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2022年08月08日

[レオスコ]傷とうそつき

  • 2022/08/08 21:35
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF


スコールの背中に出来た火傷を見て、見た目よりは酷くはないな、とレオンは言った。
受けたのが義士の放った炎の矢であった事が幸いしたのだろう。

本物からして、魔法の扱いは得意じゃないんだ、と言う言葉の通り、彼の魔法は威力も速度も大したものではない。
とは言え、全くの見た目だけでダメージがない、などと言うことはなく、当たると言うより“接近状態で着実に当てる”ことに使い方を絞れば、戦闘に置いて牽制や次への繋ぎの一手としては十分有効だ。
スコールは複数のイミテーションとの混戦の最中、義士に背後を取られ、これを喰らわされた。
義士の持ち味は接近での多彩な武器の扱いであったこともあり、裏をかかれたのは否定できず、スコールにとっては悔しい傷となっている。

スコールはウォーリア・オブ・ライトやフリオニール、セシルと違い、鎧を身に付けていない。
元の世界の在り様からして、足が鈍重にならざるを得ないような甲冑類はとうの昔に廃れていたし、あっても精々局所を防護する為のものだ。
それも重さは金属よりも軽く、かつ衝撃を逃がしながら耐えうる特殊合金であるとか、カーボン等を多用した柔軟性のあるものが多かった。
尚且つ、接近戦よりも、銃を多用したり、大型駆動の機械兵器で圧力を与える戦術が主流であるので、弾丸を防ぐような防弾ジャケットの類は別としても、個々人の防具装備と言うのは、機動性が重視される所もあった。
また、スコール達SeeDは、ジャンクションと言う能力を使うことが出来るから、それを接続する事で自身の身体能力を底上げすることが出来る為、道具に関しては武器を最優先に、後は各人の戦闘スタイルに合わせて、機動力を落とさないように選ぶことが推奨されている。

だが、召喚されたこの異世界では、防具の類は中々大事なものになっている。
銃火器を使う者はいないし、弾丸もスコールがガンブレードに装填する以外に使い道はないが、その代わり、多くの世界では魔法の火力が非常に強い。
本物の魔女を除き、“疑似魔法”しか使うことが出来なかったスコールの世界に比べ、ファイア一発でもその威力は大幅に違う。
魔力を扱うのは得意ではない、と言ったフリオニールに関してもそれは同じで、スコールのファイアよりも、彼のファイアの方が幾らか威力は上だった。
この為、頑強な防具を身に付けていないスコールがそれを喰らえば、それなりのダメージが残る事になる。

────だが、スコールの背中に残った火傷の後は、範囲こそ広いものの、ほぼ表面的なもので済んでいるとレオンは言った。


「間近で喰らった訳ではないんだな」
「……多分」


火傷用の塗り薬をスコールの背中に塗り広げながら言うレオンに、スコールは小さく頷いた。
後ろからの攻撃だった為、自分自身でさえその詳細は確認できていないが、少なくとも数メートルの距離はあった筈。
だから撃って来るなら投げナイフか手斧だと警戒していたのだが、直線軌道のないファイアを使われるとは思わなかった。
慢心だ、と読みが浅かったことに唇を噛む。

レオンは薬を塗り終わると、救急箱から包帯を取り出した。
慣れた手つきで巻き付けられていく包帯の感触に、動き辛くなる、とスコールは眉根を寄せる。


「……包帯なんて良いのに」
「じゃあ、背中全部を覆う位、大きなガーゼでも買ってこようか」
「もっと邪魔だろ、そんなもの」
「なら大人しくしている事だ」


ぐ、と包帯の巻き具合を軽く締めるレオン。
スコールはまた唇を噛んで、むうう、と眉間に深い皺を刻んでいた。


「そもそも大袈裟なんだ。薬だって」
「だが、ケアルもポーションも使う程じゃないと言ったのはお前だろう」
「動けない傷じゃないんだ、ケアルだって薬だって勿体無い。それなのに」
「傷そのものを今すぐ治さなくて良いなら、傷口の保護くらいはしないと、衛生上良くないぞ」
「それは────そうだけど」


レオンの言うことは最もで、大した事がないからと、負傷を何もかも放置するのは良くない。
この世界で怪我と言うのは日常茶飯事であるから、その一つ一つに丁寧に手当てをするのはキリがないのだが、最低限の処置はしておくべきだ。

これなら大人しくケアルを貰って置けば良かったかも知れない、と包帯の窮屈さに辟易しながらスコールは思う。
そんなスコールの様子に、レオンは包帯の端を固定しながら言った。


「そう拗ねるな。何せ場所が背中だからな、自分ではどうなっているのかちゃんと見えてないだろう」
「……」
「大した火傷じゃないのは確かだが、何せ範囲が広い。判るか、此処から此処までだ」


トン、とレオンの指がスコールの背中の一点を押し、其処から随分と離れて下へ。
此処まで、と言ってもう一度指が押した場所までを考えると、確かに広い範囲と言えるだろう。
レオンがスコールを諫める為、大袈裟に誇張していなければ、だが。


「お前自身、大したことがないと思ってるなら、それは良い事だ。だが、かと言って軽く見過ぎるのも良くない」
「……判ってる」
「なら良い。包帯は明日、具合を確認するついでに替えるとしよう。ついでに他にも傷があるなら見ておくが、どうだ?」
「別に、他は何も」


傷なら戦闘の都度に大なり小なりつくものであるが、治療が必要なほどのものはない。
擦り傷だとか小さな切り傷だとか、そんなものまで気にしていたら、この世界では傷薬が幾つあっても足りなくなるだろう。

そろそろ服を着よう、とスコールがソファの上に放っていたシャツに手をかけた時だった。
ひた、とスコールの脇腹に、柔らかく触れる手の感触。


「ここの傷は?」
「傷?」


そんな所にあったか、とスコールは首を傾げた。
其処なら自分で見て確認できるだろうと視線を落としてみると、レオンの手が丁度それらしき場所を覆っている。
それじゃ見えない、とレオンの手を退かそうとすると、思いの外しっかりとした抵抗感に遭った。


「……レオン?」
「うん」
「……別に痛くもないから、多分大したものじゃない」
「そうか。じゃあ、こっちは?」


スコールの脇腹に触れていた手が、するりと腰を抱くように絡まって、強い力で引っ張られる。
身構える間もなく、スコールはレオンの腕に抱き寄せられるように捕まっていた。

手当の為にソファに横向きに片足を挙げて座っていたレオン。
その膝の上にスコールは座らせ、彼の胸に背中を預けるように寄り掛かる。
そしてレオンの手は、巻いた包帯のすぐ上───スコールの胸の上あたりを滑るように撫でた。
俄かにぞくん、とした感覚が体を走って、スコールは真っ赤になってじたばたと暴れ始める。


「っそんな所に傷なんてない!」
「よく見たか?」
「見てる!見えてる!」


目のない背中と違って、体の前ならちゃんと自分で見えるのだ。
首ともなると鑑が必要だが、胸の上位なら、少し見え辛くはあっても、ちゃんと視界に入る。
何度見ても傷なんてものは其処にないと言うのに、レオンの手は悪戯を止めない。


「ちょっと、止め……っ」
「背中の傷に響くぞ。大人しくしていろ」
「あんたが変な事をするから!」
「変な事と言うのは────」


これか、とするりと胸を撫でる指先。
たったそれだけの事なのに、覚えのある感覚に、スコールは口を噤んでしまう。
そうしないと、あられもない声が出てしまいそうになるからだ。

今日の秩序の聖域は至って静かなもので、いつもスコールに構いつけて来る賑やか組は勿論、他のメンバーも出払っている。
レオンは今日の待機番で屋敷に残っており、スコールはいつものように一人で出て、一人で帰ってきた。
よく追い駆けて来るバッツとジタンは、今日はそれぞれのパーティに組まれている為、スコールは一人気儘な時間を過ごしたと言う訳だ。
そんな時にイミテーションの群れと遭遇し、口惜しくも負傷して帰ってきたのだから、手隙でもあったレオンが手当てをしようと言うのは当然の流れだろう。
其処までは理解するが、しかし此処から先は、どう考えても手当と言う名目から外れている。

レオンは巻いたばかりの包帯のある場所を避けながら、他の露出している肌を酷く柔らかい触れ方で撫でて行く。
早く服を着れば良かった、とスコールは思うも既に遅く、後ろから首を甘噛みされるのが判った。
痕が残らない程度に立てられる歯の感触に、あ、と小さな声が漏れる。


「一通り確認しておこうか」
「な、にを……」
「他にも傷がないかどうか。お前はすぐに隠したがるから」


言いながら、レオンの右手がするすると降りて行き、スコールの腹を撫でた。
其処からまたゆっくりと、体のラインを確かめるように滑る手が、引き締まった太腿へ。


「だから、そんな所に傷なんて……」
「ないと言い切れるか?此処にもあるのに」


ちゅ、とレオンの唇が、スコールの肩の後ろを吸った。
彼の言う通り、其処に傷があるのか、今のスコールには確かめようもない。
だが本当に傷があるのなら、レオンはこんな戯れをしていないで、真っ当に手当てをしようと言い出すだろう。
それを思えば、やっぱり嘘か、精々とうに治った傷の瘡蓋が消え切っていないとか、その程度だろうとは思うのだが、


「こんな世界だからな。傷なんて一々気にしているものじゃないとは思うが」
「ん……う……」
「お前が無事だと言うこと位、触れて確認するのは良いだろう?」


そう言ったレオンの手が、益々確信をもって悪戯をするのを感じていると、これは確認じゃない、とスコールは思う。

屋敷の中はやはり静かで、メンバーは今朝発ったばかりだから、斥候や探索から早々に帰って来る者は少ないだろう。
しかしスコール然り、ふらりと出掛けて気が済めば帰って来る者がいない訳ではないのだ。
それを思うと、共有スペースとも言えるリビングで、これ以上の“確認”は聊か不味いと思うのも確かで。


「……レオ、ン……」
「ん?」


じわじわと育って行く熱の感触に、堪え切れないのはいつだってスコールの方だ。
レオンは普段と変わらない顔をしながら、けれど何処か楽しそうな顔で、スコールがそれを切り出すのを待っている。
言わなくては次に進んでくれないのが常だから、スコールは真っ赤になりながら白旗を上げるしかない。

此処は嫌だ、と蚊の鳴くような声で零せば、レオンは満足そうにスコールの項にキスをした。
柔く舌が当たるのが判って、ぞくりとした感覚が背筋を駆け抜ける。
背中の傷が、大人しく出来ないのかと抗議したような気がしたが、抱き上げる腕から逃げるなんて選択肢はないのだった。





レオスコいちゃいちゃ。

抵抗しているけど、レオンになら割と何されても良い距離感のスコール。
レオンの方も判っているので、スコールが本気で嫌がらない程度に揶揄いながら可愛がってる。

[スコリノ]温もりの言葉

  • 2022/08/08 21:30
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF


いつかの旅は、今思えばリノアにとって、とても自由で広くて無限大だった。

ティンバーのレジスタンス活動に関して、サイファーに相談しようと思って訪れたバラムガーデン。
そこで一緒にダンスを踊った青年は、「踊れないんだ」と言ったのに、本当はとてもダンスが上手かった。
なんで嘘を吐いたんだろうとその時は思ったけれど、今なら判る。
彼はごくごく単純に、ああいう場自体が好きではなく、他人と物理的にも心理的にも近しい距離になるのが好きではなかったから、壁の花に徹していたのだろう。
それを踊り場に半ば強引に引っ張りだした自覚はあったが、リノアはその瞬間のことを後悔していない。
あそこで彼に逢えたから、彼の顔をじっくりと見て覚えたから、その後の再会でもリノアはすぐに「あの時の人だ」と思い出すことができたのだ。
もしも思い出すことがなかったら、きっとリノアは彼にとって、“ただの依頼人”として終わっていただろう。

それから魔女と対決したり、軍に捕まったり、ガーデン内の派閥争いに巻き込まれたり。
動き出したけれど操作不能になったバラムガーデンの中を案内して貰ったり、海の真ん中にある大きな駅で、彼と二人きりで話をしたり。
魔女に意識を乗っ取られている間の事は、当然ながら全く覚えていないのだけれど、目を覚ました時の絶望感は忘れられない。
何処までも真っ暗な世界の中に独りぼっち、指先から冷えて行く体、息も出来ないほど、肺まで冷たくなって行くのが判った。
このまま死んじゃうんだ、と他人事のように思った、その時。
頭の中から響いてきた、死ぬ間際の空耳のようにも一瞬感じた、けれどはっきりと伝わった、名前を呼ぶ強い声。
必死に、一所懸命に、そんな風に自分の名前を呼んでくれる人がいるだなんて、思ってもいなかった。
そして、彼から預けて貰った“一番のお気に入り”が目の前できらきらと輝いていたから、ああこれは返さなくちゃ、と思ったのだ。
だから、生きなくちゃ、と。

それから二人きりの宇宙空間で、ほんの少しの間、話をした。
大事な話をしなくてはいけないことは判っていたけれど、現実から目を逸らしたくて、他愛もないことを語り合ったりもした。
けれど残酷な事実は、逃げても追い駆けて来て、結局、魔女の力のことは知られてしまった。
あの時、泣き出しそうな顔をしていたのは、リノア自身だけではないのだと、彼は気付いていただろうか。
沢山の人に、何より目の前の人に嫌われる前に、いなくなりたいと言った。
そうすれば、自分の心の中にいるのは、宇宙まで自分を迎えに来てくれた目の前の人でいっぱいになる。
それがあの時、リノアが精一杯に考えて考えて行き付いた、最後の我儘と、自分への慰めだった。

だと言うのに、そこからまた迎えに来てくれるだなんて、誰が思っただろう。
泣きそうな顔で見送ってくれた彼は、お気に入りのリングも預けたままで良いと言った。
だからきっと、多分、彼も最初はそういうつもりではなかったのだ。
彼はリノアの我儘をずっとずっと叶え続けてくれて、あの時もそれは同じで、最後までリノアの心に寄り添ってくれていた。
だからこそ、もう一度迎えに来てくれるなんて、想像もしていなかったのだ。

受け止めてくれた彼の腕の体温を覚えている。
「魔女でも良い」と言ってくれたその声は、耳の奥に染み付いて、きっと一生忘れない。

そして、きっと皆の旅の始まりとなった、未来の魔女との闘いは終わった。
何処にだって行く事が出来たような気がした、リノアの自由な旅も終わった。
拗れ続けていた父親との間は、彼が不慣れだろうに間に入ってくれて、自分自身もあの頃よりも周りがきちんと見えるようになって、少しだけ改善されている。
ただその分、ティンバーを駆け回っていた時のような向こう見ずな勢いは形を潜めてしまって、今は限られた場所を行き来する毎日。
内包する儘の魔女の力のこともあったし、それそのものはやはり恐ろしくはあるけれど、付き合って行こうと思う位には、受け入れた。
だってこの力があったから、リノアは彼等と一緒に旅をすることが出来たのだ。
だから、今後この力をどうするのか、どうすることが出来るのかと言う研究に協力することも含めて、以前よりは不自由になった日々を受け入れている。

────と、こう綴ると、今の日々が窮屈にも見えるのだが、存外とリノアは自由である。
行ける場所に限りはあるけれど、常に傍に監視がある訳ではなかったし、遠出をする際には護衛が求められる身にはなったが、その際就いてくれるのは事情を知っている面々、つまりはあの旅を過ごした仲間達だ。
カーウェイからの依頼と言う形もあり、彼等にとっては仕事の一つと言うことだが、それでもリノアにとっては、束の間、気心の知れた仲間と逢える貴重な機会だった。
特に一番心を寄せる、リノアの“魔女の騎士”は忙しさは最たるもので、中々その護衛任務に来てもらうことも出来ない。
それでも顔だけでも見たい、と願うリノアの乙女心を皆は理解してくれるから、可能な時には、彼のスケジュールを譲って貰えることもあった。

今回、バラムガーデンに来たのも、それが理由だ。
リノアは、一ヵ月ぶりにバラムガーデンの門を潜り、旧知の面々と再会した。
と言っても、皆多忙な身であるから、逢えたのはガーデンに教師業もあるからと詰めているキスティスと、任務帰りだったと言うゼルだけだ。
他のメンバーは、それぞれ明日には帰る筈よ、と言われたので、それを楽しみにしている。

そしてリノアは、「まだ顔を見てないから、多分部屋よ」と言うキスティスのアドバイスに従って、ガーデンのSeeD寮へと急いでいる。


(昨日も遅かったみたいだし、まだ寝てるかも)


勝手知ったる人の庭で、ガーデンの構造はリノアの頭に入っている。
すっかり通い慣れたルートを歩く足は、分かり易く弾んでいて、この後のことを楽しみにしているのが判る。
その後ろをついて来る愛犬も、久しぶりに彼と逢えるのが嬉しいのか、終始興奮気味にステップを踏んでいた。

寮の建物に入ったら、二階に上がって、並ぶ扉を四つ通り過ぎる。
部屋番号を間違えていないことを確認し、扉横のパネルについているキーボタンをぽちぽちと押した。
もう見なくても間違えずに押してしまえる位に、此処に通っているのだと思うと、なんだか面映ゆい。
解錠ボタンを押すと、ピピ、と言う小さな音が聞こえた後に、かちゃん、とロックが外れる音が鳴った。


「おじゃましま~す」


部屋主が寝ているかも知れないと言う配慮から、気持ち声を潜めて挨拶をしながらドアを開ける。
返事はなかったが、いつものことと言えばそうで、リノアは構わず中に入った。

アンジェロが一緒に中に入ったのを確認してから、そうっとドアを閉める。
改めて部屋へと向き直ると、思った通り、部屋の主───スコール・レオンハートはベッドの上で蹲るようにして眠っていた。
ネコちゃんみたい、と思いつつ、リノアは足音を忍ばせて、眠る部屋主の下に近付く。


「……おーい」
「………」
「お邪魔してますよ~」


声をかけるリノアだが、その声は眠りを妨げない小さなものだ。
目元にかかる前髪のカーテンを、リノアの指がそうっと持ち上げてみても、長い睫毛を携えた瞼は動かない。
大分深い眠りの中にいるようで、これは揺さぶりでもしないと起きないだろう。
けれど、日々を忙殺の中で過ごしている彼の事を思うと、それをするのは聊か可哀想だ。

アンジェロがベッドの端に顎を乗せて、くんくんと鼻を鳴らしている。
久しぶりに嗅いだスコールの匂いが、アンジェロにとっても嬉しいようで、はっはっはっ、と息が弾んでいた。
早く起きて遊んで欲しいけれど、眠りを妨げようとはしない愛犬に、リノアは良い子良い子と頭を撫でた。


「スコールが起きるまで、ちょっと待ってよっか」
「クゥン」
「うんうん」


返事をするように小さく鳴いたアンジェロに、リノアはくすりと笑う。

リノアがベッド横にすとんと腰を下ろすと、アンジェロはその隣に伏せた。
飼い主の気持ちに沿ってくれる、彼女もとても良いパートナーだ。
だから、リノアが大好きな彼に、彼女もよくよく懐いてくれたのだろう。

リノアはアンジェロの柔らかい毛並みの背中を撫でながら、じっと眠る恋人を眺めていた。


(やっぱり寝顔、可愛いなあ)


いつかに初めてその寝顔を見た時、リノアは同じ事を思った。
普段はずっと、それが基本のパーツのように浮かんでいる眉間の皺は、眠っている時だけ緩んで消える。
そうすると、存外と幼い顔立ちをしているのが露わになって、昔の彼が“泣き虫だった”と語るサイファーの言葉が判る気がする。
少なくとも、気が強い人の顔をしていないのだ。
彼等と知り合ってからまだ一年程度しか経っていないリノアにとって、そう言った思い出話は聞いていることしか出来ないものだけれど、こうやって、ふとした時にその名残の片鱗を見付けられる。
その瞬間が少しだけ嬉しくて、リノアは彼等の思い出話を聞くのが好きだった。

リノアはそうっと手を伸ばして、スコールの頬に触れる。
色白と言う訳ではないけれど、スコールの肌はあまり日に焼けることが出来ないらしく、日光に当たると僅かに赤らむ。
今日はずっとこの部屋で眠っているのだろう、そのお陰で今は健やかな肌色だ。
その頬をつんつんと突いてみると、薄い弾力の感触が帰ってきた。


(流石にそんなに柔らかくはないよね。スコールだし)


セルフィやゼルのようにころころと表情を変える訳ではないので、スコールの表情筋は固い。
ラグナのようにお喋りに富む訳でもないので、口の周りは尚更、動かすことは少なかった。


(初めて会った時からそうだった。あんまり喋らないし、ずっと眉間に皺寄せた顔してたし)


壁の花になっていた時、スコールの下には、ゼルやセルフィが声をかけに行っていた。
試験の時に同じ班───よくよく聞くとセルフィはまた違ったそうだが───だった縁もあっての事だろう。
その時から、スコールはあまり口を動かしていなくて、二人の方がオーバーにはしゃいでいるように見えた位だ。
スコールは早く帰りたい、と言わんばかりの様子で、面倒臭そうに黙々とグラスを傾けていた。

リノアは、そんなスコールを見付けて、格好良いな、と思ったのだ。
グラスを片手に、壁に寄り掛かって、一見するとぼんやりとした表情で、じっと天井を見上げている。
誰もが見ているようで見ていない、ガラス越しの空を、彼は一人見ていたのだ。
その時、リノアもなんとなく空を見上げていて、月の前を横切るように走る、小さな光を見付けた。
今思えばあの光は、大気圏で人工衛星か何か───ロマンを掲げるのなら隕石か───が燃え落ちる瞬間だったのだろう。
一秒になるかならないか、そんな僅かな時間に輝いた光を、自分と彼だけが見ていたから、リノアは彼に声をかけようと思ったのかも知れない。


(あと、格好良かったし)


別に人選びをしていたつもりではなかったけれど、あの場でスコールを見付けた時、彼が一番格好良い、とリノアは思った。
人目を避けるように壁の花に徹していた彼が、リノアには誰よりも眩しく色付いて見えたのだ。

あれからスコールとは色々あって、喧嘩もしたし、仲直りもした。
スコールは言葉が少ないから、暖簾に腕押しをしている気分になるのはよくある事だったが、それでも彼は色々な事を考えてくれている。
そして、大事な時には、きちんとリノアが欲しい言葉をくれた。
あの花畑で、つっかえながら話してくれたスコールの言葉は、何処まで行ってもリノアの一番柔らかい場所に溶け込んでいる。


(……今は、あんまり傍にいられなくなっちゃっているけど。でも、それでも……)


離れるな、と言ってくれた時、どんなに嬉しかったか。
リノアの望みに添って離した手を、もう一度握り締めに来てくれた時、その手を引いて封印施設から逃げた時。
嬉しくて眩しくて温かくて、前を走るその背中が愛しくて、夢を見ているような気持ちになった。

そして今も、スコールは、リノアを沢山の悪意から守る為に奔走している。
リノアが遠くに行かなくて良いように、自分の手の届く場所で守り続けることが出来るように。
だから彼の言った「俺の傍から離れるな」と言う言葉は、あの頃と形が少し変わっただけで、今もずっと続いているのだ。


(だからね、スコール。無理しないでね)


リノアが部屋の中に入って来ても、傍でこうして眺めていても、起きる様子のないスコール。
それ程、疲れているのだと思うと、リノアは歯痒いものもあったが、同時に嬉しくもあった。
大好きな人が、自分の為にこんなにも頑張ってくれる人がいる事が、嬉しくない訳がない。

だからリノアは、極力、休息を採るスコールの邪魔をしないようにと努めている。
……けれども、いつまでもこうして眺めているだけで時間が過ぎて行くのも、勿体無くもあって。


「……落書きでもしちゃおうかなぁ」


そんな風に、する気のない悪戯を呟くいた時だった。
んん、と小さくむずかる声が零れて、丸くなったスコールの手脚が身動ぎする。


「……う……」
「あ」


ぎゅう、と眉間に皺が寄せられた後、重い瞼が震えた。
薄らと覗いた蒼の瞳は、まだ差し込む陽光の眩しさを嫌い、何度も強く閉じては一瞬だけ開くのを繰り返す。
気配を察知してか、伏せていたアンジェロが頭を起こし、じっとベッドの上の住人を見詰めていた。

リノアはそっと、スコールの頬に手を当てた。
夢か現か、まだ寝惚けているのだろう、スコールのぼんやりとした瞳がリノアを捉える。


「……リノア……」
「うん。おはよう、スコール」


触れる温もりは夢ではないと、此処に自分はいるのだと伝えるように、優しく撫でてみる。
スコールはそんなリノアの手に、自分の手を重ねると、愛おしむようにそっとそれを口元に寄せ、


「……おはよう、リノア」


手のひらに触れる柔らかい感触に、わあ、とリノアの顔が赤くなった。






居眠りスコールと、それを眺めるリノア。

スコールにとって眠るリノアを眺めるのは、色々と思い出して複雑になりそうですが、リノアの方はスコールの寝顔を見るのは好きそうだなあと。公式に「寝顔、かわいい」で起きるまで眺めてたようだし。
あとうちのリノアは、スコールの顔が大好きなようです。格好良いし可愛いしで、痘痕も笑窪。スコールにとってリノアもそうなので、お互い様。

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