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こわくないから、いっしょにあそぼう

  • 2016/02/09 22:05
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ラグナがサバンナから二匹の獣人を連れ帰ってから、半年が経とうとしている。
サバンナとは全く違う環境に、戸惑いと警戒の中で過ごしていた兄弟だが、少しずつ現在の環境にも慣れてきた。
彼等の学習能力は非常に高く、人間の言葉も単語であれば解するようにもなった。
日々見ているラグナの様子や、テレビで見ている内容を真似する事も増え、その度にラグナが褒めちぎるので、彼等も積極的に新しい物事を覚えようとしている。

特にレオンと名付けた兄の方は、ラグナが自分の怪我を治してくれたと理解している節があり、特にラグナに懐いているようで、褒められると嬉しそうに目を細めるようになった。
スコールと名付けた弟はと言うと、元々が兄よりも気が小さい性格なのだろう、中々周囲に心を開こうとしない。
兄が懐いているからか、ラグナに対し、一定の信頼は生まれているようだが、ラグナが触ろうとする警戒しており、一人きり相対している時は、まだまだラグナに気を許せないようだった。
その為、ラグナがスコールに触れようとすると、反射的に爪を立ててしまう事がある。
直後に兄に叱られるからか、直ぐに悪い事をしたと反省するものの、反射反応になっているのか、中々爪を立てる癖は直せない。

元々が野生の獣人であり、生き抜く為にも警戒心が強いのは当然の事だ。
だが、ヒトの社会で生きていくとなると、警戒心の強さはともかく、爪や牙を可惜に振り回すのは良くない。
それはヒト側の都合で、動物達にとっては身を守る為の自然な行動ではあるのだが、他人に怪我をさせる事で彼等を不幸にさせない為にも、やはりヒト社会のルールには則って貰う必要があった。
だからラグナも、スコールが爪を立てる度、レオンも時に失敗してしまった時には、心を鬼にして強く言い聞かせているのだが、元々の性格から来るスコールの攻撃行動は、中々和らぐ様子がない。

ラグナは、いつかはレオンとスコールに、獣人の友人を作ってやりたかった。
基本的に獣人は希少種であるが、犬や猫がモデルとなっている獣人は、街中で見かける事が出来る。
レオンとスコールは、サバンナで暮らしていた頃、たった二匹で生きて来た。
友達や仲間と言うものを持つ事が出来れば、彼等も嬉しいのではないか、とラグナは思うのだ。
その為にも、スコールの噛み癖や引っ掻き癖は直さなければならない。


「────だから、此処は怖いものはないって思って欲しいんだけど、それが難しくってさあ」


キロスとウォードを自宅に招き、相談するラグナは、最後にそう言って溜息を吐いた。
キロスは出されたコーヒーを口に運び、ふむ、と間を置いて、


「言うは易いが、元々が野生だし、厳しい話だな」
「レオンは慣れてくれたみたいんだんだけどさ。飯作るのも手伝ってくれるようになったし」
「其処まで学習したのか?」
「皿を運んだりする位だけどな。料理は流石に……まだ俺がハラハラしそうでさ」
「ああ、それはその方が良いだろう。キッチン台には、背も届かないだろうしな」
「スコールは手伝いはしないのか?」


ウォードの問いに、ラグナは腕を組んでうーんと考え込む。


「手伝ってはくれるんだけど、俺の手伝いって言うより、レオンの手伝いって感じかなあ。レオンがやってる事を真似してるみたいな。別にそれは悪い事じゃないんだけど」


理由が何であるにせよ、手伝う意識を見せてくれる事は、嬉しいと思う。
同居生活が始まった頃、寝室の隅で縮こまっていた事を思えば、意欲的になってくれるのは良い事だ。

だが、スコールは兄の後ばかりを追っている。
信頼できる家族、自分を守り養ってきた兄に殊更懐いているのは当然の事だが、どうもスコールは、レオン以外の生物を信用していない節がある。
ラグナを少しずつ信頼するようになったのも、レオンがラグナに懐いているからだ。
レオンがまだ懐き切らないキロスやウォード、時折やってくる訪問販売や宅配業者には、姿を見るとぐるぐると喉を鳴らして威嚇姿勢を取る有様だった。

スコールの攻撃癖を直すには、彼の警戒心を解さなければならない。
その為には、スコールがもっと兄以外の生物と接し、慣れて貰う必要があった。


「そうなると、彼等には酷だが、少し距離を置かせる事も考えてみるべきかも知れないな」


ウォードの言葉に、ラグナは判り易く渋い顔をした。
兄弟がどんなにお互いの存在を大切に思っているか、毎日見ているのだから、それを引き剥がすのは心苦しい。
しかし、今の状況が続けば、いつか何処かで、望まない不幸が起きるかも知れない。

彼等を大切に思えばこそ、これは避けてはいけない試練なのだ─────




バッツとジタンが所属しているのは、判り易く言えば、獣人専用の生活訓練施設である。
野生生まれや、生きていくのに相応しくないとされる生活環境から保護された獣人に、ヒトの社会で生きていく為のルール等を教える場所だ。
逆に、保護された獣人が、野生に返る為の訓練を行う場所でもある。
それぞれの獣人の事情と性格に見合った方法で、各自の環境に見合うように、成長を促してやるのが、バッツとジタンの仕事だった。

ジタンはヒトの社会の中で生きて来た獣人だ。
数年前には、この生活訓練施設で訓練をしていた経験もある。
彼の場合、目に見えて判る動物的特徴は尻尾に限定され、後は顔立ちもヒトと殆ど変わらない。
モデルで言えば猿に当たり、このタイプは、尻尾以外は人間と変わらない姿形をしている者も少なくなく、尻尾を隠してヒトとして社会に紛れ込んでいる者もいると言う。
しかし獣人である事は確かで、証左のように、彼は殆どの動物の言葉を詳しく理解する事が出来る。
その為、野生育ちの獣人や、人の言葉を理解していない獣人に対しては、通訳や橋渡しのような役目を任される事も多かった。
獣人の生活訓練を行うに辺り、彼のようなスキルを持った人物は、非常に得難いものである。

バッツは、父が獣人の保護に関わる仕事に携わっており、幼い頃から彼について行く形で、獣人と接して来た。
父は数年前に他界したが、その後継の形で、バッツは獣人の保護期間に所属し、現在に至る。

人間がそうであるように、“獣人”と一口で言えど、その性格は千差万別。
同じモデルの獣人であっても、全く違う性格をしている者が珍しくない事を判っていた。
バッツとジタンは、仕事柄、様々な獣人たちを見ており、中には非常に気難しい者がいる事を知っている
先日から預けられる事となった、スコールと名付けられたライオンモデルの獣人は、正しくそれだ。


「うーん、手強いな~」


猫じゃらしのオモチャをぷらぷらと揺らしながら、バッツが呟く。
その隣で、ジタンも胡坐をかいて地面に座り、難しい表情で頬杖をついている。


「兄貴とずっと二人きりで過ごしてたのに、初めて引き離されたみたいだから、無理もないだろ」
「そうだなぁ……」


話す二人の前方では、茂った低木の陰に隠れ、ぐるぐると喉を鳴らして此方を睨んでいる獣人の子供がいる。
同団体に所属している人物から、彼を預かったのは、二日前の事。
その時からスコールは、ジタンとバッツを警戒し、物陰に隠れて出て来ない。

三人が過ごしているのは、自然の森を再現させた、獣人用の屋内遊戯室だ。
土と芝を敷き詰め、草花を植え、天井は高木がのびのびと育てる程に高く、ちょっとした小さな公園程度の広さがある。
野生から保護された経歴を持つ獣人は、彼等の馴染んだ環境でリラックスさせる事が出来るように、こうした部屋が用意されているのだ。
だが、半年前まで野生の中にいたスコールは、この環境でも中々気が抜けないようだった。
その原因は、野生の頃からずっと一緒に育ってきた兄が、此処にはいないからだ。

スコールが保護者の手でこの施設に連れて来られた時は、兄が一緒にいた。
しかし、保護者は兄だけを連れて帰り、スコールは生活訓練の為に残される事になった。
兄の匂いが何処にもない遊戯室は、スコールにとって不安でしかないのだろう。
初めは兄を探して室内を歩き回り、何処にもいないとなると怯えたように丸くなり、バッツとジタンの姿を見付けると、今のように物陰に隠れて出て来なくなった。

バッツは猫じゃらしを芝に置き、ジャケットのポケットから黄色い羽を取り出した。
それはバッツが、家で飼っている鳥の抜け羽根で、バッツはこれを“幸運のお守り”と呼んでいる。


「スコール~。ほらほら、この羽根、綺麗だろ?」
「……ぐぅうう……」


羽根を指先でくるくると回しながら、バッツはスコールに羽根を見せる。
しかし、スコールは頭を低くした姿勢のまま、低く喉を鳴らして威嚇している。


「駄目かぁ」
「それで釣れるのはお前位だって」
「えー」


そんな事ないと思うけど、とバッツは唇を尖らせ、くるくると回す羽根を見る。


「やっぱり、兄貴と一緒に預かった方が良かったかな」
「確かに、この場所に慣れて貰うのは、その方が早かったかも」
「でも、兄貴がいない状況ってのも、慣れて貰わなきゃいけないしなぁ…」
「ヒトに慣れさせるのが先か、一人に慣れさせるのが先か……取り敢えず、一度兄貴を連れて来て貰って、安心させてやろっか」
「そうだな。離れてもまた逢えるって思えるようになれば、少しは緊張も解れ易くなるだろ」


ジタンの同意を得て、バッツはそれじゃあ、と腰を上げる。
手に持っていた羽根は、スコールが気にしてくれれば、と言う思いからか、芝の上に置いて行った。

茂みの向こうに備えてある通信を使う為、離れて行くバッツを、ジタンは手を振って見送った。
その隣にぽつんと置かれた黄色の羽根は、緑の芝によく映える。
バッツのポケットに入っていた為、羽根の端々は折れたり歪んだりしており、正直、“キレイな羽根”とは言い難い。
が、鮮やかな黄色は確かに美しくもあり、バッツがこれを気に入って持ち歩いている気持ちも判る気がする。

────さて、オレは何をしていよう。
一人残ったジタンは、このままバッツの帰りを待つか、スコールをあやすかを考える。
出来る事ならあやしてやりたいが、彼はまだ茂みの下で低姿勢を取っていた。


(手強いけど、ラグナには懐いて来てるんだよなあ。ラグナは、兄貴の真似なんだろうって言ってたけど、それだけなら抱かれるのだって嫌がる筈だ)


ジタンの脳裏には、保護者に抱えられて施設にやって来たスコールの姿が浮かんでいた。
保護者であるラグナは、右腕にスコールを、左腕に兄を抱えていた。
その時、兄はすっかりラグナに身を預けていたが、スコールは丸い鼻頭に皺を寄せ、なんとも不満そうな表情だった。
あの貌を見る限り、懐いていると言い切る事は難しいが、少なくとも、抱かれる事に恐怖を感じてはいないらしい。


(先ずは、他人の存在に慣れる事。それから、触れるのは怖い事じゃないって感じる事。その為には、人と一緒にいるのが楽しいって感じて貰わないとな)


手強くはあるが、ジタンは出来ない事ではないと思っている。
何故なら、今までの経験上、人間に対して恐怖同然の警戒心を持つ獣人は、自分の姿が相手から確認できる場所にはいないからだ。
監視の為に見える場所にいる事もあるが、その場合、此方が近付こうとすると、あっと言う間に茂みの向こうに姿を眩ませてしまう。
スコールはそこまで逃げる事はなく、じれったい距離感を保ったまま、此方の様子を伺っていた。

─────と、かさかさかさ、と草の音が鳴って、ジタンは顔を上げた。
低木の下に隠れていた筈のスコールの姿が見えず、きょろきょろと辺りを見回す。
するとスコールは、大回りをするルートで茂みの中を移動しており、ジタンの後ろへと到着していた。


(飛び掛かられっかなー……ライオンモデルだから、噛まれると怖いんだけど)


思いながら、ジタンは硬い糸を仕込んで編まれたフードを頭に被る。
ライオンの牙は鋭いが、スコールはまだ子供だ。
頭を狙って飛び掛かられても、これで防ぐ事は出来る。


(噛みに来たら叱らなきゃいけないんだけど、怖がられると元も子もない。何処まで加減すりゃ良いかな…)


頭の中で予想できる状況をシミュレートしつつ考える。
息を殺し、じり、じり、とゆっくりと背後に迫ってくる気配を感じながら、ジタンは余計な刺激を与えないよう、意識して体を固くしていた。

が、予想していた事は起きなかった。
ジタンの視界の隅に、丸く太みのある手───前足がそおっと顔を出す。
おや、と視線だけでそれを見ていると、地面に這うような体勢を取っているスコールの姿があった。
人間が掌を握り開きするように、太い指をピクピクと動かしながら両の前足を伸ばす彼の前には、バッツが置いて行った黄色い羽根がある。


(ありゃ。釣れた?)


これは意外、とジタンは噴き出しそうになって、寸での所で堪えた。

ジタンは努めて動かないまま、スコールの様子を見守った。
細い瞳孔を映した蒼灰色の瞳が、まるで無邪気な子供のように爛々と輝いている。
ライオンと同じ形の尻尾が、ぷん、ぷん、と楽しそうに揺れていた。
大型動物の特徴に見合って、大きな肉球を持った手が、ぱふん、と黄色い羽根を捕まえる。

ぱふっ、ぱふっ、ぱふっ、とスコールの手が何度も黄色い羽根を叩いた。
羽根はスコールの肉球と芝の間で、ふわふわと浮いてはサンドイッチされている。


「……がうっ。がうっ」


ジタンとバッツが彼を預かって、初めて聞いた、唸り声以外の鳴き声だった。
尻尾を揺らしながら聞こえた声は、なんとも楽しそうだ。

尻尾と言えば、ジタンにも同じように尻尾が付いている。
ジタンは地面に垂らしていた尻尾をゆっくりと持ち上げて、スコールの前に運んだ。
ぷらん、と目の前で動いたものを、スコールの目が追い、蒼の瞳がじいっと金色の尻尾を見詰める。
彼の目が尻尾を追っている事を確かめて、ジタンが一歩を上下に揺らすと、羽を掴んでいた前脚が持ち上がって、手招きする猫のように尻尾の後を追う。


「がう。がぁう」
「………ぷっ」


無邪気な様子に、ジタンは遂に噴き出した。
その音を聞いて、はっとスコールが顔を上げる。
丸い瞳がジタンの空色とぶつかって、スコールは驚いたように固まった。
ジタンはそんなスコールに笑いかけ、頭の上の丸い耳をこしょこしょとくすぐってやる。


「お前、これ気に入ったのか?」
「がっ、がうっ?」


スコールは耳をぴくぴくと動かしながら、くすぐったそうに目を瞬かせる。
くすぐったさから逃げようと頭を仰け反らせるスコールの両手には、バッツの黄色い羽根が挟まれている。

さくさくと芝を踏む音がして、ジタンが振り返ると、バッツが戻って来ていた。
バッツはスコールの頭を撫でるジタンと、スコールの手に握られた羽根を見付けて、ぱっと破顔する。


「スコール、やっと来てくれたかあ~!」
「がうっ、うっ?がうぅっ?」


仰け反っていたスコールの首を、バッツがくすぐる。
スコールは耳と首のくすぐったさに、噤んだ口をむぐむぐと悶えるように動かした。

二人が手を離すと、スコールはぷるぷると頭を振った。
前脚で猫のように顔を洗い、乱れた毛並を直すように、爪を引っ込めた手で頭を撫でる。
その隙にバッツは、スコールの下からお守りの羽根を取り返すが、ジャケットに納める事はなく、スコールの鼻先を羽根の先端でくすぐってやった。


「……ぷしゅっ!」
「あーあ」
「ははっ。ごめんごめん」


鼻先のむず痒さにくしゃみをしたスコールに、バッツが笑いながら詫びて、濃茶色の髪を撫でる。
ぐぅ、と不満を零すようにスコールが喉を鳴らしたものの、彼が逃げる事はなかった。





中々人慣れ出来なくて、訓練の為に59の所に預けられたスコール。
怖がりなだけなんですよ。恐くないと判れば、懐いてくれます。ツンデレる事もあるけど。

訓練が終わっても、59との付き合いは続きます。
ラグナが仕事でいない時とか、二人が家に行ったり、スコールとレオンが預けられたりして、面倒みてたりすると良いな。

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