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2016年02月09日

[獣人レオン&獣人スコール]けものびと

  • 2016/02/09 23:15
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ツイッターにて、動物寄りの獣人なレオンとスコールの萌えを頂きました。
野生で生きていた二人がラグナに拾われる妄想をして、勝手に精製しました。

レオンとスコールは獣寄りなので、人語は喋りません。がうがう言ってる。


[かえらなくちゃ、かえらなくちゃ]
[まもらなくちゃ、まもらなくちゃ]
[こわい、こわい、こわい]
[ここは、こわくないところ]
[こわくないから、いっしょにあそぼう] (589)


ずっと警戒していた二人が、少しずつ懐いていったら可愛い。パパ溺愛必至。

こわくないから、いっしょにあそぼう

  • 2016/02/09 22:05
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ラグナがサバンナから二匹の獣人を連れ帰ってから、半年が経とうとしている。
サバンナとは全く違う環境に、戸惑いと警戒の中で過ごしていた兄弟だが、少しずつ現在の環境にも慣れてきた。
彼等の学習能力は非常に高く、人間の言葉も単語であれば解するようにもなった。
日々見ているラグナの様子や、テレビで見ている内容を真似する事も増え、その度にラグナが褒めちぎるので、彼等も積極的に新しい物事を覚えようとしている。

特にレオンと名付けた兄の方は、ラグナが自分の怪我を治してくれたと理解している節があり、特にラグナに懐いているようで、褒められると嬉しそうに目を細めるようになった。
スコールと名付けた弟はと言うと、元々が兄よりも気が小さい性格なのだろう、中々周囲に心を開こうとしない。
兄が懐いているからか、ラグナに対し、一定の信頼は生まれているようだが、ラグナが触ろうとする警戒しており、一人きり相対している時は、まだまだラグナに気を許せないようだった。
その為、ラグナがスコールに触れようとすると、反射的に爪を立ててしまう事がある。
直後に兄に叱られるからか、直ぐに悪い事をしたと反省するものの、反射反応になっているのか、中々爪を立てる癖は直せない。

元々が野生の獣人であり、生き抜く為にも警戒心が強いのは当然の事だ。
だが、ヒトの社会で生きていくとなると、警戒心の強さはともかく、爪や牙を可惜に振り回すのは良くない。
それはヒト側の都合で、動物達にとっては身を守る為の自然な行動ではあるのだが、他人に怪我をさせる事で彼等を不幸にさせない為にも、やはりヒト社会のルールには則って貰う必要があった。
だからラグナも、スコールが爪を立てる度、レオンも時に失敗してしまった時には、心を鬼にして強く言い聞かせているのだが、元々の性格から来るスコールの攻撃行動は、中々和らぐ様子がない。

ラグナは、いつかはレオンとスコールに、獣人の友人を作ってやりたかった。
基本的に獣人は希少種であるが、犬や猫がモデルとなっている獣人は、街中で見かける事が出来る。
レオンとスコールは、サバンナで暮らしていた頃、たった二匹で生きて来た。
友達や仲間と言うものを持つ事が出来れば、彼等も嬉しいのではないか、とラグナは思うのだ。
その為にも、スコールの噛み癖や引っ掻き癖は直さなければならない。


「────だから、此処は怖いものはないって思って欲しいんだけど、それが難しくってさあ」


キロスとウォードを自宅に招き、相談するラグナは、最後にそう言って溜息を吐いた。
キロスは出されたコーヒーを口に運び、ふむ、と間を置いて、


「言うは易いが、元々が野生だし、厳しい話だな」
「レオンは慣れてくれたみたいんだんだけどさ。飯作るのも手伝ってくれるようになったし」
「其処まで学習したのか?」
「皿を運んだりする位だけどな。料理は流石に……まだ俺がハラハラしそうでさ」
「ああ、それはその方が良いだろう。キッチン台には、背も届かないだろうしな」
「スコールは手伝いはしないのか?」


ウォードの問いに、ラグナは腕を組んでうーんと考え込む。


「手伝ってはくれるんだけど、俺の手伝いって言うより、レオンの手伝いって感じかなあ。レオンがやってる事を真似してるみたいな。別にそれは悪い事じゃないんだけど」


理由が何であるにせよ、手伝う意識を見せてくれる事は、嬉しいと思う。
同居生活が始まった頃、寝室の隅で縮こまっていた事を思えば、意欲的になってくれるのは良い事だ。

だが、スコールは兄の後ばかりを追っている。
信頼できる家族、自分を守り養ってきた兄に殊更懐いているのは当然の事だが、どうもスコールは、レオン以外の生物を信用していない節がある。
ラグナを少しずつ信頼するようになったのも、レオンがラグナに懐いているからだ。
レオンがまだ懐き切らないキロスやウォード、時折やってくる訪問販売や宅配業者には、姿を見るとぐるぐると喉を鳴らして威嚇姿勢を取る有様だった。

スコールの攻撃癖を直すには、彼の警戒心を解さなければならない。
その為には、スコールがもっと兄以外の生物と接し、慣れて貰う必要があった。


「そうなると、彼等には酷だが、少し距離を置かせる事も考えてみるべきかも知れないな」


ウォードの言葉に、ラグナは判り易く渋い顔をした。
兄弟がどんなにお互いの存在を大切に思っているか、毎日見ているのだから、それを引き剥がすのは心苦しい。
しかし、今の状況が続けば、いつか何処かで、望まない不幸が起きるかも知れない。

彼等を大切に思えばこそ、これは避けてはいけない試練なのだ─────




バッツとジタンが所属しているのは、判り易く言えば、獣人専用の生活訓練施設である。
野生生まれや、生きていくのに相応しくないとされる生活環境から保護された獣人に、ヒトの社会で生きていく為のルール等を教える場所だ。
逆に、保護された獣人が、野生に返る為の訓練を行う場所でもある。
それぞれの獣人の事情と性格に見合った方法で、各自の環境に見合うように、成長を促してやるのが、バッツとジタンの仕事だった。

ジタンはヒトの社会の中で生きて来た獣人だ。
数年前には、この生活訓練施設で訓練をしていた経験もある。
彼の場合、目に見えて判る動物的特徴は尻尾に限定され、後は顔立ちもヒトと殆ど変わらない。
モデルで言えば猿に当たり、このタイプは、尻尾以外は人間と変わらない姿形をしている者も少なくなく、尻尾を隠してヒトとして社会に紛れ込んでいる者もいると言う。
しかし獣人である事は確かで、証左のように、彼は殆どの動物の言葉を詳しく理解する事が出来る。
その為、野生育ちの獣人や、人の言葉を理解していない獣人に対しては、通訳や橋渡しのような役目を任される事も多かった。
獣人の生活訓練を行うに辺り、彼のようなスキルを持った人物は、非常に得難いものである。

バッツは、父が獣人の保護に関わる仕事に携わっており、幼い頃から彼について行く形で、獣人と接して来た。
父は数年前に他界したが、その後継の形で、バッツは獣人の保護期間に所属し、現在に至る。

人間がそうであるように、“獣人”と一口で言えど、その性格は千差万別。
同じモデルの獣人であっても、全く違う性格をしている者が珍しくない事を判っていた。
バッツとジタンは、仕事柄、様々な獣人たちを見ており、中には非常に気難しい者がいる事を知っている
先日から預けられる事となった、スコールと名付けられたライオンモデルの獣人は、正しくそれだ。


「うーん、手強いな~」


猫じゃらしのオモチャをぷらぷらと揺らしながら、バッツが呟く。
その隣で、ジタンも胡坐をかいて地面に座り、難しい表情で頬杖をついている。


「兄貴とずっと二人きりで過ごしてたのに、初めて引き離されたみたいだから、無理もないだろ」
「そうだなぁ……」


話す二人の前方では、茂った低木の陰に隠れ、ぐるぐると喉を鳴らして此方を睨んでいる獣人の子供がいる。
同団体に所属している人物から、彼を預かったのは、二日前の事。
その時からスコールは、ジタンとバッツを警戒し、物陰に隠れて出て来ない。

三人が過ごしているのは、自然の森を再現させた、獣人用の屋内遊戯室だ。
土と芝を敷き詰め、草花を植え、天井は高木がのびのびと育てる程に高く、ちょっとした小さな公園程度の広さがある。
野生から保護された経歴を持つ獣人は、彼等の馴染んだ環境でリラックスさせる事が出来るように、こうした部屋が用意されているのだ。
だが、半年前まで野生の中にいたスコールは、この環境でも中々気が抜けないようだった。
その原因は、野生の頃からずっと一緒に育ってきた兄が、此処にはいないからだ。

スコールが保護者の手でこの施設に連れて来られた時は、兄が一緒にいた。
しかし、保護者は兄だけを連れて帰り、スコールは生活訓練の為に残される事になった。
兄の匂いが何処にもない遊戯室は、スコールにとって不安でしかないのだろう。
初めは兄を探して室内を歩き回り、何処にもいないとなると怯えたように丸くなり、バッツとジタンの姿を見付けると、今のように物陰に隠れて出て来なくなった。

バッツは猫じゃらしを芝に置き、ジャケットのポケットから黄色い羽を取り出した。
それはバッツが、家で飼っている鳥の抜け羽根で、バッツはこれを“幸運のお守り”と呼んでいる。


「スコール~。ほらほら、この羽根、綺麗だろ?」
「……ぐぅうう……」


羽根を指先でくるくると回しながら、バッツはスコールに羽根を見せる。
しかし、スコールは頭を低くした姿勢のまま、低く喉を鳴らして威嚇している。


「駄目かぁ」
「それで釣れるのはお前位だって」
「えー」


そんな事ないと思うけど、とバッツは唇を尖らせ、くるくると回す羽根を見る。


「やっぱり、兄貴と一緒に預かった方が良かったかな」
「確かに、この場所に慣れて貰うのは、その方が早かったかも」
「でも、兄貴がいない状況ってのも、慣れて貰わなきゃいけないしなぁ…」
「ヒトに慣れさせるのが先か、一人に慣れさせるのが先か……取り敢えず、一度兄貴を連れて来て貰って、安心させてやろっか」
「そうだな。離れてもまた逢えるって思えるようになれば、少しは緊張も解れ易くなるだろ」


ジタンの同意を得て、バッツはそれじゃあ、と腰を上げる。
手に持っていた羽根は、スコールが気にしてくれれば、と言う思いからか、芝の上に置いて行った。

茂みの向こうに備えてある通信を使う為、離れて行くバッツを、ジタンは手を振って見送った。
その隣にぽつんと置かれた黄色の羽根は、緑の芝によく映える。
バッツのポケットに入っていた為、羽根の端々は折れたり歪んだりしており、正直、“キレイな羽根”とは言い難い。
が、鮮やかな黄色は確かに美しくもあり、バッツがこれを気に入って持ち歩いている気持ちも判る気がする。

────さて、オレは何をしていよう。
一人残ったジタンは、このままバッツの帰りを待つか、スコールをあやすかを考える。
出来る事ならあやしてやりたいが、彼はまだ茂みの下で低姿勢を取っていた。


(手強いけど、ラグナには懐いて来てるんだよなあ。ラグナは、兄貴の真似なんだろうって言ってたけど、それだけなら抱かれるのだって嫌がる筈だ)


ジタンの脳裏には、保護者に抱えられて施設にやって来たスコールの姿が浮かんでいた。
保護者であるラグナは、右腕にスコールを、左腕に兄を抱えていた。
その時、兄はすっかりラグナに身を預けていたが、スコールは丸い鼻頭に皺を寄せ、なんとも不満そうな表情だった。
あの貌を見る限り、懐いていると言い切る事は難しいが、少なくとも、抱かれる事に恐怖を感じてはいないらしい。


(先ずは、他人の存在に慣れる事。それから、触れるのは怖い事じゃないって感じる事。その為には、人と一緒にいるのが楽しいって感じて貰わないとな)


手強くはあるが、ジタンは出来ない事ではないと思っている。
何故なら、今までの経験上、人間に対して恐怖同然の警戒心を持つ獣人は、自分の姿が相手から確認できる場所にはいないからだ。
監視の為に見える場所にいる事もあるが、その場合、此方が近付こうとすると、あっと言う間に茂みの向こうに姿を眩ませてしまう。
スコールはそこまで逃げる事はなく、じれったい距離感を保ったまま、此方の様子を伺っていた。

─────と、かさかさかさ、と草の音が鳴って、ジタンは顔を上げた。
低木の下に隠れていた筈のスコールの姿が見えず、きょろきょろと辺りを見回す。
するとスコールは、大回りをするルートで茂みの中を移動しており、ジタンの後ろへと到着していた。


(飛び掛かられっかなー……ライオンモデルだから、噛まれると怖いんだけど)


思いながら、ジタンは硬い糸を仕込んで編まれたフードを頭に被る。
ライオンの牙は鋭いが、スコールはまだ子供だ。
頭を狙って飛び掛かられても、これで防ぐ事は出来る。


(噛みに来たら叱らなきゃいけないんだけど、怖がられると元も子もない。何処まで加減すりゃ良いかな…)


頭の中で予想できる状況をシミュレートしつつ考える。
息を殺し、じり、じり、とゆっくりと背後に迫ってくる気配を感じながら、ジタンは余計な刺激を与えないよう、意識して体を固くしていた。

が、予想していた事は起きなかった。
ジタンの視界の隅に、丸く太みのある手───前足がそおっと顔を出す。
おや、と視線だけでそれを見ていると、地面に這うような体勢を取っているスコールの姿があった。
人間が掌を握り開きするように、太い指をピクピクと動かしながら両の前足を伸ばす彼の前には、バッツが置いて行った黄色い羽根がある。


(ありゃ。釣れた?)


これは意外、とジタンは噴き出しそうになって、寸での所で堪えた。

ジタンは努めて動かないまま、スコールの様子を見守った。
細い瞳孔を映した蒼灰色の瞳が、まるで無邪気な子供のように爛々と輝いている。
ライオンと同じ形の尻尾が、ぷん、ぷん、と楽しそうに揺れていた。
大型動物の特徴に見合って、大きな肉球を持った手が、ぱふん、と黄色い羽根を捕まえる。

ぱふっ、ぱふっ、ぱふっ、とスコールの手が何度も黄色い羽根を叩いた。
羽根はスコールの肉球と芝の間で、ふわふわと浮いてはサンドイッチされている。


「……がうっ。がうっ」


ジタンとバッツが彼を預かって、初めて聞いた、唸り声以外の鳴き声だった。
尻尾を揺らしながら聞こえた声は、なんとも楽しそうだ。

尻尾と言えば、ジタンにも同じように尻尾が付いている。
ジタンは地面に垂らしていた尻尾をゆっくりと持ち上げて、スコールの前に運んだ。
ぷらん、と目の前で動いたものを、スコールの目が追い、蒼の瞳がじいっと金色の尻尾を見詰める。
彼の目が尻尾を追っている事を確かめて、ジタンが一歩を上下に揺らすと、羽を掴んでいた前脚が持ち上がって、手招きする猫のように尻尾の後を追う。


「がう。がぁう」
「………ぷっ」


無邪気な様子に、ジタンは遂に噴き出した。
その音を聞いて、はっとスコールが顔を上げる。
丸い瞳がジタンの空色とぶつかって、スコールは驚いたように固まった。
ジタンはそんなスコールに笑いかけ、頭の上の丸い耳をこしょこしょとくすぐってやる。


「お前、これ気に入ったのか?」
「がっ、がうっ?」


スコールは耳をぴくぴくと動かしながら、くすぐったそうに目を瞬かせる。
くすぐったさから逃げようと頭を仰け反らせるスコールの両手には、バッツの黄色い羽根が挟まれている。

さくさくと芝を踏む音がして、ジタンが振り返ると、バッツが戻って来ていた。
バッツはスコールの頭を撫でるジタンと、スコールの手に握られた羽根を見付けて、ぱっと破顔する。


「スコール、やっと来てくれたかあ~!」
「がうっ、うっ?がうぅっ?」


仰け反っていたスコールの首を、バッツがくすぐる。
スコールは耳と首のくすぐったさに、噤んだ口をむぐむぐと悶えるように動かした。

二人が手を離すと、スコールはぷるぷると頭を振った。
前脚で猫のように顔を洗い、乱れた毛並を直すように、爪を引っ込めた手で頭を撫でる。
その隙にバッツは、スコールの下からお守りの羽根を取り返すが、ジャケットに納める事はなく、スコールの鼻先を羽根の先端でくすぐってやった。


「……ぷしゅっ!」
「あーあ」
「ははっ。ごめんごめん」


鼻先のむず痒さにくしゃみをしたスコールに、バッツが笑いながら詫びて、濃茶色の髪を撫でる。
ぐぅ、と不満を零すようにスコールが喉を鳴らしたものの、彼が逃げる事はなかった。





中々人慣れ出来なくて、訓練の為に59の所に預けられたスコール。
怖がりなだけなんですよ。恐くないと判れば、懐いてくれます。ツンデレる事もあるけど。

訓練が終わっても、59との付き合いは続きます。
ラグナが仕事でいない時とか、二人が家に行ったり、スコールとレオンが預けられたりして、面倒みてたりすると良いな。

ここは、こわくないところ

  • 2016/02/09 21:53
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二匹の獣人が初めて食事を口にしたのは、ラグナが彼等をサバンナから連れ帰って、四日後の事だった。

耐えても耐えても消える事のない、寧ろ増すばかりの空腹の傍ら、目の前には如何にも美味そうな匂いの肉。
未だ見慣れない環境に警戒心は消えずとも、それよりも空きっ腹の方が辛くなったのだろう。
先に決心したのは兄の方で、距離を取って見守るラグナ達を警戒しつつ、四足になって、じりじりと肉の乗った皿に近付いた。
ラグナ達が近付く素振りを見せれば、それだけで直ぐに逃げられる姿勢で、兄は肉に鼻を寄せ、くんくんと安全を確かめる。
肉は毎日新しいものに取り換えていたので、匂いも良く、兄の腹が鳴った。
兄は肉の端をぺろりと舐めた後、塊の端を噛み、ずるずると肉を引き摺りながら後退し、弟の元へ戻った。
新鮮で柔らかい肉は、弱り切った彼等の牙でも容易く千切れ、噛み切る事が出来る。
兄がはぐはぐと肉を食べ始めたのを見てから、弟も怖々と顔を寄せ、兄の真似をするように、ようやく食事にありついた。

最難関とも言える最初の垣根を越えた後は、兄弟はもう迷わなかった。
彼等は、一体いつから、腹を空かせていたのだろう────ラグナがそう思う程、彼等はあっと言う間に肉を平らげると、今度は水を空になるまで飲んだ。
水は動物用の深い餌皿に入れていたのだが、二匹は其処に顔を突っ込ませて水を飲んでいた。
顔をびしょびしょに濡らしながら水を飲み干した後は、お互いの顔や体の毛繕いを始める。
そして、一頻り身嗜みを整えると、二匹は寄り添って丸くなり、すやすやと眠ったのだった。

翌日からは、兄弟の様子が少し変わった。
相変わらず警戒心はあるものの、ラグナ達がゆっくりと近付く分には、逃げないようになったのだ。
兄の肢の傷の手当てにも理解を示している節があり、ラグナに抱かれている状態であれば、大人しく処置を受けるようになった。
弟は触られると威嚇し、牙を剥き出しにするが、兄がそれを宥めるようになった。
どうやら、兄の方は、此処が危険な場所ではない事と、ラグナ達が自分に危害を加えるつもりがない事を理解したらしい。

兄が少しずつ警戒心を解いて来ると、弟もそれに伴うように、少しずつ警戒を解いて行った。
元が臆病な性格なのか、弟は中々ラグナ達に触れさせる事はないが、兄と一緒なら少し大人しくなる。
食事も与えられるものを素直に食べるようになり、暇潰しに玩具で遊ぶようになった。
クッションを噛み千切ったり、振り回したりと言う姿は、動物の子供のようにも、二歳か三歳のヒトの子供のようにも見える。
実際、どちらととっても、彼らは子供であるから、その印象は間違いではないのだろう。

機関の上層部は、兄弟を野生に返すか、さもなくば研究部門に移すように要請して来たが、ラグナは頑として断った。
幸い、ラグナ達の上司は話の分かる人物で、兄弟の成長の記録を、生態調査の一環として報告書に出す事を交換条件に、ラグナが彼等を引き取る事を許可してくれた。
獣人の成長過程は、固体やモデルによって様々な差異が生まれる為、あまり研究が進んでいない。
人工保育の例も少ない為、これにラグナが貢献すると言う形を作れば、獣人保護と言う機関の目的を逸脱せず、彼等と共にいられるだろうと提案してくれたのである。




兄弟を引き取る代わりに、現地調査員から下ろされる形となって、ラグナは施設に足を運ぶ事が少なくなった。
彼と共に調査に出る事を楽しみにしていたキロスとウォードは、些かそれを寂しいと思ったが、ラグナ自身が兄弟の世話をすると決めたのだから仕方がないと割り切っている。
が、賑やかしの彼に逢う事は、生活において欠かせないスパイスであったので、二人は週に一度はラグナの下を訪れていた。

一人暮らしの男が住むには、些か大きな部屋を持つマンションが、今のラグナの自宅である。
リビングにはシンプルなソファとローテーブル、壁にかけた薄型テレビと、壁にネジで固定された本棚が備えられていた。
キロスとウォードは、ラグナが此処に引っ越してから、既に何度も足を運んでいる。
が、その時は本棚が壁に固定されている事はなく、ローテーブルはあっても、ふかふかとしたすわり心地の良いソファ等は置かれていなかった。
本棚はラグナが三週間前に日曜大工で固定し、ソファは二週間前に買ったものが、先日ようやく届いた所である。

そのソファに並んで座るキロスとウォードの前に、淹れ立てのコーヒーが置かれた。
それらを運んできたラグナはと言うと、ローテーブルを挟んで、カーペットの床に腰を下ろす。


「───彼等の様子はどうかな?ラグナ」


コーヒーを片手に訊ねたキロスに、ラグナはリビングの奥の扉を見る。
扉の向こうは寝室になっており、ラグナが引き取った獣人の兄弟は、専ら其処で過ごしている。


「大きな問題は今んとこないな。順調って言って良いのかも判らないけど」
「そうか?見た所、生傷が絶えないようだが」


ウォードの指摘は最もだった。
ラグナは明るい表情を浮かべてはいるものの、頬や額には細かな傷が浮いている。
シャツの袖を捲り上げた腕も、引っ掻き傷や噛み跡が残っていた。

だがラグナは、傷のある袖を摩りながら、可愛いもんだよ、と笑う。


「最初の頃に比べれば、加減してくれるようになったんだ。血が出る位に噛む事はなくなったし」
「爪を切ってやってはどうかな。尖りがなくなるだけで大分違うだろう」
「それはやろうと思ってるんだけど、一回やったら、その後から凄く嫌がるようになっちゃって」
「じゃあ爪研ぎに使えるものを買うのはどうだ?」
「売ってる物は幾つか試したんだけど、すーぐダメになっちゃうんだよ」


言いながら、ラグナは台所に向かい、ゴミをまとめている袋を漁った。
見付けたもの───兄弟の為に購入した爪とぎ板を引っ張り出し、友人達に見せてやる。
それは長年使い古したかのようにボロボロで、使い物にならない有様になっていた。


「一週間くらいでこの有様でさ~」
「……流石は“ライオン”モデルと言う事か」
「子供と思って侮ってはいけないな」


“モデル”とは、それぞれの獣人の動物的特徴を捉え、類似している動物の事を指す。
ラグナが引き取った二匹の獣人の兄弟は、共にライオン種である事が判った。
ネコ科の動物の特徴である瞳や、丸い耳、先端に毛束を備えた尻尾など、判り易い特徴もあったので、予想はしていた。

人間としても、動物としても、兄弟はまだまだ幼い。
故に、半分は猫の獣人を見ているような気持ちでいたラグナ達だったが、生活してみると、随所に猫とは違うパワーを感じる事があった。
爪とぎ板の有様は正しくそれで、普通の小さな猫用に作られた道具では、耐久性が足りない。
幼い故に力加減もまだまだ疎いようで、じゃれているつもりで相手に怪我をさせる事も儘あった。


「爪とぎはまた考えるとして……噛むのはどうだ。牙は折る訳にも行かないから、早めに力加減が出来るようにならないと」
「あ、それは大丈夫。この間、スコールがレオンに甘噛みのつもりで怪我させちゃって、少し血が出たんだけど、それが切っ掛けでお互いに力加減が出来るようになって来たんだ」


キロスの問いに、ラグナは眉尻を下げながらも応えた。

今から一週間ほど前の事である。
兄弟がいつものようにじゃれあっていると、何かの弾みで、弟が兄の腕───前足と言った方が正しいのだろうか───に牙を突き立ててしまった。
堪らず兄が悲鳴を上げると、弟も直ぐに牙を抜いたが、兄の腕からは血が出ていた。
直ぐにラグナが手当し、大事にはならなかったものの、どうやらこの出来事が、弟には酷く印象強く残ったようで、また兄に怪我をさせる事を怖がり、一時的に、自分から兄にじゃれつく時間が減った。
兄がそれを寂しそうにしていたので、ラグナが間に入って仲直りさせ、ようやくいつも通りに遊ぶようになった。
それ以来、弟は、兄に対しては勿論、ラグナに対しても噛む時には力加減をするようになった。
まだまだ加減の具合が判らないようで、時折牙を突き立ててしまう事もあるが、ラグナが「いてっ」と声を上げると、直ぐに噛んでいる口を放すようになったのだ。

兄の方はと言うと、ラグナが引き取る以前から、ある程度の力加減は出来ていた。
パニックや弟の危機と言う状況でなければ、やたらと牙を立てる事はなく、爪も引っ込めている。
恐らく、弟とじゃれている時、彼を傷付けないようにと気遣う内に、自然と身に付いたのだろう。


「獣人種は賢いと言うが、大した学習能力だな」
「ああ。あの二人、きっとすごーく頭が良いぞ。最近じゃテレビも見るようになったんだ」
「テレビを?何の番組を見ているんだ?」
「取り敢えず、子供向けのチャンネルに合わせてる」


ラグナの言葉に、妥当だな、とキロスが言った。
獣人種が人間社会で生きていく場合、幼児向けの教育から始める事は多いと言う。

ラグナは子供を育てた経験がないので、子供に何を見せれば良いのかは判らない。
だが、子供向けの番組なら、ニュースや小難しいバラエティよりも面白いだろう。
野生で生まれ育った兄弟は、人間の言葉もまだ理解できていないし、動きや音などと言った判り易いマークがあった方が良い、とも思っての事だった。

他にも、ラグナは何かを見付けては、兄弟に話しかけるようにしている。
その甲斐あってか、賢い兄弟は、徐々に人の社会での過ごし方を覚えつつあった。

────カチャ、とリビングの奥から音が鳴った。
音の出所を三人が見ると、寝室の扉のノブがカチャカチャと音を立てて動いている。
何度かノブが動いた後、キイイ、と蝶番が音を立てて、ドアが開かれた。


「おっ、レオン!」
「………」


ドアの隙間からそうっと顔を出したのは、獣人の兄───レオンだった。

レオンは、ラグナとキロス、ウォードの姿を捕えると、微かに瞳孔を開いて固まった。
丸い鼻先から口元にかけて、緊張した気配が滲んでいる。
そのままじいっと様子を伺うように見詰める兄に、レオンがおいでおいでと手招きする。


「レオン、こっちおいで。キロスとウォードだから、怖くないぞ」
「………」


ラグナに促され、レオンはゆっくりとドアを押し開けた。


「ドアが開けられるようになったのか」
「ああ。俺が毎日開けるのを見て、覚えたみたいなんだ」


感心するキロスとウォードに、「な?頭良いだろ?」とラグナは嬉しそうに言う。
レオンはそんなラグナの元に、そろそろと近付いて来る。
二本の足で、ゆっくりと。

施設にいた頃は、警戒姿勢であった事もあり、四足になってラグナ達を睨んでいたレオンであったが、最近は二足歩行で過ごす事が増えている。
二足歩行は、獣人には元から備わっている能力と言われている。
だが、野生で過ごす場合、多くの四足歩行の動物の方が動きが早い為か、獣人もそれに準じて四足歩行で過ごす事が多いようだった。
その為、野生の獣人の多くは、リラックスした状態でなければ、二足歩行で歩く事は殆どない。
レオンもそれに該当していたのだが、そんな彼が二足歩行で過ごす事が増えたと言う事は、ラグナに対して気を許しつつあると言う証でもあった。

レオンはラグナの隣に立つと、垂れた尻尾をぷらん、と揺らした。
三歳児程度の身長しかないレオンは、カーペットに座っているラグナと目線が近い。
じっと見詰める蒼灰色に、ラグナは朗らかに笑い掛け、レオンの首下をくすぐってやる。


「よーしよし。お昼寝終わりか?」
「…がぁう」
「そっかそっか。スコールはまだ寝てる?」


スコールとは、ラグナがレオンと共に名づけた、もう一匹の獣人の事だ。
兄弟の弟に当たるスコールは、いつもレオンの後を追いかけている。

レオンはことんと首を傾げ、きょろきょろと辺りを見回した。
ぴたっと止まった視線をラグナが追ってみると、開いたままの寝室の扉の隙間から、じっと覗き込んでいる蒼がある。
床すれすれの位置から睨むように見詰める蒼の持主が、スコールであった。


「スコール~。こっちおいで~」


ラグナが呼ぶものの、スコールは中々リビングに出て来ようとしない。
扉の隙間から見詰める瞳は、判り易く警戒を露わにしていた。
ぐるぐると喉を鳴らしているスコールに、ラグナが眉尻を下げる。


「参ったな。最近は大分慣れて来てくれたと思ったんだけど」
「俺達が怖いのかもな。普段は見ない奴が現れると、警戒するものだ」
「確かに。となると、私達はそろそろお暇かな」


そう言って、キロスはコーヒーを飲み干すと、ソファから立った。
続いてウォードもコーヒーを飲み干し、脱いでいた上着を取って、玄関へと向かう。

ラグナが二人を見送る為に玄関へと向かっていると、後ろをついて来る気配があった。
振り返って見てみると、レオンがラグナの後をついて来ている。
更にその後ろには、距離を取って、ソファやテーブルの陰に隠れながら、スコールが兄の後を追っていた。

玄関で靴を履きかえた二人も、ラグナを追って来る兄弟の姿を見付け、くすりと笑う。


「中々懐かれてるじゃないか、ラグナ」
「そっか?そんなら嬉しいな」
「良い事だ。お前にとっても今の生活は楽しいようだし、それが何よりだ」


兄弟に懐かれていると言われ、嬉しそうに顔を蕩けさせるラグナに、キロスとウォードも笑みを零す。

じゃあな、と手を振る旧知の友人に、おう、とラグナも手を振る。
ドアが閉まり、ラグナが鍵をかけてから踵を返すと、其処にはレオンだけでなく、スコールも並んで立っていた。
スコールはレオンの背中にぴったりとくっついており、緊張しているのだろう、尻尾が上向きに立って揺れている。

ラグナはその場にしゃがむと、二人としっかり目を合わせてから、両腕を広げた。
レオンとスコールはお互いに顔を見合わせた後、ゆっくりとラグナに向かって歩き出す。

─────ぽすん、とレオンの頭がラグナの胸に埋まった。
その隣で、スコールがまだ緊張した様子で固くなっている。
スコールはしばらく固まった後、兄の背中に身を寄せながら、片手でラグナのシャツを握った。
二匹の肉球が、にぎ、にぎ、とラグナの胸を押している。
ラグナは胸元に感じられるくすぐったさに鼻を膨らませながら、二匹を抱いて足を伸ばした。


「よーしよし。二人ともお見送り出来たんだな。偉かったな~」


寝室へと戻る道を歩きながら、二匹の顔に頬を摺り寄せる。
いいこいいこ、と褒めるラグナの耳に、くぁう、と欠伸が二つ聞こえた。






段々慣れてきたようです。

スコールの方が臆病なので、どうしても怖がり。警戒心高め。
レオンの方は、手当して貰ったり、トラバサミから助けて貰ったりしたので、ラグナに対して警戒心低めになってます。

こわい、こわい、こわい

  • 2016/02/09 21:52
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野生の獣人種は、限られた地域にのみ生息が確認されている、希少種である。
多くは獣の特徴とヒトの特徴を持ち、その生態は生活環境によって二分される事が多い。
人の文化に多く触れる形で生まれ育った獣人は、幼子程度の知能を持ち、賢い者なら訓練すれば仕事を持って社会貢献する事も可能とされている。
しかし、多くの獣人は、野生の動物と同じ環境で生まれ育っている。
この場合、獣人は殆ど動物と同じ生活をしており、“モデル”と呼ばれる類似した特徴を持つ動物と近い生態をしていた。

その生態から、基本的には“動物”としての括りにまとめられる獣人種だが、その成長速度は、動物よりも人間に近かった。
多くの動物が、誕生から一年足らずで成体に育つのに対し、個体によって差は有れど、獣人種は最低でも五年~十年間は、幼体のままと見られている。
相対的に寿命も長いのだが、この為、親は普通の動物よりも長い間、子供を育てなくてはならない。
弱肉強食の世界に置いて、力のない子供の期間が長い事は、弱点にしかならない。
その所為か、野生の獣人種の多くは成体になる前にその命を散らし、年々数が減っていると言われている。
嘗ては地域によって害獣扱いされている事もあったのだが、固体が減った今では、その情報も殆ど聞かない。

ヒトと言うには似て非なるながらも、動物の特徴を可愛がる愛好家は少なくなく、近年、獣人種の保護が叫ばれるようになった。
ラグナが所属しているのは、その獣人種の個体数を確認、維持させる事を目的としている機関である。
今回、サバンナへの遠征命令が出たのも、当該地域で確認されていた獣人種の数を再調査する為だった。

広大なサバンナには、以前からぽつりぽつりと獣人種の存在が確認されていた。
動物が多く、猛獣や猛禽類も数多く生息する地は、獣人種には中々厳しい環境と言われているが、反面、動物よりも高い知能を持つ獣人種が、その知恵を使って野生動物を上回るハンティングをする事も多く、獲物が豊富である事を考えれば、悪い事ばかりではない。
しかし、そのサバンナが、今年の雨季に殆ど雨に恵まれなかった。
更にはその後の乾季も特に酷いものとなり、川が干上がり、草も殆ど生えず、草原は最早荒野と呼ぶに相応しい有様となってしまった。
動物達は餌を求めて大移動し、獣人種もそれを追って移動したと思われ、地域一帯に確認されていた獣人種の同行を確認するべく、ラグナとキロス、ウォードの三名は現地入りする事となる。

調査結果は、決して捗々しいとは言えないが、環境の変化を思えば無難なものに落ち付いた。
個体数は前回の調査よりも減っており、その多くは今年の干ばつが原因と思われる。
老いた個体や小さな子供が、今年の気温の上昇変化に耐えられなかったのだろう。
寂しい事ではあったが、自然環境が作り出す変化と言うものは、如何に脳が発達した人間と言えど、未だ如何にもならない事だった。

そんな中、ラグナは森の中で一匹の獣人を見付けた。
まだ成体しているとは言い難い、人間で言えば二歳か三歳程度の大きさの獣人は、トラバサミに肢を挟まれていた。
トラバサミは古いもので、嘗て獣人種が物珍しさに乱獲された頃に仕掛けられたものと思われた。
ハサミを外した後、手当をしようとすると、獣人は必死に抵抗した。
これは野生動物の反応と考えても無理もない事なので、可哀想と思いつつも、やや強引に押さえ付けた状態で最低限の処置を施した。
が、その処置も終わらない内に、獣人はラグナ達の手から逃げ出して行く。
しかし、弱った幼体の獣人は、森に棲む猛獣には格好の餌で、ラグナ達から幾らも離れない内に鳥に襲われた。
それらをラグナ達が追い払うと、獣人は傷だらけの体を強引に運び、必死に何処かへ向かおうとする。
獣人を放って置けなくなったラグナは、まだ幼い獣人の後を追う事にした。

幼い獣人が帰ったのは、ラグナ達が想像していた群れの下ではなく、干上がった草原にぽつんと生えた一本木の下。
その根本に掘られた巣穴の中で、保護した獣人と良く似た一匹が、丸くなって眠っていた。
獣人はその一匹を起こすと、森で捕まえたと思われるリスを分け合って食べ、疲れ切っていたのだろう、ようやく安心したように眠りについた。

────其処で、ラグナ達の役目は終わりの筈だった。
獣人の保護機関に所属しているとは言え、ラグナ達は現地に派遣される末端の構成員である。
何某かの大きな後ろ盾がある訳でもないし、慈善事業でこの活動を行っている訳でもない。
何より、野生の獣人は、カテゴリで言えば“動物”の域を出ず、人間であるラグナ達は深く関わるべきではないとされている。
インパラがトラに襲われているのを可哀想と思うからと言って、トラを追い払うような真似はしてはいけない。
自然界で生きる者は、自然の中で命の営みを巡るのが最も良いとされ、人間が手出しをするのは、自然界の法則を壊す事に繋がると言われているからだ。

しかし、ラグナはどうしても、幼い獣人の兄弟を放って置く事が出来なかった。
数年前、森で道を見失い、途方に暮れていたラグナを人里へと送り届けてくれた、優しい色を宿した獣と同じ色を、兄弟が持っていたからだ。



強引に連れて行くのは可哀想とは思ったが、他に良い方法もなかった。
そもそもこの行為が自分のエゴである事を思うと、方法に良いも悪いもない。

巣穴に充満させた睡眠ガスのお陰で、兄弟はすっかり深い眠りに落ちてくれた。
念の為に用意した大きな檻の中に、野宿用に持っていた毛布を敷き、其処に兄弟を入れてやった。
元より、空腹や体力の限界もあったのだろう、彼等はヘリコプターの音にすら目を覚まさなかった。

野生の獣人を連れ帰ったラグナの行動に、あちらこちらですったもんだと騒がしくはあったが、キロスとウォードの奮闘のお陰で、それらは何とか終息した。
─────が、外の問題は片付いても、内の問題は簡単には解決しない。

ラグナは施設に戻った日から、毎日決まった場所に足を運んでいる。
外とは隔離された奥まった場所に誂えられた部屋は、本来、ラグナとキロス、ウォードの泊まり込み用の部屋だった。
しかし、現在は別の用途として使われている。


「おーっす、キロス。どんな感じだ?」


呼び出しのかかったラグナに代わり、昨日から泊まり込みをしている友人に挨拶をしながらドアを開ける。
キロスは入室したラグナをちらりと見遣った後、ご覧の通り、と言うように、部屋の奥へと視線を戻す。

其処には、ラグナがサバンナから連れ帰った、二匹の獣人の兄弟がいた。


「暴れる事はないんだがな。中々、気を許してはくれない。無理もない事だが」
「飯と水は?」
「それもまだ。興味は示しているから、腹は減っているようだ」


差し入れにと持って来た昼食のパンをキロスに渡して、ラグナは兄弟を見る。
兄弟は、部屋の隅に寄り添って縮こまり、じっとキロス達を睨んでいる。
獣特有の瞳孔は見開いたように大きくなっており、ラグナ達を警戒しているのが明らかだった。

兄弟とラグナ、キロスの間には、プラスチックで作られた柵が設けられている。
簡易的に作った柵なので、体の大きな動物なら簡単に壊せるのだが、まだ幼い二匹には其処までの力はないようだ。
彼等は只管、身を隠すようにして蹲り、自分達を連れ去った人間たちの動向を警戒している。
目覚めてから三日が経っているが、この態度は軟化する様子はなく、ラグナ達が用意した食事と水には一切口をつけようとしない。
警戒対称であるラグナ達が、彼等を休ませようと部屋を出ても、気が抜けない様子で過ごしている。
巣穴で眠り、目が覚めたら見知らぬ場所にいたのだから、無理もない。

が、そろそろ見守っているだけではいけない、とキロスは思っていた。


「あの子の肢の包帯をそろそろ取り替えなければならないのだが……」


キロスが指差したのは、森で見付けた方の獣人だ。
もう一匹に比べると、少し体格が大きいので、此方の方が兄だろうと見ている。

兄の足には包帯が巻かれており、白い筈のそれには、薄らと赤い色が滲んでいた。
トラバサミの所為で出来た傷の処置は、ヘリコプターで運んでいる間に済ませ、その後もきちんと経過を看ていたのだが、目覚めた直後、見知らぬ場所にいた事にパニックを起こし、暴れている時に傷が開いてしまった。
動くと痛くなる事は理解したらしく、その後は足を庇って大人しくしているものの、開いた傷の処置はしなければならない。
しかし、キロスが近付こうとすると、パニックを起こしていた兄を庇って、弟が飛び掛かって来る。
仕方なく弟を宥めすかせてから───と弟に触れようとすると、今度は兄が飛び掛かって来るのだ。
彼等がお互いを守ろうとしている事は理解できるが、二進も三進も行かない状態に、どうしたものかとキロスは頭を悩ませていた。


「薬を使って眠らせる方法は、何度も取りたくはないしな……」
「そーだなぁ。今後の事も考えたら、慣れて貰うのが一番だろうし」
「一先ず、今捲いている包帯を外すだけでもやらなければ。あのままでは化膿する。弟の方を捕まえて置くから、手当を頼む」
「うえっ。俺がやって大丈夫か?キロスの方が手際は良いだろ?」
「処置が終わるまで、君が弟の方を押さえていられるとは思えない」
「あー……あー、うん。そだな…」


兄以上に、弟がラグナ達を警戒しているのは、その表情を見れば判る。
普段は臆病な性格なのか、兄の影に隠れるように───兄が隠しているのかも知れない───蹲っているが、兄を守らなければと言う気持ちの表れなのか、キロスが近付くと躊躇を忘れて飛び掛かって来るのだ。
それを首尾よく捕まえるのは難しくないとしても、その後、遮二無二暴れるであろう弟を、ラグナが心を鬼にして押さえていられるかと言うと、ラグナは首を縦に触れない。

頼んだよ、と言って、キロスが柵を跨ぐ。
壁を越えて領域に入って来たキロスに、弟が兄を庇うべく、毛を逆立てて飛び掛かった。


「ふぎゃーっ!」
「────おっと」


低い姿勢から突進するように飛び付いて来た弟を避け、キロスは背後からその体を捕まえた。
脇の下から胸へと両腕を回し、子供を持ち上げるように捕まえると、獣人の子供はぷらんと宙ぶらりんになった。


「がうっ?がうっ、がうぅうっ!」
「がうっ!!」


助けを求めてじたばたと暴れ始める弟に、兄がキロスの背中に飛び付いた。
弟を救わんとキロスの背中に爪が立てられるが、


「こらこらっ、お前はこっち」
「がうっ、うーっ、がうううっ!」
「あてててっ。引っ掻いちゃ駄目だって」
「ふぎゃーっ!ぎゃーっ!」


ラグナが兄を抱えてキロスの背中から引き剥がし、胡坐をかいた膝に乗せる。
緩んだ拘束に兄がじたばたと暴れ出し、太い指先から出た爪が、何度もラグナの頬を叩く。
がりがりと引っ掛かれたラグナの頬や首に、鬱血の赤い筋が浮かんだ。
弟を抱えているキロスの腕も同様で、鋭い爪は服の袖を裂き、キロスの腕を何度も何度も引っ掻いている。

ラグナは片腕で兄の体を抱えながら、両足の膝を立てて、幼い獣人をホールドした。
身動きが取れなくなった事が恐怖になったのだろう、兄は益々大きな声を上げ始める。


「ふぎゃーっ!ふぎっ、ぎゃうううう!」
「ぐるるるるっ、ぐるっ、がうう!」


暴れる兄に触発されて、弟もキロスを振り解こうと力一杯暴れ出す。

動物とヒトの特徴を持つ獣人種は、身体能力はモデルとされる動物に近い事が多い。
その為か、見た目は小さな子供のようでも、筋力は人間の子供よりも遥かに強かった。
だが、今ばかりは栄養が足りていないお陰で、キロスとラグナの腕を振り払う程の力が発揮される事はなく。


「よしよし、ごめんなあ。痛いよなあ」
「がう、がうううっ!がうーっ!」
「ありゃりゃ、結構開いてる。足触るぞー、ちょっと沁みるぞ。ごめんな」
「ふぎゃううううう!」
「がううっ!がうっ、がうっ!」
「君も良い子にしていなさい。悪い事をしている訳ではないよ、直に終わる」


それぞれに必死に暴れる二匹を、ラグナとキロスも賢明に宥めながら、兄の傷を処置して行く。
が、ラグナは暴れる兄を片腕で押さえなければ作業しなければならず、中々手を進める事が出来ない。
せめてもう一人手伝ってくれたら、と思った所で、


「ラグナ、キロス。二匹の事だが───と、取り込み中か」
「あっ、ウォード!良い所に!」
「ウォード、少し手伝ってくれ。その子の足の傷が開いているんだ」


キロスの簡潔な説明に、ウォードは直ぐに「判った」と頷き、柵を跨ぐ。

大きな体躯の人間が近付いた事で、兄の恐怖がピークに達したようだった。
兄はぴたっと暴れるのを止め、瞳孔の開いた瞳に大粒の雫を浮かべて固まっている。
かたかたとまだ小さな体が震えているのを見て、ラグナは出来るだけ安心させられるようにと、優しく彼の頭を撫でた。


「大丈夫、酷い事なんかしない。今痛いのは、痛くなくなる為だからなんだ。だからそれは、今だけなんだよ。な?」


そう言って笑いかけたラグナの顔は、サバンナの森で、兄を宥めていた時と同じものだ。
兄はぱちりと瞬きをして、すん、すん、と鼻を鳴らしながら、怖々とラグナを見上げた。

ラグナの手が兄の首下をくすぐる。
兄はくすぐったそうに目を細め、ふるふると頭を振ったが、嫌がるにしては弱い仕種だ。
気を紛らわせる事には成功しているようだと、ラグナが兄を構っている間に、ウォードがラグナに変わって、兄の足に新しい包帯を巻き直した。

兄が静かになった時から、弟も静かになっている。
此方はキロスに抱かれたまま、未だぐるぐると喉を鳴らしていたが、それとは裏腹に、怯えたようにすっかり縮こまっている。
尻尾も肢の内側に捲られてしまい、大きな眼にはじわじわと雫が浮かんでいた。
どうやら、ウォードの体の陰になり、兄の姿が見えなくなっている事が、不安で堪らないようだ。


「────これで良し」
「よーしよーし。頑張ったなー、いいこいいこ」


手当が終わった兄を、ラグナは頭を撫でて褒めた。
頭部に髪のように生えている濃茶色の鬣を撫でると、兄はきょとんとした顔を浮かべる。

ラグナが兄をホールドしていた手足を離すと、キロスも弟を捕まえていた腕を放した。
弟はキロスから逃げると、きょろきょろと辺りを見回して、兄の姿を探す。
そんな弟の下に兄が駆け寄り、二匹は仲良く床に転がって、すりすり、すりすりと頬を寄せ合わせた。


「我慢したご褒美にオヤツを───って言いたいトコだけど、ご飯も食べてないんだよな」
「ああ。少し強引に食べさせた方が良いかも知れんが……さっきの今では余計に警戒させるか」
「肉には自分でも興味を持ってるんだろ?じゃあ、もうちょっと待ってみよう。自分で食べてくれるのが一番なんだしさ」


ラグナの言葉に、そうだな、とキロスとウォードも頷いた。

床に転がった兄弟は、一頻り互いの無事を確かめあうようにじゃれ合った後、また部屋の隅で蹲った。
その傍ら、兄は自分の足の具合を何度も確かめ、肢に鼻を近付けては匂いを嫌うように顔を顰める。
だが、その匂いの下である薬のお陰か、包帯で固定されたお陰か、ずっと自分を苛んでいた痛みが僅かに緩和されている事に、兄は気付き始めていた。





顔擦り合わせてるのって可愛いよね。

まもらなくちゃ、まもらなくちゃ

  • 2016/02/09 21:48
  • Posted by


腹が減って腹が減って、動けなかった。
それは此処数日に限った事ではない。

狩りをする為のエネルギーすら、とうの昔に尽きている。
兄も少しずつそうなって来ているのは判っていたが、どうする事も出来なかった。
鼠はおろか、虫一匹も捕まえられなくて、大して美味くもない草で、空腹を誤魔化す日々が続く。
時々、兄が小さな鼠や小鳥を捕まえて来ては、食べろ、と言って差し出してくれるのが、嬉しいけれど、とても悲しかった。
自分は、食べてもどうせ狩りを上手く出来ないから、食べるなら兄が食べれば良いと思った。
兄が食べれば、兄は腹が膨れて力を取り戻し、また獲物を捕まえる事が出来る筈だ。
手のかかる自分と言う存在がいなければ、兄は強く生きていける事が出来るだろうと、何度思ったか判らない。
けれど、それを言っても、兄は良いからお前が食べろと言う。
弟が物言わぬ骸になるのが、兄は何より怖いのだ。
だからせめて、僅かな食糧を半分ずつ分け合って、一日一日を生き延びる。

だが、今日こそは駄目かも知れない、と思う。
日照りが続き、棲家の周囲を覆っていた草原がすっかり枯れ、近くで獲物が獲れなくなった。
母がいた頃には、揃って水浴びに出かけた川も、どうやら干上がってしまったらしい。
鼠も小鳥もいなくなり、草が育たなければ虫も近寄らず、空腹を誤魔化す草も足りない。
已むに已まれず、兄が遠出して獲物を探しに言ったけれど、一日経っても、二日経っても、彼は帰って来なかった。
棄てられたのかも知れない、と思うと、とても悲しいと同時に、少しだけほっとした。
自分と言う枷から解放されて、彼が生きてくれるのなら、それで十分。
一人きりで生きる事が出来ない、弱い自分が悪いんだ────そう思って、目を閉じた。

………けれど、それで終わりではなかった。


「こんなトコに穴があったのか」
「この木はサバンナの道標になっていたのだろうな。此処なら、動物達もよく通るから、食糧に困る事もない。……本来なら」
「日照り続きで草も育たなかったのか。それで、あんな場所へ獲物を探しに行っていた、と」


聞き慣れない音に、丸い耳がぴくっと震える。
眠いのに、と思いながら、のろのろと顔を上げると、ぺろり、と頬を舐められた。


「……がう……」


今度は、いつも聞いていた声が聞こえた。
重い瞼を持ち上げると、いつも見ていた蒼があった。


「ぎゃう……?」
「がうぅ…」


帰らないと思っていた兄が、其処にいた。
夢か幻かと首を傾げると、兄は嬉しそうに目を細め、すりすりと弟に頬を寄せる。

良かった、良かった。
もう起きないかと思った、良かった。
お腹空いてるだろ、ご飯を持って来たぞ。

そう言って、兄は弟にリスの肉を差し出した。


「がぁう」


食べろ、と兄は言った。
俺は先に食べたから、と。

そんな兄は、身体中がボロボロに傷付いていて、濃い血の匂いがする。
嗅ぎ慣れない匂いも混じっていたが、そんな事はどうでも良かった。
どんなに危ない場所へ行ったのだろう、そう思うだけで、弟は泣きそうだった。

きっと兄も腹がペコペコに違いない。
先に食べたと彼は言ったけど、本当かどうか弟には判らなかったし、兄は平気でそう言う嘘を吐く。
けれど、差し出された肉は、弟にとっても久しぶりの食糧で、見た瞬間に腹が鳴った。
じわじわと目尻に雫を浮かべながら、弟は何日かぶりの肉に齧り付く。

肉を食い千切る力もない弟に代わり、兄は肉を千切りながら、弟に肉片を与える。
弟は貰った肉を齧りながら、兄の牙や爪があちこち欠けている事に気付いた。
そうしてまた涙を浮かべる弟に、美味いか?そうか、と兄は言って、弟の顔を舐めている。

肉を半分食べ終わった所で、弟はいつものように、兄に残りを差し出した。
兄はすっかり困った顔で、食べていいんだぞ、と言ったけれど、弟はお腹一杯、と言った。
埋めて保存して置く事も出来るけれど、そうするには二匹の兄弟の腹はまだまだ隙間だらけで、保存に回せる程の余裕もない。
兄は少し考えた後、弟の残した肉を半分に千切り、弟の分と自分の分に分けた。
二匹は譲り合うように、すりすり、すりすりと顔を寄せ合わせた後、二匹で一緒に肉を食べる。

久しぶりの食事に、弟はすっかり満足し、そんな弟に兄も満足していた。
胃袋は決して満たされたとは言い難いが、鳴り続けていた音も止んだ。
何より、兄が帰って来た事に、弟が無事でいてくれた事に、二匹は胸が一杯だった。

疲れ切ったように丸くなった兄に、弟が毛繕いを始める。
知らない匂いを沢山つけて、綺麗な筈の毛並も絡ませて、肢は泥と血で汚れている兄。
その一つ一つを丁寧に労わって、弟は兄の体を舐めていた────と、そんな時。


「どうだ?ラグナ。親はいそうか?」
「……いや、兄弟っぽい奴がいるだけだ。大きい獣人はない」
「子供が二匹だけ、と言う訳か。そいつは困ったな……」


耳慣れない声に、弟が顔を上げる。
音の方向を見ると、巣の出入口を塞いでいる影があった。
猿と似たシルエットをしているが、躯を追う毛は少なく、尻尾もない、見た事のない生物だ。
兄はそれを“人間”だと思い出したが、弟はそれには至らず、見慣れない生物が巣に迫っている危険に毛を逆立てる。


「ふぎーっ!」
「うぉおっ。ごめんごめん、驚かせたな」


弟が牙を見せて威嚇すると、生き物はささっと出入口から離れた。
が、嗅ぎ慣れない匂いが入口の方から漂って来て、いなくなった訳ではないと判る。
弟は、疲れ切って眠り始めた兄を守るべく、四足の格好で、いつでも飛び掛かれるように、じっと巣の出入口を睨んだ。


「獣人は普通の動物よりも成長が遅い。親がいないとなると、長くは生きられない事が多い。群れの一員ならまだ望みはあるが、そう言う訳でもなさそうだな」
「あんな小さな子供が、遠出して獲物を探す位だしな。大人は近くにいないんだろう」
「大きな方はともかく、巣にいた小さな方はいつまで持つか……このまま日照りが続けば、どちらも危ういかも知れない」
「あんな小さい奴等が、二人っきりでなあ……うーん……」


聞こえる言葉の意味を、獣達は理解できない。
幼い弟は、ただただ、疲れ切った兄を守る為、戦う覚悟で侵入者を警戒していた。

ひょこり、と頭の影が見えた瞬間、弟は渾身の声で威嚇した。


「ふぎゃーっ!!」
「わわっ」


直ぐに影が引っ込むが、弟は威嚇の体勢を解かない。
見知らぬ匂いが消えるまで、彼は兄を守るべく、震える体で立ちはだかるつもりだった。

弟が必死に威嚇している事を、巣穴の外の者達は理解している。
それが当然の反応であり、彼等にとって自分達は危険以外の何物でもない事も、判っていた。
そして、自分達は長く此処に留まるべきではなく、自然に生きる者に可惜に手を伸ばしてはいけない事も判っている。

しかし、理屈で全てが納得できれば、何も苦労はしない。


「なあ、キロス、ウォード。あいつら、俺が連れて帰っちゃ駄目かな」
「……ラグナ。お前の気持ちは判らないでもないが……」
「連れ帰った事が判れば、何をされるか。生態調査の名目でモルモットにされる危険が高いぞ」
「そ、そりゃ判ってるけど。このまんまじゃ、飢え死にしちまうだろ?」
「…厳しい事を言うが、自然の摂理と言えばそれまでだ」
「うう~……」


ひょこり、とまた影が入口から頭を出す。
弟は牙を見せ、ふぎゃーっ!と大きな声を上げた。

その傍らで、うとうととしていた兄が顔を上げる。
兄が前足で弟の体をぐいっと引っ張ると、弟はぺたんとその場に尻もちをついた。
疲れ切った兄は、引き摺るように体を動かすと、弟の体を前足で捕まえて、腹に顔を埋めて動かなくなる。
ぷん、ぷん、と尻尾が揺れた後、兄はすうすうと寝息を立て始めた。

兄の肉球が、弟の背中をぷにぷにと押す。
弟は兄を腹に埋めたまま、ころんと横になって、兄の体を出入口から見えないように隠した。
そっと覗き込んでくる陰に向かって、ぐるぐると喉を鳴らしながら、兄の眠りを邪魔しないように努める。


「……随分と二匹を気にしているな、ラグナ。何か思う事でも?」
「んー……いや、何って事でもないんだけど…昔、逢った事のある獣人に似てる気がしてさ。それだけなんだ」


巣穴の中を覗き込む翠色に、丸く蹲っている二匹の獣が映る。
まだ傷だらけの体を丸め、ふくふくと微かに腹を上下させて眠っている一匹と、じっと睨んで唸り続けている一匹。
戦う決意をしつつも、決してそんな力を持っていないと自覚のある弟は、覗き込んでくる影に、早く居なくなれと思っていた。
いなくなってくれれば、兄はゆっくり眠って休む事が出来るのだから。

しかし、弟の願いは空回りするばかりで、嗅ぎ慣れない匂いは中々離れようとしない。
眠った兄を狙っているのかも知れない、と思うと、弟は益々神経を尖らせて、ぐるぐると低い音を鳴らす。


「……仕方がないな。上の方は、こっちでどうにか誤魔化そう。獣人が保護対象である事は間違いないし、人工保育の例とすれば、許可も期待できる」
「本当か?頼むぜ、キロス、ウォード!」
「だが、過度な期待もしてくれるなよ?前例のない事だからな。何より、一番大変なのは、恐らくラグナだろうからな」
「判ってる判ってる。ちゃんと面倒見るし、何があっても放り出したりしないって」
「────では、これで方針は決まったが……ふむ、出て来てはくれそうにないな」


小さな体で、猛獣と寸分違わぬ眼力で睨む弟。
迂闊に巣穴に体を入れれば、躊躇わずに噛み付いて来るだろう────弟も実際にそうするつもりだった。
まだまだ幼いとは言え、爪や牙は百獣の王の特徴を宿しており、細く柔らかいものなら簡単に食い千切れる。
流石にそうなっては目も当てられない、と巣穴の外で遣り取りが続く。


「少し乱暴になるが……致し方ない。暴れてお互いに怪我をするよりは良いだろう」
「良いな?ラグナ」
「……ああ。恐がらせるだろうけど、ごめんな。少しだけだからな」


巣穴の奥に篭っている兄弟に、そう言った後、何か細長いものが入口から中に入って来た。
蛇に似た細長い物体に、ぞわっと弟の毛が逆立つ。
弟は、兄を腹の下に隠すように覆い被さり、ふーっ、ふーっ、と鼻息を荒くして威嚇を始めた。

ぶしゅっ、と音を立てて、蛇が煙を吐き出した。
煙はあっと言う間に巣穴全体を覆い付くし、獣達の視界と嗅覚を奪う。
幼い弟は、何が起きているのか判らないまま、とにかく此処は危ないと、眠る兄の体を口に咥えて引き摺り、巣穴の奥へ奥へと逃げた。
しかし巣穴は直ぐに行き止まりへと突き当り、入り口からはもくもくと煙が増えて来て、あっと言う間に逃げ場を失う。
どうしよう、どうしよう、と戸惑っている間に、くらり、と頭の中が揺れた。

巣穴の奥で、折り重なって眠る兄弟に、ゆっくりと何かが触れる。
すう、すう、と寝息を立てる二匹を見て、ごめんな、と緑の瞳が呟いた。





拾われました。

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