[サイスコ]この夜を越えない内に
サイファーがバラムの港に帰った時、時刻は日付を越えようとしていた。
砂埃に火薬の塵にと、魔物だらけの戦場から帰還したと如何にもそれらしい風体の彼を、寒々しい港の風が迎える。
同じ任務に就いていたSeeD達は、揚陸艇から降りるなり、寒い寒いと悲鳴を上げた。
トラビアの寒波に比べれば遥かにマシとは言っても、揚陸艇の中でそれぞれ暖を取りながら一段落していたのだ。
其処からの冬風は、幾ら温暖気候のバラムのものとは言え堪えない訳もない。
サイファーは最低限の点呼確認等を済ませると、さっさと解散を言い渡した。
SeeD達もこれ幸いと足早に港を離れ、各自の家路を急ぎ出す。
と、その中で一番に港を出ようとしていた少年が、
「あっ、指揮官……!」
思わず出たのであろうその声は、自分達以外に人のいない港に、思いの外よく響いた。
眉根を寄せてサイファーが声の方向を見れば、黒衣のコートを着た人物が立っている。
いつもの服装とは違う冬の装いでありつつも、首元のファーや、足元まで黒ずくめに整えている等、見慣れた印象とはそう変わらない。
コートなんて持ってたのか、とサイファーが思いつつ、足は其方へと向く。
何せ港からの出口は、黒衣の人物が立っている場所にあるのだから。
黒衣の人物────スコールは、敬礼する部下達に、街の方を指差していた。
近付きながら聞き耳を立てていると、複数台のレンタカーの手続きを済ませてあるから、分乗して行け、とのこと。
自腹を切ってタクシーを使うか歩いて帰るかと言う予定だった寮生は、それを聞いて嬉しそうに駆けて行った。
最後に港から出て来たサイファーに、海の底に似た色をした瞳が向けられる。
「……遅い」
「俺の所為じゃねえよ」
憎々しげな開口一番の文句に、サイファーは少し乱れた金髪を手櫛で掻き上げて言い返した。
今回の任務は、トラビア雪原で大量繁殖した複数種の魔物退治だった。
その半分が夜行性の性質を持っていた為、巣穴の特定や個体数の確認等、どうしても手間がかかってしまい、中にはコロニーと呼べる程に規模の大きな群れを形成しているものもあった。
場所が内陸部のビッケ雪原であった事も手伝い、寒波への備えも含め、安全確保しつつ確実に仕留める手段を整えるにも時間がかかる。
そんな環境で、誰一人大きな負傷者を出す事なく、往復五日で帰って来たのだから、優秀と褒められて良い筈だ。
それでも遅いと言うのなら、そう評される原因は、人間ではなく、自然の脅威に因るものとしか言いようがない。
ふう、と吐き出すスコールの口元から、白い息が零れて行く。
港湾入り口の傍に建っている外灯に、寒さの所為であろう、赤らんだ頬が映し出されている。
いつから突っ立ってたんだか、と思いつつ、サイファーは持っていたガンブレードケースを肩に担ぎ、スコールの前で仁王立ちになって、僅かに低い位置にある蒼灰色を見下ろす。
「こんな夜更けに、指揮官様自らお出迎えしてくれるとはね。光栄ってもんだ」
「あんたは一応、監視付きだからな。帰り道に逃げ出さないとも限らないだろう」
「そういやそうだったな。見張り無の生活が長くて忘れてたぜ」
”魔女戦争”の経緯により、サイファーには”戦犯”の肩書がついて回っている。
二十歳の卒業までにSeeD資格の取得と、任務として社会奉仕を行う事で、更生を図ると言う名目の下、バラムガーデンにその身を拘束されている。
平時はスコールを始めとした、“魔女戦争の英雄”の立役者となった幼馴染のメンバーが監視役として就いており、ガーデン内では基本的に単独行動を許されていない。
───筈なのだが、存外とその拘束具合は緩く、こうしてサイファーを班リーダーとして任務に出される事も儘あった。
サイファーがガーデンを離れている時などは、同行するSeeD達がその監視役を担うことになるのだが、サイファーはその視線を特に気に留める事はなかった。
仮に闇討ちでもしよう者がいるなら、剣の錆にする自信はあったし、その気になれば全員の眼を欺いて姿を晦ます事も訳はない。
スコール達もそれを判っていて任務に従事している訳だから、他のSeeD達の監視なんてものは、自分達が忙しくてサイファーを放逐せざるを得ない時の、体の良いこじつけのようなものであった。
始めは警戒あり、恐怖ありと、遠くから伺っていた他のSeeDたちも、内心の本音は各自あるが、バラムガーデン属するSeeDの最高権限を持つ”指揮官”の命令なら仕方ない、と外面くらいは取り繕うようになっている。
そんな生活から五日ぶりに、指揮官自らの監視付きに戻る事に、やれやれとサイファーは肩を竦ませる。
まあこれも日常だと思いつつ、さっさと寒空からおさらばする為、帰る道へと向かう足を再開させた。
その後を追う形で、スコールも港湾入り口を離れる。
「レンタカーがあるんだって?」
「……ああ」
「気の利く指揮官様だ。流石に疲れたからな。ついでに運転手もしてくれるのか?」
そう遠くはない距離とは言え、疲れた体で車の運転は面倒臭い。
出迎えついでに送ってくれるのなら、サイファーも楽なのだが、まあ其処まで厚遇はしてくれないだろうと期待はしていなかった。
が、返答はそれ以前のものから寄越される。
「あんたが乗る車は、多分ないな」
「は?」
しれっとした声で言ってくれたスコールに、サイファーは隣を歩く人物に負けず劣らずの皺を眉間に寄せて声を上げる。
どう言う事だと睨んでやれば、スコールは寒そうにファーの衿前を手繰り寄せながら、
「レンタカーは3台分。今回の任務は、あんたを含めて13人」
「おい」
「俺も乗るなら14人」
「詰めりゃ問題ないだろ。っつーか、お前はどうやって来たんだよ」
帰還したSeeD達の為にレンタカーの手続きをしているのなら、自分の分も確保しているのではないのか。
そもそもレンタカーが3台、仮にそれが定員4名を前提としているなら、派遣された人数と釣り合いが取れない。
だが、スコールが自分用に用意した足が別にあるのなら、サイファー一人をそれに相乗りさせれば足りる筈だ。
そう言う計算で手続きをしていたのではないかと睨むと、スコールは眉根を寄せてサイファーを睨み返していた。
「なんだよ」
「………」
物言いたげな蒼灰色に、疲れと当てが外れた気持ちで凄んでやれば、スコールは視線を逸らす。
存外と負けず嫌いなスコールが、睨み合いでサイファーから直ぐに目を逸らす事はない。
と言う事は、やはり何か言いたい事───意図している事があるのだと、サイファーは感じ取った。
コートのファーに口元を埋めているスコールに、サイファーはずいと顔を近付けた。
疲れもあって、肩に担いだガンブレードケースが重かったが、構わず近い距離でスコールを見続ける。
こう言う耐久勝負は、案外短気なスコールに分が悪い事をサイファーはよくよく知っていた。
そして案の定、スコールは眉間に目一杯の皺を寄せて、視線は逸らしたままで言った。
「いいだろ、あんたは別に。車なんかなくても」
「歩いて帰れって?他の奴等にはお優しい癖に」
「……寝てから帰れば良いだろう。ホテルはすぐ其処だ」
ちらと見遣ったスコールの視線を追えば、バラムホテルが其処に建っている。
港と街を繋ぐ道沿いにあるのだから、確かに話としては悪くない。
これもまた自費と言うのは聊か顔を顰めたい所だが、疲れた足で、寒空の下をバラムガーデンまで歩いて帰るよりはマシだ。
料金さえ払えば、朝食だってつける事が出来るし、指揮官が此処にいてその彼から「ホテルを使えば良い」と言われたので、少々の重役出勤も多めに見ては貰える筈だ。
だが、そう言う事ではないのだろう、とサイファーは思う。
「……で?俺はそれでも構わねえが、お前はどうするんだ?」
普段はバラムガーデンの指揮官室で缶詰になっているスコールが、こんな寒い夜に、港まで。
帰還したSeeD達を、わざわざ出迎えてやる事に意味を見出す程、スコールは部下に熱烈な愛情を注ぐような人間ではない。
いつまでも視線を逸らしているスコールに焦れて、サイファーは左手でスコールの頬を覆うように掴む。
指に挟まれた頬肉が潰れて、唇が少し突き出されているのが、間抜けな顔だと思う。
しかし可愛いもんだとも思うのだから、惚れた欲目は大した色眼鏡だ。
そんな事を思いながら、逃げた視線が此方を向くように頭を動かそうとすれば、分かり易く抵抗の力が帰って来た。
夜の港で、一体何をしているんだか。
思いながらも、意地になっている様子の恋人が無性に可愛くて、サイファーは冷える手の事も忘れていたのだが、
「っしつこい!」
ばしっと下からスコールの腕が降り上げられ、顔を掴んでいたサイファーの手を払う。
ひでえの、と一つも思っていない顔で、払われた手をひらひらと遊ばせていると、スコールはまたファーに顎を埋め、
「さっさと行くぞ。チェックインの時間はとうに過ぎてるんだ。あんたが帰るのが遅い所為で」
「トラビアにいたんだぜ。予定通りに帰って来るなんて保証、ある訳ないだろ」
「……あんたの事だから、どうにかして帰って来ると思うだろ」
スコールの言葉に、サイファーは一瞬首を傾げるが、そう言えばと思い出す。
揚陸艇の中で報告用の書類を書いている時に見た日付。
それを見て、色々と予定もあったのに虚しい日になったなと、聊か残念に思っていたのをすっかり忘れていた。
すたすたと、サイファーを置いて行く勢いで歩き出したスコールに、サイファーはやれやれと肩を竦めて言った。
進む足を追って隣に並ぶと、赤らんだ頬が見える。
よくよく見れば鼻頭も紅くなっていて、いつからあの港に立っていたのかと思う。
───それ位に、今か今かと帰りを待っていてくれたのなら、少しは素直になれば良いものを。
そうすれば、サイファーだって意地の悪いことは引っ込めて、抱き締めて愛を囁くくらいのことは幾らでもしてやるし、寒さを忘れる程に交わる事だって喜んでするだろう。
最も、スコールが素直でないのは判り切った事で、サイファーがそんなスコールを愛しているのも、揺るぎのない事実である。
場所がホテルか、寮部屋かの違いがあるだけで、行き付く先もそう変わりはしなかっただろう。
バラムホテルのエントランスを潜り、サイファーはレセプションへと向かうスコールの後姿を眺めていた。
肩に担いだ愛剣を納めた箱は重く、さっさと下ろしてしまいたいが、雑な所へは置けない。
部屋に入るまでは辛抱だと、面倒臭がる筋肉を叱りながら、サイファーはちらとロビーに鎮座している古びた置時計を見た。
(まあ、間に合った、か)
日付はあと少しで変わる。
それでも、今日と言う日に間に合ったのなら、悪くない日であったと思える気がした。
受付を終えて戻って来たスコールは、その手に鍵を一つ持っている。
「ダブルか?」
「ツイン」
帰って来た言葉に、其処はダブルにしろよと言いながら、狭いベッドも悪くはないと思うのだった。
サイファー誕生日おめでとう!と言う事でサイスコ。そんな単語は一つも出ていないけども。
スコールの方から色々準備をしてくれたので、今夜はお楽しみですね。
スコール、ツインかダブルかを散々悩んだ末に、結局思い切れずにツインにした模様。
一応選択肢にはあったけど、サイファーには言わない(が、バレてる気もする)。
でも結局使うベッドは一つになるだろうから、ダブルにすれば良かったかな……って後から思うのかも知れない。