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2024年08月

[14+16/ひろクラ]海都にて

FF14で行われた、FF16コラボイベントのストーリーを元にしています
エオルゼアに迷い込んだクライヴを、ひろしが案内している一幕……のような話

※『ひろし』とは:FF14の公式トレーラーなどで、プレイヤーキャラのイメージ格として登場する男性の日本版の愛称名




全く知らない光景だ、と道行く風景を見て、クライヴは思う。

雲一つなく遠く晴れ渡る澄んだ青空、その色を溶かし込みながら深く深くまで沁み込んだ海の蒼。
その只中に存在する、白亜色の石を幾重にも積み重ねて築き上げられた建造物は、まるで要塞のようでもあり、巨大な船のようでもあり。
其処に鉄と木材を使って、足場を広げたり、橋にしたり、必要に応じて増改築を重ねて行ったような、聊かの無秩序振りもありつつも、それがまた絡まり合いながら奔放に伸びている様子は、一種の解放感も作り出していた。
その道を右へ左へ行く人々は、統一された色やジャケットで揃えている者もいるかと思えば、全く異なった装いの者もいる。
なんとも不思議な景色であった。

見知らぬ地で目覚め、其処で出会った男に連れられ、クライヴはこの海上都市へとやって来た。
リムサ・ロミンサと言う名で呼ばれるこの地は、全域を海に囲われた島国であるそうだが、地域としては、クライヴが目覚めた場所と同じ、エオルゼアと呼ばれる地域に属しているらしい。
と、此処まで聞いてはいるものの、クライヴには全く耳に初めての話としか思えなかった。
記憶がどうにも不明瞭で、かの地で目覚めるまでに自分が何をしていたのか、何を目的として動いていたのか分からない。
そこで、一先ずはエオルゼアの地を巡り、自分の記憶にまつわるものを探しに来たのだが、どうもこの風景にはまったくもって馴染みを感じられずにいた。

全く知らない地で、何処にどう行けば良いのかも判らない訳だから、案内人は必要だった。
それについては、クライヴが倒れているのを見付けた男が引き受けてくれた。
しがない冒険者と名乗った男は、現在、黒渦団と言う名の組織の下へと赴いている。
クライヴは、終わるまでちょっと此処で待っててくれ、と言われたので、アフトカースルと言う名の大きな広場の一角で、道行く人々を眺めていた。


(……随分と大柄な者もいるが、逆に子供のような体の者もいる。俺と同じくらいの者もいる。……猫のような耳や、角や、尻尾が生えているのは……動物のような体をした者もいるな。あれは、人でいいんだろうか?)


アフトカースルと呼ばれる広場を行き来する人々の姿は、見るだに様々に違っている。
クライヴとそう変わらない体格や顔立ちの者もいるが、特徴はそれと似ていても、体格がまるで三倍も違うような大男もあった。
かと思えば、クライヴの足の長さが精々と言う小柄な身長の者がいたり(子供かと思ったが、髭を生やしている者もいるので、そうとも限らないようだ)。
体格的には標準的だが、頭の上に猫や兎のような耳が生えていたり、顔に鱗や角が生えていたり、様々な形の尻尾があったり。
それらに驚いていたら、まるで獣と変わらない頭部を持ち、ふさふさとした体毛が生えている者もいる。
多種多様な姿かたちをしたものが、縦横無尽に行きかうものだから、クライヴの混乱は収まる所か益々深まっていた。

だが、クライヴが何よりも気になるのは、道行くそれら人々が、誰もクライヴのことを深く気に留めないことだ。
時折、此方を覗く視線があるのは感じるが、誰もが深くは留まらず、それぞれの用事に追われて移動していく。
黄色いジャケットを着た大男が近くに立ち尽くし、見張りのように目を配らせているが、それも一度か二度、クライヴを見ただけで、何も言わなかった。
クライヴの頬に刻まれた刻印を、まるで見ていないかのように、まるで何も気にする必要などないかのように、意識に止めない。

それも初めは、刻印があるからこそ、気に留められないのかと思っていた。
ベアラーである以上、その存在は道具以下だから、大抵の人間はベアラーと言うものを深く気にしない。
だが、偶々目が合った猫耳を生やした女性が、にっこりと無邪気に笑いかけて来たものだから、驚いた。

『印持ち』にそんな風に無邪気に笑う人なんて、見た事がない。
少なくともクライヴはそう思った。


(……此処はやっぱり、俺の知っている場所じゃない────と言う事か)


記憶が不鮮明な部分が多い所為で、色々と確信を持てない所はある。
だが、それでも意識に根付いたように感じる、常識との剥離は幾つもあった。
クライヴの持つ感覚は、この海の街において、恐らくは異質なものであると言う事が感じられる。

目の前を小柄な人が通り過ぎて行き、その後ろに、きらきらと輝く水色の動物がいる。
生物にしては少々不思議な空気をまとわせている、あれは動物、生き物なんだろうかと、見た事のないものがまたひとつ通り過ぎていくのを目で追っていると、


「悪い悪い、待たせたな」


声がして振り返ると、クライヴをこの街へと連れて来た男が立っている。
日焼けしたような傷み気味の黒髪に、使い古した旅装束に身を包み、無精ひげを生やしてはいるが、笑うと随分と子供っぽい印象を持たせるその男。
その手には、此処を離れた時にはなかった筈の、簡素な紙袋がひとつ。


「腹が減ってないかと思って、飯を買って来たんだ。此処で評判のビスマルクって店で作ってるサンドイッチ」
「それは、わざわざ……すまない」
「良いさ、俺も腹が減っていたし。ほら、今の内に食っとくと良い」


そう言って男は、紙袋から取り出したサンドイッチをクライヴに差し出した。
瑞々しい野菜と一緒に、鮮やかな黄色の卵を、程よく焼き色のついたパンで挟んだもの。
贅沢だな、となんとなく思いながら眺めているクライヴの横で、男も同じものを頬張り始めた。
大口で豪快に食べるその様子に、クライヴは此処まで自覚していなかった空腹を感じて、隣の男を真似るように齧りついてみる。


「うん……美味いな」
「そうだろ?俺もよく世話になってる」


言いながら男は、三口、四口としている間に、サンドイッチを平らげた。
もごもごと森にいる齧歯類のように頬袋を膨らませているが、当人は苦も無く顎を動かしている。

男は、サンドイッチを食べるクライヴを見て、


「此処の景色は、どうだ。何か見覚えのあるものとか、気になるものとかあったか?」
「…気になるものと言うと、幾らでもあるにはあるが……見た事のないものばかりだ」
「ふぅん。じゃあ、海とはあまり縁がないのかもな」
「恐らく。海を知らない訳じゃないが、何か、空気そのものと言うか───違う気がするんだ、俺が知っているものとは」


問いに正直に答えると、男はふむふむと噛み砕くように頷きながらそれを聞いている。


「それに、俺のことを誰も気にしない。気にしてはいるんだが、その……気に仕方が、俺の考えるものと随分違うんだ」
「なんだ。変なのに絡まれでもしたか?ここらはイエロージャケットがいるし、GCの軍令部も近いから、治安は良い方だと思ったんだが」


悪漢にでも絡まれたかと言う男に、クライヴは首を横に振った。


「いや、そうじゃない。どちらかと言えば、逆……と言うか。偶に目を合わせる人がいるんだが、随分と屈託なく笑いかけて来るものだから、驚いた」


言いながらクライヴは、頬の刻印に手を当てる。
男はその仕草を見てはいたが、ふうん、と首を傾げるように言って、


「まあ、珍しい顔ではあるからな。此処は交易都市だし、冒険者も多いから、新顔が幾らいたって可笑しくはないけど」
「そうなのか」
「冒険者は色々金を落としてくれるのも多いし、愛想よくしとけば、マーケットあたりで何か買って行ってくれるかも知れない。ウルダハとはまた別に、此処も商売っ気は盛んだからな。海上がりも多くて気風が良いのも多いし、人懐こい人もいるさ」
「そう言うものか……」
「荒っぽい連中もいるから、トラブルもあるけどな。街中で起こす奴なら、イエロージャケットが飛んできてお縄だが」


お陰で平和に過ごせる、と男は言う。
確かに、時折荒っぽい声が聞こえる事はあるが、かと言って大騒動が起きているかと言えば、そうでもない。
声のもとを探してみると、海の方に停泊している船の上でどんちゃん騒ぎをしている集団だったり、精々が睨み合いをしている程度で、黄色いジャケットの者が其処に割り入れば、お開きになるものだった。
きちんと統制とルールが守られている、と言うのが判る光景だ。

クライヴがサンドイッチを食べきると、さて、と男は腕を組む仕草をし、


「黒渦団の方に確かめたが、此処らで異変みたいなものはなかったから、やっぱり空振りだったかな。次はグリダニアって所に行こうと思うんだけど────飛空艇がさっき出たばかりなんだ。ちょっと待って貰っても大丈夫か?」
「あんたに任せよう。俺は何も判らないし……」
「じゃあ、次の飛空艇が出る時間まで、ぶらつくか。少し歩くが、国際街商通りの方に行ってみないか?色々あるから、知ってるものが見つかるかも知れない」
「ああ。案内をよろしく頼む」


クライヴの言葉に、任された、と男は胸を叩く。

男に案内されて行ったのは、人通りの絶えない市場の通りであった。
街の喧騒のまさに中心部とも言える其処は、長く伸びた道なりに色々な店が構えられている。
トンネルのような道を少し歩いてみれば、成程、様々なものが此処には集められていた。

大柄な男が豪快な声で客を呼び込む傍ら、気風の良い長身の女性がまた威勢の良い声をかけている。
物々しい武器を持った若者が店の間を行ったり来たりと繰り返したり、小柄で髭を生やした男性が、店の主人を相手に値切り交渉を粘っていた。
どう見ても人間とは違う姿形をした者は此処にもいて、魚の入った魚籠を片手に売り歩きをしている。
かと思えば小さな子供が無邪気な声をあげながら駆けて行き、ぶつかりそうになった大人から、「危ないぞ」と叱られていた。

何処を見ても、沢山の人々が忙しなく行き来している。
そのシルエットが大きいものから小さいものまで様々にあるのを見て、クライヴはやはり、不思議な光景だと思った。


「……良い景色だな。色んな人が、こうも混ざり合って、暮らしていると言うのは。違う所があっても、それを認め合って、自然に並んで過ごせると言うのは……とても、良いことだ」
「そうだな。俺もこの景色は結構好きだよ」


クライヴの言葉に、男が歯を見せて嬉しそうに笑う。
────でも、と言葉が続いた。


「でも、こうなるまでには、色々あったんだ」
「……色々?」
「俺が知ってるのは、俺が冒険者になってからのことだから、古い歴史は話の内でしか知らないけどな。でも、種族だとか部族だとか、俺が知ってるだけでも多かったよ」


そう言った男の目が、これまでの朗らかなものと変わり、何処か痛ましそうに細められる。
往来の邪魔にならないよう、店の隙間の壁際に立って、男は道行く人々を眺めながら言った。


「俺が知ってるのはほんの一握りだろうけど、自分が譲れないものとか、守りたいものとかの為に、何処かで争いが起きていた。姿形が違うとか、思い描いてる理想が違うとか、誤解とか、偏見とか────色々理由はあったな。今でもそれは根付いて離れないものもある筈だ。俺もどうしても譲れなかったから、戦った事は何度もある」
「……この街も、そうだったのか?」
「その筈さ。元々此処は海賊が集まって出来たものだから、時代の変化で海賊が海賊らしくいられなくなって、軋轢が起きた事もあったし。蛮族たちと話が出来るようになったのも、最近だしなぁ……あっちもまだまだ、種族内で揉めてる所はあるんだろうし」
「あんたは、随分とその揉め事の類に詳しいようだな」
「うーん、どうだろうな。ほっとけなくて勝手に首突っ込んでたら、いつの間にか知り合いは増えてたけど」


男はぼりぼりと頭を掻きながら言った。
不思議なもんだ、と呟く男に、クライヴはくつりと眉尻を下げて笑う。


「あんたはかなり、お人好しのようだ」
「さて、どうかな。本当のお人好しってのなら、もっと穏便な方法を探せる筈さ」


クライヴの呟きに、男は自嘲の混じった表情で言った。
その目が一瞬、男の腰に下げられた、立派な意匠が施された剣へと向けられる。


「俺は自分の必要に応じて、突っ走って来ただけだ。でもまあ、背を押してくれた人たちくらいは、護りたい気持ちはあったかな」


そう言って、男は剣の柄に手を遣りながら、目を閉じる。
彼の頭の中には、一体何が巡っているのだろうか。

そう言えば、この街に来た時から、方々で男は様々な人に声をかけられている。
その中に「英雄殿」と言う呼び名があって、随分と大層な呼び名を持っている、とクライヴが思っていると、男は眉尻を下げならそれに手を振っていた。
男は何か言いたげにしながらも、その目には、まあ良いか、と諦めのようなものが混じっていたのを、クライヴは思い出した。


「……あんたも、色々あるようだ」
「そうだな。うん。色々あったよ」


色々な、と反芻させる言葉の中に、男の人生のどれ程が込められているのか、クライヴには知るべくもない。
問うにはあまりに壮大な何かに手を入れるように思えたし、男もあまり、突かれたくはなさそうだった。

男が顔を上げ、目元にかかる髪を、潮風が撫でていく。


「でも、色々あったけど、その色々で逢った人たちの事は、大体は好きなんだ」
「大体は、か」


全てとは言わない所に、男の正直さがある気がした。
それから、男はまた子供のように笑って、


「だから冒険者なんてもんをやってるのさ。色んなものに逢えて、色んなものを知れるから」
「……成程。それは確かに、得難い経験になりそうだ」
「ああ。だからクライヴ、お前と逢えたのも、そう言う冒険がくれた、良い巡り合わせのひとつだと思ってるよ」


真っ直ぐに此方を見て言う男に、クライヴは少々面を喰らった気分だった。


「……記憶喪失で、何処から来たのかも判らないような、怪しい人間だぞ?俺は」
「もっと怪しくて危ない奴を、もっといっぱい知ってるからな。お前なんて可愛いもんだ」


そう言って男は、ぐりぐりとクライヴの頭を撫でる。
唐突なことに目を丸くするクライヴに構わず、男は満足すると、黒髪から手を離した。


「それじゃ、時間も良さそうだし、そろそろランディングに行くか。グリダニアで何か手掛かりがあると良いな」


行こう、と歩き出した男に、クライヴは髪の乱れに手を遣りながら後を追った。





『ひろクラのエオルゼアに倒れていたクライヴがひろしと出会って帰るまでの間』のリクエストを頂きました。
ひろし=冒険者は暁月6.1くらいのキービジュのつもりで書いていますが、それ程設定を詰めてはいないので、ふわっとした雰囲気でお送りしています。

FF14にて行われた、FF16コラボでクライヴがエオルゼアに漂着していた時の話です。
コラボストーリーではクライヴはウルダハとグリダニアを訪れたのみでしたが、折角だからリムサも見てってえええ!!(黒渦団所属プレイヤー)となってたので行って貰いました。
ヴァリスゼアの世界から見ると、エオルゼア=FF14の世界って、見た目も種族もバラバラな人たちが入り混じって過ごしているから、クライヴには大分新鮮な光景なんじゃないだろうか。
時間的には暁月6.0をクリア後の何処か、と言う感じです。なのでひろし、旅してきた想いは色々ありますわねえ……と言う気持ちで書いてます。

[フリスコ♀]夕海の音

  • 2024/08/08 22:10
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



そもそもがインドアな気質であるから、真夏の海なんてものに誘った所で、スコールが諸手を挙げるような性格ではない事は、フリオニールにも判っている事だった。
しかし、アルバイト先の先輩から、厚意で譲られたチケットを無碍にするのも詮無いと、一応の体で、と言うつもりだったのだろう。

貰ったんだけど、どうかな、と眉尻を下げて言ったフリオニールの手には、有名なリゾートホテルの宿泊招待券。
ペアで一組、と記されたそれは、宿泊代の他、朝晩の食事も無料になると言う好待遇だ。
テレビ番組の懸賞だかで手に入ったらしいそれを、ぽいと人に譲るような人物がいるとは、奇特なことだ───いや、フリオニールの人望だろうか。
ともかく、応募したし当たったけれど行くつもりがないらしい先輩は、フリオニールがひとつ年下の恋人と付き合い始めた事について、色々とお節介を焼いてくれているらしい。
そして、生活の為にアルバイトに追われざるを得ず、中々具体的に二人の時間を作るのが難しいフリオニールを慮り、このチケットを寄越してくれたのだとか。
スコールはそれをフリオニールからの話でしか知らないが、随分と面倒見の良い奴がいるもんだ、と思った。

だからフリオニールから、スコールに「夏休みの間に旅行に行かないか」なんて言う誘いが出て来たのだ。
場所は有名な避暑地だし、夏休みなんて何処に行ってもイモ洗い宜しく人混みになっているだろうから、スコールがその手の場所に行かないことは、フリオニールもよく知っている。
それでも、誘う口実が手元に出来てしまったのだ。
だったら一度くらいは誘ってみないと、と思ったのだそうだ。

そんな感じで誘った訳なので、スコールが頷いた時には、フリオニールは大いに驚いていた。
「良いのか?本当に?」と目を丸くしていた彼に、スコールは「……嫌なら良い」と顔を顰めて言ったが、フリオニールは直ぐに「嫌なんて!」と言った。
ただただ驚いたんだと言うフリオニールに、まあそう言う反応になるよな、とスコールも自覚している。
夏休みだからと、開放的に遊び惚ける性格でもないし、街にある遊泳プールにだって、幼い頃に行ったきりだ。
年齢が上がるにつれて、スコールは人混みを避けるようになったし、昨今も猛暑酷暑の日差しを思えば、外で遊ぶより、図書館で過ごしている方が何倍も良い。
フリオニールもよくよくそれを判っているから、スコールが旅行になんて行く訳ないか、とダメ元で一応の誘いをしたに過ぎなかったのだ。

フリオニールは、予想に反したスコールの返事に驚いたが、しかし一緒に出掛けられるのなら喜ばない事はなかった。
きちんとした日程を組み、アルバイトの休みも取って、滞在先となるホテルのアクセスルートや、周辺情報の下調べもした。
スコールは寮に宿泊届を出し、ルームメイトのリノアに揶揄われつつ世話を焼かれつつ、旅行日までに必要となるであろうあれこれを買い揃えていた。

かくしてやって来た小旅行の日、二人は最寄り駅で待ち合わせして、出発した。
普段のデートも滅多に出来ていないのに、いきなり旅行なんて、となんとなく意識してしまってか、往時の二人の間で会話は少ない。
それでもスコールは、隣にフリオニールがいてくれると言うのが嬉しかった。
出発の前に駅前のコンビニで買ったおにぎりを食べながら、車窓に映る景色をぼうと眺めたり、同じように外を眺めているフリオニールの横顔を盗み見たりしているだけで、楽しい。
少女はささやかな楽しみを堪能しながら、束の間の旅路に耽ったのだった。

ホテルは、リゾート地のそれとして名高いことに相応しく、海が目の前にある。
ホテルの裏手から直接海へと遊びに行ける道も整備されていて、正しく真夏に御用達になっていた。
今日も例に漏れず、ホテルの客の多くは、到着早々に海へと繰り出しており、また地元民もよく遊びに行くようで、遠目から見ても遊泳エリアは沢山の人に溢れている。
判っていたことと言えばそうだが、スコールは其処に飛び込んでいくような気にはなれなかった。
フリオニールもそれはよくよく悟っていて、


「観光できそうな施設があるんだ。そっちに行ってみないか?」


と、提案してくれた。

リゾートとして有名な場所だから、やはり海に客が集まるのは当然だろう。
だが、避暑地としても名が知れているからか、其処に限らず人が興味を寄せそうな施設や店はそこここに散らばっている。
スコールが地元でも良く行く図書館だったり、工芸品が展示されている屋内ミュージアムだったり。
少し距離を延ばせば、小さいながらも水族館もあるようで、移動することに苦がなければ、海に限らずそこそこに楽しむことが出来るだろう。

────本音を言うと、避暑地とは言え、やはり暑い日差しの中を歩き回る事には抵抗があった。
だが、そうなると、ホテルで二人きりの時間を過ごすことになる。
宿泊する部屋は、当然ながらペア一組で使うもので、シングルベッドが二つ並んだツイン仕様だ。
それ程豪奢な訳ではなく、ビジネスホテルに比べれば広くゆったりとしている、と言う程度で、後は窓から海を臨めるのが良い、と言う位か。
貰い物の無料チケットで泊まれるホテルの部屋としては、十分贅沢と言えるものだから、何も不満はない。
ないが、まだまだ初々しい、恋人になりたての男女にとって、そんな場所でも二人きりになると言うのは、色々と意識が働いてしまうものであった。

だからスコールは、出掛けようか、と言うフリオニールに頷いた。
二人きりの空間でまんじりと、なんとも言えない空気の時間を過ごすより、気が紛れると思った。
……恐らくは、誘ったフリオニールの方も、同じ気持ちだったのだろう。

そうして二人は、ホテルを中心に、歩いていけそうな範囲をのんびりと散策した。
道行に街路樹が植えられ、並ぶ店々や宿泊施設も、グリーンカーテンをふんだんに使っており、海辺の街と言うこともあってか、都心で過ごす時間に比べると、少し涼しさも感じられる。
工芸品ミュージアムや、小さな水族館をのんびりと見て回ると、太陽は次第に海の向こうへと傾いていた。

夕方になって、もうめぼしい所は見て回ったかとフリオニールが言った。


「そろそろ、その……戻るか?夕飯の時間もあるしな」
「……ああ」


ホテルに戻る、あの二人きりの部屋に────と思うと、勝手に心臓が跳ねる二人だ。
それをお互い、相手に覚られないようにと平静を装いつつ、足を帰路へと向ける。

海辺の方が道が判り易いから、とフリオニールに促されて、二人は海沿いの道を行くことにした。
西日が海の水面に反射して、きらきらと黄金色に輝いている。
浜で遊んでいた海水浴客も、流石にそろそろお開きのようで、各自パラソルやテントを畳んでいた。


「………」


スコールはなんとなく、道すがらに海を眺めていた。
普段の生活で、海をこんなに間近に見る事はないから、少々の物珍しさも働いている。
そんなスコールを横目に見て歩いていたフリオニールは、


「ちょっと浜に降りてみるか?」
「……まあ……そう、だな」


丁度、道路から浜に降りるステップがあった。

さらさらのきめ細かな砂に覆われた浜を少し下れば、波が寄せて返す際まで行ける。
波打ち際で、まだ遊び足りない若者たちが、白波との追いかけっこをして遊んでいた。
無邪気なその声を何処か遠くに聞きながら、スコールとフリオニールも、波の傍まで行ってみる。


「気持ち良さそうだな。ちょっと入ってみるか」
「……水着もないのに?」
「足元だけなら大丈夫だよ」


そう言うと、フリオニールはサンダルを脱いで、素足で波打ち際へと近付いていく。
ざ、と寄せて来た白波が、フリオニールの足首を浚った。


「おお、冷たい。スコールもどうだ?」
「……俺は……」
「暑かったから、ちょっと冷やしていくのも良いと思うよ」
「……」


フリオニールの言葉に、スコールはしばし考える。
街路樹が多かったので、日中の移動は思ったほどに辛いものにはならなかったが、とは言え真夏である。
随所で蝉の声が聞こえる位には夏真っ盛りで、水分やアイスを堪能しながら過ごしたが、籠った熱が体の中に残っているのも確か。
足首を水に浸すフリオにールは、楽しそうで涼しそうで、少しだけスコールに羨ましさを齎していた。

スコールは靴を脱ぎ、靴下も脱いで、素足で砂浜を踏んだ。
日中の熱を蓄えた砂土は、まだまだ冷めるには至っていないようだが、色の違う場所───波が寄せて返す所まで来ると、今度はひんやりとしている。
足の裏に細かな砂土が付着するのを感じながら、スコールは「ほら」と手を伸ばす恋人の下へと向かった。

ぱしゃん、と足元で水が跳ねる。
冷えた感触で足の裏が洗われて、ふかふかと柔らかな砂地に少しだけ足が埋もれた。


「っ」
「おっと」


感触の変わった足元に、ぐらっと体を揺らしたスコールを、フリオニールが受け止める。
ぽすっと頭を押し付けて支えられたスコールの頬には、フリオニールの胸板が押し付けられていた。
長身に、筋肉が引き締まっている事もあってか、遠目に見るとフリオニールは細身に見えるが、こうして密着すると、その逞しい体つきがよりよく判る。
それがスコールの鼓動を無性に早く急き立るものだから、スコールは赤い顔を隠しながら、いそいそと体勢を繕い直した。


「助かった」
「ああ。波って結構力が強いんだな、初めて知った」


フリオニールの言葉に、俺も、とスコールは頷く。

子供の頃、孤児院で一緒に過ごしていた子供たちと一緒に、最寄りにあった海辺に降りた事は何度もある。
けれども、子供だけで海に入ることは禁止されていたし、そうでなくとも、当時泳げなかったスコールは、自ら海に入ろうとはしなかった。
今ではプール授業で泳ぎも覚え、運動や海への苦手意識もないが、今度は海に近付く機会がない。
遊泳プールに海のような寄せて引く波はないから、波打ち際の足元が、こうも不思議な感覚になるものとは知らなかった。

スコールはフリオニールに両手を握られた状態で、足元を見遣る。
ざあ、さあ、ざあ……と寄せては返す波で、足首や足の甲が何度も浚われ、浜砂を巻き取りながら逃げていく感触が擽ったい。
けれども悪い気はしないのは、夏の日差しで火照った身体が、足元から冷えていくのが心地良いからだろうか。


「もうちょっと向こうに行ってみるか?」
「……服は濡らしたくない」
「うん。だから、膝くらいまで」
「……それなら良い」


水に浸かっているフリオニールは、何処か楽しそうだった。
彼も決してアクティブなタイプでもないが、外遊びが苦ではない性格なのだ。
同行しているのがスコールだから、恋人の趣向に合わせて海に行こうとは言わなかったが、本当は海を堪能するのを楽しみにしていたのかも知れない。
彼は内陸の生まれで、水遊びと言えば川だったらしいので、果てのない海の景色に憧れもあると言っていたか。


(……それなら、明日……少しくらいは、海で過ごしてみても……)


結局、今日一日、フリオニールはスコールの希望に沿って行動してくれた。
暑いのが苦手なスコールの為、見て回った施設は殆どが屋内のもので、冷房も効いている。
屋外を歩く時には、「あった方が良いか思って」と日傘まで用意してくれていた。
余りに気が利いて至れり尽くせりなものだから、スコールは反ってちょっとした罪悪感まで沸いてしまう。
自分ばかりが大事にされて、何も返していないのは不公平なのではないか、と。

フリオニールに手を引かれて、膝まで水が浸かる位置に移動する。
膝元をちゃぷちゃぷと水面が遊び、ホットパンツを履いているスコールはともかく、短パンのフリオニールは裾が濡れていた。
だが、フリオニールは全く気にする様子はなく、スコールの顔を見て楽しそうに笑っている。


「……あんた、海、好きだったんだな」


その様子にスコールが呟くと、フリオニールはううんと考える様子を見せつつ、


「そう、だな。そうみたいだ。海に来たのなんて初めてだったから、ちょっと浮かれてるのもあると思う」
「子供みたいだぞ」
「はは、そうかもな。海ってこんなに冷たいんだな、知らなかった」
「まあ、もう夕方だし。冷えてきてるのもあるんだろう」
「夏に皆が海に行きたがるのが判る気がするな。凄く気持ち良い」


無邪気なフリオニールの言葉に、スコールは、やっぱり遊びたかったんだな、と思った。
彼がそうと口にすることは、相手がスコールである以上、恐らくはしないのだろうが。

……それなら、とスコールは言った。


「明日、泳ぐか」
「えっ?」
「午前中の内、ならだけど」


昼日中になれば、太陽が本格的に熱線を注いでくるから、スコールはそれを浴びるのは避けたかった。
そんな気持ちから、僅かな時間で良ければだけど、と提案してみると、俄かに夕焼け色の瞳がきらきらと輝く。


「良いのか?」
「折角の海だろ。全然泳がないで帰るのも何だし。あんた、水着は?」
「あ、え。ええと、ある。使わないかもと思ったんだけど、その、一応……」


しどろもどろに言うフリオニールは、密かな期待をしていた事を吐露する恥ずかしさを感じているようだった。
恋人の趣向を思えば、使わなくともと思ってはいたが、やはり一抹の期待はあったのだ。
それなら尚更、スコールは、使わないまま帰るのも勿体ない、と思う。
何せ、自分も彼と同じ、密かに用意していたものはあったのだから。


「じゃあ、明日」
「うん」
「昼くらいまで」
「そうだな。帰る準備もしないとだし」


明日の朝、ホテルのチェックアウトを済ませたら、海へ。
昼にはまた遊泳客が増えるだろうから、その頃に上がって、何処かで腹を満たして帰路に着こう。
そう言う予定をざっくりと組んで、スコールは明日を楽しみにしているフリオニールの顔を見ていた。

足元だけとは言え、冷え行く水に長く浸かっていると、その内体も冷えて来る。
上がろうか、と手を引くフリオニールに、スコールもついて行った。
濡れた足元を敢えてそのままに靴を履いて、帰ったらスリッパに履き替えよう、と笑う。

それからホテルに戻り、バイキング形式の夕食を堪能した後、部屋に戻る。
其処で二人は、改めて二人きりで泊まると言う環境に、少々ぎこちない一時を過ごすことになるのだが、それはまた別の話として────。
翌日、海辺でお披露目されたスコールの水着姿に、フリオニールが言葉を失うのも、また別の話なのであった。






『海に行くフリスコ♀』のリクエストを頂きました。

泳がずに水辺でぱしゃぱしゃしてる二人は可愛いと思います。
地元と違って自分たちを知ってる知り合いに遭遇することがないし、ちょっとだけ開放的になって、手を繋いだりしている二人。
それでも結構ドキドキしているので、ホテルで二人きりとかもまだまだ緊張する初々しさ。
スコールの水着は、毎度のパターンですが、寮のルームメイトの親友リノアが、この日の為に選ばなきゃ!とコーディネートしたものだと思います。

[ラグスコ]いつか全てを染め変えて

  • 2024/08/08 22:05
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF

※Dom/Subユニバースパロ




あの頃は、自分が“そう”だとは気付いていなかった。

人間の───と言うよりは、生物の本能として根付いた習性は、それがどんな形であれ、可惜に差をつけるべきではないと言われている。
だが、そんな風に声高に言われるようになったのは、時代としてそれ程遠くはないことらしい。
どんな性質を持って生まれたのだとしても、等しく権利はあるべきだと、それは決して、上下や優劣をつけて奪い奪われるべきではないと、そんな風潮が尊重されるようになってから、半世紀も経ってはいないそうだ。
だからだろう、世界は平等を叫びながらも、未だ優劣の色眼鏡はついて回るし、それによる迫害・差別を避ける為に、己の本質については隠そうとする者も多い。
そうしないと、己の意図や意思とは関係なく、奪い奪われが当たり前に起きてしまう。

バラムガーデン、ひいてはバラムの島は、世界の流れからは少々取り残される環境下にある。
だからこそ、バラムガーデンでは、他国に先んじて、新たな価値観を育むことが出来たのかも知れない。
だが、其処から一歩離れて大陸に渡れば、其処にあるのは旧来から根強く続く価値観だ。
其処で初めて触れるカルチャーギャップにショックを受ける生徒もいる傍ら、ああどうりで、と納得と共に古くからの価値観に迎合、染まってしまう生徒も少なくない。

その最たるものが、DomとSubと呼ばれる性質であった。
大きく言えば、Domとは支配するもの、Subとは支配されるものとされ、生物の本能として備わっている性質とされている。
Domは他者を支配することによって充足感を得て、Subは支配されることによって安心を得る。
それは持って生まれた性質ではあるが、その質の内訳となるグラデーションは様々で、両方の性質を持ち常に揺らぎの中で過ごしている者もいれば、いずれにも属さずそもそもそう言った性質への依存のない者もいたり、時には極一遍に強く偏る者もいる。
両者には生物学的な違いや、社会的地位における立場の優劣はないとされているが、とは言え、本能が持つその性質により、聊か歪なパワーバランスが生まれ易い事は確かにあった。

また、この支配するもの・されるものという本質に根付いた傾向は、それが長く満たされない環境にあると、強い抑圧やストレス症状を伴い、Domの場合は攻撃的になり、Subの場合は情緒不安定な恐慌状態を招くことがある。
それは言わば“過度な欲求不満”であり、適度に発散・充足させる事が出来ないと、Domは周囲にあるものを支配しようと過剰に圧力を与える事態も起こり、もしもその場にSubがいた場合、Domが放つ威圧感に本能的に支配されようとしてしまう、意図せぬ服従関係が作られてしまう場合もあった。

スコールが自分がSubだと気付いたのも、その時だ。
まだSeeD試験の参加資格も得る前、酷い苛立ちを隠さずに、生徒に圧力的な指導を与える教師がいた。
元々厳しい教員ではあったが、その日は特に酷く、指導と言うよりも八つ当たりじゃないかと、その授業に参加した生徒たちは思っていた。
何度も声を荒げるその教員に睨まれた時、スコールは突然、膝から力が抜け落ちるのを感じた。
ハードな運動をした後で、多くの生徒がへたりこんでいた所だったから、スコールが崩れ落ちても、疲れの所為だと思われたが、スコール自身は判っていた。
疲労じゃない、立てない、頭を上げることが出来ない────スコールは、Domである教師の放つ威圧感に飲み込まれ、彼へと服従しようとしていたのだ。
その時は、教員の異変に気付いた別の教師が割り込み、授業もお開きとなった後、疲れ切っていた生徒たちには授業終わりまで休憩時間が設けられた。
お陰でスコールの意識はゆっくりと戻ることが出来たが、その時に浴びせられた教員の言葉は、スコールの中に重い枷をかけることになってしまった。


『お前たちは従っていれば良い。逆らおうなんて考えるな。兵士は命令に従うものだ』


それは、兵士のあるべき形のひとつとして、正しいものだろう。
上から齎された命令に従い、駒として動くのが、兵士として求められる役割なのだから。
だが、現実には兵士とて考える力は必要であり、時には命令に背いてでも、目標の為に行動パターンを変えたり、自己の命を護るべき行動を優先せねばならない時もある。
そうした個人の意思力を奪うような指導は危険であると、後にその教員は学園長から指摘され、真偽の所は不明だが、それが理由でバラムガーデンの教職員としての席を追われたとも噂されている。

苛立ちをぶつけるように突き付けられた言葉が、生徒のどれ程に響くものを齎したのかは判らない。
あの日、教員は酷く苛々としていたから、何を言われた所で、多くの生徒は、ただストレス発散に使われているとしか思っていなかっただろう。
だが、スコールにとっては違う。
あれは、スコールにとって期せずして与えられた、Domからの“躾”だったのだから。




未だ内政に不安要素の多いガルバディアのデリングシティで行われる首脳会談と言うのは、その警護に立つ者たちにとって、一瞬たりと気が抜けないものであった。
スコールも大統領の側近位置に立つことから、SeeD服を着用し、終わりまで背筋を正して警戒を続けていた為、常以上に疲れが溜まっている。
それでも、明日の予定を含めた確認を怠る訳には行かず、最後の気力で随伴メンバーとの打ち合わせを行った。

全員の配置の確認と、要注意事項の伝達を終えた時には、予定の時間を少々オーバーしており、しまった、とスコールは密かに舌打ちした。


「────以上だ。0625、出発前に最後の確認を取る。遅れないように」


スコールの言葉に、SeeD達が敬礼と共に「はい!」と返事をする。

打ち合わせの場を離れたスコールは、真っ直ぐにラグナの下へと向かった。
其処に行き付くまでの廊下には、エスタの兵士が等間隔に並んで配置され、警備体制を続けている。
エスタ出発から大統領の直近警護として随行しているスコールは、ノーチェックで大統領の宿泊の為に用意された部屋へと到着した。

ノックを二つすると、鍵の回る音がして、ゆっくりと扉が開かれる。
扉の隙間から覗いた大柄な男────ウォードと目が合うと、強面の目元が少し緩んだように見えた。
中に入るように促され、「失礼します」と断ってから、入室する。

他国の大統領が泊まる部屋とあって、中は広々としており、調度品も上質なものが揃えられている。
そのソファに座って書類を眺めていたラグナが、近付く足音に気付いて顔を上げ、


「お、スコール。打ち合わせ終わったのか?」
「本日分は終了しました」


事務的に答えると、ラグナはそっかそっかと笑みを浮かべる。
それからラグナは、テーブルを挟んで向かい合って座っていたキロスと、スコールの後ろに立っているウォードを見た。
言葉なく目配せのみのラグナの意図を、旧友二人は直ぐに汲み取る。


「では、私たちも休ませて貰うとしよう。スコールくん、大統領をよろしく」
「………」
「はい。お疲れ様でした」


ぽん、と大きな手に肩を叩かれて、スコールは定型も挨拶を済ませた。

キロスとウォードが部屋を出るまで、スコールはじっとその場に立ち尽くしていた。
両手を背中に当て、直立不動の姿勢を取る様は、日中の首脳会談の時と何ら変わらぬ姿である。
しかし、警戒中のそれとは違い、視線だけはじっとラグナ一人を見詰めて離れない。

ラグナは手にしていた書類を片付けると、改めてソファに座り直して、スコールを見て言った。


「スコール、お座り(Kneel)


その言葉が耳に、脳に届いた瞬間、スコールの身体から力が抜ける。
ゆらりと足元が揺れた後、膝が床と平行になり、スコールはぺたんとその場に座り込んでいた。
背に回していた腕も既に力なく垂れて、ともすればそのまま前に倒れ込みそうな体を、床に手をついて支えている程度。
先までの無感情な鉄面皮は溶けたように剥がれ落ち、蒼の瞳はぼんやりとしている。

続けてラグナが「おいで(Come) 」と言うと、スコールはずりずりと下肢を床に擦り付けながら、手で身体を前へとずり動かす。
ゆっくりと近付いて来るスコールを、ラグナはソファに座ったまま、柔く双眸を窄めて見つめていた。

歩けば十歩となく終わる距離を、スコールは這うようにして進み、ようやくラグナの下へと辿り着く。
足元に座り込んだままのスコールに、ラグナは濃茶色の髪をそっと撫でて、


「よしよし。良い子だな」
「………」


子供を褒めるようなラグナの言葉に、スコールの小さな唇から、ほう、と吐息が漏れる。
眦を擽る指先に、スコールは子猫のように目を細めていた。

ラグナはスコールの顔をゆっくりと指で辿りながら、


「今日は……うーん、一時間くらいかな。明日は俺もお前も、お仕事あるしな」
「……ん……」
「だから、一時間が経ったら、止めよう。俺から時計、見えないから、スコール見ててくれな」
「……わかった……」


ラグナの言葉に、スコールは何処か恍惚とした表情を浮かべながら頷く。
それにまた、ラグナがよしよしと、猫をあやすように首元を擽ると、スコールはぞくぞくとしたものが背筋を走るのを感じていた。

熱を灯した蒼の瞳に見詰められ、ラグナは静かに告げる。


「スコール、脱いで(Strip)
「……どう、言う風に?」
「じゃあ、そうだなあ。ゆっくり、見たいかな」


ラグナの指示を受けて、スコールはSeeD服の詰襟に手をかけた。
一番上を止めているボタンを外し、前を閉じているファスナーをゆっくりと下ろしていく。
ウエストを絞っているベルトに引っかかったので、それを外してから、最後までファスナーを下げた。

ジャケットを脱ぎ、その下に着ていたシャツ、インナーも脱ぐ。
靴を脱ぎ、ズボンのベルトに手をかけると、一瞬、スコールの動きが止まって、ちらとラグナの顔を見た。
ラグナが頷いて見せてから、改めてベルトの前を外し、焦らすようにじわじわとボトムを下げて行った。
最後に下着と靴下も脱いでしまえば、スコールはすっかり生まれたままの姿になって、またラグナの足元にぺたりと座る。

じっと見上げる蒼灰色の瞳に、ラグナはそれが求める言葉を読み取っていた。


「よく出来ました」
「………」


ラグナの指がスコールの首筋を撫でる。
スコールはうっとりとした表情で、その感触に身を委ねていた。


「じゃあ……そのまま(Stay) だ、スコール」
「っ……」


ラグナの指示に、ピクッ、とスコールの微かに肩が震える。
言われた通り、そのままの姿勢で身動ぎも封じるスコールに、ラグナは良い子良い子と頭を撫でる。

SeeDであるスコールにとって、クライアントの依頼や指示と言うものは、命令と同義だ。
だが、ラグナの指示は明らかにクライアントとしての枠を越えている。
だからSeeDの班リーダーであり、その組織の指揮官と言うポストに座っているスコールは、行き過ぎたそれには明確に「否」を示さなければならないものだ。
そうしなければ、SeeDと言う傭兵としての商品価値を貶める事にも繋がり、SeeDへの信頼や信用性は勿論のこと、帰属しているバラムガーデンと言う場所を護る術を喪うことになる。

だが、今のスコールにそう言った意識はない。
彼は今、生来から持ち得ているSubの本能に従い、ラグナの指示に従っている。

そもそもがSubの性質を強く持つスコールにとって、他者からの命令や指示に従うと言うのは、本能的に精神に安定を齎すものであった。
その中でも、Domの指示と言うものは、特に従属意識を強く刺激する。
ラグナはDomであり、彼もまた、他者を────Subを支配することを欲求として強く持っていた。
魔女戦争以降、頻繁に時間を共有する内に、それぞれの持つ性質を匂いのように感じ取り、それぞれに渇望していた充足を求めるように噛み合ったのは、自然なことだった────少なくとも、本人たちにとっては。

ラグナに命令を貰うことは、スコールにとって“ご褒美”なのだ。
加えて、従えばラグナは欠かさず褒めてくれる。
Subと言う性質でなくとも、愛に餓えた少年にとって、それは何よりも甘くて美味しい砂糖菓子だった。

そして言われた通りに行動し、指示を順守するスコールの姿に、ラグナも言葉に表せない程の充足感を感じていた。
首筋を指先でくすぐり、露わにされている胸元にまで這わせていくと、スコールはぴくっ、ぴくっ、と四肢を小さく震わせながら、『Stay』の指示を守ろうと努めている。
触れ合いについて経験不足のスコールの身体は、こうした戯れめいたスキンシップに敏感だ。
それでもラグナの触れる手から逃げないようにと努める姿は、いじらしくもある反面、匂いたつ未成熟な性の気配に、ラグナの雄の衝動も刺激する。


「スコール、見せて(Present)
「……っあ……」


ラグナの言葉に、ぞくん、とスコールの身体に熱が奔る。
どくどくと心臓が早鐘を打つのを感じながら、スコールはそっと体を反らして見せた。

頭を上に持ち上げ、天井を仰ぎながら、胸を差し出す格好を取るスコール。
床に座ったスコールが、ラグナに向けてそんなポーズを取れば、何もかもを晒して見せる事になる。
ほんのりと火照った白い肌も、じんわりと蜜を滲ませ始めた下肢も、全て。


「良い子だな、スコール」
「は……、ラグ、ナ……っ」
そのまま(Stay)
「あ……っあ……!」


ラグナの瞳に、重い熱が籠るのを見付けて、スコールは意識が宙に浮かび上がるのを感じていた。
このまま何もかも、ラグナに委ねてしまいたい。
そうしたら、もっともっと心地良い安心感を得ることが出来ると、スコールの本能は知っている。

だが、視界の隅に見える時計は、いつの間にか指定された時間───一時間を越えていた。


(止め、ないと……)


この時間はとても心地良いけれど、行き過ぎると二人とも夢中になって戻って来れなくなる。
そのまま褥まで入ってしまえば、明日の予定に支障が出てしまう可能性もあった。
だからちゃんと止めないと、とスコールの微かに残る冷静な意識が訴える。

この遣り取りを止める方法は判っている。
最初に決めたセーフワードを言えば良い。
それを言えばラグナは絶対に止めてくれると約束した。

─────だが、


「……っ、…………っ」


どく、どく、とスコールの心臓の音が大きくなっていく。
夢を見るように茫洋としていたキトゥン・ブルーの瞳に、じわじわと冷たいものが混じって行く。
ラグナの触れる指の感触に、うっとりと甘い吐息を零していた唇からは、乱れた呼気が零れ始めていた。

セーフワードを、と頭の中で何度もそれを繰り返すが、音になって出てこない。
喉が詰まり、其処に言葉そのものが張り付いたように、スコールは声を出せなくなっていた。

かひゅ、と吐息にもならず掠れた音が零れて、ラグナは目を瞠る。
見開かれた蒼灰色の瞳が彷徨い、其処にいる筈の男すら認識できていない少年の姿に、ラグナの高揚していた感覚が一気にどす黒く燃え上がる。
その瞬間に、スコールの全身は棘の鞭でも打たれたように強張り、


「………っあ………!!」


がくっと体中の力を失ったスコールは、次の時には地面に額を擦り付けていた。
平伏の姿勢を取ったスコールに、ラグナははっと我に返った。


「スコール!スコール、見て(Look) 見て(Look) 、だ。スコール」
「……っ、……!」


身を伏せたまま、がくがくと体を震わせるスコールに、ラグナはその肩を抱え起こしながら『Look』を繰り返す。
抱きこされたスコールの目は、ラグナを避けるように床一点を見詰めている。
それを、両頬を包み込んで頭を上向かせ、ラグナは今一度、強く『見て(Look) 』と言った。

焦点を喪っていた蒼灰色の瞳が、少しずつその恐慌から逃れて、目の前にある翠を見付ける。
それでも言葉を発することが出来ないでいるスコールを、ラグナは強く抱きしめた。
床に二人で座り込んだまま、細身の少年を腕の中に閉じ込めて、ラグナはその眦にキスをしながら囁く。


「大丈夫、大丈夫だよ。うん。セーフワード、言おうとしたんだな。頑張ったな」
「っは……あ……っ、ラグ……、ナ……っ」
「うん、うん。一時間経ってたな。ちゃんと時間を守れた。スコールは良い子だ」


くしゃくしゃとラグナの手が濃茶色の髪を掻き撫ぜる。

スコールの背中は、ぐっしょりとした汗に濡れて、酷く冷たくなっていた。
ラグナはソファに投げるように放置していたジャケットを取って、スコールの肩にかけてやる。

スコールの身体は、全身の力の強張りこそ抜けたものの、虚脱して動ける状態ではなかった。
ラグナはそんなスコールを横抱きにして抱き上げると、整えられたベッドへと運ぶ。
綺麗なリネンの上に下ろされたスコールは、ようやく自分が陥った状態を理解していた。


「ラグナ……俺、また……」
「良いよ。お前の所為じゃないんだから。気付くのが遅れてごめんな」
「………」


謝るラグナに、スコールは小さく首を横に振る。

何年も前に、意図せず刻み込まれた乱暴な“躾”。
その所為でスコールは、本来ならば自分の身と、Domであるラグナとの間で信頼関係を保つ為に必要である筈のセーフワードを、示すことが出来ない。
セーフワードはDomの支配に抗うものでもある為、元々Subには負担のかかる傾向があるが、スコールはその負担が一層重い状態になっている。
このままは危険だから、とラグナは意図的にスコールがセーフワードを発するよう、訓練としての“躾”を意識していたが、未だその効果は具体的には見えていない。

それでも、初めの頃よりは良くなったのだと、ラグナは考えている。
Subと一口で言っても、そのグラデーションは様々で、“躾”だとしても嫌悪を齎す行為はある。
スコールはその一切を示さずに、Domであるラグナの言う事ならばと、無制限に従おうとしていた。
決して無体をしたい訳ではなく、あくまでスコールからの信頼があることを重きとするラグナにとって、スコールは余りにも危うかった。
だから、こうして少しずつ、意識と行動を改善できるようにと“躾”を重ねている。

ベッドに沈むスコールの身体は、ぐったりと重く、指一本も動かせない。
ラグナはそんなスコールの身体を抱き締めながら、布団の中へと潜り込んだ。


「今日はお疲れ様。このまま寝よう。温かいだろ?」
「……ん……」
「……お前の卒業まで、まだ時間もあるんだ。焦らないで行こう。な?」


言い聞かせるように囁くラグナに、スコールは小さく頷く。
触れ合う場所から伝わる温もりが、ようやくスコールの体温を戻しつつあった。

ラグナの指が、そっとスコールの首に触れていく。
いつか其処に、その指でもって証がかけられる日が来ることを、スコールは静かに願っている。






『ラグスコでDom/Subユニバース』のリクを頂きました。

時々この設定の二次創作のものを読んだ事はあったのですが、改めて色々設定を調べて、美味しいなあ………と思って色々詰め込んでしまいました。
Subのスコールにとって、SeeDになるべくして与えられる、授業中の指示だったり、任務の命令だったりは、本能的に従う事に抵抗感がない為、多少理不尽でも黙って従う。
子供の頃からそうやって蓄積された『従うこと』の無意識的な従属に加えて、事故的に浴びたDom教師のGlareが忘れられなくなってしまったって言う状態。
きっとこのスコール、ハードプレイを望むタイプ。しかし危険状態を知らせるセーフワードが言えないのでやばい。
Domのラグナは、支配したいと言うのはあるけど、それより甘やかしたい、自分だけに甘えるスコールを可愛がりたいと言う感じ。スコールに自分以外のDomの躾があると嫉妬する。しかし嫉妬が露骨に出るとGlareでスコールがSub dropに落ちるので、自制もしつつ、スコールをずっと可愛がっていけるように、ゆっくり躾をしている所です。

[16/シドクラ♀]束の間の花に

[花見る夢を]のその後の二人の様子




寝て起きたら、身体が全く別の形に変容してから、数週間。
また寝て起きたら元に戻っているのじゃないか、戻ってくれと祈るように過ごしているが、今の所、その祈りは神様の類には届いていないらしい。
せめて原因だけでも分かってくれれば、多少は気分の持ちようも違いそうだが、それも生憎であった。

クライヴの日々の過ごし方としては、概ね、以前のものと同じようになって来ている。
幸いにもフェニックスの祝福や、取り込んだガルーダの力による魔法は使えるし、身長体重が大きく激減した訳でもないから、武器も振るうことが出来た。
ただ、微妙に手足が縮んでいるのか、瞬間判断での目測にズレがあるので、これについては慣れて矯正するしかなさそうだった。
隠れ家で戦える者に協力して貰って、日々の修練を真面目に積み重ねていくに従い、この課題はなんとかクリア出来そうではある。
元々が腕に覚えのあるものだし、天性的とも言える武の才もあるので、努力研鑽を怠らなければ、以前のように大型獣を相手に戦うことも出来るようになるだろう。

だが、この躰での戦い方に慣れていくに連れ、クライヴとしては一抹に過る不安も否めない。


「───このまま戻らないんじゃないか、とも思うんだ」


燻ぶる熱の発散の後、シドのベッドの端で、クライヴは溜息混じりに言った。

少し気怠そうな表情をしているのは、行為の後の倦怠感は勿論、未だに() で感じることに慣れていないからだろう。
今日もシドの手でどうにか其処を慰めて貰ったが、その感覚の戸惑いは拭い切れずにいて、終わった後の疲れが一入になるらしい。
元々、違う形のものが其処にはあった筈だから、この混乱は仕方のないことだろうと、シドも思っている。


「こう長いと、この状態への慣れみたいなものも出てきて。良いんだか、悪いんだか……」
「まあ、そう言う不安も沸いては来るだろうな」


この状態が長く続けば続くほど、クライヴは元の体に戻れない可能性を考えずにはいられない。
反面、それで何か困る事があるのかと言えば、具体的にはないと言うのが、なんとも言えない気持ちを誘う。
だからと言ってこのままで良いかと聞かれると、それは、と男として生まれた筈の矜持もある訳で、焦りはしないが酷く宙ぶらりんな気分になるのだ。

火照りの名残を残した体が、思考することが面倒になったのか、ベッドに横倒しになる。
そうしてシドの位置から見えたのは、無防備なまろい丘で、シドは呆れつつ丸めたシーツを投げた。


「冷えるぞ、ちゃんと包まっとけ」
「……」


下肢に被さった布を見て、クライヴがのろりと上肢を起こす。
クライヴは寄越された布を摘まみ、手繰り寄せながらシドを見て言った。


「あんた、最近妙に優しいな」
「俺はいつでも優しいだろう?」
「優しいんだか、奇特なんだか。どっちか知らないが、俺にこんな事する程のものでもないだろ?」


譲られたのなら有難く、と存外とシドに対しては太々しさを発揮するようになったクライヴは、シーツに包まりながらそう言った。
シドはさてねと肩を竦めつつ、


「風邪でも引かれちゃ厄介だ。今のお前は、薬の類を飲ませて良いのかも、はっきりしないしな」


元々が丈夫な質らしいクライヴだが、今の“彼”は少々事情が違っている。
男でありながら、女の体になってしまったと言う前代未聞の事例は当然として、それによって変化した体の状態───目に見えない所も含めて───は分からないことが多いのだ。
人間の体とは、様々な未知と謎に溢れているから、医者であるタルヤは慎重論を崩さない。
シドも彼女程ではなくとも医学の知識はあるので、タルヤの言う事は最もだと思うし、今のクライヴに迂闊な刺激は与えない方が良い、と言うのも分かる。

その割に、こんな事はしてるんだが、とシーツの端から覗く足を見遣って、シドは誤魔化すように頭を掻いた。

クライヴはと言うと、シドの言う事もまた最もだと思っているのだろう。
心なしか太さが変わってしまった自分の手首を眺めながら、


「……もしも、ずっとこのままだったら、俺はどうすれば良いんだろう」


クライヴのその言葉は、恐らくは独り言だったのだろう。
治る兆しが一向に見えない事から、募る不安をひとつ吐露した、その程度のものだ。
言っても詮無い話であるとも、彼自身、分かっているに違いない。

シドは俯き気味のクライヴの頭に手を伸ばし、癖のついた黒髪をくしゃりと撫でた。


「どうするも変わらんさ。少なくとも、此処にいる間はな」


そう言って子供を宥めるように撫でるシドの手を、クライヴは小さく唇を尖らせて振り払う。


「今まで通り、特訓して、魔物退治をしたり?」
「ベアラーの保護に行ったり、カンタンの所に荷物を取りに行ったりな」
「………」
「例の計画のことも、変更する気はないぞ。連れて行くのも、お前とジルだ」


成すべき事に変わりはない、とシドは言い切った。

クライヴの体の変貌について、それが些事とは言わないが、これを理由に長年の計画を破綻させる気も、シドにはない。
予想外の出来事に、準備や予定を敢えて見送ったのは確かだが、それそのものを諦める理由にはならなかった。
女になった事でクライヴを戦力から外すと言うなら、ジルも連れて行くには値しない事になる。
ドミナントを二人、シドも含めて三人で行動できるチャンスと言うのは、今の幸運を置いて他にない。

シドはクライヴの顔を見て、口端に笑みを浮かべる。


「お前が男だろうと、女だろうと、宛てにしているのは変わりない。其処のとこは、覚えておいてくれ」


元々シドは、クライヴの実力を買って彼を隠れ家へと招いたのだ。
現に今でも、ベアラーの保護や荷物の回収の際、クライヴが護衛に就いてくれると言うのは有難い。
それはシドだけでなく、隠れ家で共に暮らしている仲間たちも、同じ気持ちに違いなかった。

シドの言葉に、クライヴは立てた片膝に腕と顎を乗せながら、


「あんたも、皆も、変わってるな。こんな変な体質の奴を、飽きずに受け入れてくれるんだから」
「良い奴らだろう」
「ああ、本当に。でも、あんたが妙に優しいのは、少し変な気分になる」
「俺は元々、誰にでも優しいよ。お前が気付いていなかっただけさ」
「どうだかな」


シドの言葉に、クライヴは肩を竦めて見せる。
呆れたようにも、面白がっているようにも見える仕草だった。

クライヴの表情に、いつもの様子が覗くのを見て、シドはようやくと肩の力を抜く。


「そろそろ寝るか。もう大分遅い」
「ああ」


シドの言葉に、クライヴはシーツに包まって寝転んだ。
すっかり此処で寝るのが当たり前になっているクライヴに、なんだかんだと気を許されているのを感じて、シドは眉尻を下げつつ苦笑する。

一時他愛のない話をしていたが、疲れは溜まっていたのだろう、クライヴが寝息を立て始めるまでそれ程時間はかからなかった。
裸身にシーツ一枚でどれだけ冷気が阻めるかは分からない。
体格に恵まれているお陰で、熱量は高い方だが、今の体────女の体と言うのは存外と冷えやすいものである。
シドは部屋奥にあるもう一つのベッド───娘が帰ってきた時の為のものだ───から、もう一枚シーツを持ってきて、丸くなって眠るクライヴの体に被せてやった。

シド自身はと言うと、最低限の身嗜みを整えるだけ済ませて、ベッドへと横になる。
きしりとベッドの軋み、傾きを感じたか、それとも間近の人の気配にか、クライヴが寝返りを打ってシドの方へと身を寄せた。


「甘え下手なんだかそうでないんだか、お前はよく分からないもんだな」


無意識の不安を慰めたいのか、冷えに対して暖が欲しいのか。
寄せられる体が、案外と柔らかく暖かいことが癖になりそうで、シドはそんな自分を誤魔化すように目を閉じた。





『女体化クライヴお話[花見る夢を]の続き』のリクエストを頂きました。
元がR18の話ですので、そう言うこともする関係のシドクラ♀です。

元に戻れる気配がない様子の兄さん。戻らなかったらどうしようの不安が募ってきているらしい。
後天女体化なので、シドの方もそれは忘れていないので、基本的にはこれまでと接し方が変わらないようにしているつもり。でもどうしても目につくのが女性の体なので、つい多めに世話を焼いてしまうようです。
クライヴの方も、なんとなく大事にされてるのが感じられて、悪意がある訳がないのも分かっているので、邪推はしない。でもちょっとむず痒いらしい。

[セフィレオ+16/シドクラ]秘密主義の会合

セフィロス×レオンと、シド×クライヴで現代パロです。
シド×クライヴは薄めの気配になっています。





どうにも彼は、ひっそりと過ごすことを望める、隠れ家的な店を探すのが上手い。
見易い看板を掲げている訳でもなく、インターネットで探しても、ホームページの類も用意されてはおらず、口コミの類も見当たらない店。
恐らくは、そう言った類の店を好む人であったり、同様のコンセプトの下に経営されている店の客だとか、オーナーだとか、人伝を辿って知るのだろう。
だからその手の店だと知っている人、判っている人しか来ないし、知る事もないのだ。

レオンもセフィロスから紹介されなければ、裏通りの路地を抜けた先からしか入れないような店なんて、知る筈もない。
待ち合わせは此処で、と言われた時、判りにくい場所だからと詳しく道順を教えては貰ったが、実際に行く時になって、本当にこんな所に店があるのか、と疑いながら歩いたものだった。
そうして行き付くのは、年季の入った雑居ビルの裏口である事もあれば、猫の額のような敷地に設けられた小さなテナントハウスであったりもして、本当に其処だけが都会の雑踏から切り離されたような場所ばかり。
入って見れば、またそれぞれの店のコンセプトに合わせ、少ない席数と、一人のマスターや主人の下で回されている、静かで落ち着く空間が其処にあった。
此処ならゆっくりできるだろう、と言ったセフィロスが、何処となく自慢げに見えたのは、きっと気の所為ではない。
その言葉に、そうだな、悪くない、とレオンが返すと、彼は碧眼を細く窄めて笑ったのだった。

セフィロスはその日その日で、待ち合わせの店を指定する。
オーナーか店主とも個人的に仲が良いのか、良い酒が入ったとか、肴が仕入れられたとか、それを理由に誘ってくれるのだ。
が、実の所、そう言った理由はただの後付けであるらしい。
無論、良いものを仕入れてくれた店に感謝と今後の期待も兼ねて行くのも確かだが、ああ言った静かな場所ならば、レオンと二人で静かに話が出来ることが良いのだとか。
彼との一時の歓談は、レオンにとっても心地の良いものだから、仕事のスケジュールが余程に詰まっている状態でなければ、応じる事にしている。

今日は洋酒を多く取り扱っているバーで過ごす事になった。
仕事が長引いてしまったので、遅れる旨を連絡してから半刻、ようやくレオンは店の前へと到着する。
今着いた、と言うメールを送って、案内板も真っ白なままになっているビルの階段を上がり、三階にある洒落たデザインのアンティークドアを開けた。

からん、と控えめのベルの音が鳴る。
照度を落とした其処に広がっているのは、アンバーカラーを基調にしたクラシックなバーだ。
カウンター席が四つ、その奥にテーブル席が一つ、それから今時は先ず見る事のないであろう、古びたジュークボックスが置かれている。
このジュークボックスは、この店のオーナーの趣味で置かれているもので、何十年も前に現役を退いたアナログレコード仕様のものらしい。
壊れた所を直せばまだ使えるかも、と言うことだが、その部品の調達が困難なので、当面、店の雰囲気作りの飾り物が役目と言う状態だ。

そのジュークボックスの前に、長い銀糸の男───セフィロスが立っている。
大抵、カウンターに座ってレオンが来るのを待っているものだったが、珍しいなと思っていると、


(……人と話をしてるな。マスターじゃないから……客か?)


ジュークボックスを間に挟む格好で、見慣れない男が一人、セフィロスと話をしている。
マスターとも然程話をしない男が、益々珍しい事もあるものだ。

レオンは立ち話をしているセフィロスを見ながら、カウンター席の定位置に座った。
マスターがバックヤードと繋がるドアから静かに入ってきて、レオンを見る。
いつもの、と頼むレオンの声は、なんとなく潜められたものになっていた。

マスターが一杯を用意してくれている間、レオンは遠目に待ち合わせ人を見ていた。


(話が弾んでいるようだな。こっちに気付きそうにない)


やっぱり珍しい、とレオンは再三思った。

セフィロスは人付き合いを無難に熟すが、その実、他人に滅多に興味を示す事がない。
昔から容姿や能力に恵まれた資質があった事で、彼の周囲には人が絶えなかったそうだが、セフィロスが心を置く相手と言うのはごくごく限られていた。
大学時代の数少ない友人や後輩を除くと、レオン位のものだと言うのは、その友人、後輩が口を揃えて言う事だ。
それについてはレオンにはピンと来ない所だが、セフィロスが大抵の人に対して、無関心である事は知っている。
彼にとって人と言うのは、限られた身内を除いて、有象無象と言って良い存在なのである。

そんなセフィロスが、今日は随分と楽しそうに喋っている。
何を話しているのかは、レオンのいる場所まで届いては来なかったが、待ち人の来訪に気付いた様子がないことから見ても、彼は目の前の人物との歓談に夢中になっているらしい。
話相手の、初老と思しき顔立ちの男も、時折感心したような表情で顎に手を持って行きながら、尽きない話題に虜になっているようだ。


(……あまり見ない顔をしているな)


レオンも大概、表情を判り易く変えないタイプだが、セフィロスはもっと表情が出難い。
それはそもそもの感情の起伏がそれ程大きくないからで、彼の表情は基本的に凪である事が多かった。
それがレオンと向き合う時には、あの珍しい虹彩を宿した碧眼が、柔く細められたり、時折熱に浮かされたように情動性を表すのが好きだった。

今、セフィロスの目は、緩やかながら感情の波を映している。
あれは仕事をしている時の目だ、とレオンは感じ取っていた。
気に入りの店でビジネスの匂いのする話は好きではない筈だが、それ程に琴線を震わせる話題を、目の前の男が振っているのだろうか。


(……俺にはしない顔だ。仕事の時でも、普段でも)


レオンとセフィロスは、職場で顔を合わせれば、部下と上司の間柄になる。
だが、その時であっても、今セフィロスが浮かべている顔は、レオンに向けられる事はない。
それは取引がかかる時に見せる顔であるから、そう言ったやり取りが必要のないレオンに向けられなくても当然ではあるのだが、


(………)


自分が知らないセフィロスの顔を、引き出している男。
それも立ち話で長々と遣り取りが尽きないと言う事は、相当、話術に長けている。
でなければ、セフィロスも会話に飽きて、そこそこの所で切り上げている事だろう。

レオンは、マスターが置いて行ったグラスに手を遣って、その縁に指を滑らせながら、なんとなくもやもやとした感覚を抱いていた。
その正体の名前はなんとなく予想がついたが、こんな事でそんなものを、と自分への呆れが混じる。

────からん、と店のドアベルが鳴った。
余り自分たち以外の客が此処に出入りするのを見たことがなかったレオンは、今日は客が多い日なんだな、と頭の隅で思っていると、


「シド。やっと見つけたぞ」


呆れ混じりの声が、レオンの後ろを通りながら聞こえた。
育て親と同じ名前が出て来た事に驚いて、レオンは思わず声の主が向かう方へと目を向ける。

癖毛の黒髪の男が店の奥────セフィロスと、その会話相手をしていた男の下へと向かっている。
それを見た初老の男の方が、よう、と気安い様子で片手を上げた。
其処で弾んでいた会話が途切れたからだろう、セフィロスも振り返り、カウンターに座っている待ち人を見付け、


「連れが来ていた。此処までだな」
「ああ。中々面白い話が聞けたよ」
「此方もだ。業種の違う話と言うのは、案外と面白いものだな」


ひらりと手を振る男に、セフィロスも右手ひとつを上げて返事にする。

レオンのいるカウンター席へと近付いて来るセフィロスの向こうで、初老の男はテーブル席に置いていたらしい、自分の荷物をまとめている。
その横で、黒髪の男───無精髭はあるが、年齢はレオンとそう遠くは感じない気がする───が苦い表情を浮かべていた。


「あんたと連絡が取れないって、ガブから。メッセージも既読がつかないから、何処にいるのかと思えば……」
「そうか。で、どれ位探してくれたんだ?」
「此処で三軒目だ」
「そりゃ優秀だな」
「あんたが前に連れ回してくれたお陰で」
「緊急の話か?」
「オットーが、あんたがいないと進まない話だと」
「って事はあいつ絡みかな。仕方ねえ、帰るか」


初老の男は、自身はコートを羽織り、他の荷物は連れ合いに押し付けるように渡した。
黒髪の男が苦い表情を浮かべつつ、はあ、と溜息ひとつを吐いて、荷を抱え直す。

セフィロスがレオンの隣に座り、その後ろを二人の男は足早に抜けて行った。
じゃあな、とかけられた声に、セフィロスはひらりと手を振るのみ。
その横で、なんとなくドアへと向かう男達を見ていたレオンの目と、黒髪の男の目が絡む。
何とはなしに、どちらも小さな会釈だけを交わして終わった。

カードで支払いを済ませた客が店を出て、からから、とドアベルが音を鳴らす。
それも小さくなって消えた後、ようやくレオンは隣に座った男と目を合わせた。
見慣れた碧眼が、見慣れた柔い窄まり方をして、レオンを見つめる。


「いつからいた?」
「……そこそこ前から」


セフィロスの問に、レオンは時計を見ていなかったからと、曖昧に答える。
知らず待ち人を待たせていた事を察したセフィロスは、詫びを示すようにレオンの頬に指を滑らせる。


「声をかければ良かったものを」
「……楽しい話をしているみたいだったからな。邪魔をしない方が良いと思って」
「ただのビジネスの話だ。情報収集のようなものだな」
「さっきの人は知り合いなのか?」
「それ程でも。だが、多少趣味は合うようだな。行き付けが偶に被ることがある」


話をしたことはなかったが、とセフィロスは言った。

顔は知れども、挨拶も碌にした事はない相手。
とは言え、セフィロスの方は多方面に名が知られているものだから、相手方から接触を臨まれる事は珍しくなかった。
ただ、それに対してセフィロスが真っ当に対応すると言うのは稀だ。
そうして相対するに適う相手であると、セフィロスが感じ取ったから、ああも話が弾んでいたのか。

恋人と言う間柄になってから、彼の数少ない“身内”の中でも、特別近い距離を許されたと思っている。
とは言え、付き合いの時間が長い訳ではないから、レオンにとって未だ知らないセフィロスがいるのも無理はない。
それは判り切っている事なのに、そのつもりで彼を知りたいとも願っているのに、いざにその場面を目の当たりにすると、なんとも言えない心地が浮かんで、


「……あんたがあんなに楽しそうに喋っているのは、初めて見たな」


自分では、絶対に見せてはくれない顔をしていた。
そんな気持ちで零れた呟きは、殆ど無意識のものであった。

言うつもりはなかったそれに、はっとなって口元を抑えるが、隣をちらと見遣ると、碧眼がいつもより少し丸くなって此方を見ている。
気まずさにレオンは視線を逸らし、手元のグラスを口元に持って行って、歪む唇を隠すが、それも既に遅かった。

くつ、と隣で喉が鳴る音が零れる。


「妬いているのか、レオン」
「……別に」


肯定するには聊かプライドがあって、否定するほど子供にはなれず、レオンは弟の口癖を真似た。
それを聞いたセフィロスが、益々喉を鳴らす。


「お前に俺がどう見えていたのかは判らんが───お前との貴重な時間に、仕事の話などしたくもないからな。さっきの男と同じ話は望まんさ。もっと有益な話が良い」
「無理を言わないでくれ。そんな話が出来る訳ないだろう」
「そんな事はない。お前がお前の事を話せばいい。俺にとっては何より有益だ」


セフィロスはそう言いながら、レオンの赤らんだ耳に指を擽らせる。
青のピアスをした耳朶を遊ぶ指に、レオンは払う仕草をしながら、


「じゃあ、例えば何を話せば良いんだ?」
「妬いたお前を宥める方法が知りたい」


初めての事だからな、と嘯いてくれる恋人に、「……それは自分で考えてくれ」とレオンは言った。





『セフィレオ+ちょっとシドクラの存在の匂い』のリクエストを頂きました。
セフィレオもシドクラも、どっちも上司&部下で恋人同士な間柄です。

色々世情を詳しくチェックしているシドと、大企業の有望株で各方面にアンテナ張ってるセフィロスで、情報交換の機会が出来た模様。
レオンは偶々そこに居合わせて、完全プライベートな気分で店に来た所だったから、ちょっと近付き難い空気を感じて遠目に見てました。
クライヴはガブとオットーから「急ぎ案件だからシド捕まえてきてくれ!」って言われて、前にシドに連れて行かれた、他の人は知らない行き付けの店を梯子して行き付いた所。
この日以降、時々シドを迎えに来るクライヴとレオンがばったりしたり、レオンの知ってるシドの話したりして、レオンとクライヴも話するようになったら楽しいな……私が。

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