サイト更新には乗らない短いSS置き場

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User: k_ryuto

[けものびと]ぎんいろせかいにとびだして

  • 2022/12/25 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



幼いとは言え、弱肉強食のサバンナで生きていた訳だから、レオンにしろスコールにしろ、警戒心は強い。
ふと後ろを振り向けば天敵が、空を見れば猛禽類が、水を飲もうと水場に行けば鰐がいる。
そんな場所で、腹を碌に満たせない状態とは言え、彼等は二人きりで生きて来た。
故に彼等の警戒心と言うものは、命を守る為に最低限かつ最大限に活用されなければならなかったのだ。

しかし、そうは言っても、彼等はまだまだ幼い。
それは動物としては勿論、ヒトの特徴を持った生き物としても、言えることだった。
普通の動物は、多くは一年もすれば成獣となり、群れの一員として役割を持つか、種によっては独り立ちとされる時期だが、獣人である彼等の身体的幼年期は聊か長い。
それ故に獣人の種の多くは繁栄が難しく元々の個体数の少なさも相俟って、ヒトと同等の知能の有しながらも、減少の一途を辿り続けている。
その幼年の時期は、種類によって差はありつつも、少なくとも五年前後は親の庇護が必要となると言われていた。
レオンもスコールも、ラグナに保護されてからは勿論、身体の特徴から分析しても、まだその年齢を脱していない。
外見年齢をヒトに換算すればまだ幼児と呼べる程度で、名実ともに、親元で無邪気に遊んでいて可笑しくない時期だった。

ラグナに保護され、引き取られてから、彼等はすくすくと成長している。
レオンはラグナに助けて貰ったと言う事を理解しているのか、比較的懐くのも早く、環境に馴染む適応力もあったのだが、スコールは少し時間がかかった。
しかし、練施設で世話になっている職員のバッツと、”猿”モデルの獣人であるジタンと言う友人を得たことで、徐々にラグナに対しても心を開いた。
その他にも、ラグナが契約したマンションに住んでいる、二人の“犬”モデルと暮らしている男とも知り合いになり、歳の近い友人も出来た。
栄養の高い食事と、綺麗な飲み水を与えられ、敵に襲われることのない毎日を暮らしているお陰で、彼等の毛艶も良くなった。
生まれ故郷であろうサバンナから離れた事による戸惑いは、初めの頃を除き、余り見せる事はない。
どちらかと言えば、子供らしく好奇心も強く、幼い故の怖いもの知らずもあって、初めて見るものには小さくない興味を持つことが多かった。

”ライオン”モデルが人の手で保護され、人間社会の街中で生活していた前例はない。

そもそもが獣人が希少である事に加え、その保護と言うのも必要とされる形は様々で、多くは元来の生活環境から引き離すべきではないとして、野生環境からセンターへと連れられ管理される個体は稀なのだ。
犬や猫なら、モデル原種が人間と親しい生活をしている例も多いとして、必要に応じて保護・管理される事もあるし、中には訓練を受けて文字通りパートナーとして職を持つものもいるが、何せ彼等は“ライオン”だ。
モデルの獣人は確認されてはいても、野生の彼等は原種の動物と同様の性質・生態であるから、下手に人間が近付いて無事で済む保証はない。
故にその個体が確認されても、保護機関がするべき仕事は、個体数の確認と、彼等の野生における生態調査が主な役割であった。

そんな中、レオンとスコールが保護されたのは、ラグナの全く私的な感情が発端ではあったが、結果として獣人保護機関としても有益の可能性ありと判断されたのが理由であった。
元より希少な“ライオン”モデルである事、そしてこう言った猛獣の獣人は、その生態データもあまり出揃っていない。
研究しようにも彼等を綿密に調べる事が難しく、成長による身体特徴の変化に関する情報と言うのも、少なかったのだ。
この為、機関としては、今後の獣人保護の活動にも活かせるものがあるかも知れない、と言う思惑により、二人の獣人をラグナに預けることを許可した。
無論、某か事件が起これば全ての責任はラグナが負う事、追って二人も殺処分される事が誓約された上で、ラグナは彼等の保護者となったのである。

二人との共同生活は、存外とラグナを楽しませていた。
子供を育てたことなどなかったが、ひょっとしてこう言う気持ちなんだろうか、と思う事も多い。
レオンが自分に懐き、撫でることを喜んだり、スコールがいつの間にか足元で丸まっていたり、寒い夜には二人揃ってラグナの寝床に潜り込んで来たり。
彼等の為に担う大変な事も多いけれど、温かな寝床でふくふくと丸まっている彼等を見ていると、幸せだな、と思う。
この幸せが、もっとずっと、永く続きますように────と。



ある朝、目を覚ますと、外が随分と静かだった。
毎日毎秒のように走る車の音も聞こえず、まだ夜中なのかと思う位にしんとしている。
部屋の空気のキンと冷えた空気もあって、布団から出るのを渋っていると、ふと、昨晩一緒に寝た筈の温もりが足りない事に気付く。
暑くて抜け出したかなあ、と思いつつ、その行方を捜して半身を起こすと、彼等は直ぐに見つかった。

レオンとスコールは、ベッドの横のサイドチェストに上っていた。
傍には窓があり、カーテンも引いたままなのだが、二人はそこに頭を突っ込んでいる。
下半身だけカーテンの下から伸びている二人の尻尾が、ぷん、ぷん、と興奮したように揺れているのを見て、ラグナはのそりと起き上がった。


「レオン、スコール。どした?」


名前を呼びながらカーテンを捲ると、呼ぶ声が聞こえたからだろう、レオンが此方を見ていた。
ふんふんと鼻を鳴らすその頭を撫でてやり、隣を見れば、スコールがじいっと窓の向こうを見詰めている。
蒼灰色の瞳が心なしかきらきらと輝いているように見えて、何か変わったものでもあるかと外を見て、知る。


「おお、積もったもんだなぁ」


其処には、一面の銀世界が広がっていた。

昨日は丸一日が冷え込み、雪もちらちらと降っていたのは見たが、どうやら夜の間に本格的に降ったらしい。
窓の前を横切る木の枝には白い小山が乗り、その向こうの塀や家屋の屋根も白いものが層を作っていた。
これだけ積もっているなら、地面も覆われているだろうし、成程、車の音もしない筈だ。
都心で暮らす人の足である車は勿論、恐らくは電車のダイヤも見合わせが発生しているだろう。
どうしても仕事に向かわなくてはならない人以外は、大人しく家の中で、時が過ぎるのを待つしかない訳だ。

ラグナはどうりで寒い筈だとしみじみ呟きながら、カーテンを大きく開けた。
取り敢えずは朝食を用意しなくてはとベッドを離れると、レオンがそれを追って来る。
一拍遅れて、スコールも兄について来る形で、サイドチェストを降りた。

二人の食事を用意してから、ラグナは電子レンジでインスタントの味噌汁を作る。
簡単に拵えた朝食で腹を温めながらテレビをつけると、都心のほぼ全体が雪に覆われたと言っていた。
それに加えて、「ホワイトクリスマスですね」なんて言う文句も出て来たのを見て、ああ、とラグナは思い出す。


(そうか、今日クリスマスだっけ。どうりで街が賑やかだった筈だなぁ)


昨晩、帰り道に立ち寄ったスーパーは、随分と華やかだった。
きらきらとした飾りは勿論、並ぶ食材も、日々見慣れたものよりも豪華なものが並んでいた。
その理由をラグナは深く考えず、美味そうなものあるな、と軽い気持ちで幾つか頂戴したのだが、そう言う意図があったとは。
最近、保護機関への報告用の書類作りなり何なりと忙しく、季節感と言うものをすっかり失念していたようだ。

食後のコーヒーを傾けながら、ラグナは足元で毛繕いをしている仔ライオンたちを見る。
顔を洗っているスコールの背中を、レオンが念入りに丁寧に舐めていた。


(クリスマスツリーでも準備したら、それっぽくはなりそうだけど。今はまだ、オモチャになっちまうだろうなあ)


季節の風物詩となるものがあれば、いつもと変わり映えのないこの部屋でも、少しはクリスマスらしくなるだろう。
しかし、レオンもスコールもまだまだ幼く、本能に忠実な年頃だ。
見慣れないものは警戒しつつも興味を持つだろうが、色々と事故も考えられるし、思い付きで準備するのは少々危ない気がする。
来年の今頃には、彼等ももう少し落ち着くだろうかと、まだまだ読めないその成長を思いつつ、ふとラグナは今朝の二人の様子を思い出した。


「そういやお前達、雪見たのって初めてだよなぁ」
「ぐぅ?」
「となりゃあ、そうだな。一回くらいは、ナマで体験してみっか」


ラグナが言うと、レオンが顔を上げ、ことんと首を傾げる。
それを毛繕いの終わりと思ったか、今度はスコールがレオンの首元に顔を寄せ、ぺろぺろと喉を舐め始めた。
心地が良いのか嬉しいのか、レオンは目を細め、ごろごろと喉を鳴らす。

ラグナは手早く食器の片付けを済ませると、クローゼットを開けた。
其処には主にはラグナの衣服が納められているが、一角を占拠している小さな組み立て式チェストには、レオンとスコールの為の服が入っている。
獣人である彼等には滅多に無用のものではあるのだが、真冬の寒い時期など、もし外に連れて行くならあった方が良い、という助言を貰ってから、折々に買い揃えていたのだ。
服に慣れる為の訓練と言うのもして来たし、その際には中々苦労もしたが、その甲斐あって、今では外出する時に上着を羽織るくらいはしてくれるようになった。

今日は昨日にも増して寒いだろうから、二人に着せる服は厚手のものを選んだ。
名前を呼ぶとレオンが直ぐにやってきて、その後をいつものようにスコールが追ってくる。


「ぐぁう」
「よしよし、良い子だな。じゃ、今からこの服着て、ちょっと外行ってみようぜ」
「ぎゃうぅ」
「今日はすっげぇ寒いからな。ほい、ばんざーい」


ラグナが促すと、レオンがすっくと後ろ足で立った。
尻尾で体勢のバランスを取りながら、前足を頭の上に伸ばすレオンに、ラグナは上から被せるようにシャツを着せる。
頭を出したレオンがぶるぶると鬣を震わせている間に、ラグナはスコールにも服を着せた。

シャツに上着に、帽子に襟巻。
頭の上にある耳を圧迫しないようにと、バッツが手ずから編んでくれた耳カバーつき帽子のシルエットが可愛らしい。
そうやって着込んでいる上半身だけを見ると、ヒトの子供と同じだなあ、と思いつつ、ラグナは二人を抱き上げた。

ラグナが暮らしているマンションの下には、小さな公園がある。
家の中だけでは運動量が足りないであろうレオンとスコールの為、ラグナは人のいない時間を選んで、よく此処で彼等を遊ばせていた。
その見慣れた筈の公園も、今日は一面の雪景色だ。
普段と違う景色である事に驚いているのか、ラグナの腕の中で、二人の仔ライオンはそわそわと落ち着くなく辺りを見回している。

ラグナは恐らく此処なら大丈夫だろうと、敷地の堺であるフェンスを背にして、その場にしゃがんだ。


「ほら、これが雪だぞ~」


二人の足が地面につくように、ゆっくりと降ろしてやる。
と、ちょんっと足先が付いた瞬間、スコールがぶわっと毛を逆立たせてラグナの腕にしがみ付いた。


「おっとと。びっくりしちまったか?」
「ぎゃぅう!」
「大丈夫、大丈夫。お、レオンは行くか?」


レオンは脚を地面に下ろしたまま、動かない。
上半身を掬い支えていた腕をラグナがそうっと放すと、レオンはすとんと雪の上に立った。

ふんふん、ふんふんと鼻を鳴らしながら、レオンは足元の匂いを嗅いでいる。
雪って何か匂いがするんだろうか、とラグナがその様子を見詰めていると、レオンはずぽっと鼻先を雪の中に突っ込んだ。
顔面を雪に押し付けたかと思うと、レオンは直ぐに頭を上げ、ぶるぶると頭を振って鼻先に着いた雪を払う。


「がう!」
「どうだ?冷たい?」
「がうぅ!」
「そっか、面白いか」


ラグナの声に反応しているのか、初めての感触に興奮しているのか、レオンは高い鳴き声を上げながら、四つ足で雪の上を飛び跳ねる。
たしっ、たしっ、と踏む度に真っ新な雪の上に、レオンの足跡がついている。
その内に興奮が更に増したか、レオンは雪山に全身で襲い掛かると、ブルドーザーのように小さな体でざくざくと掘りながら進み始めた。

そんな兄の様子を、スコールはラグナに抱えられてじっと見詰めている。
ひくひくと鼻の頭が震え、ラグナの足に揺れる尻尾が当たって、彼も段々とこの真っ白な世界に興味が沸いて来たらしい。


「お前も行くか?スコール」


そう言ってラグナがもう一度、そうっとスコールの足を地面に下ろしてやると、スコールは冷たい感触にかピクッと足を引っ込める仕草を見せるが、今度は着地に成功した。
足元の冷たい感触と、まとわりつく雪の感触が不思議なのか、スコールはしきりに自分の足元を気にしている。
鼻先についた雪に、ぷしゅっ、とくしゃみを漏らすのが、ラグナの笑いを誘った。

そんな弟の下に、レオンが駆け寄って来た。
被せた筈の耳つき帽子が取れ、濃茶色の鬣が露わになった上、すっかり雪塗れになっている。


「レオン、帽子どこやったんだ?」
「がう?」
「えーと……あ、あったあった」
「ぐぅ、がうぅ。ぎゃぅう」
「ぐるぅ……」


ラグナが雪の上に忘れられた帽子を回収している間に、レオンはスコールにじゃれ始めている。
緊張している様子の弟を宥めるように、レオンはスコールの頬をしきりに舐めていた。
スコールはその感触に目を細めつつ、尻尾をゆらゆらと揺らす。

レオンに改めて帽子を被せると、レオンは弟を促す仕草をしながら、再び雪の中へ。
スコールもそれを追って、レオンが作った雪道に入り、きょろきょろと辺りを見回しながら兄の後ろをついて行く。
そしてラグナも、楽しそうに雪遊びを始めた子供たちを追いながら、


「は~、さっみぃ!」


白い息を吐きながら出て来た台詞は、この乾いた寒空によく響いた。
けれども、その赤らんだ顔は誰が見ても楽しそうで、彼の心は、まるで雪解けの春のように温かい。

サバンナ生まれの仔ライオンが、都会の真ん中で、雪遊びをしている。
サバンナでも稀に雪が降る事はあると言うが、こんなにも積雪になる事は、そう滅多にあることではないだろう。
彼等を保護する事がなればまず見る事のなかったであろう光景は、無邪気な二人の様子もあって、なんとも不思議で愛らしいものだ。

一つ大きな小山になっている雪の上に、レオンが駆け上って行く。
追ってスコールもその天辺に着くと、二人揃ってきょろきょろと辺りを見回して、二対の蒼がラグナを捉えた。
強い後ろ足が山の頂点を蹴って、ラグナへと跳びかかる。


「うぉおっ」


小さいとはいえ、体の造りはそれなりに頑丈な“ライオン”である。
その二人分の体重が一緒に覆い被さって来て、ラグナは全身でそれを受け止めながら、雪の上に倒れ込んだ。
パウダースノーとまではいかずとも、乾燥した空気のお陰か、雪が柔らかかったのが幸いだった。

二人の仔ライオンを腹に乗せ、ラグナは重い雲に覆われた空を見て笑う。
そんなラグナの顔を、レオンとスコールがぺろぺろと舐めて、ざらついた舌の感触にラグナは眉尻を上げながら起き上がった。


「ふう。あーあ、二人ともすっかり雪まみれだな」
「がう」
「ぐぅー」
「楽しかったか、そっかそっか」


二人の喉元を擽ってやれば、ぐるぐると嬉しそうな音が鳴る。

このままいつまでも遊ばせてやりたい気持ちもあったが、二人の足を触ってみると、肉球が冷たくなっている。
靴の訓練はまだしていない筈だが、こう言う事もあると思えば、準備はしても良いのだろうか。
夏だって地面は熱くなるもんなと思いつつ、ラグナは二人を抱いて立ち上がる。


「一杯遊んだし、今日は此処までにすっか。あんまり寒いとこにいると、風邪ひいちゃうかも知れないしな」
「がぁう」
「クリスマスに風邪ひいちゃ大変だ。うちに帰って、温かいミルク飲もうぜ」
「ぐぅ、がうぅ」
「そんで、今日の晩飯は豪華だからな、楽しみにしてろよ~」


両腕で包み込むように二人の体を抱いて、公園を後にする。

公園のあちこちに残った遊びの跡は、またちらつき始めた雪によって、きっと覆われてしまうのだろう。
それでも、初めての雪で遊んだ経験が、子ども達の忘れられない思い出になれば良いと思った。
そして来年には、きらきらと輝く木の下で、笑う兄弟が見れたら良いなと願いながら。




メリークリスマス!で久しぶりにけものびとが書きたくなったので。
あまりクリスマスと関係ない中身のような気がするけど。

サバンナにも雪が降ることはあるし、10年に1度あるかないかの積雪もあるんだそうで。
でもレオンとスコールは雪を見た事はなかったし、勿論触った事もなかったから、朝から「ナニアレ?」って言う感じ。
雪の中で遊ぶ動物の動画を色々見回りましたが、取り敢えず、かわいい。

[サイスコ]この夜を越えない内に

  • 2022/12/22 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



サイファーがバラムの港に帰った時、時刻は日付を越えようとしていた。
砂埃に火薬の塵にと、魔物だらけの戦場から帰還したと如何にもそれらしい風体の彼を、寒々しい港の風が迎える。
同じ任務に就いていたSeeD達は、揚陸艇から降りるなり、寒い寒いと悲鳴を上げた。
トラビアの寒波に比べれば遥かにマシとは言っても、揚陸艇の中でそれぞれ暖を取りながら一段落していたのだ。
其処からの冬風は、幾ら温暖気候のバラムのものとは言え堪えない訳もない。
サイファーは最低限の点呼確認等を済ませると、さっさと解散を言い渡した。
SeeD達もこれ幸いと足早に港を離れ、各自の家路を急ぎ出す。

と、その中で一番に港を出ようとしていた少年が、


「あっ、指揮官……!」


思わず出たのであろうその声は、自分達以外に人のいない港に、思いの外よく響いた。

眉根を寄せてサイファーが声の方向を見れば、黒衣のコートを着た人物が立っている。
いつもの服装とは違う冬の装いでありつつも、首元のファーや、足元まで黒ずくめに整えている等、見慣れた印象とはそう変わらない。
コートなんて持ってたのか、とサイファーが思いつつ、足は其方へと向く。
何せ港からの出口は、黒衣の人物が立っている場所にあるのだから。

黒衣の人物────スコールは、敬礼する部下達に、街の方を指差していた。
近付きながら聞き耳を立てていると、複数台のレンタカーの手続きを済ませてあるから、分乗して行け、とのこと。
自腹を切ってタクシーを使うか歩いて帰るかと言う予定だった寮生は、それを聞いて嬉しそうに駆けて行った。

最後に港から出て来たサイファーに、海の底に似た色をした瞳が向けられる。


「……遅い」
「俺の所為じゃねえよ」


憎々しげな開口一番の文句に、サイファーは少し乱れた金髪を手櫛で掻き上げて言い返した。

今回の任務は、トラビア雪原で大量繁殖した複数種の魔物退治だった。
その半分が夜行性の性質を持っていた為、巣穴の特定や個体数の確認等、どうしても手間がかかってしまい、中にはコロニーと呼べる程に規模の大きな群れを形成しているものもあった。
場所が内陸部のビッケ雪原であった事も手伝い、寒波への備えも含め、安全確保しつつ確実に仕留める手段を整えるにも時間がかかる。
そんな環境で、誰一人大きな負傷者を出す事なく、往復五日で帰って来たのだから、優秀と褒められて良い筈だ。
それでも遅いと言うのなら、そう評される原因は、人間ではなく、自然の脅威に因るものとしか言いようがない。

ふう、と吐き出すスコールの口元から、白い息が零れて行く。
港湾入り口の傍に建っている外灯に、寒さの所為であろう、赤らんだ頬が映し出されている。
いつから突っ立ってたんだか、と思いつつ、サイファーは持っていたガンブレードケースを肩に担ぎ、スコールの前で仁王立ちになって、僅かに低い位置にある蒼灰色を見下ろす。


「こんな夜更けに、指揮官様自らお出迎えしてくれるとはね。光栄ってもんだ」
「あんたは一応、監視付きだからな。帰り道に逃げ出さないとも限らないだろう」
「そういやそうだったな。見張り無の生活が長くて忘れてたぜ」


”魔女戦争”の経緯により、サイファーには”戦犯”の肩書がついて回っている。
二十歳の卒業までにSeeD資格の取得と、任務として社会奉仕を行う事で、更生を図ると言う名目の下、バラムガーデンにその身を拘束されている。
平時はスコールを始めとした、“魔女戦争の英雄”の立役者となった幼馴染のメンバーが監視役として就いており、ガーデン内では基本的に単独行動を許されていない。

───筈なのだが、存外とその拘束具合は緩く、こうしてサイファーを班リーダーとして任務に出される事も儘あった。
サイファーがガーデンを離れている時などは、同行するSeeD達がその監視役を担うことになるのだが、サイファーはその視線を特に気に留める事はなかった。
仮に闇討ちでもしよう者がいるなら、剣の錆にする自信はあったし、その気になれば全員の眼を欺いて姿を晦ます事も訳はない。
スコール達もそれを判っていて任務に従事している訳だから、他のSeeD達の監視なんてものは、自分達が忙しくてサイファーを放逐せざるを得ない時の、体の良いこじつけのようなものであった。
始めは警戒あり、恐怖ありと、遠くから伺っていた他のSeeDたちも、内心の本音は各自あるが、バラムガーデン属するSeeDの最高権限を持つ”指揮官”の命令なら仕方ない、と外面くらいは取り繕うようになっている。

そんな生活から五日ぶりに、指揮官自らの監視付きに戻る事に、やれやれとサイファーは肩を竦ませる。
まあこれも日常だと思いつつ、さっさと寒空からおさらばする為、帰る道へと向かう足を再開させた。
その後を追う形で、スコールも港湾入り口を離れる。


「レンタカーがあるんだって?」
「……ああ」
「気の利く指揮官様だ。流石に疲れたからな。ついでに運転手もしてくれるのか?」


そう遠くはない距離とは言え、疲れた体で車の運転は面倒臭い。
出迎えついでに送ってくれるのなら、サイファーも楽なのだが、まあ其処まで厚遇はしてくれないだろうと期待はしていなかった。

が、返答はそれ以前のものから寄越される。


「あんたが乗る車は、多分ないな」
「は?」


しれっとした声で言ってくれたスコールに、サイファーは隣を歩く人物に負けず劣らずの皺を眉間に寄せて声を上げる。
どう言う事だと睨んでやれば、スコールは寒そうにファーの衿前を手繰り寄せながら、


「レンタカーは3台分。今回の任務は、あんたを含めて13人」
「おい」
「俺も乗るなら14人」
「詰めりゃ問題ないだろ。っつーか、お前はどうやって来たんだよ」


帰還したSeeD達の為にレンタカーの手続きをしているのなら、自分の分も確保しているのではないのか。
そもそもレンタカーが3台、仮にそれが定員4名を前提としているなら、派遣された人数と釣り合いが取れない。
だが、スコールが自分用に用意した足が別にあるのなら、サイファー一人をそれに相乗りさせれば足りる筈だ。
そう言う計算で手続きをしていたのではないかと睨むと、スコールは眉根を寄せてサイファーを睨み返していた。


「なんだよ」
「………」


物言いたげな蒼灰色に、疲れと当てが外れた気持ちで凄んでやれば、スコールは視線を逸らす。
存外と負けず嫌いなスコールが、睨み合いでサイファーから直ぐに目を逸らす事はない。
と言う事は、やはり何か言いたい事───意図している事があるのだと、サイファーは感じ取った。

コートのファーに口元を埋めているスコールに、サイファーはずいと顔を近付けた。
疲れもあって、肩に担いだガンブレードケースが重かったが、構わず近い距離でスコールを見続ける。
こう言う耐久勝負は、案外短気なスコールに分が悪い事をサイファーはよくよく知っていた。

そして案の定、スコールは眉間に目一杯の皺を寄せて、視線は逸らしたままで言った。


「いいだろ、あんたは別に。車なんかなくても」
「歩いて帰れって?他の奴等にはお優しい癖に」
「……寝てから帰れば良いだろう。ホテルはすぐ其処だ」


ちらと見遣ったスコールの視線を追えば、バラムホテルが其処に建っている。

港と街を繋ぐ道沿いにあるのだから、確かに話としては悪くない。
これもまた自費と言うのは聊か顔を顰めたい所だが、疲れた足で、寒空の下をバラムガーデンまで歩いて帰るよりはマシだ。
料金さえ払えば、朝食だってつける事が出来るし、指揮官が此処にいてその彼から「ホテルを使えば良い」と言われたので、少々の重役出勤も多めに見ては貰える筈だ。

だが、そう言う事ではないのだろう、とサイファーは思う。


「……で?俺はそれでも構わねえが、お前はどうするんだ?」


普段はバラムガーデンの指揮官室で缶詰になっているスコールが、こんな寒い夜に、港まで。
帰還したSeeD達を、わざわざ出迎えてやる事に意味を見出す程、スコールは部下に熱烈な愛情を注ぐような人間ではない。

いつまでも視線を逸らしているスコールに焦れて、サイファーは左手でスコールの頬を覆うように掴む。
指に挟まれた頬肉が潰れて、唇が少し突き出されているのが、間抜けな顔だと思う。
しかし可愛いもんだとも思うのだから、惚れた欲目は大した色眼鏡だ。
そんな事を思いながら、逃げた視線が此方を向くように頭を動かそうとすれば、分かり易く抵抗の力が帰って来た。

夜の港で、一体何をしているんだか。
思いながらも、意地になっている様子の恋人が無性に可愛くて、サイファーは冷える手の事も忘れていたのだが、


「っしつこい!」


ばしっと下からスコールの腕が降り上げられ、顔を掴んでいたサイファーの手を払う。
ひでえの、と一つも思っていない顔で、払われた手をひらひらと遊ばせていると、スコールはまたファーに顎を埋め、


「さっさと行くぞ。チェックインの時間はとうに過ぎてるんだ。あんたが帰るのが遅い所為で」
「トラビアにいたんだぜ。予定通りに帰って来るなんて保証、ある訳ないだろ」
「……あんたの事だから、どうにかして帰って来ると思うだろ」


スコールの言葉に、サイファーは一瞬首を傾げるが、そう言えばと思い出す。
揚陸艇の中で報告用の書類を書いている時に見た日付。
それを見て、色々と予定もあったのに虚しい日になったなと、聊か残念に思っていたのをすっかり忘れていた。

すたすたと、サイファーを置いて行く勢いで歩き出したスコールに、サイファーはやれやれと肩を竦めて言った。
進む足を追って隣に並ぶと、赤らんだ頬が見える。
よくよく見れば鼻頭も紅くなっていて、いつからあの港に立っていたのかと思う。

───それ位に、今か今かと帰りを待っていてくれたのなら、少しは素直になれば良いものを。
そうすれば、サイファーだって意地の悪いことは引っ込めて、抱き締めて愛を囁くくらいのことは幾らでもしてやるし、寒さを忘れる程に交わる事だって喜んでするだろう。
最も、スコールが素直でないのは判り切った事で、サイファーがそんなスコールを愛しているのも、揺るぎのない事実である。
場所がホテルか、寮部屋かの違いがあるだけで、行き付く先もそう変わりはしなかっただろう。

バラムホテルのエントランスを潜り、サイファーはレセプションへと向かうスコールの後姿を眺めていた。
肩に担いだ愛剣を納めた箱は重く、さっさと下ろしてしまいたいが、雑な所へは置けない。
部屋に入るまでは辛抱だと、面倒臭がる筋肉を叱りながら、サイファーはちらとロビーに鎮座している古びた置時計を見た。


(まあ、間に合った、か)


日付はあと少しで変わる。
それでも、今日と言う日に間に合ったのなら、悪くない日であったと思える気がした。

受付を終えて戻って来たスコールは、その手に鍵を一つ持っている。


「ダブルか?」
「ツイン」


帰って来た言葉に、其処はダブルにしろよと言いながら、狭いベッドも悪くはないと思うのだった。




サイファー誕生日おめでとう!と言う事でサイスコ。そんな単語は一つも出ていないけども。
スコールの方から色々準備をしてくれたので、今夜はお楽しみですね。

スコール、ツインかダブルかを散々悩んだ末に、結局思い切れずにツインにした模様。
一応選択肢にはあったけど、サイファーには言わない(が、バレてる気もする)。
でも結局使うベッドは一つになるだろうから、ダブルにすれば良かったかな……って後から思うのかも知れない。

[ヴァンスコ]君と帰る道

  • 2022/12/08 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



すっかり人気のなくなった下駄箱で、スコールは深い溜息を吐きながら靴を履く。
冷たい空気に覆われた下駄箱の中にあった靴は、中敷きまで冷たくなっていて、靴用カイロを用意しようかと真剣に考えた。
制服のジャケットの上から着込んだダウンの前を手繰り寄せながら、校舎を後にする。

今日もまた、スコールの下校時間は予定よりも随分と遅くずれ込んだ。
生徒会に所属しているからと、体の良い雑用係にされるのは最早諦めとともに慣れたものであったが、やはり面倒である事に変わりはない。
だから時々でもきっぱり断るべきだと、幼馴染の面々からは言われているのだが、如何せんその労力が途方もなく大きく感じられるのが、スコールの良くない所であった。
そうして毎回、自分でなくても良さそうな雑用を了承するから、教職員は益々スコールを当てにするのだ。

秋の頃から鶴瓶落としの太陽は、暦が十二ともなれば更に落ちるのが早くなる。
夕暮れなどほんの一時間あろうかと言う程度で、放課後になると運動部が使うナイター用の電灯の準備が行われていた。
そんなものを使わないといけない程、世界は暗くなって行くと言うのまのに、スコールの高校の運動部は何処も精力的だ。
勉強だけでなく、運動部においても広い分野で強豪校と言われているから、チーム内の席争いは何処も激しくて、朝早くから放課後遅くまで、団体も個人も練習時間が長い。
よくあんなに出来るな、とその手のものに基本的に熱くなれないスコールは、所属する友人を応援する気持ちはありながらも、何処か冷めた気持ちで横目に見るのが精々であった。

スコールにとっては、それよりも、今日の夕飯の献立を考える方が大事だ。
次いで、直ぐ目の前に来ている学期末試験への対策も講じなくてはならない。
対策と言うのは、試験範囲に集中させる勉強だけでなく、期間中の家事をどう効率よく回すかと言う事も指す。
掃除と洗濯は多少溜め込んでも良いとして、問題は食事だ。
夕飯の片付けは父が引き受けてくれるのは幸いなのだが、準備に関しては、スコール自身が自分が請け負った方が効率が良いと判っている。
だから毎日作るにしろ、作り置きをするにしろ、その用意は全てスコールが行わなくてはならない。


(試験の日はコンビニ弁当で良いよな。面倒臭いし)


試験で疲れた後に、台所に立つ気力は残っていない。
そう言う時は楽をするのが一番だと、手が抜ける所は抜けば良いと、スコールは最近ようやく学習した。

試験期間中はそれで良いとして、目下の問題は今日の夕飯だ。
雑用に捕まった所為で妙に疲れがあって、何を食べたいのか、用意する気力があるのかすら考えるのも怪しい。
それこそ、今日はコンビニの弁当か総菜で済ませてしまおうかと思う。

スコールが通う学校は、伝統云々がよく引き合いに出される古い学校で、校内の作りも聊か古く、校門に至っては創立当時の名残が色濃く残っている。
元々は大手門のようなものが建立されていたのであろうそれは、古い写真では木製の大きな門がついていた。
朽ちたのか、某かの声があって改められたのか、今は門そのものは鉄製の両引きになっているが、門柱やそれに伴う屋根は昔の儘である。
門を出た所には道路の外灯が並んでいるが、門柱や屋根が遮蔽を作ってしまう為、日が落ちると随分と暗い。
遅くなってから帰る部活生も多いのだから、正門位は真っ当な灯りを点けてはどうか、とよく思う。

その校門の屋根の下に、佇んでいるダッフルコートを着た少年が一人。
後ろ髪に癖のある鈍色の髪は、スコールがよく知る幼馴染のものだった。


「……ヴァン」
「お。スコール、やっと来た」
「あんた、またいたのか」


名前を呼べば、少年───ヴァンは此方を見て嬉しそうに瞳を輝かせる。

ヴァンは、門扉に預けていた背を伸ばし、「遅いぞー」といつもの間延びした調子で文句を付けつつ、


「今日も先生の手伝いか?」
「……そんな所だ」
「真面目だな」
「……別に」


断るのが面倒臭いだけだと、スコールの本音をヴァンは知っている。
その傍ら、頼まれた完璧にやり遂げないと気が済まない質だと言う事も、幼馴染はよくよく理解していた。
故に中々の確率で貧乏くじを引かされるのだと言う事も。

そんな自分の事よりも、とスコールは溜息を洩らしながらヴァンを見る。
ヴァンはお気に入りのダッフルコートの前ボタンを全て留め、首元にはマフラーを巻き、それもコートの下からと言う完全防備のスタイルだ。
夏には半袖で何処ででも過ごせるヴァンは、冬の寒さには滅法弱く、秋の終わり頃から着膨れ始めていた。
冬も本番となると、帽子や耳当ても装備するので、肌が出ているのは目元だけと言うのが常になる。
今日はまだ頭部の守りが薄いが、近い内に帽子くらいは被るだろうし、中を着込んでいるのか、胴体がずんぐりむっくりになっている。
その状態でも、ヴァンの鼻頭や頬は、この冷えに対する反応ですっかり赤くなっているのを見て、スコールは毎回呆れてしまう。


「…あんた、寒いんだろう。こんな時期まで、わざわざ俺を待つな」


春でも夏でも、秋でも冬でも、ヴァンはスコールの帰りを待って、この校門へやって来る。
幼い頃からそうやって一緒に登下校していたのは確かだが、高校になって、スコールが進学校に、ヴァンが工業高校に入った事で、その道ははっきりと分かれた。

ヴァンが放課後、スコールの学校に来るのは、週の半分ほどだ。
ヴァンの家は、彼が中学生の時に両親が他界して以来、兄と二人暮らしをしている。
その為、家事当番の日は、買い物やら何やらと必要なので直ぐに帰るのだが、そうでない日の場合、ヴァンは必ずと言って良い程スコールを迎えに来ていた。

学校の位置は、スコールの高校から二人の家までの中間地点に工業高校がある。
だから登校はこれまでと同じように、同じ時間帯のバスに乗る事が出来るのだが、帰りは違う。
ヴァンの高校からは、家とは真逆の方向に走るバスに乗らなければいけないのだ。
どう考えても非効率で、どうしてわざわざ、とスコールはいつも思うのだが、


「まあ良いじゃん。俺がスコールと一緒に帰りたいんだ」


臆面もないヴァンの言葉に、それもいつもの事と判っているのに、スコールの頬が勝手に熱くなる。

────とは言え。
この時期、ヴァンがスコールを待つ正門前は、どうにも暗くていけない。
寒さの問題は勿論のこと、何か良からぬ事でも起きないとも言えないのだから、待つならもっと安全な場所にするべきだ。


「……せめてメールでも寄越せ。それで、こんな場所じゃなくて、もう少し明るい───コンビニとかあるだろ。ああいう場所で待ってれば良い」
「それじゃスコールの出迎えが出来ないだろ」
「しなくて良い。あんたが風邪でも引いたら、レックスが大変だろう。これからもっと冷えるんだから、待つなら何処か屋内にいろ」


ヴァンにとって何より大事な兄の名を出せば、ヴァンは拗ねたように眉をハの字にした。
それを言われると、しかしスコールの出迎えはしたい、と唸るように首を捻るヴァン。
そんな幼馴染に、これで少しは行動が改善されると良いが、と半ば諦めたように思っていると、


「明るいとこで待つのは判った。でも、別に寒さは平気なんだよ。まだ」
「嘘吐け。顔が赤い」
「うん、まあ、顔はそだな。でも本当だよ。今日はこれあったから」


そう言ってヴァンは、ダッフルコートの前を開け始めた。
寒いに決まっているのに何してるんだ、とスコールが顔を顰めていると、その懐からガサガサと音が鳴っている。
よいしょ、とヴァンが引っ張り出すように懐から出したのは、コンビニ袋だった。


「じゃーん」
「……なんだよ」


嬉しそうに、効果音をつけて袋を差し出すヴァンに、スコールは意味が判らないと返す。
ヴァンはしっかりと絞っていた袋の口を解き、中に入っていたものを取り出した。


「肉まん!一緒に食べようと思って買って来た」
「……そんな所に入れてたのか」
「だって普通に持ってたら冷めるだろ。スコール、いつ出て来るか判んないしさ。カイロ代わりにもなったから、全然寒くなかったんだ」


言いながらヴァンは、「ほい、スコールの」と二つ入っている肉まんの一つをスコールに差し出した。
帰ったら夕飯なのに、と思いつつ、スコールはそれを受け取る。
どうせ帰宅した所で直ぐに食事が出て来る訳ではないし、昼からもう随分と時間も経って、腹が減っているのは確かだ。
ほかほかとまだ温かい湯気を立ち昇らせる肉まんは、確かに嬉しいサプライズであった。

肉まんは少々形が潰れていたが、破れている訳でもなく、具も零れてはいない。
少し厚みのある皮を二口すれば、ジューシーな味わいが内側から染み出て来た。
校門を離れ、歩きながら肉まんを食べるスコールの隣で、ヴァンも自分の肉まんを頬張る。


「うまーい」
「……ん」
「温かいし、カイロになるし、美味いし。肉まんって良いよな」
「……そうだな」


ヴァンの他愛もない言葉に、スコールは短い相槌のみを返す。
それだけでヴァンは満足そうに、「今日さぁ……」と自分の学校生活について報告して来る。
スコールはそれも半ば聞き流しながら、次にヴァンが来るのは明後日か、と考える。

その時は、何か温かい飲み物でも奢ってやろうか───と思うのだった。




12月8日と言う事で、ヴァンスコ。

ヴァンは寒いの苦手そうだな、と言うイメージ。
スコールも極端な寒さは嫌いそうだけど、ヴァンはそれより手前で、もこもこに着膨れしてたら可愛いなと。
真冬になったら二人揃って着膨れしてると良い。

[シャンスコ]講義再開申し込み

  • 2022/11/08 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF


新たな女神に闘争の世界へと召喚されて、幾何か。
それぞれの思惑と思案の末、やはりこの世界でもまた、闘わなければならない事が、戦士達に突き付けられた。
以前ほどには切迫した空気に欠けているが、とかく闘わなくてはこの世界が維持できない上、崩壊すればやはりそれぞれの世界に何が引き起こされるかも判らない、となれば、否応なく剣を取る必要性が見えて来る。

以前ならば味方同士で戦う事は、敵に塩を送るも同然と言うこともあって、少なくとも秩序の陣営に置いては、訓練を除いて刃を向けあう事は先ずなかった。
混沌の軍勢の方は個が強すぎる事もあり、また策謀を主な手段として使う者、それに乗るもの、乗らされる者と入り混じっていた為、案外とそう言う事も少なくはなかったそうだが、それはそれだ。
今回はその枠組みが、ふとした時に入れ替わり立ち代わりとなる為、昨日の敵は今日の友、今日の友は明日の敵、となり得ることが多いにある。
実際、スコールも最初こそ秩序の女神の陣営に属しており、多くの戦士が過去の配置と同じ場所に立っていたが、ある日を境にその顔触れはがらりと変わった。
かと思ったらまたある時を境にまたまたがらりと変わるので、今回の闘争の世界と言うのは、以前よりも遥かに曖昧な線引きの中を行ったり来たりしているらしい。
面倒と言えば面倒であったが、以前ならば叶わなかった腕試しのチャンスがあると、妙に息巻いている者もいたりする。

今回のスコールは混沌の陣営に配置された。
スコール以外にも、女神の召喚に呼ばれた者の姿はあり、全体バランスで言えば半々と言った所。
その中に、一際小さなシルエットがある。
スコールは特にそれを気にしていたつもりはなかったのだが、シルエットの方がトコトコと此方に近付いて来た。


「お久しぶりですわね」
「……ああ」


声をかけて来たのは、シャントットである。

彼女は元々、スコールと同じ、秩序の陣営に所属していた人物だ。
それがいつの闘争の事だったのかはスコールには判然としない部分があったが、しかし彼女が一応の味方であったことはぼんやりと覚えている。
その他、過去では個人的にも少々交流があった事も、断片的にではあるが、記憶に残っていた。

初めてこの闘争の世界に喚ばれた際、新たな女神の下に集った時にも、その姿は確認している。
しかし、その後、スコールはこの世界のあらましを探る方向へ、シャントットは下らない遊びには飽きたとばかりに元の世界に戻る方法を探しに向かった為、互いが向き合うことは当分なかった。
そして今、久しぶりに、こうして相対していると言う訳だ。

相変わらず小さいな、と近付いて来る淑女を眺めていたスコールを、シャントットもまたしげしげとした様子で観察している。


「ふむ。一目見た時に少し違和感を感じていたのですけれど、やはり。前よりも魔力の帯が濃いですわね」


シャントットの言葉に、スコールは徐に自分の手を見た。
其処に在るのは、何ら変わらない、見慣れたグローブを嵌めた手だ。
シャントットが言うような、“魔力の帯”とやらは全く意味が判らないが、スコールはなんとなく、そう言われることへの心当たりがあった。


「……ジャンクションしているからだろう。この世界は、前の世界よりも、元の力の影響が強く出るようだから」
「ああ、ジャンクション。そう、貴方の世界にはそんなものがありましたわね」
「お陰でドローも出来る。前はストックを碌に回復させる手段がなかったから、大分楽になった」
「ドローとは、……其方は聞き覚えがありませんわね。いえ、何か書物で見かけたかしら」
「前は使えなかったし、俺もあんたに話した覚えがない。多分本だろう」


以前の闘争の世界では、各自の力はそれぞれの世界の法則にある程度依存しているものの、それを自在に操る事の出来る者は少なかった。
魔法に関しては特にその傾向が強く、スコールは“疑似魔法”として、他の戦士達よりも扱える魔力の力が弱く、戦闘手段としては精々牽制に使う程度しか当てにはならない。
スコール自身もそれを理解しており、且つ自身の持ち場は近接であると自負していた事もあって、魔法を主体にした戦い方はしていない。
しかし、手段として選択の幅を広げる目的もあり、また威力の底上げが出来ればそれも十分良い事なので、一時期、魔法のエキスパートと言えるシャントットに師事を請うていた事がある。
その折、シャントットも魔法を研究する人間として、他の世界の魔法の様式というものに興味を示し、スコールに魔法の使い方を教える傍ら、彼から独特の成り立ちを持つ”疑似魔法”について情報を得ていた。

シャントットはふぅむ、と丸い顎に手を当てて考える仕草を取る。
スコールはその場に立ち尽くしたまま、シャントットが次に何か聞いて来るであろうことを予想しながら、頭の中を動かす。


「……以前もジャンクションはしていたのかしら」
「恐らくは、していた。ただ、前は碌に記憶がなかったし、そう言う意味でもジャンクションの効果を万全に引きだせていたとは思えない」
「ジャンクションは魔法の威力にも影響するものなんですの?」
「そう言う作用もある。ジャンクションは言わば身体強化だ。魔力に干渉する量も、これで底上げは出来る」
「ドーピングのような使い方が出来る訳ですわね」


成程、とシャントットは頷く。

どんぐりのように丸い目の中で、心なしか瞳孔が尖ったように見える。
頭の中で組み立てたものを整理しているのだろう、となると此処で下手に声をかけるのは邪魔をする事になる。
スコールはまたしばしの間、立ち尽くしてシャントットの様子をじっと見つめるに務めた。

それから数分が過ぎたか、シャントットが一つ息を吐いた。
整理整頓が終わったと見做して、スコールはようやく声をかける。


「あんた、少し良いか」
「何かしら。五分程度なら構いませんわよ」


暇ではありませんので、としっかり有限を釘にして来るシャントットに、スコールは判っていると頷いた。


「前にあんたから魔法に関して色々と教えて貰っただろう」
「ええ、そんな事もしていましたわね」
「また同じように教わる事は出来るか?」


スコールの言葉に、シャントットは「あら」と微かに目を丸くする。
そして双眸がすうと細くなり、笑みを孕む。


「そんなにも私の講義が気に入ったんですの?」
「……有意義だった」


正直に感想を述べるスコールに、シャントットは機嫌を良くしてふふふと笑う。
細めた眼が聊か凶悪そうに見えてしまうのは、この淑女が“悪魔”の異名を持っている事を知っているからだろうか。
それでも、スコールにとって、元の世界で魔法の授業を受けるよりも、遥かに厚みのある知識で教鞭を取ってくれていた事は事実であった。


「同じ陣営にいる時、それであんたの手が空いている時で良い。今回の闘争は、どうも敵味方が固定されていないし、あんたとやり合う事もあるだろう」
「そうですわね。敵に懇切丁寧な授業をする程、私も甘くはありませんことよ。いつ味方が敵になるか判らない事を思えば、こうして同じ側にいる間であっても、同じ事は言えるけれど」
「……そうだな」


傭兵であるスコールにとって、敵味方が安易に引っ繰り返ると言うのは、珍しい事ではない。
雇い主が変われば、嘗ての戦友でも同胞でも、切り結ぶのは必然であると知っているからだ。
だからこそ、シャントットがスコールに特訓をつけるのは、必ずしも彼女にとって有益ではないことも判る。

シャントットとスコールが同じ陣営に揃っている間、味方でいる内は、有用な戦力補強になるだろう。
しかしそうして力を付けた後、所属する陣営の配置が変われば、今度は敵になる。
力を付けた敵など面倒なものでしかない訳だから、そのデメリットと、シャントットの手間を思えば、彼女が今回の提案を頷くとは言い難い。

───と、スコールは思っていたのだが、


「まあ良いでしょう。取り敢えずは、暇な時にでも、また色々と調べさせて貰いますわね」
「……良いのか」


案外とすんなりと承諾の返事が出て来た事に、スコールは目を丸くした。
シャントットは暇を潰すように、コツコツと靴音を鳴らしながら、スコールの周りをくるりと回る。

いつかもこうやって、思いの外すんなりと受諾されたことに驚いたなといつかの記憶を辿るスコール。
その周囲を歩きながら、シャントットは快諾の理由を述べる。


「貴方の扱う”疑似魔法”について、以前授業をしていた時は、結局然したる進展もしなかったし。消化不良なんですのよ。続きが出来るのなら、私としても得られるものがありますわ」
「………」
「貴方自身が元の世界の記憶を持っている事、ジャンクションとやらを適切に扱える事、……以前と条件も違うなら、採れるデータも変わるでしょうし。この世界と以前の世界と、神も代替わりをした。影響の違いを比較できるとすれば、この世界の仕組みを明かす一縷になるかも知れませんわ」
「つまり、あんたの研究にとっても、多少のメリットがある、と」
「使えるデータが揃えばの話ですけれど」


今は何事も仮説でしかない、とシャントットは言った。
それを明確な説として裏付けをする為にも、様々な情報は必要となる。

何処まで行っても、シャントットは研究者気質なのだろう。
彼女の興味の行き付く先を思えば、それはスコールや他の戦士達にとっても有益なものにもなり得る。
情報提供に応じてくれるかはさて置くとしても、この世界の仕組みを理論的に解き明かす事に積極的に動いてくれる事は、有り難い事とも言えた。

シャントットは一頻りスコールの立ち姿を観察して、一先ず満足したように背を向ける。


「私が暇でないのは勿論だけれど、貴方も決して暇ではないでしょう。適当に予定を組む必要がありますわね。戦闘に行く機会が決まっているなら楽だけど───」
「……神様の気紛れだからな」
「全く勝手ですこと。こんな世界だからこそ、色々と調べられるのは悪くありませんけれど、こっちの都合を考えてほしいものですわ」
「……そうだな」


本当にそうしたら、あんたは闘いに応じないだろう───と思いつつ、スコールはそれを飲み込んだ。
スコールとて、傭兵として闘うことそのものは構わないまでも、此方の都合を無視して急に召喚してくれる神々には聊か業も煮えているのだ。
文句を言って帰れるものでもないので言わないが、歯に衣着せぬシャントットの物言いには、多少なり胸がすくものもある。
今ばかりは同調を口にしても良かろうと、スコールは彼女の言葉に頷いた。

その数秒後、ふと思い出したようにシャントットが言った。


「それはそれとして。授業をするなら、授業料が必要ですわね」


シャントットの言葉にスコールは一瞬眉根を寄せるが、確かに以前も授業料は払っていた、と思い出す。
金銭の類ではないが、彼女の時間を占有する代価として、研究データや情報の提供の他、スコールは少々の雑事を引き受けていた。
彼女が研究の合間に嗜んでいた茶葉の調達や、摘まめる菓子類を届けたり、休息の為の茶を淹れたりと言う具合だ。

しかし、この世界で果たしてそれらは必要だろうか。
以前の闘争では、秩序の陣営は一つ屋敷を拠点としていたが、シャントットは自身の研究に没頭する為、離れ小島の洞窟に住んでいた。
だから物資の補給などは聊か面倒なこともあり、それを授業の為に通うスコールが行くついでにと調達していたのだ。
しかし今回の闘争では、秩序、混沌の陣営共に、今回は塔のようなものが拠点として出現しており、どちらで過ごすにしても、それなりの利便性は整えられている。
わざわざスコールが準備に赴かなくても、シャントットが自分でモーグリショップに行く事も出来るだろう。

頼み事をするのなら、代価は必要だ。
それを渡して置いた方が、スコールとしても気兼ねなく時間を占有させて貰う事が出来る。
となると何から出せば良いか、と考えていると、それはシャントットの方から掲示された。


「授業の日は貴方がお茶を淹れなさいな。それに合うお菓子も添えてね」
「……そんな事で良いのか」
「下手な淹れ方をしたら千切りますわよ」


他愛もない事で良いのかと思っていたら、存外と強いプレッシャーをかけられた。
その言葉が冗談で笑えない事を知っているスコールは、眉根に深い皺を刻みつつ、「……了解」と返す。

相変わらず、察しと表向きの態度は良い生徒に、シャントットの喉がくつりと笑うのだった。





11月8日と言う事で、久しぶりにシャントット×スコールです。
闘争の世界での授業風景の続きを、NT軸でも続けてたら私が嬉しいなと言う話。

スコールからすると、新たな世界でも、やはり魔法に関してはシャントットだろうと(ヤ・シュトラの事はよく判らないし)。
シャントットもスコールと過ごす授業や、その合間の休憩時間が存外気に入っていたって言う。

[子ウォル+子スコ]きらきらのせかい

  • 2022/10/24 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF
将来的にウォルスコになる二人





スコールとウォーリア・オブ・ライトが出逢ったのは、スコールが5歳、ウォーリアが10歳の時のこと。
スコールの家族が暮らしていた家の隣に、ウォーリアが養母であるコスモスと共に引っ越してきたのが始まりだ。

ご近所さんへの挨拶はきちんとね、と微笑む母に連れられて、ウォーリアは近所住まいの人々へ挨拶をして回った。
皆新しい住人を歓迎してくれ、何か困った事があれば声をかけて、と優しく笑いかけてくれる。
まだ子供のウォーリアに対しても、賢そうでしっかりした子だと、そう言ってくれた。

挨拶に行った時は平日の昼間だったので、子供たちは学校なり幼稚園なりと行っているのが殆どだったのだが、スコールは違った。
彼はとても人見知りの激しい所があって、保育園に中々馴染めず、母の下を離れることをとても嫌がった。
この為、母がどうしても忙しくなる時以外は、家で過ごすことにしているそうで、このお陰でウォーリアが母と共に挨拶に周った時に顔を合わせる事になったのだ。
その時、彼は母の腕にしっかと抱かれていて、ウォーリアとはあまり目を合わせる事も出来なかった。
ウォーリアも幼いながらに、自分が怖がられる事があるらしいとは自覚していたので、幼い子供は嫌いではなかったが、あまり怯えさせては可哀想だと、意識して彼の方を注視しないようにしていた。

────が。
初めて出逢ったその翌日から、ウォーリアは折々に、ひしひしとした視線を感じるようになった。
学校に行く時、帰る時、家で夕飯を食べている時など、それはふとした時に感じられる。
何か悪意があるようなものではないから、ウォーリアは始めこそ深く気にしてはいなかったのだが、何度も感じるとなると、流石にいつまでも無視は出来ない。
だから、その視線を何度も感じるようになってから程無く、ウォーリアはその正体を確かめようと思った。

かくしてその正体はあっという間に判明するのだが、それはそれでウォーリアを困らせた。
正体の方はきっとウォーリアを困らせるつもりはないのだろうが、何と言って出たものかと、まだまだ人生経験の浅いウォーリアには難しい課題が浮上して来たのだ。
相手を捕まえるのは恐らく簡単ではあるのだが、それをするのは聊か躊躇うものがある。
かと言って、いつまでもこのままと言うのは、少しばかり気になり過ぎる位に視線が強くなっていて、それはそれでどうしたものかと思ったのだ。
相手に悪意と言うのはきっとないだろうから、それが尚更、ウォーリアを戸惑わせていた。

今日も学校帰りのとある場所で、ウォーリアはひしっとした視線を感じた。
進む方向から感じるそれは、向かう先にある物陰からで、そこを通り過ぎると今度は背中から視線を感じる事になる。
今日もきっと、ウォーリアが家に入るまで、その視線はじっとついて来る事だろう。

ウォーリアは努めて前を向いて歩きながら、ほんの一瞬、視線の下をちらりと見た。


「………」
「……」


じい、と見つめる蒼色の宝石。
それは、ウォーリアの家の隣家を囲う門柱の陰から覗いていた。

表札を掲げた門柱の傍らには、小さな子供がちょこんと座り込んでいる。
恐らくは、身を低くして小さくして、隠れているつもりなのだろう。
それがウォーリアが最寄の角を曲がってきた所からずっと向けられている、ひしひしとした視線の正体だ。
彼は毎日のように、ウォーリアが小学校から帰って来る時間に、ああして門柱の陰に座っている。

どうしてそんな事をしているのかは判らないが、ウォーリアもすっかりその影を見慣れてしまう位には、決まった光景になっていた。
最近はウォーリアの方も、その視線を感じると、今日もあの子が其処にいる、と思うようになった。
そして、門柱の傍を通り過ぎるほんの一瞬、ちらりと其処にいる子供の姿を確かめるのが癖になりつつある。

毎日ああして同じ場所にいるものだから、声をかけてみようか、と思ったことはある。
けれども、ウォーリアが視線を其方に向けようとすると、彼は素早くその気配を察知して、ぴゅっと隠れてしまうのだ。
それを見ると、やっぱり怖がられているのかも知れない、とウォーリアは思う。
怖い人が通って来るから、家の中に入って来ないか心配で、じっと覗きながら監視している───そう思うと、視線の意味も納得できる気がした。
決して子供が嫌いではないウォーリアにとって、怖がられる事は少しばかり寂しいものがあったが、小さな子供にそれを言っても仕方がない。
ウォーリア自身、子供と率先した話が出来る性質ではなかったし、最近身長が伸び始めた事もあって、小さな子供からは威圧的に見えるのかも知れない。
それなら出来るだけ、これ以上怖がられる事のないようにしよう、と言うのが、若干10歳の精一杯の幼子への気遣いだった。

そうして今日もいつものように、視線だけを感じながら、家へと向かう────筈だったのだが、


「こらっ、スコール」
「ひゃうっ」


子供を叱る声は、門柱の向こうから聞こえた。
あれは、あの子供の母親のものだ。


「またそんな所に座り込んで」
「あう……お、おかあさ……」
「今日はお話してみるんじゃなかったの?」
「ん、ん……んむぅ……」


聞こえる会話が気になって、ウォーリアは足を止める。
隣接する自分の家の門まではあと少しと言う距離だったが、それより隣家の様子が気になった。

振り返ってじっと立ち尽くしていると、門扉が開いて、ロングヘアの女性が如雨露を片手に出て来る。
ブーツカットのジーンズを履いている彼女の傍らに、隠れるようにきゅうっとしがみつく子供の姿があった。


「こんにちは、ウォーリアくん」
「こんにちは」


挨拶をされたので、ウォーリアはぺこりと頭を下げて返事をした。
相変わらず礼儀正しい少年に、女性はにこりと微笑む。
そして女性は、自分の腰元にくっついている子供を見て、もう、と眉尻を下げた。


「ほら、スコール」
「んぅぅ……」
「お話してみたいって言ってたでしょ。はいっ」


ぽん、と母は息子の背を押した。
子供───スコールはいやいやと母の腕に縋ろうとするが、母は優しくも厳しかった。
「お花に水を挙げて来るからね」と言って、彼女は庭を囲う塀を飾る花の方へと行ってしまう。

残された子供は、縋るものをなくした手で、自分の服の裾を目一杯に握っていた。
おろおろと立ち尽くすその様子に、同じく取り残されたような形になっていたウォーリアも、これはどうすれば、と戸惑う。
目を合わせればいつも隠れてしまう子供が、隠れる場所のない所に連れ出されてきたのは、これが初めての事だった。
親が傍にいる時でも、会話らしい会話をした事がなかったので、ウォーリアも尚更、どうして良いのか判らない。

ウォーリアはしばらく考えた末に、取り敢えず、


「……こんにちは、スコール」
「!……こ、……こんにちわ……」


挨拶をしてみると、スコールはびくっと肩を縮こまらせたが、もじもじとしつつもなんとか返事をしてくれた。
泣かせてしまったらどうしようと思ったウォーリアだったが、なんとか其処はクリアしたらしいと、こっそりとほっと安堵する。

しかし、其処から先が続かない。
スコールはすっかり固くなって、足元をじっと見ながら、時々ちらっとウォーリアの方を見る。
小さな口は何かを探すようにもこもことしていたが、中々形のあるものは出て来そうになかった。
ウォーリアは別段短気な性格ではないから、幾らでも彼の次の行動を待つ事が出来たが、


「ん、んむ……あう……」
「……」
「……あう~……おかぁさん~……」


じっと待ち続けるウォーリアに対して、スコールの方は苦しくて仕方がなかったのだろう。
ぐすぐすと母を呼んで泣き出したスコールに、ウォーリアは目を丸くして、慌てて駆け寄る。
鞄に入れていたハンカチを取り出して、それが清潔であることを確認してから、幼子の前にしゃがんで、もう涙でびしょびしょになっている顔を拭いてやった。


「ふえ……えう……ひっく……?」


しゃくり上げていたスコールだったが、目元を何度も優しく振れる感触に気付いて、薄く目を開ける。
其処でようやく、アイスブルーとキトゥン・ブルーが真っ直ぐに重なって、


「ふきゃっ」
「……?」


引っ繰り返ったような声をあげたスコールに、ウォーリアはぱちりと瞬きする。
スコールは自分から出た声に気付いて、慌てた顔で両手で口を覆った。
顔の赤身は泣いてしまった所為もあるのだろうが、目尻の涙はいつの間にか引っ込んでいる。
それでも、大丈夫だろうか、と心配する気持ちからウォーリアがじっと見詰めていると、


「ん、あ、あう……」
「大丈夫か?」
「……おかあさんんー!」


覚束ない様子のスコールに、ウォーリアが努めて小さく潜めた声で訊ねると、スコールは今度こそ母に向かって駆けだした。
逃げるように母の下へ向かったスコールは、今度こそ離れまいとばかりにしっかりとその足にしがみ付く。
息子のその行動に、母レインはやれやれと溜息を吐いて、ウォーリアへと向き直った。


「ごめんね、ウォーリアくん。びっくりさせたでしょう」
「……いえ。此方が怖がらせてしまったんだと思うので、その……」


逃げて行った子供の行動の理由を想像して、嫌な思いをさせたならと謝ろうとしたウォーリアだったが、


「ああ、ううん、違うのよ。ごめんね、そう言う事じゃないの」


先んじてレインにそう言われて、ウォーリアはことんと首を傾げる。
小さな子供が泣いて嫌がるのなら、やはり怖い目に遭っただとか、嫌な思いをしたからではないか。
ウォーリアは彼に何もしてはいないが、醸し出す雰囲気か何かが彼の琴線に触れたなら仕方ない───と言うウォーリアの想像は、どうやら子供の母曰く違うらしい。

レインは後ろに隠れようとするスコールを、もう一度やんわりと背を押して、ウォーリアに向かい合うように立たせる。
スコールは後ろ手で母の腕を捕まえていて、その手を引っ張って隠れようとしていた。


「スコールね、君の事が大好きなの。本当よ」
「……?」
「うん、判らなかったわよね。この子、すぐに隠れてしまうんだもの。自分はあんなに見てるくせにね」
「おかあさん!」


母の言葉を遮るように、スコールが大きな声を出す。
いつも縮こまっているスコールしか見ていなかったウォーリアは、そんな声も出せるのか、と初めて知った。
母はと言うと、息子の様子は見慣れたものと、隠れたがるスコールを好きにさせながら続ける。


「君と初めて会った時から、気になって仕方がなかったみたい。学校が終わったら、君は必ずうちの前を通って家に帰るでしょう。毎日毎日、帰って来る君を見たくて、あそこで待ってたのよ」
「やあ!」
「やーじゃないの。恥ずかしがって自分で言わないからでしょう。ウォルお兄ちゃん、困ってたじゃない」
「んんぅぅ」


言っちゃ駄目、とスコールはレインの口を塞ごうとするが、手強い母は小さな手を捕まえてしまう。
地団駄をする子供は顔を真っ赤にしていて、怒っていると言うより、恥ずかしがっているのがよく判る。

やだやだと一所懸命に首を横に振って抗議していたスコールだが、はっと我に返ると、ウォーリアの方を見た。
ぱっちりと目が合うと、スコールは耳の先まで真っ赤になって、隠れるようにレインの後ろに回り込む。
もう隠しようがなくなった息子の様子に、レインはくすくすと笑いながら、ウォーリアに言った。


「なんでもね、君がとても綺麗だから、ずっと見ていたいんですって」
「……ずっと」
「学校に行く時と、帰って来る時と……夕飯の時もかな。君の家のリビングかな、カーテンが開いてると、二階からちょっと見えるのよ。よそのお家を覗くのは止めなさいって言ってるんだけど……」


ごめんね、と眉尻を下げて詫びるレインに、ウォーリアは首を横に振った。
よく感じる視線はそれだったのか、と得心が行くと、ウォーリアは子供の行動をすんなりと受け入れた。
寧ろ、いつも彼に見られていたのだと思うと、何か変な行動は、がっかりさせるようなことはしていなかったかと、知らず背筋を伸ばす気持ちになる。

母の背に隠れていたスコールが、そろそろと顔を上げる。
あまり外遊びが好きではないのか、彼の肌は頬も腕も白い印象だったが、今日はぽかぽかと火照っている。
蒼の瞳がうるうるとしていたが、その目はちら、ちら、とウォーリアの方を何度も覗いていた。
目を合わるのは恥ずかしいけれど、見ていたい、と言う息子の様子に、レインはチョコレート色の髪を撫でながら、


「スコールは、ウォーリアくんのどこが綺麗だって言ってたっけ」
「んぅ……」
「えーと……髪の色だったかな。きらきらしていて、綺麗だって」
「……ふにゅ……」


レインの言葉は当たりだったようで、スコールは恥ずかしそうに紅い顔を手で隠して俯いてしまう。

ウォーリアの右手が、自身の首元にかかる銀糸に絡まる。
今まで特に気にもしていなかった自分の髪が、小さな子供の興味を引いた。
それが何故だか、無性にくすぐったい気がして、ウォーリアは髪の毛先を緩く握っていた。

そんなウォーリアを、スコールは指の隙間からちらりと見て、


「……んと……」
「うん?」


ぽそりと小さな呟きを聞き逃さなかったのは、レインだ。
なあに、と母が優しい声で訊ねてみると、スコールはそうっと顔を上げ、


「かみも……きれい、だけど……」
「うん」
「……おめめ、も……きらきら、きれいなの、……すき」


そう言って、ウォーリアを映す瞳は、まるで宝石のように大きくて、透き通っている。
前髪が薄いカーテンを引いても、誤魔化す事の出来ない澄んだ輝きが真っ直ぐにウォーリアのそれと交わったのは、これが初めての事だ。

その瞬間、ことん、と何かが自分の中に落ちる音を、ウォーリアは確かに聞いた。





初恋に落ちました。

88の日リクにて、『学生WoLと子スコのほっこり』で書いたのですが、冷静に考えるとWoLの年齢が低過ぎたと気付き(遅)。
これは学生ではなくて児童だ。

でも話は結構気に入っていたので、折角なので。

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