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2016年02月

まもらなくちゃ、まもらなくちゃ

  • 2016/02/09 21:48
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腹が減って腹が減って、動けなかった。
それは此処数日に限った事ではない。

狩りをする為のエネルギーすら、とうの昔に尽きている。
兄も少しずつそうなって来ているのは判っていたが、どうする事も出来なかった。
鼠はおろか、虫一匹も捕まえられなくて、大して美味くもない草で、空腹を誤魔化す日々が続く。
時々、兄が小さな鼠や小鳥を捕まえて来ては、食べろ、と言って差し出してくれるのが、嬉しいけれど、とても悲しかった。
自分は、食べてもどうせ狩りを上手く出来ないから、食べるなら兄が食べれば良いと思った。
兄が食べれば、兄は腹が膨れて力を取り戻し、また獲物を捕まえる事が出来る筈だ。
手のかかる自分と言う存在がいなければ、兄は強く生きていける事が出来るだろうと、何度思ったか判らない。
けれど、それを言っても、兄は良いからお前が食べろと言う。
弟が物言わぬ骸になるのが、兄は何より怖いのだ。
だからせめて、僅かな食糧を半分ずつ分け合って、一日一日を生き延びる。

だが、今日こそは駄目かも知れない、と思う。
日照りが続き、棲家の周囲を覆っていた草原がすっかり枯れ、近くで獲物が獲れなくなった。
母がいた頃には、揃って水浴びに出かけた川も、どうやら干上がってしまったらしい。
鼠も小鳥もいなくなり、草が育たなければ虫も近寄らず、空腹を誤魔化す草も足りない。
已むに已まれず、兄が遠出して獲物を探しに言ったけれど、一日経っても、二日経っても、彼は帰って来なかった。
棄てられたのかも知れない、と思うと、とても悲しいと同時に、少しだけほっとした。
自分と言う枷から解放されて、彼が生きてくれるのなら、それで十分。
一人きりで生きる事が出来ない、弱い自分が悪いんだ────そう思って、目を閉じた。

………けれど、それで終わりではなかった。


「こんなトコに穴があったのか」
「この木はサバンナの道標になっていたのだろうな。此処なら、動物達もよく通るから、食糧に困る事もない。……本来なら」
「日照り続きで草も育たなかったのか。それで、あんな場所へ獲物を探しに行っていた、と」


聞き慣れない音に、丸い耳がぴくっと震える。
眠いのに、と思いながら、のろのろと顔を上げると、ぺろり、と頬を舐められた。


「……がう……」


今度は、いつも聞いていた声が聞こえた。
重い瞼を持ち上げると、いつも見ていた蒼があった。


「ぎゃう……?」
「がうぅ…」


帰らないと思っていた兄が、其処にいた。
夢か幻かと首を傾げると、兄は嬉しそうに目を細め、すりすりと弟に頬を寄せる。

良かった、良かった。
もう起きないかと思った、良かった。
お腹空いてるだろ、ご飯を持って来たぞ。

そう言って、兄は弟にリスの肉を差し出した。


「がぁう」


食べろ、と兄は言った。
俺は先に食べたから、と。

そんな兄は、身体中がボロボロに傷付いていて、濃い血の匂いがする。
嗅ぎ慣れない匂いも混じっていたが、そんな事はどうでも良かった。
どんなに危ない場所へ行ったのだろう、そう思うだけで、弟は泣きそうだった。

きっと兄も腹がペコペコに違いない。
先に食べたと彼は言ったけど、本当かどうか弟には判らなかったし、兄は平気でそう言う嘘を吐く。
けれど、差し出された肉は、弟にとっても久しぶりの食糧で、見た瞬間に腹が鳴った。
じわじわと目尻に雫を浮かべながら、弟は何日かぶりの肉に齧り付く。

肉を食い千切る力もない弟に代わり、兄は肉を千切りながら、弟に肉片を与える。
弟は貰った肉を齧りながら、兄の牙や爪があちこち欠けている事に気付いた。
そうしてまた涙を浮かべる弟に、美味いか?そうか、と兄は言って、弟の顔を舐めている。

肉を半分食べ終わった所で、弟はいつものように、兄に残りを差し出した。
兄はすっかり困った顔で、食べていいんだぞ、と言ったけれど、弟はお腹一杯、と言った。
埋めて保存して置く事も出来るけれど、そうするには二匹の兄弟の腹はまだまだ隙間だらけで、保存に回せる程の余裕もない。
兄は少し考えた後、弟の残した肉を半分に千切り、弟の分と自分の分に分けた。
二匹は譲り合うように、すりすり、すりすりと顔を寄せ合わせた後、二匹で一緒に肉を食べる。

久しぶりの食事に、弟はすっかり満足し、そんな弟に兄も満足していた。
胃袋は決して満たされたとは言い難いが、鳴り続けていた音も止んだ。
何より、兄が帰って来た事に、弟が無事でいてくれた事に、二匹は胸が一杯だった。

疲れ切ったように丸くなった兄に、弟が毛繕いを始める。
知らない匂いを沢山つけて、綺麗な筈の毛並も絡ませて、肢は泥と血で汚れている兄。
その一つ一つを丁寧に労わって、弟は兄の体を舐めていた────と、そんな時。


「どうだ?ラグナ。親はいそうか?」
「……いや、兄弟っぽい奴がいるだけだ。大きい獣人はない」
「子供が二匹だけ、と言う訳か。そいつは困ったな……」


耳慣れない声に、弟が顔を上げる。
音の方向を見ると、巣の出入口を塞いでいる影があった。
猿と似たシルエットをしているが、躯を追う毛は少なく、尻尾もない、見た事のない生物だ。
兄はそれを“人間”だと思い出したが、弟はそれには至らず、見慣れない生物が巣に迫っている危険に毛を逆立てる。


「ふぎーっ!」
「うぉおっ。ごめんごめん、驚かせたな」


弟が牙を見せて威嚇すると、生き物はささっと出入口から離れた。
が、嗅ぎ慣れない匂いが入口の方から漂って来て、いなくなった訳ではないと判る。
弟は、疲れ切って眠り始めた兄を守るべく、四足の格好で、いつでも飛び掛かれるように、じっと巣の出入口を睨んだ。


「獣人は普通の動物よりも成長が遅い。親がいないとなると、長くは生きられない事が多い。群れの一員ならまだ望みはあるが、そう言う訳でもなさそうだな」
「あんな小さな子供が、遠出して獲物を探す位だしな。大人は近くにいないんだろう」
「大きな方はともかく、巣にいた小さな方はいつまで持つか……このまま日照りが続けば、どちらも危ういかも知れない」
「あんな小さい奴等が、二人っきりでなあ……うーん……」


聞こえる言葉の意味を、獣達は理解できない。
幼い弟は、ただただ、疲れ切った兄を守る為、戦う覚悟で侵入者を警戒していた。

ひょこり、と頭の影が見えた瞬間、弟は渾身の声で威嚇した。


「ふぎゃーっ!!」
「わわっ」


直ぐに影が引っ込むが、弟は威嚇の体勢を解かない。
見知らぬ匂いが消えるまで、彼は兄を守るべく、震える体で立ちはだかるつもりだった。

弟が必死に威嚇している事を、巣穴の外の者達は理解している。
それが当然の反応であり、彼等にとって自分達は危険以外の何物でもない事も、判っていた。
そして、自分達は長く此処に留まるべきではなく、自然に生きる者に可惜に手を伸ばしてはいけない事も判っている。

しかし、理屈で全てが納得できれば、何も苦労はしない。


「なあ、キロス、ウォード。あいつら、俺が連れて帰っちゃ駄目かな」
「……ラグナ。お前の気持ちは判らないでもないが……」
「連れ帰った事が判れば、何をされるか。生態調査の名目でモルモットにされる危険が高いぞ」
「そ、そりゃ判ってるけど。このまんまじゃ、飢え死にしちまうだろ?」
「…厳しい事を言うが、自然の摂理と言えばそれまでだ」
「うう~……」


ひょこり、とまた影が入口から頭を出す。
弟は牙を見せ、ふぎゃーっ!と大きな声を上げた。

その傍らで、うとうととしていた兄が顔を上げる。
兄が前足で弟の体をぐいっと引っ張ると、弟はぺたんとその場に尻もちをついた。
疲れ切った兄は、引き摺るように体を動かすと、弟の体を前足で捕まえて、腹に顔を埋めて動かなくなる。
ぷん、ぷん、と尻尾が揺れた後、兄はすうすうと寝息を立て始めた。

兄の肉球が、弟の背中をぷにぷにと押す。
弟は兄を腹に埋めたまま、ころんと横になって、兄の体を出入口から見えないように隠した。
そっと覗き込んでくる陰に向かって、ぐるぐると喉を鳴らしながら、兄の眠りを邪魔しないように努める。


「……随分と二匹を気にしているな、ラグナ。何か思う事でも?」
「んー……いや、何って事でもないんだけど…昔、逢った事のある獣人に似てる気がしてさ。それだけなんだ」


巣穴の中を覗き込む翠色に、丸く蹲っている二匹の獣が映る。
まだ傷だらけの体を丸め、ふくふくと微かに腹を上下させて眠っている一匹と、じっと睨んで唸り続けている一匹。
戦う決意をしつつも、決してそんな力を持っていないと自覚のある弟は、覗き込んでくる影に、早く居なくなれと思っていた。
いなくなってくれれば、兄はゆっくり眠って休む事が出来るのだから。

しかし、弟の願いは空回りするばかりで、嗅ぎ慣れない匂いは中々離れようとしない。
眠った兄を狙っているのかも知れない、と思うと、弟は益々神経を尖らせて、ぐるぐると低い音を鳴らす。


「……仕方がないな。上の方は、こっちでどうにか誤魔化そう。獣人が保護対象である事は間違いないし、人工保育の例とすれば、許可も期待できる」
「本当か?頼むぜ、キロス、ウォード!」
「だが、過度な期待もしてくれるなよ?前例のない事だからな。何より、一番大変なのは、恐らくラグナだろうからな」
「判ってる判ってる。ちゃんと面倒見るし、何があっても放り出したりしないって」
「────では、これで方針は決まったが……ふむ、出て来てはくれそうにないな」


小さな体で、猛獣と寸分違わぬ眼力で睨む弟。
迂闊に巣穴に体を入れれば、躊躇わずに噛み付いて来るだろう────弟も実際にそうするつもりだった。
まだまだ幼いとは言え、爪や牙は百獣の王の特徴を宿しており、細く柔らかいものなら簡単に食い千切れる。
流石にそうなっては目も当てられない、と巣穴の外で遣り取りが続く。


「少し乱暴になるが……致し方ない。暴れてお互いに怪我をするよりは良いだろう」
「良いな?ラグナ」
「……ああ。恐がらせるだろうけど、ごめんな。少しだけだからな」


巣穴の奥に篭っている兄弟に、そう言った後、何か細長いものが入口から中に入って来た。
蛇に似た細長い物体に、ぞわっと弟の毛が逆立つ。
弟は、兄を腹の下に隠すように覆い被さり、ふーっ、ふーっ、と鼻息を荒くして威嚇を始めた。

ぶしゅっ、と音を立てて、蛇が煙を吐き出した。
煙はあっと言う間に巣穴全体を覆い付くし、獣達の視界と嗅覚を奪う。
幼い弟は、何が起きているのか判らないまま、とにかく此処は危ないと、眠る兄の体を口に咥えて引き摺り、巣穴の奥へ奥へと逃げた。
しかし巣穴は直ぐに行き止まりへと突き当り、入り口からはもくもくと煙が増えて来て、あっと言う間に逃げ場を失う。
どうしよう、どうしよう、と戸惑っている間に、くらり、と頭の中が揺れた。

巣穴の奥で、折り重なって眠る兄弟に、ゆっくりと何かが触れる。
すう、すう、と寝息を立てる二匹を見て、ごめんな、と緑の瞳が呟いた。





拾われました。

かえらなくちゃ、かえらなくちゃ

  • 2016/02/09 21:45
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広い広いサバンナの中、ぽつりと生えた一本木の下────其処が二匹の兄弟の棲家。

一本木は広いサバンナを行き交う獣達にとって、道標の一つだった。
その下をこっそりと棲家に誂えたのは、数年前に死んだ母だ。
母は重い体で賢明に土を掘り、子供達が安全に棲み暮らせる場所を作り、其処で二匹の兄弟を生んだ。
兄弟が乳飲み子を卒業すると、身を守る術と、生きる術を教え、兄弟もそれを日々それを学び、すくすくと成長して行った。
しかし、普通の獣とは違う血を持つ子供達は、大人になるまで、普通の獣よりもずっと長い時間が必要となる。
母はそれを見届ける事のないまま、あるとても寒い日、子供達に熱を分け与えながら、永い永い眠りについた。

その後、兄は母の代わりに狩りに出るようになり、まだまだ狩りが覚束ない弟を養うようになった。
小さな体は中々大きな獲物を狩る事が出来ず、鼠や小鳥を捕まえ、肉食動物達が食い残した肉を剥ぎ取る事で命を繋ぐ。
次第に弟も子鼠位なら捕れる様になったが、兄弟共に成長盛りで、中々腹は満足しない。
生きる為には食べなければならないのに、食べる為の体力が尽きて来ると、走る距離も縮み、爪も牙も力を失くしてしまう。
一日二日と何も食べない日が当たり前となり、空腹を誤魔化すように草を食べる。
けれど、肉食動物の血を持つ躯を維持するには、草では栄養が足りず、弟は段々と起きる事も儘ならなくなって行った。
兄は必死の思いで鼠や兎を捕まえて、僅かな肉を弟に与え、弟は肉の半分を食べて、後は兄に譲る。
兄が弟を見捨てれば、弟が死ぬ代わりに、兄は腹を満たす事が出来ただろう────逆も然り。
それは彼等も判っていたし、僅かな肉を胃に入れる度、もっと欲しい、もっと食べたい、と言う気持ちも強くなった。
けれど、お互いがそんな気持ちを抱いている事は判っていて、それでも兄に、弟に生きていて欲しいと思う気持ちも判ったから、お互いが足枷である事を理解していながら、兄弟は少ない食糧を分け合って、ギリギリの所で日々の命を繋いでいた。

幸いなのは、兄弟はまだまだ大人の体躯にまで育っておらず、人間の子供で言えば五つ六つの幼子でしかないと言う事だろうか。
成長盛りにも関わらず、栄養が足りない事は、彼等の発育に大きな影響を与えている。
本来ならは忌避すべき事であったが、お陰で体躯も然程大きくは育っておらず、母が作った棲家を今も使う事が出来る。
動物達が目印にする一本木の周りには、定期的にサバンナを移動する動物達が近付く為、お陰で子供達は、棲家から遠く離れる事なく、狩りをする事が出来ていた。

だが、いつまでも環境が変わらない訳ではない。
雨季の雨が足りず、酷い干ばつがサバンナを訪れた年、兄弟が済む一本木の周囲には、碌に草も生えなかった。
傍を流れていた清流の川も干上がってしまい、魚を捕まえる事は勿論、水浴びも出来ない。
兄弟が日々の食糧にしていた鼠や兎は疎か、虫も姿を見なくなり、草も食べる程に成長しない。
巣穴の外は灼熱の炎天で、兄弟は引き籠り過ごす日々が続いたが、食べない日々では命もいつかは潰えてしまう。

鳴る腹を誤魔化すように丸くなる弟を巣に残し、兄は生まれて巣穴から遠く離れた場所に向かった。
枯れた草原の向こうには、母に狩りを教わった時に行っていた森がある。
森がまだ枯れていないのなら、サバンナにいた動物達は、きっと其処に棲家を移している筈だと信じて。
かくしてその希望は実を結び、兄は地上に下りていた数匹のリスを首尾良く捕まえ、一匹だけ自分で平らげると、補給したエネルギーを使って、弟の下へ走ろうとした。

─────しかし。


「がっ……!がうっ…!ぎゃうぅ…!!」


鬱蒼とした茂みの中で、一匹の獣がもがいている。
丸みのある耳と、細い尻尾の先端にはふさりと丸く束になった毛。
体高は、人間で言えば二歳から三歳の子供程度と言った所か。
多くの動物と違い、二足歩行と背骨を縦に伸ばせるお陰で、立ち姿のシルエットこそ人間や猿に近いが、ヒトとも猿とも違う顔立ちをしている。
尖った眦と、大きな瞳に映る細く縦に伸びた瞳孔、尖った牙を携えた口と、それらの特徴は、主に猫科の獣と類似していた。
体重を支える肢の特徴も猫科のそれとよく似ており、ヒトならば持ち得ないものである肉球も備えられていた。

その肉球のある前足───ヒトで言うならば手で、獣は己の足を噛んでいるものを引っ掻いている。
獣の後ろ肢には、鉄の牙が噛み付いており、まだ柔らかい獣の肢の肉を引き裂いていた。


「うがっ、がっ。ぎゃうっ!がうっ!」


獣は必死の形相で、躯を丸め、肢に取り付いた鉄に噛み付いた。
初めての鉄は、酷く冷たく味気なく、固くて獣の牙を弾いてしまう。

鉄の牙には鎖がついていて、先端は土の中に埋められていた。
鎖は非常に頑丈で食い千切る事が出来ず、、獣はこの鉄牙を外さなければ、この場を離れる事が出来ない。
棲家で腹を空かせて待っている弟の為にも、早く帰らなければならないと言うのに。


「ぎゃううっ…!がうっ、がうっ…!がぅうううう……!」


鉄牙に噛みついた獣の眦から、じわじわと雫が溢れて来る。
森にはこう言う危ないものがあるから、歩く時には用心しなさいと母に教わっていたのに、忘れていた。
束の間に満たせた腹と、捕まえた餌を早く弟に届けてやりたくて、すっかり注意を怠ったのだ。

肢を劈く痛みも、此処から身動きできない歯痒さも、何もかもが悔しくて堪らなかった。
巣穴を出てから、既に二度目の夜が来ている。
腹を空かせた弟は大丈夫だろうか、寂しさに耐えかねて巣穴を出たりしていないだろうか。
自分よりもずっと衰弱している上、体の小さな弟は、巣を出たら大きな鳥に狙われ易い。
だから、決して外には出ないように言い含めているけれど、こんなにも長く一人にさせた事はなかったから、心配で堪らなかった。

だから、早く。
早く早く、巣に帰らないといけないのに、鉄の牙が邪魔をする。


「ふぎぃ……っ、ぎゃううぅう……っ!」


背中を丸めて、肢に食い込む鉄牙に牙を立てる。
無機物の鉄は、どんなに噛んでも引っ掻いても、噛み付く力を弱める事はない。
しかし、諦める訳には行かないから、必死の形相で抵抗を続けていた。

そうして、どれ程の時間が流れただろうか。
鬱蒼とした森にも、微かに光が差し込む程に明るくなった頃、獣は疲れ果てていた。
鉄牙を噛む顎にも力が失われ、滲む血も乾いて変色を始め、痛みすら麻痺して判らなくなり────疲れ切って、意識半分になっていた時だった。

ガサガサと茂みを掻き分ける音が近付いて来る。
それは獣の耳に聞こえてはいたが、最早疲れ切った幼い獣に逃げようとする気力はない。
ただ見付からないように、出来るだけ静かに、自分の存在が気付かれないようにするしかなかった。

だが、願いもの虚しく、獣はついに見付かった。
猿とよく似た姿形で、聞いた事のない言葉を操る生物に。


「ありゃ。お前、こんな所でどうしたんだ?」


毛のない体を守るように、皮膚とは違う色の皮で体を包んだその生物は、人間と言う生物だと、母から教わった事を、幼い獣は辛うじて思い出した。
この人間と言う生物は、大抵が動物達にとって恐ろしい生物だと言うが、母はそれとは違う人間とであった事があるらしい────が、幼い獣にはそれは関係のない事だ。
見た事のない生物に初めてであった事で、獣はパニックで固まり、警戒してじっと躯を竦ませているしか出来なかった。

人間は丸い目を獣に向け、ゆっくりとした足取りで近付いて来る。
肢は前後ともに長く、その肢が伸ばされれば射程に入ると言う直前で、獣は我に返って逃げ出した。
しかし、一足に距離を取ろうとした筈が、後肢に噛んだものに阻まれる。


「ぎゃいっ!」
「あっ」


食い込んだ鉄牙が、獣の足の肉を引き裂いた。
悲鳴を上げて倒れ込んだ獣に、人間が声を上げて近付こうとする。
しかし、その足は別の声に留められた。


「よせ、ラグナ。警戒しているだろう」
「ウォード……そうは言うけど、あれ、可哀想だぜ」
「判っている。だが、悪戯に近付いても、怯えさせるだけだ」


また人間が現れたのを見て、獣は全身の毛を逆立てた。
先に来た人間よりも、二倍三倍にも大きな人間が現れたのだから、無理もない。
その傍らには、逆に一回り程細い体躯の人間も立っていた。


「獣人種か。やはり、この辺りには多いようだ。土地特有のものかな」
「そう言うのは後で良いから、あのトラバサミ、外してやろうぜ」
「ふむ……そうだね。随分古い代物のようだし、躾の悪いハンターの忘れ物のようだ。外しても問題はなさそうだな」
「よーしよし。んじゃ、直ぐ外してやっからな~。恐くないからな」


人間たちが近付いて来るのを見て、獣はガリガリと地面を引っ掻いた。
逃げようとしてる幼い獣の姿に、最初に現れた人間が「ごめんなあ」と言って前足を伸ばす。
咄嗟にその前足に噛み付くが、前足はごわごわとした固い皮に覆われていて、肉まで到達しない。

一際体の大きな人間が、幼い獣の体を地面に座らせて押さえ付ける。
鉄牙に噛まれた足を暴れさせていると、体の細い人間が、獣の足を付け根から押さえた。
身動きが出来ない状態になって、獣は錯乱したように大きな声を上げる。


「がうっがうううう!ぎゃううううっ!」
「怖いよな、痛いよな。ごめんなあ。直ぐ終わるからな」


遮二無二暴れる獣を、人間は声をかけながら、獣を噛む鉄牙を掴んだ。
鉄牙を噛みあわせるバネが、キリキリと固い音を鳴らしながら伸びて行き、肉を噛んでいた棘から力が緩む。


「よ…っと────よしっ」


ばきん、と音がして、鉄牙が二つに割れた。
上の歯と下の歯で分解された牙が、かしゃんと音を立てて床に転がる。

穴の開いた獣の足から、夥しい赤が溢れ出したが、獣は構わずに捕まえる人間たちの前足を振り払って飛び出した。


「あっ、こら、待てよ!まだ手当が、」
「がうっ……!」


何処かへと走ろうとした獣の足が縺れ、まだ小さな体が地面に転ぶ。
栓を失った事、無理に動いた事が切っ掛けとなり、獣の足からどくどくと夥しい血が流れ出していた。

人間は獣を捕まえると、抱き上げて傷の具合を確かめる。
傷の傍を触れられるだけで、獣はぎゃうぎゃうと叫んで暴れながら、人間の前足に牙を立てた。
鉄牙を何度も何度も齧っていた所為で、獣の牙は、傷付いて欠けている。
それでも必死に逃げようとする獣に、人間は「ごめんな、ごめんな」と詫びながら、獣の足にぬるぬるとした粘液を塗り始めた。


「ぎゃうううう!がうっがうう!」
「沁みるんだな。ごめんな、でも今だけだから」
「ラグナ、少し場所を移動しよう。猛禽類が集まって来ている。その子を狙っているんだろう」
「ああ、判った。……よし、取り敢えず止血は済んだな。後は安全なトコ行ってから────あてっ」


捕まえる力が緩んだ隙を逃さず、獣は人間の胸を蹴って、外へと飛び出した。
肢の感覚は相変わらず鈍く、じんじんと熱く、塗られた粘液の所為で奇妙な匂いもあったが、構っている暇はない。
地面に落としていたリスを咥え、獣は四足になって走り出した。

だが、幾らも進まない内に、また足が縺れて転んでしまう。
その隙を狙って、木の上で彼等を狙い続けていた鳥達が、ギャアギャアと襲い掛かって来た。


「………!」


前足で頭を抱えて蹲ると、背中に固い嘴が突き刺さる。
ぶちっ、ぶちっ、と背中に穴が開くのが判った。


「こら、お前ら!やめろ!あっち行けって!」


人間が大きなものをぶんぶんと振り回して、鳥達を追い払う。
大きな人間が獣を抱え、鳥から隠すように、柔らかな毛並みの皮で獣を包む。
その所為で目の前が見えなくなって、獣は慌てて暴れ出した。


「む…、随分と元気だな。これだけ傷を負っていると言うのに」
「何処かへ行こうとしているのかも知れないな。例えば、巣だとか…」
「家があるなら帰してやろうぜ。近くまで連れて行ってやる位なら良いだろ?こんなに小さいんだしさ」
「……深く関わるのは感心しないが、獣人種は保護すべきとされているしな。群れを見付け次第、放してやるなら大丈夫か」


人間が何事かを交わしている間も、獣は包まれたまま、じたばたと暴れていた。
動く程に肢の傷が痛み、熱を持ち、口の中からも錆がじわじわと広がっていたが、構っている暇はない。
鬱蒼とした森の中で、二回目の夜を過ごしているのだ。
弟がきっと腹を空かせて寂しがっている筈だから、早く帰って安心させてやらなければ。

そう思っていると、ぱさり、と目の前を覆っていたものが取れた。
はっとして顔を上げると、森の緑に似た翠の瞳が、此方を見ている。


「家の近くまで連れて行ってやるよ。下ろしてやるから、ゆっくり歩くんだぞ。な?」


毛のない顔を柔らかく綻ばせて、人間は言った。

俺達は恐くないからな、と言った人間の言葉を、獣は理解できない。
それでも、地面へと下ろされた獣は、もう逃げるように走り出そうとはしなかった。
一歩一歩、倒れないように歩く獣の後ろを、人間たちはゆっくりと追った。






二本脚で歩けるけど、見た目は獣7:ヒト3くらいの割合で、獣なレオンとスコールの萌えを頂きましたので、勝手に精製。
思考力は2歳か3歳児くらい。身長もそれ位で、二頭身~三頭身のイメージ。

[ヤシュスコ]この手が届く距離感で

  • 2016/02/08 23:10
  • Posted by
ヤ・シュトラ×スコールを目指してみた。

※14未プレイの為、ヤ・シュトラさんが偽物気味です。こう言う距離感だったら良いなと言う妄想。
ディシディアアーケードを意識しつつ、色々と捏造もしています。





魔法を“設置”すると言うのは、スコールの意識には存在しなかった概念だ。
そもそも、疑似魔法は威力も大したものではないので、戦闘の補佐には利用できても、直接的な戦力になるとは言い難い。
だから、個数として大量の魔力を補充し、ジャンクションとしてドーピング代わりに意識下でセットする事で、個人の身体能力を飛躍的に高めると言う使い方が生み出されたのではないだろうか。

こうした使い方が出来ると知る事が出来たのは、良い経験かも知れない。
この世界で体験した物事を、そのまま元の世界に持ち越せるかは判らないが、それが可能であれば、疑似魔法の更なる研究・発展にきっと役立つだろう。
────自分がそうした研究に触れられる人間なのか如何か、と言う疑問は、別として。

魔法を“設置”する戦士は、これまでにも存在していた。
混沌陣営に駒を置いている皇帝がそうで、彼は自身の身体能力の低さをカバーする為、魔法をトラップにして此方の足場を奪う戦法を得意としている。
ゴルベーザやエクスデスもそれに近い使い方をするが、最たるはやはり皇帝だろう。
それ以外にも魔法を使用する者は少なくないが、その多くは、アルティミシアのように放出させる形で魔法を使用していた。
秩序陣営はと言うと、ティナやルーネス、シャントットと言った魔法に秀でた面々はいるが、彼女らも放出させる形で魔法を使用する。
“設置”型の魔法の使用者は、今までいなかったのだ。

其処へ来て、新たな戦士の召喚である。
ネコ科の動物に似た、細い瞳孔を映す瞳と、頭の上に三角形の耳、更にはジタンと同じ尻尾を持っているその戦士は、ヤ・シュトラと言う名の女性であった。
召喚されたばかりとあって、彼女自身の記憶は余り確かではないが、断片的な記憶を元にした所によると、彼女はミコッテと言う種族であると言う。
彼女自身にとっては、自分の特徴は然して珍しく思われるほどのものではないらしく、彼女の世界では有り触れた種族なのだろう。

初めこそ、見慣れぬ世界と、虚ろな記憶に戸惑っていたヤ・シュトラであったが、馴染むのは案外と早かった。
神々の闘争に参戦し、打ち勝つ事が出来れば、元の世界に戻れると言う簡潔な説明も効いたのかも知れない。
彼女は早々に、この世界で自分が出来る事を確かめると、秩序の戦士達と共に、混沌の戦士との戦闘に備えて、自身の魔法の腕を磨き始めた。

元々は防御系の魔法が得意だと言うヤ・シュトラであったが、攻撃魔法も心得ている。
特に仲間達が感心したのは、他のメンバーでは殆ど使用する事が出来ない、魔法の“設置”技術だ。
構成させた魔力をその場に敷き、設置が完了すればその場を離れる事が出来る。
正しく、皇帝と同じ使い方が出来るのだ。
同様の戦い方を持つ人間が同陣営に現れたのは、秩序の戦士達にとって頼もしい事だった。
ヤ・シュトラは参戦から日が浅く、まだ混沌の戦士とも大きく衝突した事がない為、彼女の詳細は───絶対とは言い難いが───まだ敵陣営には知られていない筈。
今の内に、彼女にこの世界に慣れて貰うと同時に、“設置”される魔法への対策を学ぶべき、と言う意見が採用された。

まだこの世界に不慣れと言う事もあり、ヤ・シュトラを交えた特訓は、数日に一度と言う頻度だ。
回復に秀でた白魔法に特化した魔法使いは、平時でもその力を発揮させる機会が多い。
一度枯渇した魔力は、数日をかけなければ回復しない注意点もあり、いざという時の為にも、ティナ同様、ある程度の魔力は残して貰って置く必要もあった。

新戦力を交えた生活が、二ヶ月ほど経つと、彼女もこの世界の有り様に慣れてきた。
少しずつ訓練もハードさを増して行く傍ら、ヤ・シュトラもこの世界での自分の魔法の変化に気付いたらしい。
幾つかの魔法は使えず、代わりに制限の合った魔法が使えるようにもなっている、らしい。
前者は混沌の影響、前者は秩序の女神の影響だろうか。
深い研究については、その手の研究に意欲的なシャントットに委託する事にして、ヤ・シュトラは自身の自分の魔法の発展性を探っている。
そのお陰か、彼女の魔力が闘争の世界に馴染んだのか、召喚から目覚めた当初に比べると、彼女が扱える魔力量は日に日に成長して行き、今では十分な力を発揮できるようになった。

そんな彼女と、スコールが対戦したのは、今日で四回目の事だ。
ウォーリア・オブ・ライトやセシル等、生真面目な面々が彼女との特訓を希望する為、順番待ちでようやく得た訓練である。
前回の訓練で学んだ事を加味しながら、如何に立ち回って“設置”された魔法を回避、或いは利用するかを考えながら、次の手の為に地面を蹴る。
一足、二足と跳んで、一気に距離を詰めようとした時だった。
三足目の右足が地についた瞬間、スコールを囲む魔法陣が出現する。


「─────!」


しまった、と思った瞬間、眩しい熱球がスコールの周囲で弾け飛ぶ。
灼けるような閃光の中で、スコールは身を守る為に躯を丸めた。
ドンッ、と背後で弾けた衝撃が、スコールの背中を強く殴る。


「くっ……!」


唇を噛んで衝撃が消えるのを待っていると、程無くそれは訪れた。
まだ続きそうだったのに、と思って顔を上げると、木杖を持ったヤ・シュトラが二メートル先で立ち尽くしている。
彼女にとっては、自分を的に晒すだけの距離だった。

飛び掛かるのは容易だったが、スコールはそうしなかった。
彼女の仕掛けたトラップを踏んだ時点で、スコールの負けなのだ。


「良かった、誘われてくれて。引っ掛かってくれなかったら、私が危なかったわ」
「……っ」


移動する彼女を追って、距離を詰めようとしたのが失敗だった。
見事に罠へ誘導された事を悟って、スコールは舌を打つ。

片膝をついて、苦い表情を浮かべているスコールに、ヤ・シュトラが歩み寄る。
白い毛に覆われた尻尾が、ゆらゆらと揺れていた。
なんとなくその尻尾を目で追っているスコールの前に、ヤ・シュトラは片膝を追って、目線を合わせる。


「威力は抑えたつもりだったんだけど、大丈夫かしら」
「……問題ない」
「そう。でも、念の為、ね」


スコールの返事に頷きながら、ヤ・シュトラは右手をスコールへと翳した。
淡い光がヤ・シュトラの右手から生まれ、スコールの体を包み込む。


「大した怪我じゃない。あんた、魔力を無駄にするな」
「大した怪我じゃないんだもの。そんなに消費する事もないわ」


そっくり同じ言葉を返し、だから平気よ、と言いながら、ヤ・シュトラはスコールの体の傷を癒した。
白魔法に特化しているとあってか、治療の速度はティナやセシルよりも早い。

治療を終えると、ヤ・シュトラは満足したように立ち上がった。
訓練予定の時間はまだ余っていたが、共に走り回って疲労した状態だ。
少し休憩しましょう、と言うヤ・シュトラに、スコールも否やを唱えるつもりはない。

が、負けた悔しさの所為もあり、スコールはその場から素直に動く気にはなれず、その場に胡坐で座り込んだ。
ヤ・シュトラは数歩を歩いた所で、スコールの様子に気付き、踵を返す。


「どうしたの。何処か痛めた?」
「……別に。少し考え事がしたいだけだ」


スコールの言葉に、ヤ・シュトラは「……そう」とだけ言った。

彼女もあまり多弁ではないのか───ティナやライトニングと雑談している所を見るので、他者との会話には特に抵抗はないようだが───、余り他者の領域に踏み込んで来る事はない。
普段、ジタンやバッツと言った賑やかし組に囲まれているスコールだが、彼女くらいの距離感が丁度良いと思う。
あいつらも見習って欲しい、と思いつつ、スコールは今の特訓を振り返る。


(追い詰めたと思って踏み込むのが良くなかった。距離を詰めるに当たって、設置された魔法の位置に気を付けないと…)


トラップを警戒する余り、距離を取るのは、スコールには良策ではない。
近距離を持ち場とするスコールは、如何に相手との距離を詰めるかが肝である。
距離を詰めて罠を張る余裕を与えないのは当然として、問題なのは距離が開かされた場合だ。
これは皇帝やアルティミシアと言った、遠距離を維持しようとする敵に対しても、同じ課題である。
それだけに、ヤ・シュトラとの特訓はスコールにとってかなり有意義なものになるのだが────それはそれとして、負けるとやはり悔しいものがある。


(……負けたのはこれで何回目だ?負けた数の方が多いよな…)


ヤ・シュトラとの特訓が始まったばかりの頃は、スコールの方が有利である事が多かった。
彼女自身が、この世界での力の使い方に慣れていなかったからだろう。
度重なる仲間達との特訓を経て、叩き上げられるように戦力性を上げているのは間違いない。
対してスコールは、未だ彼女に対して有益となる一手が見付からず、着実に黒星を増やしていた。

味方に負けたからと言って、恨み言を零すつもりはないし、全ては自分の実力不足が原因だ。
悔しければ体を動かし、頭を動かすしか、打開の道はない。

それでも滲む歯痒さ誤魔化せず、スコールは立てた片膝に乗せた腕に、額を押し付けた。
零れる溜息は、現状を変えられない自分への苛立ちだ。
こうしていれば、ああしていれば或いは、と言う考えを、戦闘中に考えられなかった事が悔しくて堪らない。
そうして余裕を失くして行く自分にも、また苛立ちが募っていた。


(……頭を冷やさないと……)


残った時間で、もう一度特訓したいが、このままでは同じ結果になってしまう。
水でも浴びれば、文字通り冷えるだろうか、と思っていると、何かがスコールの頭に触れた。


「……!」
「あら」


反射反応に近い動きで、スコールが顔を上げると、細い瞳孔を移す瞳が目の前にあった。
ヤ・シュトラは顔を上げたスコールと目を合わせると、ぱちりと瞬きをした後、ふわりと笑う。


「こうすると、ティナやジタンは喜んでくれるのだけど。貴方は嫌いだった?」


そう言って、ヤ・シュトラはもう一度スコールの頭を撫でる。
細くしなやかな指が、濃茶色の髪の隙間をゆっくりと滑って行った。

口元に柔らかな弧を描き、猫に似た眦が眩しげに細められている。
撫でる手を払い除けるのは簡単な事だが、スコールの体は動かない。
バインドでもかけられたか、と思ったが、魔力の匂いはしないし、ヤ・シュトラは魔法を使う際に利用している杖を地面に置いている。
彼女は全くの無防備な状態で、小さな子供をあやすように、スコールの頭を撫でていた。


「今日はゆっくり休みましょう、スコール。気持ちが急いても、苦しい事が増えるだけよ」
「……そんな事、判ってる」
「そう。じゃあ、もう少しこのままね」


このまま休めと、ヤ・シュトラは言う。
彼女に頭を撫でられたままで。

跳ね除けるのは簡単だったが、スコールはその気が失せた。
もう勝手にしてくれ、と立てた膝に顔を伏せる。
ヤ・シュトラはそんなスコールに眉尻を下げて微笑み、手触りの良い濃茶色の髪を、ゆっくりと撫で続けていた。





12+2=14と8日でヤシュスコ書いてみた。
お姉さんキャラに頭を撫でられているスコールが好きです。

FF14は未プレイなので、ヤ・シュトラさんのキャラがこれでいいのかは判りません。こんなのだったら良いなと言う私の夢。

[フリスコ]その言の葉を聞くだけで

  • 2016/02/08 22:46
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鈍い鈍いと言われていても、それに多少なりとも自覚があろうとも、此処まで来れば嫌でも判る。
真っ赤になって「す」「…す、」「……す…っ!」等とどもり続けられていれば。



こうなる前から、感じ取ってはいたのだ。
赤い瞳とぶつかる度、真っ赤になって逸らされたり、かと思えば背中を見詰められていたり。
幼年の頃から訓練されているのだから、人の気配や視線には敏感な方だと思う。
じろじろと不躾な程に熱い視線を送られれば尚更で、気付くなと言う方が無理だろう。
その癖、熱視線を長らく放置する形になったのは、赤い瞳が抱く感情の正体が掴めなくて、掴めた後も何を返せば良いのか判らなくて、気付かない振りを続けるしかなかったからだ。

戸惑いが戸惑いを呼ぶように、此方からは目を合せないようにする事が増えた。
あちらもそれは感じ取っていたようで、嫌われているのかも知れない、と落ち込んだ事もあったと言う。
それはジタンとバッツが間に入る形で、あっちへこっちへと駆け回っている間に解決したようだが、スコールは詳しい事は聞いていない。
ただ、自分が知り得ない所で、ジタンとバッツに迷惑をかけていた事は理解出来たので、短い言葉で詫びた。
すると二人は「オレ達への詫びは良いから、ちょっと二人で話して来な?」と言ったのだ。

それからは─────とんとん拍子と言えば、そうだったのだろう。
あちらは既にそう言う感情を抱いていて、此方はよく判らなかったものの、その事に対して、然程悪い印象は抱いていなかった。
後々になって思い返すと、スコールが抱いていたのは、不慣れと無自覚から来る感情の芽生えへの不安だったのかも知れない。
慣れないものには回避行動を取ろうとする所為で、感情の正体を知らないまま、スコールは右往左往とするしかなく、その感情を呼び込む原因から逃げていたに過ぎない。
けれど、向き合ってしまえば、意外と簡単な事だった。
感情を隠せない赤い瞳が、明け透けに伝える心に、またしても戸惑いは生まれたが、それは決して嫌な感覚ではなかった。
その事に気付く頃には、スコールの内にも、彼と同じ感情が宿っていた。

─────が、話は其処まで。

お互いの気持ちが、お互いを向いている事は判った。
そうと言う話があった訳ではないが、互いの顔を見ていれば、それは判る───そう思う程に、二人の気持ちは真っ直ぐに向かい合い、交じり合っている。
だが、“其処まで”なのだ。
気持ちが交じり合っている事が判っていても、二人ともそれを口に出す事をしない。
共に多弁とは言い難い性格な上、片や究極の初心、片や対人スキルが赤点以下の組み合わせだ。
色の沙汰となれば尚更、容易に進む事はないだろうと、仲間達も予想してはいたが、此処までとは思わなかった。
何せ二人と来たら、目を合わせるだけで真っ赤になったり、そんな相手を見て嬉しそうに口元を綻ばせたり、ようやく二人きりになったと思ったら、隣合って座っているだけで幸せそうに顔を合わせたりと言う具合なのだ。
口付ける訳でもない、手を繋ぐ訳でもない、ただ相手が自分の傍にいてくれるだけで、満足だと言う表情で。

彼等が自分の気持ちをはっきりと口にしない理由については、仲間達も直ぐに察する事が出来た。
神々の闘争の世界と言う、不安定なこの世界に置いて、強い情は必ずしも良い物とは言えない。
特にスコールは、初めの頃、この世界で出逢った仲間達とは、遅かれ早かれ別れが来ると言う事もあって、頑なな態度を取っていた。
今ではその態度も軟化しているが、根底にある別れへの意識は拭えず、特別な繋がりを持つ事に強い忌避感を抱いているようだった。
それは二人の間で少なからず共感できる事なのか、どちらともなく、この感情は口にはするまいと、暗黙のルールになっていた。

だから彼等は、いつまで経っても、友達以上恋人未満の関係だ。
それを非難するつもりはないし、悪い事だと指摘する者はいない。
しかし、余りにも味気なくはないか、とも思う。
人と人との繋がりの形は多種多様で、何が間違いで何が正解とも言えないから、彼等が納得した上で今の関係を築いているのなら、それで良いのかも知れない。
だが、いつか別れてしまうからこそ、目の前に在る幸せを目一杯抱き締めても良いのではないか、とも思うのだ。



────そんな調子で、お節介な仲間達に背中を押されたのだろう。
真っ赤になって、がちがちと歯の根を鳴らしているフリオニールを見て、スコールはそう分析していた。

放って置いてくれたら良いのに。
真っ赤になってどもり続けているフリオニールを見ながら、頭の隅でそんな事を思う。
だが、お節介にはそれなりに理由がある事も判っているし、スコールの性格を理解している上で、仲間達がお節介を焼いている事も判るつもりだ。
以前ならそれを「余計なお世話だ」とはねつけたスコールだが、今は少し違う。
目の前の人物が、一杯一杯になりながら、それでも言おうとしている言葉が判るから、此処で背を向けたら、彼の気持ちにも背を向ける事になる。
それは嫌だ、と思う程に、スコールも目の前の人物に気持ちを傾けていた。


(……でも、いつまでこの状態でいればいいんだ?)


進軍の休憩として設けられた、僅かな時間の隙間。
いつの間にか、一人、また一人と席が外され、残されたのはスコールとフリオニールの二人。
仲間達がそれとなく気を遣ってくれた事は明らかであったが、だからと言って、甘い睦言を囁くような仲ではない。
仲間達からすれば、「何を今更!」と言うかも知れないが、それで良いのだとスコールは思っていた。

だが、フリオニールはそうではなかったらしい。

真っ赤になって、視線を忙しなく彷徨わせながら、「……話があるんだ」と言ったフリオニール。
深刻さを帯びた表情に、スコールが真っ先に考えたのは、現在の関係の終焉であった。
飽きられたか、とマイナスに思考が向いたのは、スコールの性格上、仕方のない事だ。
しかし、予想は覆され、フリオニールは“あの言葉”をスコールに告げようとしている。

……しているのだが、


「………ス、スコール……」
「………」
「………………」
「………」


スコールの名前を呼んでは、黙り込んで俯く。
そのまま視線を彷徨わせたり、何かに助けを求めるように後ろを振り返ったり。
フリオニールは、拳を握ったり解いたり、唇を開いては引き結び、えっと、その、とはっきりしない言の葉ばかりを繰り返している。

時折、スコールの名前を呼ぶのとは違うイントネーションで、「す、」と音を零す。
其処から先に続く言葉を、スコールも既に判っていた。
そんなスコールの前で、フリオニールは、何度目かの吐露に失敗して、また俯いている。


(……もう俺から言った方が良いのか?)


声をかけて来たのはフリオニールだったので、スコールは自分は受け止める側だと思っていた。
元々、こうした事に積極的な性格ではないし、自分の気持ちを口にする事に対し、上手く伝わる試しがないと言う思考もあって、己から口にする事はあるまいとも考えていた。

だが、此処までじれったい時間が続くと、流石にそろそろ待ち草臥れる。
目の前の人物が、どれ程の気持ちで「話がある」と言ったか、決して判らない訳ではない───自分だったら、呼び止める時点で止めてしまう自信がある───だけに、待とうと思ってはいたが、そろそろ忍耐力も限界だ。

あと一分待って、状況が変わらなければ、自分で言おう。
そう思って、ひっそりと胸中でカウントダウンを始めた時だった。


「スコール!」
「!」


いきなり強い声で名前を呼ばれて、思わず肩が跳ねた。
かと思ったら、ぐいっと強い力で腕を引っ張られ、固い胸にぶつかる。
背中に回された腕に力が篭ったと気付いた時には、彼の腕の中に閉じ込められていた。


「……好き、だ……っ!」
「……!」


絞り出すように紡がれた言葉が、耳元をくすぐって、鼓膜を震わせる。
途端、どくん、と心臓が大きく音を鳴らした。

抱き締める青年の顔は、スコールには見えない。
バンダナの隙間から覗く銀色が、陽の光を受けてきらきらと光っている。
尻尾のように伸びた後ろ髪が、戦闘の度に躍動するように踊るのを見るのが好きだった。
だが、今のスコールに、その綺麗な銀色を見詰める余裕はない。


(心を言葉で正確に表すなんて、無理だと思っていた)


人間の心は厄介で面倒で、複雑に折り重なって出来ている。
それを言葉で全てを現すのは非常に難しく、口にした傍から、これは意味が違う、と思う事も多い。
特にスコールはその感覚が顕著で、尚且つ、折り重なる自分の感情の形を綺麗に整える作業が苦手だった。
この考え方は、そのまま周囲の人間に対しても向けられており、使い手と受け取り手で齟齬が起きやすい事から、“他人の考えなんて判る訳がない”と言う結論にも行き着く理由となっている。

だが、今のフリオニールの言葉は、何よりも真っ直ぐに、彼の気持ちを表している。
その彼の心が、言葉のまま、真っ直ぐに自分に向けられている事が、無性に─────


(……嬉しい)


いつか別れてしまうのだから、要らない言葉だと思っていた。
聞けば、後の別れを想像して、辛くなるだけだと思っていた。
だから告げる必要はなく、聞く必要もないと、割り切っていた。

けれど、緊張の所為か、微かに震えながら紡がれた言葉は、とても温かいものだった。
たった二文字の言葉が、こんなにも心を満たしてくれるなんて、知らなかった。

銀の髪から覗く耳が、真っ赤になっている。
背中を抱き締める腕が震えているのが伝わって、スコールは微かに口元を緩め、


「……フリオニール」
「な、なんだ?」


名前を呼ぶと、フリオニールはがばっと顔を上げて、抱き締めていた体を離す。
赤い顔が蒼灰色に映り込み、スコールはその頬に、手袋を外した手で触れる。

赤い頬は、その色に違わず、熱かった。
その体温を確かめるように頬を撫でていると、フリオニールの顔が益々赤くなって行く。
このまま沸騰して倒れそうだな、と思いながら、スコールは小さく口を開き、



「俺も、あんたの事が─────」




たった二文字。
それを伝えるだけで、こんなにも。






2月8日と言う事で、フリスコの日!

告白させてみたら、じれったいったらありゃしない。
この後は正式にお付き合いが始まりますが、やっぱり進みは遅いと思います。
しばらくは意識し過ぎて逆に一緒にいられなくなったりするんじゃないかな。本当に手がかかる。

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