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2022年08月

[フリスコ]手のひらがくれるもの

  • 2022/08/08 22:10
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF


目が覚めた時、酷く体が重かった。
まるで長い間、重石にでも浸けられていたかのような怠さで、起き上がろうとするのも面倒に感じる。
しかし今日の予定は詰まっているから、起き上がらねばなるまいと思って、出来なかった。
頭の奥がくわんくわんと揺れているような感覚があって、ああ多分これは駄目だ、と思った。
何がどう駄目なのか、と言う理屈まで考えることは出来なかったが、感覚的に駄目だ、と言う結論が見えたのだ。
取り敢えず、この泥沼に沈んでいるような感覚が消えるまでは、碌に動ける気がしなかった。

────二日前の話だ。
一人索敵に出ていたスコールは、南北の大陸を繋ぐ細道の袂で、複数のイミテーションに遭遇した。
両陣営の境目でもある其処で退く訳にはいかない、これ以上の数が増える前に殲滅するのが良策であると判断し、戦闘を開始する。
イミテーションの練度はバラバラで、一発で仕留められるような物もあったが、その奥には司令塔を担う皇帝のイミテーションがいた。
本物とよく似て、いやらしいトラップ魔法を幾つも仕掛けるそれを倒す為、スコールは少々の無茶を押し通した。
敢えてトラップを避けずに突き進み、逃げようとするターゲットに最短距離で肉薄する。
こうしてイミテーションの群れは、一体残らず殲滅したのだが、その時に少々深手を負ったのだ。
勿論、そのまま放置していた訳ではなく、応急処置を施して屋敷に戻ることにしたのだが、皇帝のトラップ魔法と言うのは、後から効いて来る代物もある。
恐らく、毒魔法と掛け合わせて仕込まれていたのだろうその効果が、帰還した後になって、じわじわとスコールの体を蝕んだのだ。
帰還してから一夜が過ぎ、毒は体をすっかり巡り、発熱と言う形でスコールの体を苦しめた───と言う訳だ。

……それから次にスコールが目を覚ました時、部屋の中は薄暗かった。
傍らには、タオルを絞っているフリオニールがいて、スコールの看病をしていた。
ベッドの住人が目覚めたことを知ったフリオニールは、急いでバッツを呼びに行き、容体を診せる。
バッツはスコールの様子をよくよく観察した後、


「うん、大丈夫そうだ。毒ももう抜けてるしようだし」
「そうか。良かった」
「微熱っぽい感じもするけど、昨日に比べれば全然マシだ。これも直に下がるんじゃないかな」


バッツの言葉に、本人以上にほっとした様子で、フリオニールは胸を撫で下ろす。

一応これは飲んどいてな、とバッツは煎じた薬を置いて、スコールの部屋を後にした。
残ったフリオニールが椅子に座り、ベッドヘッドに背中を預けて座っているスコールを見て笑みを浮かべる。


「昨日は中々熱が下がらないから心配したよ」
「……そんなにか」
「氷嚢が足りなくなるんじゃないかと思った」


フリオニールはそう言うが、スコールは全く思い出せない。
酷い高熱に魘され、毒も回って意識がほぼなかったのだから無理はないだろう。
しかし、肩やら腕やら、背中やらが痛むのは、恐らくその所為なのだ。
意識朦朧として、寝返りも打てない程に重くなった体は、ただただベッドに預けるしか出来ず、その内に体の筋肉が固まってしまったのだろう。
少し体を動かして解したい、と思うスコールだったが、


「今日の所は、まだ大人しくしていた方が良いぞ。ぶり返す可能性もあるからって、バッツが言ってたからな」
「……判った」


バッツがそう言うのなら、今日の所はあまり動かない方が良いだろう。
そうしないと、よく効くから早く治る、と言って、酷く苦い薬を飲まされることになる。
今サイドテーブルに置かれて行った薬だって、彼の手ずからもので、恐らく苦いだろうと想像がつくのに、それ以上のものは御免被りたい。

それでもせめて柔軟くらいはしないと、体のあちこちが痛くて、ゆっくり休める気がしない。
横になった状態で出来るものがあったよな、と思い出しつつ、布団を引き上げる。
そんなスコールに、フリオニールは「着替えた方が良いよな」と、予備の寝間着を渡した。


「飯は食べられそうか?」
「……腹は減ってる」
「はは、昨日は水しか飲んでないもんな」


空腹を感じる、食欲があるのなら十分だと、フリオニールは言った。

着換えを終えたスコールは、ベッドに横になって、布団の中でごそごそと体を動かしてみる。
出来れば立ってやりたかったかが、バッツと言い、フリオニールと言い、まだベッドから抜け出すことは赦してくれそうにない。
肩と背中だけでも解せばマシになるだろう、と寝返りを打った所で、ふと見下ろす紅を見付ける。

スコールを見詰めるフリオニールの表情は柔らかく、ほんのりと甘い。
恋人同士と言う関係になって以来、二人きりの時に彼がそんな顔をするのは珍しくはなかったが、正面からそれを見付けてしまうと、どうしてもスコールは意識してしまう。
見なかったふりをして反対側に寝返りを打つと、今度は其方に戻るのが難しくなった。
猫の伸びのように腕を伸ばして気分を誤魔化していると、項にかかる髪を払う指の感触を感じ取る。


「……良かった。元気になって」


零れたその声は小さくて、ひょっとしたら独り言だったのかも知れない。
けれども、聞こえてしまうと勝手に耳が熱くなって、スコールは胸の内を隠すように蹲る。

温度を確かめるように、フリオニールは何度もスコールの首筋に触れた。
覚えていないが、相当な高熱だったと言うから、昨晩はかなり汗を掻いたのだろう。
後ろ髪の生え際が少し湿っているような感覚があって、そこに髪がまとわりつくのが鬱陶しいのだが、フリオニールが指を滑らせる度、隙間が空いて肌が外気に触れる。
じわじわとしたくすぐったさに首を竦めても、フリオニールはただの身動ぎにしか見えないのか、滑る指は離れなかった。

フリオニールの指は、その背でスコールの首横を撫でて、耳元を掠めた。
とくん、とスコールの胸の内で鼓動が一つ、高鳴る。
そろ、と振り返ってみると、やはり甘くて柔いルビー色が、じっとスコールの顔を見つめていた。


(……あ、)


その目が、色が、ほんのりと熱を持っているのを見付けて、またスコールの鼓動が鳴る。
久しく重ねていない熱の記憶が蘇り、じんじんと体中に広がって行くのが判った。

スコールに熱を呼び覚まさせた当人はと言えば、何処までも優しい表情で見下ろしている。
相当な心配をかけたのだろうと思うと、俄かに申し訳ない気持ちにもなって、目を反らし続けているのも聊かばつが悪くなった。
もう一度寝返りをして、フリオニールと向き合うポーズになると、柔い瞳が愛おしそうに細められる。


「……フリオニール」
「ん?」
「……悪かった」


心配と手間と、恐らく随分とかけたのだろうと詫びれば、フリオニールは眉尻を下げて笑う。
良いよ、と言葉なく告げながら、フリオニールはスコールのまだほんのりと高い体温を確かめるように、何度もその頬を手のひらで撫でた。

新陳代謝が良いのか、フリオニールの体温は、スコールの体温よりも少し高いものだった。
それが今はスコールが微弱ながら発熱している所為だろう、頬を撫でる手が僅かにひんやりと感じられる。
温かい彼の体温が好きなスコールにとっては少々残念だったが、しかし今はこの手の冷たさも心地良い。


「夕飯は消化の良いものにしような」
「……あんたが作るのか」
「うん」
「……そろそろ作り始めないと、間に合わないんじゃないのか?」
「ああ、いや。皆の飯はもう作ってあるんだ。だからこれから作らないといけないのはスコールの分だけだし、そう時間はかからないと思う」
「……」
「スコールは、ちゃんと目が覚めてからじゃないと、食べれる状態かも判らなかったしな。まあ、先に何か作っていても良かったんだけど……」


フリオニールの言葉に、気を遣わせているな、とスコールは眉根を寄せる。
そんなスコールを見て、フリオニールは殊更優しく、火照りぎみの頬を撫で、


「……スコールが起きるまで、俺が此処にいたかったんだ。目が覚めた時、すぐに気付けるようにって」


秩序のメンバーの半数は、傷病人の看病と言うものに慣れている。
科学レベル、医療レベルの差により、知識はそれぞれ分野で差別化されるが、一般的な手法は何処もそう変わらない。
毒の心配があった時にはバッツやセシルに看病を任せるしかなかったが、それも落ち着いたら交代を申し出た。
氷嚢を用意したり、体を拭いてやったりと、フリオニールもその位のことは出来る。
熱に魘されるスコールの様子は見ていて辛いものではあったが、僅かに目を覚ました時など、すぐに求めるものに応じれるようにしたかった。
そうして甲斐甲斐しく看病したお陰で、スコールは無事に山を越えたのである。

そう言えば、時折ふっと意識が浮上した時、フリオニールの声を聴いたような気がする。
熱に魘された頭は、それを夢だと認識していたが、ひょっとしたら、本当に彼の声だったのかも知れない。


(……あまり覚えてないけど)


朧な記憶を、今になって酷く勿体無く思う。
もっとはっきりと覚えていれば、頬に触れる手が酷く大切そうに撫でる理由も、もっと判ったかも知れないのに。

頬から離れようとしない手に、スコールはそうっと自分の手を重ねた。
ぴく、とフリオニールの指が微かに震えたが、構わず柔く捕まえて、掌に唇を宛がう。
微かに舌先を出して、皺のある場所を舐めてやると、


「……スコール」
「……」
「駄目だぞ」


恋人の甘い誘いを、フリオニールはきちんと受け取ったようだ。
その上で、駄目だ、としっかり釘を刺してくれる彼に、スコールは拗ねた顔を浮かべる。


「まだ熱があるんだぞ」
「……平気だ」
「駄目だ。……ちゃんと治ってからにしてくれ。無理させたくない」


フリオニールのその言葉は労わるものであった。
が、スコールはと言うと、そうか無理をさせられるのか、と独り言ちる。
それ位に、フリオニールの方も、スコールの事を求めてくれているのだと思うと、面映ゆい。


「……判った。今日は寝る」
「ああ」
「……それまで、……」
「うん」


スコールが俄かに口を噤んでも、フリオニールはその先をきちんと理解してくれる。
此処にいるよ、と言って、頬に触れた手がまたゆっくりと肌を撫でた。





『フリスコ』のリクエストを頂きまして。
リク下さった方が病み上がりと言う事で、病み上がりでいちゃいちゃするフリスコが浮かんだのです。
治ったら存分に無理させてくれると良いと思います。

[ロクスコ]フローズン・テイスティ

  • 2022/08/08 22:05
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF


馬鹿みたいに暑い日、と言えば一番わかり易いだろう。
ニュースで連日のように報道される、都市部の最高気温と言うものは、日に日に上がり続けていた。
熱中症にご注意を、と言うのが最早締めくくりの言葉として当たり前にもなっていて、ロックはそろそろ聞き飽きた位だ。
そんな日々でも人々の生活は変わらず回り続けているから、どんなに嫌でも、どんなに面倒でも、仕事はしなくてはいけない。
寧ろ、キッチンカーであちこちを回りながらジェラート売りなんて仕事をしていれば、こんなに暑い日々だからこそ売れるもので、書き入れ時と言えばそうだった。
しかし、狭いキッチンカーの中はどんなに冷房を運転させた所でタカが知れている。
あの一畳ほどもない車内で、あくせく働いていれば、外歩きのサラリーマンと同じ位の汗も出る。
それに、確かにこう言う商売をしている人間にとって、暑さは寧ろ客の呼び水にもなるのだが、灼熱のフライパンと化した外界に積極的に出ようと言う者は減るものだから、大盤振る舞いできる程の儲けにはならないのだ。

この数週間、うだる暑さに誰もが辟易し、外出するなら午前中で、と言う風潮が出来上がっていた。
午前は蒸し暑さは残っていても、まだ地面が熱されきっていないので、太陽が昇り切った後よりは活動がし易い。
多くの人はそのつもりで、午前中にやるべき事をやり、暑さが本格化する午後は、空調の効いた屋内で過ごしている。
賢い生き方だ、と今日も蒸し風呂になりつつあるキッチンカーの中で、ロックはそんな事を思う。

今日のキッチンカーは、ショッピングモールの一角を借りていた。
そこは少し広めの公園もあって、快適な季節であれば、昼間は子供を連れた家族、午後から夕方にかけては学校帰りの学生がよく利用する。
しかし、広々とした空間が作られているお陰で、其処には主だった屋根がなく、夏は遊具でさえ焼きゴテのような暑さになってしまう。
木材作りであるものはまだマシだが、金属を塗装したような大型遊具は触れたものではなかった。
この為、当然ながら今日の客足も伸びがなく、ロックはせめて屋根のあるモール内に入れて貰えば良かったと、この夏何度目かの後悔をする。

車内にいると熱がこもって仕方がないので、ロックは束の間にキッチンカーを下りた。
冷凍庫から出して五分ほど経ったスポーツドリンクは、この暑さで短時間のうちに程好く溶けて、表面に沢山の結露が浮いている。
溶けだした分を早々に飲み干し、頭に巻いていたバンダナを解いて汗を拭いていると、


「今日はもう終わりなのか」


聞き慣れた声が聞こえて、振り返ると、蒼灰色の瞳が此方を見ていた。
自然と口元が緩むロックに、蒼は物静かな光を湛えて、じっと返事を待っている。

ロックは口に含んでいた水を飲み干すと、「いいや」と言った。


「車の中が地獄でさ。少し涼んでたんだ」
「……確かに、暑くて狭苦しそうだな」


トラックを改造して作られたキッチンカーを見て、制服姿の蒼い瞳の少年───スコールは言った。
その目が冷え冷えとしたジェラートのショーケースに向けられているのを見て、ロックは解いたばかりのバンダナを巻き直す。


「食うか?」
「……ん」


小さく頷いたスコールに、よしよし、とロックはキッチンカーへ戻る。

スコールが注文をする前に、ロックはアイスカップを一つ取った。
平日で三日に一回の頻度でこのショッピングモールにやって来るジェラート屋に、スコールは必ずやって来る。
最初は友人に連れられてやって来ていたのが、いつの間にか一人でも買いに来るようになって、ロックともぽつりぽつりと会話を交わすようになった。
その際、彼は必ずジェラートを買ってくれるのだが、器にはコーンとカップの内、必ずカップを選んでいる。
友人のように食べるのが早くないとかで、コーンは食べている内に溶け出してしまい、手が汚れるのが嫌なのだとか。

スコールは、車体分高い位置にあるショーケースをじっと見つめ、どれを食べようか選んでいる。
フレーバーは定番のものが8つ、週によって替えているものが2つあって、スコールは大抵、定番のものと変わり種とをダブル仕様にしていた。


「……ショコラとブラッドオレンジ」
「あいよ」


注文を受けて、ロックはショーケースの蓋を開ける。
ヘラで掬い取ったジェラートを、カップに盛り付ければ、二色の三角形が出来上がった。
支払いを済ませ、ほい、と腕を伸ばして差し出すと、スコールはそれを手に取って、早速口を付ける。
ブラッドオレンジの酸味と甘味の効いた、心地良い冷たさに、スコールの眉間の皺がほうっと緩んだ。

他に客もいないし、とロックはまたキッチンカーを降りる。
車体に寄り掛かって水分を補給しながら、立ったままジェラートを食べているスコールを眺め、


「学校はもう夏休みだっけ」
「……ん」
「でも制服ってことは───補習?」
「……」
「お前に限ってそんな訳ないか」


ロックの言葉に、解けたばかりの皺を再度寄らせるスコール。
判り易く不服を見せる少年に、その優秀ぶりを知っているロックは、ははは、と笑って撤回した。


「夏期講習か何かか?」
「……ああ」
「大変だな、学生は」
「……こんな所で客も来ないのに商売してる奴には負ける」
「そりゃどうも。でも客は案外来るんだぜ。まあ、暑いから皆ここまで出て来ないのも確かだけど」


やっぱり来ないんじゃないか、とスコールの目が胡乱に細められる。
全く来ない訳ではないんだから嘘じゃない、とロックは付け足した。

広いショッピングモールを囲う街路樹からは、朝からセミが元気に羽根を震わせている。
たまにキッチンカーの背中にも留まるものだから、その時は煩くて仕方がないのだが、今日は距離があるだけ随分とマシだ。
それより如何ともし難いのはこの暑さで、ロックは佇む少年の肌が赤くなっているのを見て、パラソルでも用意した方が良いかな、と考える。


「スコールの所の学校は、教室に空調はあるのか?」
「ある」
「そりゃ良い。バカみたいに汗掻きながら勉強しなくて済むんだな」
「……教師がクーラーつけて良いって言わないとつけれない」
「あー、そういう決まりがあるのか。でも、この暑さだと流石にOKするだろ?」
「まあ、一応。でも設定温度が高いから、どうなんだか」
「何度?」
「人によるけど、一番高い奴は、30度」
「なんだそりゃ。点けてる意味ないじゃないか。勉強どころじゃないなぁ」
「だから空調のスイッチに近い席の奴が、こっそり下げてる」


それは賢いやり方だ、とロックは笑った。
教師は教師で色々と考えて方針を決めているのだろうが、生徒としては、ただでさえ面倒な勉強に加え、下手な我慢大会の開催は勘弁して欲しいものである。

ショコラとブラッドオレンジのジェラートを、スコールは味を楽しむように交互に食べている。
きちんと味を分けて堪能しているスコールに、何度目の来店だったかの時、「混ぜても良いんだぜ」とロックは言った。
違う味を混ぜて、新しい風味を楽しむのも、ジェラートをダブル・トリプルで食べる時の醍醐味だ。
とは言え、別々に食べて味わうのも勿論良いものなので、ロックはあまり食べ方に口煩くはしたくなかった。

それより、とロックはふと思い出し、


「そうだ。新作を作ってる所なんだけど、ちょっと試しに食べてみてくれないか」
「……新作?」
「ああ。まだ店には出せないんだけど、誰かの意見が欲しくてさ」


ロックは再度キッチンカーに戻ると、キッチン台下の冷凍庫を開ける。
客待ちの間に新作研究をしようと思って、自宅から持って来ていたのだが、この暑さでやる気をなくし、ただただ冷やされていたボウルを取り出す。
其処には濃いピンク色に、所々に粒が入ったジェラートが入っていた。

冷え切って固くなっているジェラートをヘラで程好くなるまで解し、プラスチックスプーンで一掬い。
ほら、とカウンターから腕を伸ばして差し出すと、スコールは持っていたスプーンはカップに差し、ロックの手から試作品を受け取った。
スコールは何の味なのか、警戒するように一口分のジェラートをしげしげと眺めていたが、暑さにゆっくりと溶けだす表面を見て、思い切ってぱくりと口に運ぶ。


「……なんだ、これ」
「どうだ?」
「……少し酸っぱい。なんか、プチプチしてて……?」


フレーバーの正体が判らないからか、スコールの表情は怪訝なものになっていた。
一体何を食べさせられているのかと、早く答えを寄越せと視線を向けられて、ロックは手元のボウルを混ぜながら答える。


「桑の実なんだ。ジャムにして混ぜたんだよ」
「クワの実……」
「一応、ベリー系だな。さっぱりしてるから、夏に良いんじゃないかと思ったんだけど」


どうだ?と訊ねるロックに、スコールは考えて、


「……俺は、そんなに嫌いじゃない」
「おっ。じゃあ、もうちょっと仕上げて、来週あたりに出してみるかな」


ロックの言葉に、スコールの目が分かり易く輝いた。
言葉は酷く少ないのに、存外とお喋りなその瞳に、ロックは噴き出しそうになるのをなんとか堪える。
プライドの高い少年は、周りの大人が思う以上に、地雷が沢山あるのだ。
うっかり怒らせてしまわないようにと、ロックは努めて平静を装いながら、ボウルを冷凍庫へと戻した。

ほんの五分程度、キッチンカーの中にいただけだと言うのに、シャツの中はもう汗を掻いている。
環境柄、致し方のない事とは言え、もう少し涼の取り方を考えないと、いつか倒れてしまいそうだ。
キッチンカーを降りながら、どうしたもんかな、と考えていると、


「……ロック」
「ん?」
「……あんた……いや……」


何かを言いかけ、スコールは口を噤んだ。
もう殆ど食べ終わって空になったアイスカップを片手に、蒼の瞳が居心地悪そうに彷徨う。

どうした、とロックが敢えて訪ねてやると、スコールはまた少し逡巡した後で、


「……大丈夫かと、思っただけだ。……暑いから」
「ああ、心配してくれてたのか」
「…………別に」


そんなつもりじゃない、とスコールはそっぽを向くが、ロックはくつくつと笑みが漏れてしまう。
確かに馬鹿のように暑いから、それ位の心配は、してくれたって罰が当たるものではないだろう。
それでも、余計な世話なのではないかと、悪い方に考えてしまう癖があるのがスコールだ。

ロックは氷の解け切ったスポーツドリンクを飲み切って、空のペットボトルを車体の横に置いたゴミ箱に捨てる。


「今の所は大丈夫。水分も塩分も用意してるし、冷房もつけてるし」
「……そう、か」
「あんまりキツくなったら、ジェラート食って休むさ。売る程あるからな」


ロックの台詞に、そもそも売っているものだろう、とスコールが目を細める。

スコールは空になったアイスカップと、用済みになったブラスチックスプーンを捨てて、背中のスクールバッグを背負い直す。
今から正に太陽が本格的に仕事をする時間になると言うのに、彼はこれから家に帰らなくてはならないのだ。
まずショッピングモールの敷地から出る距離を歩くだけで、ロックはうんざりとしそうなのだが、この少年はそれを熟さなくては家路につけないのである。


「じゃあ、もう帰る」
「うん。こんな暑さだし、送ってやれたら良かったんだけど」
「……店がなくなったら、客が来た時困るだろ」


来ない訳じゃないんだから、と言うスコールに、ご尤も、とロックは眉尻を下げる。

炎天の下、キッチンカーを離れていく背中を見詰めるロック。
本音と言うと、客を多少困らせたって良いから、彼を送って行けたら良いのに、と思う。
そうすればスコールはこんな猛暑の中をフラフラと歩かなくて済むし、何より、もう少し他愛のないお喋りの出来る時間が増える。
寡黙な彼にとっては会話の時間など増えても面倒なだけかも知れないが、ロックにとっては、彼と過ごす時間が細やかな楽しみなのだ。

しかし、少年はどうしてロックがそんなにも世話を焼きたがるのか、恐らく理解していない。
だからロックが送ってやると申し出た所で、店のことは勿論、他人に手間をかけさせることを嫌って断るに違いない。
そう言う事が判る位には、ロックは彼のことを見ているつもりだ。

駐車場を行き交う車の向こうに、仄かな想い人の姿が見えなくなって、ロックは一つ伸びをする。


「うーん……まあ、もうしばらく長い目でって所かな」


多感な時期の少年に、下手な混乱を与えて、疎遠になるのは避けたい。
ロックは気を取り直して、先ずは彼の期待に答える為、新作のブラッシュアップに臨むことにした。





『猛暑日のロクスコ』のリクエストを頂きました。
暑いとアイスとかジェラートとか食べたいよねって言う。

現パロのロックの職業(公式25歳なので基本は社会人と言うイメージだけどサラリーマンとか合わなそう)を悩むのですが、今回は移動販売してる人と言うことにしてみた。
スコールとは、まだ毎日顔を合わせる程じゃないけど、近過ぎないけど程好い距離感で交流している所。
心配してくれる位に自分のことを気にしてくれてるんだなー、と言う細やかな喜びの頃です。
その内ロックの家にスコールが来て、試作品の味見とかするようになるんだと思います。

[ラグスコ]境界の向こう側

  • 2022/08/08 22:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF


行ってらっしゃい、と送り出す幼馴染達は、いつもどんな気持ちでいるのだろう。
穏やかな表情を浮かべる其処に、一体何が隠れているのか、或いは言葉通り、それ以上のものはないのか、スコールには判らない。
だが、恐らくは、其処に後ろ昏い感情などなく、どうにも向き合い方が判らずに戸惑っている幼馴染を、応援する気持ちで背を押しているのだろう。
だから、本当はもっと違う事を思っているんじゃないか、等と考えてしまうのは、スコールの後ろめたさから来る思い込みに過ぎない。

バラムガーデンからエスタへの道程は、魔女戦争の後に譲渡されたラグナロクを使えばあっと言う間だと言う事は判っている。
だが、ラグナロクは人手不足に悩むSeeDにとって、迅速かつ貴重な足だ。
それを休みの日に、完全なプライベートに使うと言うのは、例え指揮官権限などと言うものが赦すとしても、スコール自身が良しとする気になれなかった。
だから、時間も手間も、移動料金も嵩張るものだと判っていても、スコールはエスタへ行く手段を、公共交通に限っているのだ。

とは言え、嘗ての時代のように、大陸横断鉄道で何時間も電車に揺られなくてはならない、と言う事はなくなった。
F.H.の駅長の協力により、まずバラムの街の港から、F.H.が航路で結ばれた。
其処からは十七年ぶりにエスタ大陸へと延びる電車が動き出し───それまでに線路の整備の為に、エスタ大統領とF.H.の人々が随分と努力したそうだ───、これに乗って外国人はエスタ市街へと入ることが出来る。
エスタ同様、長年こちらも鎖国同然の状態であったF.H.であるが、魔女戦争の経緯の中で、バラムガーデンと縁が出来たお陰で、かの島との繋がりを頷いてくれた。
だが、軍との衝突も起きたガルバディアに関しては、まだ受け入れるとは言い難く、現状では航路が繋がっているのはバラム島だけだ。
エスタはガルバディア大陸からの旅行客用に飛空艇も建設中との事だが、直近の魔女戦争ではガルバディア軍が魔女の尖兵として行動していた事もあり、飛空艇が完成しても運用開始は直ぐとはいかないだろうとか。

バラムの港で船に乗り、F.H.まで二時間と少し。
そこから、以前は廃材置き場同然になっていた駅に向かい、嘗てスコールが歩いた橋を電車で渡る。
エスタ大陸に入ったら、電車を降りて、引継ぎ乗り換えとなるリニアカーに乗って、しばらく走ると都市入りだ。
来る度に旅行者らしい姿が増えているのを見て、開国後の様子としては順調なのかも、と言う空気を感じ取る。
となれば彼は忙しい筈だが、「今日の午後からなら大丈夫だから」と言うものだから、スコールはこうして遠い地までやって来ることになった。

都市に入ってリニアカーを降りたら、リフターに乗り、目的地へ。
その途中に正午を迎えたので、ショッピングモールで昼食をテイクアウトして置いた。
ひょっとしたら必要ないかも知れないが、一応、と言う気持ちで、同じメニューを二人前にして買う。
……これで少なくとも、多少の時間を潰す格好は取れるだろう。

途中降りしたリフターに改めて乗り、あとは一路、目的地へ。
三十分としない内にリフターは最寄のポイントに到着し、スコールは真っ直ぐに其処へ───大統領官邸へと向かった。

スコールが大統領官邸を訪れるのは、多い時には月に四回ほどあるのだが、その殆どは仕事の為だ。
SeeDとして、大統領の警護を始めとし、魔物退治に関しても、エスタ国軍が持っているその詳細を確かめる過程で、ミーティングの場所として官邸の一部屋を借りる事もある。
だから大統領官邸で日々過ごす職員たちにとは、すっかり顔見知り状態で、


「いらっしゃい、スコールさん」
「……どうも」
「大統領は奥におられます。キロス執政官たちが出て来られていなければ、まだ執務中かと」
「…そうですか。じゃあ、客間で待ってます」


と、こんなやり取りも気安いものであった。

大統領官邸と言う、仮にも一国の中枢だと言うのに、スコールはほぼ顔パスで行動できる。
会議によく使う場所や、客間はおろか、奥から話が届いていれば、トップの執務室にさえ自由に出入り可能であった。
流石にそれを堂々とやる程スコールも無遠慮ではなかったが、色々と話が進みやすいのは確かで、仕事中はそれに感謝する事も多い。
……ただ、今日のように完全なプライベートで来た時は、どうしても苦いものが奥底に滲むのを誤魔化せなかった。

客間で待つことしばし────一時間にはならなかった頃に、キロスとウォードがやって来た。


「待たせてしまったね。ラグナの手が空いたよ」
「はい」
「奥に行くかい?」
「……じゃあ、そうします」
「ああ。では、私たちはこれで失礼するよ。ついでに少し人払いもして置こうか」


キロスの言葉に、ウォードがそうしよう、と頷いた。
別にそこまでしなくて良いのに、とスコールは思うが、彼らのこの言葉は純然な厚意だ。

スコールが沈黙している間に、「それじゃあ」と言って二人は客間を出て行った。
それから一拍置いて、スコールはテーブルに置いていた昼食の入った紙袋を持って、客間を後にする。
キロスが言った通り、人払いの指示を受けてだろう、一方向に流れて行く人々とは逆の方へ、スコールは一人歩いて行く。
擦れ違いざま、「ごゆっくりどうぞ」と声をかけてくれる職員たちに会釈をして、スコールは官邸の奥へと向かった。

このエスタと言う国の心臓部とも言える、大統領執務室の部屋の周りは、それは静かなものだった。
豪奢と言う訳ではないが、やはり少々細工の請った装飾が成された扉をノックすると、「どーぞー」と少々間延びした声。
疲れているな、と思いながら、スコールがドアを開ければ、


「おう、いらっしゃい」
「……邪魔する」


来訪者を迎えたラグナは、丁度執務机から席を立った所だった。

椅子から離れると、ラグナはぐぐぐ、と腕を頭上に伸ばして背筋の固まりを解す。
やっぱ凝ってるなあ、と肩を揉みながら呟く彼を横目に、スコールは部屋の端にある来客用のソファに座った。
前にあるローテーブルに紙袋を置くと、その音にラグナが此方を見て、


「お、昼飯?」
「……ショッピングモールで買って来たサンドイッチ」
「俺の分、ある?」
「一応」


さんきゅ、と言って、ラグナはスコールと向かい合う位置に座った。

厚みのある具の入ったサンドイッチが三つと、フライドポテトに、ミニサラダ───それが2セット。
セットとなっていたそれらに、飲み物を追加することも出来たのだが、こうして食べ始めるまでの時間が読めなかった事もあって、スコールは買っていなかった。
それを見たラグナが、


「コーヒーにすっか」
「……なんでも良い」


席を立って、部屋の奥にあるミニキッチンに向かう。
その背を見詰めながら、スコールはフライドポテトを一つ、口へと運んだ。

湯が沸くのを待ちながら、コーヒーミルを回しているラグナを見る。
草臥れ気味のワイシャツの裾が、半分ズボンから出ているのを見付けて、相変わらずだと思う。
その無防備で自然体な背中は、スコールにとって見慣れたものだったが、いつしかその背が随分と遠く感じるようになった。


(……いや)


違う、とスコールは独り言ちる。
彼が遠くなったのは確かだが、それ以上に、こうなる前が”近過ぎた”のだ。

魔女戦争を終えた後、スコールとラグナは少しずつ交流を重ねるようになった。
始めはSeeDとエスタ大統領として、警護依頼を引き受ける内に、その指名がスコールに偏るようになった。
依頼料が破格であるから、ガーデン側としてもこれを引き受けない手はなく、都合がつく限りはスコールが派遣されるようになる。
終日警護と言う依頼であるから、共に過ごす時間も長く、ラグナのフランクさにスコールも徐々に慣れ、束の間の雑談も交わすようになった。
それからプライベートで通信を繋げるようになり、スコールが休暇の時には、エスタに招かれるようになる。
ラグナが私邸として使っている家に泊まる事もあって、其処にはスコール専用の部屋まで整えられていた。
一国の大統領が、一介の傭兵にするには、あまりにも手厚すぎる待遇だろう。
だが、ラグナがそんなにもスコールを贔屓させるに当たって、誰が聞いても、驚きはすれども、それならば仕方ない、と言う理由がある。

スコールは、あの日あの時、真っ直ぐに告げられた言葉を思い出す。


『俺達、親子なんだ』


……十七年も放っておいて、今更だ。
記憶に欠片どころか、そんな存在がある可能性なんて思いもしていなかったからスコールにとって、本当に今更の話だった。
だからスコールも、重ねられる交流の中、それを取り巻く一部の人々の反応を見て、その可能性は感じ取りながらも、その事実を確かめようとはしなかった。
周りがそれをどんなに匂わせようと、情報の断片を此方に押し付けてこようと、スコールにとっては今更触れるような話ではなかったし────正直に言えば、意図的に触れまいともしていた。
そうして、“赤の他人”同様から始まった距離感は、いつのまにか酷く密なものになっていた。
人との繋がりを拒否し続け、ようやくその温もりと言うものを受け止められるようになったスコールにとって、彼との近付く距離感は、心地良くも熱を持とうとしていた。

けれど、ラグナの方が口火を切った。
その場には、スコールだけではなく、彼の旧友もいて、あれは恐らく見守られていたのだろうと思う。
これから始まる“父と子”が、少しでも上手く行くように、或いは旧友が新しい一歩を踏み出すのを背を押す為に。
そして、他人の目にその様子を見せる事で、それを選ぶ道に彼自身が退路を断つ為に。

────こぽこぽこぽ、とインスタントコーヒーが注がれる音が聞こえた。
スコールは、カリ、と端の固い食感のポテトに眉根を寄せる。


(……俺の気持ち、知ってた癖に)


歯に力を入れただけで、ポテトは口の中でぽきりと折れた。
あとは顎を動かせば簡単にさくさくと千切れて行き、飲み込んでしまう事が出来る。

このポテトと同じように、あの時突き刺さった決意の痛みも、折ってしまえたら良かった。
色違いで揃えた二つのマグカップにを持って来るラグナを見ながら、そんな事を思う。


「ほい、こっちがお前。ミルクと砂糖も入れといたぞ」
「……ん」


薄茶色の色をした液体を受け取って、口の中へと持って行けば、確かにスコールの好みに調整されている。

始めはブラックコーヒーだったそれが、いつだったかスコールが「本当は苦手なんだ」と言ってから、この部屋に砂糖とミルクが常備されるようになった。
淹れ立てのコーヒーと、揃えて出していたのはいつまでだったか。
いつの間にかラグナは、スコールの好みをしっかりと覚え、手渡す前にそれらを入れてくれるようになった。
そんな些細なことを、多分、何度も繰り返している内に、二人の距離は近付いて行ったのだ。

けれど、ラグナが口火を切ったあの日から、その距離は縮まらなくなった。
目に見えない、けれど判る線引きが、はっきりと引かれたのを、スコールは感じている。


(……大人なんて、ずるい生き物だ。そんなこと、知ってたのに)


ラグナが引いた線を、スコールは一足飛びに越えられなかった。

ただ一方的に、勝手に引かれたものなら、勢い任せで飛べたのかも知れない。
けれど、あの時後ろに旧友達がいた事と、向き合う翠がどこまでも真っ直ぐだったから、スコールはそれを無視できなかった。
金縛りにあったように停止したスコールを、ラグナは“父”として見詰めていた。
そのつい前の日まで、何処か熱のこもった瞳で此方をじっと見ていた癖に。

あの日、ラグナはこうも言った。


『今更だし、お前も十分大きいし。言えば困らせるだろうなとは思ったんだ。だけど、やっぱり言っておかなくちゃって』
『お前は傭兵ってのをやってて、危ないこともよくやるし。うちもこれから頼むだろうし。俺もまあ、まだじいさんになったつもりはないけど、歳は歳だ。こんな立場になっちまってっから、これから色々あるだろうし』
『だから、万が一ってことが起きちまう前に、ちゃんとはっきりさせておこうと思ったんだ』
『それが、俺がきちんとするべき事だろうって』


……そんな話をするだけなら、二人きりですれば良いだろう、と思った。
どうして見守るようにキロスとウォードを傍に置いて、見届け人にさせたのか。

スコールとラグナの交流は、時間にすれば酷く短いものだったが、いつの間にかとても深いものになっていた。
それはラグナのお喋りを始めとした努力の甲斐であるが、同時に、スコールからラグナへ向けた感情も大きな要因となっている。
スコール自身が彼を許容し、受け止め、その懐に入れることをしていなければ、そんな話をする機会もなかった筈だ。

だからきっと、ラグナは判っていた。
話を聞いたスコールが、どんな反応をするかも予想していて、それを封じる為に旧友たちを呼んだ。
他人の目がある所なら、スコールが絶対に引いた線を越えなようとはしないだろう、と。


(俺の気持ちを知って置いて。……違う、知っているから、だからあんな)


あの日の会話ではっきりとされた事柄は、次にエスタに来た時には、もう近しい人達の下に広まっていた。
お陰でスコールから何か言う事はなかったし、色々と都合が付き易くなった利点も多い。
露骨な贔屓に、どうなんだと思わないでもなかったが、それに反発するには、既に外堀が綺麗に整地されていた。

好みの味にしてあるのに、妙に苦い感覚のあるコーヒーを飲みながら、スコールは黙々とサンドイッチを食べて良く。
向かい合って座るラグナは、相変わらず、どうでも良い話を次から次へと綴っていた。


「それで、逃げた犬を捕まえてくれって頼まれて。これがまた元気なヤツでさ」
「……捕まえられたのか」
「最終的にはな。捕まえた時には、噛むような子じゃなかったから、大人しく飼い主の所に戻ってくれたけど、それまでが大変でさ。もう周り巻き込んで大騒ぎ。久しぶりに走り回ったよ。そしたら、次の日には足がパンパンでさぁ」


まるで人に喋らせるつもりがないその会話方法は、時々、此方の反論の類を封殺しようとしているのではないかと思う。
けれど実際の所は、緊張から来るものと、足が攣りそうになるのを堪えているだけだ。

親子であるとはっきりと告げられたあの日から、ラグナのお喋りは一層増えた。
その中身はどれもこれもが他愛のないもので、何気ない雑談以上のものにはならない。
そしてスコールからも、ごく稀にどうでも良い話をする以外は、特別なことは起きなかった。

どうでも良いラグナの話を、聞き流すように聞きながら、スコールの脳裏にあの日の声が蘇る。


『俺達、親子なんだよ』
《だから、それ以上にはならないよ》


口にされた言葉の裏側にあるものこそを、スコールは聞き取った。

あの言葉が、ただ倫理や常識を盾にしたものだったなら良かった。
そう言うものはスコールにとって簡単に無視できるものではなかったが、絶対に守らなければならないものでもない。
単なる子供の我儘だと判っていても、そうするだけの感情が、スコールにはあった。

だが、あの時真っ直ぐに見詰める翠の瞳には、それ以上の感情があった。
この言葉は、決断は、何よりもスコール自身を守る為のものなのだと、逸らされる事のない双眸が告げていた。
愛しいからこそ・・・・・・・突き放すのだと、そしてそれをスコールが読み取れる事を信じて、彼はあの言葉を放ったのだ。


(……馬鹿、って言えたら、良かったのにな)


その一言を、スコールは言えなかった。
人目があったからでもあるし、自分の感情ごと、翠に飲み込まれた気がしたからでもある。

だが何よりも、愛されていたかったのだ。
お前は愛しい存在だからと、言葉なくそう告げられる場所を失いたくなかった。
だからスコールは、暴れ出したくなる心を殺し、この感情は誰にも告げず、墓に持って行く事を決めた。
彼が絶対にその線を越えないと言うのなら、スコールもそれに殉じるしかない。


「昼飯食ったら、どうしようか。ショッピングモール、しばらく行ってないから、ちょっと行きたいんだ」
「……別に、俺は何でも良い」


素っ気なく返すスコールに、そっかそっか、とラグナは言った。
それじゃああそこに行って、次はあそこに行って、と独り言で予定を立てるラグナに、スコールは頭の中で効率的なルートを探すのだった。





『ラグスコで、両片思いで互いの気持ちに気付いていながらも、親子でいることを選んだ二人』のリクエストを頂きました。
絶対に一線を越えない二人とのことで、緊張感とシンパシーだけ共有してる感じ。

ラグナはラグナで悩んだし、スコールからの気持ちに甘える狡さもあったけど、それじゃ駄目だと思った訳ですね。
親子である事は勿論、何処かにでもすっぱ抜かれれば、どっちもが致命的な事になり得る。
自分はともかくスコールの将来を潰すのは絶対に避けたかったし、同時にスコールを自分一人に執着させるのも良くないんじゃないか、とか。
ちょっと詳しく深堀してみたい。

[ウォルスコ]小さな約束

  • 2022/08/08 21:55
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF


ウォーリアが学校帰りに立ち寄るスーパーは、その周辺で暮らす人々にとって、生活の要的存在であった。
最寄であること、生鮮食品は勿論のこと、二階フロアには生活雑貨と被服も少し扱っており、ちょっとした買い物なら此処で一通り済ませる事が出来る。
その為、其処で買い物をしていると、近所住まいの人々とばったり会う、と言う事も少なくなかった。

今日もウォーリアはそのスーパーで夕飯を買う為に訪れて、知り合いと偶然の邂逅を果たす。
が、その“知り合い”が一人で買い物をしていると言うのは、初めて見る光景だった。


「スコール」
「あ、ウォルお兄ちゃん」


ウォーリアが声をかけたのは、小学一年生の男の子だ。
男の子───スコールは、ブレザー姿のウォーリアを見付けると、ぱぁっと明るい表情を浮かべた。
その手には小さな体には少々嵩張るであろう、このスーパーの買い物カゴを持っている。

ウォーリアは辺りを見回して、スコールといつも一緒にいる筈の母親の姿を探した。
しかし、先ず遠く離れる事はしないだろう───何せスコールの方がいつも離れないから───母親らしき人は、何処を見回しても見付からない。


「親御さんはどうした?一人なのか?」
「うん」


母か、或いは父か、どちらかと一緒にいるとばかり思っていたウォーリアに、スコールは思いも寄らない返事をした。
一人で此処に来たのか、と普段は両親の陰に隠れるようにくっついている姿を見ているだけに、ウォーリアは驚きも一入に目を丸くする。

ウォーリアが驚いていることは判ったが、その理由は判らないのだろう、スコールはきょとんと首を傾げる。
そのタイミングで、揺れたカゴの中でポリ袋に入ったジャガイモがころりと転がった。
転がる野菜の振動が伝わって、スコールはカゴを落とさないようにと持ち直し、


「あのね、お使いなの。お母さんに頼まれたんだよ」
「ああ───そうか。それは、偉いな」


説明するスコールの表情は、いつになく爛々として興奮気味だ。
恐らくは初めての一人きりでのお使いに、緊張もありつつも、頑張ろうとやる気になっているのだろう。

お使いメモもあるんだよ、とカゴを持つ手に一緒にしていた小さなメモ帳を見せるスコール。
見せて貰うと、確かに彼の母親のものであろう、すっきりとした綺麗な字で、必要な食材の名前が書いてある。
スコールはメモの上から順番に品物を探しているようで、次はニンジンを探さなくちゃ、と歩き出す。
ウォーリアは自分の買い物カゴを取ると、幼子の背中をゆっくりと追って行った。

ニンジン、トマトをカゴに入れたスコールは、次に豚肉のコーナーに向かう。
部位と切り方で沢山の種類がある豚肉パックを見て、ええと、ええと、とスコールはきょろきょろと棚を見回している。
どれを買えば良いのか判らない様子に、ウォーリアは隣に屈んで、


「スコール。メモには、何と書いてある?」
「えっと……ぶたにくのきりおとし、だって」
「では、これだな」


商品の詳細はバーコードつきでシールが貼られているが、まだスコールには読めない漢字だ。
代わりにウォーリアが商品を見付け、目当ての物を手に取り、スコールに渡す。

恐らく、買い物を頼んだ母としては、判らないことは店員に───と言う思惑も少しばかりあったのだろう。
人見知りが激しいスコールにとっては高いハードルではあるが、だからこそ一つ乗り越えて欲しい、とも。
それを思うと、ウォーリアの助け舟は少々余計なお世話かも知れないとは思ったが、偶然会ったのだから此処は目を瞑って貰おう。
そんな事を思ってしまう位には、ウォーリアはこの子供の事を気にかけていた。

スコールがパンコーナーで選んでいる間に、ウォーリアは傍にある総菜の棚から、夕食にするものを選んだ。
其処からスコールの下に戻るついでに、牛乳パックも取って置く。

スコールがメモにあるものを一通り手に入れられたのを確認して、二人は揃ってレジへ向かった。
スコールが先に会計を済ませ、ウォーリアは彼の支払いが終わるのをじっくりと待つ。
小銭を落としたスコールが焦るのを宥めつつ、拾うのを手伝って、なんとか無事にスコールの買い物は終わった。
袋詰めをしているスコールを横目に見守りつつ、ウォーリアも自身の買い物を済ませる。

最低限のものだけを買ったウォーリアに比べ、スコールの買い物袋は大きく膨らんでいた。


「大丈夫か、スコール。随分と重そうだ」
「だいじょうぶ!」


辛いのならば代わりに、と申し出ようとしたウォーリアだったが、スコールはきっぱりと言った。
うんしょ、と両手で袋を抱える様子は重みを感じさせるものだが、小さな子供は最後まで頑張ろうとしている。
これを取り上げるのは水を差す事になるだろうと、ウォーリアも出しかけた手を引き上げさせた。

重い荷物を持っているので、子供の足も自然と重くなる。
ウォーリアはその歩調に合わせ、ゆっくりとした帰路を歩いていた。


「一人でお使いが出来るとは、スコールは偉いな」
「えへへ」


ウォーリアの言葉に、スコールは頬を赤くしながら、嬉しそうに笑う。
いつも母の後ろをついて歩いている子供にとって、一人きりでの買い物は、きっと不安もあったに違いない。
だが、今のスコールは、それをやり遂げたと言う満足感と自信に満ち溢れていた。

スコールは抱えた袋を落とさないように持ち直しながら、高い位置にあるウォーリアを見上げて言った。


「お兄ちゃんもすごいね。毎日一人でお買い物してるんでしょ?」
「ああ」


ウォーリアは高校生であるが、一人暮らしをしている。
元々、身寄りのない孤児であったウォーリアは、今のスコールと同じ年の頃に養母に引き取られ、それからは彼女の下で育てられた。
そして高校生一年生になる時、受かった高校への毎日の通学路のことを考えて、一人暮らしを提案したのだ。
養母は心配もしていたが、貴方ならきっと大丈夫でしょう、と送り出してくれた。
その信頼を裏切らない為にも、ウォーリアは日々の生活を恙なく、無理なく、勉学と共に両立させる事を目標としている。

スコールとウォーリアが出逢ったのは、ウォーリアが独り暮らしに選んだアパートが、彼の家と近かった事が理由だ。
ウォーリアのアパートと、スコールの家とは、道を挟んで向かい合う位置に建っている。
ゴミステーションも共有の場所で、最寄スーパーも勿論同じであるから、折々に顔を合わせる機会に恵まれた。
そうして些細な交流を重ねる内に、人見知りが激しいスコールもウォーリアに対してすっかり慣れ、顔を見ると「ウォルお兄ちゃん」と呼んで駆け寄ってくれる程に懐いてくれた。

このような環境であるから、スコールもウォーリアが独り暮らしである事を知っている。
それがスコールにとって、ウォーリアへの憧れを強めるものとなっていた。


「お兄ちゃん、お買い物するのも、おうちにいるのも、一人なんでしょ」
「そうなるな」
「お休みなさいするのも、一人なんだよね」
「ああ」


ウォーリアの下に、同居人の類はいない。
アパートに住む際の規約もそれに殉じるものであったし、あの手狭な広さでは、二人でも中々窮屈になるに違いない。

だが、スコールにとって部屋の広さと言うものは問題ではなく、“一人”でいる事が先ず考えられないことだった。


「すごいなぁ……ウォルお兄ちゃん、おとななんだ」
「……大人、とは?」


年齢で言えばまだ成人もしていないウォーリアにとって、スコールの言葉は少し不思議なものだった。
どういう意味かと訊ねてみると、スコールは拗ねるようにも見える表情で唇を尖らせ、


「だって、おとなは一人でも寂しくないんでしょ?」
「それは────どうだろうか。確かに、私は寂しいとはあまり感じたことはないが……」
「やっぱりおとななんだ。僕、一人でご飯食べるの、おいしくないからイヤだもん」


お父さんとお母さんと一緒が良い、と呟くスコールに、ウォーリアは子供らしいと小さく笑みを漏らす。


「それにね、僕ね……一人でおやすみなさいできないの」
「そうなのか」
「うん……オバケが来たらどうしようって思ったら、こわくって。サイファーは、そんなのいるわけないって言うけど、でも……もしかしたら、いるかも知れないでしょ」


スコールがそう考える原点は何なのか、ウォーリアにはよく判らない。
だが、夏の心霊番組だとか、子供向けアニメでもオバケを取り上げる事はあるし、感受性豊かな子供の想像の始まりは、きっと何処にでもあるのだろう。
それをきっぱり否定する友達───よく名前を聞くので、恐らく友達───への羨ましさはあるものの、それも根拠のないものであるから、若しかしたら、をスコールはついつい考えて怖くなってしまう。

スコールの片手が買い物袋から離れて、ウォーリアの手に重なる。
オバケへの恐怖心を思い出したのか、きゅうと縋るように握る手を、ウォーリアはやんわりと握り返してやった。


「……サイファーがね。僕もいつかは一人で寝なきゃいけないんだぞって言うの。おとなは一人で暮らせるようにならなきゃいけないんだからって。それでね、サイファーはね、もう一人でおやすみなさいできるんだって」
「そうか。それは、強い子だな」
「……んぅ……」


よくは知らないが、それでもスコールと同じ年頃で、もう一人寝が出来るのなら、大したものだ。
そんな素直な気持ちをウォーリアが口にすれば、スコールはまた唇を尖らせた。


「……ウォルお兄ちゃん」
「なんだ?」
「……ウォルお兄ちゃんも、僕も一人で寝れるようにならないと、ダメって思う?」


スコールの問いに、ウォーリアはしばし考える。
自立心を養うと言う意味では、確かに一人寝が出来るかは重要な事であるし、いつまでも親に寄り添って貰っていなくてはいけない、と言う訳にもいかないだろう。
しかし、見上げる蒼灰色の瞳は、信頼できる大人からの寄り添いを待っているように見えた。

スコールは賢い子供で、幼いなりに周りのことがよく見えている。
父母に対しては目一杯に甘えているが、それでも空気を読んでいるようで、いつでも我儘を言うことはなく、タイミングを測っているように見える事も少なくなかった。
だから恐らく、周りの大人が“本当は何を思っているのか”をスコールは感じ取っている。
けれど、それでも今はまだ甘えたいと言う子供らしい気持ちもあって、信頼できる”おとな”からの反応を願っているのだろう。


「確かに、一人で眠れるようになるのは大事なことだろう。大人になると、そう言う事も増える筈だから」
「やっぱり……?」


ウォーリアの言葉に、蒼の瞳が不安そうに揺れる。
今はまだできない一人寝に、どうしても不安が募る様子の幼子に、ウォーリアは出来るだけ安心させられるように努めて続けた。


「だが、大人でも一人で眠るのが苦手だという人はいる」
「……そうなの?」


驚いた表情で尋ねるスコールに、ウォーリアは頷いた。

実際にそうった人がウォーリアの身近にいるではなかったが、それは今は問題ではない。
早く一人で眠れるようにならないと、と焦っている子供を安心させてやるのが大切なのだ。

スコールはぱちぱちと瞬きを繰り返した後、また俯いて、もじもじとしながら言った。


「じゃあ、僕、一人でおやすみなさいできなくても、大丈夫……?」
「ああ」
「でも、一人暮らし、できるようにならないとでしょ?お父さんとお母さんがいなくても、平気にって」


それなら一人で眠れるようにならないと、とスコールは言った。
其処には、一人暮らしをしているウォーリアのような“おとな”に対する憧れが混じっている。
不安が多くて今は出来なくても、いつかは───と願う気持ちは、スコール自身にもあるのだ。

ふむ、とウォーリアはしばし考え、


「では、スコールがもしも親御さんのもとを離れる時が来たら……その時、まだ一人で眠るのが怖いようなら、私と一緒に暮らしてみるのはどうだろう」
「え?ウォルお兄ちゃんと?」


ウォーリアの提案に、スコールは真ん丸な目を大きく開いた。
そんなこと良いの、と確かめるように見上げる少年に、ウォーリアは頷いてやる。


「親御さんから離れる時、誰もがすぐに一人きりから始める訳ではない。誰かと一緒に暮らす所から始める人もいる」
「誰かと一緒?……お兄ちゃんと一緒でも良いの?」
「ああ。勿論、君のお父さんとお母さんと、スコール、君自身が良いと言ってくれるなら」
「そんなの、全然、良いもん!」


駄目なんて言わない、とスコールは大きな声で言った。
よく知っているウォーリアの下なら、きっと両親も駄目だなんて言わない、と心からの確信を持って。


「でも、良いの?ウォルお兄ちゃんは、一人でおやすみできるんでしょ?」
「そうだな。だが、時には誰かと一緒に過ごしたい、と思う事もある。その時、スコールがいてくれたら、私は嬉しい」


その言葉を聞いて、スコールはぱちぱちと瞬きをした後、ふわぁ、と笑った。
ふくふくとした頬を赤らめ、照れたように頭を揺らす様子に、ウォーリアもくすりと唇が緩む。


「えへへ。じゃあ、お兄ちゃんと一緒に暮らすようになったら、僕が毎日ご飯作ってあげるね」
「スコールの手料理か」
「うん。僕ね、お母さんがご飯作るの、お手伝いしてるんだよ。お野菜、きれいに洗ってるんだ。ジャガイモの皮むきもできるよ」
「それは頼もしい」


一緒に暮らせるようになるのが楽しみだと、そう言ってやれば、スコールも大きく頷いた。

今はスコールが6歳、ウォーリアが高校生だ。
若しもスコールが早い独り立ちとして、高校生になる頃に親元を離れるとしても、その時にはウォーリアは社会人として暮らしているだろう。
となれば、日々の諸費用はウォーリアが工面する事になる。
その傍ら、スコールが食事作りを担当してくれるとなれば、その食卓は一人暮らしの今とは違う、温もりのあるものになるのではないだろうか。

とは言え、スコールが親元を離れるなんてことは、まだまだ先の話に違いない。
彼が高校生になる頃には、一人寝も慣れているだろうし、ウォーリアと交わしたこんな会話も、果たして覚えているかどうか。
忘れられていても無理はなく、そもそも、今はこうして繋いでいる手も、次第にもっと身近な友人のことを優先するようになるだろう。


(だが、今は────)


いつか離れるのだとしても、今はこうして、小さな手を握っていたい。
嬉しそうに何度も握り返してくる手の感触を記憶しながら、ウォーリアは家路をゆっくりと歩くのだった。

────それから十年の後、その遣り取りが現実になる日が来るとは、この時のウォーリアが知る由もない。





『学生WoLと子スコのほっこり』のリクエストを頂きました。

知らず知らずに未来の約束をしていくWoLと子スコです。
年齢が離れているので、WoL自身はこの時点では親戚の子供を相手にしている気持ちだと思う。スコールの方が憧れ多めでWoLのことが大好き。
成長して行くに従って、スコールは素直な気持ちを表面い出せなくなるけど、心の底に子供の頃にWoLと話したことを覚えていて、結構それを頼りにして行くんだと思います。そして同棲に至る。

[8親子]あめふり、かみなり、あまやどり

  • 2022/08/08 21:50
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF


今日はお買い物よろしくね、と母から財布を渡されて、スコールはわくわくどきどきと言った様子だった。

長男のレオンは、母レインに代わって買い物を任されている事が多い。
中学生と言う年齢もあって、元々のしっかり者ぶりも板について、母と共に買い出しの手伝いに行くことは勿論、学校帰りに急ぎの買い物を頼まれることも少なくなかった。
そう言う経験値を積んでいるので、父母から見ても、長男になら心配なく任せられる、と言う安心感が大きかった。

真ん中のエルオーネはと言うと、そろそろ小学五年生で、レオンの手伝いとして買い物に着いて行く事も増えている。
その際、ちょっとしたご褒美をねだる辺りは、兄とは別の意味でしっかり者と言うべきか。
年下達に甘い兄は、仕方ないなと苦笑しつつ、お菓子を一つだけ、ご褒美として買い与えていた。
とは言え毎回のことではなくて、この間は買っただろう、とか、帰ったらおやつがあるよ、とか、諫めることも忘れないようにしている。
また、レオンの授業が遅くなり、彼の帰宅が遅い時には、兄に代わって母との買い物に行く事も少なくないから、彼女もそこそこの経験値を積んでいると言って良いだろう。
友達と一緒に外で遊ぶことも多く、握り締めたお小遣いでジュースを買う事もあるので、買い物と言う行為そのものは慣れている方だ。

さて、末っ子のスコールだが、彼は小学生になったばかりである。
幼稚園の頃から、母の買い物に着いて行く事は儘あったが、大抵は母について歩くばかりだ。
兄や姉が一緒なら、手を引かれて目当ての品を探しに行ったり、お菓子を取りに行ったりもするのだが、基本的に彼は一人で行動することを嫌がる。
彼が行動するには、安心できる人が一緒にいる事が大前提となっているのだ。

今日は、そんなスコールをリーダーに、子供たちだけで買い物にチャレンジする事になった。

リーダーにするなら、長男のレオンが一番安心できる所なのだが、何故だか母は其処に末っ子を指名した。
なんでスコールなんだろう、と姉は首をかしげていたが、レオンはなんとなく感じ取る。
母なりに、スコールにもう一歩、自力で前に進む力を身に着けて欲しいのだ。
どうしても家族の陰に隠れてしまい勝ちな末っ子だが、時には自分で物事を決めたり、誰かを引っ張って行く事も必要になる。
また、自分の力で遣り切る事が出来た、と言う成功体験を積ませる為にも、彼自身が色々なことを考えて決める事ができるようにと、“リーダー”と言う役割を与えたのではないだろうか。

かくして母の願いが甘えん坊の末っ子に届いたかは判らないが、彼は戸惑いつつも、今日の買い物をしっかりとやり遂げた。
其処には、一緒に買い物に出かけた兄姉の献身的なサポートがあった事も忘れてはならない。
いつも母の後ろをついて歩くばかりだったスコールに、手を繋ぎながら、向かうスーパーがどこの道を通れば行けるのか、到着してからも目当ての商品は何処の棚にあるのかなど、スコールにさり気無く促す。
あっちだよ、と引っ張っていくのは簡単な事だったが、今回のリーダーはスコールなのだ。
スコールが何処に行くのか、いつも歩いていた道はどんな景色だったかを思い出しながら、自分で決めて進むのが大事だった。
当然、買い物はそこそこの時間がかかったが、それでもスコールは無事に買い物メモに記された全ての品を集める事が出来た。

そして最後の関門であるレジに向かい、レオンが持っていた買い物カゴをカウンターに置く。
ピ、ピ、ピ、とバーコードの読み込みが進む中、スコールは背負っていたリュックサックから、母から預かった財布を取り出していた。


「───1549円です」
「えっと、えぇっと……」


スコールは財布を開けて、千円札を一枚取り出した。
これだけでは足りない筈だから、小銭入れを開けて、小さな手でコインを探る。


「ごひゃくえん、と、えっと……」
「スコール、あと50円でも良いんだよ」
「じゃあ……んと、んしょ、」


エルオーネのアドバイスを受けて、スコールは500円玉を一枚、50円玉を一枚取り出す。
高い位置にあるトレイにスコールは背が届かなかったので、レオンが受け取って其処に置いた。
レジカウンターの女性が、お釣りの1円とレシートを持って、スコールと目を合わせる。


「お釣りとレシートのお返しです。ありがとうね」


差し出されたそれを、スコールは頬を赤くしながら受け取った。
いつも母がしていた事が、自分にもできた、と言うのが嬉しかったのだろう。

支払いの終わった商品を、3つの買い物袋に分けて、それぞれが持つ。
重い物はレオン、嵩張るけれど軽いものはスコール、一番軽いお菓子類が入った袋がエルオーネだ。
普段はスコールとエルオーネが逆になる所だが、今回はまず、スコールが「リーダーなんだから、僕が重いの持つ!」と言った。
が、実際に持ってみると、重さでよたよたとしか歩けない上、転んでしまいそうなので流石に兄姉が見兼ねたのである。
代わりに「卵が入ってるから、気を付けて運んで欲しいんだ」と、卵の入った袋をスコールに持たせた。
これでスコールの責任感も果たしつつ、無理なく帰れる荷物担当が決まったのであった。

スコールは袋に入った卵を割ってしまわないように、出来るだけ持つ手を揺らさないように意識しながら歩いている。
ちらちらと卵の様子を確認しながら歩くものだから、度々前方不注意になるので、エルオーネがそれに声をかけながら、前を見て歩くようにと促した。
レオンは車や自転車が来るのを随時確認して、それらが接近する度に、妹弟に注意を促す。

───と、普段の帰路を思えば、これもまたゆっくりと進んでいた所為だろうか。
のんびりとした足取りの三人の頭上を、ごろごろと重い音を立てる雲が、あっという間に埋め尽くし、ぽつっと一粒。


「あ」
「あめ」


来るだろうなと言うレオンの予想に違わず、空は突然に泣き出した。
それも初めの一粒から幾らも時間を置かない内に、ざわざあと激しくなって行く。


「わっ、わぁっ!」
「うそ!」
「そこの公園に行こう、隠れる所がある!」


おろおろと焦るスコールとエルオーネに、レオンは近く見えていた児童公園を指差した。
そこは小さなものではあるが、ゾウの形をした、中に入れるオブジェ遊具がある。
子供たちはそれぞれの荷物を腕に抱えて、一目散に其処へ駆け込んだ。

三人がオブジェの下に滑り込んで直ぐ、雨は更に強くなり、煙って遠くが見通せない程に酷くなった。
エルオーネがポケットに入れていたハンカチを取り出し、濡れたスコールの顔を拭いてやる。


「大丈夫だった?スコール」
「んむぅ……」
「エル、お前もちゃんと拭いておくんだぞ」
「うん」


エルオーネはスコールの顔や腕を拭き終えると、自分の顔をごしごしと拭いた。
レオンは低い天井に腰を曲げながら、小さな穴からどんよりと暗くなった空を見上げる。


「こんな雨が降るなんて。にわか雨だと思うけど……」
「直ぐに止むかな?」
「どうかな……」


止んで欲しいとエルオーネの言葉からは感じられるものの、レオンが肌身で感じる限り、風がない。
小さな隠れ家の中に雨が吹き込んでこないのは幸いだったが、頭上の雲が流れてくれる気がしなかった。


「……しょうがない。止むまで此処で待っていよう」
「でもお買い物、お母さんが待ってるよ」
「うん。でも、こんな雨の中を傘も差さずに帰ったら、風邪を引いてしまうからな。前が見えない位だから、危ないし」


リーダーとして、早く帰らないと、と意気込むスコールの言葉に、レオンはやんわりと言って宥める。
スコールは兄の言葉にむぅと唇を尖らせつつも、水浸しになって行く公園を見て、ゾウの下から出て行こうとはしなかった。

雨はざあざあと降り続け、レオンが心配した通り、雨雲はいつまでも居座っている。
それだけでなく、益々空は重く暗くなり、雨雲はいつの間にか真っ黒なものに変化していた。
あの色は───とレオンがひしひしとその気配を感じていると、思った通り、ゴロゴロゴロ、と言う音が鳴り始める。


「ふえ」
「やだ、雷だ」


スコールがひしっと姉にしがみつき、エルオーネも近付く雷神の気配を悟る。
エルオーネは「やだなぁ」と呟きながら、抱き着く弟の頭を撫でてあやしているが、カッ!と大きな光が走った瞬間、


「きゃ!」
「ふぁ!」


妹弟が揃って悲鳴を上げて、雷から隠れるようにお互いを抱き合う。

フラッシュのような光から数拍遅れて、ゴロゴロ、と言う音がまた鳴った。
レオンは着ていた上着を脱いで、二人の頭を隠すように羽織らせてやる。


「大丈夫か?二人とも」
「おにいちゃ……」
「レオン~……」


幼いスコールは勿論、エルオーネもまだまだ雷が怖いのだ。
エルオーネは音くらいなら平気ではあるのだが、外にいる状況で、光まで近く届くこの状況では、弟同様に怯えてしまうのも無理はない。

公園の周りはマンションが囲むように並ぶ団地になっている。
高さのある建物も多いし、こっちに落ちて来る事はないと思うけど、とレオンは思うが、それで雷への怖さがなくなる訳でもない。
早く家に帰れば良かったな、せめて折りたたみ傘でもあれば───と思っていると、レオンのポケットの中で携帯電話が着信音を鳴らしていた。


「母さんだ」
「お母さん!」


レオンの言葉に、スコールが助けを求めるように母を呼ぶ。
それを頭を撫でて落ち着かせながら、レオンは通話ボタンを押した。


「もしもし、母さん?」
『レオン?今どこ?大丈夫?』
「ああ、うん。今、公園で雨宿りしてる。スコールとエルもいるよ」


心配する母の声に、レオンは努めて落ち着いた声で、状況を説明した。
雨が降り出して直ぐ、公園に入って、雨宿りをしていること。
まだ当分雨は止みそうになく、雷も鳴っているので、妹弟が不安がっていること。
母も概ね予想はしていたのだろう、それでもともかく無事でいてくれた事には安心したようで、ほっと息を吐くのが聞こえた後、


『こんなに酷い雨が降るなんて』
「俺もびっくりした。天気予報じゃ聞いてなかったし」
『そうね。ともかく、さっきお父さんが帰ったから、迎えに行って貰うわね。どこの公園にいるの?』
「ゾウの滑り台がある所」
『うん、判ったわ。迎えが来るまで、そこから動いちゃ駄目よ』
「判った」


直ぐに行くからね、と言う母に返事をした後、通話は切れた。
レオンは、じいっと見詰める妹弟の方を見返して、


「父さんが迎えに来てくれる。もうしばらく、此処で待っていよう」
「おとうさん?きてくれるの?」


雷ですっかり気持ちが萎縮してしまって、スコールは涙を浮かべながら訪ねた。
レオンが頷いてやると、うーうーと泣きながら抱き着いて来る。
エルオーネも、レオンが貸した上着を頭に羽織りながら、チカチカと雷が光る外界を不安そうに見詰め、


「ここ、判るかなあ……」
「大丈夫だ。ちゃんと場所は伝えてあるから」
「……うん」


早く来て欲しいな、と呟くエルオーネ。

レオンはスコールを腕に抱きながら、エルオーネへと手を差し伸べた。
それを見たエルオーネは、少し恥ずかしそうにしながらも、安心できる場所を求めて兄の下へと身を寄せる。
スコールは出来るだけ雷の音が遠くなるように、きゅうきゅうと兄と姉に身を寄せ、顔を埋めようとしていた。

しばらく過ごしていると、雨の音は一番激しかった頃に比べると静かになった。
とは言え、オブジェの出入口になる小さな穴から見える外界は、まだまだ雨が降り続いている。
俄雨ならすぐに過ぎてくれると思ったのだが、こんなにも長雨になるとは。
あの激しい雨の中を無理に帰ろうとしなかったのは、レオンにとって正しい選択であったが、こう長く雨宿りするのなら、こんな小さな場所でなくても良かったな、と思う。
ゾウのオブジェは小さな子供が上ったり潜ったりと遊ぶ為のものなので、それ程大きくはない。
お陰で背が伸び盛りにあるレオンにとっては狭く、妹弟たちにとっては暗くて不安になる場所に違いない。
スーパーに戻っても良かったなあ、と今更ながら思っていた時だ。

ぱしゃぱしゃ、と水溜りの跳ねる音が聞こえて、レオンは頭を上げる。
どっちから聞こえただろう、ときょろきょろと辺りを見回していると、


「いたいた。皆、大丈夫か?」


オブジェの小さな入り口を覗き込んでいる、片手に開いた傘、片手に子供用の傘を二本持ったスーツ姿の男性が一人。
見間違える筈がない、父親が迎えに来てくれた事に、レオンの表情から安堵が滲んだ。


「父さん」
「おう、レオン。スコール、エル、大丈夫か?」


目を合わせた長男ににかっと笑いかけて、ラグナは縮こまっている二人にも声をかける。
はっとエルオーネが顔を上げて、スコールも恐々と目を開けると、飛び込んできた父親の姿に、青の瞳がくしゃっと歪む。


「おとうさぁーん!」
「おっと」


弾けたように駆け寄って抱き着いた末っ子を、ラグナはしっかりと受け止める。
兄と姉が一緒でも、雷も暗がりも怖かったのだろう、安心したこともあって、スコールは堰を切ったようにわんわんと泣き出した。
ラグナはその背中をぽんぽんと叩いて宥めつつ、


「レオン、ちょっとこの傘持って」
「うん」
「エル、大丈夫か?立てる?」
「うん……、だいじょうぶ」


エルオーネは、すん、と鼻を啜りつつ、気丈に振る舞って見せる。
泣きじゃくる弟の代わりに、安堵から涙が出そうになるのを堪える娘に、ラグナは腕を伸ばして、天使の輪のある黒髪をくしゃくしゃと撫でた。

ラグナは開いていた傘をレオンに預けると、腕に引っ掛けていた子供用の傘を一つ開いた。
そして抱き着いて離れないスコールを片腕で抱き上げつつ、もう一本の子供用の傘───花の柄が描かれたエルオーネの傘を持ち主に差し出す。


「あっちに車があるから、そこまで二人は、歩けるか?」


無理はしなくて良いぞ、と言うラグナに、レオンとエルオーネは頷いた。

エルオーネが花柄の傘を開き、レオンは父のそれを借りて、ゾウの下からようやく出る。
買い物袋の底に少し砂がついていたが、皆がそれぞれ庇って逃げ込んだお陰で、中身は無事だった。
スコールが心配した卵も一つも割れずに済んでいる。

公園の傍に置いていた車に乗り込んで、はふう、と子供たちは息を吐く。
ゴロゴロと未だに鳴る雷も、あのゾウの下にいた時に比べて随分と遠く感じられて、スコールもエルオーネも怖がらなかった。
そんな二人の様子に、助手席に座ったレオンがほっと胸を撫で下ろしていると、大きな手がくしゃりと濃茶色の髪を撫ぜた。
驚いて運転席を見れば、シートベルトを締めた父が、にっかりと歯を見せて笑う。


「お前も、よく頑張ったな」


父の言葉に、レオンの頬に微かに赤いものが差す。
兄として当然のこと───そう思ってはいても、頑張ったのだと褒められると、どうにもくすぐったくて心地良い。

ラグナは息子がシートベルトを締めるのを確認し、後ろで目を擦っている子供たちをミラー越しに見ながら、


「それじゃあ、早くうちに帰って、母さんを安心させてやろっか」


そう言って、ラグナは車を発進させた。

酷い雨の中、買い物に行ったまま、帰って来ない子供たち。
心配堪らず電話をかけてきた時に声を、レオンははっきりと覚えていた。
あの電話のお陰で、レオンは勿論安心したし、父が迎えに来てくれると聞いて、スコールとエルオーネも落ち着いて待つことが出来た。
スコールのお使いチャレンジは、思わぬ形で試練に襲われたが、ともあれ無事に役目を果たせたと言って良いのではないだろうか。

後は、子供たちが無事に家に帰り着く事が出来れば、母もやっと安心することだろう。





お使い中に雨宿りの子供たち。急な雨に大慌て。
お買い物は無事に終わったのに、それ所じゃない試練に襲われて、でもなんとか頑張った子供たちでした。

子供用のオブジェ遊具の中に隠れるのは、成長期のレオンにとってはちょっと辛かっただろうなと思いつつ。一番に隠れられる場所が其処だったので、妹弟を優先して逃げ込み込ました。

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