ら”マテリア”と呼ばれる魔石に集約されており、無手で魔法を扱うのはまず無理だとのこと。
ティーダも魔法を使うことは出来ず、元の世界でもこれは同様で、魔法は使えるべき人のみが扱えるものだったそうだ。

ルーネスの場合はと言うと、元の世界のことがよく思い出せないので、はっきりとはしない。
ただ、どちらかと言えばフリオニールやセシルの世界に近かったような気はする。
感覚的なものだから一概に言えるものではないが、“特別なもの”であると同時に、“ありふれているもの”でもあったように思うのだ。
だからなのか、ルーネスの勤勉さも含め、学び研ぎ澄ませようとすればする程、ルーネスの力には伸びしろがあるように皆が評価した。

年齢と言うアドバンテージは、どう頑張っても引っ繰り返せない。
ルーネスはそれをきちんと受け止めていた。
故にこそ、経験不足を補えるように、知識とそれに伴う経験値を誰よりも多く積もうと心掛けている。

その為、ルーネスは暇さえあれば、屋敷内にある書庫に籠る。
書庫には異世界のどこと問わずに様々な書籍が並べられており、時にそれがぽこりと増えていたりする。
自分の世界の本は勿論、異なる世界の書物に触れる機会など、こんな世界に喚ばれていなければ先ず有り得なかっただろう。
貴重な経験をさせてくれる事には感謝をしつつ、ルーネスは毎日のように某か本を開いていた。

そんな彼の下に、一人の青年───スコールが現れ、こう言ったのだ。
「魔法を教えてくれないか」……と。



三冊の本を広げた机を、挟み合う形が向き合って、早一時間。
いつの間にか定着したこの並びで、ルーネスはスコールを相手に魔法の理屈について講師をしていた。

内容はその時々によって違い、議題は基本的にスコールの方から出してくれる。
今日はこれについて教えて欲しい、と言うスコールの申し出に合わせ、ルーネスは書棚からその回答に使えそうな本を探す。
使う本は大抵、ルーネスが微かな記憶で見覚えのあるものにしていた。
魔法に関する本と言うのは、大体それが出版された本の理に則って記述されているから、ルーネスにとってもその理解度はやはりバラつきがあるのだ。
よくよく分かるのは自分の世界のものと思しきものなので、先ずはそれを取っ掛かりにし、解決できない疑問があれば裾野を広げて本を探すようにしている。
こうした時間を過ごすことで、ルーネスにとっても、齎された議題について、様々なアプローチから考え直す機会も得ることが出来ていた。

師事を依頼して来たスコールは、講習中の態度も真面目なものだった。
基本は黙々と本を読み、疑問点があればそれをルーネスに尋ね、解決の如何に関わらず何かを得心したような表情を浮かべてくれる。
無駄話をしないので、ルーネスにとっては非常に心地の良い生徒と言えるだろう。

その傍ら、ルーネスはどうしても解けない疑問があった。
聞いて良いものかと考えあぐねて、今日と言う日まで過ごしているのだが、折角ならすっきりさせてしまいたい。
そんな気持ちで、今日の勉強分は終えたと本を閉じたスコールに声をかけた。


「ねえ。どうしてスコールは、僕に魔法を教わりに来たの?」


直球に訊ねてみれば、蒼の瞳がちらと此方を見る。
結構お喋りなんだよ、とジタンが言っていた瞳だが、ルーネスはまだその奥底の言葉と言うのは聞こえない。
ただ、視線を寄越してくれたと言う事は、少なくとも話をする、或いは聞く気があると言う事だ。

質問を投げかけた時、スコールはしばらくの間、黙ったままでいることが多い。
これに不機嫌にさせたか、聞かれたくないことを聞いたかと思っていたルーネスだが、どうやらそうでもないらしいと最近分かった。
スコールは自分に向けられた質問に対し、どう答えて何を言葉にするべきか、それを考える時間が必要なのだ。
喋るのが面倒なのか、言葉数を多くするのが嫌なのか、色々と削ぎ落すことに意識が向くのが彼の癖らしい。

今回も数秒の沈黙の後で、スコールは答えをくれた。


「あんたが一番分かり易い」
「そう?セシルとか、フリオニールとかでも良い気がするけど」


秩序の戦士達の間で、それぞれの優劣と言うものはないが、それはそれとして、各個人の得意分野と言うものはある。
また、何かを他人に教えると言うのも一種の才能で、物事を分かり易く噛み砕いたり、相手の立場や状況にたって思考の仕方を変えると言うのは、そう誰もが出来ることではなかった。
生憎ながらルーネスはその点については自信がない。
と言うのも、自惚れでなく、ルーネスはそれなりに物事への理解が早い方であるから、言ってしまえば“理解ができない人向けの説明”と言うのが難しいのだ。
一を聞いて十を知る人間にとって、一と二と三と順序立てて説明するのは、反って簡単すぎて分解のしようがない為、簡単に言えないものになってしまうのである。

その辺りの分解と組み立て直しが上手いのがセシルで、相手の立場で一緒に考えてくれるのがフリオニールだ。
良くも悪くも素直だが物覚えの悪いティーダに、根気よく付き合っている所からも、それは伺える。

しかし、スコールは緩く首を横に振り、


「セシルも魔法に関しては理詰めの説明は難しいらしい。お前に聞いた方が良いと言われた」
「そうなの?じゃあフリオニールは?」
「フリオニールも魔法は得意じゃないし、そもそも座学が苦手だと言っていた。こう言う事には向かないだろう」


こう言う事、とスコールが示したのは、机に広げた書籍たち。
確かに、フリオニールがこう言う本を開いているのは見たことがない、と思う。


「あとは……他にも、バッツとか、ティナとか」
「バッツは感覚が強すぎる。ティナも魔法に関しては似たような所があるようで、説明には向かない」
「まあ、そう言われると、そうだね」


バッツは幅広い知識を持っているので、旅の知識や薬学は中々理論立てて説明してくれるのだが、武術や魔法のことになると、どうも野生じみた勘が強い。
こうしたらこうなるだろ、と実践で見せてくれるのは有り難いが、時には他人から見て無茶なことも平然としてくれるから、あれは生粋の天才肌だとスコールは言う。
そう言う人間に、体の使い方や、個人によっても違う感覚の差を、平均的な文章に並べ直して説明してくれと言うのは、中々に難しいものがあった。

そして、秩序の戦士達の中で、魔法に最も長けていると言えばティナだ。
しかし彼女自身、何がどうして自分が魔法を使っているのかと言うのは、よく分かっていないらしい。
彼女の場合、バッツのような天才肌と言うよりも、持って生まれたものを当たり前に使っていると言う、”どうして生き物は呼吸をするのか”と言う疑問に近い所があるようだ。

残った他のメンバーは、魔法を主体としない戦い方をしており、そもそも魔法の素養も低い者が多い。
ウォーリア・オブ・ライトは少しそこから定義を外すことになるだろうが、彼相手に魔法の講義を頼めるかと言うと、流石にルーネスも首を捻った。


(消去法で考えても、僕しか残らないか)


スコールの選択を、ルーネスもはっきりと理解した。
魔法の素養を持ちながらも、その使用を本能的な所に頼らず、尚且つ日々の研鑽努力に厭いのない人物。
ついでに付け加えるならば、書庫にある本の多くを種類問わずに把握しており、内容についてもそれなりに頭に入っている者。
必然的に、選択はルーネス一人に絞られていく訳だ。

スコールにしてみれば、選ぶべくして選んだ人選だったのだろう。
そう思うと、例え消去法でも、そこに選択肢として残してくれただけで、ルーネスは少し嬉しかった。


(スコールに頼られたと思えば、やっぱり少しは、ね)


口元に浮かびそうになる笑みを、ルーネスは本を読むふりをして隠す。

ルーネスから見て、スコールはとても優秀な戦士であった。
自身の獲物から、持ち場とする距離感を保ちつつ、様々な手を使って戦術を組み立てることに長けている。
年齢を聞けば、ティーダと同い年であると言うから驚いたが、沈着冷静な佇まいや、かと思えば突き抜けることを躊躇わない胆力など、流石は傭兵と称されると納得する。
全体的に年若い秩序の戦士達の中でも、どちらかと言えば年下に区分けされるスコールだが、その中でも戦場に対する意識は抜きんでていた。
そんな彼から、一時でも師事を仰ぐ者として選ばれたのなら、少々自惚れに頬を緩めても許されるだろう。

閉じた本を山にして、スコールが本棚にそれを返しに行く。
それを横目にふと窓の外を見れば、いつの間にか濃い夕焼け色の陽が差し込んでいた。
間もなく日が落ちて夕飯になるだろう頃合いに、ルーネスも本を閉じて席を立った。


「そう言えば昨日、スコールの世界で使われてる魔法の本を読んでみたんだけど」


言いながら彼の後ろを通り過ぎ、隣の書架に本を戻す。
スコールは腕に抱えている本を一つ一つ、元遭った場所に戻しながら、


「初級向けの教科書か」
「面白いね。魔法があそこまで細かく分析されているなんて。あれで初心者向けってことみたいだけど、あれは誰でも読めるものなの?」
「ああ。俺がいたガーデンでは、授業の教材として生徒全員に配られる」
「スコールの世界の魔法は、僕らが使うようなものとも違うみたいだし。もう少し読んでみようかな」
「書いてあるのは初歩の初歩だった筈だ。あんたが今更知るような事もないと思うが」
「魔法が科学的に分析されているものなんて、僕には初めて見るものだよ。この理屈が理解できれば、自分の魔法の成り立ちだって、もっと細かく分かるかもしれない。分かれば、何か応用が出来るかも」


知識に貴賤なし────それが異世界のものであっても、ルーネスはそう思う。
取り込めるものは何でも取り込み、良いところを抽出すれば、更に力は磨かれる筈だ。
その為にも、この書架で見つかる本と言うのは、どれも捨てるものはない。

ルーネスの言葉に、スコールが小さく呟いた。


「研究熱心だな」
「スコールほどじゃないよ。僕の所に、こうやって勉強しに来るなんてさ」


感心したと呟くスコールに、ルーネスも真っ直ぐその言葉を返した。

勉強と一口で言っても、先ずそれに手を付けるまでが中々ハードルがあるものだ。
加えて教鞭を求めるのなら、頼む相手が必要になる訳だが、それが年下と言うのはやはり自身の矜持が疼くものではないだろうか。
少なくともルーネスは、そう言うプライドが疼いてしまう。
それが自分の幼い面であると判っていても、保ちたい面子と言うものは、簡単には剥がせないものだ。

それを越えて「教えて欲しい」と頼みに来たスコールだ。
今だけのこととは言え、彼にものを教える立場を与る者として、向上心を忘れる訳には行かないだろう。


「それに、スコールの世界の魔法のことが分かれば、スコールの魔法の扱い方の感覚って言うのも、少しは判るかも知れないしね。魔法の使い方を教えるなら、その辺のこともちゃんと理解しておかないと」


スコールが扱う魔法は、“疑似魔法”だ。
科学的に分析された魔法の方程式を、科学的に組み立てて、“本物の魔法”に似せて使用されるもの。
その独自の成り立ちが分かれば、ルーネスが扱う魔法と、スコールの使う“疑似魔法”の違いも判るかも知れない。
ルーネスがそれを理解できれば、より一層、スコールが教鞭を求めるものにも近付くことが出来るだろう。

取り敢えずはあの初心者向けの本を読み込んでおこう。
今後の方針を固めるように呟くルーネスに、スコールの目元が微かに和らぎ、


「やっぱり、あんたに頼んで正解だった」
「え?何か言った?」
「いや」


なんでもない、と言ったスコールの口元が、いつもの真一文字よりも緩い。
下から見上げる目線であることで、ルーネスにはそれが一等見付け易かった。

見上げるルーネスを、オレンジ色の陽光を灯した、蒼の瞳が見詰めて、



「じゃあ次も宜しくな。ルーネス先生」



────冗談めかして言ったその単語が、思いの外少年の心に突き刺さる事を、彼は知らない。



2023/03/08

3月8日と言う事で、オニスコ。
赤い実はじけたその瞬間みたい。

基本的にルーネスが一番年下なので、ルーネスから教えを乞う事はあっても、誰かに教える立場になることは中々ないだろうなと。
そんな年下少年が、優秀と判っている人から不意打ちに「先生」って言われたら嬉しいんじゃないかなあ。
そしてドキッとして恋まで落ちてくれると楽しい。私が。

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