サイト更新には乗らない短いSS置き場

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User: k_ryuto

[ラグスコ]境界の向こう側

  • 2022/08/08 22:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF


行ってらっしゃい、と送り出す幼馴染達は、いつもどんな気持ちでいるのだろう。
穏やかな表情を浮かべる其処に、一体何が隠れているのか、或いは言葉通り、それ以上のものはないのか、スコールには判らない。
だが、恐らくは、其処に後ろ昏い感情などなく、どうにも向き合い方が判らずに戸惑っている幼馴染を、応援する気持ちで背を押しているのだろう。
だから、本当はもっと違う事を思っているんじゃないか、等と考えてしまうのは、スコールの後ろめたさから来る思い込みに過ぎない。

バラムガーデンからエスタへの道程は、魔女戦争の後に譲渡されたラグナロクを使えばあっと言う間だと言う事は判っている。
だが、ラグナロクは人手不足に悩むSeeDにとって、迅速かつ貴重な足だ。
それを休みの日に、完全なプライベートに使うと言うのは、例え指揮官権限などと言うものが赦すとしても、スコール自身が良しとする気になれなかった。
だから、時間も手間も、移動料金も嵩張るものだと判っていても、スコールはエスタへ行く手段を、公共交通に限っているのだ。

とは言え、嘗ての時代のように、大陸横断鉄道で何時間も電車に揺られなくてはならない、と言う事はなくなった。
F.H.の駅長の協力により、まずバラムの街の港から、F.H.が航路で結ばれた。
其処からは十七年ぶりにエスタ大陸へと延びる電車が動き出し───それまでに線路の整備の為に、エスタ大統領とF.H.の人々が随分と努力したそうだ───、これに乗って外国人はエスタ市街へと入ることが出来る。
エスタ同様、長年こちらも鎖国同然の状態であったF.H.であるが、魔女戦争の経緯の中で、バラムガーデンと縁が出来たお陰で、かの島との繋がりを頷いてくれた。
だが、軍との衝突も起きたガルバディアに関しては、まだ受け入れるとは言い難く、現状では航路が繋がっているのはバラム島だけだ。
エスタはガルバディア大陸からの旅行客用に飛空艇も建設中との事だが、直近の魔女戦争ではガルバディア軍が魔女の尖兵として行動していた事もあり、飛空艇が完成しても運用開始は直ぐとはいかないだろうとか。

バラムの港で船に乗り、F.H.まで二時間と少し。
そこから、以前は廃材置き場同然になっていた駅に向かい、嘗てスコールが歩いた橋を電車で渡る。
エスタ大陸に入ったら、電車を降りて、引継ぎ乗り換えとなるリニアカーに乗って、しばらく走ると都市入りだ。
来る度に旅行者らしい姿が増えているのを見て、開国後の様子としては順調なのかも、と言う空気を感じ取る。
となれば彼は忙しい筈だが、「今日の午後からなら大丈夫だから」と言うものだから、スコールはこうして遠い地までやって来ることになった。

都市に入ってリニアカーを降りたら、リフターに乗り、目的地へ。
その途中に正午を迎えたので、ショッピングモールで昼食をテイクアウトして置いた。
ひょっとしたら必要ないかも知れないが、一応、と言う気持ちで、同じメニューを二人前にして買う。
……これで少なくとも、多少の時間を潰す格好は取れるだろう。

途中降りしたリフターに改めて乗り、あとは一路、目的地へ。
三十分としない内にリフターは最寄のポイントに到着し、スコールは真っ直ぐに其処へ───大統領官邸へと向かった。

スコールが大統領官邸を訪れるのは、多い時には月に四回ほどあるのだが、その殆どは仕事の為だ。
SeeDとして、大統領の警護を始めとし、魔物退治に関しても、エスタ国軍が持っているその詳細を確かめる過程で、ミーティングの場所として官邸の一部屋を借りる事もある。
だから大統領官邸で日々過ごす職員たちにとは、すっかり顔見知り状態で、


「いらっしゃい、スコールさん」
「……どうも」
「大統領は奥におられます。キロス執政官たちが出て来られていなければ、まだ執務中かと」
「…そうですか。じゃあ、客間で待ってます」


と、こんなやり取りも気安いものであった。

大統領官邸と言う、仮にも一国の中枢だと言うのに、スコールはほぼ顔パスで行動できる。
会議によく使う場所や、客間はおろか、奥から話が届いていれば、トップの執務室にさえ自由に出入り可能であった。
流石にそれを堂々とやる程スコールも無遠慮ではなかったが、色々と話が進みやすいのは確かで、仕事中はそれに感謝する事も多い。
……ただ、今日のように完全なプライベートで来た時は、どうしても苦いものが奥底に滲むのを誤魔化せなかった。

客間で待つことしばし────一時間にはならなかった頃に、キロスとウォードがやって来た。


「待たせてしまったね。ラグナの手が空いたよ」
「はい」
「奥に行くかい?」
「……じゃあ、そうします」
「ああ。では、私たちはこれで失礼するよ。ついでに少し人払いもして置こうか」


キロスの言葉に、ウォードがそうしよう、と頷いた。
別にそこまでしなくて良いのに、とスコールは思うが、彼らのこの言葉は純然な厚意だ。

スコールが沈黙している間に、「それじゃあ」と言って二人は客間を出て行った。
それから一拍置いて、スコールはテーブルに置いていた昼食の入った紙袋を持って、客間を後にする。
キロスが言った通り、人払いの指示を受けてだろう、一方向に流れて行く人々とは逆の方へ、スコールは一人歩いて行く。
擦れ違いざま、「ごゆっくりどうぞ」と声をかけてくれる職員たちに会釈をして、スコールは官邸の奥へと向かった。

このエスタと言う国の心臓部とも言える、大統領執務室の部屋の周りは、それは静かなものだった。
豪奢と言う訳ではないが、やはり少々細工の請った装飾が成された扉をノックすると、「どーぞー」と少々間延びした声。
疲れているな、と思いながら、スコールがドアを開ければ、


「おう、いらっしゃい」
「……邪魔する」


来訪者を迎えたラグナは、丁度執務机から席を立った所だった。

椅子から離れると、ラグナはぐぐぐ、と腕を頭上に伸ばして背筋の固まりを解す。
やっぱ凝ってるなあ、と肩を揉みながら呟く彼を横目に、スコールは部屋の端にある来客用のソファに座った。
前にあるローテーブルに紙袋を置くと、その音にラグナが此方を見て、


「お、昼飯?」
「……ショッピングモールで買って来たサンドイッチ」
「俺の分、ある?」
「一応」


さんきゅ、と言って、ラグナはスコールと向かい合う位置に座った。

厚みのある具の入ったサンドイッチが三つと、フライドポテトに、ミニサラダ───それが2セット。
セットとなっていたそれらに、飲み物を追加することも出来たのだが、こうして食べ始めるまでの時間が読めなかった事もあって、スコールは買っていなかった。
それを見たラグナが、


「コーヒーにすっか」
「……なんでも良い」


席を立って、部屋の奥にあるミニキッチンに向かう。
その背を見詰めながら、スコールはフライドポテトを一つ、口へと運んだ。

湯が沸くのを待ちながら、コーヒーミルを回しているラグナを見る。
草臥れ気味のワイシャツの裾が、半分ズボンから出ているのを見付けて、相変わらずだと思う。
その無防備で自然体な背中は、スコールにとって見慣れたものだったが、いつしかその背が随分と遠く感じるようになった。


(……いや)


違う、とスコールは独り言ちる。
彼が遠くなったのは確かだが、それ以上に、こうなる前が”近過ぎた”のだ。

魔女戦争を終えた後、スコールとラグナは少しずつ交流を重ねるようになった。
始めはSeeDとエスタ大統領として、警護依頼を引き受ける内に、その指名がスコールに偏るようになった。
依頼料が破格であるから、ガーデン側としてもこれを引き受けない手はなく、都合がつく限りはスコールが派遣されるようになる。
終日警護と言う依頼であるから、共に過ごす時間も長く、ラグナのフランクさにスコールも徐々に慣れ、束の間の雑談も交わすようになった。
それからプライベートで通信を繋げるようになり、スコールが休暇の時には、エスタに招かれるようになる。
ラグナが私邸として使っている家に泊まる事もあって、其処にはスコール専用の部屋まで整えられていた。
一国の大統領が、一介の傭兵にするには、あまりにも手厚すぎる待遇だろう。
だが、ラグナがそんなにもスコールを贔屓させるに当たって、誰が聞いても、驚きはすれども、それならば仕方ない、と言う理由がある。

スコールは、あの日あの時、真っ直ぐに告げられた言葉を思い出す。


『俺達、親子なんだ』


……十七年も放っておいて、今更だ。
記憶に欠片どころか、そんな存在がある可能性なんて思いもしていなかったからスコールにとって、本当に今更の話だった。
だからスコールも、重ねられる交流の中、それを取り巻く一部の人々の反応を見て、その可能性は感じ取りながらも、その事実を確かめようとはしなかった。
周りがそれをどんなに匂わせようと、情報の断片を此方に押し付けてこようと、スコールにとっては今更触れるような話ではなかったし────正直に言えば、意図的に触れまいともしていた。
そうして、“赤の他人”同様から始まった距離感は、いつのまにか酷く密なものになっていた。
人との繋がりを拒否し続け、ようやくその温もりと言うものを受け止められるようになったスコールにとって、彼との近付く距離感は、心地良くも熱を持とうとしていた。

けれど、ラグナの方が口火を切った。
その場には、スコールだけではなく、彼の旧友もいて、あれは恐らく見守られていたのだろうと思う。
これから始まる“父と子”が、少しでも上手く行くように、或いは旧友が新しい一歩を踏み出すのを背を押す為に。
そして、他人の目にその様子を見せる事で、それを選ぶ道に彼自身が退路を断つ為に。

────こぽこぽこぽ、とインスタントコーヒーが注がれる音が聞こえた。
スコールは、カリ、と端の固い食感のポテトに眉根を寄せる。


(……俺の気持ち、知ってた癖に)


歯に力を入れただけで、ポテトは口の中でぽきりと折れた。
あとは顎を動かせば簡単にさくさくと千切れて行き、飲み込んでしまう事が出来る。

このポテトと同じように、あの時突き刺さった決意の痛みも、折ってしまえたら良かった。
色違いで揃えた二つのマグカップにを持って来るラグナを見ながら、そんな事を思う。


「ほい、こっちがお前。ミルクと砂糖も入れといたぞ」
「……ん」


薄茶色の色をした液体を受け取って、口の中へと持って行けば、確かにスコールの好みに調整されている。

始めはブラックコーヒーだったそれが、いつだったかスコールが「本当は苦手なんだ」と言ってから、この部屋に砂糖とミルクが常備されるようになった。
淹れ立てのコーヒーと、揃えて出していたのはいつまでだったか。
いつの間にかラグナは、スコールの好みをしっかりと覚え、手渡す前にそれらを入れてくれるようになった。
そんな些細なことを、多分、何度も繰り返している内に、二人の距離は近付いて行ったのだ。

けれど、ラグナが口火を切ったあの日から、その距離は縮まらなくなった。
目に見えない、けれど判る線引きが、はっきりと引かれたのを、スコールは感じている。


(……大人なんて、ずるい生き物だ。そんなこと、知ってたのに)


ラグナが引いた線を、スコールは一足飛びに越えられなかった。

ただ一方的に、勝手に引かれたものなら、勢い任せで飛べたのかも知れない。
けれど、あの時後ろに旧友達がいた事と、向き合う翠がどこまでも真っ直ぐだったから、スコールはそれを無視できなかった。
金縛りにあったように停止したスコールを、ラグナは“父”として見詰めていた。
そのつい前の日まで、何処か熱のこもった瞳で此方をじっと見ていた癖に。

あの日、ラグナはこうも言った。


『今更だし、お前も十分大きいし。言えば困らせるだろうなとは思ったんだ。だけど、やっぱり言っておかなくちゃって』
『お前は傭兵ってのをやってて、危ないこともよくやるし。うちもこれから頼むだろうし。俺もまあ、まだじいさんになったつもりはないけど、歳は歳だ。こんな立場になっちまってっから、これから色々あるだろうし』
『だから、万が一ってことが起きちまう前に、ちゃんとはっきりさせておこうと思ったんだ』
『それが、俺がきちんとするべき事だろうって』


……そんな話をするだけなら、二人きりですれば良いだろう、と思った。
どうして見守るようにキロスとウォードを傍に置いて、見届け人にさせたのか。

スコールとラグナの交流は、時間にすれば酷く短いものだったが、いつの間にかとても深いものになっていた。
それはラグナのお喋りを始めとした努力の甲斐であるが、同時に、スコールからラグナへ向けた感情も大きな要因となっている。
スコール自身が彼を許容し、受け止め、その懐に入れることをしていなければ、そんな話をする機会もなかった筈だ。

だからきっと、ラグナは判っていた。
話を聞いたスコールが、どんな反応をするかも予想していて、それを封じる為に旧友たちを呼んだ。
他人の目がある所なら、スコールが絶対に引いた線を越えなようとはしないだろう、と。


(俺の気持ちを知って置いて。……違う、知っているから、だからあんな)


あの日の会話ではっきりとされた事柄は、次にエスタに来た時には、もう近しい人達の下に広まっていた。
お陰でスコールから何か言う事はなかったし、色々と都合が付き易くなった利点も多い。
露骨な贔屓に、どうなんだと思わないでもなかったが、それに反発するには、既に外堀が綺麗に整地されていた。

好みの味にしてあるのに、妙に苦い感覚のあるコーヒーを飲みながら、スコールは黙々とサンドイッチを食べて良く。
向かい合って座るラグナは、相変わらず、どうでも良い話を次から次へと綴っていた。


「それで、逃げた犬を捕まえてくれって頼まれて。これがまた元気なヤツでさ」
「……捕まえられたのか」
「最終的にはな。捕まえた時には、噛むような子じゃなかったから、大人しく飼い主の所に戻ってくれたけど、それまでが大変でさ。もう周り巻き込んで大騒ぎ。久しぶりに走り回ったよ。そしたら、次の日には足がパンパンでさぁ」


まるで人に喋らせるつもりがないその会話方法は、時々、此方の反論の類を封殺しようとしているのではないかと思う。
けれど実際の所は、緊張から来るものと、足が攣りそうになるのを堪えているだけだ。

親子であるとはっきりと告げられたあの日から、ラグナのお喋りは一層増えた。
その中身はどれもこれもが他愛のないもので、何気ない雑談以上のものにはならない。
そしてスコールからも、ごく稀にどうでも良い話をする以外は、特別なことは起きなかった。

どうでも良いラグナの話を、聞き流すように聞きながら、スコールの脳裏にあの日の声が蘇る。


『俺達、親子なんだよ』
《だから、それ以上にはならないよ》


口にされた言葉の裏側にあるものこそを、スコールは聞き取った。

あの言葉が、ただ倫理や常識を盾にしたものだったなら良かった。
そう言うものはスコールにとって簡単に無視できるものではなかったが、絶対に守らなければならないものでもない。
単なる子供の我儘だと判っていても、そうするだけの感情が、スコールにはあった。

だが、あの時真っ直ぐに見詰める翠の瞳には、それ以上の感情があった。
この言葉は、決断は、何よりもスコール自身を守る為のものなのだと、逸らされる事のない双眸が告げていた。
愛しいからこそ・・・・・・・突き放すのだと、そしてそれをスコールが読み取れる事を信じて、彼はあの言葉を放ったのだ。


(……馬鹿、って言えたら、良かったのにな)


その一言を、スコールは言えなかった。
人目があったからでもあるし、自分の感情ごと、翠に飲み込まれた気がしたからでもある。

だが何よりも、愛されていたかったのだ。
お前は愛しい存在だからと、言葉なくそう告げられる場所を失いたくなかった。
だからスコールは、暴れ出したくなる心を殺し、この感情は誰にも告げず、墓に持って行く事を決めた。
彼が絶対にその線を越えないと言うのなら、スコールもそれに殉じるしかない。


「昼飯食ったら、どうしようか。ショッピングモール、しばらく行ってないから、ちょっと行きたいんだ」
「……別に、俺は何でも良い」


素っ気なく返すスコールに、そっかそっか、とラグナは言った。
それじゃああそこに行って、次はあそこに行って、と独り言で予定を立てるラグナに、スコールは頭の中で効率的なルートを探すのだった。





『ラグスコで、両片思いで互いの気持ちに気付いていながらも、親子でいることを選んだ二人』のリクエストを頂きました。
絶対に一線を越えない二人とのことで、緊張感とシンパシーだけ共有してる感じ。

ラグナはラグナで悩んだし、スコールからの気持ちに甘える狡さもあったけど、それじゃ駄目だと思った訳ですね。
親子である事は勿論、何処かにでもすっぱ抜かれれば、どっちもが致命的な事になり得る。
自分はともかくスコールの将来を潰すのは絶対に避けたかったし、同時にスコールを自分一人に執着させるのも良くないんじゃないか、とか。
ちょっと詳しく深堀してみたい。

[ウォルスコ]小さな約束

  • 2022/08/08 21:55
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF


ウォーリアが学校帰りに立ち寄るスーパーは、その周辺で暮らす人々にとって、生活の要的存在であった。
最寄であること、生鮮食品は勿論のこと、二階フロアには生活雑貨と被服も少し扱っており、ちょっとした買い物なら此処で一通り済ませる事が出来る。
その為、其処で買い物をしていると、近所住まいの人々とばったり会う、と言う事も少なくなかった。

今日もウォーリアはそのスーパーで夕飯を買う為に訪れて、知り合いと偶然の邂逅を果たす。
が、その“知り合い”が一人で買い物をしていると言うのは、初めて見る光景だった。


「スコール」
「あ、ウォルお兄ちゃん」


ウォーリアが声をかけたのは、小学一年生の男の子だ。
男の子───スコールは、ブレザー姿のウォーリアを見付けると、ぱぁっと明るい表情を浮かべた。
その手には小さな体には少々嵩張るであろう、このスーパーの買い物カゴを持っている。

ウォーリアは辺りを見回して、スコールといつも一緒にいる筈の母親の姿を探した。
しかし、先ず遠く離れる事はしないだろう───何せスコールの方がいつも離れないから───母親らしき人は、何処を見回しても見付からない。


「親御さんはどうした?一人なのか?」
「うん」


母か、或いは父か、どちらかと一緒にいるとばかり思っていたウォーリアに、スコールは思いも寄らない返事をした。
一人で此処に来たのか、と普段は両親の陰に隠れるようにくっついている姿を見ているだけに、ウォーリアは驚きも一入に目を丸くする。

ウォーリアが驚いていることは判ったが、その理由は判らないのだろう、スコールはきょとんと首を傾げる。
そのタイミングで、揺れたカゴの中でポリ袋に入ったジャガイモがころりと転がった。
転がる野菜の振動が伝わって、スコールはカゴを落とさないようにと持ち直し、


「あのね、お使いなの。お母さんに頼まれたんだよ」
「ああ───そうか。それは、偉いな」


説明するスコールの表情は、いつになく爛々として興奮気味だ。
恐らくは初めての一人きりでのお使いに、緊張もありつつも、頑張ろうとやる気になっているのだろう。

お使いメモもあるんだよ、とカゴを持つ手に一緒にしていた小さなメモ帳を見せるスコール。
見せて貰うと、確かに彼の母親のものであろう、すっきりとした綺麗な字で、必要な食材の名前が書いてある。
スコールはメモの上から順番に品物を探しているようで、次はニンジンを探さなくちゃ、と歩き出す。
ウォーリアは自分の買い物カゴを取ると、幼子の背中をゆっくりと追って行った。

ニンジン、トマトをカゴに入れたスコールは、次に豚肉のコーナーに向かう。
部位と切り方で沢山の種類がある豚肉パックを見て、ええと、ええと、とスコールはきょろきょろと棚を見回している。
どれを買えば良いのか判らない様子に、ウォーリアは隣に屈んで、


「スコール。メモには、何と書いてある?」
「えっと……ぶたにくのきりおとし、だって」
「では、これだな」


商品の詳細はバーコードつきでシールが貼られているが、まだスコールには読めない漢字だ。
代わりにウォーリアが商品を見付け、目当ての物を手に取り、スコールに渡す。

恐らく、買い物を頼んだ母としては、判らないことは店員に───と言う思惑も少しばかりあったのだろう。
人見知りが激しいスコールにとっては高いハードルではあるが、だからこそ一つ乗り越えて欲しい、とも。
それを思うと、ウォーリアの助け舟は少々余計なお世話かも知れないとは思ったが、偶然会ったのだから此処は目を瞑って貰おう。
そんな事を思ってしまう位には、ウォーリアはこの子供の事を気にかけていた。

スコールがパンコーナーで選んでいる間に、ウォーリアは傍にある総菜の棚から、夕食にするものを選んだ。
其処からスコールの下に戻るついでに、牛乳パックも取って置く。

スコールがメモにあるものを一通り手に入れられたのを確認して、二人は揃ってレジへ向かった。
スコールが先に会計を済ませ、ウォーリアは彼の支払いが終わるのをじっくりと待つ。
小銭を落としたスコールが焦るのを宥めつつ、拾うのを手伝って、なんとか無事にスコールの買い物は終わった。
袋詰めをしているスコールを横目に見守りつつ、ウォーリアも自身の買い物を済ませる。

最低限のものだけを買ったウォーリアに比べ、スコールの買い物袋は大きく膨らんでいた。


「大丈夫か、スコール。随分と重そうだ」
「だいじょうぶ!」


辛いのならば代わりに、と申し出ようとしたウォーリアだったが、スコールはきっぱりと言った。
うんしょ、と両手で袋を抱える様子は重みを感じさせるものだが、小さな子供は最後まで頑張ろうとしている。
これを取り上げるのは水を差す事になるだろうと、ウォーリアも出しかけた手を引き上げさせた。

重い荷物を持っているので、子供の足も自然と重くなる。
ウォーリアはその歩調に合わせ、ゆっくりとした帰路を歩いていた。


「一人でお使いが出来るとは、スコールは偉いな」
「えへへ」


ウォーリアの言葉に、スコールは頬を赤くしながら、嬉しそうに笑う。
いつも母の後ろをついて歩いている子供にとって、一人きりでの買い物は、きっと不安もあったに違いない。
だが、今のスコールは、それをやり遂げたと言う満足感と自信に満ち溢れていた。

スコールは抱えた袋を落とさないように持ち直しながら、高い位置にあるウォーリアを見上げて言った。


「お兄ちゃんもすごいね。毎日一人でお買い物してるんでしょ?」
「ああ」


ウォーリアは高校生であるが、一人暮らしをしている。
元々、身寄りのない孤児であったウォーリアは、今のスコールと同じ年の頃に養母に引き取られ、それからは彼女の下で育てられた。
そして高校生一年生になる時、受かった高校への毎日の通学路のことを考えて、一人暮らしを提案したのだ。
養母は心配もしていたが、貴方ならきっと大丈夫でしょう、と送り出してくれた。
その信頼を裏切らない為にも、ウォーリアは日々の生活を恙なく、無理なく、勉学と共に両立させる事を目標としている。

スコールとウォーリアが出逢ったのは、ウォーリアが独り暮らしに選んだアパートが、彼の家と近かった事が理由だ。
ウォーリアのアパートと、スコールの家とは、道を挟んで向かい合う位置に建っている。
ゴミステーションも共有の場所で、最寄スーパーも勿論同じであるから、折々に顔を合わせる機会に恵まれた。
そうして些細な交流を重ねる内に、人見知りが激しいスコールもウォーリアに対してすっかり慣れ、顔を見ると「ウォルお兄ちゃん」と呼んで駆け寄ってくれる程に懐いてくれた。

このような環境であるから、スコールもウォーリアが独り暮らしである事を知っている。
それがスコールにとって、ウォーリアへの憧れを強めるものとなっていた。


「お兄ちゃん、お買い物するのも、おうちにいるのも、一人なんでしょ」
「そうなるな」
「お休みなさいするのも、一人なんだよね」
「ああ」


ウォーリアの下に、同居人の類はいない。
アパートに住む際の規約もそれに殉じるものであったし、あの手狭な広さでは、二人でも中々窮屈になるに違いない。

だが、スコールにとって部屋の広さと言うものは問題ではなく、“一人”でいる事が先ず考えられないことだった。


「すごいなぁ……ウォルお兄ちゃん、おとななんだ」
「……大人、とは?」


年齢で言えばまだ成人もしていないウォーリアにとって、スコールの言葉は少し不思議なものだった。
どういう意味かと訊ねてみると、スコールは拗ねるようにも見える表情で唇を尖らせ、


「だって、おとなは一人でも寂しくないんでしょ?」
「それは────どうだろうか。確かに、私は寂しいとはあまり感じたことはないが……」
「やっぱりおとななんだ。僕、一人でご飯食べるの、おいしくないからイヤだもん」


お父さんとお母さんと一緒が良い、と呟くスコールに、ウォーリアは子供らしいと小さく笑みを漏らす。


「それにね、僕ね……一人でおやすみなさいできないの」
「そうなのか」
「うん……オバケが来たらどうしようって思ったら、こわくって。サイファーは、そんなのいるわけないって言うけど、でも……もしかしたら、いるかも知れないでしょ」


スコールがそう考える原点は何なのか、ウォーリアにはよく判らない。
だが、夏の心霊番組だとか、子供向けアニメでもオバケを取り上げる事はあるし、感受性豊かな子供の想像の始まりは、きっと何処にでもあるのだろう。
それをきっぱり否定する友達───よく名前を聞くので、恐らく友達───への羨ましさはあるものの、それも根拠のないものであるから、若しかしたら、をスコールはついつい考えて怖くなってしまう。

スコールの片手が買い物袋から離れて、ウォーリアの手に重なる。
オバケへの恐怖心を思い出したのか、きゅうと縋るように握る手を、ウォーリアはやんわりと握り返してやった。


「……サイファーがね。僕もいつかは一人で寝なきゃいけないんだぞって言うの。おとなは一人で暮らせるようにならなきゃいけないんだからって。それでね、サイファーはね、もう一人でおやすみなさいできるんだって」
「そうか。それは、強い子だな」
「……んぅ……」


よくは知らないが、それでもスコールと同じ年頃で、もう一人寝が出来るのなら、大したものだ。
そんな素直な気持ちをウォーリアが口にすれば、スコールはまた唇を尖らせた。


「……ウォルお兄ちゃん」
「なんだ?」
「……ウォルお兄ちゃんも、僕も一人で寝れるようにならないと、ダメって思う?」


スコールの問いに、ウォーリアはしばし考える。
自立心を養うと言う意味では、確かに一人寝が出来るかは重要な事であるし、いつまでも親に寄り添って貰っていなくてはいけない、と言う訳にもいかないだろう。
しかし、見上げる蒼灰色の瞳は、信頼できる大人からの寄り添いを待っているように見えた。

スコールは賢い子供で、幼いなりに周りのことがよく見えている。
父母に対しては目一杯に甘えているが、それでも空気を読んでいるようで、いつでも我儘を言うことはなく、タイミングを測っているように見える事も少なくなかった。
だから恐らく、周りの大人が“本当は何を思っているのか”をスコールは感じ取っている。
けれど、それでも今はまだ甘えたいと言う子供らしい気持ちもあって、信頼できる”おとな”からの反応を願っているのだろう。


「確かに、一人で眠れるようになるのは大事なことだろう。大人になると、そう言う事も増える筈だから」
「やっぱり……?」


ウォーリアの言葉に、蒼の瞳が不安そうに揺れる。
今はまだできない一人寝に、どうしても不安が募る様子の幼子に、ウォーリアは出来るだけ安心させられるように努めて続けた。


「だが、大人でも一人で眠るのが苦手だという人はいる」
「……そうなの?」


驚いた表情で尋ねるスコールに、ウォーリアは頷いた。

実際にそうった人がウォーリアの身近にいるではなかったが、それは今は問題ではない。
早く一人で眠れるようにならないと、と焦っている子供を安心させてやるのが大切なのだ。

スコールはぱちぱちと瞬きを繰り返した後、また俯いて、もじもじとしながら言った。


「じゃあ、僕、一人でおやすみなさいできなくても、大丈夫……?」
「ああ」
「でも、一人暮らし、できるようにならないとでしょ?お父さんとお母さんがいなくても、平気にって」


それなら一人で眠れるようにならないと、とスコールは言った。
其処には、一人暮らしをしているウォーリアのような“おとな”に対する憧れが混じっている。
不安が多くて今は出来なくても、いつかは───と願う気持ちは、スコール自身にもあるのだ。

ふむ、とウォーリアはしばし考え、


「では、スコールがもしも親御さんのもとを離れる時が来たら……その時、まだ一人で眠るのが怖いようなら、私と一緒に暮らしてみるのはどうだろう」
「え?ウォルお兄ちゃんと?」


ウォーリアの提案に、スコールは真ん丸な目を大きく開いた。
そんなこと良いの、と確かめるように見上げる少年に、ウォーリアは頷いてやる。


「親御さんから離れる時、誰もがすぐに一人きりから始める訳ではない。誰かと一緒に暮らす所から始める人もいる」
「誰かと一緒?……お兄ちゃんと一緒でも良いの?」
「ああ。勿論、君のお父さんとお母さんと、スコール、君自身が良いと言ってくれるなら」
「そんなの、全然、良いもん!」


駄目なんて言わない、とスコールは大きな声で言った。
よく知っているウォーリアの下なら、きっと両親も駄目だなんて言わない、と心からの確信を持って。


「でも、良いの?ウォルお兄ちゃんは、一人でおやすみできるんでしょ?」
「そうだな。だが、時には誰かと一緒に過ごしたい、と思う事もある。その時、スコールがいてくれたら、私は嬉しい」


その言葉を聞いて、スコールはぱちぱちと瞬きをした後、ふわぁ、と笑った。
ふくふくとした頬を赤らめ、照れたように頭を揺らす様子に、ウォーリアもくすりと唇が緩む。


「えへへ。じゃあ、お兄ちゃんと一緒に暮らすようになったら、僕が毎日ご飯作ってあげるね」
「スコールの手料理か」
「うん。僕ね、お母さんがご飯作るの、お手伝いしてるんだよ。お野菜、きれいに洗ってるんだ。ジャガイモの皮むきもできるよ」
「それは頼もしい」


一緒に暮らせるようになるのが楽しみだと、そう言ってやれば、スコールも大きく頷いた。

今はスコールが6歳、ウォーリアが高校生だ。
若しもスコールが早い独り立ちとして、高校生になる頃に親元を離れるとしても、その時にはウォーリアは社会人として暮らしているだろう。
となれば、日々の諸費用はウォーリアが工面する事になる。
その傍ら、スコールが食事作りを担当してくれるとなれば、その食卓は一人暮らしの今とは違う、温もりのあるものになるのではないだろうか。

とは言え、スコールが親元を離れるなんてことは、まだまだ先の話に違いない。
彼が高校生になる頃には、一人寝も慣れているだろうし、ウォーリアと交わしたこんな会話も、果たして覚えているかどうか。
忘れられていても無理はなく、そもそも、今はこうして繋いでいる手も、次第にもっと身近な友人のことを優先するようになるだろう。


(だが、今は────)


いつか離れるのだとしても、今はこうして、小さな手を握っていたい。
嬉しそうに何度も握り返してくる手の感触を記憶しながら、ウォーリアは家路をゆっくりと歩くのだった。

────それから十年の後、その遣り取りが現実になる日が来るとは、この時のウォーリアが知る由もない。





『学生WoLと子スコのほっこり』のリクエストを頂きました。

知らず知らずに未来の約束をしていくWoLと子スコです。
年齢が離れているので、WoL自身はこの時点では親戚の子供を相手にしている気持ちだと思う。スコールの方が憧れ多めでWoLのことが大好き。
成長して行くに従って、スコールは素直な気持ちを表面い出せなくなるけど、心の底に子供の頃にWoLと話したことを覚えていて、結構それを頼りにして行くんだと思います。そして同棲に至る。

[8親子]あめふり、かみなり、あまやどり

  • 2022/08/08 21:50
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF


今日はお買い物よろしくね、と母から財布を渡されて、スコールはわくわくどきどきと言った様子だった。

長男のレオンは、母レインに代わって買い物を任されている事が多い。
中学生と言う年齢もあって、元々のしっかり者ぶりも板について、母と共に買い出しの手伝いに行くことは勿論、学校帰りに急ぎの買い物を頼まれることも少なくなかった。
そう言う経験値を積んでいるので、父母から見ても、長男になら心配なく任せられる、と言う安心感が大きかった。

真ん中のエルオーネはと言うと、そろそろ小学五年生で、レオンの手伝いとして買い物に着いて行く事も増えている。
その際、ちょっとしたご褒美をねだる辺りは、兄とは別の意味でしっかり者と言うべきか。
年下達に甘い兄は、仕方ないなと苦笑しつつ、お菓子を一つだけ、ご褒美として買い与えていた。
とは言え毎回のことではなくて、この間は買っただろう、とか、帰ったらおやつがあるよ、とか、諫めることも忘れないようにしている。
また、レオンの授業が遅くなり、彼の帰宅が遅い時には、兄に代わって母との買い物に行く事も少なくないから、彼女もそこそこの経験値を積んでいると言って良いだろう。
友達と一緒に外で遊ぶことも多く、握り締めたお小遣いでジュースを買う事もあるので、買い物と言う行為そのものは慣れている方だ。

さて、末っ子のスコールだが、彼は小学生になったばかりである。
幼稚園の頃から、母の買い物に着いて行く事は儘あったが、大抵は母について歩くばかりだ。
兄や姉が一緒なら、手を引かれて目当ての品を探しに行ったり、お菓子を取りに行ったりもするのだが、基本的に彼は一人で行動することを嫌がる。
彼が行動するには、安心できる人が一緒にいる事が大前提となっているのだ。

今日は、そんなスコールをリーダーに、子供たちだけで買い物にチャレンジする事になった。

リーダーにするなら、長男のレオンが一番安心できる所なのだが、何故だか母は其処に末っ子を指名した。
なんでスコールなんだろう、と姉は首をかしげていたが、レオンはなんとなく感じ取る。
母なりに、スコールにもう一歩、自力で前に進む力を身に着けて欲しいのだ。
どうしても家族の陰に隠れてしまい勝ちな末っ子だが、時には自分で物事を決めたり、誰かを引っ張って行く事も必要になる。
また、自分の力で遣り切る事が出来た、と言う成功体験を積ませる為にも、彼自身が色々なことを考えて決める事ができるようにと、“リーダー”と言う役割を与えたのではないだろうか。

かくして母の願いが甘えん坊の末っ子に届いたかは判らないが、彼は戸惑いつつも、今日の買い物をしっかりとやり遂げた。
其処には、一緒に買い物に出かけた兄姉の献身的なサポートがあった事も忘れてはならない。
いつも母の後ろをついて歩くばかりだったスコールに、手を繋ぎながら、向かうスーパーがどこの道を通れば行けるのか、到着してからも目当ての商品は何処の棚にあるのかなど、スコールにさり気無く促す。
あっちだよ、と引っ張っていくのは簡単な事だったが、今回のリーダーはスコールなのだ。
スコールが何処に行くのか、いつも歩いていた道はどんな景色だったかを思い出しながら、自分で決めて進むのが大事だった。
当然、買い物はそこそこの時間がかかったが、それでもスコールは無事に買い物メモに記された全ての品を集める事が出来た。

そして最後の関門であるレジに向かい、レオンが持っていた買い物カゴをカウンターに置く。
ピ、ピ、ピ、とバーコードの読み込みが進む中、スコールは背負っていたリュックサックから、母から預かった財布を取り出していた。


「───1549円です」
「えっと、えぇっと……」


スコールは財布を開けて、千円札を一枚取り出した。
これだけでは足りない筈だから、小銭入れを開けて、小さな手でコインを探る。


「ごひゃくえん、と、えっと……」
「スコール、あと50円でも良いんだよ」
「じゃあ……んと、んしょ、」


エルオーネのアドバイスを受けて、スコールは500円玉を一枚、50円玉を一枚取り出す。
高い位置にあるトレイにスコールは背が届かなかったので、レオンが受け取って其処に置いた。
レジカウンターの女性が、お釣りの1円とレシートを持って、スコールと目を合わせる。


「お釣りとレシートのお返しです。ありがとうね」


差し出されたそれを、スコールは頬を赤くしながら受け取った。
いつも母がしていた事が、自分にもできた、と言うのが嬉しかったのだろう。

支払いの終わった商品を、3つの買い物袋に分けて、それぞれが持つ。
重い物はレオン、嵩張るけれど軽いものはスコール、一番軽いお菓子類が入った袋がエルオーネだ。
普段はスコールとエルオーネが逆になる所だが、今回はまず、スコールが「リーダーなんだから、僕が重いの持つ!」と言った。
が、実際に持ってみると、重さでよたよたとしか歩けない上、転んでしまいそうなので流石に兄姉が見兼ねたのである。
代わりに「卵が入ってるから、気を付けて運んで欲しいんだ」と、卵の入った袋をスコールに持たせた。
これでスコールの責任感も果たしつつ、無理なく帰れる荷物担当が決まったのであった。

スコールは袋に入った卵を割ってしまわないように、出来るだけ持つ手を揺らさないように意識しながら歩いている。
ちらちらと卵の様子を確認しながら歩くものだから、度々前方不注意になるので、エルオーネがそれに声をかけながら、前を見て歩くようにと促した。
レオンは車や自転車が来るのを随時確認して、それらが接近する度に、妹弟に注意を促す。

───と、普段の帰路を思えば、これもまたゆっくりと進んでいた所為だろうか。
のんびりとした足取りの三人の頭上を、ごろごろと重い音を立てる雲が、あっという間に埋め尽くし、ぽつっと一粒。


「あ」
「あめ」


来るだろうなと言うレオンの予想に違わず、空は突然に泣き出した。
それも初めの一粒から幾らも時間を置かない内に、ざわざあと激しくなって行く。


「わっ、わぁっ!」
「うそ!」
「そこの公園に行こう、隠れる所がある!」


おろおろと焦るスコールとエルオーネに、レオンは近く見えていた児童公園を指差した。
そこは小さなものではあるが、ゾウの形をした、中に入れるオブジェ遊具がある。
子供たちはそれぞれの荷物を腕に抱えて、一目散に其処へ駆け込んだ。

三人がオブジェの下に滑り込んで直ぐ、雨は更に強くなり、煙って遠くが見通せない程に酷くなった。
エルオーネがポケットに入れていたハンカチを取り出し、濡れたスコールの顔を拭いてやる。


「大丈夫だった?スコール」
「んむぅ……」
「エル、お前もちゃんと拭いておくんだぞ」
「うん」


エルオーネはスコールの顔や腕を拭き終えると、自分の顔をごしごしと拭いた。
レオンは低い天井に腰を曲げながら、小さな穴からどんよりと暗くなった空を見上げる。


「こんな雨が降るなんて。にわか雨だと思うけど……」
「直ぐに止むかな?」
「どうかな……」


止んで欲しいとエルオーネの言葉からは感じられるものの、レオンが肌身で感じる限り、風がない。
小さな隠れ家の中に雨が吹き込んでこないのは幸いだったが、頭上の雲が流れてくれる気がしなかった。


「……しょうがない。止むまで此処で待っていよう」
「でもお買い物、お母さんが待ってるよ」
「うん。でも、こんな雨の中を傘も差さずに帰ったら、風邪を引いてしまうからな。前が見えない位だから、危ないし」


リーダーとして、早く帰らないと、と意気込むスコールの言葉に、レオンはやんわりと言って宥める。
スコールは兄の言葉にむぅと唇を尖らせつつも、水浸しになって行く公園を見て、ゾウの下から出て行こうとはしなかった。

雨はざあざあと降り続け、レオンが心配した通り、雨雲はいつまでも居座っている。
それだけでなく、益々空は重く暗くなり、雨雲はいつの間にか真っ黒なものに変化していた。
あの色は───とレオンがひしひしとその気配を感じていると、思った通り、ゴロゴロゴロ、と言う音が鳴り始める。


「ふえ」
「やだ、雷だ」


スコールがひしっと姉にしがみつき、エルオーネも近付く雷神の気配を悟る。
エルオーネは「やだなぁ」と呟きながら、抱き着く弟の頭を撫でてあやしているが、カッ!と大きな光が走った瞬間、


「きゃ!」
「ふぁ!」


妹弟が揃って悲鳴を上げて、雷から隠れるようにお互いを抱き合う。

フラッシュのような光から数拍遅れて、ゴロゴロ、と言う音がまた鳴った。
レオンは着ていた上着を脱いで、二人の頭を隠すように羽織らせてやる。


「大丈夫か?二人とも」
「おにいちゃ……」
「レオン~……」


幼いスコールは勿論、エルオーネもまだまだ雷が怖いのだ。
エルオーネは音くらいなら平気ではあるのだが、外にいる状況で、光まで近く届くこの状況では、弟同様に怯えてしまうのも無理はない。

公園の周りはマンションが囲むように並ぶ団地になっている。
高さのある建物も多いし、こっちに落ちて来る事はないと思うけど、とレオンは思うが、それで雷への怖さがなくなる訳でもない。
早く家に帰れば良かったな、せめて折りたたみ傘でもあれば───と思っていると、レオンのポケットの中で携帯電話が着信音を鳴らしていた。


「母さんだ」
「お母さん!」


レオンの言葉に、スコールが助けを求めるように母を呼ぶ。
それを頭を撫でて落ち着かせながら、レオンは通話ボタンを押した。


「もしもし、母さん?」
『レオン?今どこ?大丈夫?』
「ああ、うん。今、公園で雨宿りしてる。スコールとエルもいるよ」


心配する母の声に、レオンは努めて落ち着いた声で、状況を説明した。
雨が降り出して直ぐ、公園に入って、雨宿りをしていること。
まだ当分雨は止みそうになく、雷も鳴っているので、妹弟が不安がっていること。
母も概ね予想はしていたのだろう、それでもともかく無事でいてくれた事には安心したようで、ほっと息を吐くのが聞こえた後、


『こんなに酷い雨が降るなんて』
「俺もびっくりした。天気予報じゃ聞いてなかったし」
『そうね。ともかく、さっきお父さんが帰ったから、迎えに行って貰うわね。どこの公園にいるの?』
「ゾウの滑り台がある所」
『うん、判ったわ。迎えが来るまで、そこから動いちゃ駄目よ』
「判った」


直ぐに行くからね、と言う母に返事をした後、通話は切れた。
レオンは、じいっと見詰める妹弟の方を見返して、


「父さんが迎えに来てくれる。もうしばらく、此処で待っていよう」
「おとうさん?きてくれるの?」


雷ですっかり気持ちが萎縮してしまって、スコールは涙を浮かべながら訪ねた。
レオンが頷いてやると、うーうーと泣きながら抱き着いて来る。
エルオーネも、レオンが貸した上着を頭に羽織りながら、チカチカと雷が光る外界を不安そうに見詰め、


「ここ、判るかなあ……」
「大丈夫だ。ちゃんと場所は伝えてあるから」
「……うん」


早く来て欲しいな、と呟くエルオーネ。

レオンはスコールを腕に抱きながら、エルオーネへと手を差し伸べた。
それを見たエルオーネは、少し恥ずかしそうにしながらも、安心できる場所を求めて兄の下へと身を寄せる。
スコールは出来るだけ雷の音が遠くなるように、きゅうきゅうと兄と姉に身を寄せ、顔を埋めようとしていた。

しばらく過ごしていると、雨の音は一番激しかった頃に比べると静かになった。
とは言え、オブジェの出入口になる小さな穴から見える外界は、まだまだ雨が降り続いている。
俄雨ならすぐに過ぎてくれると思ったのだが、こんなにも長雨になるとは。
あの激しい雨の中を無理に帰ろうとしなかったのは、レオンにとって正しい選択であったが、こう長く雨宿りするのなら、こんな小さな場所でなくても良かったな、と思う。
ゾウのオブジェは小さな子供が上ったり潜ったりと遊ぶ為のものなので、それ程大きくはない。
お陰で背が伸び盛りにあるレオンにとっては狭く、妹弟たちにとっては暗くて不安になる場所に違いない。
スーパーに戻っても良かったなあ、と今更ながら思っていた時だ。

ぱしゃぱしゃ、と水溜りの跳ねる音が聞こえて、レオンは頭を上げる。
どっちから聞こえただろう、ときょろきょろと辺りを見回していると、


「いたいた。皆、大丈夫か?」


オブジェの小さな入り口を覗き込んでいる、片手に開いた傘、片手に子供用の傘を二本持ったスーツ姿の男性が一人。
見間違える筈がない、父親が迎えに来てくれた事に、レオンの表情から安堵が滲んだ。


「父さん」
「おう、レオン。スコール、エル、大丈夫か?」


目を合わせた長男ににかっと笑いかけて、ラグナは縮こまっている二人にも声をかける。
はっとエルオーネが顔を上げて、スコールも恐々と目を開けると、飛び込んできた父親の姿に、青の瞳がくしゃっと歪む。


「おとうさぁーん!」
「おっと」


弾けたように駆け寄って抱き着いた末っ子を、ラグナはしっかりと受け止める。
兄と姉が一緒でも、雷も暗がりも怖かったのだろう、安心したこともあって、スコールは堰を切ったようにわんわんと泣き出した。
ラグナはその背中をぽんぽんと叩いて宥めつつ、


「レオン、ちょっとこの傘持って」
「うん」
「エル、大丈夫か?立てる?」
「うん……、だいじょうぶ」


エルオーネは、すん、と鼻を啜りつつ、気丈に振る舞って見せる。
泣きじゃくる弟の代わりに、安堵から涙が出そうになるのを堪える娘に、ラグナは腕を伸ばして、天使の輪のある黒髪をくしゃくしゃと撫でた。

ラグナは開いていた傘をレオンに預けると、腕に引っ掛けていた子供用の傘を一つ開いた。
そして抱き着いて離れないスコールを片腕で抱き上げつつ、もう一本の子供用の傘───花の柄が描かれたエルオーネの傘を持ち主に差し出す。


「あっちに車があるから、そこまで二人は、歩けるか?」


無理はしなくて良いぞ、と言うラグナに、レオンとエルオーネは頷いた。

エルオーネが花柄の傘を開き、レオンは父のそれを借りて、ゾウの下からようやく出る。
買い物袋の底に少し砂がついていたが、皆がそれぞれ庇って逃げ込んだお陰で、中身は無事だった。
スコールが心配した卵も一つも割れずに済んでいる。

公園の傍に置いていた車に乗り込んで、はふう、と子供たちは息を吐く。
ゴロゴロと未だに鳴る雷も、あのゾウの下にいた時に比べて随分と遠く感じられて、スコールもエルオーネも怖がらなかった。
そんな二人の様子に、助手席に座ったレオンがほっと胸を撫で下ろしていると、大きな手がくしゃりと濃茶色の髪を撫ぜた。
驚いて運転席を見れば、シートベルトを締めた父が、にっかりと歯を見せて笑う。


「お前も、よく頑張ったな」


父の言葉に、レオンの頬に微かに赤いものが差す。
兄として当然のこと───そう思ってはいても、頑張ったのだと褒められると、どうにもくすぐったくて心地良い。

ラグナは息子がシートベルトを締めるのを確認し、後ろで目を擦っている子供たちをミラー越しに見ながら、


「それじゃあ、早くうちに帰って、母さんを安心させてやろっか」


そう言って、ラグナは車を発進させた。

酷い雨の中、買い物に行ったまま、帰って来ない子供たち。
心配堪らず電話をかけてきた時に声を、レオンははっきりと覚えていた。
あの電話のお陰で、レオンは勿論安心したし、父が迎えに来てくれると聞いて、スコールとエルオーネも落ち着いて待つことが出来た。
スコールのお使いチャレンジは、思わぬ形で試練に襲われたが、ともあれ無事に役目を果たせたと言って良いのではないだろうか。

後は、子供たちが無事に家に帰り着く事が出来れば、母もやっと安心することだろう。





お使い中に雨宿りの子供たち。急な雨に大慌て。
お買い物は無事に終わったのに、それ所じゃない試練に襲われて、でもなんとか頑張った子供たちでした。

子供用のオブジェ遊具の中に隠れるのは、成長期のレオンにとってはちょっと辛かっただろうなと思いつつ。一番に隠れられる場所が其処だったので、妹弟を優先して逃げ込み込ました。

[ラグレオ]その言葉は魔法

  • 2022/08/08 21:45
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF
オフ本[エモーショナル・シンドローム]のその後の二人。





レオンがラグナの下に来て、その息子とも共に生活をするようになってから、数ヵ月。
その間、環境の変化や、人に対して必要以上に気を遣うレオンの事を慮って、ラグナは出張などの長い時間家を空けることを避けていた。
自分がいなくても、出来た息子がいるとは言え、学生と言うのは存外と忙しい身である。
また、レオンとスコールはそれぞれが踏み込まない境界線を作っているようで───レオンは生まれ持った環境により、スコールも元々そう言う距離感を保つ性質であるから───、其処にラグナが緩衝材になる事で程好く中和されていた所があった。
それを急に二人きりにさせると言うのは、やはり色々と心配の種が尽きないものだったので、レオンが落ち着くまで、極力そういう事を避けてきたのだ。

しかし、ラグナはそれなりに立場のある身だから、彼でなくては話が進まない、と言う案件も儘ある。
取引の内容、そこで顔をあわせる人の立場にも合わせ、ラグナが出張らなくては対等な話が出来ない、と言う事も。
それでもしばらくはリモート会議と言う手法を取ったりしていたのだが、取引相手が海外の人間となると、場所によっては時差やインフララインの関係もあってリモートが聊か難しいと言うのも避けられない。

そんな訳で、ラグナは久しぶりの海外出張に行く事になった。
飛行機で往復にそれぞれ一日を費やすので、打ち合わせに要する時間を含めると、最低でも三日はかかる。
出掛ける間際まで、ラグナはレオンのことを大層心配していたし、スコールにも「大丈夫か?知らない奴来たら、配達っぽくても、すぐに玄関開けちゃ駄目だぞ」と言っていた。
彼にしてみれば、息子もレオンも、小さな子供を心配するのとそう変わらないのかも知れない。
スコールはともかく、自分はもう大人なのに───と苦笑していたら、隣でスコールが「レオンはともかく、俺は問題ない」ときっぱり言ってくれたものだから、レオンは今度こそ噴き出してしまった。

そんな遣り取りの後、ラグナはスコールに追い出される格好で、やっと出発した。
それが今から、三日前のこと。

今日の午後には、ラグナが帰国する。
フライト時間は、問題がなければ正午には到着する便だと聞いているが、生憎此方は午前中の天候があまり宜しくなかった。
出発する方でもすんなりと飛び立ってはくれないような天気が覗けていて、これは多少の遅れはあるだろう、と読める。
ともあれ、無事に帰ってきてくれればそれで良いと、レオンとスコールはいつも通りの朝迎える。

今日は平日であるから、学生であるスコールは学校がある。
レオンは普段と違い、一人分だけを作った弁当を、玄関前でスコールに手渡した。


「ほら、今日の昼飯」
「ん。……午後にはラグナが帰るだろうけど、あんたも別に気にしないで、自由にしていて良いんだからな」
「ああ、そうするよ。行ってらっしゃい」
「……行ってきます」


見送るレオンに、スコールも返事をして、玄関を潜って行った。

スコールの言葉は、無理にラグナの出迎えをしなくて良い、と言う事だろう。
飛行機の到着が多少なり前後するであろう事を考えると、ラグナが何時に家に帰って来るのかはどうしても読み切れない。
それを気にして、家にいないと、と無理に考えなくて良いのだと、スコールからの気遣いだ。


(でも、やっぱり……出迎えはしたいかな)


スコールの言葉は有り難いものだったが、それはそれとして、レオンの気持ちとしてラグナが帰って来る所を迎えたい。
こう言う事は、一人暮らしの時には当然ながら浮かびえない感覚だったので、それが少し新鮮だった。

となると、午前中に済ませておいた方が良い事は幾らもある。
先ずは朝食に使った食器と調理器具を片付け、食洗器の乾燥のスイッチを入れる。
次に、昨晩のうちに洗って置いた洗濯物を干しておき、バスルームの掃除を始めた。
風呂の掃除は定期的に行っているのだが、今日はラグナが帰って来るし、折角だから一番風呂に入って貰いたいので、少し念入りにやって置く。
これは案外と重労働なので疲れるものなのだが、今日は不思議と体が軽く、レオンは鼻歌でも歌いそうな気持の軽さでこれを終えた。

濡れた手脚をタオルで拭き、それを手洗いして洗濯物の群れの中に加えながら、


(浮かれているな、俺)


そんな自覚をしながらも、レオンは決してそれを厭いはしなかった。

風呂掃除で汗を掻いたので、水分補給に浄水を飲みながら、冷蔵庫を開けてみる。
レオンもスコールもそれ程食べるタイプではないのもあって、この三日間は買い物に行く必要なく過ごしていた。
しかし、ラグナが帰って来る事は勿論、流石に冷蔵庫の中身そのものが物寂しくなっているのもあって、今日は買い出しに行かねばなるまい。

昼食を簡単に済ませる目的も追加して、レオンは財布を片手に早速家を出た。
空は少し重く、若しかしたら雨も降りそうだったが、レオンの足取りは軽い。
頭の中は今日の夕飯をどんなメニューにするかと言う事で一杯だった。


(揚げ物はラグナさんは喜んでくれるけど、そんなに多くは食べられないと言っていたし、スコールもそんなに箸が進む訳ではないんだよな。ティーダがいるなら別なんだが。それより、出張先あっちの味が濃くてクセがあるって言ってたから、ヘルシー路線でいつもの食事にした方が良いか)


通い慣れたスーパーに入って、レオンは先ずは野菜を買い物カゴの中に入れていく。
三日から四日は使うものを一気に揃えるので、野菜だけでカゴの半分は埋まるのが常だ。
それから、主菜になるものも肉、魚と、ついでに焼きそばを近いうちに作ろうと、その麺も買って置く。
牛乳がなくなりそうだった、とこれもカゴに詰め、近くに並んでいたヨーグルトも入れた。
パンはあまり食べる機会はなかったが、あればレオンの昼食として簡単なので、三つほど。
そして、最近ラグナが嵌っていると言っていたシリーズのデザートを、一つずつ。

必要なものを一通揃えたことを確認してから、ああ忘れていた、とレオンは総菜コーナーへ向かう。
今日の昼はこれで済ませるつもりだったのに、他のもので頭が一杯になっていた。
サラダは作り置きが後少し、昼にレオン一人が食べる分は残っていた筈なので、おかずになるコロッケを買う事にする。

重い買い物袋を抱えながらの家路は、面倒と言えば面倒で、こう言う時には車があった方が良いんだろうな、と思う。
一応、レオンはその免許も持っているのだが、環境柄車を持っていなかったので、すっかりペーパードライバーだ。
何より車は持ってしまうと維持費がかかるし、現在、ラグナの下で同居させて貰っている身としては、それをねだるなんてとんでもない。
歩いて帰れない距離ではないのだし、良くて自転車を提案する位だろうが、それだってレオンは言う気はなかった。


(……歩くと言うのも、悪くはないし。こんな時位しか、外に出ていないしな)


今のレオンにとって、何処其処に出掛けると言うよりも、家にいる事が心地良い。
ずっと、他人の家に間借りさせて貰っている、と言う気持ちから緊張感が抜けなかったのだが、最近ようやく、そんな風に感じる事が出来るようになった。
あの家に住む事が決まった時、「此処はお前の家なんだから」と言ったラグナの言葉が、すんなりと心の中に溶けてきたような気がするのだ。

ついでに、元々レオンは出不精でもあったし、暇潰しと言えば読書と料理くらいのものだった。
だから、一見すると缶詰するように屋内に閉じこもった生活でも、今の所、特に不便も不満もないのである。

家に着いたレオンは、買い物袋の中身を片付けた後、手早く自分の昼を済ませた。
ちらりと時計を見ると正午は過ぎており、飛行機が定刻通りに飛んでいれば、今頃ラグナは母国の空港に着いている頃だ。
とは言え、空港から自宅まではまた時間がかかるので、早くてもあと一時間以上はかかるだろう。

昼食を終えたレオンは、エプロンをつけ、日課になった台所仕事に就く。


(ラグナさんが帰って来るから、好きなものを用意しよう。卵焼きと、ハンバーグと、スープはコンソメにして……サラダは食べ切ったから、また作らないとな。葉物を多くしておくか)


刻んだ根菜類を電気圧力鍋に入れる。
これは最近、あると便利そうだよな、とスコールと電気量販店のチラシを見ていた所、ラグナが買ってくれたものだ。
これのお陰で鍋を気にする時間が減り、火の通りにくい野菜の時短も出来るようになったので、非常に助かっている。

まだ昼を過ぎた頃なのに、今から夕飯の準備なんて急がなくても、と思わないでもない。
けれども、下準備くらいはしていても良いだろうし、何より、何もせずじっとしているのがレオンは苦手なのだ。
あれをして、これをして、と考えている方が、心の奥底から理由もなく湧き上がってくる不安と向き合わなくて済む。


(でも、やっぱり時間は大分余りそうだから……パイでも作ろうかな。ああでも、デザートは買って来たんだったか)


流石に食べるものが増えすぎるのはちょっと───とその後の消費スピードを考えて、思い直す。
とは言え、洗濯物はまだ乾き切っていないだろうし、掃除は日々熟しているので、家の中は綺麗なものだ。

肉ダネの空気を抜きながら丸めつつ、どうしようかな、と考える。
着々と手を動かしているので、サラダもすぐに出来たし、スープも後少し煮込んで味が染み込めば十分だろう。
卵焼きは食べる直前に作れば良いし、今日やるべき事は終わってしまった気もする。

形成まで終えたハンバーグをラップで包み、密封袋に入れて、冷蔵庫に入れておく。
スープにかけていた火も止めると、いよいよレオンの手は空いた。


「ふう……」


一つ息を吐いて、レオンはエプロンの紐を解く。
リビングダイニングの椅子に座って、ちらりと時計を見ると、時刻は午後三時。
まだ帰って来る様子のない一家の主に、やっぱり飛行機は遅れたんだな、と思いつつ、


(……ラグナさん)


脳裏に浮かぶ人懐こい顔を、もう三日も見ていない。
この家で父子と一緒に暮らすようになって、毎日のように見ているのに、たかが三日で───と言われそうだが、それでもレオンにとっては寂しいものだった。

何もすることがなくなったものだから、時間の進みが一気に遅くなったように感じる。
スコールはそろそろ最後の授業が始まっている頃だろうか。
彼が帰って来るのと、ラグナが帰って来るのを、さてどちらが早いか、微妙な所だ。


「………」


カチ、カチ、カチ、と時計の針の小さな音がくっきりと聞こえる。
一人暮らしをしていた頃は、特に気にするでもなかったその時間を、今の生活では随分と気になる瞬間が増えた。
どうしてなんて言うまでもない、ラグナがいればいつも賑やかで、時計の音なんて気にならないのに、彼がいないと言うだけで、この空間は酷く静かで広いのだ。

ラグナが仕事へ、スコールが学校へ行けば、無職の立場に甘んじているレオンは、この家で専ら一人である。
それもこの数ヵ月で慣れてきたものだったが、それでも半日経てば、スコールは勿論、ラグナも帰って来ていた。


(三日間いないだけで、こんなに……)


さみしい、と心の底から聞こえる自分の声に、レオンはひっそりと呆れる。

一人で過ごすことなんて、ずっと当たり前だったのに、この数ヵ月の間に、その感覚をすっかり忘れていた。
その感覚は時間を追うごとに強くなって行き、早く帰ってきてほしい、と我儘を言いそうになる。
出張は仕事なのだから仕方がないし、息子であるスコールが平静としているのに、良い年である大人の自分がそんな子供のようなことを考えるのもどうか。
だが、生まれて初めて恋心を抱いた人の存在は、レオンにとって大きな比重になっていて、早く顔を見たいと願わずにいられない。

レオンの脳裏に、いつかのホテルで、じっとラグナの帰りを待っていた時の事が蘇る。
全ての想いをぶちまけた後、それを受け入れてくれたラグナを、レオンは夢の出来事のように感じていた。
夢ではない筈だけれど、どうにも自分の身に起こった事が信じられなくて、レオンは早く、仕事に出ていたラグナに帰って来て欲しいと思っていた。
彼の顔をもう一度見たら、本当にあれは夢ではなかったのだと、ようやく思える筈だったから。

今のレオンに、あの頃程の強烈な不安はない。
此処はラグナの家だから、此処で待っていれば、彼は必ず帰って来るのだと確信がある。


(……でも、何かあったらって、思ってしまうのは……どうしようもないな……)


事故でも、事件でも、そう言う可能性をレオンは常に考えてしまう。
ラグナには何よりも元気で過ごしていて欲しいから、此処にいつものように帰ってきてほしいから。
願うからこそ、過ぎってしまう昏い想像は、レオンが幼い頃から自分を護る為に培ってきた方法だった。
それに対して実際に防衛策を取る事で、レオンは自分の心を、崩壊寸前の状態から保ち続けてきたのである。

しかしレオンは、その不安を払拭する方法を知らない。
降りかかる不幸を受け止め、底を外して零し続ける事しか出来なかった彼にはまだ、他者から差し伸べる手が必要なのだ。
それを齎してくれたのが、他でもない、ラグナだった。

───カチャン、と玄関のロックが外れる音がする。
ぼんやりとしていたレオンの意識は、それによって一気に現実へと引き戻されて、


「ただいまー!レオン、帰ったぞー!」


お土産あるぞ、と言う朗らかな声は、レオンが待ち望んでいたものだ。
すぐに立ち上がって玄関へ向かえば、眩しい位の笑顔がレオンを迎えてくれた。
それに俄かに滲む視界を堪えながら、


「お帰りなさい、ラグナさん」


帰宅を喜ぶその言葉は、形以上に、レオンにとって大きな意味を持っている。
誰かの帰りを待ち望み、その願いが叶うことが、こんなに嬉しいことなのだと、レオンはようやく知ったのだ。





[エモーショナル・シンドローム]のラグレオです。

この設定のレオンは、どうしてもラグナに対しての依存が強いのです。
あまりに寄り掛かったら迷惑になると自制しなくちゃと思ってもいるけど、そもそもが自制の塊で自縄自縛していた反動もあって、ふとした時の不安が凄い勢いで走り出す。
でも段々とこう言う出来事を繰り返して、ラグナが帰って来るのを不安にならずに待っていられるようになるんじゃないですかね。大分時間はかかるけど。

この話のスコールは、年齢こそレオンより下ですが、環境柄あまり捻くれずに育つことが出来たので、精神的にはレオンより落ち着いている感じ。
なので、スコールはスコールで、一緒に暮らすようになったレオンに対して、疑似的に弟の面倒を見ているような感覚はあるかも知れない。

[ラグスコ]その匂いを確かめて

  • 2022/08/08 21:40
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF


スコールにしろラグナにしろ、忙しい身である。
共に経緯としては半ばいつの間にか祀り上げられたものであったが、その立場は組織の或いは国のトップと言うもの。
おいそれと放り出せるものではなく、後進を見付けようにも簡単な話でもなく、ずるずると───ラグナに至っては17年も───その席を埋め続けている。

一応、どちらもある程度の自由は効くが、それもやはり“ある程度”と言うもの。
魔女戦争の終結以降、“月の涙”の影響もあって、SeeDには日夜沢山の依頼が舞い込んでおり、慢性的な人手不足が続いている。
スコールを始めとした主力メンバーが出張る事も多く、お陰でSeeDは指揮官不在と言う場面にも慣れたものだが、とは言え元々の母数がそれ程大きい訳ではないから、人材の不足は簡単に解消できない。
事務的な書類も溜まり勝ちになっていて、スコールは外に出ていない場合は、専らそれに缶詰になっている。
それ位の事をしないと、仕事が後から後から山のように蓄積されてしまうのだ。
ラグナの方はと言うと、エスタの国の組織作りからして、大統領自らが出なくてはならない場面と言うのは少なかった。
ただし、それも開国するまでの事で、魔女戦争終結後、外国に向かって様々な情報発信を行う傍ら、国のトップとしての外遊と言うものも始まり、此方は此方で忙しい。
勿論、内政を放置する訳もいかないから、補助は多くいるとは言っても、やはり大統領の捺印が必要と言う事柄は少なくなく、内にも外にも見るものが多くて大変な毎日を送っている。

そんな二人が面と向かって逢える機会と言うのは、先ずそう簡単には持てないものだった。
なんとかラグナが休みを確保しても、スコールの方が任務に出ていたり、スコールが休んでいる時には、ラグナが外交に出向いていたり。
スケジュールの擦り合わせがそう簡単に上手くいく筈もなく、擦れ違いの日々が続いている。
ラグナの移動の隙間だったり、寝る直前にメッセージを留守番電話に残したり、慰めと言うにも細やかな糸で繋ぎ止めるのが精一杯だった。

だから、お互いの休みが綺麗に被るなんて、奇跡のようなものだ。
それを聞いたラグナが、喜色一杯にして、それを告げたスコールが映るモニターに齧りつく位には。


『マジ?本当?』
「……ああ。このまま、緊急の案件でも入らなければ、だけど」


糠喜びに終わってしまう可能性はいつだって否めなくて、スコールは防御線を張るようにそう言った。
そうなれば休み自体が返上されてしまうと言うのは、ラグナも判ってはいる事だったが、その前にやはり偶然の一致は素直に嬉しいものだった。


『そうなったら、それはしょうがないって。でも、今のまんまなら、本当にゆっくり話が出来るんだろ?』
「……ああ」
『そっかそっか。じゃあ、その日はどうしようか。俺がそっちに行こうか』
「いや……俺がエスタに行く。その方がまだ面倒は少ないだろ」


休みとは言え、一国の大統領が自国から気軽に出て良い訳もない。
其処にはせめて護衛なりお目付け役がいるだろうから、二人きりでゆっくり、と言う時間には出来まい。
裏技的には、其処にスコールを指名して大統領警護の依頼を出しても良いが、それではスコールは仕事モードになるのが関の山であった。
“休み”であるからこそ過ごせる時間と言うものがあるのだから、ラグナは其処には拘りたかった。
だからスコールの言葉には素直に頷いて、


『判った。それじゃあ、その日はエアステーションに迎えに行くからな』
「……ん」


別に要らない、と言うのはスコールにとって簡単な事ではあったが、ラグナが迎えに行く事を楽しみにしているのなら、それも良いと思う。
水を差すような言葉は引っ込めて、スコールもすんなりと頷くのだった。



魔女戦争の後、その最も功労者たるSeeD引いてはバラムガーデンに対し、エスタからラグナロクが譲渡されている。
この世界で最も科学に秀でた国から、最新鋭とも言える、飛空艇を丸ごと渡されたのだ。
他国からすればオーバーテクノロジーにも等しい、宇宙船ともなるその艇は、現在多忙なSeeDの重要な足として重宝されている。
しかし、ラグナロク本体のメンテナンス等は、バラムガーデン単独では手に余るものだった。
この為、定期的にその機体はエスタのエアステーションへと預けられ、各部の調整修繕を行っている。

今回、運良くそのタイミングとスコールの休みとが重なった。
加えて、スコールは休暇をエスタで過ごす予定であったから、「ついでに行き帰りに使ってくれれば、手間が省けるわ」と言うキスティスの提案も後押しとなって、スコールは世界最速の飛空艇を使ってエスタへと到着した。

紅い機体が故郷とも言える国へと降りると、スコールは自身の入国と、機体を預ける為の諸々の手続きを済ませ、ようやくエアステーションの外に出ることが出来た。
短い空の旅は一人だったので気儘なものではあったが、閉じ篭った空間で過ごした後に吸う外の空気と言うのは、なんとなく旨い気がするものである。
ついでに、移動中はずっと座席に座って本を読んでいたので、背中や肩が凝っている。
それを軽く背伸びをして解していると、


「スコール!」


呼ぶ声のした方を振り向いてみれば、相変わらずラフな格好をした、一国の大統領の姿がある。

こっちだこっちだ、と手を振るラグナを、道行く人々は気に留めたり、いつも通りと流していたり。
後者はエスタの国民で、前者は最近この国でも姿が見られるようになった、他国からの観光客だろう。
そっくりさんじゃない、と観光客が囁いているのは無理もないが、あれは紛う事なき本物だ。
傍にキロスとウォードがついている事が、それを証左と示している。

スコールは荷物とガンブレードケースを持って、手を振る男───ラグナの下へ向かう。


「いらっしゃい!いやー、久しぶりだなあ、お前の顔見るの」
「……顔は三日前にも見ただろう」
「そりゃ通信越しの話だろ。ナマで見るのは二ヵ月ぶりだよ」


そう言ってラグナはスコールの頬を両手て包み、ふにふにと揉む。
スコールが顔を顰めてそれを払えば、ラグナは判り易く拗ねた表情をして見せる。


「つれねえなあ」
「車で来たんですか」


唇を尖らせるラグナを無視して、キロスとウォードに訊ねた。
キロスは頷き、あっちだよ、と駐車場の方を指差す。


「観光でもして行くかい?昼は済ませてしまったかな」
「いや、まだ。でも別に何処に行くと言う気分でもないから……」
「じゃあ家で良いか?」


スコールの言葉に、ラグナがころりと表情を変えて言った。
別に構わない、とスコールが頷くと、ラグナはじゃあ行こう行こうとスコールの背中を押す。

外食をする気分でもないが、とは言え時間からして腹は空いていた。
ウォードの運転で走る車は、途中でショッピングモールに入り、キロスがファストフードで適当なものを注文して運んできた。
スコールは急いで食べるつもりはなかったのだが、ラグナが「温かいうちが良いだろ!」と早速バーガーの包装を取ったので、釣られて食べる事になる。
食べている間も相変わらずラグナはよく喋るので、スコールはそれをBGM代わりに食事を進める。
以前は、少しは静かにしていられないのか、と思う事も多かったラグナのお喋りが、今は当たり前にあるものだと感じるようになっているから、不思議なものだ。
偶には静かにしていて欲しいと思うのは、相変わらず、偶に思う事ではあるが。

まるで毎日驚きの出来事が起きているかのように、なんでも喋りたがるラグナのお陰で、車中の時間はあまり退屈には感じなかった。
都市の中心地から離れた所に誂えられたラグナの私邸に着く頃には、食事もすっかり終わっている。

大統領の私宅なら、色々とセキュリティが頑丈な一軒家を想像し勝ちであるが、ラグナの家はこぢんまりとしている。
もっと大きいか、或いは立派である方が、その立場には相応しいのではないかと思うが、何せ其処で暮らしているのはラグナ一人だ。
雇いの警備員やハウスキーパーはいるが、彼等は家に直接寝泊まりはせず、敷地内に備えられている、所謂社宅と言うものに待機住まいをしているそうだ。
だからラグナは実質的に独り暮らしと言う状態だから、それであんまり大きな家では余り過ぎて寂しくなる、だとか。

その家の前に到着して、スコールとラグナは車を降りた。
では三日後に、とキロスが言い、スコールがぺこりと頭を下げると、ウォードはにこりと笑って車を再び発進させた。
遠くなる車にラグナが手を振って、門柱の角にその車体が隠れたのを確認してから、ズボンのポケットからカードキーを取り出す。


「部屋は前と同じ所、綺麗にしてあるから」
「……ん」


ラグナが玄関を開けて、スコールは荷物を持って敷居を跨いだ。
向かう部屋は、以前にもスコールが宿泊に使わせて貰った所だ。


「もうあそこ、お前の部屋にしちゃっても良いなあ」
「…そこまでしなくて良いだろ。月に一度だって来ない事の方が多いんだから」
「でも、専用の場所を作って置けば、お前もこっちに来易くもなるだろ?」


そう言いながら、ラグナは此処だ此処だと言って、ドアを開ける。
確かにそこは二ヵ月前にもスコールが泊まらせて貰った部屋で、あの時と全く変わりなく、ベッドシーツも綺麗に整えられた状態で使用者の到着を待っていた。

取り敢えずソファの足元に荷物を置いて、一息吐こうとスコールが思った時だった。
両手が空になったそのタイミングで、ぐい、と体が引っ張られる。
完全に油断していたスコールは、力の作用のままに連れていかれ、ラグナの腕に閉じ込めるように抱き締められていた。


「ちょっと、ラグナ……!」
「んー」
「!匂いを嗅ぐな!」


首筋に埋められた鼻先が、すん、と其処を嗅ぐくすぐったさを感じて、スコールは顔を真っ赤にした。
離れろ、とラグナの額を掴んでぐいぐいと押すが、ラグナは抱き締める腕の力を緩めない。
それ所か、ちゅう、と首筋を吸われるのを感じて、スコールは思わずビクッと肩を震わせてしまった。


「ラグナ……っ」
「うん」
「聞いてるなら離れろ!」
「うーん。それは、なあ。勿体無くてさ」


ラグナの言葉に、一体何がだ、とスコールが睨むと、翠の瞳がちらりとスコールの顔を見て、


「だって二ヵ月ぶりなんだぜ。お前に逢うの」
「それは判ってる。だからっていきなり……」
「これでも我慢してたんだぞ。あいつらも一緒にいたからさ」


あいつら────勿論、エアステーションから此処まで送ってくれた、旧友たちの事だろう。
彼等の目があったから、そうでなくとも人目の付くところではスコールが絶対に嫌がるだろうから、いつもの過剰気味なスキンシップは努めて堪えた。
しかし、彼等とも別れ、完全なプライベート空間に入った今、もうラグナが遠慮をする理由はない。

ラグナが先ほど吸ったばかりの場所に、温かいものが宛がわれる。
這うようにゆっくりと滑って行く感触で、それがラグナの舌だとスコールも直ぐに理解した。
ぞくぞくとしたものが首の後ろから背中を降りていって、堪らなくなって身を捩る。


「う、ん……っ!」
「……お前、きっと久しぶりの休みだろ?俺より働き者だもんな」


腹を抱くように回されていたラグナの手が、するすると滑って、スコールの腹を撫でる。
その手がシャツの下に侵入している事に気付き、スコールはその腕を掴んで咎めるが、耳元にかかる吐息は既に熱を持っていた。
若くてその熱を覚えたばかりのスコールの体は、容易く伝染するように熱を孕み始めて行く。
は、とスコールが押し殺し損ねた吐息を吐き出せば、ラグナは甘く耳朶に噛み付いた。


「んんっ」
「本当はさ。ゆっくり休ませてやりたいとは思ってるんだけど」
「ん……、だったら……あ……っ」
「……ごめんな。その前に、やっぱり俺が、お前を感じたくなっちゃって」
「……っ」


そんな風に囁かれたら、スコールにはもう何も言えない。

二ヵ月もの間、匂いも感じる事が出来ない画面越しでしか、話が出来なかったのだ。
体温の心地良さを知ったばかりの少年にとって、それは淋しさを思い出すには十分な時間。
そうしてようやく叶った逢瀬に、相手の全てを感じたいと思うのは、無理もなく。

スコールはきゅうと唇を噤んだが、それは程なく解けて、そろそろと蒼の宝玉が背後の男を見遣る。
白い筈の頬を沸騰しそうな程に赤くしている少年の姿に、ラグナは愛しさを詰め込んでキスをした。





偶にしか逢えないもんだから、逢ったら我慢できなくなるラグスコ。
ラグナが毎回こうだと、スコールもそれを覚えてそうなって行くんだろうねって言う。
人前では素っ気なくしたり、ラグナの方が甘え倒しているように見えて、二人きりだとラグナの誘導もありつつスコールも染められているととても楽しい。

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