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2019年08月

[サイスコ]縺れ糸の向こう側

  • 2019/08/08 22:00
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放校処分が決まる直前になって、サイファーはようやくSeeD認定試験をクリアした。
連れ戻されてから、度々試験を受けながらも、適当な言い訳をつけたり、わざと違反を繰り返したりしていた彼は、その時ばかりはあっさりと合格して見せた。
元々実力はあるのに、素行の問題で落とされていただけなのだから、当然と言えば当然だ。

これによりサイファーは、魔女戦争の際に張り付く事になった“戦犯”の肩書を返上した事になる。
世間的には未だサイファーを中心にして起こったと思われる一連の出来事について追及する声もあったが、それでも表向きは無罪放免になった訳だ。
過去の所業の話はどうあってもついて回る事ではあるが、大手を振って外を歩けるようになった、と言うのは大きい。
次いで、バラムガーデンを無事に卒業した日を持って、サイファーは様々な意味で自由の身となった。

自由であるから、何処に行くにもサイファーが決める事も出来る。
彼は卒業して直ぐにバラムガーデンから去り、放浪しながらの傭兵稼業を始めた。
無罪放免になったとは言え、世間的な扱いは未だ黒に近いグレーであるから、何処かの組織に所属すると言うのは難しかったし、そもそもサイファーにその気がない。
折角SeeDにもなった訳だからと、その経歴を利用しながら、フリーランスで日銭を稼ぎつつ、煩わしさのない場所を探しているようだ。
その生き方そのものが、自由の身である事を体現しているようで、彼らしいと誰かが言った。

スコールもそれを聞いて、縛られる事が嫌いなあいつらしい、と言った。
同時に、だからこの手からも離れて行ったんだろう、と空の手を見詰めながら思った。



あと一年足らずで、スコールはバラムガーデンを卒業する。
しかし、この時期になっても、未だスコールは指揮官職の座から動けずにいた。
早く公認を見付けて欲しいと思ってはいるのだが、こんな面倒な職を自分から希望する奇特な者は早々いない。
シドに至っては、探す気があるのかないのか曖昧な反応で、ひょっとしてこのままガーデンに永久就職させられるのでは、とスコールは考えている。
強ち外れてもいなさそうなのが恐ろしいので、最近のスコールは自分で後任に出来そうな生徒を探すようになった。
今まで人の事など殆ど見ていなかった為、何が良くて何が悪いのかもいまいち判らないのだが、とにかくこのままでいるのは宜しくないと思うのだ。
ある意味、スコールにとって一番気が向かなかったであろう、“他者に目を向ける”事に繋がったのは、皮肉にも良い事であると、周囲は口を揃えて囁いていた。

“月の涙”の影響は未だに続いており、それによる依頼も寄せられるが、一時期よりは減ってきている。
魔女戦争の最中に起きた、ガーデン同士の衝突により、バラム・ガルバディア共にガーデンを去った生徒も、ちらほらと戻ってきていた。
そう行った背景もあり、ブラック企業宜しく地味ていたバラムガーデン擁するSeeDの人手不足も、少しずつ改善されて来ている。
教員資格を取得したキスティスやシュウ、最前線で駆けまわるゼルやセルフィ、ガルバディアガーデンに戻ったアーヴァインと言った、魔女戦争で活躍した面々を見て、改めてSeeDを目指す者も増えた。
全体の練度は簡単に底上げされるものでもないが、それでも良い傾向が見えている。

その為か、指揮官であるスコールが最前線の任務に出る回数は減っていた。
最近は週に一度、あるかないかと言うレベルで、指揮官室で紙を睨んでいるか、特別講師として教壇に立たされる事の方が多い。
スコールとしては非常に退屈で退屈で仕方がないのだが、組織としては良い事だと言われると、溜息を吐くしかなった。

お陰で近頃のスコールは、週に一度の任務が楽しみになっている。
魔物討伐なら万々歳、警護任務でもこの際構わない、と言う位に現地任務に飢えている。
余りにもそれらが巡って来ない時は、予定されていた人員を削って自分が割り込もうとする始末だ。
流石にこれは周りが困るので、すっかり補佐官が板についたキスティスが、適度にガス抜き出来るような任務を組むようになっている。

だが、今回の任務の現地に出向いたスコールは、苦い表情を浮かべていた。

今朝、いつも通りにバラムガーデンを出発し、ドールで依頼者に逢って一通りの確認事項を済ませた。
依頼内容は、街から車で数十キロの所にある、最近発見された古い遺跡洞窟の調査の護衛だ。
周囲には魔物が出現する事と、盗賊紛いの集団がいるとかで、調査中に襲われない為にと雇われたのである。
と言う仕事の中身については良いのだが、問題は依頼主の傍に立っていた男だ。

出発は明日と言う事で、ドールのホテルの一室で一人、スコールは件の男を思い出しては溜息を吐いている。


(なんであんたがいるんだ……)


依頼主が個人的なセキュリティとして雇ったと言う男────その名は、サイファー・アルマシー。
嘗ての“戦犯”を傭兵として雇うと言う奇特な依頼主は、彼の事を痛く気に入っているらしい。
どうもロマンを語る所で気が合うようだが、それを知った瞬間、スコールは依頼主が酷く胡散臭い人間に見えた。

何ヵ月ぶりかに見た男の顔を思い出して、スコールの眉間に深い皺が寄せられる。
あの顔を最後に見たのは、確か彼がバラムガーデンを去る前日だった。
体を重ねて、熱を溶け合わせて、何もかもを曝け出した次の日に、彼はスコールの下から離れて行った。
彼がバラムガーデンを出て行く事は、誰よりも先に聞いてはいたけれど、スコールはどうしても本当にそんな日が来るとは思えなかった────その日が現実となる日まで。


「……くそ」


悪態を吐いて、スコールはベッドに倒れ込んだ。

見上げた天井には大層なシャンデリアが輝いており、何でも世界的に有名な“魔女戦争の英雄”が来るのだからと奮発して用意されたらしい。
こんな余計な気遣いをするのなら、傍らにいた男を下げていて欲しかった。
そうすれば、あの顔を見なくて済んだのに。

そんな事を考えていると、コンコン、と部屋のドアをノックする音が聞こえた。
共に任務についたSeeDが何か確認事項にでも来たか、と重い体を起こして、ドアを開けに行く。

……そして、後悔した。


「よう、指揮官様。久しぶりだな」
「……どちら様ですか」
「ふぅん、そう来るかよ」


鏡になった傷を持つ男の来訪に、スコールは目を細めて素気無く返した。
そんなスコールの反応に、面白がるように口角を上げる男───サイファーに、スコールはドアを閉めようとするが、足の爪先で阻まれる。


「何、明日の任務で同行するから、挨拶でもと思ってな」
「…そうですか。ではこれで終わりましたね。明日に備えて、部屋に戻ってお休み下さい」
「そうしたい所だが、明日の警備の配置について、確認したい事もあるんでね。ちょいと中に入れてくれないか?」


そう言ったサイファーの手には、打ち合わせの際に渡した資料がある。
人員の配置や交代の時間、少々長丁場の任務となる為に補給物資の手配など、全員が情報を共有把握する為に作ったものだ。
それを用意したのはスコールなので、これに何か不明点があると言うなら、無視する訳にはいかない。

ドアを閉めようと込めていた力を渋々抜いて、スコールはドアを開いた。
「……どうぞ」とスコールが促して、サイファーが部屋へと入る。
スコールはサイファーを先に奥へと進ませてから、部屋の鍵を閉めないまま、ベッドルームへと戻った。
サイファーは何処に座る事もせず、豪華な部屋を見回してにやにやと笑っている。


「良い部屋じゃねえか。俺の安宿とは大違いだ」
「確認したい所と言うのは?」
「あのジジイ、相当お前の事が気に入ってるようだぜ」
「時間を無駄には出来ませんので、早めに済ませましょう」
「後でこの部屋に来るかもな」


サイファーの言葉を、スコールは流し続けている。
余計な話をして、あちらのペースに乗るつもりはないのだ。
もうあの日を最後に、二人の関係は終わっているのだから。

────そう、終わっている。
あの甘く柔らかい関係は、終わっているのだと、スコールは思っていた。


「スコール」
「……要件を」
「ああ、気にすんな。嘘だから」
「……は?」


これまでの遣り取りと全く変わらないトーンで投げられた言葉に、スコールは今何と言った、と顔を上げる。
と、其処には此方を真っ直ぐに見詰める緑瞳があり、覚えのある熱が灯っていた。


「……!」
「おっと」


ぞくん、と背に走った感覚に、咄嗟に足を引いたスコールだったが、サイファーが腕を掴む。
逃がすまいと言う力を込めたその手に、スコールの努めた無表情が呆気なく崩れた。


「離せ……っ!」
「嫌だね」
「あんたとはもう終わった!」
「ンな事誰が決めた?」


距離を近付け、サイファーはスコールを壁際へと追い詰めた。
まだ記憶に褪せていない、雄の気配を宿した顔が近付いて、スコールは歯を食い縛ってサイファーの腹に膝を入れた。
だが、予想していたのだろう、固い腹筋感触が膝に伝わって、スコールは悔しさに歯噛みする。

至近距離にある顔が、益々近付いて来るのを、スコールは顔を背けて拒否しようとする。
しかし、サイファーの手がスコールの顎を捉えて、正面へと向き直らせた。


「俺を見ろ、スコール」
「……っ」


何度も聞いた低い声に、スコールの心臓が跳ねた。

重なる唇を、拒否したいと思っている筈なのに、出来ない。
忘れたくても忘れられなかった、共有する熱の心地良さを、体が勝手に思い出して期待する。
交わりが深くなって行くに連れ、それはスコールの思考を容易く絡め取り、雁字搦めにして行くのだ。

いなくなった癖に、出て行った癖に。
俺を置いて行った癖に。
そんな言葉がぐるぐると、男に支配される口の中で繰り返されている事に、サイファーはきっと気付いている。
言葉にならない代わりに何よりもお喋りな蒼灰色の瞳を見て、この男が何も気付かない訳がないのだ。
今日、最初に互いの顔を見た時から、忘れようとしていた熱がもう一度燃え始めた事も、きっと。

頭の芯がぼんやりとして、夢を見ているような気分になる。
酸素が足りないのだと冷静に分析している間に、サイファーはスコールの唇を開放した。
は、と吐息を漏らしたスコールの体から力が抜けるのを、太い腕が掬い上げて、ベッドへと運ぶ。



覆い被さる男を蹴り飛ばすのは、恐らくは簡単な事だ。
だが、乱暴な性格の癖に、酷く優しく撫でる手に、スコールは視界が滲んでしまう。

置いて行ったつもりはねえよ、と囁く声が聞こえる。
だったらなんで、と訊いても、今これからは答えてはくれないのだろう。
後で絶対に聞き出して、死ぬほど文句を言ってやろうと心に決めて、スコールは懐かしい感覚へと溺れて行った。





『別れてからやけぼっくいに火が点いた感じのサイスコ or 別れようと思ったけどやっぱり別れられないサイスコ』のリクを頂きました。

別れたんだか別れてないんだか。
スコールは別れた(捨てられた)と思っているようですが、サイファーの方はスコールが卒業する頃に迎えに来るつもりだった可能性も。
その場合はちゃんとサイファーから色々話している筈ですが、スコールの方が話途中でショックで思考停止して聞いていなかったのだと思う。
でもサイファーからこれまで連絡もしていなかった辺りは、スコールを開放するつもりで出て行った、と言うのも有り。でも結局手放せなかったサイファーになります。

[フリスコ]ダーリン・ダーリン・ベイビー

  • 2019/08/08 21:55
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アルバイトが終わった所で、習慣のように携帯電話を見て、メールに気付いた。
後輩と言うよりも、良い友人と言った方が当て嵌まるティーダからのメールは、切羽詰まったものになっていた。
ああもっと早く気付いていたら、と思うけれど、仕事中に携帯電話を弄るなんて出来ないし、出来たとしても仕事を放り投げて店を飛び出せる程、フリオニールは常識外れではない。
真面目に仕事をこなし、引継ぎも駆け足気味だが丁寧に確認も済ませて、ようやくフリオニールは店を後にした。

今日、フリオニールが通う幾つかのサークル・部活で、合同コンパが開かれている。
入部した一年生への歓迎会でもあり、それを理由にした先輩たちの飲みの席でもあった。
体育系と文科系が混ざっての合同コンパなんて、珍しいんじゃないだろうか。
フリオニールはアルバイトの関係で余りそう言った飲みの席には参加できないので、詳しい事は知らないが、案外と皆仲良くやっているらしい。
合同コンパを始めた頃の先輩方がそれぞれ仲が良く、それから習慣のように合同化しているそうだから、上の学年の者程、他サークル・他部の者と親しいそうだ。
そう言った雰囲気が嫌な者は、段々と飲み会には出なくなるようだが、それでも習慣が終わらない所を見るに、場の雰囲気を素直に楽しく思っている者も多いのだろう───多分。

そう言う場にスコールも行くと聞いた時、フリオニールは驚いた。
合同だとかなんだとかと言う前に、飲み会の類にスコールは積極的ではないし、どちらかと言えば好きではないと言えるタイプだからだ。
幾ら一年生の歓迎会も含まれているとは言え、大勢で集まる場と言うものをスコールは苦手としている。
一年生だからと強制参加と言う訳ではなかったから、行かなくて良いなら行かない、と言うだろうとフリオニールは思っていた。
実際、スコールもそのつもりだったらしい。
しかし、スコールにとっては少々運の悪い事に、彼が所属した文芸部の先輩方は、是非ともスコールにコンパに参加して欲しいと言った。
それでもスコールは断るつもりだったのだが、あちらが中々しぶとく誘ってくるので、繰り返し拒否するのが面倒になったようだ。
それから、集まるメンバーの中に、同じクラスで高校の時から親しいティーダがいる事を知り、終始ティーダの下に避難していられるのなら、と行く事になったのだと言う。
ティーダもスコールの性格は知っているし、新入生歓迎会などと言う謳い文句があるのは今回だけだから、今回行く代わりに今後は行かない、と言う事で良いんじゃないか、と言う結論に至ったそうな。

スコールが一人で行くのなら心配だったフリオニールだが、ティーダが一緒ならきっと大丈夫だろう。
本当はフリオニールも一緒に参加出来れば良かったのだが、無慈悲なシフトにその希望は粉砕された。
ティーダはサッカー部に入部しており、先輩達にもよく構われていたが、ティーダはそれよりもスコールを優先してくれた。
スコールが辛そうだったら帰れるようにするよ、と言ったティーダを、フリオニールは信頼している。

そのティーダから送られたメールは、「スコール、ヤバいかも知んない」と言うもの。
送信時間はフリオニールのアルバイトが終わる一時間前だ。
コンパの開始予定時間から見て、宴もそこそこ盛り上がっているだろうと言う頃。
先輩方の酔いも巡り、そろそろ質の悪い絡み方をする者が出て来たり、カラオケを初めて賑やかさが増したり、スコールが苦手としている雰囲気が全体に広がる頃合いと見て良いだろう。
そうなると、良くも悪くも回りに対して神経質で、空気を読み過ぎてしまう所があるスコールは、帰りたくても帰りたいと言えなくなっているかも知れない。
ティーダがいるからそれは大丈夫、と思いたいが、ティーダもスコールにだけ構っている訳には行かないだろう。
性質の悪い酔っ払いと言うのはいるものだから、帰ろうとする彼等を強引に引き留めようとしている者もいるかも知れない。
とにかく早く迎えに来て欲しい、と言うメールに、フリオニールは仕事が終わって直ぐに、今から向かう、と返信した。

コンパ会場はフリオニールのアパートから徒歩で行ける場所にあった居酒屋だ。
タクシーで最寄の場所まで走って貰った後、今度は自分の足で走り、フリオニールはその看板を目指す。
少々年季の入ったビルの中層階にあるその居酒屋は、安くて上手いと学生達に評判が良かった。
エレベーターは来るのを待つのがもどかしくて、通路にも使用されている非常階段を使って上る。
目当てのフロアに来た時には、中々膝に来ていたが、それより早く迎えに行かなきゃ、とフリオニールは暖簾を潜った。

時期が時期であるからか、客は多く、コンパをしているグループは他にもいた。
フリオニールは店員に、所属している大学の名前を告げて、人を迎えに来たと言った。
店員に案内されて向かったのは、フロアの半分を使った大きめの座敷の宴会場だ。
此方ですと教えてくれた店員に礼を言った後、フリオニールは賑々しい部屋の雰囲気に飲み込まれないよう、大きな声と共に扉を開ける。


「失礼します!スコールとティーダを迎えに来ました!」


引き戸の扉をがらりと開けて、響いた声に、出入口付近に席を持っていた人々が振り返る。
おお、フリオだ、ともう大分飲んでいる様子の先輩の声がしたが、フリオニールは構わず目当ての人物を探す────と、


「フリオ、フリオー!こっちこっち!」


名前を呼ぶ高い声に其方を見れば、部屋の隅にいる蜜色とチョコレート色があった。
早く早くと手を振る蜜色───ティーダに急かされ、フリオニールは急ぎ足で其方へ向かう。


「ティーダ」
「遅いっスよお!でも良かった。ほら、スコール、フリオが来たっスよ」


大変だったと言わんばかりに抗議しつつ、ティーダは隣に座っているスコールの肩を揺らす。
スコールはティーダに揺さぶられて、くらんくらんと頭を揺らし、「んん……?」とむずがりながら顔を上げた。

ぼんやりとした蒼い瞳が、フリオニールを見上げる。
いつも白い頬がほんのりと紅潮して、少し血色が良くなっているように見えた。
常に真一文字に紡がれて、不機嫌さをにじませるピンク色の薄い唇が、今は半開きになって無防備な印象を与える。
何処か夢現に見える様子の少年に、これはまさか、とフリオニールが直感した後、


「フリオぉ……」
「あ、ああ。大丈夫か、スコール」
「……んー……」


片膝をついて、目線を合わせて声をかけるフリオニールを見て、スコールの表情がふにゃりと緩む。
眩しそうに目を細め、眉尻が下がって穏やかに笑う顔なんて、恋人のフリオニールでも滅多に見ないものだ。
それを期せずして向けられて、どきりと心臓の鼓動が弾むが、フリオニールはそんな場合じゃないと頭を振る。


「スコール、もう帰ろう。時間も遅いし、ラグナさんも心配する」
「んん……?」
「手伝うっスよ、フリオ。スコールの荷物は俺が持つから、おんぶしてやって」
「ああ。ほらスコール、おいで」
「やあ……はぐがいい……」
「あ、後でするから。今はおんぶ。な?」


両腕をフリオニールに向かって伸ばし、甘えて来るスコール。
平時は二人きりになって、頑張って頑張ってようやく伝えてくれる甘え文句が、こんな所でさらりと出て来るとは。
酒の力って凄い、と思いつつ、フリオニールはティーダの手を借りて、スコールを背中に乗せた。
相変わらず軽い体を担ぎ上げて、「お邪魔しました!」と急ぎ足で宴会場を後にする。

エレベーターでビルを降り、外に出ると、二人分の荷物を持ったティーダが、ぐっと大きく伸びをする。
目一杯に空気を吸い込んで吐き出す彼に、大分大変な思いをさせたようだとフリオニールは察した。


「来るのが遅くなってすまない、ティーダ。知らせてくれてありがとう」
「いやいや、良いっスよ。バイト、ちゃんと終わらせて来たんだろ?」
「ああ。人手不足だから、途中抜けもちょっと難しくて……」
「仕方ない仕方ない。それに、こっちもごめんな。酒は俺もスコールも断ってたんだけど、なんか誰かが間違えたのか、じゃなかったらこっそり取り換えられたのかも……」
「それこそティーダが謝る事じゃないだろう。間違いならともかく、判ってやられたのなら、そいつが悪い」


フリオニールの背中に負われた恋人は、誰の目にも明らかな程に酔っている。
しかしスコールとティーダはまだ未成年だから、酒は飲まないように、先輩諸氏も一年生に勧めないようにと言われていた。
が、何かの間違いであるならまだともかく、悪い事を考えたりする者がいると、そんな決まりは形骸化してしまう。
元々酒に良い印象もないから、スコールもティーダもソフトドリンクを飲んでいたのだが、いつの間にかスコールが飲んでいたジュースがよく似た色のアルコールドリンクに摩り替えられていた。
気付かずに飲み進めてしまったスコールは順調に酔いが回り、ティーダが気付いた時にはすっかり出来上がっていたのだ。
それから慌てて飲み物を取り上げ、ティーダが飲んでいたドリンクを渡したが、摂取したアルコールはそう簡単には抜けなかった。
ティーダはこれ以上は不味いと、スコールを連れて引き上げようとしたが、当のスコールが動こうとしない。
時間的に見てフリオニールが直ぐに動けない事は判っていたが、それでも早く迎えに来てくれと、ヘルプメールを送ったのでだった。

背中でんーんーと意味のない声を上げては、甘えるようにフリオニールの首に頬を擦り付けているスコール。
フリオニールが肩越しに見遣れば、赤い瞳とぶつかった蒼が、嬉しそうに細められる。
大分機嫌が良いようだな、とフリオニールが思っていると、


「でも、本当に大変だったんスよ。酔っ払い始めた時は静かだったんだけど、段々様子が変わって来てさ。『フリオは?』って聞いて来て、今日はいないだろって言ったら、泣きそうな顔になっちゃって」
「…そうなのか?」
「そうそう。で、『フリオに逢いたい』『フリオとはぐはぐしたい』って言い出して。あんなスコール、初めて見たからびっくりした。結構甘えたなんスね?いや、なんとなく知ってたけど。スコール、フリオといる時、目がずっとそんな感じだから」


スコールが真面な意識の中で聞いていたら、真っ赤になって憤慨するであろう台詞だ。
しかし、フリオニールの背中で甘えているスコールは、ティーダの声などまるで聞いていない。
ふりお、と時折愛しい人の名前を呼んでは、逞しい背中の安定感に身を委ねて甘えていた。

他にも、と酔ったスコールの様子を語るティーダに、フリオニールは聊か不謹慎と思いつつも、段々と嬉しくなっていた。
そのどれもが、普段は先ず口にしないであろう、スコールがフリオニールを切に求めるもので、恥ずかしがりやな恋人の本音を知れたような気がしたのだ。
────だがしかし、それを聞いたのはティーダだけではない。


「そんで、フリオは来れないよ、でも迎えには来てくれるからって宥めてたんだけど。フリオが来てくれるって判った位から、今度はふわふわ~って感じになっちゃって。フリオの名前を聞いただけで、ふわ~って笑ったり、眠そうだったから寝といて良いよって言っても、フリオが来るまで起きてるって。健気っスね。それは良いんだけど、それを見た先輩たちがさあ、ちょっとこう……」


歩きながら話すティーダの声が、少し歯切れの悪いものになった。

「こう……な?」と言うティーダに、フリオニールは首を傾げる。
と、ティーダはこっちも鈍いなあと露骨な溜息を吐いて見せ、


「普段はほら、むすーっとしてるばっかりだから、うちの先輩たちもあんまり可愛げがないって思ってたらしいんだけど……今日のコレで、結構スコールって可愛いんじゃないか、って言い出したんスよ」
「……それ、は……」
「フリオとスコールが付き合ってるって知ってるのは俺だけだし。ひょっとしたらひょっとする事もあるかも知れないから、気を付けた方が良いかも。スコール、もう飲み会とかは来ないと思うけどさ」


ティーダが言わんとしている危険性を、フリオニールはようやく理解した。
今まで、ごくごく一部の、親しい者のみが知っていた、スコールの魅力と言うものが、酒の席で皆に知れ渡った。
その上、無防備になったスコールが醸し出す危うげで蠱惑的な雰囲気に、かなりの者が当てられている。


「……もうスコールには飲み会には行かないように言っておくよ」
「それが良いっス。あと、お酒も禁止した方が良さそうっスね」


結構弱いみたいだから、と言うティーダの視線は、背中で上機嫌にしている同級生へ向けられる。
暢気で良いなあ、と変わりの心労を大いに被ったであろうティーダの呟きに、フリオニールは眉尻を下げて苦笑するしかなかった。

ティーダの言う事は最もだし、今回の飲酒はスコールにとっては事故か被害者のどちらかだ。
責める理由もないし、しかし酔った時の彼がどうなるのかは分かったから、気を付けるように言った方が良いだろう。


(でも……)


ちら、と肩越しに見遣れば、穏やかな顔をした恋人と目が合う。
なに、とことんと首を傾げながら、目が合うだけで幸せそうに笑うから、こんな顔が見れるなら……とそんな事を考えてしまうフリオニールであった。





『フリスコ』のリクを頂きました。
細かなシチュなどはなかったので私が書きたかったもの書いてます。

酔っ払ったスコールが甘えん坊になったりすると楽しいです。
いつもは素直に言えない、でも言いたかった事を、正面からぶつけてくるの可愛いよね。
そんなスコールは可愛いので魅力的ですが、彼氏としては誰かに見られたらとひやひやするに違いない。

[サイスコ+レオン]ジャッジ・コート

  • 2019/08/08 21:50
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スコールの部屋に招かれると言うのは、サイファーでも中々ない出来事だ。

物心ついた時には当たり前のように顔を知っていて、幼稚園も小学校も中学校も同じだった。
一つ年齢が違うので同じクラスになるような事はないが、家がごく近い事もあって、毎日のように顔を合わせている。
余りに当たり前に傍にいるので、どうしてスコールは俺の家の子じゃないんだろう、と思った事もある程、二人は同じ時間を過ごしていた。
そして高校生になってから、互いに目指す道を選んだ事で、二人は別々の学校に通う事になる。
とは言え、家を出て独り立ちした訳でもないので、物理的な距離は相変わらず、毎日容易に顔を合わせる事が出来る程度だ。
そして紆余曲折を経た上で、二人の仲は“幼馴染”から“恋人同士”へ昇格しつつある。
変化が現在進行形なのは、まだスコールがサイファーの告白に対してはっきりとした返事をしていないからだ。
あんたの事は嫌いじゃない、と赤い顔で言ったから、それが答えと言えば答えなのだが、では好きなのかと言われると、よく判らない、と彼は言う。
スコールの中にあるサイファーへの感情は、何やら複雑であるらしく、スコールはそれを何と呼べば良いのか判らずに、サイファーの言葉を受け止めても良いものなのか答えが出ないらしい。
サイファーはじれったかったが、自分の気持ちと向かい合う事を苦手とするスコールが、ちゃんと考えたいと言ったのだ。
それはサイファーを憎からず想っているからでもあり、二人が同じ気持ちを持って次のステップに進む為の、大切な通過点であるとも言えた。
だからサイファーは、スコールが言った通り、ちゃんと答えが出るまで“恋人”になるのは待つ事にしたのだ。

そんな間柄である二人だが、スコールがサイファーの家に来る事はあっても、サイファーがスコールの家に招かれる事は珍しい。
勝手に押しかけても問題ないような家族ぐるみの付き合いだが、大事なのは“スコールが自分でサイファーを呼んだ”と言う事だ。
「俺の部屋に来て欲しい」と言うメールが携帯電話に届いて、サイファーは俄かに浮足立つのを停められなかった。
ついに、ついに来たか、と思いつつ、いやまだ早い、あいつの中身は面倒臭いから、と想像し得るダメージから自分を守る本能も働く。
だが、早速スコールの家を訪ねてみれば、赤い顔をした幼馴染が、もじもじとした様子で出迎えてくれたから、サイファーはもう確信を持ってしまった。
そして、夏休みの勉強会でもなければ訪れる機会のない彼の部屋へと招かれて、


「サイファー。俺、多分…あんたの事が───好き、なんだと、思う」


喉に引っ掛かりそうになるのを、なんとか絞り出すように、スコールは言った。

顔も耳も首まで赤くなって、此方を見る事が出来ないと、目を伏せて告げたスコールを、サイファーはいてもたってもいられずに抱き締めた。
突然の抱擁に目を丸くしたスコールは、反射的に触れる体温から逃げようともがいたが、背に回された腕が微かに震えている事に気付いて目を丸くする。


「サイ────」


幼馴染の名前を呼ぼうとする声を、サイファーの唇が塞いだ。
続け様の突然の触れ合いに、蒼灰色の瞳が大きく見開かれる。

混乱しているのだろう、腕の檻の中でスコールが硬直しているのが判ったが、サイファーは離さなかった。
待ちに待って、ようやく受け入れてくれた喜びは、どうしたって隠せない。
その喜びを伝えるように、サイファーは深く長く、スコールとの初めての口付けを交わした。

長いような短いような、そんな時間だった。
いつの間にかスコールの体の緊張は解けて、恐る恐るその腕がサイファーの背中に回される。
蒼の瞳はそっと瞼の裏に隠れて、スコールはサイファーに身を委ねていた。
このままいつまでも重ね合わせていたい、とサイファーは思ったが、スコールが息苦しそうに眉根を寄せるのを見て、名残惜しく感じながら彼を開放する。


「っは……」
「おっと」


ふらふらと足元が覚束ないスコールを、サイファーは片腕で抱いて支えた。
ベッドへと座らせてやれば、スコールはすうはあと足りない酸素を補った後で、此方を見る。
蒼と翠がぶつかって、スコールの視線がすいと逃げた。
顔を赤くし、数秒前までサイファーと重なっていた唇を手で隠して、眼を泳がせるスコールに、可愛い奴、とサイファーは思った。


「……あんた…いきなり過ぎる……」
「悪かったな。ずっと待ってたもんだからよ」


サイファーの気持ちは、告白した時にはっきりと示された。
それから何年も待たされた、と言う訳ではないが、それでも毎日顔を合わせながら、急かさず囃さず、サイファーが辛抱強く待ったのは確かである。
ちゃんとスコールが考え、納得し、自分で受け入れて向き合うまで、ずっと。

ようやく報われたとサイファーが笑えば、スコールは困ったように眉尻を下げて俯いた。
悪かった、と言いたげな尖った唇がもう一度開かれる前に、サイファーの指がスコールの顎を捉える。
くん、と上向くように促されて、見上げた目の前にサイファーの顔があるのを見て、スコールは息を飲んだ。
反射的に逸らせようとした瞳は、翡翠石に囚われて、動けなくなる。

スコール、と名を呼んで、サイファーはゆっくりと顔を近付けた。
もう一度触れたいと、声にならない声で求めるサイファーに、スコールが覚悟を決めるように唇を引き結んで、重なろうとして、─────コンコン、と扉をノックする音が響く。


「………!!!!」


途端に夢から覚めたように、スコールはサイファーを押し退けた。
力加減を忘れた押しの一手に、無防備だったサイファーは背中から床に転がる羽目になる。
どたん、と言う音が響く中で、部屋のドアは開かれた。


「ただいま、スコール」
「レ、オン…お、お帰り……早かった、な」
「ああ。予定より一本早めの電車に乗れたんでな」


其処に立っていたのは、スコールとよく似た面持ちをした、一人の青年。
スコールの実兄であり、幼馴染であるサイファーの事もよく知る、保護者の一人であった。

レオンは床に背中を強かに打ち付けて悶えているサイファーを見付けると、


「ああ、誰か来ているなと思ったらサイファーか」
「……こンの……っ」
「丁度良い。土産があるんだ、お前も来い」


そう言って踵を返したレオンを、スコールは直ぐに追った。
転がるサイファーをちらりと見はしたものの、構えば兄に色々悟られると思ったのだろう、素知らぬ風を必死に装って部屋を出て行く。

くそ、と舌打ちしながら、サイファーは起き上がり、兄弟の後を追った。
ダイニングへ入ると、レオンが土産と思しき箱の包み紙を開いている所で、スコールがキッチンでコーヒーを淹れている。
サイファーは四人掛けのテーブルの定位置に座って、斜め向かいで箱を開けている青年を睨んだ。


「……判ってて入って来ただろ」
「なんの話だ?」


藪から棒のサイファーの言葉に、レオンは商品解説の紙を眺めながら、飄々とした態度で返す。
だが、何事にも聡く、特に弟スコールの事に限っては、モンスターペアレント並に過保護な兄が、最近の彼の様子やその原因に気付かない訳がないのだ。


「良い所だったのによ」
「そうか。良かったな」
「そう思うんなら、空気読めよ。なんでいつも邪魔しやがるんだ」


サイファーがスコールに告白してから、彼の部屋へと招かれたのは今日が初めての事だが、家に来るのは日常的な事だった。
それは勉強の為であったり、夕飯を作り過ぎたからとスコールに呼ばれたからであったり、レオンや彼らの父であるラグナが仕事土産を渡すからおいでと呼ばれた時であったり。
逆にスコールとレオンがサイファーの家に招かれ、母イデアが作った食事を囲んだり、と言うのも珍しくなかった。

告白してから、サイファーは折々にスコールにアプローチを繰り返している。
返事は待つとは言ったが、好きだと伝える事は何も悪い事ではないだろう。
スコールの心を自分に向けさせる為にも、彼が本当にサイファーに愛されていると知る為にも、それは必要な事だった。
だが、スコールは気難しくて恥ずかしがり屋だから、この事を誰にも知られたくないと考えている。
サイファーもそれは判っているし、ラグナに知られたらと思うとまだ少し恐ろしくもあって、周囲に堂々と話してはいない。
ひっそりと二人だけで愛を育むのも悪くない、とも思っているので、秘密にする事は苦とは思わなかった。

だが、秘密にしていても、漏れる所には漏れるのだ。
サイファーとスコールの二人の間にある空気が、以前よりも変化している事を、兄は当然知っていた。
知っていて、スコールにそれを指摘した事はないが、サイファーがスコールと話をしていると、図ったようなタイミングでその席に入って来る。
スコールは兄を無碍には出来ないから、お陰で二人きりの時間は早々に終了、と言う事が何度もあった。
丁度、ついさっき、レオンがスコールの部屋に入ってきた時と同じように。

憎々し気に睨むサイファーを、レオンは何処吹く風と気にする様子もない。
小分けに包装されたクッキーを一つ開け、味見、と齧る。


「……バニラか。少し甘いかな」
「おい、無視すんな」
「してないさ。ほら、お前も食べろ」


箱ごと土産を差し出すレオンに、要らねえ、とは言えなかった。
何度も二人の時間を邪魔されているとは言え、レオンはスコールにとって大好きな兄である。
幼い頃、スコールが彼から全く離れないのを見て、サイファーが嫉妬した位に、大好きな兄なのだ。

クッキーを一つ取って封を切り、齧り付く。
確かにレオンが言った通り、甘味の強いものだったが、スコールが淹れるコーヒーと併せれば丁度良いだろう
早くスコールがキッチンから出て来る事を願いつつ、サイファーはやや乱暴にクッキーを噛み砕いて、


「あのな。俺は別に、あいつに無理強いはしてねえぞ。今回だってちゃんと待った」
「ああ、そうだな。お前が本気だと言う事は、判ってるつもりだ」
「スコールだって嫌だとは言ってない。そうならそうだって言うだろ」
「ああ。お前が相手なら尚更、そう言う所で遠慮はしないだろうしな」


判っている、と言うレオンは、弟の性格も、サイファーの性格も、確かによく判っているのだろう。
だが、それならば何故、ああも割り込んでくるのか。
その癖、スコールとサイファーの仲を引き裂こうと言う程、強引な介入はしなかった。
ただただ、サイファーが狙ったタイミングを、意図的に外しに来るのである。

ピリ、とレオンの手の中で、クッキーの封が切られる。
袋をゆっくりと割きながら、レオンは淡々と言った。


「別に、スコールの気持ちを疑っている訳じゃないし、あいつが選んだ事を否定する気もない。スコールがちゃんと自分で考えて選んだのなら、尚更な」
「だったらなんで邪魔するんだ」
「スコールの事は信じているが。子供の頃、散々うちの大事な弟を泣かした男を、そう簡単に信用できる筈がないだろう」


レオンの言葉に、サイファーはぐうの音も出なかった。

子供の頃、サイファーはよくスコールを泣かせていた。
引っ込み思案で大人しかったスコールと、活発でガキ大将気質のあったサイファーであるから、色々と歯車が噛み合わなかったのは当然だろう。
それもあったし、とかく兄から離れようとしないスコールにやきもきしたサイファーが、なんとか気を引こうとあれこれ手を尽くした結果、度々泣かせてしまったと言うのもある。
サイファーは決してスコールを苛めているつもりはなかったのだが、泣かされる側の気持ちはそうも行かないだろう。
その都度、スコールは兄の下に泣き帰り、レオンは一応サイファーに強い悪意がない事は判ってはいたが、それはそれとして弟を何度も泣かせる少年に、苦い感情を抱いていたのも事実であった。

成長の過程でスコールは泣き虫を卒業し、サイファーにやられた事をやり返せる位の度胸もついた。
同時に、サイファーがスコールを憎からず思っていたのと同じように、スコールもサイファーの事を嫌っていた訳ではなかった事も判った。
しかし、幼い頃の泣かせた泣かされたの関係は、少なからず二人の仲に尾を引いており、中学生の頃は夜と触ると喧嘩手前になっていた時期もある。
そしてレオンは、二人のそんな関係を、全て見て来たのだ。


「だから、サイファー。認めない訳じゃないが、そう簡単に許すとも思うなよ?」


想い人とよく似た、けれど彼よりも王者の覇気を放つ事に慣れた顔が、笑みを含んでサイファーを見る。
その顔に、くそ、と吐き捨てそうになるのを、サイファーは喉まで出かかって堪えた。



────ああ、くそ。
恋人以上に、そして恐らくは最難関と思った父以上に、厄介な男が此処にいた。
だが、それに気付いたからと言って、今更抱いた温もりを手放す事など出来はしない。

三人分のコーヒーを持ってきたスコールが、二人の間にある微妙な空気を感じ取ってか、首を傾げる。
それを見ながら、絶対に認めさせてやるからな、とサイファーはテーブルの下で拳を握った。





『ブラコンレオン兄さんの妨害に負けずにアタックしまくるサイファーのサイスコ+レオン』のリクを頂きました。

引き裂こうとまでは言わないけど、乗り越えて見せろと堂々と壁になるレオンは、とても手強いと思う。
でもレオンもサイファーが絶対諦めようとはしないだろうとは判ってる。
判っているけど、スコールを泣かせる事があったら絶対許さないので、査定は厳しい。

[サイスコ]それは呼ぶ声に似た

  • 2019/08/08 21:45
  • Posted by
オメガバースパロ。
αサイファー×Ωスコール。





この世には、大きく分けて、男と女が存在する。
それだけではなく、どちらにも属さない者や、どちらとも言えるもの、また曖昧な感覚の者もいるが、それらは外して考えるとしよう。
生物的に明確な線引きをした枠組みとして、男と女、その二つが存在する、と言う事だ。

そして、さらに其処からまた枝分かれする性がある。
α(アルファ)、β(ベータ)、Ω(オメガ)────それが男女の性以上に、この世界に置いて、大きな役割を示していた。
凡庸な性質であると言われるβは、この世界の大多数を占めており、多くの生き物はこれに当て嵌められると言って良い。
希少であり珍重されるのはαと呼ばれる性を持つ者で、あらゆる才能に置いて恵まれていると言われている。
実際に有名な会社のトップや重鎮、引く手数多のスーパースター等は、皆α性だと噂されている程、“α”と言う性の影響力は大きい。

そして更に希少とされているのがΩ性であるが、この性の大きな特徴は、男女の性に関わらず、孕む為の機関を持っていると言う事だった。
時代や宗教的背景のある時代には、子孫を増やして行く為に重用された時代もあったと言うΩ性であったが、逆にの性の特徴を理由に、子を産む為だけの存在として扱われた時代もある。
近代史ではそうした負の側面が強く、十七年前に起こっていた大国同士の戦争の時も、ガルバディアではΩ性に対して酷い差別が行われていたと言う。
現在は国際的にもΩ性の人権が認められている───とは言うが、まだまだそれは形だけのもの、とも批判されていた。

故に、Ω性の者は、多くが自身の性を隠して生きている。
スコールも同じだった。

幼年期、バラムガーデンが設立されたばかりの時は、間違いなくα性として診断された彼は、13歳の時に性の転換が起こり、Ω性になった。
こうした事例は数は少ないが確認されていた事であったが、この事をスコールは一部の人間以外には秘密にしている。
知っているのは体の変調を見逃してくれる筈もない保険医のカドワキと、スコール以上にスコールの事に敏感なサイファーの二人だけ……だったのだが、いつの間にか学園長のシドも知っていた。
シドがスコールの転換を知ったのは、カドワキに事情を話して間もなくの事だったと言うが、シドはつい最近まで知らない振りをしていたと言う。
当時のスコール自身が自分の転換を受け入れられていなかった事、思春期の少年少女にとってα性からΩ性への転換は決して軽くはない出来事だという事を、シドは理解していたのだ。
シド自身は二つ目の性に関わらず、少年少女たちに分け隔てなく繋がりを持って欲しいと願っているが、理想を現実にするのは難しい事も判っている。
だからスコールに対しても、周囲に対しても、悪戯な刺激にはならないように、せめてスコール自身が自分のΩ性の事実を受け止められるようになるまでは、素知らぬ振りをしていたらしい。

そして、17歳になった現在のスコールは、相変わらず自分がΩ性だと言う事を隠している。
今だ自分の性を受け入れられない、と言う訳ではなく───完全に受け入れたとも言い難いが───、環境の変化によって、打ち明けられなくなったと言うのが正しい。
魔女戦争での活躍によって、今やスコールは“伝説のSeeD”“魔女戦争の英雄”扱いだ。
世界各国に顔が知られ、名が売れ、まだ未成年ではあるが、公的な場に呼ばれる事も増えた。
其処で“α性である”と周知された事により、いよいよスコールは、自分の性を打ち明ける事が出来なくなったのだ。
今だΩ性について根強い負の意識が強い今、世界的に活躍したと言われる人物が“Ω性”であると知られるのは、公的なバラムガーデンの立場を崩す恐れがあった。
魔女戦争を勝利に導いたと言うスコール、それを擁するバラムガーデンの存在は、スコールやバラムガーデンと言う存在そのものを護る為にも、必要なものだ。
その為には、バラムガーデンが公の場で、自身の立場や権威的な力を保持し続ける必要がある。
今は其処に、一部の隙もあってはならない程に。

秘密は何処から漏れるのか判らない。
知る者が多いほど、その危険性は増す。
だからスコールは、信頼を置いていると仲間達───魔女戦争を共にした幼馴染やリノアも含めて、自身がΩ性であると言う事を隠している。

それでも、魔女戦争を経験する前よりも、スコールの心理的負担は減っていた。
秘密を共にする人物が、絶対にこの事実を他者の前で口にする事はないと信用している。
そしてその人物が、自分にとって唯一無二の“番”であると知っているから。



スコールが不機嫌な顔で過ごしているのはいつもの事だ。
補佐官を務めるキスティスやシュウ、更生期間中でありながら副指揮官と言う立場を任されたサイファーにとっても、見慣れたものであった。
報告書を提出しに来るSeeD達も、滲み出るオーラに気後れはすれども、眉間の皺そのものは特に珍しいものでもない。
大人しく出すものを出し、早々に立ち去れば、特に何事もなく無事に終わるものだ。

元々表情豊かではないスコールだが、不機嫌な顔には幾つかの種類がある事が確認されている。
先ずは眉間に皺一本と、真一文字に口を噤み、少し冷たい印象のあるもの。
これは初見の者こそ機嫌が悪いのかと慄くが、実際にはスコールの標準的な表情であり、眉間の皺は放って置くと勝手に寄せられる癖のようなものだ。
そして次によく見られるのが、眉間に皺を寄せつつ、目を僅かに窄め、眼前にあるものを睨んでいるような表情。
これは標準よりも少し機嫌が悪くなっている時のものだが、大体は書類仕事に飽きているのだったり、面倒ではあるが捌くには然して問題のない案件を見ている時のものである。
それから、眉間に皺が三本寄せられ、明らかに不穏なオーラを振りまいている時の表情。
これは明らかに不機嫌になっている時で、更に眉間の皺が深まって来ると、怒りすら抱いている時になる。

今のスコールは、三番目の顔をしている。
撒き散らされる怒りのオーラに、SeeD達はすっかり萎縮し、出すものを出したら逃げるように部屋を出て行く。
ちょっと可哀想ね、とキスティスは思うのだが、此処まで不機嫌が撒き散らされていると、キスティスも容易には注意できなかった。
下手に苦言を呈すると、スコールは益々機嫌を損ねた顔をする。
キスティス自身はそれに幾ら充てられようと大して気にしないのだが、巻き込まれる後輩達が可哀想だ。


「だから早くなんとかしてね、サイファー」


スコールが昼食の為に指揮官室から離れている隙を狙って、キスティスはサイファーに言った。
サイファーは判り易く顔を顰め、面倒は御免だと手を振る。


「なんで俺がそんな事」
「恋人、でしょう、貴方。スコールの」
「だからってあいつの世話全部が俺の役目かよ」
「どうせ貴方の言う事位しか聞かないもの」


そう言って、じゃあお願いね、と念押しして、キスティスは自分のデスクに戻る。
俺は良いとは言ってねえ、とサイファーの抗議があったが、気にしなかった。

黙々と書類確認を再開させるキスティスに、サイファーは聞えよがしに舌打ちしてやった。
当然これもキスティスに効果のあるものではなく、虚しい音だけが指揮官室に少しだけ反響して消える。
大して残らない余韻も消えた所で、指揮官室のドアが開き、スコールが戻って来た。


「あら、早かったわね。ちゃんと食事は採ったの?」
「……採った」


それにしては早すぎる、とキスティスもサイファーも思った。
何せスコールが食事をして来ると言って此処を出たのは、今から五分前の事なのだ。
どう考えても、食堂に行って戻った程度の時間としか思えない。
どうせ食堂に設置されている自動販売機で、缶コーヒーでも飲んで済ませた、その程度に違いない。

はあ、とキスティスは溜息を吐いたが、指揮官室からもう一度追い出す事はしなかった。
代わりにちらりとサイファーに視線が寄越されて、早く行きなさい、と言わんばかり。
サイファーがそれを無視するのは難しい事ではなかったが、デスクに戻ったスコールが苦々しい顔で唇を噤んでいるのを見て、腰を上げる。


「おい、スコール」
「……なんだよ」


声をかけただけのサイファーに対し、スコールは露骨な喧嘩腰だった。
今にも噛み付かんばかりの表情に、判り易いな、とサイファーの口端がにんまりと笑う。


「訓練所に行くぞ。紙の相手ばっかりじゃ体が鈍る」
「……一人で行ってろ。俺は忙しい」
「良いから来い」


無視して書類を手に取ろうとするスコールに、サイファーはその手を掴んでデスクから引きずり出した。
おい、と強い語気で抗議するスコールだったが、サイファーは構わずに部屋を出て行く。
キスティスも咎める事はせず、「行ってらっしゃい」と手を振る始末だ。

ずんずんと歩くサイファーに、スコールは引き摺られるように歩く。
引っ張る手から逃げようと、スコールが賢明に腕に力を込めていたが、サイファーは決して離さない。


「おい、サイファー!俺は忙しいんだ」
「あーあー、知ってる。よーく知ってるよ」
「あんたと遊んでる暇はない!」
「判ってる判ってる」


スコールの抗議に適当な返事を投げながら、サイファーはエレベーターのボタンを押した。

程なく上って来た小さな箱にスコールを押し入れ、サイファーも乗り込む。
開閉ボタンを押して、扉が閉まった事を確認すると、サイファーはスコールを壁に押し付けた。


「ほら、静かにしろ。あんまり騒ぐと、反って不自然だぜ」
「……っ!」


ずい、と触れそうな程に顔を近付けるサイファーに、スコールは息を飲んだ。

至近距離で、蒼灰色の瞳が、ゆらゆらと揺れている。
不機嫌を振りまいていた表情は何処へやら、頬を赤らめ、必死で口を噤んでいるスコールに、サイファーの喉がくつりと笑った。
その気配を感じ取って、スコールがじろりと睨むものの、サイファーには何の効果もない。
何もかもを知り、何もかもを理解しているサイファーには。


「お前、本当に判り易いよな」
「な……ん……っ!」


囁きながら、サイファーはスコールの首筋に顔を近付けた。
慌てて逃げようとするスコールの腰を捕まえ、逃げ場を塞いで、首にキスをする。
ひくん、と震えたスコールの体から、甘く香しい匂いがして、サイファーは俄かに体が熱を帯びるのを感じ取った。


「“ヒート”の度に機嫌が悪いフリしやがる。Ωなのを隠してるんだから、もうちょっと自然に出来ねえのか?センセーに気付かれるぞ」
「あ…う……っ、」


スコールはΩ性である事を、周囲に対して隠している。
しかし、どんなに隠そうとしていても、数ヵ月に一度訪れる“ヒート”の症状からは逃げられなかった。
薬を飲めばある程度の抑制が効く、とされてはいるが、αからΩへと転換した影響なのか、スコールは一般的なフェロモン抑制剤が効き難い。
だが“ヒート”を他者に気付かれれば、自分がαではない事が知られてしまう。
だから“ヒート”が始まった時のスコールは、常以上の不機嫌を振りまいて、人を寄せ付けまいとするのだ。

今の所、それは意図通りの効果を見せているのだが、それもいつまで続くか。


「薬、ちゃんと飲んでんのか?朝晩飲めって言われてるだろ」
「…の、…んだ……っ」
「あんまり効かねえ体質ってのは、厄介なもんだな」


スコールの息が徐々に上がり、体が火照って、白い肌が色を帯びて行く。
狭いエレベーターの中で、スコールが醸し出す匂いは一杯に広がり、サイファーの雄としての本能を刺激する。
此処で脱がして貫いて、揺さぶってやりたい衝動に駆られながら、サイファーの理性はまだ早いと言う。

震えるスコールの手が、サイファーの白いコートを握った。
見上げる蒼の瞳に熱が籠り、サイファー、と呼ぶ声が明らかに求めているのが判る。


「サイ、ファー……」
「我慢しろ、バレるだろ。ちょっと暴れりゃ少しは気が紛れる」


今日はまだ部屋に引き籠る訳にはいかない。
だから訓練所に行って、魔物を相手にガンブレードを振るえば、少しはすっきりするだろう。
こういう時、運動をする、と言うのは気を紛らわすには有効なのだ。


「夜まで待ってろ。良い子で我慢できたら、好きなだけ抱いてやる」


耳元で囁いたサイファーの言葉に、、スコールの鼓動が早くなる。
じわじわとした熱が燻っていたのが、一層燃え上がるのを感じて、スコールの膝が震えた。
だが崩れ落ちる訳には行かないと、コートを握る手に力が籠り、辛うじて自分の足を立たせている。

一層匂い立つ甘い香りに、宥め方を間違えたな、とサイファーも気付いた。
それでも言われた通りに自然を装おうと努めるスコールに、健気なものだと、悪い気はしなかった。



本能に抗う振りをして、求めているのは解放の瞬間。
耐えた分だけそれが激しく熱くなる事を、サイファーはよく知っていた。





『サイスコでオメガバースもの』のリクを頂きました。
去年はくっつく前の二人で書いたので、今回は番になってる二人で。

ヒートの度に、自分がΩだと気付かれないように、不機嫌になるスコール。
でもサイファーからすると、スコールがヒートを迎えた合図のようなもの。
夜には大変お楽しみだと思います。ええ。

[クラスコ]全部きみの所為

  • 2019/08/08 21:40
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日頃の疲労が祟ったのもあるが、やはり一番は数日前の雨に打たれた所為だろう。
熱を出したスコールが高熱を出して寝込んでから、今日で三日目になる。
誰が見ても危うい、意識朦朧とした状態からは抜け出したものの、まだまだ回復の兆しが遠い事には変わりない。
そんな状態であるから、スコールと共に屋敷に残るのは、家事を任せられる者と決められていた。

クラウドは家事全般を不得意としている。
料理はキャベツとレタスの違いが判らないので、食事を作る事も出来ず、スコールを看病するメンバーから外されたのは仕方がないと思っている。
出来ないものがあれこれと判らない気を回す位なら、気の付く者が適切な看病をしてくれた方が良い。
そのお陰で、スコールも時折目を覚ませる程度には、その症状が落ち着いたのだから。

ただ、顔を見る事位はしたかった。
だから探索から戻った後、夕飯の時間になると、スコールの部屋に配膳する役目を買って出る。
仲間達もクラウドの気持ちを察してくれているようで、スコールの飯も準備してあるから、とクラウドに伝えるようになった。

最初にスコールの症状が表面化した日は、意識がまともに戻らなかった為、少しずつ流動食を飲ませ食べさせるしかなかった。
昨日は辛うじて目を覚まし、やはり流動食であるが、起きた状態で数口を食べる事が出来た。
そして今日は、まだ熱も高い状態ではあるものの、自力で起き上がって、クラウドの介助を受けながら食べる事が出来ている。
匙で掬って差し出した粥を、開いた口元に持って行き、少しずつ傾けてやる。

ちびちびと食べていたスコールであったが、意識が戻った事と、二日間まともに食事が出来ていなかった所為か、食欲はあった。
食べる元気があるのは良い事だ、と思うクラウドの手で、スコールは粥を半分まで食べ進め、


「…ん……もう、良い……」
「そうか。よく食べれた方だな」


最後の一口を飲み込んで、スコールは次を断った。
此処まで食べれたのなら、用意したフリオニールも少しは安心するだろう、とクラウドも粥の入った土鍋をトレイへ戻す。

ピッチャーの水をグラスへ注ぎ、バッツが調合した薬と一緒に差し出すと、スコールは判り易く顔を顰めた。
しかし飲まねば回復しない事も判っているので、大人しく薬を受け取り、水と一緒に口に含む。
スコールの事を心配し、早く回復できるようにと、バッツは効能を優先した薬を調合したと言う。
と言う事は飲み易さは二の次になってしまう訳で、スコールは目尻に涙を浮かべながら、なんとか薬を飲み切った。
グラスをクラウドに返し、ぐったりとベッドに沈み込むスコールを苛むのは、熱なのか薬なのか、微妙な所である。
しかし薬は飲んだ訳だから、後は体が回復するのを待てば良いのだ。


「食器を戻してくる。ちゃんと寝ていろよ」
「……ん……」


無理をしないようにと促すと、スコールは小さく頷いて、もぞもぞと布団の中に潜り込んだ。

トレイを持ってキッチンに行くと、フリオニールが夕飯に使った食器の片付けをしていた。
彼は土鍋の中身が半分まで減っているのを見ると、良かった、と嬉しそうに笑った。
スコールの意識が戻ったのは今朝の事だったが、朝食と昼食と、食べる気概もなく過ごしていたので、心配していたのだ。
薬は勿論大事だが、やはり食べ力と言うものも重要なので、少しでもそれが戻って来たのなら、きっと良くなるだろう、とフリオニールは言う。
とは言え、治りかけやその兆候が見られた時が一番油断し勝ちなのも事実。
今晩はしっかり休ませないと、と言うフリオニールに、クラウドも頷いた。

キッチンを後にしたクラウドは、もう一度スコールの部屋へと向かった。
この後のクラウドは特にこれと言ってやる事もなく、強いて言うなら明日に備えて眠る位なのだが、その前に改めてスコールの顔を見ておきたかったのだ。
明日は混沌の大陸の傍まで足を延ばす予定なので、帰って来れない算段になっている。
屋敷に残るのはバッツだと聞いているから、看病については全く心配していないのだが、恋人として彼の傍にいられない事への寂しさは誤魔化せない。
スコールが熱を出してから、共に過ごす事の出来ない時間を埋め合わせるように、クラウドは就寝前に彼の部屋を訪れることを習慣にしていた。

まだ起きているかも知れないな、と思いつつ、寝ているのなら邪魔をしないようにと、ノックをせずに部屋のドアを開けた。
そっと部屋を覗き込むと、ベッドの上でもぞもぞと身動ぎしているスコールがいる。
「んぅ……」とむずがるような声が聞こえて、まだ眠ってはいなかったようだと、足音を殺さずに中へ入った。


「……クラウド…?」
「ああ。ちょっと、顔を見に来た」


寝返りを打って恋人の顔を見付けて、名を呼ぶスコールに、クラウドも返事をする。

ベッド横に座って、ぼんやりとしたスコールの赤い頬に触れる。
いつもはクラウドの手の方が体温が高いけれど、今日ばかりは「つめたい」と言う声が聞こえた。
それだけまだスコールの躰に熱があると言う事だ。
まだ体も重いだろうから、直に眠るだろうかと思ったスコールであったが、彼は中々目を閉じない。
起きていても辛いので眠ろうとはしているようだが、どうにも落ち着かなくてもぞもぞと身動ぎと寝返りを繰り返した。


「……寝られないか、スコール」
「……暑いんだ」
「熱があるから、そうだろうな」
「……ベタベタする……」
「…ああ、服か。それもそうか……」


意識が戻らない程の高熱に魘された三日間。
その間にかいた大量の汗は、寝間着にしている服に染み込んでいるに違いない。
熱を出した二日目にはセシルが着換えさせたと聞いているが、それからまた眠り続け、汗をかき続けていたのだから、もう一度着替えた方が良いだろう。
ついでに今も出ているであろう汗を拭き、清潔な服に着替えれば、すっきりとした気分で眠りにつけるに違いない。

クラウドはスコールに服を脱ぐように言って、風呂場にあるタオルを取りに行った。
シャワーの湯でタオルを濡らしてよく絞り、下着と一緒にスコールの部屋へと持って上がる。

部屋に戻ってみると、スコールは裸身でベッドに横たわっていた。
暑さから服が鬱陶しくなり、脱いだお陰で少し涼しく感じているのだろうが、そのまま寝入ろうとしているのは良くない。
クラウドはスコールの体を抱き起して、枕を背にベッドヘッドに凭れさせた。


「スコール、体を拭くぞ」
「……ん……」


濡れタオルで先ずはスコールの顔を軽く拭いてやる。
火照った頬にはタオルが冷たく感じられるようで、少しほっとしたようにスコールの口元が緩んだ。
半開きになった無防備な唇に、数瞬目を奪われたクラウドであったが、直ぐに自分の役目を思い出して仕事を再開させる。

スコールは普段、あまり肌を晒さずに過ごしている所為か、日焼けも殆どしていない。
病的とまでは言わないが、白い肌をしている所為で、火照っていると直ぐに肌が薄く染まるので判り易かった。
熱を持っている今は尚更で、頬は勿論、首元や胸元もほんのりと赤くなっている。
普段、それを見る事が出来るのは、風呂に入っている時を覗けば、ベッドの上で肌を重ねている時くらいのものだった。

クラウドがゆっくりと体を拭く度に、くすぐったいのか、スコールは身動ぎする。
体が重いのだろう、大して動く訳でもなかったが、しゅるしゅると肌とシーツが擦れる音が何度も繰り返された。
それがクラウドには夜の情事を思い出させる音になっていて、じわじわと下半身が熱くなって来るのを自覚してしまう。


(いや、病人だぞ。自重しろ)


理性がクラウドを叱咤した。
ようやく回復の兆しを見せてきたスコールに、無体を働いてはいけない。

────だが、前に体を重ねたのはいつであったか。
既に一週間の時間が開いている事に気付くと、耐えた日々の反動のように、欲望が頭を擡げて来る。
それをスコールに悟られないよう、クラウドは努めて無表情で、彼の体を拭いて行く。


「ん……っ」
「……」
「クラウ、ド……くすぐ、ったい……」
「ああ、悪い」


スコールの訴えに、クラウドは表情を変えないように意識しながら返した。

薄い胸板、腹筋、脇腹、腰。
出来るだけ力を入れないように、柔らかくそっと。
それはスコールを労わっての事なのだが、何度もスコールが身を捩っては腰をくねらせるから、クラウドは自分の手が意識とは違う意図を持って動いているような気がしてならない。
はあ……っ、とスコールの薄く開いた唇から零れる溜息は、熱を孕んでいる。
それは彼が病気なのだから仕方のない事────それなのに、クラウドはどうしても、褥の彼の姿を思い出してしまう。


「……スコール。下も拭くぞ」
「……ん……」


スコールを包んでいるシーツを捲ると、思った通り、白い脚が露わになった。
腰回りに集まるように溜まったシーツが、スコールの中心部だけを隠している。
が、その布端からちらちらと覗く太腿が、クラウドの劣情を露骨に煽っていた。

クラウドは足の爪先から、丹念に、丁寧に、スコールの体を拭いて行く。
足の裏を拭く時、スコールの爪先が丸まって、ピクッ、ピクッ、と震えて、「や……」とむずがる声があった。
タオルの表裏を畳み直して、もう随分とタオルが冷たくなっている事に気付いたが、熱があるならこれ位でも良いだろう、と思う事にする。
そのひんやりとした感触のタオルを、そっとスコールの内腿に宛がえば、ヒクン、とスコールが膝を震わせるのが判った。


「う……ん……っ」


内腿をゆっくりと伝い、シーツで隠れた場所に近付く。
ひく、ひく、とスコールが肩を震わせ、脚がするするとシーツの波を泳ぐ。

スコールの瞼は薄く開かれ、ぼんやりとした表情で、世話を焼くクラウドを見詰めている。
その瞳が追っているのは、自分の下肢をゆっくりと辿るクラウドの手だ。
彼が自分に触れているのはタオル越しなのだが、その手付きがスコールにいつかの夜を思い起こさせる事に、クラウドは気付いているだろうか。

そっと、スコールは膝を開いて、クラウドに秘部を差し出した。
シーツのお陰でスコールの其処は、まだ晒されてはいなかったが、クラウドが思わず手を停めた事で、スコールの意図が彼に伝わった事は明白となる。


「……スコール」
「ん……」


クラウドの声は、病人だろう、と恋人を咎めるものだったが、そんな彼の手は相変わらずスコールの内腿に添えられている。
スコールはその手に自分の手を重ね、これはもう要らない、とタオルを厭う。
クラウドの手をタオルからずらし、脚の付け根に誘うように促しながら、スコールは自ら内腿を押し付ける。


「クラウド……」


呼ぶ声にクラウドが顔を上げると、じっと見つめる蒼灰色とぶつかる。
緩やかな光を帯びて、ほんのりと赤らんだ顔は、熱で浮かされている時に見るものだ。
褥の中で熱に溺れるスコールの瞳は、涙と憂いで濡れながらも、悲しみよりも喜びに満ちている。
それを見るのが好きで、見る度に愛おしいと思って、クラウドは益々彼を熱の海に引きずり込む。

だが、今日は駄目だ。
スコールが浮かされている熱は、クラウドが与えたものではなくて、彼のバイオリズムの崩れが表面化したもの。
今日と、明日もまだ駄目だろう、せめて熱が下がるまでは大人しくさせなければならない。

そう判ってはいる筈なのに、クラウドの手は止まらない。


「う…んん……、」
「…スコール」
「あ……ん……っ…」


クラウドの少しかさついた指先が、震える中心部に触れた。
シーツの中で悪戯な動きをする掌に、スコールは天井を見上げてほうっと艶を孕んだ吐息を漏らす。


「…明日、悪化したらどうするつもりだ?」
「……あんたの、所為に、する……」
「酷いな」


誘った癖に、と囁けば、スコールは何も言わなかった。
代わりにクラウドの首に腕が絡み付いて、潤んだ唇が「……もっと」と囁く。



彼の体を支配する熱を、自分が与えるものに摩り替えてしまおう。
縋る指が求めるままに、クラウドは薄く開いたスコールの唇を塞いで、ゆっくりと覆い被さった。





『怪我とか病で動けないスコールに、心配しつつもムラムラしてしまうクラウド』のリクを頂きました。

出来る限りの看病をして、無理をさせてはいけないと思いつつ、余り本能に逆らう気がないクラウド。
スコールに無理をさせないようにゆっくり進めるんだと思います。が、途中でスコールの方が物足りなくてねだりそうな。

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