[589]好きじゃない≠嫌い
早く大人になりたかった。
そうすれば、一人で生きていけるようになると思ったから。
けれど。
「どりゃー!」
「うりゃー!」
雄叫びの如く響いた声。
スコールはそれに眉根を寄せる暇もなく、背中に覆い被さる重みによって押し倒された。
わははは、と暢気な笑い声が木霊して、スコールは潰されたカエルの如く地面に俯せにされて動けない。
それをあらん限りの腕の力をフル活用させ、上半身を跳ね起こす事で、背に乗った重量物を振り落とす。
それすら楽しげな笑い声が重なるものだから、スコールの案外と低い沸点はあっと言う間に上り詰め、
「あんた達、いい加減にしろ!」
「スコール大明神様のお怒りだー!」
「逃っげろー!」
けらけら笑いながら、右へ左へ散るのは、バッツとジタンのお調子者二人組。
どういう理由か知らないが、彼らは何かにつけてスコールに構いつけてくる。
遊び相手が欲しいのなら、同じように騒げるティーダなり、付き合いの良いフリオニールやクラウドなりいる筈なのに、彼らの標的は決まってスコールだった。
騒がしいのが嫌いなスコールにしてみれば、全く迷惑極まりない。
左右に散った二人のどちらかを追い駆ける────等と言う労力の無駄遣いを、スコールはしなかった。
追えば追うだけ彼らは調子に乗って逃げ回り、捕まえて苦言を呈した所で大した効果はない。
一つ二つ苦情を言って改善するのなら、あるならとっくの昔にこの関係は終わっている筈だ。
(なんなんだ。どうして俺の周りはいつも……)
逃げて行く賑やかな二人を見送る形で立ち尽くし、スコールは胸中で呟いた。
呟いてから、思考が宙を舞う。
(……いつも、)
いつもって、いつの事で、なんの事だろう。
記憶の欠損が激しいこの世界では、度々こうした感覚に見舞われる。
記憶は、自分自身の欠片。
それが不確かなままで、スコールはこの世界で戦い続けている。
それはスコールに限った話ではない。
けれど、そんな仲間達の中で、スコールの記憶の欠損は著しいものがあった。
最初は誰でも(個人差はあるようだが)そうだと言うが、それでも皆、大なり小なり記憶の破片を取り戻していると言う。
スコールも一番最初───それが何時であったかは判然としないのだが───に比べれば、記憶は戻っていると言える。
しかし、身近に誰がいたとか、どんな生活を送っていたとか、元の世界がどんな風景であったのかとか、そう言う事はからきし思い出せないままだった。
それなのに頻繁に思考の中に現れる、“いつも”と言う言葉。
何を示して、何と比べてそう思うのかも判らないのに、当たり前に出てくる、この感覚。
(煩かった。静かな方が好きなのに。いつも俺の回りは騒がしい)
いつも騒がしくて、いつも忙しなくて。
ゆっくり考える時間も与えられないまま、周りの勢いにどんどん飲まれて押し流される。
流されている内に、知らない間に、沢山の荷物が増えて行く。
他人の荷物を持つのは嫌だった。
自分の事で精一杯だったから、自分一人で生きて行こうと決めたから、人の荷物は重いだけのものだったから。
────それなのに、何故だろう。
(いつも騒がしくて、それが鬱陶しいと思ってたのに)
ぽつんと立ちつくし、俯いたスコールを、離れた場所で合流したバッツとジタンが見つけた。
二人は顔を合わせて、踵を返す。
とんと二人同時に地面を蹴って、立ち尽くす大人びた顔の少年に跳び付いた。
「何ぼーっとしてんだぁ、スコール!」
「悩み事ならおにーさんに相談しろよっ」
「……あんたにだけは絶対御免だ」
素っ気ない言葉を返すスコールに、バッツがひでえと笑いながら言った。
バッツが駄目でも、オレには言えよ!と胸を張るジタンに、気が向いたらな、とだけ返す。
早く大人になりたかった。
一人で生きていけるようになりたくて。
けれど、何故だろう。
いつも周りは煩くて、それを決して、嫌いだとは思えないんだ。
仲良し589。
この三人のイメージは、59が8を一方的に振り回してるようで、8が59に精神的に甘えてる感じ。