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2014年08月

[レオスコ]消えない傷痕

  • 2014/08/08 21:21
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闘争の世界なのだから、傷なんてものは逐一気にしていたらキリがない。
近距離での戦闘を自分の持ち場としていれば尚更で、迫る敵との対峙は勿論、後方に控える仲間を庇う事も少なくない。
となれば、生傷なんてものは次から次へと作られるもので、それを一つ一つ丁寧に治療していたら、あっと言う間に魔力も薬も枯渇してしまう。

だと言うのに、レオンはスコールが怪我をする度、一つ一つに丁寧に治療魔法を施して行く。
無論、擦り剥いたとか打ち身程度の傷なら気にしないが、明らかに刃が掠めた痕だとか、火傷になりかけた皮膚の炎症は、スコールが何度言っても放って置かなかった。
魔力を回復する方法は、魔法薬に頼る以外には、自然な回復を待つしかない。
ティナやルーネスのような、魔法に秀でたタイプは比較的回復が早いようだが、レオンはそうではなかった。
どちらかといえばスコールと同じ、物理戦を得意とする彼の魔力は、貴重なものである。
戦術の一部としても活躍し、時に刃ともなるその魔力は、決して無駄遣いして良いものではないのだ。

────と、何度も言っているのに、今日もまた。


「スコール」


呼ぶ声に、スコールは判り易く不機嫌な顔をして振り返ってやった。
眉間に深い皺を刻んだ少年の顔を見て、レオンはぱちりと瞬き一つしたが、それ以上は気にしない。


「さっき、脇腹をやられただろう。見せてみろ」
「……特に問題はない。放って置いて良い」
「それは確認してから判断する。ほら」


レオンはスコールの腕を捕まえて引き寄せると、シャツの裾を捲った。
うわ、と引き攣った声を上げるスコールに構わず、レオンは赤黒く擦れたスコールの脇腹を見て、目を細める。

傷を作ったのは、義士が放った闘氣をまとった矢だ。
詰めた距離から放たれたそれを、スコールは寸での所でかわしたが、氣と風圧に皮膚を持って行かれた。
戦闘に支障が出る程の傷にはならなかったので、皮膚が引き攣る感覚は無視して、戦闘を続行していたのだが、やはり激しく動けば傷は広がるものである。
じっとりと赤い色を滲ませた皮膚に、今度はレオンの眉間に深い皺が刻まれた。

レオンの右手が傷に宛がわれる。
スコールはそれから逃れようと身を捩ったが、レオンの左腕が腰に回され、しっかりと捕まえられた。


「動くな、傷が開く」
「あんたは無闇に魔法を使うな!これ位、放って置けば塞がる!」


持って行かれた皮膚の幅が大きかった所為で、見た目には酷い傷に見えるが、肉を削がれた訳でもない。
初めこそ裂かれた皮膚の痛みがあったが、それももう終わった。
赤も大方固まっており、これ以上の出血はないだろう事が伺える。

しかし、レオンにはそんな事は関係なかった。
淡い光がレオンの手の中に生まれて、スコールの傷口を覆い隠して行く。

スコールが幾ら言っても、暴れても、レオンは治療が終わるまでスコールを離そうとしなかった。
体格も筋力もレオンに劣るスコールでは、力勝負で叶う筈がないのだ。
結局、スコールが眉間に深い皺を寄せ、レオンが気が済むのを待つ事になる。
そうしてようやく解放された頃には、脇腹にあった傷は、その痕すらも残されていなかった。


「よし」
「………」


満足したように頷いて、捲っていたシャツを戻すレオン。
スコールは違和感のなくなった脇腹に手を当てて、唇を尖らせていた。


「他に傷はないな?」
「……ん」
「ん?」


問いに小さく頷いたスコールであったが、そんなスコールを、レオンはまじまじと見詰める。


「……ない」
「そうか」


スコールの言葉を、信じているのか、いないのか。
読めない表情でレオンは頷いて、スコールに背を向け、歩き出す。

スコールは、レオンの背中を見詰めて歩いていた。
レオンは、後ろをついて来る気配には気付いているのだろうに、時折確認するように後ろを振り返ってスコールを見た。
まるで、小さな子供が迷子になってしまわないように確かめているようで、スコールは益々不機嫌になる。

レオンは、いつでもこんな調子だった。
彼の方が年上で、精神的にも余裕があるのは仕方がないとしよう────納得は出来ないが。
だが、だからと言って、あからさまに子供扱いされるのは、スコールのプライドが許さなかった。


「……レオン」


いい加減に、言ってやらねばなるまい。
そう思ったスコールが、遂に行動に移したのだから、レオンの此の行動は本当に長い間続いていた事が伺える。

呼ばれて振り返ったレオンが足を止めたので、スコールも立ち止まった。
どうした、と問い掛けるレオンの声は、心配の色が滲んでいる。
やはり何処か痛めていたのか、とでも言い出しそうな男を、スコールは眦を尖らせて睨む。


「いちいちこっちを振り返るな」
「…唐突だな」
「それと、俺が怪我をしたからって、一々治しに来るな」


固い口調で言ったスコールに、レオンの眉間に皺が寄せられる。

不機嫌な顔をした者同士で睨み合う。
いや、レオンは特に睨んでいるつもりはないだろう、眉間の皺とスコールの思い込みの所為でそう見えるだけだ。
そうして向き合っていると、お前らやっぱりよく似てるなー、と揶揄いに来るジタンとバッツは、今日はいない。


「俺は、あんたが思ってる程子供じゃない。あいつらと違って逸れる事もないし、少し傷を放って置いたって何ともない」
「………」
「だから、一々俺なんかに、魔力の無駄遣いとか、するな」


小さな女子供ではないのだと、スコールは言った。
傷一つで泣く事もないし、道に迷ったからと言って立ち尽くして泣き出す程幼くもない。
自分がするべき事も、その為になにをすべきかと言う事も、何を優先するべきかも、スコールは判っている。
それなのに、それらをまるで無視して子供扱いするレオンには、いい加減に業が煮える気分だった。

────が、レオンはしばらくきょとんとした表情を浮かべた後、


「……別に、そんなつもりはなかったんだが」


眉尻を下げ、スコールと同じ濃茶色の長い髪を掻いて呟いた。
蒼の瞳が言葉を探すように彷徨い、数秒の間が開く。


「お前は、放って置くと傷を隠すから、早い内に治した方が良いと思ったんだ」
「深い傷なら自分でちゃんと治療する」
「…悪いが、お前のその言葉は信用ならないな」


直ぐに意地を張るから、と苦笑して言うレオンに、スコールの眉間に深い皺が浮かぶ。
また子供扱いだ、と不機嫌を深めるスコールだったが、


「それに、俺が確かめたいんだ。お前の身体に、俺以外の痕はないんだって事を」


スコールの身体に刻まれる“痕”────それが傷痕であれ、何であれ、レオンは許せなかった。

日焼けを知らない白い肌は、痕が残ると殊更目立つ。
腫れて赤くなるのも、血の巡りが悪くなって内出血を起こすのも、実際の傷以上に際立って見える。
此処は闘争の世界で、スコールは傭兵なのだから、傷などあって当たり前のものであり、スコールの言う通り、一々気に留める方がどうかしていると言えるだろう。

それでも、レオンは許せなかったのだ。
額に刻まれた傷は仕方がないとして(自分にも同様のものもあるし)、他はどうしても許容する事が出来ない。


「お前の身体に、俺以外が触れた痕跡なんていらないから」


レオンの持ち上げた手が、指が、スコールの首筋を撫でる。
ジャケットのファーで見え隠れする微妙な位置に、赤い華が咲いている事を、スコールは知らない。
そして首の後ろには、微かに噛み付いた痕が残っている事も、彼は知らない。

レオンの言葉の意味を判じ兼ねたのだろう、スコールはぽかんとした表情でレオンを見上げていた。
そんなスコールの額に、レオンは徐に唇を寄せる。
ちゅ、と言う小さな音が聞こえて、スコールはようやく我に返った。


「ちょ……あんた、何して」
「……くく、」
「なんで笑ってるんだ」


睨むスコールを交わすように、レオンはくるりと踵を返す。
先を歩きだしたレオンに、スコールは眉間に深い皺を寄せて、後を追って歩き出した。

前を歩きながら、レオンは振り返らずに言う。


「スコール。俺は別に、お前を子供扱いしてはいないぞ」
「…嘘吐け」
「本当だ。嘘なら、あんな事をする筈がないだろう」


────あんな事。

何とは明言されていないその言葉に、スコールの顔が思わず赤くなる。
それを読んだように肩越しに振り返った蒼が、「何を思い出したんだ?」と笑って問うから、スコールの不機嫌は益々増した。





逐一スコールの傷を治すレオンを書いてみたら、過保護と独占欲まみれになった。
でもスコールの方も満更でもない。

[8親子]今、此処にある幸せを抱いて

  • 2014/08/08 21:15
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ごちん、と言う音の後、わあああん、と大きな声が響いて、レインは振り返った。
声の発信源を探せば、ローテーブルの足下で座り込み、わんわんと泣いている小さな息子がいる。


「うわっちゃ~。スコール、大丈夫か?」


テーブル傍のソファに座っていた夫が、泣きじゃくる息子スコールを抱き上げた。
スコールは額に大きな赤を作っており、ラグナが其処に触れると益々声を上げて泣く。
どうやら、原因はそれで間違いないらしい。

レインは持っていた包丁をまな板に置いて、息子と夫を振り返る。


「大丈夫?ぶつけたの?」
「うん、そう。テーブルの下に落ちた玩具を取ろうとして、ごーんって」


よしよし、痛かったなあ、とラグナがスコールの頭を撫でる。
ぐすん、ぐすん、と愚図りながら、スコールは父を見上げた。

ばたばたばた、と階段を下りてくる足音が響く。
転ばないと良いけど、と言うレインの胸中は杞憂で済み、ガチャバタン、と慌ただしくリビングのドアが開く。
現れたのは、今年で五歳になったエルオーネと、九歳になったレオンだ。


「スコールが泣いてる声が聞こえたけど。何かあった?」
「スコール、だいじょうぶ?」


二階でぬいぐるみ遊びに夢中になっていたのに、末弟の事となると、本当にこの兄妹は敏感だ。
二人は父の腕の中で泣きじゃくる弟を見付けると、一目散に駆け寄った。


「スコール、どうしたんだ?」
「おでこごちーんってしちゃったんだよ」
「スコール、いたいの?いたいのね。かわいそう」


父の説明に、エルオーネがスコールの頭を撫でて慰める。
スコールはまだ愚図りながら、潤んだ瞳で姉を見た。
引っ込みかけていた涙が、またじわぁ、と滲み出して、ぼろぼろと溢れ出す。


「……ふわぁあああん!」
「いたいの?よしよし。いたくない、いたくない」
「父さん、スコール、ぶつけただけ?他には?」
「ないよ。それより、其処の玩具、取ってやって」


ラグナが指差したのは、テーブルの下に転がった、ラッパの玩具だ。
レオンが身を屈めてテーブルの下に潜り込み、玩具を拾う。
そんな間にも、スコールは大きな声で泣きじゃくり、弟を慰めようと奮闘するエルオーネも、泣き止まない弟に釣られたように、泣き出す一歩手前の顔になる。

空気ポンプで音が鳴るラッパの玩具は、スコールの今一番のお気に入りだった。
レオンは、そのラッパの空気ポンプを押して、ぱふ、と音を出した。
泣いていたスコールの声がぴたっと止み、くるりと首が巡ってレオンを見る。

ぱふ、ともう一度音を鳴らせば、小さな手が伸びて来る。


「うー、あう」
「あ、泣き止んだ」
「スコール、いたい、ない?」
「あーう、あー。ふぁう」
「うん、コレな。落とさないように」


レオンはスコールの小さな手を取って、ラッパの玩具を握らせた。
自分や妹よりも、ずっと小さな手が玩具を握るのを確かめて、レオンは手を放す。
玩具は床に落ちる事なく、スコールの両手に収まり、空気ポンプが押されてぱふっと音を鳴らした。

ぱふっ、ぱふっ、とラッパが鳴る度、スコールが楽しそうに笑う。
それを見て、エルオーネも嬉しそうに笑い、レオンもほっと安堵した。
ラグナは、そんな三人の子供達の様子を、すっかり蕩けた貌で眺めている。


「うー、う。はぐ」
「あっ。スコール、それ食べちゃダメ!」
「食べ物じゃないんだぞ、スコール」
「んぐぅ」
「美味しくないだろ?ほら、離して」
「うーうー、うぅうううう…!」


ラッパの端を口に含んだスコールに、レオンとエルオーネが叱る。
ラグナが強引に口に含んだそれを取り出そうとすると、スコールはまた泣き出してしまった。
おろおろと戸惑う幼い兄と姉の姿に、レインはくすりと笑って、キッチンを離れた。

リビングにやって来た母に、レオンとエルオーネの目が輝く。


「母さん、スコールが」
「はいはい。こら、スコール、お口開ける」
「うぇあああああああ……」
「よいしょ。ラグナ、これ拭いておいて」
「はいよー」


スコールの唾液でべとべとになってしまったラッパを、ラグナがティッシュで綺麗に拭く。
レインは泣きじゃくるスコールを抱き上げて、ぽんぽんと背中を叩いてあやし始めた。

リビングの食卓テーブルの回りをぐるりと歩きながら、レインは腕に抱いた息子をあやす。
その後ろを、エルオーネが弟を見上げながらついて歩く。
妹が弟を見上げてばかりで歩くから、転んでしまうんじゃないかと心配した兄が、その後ろをついて歩く。
今はまだ家族四人分の椅子が並んだテーブルの回りを、妻と子供達がぐるぐると歩くのを、ラグナはソファに座って眺めていた。


「ふぁ、あー、あー…あーっ」
「よーしよし。あれは食べ物じゃないのよー」
「スコール、スコール。食べちゃダメなのよ」
「エル、足元見て。転ぶぞ」


エルは母の真似をして、スコールに玩具は食べ物じゃないんだと言い聞かせる。
そんな小さな姉も、ほんの三年前までは、スコールと同じように色んな物を口に入れて、小さな兄を大慌てさせていた。
そしてそんな小さな兄も、生まれたての頃は、なんでも口に入れて父親を大いに慌てさせていた。

腕に抱いた小さな息子が少しずつ泣き止んで、ぐすん、ひっく、としゃくり上げる声だけが聞こえて来る。
このまま眠ってしまうかな、と背中を撫でていると、ぱふっ、と言う音がリビングに響いた。
ぴくっ、と小さな体が反応して、音の発信源を探してきょろきょろと首を巡らせる。


「スコール~」


夫の声がして、スコールの視線が其方へ向かう。
ぱふっ、ぱふっ、とラッパの音が鳴った。


「あーう、あーう」
「はいはい、あっちね」


音のする方へ行きたがる息子に応じてやる。

振り返ったレインに夫の姿は見えず、彼は身体を縮めてソファの背凭れに身を隠していた。
レオンとエルオーネがぱたぱたと駆け足でソファに向かい、背凭れの裏側から乗り出して、其処に隠れている父を見付ける。


「父さん、何してるんだ?」
「なにしてるの?」
「わっ、しーっ、しーっ」


末息子を驚かせてやろうとしたのに、上の二人のお陰で台無しだ。
レインはくすくすと笑いながら、ソファの前へと回り込んだ。
妻と末息子とばっちり目があったラグナが、へらりと笑って、ラッパの玩具をぱふっと鳴らす。


「だぁう」
「うん、これ、スコールのな」
「もう食べちゃ駄目よ」


母から父へ、末息子を抱く腕が交代する。

キッチンへと戻るレインに代わって、ラグナはスコールを膝上に乗せた。
その両隣にレオンとエルオーネが座る。


「ほーら、ぱふぱふー」
「だう、あぅ、あうー」
「スコールは音の出るオモチャが好きだな」
「ああ、そうだな。レオンやエルと一緒だな~」
「わたし、オモチャ食べたりしないもん」
「あははは」
「どうして笑うの?」
「はは、なんでもない、なんでもない。そうだ、レオン、宿題は?」
「さっき終わった」
「エルは、明日の幼稚園の準備は?」
「終わった!」
「そっかそっか。よしよし」


ラグナはスコールを抱き締め、エルオーネの頭を抱き寄せて、レオンの額と自分の額を合わせる。
レインは鍋の具をおたまでくるくると掻き回しながら、夫と子供達の様子を見て、小さく笑う。

すっかり蕩けた夫と、恥ずかしそうな長男と。
嬉しそうな娘と、玩具に夢中になっている末息子。
子供の成長は大人が思っているよりずっと早くて、手を放す日が訪れるのもも、きっと自分が思っているよりずっとずっと早いのだ。
けれども、それは明日今直ぐにと言う事ではないから、その日まで、こんな日々を大切にしたい。



お母さん、お腹空いた。
催促する子供の声に、はいはいもう直ぐよと応えて、レインはコンロの火を止めた。





スコールくん1さい。エルオーネちゃん5さい。レオンくん9才。パパとママもいっしょ。
幸せ目指して書いてたのに、なんで私泣きそうなんだろうか。レインさーん!!!

音の出るオモチャに夢中だったのは、うちの姪っ子甥っ子です。死ぬほど可愛かった。
ちなみに甥っ子は1歳未満の時、オモチャよりもサッ○ロポ○トの袋の方が気に入っていた(手が当たるだけで音がするので)。

[クラ&子スコ]親子タンデム

  • 2014/08/02 22:58
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先日、大型バイクで親子タンデムしてるのを見かけました。
ほとんど直進の大きな道を往復していたようです。
小学生の女の子が制服で乗っていて、パパ(多分)の背中にぴったりくっついて掴まってるのが可愛かった……

と言う訳で、現パロで子スコをクラウドのバイクに乗せてみた。
23歳のクラウドお兄ちゃんと、小学生のスコールです。


[ある夏の日の風景 1]
[ある夏の日の風景 2]
[ある夏の日の風景 3]


気になるものしか見えてない子供って可愛い。

[クラ&子スコ]ある夏の日の風景 1

  • 2014/08/02 22:39
  • Posted by


二人の出会いは、クラウドが中学三年生、スコールが生後三ヶ月だった頃まで遡る。
思春期真っ只中の、所謂疾風怒濤の時期にいたクラウドは、集団行動への違和感と、孤独と温もりへの相反する飢餓感に付き纏われていて、生来多くはない口数が一層少なくなっていた。
昨今、テレビアニメの影響か、少々意味が違って聞こえる場合もあるだろうが、思い返せばあれは俗に言われる“中二病”だったのではないだろうか。
世界にありふれている“普通”の中から、自分だけは“普通”の塊に加わるまいと、他者と違う事をしようとしたり、自分と言う存在には特別な意義がある筈だと思い悩んでみたり、と、クラウドはそう言った症状に長らく支配されていた。
平和だが、だからこそ堪る鬱屈した気持ちは、かと言って何処にぶつけられる訳もなく、クラウドの思考を更に面倒な方へ、面倒な方へと押し流して行く。
テレビアニメや漫画で見るような、大きな変化が突如降って湧いて来たらなあと妄想を膨らませつつ、それが現実になってもきっと自分は主人公にはなれなくて、天変地異が起きてもきっと何も知らされないまま光の塊に飲み込まれて、自分でも気付かない内に消滅してしまうんだろうな────と。

幼少時、どちらかと言えば内向的で、友達の輪の中に進んで入って行けないタイプであった事を、知っているのは最早幼馴染のティファだけだが、その頃の名残がいつまでも残っていた所為もあるだろう。
個の頃のクラウドは、何かが変わる事を望みながら、何処までも受動的であった。
だから、降って湧いてくる、奇蹟のような“何か”が現れるのを、平和で惰性に満ちた日常の中で、延々と待ち望んでいたのである。

そして、────かくて、それは、現れた。

母親と二人暮らしのクラウドは、母が勤めている会社の社宅である賃貸マンションで生活している。
その隣室には、仲の良い夫婦が住んでいたのだが、其処の妻らしき女性の腹が、少しずつ、少しずつ大きくなって行くのを、クラウドは見ていた。
初めは夫婦に対し、特に興味を持っていなかったクラウドだったが、夫のいない間に、スーパーで大きなお腹を抱え、よろよろと腹を庇いながら買い物をしている彼女を見て、流石に此処で放って置くのは気が引ける、と買い物籠を奪うように持ったのが、交流の切っ掛けとなった。
年若い母親になろうとしている───いや、既に彼女は母親だった。腹の中に既に彼女の子供はいたのだから───彼女は、隣家のクラウドの事をよく知っていた。
彼女の夫は、クラウドの母と同僚であるし、彼女もクラウドが登校下校する姿を折々に目撃していたからだ。
初めは、自分が知らない人が、自分を知っていると言う事に些か落ち着かなかったクラウドだが、スーパーでの交流を繰り返して行く内、それも気にならなくなった。

段々と、スーパーでの彼女との交流が日常化してきた頃、彼女はスーパーに現れなくなった。
彼女の夫がアパートから出勤する所はよく見るので、引っ越した訳でもないようだが、どうしたのだろう、と思った数週間後、答えが判った。
母から、彼女が子供を産んだと聞いて、クラウドは俄かに嬉しくなった、そして同時に寂しくなった。
嬉しそうに大きなお腹を撫でる彼女を見ていたから、出産が無事に終わった事は、本当に嬉しかった。
しかし、子供が生まれたと言う事は、もうスーパーで彼女とのんびり話をする時間もないのだろうと思うと、少し淋しかった。

が、そんな淋しさも、そんな自分の矮小さへの苛立ちも、秋の深まる頃には吹き飛んだ。

高校受験が直ぐ其処に控えている事もあって、この頃のクラウドは、図書館に通うようになっていた。
スーパーも家と図書館の帰り道にあるものを使うようになっていた為、彼女と交流していたスーパーからも足が遠退いていた。
そんなある日の夕方、クラウドはアパートの前で邂逅する。
母親になった彼女と、その細い腕に抱かれた、小さな小さな赤ん坊に。

赤ん坊ってこんなに可愛い生き物なのか、とクラウドは初めて知った。
母親になった彼女と距離が出来てしまう、と言う不安は、あっと言う間に忘れた。


この時から、クラウドの世界は色付いた。
緩く生温く思えていた日常の歯車が、一気に加速して、また穏やかになって行く。
その歯車を回しているのは、小さな小さな幼子だった。




クラウドがスコールの前でバイクに乗った事はなかった。

16歳になって直ぐ自動二輪の免許を、その2年後には大型自動二輪の免許を取得した。
元々バイクが好きだった事と、高校が歩いて通うには遠く、公共交通を使うよりは自転車かバイクの方が良い立地だったのだ。
流石に大型自動二輪は自分の趣味の範疇となるので、アルバイトをして、自費で教習所に通った。
とは言え、免許を持っていてもマシンは持っていない訳で、長らくペーパードライバー状態だったが、大学時代からアルバイトを貯蓄し、社会人にもなって得た収入で、ようやく念願の大型バイクを手に入れる事が出来た。
そのバイクは程無くクラウドの愛車となり、カスタムも重ね、唯一無二の相棒となっている。

そんな愛車であるが、スコールの前で乗らなかったのには、理由がある。
今年で7歳になったスコールは、大きな物音や、正体不明の音が苦手だった。
雷は勿論の事、ホラー映画の不意打ちのSEや悲鳴なんて死ぬほど嫌いだし、日常生活でも他人の大きな声や物音に敏感に反応する。
赤子の頃から、そうやって物音に対して泣きじゃくり、たすけておにいちゃん、と縋って来た子供の事を思うと、恐がらせてはなるまいと、排気音の大きなバイクを彼から遠ざけた。
サイレンサーは装着させたし、住宅街でエンジンをフルにさせる事なんて先ずないが、それでもアパートの付近では必ず押して歩くのが習慣になった位だ。

今日も今日とて、アパートまで角一つに差し掛かった所で、クラウドは愛車を降りた。
夏の真っ只中に、数十メートルとは言え、大型バイクを押して歩くのは、中々の重労働である。
それでも習慣となった行為は変わらず続けられ、帰ったら早く冷凍庫の中のアイスを食べよう、と思いながら、えっほえっほと歩いていた時、


「あら、クラウド君」
「……ああ。どうも」


呼ぶ声にクラウドが顔を上げると、スーパーの買い物袋を下げた女性が立っていた。
隣家に住んでいる件の女性───レインである。
その傍らには、小さな手で母の手を握っている、制服姿の小学生の男の子───スコールがいる。


「今、帰り?」
「はい。スコールも、帰りか?」
「………」


バイクを押しているので、いつものようには屈めない為、目線だけ下に向けて子供に訊ねる。
スコールは母の手を握って、逆の手には溶けかけのアイスキャンディーを握って、じぃ、とクラウドを見ていた。


「ほら、スコール。聞かれたんだから、お返事は?」
「………」


母が促しても、スコールは答えず、動かない。
じぃ、とまん丸な蒼の瞳は、クラウドを────否、クラウドが押しているバイクに向けられている。


「おい、アイス溶けるぞ」
「………」
「スコール?」


母と隣家の兄代わりが繰り返し名を呼ぶ。
それから、また数秒の間を置いた後、スコールはアイスキャンディーを持った手でバイクを指差し、


「それ、なーに?」


ことん、と首を傾げて言った。
同時に、溶けたアイスキャンディーが、中程から折れて地面に落ちた。

アイスキャンディーが折れた事も気にせず、スコールは「なーに?」と問う。


「これか。これは、バイクだ」
「バイク?ちがうよ。バイクは、あっち」


そう言ってスコールが指差したのは、丁度角を曲がって来たスクーターだった。
まあ、あれもバイクと言えばバイクだな、とクラウドは思いつつ、


「これもバイクなんだ。色々あるんだよ」
「…ふぅん?」
「仮面ライダーが乗ってるだろう?あれもバイクだぞ」
「………?」


ことん、とまたスコールが首を傾げた。
仮面ライダーと言えば判ると思ったのだが、どうやらスコールは知らないらしい。
確か、彼の家のDVDラックには、古いものから最新のものまで、特撮ヒーロー番組のDVDが並べられていた筈なのだが……

判んない、と言う顔をする息子と、おや?と首を傾げるクラウド。
そんな二人を見て、レインがごめんねえ、と眉尻を下げて笑った。


「この子、あんまりヒーロー物とか見ないのよ。何度かラグナが見せたんだけど、怪人とか、悪者が怖いみたい」
「……成程」


DVDは父の私物、スコールが好んでそれを見る事はない。
では仮面ライダーを知らないのも無理はない、とクラウドは納得した。

スコールの視線は、またバイクへと向けられている。
スクーターに比べるとごつく、剥き出しのエンジンの銀メッキが照り返しを受けてギラギラと光る様は、幼い瞳にはどんな風に映っているのだろう。
クラウドは、幼い頃の自分なら、きっと格好良いとはしゃいだのだろうが、スコールはとても大人しい性格だ。
男の子なら喜びそうなものだが、スコールがバイクではしゃぐと言う図は、中々思い浮かばなかった。

それから数秒の後、べちゃ、と何かが地面に落ちた。
はた、と三人の視線が地面に落ちて、潰れて飛び散ったアイスキャンディーが目に飛び込んでくる。


「あ……」
「あーあ」
「……ふぇ……」
「今日は暑いから、早く食べないと溶けちゃうよって言ったでしょう?」
「えうぅうう~……」


えぐえぐと泣き出したスコールに、レインは呆れたように溜息を吐いた。

アイスキャンディーに刺さっていた棒切れ一本を握り締めて、スコールは泣きじゃくる。
そんなスコールを見ながら、悪い事をしたな、とクラウドは苦笑した。
父親がべたべたに甘い所為か、レインは優しくも厳しく、スコールにおねだりをされても簡単には許してやらない。
そんなレインに、きっと、ねだって粘って頑張って、ようやく買って貰えたアイスキャンディーだったのだ。
だと言うのに、半分も食べ切らない内に台無しになってしまったのでは、泣きたくもなるだろう。


「えっ、うぇっ、うえええええええん」
「スコール。もう、泣かないの。ほら、帰るわよ」
「あいす、あいすぅう…ひっく、えっく…わぁあああああん」


真夏のぎらぎらと痛い程の日差しの中、棒切れ一本を握り、立ち尽くしてわんわんと泣き出したスコール。
レインは「全くもう」と怒ったように呟いて、スコールを抱き上げた。
レインの手に持った買い物袋が、がさがさと邪魔そうに揺れる。


「それ、持ちます」
「ありがと。ごめんね」
「いえ。バイク置いて行くんで、先に上がってて下さい」
「うん。はいはい、スコール、泣かないの」
「ふえっ、えっ。えぇえ…えうぅ~っ」


背中をぽんぽんと叩く母に、スコールは目一杯しがみついて泣いた。
その手には小さな棒切れが握られたままだ。
恐らく、本人はそれの存在はとうに頭から抜け落ちているのだろうが、傍目に見ていると、余程アイスキャンディーに執着していたように見える───それも強ち外れてはいまい。

クラウドは駐輪場にバイクを押し入れると、のんびりとアパートの階段を上った。
隣家の家に行く前に、自分の家に入って、冷凍庫を開ける。
二組一つのアイスを取り出して、クラウドは改めて隣家にお邪魔するのだった。







あいすぅう~!って泣きじゃくる子スコかわいい。

[クラ&子スコ]ある夏の日の風景 2

  • 2014/08/02 22:35
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世間で言われるような“バイク野郎”程ではないが、バイクのカスタムやメンテナンス作業はクラウドも好きだった。
友人のザックスが大型バイクのカスタムショップに勤めているので、知識も技術も道具もそれなりに揃えられた。
とは言え、素人仕事なので、大事な所や内部メンテナンスの際には、よく頼らせて貰っている。

夏の暑い日、クラウドは契約者の無い駐車場の1スペースを借りて、バイク洗車とオイル周りの点検をしていた。
アパートの駐車場には殆ど日影がないのが辛いが、水場は近いし、遠い洗車場まで乗って帰る気力はない。
そもそも、大型バイクが置ける駐輪場が備えられている時点で、このアパートはバイク乗りにかなり優遇していると言って良いのだ、これ以上の贅沢は言うまい。
水を使っていれば、その内心なしか涼しくもなるだろう(湿気がべとつくのは鬱陶しいが)。

目立つ汚れを水で落とし、ザックスから友人価格で売って貰った専用ワックスを使って、車体を磨く。
毎日の細かい砂埃でくすんでいた表面が、新品のように輝きを取り戻して行く様は、何度見ても嬉しいものだ。

────其処に、とてとてとて、と近付いて来る、軽い足音。


「クラウドお兄ちゃん」


呼ぶ声にクラウドが振り返ると、Tシャツと長袖のフード付きパーカー、ショートパンツ姿で、麦わら帽子を被った子供がいる。
アパートで隣室に住んでいる、スコールだった。

スコールは離れた所で、もじもじとしている。
クラウドはバイクに向けていた身体を反転させて、スコールと向き合った。


「どうした、スコール」
「……そっち、行っても、いい?」
「ああ」


クラウドが頷くと、スコールはぱあと表情を明るくさせ、クラウドの元まで走る。
ぽすん、と抱き着いて来たスコールに、クラウドはまだまだ小さいな、とこっそり笑った。
いつものように撫でようとした手は、オイル塗れだった事に気付いて、寸での所で止める。

スコールはクラウドに抱き着いたまま、しゃがんでいても尚高い位置にあるクラウドを見上げる。


「クラウドお兄ちゃん、何してたの?」
「バイクを洗っていたんだ。綺麗にしてたんだよ」
「ふぅん」


スコールはクラウドの肩に顎を乗せて、バイクを見る。
じぃ、と見詰める蒼の瞳に、バイクの光がきらきらと映り込んでいた。


「ぴかぴかしてる」
「ああ」
「もっとキレイにする?」
「うーん……そうだな、もう少し…」


今の状態でも不満はないのだが、やはりもう一手間かけたい。
最後に使う仕上げ用のマット用のワックスがけもしなければ。
しかし、こんな暑い時間帯に、基本的に外遊びが好きではないスコールが出てきたと言う事は……と考えていると、つんつん、と服の端が引っ張られた。


「お兄ちゃん、お兄ちゃん」
「ん?」
「僕、お兄ちゃんのお手伝い、したい。だめ?」


それは、“遊んでほしい”と中々言えないスコールの、精一杯の“構って”の言葉。
クラウドは小さく笑みを漏らして、頷いた。

やった、と小さな声ではしゃぐスコールに、クラウドは乾拭き用の布を渡した。
まだ幼いスコールの手は、ぷにぷにと柔らかく、きめ細かい。
その手に、刺激のあるワックス類が沁み込んだ布を使わせるのは、少し抵抗があったからだ。
クラウドはバイクが倒れないように改めてスタンドの固定を確認し、ワックスがけも終わっていたカウル部分を拭いて貰う事にする。


「ん、しょ…んしょ」
「上手いな」
「ほんと?」


嬉しそうに問うスコールに頷いてやれば、スコールは頬を赤らめて笑う。
そのままスコールはカウルを拭く作業に戻った。


「お兄ちゃんのバイク、大きいね」
「大型バイクだからな」
「僕よりおっきい」


スコールの言葉に、クラウドが彼とバイクを見比べれば、確かに、ハンドルの高さまで含めれば、バイクの方が高さがあった。
シートはスコールの方が頭一つ抜いているが、それでもスコールには大きく見える事は変わりない。


「かめんらいだーのバイクより、大きい?」
「どうかな。仮面ライダー、見たのか?」
「見た」


お父さんと一緒に見た、とスコールは言った。
怪人や悪役は相変わらず怖かったが、バイクに跨って颯爽と走るヒーローの姿は格好良かった、と。


「お兄ちゃんも、バイク、乗る?」
「ああ」


持っているんだから乗るだろう、とは思ったが、クラウドは言わなかった。
スコールの前でバイクに乗ってる所を見せた事もないし、世の中には持っているだけで満足と言うコレクター気質の人間もいる。
第一、子供の質問と言うものには、基本的に前後も脈絡もないのだ。
一々目くじらを立てずに、聞かれた事に応えてやれば良い。

スコールは背伸びをしながら、カウルのフロント上部を拭いている。
幅のある大型バイクは、小柄で身長が足りないスコールの手では届かない場所が多いようだ。


「届かない所は、無理にしなくて良いぞ」
「う、んっ」


小さなスコールには、手順だの効率だのと言う考え方は、まだまだ足りない。
見付けた汚れ、目についた場所を拭こうと一所懸命になっている。

背伸びをして、首を伸ばしてバイクの上部を拭いているスコールの頭から、麦わら帽子が滑り落ちる。
ぎらぎらと熱い太陽がスコールの額に当たって、直ぐにじわりと珠の汗が浮いた。
クラウドはエンジン回りを拭く手を止めて、麦わら帽子を拾い、スコールの頭に乗せてやる。
すると、スコールは背伸びをしたまま、頭だけを後ろに反らせてクラウドを見上げた。
転ぶぞ、とクラウドが膝で背中を押してやりつつ、蒼の瞳を見下ろしていると、


「クラウドお兄ちゃん」
「ん?」
「……んと……」


もじ、と視線を逸らしたスコールに、クラウドは首を傾げた。

頭を反らせ、背伸びをするのを止めたスコール。
クラウドは膝を折って、スコールと目線の高さを合わせてやった。
スコールは、乾拭き布を背中に隠すように持って、俯き気味になってもじもじとしている。


「どうした」


ちらちらとクラウドの顔を見ながら、両肩を前後に揺らすスコールの仕草を、クラウドは見慣れている。
これは恥ずかしがり屋で消極的なスコールが、「おねがい」をする時のものだ。

スコールの頭から僅かに浮いている麦わら帽子を、軽く上から押さえて、きちんと被らせる。
解けていた首紐を結んでやろうと手を伸ばした所で、スコールが顔を上げた。


「あの、ね。僕ね」
「うん」
「ばいく……」
「うん」
「………ちょっと、…のって、みたい」


……だめ?と。
首を傾げてお願いする子供の仕草に、勝てる人間がいるなら、見てみたい。

くすりと笑って、クラウドは頷いた。


「いいぞ」
「ほんと?」
「どうせだから、走ってるのに乗るか?」


ちょっと怖いかな、と思いながら提案してみると、スコールの表情が輝いた。
これは決定、だろう。

だが、そうなると、今のバイクの状態では少し厳しいものがある。


「今日は夕方から俺の仕事があるから、ちょっと時間がないな。そうだな……明後日になるけど、それでもいいか?」
「うん!」
「それと、この事は後でお母さんに話すぞ。いいな?」


大型バイクと、まだ7歳になって間もない小さな子供と言う組み合わせだ。
事前の準備は必要だし、バイクは決して安全なだけの乗り物ではないから、両親にもきちんと説明をしておいた方が良い。
勿論、怪我をさせないつもりではあるが、万が一の時の為、反対される可能性も含め、ちゃんと話は通して置くべきだろう。

それでも良い、ともう一度スコールが頷いたので、クラウドは良い子だ、と言った。
スコールは嬉しそうに頬を赤らめ、いそいそとカウルを拭く作業に戻る。

それから十分程でクラウドがワックスがけを終えると、スコールもカウルの乾拭きを終わらせた。
スコールが細かな隙間───クラウドでは指が入らない程の隙間だ───まで丁寧に拭いてくれたお陰で、バイクは隅から隅まで綺麗になった。
クラウドはそれをぐるりと周りながら眺め、スコールはそんなクラウドをやや緊張した面持ちで見上げ、


「……よし。綺麗になったな。ありがとう、スコール」
「…!」


クラウドの言葉に、今日何度目になるか、ぱあああ、とスコールの表情が明るくなる。
嬉しそうに頬を赤らめるスコールに、クラウドも自然と頬が緩んだ。

いつものようにスコールの頭を撫でようとして、ああ、とクラウドは思い出して手を止める。
オイルやらワックスやら、そうでなくともクラウドの手はすっかり汚れている。
汗拭き用に使っていたタオルで手を拭いて、クラウドは改めてスコールの頭を撫でようとし、


「スコール。鼻、ついてるぞ」
「ふぇ」


きゅっ、と小さな鼻を摘まんでやる。
そこには、乾拭きに夢中になっている内にいつの間にかついたのだろう、黒ずんだ汚れがあった。

クラウドが摘んだ指を離すと、スコールは腕でごしごしと鼻頭を擦った。
が、腕が離れてみると、汚れは伸びただけで取れていない。
くつくつと笑うクラウドに、スコールは眉尻を下げる。


「とれた?だめ?」
「くく……」
「んぅ…んゆ、んっ、んっ」


ごしごし、ごしごしとスコールは何度も顔を擦った。
指で引っ掻いて拭おうともしたが、指先も汚れていたので、また汚れが酷くなる。
やれやれ、とクラウドは眉尻を下げて笑いながら、タオルでスコールの顔を拭いてやった。
このタオルも汗やらオイルやらで汚れているが、手で拭うよりは良いだろうし、後できちんと綺麗な水で洗ってやれば良いだろう。

タオルが離れると、スコールは顔の汚れを確かめたかったのだろう、また手で鼻に触ろうとする。
それをクラウドの大きな手がやんわりと捕まえて、


「手、汚れてるんだ。家に帰って、ちゃんと石鹸で洗おう」
「バイクのおせんたく、終わり?」
「ああ。バイクを戻してから行くから、先に行けるな?」
「お兄ちゃんち?」
「ああ」
「行けるよ」
「これ、カギな。開けておいていいから」


クラウドがポケットから差し出した鍵を、スコールは大事そうにぎゅっと握りしめる。
小さなコンパスで玄関まで駆けて行く背を見送って、クラウドは子供用のヘルメットって売ってたかな、と友人に訪ねるべく携帯電話を取り出した。




 


麦わら帽子を被った子スコはかわいい。

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