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2016年02月14日

[クラレオスコ]アフター・スイーツ・パラダイス

  • 2016/02/14 22:25
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クラ×レオスコで、随分前に書いた[ハッピー・スイーツ・パラダイス]の続きに当たります。




堂々と二股をして、それで関係が成り立っているのは、奇跡と言って良いと思う。
それで良い、と言ってくれる二人の恋人に、何度感謝しても足りない。
許してくれる彼等の気持ちに恥じないよう、何に置いても自分は彼等を優先し、大事にし、裏切るまいと何度心に誓ったか知れない。

しかし、この時ばかりは、その努力も投げ出してしまいたいと思ってしまう。

クラウドがレオンとスコールの家を訪れるのは、珍しい事ではない。
最低でも週に一度は彼等のマンションに足を運び、睦まじい夜を過ごす。
何もなくとも、のんびりと過ごす事もあるし、それなりに平和な時間を過ごしていると言って良い。
しかし、クラウドの方から「行っても良いか?」と訊ねる事はあるが、二人の方から「今週の日曜、家に来てくれ」と誘われる事は滅多になかった。
その滅多にない誘いを受けて、更には日曜日の日付を見て、浮足立った気持ちで足を運んだクラウドであったが、


「クラウド、チョコレートのスフレが焼けたぞ。早く食べないと萎むからな」
「チーズケーキ、これから切り分けるから、それ食べて待ってろ」
「あ、ああ……」


玄関で、愛しい二人と共に、甘い匂いに出迎えられてから一時間。
今日と言う日を理解していたので、微かに期待していただけに、甘い匂いに心が弾んだ。
その後、リビングに通され、「この前、ケーキバイキングに連れて行った礼もしたいから」と言う二人に、クラウドは連れて行って良かったと思った────が、それは初めの頃の話。

クラウドの前には、次から次へ、様々な種類のケーキが運ばれてくる。
カットサイズは、食べ切り易い小さいものや細いものになってはいたが、それが一時間の間、引っ切り無しに運ばれてくるのだ。
基本の生クリームを使ったショートケーキに始まり、チーズケーキ、ムースケーキ、パウンドケーキにシフォンケーキ、etc。
当てにコーヒーとクラッカーが用意されているので、甘い物ばかり食べるよりはマシではあったが、それも今となっては殆ど効果がない。
既に胃もたれを起こしているような気がするが、クラウドはそんな自分を堪えて、ふっくらと綺麗な形に膨らんだスフレにスプーンを入れた。


「スコール、クッキーも焼けてるぞ」
「ん」
「それが終わったら、次はフォンダンショコラにしよう。ガナッシュは固まっているかな…」
「昨日作ったし、冷凍庫に入れてあるから、切り分けられる固さになってる筈だ」
「生地も丁度出来た所だ。オーブンの予熱だけ入れ直しておいてくれ」
「了解」


此処はスイパラ用のファミレスの厨房だろうか。
そんな考えが浮かぶ程、兄弟は忙しなく菓子作りに奔走している。

クラウドの前に並べられるケーキ群は、全てレオンとスコールの手作りだ。
作り置きの出来る物、冷やし固めるものは昨日の内に作り、温かい出来たてを食べるものは、今日の朝から作り続けているらしい。
二台あるオーブンレンジをフル稼働させ、次々と新しい菓子を作っている。
プロのパティシエもスカウトに来るんじゃないだろうか、と思う手際の良さに、彼等が本当に甘いものを好いている事を改めて実感する。

レオンとスコールは、所謂スイーツ男子と言われる類の甘党だ。
しかし、周囲からは真逆に思われており、スコールに至っては甘いもの嫌いだと思われている。
本人達も自分がそう見られていると判っており、男の癖に甘いものが好きなんて、と言うイメージ───彼等ならそれも許されると思うが、本人達がそう思っていないのだから仕方がない───もあって、自分達が大の甘いもの好きである事を隠している。
それを知っているのは、家族である父や義理の妹(スコールにとっては姉か)、そして恋人であるクラウドのみだった。

甘党にとって楽園とも思えるケーキバイキングは、自分のイメージを気にしている兄弟にとって、些か重い門であった。
が、それをクラウドが気を利かせ、同僚や学校の友人に見付からない所を見付け、念願のケーキバイキングに連れて行った。
その時、二人はとても嬉しそうな顔をしていて、二人の手からそれぞれ「あーん」もして貰ったし、クラウドは連れて行って良かった、と思っている。
……「あーん」によって許容量をおおいに越える甘味を摂取した事により、翌日、丸一日胃もたれで動けなかった事は、墓まで持って行く秘密だ。

人目を気にするレオンとスコールが、クラウドに自分の甘党を打ち明ける事が出来たのは、彼等がクラウドを“仲間”と思っているからだ。
自分達と同じように大の甘党で、二人ほど人目を気にしない性質なので、ファミレス等で代わりにデザートのケーキを頼んでくれる。
因みにクラウドは、食事は健啖と呼ばれるものの、甘いものは嫌いではないが、ケーキは食後に一切れ食べれば良い方で、二人には申し訳ないが、甘味については“普通”と言えるタイプだ。
だからクラウドは、食後に頼んだデザートは、半分も食べずにレオンやスコールに譲るのがお決まりだった。

そんなクラウドにとって、目の前に絶え間なく並べられるケーキの山は、見ているだけで胃に来る。
しかし、エーキバイキングに連れて行ったお礼と、恋人達がわざわざ手作りで作ってくれているのだ。
無碍には出来ないし、食べた時の嬉しそうな二人の顔に絆されて、コーヒーとクラッカーで誤魔化しながら、また一口、クリームを口に運ぶ。


「……うん、美味い」
「そうか。良かった、チョコのスフレは初めて作ったから、少し心配だったんだ」
「レオン、ガナッシュ切り分けた。余熱もそろそろ終わる」
「判った、直ぐに準備しよう」


クラウドの一言に満足しつつ、レオンは機嫌良くリビングを出て行った。
入れ替わりにスコールがリビングに入って来、持っていたベイクドチーズケーキの乗った皿をテーブルに置いて、スフレを食べているクラウドをじっと見詰める。


「………」
「ん?」


見つめる視線にクラウドが顔を上げると、蒼灰色とぶつかった。
何処か羨ましそうに見える色に、クラウドはくすりと口元を緩め、まだ温かいスフレを一口スプーンで掬う。


「食べるか?」
「!」


差し出したスプーンを見て、スコールの瞳が輝く。
兄と同じく、言葉よりもお喋りな瞳にくすりと笑みを浮かべ、ほら、とスプーンを寄せてやる。

が、スコールははっと我に返った顔をして、ふるふると頭を振った。


「い、いらない」
「どうして。欲しいんだろう?」
「別に……」
「レオンが作ったスフレだ。美味いぞ」
「………」


ちら、とスコールの視線がスフレを見る。
ココット皿の中のスフレは、すっかり萎んでしまったが、風味はまだ損なわれていない。

レオンの菓子作りの腕は、スコールもよく判っている
二人で一緒に菓子作りをして、レオンが作ったケーキの味を一番知っているのがスコールだ。
レオンが初めて作ったスフレも、きっと美味しいに違いない。
うずうずとした様子で見つめるスコールに、クラウドはもう一度スプーンを差し出し、


「作ってばっかりで腹が減ってるだろ。お前も食べると良い」
「……いい。それは、あんたに作ったものだから」


決意は頑ななのか、スコールはふるふると首を横に振る。
こうなると頑固だよな、と思いつつ、それじゃあ、とクラウドはスプーンを自分の口に持っていた。
ぱく、と食んでしまうと、また羨ましそうな蒼がクラウドを見詰める。

次の菓子をオーブンに入れ終えたか、レオンがリビングに戻って来た。
スコールが焼いて、粗熱が取れるのを待っていたクッキーを乗せた皿が、テーブルに置かれる。


「チョコチップクッキーだ。美味いぞ」
「ああ、置いといてくれ。先ずこっちを食わないといけないだろ」
「そうだな……ん?どうした、スコール」
「べ、別に……」


立ち尽くして固まっているスコールに、レオンが声をかけると、スコールは慌てて顔を背けた。
赤い顔を隠す弟に、レオンはことんと首を傾げ、何があったのか問うようにクラウドを見る。
クラウドが手元のチョコレートスフレを指差すと、レオンはしばし考えた後、合点が行ったかくすりと微笑み、


「スコール。お前の分のチョコスフレは、また今度な」
「……ん」


こくりと頷くスコールに、レオンはくしゃくしゃと頭を撫でてやる。

そんな兄弟の光景を眺めているのも、クラウドは気に入っている。
が、微笑ましさに頬は緩むも、そろそろ胃が限界を訴えているのが辛い。


(しかし、折角作って貰ったものを残すのは……)


思いながら、クラウドはチョコレートスフレを食べ切った。
空になったココット皿をレオンが回収すると、スコールがチーズケーキを差し出す。

昨日焼いて冷蔵庫で冷やされたベイクドチーズケーキは、表面に良い焼き色がついている。


「これは、スコールが作ったのか?」
「……ああ」
「流石だな。美味そうだ」


クラウドの言葉に、スコールの頬に朱が上る。
目を逸らす年下の恋人の初々しさに和みつつ、クラウドはケーキにフォークを入れた。


(このタイミングでチーズケーキか……いや、食べられる。スコールが俺の為に作ってくれたものだぞ)


食べられない訳がない、と自己暗示のように胸中で繰り返し、ケーキを口に入れる。
ほんのりとレモンの酸味が効いて、さっぱりとした味わいがクラウドの舌の上で蕩けて行く。

チーズケーキは少し重みのある食べ物だ。
既に一時間近く、ケーキバイキングでも持て余しそうになる時間を、クラウドはケーキを食べ続ける事で消費している。
全ては彼等の愛の為、と自分に言い聞かせているクラウドだが、このタイミングでチーズケーキはかなり苦しい。
恥ずかしがり屋の年下の恋人を悲しませない為にも、このチーズケーキを残す訳には行かない。


(でも、この後はフォンダンショコラが……クッキーもあるのか。俺一人で食うのはもう流石に…)


レオンとスコールと付き合うようになってから、菓子の種類や名前には随分詳しくなった。
フォンダンショコラが、如何に手間がかかり、失敗し易い菓子かと言うのも、判っているつもりだ。
それを惜しむ事なく、クラウドの為に作ってくれている事は、とても嬉しいと思う。
それに限らず、今日クラウドが食べたケーキは、全てレオンとスコールが腕を振るってくれたものなのだから、何一つ無碍にはしたくない。

したくないが、これ以上は本当に辛い。
せめてスコールとレオンが一緒に食べてくれたら、と思っていると、またじっと見詰める視線を感じた。


(……食べたいんだろうな)


気付かれないように視線を主を見れば、じっと見詰める蒼灰色がある。
今日はずっとクラウドが食べているのを見ているだけなので、スコールにしてみれば羨ましい立場に見えるのだろう。
先程、クラウドがスフレを勧めた時には「クラウドの為のものだから」と断ったが、やはり本音は別にあるに違いない。

クラウドはチーズケーキを切り分け、フォークに差したそれをスコールに差し出した。


「スコール。ほら」
「……い、いい。いらない」
「良いから来い。一人で食べてばっかりなのも寂しいんだ」
「………」
「自分だけずるいと思ってるか?レオンも後で誘って一緒に食べよう。それで平等だ」


クラウドの誘いは、スコールにとって魅力的だったのだろう。
しばらく迷うようにうろうろと視線を彷徨わせた後、スコールはおずおずと近付いてきた。

差し出すクラウドのフォークに、スコールが顔を近付ける。
あ、と小さな口が開いて、クラウドは其処にケーキを寄せた。


「……ん」
「どうだ?」
「……うん」


口に入れたケーキを、もくもくと噛みながら、スコールは小さく頷く。
言葉少ない反応とは裏腹に、蒼灰色の瞳が嬉しそうにきらきらと輝いているのを見て、クラウドはくすりと笑みを零す。
スコールは口の中の味を堪能するように、ゆっくりと食べながら、食べる手を再開させるクラウドを眺めていた。

甘いチョコレートの匂いがして振り返ると、レオンがフォンダンショコラを運んできた所だった。
焼き立てのチョコレートケーキの甘く香ばしい香りに、スコールが反応を示している。


「焼き立てだからな。火傷しないように気を付けて食べろよ」
「ああ……それは良いが、レオン」
「ん?」


クラウドは差し出されたフォンダンショコラにフォークを入れる。
頭から下までフォークを通し、二つに割ると、とろりとしたチョコレートソースが蕩け出す。
ソースとケーキ生地を絡めつつ、レオンに顔を寄せるように手招きする。
なんだ、と素直に顔を近付けるレオンの口に、クラウドはショコラを近付けた。


「あんたも食え。作ってばっかりで疲れただろ」
「まあ……でも、それはお前の為に作ったものだから」
「良いから食べると良い。一人で食うのも味気ないんだ」


クラウドの言葉に、レオンはぱちりと瞬きを一つ。
立ち尽くす弟を気にして、レオンの目がスコールへと向けられる。
スコールは知らない振りをするように、此方からは目を逸らしたまま、椅子に座ろうとしている。

レオンが口を開いて、チョコレートソースのかかったショコラを口に入れる。
少し口端に残ったソースを舌で舐め取り、レオンは温かいチョコレートの味に口元を緩めた。


「良い出来だ」
「だろう」
「お前が作ったんじゃないだろう」
「ああ。あんたが俺の為に作ったものだ」


何故か自慢げに言うクラウドに、レオンは呆れたように笑みを零す。
その頬が微かに赤い事に満足感を抱きつつ、クラウドもフォンダンショコラを口に運ぶ。

───と、羨ましげな視線があった事を思い出し、クラウドはフォークに差したショコラにチョコレートソースを絡め、見ない振りをしているもう一人の恋人にフォークを向けた。


「スコールも食べろ。美味いぞ」
「……!」


まさか、と言うように此方を振り向いたスコールに、クラウドだけでなく、レオンも噴き出しかけて口を手で覆う。

良いのか、と無言で問うスコールに、クラウドはフォークを近付ける事で答えとした。
スコールは、クラウドと兄を交互に見た後、テーブルに体を乗り出させて、そっと口を開ける。
まだ温かいチョコレートソースと、柔らかい食感のショコラを口に含んで、スコールは椅子に腰を戻した。
もくもくと口を動かすスコールの口端に、チョコレートソースがついているが、それに気付かない程に夢中になっている様子が可愛らしい。

フォンダンショコラは、クラウドが分け食べさせる形で、三人の胃に納められた。
残るクッキーは、合間にコーヒーとクラッカーを摘まみながら、雑談の中で消費されて行く。



─-──まあ概ね、良い日であったと、クラウドは振り返る。
明日にはまた胃凭れになるのだろうが、それについては野暮と言うものだ。





甘党男子再び。
クラウド頑張れ。大分大変な人生送ってるけど、これでも彼は幸せですww

もうパティシエになれば良いのにと言いたい所だが、好きな時に好きなお菓子を作って好きに食べたいのですよ。お店のケーキも食べたいのですよ。

[レオスコ]甘い香りと銀色と

  • 2016/02/14 22:00
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この時期、チョコレート一枚を買うだけで、酷く緊張しなければならないのは理不尽だと思う。
スーパーに置かれているものは、誰が買っても良い筈なのに、この時期だけは、其処に結界のようなものが張られている気がする。
だからなんだと言えばそれまでなのだが、全ては菓子会社の陰謀と、それに流されてゆく人間社会の所為だ。
あからさまに女性向けを意識したPOP看板や、ピンクやらハートマークやらが飛び交う一角に、男はどうしても入って行き辛いものがある。
其処に近付くと、「男なのに」とか「自分で買うなんて可哀想」なんて目で見られているような気がする。
それが単なる被害妄想であると判っていても、そう考えずにはいられないのだ。
人一倍、人目を気にする性質であるスコールなら、尚更。

それをなんとか乗り越えて、スコールは目当てのチョコレートを手に入れた。
と言っても、凝った形や包装紙に包まれているような代物ではなく、何処にでも言っているような板チョコレートだ。
ついで小麦粉や卵、砂糖を買い込み、卵は不自然にならないように冷蔵庫にストックとして並べ、小麦粉や砂糖は自分の部屋に隠しておいた。
普段、自分で買う事のないチョコレートは、何処に置いても不自然になりそうで、悩んだ末、卵パックの下に下敷きにして隠す事にした。
レオンは普段、充実を覘けば料理をする時間がないので、卵パックに触る事はないだろうと踏んでの事だ。

普段、日曜日は家にいるレオンだが、今日は何か用事があると言っていた。
スコールにとっては好都合な事だ。
彼がいない間に、やる事を全て済ませて置きたかった。


「メレンゲ…8分……?どれ位なんだ?」


一週間前、生まれて初めて買った菓子のレシピ本を見ながら、スコールは眉根を寄せた。

兄と二人暮らしの生活の中で、食事用の料理はほぼ毎日作っているので慣れたものだったが、菓子作りはこれが初めてだ。
レシピに記されている用語に、聞き慣れないものが現れる度、スコールは顔を顰めている。

スコールは卵白の入れたボウルを横目に、携帯電話を取り出した。
インターネットに接続して単語を検索すると、メレンゲの泡立て具合について写真つきで表示されたページが見付かった。
書かれている通りのものが出来上がるように、逐一確認しつつ、卵白を泡立てて行く。


「結構面倒だな……」


事前に動画で勉強していた時のように、簡単には泡立ってくれない卵白に、愚痴が零れる。
ハンドミキサーを使えばもっと早いのかも知れないが、今日だけの為に買うのは躊躇われた。
動画では泡立て器を使っていたので、自分でも出来るだろうと思ったのだが、やはりプロと素人とでは話が違うようだ。

それでも、なんとか目標の固さになるまで卵白を泡立てると、スコールは先に作って置いたチョコレート生地のベースに流し込む。
木ベラを使って生地とメレンゲを混ぜ、メレンゲの白がすっかり見えなくなると、今度は12㎝のホール型に生地を流し込む。
型をトントンと軽く作業台に落とすと、生地の表面がすっきりと平らに慣らされた。


「……よし、」


此処まで来れば、とスコールは型を持ってオーブンレンジへ。
事前に余熱を入れて置いたオーブンの中に型を入れ、レシピ通りの時間を設定して、スタートボタンを押す。
これで後は焼き上がりを待つだけだ。

ふう、と一つ息を吐いて、スコールはキッチンに向き直る。
チョコレートを溶かす、卵白を泡立てる為に使った、複数のボウルを流し台に移し、水道から湯を出した。
洗剤をつけたスポンジで、こびり付いたものを洗い落とし、乾燥機に入れて、最後に布巾でキッチンを綺麗に拭いて、掃除も終了。
まるで手を付けていないかのように綺麗になったキチンを見て、ふう、ともう一度息を吐いた。

時計を見ると、時刻は午後三時を過ぎている。
レオンが外出したのは午前中の事で、昼は帰って来なかった。


(遅いな……いや、こんなものか)


慣れない事をしていた所為か、もう三時か、と言う思考から、レオンが長らく出ているように感じたが、思い直せばそれ程でもないと気付く。
レオンが何の為に出掛けたのかは知らないが、午前から午後~夕方まで帰って来ないのはよくある事だ。

オーブンの中のものが焼き上がるまで暇を潰そうと、スコールは自室から本を持ち出し、キッチンの隅に置いていた椅子に腰かけた。
のんびりと本を読んでいると、段々と甘く香ばしい香りがキッチンに漂ってくる。
熱が入って温まったチョコレートの匂いに、スコールはちら、とオーブンを見る。
オーブンの中では、庫内灯で照らされたケーキ型が映っていた。


「……」


徐に席を立って、オーブンの中を覗き込む。
型の中で、トロトロに蕩けていた生地が、焼色を付けて微かに膨らんでいるのが見えた。
恐らく、順調に焼けているのだろうと、スコールの唇が微かに緩む。

焼き上がりの時間まであと少し、とスコールが椅子に戻ろうとした時だ。
ガチャ、と玄関の方から鍵を外す音がして、兄が帰って来た事を知る。
スコールは落としかけていた腰を浮かせ、オーブンレンジを見る。


(……まだ出来てない…)


帰ってくるまでに完成させておく予定だったのに、とスコールは眉根を寄せた。
不慣れな作業で、上手く出来ない事ばかりで、時間がかかったのがいけなかった。

そう思っている間にも、「ただいま」と言う声がする。
漂う匂いか、帰って来た兄───レオンがひょこりとキッチンに顔を出した。


「ただいま、スコール」
「……お帰り」
「良い匂いだな」
「……そう、か?」
「ああ」


そう言いながら、レオンはスコールの下へ向かう。
スコールは本を片手に持ったまま、近付く兄の顔が見れなくて、視線を逸らして立っていた。

レオンの手には、何処かで何か買って来たのだろう、紙袋がある。
小さく記されたロゴは、兄弟が気に入っているシルバーアクセサリーのブランドが入っていた。
そう言えば、バレンタイン限定で発売されるアクセサリーがあった。
予約が出来ず、店頭販売で個数限定で売られるので、きっと自分は手に入れられないもの───そもそも値段も頭一つ飛び出していて、学生には高嶺の花だ───だったと思い出していると、


「スコール。これをお前に」
「……え?」


差し出された紙袋に、スコールはぱちりと目を丸くした。
ほら、と促され、ぼんやりとしながら袋を受け取って覗き込むと、シルバーグレイのリボンでラッピングされた、黒いボックスが入っている。
え、とスコールが顔を上げると、レオンは笑みを浮かべてから、スコールの傍らを通り過ぎた。

レオンは、タイマーを動かしているオーブンレンジを覗き込んだ。
つい昨日まで家には見なかった筈の小さなケーキ型の中で、ケーキ生地がふっくらと膨らんでいる。


「チョコレートケーキか」
「あ……あの、ガ、ガトーショコラ……」
「うん。美味そうだ」
「は、初めて作ったから、その、味は…あまり……」


自信がない、とか細い声で呟いたスコールに、レオンはくすりと笑う。


「大丈夫、良い匂いだ。これならきっと美味いよ」
「……」
「楽しみにしてる」


そう言って、レオンはスコールの頭を撫でて、キッチンを後にした。

甘い匂いで一杯になったキッチンで一人佇んでいたスコールだった、ふと我に返って、紙袋からボックスを取り出す。
リボンの端を摘まんで解き、蓋を開けると、傷のない真っ新な銀色のリングが納められていた。
例の、バレンタイン限定で発売されたシルバーアクセサリーだ。

ケーキが焼き上がったと、オーブンレンジから音がする。
しかしスコールは、当分の間、真っ赤な顔で座り込んだまま動けなかった。





レオンをびっくりさせたくて頑張ってたスコール。でも不意打ち食らいましたw
レオンが出掛けたのは、勿論スコールへのプレゼントを買う為です。多分前々から目を付けてた。

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