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2022年08月11日

[クラレオ]祝いの代価はいかほどに

  • 2022/08/11 21:05
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF


故郷から闇を払い、幼馴染たちが其処で復興を始めてから約一年────区域はまだまだ限られるものの、日常生活を送る事が出来るような、安全な場所も増えて来た。
それに伴い、かつて散り散りにならざるを得なかった街の人々も、ぽつりぽつりと戻ってくる姿が見えるようになった。

クラウドはと言うと、早いうちに一度故郷に戻りはしたものの、相変わらず、闇の力を使って外の世界を渡る日々を送っている。
そんな生活をしているものだから、日付感覚というものは非情に曖昧であった。
何せ、外の世界と言う物は様々な理に溢れていて、時間の概念すらも狂ったように、あっという間に“一日”が終わるような世界もあれば、常に夜のような空に覆われた世界もある。
そんな所を自分の思う儘に行き来していれば、今日が何月何日であるのかも判らなくなろうと言うものだ。

そんな訳で、クラウドが故郷に帰って来たのは、文字通り、ふらりとした気紛れによるものだった。
だが、どうやら今回は、折の良いタイミングで帰って来ていたらしい。
前々回に帰って来た時だったか、最近人が増えたんだよ、と言われていた市場通りの様子を見に行ったクラウドは、其処で思いも寄らぬ歓待を受けたのだ。


「確か今日が誕生日だっただろう?ほら、これ持って行きな」
「いつもハートレス退治ありがとうよ。こいつは礼と、誕生日の祝いだ」
「幾つになったんだ?酒はもういけるんだろう?」


────と、こんな具合だ。

通りを一巡した時には、クラウドの両手は土産物ですっかり埋まっていた。
両腕に抱えた紙袋の中身は、その殆どが飲食で片付くものである辺り、街の住人から見たクラウドの生活を伺えたような気がする。
気紛れにいたりいなかったりをする男に、花や調度品など邪魔なだけだし、装飾品については本人の拘りの衣装があるので、受け取りはしても身に着けるものは限られるだろう。
それなら消えてなくなるものが一番気楽なものだろうと、見繕われたプレゼントの内容は判り易い気遣いも込められていた。

クラウドは荷物を抱えたままではどうにもならない、ついでに小腹も空いた事だしと、見晴らしの良い場所で早速それを頂く事にした。
嘗て賢者が治めていた城への道は、まだまだハートレスが蔓延っている事は勿論、瓦礫道でもある為、限られた人間しか来る事はない。
少し高台にもなっているので、街並みや谷の景色を眺める事が出来る。
そこに転がっている適当な瓦礫を椅子代わりにして、クラウドはまだ温かいホットドッグに齧りついた。


「……うん。美味い」


チリソースとマスタードが良い仕事をしている。
指についたソースをぺろりと舐めながら、クラウドは舌鼓を打った。

飲み物はないかと荷物を探ると、ワインが出て来た。
飲めるものならなんでも、と思わないでもなかったが、よくよく見ると、クラウドの誕生年に作られたと判るラベルが貼ってある。
これはもう少し、きちんとした場所で───と言っても、そんなものは限られているのだが───グラスを傾ける方が美味いに違いない。
もう少し探ると、炭酸のジュースを詰めたボトルが見付かったので、これを開ける事にする。

市場通りにいる人々の大半からプレゼントを貰ったので、量はそこそこのものがある。
これを今全部食べるのは流石に無理だなと、クラウドは半分ほど食べた所で袋を閉じた。
あと少しになった炭酸ジュースを片手に、膨らんだ腹を撫でながら、遠くに伸びて行く谷の道を眺めていると、


「此処にいたか」


聞き慣れた声に振り返れば、ガンブレードを片手にレオンが此方に近付いて来る所だった。


「市場の皆から、お前が帰ってきていると聞いたんでな」
「お迎えをしてくれるとは、いつになく優しいじゃないか」
「まあ、誕生日だからな」


肩を竦めるレオンは、だからしょうがない、と言った風だ。
実際、迎えがいるような男ではないと思っているだろうから、大方、街の皆に「誕生日なんだから」等と言う枕詞で押されたか、単純にクラウドに用事を押し付けるつもりかのどちらかだろう。
その予想に違わず、レオンはクラウドの隣へと並ぶと、


「東地区に少々厄介なハートレスが集団で居座っている。手を貸せ」
「そんな事だろうと思った。東は、まだクレイモアが稼働していないんだったか」
「設置用のベースは確保したが、本体はまだだ。入り組んでいるから、マップの入力に時間が必要になるとシドが言っていた」
「……やれやれ」


帰って早々、此方も結構な歓待だ。

レオン達にしてみれば、幾らも手が足りない中にクラウドが帰って来たのなら、これ幸いであるに違いない。
クラウドも普段は自分の要件を最優先に勝手をしている身であるから、偶に戻って来た時位は仕方ないと思う事にしている。
言われたこと、頼まれたことさえ守れば、寝床と食事が約束されるのだから、安い宿泊料だ。

炭酸ジュースのボトルを空にして、クラウドは腰掛けていた瓦礫から立ち上がった。
行く気になったクラウドが気を変えない内にと、レオンも来たばかりの瓦礫道を逆に歩き出す。


「退治に行く前に、荷物を置いておきたいんだが」
「ああ、そうだな。折角街の皆から貰ったものなんだし」
「あんたの家で良い。どうせ行くんだから」
「そう言う提案はお前の方からするものじゃないだろう」


やれやれ、とレオンは呆れた溜息を吐くが、クラウドにしてみれば、実際行くだろう、と言う所だ。

校外に誂えた彼のアパートは、偶にしか故郷に帰って来ないクラウドにとって、良い宿泊所だった。
周囲がまだまだ人の気配がないので静かなものだし、同じアパート内に他の人間が住んでいる訳でもないから、色々と気儘に過ごせる。
本来一人暮らしを好む筈のレオンにとしては、不定期に転がり込んで来る居候は邪魔臭いのだろうが、クラウドが彼に追い出された事はない。
甘いんだか面倒臭がりなんだか、と思いつつ、お陰で雨風を気にせず休める場所が確保できているのは、クラウドにとってこの上なく良い事であった。

真っ直ぐ東地区へ向かうつもりであったのだろうレオンだが、一旦方向を変えた。
家へと向かうその後ろを、クラウドもいつものようについて行く。


「レオン」
「なんだ」
「あんたからはないのか」
「何が」
「誕生日プレゼント」
「図々しいな」


クラウドの催促に、レオンは胡乱な目で此方を見た。
両手に十分持っているだろう、と言わんばかりだが、それはそれ、である。
街の人々からの厚意は有り難く頂戴しているが、だからこれ以上は要らないだろう、とはならない。


「良いだろう、誕生日なんだから。今日限りの特権だ」
「お前な……」
「普段、あんたの頼みを聞いてるんだ。こう言う時位はお返しがあっても良いだろう」
「宿泊費タダで飯も食ってる奴が言うんじゃない」


いけしゃあしゃあと要求してやれば、レオンの拳がごつんとクラウドの頭を打った。
痛くはないが、痛いな、と抗議してやると、レオンは解いた手をひらひらと振る。
自業自得だ、と言っているのが聞こえた気がした。

はあ、とレオンは深い溜息を吐いて、


「お前が帰って来るなんて思っていなかったからな。生憎、何も準備がない」
「じゃああんたを寄越せ。それで良い」
「……安上がりなんだか高くついてるんだか、よく判らないな」


要求の裏側にあるものを読んで、レオンは益々呆れたと言う表情を浮かべた。
クラウドはその隣に並んで、自分より僅かに上にある整った顔を見遣り、


「今日の主役は俺だからな。俺の希望を叶えてくれれば十分だ」
「……嫌な予感しかしないんだが」
「それはあんたが勝手にそう想像していることだろう。何をするとも言っていないのに。で、何を想像したんだ?」


にやにやと笑ってクラウドが問い詰めてやれば、蒼の瞳がじろりと睨んだ。
しかし、睨み黙するばかりで、それ以上のことはしないレオンに、つくづく年下に甘いなと思う。
それだから堂々と漬け込んでやれるのだと、クラウドはひっそりとほくそ笑む。

見えて来たアパートに向かうレオンの足が、判り易く重みを増している。
今から其処に籠る訳ではないのだが、夜のことを考えて、色々と面倒に感じているのだろう。
下手に甘やかすものじゃない、と今日と言う日を恨んでいるレオンに、クラウドは鼻歌で漏れそうな上機嫌さで言った。


「あんたが俺の希望を叶えてくれるなら、今日の東地区のハートレス退治は俺一人でやってやろう」
「……まあ、それならそれで、助かるが」
「ああ。その代わり、俺の寝床と晩飯と、────後は言うまでもないか。誕生日に働くんだから、それ位は良いだろう?」
「…随分、自分を高く見積もってるようだな」
「ああ、安くはないんでな」


笑みを浮かべるクラウドの言葉に、自分で言うか、とレオンは何度目かの溜息を漏らす。
だが、クラウドがやる気で動いてくれるのなら、レオンにとってはこれ以上ない援けである。

レオンは自宅のアパートの前で足を止め、


「荷物は俺が持って入れておいてやる。お前は東地区へ」
「ああ。晩飯はスタミナをつけられるものにしてくれ」
「調子に乗るな」


両手に抱えていたプレゼントをレオンに渡して、クラウドは闇の翼を開かせる。
トッ、と地面を蹴って跳んだ男を、蒼の瞳はやはり呆れた色で見送った。

残された男は、無人になった空を見上げながら、「……やっぱり高くついたな」と諦めたように呟いた。





クラウド誕生日おめでとう!なクラレオ。

ドライな遣り取りしながら、やることやってる二人は好きです。
クラウドは大分羽目を外そうとしている気がする。この後何されるんでしょうね、レオンは。ご想像にお任せします。

[クラスコ]あなたの願いを叶えたい

  • 2022/08/11 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF


「あんたのしたい事、なんでもする」


────なんてことを恋人に言われたら、一瞬でも邪なアレやコレやが浮かぶのは、男として仕方がない事だと思う。
それを口に出せば、「そんなのはあんただけだ」と顔を顰められるのだろうが、本能に忠実になるように出来ている世の中の大半の雄と言う生き物にとって、その台詞はまたとない好機に聞こえるものだ。
特に、恋人のガードが堅い性質だと、ならばこの千載一遇のチャンスに、と食指を動かすものだろう。

クラウドも例に漏れずそんな下世話な生き物だった訳だが、しかし。

恋人はまだ現役高校生と言う初心も初心な年頃で、元々が人との交流と言う類に消極的であるから、色恋沙汰のすったもんだと言うのはよく判っていない。
そんな彼も、クラウドと恋仲になってから、紆余曲折に色々な経験を積む事になった。
其処には真っ新だった白い紙を、自分の意のままに染めていけると言う、雄としてはついつい興が乗ってしまう事もあり、また恋人の方も、世間一般の恋愛模様と言うのがよく判らないから、クラウドに言われるがままに染まって行ったと言う経緯がある。
後になって色々と友人たちから聞き、あんた嘘吐いたな、と睨まれたのは一度や二度ではないのだが、染まった色は簡単に色抜きは出来ない。
なんだかんだとクラウド色に染められつつある恋人は、今ではすっかりクラウド好みになっている。

そんな間柄である訳だから、先の恋人の───スコールの一言は、クラウドを助長させるには十分な破壊力だった。
怒るだろうと敢えて頼まなかったことだとか、嫌がることをするのは本位ではないので、避けていた事だとかを、このチャンスに試してみるのも良いかも知れない。
初めての事をする度に、彼は顔を真っ赤にしながら、戸惑いつつもクラウドの願いを考えてくれようとする。
とは言え、あまりに抵抗が勝る事は流石に了承はしてくれず、元々のガードの固さも相俟って、「絶対しない」と言われればそれきりだ。
あまりしつこく頼むと、絶対零度の眼が向けられて、「別れる」と通牒されるので引き下がるしかない。
……そもそも、何も知らないことを良い事に、あれやこれやと教え込んで行った悪い大人は此方なので、嫌がる彼に無理強いするのは良くないと、形ばかりの大人の常識にクラウドの欲望は辛うじて抑え込まれている。

それをスコールの方から、扉を開けてくれると言うのだ。
じゃああんなこととか、こんなこととか、と口に出せばスコールが沸騰するような事がクラウドの頭を巡った。
非常に残念な頭の作りだとは自分でも思うが、それも恋人の色んな顔が見たいからだ。
体を重ねるようになってから、より深く蕩ける度に晒し出される恋人の顔は、クラウドを夢中にさせて已まない。
もっと見たい、もっと、もっと────と、麻薬のように虜になって行く。
あんなことをしたら、どんな顔を見せてくれるだろうと、俄かに興奮したのは当然であった。

────しかし、だ。
顔を真っ赤にしながら告げたスコールの顔を見ている内に、これを泣かせるのは如何なものか、と言うブレーキがかかったのであった。



クラウドの誕生日当日は、平日だった。
こんな日位は休ませてくれれば良いのにと、容赦のない会社の人使いの荒さに辟易しつつ、いつも通りに仕事を終える。
仕事の間中、友人たちからひっきりなしにメールが到着して、おめでとう、と祝いを貰った。
仕事を終えて帰社すると、入れ替わりに出社した親友から、「これお祝いな!」と、クラウドお気に入りのブランドロゴの入った鞄を貰う。
軽くて丈夫、デザインもクラウドの好みを熟知した親友からのプレゼントに、自然とクラウドの口元は緩んだ。

夕方色に染まりつつある空の下、まだまだ煩い蝉の鳴き声を聴きながら、クラウドは恋人が通う学校へと向かう。
近くのコンビニで冷たいスポーツドリンクを二本買って、二輪車置き場の屋根の下で、彼が通り掛かるのを待つ事十分。
前日からの約束通り、放課後に入って真っ直ぐに此処へ向かって来たのだろう恋人がやって来た。


「クラウド」
「ああ。授業お疲れ様」
「……あんたも」


挨拶と一緒にペットボトルを差し出すと、スコールはほんのりと頬を赤らめながらそれを受け取った。
まだまだうだる暑さの中、走って来たのだろう、スコールは額に汗を掻いている。
それを服の袖で拭いながら、よく冷えたペットボトルに口を付けた。

スコールが体を冷やしている間に、クラウドはバイクのヘルメットを取り出す。
クラウドのヘルメットと同じ色だが、異なるステッカーを貼ったそれは、スコール専用のヘルメットだった。
スコールは不足した水分を十分に補ってから、ヘルメットを受け取る。


「……何処に行くんだ?」
「特に決めてはいないが、海沿いでも行くか。風があればそこそこ気持ち良い筈だ。お前が行きたい所がるなら、其処でも構わない」
「……別にそれはない。あんたの行きたい所で良い。……今日はあんたに付き合うから」


スコールの言葉に、じゃあそうさせて貰おう、とクラウドは言った。

クラウドがバイクに跨り、その後ろにスコールが乗る。
安全の為にしっかり捕まるようにと促せば、判ってる、と返事があった。
クラウドの腰にスコールの腕が回り、腹の下で手を組んで、しっかりと捕まる。
背中に密着する体温は、夏に見合って体温以上に暑かったが、夏の間は仕方のない事だ。
それよりもクラウドは、初めの頃に判っていても遠慮がちにしか掴まれなかったスコールの事を思い出し、随分慣れてくれたなとそのくすぐったさに口元が緩んだ。

クラウドもしっかりとヘルメットを被り、その内側にセットしている無線通信のスイッチを入れる。
これでバイクの走行音を気にせず、ヘルメットと言うガードの壁も擦り抜けて、スコールと会話が出来る。
通信のの感度を確かめてから、良し良し、とクラウドはバイクのエンジンを入れた。

クラウドにしろスコールにしろ、決してお喋りな性質ではないから、こうして一緒に走っていても、沈黙の時間をと言うのは少なくない。
喋っているよりもお互いに黙っている時間の方が長いのは、最早見慣れた光景だった。
息苦しくなんねえの、とザックスに訊ねられた事があるが、少なくともクラウドは、スコールとの沈黙は心地良いものと感じている。
スコール方はと言うと、元々お喋りが得意ではないと言う事もあって、黙っていて良いと感じられるのは楽だとか。
共に静寂に苦を感じないのだから、波長が合っていると思って良いのだろう。

道を曲がるとか、車が来てるから端に寄るとか、走る間、交わす会話はそんなものだ。
スコールが身を寄せている背中に、じっとりとした汗が浮くのは仕方のない事で、恐らくスコールも暑いだろうなと思う。
保冷剤を仕込めるジャケット位は用意した方が良かったかも知れない、と今更のように考える。

バイクで十分も走れば、坂道の向こうに海が見えて来る。
遊泳場の為に開かれている駐車場に下りた二人は、其処で一旦バイクを止めた。
ヘルメットを外すと、籠った空気から解放されて、ふう、と安堵の息が零れる。
乱れた髪をそれぞれ手櫛で直しながら、碧と蒼の目は、遠くまできらきらと輝く夏の海へと向けられた。


「良い天気だな」
「……良すぎるだろ。暑い」


クラウドの言葉に、スコールは溜息を吐きながら言った。

とは言え、海の向こうから吹く潮風は、街中の熱風よりも遥かに心地が良い。
スコールはそれを吸い込むように大きく息を吸って、またゆっくりと吐き出した。
クラウドはそれを眺めつつ、手に持ったヘルメットをぽんぽんと投げて遊びながら、


「さて。どうする、スコール」
「どうって、何が」


声をかけたクラウドに、スコールは質問の意図が判らない、と眉根を寄せる。
クラウドはそんな恋人に目を細めつつ、


「海に来たんだ。泳ぐか?」
「……水着もないのに、泳ぐ訳ないだろ」
「水遊び位は出来るだろう」
「良い、制服なんだ。濡らしたら面倒臭い」
「そうか」
「……あんたが遊びたいなら、良いけど」


行かないと言ったその口で、スコールは付け足した。
クラウドが海で遊びたいのなら、多少は付き合っても良い、と。
あくまで今日はクラウドの意向が優先なのだと言うスコールに、クラウドはくすりと笑って、


「じゃあ、また走るとしよう」
「判った」


それで良い、と言って、スコールはその前に水分補給をする。
十分な補給を済ませてから、スコールはクラウドが待つバイクにもう一度跨った。

駐車場前の信号が切り替わるのを待っていると、「なあ」と通信越しに声がする。


「なんだ?」
「……あんた、本当にこんなので良いのか」


問う声に、何の事かとしばし考えたクラウドだったが、


「誕生日祝いの事か」
「……」


スコールから否定の言葉は無い。
そうでなくとも、スコールが今日ずっと気にしている事と言ったら、恐らくそれしかないだろう。

信号が青に変わって、バイクは再び走り出した。
海を臨む海岸沿いを、道なりにそって真っ直ぐに行けば、海の向こうから吹く風が届いて来る。
ヘルメットがなければもっと気持ちが良いんだが、と思いつつ、こればかりはルールなのだから仕方がない。
海外の何処だったかはしなくて良いとか言う話を聞いたので、機会があれば、スコールを其処に連れていって、こうして走れたらと密かに願う。

クラウドは先のスコールの問いに対し、何と答えたものかなと、しばしの間考えた。
その沈黙の間、スコールはクラウドの背中に口元を押し付け、じっと返事を待っている。


「まあ、正直に言うとだな。こう言う事以外にも、色々考えたのはある」
「……色々?」
「お前があんな事を言ってくれたからな」


あんな事────と指すものを、スコールも覚えていたようで、腹に回された腕の捕まる力が強くなった。
背中にいるので見えないが、きっと赤くなっているのだろうと、クラウドは勝手に想像する。


「お前も正直に言ってみろ、スコール。あんな言い方をして、俺に何を”お願い”されると思ったんだ?」
「…………やらしいこと」


通信越しにたっぷり間を置いて、スコールは小さく小さく呟いた。
感度の良い通信機を使っているお陰で、それはしっかりクラウドの耳元まで届く。
やっぱりな、とくつくつと笑えば、その声もまたスコールにしっかりと届いていた。


「笑うな。あんたの事だから、絶対変な事言ってくると思ったんだ」
「そこまで予想していたのに、あんな事を言ってくれて。期待されているのかと思ったぞ」
「あんたじゃないのに、そんな訳ないだろ」
「健全な男なんだから仕方がないだろう」
「不健全の間違いだろ」


ごち、とクラウドのヘルメットの後頭部に、固いものが当たる。
揺らす程にもならない、同じ固いものを押し当てただけのものだが、この場においてスコールが出来る目一杯の抗議だ。

信号待ちの横断歩道に引っ掛かって、クラウドはバイクのブレーキをかける。
停止した車体が、ドッドッドッ、と鳴らす低音を尻目に、クラウドは後ろを振り返った。
ヘルメットのガード越しに、振り返られると思っていなかったのだろう、蒼がきょとんと眼を丸くしていた。


「誕生日だし、折角だしと色々期待したのは確かだが。何をされるか判らなくて、緊張もしていたんだろう?」
「……別に……」


クラウドの言葉に、スコールは拗ねたように唇を尖らせて、視線を逸らす。
それが本音を見抜かれていると吐露している態度になると、彼はまだまだ自覚がない。

クラウドが前へと向き直ると、丁度良く信号が青に変わった。
またバイクが動き出し、背中に掴まる恋人の体温がぴったりと密着する。


「色々お前に頼んでみたい事はあったが、それより、こうしてゆっくり過ごすのも良いんじゃないかと思ったんだ。実際、デートなんて久しぶりだろう」
「……まあ、そうだな」
「お互い忙しい身だからな。今日も明日も平日だから、お前に無理をさせる訳にも行かないし」
「………」


きらきらと光る水平線を横目に、クラウドは気の向くままにバイクを走らせる。
これだけでも心地良いことだったが、背中に身を寄せてくれる恋人がいてくれる事が、一層クラウドの心を穏やかにさせた。
普段、片や社会人、片や学生で、生活リズムの違いもあり、デートなんて前にしたのはいつだったかと思う程だ。

逢瀬の時間は、お互いが捻出し合って都合をつけているので、それなりにある。
しかし、その時間は大抵、夕方から夜にかけてと言うもので、また互いに若いものであるから、ついつい即物的な繋がりでお互いの存在を確かめたくなってしまう。
それが一番わかり易くて、深くまで繋がり合って実感できるから。
お陰でスコールはあっという間にクラウドの色に染まってくれた訳だが、そんな事ばかりに傾倒するのもどうか───とは一応、思ったりもするのだ。
況してや大人である自分の方が、何かとがっつき、一所懸命に応えてくれる年下の恋人に付き合わせるばかりと言うのは聊か配慮に欠けてはいないか、と偶には思ったりもするのだ。

海岸沿いをずっと走る内に、道は坂道を上っていた。
切り立った崖の上を上る道は、小高い所に休憩できるスペースが設けられている。
クラウドは其処に一旦バイクを止めて、スコールの手を引いてガードレールに囲われた道の端へと向かう。
其処は山側から茂る樹々で心地良い木洩れ日が落ち、崖の向こうは一つも遮るもののない水平線た見えた。


「良い景色だろう」
「……そうだな」


小さく返したスコールの瞳は、じっと海の向こうに向けられている。
普段は専ら屋内で過ごしているスコールであるから、この夏でも海に行った事なんてないだろう。
海岸沿いの道路の向こうに、こんな心地良い風と景色が見られる場所があるなんて、知りもしなかった。

クラウドはスコールを連れて、何処の誰がいつ設置したのかも判らない、古びた木製ベンチに腰を下ろす。
大丈夫なのかこれ、とスコールは言ったが、作り自体はしっかりしているし、落ち葉が積もらないように掃除もされている。
ちゃんと管理されているものだと言えば、スコールはそろそろと、クラウドの隣に腰を下ろした。

潮風が運んで来る匂いと、山からの草いきれの匂い。
日差しが直接当たらないから、此処は真夏と思えない位に涼しくて、心地が良かった。


「……いい場所だな」
「ああ。人目もないしな」


ぽつりと呟いたスコールに、クラウドがそう言うと、はたとしたように蒼が此方を見た。
その時にはもう、クラウドはスコールの直ぐ其処まで顔を近付けていて、色の薄い唇が「待て───」と止めるも、既に遅く。
柔く重ねた唇の味が逃げないように、頬を捕まえて撫でてやれば、ふるりとその肩が震えるのが判った。

こんな穏やかな誕生日も悪くない。
真っ赤になって固まる恋人の顔を見詰めながら、クラウドはそう思うのだった。





クラウド誕生日おめでとう!

なんでもして良いって!それなら……と考えた後に、ふと冷静になったクラウド。
スコールは色々覚悟してはいたから拍子抜けした気分だけど、ちょっとほっとしてもいる。
今日やらなかった事は、きっと別の機会にやるんでしょう。若しくは今夜ちょっとだけやるかも知れない(台無し)。

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