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2023年08月08日

[ウォルスコ]13ミリに咲く花を

  • 2023/08/08 22:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



夏祭りなんてものに行くのは久しぶりだ。

人混みなんて好きではないし、騒がしい音も出来れば遠ざけていたい。
幼い頃は無邪気に屋台の綿菓子をねだったりしたものだが、そんな年齢はとっくの昔に卒業している。
基本的に静寂に好む今のスコールにとっては、良かれ悪しかれ、盛り上がるものである祭りと言うのは、自ら近付くものではなかったのだ。
友人達に誘われ、半ば強引に連れ出される事もあったが、途中離脱も少なくない。
特に人が集まるであろうタイミングになれば、その流れで帰り道が混んでしまう前に、一足先に帰路に向かうのがパターンだった。
友人達もそれを理解しているから、宴もたけなわに其処から離れるスコールを咎めはしない。
スコールにしては付き合いよく来てくれた、一緒に夕飯替わりに何かを食べた、それで十分なのだからと。

けれど今日に限っては、祭りの終わりまで、スコールはその場にいる事になっていた。
最後のプログラムにと盛り込まれた花火を見る為だ。
それも一人ではなくて、隣には唯一無二の恋人────ウォーリアがいる訳だから、尚更、帰る理由はなかった。

二人で夏祭りに行くと決まって、それを聞いて何故か姉のエルオーネが張り切った。
彼女は昨日のうちに一度ウォーリアを家へと呼ぶと、何処にしまってあったのだか、色々な浴衣を取り出して、ウォーリアを着せ替え人形にした。
更には弟にもそれを行い、裾上げやら解れやらを直しておくからと言った。
そして今日の夕方、祭りへ向かおうとスコールを迎えに来たウォーリアも一緒にして、浴衣姿へと仕立て上げてくれたのだ。
白い浴衣のウォーリアと、紺色の浴衣のスコールと、対照的な色にして、「よく似合ってる」と満足そうに彼女は笑った。
姉に弱いスコールは勿論、恋人との間で何かと気を遣ってくれるエルオーネにそう言われ、元より彼女なりの厚意である訳だから、無碍にするなど選択肢にない。
こうしてウォーリアとスコールは、二人並んでの初めての夏祭りに出掛けたのであった。

慣れない下駄をカラコロと鳴らしながら、二人は夏祭り会場を歩いている。
この辺りで特に大きな夏祭りとあって、並ぶ出店はずらりとひしめきあいながら、あちこちで良い匂いを漂わせていた。
スコールは既に夕飯を済ませているが、ウォーリアは仕事を終えて直ぐにスコールを迎えに来たので、腹が空いている。
花火が上がるまでにも時間があったし、うどんを一つ購入して、飲食スペースが設けられていたのを見付け、其処で簡単な夕飯を済ませた。

ウォーリアの食事が済んだ後は、ふらふらと目的なく過ごす。
此処にティーダやジタンがいれば、射的やクジ引き、お化け屋敷にでも飛び込んだのだろうが、今日はスコールとウォーリアの二人きりだ。
賑々しい祭り会場を、虱潰しにでも探せば、知人の一人や二人はいそうだったが、わざわざそんな労を求める理由もない。
何よりスコールは、ウォーリアと二人きりと言うのが嬉しかった。


(煩い所は好きじゃないけど……ウォルがいるなら、少しは、良いか)


隣を歩く男をちらと見て、スコールはそんな事を考える。

スコールは決して小柄ではないが、ウォーリアの身長はそれよりも高い。
それでいて体は相応に厚みがあるので、身幅のある浴衣姿は中々見応えのあるものだった。
いつもぴんと背中を伸ばして姿勢が良いので、だらしなく見える事もなく、これで上等の羽織りでも来ていたら、何処かの呉服屋の若旦那くらいには見えるのかも知れない。
銀糸の長い髪は、普段は案外と無秩序にされているのだが、今日はエルオーネに整えられたようで、項の当たりで蒼色の紐に括られている。
肩回りがすっきりしているので、しっかりとした造りの肩がよく見えた。

普段スコールが見慣れているウォーリアと言うのは、仕事のこともあって、スーツ姿が多い。
休日に逢うにしても、カジュアルめにはなるものの、そのままフォーマルな場に出ても許されるだろうと言う位だった。
浴衣の衿合わせから覗く鎖骨なんて、まずお目にかかれるものではない。
其処をスコールが見る事が出来るのは、偶の彼の休みに家に行った時、夜の帳が降りてからのことで────


(……って、何を考えてるんだ、俺は……!)


俄かに脳裏に蘇った光景に、スコールは堪らなくなって、ぶんぶんと頭を振った。
それを見たウォーリアが、ことんと首を傾げ、


「どうした、スコール。何かあったのか」
「……いや。なんでもない、気にしなくて良い」


心配そうに見つめるアイスブルーの瞳に、スコールは居た堪れない気持ちを隠しつつ答えた。
それでもウォーリアはじっと見つめて来たが、スコールは「本当になんでもないから」と重ねるしかない。
まさか、先日泊まった時のことを思い出していたなんて、こんな場所で言える訳もなかった。

スコールはそれで話を終いにしたが、ウォーリアからは恋人の頬が随分と赤くなっているのが見えている。
気温は夏だからと片付けるにしても高く、人の数も増えて来た事もあって、熱気が増していた。


「何か冷たいものでも食べよう。何か飲み物か───かき氷でも良いだろうか」
「別に、それはなんでも。……でも、うん、冷たいものは欲しい気がする」


スコール自身、自分の体が半端に熱を上げている事は感じていた。
これは内側から冷やした方が良い、とスコールはウォーリアの提案に頷く。

近くあったかき氷の屋台で、いちごのかき氷を一つ注文した。
氷が削られるのを待つ間に、ふと、スコールの耳に後ろの客の声が聞こえる。


「ね、見て見て、あの銀髪の人。カッコイイ」
「イケメンってか、美人って感じ」
「声かけてみる?」


声はひそひそとしたものではあったが、スコールからは距離が近かった。
ちらと後ろを見遣ると、如何にも今風と言った浴衣を着た女子が三人、此方を見ている。
その視線が分かり易く隣に立っている男に向けられている事に、スコールは直ぐに気付いた。

店主が差し出したかき氷をウォーリアが受け取る。
移動しよう、と言われて、スコール達はかき氷屋の行列から速足に抜けた。
それを見た三人の少女のうちの一人が、「追っかける?行く?」なんて言っている。
スコールは眉根を寄せて、適当な場所を探しているウォーリアの腕を引く。


「こっちだ」
「ああ」


ウォーリアは特に疑問もなく、スコールが引く方へと足を向けた。

夏祭りの会場の真ん中から離れると、人も灯りも数が減る。
苦手な賑々しさからようやく離れる事が出来たと一息つきながら、スコールは見付けたベンチに腰を下ろした。
ウォーリアもその隣に座り、持っていたかき氷を差し出す。
スコールはそれを受け取ると、ストロースプーンで氷の小山をさくさくと挿して遊ばせた。


「……あんたも食べるか」
「そうだな。一口、頂いてみよう」


遠慮するかと思いつつ言ってみたことに、予想と違った反応があって、スコールは少し驚いた。
さくりと取った削り氷の一塊を、ウォーリアへと差し出してみる。
綺麗な顔が其処へと近付いて、ぱくりと一口に吸い込まれて行くのを、スコールはじっと見つめつつ、


(物を食べてる時でも、綺麗な顔してるんだ。こいつは)


ウォーリアの表情が大きく崩れる所を、スコールは見た事がない。
平時からあまり表情筋が動かない事も勿論だが、驚いた時でさえ、目を瞠るのが精々だ。
それも滅多にない事なので、スコールはそれを見た時、少し嬉しくなる。
あのウォルがこんな顔をしている、と言う事と、そんな彼の表情を見ているのが自分だけだと言う優越感が得られるからだ。

それだけ綺麗な顔をしているのだから、一目見て心奪われる女性がいるのも無理はない。
耳に残る、きゃらきゃらとした声の三人組を思い出して、スコールの眉間に分かり易い皺が寄った。

────ウォーリアが人目を引くのは、今に始まった話ではない。
日中ならばそれに声をかけて来るような女性はいないのだが、今日は夏祭りだ。
ウォーリアも浴衣を着ているし、普段の私服に比べると、その雰囲気はずっとラフで柔らかいものがある。
祭りの雰囲気と解放感に酔った者が、あわよくばと声をかけて来る事も、有り得ない話ではない。

これだけ整った面立ちをしているのだから、街行く女性が思わず振り返るのも当然だし、接すれば誠実な人柄であるから、誰だって心を奪われるものだろう。
スコールは幼い頃から彼の傍にいたから、それはごくごく当たり前のものとして見ていたが、恋人となった今、どうにもその事実が歯痒く感じられる事がある。
どんなに自分と言う恋人がこうして傍にいるのだとしても、傍から見れば、精々が年の離れた兄弟だ。
性別が同じである事も含めて、とても恋人と一緒にいるようには見えまい。
だから自分が傍にいようと、ウォーリアに熱を上げる女性と言うのは絶えなくて、その度にスコールは「俺がいるのに」と思ってしまうのだ。
彼の“恋人”の席は、とっくに自分のものなのに、と。

そんな事を考えてしまう自分が、いよいよ子供のように拙くて、スコールは苦い胸中を誤魔化すようにかき氷を口に運んだ。
キンと冷たい氷の感触は、好ましくもない感情を煮る胸中に、ほんの少し水を差してくれる。
このまま納まってくれと思いながら、スコールはかき氷を食べ進めて行った。


「……そろそろか」


かき氷を半分まで食べた頃、隣からそんな呟きが聞こえた。
スコールが顔を上げると、ウォーリアは遠く祭り会場の向こうの空を見上げている。
倣って視線を其方に向けると、ひゅう、と言う高い笛の音が聞こえ、────ドン、と大きな華が空に咲く。


「始まったのか」
「ああ」


ぱらぱらと火花が空で踊る音がする。
そう言えばこれを見に来たんだったと、スコールはようやく当初の目的と言うものを思い出した。

人混みから離れて見る空の華は、色とりどりに輝いて、パッと咲いて潔く散る。
瞬きの間に消えていく輝きに、沢山の人が夢中になっていた。
隣を見れば、ウォーリアもじいと空を見つめている。
その姿勢が、相変わらず背筋を伸ばして正しく、表情も普段のものと変わらないから、傍目には楽しんでいるようには見えないだろう。
けれども、ひらひらと空を彩る花火を映す瞳は、微かに柔い光を抱いている。

人がこの男に夢中になるのも当然だ。
これだけの美丈夫は、世界中の何処を探しても、他にはいないだろう。
そして、この美しい男に、唯一無二の寵愛を求める人が後を絶たないのも、無理はない。


(……でも、それはもう、埋まってる)


かき氷のカップをベンチに置いて、スコールは空を見た。
空の向こうで花火が大きく開く度に、祭りの中心からは高らかに屋号を称える声が響く。
イベントの為に立てられた櫓の周りに人が集まっているのは、あの位置からが花火がよくよく見えるからだろう。
しかしスコールは、とてもではないが、あの人混みの中に改めて入ろうとは思わない。

色を変え形を変え、閃く華に彩られる空は美しかった。
それも決して悪くはない────のだけれど、スコールはどうしても、隣にいる恋人を見てしまう。
何度目になるか、ちらり、とその横顔を伺い見ようとして、


「……!」


ぱちり、と此方を見ていたアイスブルーとぶつかって、息を飲む。
切れ長の眦がじっと自分を見ていたを知った瞬間、スコールの心臓が判り易く跳ねた。


「な、に……」


なんで見てるんだ。
何か用でもあるのか。
詰まりながらそんな事をまともな形にならずに問えば、読み取った訳ではないだろうが、ウォーリアはふと唇を緩め、


「花火も綺麗だが、やはり一番綺麗なのは君だなと思っていた」
「……な……」
「君の目が、花火の色で輝いて、とても美しい。思わず見惚れていたようだ」
「……!!」


ウォーリアの言葉には、飾るものがない。
つまり、その唇から出て来る言葉と言うのは、形そのままに彼の胸中を表しているものになる。

なんて恥ずかしい事を言ってくれるのかと、スコールの顔は首まで真っ赤になった。
顔中が熱くて、目の前にある男の顔を見ていられない。
ついさっきまで、稚拙な子供の独占欲を抱いていた事も忘れる程の、真っ直ぐなウォーリアの言葉に、スコールは言葉も失っていた。

そんなスコールの赤らんだ頬に、節張った形の良い手が添えられる。
どきりと心臓が跳ねて、スコールは口からそれが飛び出すのではないかと思った。
ゆっくりと近付いて来る綺麗な貌に、名前を呼ぶ事も出来なくなって、されるがままに重ねられる唇を受け入れる。
外で、こんな場所で、と思う気持ちはあったが、どうせ誰も見ていない、とも判っていた。
祭りに集まった人々は、その熱気の中に泳ぎ、まだまだ終わりを見せない花火に夢中になっている。



あんなにも綺麗な花火が幾つも上がったと言うのに、もうスコールの記憶からは遠い。
目の前で柔く輝く瞳だけが、彼のこの夏一番の思い出になっていた。



『夏っぽい現パロWoLスコ』のリクエストを頂きました。

夏と言えば夏祭り、夏祭りと言えばかき氷と花火、と言う王道に。
WoLは体がしっかりしつつ、体幹もしっかりしてると思うので、浴衣も似合いそうだなと。
ベタ惚れ気味のスコールなら、そんなWoLに夢中になっても良いなと思ったのでした。
そしてWoLもスコールの事が好きで堪らないので、どっちも相手に夢中になってると良いと思います。

[ラグスコ]水と熱のあわいにて

  • 2023/08/08 21:55
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



目が覚めた瞬間、体中に嫌な汗が流れているのが判った。
背中が酷く冷たくて、布団の中にいるのに、まるで水を浴びせられたかのように寒い。
指先が固まったように動かなくて、起き上がる事も出来なかった。
それ所か、今自分が目を覚ましている、と言う事すら中々理解が及ばずに、じっと暗い天井を見詰め続けていた。

酷い夢を見た。
それだけを理解するのに、随分と長い時間が必要になって、その間、スコールは息をしていなかった。
ようやく眼球二つを動かせる事に気付き、灯りのない部屋の中をぐるぐると見渡し、自分が現実に還っていることを知る。
其処まで理解して尚、体は思うように動かなくて、喉の奥がまるで蓋を閉じているように苦しかった。


「……っ、」


かふ、と掠れた音を立てて、ようやく呼吸の仕方を思い出す。
は、は、と短い呼気を何とか繰り返して行く内に、張り詰めたように強張っていた肺が機能を取り戻し、ようやく普通の呼吸をするまでに至る。
その間も全身からは汗が噴き出して止まらなかった。

重い体を引き摺るようにして起き上がると、それだけで頭がくらりと揺れた。
脳に染み付いた映像が嫌と言う程に鮮明で、目を閉じると勝手に蘇って映像を再生させる。
たかが夢だと自分を叱ったが、胸の鼓動は逸るばかりで、とてももう一度眠れそうにない。
明日からは大統領警護の任が入っていて、終始警戒態勢を取らなければならないと言うのに、このままでは仕事にも影響が出そうだ。
それ程、自分が憔悴しきっている事に、スコールはうんざりともしていた。

しばらく、ベッドの端に座ったまま、スコールは項垂れていた。
心臓が少しでも落ち着いてくれるのを待ったが、一向にその気配はない。
目を閉じれば蘇る光景を拭いたくて、何度も手の甲で瞼を擦ったが、まるで焼き付きでも起こしたように、剥がれてくれなかった。
このまま強引に眠ったとて、夢の続きを、或いは再放送を見るだけに思えて、睡魔も来ない。

ふらつく足で、スコールは部屋を出た。
暗く静かな廊下が続いている其処は、エスタにあるラグナの私邸だ。
のろのろと爪先を引き摺るようにして向かうのは、家主の寝室だった。

時計を見ていないから正確な時間は判らないが、ラグナはもう寝ている時間だろう。
宵の口にスコールがエスタに到着した時、彼は律儀に迎えに来てくれたが、やはり仕事に疲れている様子もあった。
だから、久しぶりに顔を合わせて、求める気持ちがありつつも、共に大人しく寝床に就いたのだ。
ゆっくりと語り合うのも、触れ合うのも、明日を無事に終えてからにしよう、と。
その方が余計な事を気にしなくて良いものだったから、スコールもそれで良いと思っていた。

けれど、今、どうしても。
どうしても彼の顔を見ないと、逸る心が落ち着かない。

普段が全く一人きりで過ごす環境だからか、ラグナは自分の部屋に鍵をかける事がない。
念の為にはするべきだとスコールもよく注意するが、「まあ平気だろ」と言って彼は聞かなかった。
部屋の前で、そうっとドアノブを回せば、思った通りに隙間が出来た。
普段はその様子に眉根を寄せるスコールだったが、今日だけはその習慣が抜けている彼に感謝する。

部屋の中は当然ながら暗く、閉めたカーテンの微かな隙間から、外の灯りが零れている位。
それも眠るラグナのベッドに届いているものでもないので、彼の眠りを妨げるものでもないのだろう。

ベッドの上には、この部屋の主────ラグナが眠っている。
その顔を見れば、少しは逸る心も落ち着くかと思っていたスコールだったが、


(……息が、苦しい……気がする……)


心臓の早鐘は、相変わらず、緩やかさを取り戻さない。
これ以上のスピードにはならないようだったが、かと言ってスコールは全く落ち着く気もしなかった。

そろりと右手を伸ばして、裸の手をラグナの口元に近付けた。
規則正しい呼吸で零れる吐息の感触があって、少しだけ頭の靄が薄らいだような気がする。
それでもまだ、目を閉じれば瞼に染み付く光景に頭が焼かれて、自分の呼吸の仕方を忘れそうになる。

片足をベッドに乗せると、きしり、と小さくスプリングの音が鳴った。
すると、布団の中にあった筈の手が伸びて来て、スコールの手首を掴む。
ぎくっと息を飲んだスコールだったが、


「どした、スコール」


柔い声が聞こえて来て、スコールはそうっと顔を上げた。
シーツに寝転んだ体勢のまま、首を少し傾け、視線を此方に向けているラグナがいる。
翠の瞳が真っ直ぐに此方を見ている事に、俄かに目頭が熱くなって、スコールはそれを誤魔化すように、ラグナの隣に落ちるように顔を埋めた。

ぼすん、と枕元に落ちて来た少年の頭に、代わってラグナの方が上肢を起こす。
そのままぴくりとも動かなくなってしまったスコールを見て、ラグナは首を傾げつつも、枕の端に散らばるダークブラウンの髪を透いてやった。
その感触を後頭部から感じながら、スコールはぎゅうとベッドシーツを握り締め、唇を噛む。


「……ラグナ」
「ん?」
「………」


名前を呼べば返事があって、少しだけ安堵した。
けれど、それだけですっきりと頭の靄が晴れるには至らず、胸の奥からはごぽごぽとタールのような澱みが溢れ出す。
それが腹一杯になってしまったら、スコールは今度こそ呼吸が出来なくなってしまうだろう。

夜着に身を包んだ細身の体が、微かに震えている事に気付いたラグナは、寝返りを打ってスコールを腕の中へと閉じ込めた。


「なんか怖い夢でも見たか」
「……」
「そっかそっか。よーしよし」


ぽんぽんと背中を叩くラグナの仕草は、まるで子供をあやすものだ。
折々にラグナはそうやってスコールを甘やかすのだが、十七にもなって、とスコールは決まってそれを突っ撥ねている。

だが、今日はそうする気になれなかった。
背中に触れる温もりが、直ぐ目の前にあるラグナの顔が、その匂いが、無性にスコールを絡め取る。
そして、それらをもっと近くで感じたいと、いつも胸の奥底に仕舞い込んでいる小さな子供が、必死になって訴えていた。

スコールの伸ばした腕が、ラグナの首に絡み付く。
縋るように身を寄せて来る少年に、ラグナは布団を剥いで、隣に来るように促した。
もぞりと潜り込むように空いたスペースに身を寄せて、ラグナの胸に耳を押し付ける。
とく、とく、とく、と規則正しく刻まれる心臓の鼓動を聞いて、ようやくスコールは、長い呼吸をする事が出来た。


「ラグナ……」
「うん」
「……このまま……」


此処にいたい。
一緒が良い。
小さく小さく零した本音は、辛うじてラグナの耳にも届いていた。

ラグナはスコールの頭を撫でながら、首の後ろに指先を当てる。
其処が酷くびっしょりと濡れている事に気付くと、それを拭うように優しく手を往復させた。


「嫌な夢でも見ちゃったか」
「………」
「人に話すと、そう言うのはもう見ないらしいぞ」


ラグナの言葉に、スコールは眉根を寄せた。

そんな迷信をスコールは聞いた事がなかったし、嫌なことほど、口にすれば事実になってしまうような気がするからだ。
だからいつかの時には、どうか嫌な想像をしても、それを口にはしないで欲しいと仲間達に願った。
それは単なる自分のまじないでしかなかったのだろうけれど、そう縋りたくなる位には、あの時のスコールは憔悴していたのだ。

だが、不思議なもので、目の前で柔く微笑む翠色を見ていると、不思議とその言葉を信じたくなってくる。
頭を撫でる手が、ずっと「大丈夫」と囁いているようにも思えて、スコールは震える口をそうっと開き、


「……あんた……」
「うん」
「……あんたが……」


────あんたが、いなくなる、夢を見た。

口に出した途端に、また心臓が速くなる。
喉奥が苦しくなるのを感じながら唇を噛むと、相貌を細めたラグナが其処にキスをした。
背中を抱く腕に力が込められて、スコールも目の前の男の首に絡めた腕に力を籠める。

夢の詳細は、思い出そうと試みても、あまりはっきりとはしない。
けれど、頭の中はずっとそれが作り出した靄のようなものに覆われていて、遠ざかって行くラグナの背中だけがずっと焼き付いて離れない。
真っ暗な世界で、白い道が一本だけ伸び、ラグナは其処を真っ直ぐに、振り返らずに歩いて行くのだ。
道の先に何があるのか、全てを知っているかのように、その足取りには迷いも澱みもなく、悠然としている。

スコールは夢の中で、それをじっと見送っていた。
追い駆けようとしても、足は地面に根が張ったように動かず、遠くに行こうとしている男の名を呼ぼうとしても、喉が焼けたように声が出ない。
代わりに、待って、と泣きじゃくっている小さな子供の声があった。
スコールの前には、自分の身長の半分もない幼い子供が立っていて、ぐすぐすと泣いていた。
それが幼い頃の自分だと気付いても、やはり動くことは出来なくて、いつまでも立ち尽くして泣き止まない子供の後ろから、一歩一歩と遠くなって行くラグナの背中を見つめていた。

子供の頃に何度も見た夢だと思い出した。
違うのは、遠退いて行くのがエルオーネだったと言う事と、泣きじゃくる子供そのものが自分だったと言う事。
こんな風に、泣いている自分を俯瞰で見ているのは初めてだった。
そして、その夢を初めて見た前の日に、大好きな姉は忽然と姿を消したのだ。

背中が酷く冷たかった。
姉がいなくなった日の夢を見て、ラグナもいなくなったのかと思った。
そんな訳はないと思ったけれど、ではどうしてこんな夢を見たのかと考えたら、厭な感覚が怒涛のように襲って来た。
今夜のうちにラグナが忽然といなくなっていたら、こうして眠っている間に何か事件が起きていたら。
明日には元首会談があるのだから、厳重警備が予定されている訳で、つまり、相応の危険が起き得る可能性があると言う事だ────ひょっとしたらそれは、今夜にでも。
この嫌な夢が、まさか虫の報せ等とは思いたくもなかったが、過ぎった不安はスコールの心に楔を打つのに十分だった。
だからスコールは、無性にラグナの存在を確かめたくなったのだ。

夢の話をしている内に、スコールはラグナの腕に包み込まれるように抱かれていた。
時折言葉を詰まらせるスコールへ、何度もキスの雨が降る。
首筋を柔く吸われたのを感じて、ぴく、とスコールの肩が小さく震えた。


「ラグ、ナ……」
「大丈夫だよ、スコール」


絡めた足先が酷く冷えている事を感じ取って、ラグナは熱を分け与えるように体を密着させる。
背中の裾からするりと入って来た手に、じっとりとした汗が吸い付く。

汗を吸った服までもが、今のスコールの体温を奪っていた。
ラグナの手が服をたくし上げている事に気付いて、スコールは逆らわずに従う。
家の中は空調が効いて快適な温度を保っている筈なのだが、自分の汗で濡れた皮膚には寒く感じられて、ふるりと躰が震える。
ラグナはそんなスコールをシーツで包み、背中を抱きながら仰向けにさせて、ゆっくりと覆い被さった。

ラグナは、絡めた指先で、スコールのそれが酷く冷たくなっている事を知った。
唇を重ねて、深く舌を交わらせると、ようやくスコールの青白かった頬にようやく熱が燈る。


「ん、ぁ……ふ……、んん……」
「ふ……はぁ……」
「ふぁ……あ……ラ、グナ……」


スコールの瞳には、薄らと水膜が浮かび、ゆらゆらと不安定に揺れながら、じっとラグナを見つめている。
ラグナはその眦にキスをしながら、大丈夫、と繰り返した。


「俺はお前と一緒にいるよ」
「………」
「今夜も、明日も、その先も」


囁くラグナだが、スコールの瞳には懐疑的なものが浮かんでいる。
巣食う不安は幾らでもスコールの心を嵐のように揺さぶるから、言葉だけでは安心できない。
今この瞬間にだって、ラグナの心臓が突然止まらない保証など、何処にもないのだから。

どうしても拭えない不安が怖くて、スコールはそれから逃げるように、ラグナへと身を寄せる。
触れる手が齎してくれる熱と、それを与えてくれる人の存在をもっと深くで感じたくて、何度もラグナの名前を呼んだ。
その度にラグナは一つ一つに返事をくれて、同時に体温を失った躰に愛撫とキスをしてくれる。


「ラグナ、ラグナ……」
「うん。今日は一緒に寝ような、スコール」
「……ん……」
「それで、明日も一緒に、な」


スコールがラグナと共に過ごせる時間は限られている。
その僅かな一時が終われば、スコールはバラムガーデンへと帰投し、ラグナはエスタに残るのだ。
不安に巣食われたスコールにとって、その現実は酷く残酷だったが、今の彼にその事実に抗える力はない。
だからせめて、この許された時間全てを使って、この温かな体温を感じていたいと思った。



『ラグスコで、スコールがラグナに添い寝をして欲しくてお願いする話(ちょっとエロもあったり)』のリクエストを頂きました。

どうやってスコールに添い寝のおねだりをさせようかな~と思ったら、やっぱりスコールが不安になった時が一番だと思って。一番のトラウマを掘り起こさせてみる。
スコールの事だから、一回では安心しないし、一度思い出したら当分引き摺ると思うので、エスタにいる間は毎日一緒に寝るんだと思います。

[スコール]心理的リアクタンス理論

  • 2023/08/08 21:50
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



名前も知らない女子生徒に声をかけられた。
先輩、と呼ばれたので、恐らくは後輩なのだと思うが、スコールには全く覚えのない顔だ。
一応、合同授業であるとか、某かの試験だとかで教室が一緒になった可能性まで考えて記憶を探るが、判らないものは判らなかった。

じっと此方を見つめる女子生徒は、一世一代の勇気を振り絞るような、必死の形相をしている。
スコールから見て少々引いても無理はない位のオーラを振り撒いている所から、スコールはそこはかとなく嫌な予感を感じていた。
それは概ね、間違いではなく、


「先輩!私と付き合って下さい!」


恐らくは勢いを持って吐き出さないと、言葉が出なかったのだろう。
それは形相からなんとなく理解したが、寮中に響き渡りそうな大声は勘弁して欲しい、とスコールは思った。

そして、ふうふうと鼻息荒くしている女子生徒に、スコールは淡々と告げる。


「……そう言うのはパスだ」


厄介、鬱陶しい、面倒臭い。
スコールの胸中はそう言う言葉で埋め尽くされ、この上なく正直でストレートにそれを吐き出した。

何故か自分なんかを好きだなんだと言ってくる物好きはいるもので、時折、それはこうやって目の前に顔を出してくる。
大方、性質の悪い罰ゲームでもしているのだろうと思っているから、スコールはいつも冷淡にそれを切り捨てて来た。
何処かの誰かが覗き見しているような状況で、よくもまあこんな大胆な真似が出来るものだ。
その度胸はある意味では称賛して良いのだろうが、頼むから自分をそれに巻き込まないで貰いたい。
スコールの感想は、いつもそんなものだった。

そしてこうやってばっさりと返して置けば、後が続く事もない。
今回もそう思って、スコールはいつも通りの返事を投げてやったのだが、其処から先が常とは違った。


「ど、どうしても駄目ですか。私、先輩に授業で助けて貰ってから、ずっと先輩のこと好きで……!」
「……悪いが、覚えてない」


取り敢えず、授業で一緒になった後輩と言う情報は手に入った。
しかし彼女が言う事が、どの授業の、何をしていた時の話なのかは、全く思い浮かばない。
最近の授業で、誰かを庇うような事があっただろうかと、それすらさっぱりだった。

うぐぐ、と女子生徒は唇を噛んでいる。
知らない生徒の、本当か嘘かもわからない事に、いつまでも付き合う気もなくて、スコールはくるりと踵を返した。
今日は訓練施設を使った授業があって疲れているし、明日はテストの予定があるから、早く帰って休みたいのだ。
それなのに、サイファーにノートを貸したままだったと思い出したので、回収に行かねばと思っていた所だった。
この上に、降って沸いた面倒な遣り取りに付き合う気にはならない。

だからこの話も、これで終わり────の筈だったのだが。


「じゃあ……っじゃあ!愛人でも良いです。私を先輩の愛人にして下さい!!」


学生寮と言う、若者の健全な精神を育むべき場所で、凡そあってはならないであろう単語が出て来た事に、スコールだけでなく、通りすがりの生徒までもが固まっていたことを、その女子生徒は知らないだろう。



名も知らぬ後輩から突然の告白をされてから、一週間が経つ。
どうせその時限りの会話と思っていた出来事は、あれからずっと延長戦が続いていた。

恋愛事など面倒以外の何物でもない、とスコールは思っている。
惚れた腫れたと囁かれる生徒達の囁きには、誰それと付き合って良い感じだとか、喧嘩をしたとか、思っていたイメージと違うだとかで、とかく忙しない。
中には修羅場と言われるような出来事まで言われていて、勝手に鼓膜に入って来るそれらだけで、スコールは疲れてしまう。
幸いなのは、自分にその手の話は全く関係ないと言う事だろう。

……と、思っていたのに、どうしてこんな事になったのか。
一日の授業が終わり、寮へと戻る為に教材をまとめている所で、スコールは教室の入り口に待機している人影を見付けた。
そわそわとした様子で此方を見ている視線が感じられて、スコールは学習パネルの陰に身を隠して、深い溜息を吐く。


(なんなんだよ……)


視線の持ち主の正体は知っている。
一週間前に、スコールに愛の告白をした後、もっととんでもない事を頼み込んできた女子生徒だ。
あの日、きっぱりとそれに応えるつもりはないと言ったのに、彼女はまったく気持ちを曲げる事無く、スコールを追い駆け回している。

授業終了のチャイムが鳴ると同時に、教室を出て行くべきだった。
このままでは外にも出られない、と張り込みのように出入口に立っている生徒をどうやってやり過ごすか考えていると、視界の端に白いコートが見えた。
通り過ぎようとするその白を、スコールはむんずっと捕まえる。
予想していなかった抵抗感に躰をつんのめらせ、翠の瞳がじろりとスコールを睨む。


「何しやがる」
「ちょっと付き合え。暇だろ、あんた」
「ああ?!」
「訓練施設だ。行くぞ」


威嚇のように声を荒げるサイファーだったが、スコールにしてみればいつもの事だ。
自分を追い駆け回す少女より、遥かに扱い易いサイファーに心の底で米粒程度に感謝しつつ席を立つ。

人の話を聞け、と後を追ってくるサイファーのお陰で、人混みが勝手に割れて行く。
件の女子生徒も、流石にサイファーがいる時には近付き難いようで、うう、と悔しそうな顔をしながら、教室を出て行く二人を見送った。
便利だな、とこっそり思っているスコールの胸中を知るものはいない。

一端寮に帰って、ガンブレードケースを手に廊下に出ると、同じくケースを肩に担いだサイファーが待っている。
表情は露骨に苛々としていたが、売られた喧嘩は買ってやろうと言うのが見て取れた。
スコールも彼を捕まえた手前、実はもう良いなんて言う訳もなく、風紀委員を自称する彼に言うべき事もある。
二人は足早に訓練施設へと向かった。

適当な場所を見付けて、まず一戦。
今日は座学の授業ばかりだったから、鈍った体を運動させるのは良い気晴らしになった。
始める前は苛立ちを隠しもせず、苦々しい表情を浮かべていたサイファーも、刃を交えている内に次第に夢中になって行く。
鬱蒼とした木々の向こうでは、グラット達が巻き込まれまいとコソコソと移動していた。
お陰でこれと言った邪魔も入る事はなく、二戦、三戦と重ねて、体が疲労を自覚する頃には、スコールの気分は少しばかりは晴れやかになった。

とは言え、唐突に付き合わされたサイファーの方は、やはり文句は言わずにはいられなかったらしく。


「ったく、なんなんだよ。今日は部屋でゆっくり読書でもしようと思ってたのに」
「また“魔女の騎士”を借りたのか。同じものばかり読んで飽きないのか、あんた」
「煩ぇ、好きなんだよ。何度読んだって、良いものは良いんだ」


楽しみにしていた時間を邪魔されたと、サイファーは頗る機嫌の悪い顔をする。


「で?これだけ付き合ってやったんだ、理由くらいは聞かせて貰えるんだろうな?」


じろりと睨むサイファーに、スコールは唇を尖らせた。
言いたくない、と言うのがスコールの正直な気持ちだが、しかしそれでサイファーは許すまい。
それに、強引に付き合わせたと言うのも自覚はあったし、何より、サイファーは風紀委員だ。
この男にどうにかして貰うのが一番手っ取り早い、とスコールは思っていた。


「……今日、教室の外にいた女子。あんた見たか?」
「どれだよ。女子なんて幾らでもいるだろ」
「うちのクラスの生徒じゃない。多分後輩」
「あー……ああ……?」


ピンと来ていない様子のサイファーだったが、スコールは構わずに続けた。

────一週間前、一人の後輩と思われる女子生徒に、「付き合ってほしい」と告白された。
時折起こる珍イベントのようなものだとスコールは思っているから、いつも通りに素っ気なく返せば、諦めるかと思いきや違った。
よりにもよって、彼女は自分をスコールの“愛人”にして欲しいと言い出したのだ。
当然スコールはそれも断ったのだが、何故か彼女は火が付いたような顔をして、益々スコールに迫って来たのである。
「悪いようにはしませんから!」「先輩の好きにして貰って良いですから!」等と言われて、俄かに恐怖を感じた程だ。
余りの熱に壁際に追い詰められた時には、真剣に身の危険を感じたものである。

当然、スコールはきっぱりと拒否したのだが、女子生徒は全く諦めていない。
朝はスコールが寮部屋を出る時間に外で待機しており、授業合間の休憩時間にも、スコールのいる教室までやって来る。
放課後も上手く逃げねば、今日のようにやって来るので、捕まってしまうと後は寮に帰るまでずっとついて来る。
早めに教室を出て逃げ果せたと、立ち寄った図書室でばったりと逢った時には眩暈を覚えた。
「運命ですね!」なんて目を輝かせて言われ、此方はそんな反応にすら戦慄したものである。

付き纏いも同然の彼女の行動は、スコールにとって空恐ろしいものだ。
しかしそれ以上に、「愛人」等と言うものを自分が求められていると───或いはそう言うものを寛容する人間であると───思われていた事がショックだ。
確かにロマンティックな思考は持ち合わせていないと自負しているが、かと言って、そんな爛れた関係を求めるような人間でもないつもりだ。
形振り構わぬ少女の妄言とは思いつつも、スコールはその点について、じわじわとダメージを喰らっていたのであった。

────そんな話をしている途中から、隣の男が露骨に顔を背けて肩を震わせている事には気付いていた。
話し終わって、「笑うなら笑えよ」と言ったら、案の定、腹を抱えて笑い始めた。
判ってはいたが腹が立つ程に笑うものだから、笑い転げるサイファーの背中を思い切り蹴飛ばしてやったが、相手は全く気にしなかった。
呼吸困難になるまで笑い尽くして、咽ながらようやっと落ち着いたライバルを、スコールは鬱々とした目で睨む。


「っは、はー、はー……あー、クソ面白ぇ。俺を笑い殺すには十分だ」
「じゃあそのまま死ねよ」
「やだね、勿体ねえ。こんな面白い話、カーテンコールまで見ないと死ねねぇよ」


目尻に涙まで浮かべているサイファーに、暢気で良いよな、とスコールは忌々しくなる。
八つ当たりである事は承知しつつも、やはり腹立たしかったので、もう一発その背中を蹴った。


「痛ぇな。お前が変な女に好かれたのは、俺の所為じゃないだろ」
「風紀委員だろ、あんた。一生徒が付き纏いの被害に遭ってるんだ、ちゃんと仕事をしろ」
「俺に取り締まれって?面倒臭ぇこと押し付けるんじゃねえよ。言い寄られてるのはお前なんだから、きっぱり断れ」
「断ってるのに迷惑してるんだ。朝から晩まで追い回されるんだぞ。何処に行ってもいつの間にか近くにいる」
「熱烈じゃねえか。お前みたいな朴念仁に、そこまで入れあげてくれる奴は貴重だぞ。大事にするんだな」
「じゃあ、あんたも味わってみろ。熱烈なファンだと思えば悪い気はしないんだろ」
「ホラー映画は俺の好みじゃないからパスだ」


サイファーの言葉に、ホラーだと判っているんじゃないか、とスコールの米神に青筋が浮かぶ。

実際、彼女の取っている行動は、ホラー映画で何処に行っても追い駆けて来る殺人鬼に似ている。
毎日行動パターンを変え、場所を変えても、いつの間にか自分の背後にいるのだ。
彼女からは一応、好意としての感情を寄せられてはいるのだが、あまりの行動力と勢いと、話の聞かなさぶりで、スコールは完全に引いている。
このままだと、いつの間にか寮の部屋にも入り込まれそうで、いよいよスコールは生活を侵食されそうだ。

うんざりとした表情のスコールに、サイファーは胡坐に頬杖をついて言った。


「お前がちゃんと断れば、お前の事が好きなら諦めるだろ。そうでないなら、恋に恋するお年頃って奴で、お前を追っかける自分に夢中になってるのさ」
「……じゃあどうしたら良いんだよ」
「知らねえ。まあ、こんなのは真実の愛と違って、一過性ってもんだ。その内飽きて、他に興味を見付けるだろ」
「……それまであれに付き合えって言うのか」
「言ったろ、ちゃんと断れって。それが出来てないから、追い駆け回して来るんだよ」
「あれ以上にどう断れって言うんだよ……」


はあ、と深いため息を漏らすスコール。

恋愛に興味がないのも、愛人なんてものは必要ない事も言った。
毎日自分の後を追ってくるのも、迷惑だから辞めろ、とも言ったのだ。
それをして尚、全く堪えた様子もなく追い駆けて来る少女に、何を言えば効果があると言うのだろう。

膝を抱えて丸くなるように蹲ったスコールを見て、サイファーは難儀な奴だと独り言ちる。
言葉数が根本的に少ない所為か、スコールを良く知らない後輩は、彼のことをミステリアスだとか言って持ち上げているのは聞いた事がある。
実際には只の口下手と、存外と短気で喧嘩っ早いのだと知っているのは、サイファーとやり合っている所をよく見ている、クラスメイトくらいしか知らない。
なまじ人との交流が少ないものだから、余計にスコールのそう言う気質は知られていないのだ。
相手が後輩ともなれば尚更、そして恋に恋する乙女の年頃ならば、勝手に夢を見てそれに夢中になっているのも想像に難くなかった。

サイファーが風紀委員として注意をした所で、今度はその目につかないようにスコールを追い回すだけだろう。
スコールの話を聞く限り、それ程の情熱の持ち主だと言う事が伺える。
だからこそ、スコールの方から、その幻想を壊す以外に、かの暴走列車は止まるまい。


(……って言ったって、こいつに今以上の事は出来ないんだろうな)


スコールは、他人に興味がないようでいて、人目と言うものをよく観察している。
だからなのか、何か頼まれごとをされると、案外と付き合いよく応じる事も多く、その所為で教師から雑事に呼ばれる事も少なくなかった。
面倒臭いと言う表情を隠しはしないが、後の評価であったり、成績への影響であったりを気にして、それらを飲み込んで引き受ける。
詰まる所、押せば行ける、と思われている節もあるのだが、当の本人にその自覚はないのだろう。

膝を抱えるライバルをちらと見遣って、サイファーはやれやれと肩を竦める。
人の恋愛絡みのいざこざに首を突っ込むのは、往々にして疲れるだけだが、鬱々としたスコールを見ているのはサイファーとて落ち着かない。
実際、付き纏いと言うのも、風紀的には良くない事ではある。


「仕方ねえな。俺の方から一つ注意ぐらいはして置いてやる」
「そうしてくれ」
「後の事は知らねえからな。貸し一つだ」


サイファーの言葉に、スコールは分かり易く拗ねた顔をしたが、「それならいらない」とは言わなかった。
平穏を取り戻す為には、最早自分一人ではどうにもならない事を、よくよく実感しているのだろう。

休憩を終えて、折角だからともう一戦を交える事になった。
気掛かりが多少なりと解消されると期待もあってか、スコールの剣も先よりも冴える。
それ位のものでなければ、暇潰しにもならないと、サイファーも余計な事は一切忘れて、嬉々と刃を振り翳すのだった。



『ガーデンのモブ女子生徒にぐいぐい言い寄られ翻弄されるスコール』のリクエストを頂きました。

案外モテてはいそうなスコールだけど、如何せん、本人がその手の話は嫌がりそうと言う。
思春期の少年少女なんて、良くも悪くも怖いもの知らずなので、まっしぐらに追い駆けて来る子もいるよねと思いました。スコールにとっては大分怖い。
話を聞いたサイファーは先ず一番に爆笑すると思いました。

[セシスコ]熱を溶かした人だあれ

  • 2023/08/08 21:45
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



セシルとのセックスは、時折、何とも言えない苦しさをスコールに感じさせることがある。
それは決して痛みを伴っている訳ではなく、寧ろそれがないから余計に、スコールにとっては受け入れがたい瞬間と言うのがあるのだ。

酩酊する程の心地良さと言うものを、スコールは素直に甘受できない。
元々理性が強い性質であるし、自分の思う通りに躰が動かないのは恐ろしいと思う。
況してや、勝手に変な反応をするような事は、到底簡単には受け入れがたいし、出来ればそんな状態は避けたいと思う。
戦闘中に魔法を使われたとか言う理由があるなら、相応に対処をすべく頭をフル回転させる事が出来るが、大量の快楽物質に脳が焼かれている時は駄目だ。
自分がどういう状態にあるのか、何をすれば良いのか、何一つ理解できないまま、翻弄されて溶かし尽くされる。
それが恋人と交わると言う事なのだとしても、どうしてもスコールは、最後の理性の一片を手放す気にはなれないのだ。

そんなスコールのことを、セシルもよくよく理解している。
年齢的には大した差はない筈、とスコールは思っているつもりだが、その実、彼との人生経験の差は決して小さくはなかった。
特に閨事に関しては、それぞれの世界の常識と言うものが違っている事もあって、スコールはまるで赤子のような気分にされる。
何せ、スコールが知らないスコール自身のことを、悉く彼が暴くのだ。
それでいて柔衣のように包み込む事も忘れないのだから、本当に彼と繋がり合うのは恐ろしい事だと思う。

だと言うのに、どうにもスコールは、そんな彼から離れられない。
人目を避けるように、夜も遅い時間に彼の部屋を訪れて、静かな其処に滑り込む。
部屋の主一人が寝ているベッドの中に、眠れない子供のようにもぞもぞと侵入すれば、初めから分かっていたかのように薄く笑みを透いた瞳に迎えられる。
そうして、おいで、と両手を広げる彼に誘われるまま、今日も熱に浮かされた夜が始まる。


「君は甘えん坊だね、スコール」
「……そんな事ない」


夜着の上から、腰骨や腹、背中を辿る掌の感触を感じながら、スコールはセシルの言葉を否定した。
しかし、それはすっかり形だけのものとなって久しく、体は触れられた場所からじんわりとした熱を帯びて行く。
体の中の細胞の一つ一つを侵食して行くように、ゆっくりと広がって行くその感覚を知りながら、スコールは身動ぎもせずにセシルの手を受け入れていた。

傷の奔る額に、セシルの柔らかな唇が触れる。
そうすると、スコールからはセシルの白い喉が目の前にあって、綺麗な顔をしているのに、くっきりと喉仏が浮いているのが確認できた。
悪戯心のようなものが沸いて、それを指先でつんと突くと、く、とそれが震えたように見えた。
ふふ、と小さく笑うのが聞こえたので、擽ったかったのかも知れない。

背中を辿っていた手が一度降りて、服の裾から中に侵入して来る。
ひたりと骨ばった手の温度が少し冷たくて、熱を上げている真っ最中のスコールの躰は、その顕著な温度差にかふるりと震える。


「ん……」
「今日は、しても良い日かな?」


背骨のラインをゆっくりと撫でながら、セシルが問う。

君がしたくない日はしないよ、と初めての夜を迎える時に、セシルは言った。
恋人同士であるからと、必ずしも体を繋げる必要はないし、こんな世界で出逢った関係だから、万が一の時にも残す記憶は多くはない方が良いから、と。
明日には失われている可能性も低くないのだから、セシルの言う事は尤もだと思った。

だが、それを突き詰めて言うのなら、そもそもセシルはスコールの気持ちを受け入れるべきではなかったし、スコールも自分の気持ちを自覚しなければ良かった。
知らなければ何もないまま消えていたの感情を、ゆっくりと肥え太らせたのは誰だろう。
スコールは、その責任を誰に取らせるつもりもないけれど、少なくとも、肥料を与えた人間が誰なのかは判っていた。

スコールは背中が空気に触れて行くのを感じながら、目の前の男の首に腕を絡めた。
言葉を発するのが何かとハードルが高いスコールは、声の代わりに態度で示す。
それも始まりの頃は難しいものだったのだが、何度となく過ごした夜の間に繰り返す内に、段々とスコール自身の中で抵抗感は削られて行った。
同時に、こうしてサインを示さなくては、思ったようにはセシルが応えてくれないと学習している。


「……セシル……」
「……うん。良いよ」


君が望むならと、セシルは囁いた。
耳元を擽る吐息が甘くて、スコールの背中にぞくぞくとしたものが駆け抜ける。
それだけで、スコールの小さな唇からは、はあ、と熱の吐息が漏れた。

シャツが胸の上までたくし上げられて、夜のひんやりとした空気がスコールの肌を包み込む。
其処へゆったりと、まるで形を確かめるように、セシルの手のひらが彷徨い這う。
その歩みはいつも遅くて、スコールがじれったさに眉根を寄せる事も多いのだが、スコールはその愛撫を受け止め待ち続ける他になかった。

整った顔立ちがゆっくりと近付いて来て、スコールは目を閉じた。
唇が重ねられ、少し逡巡した後に、そうっと隙間を作る。
侵入して来たものが、中の状態を探るように、丁寧に歯列をなぞって行くものだから、どうにもむず痒くて首の後ろが震えてしまう。


「ん、む……んぁ……っ」


舌は更に奥へと入って来て、スコールのそれを先端で突く。
逃げてしまうと追って来てはくれないから、スコールはそろそろと差し出した。
すぐ其処で笑っている気配がする気配があるけれど、余りにも綺麗な顔が近くにあると判っているから、スコールは目を開ける事が出来ない。
外へと誘い出された舌が、ようやくねっとりと絡め取られ、ちゅくり、と耳の奥で水音が聞こえた。

じっとりと味わうように舌を舐られて、スコールの喉から甘い声が漏れて来る。
胸を這う手も段々と悪戯さを増し、小さな蕾を指先が掠めては離れ、と繰り返されていた。


「ふ、う……ん……セシ、ル……」


唇が解放された隙間に、恋人の名を呼んだ。
藤色の瞳が細められるのを見て、ぞくぞくとしたものがスコールの躰を走る。
この顔は、楽しんでいる時のものだと、よく知っている。

セシルの瞳に映り込んでいる少年は、とろりと蕩けた顔をしていて、だらしない、とスコールは思った。
そんなスコールの頬に、セシルの手が優しく当てられて、するりと滑って慈しむ。


「……明日は、バッツ達と出掛けるのかい?」
「……そうだな。俺は何も聞いてないけど」
「誘ったって言ってたよ」
「俺は何かを了承した覚えはない」


スコールの言葉に、セシルは「そう」と笑った。
そんな事を言っておいて、結局は賑やかな仲間二人に引っ張られていくことを、セシルは勿論、スコール自身も判っている。


「それじゃあ、あまり無理をさせてはいけないな」
「……別に。いつ出るなんて決まってないだろうし」
「朝早くかも知れないだろう?起きれなかったら大変だろう」
「待たせておけばいい。どうせ勝手に決めてる事なんだし」


ゆるゆるとスコールの体を弄りながら、明日の心配をしてみせるセシル。
それは相手を思う余裕を持った、配慮のものであったのだろうが、スコールは眉根を寄せる。

スコールは覆い被さる男の肩を掴むと、意識して力を入れて、セシルの横に押した。
重鎧を身に着けて平然と動くほどの体躯をしているのだから、十分に重い筈なのに、セシルは呆気なくごろりと転がる。
その上に今度は自分が馬乗りになれば、ぱちりと、驚いたような顔が此方を見上げていた。


「明日の事なんて、今は良いだろ」
「二人に迷惑をかけてしまうよ」
「俺はいつもあいつらに迷惑させられてる」


そもそも、明日の予定を勝手に決められているのは此方なのだ。
いつだってきっちりとしたスケジュール通りに過ごしている訳でもないし、待たせる位は好きに待たせれば良い。
待つ気がなくなれば、二人で勝手に行くだろうと、スコールはよくよく理解していた。

それよりも、今はこの体に巣食う熱だ。
相も変わらず、優し過ぎる愛撫の所為で、体はあちこち火照って仕方がないのに、セシルはいつまでもその先に行ってくれない。
明らかに劣情を呼び起こす触れ方をして置いて、スコールがはっきりとねだるまで、意地悪を続けてくれるのだ。
だからスコールは、いつも我慢が出来なくなって、あさましい欲望を晒すしかない。


「もう良いだろ、セシル。早くあんたが欲しい」


しっかりとした腹の上に乗って、スコールは言った。
見上げる顔に唇を近付け、熱と懇願を持って重ね、形の良い口蓋を舌でなぞる。

後頭部に大きな掌が添えられるのを感じながら、スコールは深く深く口付けた。
挿入した舌で一所懸命にセシルの咥内を探り、待ちの姿勢を崩さない舌に、自分のそれを絡ませる。
ちゅぷ、ちゅぷ、と耳の奥で鳴る水音に、体の芯で熱がまた大きく膨らんでいくのが判った。

薄く開いた瞼の隙間から、笑みを浮かべる男の顔が見えた。
いつも穏やかな、時には憂いを孕んでも、甘く嫋やかさすら感じられる中性的な貌は、スコールがこうやって懸命にねだっている時に、酷く悪い笑みを浮かべている。
頭を撫でていた手が項に辿り着いて、指先で首の後ろを辿られて、ぞくりとしたものが背を走った。
身動ぎする下肢が固くなっている事に、きっと彼は気付いている。


(だって、あんたが俺をこうした)


触れ合う事に、何処か本能的な拒否感を持っていたスコールを、それなくしてはいられないようにしたのは、他でもないセシルだ。
無理はさせない、嫌ならしないと言いながら、いつも激しい熱でスコールの思考を壊す。
そうやって忘れられない熱を体の奥に刻んで置きながら、ゆるゆると柔い触れ方でスコールを延々と煽ってくれる。
性を覚えたばかりの若鳥が、それで満足できる訳もないと判っていながら。

スコールがセシルの服に手をかけると、彼は何も言わずに微笑んでいる。
スコールの思うようにして良いよ、と言っているのが聞こえた気がして、それなら遠慮なくと服を脱がせる。
しっかりと固い筋肉に覆われた躰を見下ろして、それが齎す重さを思い出し、スコールの腰が無意識に揺れた。


「無理はしないようにね」


気遣うように言って、頬を撫でる男が、その実、一番無理をさせてくれることを、スコールはよく知っている。
スコールが夢中になって熱に没頭する度に、子供を褒めるように囁いて来るのはセシルなのだ。
理性の箍を手放したがらないスコールに、その瞬間の心地良さを教えたのも彼。
そうする事が良い事なのだと、まるで透明な水に好みの絵の具を染めるように、セシルはスコールの耳元で囁いては嬉しそうに微笑む。

性的な経験など一度もなかったスコールが、今はそれなくしては眠ることも出来ない程に変わった。
人の温もりは苦手だったのに───今もそれは変わらないのに───、セシルの熱だけは欲しくて堪らない。
そう言う風に、セシルが自分を育てたのだと、スコールは理解していた。


(あんたの所為で、俺はこんな風になったんだ)


上手に上手に誘導された。
優しく手のひらで氷を解かすように、生温い熱の中で、その体温に慣れて行った。
その傍ら、スコールの意思を尊重するよと嘯いて、事実、その通りにスコールは嫌なことを一度もされた覚えがない。
痛みがあればやんわりと気遣われ、次に触れる時には過剰な位に丁寧にされて、それを繰り返している内に、この行為にそれなりの負担が伴う事も忘れてしまった。
セシルにされるのなら良い、セシルが良い────そう思ってしまう位に、染められている。

セシルが優しく触れて来る時と言うのは、自分を染めようとしている時だと判っている。
スコールがそう考えていることを、セシルが察しているかまでは判らないけれど、少なくとも思うように染まり行く少年を見る瞳は、嬉しそうだった。
だから、それで良い、とスコールも思っている。
セシルの思う通りにこの身が染まって行けば、彼もまた、スコールの願うように応えてくれるのだから。


「……セシル」
「うん。おいで、スコール」


甘えるように名前を呼べば、綺麗な貌が嬉しそうに笑んだ。



『セシスコで、じっとりじっとり絡め取る悪い大人のセシルと、実はそれに気付いているスコール』のリクエストを頂きました。

余裕のある大人として、優しく気遣いつつ、実はしっかりスコールのツボを押さえているセシルって良いですね。
スコールは、最初の頃は自分のペースに合わさせるから罪悪感みたいなものもあったりして。
なので次はもっと先に進めるようにと努力して来たりして、そう言う所もセシルに見抜かれていたりして。
お互い抜け出せないし、抜け出したくないし、相手を逃がしたくないと思っていたら良いな。

[セフィレオ]秘密の共有、その意味を

  • 2023/08/08 21:40
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



父の会社を手伝い支えることは、子供の頃から目指していた道だった。
そうするように求められた事はなかったし、自由にして良いんだぞ、と何度も言われたけれど、それならば尚更、自分の自由で以て父を支えたかった。
まだ弟が幼い時分、余りにも早く早逝した母の分まで、彼は子供達のことを愛してくれたのだ。
だからこそレオンは、その恩返しもあり、懸命に働く父の背中を見て、その後を追いたいと思った。

それから勉学に励んで、レオンは真っ当な就職活動の末に、父の会社へと就職を果たす。
身内贔屓と囁く声は聞こえていたが、一切を無視して仕事に打ち込んで行けば、幸いにも相応の結果が付いて来た。
まだ若い身空でありながら、副社長なんて立場に祀り上げられた時には戸惑ったものだが、「お前だったら任せられると思ったからさ」と言われれば、応えない訳にはいかなかった。
相変わらずやっかみのような視線はあるものの、それも努力で変えて行けば良いと思っている。
その分、大変な事も多いけれど、成長した弟にも応援されているから、きっと上手く行く筈だ。
そうなるように、自分自身で変えて行く。

平社員の時には、上から降りて来る仕事を捌く日々であったが、立場が出来た今は、それとは異なる忙しさがある。
同業他社との情報交換、腹の探り合いの会食があったり、大きなプロジェクトに必要となる資金を捻出する為に各銀行と交渉したりと、人との付き合いを如何に上手く回していくかと言う事に注力するようになった。
書類仕事の方が気が楽だ、と感じたのは一度や二度ではないのだが、父はずっとこう言う仕事をしてきたのだと思うと、奮起せねばなるまいとも思った。

以来、時には自らの顔を使って、時には父の代理と言う役割を任されて、様々な人々と逢って来た。
そうしてレオンは、世界と言うのは中々に変わっていて、多種多様な人間がいるのだと言う事を知る。
中々の変わり者と言うのも少なくなく、どうもレオンはそう言う人に好かれる性質らしい───父もそうなので、血筋なのかな、と父の旧友は笑っていた───。
礼を失しない程度にそれを上手く躱して会話を進めるのは労のいる事だったが、お陰で幾つかは上手い結果を得ることが出来た。

だからレオンは、誰かと会食の類に行く事は、一種の交渉の場だと思っている。
其処で自分が発した一言一句、相手に見せた仕草一つで、どんな結果が待っているのか変わるのだ。
それは後々に仕事に影響して来る事も多かったから、レオンはいつも気を引き締めて人と逢う事にしている。

────セフィロスに初めて食事に誘われた時も、レオンは当然、その気持ちだった。

彼は世界的に有名な大手企業の社長で、一代で財を築き上げた事もあり、業界内では時代の風雲児とも呼ばれている。
そんなセフィロスとレオンが知り合ったのは、父と共に海外の社交界へと足を運んだ時の事。
華やかな世界に見えて、沢山の思惑が水面下で行き交う中で、恐らくは既に知り合いだったのだろう、父は存外と気さくに彼に話しかけ、同行していた息子を紹介した。
歳は近いから話が合うんじゃないか、と言う父の予想は、さて当て嵌まったかは別としても、レオンはセフィロスとの語らいを楽しむ事が出来た。
彼方も少なからず笑顔が零れていたし、パーティが終わった後には、連絡先も交換している。
プライベートのものだ、と電話番号を寄越されたのは聊か驚いたが、どんな形であるにせよ、交友関係が増えるのは有り難いものだ。
レオンも、出られる時は少ないとは思うが、と前置きをして、自分の電話番号を伝えている。

そうして細やかな交流を繰り返している内に、次第にレオンは、セフィロスが“友人として”レオンと交流を持ちたいのだと悟るに至る。
影響力のある立場を手に入れたが故に、セフィロスの周りは、悪く言ってしまえば雑虫が多いのだ。
それも自身が年若い事もあり、多くは年嵩の者ばかりに囲まれていた為、環境として、同年代と出逢う機会の方が少ない。
レオンも立場としては似たようなものだったから、段々とその気持ちに共感するようになり、今では肩の力を抜いて、他愛もない話が出来る友人として顔を合わせるようになった。

それからレオンの携帯電話には、時折、セフィロスからの着信がある。
其処には大抵、何日何時に食事でもどうか、と言う誘いが添えられていた。
お互いに多忙な身であるから、随時都合の擦り合わせは行いつつ、────今日もまた、レオンはセフィロスと共に食事に来ていた。
場所はセフィロスがセッティングを済ませており、大抵、個室のある小料理屋やレストランである事が多い。
平時は専ら人目である事を意識する生活をしているから、こんな時位は楽な方が良いだろう、と言うセフィロスの気遣いは有り難い。

都内でもランドマークとして有名な、高層ビルの上層フロアにある、名のあるシェフのレストラン。
席数も少ない為、此処で食べたいのなら熾烈な予約争いをするか、運の良いキャンセル待ちをするしかないと聞いているが、どうやらセフィロスは此処では常連であるらしい。
流石に新進気鋭の社長だな、と、実の所あまり高級レストランの類に興味のないレオンは、感心したような気持ちで食事を済ませた。
会計も終えて、さて今日はこれでお開きか、とレオンが思っていると、


「上のフロアにバーがある。少しどうだ?」


そう誘われて、レオンは少し考えた。

セフィロスからの誘いと言うものを、レオンは基本的に、断らない方向で考えている。
無論、仕事があれば話は別だが、そうでなければ人との付き合いは円滑にしておいた方が良い。
家には父の他、年の離れた弟もいるが、彼ももう高校生になり、目が離せない歳でもなかった。
どうせ帰りはタクシーを使うつもりであるし、酒も嫌いな訳ではない。


「良いな。案内して貰えるか」
「ああ」


応じたレオンの言葉に、セフィロスは整った面立ちを微かに緩ませて、満足気に頷いた。

レストランのあったフロアから、エレベーターで更に三つ昇った先に、静かで赴きのあるバーがあった。
訪れる者が限られるような場所にあるからなのか、此処も席数は少ないのだが、突き抜けたビルの上層にあるお陰で、何処の席でも眺めの良い景色が望める。
夜ともなれば、地上と空の星を同時に見ているようにも思えて、レオンは成功者の見る景色だなと思った。
同時に、隣の席でカクテルを傾ける男に、よくよく似合いの景色だと。

食事の後なので、腹は十分膨れているしと、二人はのんびりとアルコールの味を楽しんだ。
どちらも口数が多い性質ではない為に、然程会話が弾む訳ではないのだが、レオンは彼との沈黙には重苦しさを感じないのが気に入っていた。
お喋りではないレオンにとっては、無理に話題を探し、喋らなければならない方が疲れるものだ。
この静かな空気が許されているから、セフィロスの誘いに乗るのは苦がない。

オレンジ色をゆらゆらと揺蕩わせるカクテルを、そっと口元に運ぶ。
フルーティな味わいが咥内にゆっくりと溶けて行き、仄かに酸味が感じられた。


「うん、美味い」
「気に入ったか」
「ああ。しかし……それなりに強いだろう、これは」
「多少な」
「やっぱり。飲み過ぎないようにしないとな」


苦笑してそう言ったレオンに、セフィロスの眉が微かに寄せられる。


「アルコールには強くなかったか」
「飲めない事はないけど。さっきレストランで飲んだワイン位なら、一本開ける分には大丈夫だ。それ以上になると、怪しくなってくるな」
「ふむ……」


アルコールの入った腹が、仄かに熱を発しているのが判る。
これは調子に乗っては危ないな、とレオンは綺麗な色をした液体を見て思う。
胃が空だったら早々に回ったかも知れない、と思いつつ、もう一口と口をつけた。
その間セフィロスはバーテンダーを呼び、次のアルコールの注文をしている。

リズムの良いシェイカーの音を聞きながら、レオンはちらと隣の男を見た。
バーチェアに深く腰を落ち着かせ、長い足を組み、何かを思案するように緩く目を閉じているセフィロスは、まるで雑誌のポスターにでもなりそうな程、絵映えしている。
店内の空気を壊さず、窓の向こうの夜景を邪魔しない程度の灯りしかなくても、その整った面立ちはよく判った。
レオンから見て、背景となる夜景までもが、目の前の美丈夫を引き立てる為の素材に見える。
世の女性が夢中になる訳だと、いつかの社交界で数多の女性に囲まれていたのを思い出した。

こっそりと面白いと思うのは、そんな男がこんな店に連れてきているのが、自分だと言う事だ。
名のある大女優でも誘えば、それこそ映画のようなロマンスが始まるワンシーンになりそうなのに、どうして同性を誘ったのだか。
代わった男だと思いつつ、レオンはグラスに残っていた最後の一口を飲み干した。


「ふう……ちょっと火照って来た気がするな」
「酔ったか」
「かも知れない。これ以上は、あんたに迷惑をかける」
「俺は全く構わんが」
「そう言う訳にもいかないだろう。すまないな、あまり付き合えなくて」
「いや。俺が勝手に、お前も飲めるものだと思っていただけだ。せめて度数を押さえておけば良かったな───次はそうしよう」


最後に零れたセフィロスの言葉に、レオンはくっと笑った。


「あんた、こんな良い店を知っているなら、俺じゃなくてもっと他の誰かを誘えば良いのに」
「他とは?」


くつくつと笑って言うレオンに、セフィロスはいつもと変わらない表情で尋ね返す。
それは当然、とレオンは先ほど思った事を口にした。


「もっと良い人と言うか、特別な人だとか。あんたに誘われたら、世の名誉だと思って来る女性も多いと思うぞ。それなのに、俺なんか誘って────勿体無い」
「興味がないな。此処には、お前だから連れて来た。まあ、少し外してしまったようだが」
「そんな事はないさ。景色も良いし、酒も美味いし、気に入った。教えて貰って感謝している」
「なら、もう少し分かり易く喜んでくれ。お前の為に設けた席だ」


不思議な虹彩を宿した瞳が、レオンを映す。
伸ばされた腕がレオンの横顔に触れ、指先が頬を滑って耳の下に触れた。
ピアスを嵌めた耳朶を指先が掠めたのを感じて、レオンはくすぐったさに目を細める。
そんな触れ方をされたのは初めてで、レオンは不思議な気持ちになってくる。


「どうしたんだ、あんた。酔っているのか?」
「ああ、そうかもな」
「二杯目、これからなんだろう。大丈夫なのか」
「酒は問題ない。だが、まあ……お前に心配されるのは悪くはないが、今日は此処までにして置こう。お前も飲めとは言わないが、もう少し付き合え」
「それは勿論」


言いながらセフィロスは、レオンの耳朶を指先で柔く摘まんだ。
なんとなくその指先が冷たく感じられるのは、レオン自身の体温が上がっているからだろうか。

二杯目のカクテルがセフィロスの前に運ばれ、レオンに触れていた手が離れる。
長く形の良い指先が、カクテルグラスを摘まんで口に運ぶその様子を、レオンは耳朶に残る感触を感じながら、細めた眼差しで眺めていた。



心地良く緩やかな時間を過ごした後は、漠然とした幸福感があった。
そんな自分を自覚して、やはり酔っているのだろうな、とレオンは眉尻を下げてくつりと笑う。

時刻は夜の十時を過ぎている。
公共交通網はまだ全て止まりはしていないだろうが、のんびりとした足で駅へ向かっていれば、目当ての路線は終電には間に合うまい。
そもそも酔っ払っている訳だから、無理に自分の足で行くよりも、タクシーを使った方が安全だろう。
バーを出る時にセフィロスがタクシーを呼び、ビル前で待機させていると言うので、エレベーターで一階まで降りて行く。

足元が下降していく浮遊感を感じながら、レオンは隣に立っている男に言った。


「中々楽しかった。誘ってくれて感謝する」
「ああ。次はもう少し、お前の好みに合う所を用意しておこう」


どうやら、楽しい時間は次回もあるらしい。
レオンはくすりと笑って、


「次も用意してくれるのは嬉しいけど、本当に俺で良いのか?」
「何度も言っているだろう。お前だからだ」
「こんなにいい所にばかり連れて来て貰って。それも何度も。なんだか、口説かれようとしているみたいだな」


笑みを浮かべて、そんなまさかな、と冗談を言ってみる。

セフィロスは新進気鋭の実業家で、世界的に名の轟く、知らない者などいない著名人だ。
それ故に、彼が望むと望まざると言わず、その周囲には数多の人が集まるが、その多くはやはり彼の力に肖りたいと臨むのだろう。
気の置けない友人と言うのは案外と少なくて、昔からの知己の他は、柵のない学生時代に持った後輩くらいのものらしい。
そんな中で、レオンは久しぶりに持った同じ年頃の友人だから、色々と感覚を共有したくて仕方がないのだろう。

案外、可愛い所もある、とレオンはそんなことを思いながら笑っていると、


「ああ、……そうだな、その方がお前には判り易いかも知れない」
「うん?」


小さな箱の中で、恐らくは独り言だったのだろうセフィロスの呟きに、レオンはことんと首を傾げた。
何の事だろうと思っていると、コートのポケットに入れられていたセフィロスの手が、ゆっくりとレオンの顔へと伸びて来る。
ひた、と頬に触れた手はやはり冷たく感じられたが、向き合う碧の瞳は、それとは裏腹にじんわりと熱が溶けたような色をしていた。

真っ直ぐに見詰める瞳に、意識が囚われたように目を逸らせない。
そんなレオンに、セフィロスは触れそうな程に顔を近付け、


「俺はお前を口説いているんだ、レオン」
「……え?」


蒼の瞳を見開けば、其処に映り込んだ男が何処か艶やかに笑う。
惚けた唇の端に、柔らかいものがほんの一瞬触れて離れた。

エレベーターが一階へと到着した音を鳴らし、ドアが開く。
呆然と立ち尽くすレオンの手を、セフィロスの手がしかと掴んで、ビルの外へと連れ出した。
待機していたタクシーがぱかりと後部座席の口を開け、セフィロスはレオンを半ば強引に座らせると、いつの間にか覚えていたレオンの自宅住所をタクシーに告げる。

運転手が出発の準備をしている間に、セフィロスは未だぽかんと子供のような表情をしているレオンを見て、くつりと笑う。


「言ったからには、逃がすつもりはないぞ」
「あ……ああ……?」
「よくよく考えておいてくれ。じゃあ、また」


そう言ってセフィロスは、レオンの唇に指先を当てる。
其処はつい先程、柔らかいものが触れて離れた場所だった。

後部座席のドアが閉じて、タクシーが走り出し、レオンははっと我に返ってビルの方を振り返る。
遠ざかる夜景の中でもはっきりと存在感を示す銀色は、見えなくなるまで其処に立っていた。



酔いの残った頭で、口端に残る感触の意味をレオンが悟ったのは、それからまた長い時間を要してからの事であった。



『セフィレオ』のリクエストを頂きました。

レオンを口説こうとしている頃のセフィロスも良いなあ、と思いまして。
俺ロスだったら、割と真っ当に食事に誘ったり、景色の良いバーに連れて行ったりしてくれそうだなと。
実は“友人”にもそんな事はしてないよってものなんですけど、最近知り合ったばかりのレオンはそんな事は知らない訳ですね。お気に入りを友達と共有したいなんて可愛い所もあるな、と言う感じ。
しかしはっきりと宣告した以上は、もうセフィロスは押してくるでしょうし、レオンも意識せずにはいられなくなるんだと思います。此処で面と向かって拒絶できない所に、答えの根っこがありそう。

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