[セシスコ]熱を溶かした人だあれ
セシルとのセックスは、時折、何とも言えない苦しさをスコールに感じさせることがある。
それは決して痛みを伴っている訳ではなく、寧ろそれがないから余計に、スコールにとっては受け入れがたい瞬間と言うのがあるのだ。
酩酊する程の心地良さと言うものを、スコールは素直に甘受できない。
元々理性が強い性質であるし、自分の思う通りに躰が動かないのは恐ろしいと思う。
況してや、勝手に変な反応をするような事は、到底簡単には受け入れがたいし、出来ればそんな状態は避けたいと思う。
戦闘中に魔法を使われたとか言う理由があるなら、相応に対処をすべく頭をフル回転させる事が出来るが、大量の快楽物質に脳が焼かれている時は駄目だ。
自分がどういう状態にあるのか、何をすれば良いのか、何一つ理解できないまま、翻弄されて溶かし尽くされる。
それが恋人と交わると言う事なのだとしても、どうしてもスコールは、最後の理性の一片を手放す気にはなれないのだ。
そんなスコールのことを、セシルもよくよく理解している。
年齢的には大した差はない筈、とスコールは思っているつもりだが、その実、彼との人生経験の差は決して小さくはなかった。
特に閨事に関しては、それぞれの世界の常識と言うものが違っている事もあって、スコールはまるで赤子のような気分にされる。
何せ、スコールが知らないスコール自身のことを、悉く彼が暴くのだ。
それでいて柔衣のように包み込む事も忘れないのだから、本当に彼と繋がり合うのは恐ろしい事だと思う。
だと言うのに、どうにもスコールは、そんな彼から離れられない。
人目を避けるように、夜も遅い時間に彼の部屋を訪れて、静かな其処に滑り込む。
部屋の主一人が寝ているベッドの中に、眠れない子供のようにもぞもぞと侵入すれば、初めから分かっていたかのように薄く笑みを透いた瞳に迎えられる。
そうして、おいで、と両手を広げる彼に誘われるまま、今日も熱に浮かされた夜が始まる。
「君は甘えん坊だね、スコール」
「……そんな事ない」
夜着の上から、腰骨や腹、背中を辿る掌の感触を感じながら、スコールはセシルの言葉を否定した。
しかし、それはすっかり形だけのものとなって久しく、体は触れられた場所からじんわりとした熱を帯びて行く。
体の中の細胞の一つ一つを侵食して行くように、ゆっくりと広がって行くその感覚を知りながら、スコールは身動ぎもせずにセシルの手を受け入れていた。
傷の奔る額に、セシルの柔らかな唇が触れる。
そうすると、スコールからはセシルの白い喉が目の前にあって、綺麗な顔をしているのに、くっきりと喉仏が浮いているのが確認できた。
悪戯心のようなものが沸いて、それを指先でつんと突くと、く、とそれが震えたように見えた。
ふふ、と小さく笑うのが聞こえたので、擽ったかったのかも知れない。
背中を辿っていた手が一度降りて、服の裾から中に侵入して来る。
ひたりと骨ばった手の温度が少し冷たくて、熱を上げている真っ最中のスコールの躰は、その顕著な温度差にかふるりと震える。
「ん……」
「今日は、しても良い日かな?」
背骨のラインをゆっくりと撫でながら、セシルが問う。
君がしたくない日はしないよ、と初めての夜を迎える時に、セシルは言った。
恋人同士であるからと、必ずしも体を繋げる必要はないし、こんな世界で出逢った関係だから、万が一の時にも残す記憶は多くはない方が良いから、と。
明日には失われている可能性も低くないのだから、セシルの言う事は尤もだと思った。
だが、それを突き詰めて言うのなら、そもそもセシルはスコールの気持ちを受け入れるべきではなかったし、スコールも自分の気持ちを自覚しなければ良かった。
知らなければ何もないまま消えていたの感情を、ゆっくりと肥え太らせたのは誰だろう。
スコールは、その責任を誰に取らせるつもりもないけれど、少なくとも、肥料を与えた人間が誰なのかは判っていた。
スコールは背中が空気に触れて行くのを感じながら、目の前の男の首に腕を絡めた。
言葉を発するのが何かとハードルが高いスコールは、声の代わりに態度で示す。
それも始まりの頃は難しいものだったのだが、何度となく過ごした夜の間に繰り返す内に、段々とスコール自身の中で抵抗感は削られて行った。
同時に、こうしてサインを示さなくては、思ったようにはセシルが応えてくれないと学習している。
「……セシル……」
「……うん。良いよ」
君が望むならと、セシルは囁いた。
耳元を擽る吐息が甘くて、スコールの背中にぞくぞくとしたものが駆け抜ける。
それだけで、スコールの小さな唇からは、はあ、と熱の吐息が漏れた。
シャツが胸の上までたくし上げられて、夜のひんやりとした空気がスコールの肌を包み込む。
其処へゆったりと、まるで形を確かめるように、セシルの手のひらが彷徨い這う。
その歩みはいつも遅くて、スコールがじれったさに眉根を寄せる事も多いのだが、スコールはその愛撫を受け止め待ち続ける他になかった。
整った顔立ちがゆっくりと近付いて来て、スコールは目を閉じた。
唇が重ねられ、少し逡巡した後に、そうっと隙間を作る。
侵入して来たものが、中の状態を探るように、丁寧に歯列をなぞって行くものだから、どうにもむず痒くて首の後ろが震えてしまう。
「ん、む……んぁ……っ」
舌は更に奥へと入って来て、スコールのそれを先端で突く。
逃げてしまうと追って来てはくれないから、スコールはそろそろと差し出した。
すぐ其処で笑っている気配がする気配があるけれど、余りにも綺麗な顔が近くにあると判っているから、スコールは目を開ける事が出来ない。
外へと誘い出された舌が、ようやくねっとりと絡め取られ、ちゅくり、と耳の奥で水音が聞こえた。
じっとりと味わうように舌を舐られて、スコールの喉から甘い声が漏れて来る。
胸を這う手も段々と悪戯さを増し、小さな蕾を指先が掠めては離れ、と繰り返されていた。
「ふ、う……ん……セシ、ル……」
唇が解放された隙間に、恋人の名を呼んだ。
藤色の瞳が細められるのを見て、ぞくぞくとしたものがスコールの躰を走る。
この顔は、楽しんでいる時のものだと、よく知っている。
セシルの瞳に映り込んでいる少年は、とろりと蕩けた顔をしていて、だらしない、とスコールは思った。
そんなスコールの頬に、セシルの手が優しく当てられて、するりと滑って慈しむ。
「……明日は、バッツ達と出掛けるのかい?」
「……そうだな。俺は何も聞いてないけど」
「誘ったって言ってたよ」
「俺は何かを了承した覚えはない」
スコールの言葉に、セシルは「そう」と笑った。
そんな事を言っておいて、結局は賑やかな仲間二人に引っ張られていくことを、セシルは勿論、スコール自身も判っている。
「それじゃあ、あまり無理をさせてはいけないな」
「……別に。いつ出るなんて決まってないだろうし」
「朝早くかも知れないだろう?起きれなかったら大変だろう」
「待たせておけばいい。どうせ勝手に決めてる事なんだし」
ゆるゆるとスコールの体を弄りながら、明日の心配をしてみせるセシル。
それは相手を思う余裕を持った、配慮のものであったのだろうが、スコールは眉根を寄せる。
スコールは覆い被さる男の肩を掴むと、意識して力を入れて、セシルの横に押した。
重鎧を身に着けて平然と動くほどの体躯をしているのだから、十分に重い筈なのに、セシルは呆気なくごろりと転がる。
その上に今度は自分が馬乗りになれば、ぱちりと、驚いたような顔が此方を見上げていた。
「明日の事なんて、今は良いだろ」
「二人に迷惑をかけてしまうよ」
「俺はいつもあいつらに迷惑させられてる」
そもそも、明日の予定を勝手に決められているのは此方なのだ。
いつだってきっちりとしたスケジュール通りに過ごしている訳でもないし、待たせる位は好きに待たせれば良い。
待つ気がなくなれば、二人で勝手に行くだろうと、スコールはよくよく理解していた。
それよりも、今はこの体に巣食う熱だ。
相も変わらず、優し過ぎる愛撫の所為で、体はあちこち火照って仕方がないのに、セシルはいつまでもその先に行ってくれない。
明らかに劣情を呼び起こす触れ方をして置いて、スコールがはっきりとねだるまで、意地悪を続けてくれるのだ。
だからスコールは、いつも我慢が出来なくなって、あさましい欲望を晒すしかない。
「もう良いだろ、セシル。早くあんたが欲しい」
しっかりとした腹の上に乗って、スコールは言った。
見上げる顔に唇を近付け、熱と懇願を持って重ね、形の良い口蓋を舌でなぞる。
後頭部に大きな掌が添えられるのを感じながら、スコールは深く深く口付けた。
挿入した舌で一所懸命にセシルの咥内を探り、待ちの姿勢を崩さない舌に、自分のそれを絡ませる。
ちゅぷ、ちゅぷ、と耳の奥で鳴る水音に、体の芯で熱がまた大きく膨らんでいくのが判った。
薄く開いた瞼の隙間から、笑みを浮かべる男の顔が見えた。
いつも穏やかな、時には憂いを孕んでも、甘く嫋やかさすら感じられる中性的な貌は、スコールがこうやって懸命にねだっている時に、酷く悪い笑みを浮かべている。
頭を撫でていた手が項に辿り着いて、指先で首の後ろを辿られて、ぞくりとしたものが背を走った。
身動ぎする下肢が固くなっている事に、きっと彼は気付いている。
(だって、あんたが俺をこうした)
触れ合う事に、何処か本能的な拒否感を持っていたスコールを、それなくしてはいられないようにしたのは、他でもないセシルだ。
無理はさせない、嫌ならしないと言いながら、いつも激しい熱でスコールの思考を壊す。
そうやって忘れられない熱を体の奥に刻んで置きながら、ゆるゆると柔い触れ方でスコールを延々と煽ってくれる。
性を覚えたばかりの若鳥が、それで満足できる訳もないと判っていながら。
スコールがセシルの服に手をかけると、彼は何も言わずに微笑んでいる。
スコールの思うようにして良いよ、と言っているのが聞こえた気がして、それなら遠慮なくと服を脱がせる。
しっかりと固い筋肉に覆われた躰を見下ろして、それが齎す重さを思い出し、スコールの腰が無意識に揺れた。
「無理はしないようにね」
気遣うように言って、頬を撫でる男が、その実、一番無理をさせてくれることを、スコールはよく知っている。
スコールが夢中になって熱に没頭する度に、子供を褒めるように囁いて来るのはセシルなのだ。
理性の箍を手放したがらないスコールに、その瞬間の心地良さを教えたのも彼。
そうする事が良い事なのだと、まるで透明な水に好みの絵の具を染めるように、セシルはスコールの耳元で囁いては嬉しそうに微笑む。
性的な経験など一度もなかったスコールが、今はそれなくしては眠ることも出来ない程に変わった。
人の温もりは苦手だったのに───今もそれは変わらないのに───、セシルの熱だけは欲しくて堪らない。
そう言う風に、セシルが自分を育てたのだと、スコールは理解していた。
(あんたの所為で、俺はこんな風になったんだ)
上手に上手に誘導された。
優しく手のひらで氷を解かすように、生温い熱の中で、その体温に慣れて行った。
その傍ら、スコールの意思を尊重するよと嘯いて、事実、その通りにスコールは嫌なことを一度もされた覚えがない。
痛みがあればやんわりと気遣われ、次に触れる時には過剰な位に丁寧にされて、それを繰り返している内に、この行為にそれなりの負担が伴う事も忘れてしまった。
セシルにされるのなら良い、セシルが良い────そう思ってしまう位に、染められている。
セシルが優しく触れて来る時と言うのは、自分を染めようとしている時だと判っている。
スコールがそう考えていることを、セシルが察しているかまでは判らないけれど、少なくとも思うように染まり行く少年を見る瞳は、嬉しそうだった。
だから、それで良い、とスコールも思っている。
セシルの思う通りにこの身が染まって行けば、彼もまた、スコールの願うように応えてくれるのだから。
「……セシル」
「うん。おいで、スコール」
甘えるように名前を呼べば、綺麗な貌が嬉しそうに笑んだ。
『セシスコで、じっとりじっとり絡め取る悪い大人のセシルと、実はそれに気付いているスコール』のリクエストを頂きました。
余裕のある大人として、優しく気遣いつつ、実はしっかりスコールのツボを押さえているセシルって良いですね。
スコールは、最初の頃は自分のペースに合わさせるから罪悪感みたいなものもあったりして。
なので次はもっと先に進めるようにと努力して来たりして、そう言う所もセシルに見抜かれていたりして。
お互い抜け出せないし、抜け出したくないし、相手を逃がしたくないと思っていたら良いな。