[クラレオ]祝いの代価はいかほどに
故郷から闇を払い、幼馴染たちが其処で復興を始めてから約一年────区域はまだまだ限られるものの、日常生活を送る事が出来るような、安全な場所も増えて来た。
それに伴い、かつて散り散りにならざるを得なかった街の人々も、ぽつりぽつりと戻ってくる姿が見えるようになった。
クラウドはと言うと、早いうちに一度故郷に戻りはしたものの、相変わらず、闇の力を使って外の世界を渡る日々を送っている。
そんな生活をしているものだから、日付感覚というものは非情に曖昧であった。
何せ、外の世界と言う物は様々な理に溢れていて、時間の概念すらも狂ったように、あっという間に“一日”が終わるような世界もあれば、常に夜のような空に覆われた世界もある。
そんな所を自分の思う儘に行き来していれば、今日が何月何日であるのかも判らなくなろうと言うものだ。
そんな訳で、クラウドが故郷に帰って来たのは、文字通り、ふらりとした気紛れによるものだった。
だが、どうやら今回は、折の良いタイミングで帰って来ていたらしい。
前々回に帰って来た時だったか、最近人が増えたんだよ、と言われていた市場通りの様子を見に行ったクラウドは、其処で思いも寄らぬ歓待を受けたのだ。
「確か今日が誕生日だっただろう?ほら、これ持って行きな」
「いつもハートレス退治ありがとうよ。こいつは礼と、誕生日の祝いだ」
「幾つになったんだ?酒はもういけるんだろう?」
────と、こんな具合だ。
通りを一巡した時には、クラウドの両手は土産物ですっかり埋まっていた。
両腕に抱えた紙袋の中身は、その殆どが飲食で片付くものである辺り、街の住人から見たクラウドの生活を伺えたような気がする。
気紛れにいたりいなかったりをする男に、花や調度品など邪魔なだけだし、装飾品については本人の拘りの衣装があるので、受け取りはしても身に着けるものは限られるだろう。
それなら消えてなくなるものが一番気楽なものだろうと、見繕われたプレゼントの内容は判り易い気遣いも込められていた。
クラウドは荷物を抱えたままではどうにもならない、ついでに小腹も空いた事だしと、見晴らしの良い場所で早速それを頂く事にした。
嘗て賢者が治めていた城への道は、まだまだハートレスが蔓延っている事は勿論、瓦礫道でもある為、限られた人間しか来る事はない。
少し高台にもなっているので、街並みや谷の景色を眺める事が出来る。
そこに転がっている適当な瓦礫を椅子代わりにして、クラウドはまだ温かいホットドッグに齧りついた。
「……うん。美味い」
チリソースとマスタードが良い仕事をしている。
指についたソースをぺろりと舐めながら、クラウドは舌鼓を打った。
飲み物はないかと荷物を探ると、ワインが出て来た。
飲めるものならなんでも、と思わないでもなかったが、よくよく見ると、クラウドの誕生年に作られたと判るラベルが貼ってある。
これはもう少し、きちんとした場所で───と言っても、そんなものは限られているのだが───グラスを傾ける方が美味いに違いない。
もう少し探ると、炭酸のジュースを詰めたボトルが見付かったので、これを開ける事にする。
市場通りにいる人々の大半からプレゼントを貰ったので、量はそこそこのものがある。
これを今全部食べるのは流石に無理だなと、クラウドは半分ほど食べた所で袋を閉じた。
あと少しになった炭酸ジュースを片手に、膨らんだ腹を撫でながら、遠くに伸びて行く谷の道を眺めていると、
「此処にいたか」
聞き慣れた声に振り返れば、ガンブレードを片手にレオンが此方に近付いて来る所だった。
「市場の皆から、お前が帰ってきていると聞いたんでな」
「お迎えをしてくれるとは、いつになく優しいじゃないか」
「まあ、誕生日だからな」
肩を竦めるレオンは、だからしょうがない、と言った風だ。
実際、迎えがいるような男ではないと思っているだろうから、大方、街の皆に「誕生日なんだから」等と言う枕詞で押されたか、単純にクラウドに用事を押し付けるつもりかのどちらかだろう。
その予想に違わず、レオンはクラウドの隣へと並ぶと、
「東地区に少々厄介なハートレスが集団で居座っている。手を貸せ」
「そんな事だろうと思った。東は、まだクレイモアが稼働していないんだったか」
「設置用のベースは確保したが、本体はまだだ。入り組んでいるから、マップの入力に時間が必要になるとシドが言っていた」
「……やれやれ」
帰って早々、此方も結構な歓待だ。
レオン達にしてみれば、幾らも手が足りない中にクラウドが帰って来たのなら、これ幸いであるに違いない。
クラウドも普段は自分の要件を最優先に勝手をしている身であるから、偶に戻って来た時位は仕方ないと思う事にしている。
言われたこと、頼まれたことさえ守れば、寝床と食事が約束されるのだから、安い宿泊料だ。
炭酸ジュースのボトルを空にして、クラウドは腰掛けていた瓦礫から立ち上がった。
行く気になったクラウドが気を変えない内にと、レオンも来たばかりの瓦礫道を逆に歩き出す。
「退治に行く前に、荷物を置いておきたいんだが」
「ああ、そうだな。折角街の皆から貰ったものなんだし」
「あんたの家で良い。どうせ行くんだから」
「そう言う提案はお前の方からするものじゃないだろう」
やれやれ、とレオンは呆れた溜息を吐くが、クラウドにしてみれば、実際行くだろう、と言う所だ。
校外に誂えた彼のアパートは、偶にしか故郷に帰って来ないクラウドにとって、良い宿泊所だった。
周囲がまだまだ人の気配がないので静かなものだし、同じアパート内に他の人間が住んでいる訳でもないから、色々と気儘に過ごせる。
本来一人暮らしを好む筈のレオンにとしては、不定期に転がり込んで来る居候は邪魔臭いのだろうが、クラウドが彼に追い出された事はない。
甘いんだか面倒臭がりなんだか、と思いつつ、お陰で雨風を気にせず休める場所が確保できているのは、クラウドにとってこの上なく良い事であった。
真っ直ぐ東地区へ向かうつもりであったのだろうレオンだが、一旦方向を変えた。
家へと向かうその後ろを、クラウドもいつものようについて行く。
「レオン」
「なんだ」
「あんたからはないのか」
「何が」
「誕生日プレゼント」
「図々しいな」
クラウドの催促に、レオンは胡乱な目で此方を見た。
両手に十分持っているだろう、と言わんばかりだが、それはそれ、である。
街の人々からの厚意は有り難く頂戴しているが、だからこれ以上は要らないだろう、とはならない。
「良いだろう、誕生日なんだから。今日限りの特権だ」
「お前な……」
「普段、あんたの頼みを聞いてるんだ。こう言う時位はお返しがあっても良いだろう」
「宿泊費タダで飯も食ってる奴が言うんじゃない」
いけしゃあしゃあと要求してやれば、レオンの拳がごつんとクラウドの頭を打った。
痛くはないが、痛いな、と抗議してやると、レオンは解いた手をひらひらと振る。
自業自得だ、と言っているのが聞こえた気がした。
はあ、とレオンは深い溜息を吐いて、
「お前が帰って来るなんて思っていなかったからな。生憎、何も準備がない」
「じゃああんたを寄越せ。それで良い」
「……安上がりなんだか高くついてるんだか、よく判らないな」
要求の裏側にあるものを読んで、レオンは益々呆れたと言う表情を浮かべた。
クラウドはその隣に並んで、自分より僅かに上にある整った顔を見遣り、
「今日の主役は俺だからな。俺の希望を叶えてくれれば十分だ」
「……嫌な予感しかしないんだが」
「それはあんたが勝手にそう想像していることだろう。何をするとも言っていないのに。で、何を想像したんだ?」
にやにやと笑ってクラウドが問い詰めてやれば、蒼の瞳がじろりと睨んだ。
しかし、睨み黙するばかりで、それ以上のことはしないレオンに、つくづく年下に甘いなと思う。
それだから堂々と漬け込んでやれるのだと、クラウドはひっそりとほくそ笑む。
見えて来たアパートに向かうレオンの足が、判り易く重みを増している。
今から其処に籠る訳ではないのだが、夜のことを考えて、色々と面倒に感じているのだろう。
下手に甘やかすものじゃない、と今日と言う日を恨んでいるレオンに、クラウドは鼻歌で漏れそうな上機嫌さで言った。
「あんたが俺の希望を叶えてくれるなら、今日の東地区のハートレス退治は俺一人でやってやろう」
「……まあ、それならそれで、助かるが」
「ああ。その代わり、俺の寝床と晩飯と、────後は言うまでもないか。誕生日に働くんだから、それ位は良いだろう?」
「…随分、自分を高く見積もってるようだな」
「ああ、安くはないんでな」
笑みを浮かべるクラウドの言葉に、自分で言うか、とレオンは何度目かの溜息を漏らす。
だが、クラウドがやる気で動いてくれるのなら、レオンにとってはこれ以上ない援けである。
レオンは自宅のアパートの前で足を止め、
「荷物は俺が持って入れておいてやる。お前は東地区へ」
「ああ。晩飯はスタミナをつけられるものにしてくれ」
「調子に乗るな」
両手に抱えていたプレゼントをレオンに渡して、クラウドは闇の翼を開かせる。
トッ、と地面を蹴って跳んだ男を、蒼の瞳はやはり呆れた色で見送った。
残された男は、無人になった空を見上げながら、「……やっぱり高くついたな」と諦めたように呟いた。
クラウド誕生日おめでとう!なクラレオ。
ドライな遣り取りしながら、やることやってる二人は好きです。
クラウドは大分羽目を外そうとしている気がする。この後何されるんでしょうね、レオンは。ご想像にお任せします。