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[スコール]心理的リアクタンス理論

  • 2023/08/08 21:50
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



名前も知らない女子生徒に声をかけられた。
先輩、と呼ばれたので、恐らくは後輩なのだと思うが、スコールには全く覚えのない顔だ。
一応、合同授業であるとか、某かの試験だとかで教室が一緒になった可能性まで考えて記憶を探るが、判らないものは判らなかった。

じっと此方を見つめる女子生徒は、一世一代の勇気を振り絞るような、必死の形相をしている。
スコールから見て少々引いても無理はない位のオーラを振り撒いている所から、スコールはそこはかとなく嫌な予感を感じていた。
それは概ね、間違いではなく、


「先輩!私と付き合って下さい!」


恐らくは勢いを持って吐き出さないと、言葉が出なかったのだろう。
それは形相からなんとなく理解したが、寮中に響き渡りそうな大声は勘弁して欲しい、とスコールは思った。

そして、ふうふうと鼻息荒くしている女子生徒に、スコールは淡々と告げる。


「……そう言うのはパスだ」


厄介、鬱陶しい、面倒臭い。
スコールの胸中はそう言う言葉で埋め尽くされ、この上なく正直でストレートにそれを吐き出した。

何故か自分なんかを好きだなんだと言ってくる物好きはいるもので、時折、それはこうやって目の前に顔を出してくる。
大方、性質の悪い罰ゲームでもしているのだろうと思っているから、スコールはいつも冷淡にそれを切り捨てて来た。
何処かの誰かが覗き見しているような状況で、よくもまあこんな大胆な真似が出来るものだ。
その度胸はある意味では称賛して良いのだろうが、頼むから自分をそれに巻き込まないで貰いたい。
スコールの感想は、いつもそんなものだった。

そしてこうやってばっさりと返して置けば、後が続く事もない。
今回もそう思って、スコールはいつも通りの返事を投げてやったのだが、其処から先が常とは違った。


「ど、どうしても駄目ですか。私、先輩に授業で助けて貰ってから、ずっと先輩のこと好きで……!」
「……悪いが、覚えてない」


取り敢えず、授業で一緒になった後輩と言う情報は手に入った。
しかし彼女が言う事が、どの授業の、何をしていた時の話なのかは、全く思い浮かばない。
最近の授業で、誰かを庇うような事があっただろうかと、それすらさっぱりだった。

うぐぐ、と女子生徒は唇を噛んでいる。
知らない生徒の、本当か嘘かもわからない事に、いつまでも付き合う気もなくて、スコールはくるりと踵を返した。
今日は訓練施設を使った授業があって疲れているし、明日はテストの予定があるから、早く帰って休みたいのだ。
それなのに、サイファーにノートを貸したままだったと思い出したので、回収に行かねばと思っていた所だった。
この上に、降って沸いた面倒な遣り取りに付き合う気にはならない。

だからこの話も、これで終わり────の筈だったのだが。


「じゃあ……っじゃあ!愛人でも良いです。私を先輩の愛人にして下さい!!」


学生寮と言う、若者の健全な精神を育むべき場所で、凡そあってはならないであろう単語が出て来た事に、スコールだけでなく、通りすがりの生徒までもが固まっていたことを、その女子生徒は知らないだろう。



名も知らぬ後輩から突然の告白をされてから、一週間が経つ。
どうせその時限りの会話と思っていた出来事は、あれからずっと延長戦が続いていた。

恋愛事など面倒以外の何物でもない、とスコールは思っている。
惚れた腫れたと囁かれる生徒達の囁きには、誰それと付き合って良い感じだとか、喧嘩をしたとか、思っていたイメージと違うだとかで、とかく忙しない。
中には修羅場と言われるような出来事まで言われていて、勝手に鼓膜に入って来るそれらだけで、スコールは疲れてしまう。
幸いなのは、自分にその手の話は全く関係ないと言う事だろう。

……と、思っていたのに、どうしてこんな事になったのか。
一日の授業が終わり、寮へと戻る為に教材をまとめている所で、スコールは教室の入り口に待機している人影を見付けた。
そわそわとした様子で此方を見ている視線が感じられて、スコールは学習パネルの陰に身を隠して、深い溜息を吐く。


(なんなんだよ……)


視線の持ち主の正体は知っている。
一週間前に、スコールに愛の告白をした後、もっととんでもない事を頼み込んできた女子生徒だ。
あの日、きっぱりとそれに応えるつもりはないと言ったのに、彼女はまったく気持ちを曲げる事無く、スコールを追い駆け回している。

授業終了のチャイムが鳴ると同時に、教室を出て行くべきだった。
このままでは外にも出られない、と張り込みのように出入口に立っている生徒をどうやってやり過ごすか考えていると、視界の端に白いコートが見えた。
通り過ぎようとするその白を、スコールはむんずっと捕まえる。
予想していなかった抵抗感に躰をつんのめらせ、翠の瞳がじろりとスコールを睨む。


「何しやがる」
「ちょっと付き合え。暇だろ、あんた」
「ああ?!」
「訓練施設だ。行くぞ」


威嚇のように声を荒げるサイファーだったが、スコールにしてみればいつもの事だ。
自分を追い駆け回す少女より、遥かに扱い易いサイファーに心の底で米粒程度に感謝しつつ席を立つ。

人の話を聞け、と後を追ってくるサイファーのお陰で、人混みが勝手に割れて行く。
件の女子生徒も、流石にサイファーがいる時には近付き難いようで、うう、と悔しそうな顔をしながら、教室を出て行く二人を見送った。
便利だな、とこっそり思っているスコールの胸中を知るものはいない。

一端寮に帰って、ガンブレードケースを手に廊下に出ると、同じくケースを肩に担いだサイファーが待っている。
表情は露骨に苛々としていたが、売られた喧嘩は買ってやろうと言うのが見て取れた。
スコールも彼を捕まえた手前、実はもう良いなんて言う訳もなく、風紀委員を自称する彼に言うべき事もある。
二人は足早に訓練施設へと向かった。

適当な場所を見付けて、まず一戦。
今日は座学の授業ばかりだったから、鈍った体を運動させるのは良い気晴らしになった。
始める前は苛立ちを隠しもせず、苦々しい表情を浮かべていたサイファーも、刃を交えている内に次第に夢中になって行く。
鬱蒼とした木々の向こうでは、グラット達が巻き込まれまいとコソコソと移動していた。
お陰でこれと言った邪魔も入る事はなく、二戦、三戦と重ねて、体が疲労を自覚する頃には、スコールの気分は少しばかりは晴れやかになった。

とは言え、唐突に付き合わされたサイファーの方は、やはり文句は言わずにはいられなかったらしく。


「ったく、なんなんだよ。今日は部屋でゆっくり読書でもしようと思ってたのに」
「また“魔女の騎士”を借りたのか。同じものばかり読んで飽きないのか、あんた」
「煩ぇ、好きなんだよ。何度読んだって、良いものは良いんだ」


楽しみにしていた時間を邪魔されたと、サイファーは頗る機嫌の悪い顔をする。


「で?これだけ付き合ってやったんだ、理由くらいは聞かせて貰えるんだろうな?」


じろりと睨むサイファーに、スコールは唇を尖らせた。
言いたくない、と言うのがスコールの正直な気持ちだが、しかしそれでサイファーは許すまい。
それに、強引に付き合わせたと言うのも自覚はあったし、何より、サイファーは風紀委員だ。
この男にどうにかして貰うのが一番手っ取り早い、とスコールは思っていた。


「……今日、教室の外にいた女子。あんた見たか?」
「どれだよ。女子なんて幾らでもいるだろ」
「うちのクラスの生徒じゃない。多分後輩」
「あー……ああ……?」


ピンと来ていない様子のサイファーだったが、スコールは構わずに続けた。

────一週間前、一人の後輩と思われる女子生徒に、「付き合ってほしい」と告白された。
時折起こる珍イベントのようなものだとスコールは思っているから、いつも通りに素っ気なく返せば、諦めるかと思いきや違った。
よりにもよって、彼女は自分をスコールの“愛人”にして欲しいと言い出したのだ。
当然スコールはそれも断ったのだが、何故か彼女は火が付いたような顔をして、益々スコールに迫って来たのである。
「悪いようにはしませんから!」「先輩の好きにして貰って良いですから!」等と言われて、俄かに恐怖を感じた程だ。
余りの熱に壁際に追い詰められた時には、真剣に身の危険を感じたものである。

当然、スコールはきっぱりと拒否したのだが、女子生徒は全く諦めていない。
朝はスコールが寮部屋を出る時間に外で待機しており、授業合間の休憩時間にも、スコールのいる教室までやって来る。
放課後も上手く逃げねば、今日のようにやって来るので、捕まってしまうと後は寮に帰るまでずっとついて来る。
早めに教室を出て逃げ果せたと、立ち寄った図書室でばったりと逢った時には眩暈を覚えた。
「運命ですね!」なんて目を輝かせて言われ、此方はそんな反応にすら戦慄したものである。

付き纏いも同然の彼女の行動は、スコールにとって空恐ろしいものだ。
しかしそれ以上に、「愛人」等と言うものを自分が求められていると───或いはそう言うものを寛容する人間であると───思われていた事がショックだ。
確かにロマンティックな思考は持ち合わせていないと自負しているが、かと言って、そんな爛れた関係を求めるような人間でもないつもりだ。
形振り構わぬ少女の妄言とは思いつつも、スコールはその点について、じわじわとダメージを喰らっていたのであった。

────そんな話をしている途中から、隣の男が露骨に顔を背けて肩を震わせている事には気付いていた。
話し終わって、「笑うなら笑えよ」と言ったら、案の定、腹を抱えて笑い始めた。
判ってはいたが腹が立つ程に笑うものだから、笑い転げるサイファーの背中を思い切り蹴飛ばしてやったが、相手は全く気にしなかった。
呼吸困難になるまで笑い尽くして、咽ながらようやっと落ち着いたライバルを、スコールは鬱々とした目で睨む。


「っは、はー、はー……あー、クソ面白ぇ。俺を笑い殺すには十分だ」
「じゃあそのまま死ねよ」
「やだね、勿体ねえ。こんな面白い話、カーテンコールまで見ないと死ねねぇよ」


目尻に涙まで浮かべているサイファーに、暢気で良いよな、とスコールは忌々しくなる。
八つ当たりである事は承知しつつも、やはり腹立たしかったので、もう一発その背中を蹴った。


「痛ぇな。お前が変な女に好かれたのは、俺の所為じゃないだろ」
「風紀委員だろ、あんた。一生徒が付き纏いの被害に遭ってるんだ、ちゃんと仕事をしろ」
「俺に取り締まれって?面倒臭ぇこと押し付けるんじゃねえよ。言い寄られてるのはお前なんだから、きっぱり断れ」
「断ってるのに迷惑してるんだ。朝から晩まで追い回されるんだぞ。何処に行ってもいつの間にか近くにいる」
「熱烈じゃねえか。お前みたいな朴念仁に、そこまで入れあげてくれる奴は貴重だぞ。大事にするんだな」
「じゃあ、あんたも味わってみろ。熱烈なファンだと思えば悪い気はしないんだろ」
「ホラー映画は俺の好みじゃないからパスだ」


サイファーの言葉に、ホラーだと判っているんじゃないか、とスコールの米神に青筋が浮かぶ。

実際、彼女の取っている行動は、ホラー映画で何処に行っても追い駆けて来る殺人鬼に似ている。
毎日行動パターンを変え、場所を変えても、いつの間にか自分の背後にいるのだ。
彼女からは一応、好意としての感情を寄せられてはいるのだが、あまりの行動力と勢いと、話の聞かなさぶりで、スコールは完全に引いている。
このままだと、いつの間にか寮の部屋にも入り込まれそうで、いよいよスコールは生活を侵食されそうだ。

うんざりとした表情のスコールに、サイファーは胡坐に頬杖をついて言った。


「お前がちゃんと断れば、お前の事が好きなら諦めるだろ。そうでないなら、恋に恋するお年頃って奴で、お前を追っかける自分に夢中になってるのさ」
「……じゃあどうしたら良いんだよ」
「知らねえ。まあ、こんなのは真実の愛と違って、一過性ってもんだ。その内飽きて、他に興味を見付けるだろ」
「……それまであれに付き合えって言うのか」
「言ったろ、ちゃんと断れって。それが出来てないから、追い駆け回して来るんだよ」
「あれ以上にどう断れって言うんだよ……」


はあ、と深いため息を漏らすスコール。

恋愛に興味がないのも、愛人なんてものは必要ない事も言った。
毎日自分の後を追ってくるのも、迷惑だから辞めろ、とも言ったのだ。
それをして尚、全く堪えた様子もなく追い駆けて来る少女に、何を言えば効果があると言うのだろう。

膝を抱えて丸くなるように蹲ったスコールを見て、サイファーは難儀な奴だと独り言ちる。
言葉数が根本的に少ない所為か、スコールを良く知らない後輩は、彼のことをミステリアスだとか言って持ち上げているのは聞いた事がある。
実際には只の口下手と、存外と短気で喧嘩っ早いのだと知っているのは、サイファーとやり合っている所をよく見ている、クラスメイトくらいしか知らない。
なまじ人との交流が少ないものだから、余計にスコールのそう言う気質は知られていないのだ。
相手が後輩ともなれば尚更、そして恋に恋する乙女の年頃ならば、勝手に夢を見てそれに夢中になっているのも想像に難くなかった。

サイファーが風紀委員として注意をした所で、今度はその目につかないようにスコールを追い回すだけだろう。
スコールの話を聞く限り、それ程の情熱の持ち主だと言う事が伺える。
だからこそ、スコールの方から、その幻想を壊す以外に、かの暴走列車は止まるまい。


(……って言ったって、こいつに今以上の事は出来ないんだろうな)


スコールは、他人に興味がないようでいて、人目と言うものをよく観察している。
だからなのか、何か頼まれごとをされると、案外と付き合いよく応じる事も多く、その所為で教師から雑事に呼ばれる事も少なくなかった。
面倒臭いと言う表情を隠しはしないが、後の評価であったり、成績への影響であったりを気にして、それらを飲み込んで引き受ける。
詰まる所、押せば行ける、と思われている節もあるのだが、当の本人にその自覚はないのだろう。

膝を抱えるライバルをちらと見遣って、サイファーはやれやれと肩を竦める。
人の恋愛絡みのいざこざに首を突っ込むのは、往々にして疲れるだけだが、鬱々としたスコールを見ているのはサイファーとて落ち着かない。
実際、付き纏いと言うのも、風紀的には良くない事ではある。


「仕方ねえな。俺の方から一つ注意ぐらいはして置いてやる」
「そうしてくれ」
「後の事は知らねえからな。貸し一つだ」


サイファーの言葉に、スコールは分かり易く拗ねた顔をしたが、「それならいらない」とは言わなかった。
平穏を取り戻す為には、最早自分一人ではどうにもならない事を、よくよく実感しているのだろう。

休憩を終えて、折角だからともう一戦を交える事になった。
気掛かりが多少なりと解消されると期待もあってか、スコールの剣も先よりも冴える。
それ位のものでなければ、暇潰しにもならないと、サイファーも余計な事は一切忘れて、嬉々と刃を振り翳すのだった。



『ガーデンのモブ女子生徒にぐいぐい言い寄られ翻弄されるスコール』のリクエストを頂きました。

案外モテてはいそうなスコールだけど、如何せん、本人がその手の話は嫌がりそうと言う。
思春期の少年少女なんて、良くも悪くも怖いもの知らずなので、まっしぐらに追い駆けて来る子もいるよねと思いました。スコールにとっては大分怖い。
話を聞いたサイファーは先ず一番に爆笑すると思いました。

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