[レオスコ]消えない傷痕
闘争の世界なのだから、傷なんてものは逐一気にしていたらキリがない。
近距離での戦闘を自分の持ち場としていれば尚更で、迫る敵との対峙は勿論、後方に控える仲間を庇う事も少なくない。
となれば、生傷なんてものは次から次へと作られるもので、それを一つ一つ丁寧に治療していたら、あっと言う間に魔力も薬も枯渇してしまう。
だと言うのに、レオンはスコールが怪我をする度、一つ一つに丁寧に治療魔法を施して行く。
無論、擦り剥いたとか打ち身程度の傷なら気にしないが、明らかに刃が掠めた痕だとか、火傷になりかけた皮膚の炎症は、スコールが何度言っても放って置かなかった。
魔力を回復する方法は、魔法薬に頼る以外には、自然な回復を待つしかない。
ティナやルーネスのような、魔法に秀でたタイプは比較的回復が早いようだが、レオンはそうではなかった。
どちらかといえばスコールと同じ、物理戦を得意とする彼の魔力は、貴重なものである。
戦術の一部としても活躍し、時に刃ともなるその魔力は、決して無駄遣いして良いものではないのだ。
────と、何度も言っているのに、今日もまた。
「スコール」
呼ぶ声に、スコールは判り易く不機嫌な顔をして振り返ってやった。
眉間に深い皺を刻んだ少年の顔を見て、レオンはぱちりと瞬き一つしたが、それ以上は気にしない。
「さっき、脇腹をやられただろう。見せてみろ」
「……特に問題はない。放って置いて良い」
「それは確認してから判断する。ほら」
レオンはスコールの腕を捕まえて引き寄せると、シャツの裾を捲った。
うわ、と引き攣った声を上げるスコールに構わず、レオンは赤黒く擦れたスコールの脇腹を見て、目を細める。
傷を作ったのは、義士が放った闘氣をまとった矢だ。
詰めた距離から放たれたそれを、スコールは寸での所でかわしたが、氣と風圧に皮膚を持って行かれた。
戦闘に支障が出る程の傷にはならなかったので、皮膚が引き攣る感覚は無視して、戦闘を続行していたのだが、やはり激しく動けば傷は広がるものである。
じっとりと赤い色を滲ませた皮膚に、今度はレオンの眉間に深い皺が刻まれた。
レオンの右手が傷に宛がわれる。
スコールはそれから逃れようと身を捩ったが、レオンの左腕が腰に回され、しっかりと捕まえられた。
「動くな、傷が開く」
「あんたは無闇に魔法を使うな!これ位、放って置けば塞がる!」
持って行かれた皮膚の幅が大きかった所為で、見た目には酷い傷に見えるが、肉を削がれた訳でもない。
初めこそ裂かれた皮膚の痛みがあったが、それももう終わった。
赤も大方固まっており、これ以上の出血はないだろう事が伺える。
しかし、レオンにはそんな事は関係なかった。
淡い光がレオンの手の中に生まれて、スコールの傷口を覆い隠して行く。
スコールが幾ら言っても、暴れても、レオンは治療が終わるまでスコールを離そうとしなかった。
体格も筋力もレオンに劣るスコールでは、力勝負で叶う筈がないのだ。
結局、スコールが眉間に深い皺を寄せ、レオンが気が済むのを待つ事になる。
そうしてようやく解放された頃には、脇腹にあった傷は、その痕すらも残されていなかった。
「よし」
「………」
満足したように頷いて、捲っていたシャツを戻すレオン。
スコールは違和感のなくなった脇腹に手を当てて、唇を尖らせていた。
「他に傷はないな?」
「……ん」
「ん?」
問いに小さく頷いたスコールであったが、そんなスコールを、レオンはまじまじと見詰める。
「……ない」
「そうか」
スコールの言葉を、信じているのか、いないのか。
読めない表情でレオンは頷いて、スコールに背を向け、歩き出す。
スコールは、レオンの背中を見詰めて歩いていた。
レオンは、後ろをついて来る気配には気付いているのだろうに、時折確認するように後ろを振り返ってスコールを見た。
まるで、小さな子供が迷子になってしまわないように確かめているようで、スコールは益々不機嫌になる。
レオンは、いつでもこんな調子だった。
彼の方が年上で、精神的にも余裕があるのは仕方がないとしよう────納得は出来ないが。
だが、だからと言って、あからさまに子供扱いされるのは、スコールのプライドが許さなかった。
「……レオン」
いい加減に、言ってやらねばなるまい。
そう思ったスコールが、遂に行動に移したのだから、レオンの此の行動は本当に長い間続いていた事が伺える。
呼ばれて振り返ったレオンが足を止めたので、スコールも立ち止まった。
どうした、と問い掛けるレオンの声は、心配の色が滲んでいる。
やはり何処か痛めていたのか、とでも言い出しそうな男を、スコールは眦を尖らせて睨む。
「いちいちこっちを振り返るな」
「…唐突だな」
「それと、俺が怪我をしたからって、一々治しに来るな」
固い口調で言ったスコールに、レオンの眉間に皺が寄せられる。
不機嫌な顔をした者同士で睨み合う。
いや、レオンは特に睨んでいるつもりはないだろう、眉間の皺とスコールの思い込みの所為でそう見えるだけだ。
そうして向き合っていると、お前らやっぱりよく似てるなー、と揶揄いに来るジタンとバッツは、今日はいない。
「俺は、あんたが思ってる程子供じゃない。あいつらと違って逸れる事もないし、少し傷を放って置いたって何ともない」
「………」
「だから、一々俺なんかに、魔力の無駄遣いとか、するな」
小さな女子供ではないのだと、スコールは言った。
傷一つで泣く事もないし、道に迷ったからと言って立ち尽くして泣き出す程幼くもない。
自分がするべき事も、その為になにをすべきかと言う事も、何を優先するべきかも、スコールは判っている。
それなのに、それらをまるで無視して子供扱いするレオンには、いい加減に業が煮える気分だった。
────が、レオンはしばらくきょとんとした表情を浮かべた後、
「……別に、そんなつもりはなかったんだが」
眉尻を下げ、スコールと同じ濃茶色の長い髪を掻いて呟いた。
蒼の瞳が言葉を探すように彷徨い、数秒の間が開く。
「お前は、放って置くと傷を隠すから、早い内に治した方が良いと思ったんだ」
「深い傷なら自分でちゃんと治療する」
「…悪いが、お前のその言葉は信用ならないな」
直ぐに意地を張るから、と苦笑して言うレオンに、スコールの眉間に深い皺が浮かぶ。
また子供扱いだ、と不機嫌を深めるスコールだったが、
「それに、俺が確かめたいんだ。お前の身体に、俺以外の痕はないんだって事を」
スコールの身体に刻まれる“痕”────それが傷痕であれ、何であれ、レオンは許せなかった。
日焼けを知らない白い肌は、痕が残ると殊更目立つ。
腫れて赤くなるのも、血の巡りが悪くなって内出血を起こすのも、実際の傷以上に際立って見える。
此処は闘争の世界で、スコールは傭兵なのだから、傷などあって当たり前のものであり、スコールの言う通り、一々気に留める方がどうかしていると言えるだろう。
それでも、レオンは許せなかったのだ。
額に刻まれた傷は仕方がないとして(自分にも同様のものもあるし)、他はどうしても許容する事が出来ない。
「お前の身体に、俺以外が触れた痕跡なんていらないから」
レオンの持ち上げた手が、指が、スコールの首筋を撫でる。
ジャケットのファーで見え隠れする微妙な位置に、赤い華が咲いている事を、スコールは知らない。
そして首の後ろには、微かに噛み付いた痕が残っている事も、彼は知らない。
レオンの言葉の意味を判じ兼ねたのだろう、スコールはぽかんとした表情でレオンを見上げていた。
そんなスコールの額に、レオンは徐に唇を寄せる。
ちゅ、と言う小さな音が聞こえて、スコールはようやく我に返った。
「ちょ……あんた、何して」
「……くく、」
「なんで笑ってるんだ」
睨むスコールを交わすように、レオンはくるりと踵を返す。
先を歩きだしたレオンに、スコールは眉間に深い皺を寄せて、後を追って歩き出した。
前を歩きながら、レオンは振り返らずに言う。
「スコール。俺は別に、お前を子供扱いしてはいないぞ」
「…嘘吐け」
「本当だ。嘘なら、あんな事をする筈がないだろう」
────あんな事。
何とは明言されていないその言葉に、スコールの顔が思わず赤くなる。
それを読んだように肩越しに振り返った蒼が、「何を思い出したんだ?」と笑って問うから、スコールの不機嫌は益々増した。
逐一スコールの傷を治すレオンを書いてみたら、過保護と独占欲まみれになった。
でもスコールの方も満更でもない。