[ウォルスコ]13ミリに咲く花を
夏祭りなんてものに行くのは久しぶりだ。
人混みなんて好きではないし、騒がしい音も出来れば遠ざけていたい。
幼い頃は無邪気に屋台の綿菓子をねだったりしたものだが、そんな年齢はとっくの昔に卒業している。
基本的に静寂に好む今のスコールにとっては、良かれ悪しかれ、盛り上がるものである祭りと言うのは、自ら近付くものではなかったのだ。
友人達に誘われ、半ば強引に連れ出される事もあったが、途中離脱も少なくない。
特に人が集まるであろうタイミングになれば、その流れで帰り道が混んでしまう前に、一足先に帰路に向かうのがパターンだった。
友人達もそれを理解しているから、宴もたけなわに其処から離れるスコールを咎めはしない。
スコールにしては付き合いよく来てくれた、一緒に夕飯替わりに何かを食べた、それで十分なのだからと。
けれど今日に限っては、祭りの終わりまで、スコールはその場にいる事になっていた。
最後のプログラムにと盛り込まれた花火を見る為だ。
それも一人ではなくて、隣には唯一無二の恋人────ウォーリアがいる訳だから、尚更、帰る理由はなかった。
二人で夏祭りに行くと決まって、それを聞いて何故か姉のエルオーネが張り切った。
彼女は昨日のうちに一度ウォーリアを家へと呼ぶと、何処にしまってあったのだか、色々な浴衣を取り出して、ウォーリアを着せ替え人形にした。
更には弟にもそれを行い、裾上げやら解れやらを直しておくからと言った。
そして今日の夕方、祭りへ向かおうとスコールを迎えに来たウォーリアも一緒にして、浴衣姿へと仕立て上げてくれたのだ。
白い浴衣のウォーリアと、紺色の浴衣のスコールと、対照的な色にして、「よく似合ってる」と満足そうに彼女は笑った。
姉に弱いスコールは勿論、恋人との間で何かと気を遣ってくれるエルオーネにそう言われ、元より彼女なりの厚意である訳だから、無碍にするなど選択肢にない。
こうしてウォーリアとスコールは、二人並んでの初めての夏祭りに出掛けたのであった。
慣れない下駄をカラコロと鳴らしながら、二人は夏祭り会場を歩いている。
この辺りで特に大きな夏祭りとあって、並ぶ出店はずらりとひしめきあいながら、あちこちで良い匂いを漂わせていた。
スコールは既に夕飯を済ませているが、ウォーリアは仕事を終えて直ぐにスコールを迎えに来たので、腹が空いている。
花火が上がるまでにも時間があったし、うどんを一つ購入して、飲食スペースが設けられていたのを見付け、其処で簡単な夕飯を済ませた。
ウォーリアの食事が済んだ後は、ふらふらと目的なく過ごす。
此処にティーダやジタンがいれば、射的やクジ引き、お化け屋敷にでも飛び込んだのだろうが、今日はスコールとウォーリアの二人きりだ。
賑々しい祭り会場を、虱潰しにでも探せば、知人の一人や二人はいそうだったが、わざわざそんな労を求める理由もない。
何よりスコールは、ウォーリアと二人きりと言うのが嬉しかった。
(煩い所は好きじゃないけど……ウォルがいるなら、少しは、良いか)
隣を歩く男をちらと見て、スコールはそんな事を考える。
スコールは決して小柄ではないが、ウォーリアの身長はそれよりも高い。
それでいて体は相応に厚みがあるので、身幅のある浴衣姿は中々見応えのあるものだった。
いつもぴんと背中を伸ばして姿勢が良いので、だらしなく見える事もなく、これで上等の羽織りでも来ていたら、何処かの呉服屋の若旦那くらいには見えるのかも知れない。
銀糸の長い髪は、普段は案外と無秩序にされているのだが、今日はエルオーネに整えられたようで、項の当たりで蒼色の紐に括られている。
肩回りがすっきりしているので、しっかりとした造りの肩がよく見えた。
普段スコールが見慣れているウォーリアと言うのは、仕事のこともあって、スーツ姿が多い。
休日に逢うにしても、カジュアルめにはなるものの、そのままフォーマルな場に出ても許されるだろうと言う位だった。
浴衣の衿合わせから覗く鎖骨なんて、まずお目にかかれるものではない。
其処をスコールが見る事が出来るのは、偶の彼の休みに家に行った時、夜の帳が降りてからのことで────
(……って、何を考えてるんだ、俺は……!)
俄かに脳裏に蘇った光景に、スコールは堪らなくなって、ぶんぶんと頭を振った。
それを見たウォーリアが、ことんと首を傾げ、
「どうした、スコール。何かあったのか」
「……いや。なんでもない、気にしなくて良い」
心配そうに見つめるアイスブルーの瞳に、スコールは居た堪れない気持ちを隠しつつ答えた。
それでもウォーリアはじっと見つめて来たが、スコールは「本当になんでもないから」と重ねるしかない。
まさか、先日泊まった時のことを思い出していたなんて、こんな場所で言える訳もなかった。
スコールはそれで話を終いにしたが、ウォーリアからは恋人の頬が随分と赤くなっているのが見えている。
気温は夏だからと片付けるにしても高く、人の数も増えて来た事もあって、熱気が増していた。
「何か冷たいものでも食べよう。何か飲み物か───かき氷でも良いだろうか」
「別に、それはなんでも。……でも、うん、冷たいものは欲しい気がする」
スコール自身、自分の体が半端に熱を上げている事は感じていた。
これは内側から冷やした方が良い、とスコールはウォーリアの提案に頷く。
近くあったかき氷の屋台で、いちごのかき氷を一つ注文した。
氷が削られるのを待つ間に、ふと、スコールの耳に後ろの客の声が聞こえる。
「ね、見て見て、あの銀髪の人。カッコイイ」
「イケメンってか、美人って感じ」
「声かけてみる?」
声はひそひそとしたものではあったが、スコールからは距離が近かった。
ちらと後ろを見遣ると、如何にも今風と言った浴衣を着た女子が三人、此方を見ている。
その視線が分かり易く隣に立っている男に向けられている事に、スコールは直ぐに気付いた。
店主が差し出したかき氷をウォーリアが受け取る。
移動しよう、と言われて、スコール達はかき氷屋の行列から速足に抜けた。
それを見た三人の少女のうちの一人が、「追っかける?行く?」なんて言っている。
スコールは眉根を寄せて、適当な場所を探しているウォーリアの腕を引く。
「こっちだ」
「ああ」
ウォーリアは特に疑問もなく、スコールが引く方へと足を向けた。
夏祭りの会場の真ん中から離れると、人も灯りも数が減る。
苦手な賑々しさからようやく離れる事が出来たと一息つきながら、スコールは見付けたベンチに腰を下ろした。
ウォーリアもその隣に座り、持っていたかき氷を差し出す。
スコールはそれを受け取ると、ストロースプーンで氷の小山をさくさくと挿して遊ばせた。
「……あんたも食べるか」
「そうだな。一口、頂いてみよう」
遠慮するかと思いつつ言ってみたことに、予想と違った反応があって、スコールは少し驚いた。
さくりと取った削り氷の一塊を、ウォーリアへと差し出してみる。
綺麗な顔が其処へと近付いて、ぱくりと一口に吸い込まれて行くのを、スコールはじっと見つめつつ、
(物を食べてる時でも、綺麗な顔してるんだ。こいつは)
ウォーリアの表情が大きく崩れる所を、スコールは見た事がない。
平時からあまり表情筋が動かない事も勿論だが、驚いた時でさえ、目を瞠るのが精々だ。
それも滅多にない事なので、スコールはそれを見た時、少し嬉しくなる。
あのウォルがこんな顔をしている、と言う事と、そんな彼の表情を見ているのが自分だけだと言う優越感が得られるからだ。
それだけ綺麗な顔をしているのだから、一目見て心奪われる女性がいるのも無理はない。
耳に残る、きゃらきゃらとした声の三人組を思い出して、スコールの眉間に分かり易い皺が寄った。
────ウォーリアが人目を引くのは、今に始まった話ではない。
日中ならばそれに声をかけて来るような女性はいないのだが、今日は夏祭りだ。
ウォーリアも浴衣を着ているし、普段の私服に比べると、その雰囲気はずっとラフで柔らかいものがある。
祭りの雰囲気と解放感に酔った者が、あわよくばと声をかけて来る事も、有り得ない話ではない。
これだけ整った面立ちをしているのだから、街行く女性が思わず振り返るのも当然だし、接すれば誠実な人柄であるから、誰だって心を奪われるものだろう。
スコールは幼い頃から彼の傍にいたから、それはごくごく当たり前のものとして見ていたが、恋人となった今、どうにもその事実が歯痒く感じられる事がある。
どんなに自分と言う恋人がこうして傍にいるのだとしても、傍から見れば、精々が年の離れた兄弟だ。
性別が同じである事も含めて、とても恋人と一緒にいるようには見えまい。
だから自分が傍にいようと、ウォーリアに熱を上げる女性と言うのは絶えなくて、その度にスコールは「俺がいるのに」と思ってしまうのだ。
彼の“恋人”の席は、とっくに自分のものなのに、と。
そんな事を考えてしまう自分が、いよいよ子供のように拙くて、スコールは苦い胸中を誤魔化すようにかき氷を口に運んだ。
キンと冷たい氷の感触は、好ましくもない感情を煮る胸中に、ほんの少し水を差してくれる。
このまま納まってくれと思いながら、スコールはかき氷を食べ進めて行った。
「……そろそろか」
かき氷を半分まで食べた頃、隣からそんな呟きが聞こえた。
スコールが顔を上げると、ウォーリアは遠く祭り会場の向こうの空を見上げている。
倣って視線を其方に向けると、ひゅう、と言う高い笛の音が聞こえ、────ドン、と大きな華が空に咲く。
「始まったのか」
「ああ」
ぱらぱらと火花が空で踊る音がする。
そう言えばこれを見に来たんだったと、スコールはようやく当初の目的と言うものを思い出した。
人混みから離れて見る空の華は、色とりどりに輝いて、パッと咲いて潔く散る。
瞬きの間に消えていく輝きに、沢山の人が夢中になっていた。
隣を見れば、ウォーリアもじいと空を見つめている。
その姿勢が、相変わらず背筋を伸ばして正しく、表情も普段のものと変わらないから、傍目には楽しんでいるようには見えないだろう。
けれども、ひらひらと空を彩る花火を映す瞳は、微かに柔い光を抱いている。
人がこの男に夢中になるのも当然だ。
これだけの美丈夫は、世界中の何処を探しても、他にはいないだろう。
そして、この美しい男に、唯一無二の寵愛を求める人が後を絶たないのも、無理はない。
(……でも、それはもう、埋まってる)
かき氷のカップをベンチに置いて、スコールは空を見た。
空の向こうで花火が大きく開く度に、祭りの中心からは高らかに屋号を称える声が響く。
イベントの為に立てられた櫓の周りに人が集まっているのは、あの位置からが花火がよくよく見えるからだろう。
しかしスコールは、とてもではないが、あの人混みの中に改めて入ろうとは思わない。
色を変え形を変え、閃く華に彩られる空は美しかった。
それも決して悪くはない────のだけれど、スコールはどうしても、隣にいる恋人を見てしまう。
何度目になるか、ちらり、とその横顔を伺い見ようとして、
「……!」
ぱちり、と此方を見ていたアイスブルーとぶつかって、息を飲む。
切れ長の眦がじっと自分を見ていたを知った瞬間、スコールの心臓が判り易く跳ねた。
「な、に……」
なんで見てるんだ。
何か用でもあるのか。
詰まりながらそんな事をまともな形にならずに問えば、読み取った訳ではないだろうが、ウォーリアはふと唇を緩め、
「花火も綺麗だが、やはり一番綺麗なのは君だなと思っていた」
「……な……」
「君の目が、花火の色で輝いて、とても美しい。思わず見惚れていたようだ」
「……!!」
ウォーリアの言葉には、飾るものがない。
つまり、その唇から出て来る言葉と言うのは、形そのままに彼の胸中を表しているものになる。
なんて恥ずかしい事を言ってくれるのかと、スコールの顔は首まで真っ赤になった。
顔中が熱くて、目の前にある男の顔を見ていられない。
ついさっきまで、稚拙な子供の独占欲を抱いていた事も忘れる程の、真っ直ぐなウォーリアの言葉に、スコールは言葉も失っていた。
そんなスコールの赤らんだ頬に、節張った形の良い手が添えられる。
どきりと心臓が跳ねて、スコールは口からそれが飛び出すのではないかと思った。
ゆっくりと近付いて来る綺麗な貌に、名前を呼ぶ事も出来なくなって、されるがままに重ねられる唇を受け入れる。
外で、こんな場所で、と思う気持ちはあったが、どうせ誰も見ていない、とも判っていた。
祭りに集まった人々は、その熱気の中に泳ぎ、まだまだ終わりを見せない花火に夢中になっている。
あんなにも綺麗な花火が幾つも上がったと言うのに、もうスコールの記憶からは遠い。
目の前で柔く輝く瞳だけが、彼のこの夏一番の思い出になっていた。
『夏っぽい現パロWoLスコ』のリクエストを頂きました。
夏と言えば夏祭り、夏祭りと言えばかき氷と花火、と言う王道に。
WoLは体がしっかりしつつ、体幹もしっかりしてると思うので、浴衣も似合いそうだなと。
ベタ惚れ気味のスコールなら、そんなWoLに夢中になっても良いなと思ったのでした。
そしてWoLもスコールの事が好きで堪らないので、どっちも相手に夢中になってると良いと思います。