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User: k_ryuto

[16/バルクラ]ブラインド・マーキング



仕事をしていれば色々な所に出向くもので、其処には様々な匂いが存在しているものだ。
工業製品を扱っている工場に行けば、鉄の匂い、それが溶ける炉の匂い、製糸工場に行けばそれを染める薬品の匂い、食品加工工場に行けば、当然食べ物の匂い。
人と人が集まる場所においてもそれは同様で、生鮮食料品店に行けば野菜や生魚や出来立ての総菜の匂いがするし、スポーツジムにでも行けば、運動する人々の汗や体臭を感じるだろう。
洗濯に使われる洗剤だって、無香料を謡ってはいるが、それにも少なからず匂いと言うものは存在するのだ。
それは洗剤内に使われている薬品や、それの化学反応が作る匂いで、人の快不快に判ずるほど強いものではないので、指標にされる必要がない、と言う程度。
だから体質として、どうしても薬品類にアレルギーが出てしまう人間は、僅かでもそれが感じられると忌避反応を起こしてしまう。
世の中に、本当の意味で無臭と言うのは、まず滅多に存在しないと言って良いだろう。

匂いと一言で言っても、その中身は何万何億と言う種類がある。
人間は動物に比べると鈍い質ではあるが、それでも訓練次第で、その匂いを一つ一つ別のものと判別する事も出来る。
匂いは生き物にとって危険を察知する為の一つの指標であるから、その機能は決して馬鹿にして良いものではない。
野生動物は今もそれを頼りに身を守る術とし、特に目の見えない暗黒で生きる種にとっては、何よりも活かさなくてはならない感覚器官なのだ。

さて、人間は生物の中で匂いに鈍感なものだが、存外と繊細な匂いの差異を気付く事も出来る。
例えばコーヒー豆の違いであるとか、カレールーに使われたスパイスの種類であるとか、煙草のフレーバーの違いであるとか────日常に溶け込むそれらを、人間はきちんと振り分けられるのだ。
嗅ぎ慣れない匂いがするものであれば、それは「知らないもの」として日常的に触れているものとは別物だと判じる。
それは、毎日触れているものである程、敏感に感じる取る事が出来るだろう。

電車に乗っていつものように恋人の自宅へと向かう途中のことだ。
帰宅ラッシュの時間から少し外れて乗った車両の中は、椅子こそ埋まってはいたものの、通路はすいすいと歩ける程度に空いていた。
どうせそれ程間もなく降りるのだからと、吊革に捕まって立っていたクライヴだったが、その後ろから、突然甘い匂いが襲い掛かった。
人工的に強いそれが、香水の類だと悟るのには時間はかからず、ちょっと強いな、と思いはしたものの、気分を害すようなものでもない。
深くは気にせず目的駅への到着を待っていたら、電車が大きく揺れて急停止した。
踏切を越えて自殺をしようとした人間がいたらしく、幸いにも電車の急ブレーキは間に合ったが、お陰で電車の運行は大きく後れることとなる。
巻き込まれた人間は溜息を吐いて待つ他なく、結局、小一時間ほど車内に閉じ込められていた。

予定は狂ってしまったが、最中に恋人に連絡をしたので、あちらは止むを得ないと受け取ってくれた。
それから電車がようやく動き出し、やっと恋人の家に着くと、いつもの渋面に迎えられる。


「悪いな、電車が遅れて……」
「既に聞いた。ニュースにもなっている」


詫びるクライヴに、端的に答えるバルナバスは、到着の遅れを特に気にしてはいないらしい。
拗ねると後を引くんだよなと、そうはならなかったことに安堵しつつ、クライヴは靴を脱いだ。

到着したら先ずはやる事をやらねばと、クライヴは早速キッチンに入る。
二日前に詰め込んだ冷蔵庫の中身を確認すると、予想の通り、作り置きに使ったタッパーのみが消え、食材諸々はそのまま綺麗に残っていた。

電車に閉じ込められている間、時間を持て余すのも勿体ないと、考えておいたレシピに必要な材料を取り出す。
バルバナスはと言うと、対面式キッチンの向こうで、パソコンを開いてじっと液晶画面を睨んでいた。
普段と変わりないその横顔を見ながら、どうせ昼も碌に食っていないのだろうと、まともな食生活意識のない恋人のパターンを思い描きつつ、まずは栄養値の高いものを食わせようと決める。
野菜をヘタや芯まで無駄なく使い、タンパク質の豊富な鶏肉をメインにして、味付けについては簡素に。
何を食べるにしても大して表情が変わる所は見ないのだが、油ものと味の濃いものはあまり得意ではないらしい事は、色々と食べさせている内に分かったことだ。
薄味が良いのは健康を思えば良いことで、とは言え飽きないように───そもそも食に飽きると言う程、彼に執着もないのだが───工夫しながら調理をしていく。

鍋の中でスープをくつくつと似ていると、かたり、と音がした。
見ればバルナバスが席を立っている。
仕事をしていると、数時間でも微動だにせず座っている彼にしては珍しいことだったが、クライヴは特に気にはしなかった。
息抜きか気分転換か、偶にはそんな事もあるらしいと言う事は、極稀に見ることがあるので知っている。
そう言うものだとう、と思ったのだ。

───が、流石に後ろから伸びて来た腕が腹に巻き付いたのには驚いた。


「っバルナバス、」


他に誰がいる訳でもないこの場所で、そんな触れ方をしてくる人間は一人しかいない。
思いもよらなかった密着感が背中にやってきて、クライヴは一瞬動揺した。
背中に重なった男はと言うと、クライヴのそんな様子は気にも留めず、黒髪の隙間から覗く項に唇を押し付けている。


「おい、危ない」
「……」
「聞いてるのか、こら」


調理中に悪戯は怪我の下にしかならないのだから、勘弁してほしい。
図に乗せてはいけない、とクライヴは肘で背中の男の腹を押す。
しかしバルナバスと言う男は、そんな叱る声を気にもせず、ぬるりと生温い舌を項に当てて来た。


「ん……っ」
「……クライヴ」


低く耳に心地の良い声で名前を呼ばれると、否応なくスイッチが入りそうになる。
が、クライヴはぐっと歯を噛んで堪えると、腕を使って振り向きながら、密着する男を押し剥がした。


「料理中だ。危ないだろう」
「後にすれば良い」
「それこそそっちが後にしろ」


聞き分けのない子供を相手にしている気分で、クライヴはじろりと男を睨む。
と、男の方もクライヴに負けず劣らず、渋い表情で睨むように此方を見ていた。
どうも機嫌を損ねているらしいバルナバスに、クライヴは溜息を交えて、


「……一体なんだ。何か用でもあるのか?」
「………」


大概、この男はマイペースで此方の都合を考えない所があるが、幾つかのルールは順守してくれている。
調理中に邪魔をするのも、基本的にはしない事だ。
じゃれあいにしても程度は加減しており、精々甘えてくる所までだったのに、今日は明らかにその先を匂わせている。
ルール違反は明らかなので、仕方なしに理由を問うてみれば、バルナバスはまたも不満げに眉間の皺を深くした。

じっと睨む碧眼に、言葉が少ない男である事は重々承知しているクライヴだったが、やはり言うものは言ってくれないと分からない。
此方から切り崩しにいった方が早いかと思案していると、思っていたよりも早く、バルナバスの方が口火を切った。


「……貴様、何処をうろついて来た」
「何処って───別に、いつも通りに来たつもりだが」


最寄り駅から此処に来るまで、クライヴは特に寄り道した覚えはない。
まさか到着が遅れた事を指しているのかと思ったが、電車の遅れは先に伝えてあったし、事の次第はニュースにもなっていたとバルナバスが言っていた。
妙な疑いをかけられるような覚えはない、とクライヴが眉根を寄せていると、バルナバスは深々と溜息を吐く。


「気付いていないのか。自分自身の事だろう」
「意味が分からない。ちゃんと説明してくれ」


やはりこの男は言葉が足りない。
出会って何十回目になるか、そんな事を改めて実感しながら、クライヴはかみ砕いた説明を要望した。

バルナバスは、この男にしては珍しく呆れた表情を浮かべ、


「妙な匂いがしている。何処でつけてきた?」
「匂い?」


見るからに不快と言わんばかりに、眉間どころか鼻先まで皺を寄せそうなバルナバスに、そうも強い匂いがついているのかとクライヴは首を傾げる。
汗臭いのか、でも今日は汗を掻くほど暑くはなかったし、来るのは遅れたが走った訳でもないし、と腕の匂いを嗅いでみるが、特に感じるものはない。

バルナバスの言う“妙な匂い”を探してみるクライヴだったが、腕も襟も、シャツの胸元も確認してみるが、それらしいものは判らなかった。
そんなクライヴに、バルナバスは「鈍い奴め」と忌々しくも聞こえそうな声色で呟いて、


「背中だ。酷い匂いがする」
「其処まで言うか……でも、背中なんて別に────」


思い当たる節もない、と言いかけて、ふとクライヴは思い出す。
事故未遂で緊急停止した電車の中で、偶々後ろに立っていた乗客が、強い香水の匂いを振りまいていたことを。
その人物は、電車が急ブレーキをした際に、バランスを崩してクライヴの背中にぶつかっていた。
無論意図した事ではないし、ぶつかった本人からも詫びを貰ったし、突然のことだったのだからクライヴも気に留めていない。
だが、おそらくその時、擦れあった服に香水の匂いが移ってしまったのだろう。
それから小一時間は一緒にいたから、距離の近さも相まって、匂いが残ったのかも知れない。


「……電車の中で、近くに香水をつけていた人がいた。それだけだ」
「匂いがそうも移る程に密着していたとでも?」
「密着なんてしていないが……ぶつかったのはある。その後は閉じ込められていたからな。その所為だろう」


クライヴの言葉に、バルナバスはじっと睨むばかり。
心なしかその唇が尖っているようにも見えるが、そんな顔をされてもな、とクライヴは思う。
匂いの下となったであろう人とは、ぶつかった詫びと合わせて、お互いの不運に一言二言交わした覚えはあるが、その程度のことだ。
電車が動き出してからは背中合わせで立っていて、降りたのはクライヴが先で、その後の事は知らない。
その程度でしかないのに、疑うような顔をされても、弁明も説明もこれ以上するものはなかった。

クライヴは、それまでなんともなかった背中が、急にむず痒くなるのを感じた。
バルナバスの舌が触れた項も、心なしか擽る後ろ髪がくすぐったく思う位には、薄らとした熱が宿っている。


(これは、要するに……あれなんだろうな。縄張り意識と言うか)


この家の中は、バルナバスの為に誂えられたものしかない。
寝室、リビング、ダイニングに置かれた調度品は勿論、クライヴが来るまで碌に使われた形跡もなかったキッチンでさえ、バルナバスの為のもの。
クライヴが来るようになるまでは、主であるバルナバスの他は、秘書のスレイプニルくらいしか入った事がないのだ。
旧知だと言うシドでさえ、顔を合わせるのは専ら外で、十数年の付き合いで此処に入ったのは片手で数えて足りると言う。
そうまで徹底されていれば、此処に他人の匂いや気配が微塵のほどに感じられないのも無理はない。

其処にクライヴは他人の匂いをつけてやって来た訳だ。
クライヴ自身は特別に此処に来ることを許容されているが、かと言って、それ以上のものをまとわせて来ることを許可した覚えはあるまい。
“酷い匂い”とも言っていたし、種類問わずに香水の類を嫌う人間もいるものだから、バルナバスにとって余計に不快であったとすれば、意図していないとは言え、悪いことをした。


「悪かったな。飯を作ったら風呂を借りるよ」
「……」
「ついでに着替えも借りる。匂いはそれで少しはマシになるだろう」


これ以上の地雷を避けるなら、それが無難だろうとクライヴは思った。

取り合えずは、夕飯の支度だけは先に済ませておかなくては。
メインの下拵えが済んで、オーブンに入れたら、その間にシャワーを浴びよう────と思っていたクライヴだったが、その腰に太い腕がしっかと回る。


「バル、」


拘束される感覚に、まだ何か怒っているのかと名前を呼ぼうとして、塞がれた。
瞬きをすれば睫毛が擦れあうほどに近い距離で、碧眼が薄暗く熱の籠った色を灯している。
無防備にしていた唇の隙間から、ぬるりとしたものが侵入してきて、クライヴのそれを絡め取った。

耳の奥で唾液の交じり合う音がする。
それはしばらく続いた後、クライヴの呼吸も飲み込んで、ようやく離れて行った。


「っは……なんだ、急に」


足りなくなった酸素を取り込みながらクライヴが抗議すれば、腰を捕まえる腕が益々力を籠める。
離すものかと言わんばかりのその力に、これはもうこっちの話は聞かないな、と悟った。

後ろ手でコンロのスイッチを探り、火を消す。
近い距離にある緑の瞳が、ようやくほんの僅かに機嫌を直して、眉根の皺が緩んだ。
背中を滑る手が、其処にある目に見えないものを拭い取ろうとしているかのようで、少し擽ったかった。





これは多分匂いでマーキングしてた王。

ボディソープだったりシャンプーだったり、部屋のアロマとかだったり(用意したのは全部スレイプニル)を共有してる状態になっているので、知らず知らずにバルナバスと同じ匂いがするようになってたクライヴ。
なのにクライヴが自分のじゃない匂いをつけて来たので、ちょっとお怒りしたらしい。と言う話。

[16/シドクラ]包まれたいのはただ一つの



ふ、と嗅ぎ慣れない匂いを感じた。
職場で香ったそれは、幼馴染が身に着けていた香水で、珍しいこともあるものだと思った。

ジルは花の香りが昔からよく似合う。
彼女の家の庭には、よく手入れされた庭園があり、彼女もよく其処で過ごしていたから、季節ごとに咲く花の香りが彼女を包んでいた。
クライヴ自身は花に詳しいことはなかったが、彼女と一緒に花に水やりをした事もある。
その時、このお花はね、とその特徴や花言葉についてジルが話してくれるのを、弟と一緒に聞いていたものだった。

成人し、クライヴが実家を出てから、ブラック会社の激務もあって、段々と連絡も途切れがちになり、二人の間は必然的に疎遠になった。
しかし偶然とはあるもので、クライヴが拾われた会社に、追うようにしてジルもやって来ることになったのだ。
彼女は彼女で、中々大変な環境にあったらしく、再会した時には、綺麗な銀色の髪が煤けて見える程だった。
環境がすっかり変わった今、ジルはクライヴと共に、シドの会社の事務員として働いている。
労働環境と言うのは全く大事なもので、ひと月もする頃には、彼女は柔らかな笑顔を取り戻していた。

実家にいた頃と違い、花の世話をする暇もなかったジル。
当然、いつかの頃にまとわせていた花の香りも縁遠くなっていたのだが、同じ事務員であり会社の先輩にあたるタルヤから、気分転換にもなるから、と香水を貰ったそうだ。
女性に似合う、洒落た造りの香水瓶に、ジルは勿体なさもあって中々手が出なかったが、とは言え一度も使わずにしまい込むのもどうかと、試しに一吹きしてみたらしい。
その柔らかくて優しい香りが、今日一日、彼女を包み込んでいたのだ。

それに気付いて、「良い匂いだな」と言ったクライヴに、ジルは嬉しそうに微笑んだ。
強すぎず、主張することもなく、近くを通った時にふわりとさり気無く香る、控えめながら芯がしっかりとした性格のジルに似合う香りだ。
「クライヴがそう言ってくれるなら、またつけても良いかも」とはにかんだジルに、是非また、とクライヴは言った。

香水が齎してくれる効果と言うのは、色々とある。
古くは不快な匂いを消す、と言った目的であったものが発展し、今ではリラクゼーション効果や、おしゃれの一種として幅広く嗜まれている。
クライヴはと言うと、母が日常的に身に着けていた事から、それそのものは身近だったが、自身が利用したことはなかった。
好奇心の強かった幼い時分の弟と一緒に、父が稀に身に着ける香水を借りてつけて貰った事がある。
その時、弟のジョシュアは「良い匂いだね」と言い、クライヴもそれに頷きはしたが、正直に言うと、あまりはっきりとは判っていなかったりする。
馴染みのない匂いがする事はするが、それが快いかどうかは、あまり琴線に触れなかったのだ。
父が愛用していたものは、母のものと違って強い芳香がするものでもなかったから、余計にピンとは来なかったのかも知れない。

しかし、大人になって改めて、幼馴染が身に着けていたそれは、クライヴにもささやかな安らぎを与えてくれた。
それがジルが相手だったからなのか、香水の匂いがクライヴの鼻に合っていたのかは判らないが、ともかく、成程香水とはこうやって楽しむものなのだ、とようやく知れた気がした。

一日の仕事を無事に終えて、いつものように帰宅する。
普段は二人で使っているマンションの一室は、此処三日ほど、クライヴの一人天下だ。
同居人のシドが出張に出ているので、一人で使うには聊か持て余す空間を、のんびりと使っている。

そんな天下も今日で終わりだ。
何時になると正確に聞いてはいなかったが、今夜、シドが帰ってくる。
夕飯をどうするかも確認してはいないが、取り合えず二人分の食事を用意し、余ってしまえば明日の晩に温めて出せば良いだろう。
その傍ら、夕飯は済ませてくるかも知れないが、ワインは飲みたがるかも知れないと、つまみになるものを用意しておく事にした。
これも残れば冷蔵庫に入って、明日の晩飯か晩酌か、いずれにしろそう言った調子で消えるに違いない。

気ままなもので、クライヴは夕飯をいつものダイニングテーブルではなく、リビングのソファ前のコーヒーテブルへと持ってきていた。
テレビを見ながら食事をすると言うのは、少々躾やマナーに厳しい環境にいたクライヴにはあまり馴染みがなかったが、シドと同居するようになってからするようになった。
楽にするのが良いだろう、と言っていたシドに、一緒に過ごすにつれ、段々と感化されてきたのだろう。
人目があればクライヴはなんとなく背筋を伸ばさなくてはと思うが、時折こうして、今くらいはと肩の力を抜けるようにもなっている。

若者が好んでいるのだろう、テンポの速いダンスミュージックを流すテレビを、眺めるともなしに過ごしながら、夕飯を終えた。
風呂の準備をしておく傍らに、空になった食器を洗っていると、玄関の鍵が外れる音が聞こえる。
濡れた手を軽く拭いて玄関を覗けば、思った通り、同居人の帰宅だ。


「お帰り、シド」
「ああ。大分遅くなっちまったな」
「飯は?」
「まだだ。何かあるか?」
「夕飯、あんたの分も作ってある」
「そりゃ有難い」


靴を脱ぎながら言ったシドは、普段の仕事着に比べると、随分と洒落の効いた服装だ。
今回の遠出が単なる出張ではなく、箇所箇所でシド曰く“お偉いさんのご機嫌伺い”があったのだとか。
服装にこれと言った決まりがあった訳ではないが、身に着けるもの一つ一つに洗練が必要だった。
無論、トータルコーディネートも大事な訳で、シドはネクタイピンやハンカチーフなど、細々した所まで気を付けて、数日分の服装を整えて行った。

しかし、それも家に帰れば必要のないこと。
リビングに入ると、早々に上着を脱いでネクタイを緩め、ふう、と一つ長い息を吐く。
その手が何を求めているのか、クライヴは直ぐに察して、この数日間、コーヒーテーブルの端でぽつんと待ち惚けにされていた、真新しい煙草とライターを差し出した。


「ほら、これだろう」
「気が利くね」


クライヴの手から煙草の箱を受け取って、シドは早速その封を切る。
それを横目に、さて夕飯を出さないと、と彼の後ろを横切ったクライヴだったが、


「……?」


ふと鼻腔を擽った、花の匂いに眉根を寄せる。
少しばかりつんと刺さるような匂いは、この部屋でまず嗅ぐことのないものだ。

シドはソファに座って、煙草の火をつけた。
出先で切らせたか、移動中は我慢していたのか、シドは肺一杯に煙を堪能してからそれを吐き出した。
少し疲れの見える眦が微かに緩んで、シャツをボタンを外す仕草と合わせ、ようやく息が吸えたと言っているよう。

そんな仕草の傍らで、クライヴは漂う花の香りが気になって仕方がない。


「シド」
「ん?」
「……何か匂うんだが」


眉間に皺を浮かべて言ったクライヴに、シドは腕を鼻に寄せ、


「臭いか?」
「いや、そう言う訳じゃないんだが。その……強めの花の匂いのようなものがする」
「────ああ。成程な」


クライヴの言葉に、シドはしばし考える仕草をしてから、気付いた。


「香水だ。俺のじゃないがな。今日会った社長が使ってたものだろう」
「移り香か……こんなに強い匂いがするものを使ってたのか?」
「そんなに強いか?向こうさんも程度は判ってる奴だと思うが。まあ、何度も使ってると、鼻も慣れて麻痺することはあるかもな」


言いながらシドは、自分の手首や掌を何度も嗅いで確認している。
「ああ、確かに匂うな」と小さく呟いたので、彼も感じない訳ではないようだが、クライヴほどはっきりとは嗅ぎ取れないらしい。

クライヴは引っかかる感覚を思いながらも、取り合えずは夕飯の支度だと切り替えた。
まだ鍋に残っていたスープを少し温め直して、味をしみこませて寝かせていた肉を焼く。
疲労感もあるのだろう、ソファから動く気のないシドの為、コーヒーテーブルの方へと皿を並べた。
ワインの摘まみもあると言うと、それは食事の後で、とのことだ。

シドは煙草を一本、吹かし終えてから、夕食を食べ始めた。
灰皿で名残を燻らしている煙草は、クライヴにもすっかり馴染みのある匂いを立ち昇らせている。
が、どうにもクライヴは、その匂いが混じりのあるものに感じられて、落ち着かない気分になっていた。


(……変な匂いだな)


この部屋で花の匂いがしているのも先ずないことで、其処にシドの煙草の匂いが混じると、なんとも妙だ。
花の匂いが嫌いな訳ではないし、それが多少癖のあるものだと感じても、それがクライヴの神経に障る事はない筈───少なくとも、今まではなかった筈だ。
香水の匂いなど、職場でも身に着けている人は少ないながらにいるし、街を歩いていても、香水でも街路樹でも、触れない訳ではないのだ。

それなのに、今、此処で香る花の匂いは、なんとなく気に入らない。
普段はしないからなのか、それとも────

と、思考の海に沈んでいるクライヴに、シドがフォークを片手に眉尻を下げて笑う。


「なんて顔してるんだ、お前」
「……?」
「眉間の皺が酷いぞ。鏡でも見て来い」


くつくつと笑って言ったシドに、クライヴは唇を尖らせる。
シドが言うほど、酷い顔をしているつもりはないが、反面、渋面になっている自覚はあった。


「変な匂いがするからだ」
「さっきも言ったが、そんなに匂うもんかね」
「あんたが気にしていないのが不思議なくらいだ」
「自分の匂いってのは分からないものだからな。とは言っても、よっぽど強ければ分かるつもりだが…」


シドはもう一度、手首を鼻に寄せてみる。
しばらく匂いを確かめてみるが、やはりクライヴが言うほどには感じないようで、首を傾げるばかり。
得心の行かない顔をするシドに、クライヴは変わらない渋面でぼそりと言った。


「歳で鼻も鈍ったんじゃないか」
「言ったな、若造。お前よりは鼻は鍛えてあるつもりだぞ」
「どうだか」
「やれやれ、やけに突っかかるな。久しぶりに帰ってきたってのに」


つんとした表情を見せるクライヴに、シドは眉尻を下げて肩を竦める。

ご機嫌斜めだな、と言ったシドに、確かにそうだとクライヴも思った。
どうしてだか、気分と言うか神経と言うか、ピリピリとした感覚が萎えなくて、香る匂いが文字通りに鼻につくのが気に入らない。
早く消えれば良いのに、飯の前に風呂にでも突っ込めば良かったか、とまで思う。

そんなやり取りをしている間にも、シドの夕飯は綺麗に平らげられ、クライヴはそれを片付ける為に席を立った。
シドはと言うと、普段ならば食後の一服と煙草に手が伸びるものであったが、


「風呂、入れるか?」
「ああ、用意はしてある」
「じゃあ先に浴びるか」


そう言って席を立つシドに、珍しい、とクライヴが思っていると、


「落とせる匂いはさっさと落としておこうと思ってな。鼻の良い誰かさんが、これ以上拗ねない内に」
「誰が拗ねてるって?」
「おっと、自覚があったらしいな」


くつくつと喉を鳴らしながら、シドはさっさとリビングダイニングを退散する。
揶揄われた、とクライヴは唇を尖らせた。

一人残ったクライヴは、カーテンの隙間から覗く窓を、ほんの少しだけ開けておく。
部屋の中に残っていた煙草の煙と匂いと一緒に、それと混じって漂っていた花の匂いも、外へと流れ逃げていった。



その夜、殊更匂いを確認したがるクライヴを、シドは気の澄むまで好きにさせていた。






いつもの匂いじゃないのと、何処かの他人がつけた匂いが気に入らなかったクライヴでした。

香水とかは嗜むもの、楽しむものなので、周りに迷惑がかからないくらいの匂いなら気にすることはない。
ジルがつけていたら似合うとか良い香りとか思うし、ジョシュアがつけていてもそうだと思う。
シドも場面によっては身につける事もあるだろうし、理解はしている。
しているが、家に帰ったら自分の縄張りみたいなもので、其処にいるシドは自分のものなので、意図されていないものだとしても、他人の気配が感じられるのが嫌だった訳ですね。独占欲です。

[セシスコ]人差し指の理由

  • 2024/04/08 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



元の世界でも、使うものが限られていた武器であるから、「見せてくれ」とねだられるのは、それほど珍しいことではなかったと思う。
それに応えてやるかどうかは、その時の気分次第と、相手を信用できるかどうかと言うこと。
一瞬とは言え、愛用の武器を他人の手に預けることになる訳だから、万が一にもそれで不意を突いてくるような相手には渡す訳には行かない。
信頼性として其処が担保できる相手であったとしても、その人物が不慮の事故でもしたら────例えば安易にトリガーを引くとか、振り回してその辺にぶつけるだとか、そんな事があったら目も当てられないのだ。
ガンブレードはその特異な構造の複雑性と、銃と同様に火薬を籠めた弾丸が装填されているものだから、雑に扱えば誤作動を起こしてしまう、繊細な代物なのだ。
元の世界では、その複雑さと繊細さ故に敬遠され勝ちな武器だが、敢えてそれを扱いこなすことにスコールは拘った。
と同時に、それの扱いは慎重にすべきであると、誰よりも理解している。
だからこそ、「見せてくれ」と言われた時、気軽に「ああ良いぞ」とは言えないものなのだ。

神々の闘争の世界で、スコールの武器について、「見せてほしい」と最初に言ったのは、当然ながらバッツとジタンの二人だ。
もとより彼らが一番距離が近くなっていたのもあり、他のメンバーとは長らく距離を取った位置を保っていたスコールに、そうやって踏み込んでくるのは、彼らくらいのものだった。
その頃には、二人の性格と言うものをスコールも把握していたから、返すか刃で切りかかられることはないと判ってはいたが、かと言って簡単に見せる気にもなれなかった。
何せバッツとジタンの二人は、良くも悪くも明るく奔放であったし、ジョークと言うものを好む。
ちょっとした冗談、そうでなくとも好奇心で、軽く振るった拍子にその辺りにぶつけてしまう、と言う事故も想像が容易かった。
だからスコールはそのおねだりを無視していたのだが、結局は飽きずにねだり続ける彼らに抵抗を諦めた。
余計な所を触るなと、諸注意を強く強く言い聞かせた上で、二人の手に預けたのが、この世界で武器を他人の手に渡した最初の出来事だろう。

その後、武器となれば興味が尽きないフリオニールからもねだられた。
こちらはフリオニールの性格を考えて、諸注意を済ませた上で貸している。
元々フリオニールとは、砥石や油の融通をすることもあり、一緒に武器のメンテナンスをしている事もあった。
ガンブレードが特殊な構造をしていることも、スコールがその扱いを粗雑にするのを嫌うことも判っていたから、「フリオニールなら大丈夫だろう」と思ったのだ。
この扱いの差に、先の二人からは文句も出たが、どうせそれもじゃれつく理由の一つに過ぎないので、大して気にしてはいない。

それからしばらくすると、クラウドがやって来た。
彼とは元の世界こそ異なるものの、文明や機械技術の発展レベルが近しいことは知っていた。
世界に普遍的に普及している武器の一つとして、銃器の類も珍しくはなかったし、大型駆動の機械兵器や、電子技術も含めて作られた、大型の大砲もあるのだとか。
そんな彼でも、ガンブレードは初めて見るものだったらしい。
あるものと言ったら、銃歩兵が接近戦の時に使う、銃先に刃を取り付けるもので、それも結局は、銃が使えない環境下での応急武器に過ぎない。
あくまで“剣”として使うものに、弾倉など取り付けることはない、と彼は言った。

またしばらくすると、そろそろ来そうだなと思っていた所に、ルーネスがやって来た。
知識欲の好奇心か、彼はとにかく、他にない形と構造を持ったガンブレードが気になって仕方がなかったようだが、見たいとねだるまでに随分と悩んでいたらしい。
他の面々が折々にガンブレードについてねだっているのを見て、今なら、と思って来たのだとか。
爛々と輝く好奇心の目は、スコールには聊か眩しくて眉根が寄ったが、この頃にはスコールの方も、仲間たちと過ごすことに慣れていた。
定型文のように、取り扱いに関する注意を告げた後、ガンブレードをその手に持たせている。
ルーネスは一頻り眺めた後、馴染みがないのであろう、銃機構部に関する特性や役割について、あれこれと質問して来た。
そして満足すると、「ありがとう」と丁寧な手付きで、持ち主の手に返している。

他人の武器に興味を持つメンバーは、こんなものだろう────と思っていた所へ現れたのが、セシルだった。

紆余曲折の果て、近しい間柄になったのは最近のことではあるが、とは言え彼が武器に興味を持つような性格だったとは思わなくて、スコールは少し驚いた。
が、見せて貰っても良いかな、と言ったセシルに、スコールは断る理由が見付からない。
まず性格として、セシルが他人の武器をぞんざいに扱う訳もなかったし、フリオニールにねだられた時と同様、メンテナンスをしている場に居合わせる事もあったから、その構造の繊細さも判っている。
銃については、馴染みがないと言うので、諸注意事項は必要と判断したが、スコールにとってもそれは慣れたものになりつつあった。

そして今、スコールの愛剣は、セシルの手に委ねられている。


「綺麗な刃だね。まっすぐで厚みにムラもない。良い造りだ」


秩序の聖域の裏側、普段は人気も多くはなく、偶に特訓などで人一人が素振りなどを行う場所で、セシルはしげしげと剣を眺めている。
その眼には、歪みのない銀色に反射する、自分の顔が映っていた。


「こんなに綺麗な剣は、僕の世界には珍しいな。余程腕の良い鍛冶師じゃないと」
「……そう言うものか」
「スコールの世界では、この位のものが普通に出回ってるものなのかい?」
「……いや、其処まで普遍的でもない。質の悪いものだって幾らでもある。少し打ち合っただけで折れるような粗悪品もあるだろうな。安価で質の悪い大量生産品も珍しくない」


ガンブレードは使い手が限られるものだが、かといって需要がまるでない訳でもなかった。
軍の訓練で使っている所もあったし、使い手は少なくとも、武器のカテゴライズとしてはコアな人気があったから、頻度は高くないものの、武器のアップグレード品やパーツは流通していた。
スコールの愛剣も、元は凡庸な代物だったが、使用パーツを厳選・洗練するにつれてカスタマイズが重ねられ、現在の質に仕上がったものだ。
その過程には、安物のパーツで試して失敗した例もあり、やはり金額は質にも影響するのだとひしひしと感じたこともあった。

セシルは歪みのない刀身をじいっと見つめ、うん、と何かに満足したように頷いた。
それから右手元の柄を見て、それを両手で握って構えてみる。
スコールが素振りをしている時の見様見真似のそれは、形だけは綺麗なものだったが、


「なんだか不思議な感じだな。普通に構えると切っ先の位置も違うし」
「剣の角度が違うんだ。それから、人差し指を伸ばしてトリガーに当てる」
「ええと────」
「あんた、銃は持ったことはないんだったか」
「全く知らない訳ではないと思うけど、扱ったことはないな」


精々、見たことがある、という程度だろうか。
セシルの言葉から、スコールはそう察して、普段自分が武器を持っている時の手の形を作って見せる。


「俺の場合は、大体この形になる」
「ふむ。これは今やってみても大丈夫?」
「安全装置をかけてある。指をあてるだけなら問題ない。不安なら良い」
「いや、やってみよう。こんな機会はそうないだろうしね」


慎重でありながらも、好奇心はあるのだろうか、セシルは言われた通りにスコールの手の形を真似してみる。
その手でガンブレードを握り直し、トリガーに人差し指をかけるセシルだったが、


「これは指が引き攣りそうだな」
「まあ……そうなる事もあるかもな」


セシルの言葉に、そういう事もあったかも知れない、とスコールはぼんやりと思った。
もう愛剣が手に馴染んで久しいので、スコールの手はすっかりそれを握る型を覚えたし、引き金を引く時に撃鉄の抵抗感を重く感じる事も滅多にない。
だが、使い始めた頃は、セシルが言うようなこともあったのだ────恐らく、ではあるけれど。


「何も常にその状態でいる訳じゃない。戦況に応じて必要な握りにして、威力が必要な時には引き金を引く。それから、弾の数も限られるから、無駄遣いも出来ない」
「中々難しい武器だな」
「あんたも似たようなものじゃないか。武器に魔力を込めながら振るうだろう」
「確かに魔力を込める時には、集中する必要があるけれど、握りをその時に合わせて都度持ち替えたりはしないよ。少なくとも、僕はね」


セシルの言葉に、そういうものなのか、とスコールは眉根を寄せる。
“疑似魔法”しか扱ったことのないスコールには、上手く想像は出来そうになかった。
戦いながら、動きながら魔法の発動に集中を割くよりは、引き金を引けば発動する構造になっているガンブレードの方が、易いものに思う。


(……詰まるようなことがなければ、だけど)


戦闘中、引き金を引いた瞬間に、普段と違う感触をした時の、嫌な感覚と言ったら。
そんな事が起きないように、愛剣のメンテナンスは細かく行っているものだが、誤作動と言うのはいつ何時起こるか判らない。
勿論、それが起こっても冷静に戦い続ける訓練をしてはいるつもりだが、やはり一拍の焦りと言うのは生じてしまうものであった。

そんなことを考えているスコールの傍らで、セシルは剣の握りを何度も確認している。
人差し指が数回、伸ばして戻してを繰り返し、トリガーに指を当てては離して、


「うん。成程。面白い武器だな」
「……そうか」
「僕には扱えそうにないけどね。感覚が違うのがよく判ったよ」


そう言ってセシルは、ガンブレードの切っ先を下ろした。
ありがとう、と返される剣を受け取り、スコールは握り手の感触を確かめながら、一回、二回と剣を振る。
普段のそれと遜色がないことを確認して、スコールは愛剣を光の粒子へと戻した。

これでセシルからの用事も済んだだろうと、スコールは屋敷内に戻ろうと踵を返そうとしたが、


「道理で、ね」
「……?」


聞こえた呟きに、スコールがその主を見遣れば、セシルはくすくすと笑っている。
何かに納得し、楽しそうな表情に、スコールの眉間の皺が二割増しに寄せられた。
それに気付いたセシルが、じっと睨むように見つめる少年を見て、柔い笑みを浮かべて言う。


「スコール。右手の人差し指の力、他の指より強いだろう」
「……そうかもな」


セシルの指摘に、思い当たる節はある、とスコールは頷いた。
其処はガンブレードのトリガーを引く場所で、戦闘の為に頻繁に使うから、指の形も癖がついている。
挙げれば他にもなんらかの癖がついた指はあるだろうが、最も酷使しているのは其処だと言って良いだろう。
トリガーは決して軽いものではないから、引く際にはそれなりの抵抗力が返ってくるものだし、それを突破する為に強く引くことを繰り返していれば、自然と指の筋肉も鍛えられている。

セシルは自分の右手をひらりと翳すと、その手で引き金を引く仕草をして見せる。
彼の手は、中性的な容貌とは裏腹に、固い骨と厚みのある筋肉に覆われて、戦士らしく骨張っている。
その人差し指がぴんと真っすぐ伸びて、スコールに曲げる様子を見せながら、


「背中で君を感じる時に、“此処”のが特に伝わってきてね」
「……は?」
「手全体もそれなりに強く感じるけど、やっぱり、此処が一番残る気がするんだ」


急に何を言い出すのか、何を言っているのか。
セシルの言わんとしていることの意図が読めず、スコールは眉根を更に寄せて首を傾げる。
しかしセシルは、それ以上を詳しく言うつもりもないようで、いつもの柔い笑みを深めるばかり。

スコールは立ち尽くして、セシルの言葉を頭の中で反芻させる。
背中、人差し指、残る────何が。
自分の指が、セシルの背中に、何かを残すなんて────と、其処まで考えてから、まだ遠くはない薄闇の中で見た情景が、それまでの思考を塗りつぶすように脳裏に蘇る。


「……────!」


自分の指が、セシルの背中に当たっている、そんな瞬間は一つしかない。

訝しげな表情から一転、沸騰したように真っ赤になったスコールに、セシルはまた満足げに笑う。
見開いた眼に、限界まで羞恥心を浮かばせる少年へ、セシルは翳していた手をそのまま頬へと運ばせた。



赤らんだ頬に滑る人差し指の感触に、言葉を失う恋人を、セシルは愛おしげに撫でるのだった。



4月8日と言うことでセシスコ!

オペオム終了日、記念に最後にガチャを回したら、スコールとセシルがやって来たので、武器関連でセシスコが話をしてるのとか書きたいなと。世界はディシディア013ですが。
セシルの世界は大砲はあったし、飛空艇もあるし、月の文明もあるので、銃火器類と無縁ではないと思うのですが、セシル自身がその手で銃を持ったことはないだろうなと。
触り慣れない感触にふんふんとしつつ、スコールの癖の理由の一つを知って満足感に浸ってると良いな。

[クラスコ]ビギナーズ・ブラッド

  • 2024/03/12 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF

013世界で7Rカードゲームネタ




元の世界の事については、ほぼ覚えていると言って良い。
これは秩序の戦士達の中にあって、少々珍しいことだった。
多くは元の世界のこと、更には自分自身のことも曖昧だと言うのが、半分以上の仲間達に見られる状態だ。
そんな中でクラウドは、元の世界で自分自身が辿った旅路と言うものを、───少なくとも、自分自身の足で歩いて目で見た範囲では───明確に思い出すことが出来る。

とは言え、細々としたことについて、多少なり霞がかかる部分もなくはない。
それは普通の記憶、思い出としても無理のない、脳処理の為に行われる情報淘汰の結果なのだろう。
だから例えば、本屋で見付けた定期購読している雑誌の特集ページが何だったとか、どこそこの商店街で擦れ違った誰それだとか、そんなことは重要な情報ではないから、必然的に抜け落ちて行くのだ。

恐らくは、そう言う類だったのだろうと思う。
ある日、食糧や回復薬などと言った備蓄を雑多に押し込んだ倉庫で、クラウドは“それ”を見付けた。
こんなものがあっただろうか、誰かが何処かで拾って来たのだろうかと思ったが、恐らくは、また何処かの世界から勝手に迷い込んだのだろう。
見れば賑やか組あたりが真っ先に飛び付きそうな代物なのに、こんな場所に押し込められているのだ。
見付けたのが他の仲間であれば、この倉庫に収められる可能性もなくはないが、その場合、そもそも持ち帰られたりはしないだろう。
見た目通り、中々に嵩張る代物だから、道行の邪魔になる、と言うのが冷静な面々の判断に違いない。

それを思えば、これが倉庫に迷い出でたと言うのは、ある意味で幸運だったのかも知れない。
そうでなければ、きっと忘れ去られて朽ちていくのみであっただろう。
だったら、この港運に肖って、一度くらいは日の目に出してやろうか、とクラウドは思った。

とは言え、これはどうやって遊ぶものだったか。
幸いにも、組み立てられたセットの中に、取扱説明書とルールブックが入っていた。
先ずはこれを読み込んで、支障のない程度の説明が出来るようになってから、皆の前に披露目させるとしよう。
そう思って、クラウドはいそいそと、その遊戯アイテムを自分の部屋へと運び込んだのだった。




倉庫で見付けたボードゲームは、それから三日余りで、秩序の戦士達の前に公開された。
『クイーンズ・ブラッド』の名を持つそのゲームは、1on1の対戦型のボードゲーム。
三つのレーンをカードを使って陣地を取り合い、レーンごとにポイントを競い合うと言うもの。
稼いだポイントは、最終的にはレーンごとの勝利した所が集計され、より多くの合計ポイントを稼いだ方が勝利する。
主にはその遊び方がメインとなっているが、中には特定のカードのみを使い、指定された条件を果たすことで勝利とする、脳トレーニングのようなパズル式のゲーム方法もあった。

新たな遊戯の導入に、若い戦士達は、思った通りに飛び付いた。
まずは好奇心が旺盛なバッツとティーダが、続いて賑やかし事なら歓迎しない手はないとジタンが。
ボードには立体的なオブジェもあり、こちらはティナやセシルの関心を引いたようだ。
ボードは一つしかないから、先ずはクラウドが手本に、相手はウォーリアを指名する。
先ずはお互いの手札が完全に見える状態にして、これはこう、ここはこれ、このマスが特殊効果があって……と一つ一つ紐解いて行く。

ゲームと言えば、秩序の戦士達の間では、色々と交わされている。
トランプやチェスと言った、何処の世界にも普遍的に存在しているもの以外でも、スコールの『トリプル・トライアド』や、ジタンの『クアッドミスト』はよく見るものだ。
その時々の気分でそれぞれ息抜きに遊んでいるが、『クイーンズ・ブラッド』も此処に参加することになるかどうか。
それはこのゲームがどれ程の仲間の心を掴む事が出来るかに寄るが、何はともあれ、遊びたい盛りも多い秩序の陣営である。
遊びに関して、選べる選択肢が増えることを、嫌と言う者がいる筈もない。

新ゲームのお披露目会は、概ね好評だった。
ゲームをするのが得意な面々は、あっという間に基礎のルールを覚え、クラウドが手伝わなくても賑やかに遊んでくれる程。
反対に、フリオニールやウォーリアの対戦はなんとも牧歌的で、それぞれセコンドとしてスコールやセシルが着いている状態で、繰り返しチュートリアルが行われているような雰囲気があった。
ティナは可愛さのあるカードを使いたがるので、それでいてどうやって勝てるようにするか、ルーネスが頭を捻って戦略を組む練習をしている。
お陰で、秩序の戦士達にとって今日一日は、良い余暇となったようだ。

遊戯の時間に盛り上がった一日が終わると、クラウドはゲーム盤一式を自室へと運び戻した。
皆がいつでも遊べるようにリビングに置いていても良かったが、一応、これはクラウドの世界から迷い込んで来たと思われるゲームだ。
なんとなくプライドのような、矜持のようなものが働いて、出来るだけこのゲームに慣れておきたい。
ボードと一緒に見付けたカードを使って、どんなデッキが組めるかと言うことも、もう少ししっかりと読み込んでおきたかった。

デスクにゲーム盤を置き、其処でカードを捲りながら黙々と戦略について考えていた時、───コンコン、とノックの音。
それに我に返ったクラウドは、部屋の時計を見て、思った以上に時間が経っていたことに気付く。
こんな時間にやって来る人物と言えば、といそいそとした気分で部屋のドアを開ければ、思った通り。


「……邪魔して良いか」
「ああ」


其処に立っていたのはスコールだった。
寝る前の夜着で、すっかりラフなスタイルでやって来た恋人に、クラウドの口元は自然と緩んだ。

部屋に招き入れたスコールは、いつものようにベッドへと座ったが、ふとその目が普段と違う場所へと向けられる。
何かと雑多な物が置かれている傾向のあるクラウドの部屋は、デスク回りもそうなのだが、今日は其処に目立つものが置かれていた。
立体的に汲み上げられた城が、まるでその庭を見下ろすように聳える、『クイーンズ・ブラッド』のゲーム盤。
其処に中途半端な状態でカードが置かれているのを見て、スコールは微かに眉根を寄せる。


「……本当に邪魔をしたみたいだな」
「いや。そんなに真剣に詰めていた訳でもないし、気にするな」


言いながらクラウドは、スコールが来たならもう良いか、とボードに出していたカードを回収する。
ゲームは好きだし、時には何においても優先したいと思うほどに熱中するものに出逢う事もあるが、恋人が来たならどれも後回しで良い。

────と、思ったのだが、カードを片付けている間、じっと突き刺さる視線の感触があった。
ちらと横目にその出所を伺えば、蒼灰色の瞳が、存外と爛々と輝いている。
そう言えば、彼の世界にもあるという、『トリプル・トライアド』なるカードのコレクターになる程に、カードゲームは好きなのだと思い出した。

ふむ、とクラウドは手元のカードの山を見た後、視線をベッドの方へと移し、


「やるか?」
「……!」


短く訊ねてみると、スコールははっとした顔で目を瞠る。
自分がゲーム盤をまじまじと見ていたことに気付かれていたと、その顔は分かりやすく恥ずかしそうに赤くなったが、


「……やる」


そう言ってくれるならと、自分から発信することがどうにも苦手なスコールは、これを機とばかりに乗った。
存外と判り易い恋人に、可愛いものだなと思いつつ、クラウドはゲーム一式をベッドへ移す。

ゲームに使用できるカードは、初心者用のブースターパックと思われるものが一揃いしている。
この世界で見つけられる、それぞれの世界にのみあるというゲームは、大抵、それを切っ掛けにしたように、モーグリショップでパックが売られるようになったり、ふとある時に見付けて持ち帰ったり、と言うことが多かった。
と言うことは、この『クイーンズ・ブラッド』のカードも、また段々と増えて行くのかも知れない。
そうなればカードデッキの作り方も増え、高度な心理戦も始まって、複雑な戦略性を備えたバトルが行われる事だろう。

しかし、今は皆、初めてこのゲームに触れた所だ。
クラウドは手に持っていたカードの山札を、スコールに差し出した。


「お前からデッキを作って良いぞ」
「……良いのか」
「俺は一応、経験者みたいだからな」


そう言ったクラウドに、スコールはそれならと山札を受け取る。
じっくりと吟味しながらデッキの構築を考えているスコールを眺めながら、クラウドはこっそりと眉尻を下げた。


(実の所、本当に経験があるのか、いまいち微妙なんだよな。ルールはなんとなく判るが)


この『クイーンズ・ブラッド』なるカードゲームを見付けた時、クラウドは見たことがあるような、ないような、と言うぼんやりとした感覚しかなかった。
ルールブックを読んで行けば、案外とすいすいとその内容を理解できたが、触れるカードについては、どうも初めて触ったような感覚が否めない。
元の世界の出来事についても、一通り覚えている筈だが、果たしてその旅の道程に、こんなアイテムはあっただろうか。
世界的に有名なテーマパークも行ったが、あそこにこんなゲームはあったか、果たして。

そんな疑問は尽きないものの、ゲーム盤を引っ繰り返して裏面を見ると、其処にはこのボードを製作・販売したと思われる会社の名前が印字されていた。
文字からロゴから販売社名から、他にまごう事なき印字であったので、やはりこれはクラウドの世界にあるものだと言うことは確信している。
仲間達もそれは同じだったようで、ボード盤をくまなく観察したバッツがそのロゴを見付け、「これがあるって事は、クラウドの世界にあるヤツなんだな」と言っていた。
決定的な証拠と言っても良いものだから、クラウドもそれを否定することはなかった。
ただ、自分が思い出せる記憶の中に、このボードゲームに関することがほとんど見当たらないだけだ。

だが、カードを一通り確認したり、デッキを組んだりとしていると、なんとなく手が頭が、これを“知っている”と言うのだ。
このタイミングでこれは早い、此処に置いたら上書きされる、このカードを有効に使う手立ては、と言った、経験者でなくては浮かばないことが自然と考えられるのだ。


(まあ、ゲームに詳しい奴だと、似たようなゲームから経験と勘で読めたりもするんだろうが。俺は別に其処まで詳しくは……)


ゲームは好きだし、のめり込む所がある事は否定しないが、クラウドは叩き上げの性質だ。
自分は生憎、凡人で、天啓を得られるような人間ではないことは、悲しいかな自覚しているのだった。

と、クラウドが取り止めのない思考に囚われている間に、スコールはデッキの構築を終えていた。


「俺はこれで良い。後はあんたのか」
「ああ、少し待っていろ。直ぐ終わる」


スターターパックであっただろうカードの山札の中身は、もう半分ほど。
組めるデッキの形には既に限りがあり、必要な数は残した状態で、いらないものだけを抜けば良い。

程無くデッキを作り終えて、クラウドは手元のそれを混ぜながら、自分のデッキを確認しているスコールに声をかける。


「始めようか、スコール」
「……ん」
「先手、良いぞ」
「じゃあ」


遠慮なく、とスコールはデッキから取った手札を見て、先ずは様子見と一枚を場に出した。
続いてクラウドも、無難なものを一枚と続く。

二手目が回ったスコールが、新たに引いた手札を見て、早速熟考に入った。
初心者とは言え、戦略型のカードゲームとなれば、『トリプル・トライアド』で慣らした腕のあるスコールだ。
迂闊な悪手は出来るだけ避けたい、と言う心理か、慎重な手付きは彼の性格をよく表しているように見える。

そんなスコールに、クラウドはちょっとした悪戯心が沸いた。


「なあ、スコール」
「……なんだ」


声をかければ、気もそぞろな返事。
すっかりカード勝負に気を捉われている少年に、クラウドは可愛いものだなと思いつつ、


「折角だから、賭けをしないか」
「しない」
「早いな」
「経験者相手にそんな事したら、鴨にされるだけだ」
「大丈夫だ。俺も初心者みたいなものだから」
「嘘だな。このゲームはあんたの世界にある奴だろ」
「それはそうだが、やり込んでる訳じゃない。世界的に流行しているようなゲームでも、遊んだことがないって言う人間は、世に一人二人はいるものだろう」
「………で、あんたがその一人だって?」


信用できない、と言い切るスコールは、クラウドの気質をよく判っている。
確かにゲームは好きだし、やれるものはやり込みたい、と言う所があるのも否定しまい。

だが、此処で引き下がっては、やはり面白くない。


「必要なら、ハンデも良いぞ。パワーダウンや消滅系のカードは使わない、とか。レベル3のカードは封印とか」
「………」


クラウドの言葉に、スコールの片眉がくっと釣り上がった。
眉間の皺が三割増しになって、強気な蒼灰色がじろりとクラウドを睨む。


「ハンデなんかいらない」
「そうか?」
「………」


じとぉ、と睨む瞳は、判り易く不満を露わにしている。
プライドが高いというか、慎重に見えて案外と熱くなりやすいとか、負けず嫌いとか────途端に幼さが露呈する年下の恋人に、クラウドの唇が緩む。
それを侮りと受け取ったのだろう、スコールは益々ムキになった表情を浮かべていた。

スコールの手札から選ばれたカードが、場に出され、彼の陣地予定地が増えた。
守勢ではなく、積極的に陣地を増やすことを選んだ彼を、クラウドは変わらぬ表情で見詰める。


「で、賭けは?」
「……好きにしろ」


賭けの内容については確かめることもせず、スコールはそう言った。
内容がどうなるにせよ、自分が負けなければ良いのだと考えているに違いない。
確かにそれはそうだが、と思いつつ、クラウドも次のカードを選んだ。

ハンデは必要ないと言ったし、とクラウドは新たな手札に回って来た一枚を見て、緩みかける唇を堪える。
これもまた油断してはいけないと自戒しつつも、頭の隅では、さて何をして貰おうか───と今夜の楽しみに気が散っているのであった。





7リバースで追加されたカードゲームで遊んでるクラスコが見たいなと思って。
負けても基本デメリットがない(たまに微量なお金を取られる、デッキ選びからやり直しが効く)、勝てば確実に景品カードが貰えるので、優しいな……と思いながら、行く先々でまず真っ先にバウターを探しています。

初心者相手に全力で行くのはどうなんですかクラウドさんと思いつつ、相手がハンデいらないって言ったんだから良いよねって。
そんな調子で勝った後、スコールにトリプル・トライアドのガチデッキでこてんぱんにされて欲しい。

宅のクラウドは『ディシディアのクラウド』であるイメージが強いので、7リバースを混ぜるのどうしようかなーと思ったんですが、ディシディアだし都合良くしていくか!!の精神。
なんか新たな記憶が交ざった感じになった。これはこれでクラウドの精神状態の今後が不安ある。

[オニスコ]背を伸ばしても理想は遠く

  • 2024/03/08 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF

オペラオムニア3部9章後





“あの人”の意思と力で、世界が新たに造られて、いつの間にか随分と経つ。
その間に、散り散りになっていた仲間も、多くは合流することが出来た。
だが、一部の仲間はまだ何処にいるのか判然とはせず、また一部は、合流できたにも関わらず、なんらかの理由によって袂を分かっている。

光の羅針盤を唯一の指標に、その光針が指し示す先を辿る旅。
元々そうではあったが、新たな世界と言うのはまた途方もなく広く、飛空艇を使っても、回り切れると思えない程だ。
走る空は何処か不安定で、気象を読むことに長けた者から見ると、理屈を無視した出来事も多いらしい。
舵を切る手は慎重に、風を読む目は三つ四つ先まで見越して、そう言った知識を持つ者達が日々綿密な話し合いをして、向かうべき方向を決めている。

オニオンナイトも、“リーダー”としてよくその場に同席する。
本来ならば、この役目は自分など重いと思っているが、皆の意識が自分を“リーダー”として認識しているのだから、引き受けねばならない。
それは重責でもあったが、旧世界が書き換えられる直前、確かに“あの人”から託されたのだと言うことを覚えている。
他の誰も覚えていない中、自分とプリッシュだけがその書き換えを免れているなら、だからこそやるべき役目がある筈だと思った。
可能な限り、仲間達の懸念や想いを聞いて、その中で「今回はどうするべきか」を考える。
それが今のオニオンナイトの役目だ。

────そうして、長らく離れていた仲間達をまた再び、飛空艇へと迎え入れる事に成功した。
スコールとノクティスをリーダー役として、ヤ・シュトラやサンクレッドたちが下支えとしてまとまっていたそのグループは、久しぶりの飛空艇の乗艇に随分と安堵していた。
大きな傷のある都市で、記憶と時間を操る魔女との戦いを繰り広げていた彼等は、ようやっと一息つける場所に戻れたのだ。
彼の街で再会に至ったと言うノクティスの婚約者ルナフレーナも共に迎え、次の目的地を目指し、束の間の休息となった。

新たな理の世界となってから、“意思の力”の影響はより強くなっているようで、様々なことに干渉が起こる。
戦う為の力となることは勿論のこと、生活におけるちょっとした出来事にも、それは現れた。
至極些細なことで言えば、飛空艇の内部がじわじわと拡張されているような所があって、仲間が戻る、或いは新たに加わる都度、彼等の過ごす部屋が増えるのだ。
気付けば外観以上に内部は広くなり、質量保存の法則を無視しているのが感じられるが、有り難い影響であるのは確か。
元は敵対していた間柄の者も此処にはいる訳で、そうでなくとも相性の悪い者であったり、あそこはセットにすると厄介が起きるから離して置いた方が無難だとか、色々な理由で寝床は別々にしておく必要もあるので、部屋は多いに越したことはないのだ。

そう言った物理法則を無視した出来事も、この世界で長く過ごしていれば、必然的に慣れるもの。
初めてこの世界の飛空艇に乗ることになったルナフレーナに、ノクティスを始めとした、同じ世界から来た面々が説明をしているのを横目に見ながら、オニオンナイトは飛空艇内にいつの間にか出来ていた書庫へと向かっていた。
その書庫もまた変わったもので、飛空艇に乗る人が増える都度に、その人々の世界に存在していたのであろう本の出現が確認できている。
各世界のあらましにも触れることが出来る機会は貴重で、学者肌の人物はよく其処に籠って、様々な本を読んでいた。
オニオンナイトも、その一人である。

大所帯で旅をしているから、飛空艇の各場所、何処に行っても人の気配は絶えない。
オニオンナイトが書庫に入ると、ポロムとユウナ、ストラゴス、シャントットがいた。
この辺りは、よく本の虫として見かける人々で、シャントットに至っては彼女の席の回りに山のように本が積まれている。
オニオンナイトは仲間達の邪魔をしないように、足元の音に気を配りながら、並ぶ書架をぐるりと眺めてみた。

────と、


「リーダー」


そうやって呼ばれる事に、未だに慣れはしないが、それが今の自分を指している言葉だとは身に馴染んだ。
聞こえた声に振り返ってみると、濃茶の髪に蒼灰色の瞳、眉間に走る斜め傷───スコールだ。


「やあ。もう調子は大丈夫なの?」
「ああ」


オニオンナイトの言葉に、スコールは短く答えた。

スコールは先達ての魔女との戦いの後、飛空艇に乗り込んでから、しばらく念入りの休息を取っていた。
彼の仲間のは、この世界に召喚された者の殆どが、記憶に欠落がある状態で、尚且つ時代のズレもあったらしく、スコールは相当に気を回していたらしい。
同じ世界から来たリノアとアーヴァインは記憶を持っていたらしいが、アーヴァインは魔女との戦いが激化する直前、その記憶を奪われた。
それぞれの意思と思惑が複雑に交じり合う中、全ての記憶を持っていたスコールとリノアは、メンバーの支柱として奮闘していたと言う。
既に記憶を取り戻していたサンクレッド達が助言をしてくれてはいたものの、半ば追い詰められた心理状態でいた事も否めず、長らく緊張状態が続いていた反動か、飛空艇に乗ってから一気に疲れが出たらしい。
この為、昨日一日、スコールは限られた人以外とは会うことなく、自分に宛がわれた寝床に籠っていたそうだ。
それがこうして書庫にやって来たと言う事は、疲労も概ね落ち着いたと言う事だろう。

仲間が無事であったこと、そしてこうやってゆっくりと話が出来るようになったことは、オニオンナイトとしても喜ばしいものだ。
オニオンナイトは、スコールの手に小綺麗な本が一冊あることに気付き、


「スコールも読書?」
「……ああ。書庫があるって聞いたからな。俺の知っているものもあるかと思って、少し見に来たついでに」
「そう。読みたい本は見付かった?」
「一応。何度も読んだ奴だから、今更ではあるが」


そう言いながら、スコールは読書スペースへと移動する。
オニオンナイトはその背を眺めながら、スコールが何度も読むような本ってなんだろう、と思った。
彼はあまり自分のことについて、引いては自分の世界のことについても、必要最低限しか話すことはなかったから、彼の興味を引く事象と言うのはあまり他者に知られていない。
今度、スコールの世界にある本について聞いてみようか、と考えつつ、オニオンナイトは傍の棚から適当に目に付いた本を取る。
スコールと並んで座ると、彼はちらと此方を見遣ったが、それだけだった。

書庫は静かなもので、定期的にページを捲る複数の音と、本棚を行き来する足音の他は、パロムとユウナの密やかな話声が漏れ聞こえるくらい。
一枚扉の向こうでは、今日も賑やかな面々が行き来しているのだろうが、此処は隔離されたように穏やかだ。

そんな静寂の中で、ふ、とオニオンナイトは呟いた。


「……やっぱりスコールにとっても、僕がリーダーなんだね」


前後もない唐突な呟きだったが、思うとやはり零さずにはいられなかった。
もう何度も確かめた現実であるとは判っていても。

ページを捲ろうとしていたスコールの手が止まり、蒼灰色の瞳が伺うように此方を見る。
それから視線は本へと戻されたが、小さな唇が微かに引き絞られて、言葉を探しているようだった。
喋ることは決して得意ではない彼が、彼なりに何かを言おうとしている時の仕草なのだと、教えてくれたのはリノアだ。
だからそう言う顔を見付けた時は、じっくり待ってみて欲しい、とも。

スコールは読書の過程で丸めていた背中をゆっくりと伸ばして、椅子の背凭れに寄り掛かった。


「……“リーダー”に関する話については、ジタンとバッツから聞いた。本当は、あんた以外の“誰か”だったらしいことも」
「……うん」
「だが、悪いが幾ら考えても、その“誰か”の顔は出て来ない」
「うん。そうなんだろうって思ってた。この新しい世界に来てからは、皆そうだから」


致し方のない話だと、オニオンナイトも分かっている。
光の羅針盤が稀に映し出す光景に見える“彼”についても、それを知っていたのはプリッシュだけだった。
何人と話をしても、その記憶の齟齬を訴えても、デッシュでさえも───“彼”がいた場所には、今はオニオンナイトがいると言う。


「別に良いんだ、それについては。皆と再会して、何度も聞いた話でもあるし、光の羅針盤を辿って皆が集まることが出来れば、きっとまた“あの人”にも逢える。そうしたら、皆も思い出してくれる筈だって信じてるから」
「……」
「ただ、なんて言うか。僕は“あの人”みたいに皆を導いていける程、強くはないし。迷って悩んで、ぐるぐるしてばかりだから、“リーダー”なんて呼ばれる器でもないと言うか」


こんな事を言っては、自分を“リーダー”として標にしてくれる仲間達に、不安を与えてしまうと思う。
何度もそれを考えて、どうして自分なのだろうと零す度、沢山の人々に励まされて背を押された。
だからこそ自分なりに頑張ろう、と思う今に至るのだけれど、


「リノアやアーヴァインから聞いたんだ。スコールは元の世界で、指揮官だったって。そんなスコールにしてみたら、僕が“リーダー”なんて頼りないだろうな……って」
「………」
「……ごめん、こんな事言って」


オニオンナイトは緩く頭を振って、其処にかかる思考の靄を払おうと試みた。
既に自分の中でどうして行くかの心積もりは決まっているのに、過ぎる思考にどうしても心が囚われてしまう。
心に渦巻くそれは、堪えようとするほどに濃くなって行くから、時折吐き出さないと悪いものが溜まる。
とは言え、こんな所でそんな話をされても困るだろうと、今回その相手にしてしまったスコールに、オニオンナイトは詫びた。

読書の邪魔をしてしまったな、とこれ以上は喋るべきはないと思ったオニオンナイトだったが、


「……確かに、よく考えると、俺が覚えている“リーダー”の言動と、今のあんたを見ると食い違いはある、かも知れない」
「え?そうなの?」
「……かも知れないって話だ。俺も……元の世界の理があるから、記憶に関しては、色々と自信を持って言えない所がある」


そう言ってから、ただ、とスコールは言った。


「“リーダー”なんて言ったって、その形は色々ある。ぶれずに自分で決められる奴もいれば、色んな奴に気を配ってから決める奴もいるだろう。どっちが良いって言えるものでもない」
「でも、頼りないのは良くないでしょ。皆を不安にさせてしまう」
「……それならあんたは、どうすれば皆を不安にさせずに済むかを考えるだろう。“リーダー”だからって、仲間の誰にも頼っちゃいけない訳じゃない」


呟くスコールの表情には、微かに苦いものが滲んでいる。
それが、彼自身が自分のことを言っていると自覚する苦さの所為だと、オニオンナイトは知らなかった。


「誰かに頼ったり、相談したり。逆に、相談されることもあるだろう。その時、一緒に考えてくれるような“リーダー”も良い筈だ」
「……相談、かあ。そんな風に頼って貰えるかな、僕は」


スコールの言う事に頭で理解は出来ても、自分がそれに値するかと言われると、自信が持てなかった。
こと此処に及んで迷いを示すのは、良くないのだろうなと思いつつも、ぐるぐると巡る思考から抜け出すのは難しい。

そんなオニオンナイトを見て、スコールは言った。


「あんたは随分、話がし易い。だからあんたは、そのままで良いんだろう」
「……そうなのかな」
「少なくとも俺は、そう思っている」


蒼灰色の瞳が、彼にしては珍しく、真っ直ぐにオニオンナイトを映していた。
普段、あまり他者と目を合わせる事がない彼が、こうして真正面から捉えてくれると言う事は、その時口にする言葉が何よりも彼の本心だと言う事を示している。
澄んだ蒼の瞳が、彼の心の在処を、何よりも雄弁に語るから。

ややもしてから、スコールは「……喋り過ぎた」と小さく零して、視線を本へと戻した。
慣れない事を言った、と言う心境から、彼の頬は微かに赤らんでいるように見える。
オニオンナイトは、不器用な彼の、不器用な労わりを感じて、知らず強張っていた背中から力が抜けるのを感じた。



リーダー、と呼んでくれた隣の彼の声を頭の隅に思い出して、そこはかとなく面映ゆさが滲んだ。




3月8日と言う事で、オニスコ!
オニスコ?と思うような所ありますが、二人で話してればオニスコだと言い張る。

オペラオムニア終わっちゃったよ……の気持ちと入り交じり、うちでは珍しくルーネスではなく“オニオンナイト”で。
オペラオムニアが終わり、約十日間で3部後半から一気に駆け抜けたのですが、突然“リーダー”の立場に置かれた彼の奮闘ぶり。
そして元々ED後の記憶持ちで、本編中よりも少し素直になって、思ったことを言葉に出す努力をしているスコールの様子。
ゲームが大所帯であることもあり、作中でこの二人が絡んでる所って少なかったなぁ~と思いつつ、『突然リーダー役に祀り上げられた』者同士として、話をしてたら嬉しいなって言う願望でした。

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