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[ジタスコ]りんご一つ分の

  • 2022/09/08 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF


身軽を売りにしているジタンにとって、道なき道を進む事は、少なくない選択肢だ。
鬱蒼とした森の中、その樹々の上を飛び渡るのは、眼下の大地で起こり得る戦闘を回避するのに、良いルートになる。
この世界のあちこちで歩き回っているイミテーションの多くは、視覚情報と思しきものを頼りに、此方を襲ってくる。
だから彼らの目に入らない場所を移動していれば、かなりの確率で、安全圏を行く事が出来るのだ。
上位のものになると、聴覚のようなものも発達するのか、物音にも反応するようになり、中には魔力探知に優れたものもあるので、絶対のものではないが、取り敢えずひとっ走りで此処からあそこまで、と言う時にはこうした身軽さは非常に便利である。

秩序の聖域から少々離れた場所に、陣営の面々がちょっとした目印にしている木がある。
高い崖の上に迫り出すように植わったそれは、紫色の林檎が生っていた。
林檎と言うと往々にして紅、若しくは碧のイメージがあるものだから、多くの者は初めて見た時には林檎だとは思わなかった。
クラウドが「見覚えがある」と言わなければ、食べられる品種であるとは思わなかっただろう。
なんでも一年中、季節を問わずに実を付けるとかで、少々不名誉な二つ名を冠しているそうなのだが、味は中々に良いとか。
その言葉を信じて、食いしん坊と好奇心旺盛な面々が試しに口にしてみた所、中々に好評であった。
季節を問わず実が生る、と言うのは、通年性のものだと思えば勝手の良いもので、安全なものだと判って以来、秩序の戦士達は時折この木の下を訪れて、熟した実を採っている。
その他、実の色が特徴的なこと、崖を迫り出して伸びている為、その下からも見付けやすいこと、他にこれと同じ種の木が見当たらないことから、現在地を確認する良い目印となっていた。

今日のジタンは、その林檎の木へと一走りした。
昨夜、夕飯を食べた後、ティーダが「そろそろ甘いもんとか食いたいっスね」と言った。
それは独り言であったのだが、それを聞いたティナが「リンゴのパイとか、食べたいね」と言った。
耳を大きくしてしっかりそれを聞き取ったジタンは、ならばと朝一番に屋敷を発ち、件の林檎の木の下に向かったのだ。

綺麗に皮が色付いたものを厳選し、一つ二つ、どうせならパイにする他にも、ともう一つ二つ、三つと採る。
麻の小袋の中に採取したそれを入れ、保存食として砂糖漬けにするにも十分な数を確保したジタンは、さてと、と先ず崖の下へと飛び降りた。
それが林檎の木から、秩序の聖域へと戻る、最短のルートだったからだ。
腰に結わえ付けた袋は、林檎のお陰で少々重いが、ジタンの身軽さに支障を齎すほどではない。
この分なら昼には帰れるな、と夕飯までにパイを一つ焼き上げるくらいは出来そうだと、時間の算段を考えていた時、


「ん?」


枝を蹴って飛んだ瞬間、視界の隅に映ったものが、彼の意識を引いた。
とん、と降りた枝の上でバランスを取りつつ、今し方過ぎたばかりの方向へと首を巡らせると、


(スコール。一人か?)


木の下にある黒い影を見付けて、ジタンは目を凝らした。
茂る木々の葉枝で視界が遮られ、其処にいると思しき人物の様子はよく見えない。

ふむ、としばらく考えていたジタンであったが、そうしている間も動く気配のない影を見て、くるりと体の向きを変える。
一歩、二歩、三歩と枝を渡ると、目的地にはすぐに辿り着いた。
その間、気配も音も意図的に殺さなかったのだが、眼下の人物はやはり動かない。

ジタンはひょいと飛び降りて、木の根元にすとっと着地した。
そこまでしてようやく、幹にじっと寄り掛かっていた体が動き、ゆっくりと蒼灰色の瞳が此方を認識する。


「……あんたか」


一瞬、瞳の奥にあった険は、警戒の為だったのだろう。
其処にいるのが見知った仲間であり、石細工の人形でもない事をしっかりと確認した後、スコールはまた目を閉じた。
体は重怠そうに、片膝を立てて木の幹に体重を預け、頭を動かすのも面倒臭いと言う様子が伺える。

すん、と鼻を鳴らして、ジタンは血の匂いがないか確認した。
それらしいものがない事にこっそりと安堵しつつ、柔らかい草が敷き詰められた地面を踏んで、スコールの前へ近付く。


「どうした?怪我してんのか」
「……いや」


匂いはないが念の為、打撲でも何でも可能性はあると問うと、スコールは僅かな間を置いてから否定した。
その間は何かを誤魔化そうとしてのものではなく、ただただ、答えるのが面倒だった、と言う風だ。
しかし、平時から口数の少ないスコールでも、問われた事には案外律儀に応えてくれるもので、こうも応答自体を拒否するほど物臭ではない。

ジタンが傍にしゃがんで目線の高さを合わせると、蒼の瞳を抱いた瞼が、ゆっくりと瞬きをする。
ウォーリア・オブ・ライト程ではなくとも、スコールもそれなりに目力のある方なのだが、それが今は随分と弱い。
その原因を、スコールの方から説明してくれた。


「……コンフュを食らったんだ。弱いイミテーションだったから、意識が飛ぶほどじゃなかったが……少し頭がふらつくから、治まるまでじっとしていた」
「成程ね。そういやお前、ああいう魔法はちょっと弱かったもんな」


スコールはスリプルやコンフュなど、精神作用系と呼ばれる魔法への耐性が低い。
フリオニールやティーダも同様で、魔法の得意不得意はこう言う所にも表れるようだ。
思い返せば、ジタンが此処に来た時、スコールが警戒と共に一瞬強く睨んだのは、混乱魔法による視覚認識が少し危うかった所為なのかも知れない。
しかし、すぐにジタンのことを正確に認識したことから鑑みると、スコールが言ったように、その魔法の威力はそれほど強くはなかったようだ。

スコールはゆっくりと目を閉じて、後頭部を木の幹に押し付けた。
空を仰ぐように首を反らし、ふー……、と長く細い息を吐く。
ジタンはその整った横顔をじっと見つめ、顔色やその仕種から、スコールが他に傷の類を隠してはいない事を観察から読み取る。


「まだ休んだ方が良い感じか?」
「……そうだな」


ジタンが確認を取ると、スコールは少しの間を置いて答えた。

エスナなどの解呪魔法を持たない者にとって、意識の混乱を齎すコンフュの効果は、正常な認識や思考を大きく掻き回すので、理性が残っているなら、完全に魔法の効果が抜けるまでじっとしておく方が無難だ。
だからスコールの判断は間違っていないし、ジタンもそうするべきだろうと思っている。
だが、やむを得ずに選んだ場所なのだろうが、この木の周囲は少し開けていて、野生の魔物は勿論、徘徊するイミテーションからも見付かる可能性がある。
だから先程、ジタンが木の上からでも、彼を見付ける事が出来たのだ。

となれば、このままジタンがこの場をおさらばする訳にもいくまい。
少なくともジタンにとっては、十分な理由だった。


「じゃあ、治まるまでオレがここで見張っててやるよ」


胡坐をかいて地面に座ると、スコールは薄く目を開けて、胡乱な表情でジタンを見る。


「……必要ない。あんた、どうせただの通りすがりだったんだろう」
「まあそうだけど」
「だったら早く聖域まで戻れば良い。もう直に治まるだろうから、俺はそれから」
「直ぐ治るって保障のある話じゃないだろ?それまで此処が安全な訳でもないし」


スコールが魔法を喰らったのがどれ位前なのか、ジタンには判らないし、恐らく、訊ねてもスコールも正確な所は覚えていないだろう。
コンフュとはそう言った記憶の反芻や、思考力も乱してくるものだ。
ジタンの言葉に、スコールは判り易く眉間の皺を深くして、恐らくはその頭の中で色々と言葉を連ねていたのだろうが、声にならないそれはジタンには聞こえない。
考えてるんだろうなとジタンは十分察していたが、出て来ない限り、此方が少々強引に押しても許されることも知っていた。


「別に急ぎで帰ろうと思ってた訳じゃないし。ちょっと休憩して行っても良いさ」
「……」
「それにほら、二人で帰った方が色々都合が良いと思うぜ。誰に見付かったって言い訳もし易いし」
「……」
「ついでに今なら、林檎がオマケでついて来る」
「……は?」


黙って聞いていたスコールだったが、オマケの一押しには流石に声が出た。
眉間の皺を倍に深めて、何を言っているんだ、と言わんばかりの彼に、ジタンは腰に下げていた麻袋を探る。
一番上にあったものを適当に掴んで差し出せば、馴染のない色であるからだろう、一瞬彼は思い切り顔を顰めるが、


「……これは、あそこの林檎か」
「ああ。やっぱ大丈夫だって言われても、パッと見るとすごい色してるよな」


クラウドの世界でも、この色の林檎は他にないと言うから、本当に変わった品種なのだろう。

ジタンが差し出した林檎を、スコールはしばらく見つめていた。
改めて本当に食べられるものなのかを考えるように、胡乱な目で見つめ続けた後、諦めたように瞼が伏せられる。
もう一度蒼の瞳が見られた時には、相変わらず怠そうな印象が其処に映っていて、考えるのが面倒臭くなった、とありありと語っていた。

スコールは林檎を持っているジタンの顔をちらと見て、


「……これは、ティナの為に採ったんだろう」
「確かにその為に採りに行ったけど、一つだけ持って帰るなんてケチ臭いことはしないさ。どうせなら皆で食った方が美味いしな」


だから他にも採ってある、と笑って言えば、スコールはまた一つ諦めるように溜息を吐く。
面倒臭そうな表情をしながらも、重力に従っていた腕が持ち上げられ、ジタンの手から林檎を受け取る。


「……食って良いんだな?」
「ああ。特別にな」


念入りに確認をするスコールに、ジタンはウィンクをしながら言った。

元々、ティナには勿論、皆の為にと思って採ってきた林檎なのだ。
其処から丸々一つをスコールに食べさせてやると言うのは、ちょっとした贔屓にも思えたが、とは言え林檎はまだ十分あるのだ。
一つ特別に誰かにやっても惜しいものではないし、何より、こうしてスコールが受け取ってくれた事がジタンにとっては嬉しい。


(前はこう言うの、絶対要らないって言っただろうしな)


この世界で初めて顔を合わせた頃のスコールを思い出せば、今目の前で林檎を受け取ってくれた彼が、ジタンのことをどれほど信じてくれるようになったか判るだろう。
見張りをするよと言って、万が一にもジタンが裏切るような事をしないと、常に最悪の事態を想定する彼が、その可能性を考えないと言うのも嬉しいことだ。
それ程までに、彼の信頼が厚いことを思えば、林檎一つの贔屓位は可愛いものではないか。

紫色の林檎が、スコールの小さな口に運ばれる。
しゃり、と果肉を食む音に、ジタンの尻尾がゆらりと揺れた。





9月8日と言う事でジタスコ!
ずっとこっちを警戒してた猫が、今も素っ気ない態度は相変わらずだけど、ちゃんと信頼してくれてるのが嬉しいジタンでした。

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