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User: k_ryuto

[セフィレオ]それは果たして過ちか

  • 2022/07/08 21:05
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF


目覚めと同時に、鈍い頭痛を感じて、ああ二日酔いなのだと直ぐに気付いた。
昨晩は遅くまで飲んでいて、それ自体も先ずレオンにとっては稀な話だったのだが、加えて相手が気の知れた相手だった事も、また珍しい話だったと言えるだろう。
そもそもレオンが滅多に深酒をしないし、外で飲んだのなら尚更で、大抵は酔いが回る前に切り上げるようにしている。
その方が翌日に支障も出ないし、飲み相手の手を煩わせる事もないからだ。
しかし、気分が良ければやはり杯も進むもので、相手が彼ならとついつい気も緩んだ。
翌日の仕事が休みと言うこともあり、明日を気にする必要がないとなれば、やはりレオンも酒の誘惑には抗えず───結果、この頭痛と相成った訳だ。

重い瞼を擦りながら目を開けると、知らない天井が見えた。
ほぼ真四角で、それほど視界を動かさなくても一杯に見える辺り、ビジネスホテルであろうか。
シンプルで飾り気のない天井には、これもまたシンプルなLED電球が四つあるだけで、見様にによっては殺風景に見えるのかも知れない。
傍らには小さな滑り出しの窓があり、カーテンも引かれていたが、隙間から僅かに陽光が差し込んでいた。
光がそれ程強くない事から、まだ朝の時間としては早いのだろう、恐らく。

取り敢えず、正確な時間を確認しようと、レオンは時間を確認できるものを探した。
首だけを緩く回して、何処かに時計か携帯電話がないかと思っていた時、直ぐ傍らに、眩い程のプラチナブロンドが流れているのを見付けて、


「……────??!」


がばっ、とレオンは起き上がった。

自慢にもならないが、レオンの寝起きは悪い方だ。
仕事となれば覚醒用のスイッチが入るので、早め早めにアラームをセットする事も含め、浅い眠りからすんなりと浮上する程度の寝起きを得ることは出来るが、休みであれば話は別だ。
普段、そうやって仕事用の意識を徹底している所為か、休みの朝はそうして不足した睡眠を取り戻すように、覚醒までのエンジンが遅い。
どちらかと言えば低血圧気味だから、朝は余り急激な運動は控え、朝食を採るまでたっぷりと時間を採りながら行動する方だ。

そんなレオンであったが、今朝ばかりは違った。
ロケットスターターを踏んだように跳ね起きたレオンは、傍らにあるものを見て、更に目を見開く。
加えて、自分がすっかり裸である事に気付き、益々混乱が深まる。


(は?……何……え?)


古代の時代、とある国では床に広がる程の長い黒髪を持っている事が持て囃され、緑の黒髪と言う言葉が生まれた。
その黒髪は水が流れるように滑らかで、真っ直ぐ艶やかである事がより良いと言われ、それ故か、古文書に綴られた女性たちの多くは、そう言った言葉が似合うように描かれている。
現代では髪型は随分と自由になり、かくあれと言うようなイメージは、逆に個人の自由を奪っていると反論する声もあるのだが、それはそれとして、テレビCMでも度々見かけるように、しっとりと流れる長い髪と言うのは、やはり人々の羨望を集めるものであった。

その流れるように長い艶やかな髪が、今レオンの傍らに寝ている。
色は黒とは真逆の銀色であるが、その色であるが故に、黒よりも柔く光を反射させ、きらきらと眩く輝いている。
一本一本は酷く細い線のようで、それが幾重にも束になり、絡む事なく一本ずつが流れに沿っていく様子は、多くの女性の憧れを集める事だろう。

背中側からそれを見たレオンは、一瞬、酔った勢いで知らない女と寝たのかと思ったが、


(……セフィ、ロス?)


女でも早々見ないであろう、長く艶やかな銀髪の隙間から、しっかりとした背筋が覗いている。
均等に鍛えられ引き締まった筋肉は、フィットネスかボディビルでもしていれば別だろうが、女性のものとは明らかに違う。
時折身動ぎするその肩も、幅も、やはり男のものであった。

レオンの知り合いで、銀髪を持っている男と言えば、一人しかいない。
昨晩、一緒に飲みに出かけた、同僚のセフィロスただ一人だ。
一体どういう訳だとレオンが混乱するのは当然であったが、


(どうして、……ええと……あ……終電を逃して、一緒に泊まったのか?)


それなら納得がいく、とレオンはふと落ち着きを取り戻す。

昨日は珍しくセフィロスの誘いで飲みに行く事になり、良い店を見付けたと言う彼に任せていた。
案内された店は、ひっそりとした場所にあった隠れ家的なバーで、確かにレオンものんびりと過ごす事が出来たし、美味い酒にもあり付けた。
積もる話があったと言う程ではないが、会社の愚痴なり、案件の相談なり、レオンの家族の関する話なりと、意外と話題は尽きず、その間にそれなりに酒も飲んだ。
其処までは辛うじて思い出したレオンだが、やはり飲んだ量があった所為か、いつ店を出たのか、帰り路をどうしたのかは全く出て来ない。
現状として考えられるのは、終電を逃し、店の場所からしてタクシーで帰るのも聊か遠いだとか、レオンが潰れた事で近場のホテルで泊まることをセフィロスが選んだと言う所か。

それで納得がいく事は幾らもあるのだが、いやしかし、


(………なんで……裸なんだ?)


ベッドが一つしかない小さな部屋だと言う事は、空いている部屋が其処しかなかったのだろうと思う。
そこそこ体格の良い男が二人で並んでも全く窮屈に感じないと言う事は、ダブルかセミダブルだろうか。
それもまた、部屋が選べなかった上、意識の飛んだ酔っ払いを抱えて別のホテルを探す面倒を思えば、理解できる。

だが、どうして二人とも裸なのだろう。
裸で同衾しているなんて、まるで何かあったみたいじゃないか、とレオンがまさかと思った時だ。


(……何か……いや……それは……)


じん、とした感覚がレオンの体に滲んで来て、その違和感の部位を覚ってしまう。
それこそまさかと思うのだが、ではこの感覚の正体と由来は一体何なのかと問われれば、答えに詰まる。
正確な答えを知らないレオンは想像するしかないのだが、ともかく“そう言うものではないか”と思ってしまう位には、答えが一つしか浮かばなかった。


(酔って……吐いた?服の上にぶちまけたとか。それなら、脱がすのは、当たり前で……)


覚えはないが、ひょっとしたら吐いたのかも知れない。
酔っ払いが衝動で襲ってくる吐き気にできる対応など知れたもので、我慢できずに衣服を犠牲にするのはある事だ。
その際、飲み相手の服まで駄目にしてしまうと言う事も、残念ながら、起き得る事である。
そうなれば、服は脱がされ、着替えさせるまでは面倒にされて、裸のままベッドに放り込まれるのも理解できる。
だがレオンの方はそれで良いとして、どうしてセフィロスまで裸で寝ているのか。
眠る時には裸身でなくては落ち着かないと言う人はいるから、そう言うことだろうか、と当て嵌まる理由を探すように惑乱していると、ゆっくりと銀色が起き上がり、


「……ああ。起きたか」


ゆっくりと振り返った美丈夫は、不思議な虹彩を宿した翠にレオンを認め、そう言った。
普段の様子と全く変わらないその冷静振りに、レオンが反対に言葉を失っていると、形の良い指がゆっくりとレオンの頬へと伸ばされる。
寝癖のついた髪を指先で愛でるように滑らせた後、その手はレオンの耳の裏側を柔らかく圧した。


「辛くはないか。それなりに配慮はしたつもりだが」
「……え」


セフィロスの言葉に、レオンは意味が読み取れずに混乱する。
どういう意味だ、と問う事さえも忘れ、ただただ目の前の銀色美人を見詰めてフリーズしている間に、セフィロスはレオンの肩を抱き寄せた。
突然の力の作用に、これまたレオンが目を丸くしていると、セフィロスの手はレオンの腰の後ろに添えられる。


「痛むならこの辺りだと思うが」
「ちょ……セフィロス、待ってくれ」


止めるレオンの声などどこ吹く風と、セフィロスはレオンの肩口から背中を覗き込んでいる。
腰に添えられた手が、酷くやんわりとそこを撫でるものだから、レオンは俄かに妙な感覚に襲われた。
待ってくれ、ともう一度訴えるが、セフィロスは酷く真剣な顔でレオンの背中を見下ろしている。


「……見ただけでは分からんな」
「な、何を見ているんだ」
「後は……ああ、一番無理をしたのは此処だと思うが、どうだ?」


そう言ってセフィロスは、レオンの臀部をするりと撫でた。
労わっているのか、揶揄っているのか、よく判らないその仕種に、レオンは咄嗟にセフィロスの腕から逃げる。

後ずさって距離を取ったレオンは、掛布団を蹴り飛ばしていた。
布団はベッドの端に放られ、男二人がすっかり裸になっているのが露わになる。
案の定、レオンもセフィロスも、下着すら履かずに全くの裸であったことが明らかになり、どうして───とレオンが更なる混乱で言葉を喪うと、


「……覚えていないか。まあ、仕方がないとは言え、残念だな」
「な……」
「俺としてもそれなりに腹を括った話をしたつもりだったんだが」
「は……!?」


セフィロスは一体何をしているのか。
一体何を言っているのか。
昨晩、自分達は一体何をどうしたと言うのか。

幾つも浮かぶ疑問を、レオンは目の前の男にぶつけるべき言葉も探せずに、ただただ硬直する。
その傍ら、先も感じた躰の違和感が、じんじんとした信号を持って主張し始める。
まるで、答えはこれだと言わんばかりの感覚に、まさかそんな事はと、理性と常識と言う理屈がレオンを雁字搦めにしていた。

蒼くなって赤くなって、見当たらない記憶を必死に探るレオンに、セフィロスは肩膝を立て、其処に頬杖をつきながら、緩く笑みを浮かべて見せる。


「まあ、俺も昨日は多少なり酒が回っていたからな。その所為で口が滑ったようなものだったが、お前の方から構わないと言ってくれたのは、嬉しかった」
「……俺の方、から?」
「お陰で俺も変に張り切っていたかも知れないな。だが、離そうとしなかったのはお前だったし」
「……俺、が……」
「ああ。初めての事だから無理はさせたくなかったんだが、随分と情熱的に強請ってくれるものだから、俺も止められなかった」


何を、何が、とセフィロスははっきりとその単語を口にはしていない。
しかし、何をしたのか、何があったのか、それをレオンに匂わせ理解させるには、十分な言葉が使われていた。
ただそれを確定的にさせないのは、レオンの昨夜の記憶がない、と言う点のみ。
それ以外は、レオン自身がずっと感じている体の感覚も含めて、それが事実であると告げているようなものだった。

きしり、と小さくベッドのスプリングが音を立てる。
ベッドの隅に逃げていたレオンの下に、セフィロスはいつの間にか近付いていて、あの恐ろしく整った顔がレオンの目の前に迫っていた。
同僚として見慣れている筈だったその貌に、触れそうな程に近い距離で見詰められ、俄かにレオンの心臓が走り出す。
妙に距離感の近い所のある男だから、そんな距離に詰められるのはレオンにとって決して初めての事ではない筈なのに、まるで体が“何か”を覚えたかのように、じんじんとした熱が腹の奥で疼き出した。

吐息が届きそうな距離で、セフィロスはゆるりと笑って言った。


「お前が酒に弱いことを、もっと考えておくべきだったな。覚えていないのなら、それは仕方がない」
「……セフィ、ロス……っ」
「だが、それならもう一度、確かめてみるまでだ」


セフィロスの指がレオンの顎を捉え、まるで逃げるなと言うように、綺麗な顔へと向かされる。
幾人もの異性を虜にし、同性の嫉妬を集める、整い過ぎた貌が、どうしてよりにもよってこっちへ向けられているのかと、レオンの思考はずれた方向を向き始めていた。

逸る心臓は、今にも口から飛び出して行きそうだった。
それを塞ぐかのように、ゆっくりとセフィロスの貌が近付いて来る。


「なあ、レオン────」


告げる言葉を、自分は本当に、昨日の夜に聞いたのか。
それに何と答えたのか、必死に記憶を探るも、やはり答えは見付からないのだった。

ただ突き飛ばす事も出来ずに、その唇を受け入れていた時、目の前で閃く虹彩が、酷く満足そうに笑んだ事だけが判った。





7月8日なのでセフィレオ。

大人なのでね。酔った勢いでそんな事が起きたりもするかも知れない。
この件の後、レオンはしばらくぎくしゃくしてますが、セフィロスの方は拒否されなかったので良し良しと思ってる。
脈アリなのは確かなので、此処からはじっくり囲って行くんだと思います。

[クラスコ]素直な猫のあやし方

  • 2022/07/08 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF


一見すると大人びて見えるものだから、折々にその年齢を忘れることがあるのだが、スコールはれっきとした17歳だ。
シャープな印象を与える整った面立ちや、同年齢の少年少女達に比べ、聊か冷たく見えるほどの落ち着きぶりがあるので、大学生くらいに間違えられるのはよくある事だ。
フォーマル系の服でも来ていたら、既に成人していると言っても、余り違和感はないかも知れない。

だが、彼をよくよく知ってから見ると、見た目の印象に反して、存外と子供っぽいのだと言うことがよく分かる。
大人びて見える言動は、彼自身が少しでも早く大人になりたい、幼い頃の甘えん坊から脱却したいと足掻いた結果。
しかし根の部分はそう簡単に覆る程変われる筈もなく、見栄っ張りな部分や、負けず嫌いで意地っ張りな所、相手にも因るが、やられたらやり返さないと気が済まない等、年相応に幼い青臭さもしっかりとあるのだ。
そして、彼が言葉以上に頭の中でお喋りをしており、非常に感受性豊かである事は、ごく限られた人間の間でしか知られていない。

そんなスコールとクラウドが恋人同士になってから、そろそろ半年が経とうとしている。
付き合い始めて三カ月が経った頃、健全な一線も無事に越えて、身も心も繋がった。
以来、スコールは週に一回、多ければ二回と言う頻度で、クラウドの家に泊まりに来ている。
お陰で散らかり易くて幼馴染のティファにも呆れられたクラウドの自宅は、年上として少しはきちんとしているように見せなくてはと、そんな気持ちから多少なり整えられるようになった。
碌に使っていなかったキッチンは、スコールが来た時に手料理を作ってくれるので、半年の間に調理機材が着々と増え、今では立派に“キッチン”として稼働している。
一日三食、下手をすると一週間をカップラーメンで過ごし、ビールの置き場くらいにしか役立っていなかった冷蔵庫の中には、葉物に根菜、調味料、作り置きの料理の入ったタッパーなんてものも入り、見違える生活ぶりだ。
勿論、クラウドの生活サイクルにも変化はあり、ともするとゲーム廃人のような休日を送っていた以前に比べると、真っ当に健康的な生活習慣が完成している。
人は恋をすると此処まで変わるのだと言うことを、クラウドは我が身にしてしみじみと感じていた。

クラウドを其処まで変えてくれた年下の恋人は、今日もクラウドのアパートに泊まりに来ていた。

安普請なアパートで、エアコンも年代物で「風の強さが強と最強しかない」と言われるような環境は、恋人と熱い夜を過ごすには聊か不便もなくはない。
主には壁の厚みであったが、かと言ってスコールの家にクラウドが行くのは、お互いに少々抵抗があった。
と言うのも、スコールは幼い頃に母を失くして以来、子煩悩な父親と二人暮らしをしている。
仕事の都合でいない時の方が多いと言うその父親であるが、とは言え全く帰って来ない訳でもないから、其処で諸々をするのは流石に憚られるものがあった。
そもそもスコールは、クラウドと付き合っている事を、まだ父親に話していない。
いつかは────と思ってはいても、人との交友と言うものに積極的ではないスコールであるから、恋人を持ったのはこれが初めての事だった。
それが普通に同じ年頃の少女であればもう少し話は違ったのだろうが、しかしクラウドは男である。
既に体の関係も持っているとは言え、どんな顔して言えって言うんだ、反対されたら────と言う不安もあって、まだ二人の関係は父親に対して秘密にされている。
クラウドはいつでも腹を括って挨拶に行くつもりではあるが、スコールがそう言うならと、彼のペースに合わせるつもりだった。
だから、二人が共に夜を過ごすのは、クラウドのアパートでと決まっているのだ。

スコールが家に来てくれた日は、必ず彼が夕飯を作ってくれる。
仕事で疲れて帰ったクラウドの為、必ずボリューム満点の食事を用意してくれるのだが、これが中々凝っていて旨い。
更に、酒の当てになるものも作ってくれるから、クラウドはスコールが家に来るようになってから、少々体重が増えたような気がしている。
肉体労働の職種であるので、カロリーも消費するから、体型が大きく変わる事はないようだが、カップラーメンで日々を過ごしていた頃に比べると、胃袋の満足感が鰻上りになったのは間違いない。

夕飯を腹六分で済ませて、後は酒を飲みながらツマミを貰ったお陰で、クラウドはすっかり上機嫌だ。
酒は親友から、その親友はどうも仲の良い上司から貰った由来のあるもので、まだまだ薄給と言えるクラウドがおいそれと買えることのない高級品だった。
度数がそこそこ高いと言うのに、口当たりが柔らかいものだから、ついつい杯を重ねてしまう。
しかし、今夜はスコールがいるから、クラウドはまだ欲しい気持ちをぐっと堪えて、晩酌をお開きにした。
スコールが「俺が片付けておく」と言ってくれたので、食器を彼に預け、クラウドは風呂に入っている。


(中々良い酒だったな。全く、何処であんなものを手に入れて、それをポイと人に譲れるんだか)


親友と共通の上司の顔を頭に浮かべながら、羨ましいものだと天井を仰ぐ。
あれと同じ位の成績と出世をすれば、自分も同じような代物を手に入れることが出来るのだろうか。
そんな事を考えてみるが、一小市民な気概が染み付いた自分では、高級品は中々気後れして手が延びそうにない。


(……しかし、スコールと一緒に飲むなら、どうせなら美味い奴の方が良いな。良い酒だったから、いつかスコールにも飲ませてやりたいし)


スコールはまだ17歳だ。
誕生日がクラウドと近いと言っていたので、直に18歳になるそうだが、それを含めても彼の成人まではあと二年。
それまでにもう少し給料が上がっていると良いが、と少々世知辛い事を考えつつ、クラウドは湯から上がった。

この後も期待もあって、夜着に袖を通すクラウドは少しそわそわとしていた。
年下の恋人はこの手の事には極めて初心なのだが、最近少しずつ、クラウドと褥を共にする事に慣れてきている。
その傍ら、風呂に入る頃にその後のことを彼も意識しているようで、風呂が空いたぞ、と言うと赤くなりながらいそいそと風呂場に向かう後ろ姿に、クラウドは少し興奮していた。


「スコール。上がったぞ」


キッチンの方を覗き込みながらそう言ったクラウドだったが、其処にあった光景に目を丸くした。
流し台で食器を片付けていた筈のスコールが、その下で座り込んでいるのだ。

慌ててクラウドはスコールに駆け寄り、傍らに片膝をついて声をかける。


「おい、スコール。どうした?」
「……」
「スコール。気分が悪いのか?」


口元を手で抑え、俯ているスコールに、クラウドは体調が悪いのかと心配する。
しかしスコールからの反応はなく、揺すって良いものかと肩に沿えた手に力を込めつつも迷っていると、緩慢な仕草でスコールがやっと顔を上げる。


「……クラウド……?」
「ああ。大丈夫か?」
「……ん……」


何処か焦点の合わない、ゆらゆらと頼りなく見える蒼の瞳が、クラウドを見詰める。
眉間の皺が緩んでいる所為か、その表情は酷く幼く見えて、目元が薄らと潤んでいるものだから、クラウドは一瞬彼が泣いているのかと思った。

スコールの口元に当てられていた手が、ゆっくりと其処から離れ、恋人へと伸ばされる。
その手はクラウドに触れるか触れないかの所で止まり、迷っているようにも見えた。
クラウドがそれを掬うように握ってやると、心なしか安堵したように、スコールの眦が甘く和らいだ。
かと思ったら、スコールの頭がゆっくりと傾いて、目の前で跪く格好になっているクラウドの肩に、ぽすん、とその頭が乗せられる。


「スコール?」
「……んぅ……」
「……?」


名を呼んでみれば、むずがるような声が聞こえて、クラウドは首を傾げる。
スコールのこう言った仕草は、寝惚けている時に儘見られる可愛らしいものであるが、それをこんな時にするとはどう言う事なのか。
ひょっとして熱でもあるのか、ともう一度顔を確認しようとするクラウドだったが、スコールはクラウドの首に腕を回して、しっかと抱き着いて来る。
ぴったりと密着しているものだから、クラウドからはスコールの耳元が見えるのが精々であった。

しばし迷った末に、クラウドはそっとスコールを抱き上げて見る。
いつもなら恥ずかしがって離せ下ろせと暴れ出す、所謂お姫様抱っこと言うスタイルで持ち上げると、スコールは意外にも腕の中にすっぽりと納まってくれた。
それなりに身長がある───何せクラウドよりも少しだけ、ほんの少しだけ高い───から、長い足が狭い廊下の壁を擦っていたが、当人は全く気にせずクラウドにくっついている。
いやはやこれは、と益々の混乱を感じつつ、一先ずクラウドはベッドへと向かった。

朝の抜け殻の気配を残すベッドにスコールを下ろそうとすると、ぎゅう、と抱き着く力が強くなる。


「おい、スコール」
「…ん……」
「下ろすから、腕を」
「……んぅ……」


離してくれ、と言う前に、またスコールの腕に力が籠る。
これは無言の「イヤ」だ。


(……甘えているのか?それは、嬉しいが……)


スコールが判り易く甘えてくれるのは、滅多にない事だ。
それが見られるのは、朝に弱いスコールの寝起きか、熱い夜を過ごして彼をとろとろに溶かした時位のもの。
まだ夜の帷も入り口にならない内から、こんなにも抱き着いてくれるなんて、今までになかった事だ。
可能性として有り得るのは、何か嫌な事を思い出したとか、父親と喧嘩をしたとかで情緒不安定になっている時だが、夕餉の時も晩酌の時もそう言った様子はなかったから、恐らくどちらも違うのだろう。
本当に急な事に、クラウドはしばし戸惑っていたが、


「……ん?」
「クラウド……」
「……スコール。ちょっと」
「ふ……?」


すん、と鼻に覚えのある匂いを感じて、クラウドはスコールの口元を見詰める。
顎を指で捉えて、薄く唇を開かせた状態で、クラウドは鼻を寄せてみた。
────ついさっき、クラウドが飲んでいたばかりの酒の匂いがしている。


「……スコール。ひょっとして、飲んだのか?」
「………」


問うてみると、スコールはしばしの沈黙の後、ぷいっとそっぽを向いた。
叱られることを感じ取った猫の仕草だ。


(そう言えば、興味がありそうに見てたな……)


晩酌をしている間、クラウドが摘まみと一緒に飲んでいた酒。
スコールも作った摘まみを夜食に齧りつつ、ジュースを飲んでいたのだが、時折その視線はクラウドのグラスに向けられていた。
冗談交じりにクラウドが「飲んでみるか?」と言った時には、「未成年に奨めるな」と諫めてくれる位には真面目だったのだが、本心では気になっていたと言うことか。
そして片付けを引き受けて、クラウドが風呂に入っている隙に、グラスに僅かに残っていたアルコールに口を付けてみた、と言った所か。

クラウドは、そっぽを向きつつも、姫抱きの状態から逃げようとはしないスコールに、これ見よがしに聞こえる溜息を一つ。
スコールも自分がやった事への罪の意識はあるのだろう、びく、と小さく震えるのが伝わった。
逸らされていた顔が、そろそろとクラウドへと向き直り、伺うような蒼の瞳がじいっと上目遣いに恋人を見詰める。


「……どれ位飲んだ?」
「……のんでない」
「嘘を吐け。ちゃんと言わないと、怒るぞ」
「………」


語尾を少しだけ強めに言うと、スコールはいやいやと首を横に振って、クラウドにしがみ付く。
怒っちゃ嫌だ、と言うその姿は、駄々を捏ねる子供そのものだ。
酔うとこんな風になるのか、と少し新鮮な気持ちでその姿を見ていると、


「……ちょっと、舐めた、だけ……」
「本当に?」
「……苦かったから」


美味しく感じられなくて、スコールはそれ以上は口をつけていない、と言う。
それでこんなにも酔っ払うのかと、普段との言動の差もあって、クラウドは内心驚く。
これは相当弱いな、と思っていると、スコールはクラウドの頬に猫のように頭を擦り付けて言った。


「クラウド」
「ん?」
「セックスするんだろ」


しよう、とスコールはクラウドの唇にキスをする。
いつにない積極性に、これもまた酒の力か、と思っている間に、クラウドはベッドへと押し倒されていた。
スコールはその体の上に覆い被さるように乗って、クラウドの頬に首筋に、キスの雨を降らせている。

素直に甘えてくれる事は勿論、こんなにも積極的なスコールも珍しい。
人との交流と言うものに消極的なスコールは、初めての恋人関係と言うものも、どうして良いのか分からず、普段は専ら受け身である事が多い。
性的な事に関しては尚更で、いつも主導権はクラウドに任せており、自身は言われるように、されるがままに委ね切っていた。
回数を重ねるに連れて、少しずつ自らも行動するようにはなっているが、元々の恥ずかしがり屋や、理性が強い性格も相俟って、やはり基本的にはクラウドの合図を待っている所があった。

それを思うと、こんなにも積極的に求めてくれると言うのは、クラウドにとっても驚き一入に嬉しいものがある。
照れ屋な部分が、酒のお陰でその抑制が外されていると思うと、このまま雪崩れ込んでしまいたい気持ちはなくもない────が。


(……いや、それもどうなんだ。事故とは言え、酔っ払った未成年を相手に)


此方は良い年をした大人だ。
年齢は十も離れてはいないが、クラウドは一端の社会人のつもりがある。
幾ら可愛い恋人とは言え、流石に良くはないだろうと、ブレーキが働いた。

それに、すりすりと懐くように甘えてくれるスコールの様子は、本当に子供のようだ。
普段はこんな風に甘えたいのを、背伸びしたがる心が抑えているのかと思うと、反って庇護欲めいたものが刺激される。


「スコール。スコール」
「……ん……?」


名前を呼ぶと、スコールはとろりと蕩けた瞳を向けてきた。
熱を持っている時の表情に、クラウドも少しばかり欲望が疼くものがあったが、ぐっと堪えて細身の体を抱き締めてやる。


「クラウド?」
「こっちだ」
「う」


腹の上に乗っている重みを、クラウドは隣へと転がした。
ぽすん、とシーツに落とされたスコールは、きょとんとした表情でクラウドを見詰めている。
ゆっくりとその眉尻が下りて、心なしか不安そうな表情を浮かべるスコールに、クラウドはくすりと笑って濃茶色の頭をぽんぽんと撫でた。


「……しないのか?」
「そうだな……」
「やだ、する」
「こら」


ごそごそと身を寄せて、下肢に触れようとする腕を、クラウドはやんわりと捕まえる。
納得のいかない拗ねた顔で睨むスコールだが、クラウドはその目尻に柔くキスをした。


「するなら、俺のペースで良いか?」
「……あんたの?」
「ああ」
「……いい」


クラウドの言葉に、掴まれていた腕の、抵抗する力が抜ける。
拗ねた表情は早い内に引っ込んで、スコールは目を閉じ、また猫が甘えるようにクラウドに身を寄せた。
喉元に触れる唇の気配を感じながら、クラウドはそっとスコールの背中に腕を回す。

努めて優しく抱きしめて、体温を分け合うように密着し、ゆっくりと背中を叩いてやる。
規則正しい一定のリズムで背を叩く手に、スコールは心地よさそうに目を細めるのだった。





7月8日でクラスコの日。

良い大人としてちゃんとしているクラウドと、駄々っ子スコールが浮かんだので。
……ちゃんとしてるけど、手は出しているんだなあ。お互いの明確な意識で同意の上でね。

[ティナスコ]雨音に見る

  • 2022/06/08 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF


斥候なり調査なりと、遠出をする時には、野宿で夜を越すのは当然のことだ。
その際、テントなどの道具を持ち出しているかは、時とメンバーにより変わるものだった。
遠出をする時は、それよりも食料や薬と言った備蓄を多く用意しておきたい事もあり、赴くのが二人程度なら野宿用の道具は置いて行かれる事が多い。
荷物を持つ手に余裕があれば、寝袋程度は用意しておこうか、と言う位だった。
同行者が増え、一日二日で帰るには聊か厳しい距離が予想される場合は、嵩張るが眠り休む環境を整える目的で、簡易テントを持って行くようにしている。

秩序、混沌ともに十人と言う数を思うと、四人での行動ともなれば十分に大人数と言えるだろう。
となれば、やはりテントは持って行くべきだろうと言う意見が出る。
その理由の一つには、今回のメンバーにティナが組まれており、秩序の陣営唯一の女性である事も相俟って、男達はやはり少々手厚くしてしまう所があった。
これがもし完全な男所帯であり、軍属や兵役の経験のある者のみで構成された選出であったなら、地面に雑魚寝も厭わなかっただろう。
勿論、それも行く先の状況、予想される襲撃等も加味した上での選択ではあるが、サバイバルに慣れている者である程に、そう言った荷の選定にはシビアなものである。

今回はメルモンド湿原方面にて確認された歪の解放と、先日、奇妙な空間の亀裂を見付けたと言うティーダの発言を元に、その調査に赴いていた。
空間の亀裂と言うのが、まさしく文字通りの代物だと彼が言うので、物理的なものよりも、魔力の方を探ってみた方が良さそうだ、と言う事から、ティナの同道が決まった。
発見者であるティーダ、魔力の感知に長けたティナ、そして後はクラウドとスコールと言うメンバーだ。
メルモンド湿原はほぼ常に雨が降り続いている為、この地で長時間の調査をするとなると、雨避けの道具は必需品となる。
テントも勿論持ち込まれており、雨避けとしての役割がそこそこに期待できる樹の下にそれを張って、そこを拠点にしての調査を開始した。

調査開始から二日目の夜、ティナはふと目を覚ました。

日中、魔力探知の為に気を張っている事を鑑みて、ティナは見張りのルーティンから外されており、残りの三名で不寝番をしていた。
長く休ませて貰える事は、助かる反面、少し申し訳ないな、と思う。
しかし、必要であれば探査魔法の他、イミテーションと遭遇した際には遠方にいる内に先手必勝と魔法を使う機会も多いので、夜を回復に専念させて貰える事は非常に有り難い。

それ故にティナの眠りはそこそこ深いものであったのだが、不意の覚醒と言うのはあるものだ。
雨粒のサイズが大きくなったか、木枝を擦り抜けた雨粒がテントを叩く音を鳴らしていたのも、それを促した理由だったのかも知れない。
だが夢を見ていた訳でもないので、寝覚めの不快感や焦燥感と言うのもなかった。
本当に、ただただ目が覚めただけなのだ───と、目覚めてから一分ほど経って認識するに至った。
その間に雨により冷えた空気が感じられるようになって、寝袋の端を摘まんで包まろうとした時、


(────あ)


視界の端にちらりと影が見えて、ティナはそうっと首を巡らせた。
肩越しに見えたのは、雨音に叩かれるテントの屋根をじっと見上げているスコールだ。

まだ遅い時間なのだろう、テントの中は灯りもない為、夜に溶けたような色をしているスコールのシルエットは、少し見難かった。
けれども、よくよく知る仲間のものであるから、肩だけがふわふわと柔らかそうな毛束があるのも含め、それが誰かと言う情報については十分だ。

段々と暗闇に目が慣れるにつれ、少しずつテントを見上げる少年の表情も見えて来る。
何かを思い出しているような、雨の音を聞いているような、そんな顔をしていた。
その横顔が何かを無心に求めているように見えて、何か声をかけた方が良いだろうかとティナは思案していたが、その切っ掛けは彼方から先にやって来た。


「……起こしたか」


気配か視線か、どちらにせよティナは彼をじっと見詰めていたものだから、覚るには十分だっただろう。
顔を此方へ向けてそう言ったスコールに、ティナはころりと体を向けて、小さく首を横に振った。


「ううん、目が覚めただけ。スコールの所為じゃないよ」
「……そうか」


ティナの言葉に、スコールの反応は少ない。
寡黙な彼にはよくある事で、返事がある事自体が、彼が気を許してくれている証拠なのだと教えてくれたのは、ジタンとバッツだ。

そんなスコールの向こうでは、かーかーと寝息を立てているティーダがいる。
ティナが起き上がって、スコールの陰から覗き込むようにしてそれを見てみれば、スコールは察したのか少し体を退けてくれた。
ティーダは小さなテントである事など気にせず、手足を自然に放り出すように伸ばして、健やかに眠っている。
口を開けているのが、彼の奔放さを表しているようで、ティナはくすりと目元を綻ばせた。


「ティーダ、よく寝てるね」
「……そうだな」
「スコールは、あまり眠れそうにないの?」
「いや……」


ティナの言葉に、そんな事はない、とでも言おうとしたのだろうか。
しかしそれきりスコールは口を噤んでしまい、ばたばたと音を鳴らす布天井をまた見上げている。

ティナはなんとなく、スコールの視線を追うようにして、天井を見た。
使い古されたテントではあるが、幔幕はまだしっかりとしており、解れも少ないので、雨漏りすることはないだろう。
耐水性には優れた代物であるが、材質としては布なので、多量の水を被ればやはり水分を多く含んで湿気を生んで来る。
心なしか重く弛んだように見える天井を見つめるスコールの横顔は、先と同じ、心此処にあらずと言うように見えた。

さわ、とティナの胸の内で、何かがささめいた。
それは彼女自身、自分の内の事でありながら、はっきりと聞き取れないものであったが、自然とその唇は開く。


「……スコールは、まだ眠らないの?」
「……その内寝る」


今の所は寝る気にならないのか、スコールは天井を見上げたままでそう答えた。
それが、「今は眠れない」と呟いているようにも聞こえたのは、ティナの気の所為だろうか。

ううんと、とティナはしばし迷ったが、薄暗い中に見える少年の貌を見詰めている内に、決心が決まった。
よく眠っているティーダをうっかり起こしてしまう事のないように、ティナはそうっと起き上がる。
その気配に気付いて、此方に視線を向けたスコールの眉間には皺が浮かんでいたが、ティナは幸いにも気付かなかった。

包まっていた寝袋を開くと、外気から体を守ってくれる殻がなくなって、冷たい湿気の感触が判る。
これでは眠る気にもなれない筈だと納得しながら、ティナはスコールの方を向いて、両腕を伸ばして見せた。


「はい、スコール」
「……は?」


どうぞ、と両の掌も前に出して見せるティナに、スコールは傍目に少々面白い具合に表情筋を偏らせた。
一体何をしている、と問う瞳に、ティナは小さな子供を宥めるように、はんなりと笑って言う。


「寒いんでしょう?だから、一緒に寝ましょう」
「…………はぁ?」


ティナの提案に、スコールはたっぷりと間を置いて、顔を引き攣らせる。
相変わらず、良くも悪くも、ティナはそんなスコールの反応の理由には疎く。


「温かくなったらきっと眠れるわ。怖い夢を見る事もないし」
「別にそんなものは……いや、そもそも怖い夢を見た訳じゃ」
「遠慮しなくて良いの。ルーネスやジタンとも時々一緒に寝る事もあるし」
「あいつらと俺を一緒にしないでくれ」
「クラウドとも一緒に寝る事があるのよ。だから大丈夫」


慣れてるから、と言うティナに、スコールの表情が何やら忙しく変化する。
眉間の皺は当然にあるものとして、テントの外にいるであろう見張り役を見遣ったり、天井を仰いでみたり。
真一文字の唇の中で、何やら色々な言葉が渦巻いているようだったが、彼はそれを口にはしなかった。
バッツやジタンなら、それを読み取る事も出来たのかな、と思いつつ、ティナは両腕を差し出してスコールがやって来るのを待つ。

寒いから一緒に寝てくれないかい、とよく提案して来るのはジタンだ。
そう言う時、大抵ルーネスを始めとして、他のメンバーからジタンは叱られたりするのだが、寒い野宿の夜は、暖を取ろうと皆で団子になるのはよくある事だった。
ルーネスと二人で野宿をする時も、やはり寒さを凌ぐ為、彼と一つの毛布に包まって眠る事は儘ある。
そしてクラウドは、今日のスコールのように夢見が悪い等で眠れない事が時折あって、そんな時にティナは膝枕をしたり、そのまま寝落ちた彼と一緒に眠る事もあった。

しかし、考えてみれば、スコールに対してそう言った事を提案するのは初めての事だ。
それに気付いたティナは、スコールの頑なな様子に、初めてクラウドに膝枕をした時のことを思い出した。
あの時はクラウドも随分と遠慮していて、しかし明らかに疲れているのに眠れない様子であったから、ティナは少々強引に彼の頭を膝へと誘導している。
恐らく、スコールにも同じようなことが必要なのだろうが、


(クラウドはちょっと強引にしても大丈夫だったけど、スコールは……)


嫌がられそう、びっくりさせてしまいそう────ティナがそう思ってくれたのは、スコールにとっては幸いだっただろう。
何と言って彼女を宥め、提案を流してしまおうか考えている彼にとっては。

だが、ティナは自分の提案を良案だと思っている。
何より、天井をじっと見詰めていたスコールの、何処か迷子になった幼子のような横顔が忘れられない。
あれは放って置いてはいけないものだ、とティナの胸の奥底に眠る何かが訴えていた。


「大丈夫だよ、スコール。私がスコールを守るから」


そう言って微笑むティナに、スコールは言葉を喪ったように沈黙した。
じっと見つめる蒼の瞳を、ティナは真っ直ぐに受け止めて、出来るだけ安心させる事が出来るように努める。

守るなんて言葉は、自分からスコールに向けるには烏滸がましいものだと、ティナも判っていた。
戦う力そのものに怯えを持つティナと、傭兵として常に戦いに身を置く事を選ぶスコール。
その精神やパワーバランスから見ても、スコールがティナを護る事こそあれど、その逆はないだろう。
だが、今この時に限っては、ティナはスコールを、彼の中にある冷たくて寒いものから守ろうと、固く決意していた。

その意志が伝わったか、或いはティナが引きさがらない事を感じ取ったのだろう。
貝のように動かなかったスコールが、……はあ、と何かを諦めるように息を吐いた後、そろりとティナの方へと身を寄せる。
腕を伸ばしたティナに届くか届かないか、もどかしい所で止まったスコールに、今度はティナの方から近寄って、子供を包み込むように抱き締める。


「どうかな」
「……まあ……寒くは、ない」
「良かった。このまま眠って良いよ」
「それは……」


勘弁してくれ、とスコールは小さな声で言った。
遠慮しなくて良いのに、とティナは思うが、取り敢えずはスコールの気持ちに沿うようにと頷く。

ティナはスコールのジャケットのファーに頬を埋めた。
場所が場所、天気も良くないので、其処は湿気を含んでしんなりとしており、いつものふかふかとした感触がなくて少々残念だが、仕方あるまい。
ティナはスコールを抱き締めたまま、片手で寝袋を手繰り、二人の足元に被せて包んだ。

────それから、幾何か。
天幕を叩く雨音が、大粒の煩いものから、徐々に小さくなって行く。
それでも振り続ける雨は、相変わらずテントを濡らし続けていたが、しとしととしたそれは数十分前に比べれば静かなものだった。
そんな静かな天井をティナが見上げていると、抱き締めていた少年の躰から、徐々に力が抜けていく。
重みを感じ始めたそれに気付いて、ティナは「……スコール?」と小さく小さく名を呼んでみるが、反応はなく。


「……ふふ」


ティナの肩に額を乗せて、すぅ、すぅ、と寝息を零しているスコール。
座ったままでは辛いだろうと、ティナは彼を起こさないように、殊更にゆっくりとその体を横たえてやった。
背中を丸めて、横を向いて眠っているスコールの姿は、まるで赤ん坊のように幼い。
ティナはその目元にかかる前髪をそっと梳いて、彼の隣に寄り添うように横になった。


「おやすみ、スコール」


この寒い雨の夜が、彼の夢路を冷たいものにしないように。
ほんのりとした血色を宿した頬を撫でて、ティナももう一度眠る為に目を閉じた。





6月8日と言う事でティナスコ。
ティナママの包容力はすごい。お姉ちゃん子なスコールにはよく効きますね。

013のティナは記憶の欠如もあって儚げな所が前面に出ていますが、根本はやはりティナママだと思っています。NTでは記憶が完璧なのでよりママ。
あと良くも悪くも天然だし、原作でも普通の人間的な人生や教育を送っていた訳ではない為、男女の機微、況してや年下の思春期の男の子の葛藤には鈍いだろうなあと。夢も込み。
そんなティナに弟属性のスコールが強く出れる訳もなく、しょんぼりさせると後が面倒になりそうだし、ティナが満足するようにしておこう……って合わせたけど、結局は安心して寝ちゃったのでした。

[バツスコ]熱の匂いを閉じ込めて

  • 2022/05/08 21:00
  • Posted by k_ryuto


蒸し暑さが増す夜だった。

真夏の気温に比べれば、遥かに快適な方だとは言っても、最近の日差しは中々にきつい。
外で過ごす人々からすれば、もう夏がやって来たのかと、春物ですら暑いと上着は一枚脱いでしまった方が楽になる。
家屋で過ごす者からしても、送風だけでは足りなくて、少し早いが冷房のスイッチを入れたと言う話も聞く。
都会はコンクリートジャングルのヒートアイランド現象も相俟って、ベランダのグリーンカーテンなんて気休め程度だ、と愚痴が出るとか出ないとか。

そんな中で、バッツの家には空調がない。
天涯孤独な男の、気儘な大学生の一人暮らし、家賃を出来るだけ抑えようと思えば、そんな選択肢もあるだろう。
加えて、バッツは普段、職種を問わないアルバイト生活をしており、一日の大半は大学での授業とアルバイトに費やされ、家に帰るのは寝る時位のもの。
休みの日位は家にいるだろう、と思う者もいるだろうが、バッツは生来から中々アクティブな気質をしている。
元々じっとしているのが苦手な位で、好奇心が旺盛な事も相俟って、大学でバイト先で気になる噂をキャッチすれば、その真偽を確かめるべく自転車を漕ぐ。
一日かけて隣県に行って帰ると言う事も少なくなく、要するに、休みであってもバッツが家で過ごす事は少ないと言う事だ。
そんな自分を判っているから、バッツは築半世紀以上は経っていると言う、それはもう古ぼけたアパートに住むのも抵抗がなかった。

────けれど、今ばかりは少し、それを後悔している。
咽かえるような熱気が籠る六畳一間の片隅で、これもまた安物の薄っぺらい煎餅布団に恋人を押し付けながら、熱に酔った頭で思う。
クーラーがあったら、もっとずっと快適に、恋人と体温を共有していられるだろうに、と。


「うぅ……んん……っ」
「くぅ……っ!」
「……っ!」


布団に顔を埋めている恋人───スコールが小さく呻く音を零した。
その直後に、バッツの納まっている場所がきゅうっと締め付けを増して、バッツは唇を噛んで果てを見る。
吐き出されたものを受け止めたスコールの躰が、ビクッ、ビクッ、と痙攣するように弾んだ。

それから幾何か、部屋の中には二人分の熱の籠った息遣いだけが繰り返される。
バッツの頬をゆっくりと汗の粒が伝い落ちて行き、顎から離れたそれが、スコールの項にぽとりと落ちた。
微かな冷たい感触に、ひくん、とスコールの頭が震える。
熱を奪う水滴から逃げたがるように、スコールが皺だらけのシーツに額を押し付けてむずがる声が聞こえた。


「バ…、ッツ……ん……っ」


縋るように呼ぶ声に、思わずバッツの熱がまた集まった。
が、じろりと睨む視線を感じて、バッツは眉尻を下げる。


「仕方ないだろ、スコールがエロいんだもん」
「……あんたが、底無しな、だけだろ……」


疲れ切った様子で、スコールはそう言った。
バッツにしてみれば、スコールが毎度煽ってくれなければもう少し早く終わると思うのだが、無自覚な彼にはそんな事は判るまい。

とは言え、雄の本能を度々刺激されていても、バッツも疲れていない訳ではない。
夢中になって酷使した腰は勿論、四つ這いの自重を支えた両腕と膝もそろそろ辛い。
はあ、と力を抜いたバッツは、どさ、とスコールの背中に落ちるように覆い被さった。


「おい、バッツ……!」
「ん、ごめんごめん」


重い、と抗議する恋人に、バッツは重い体を僅かに浮かす。
中が擦れる感触に、スコールはシーツを掴んでふるふると体を小さく震わせていた。
そうして耐える姿がまた愛しくて、いやらしくて、バッツに悪い誘惑がやって来るのだが、流石にこれ以上は怒られるだろう。
辛うじて働いた自制に感謝しつつ、バッツは自身をゆっくりと引き抜いて、スコールの横に転がった。

背中の重みと熱の塊が退いて、スコールもようやく安堵の息を漏らす。
その頬に、首筋に、珠のような汗が浮かんでいるのを見て、バッツは徐に手を伸ばした。
頬に張り付く髪の毛を、そっと指で払いながら、汗粒も救ってやると、くすぐったいのかスコールの長い睫毛がふるりと震える。

そのまましばらく、スコールの汗の滲む肌を撫でるように触っていたバッツだったが、


「……風呂……」
「入る?」
「……ん…」
「じゃあ、沸かしてくるからちょっと待っててな」


スコールの言葉少ない希望に、バッツは彼の頭をくしゃりと撫でてから起き上がった。

空調がない安い古びたアパートだから、風呂もその設備もかなりの年代物だ。
今時の建築物では先ずにお目にかかる事もないであろう、旧式のボイラーは、修理を繰り返して現在まで使えていると言うもの。
いつ本気で駄目になってしまうやら、とは住民の冗談交じりの割と真面目な心配ごとなのだが、これだからまた家賃が安い。
序に言えば、風呂とトイレがきちんと別スペースにされ、各部屋にきちんとは位置されているだけでも、格別ではないだろうか。
そもそも、都会のほぼ真ん中にあって、古くさえなければ一桁は家賃が違うであろう事を思うと、不便だ不便だと文句を言いつつも、それに感謝しながら日々使っているのであった。

適度に温まった湯がバスタブに溜まり始めたのを確認して、バッツは部屋に戻った。
其処には、裸のままで仰向けになり、灯りの乏しい天井を仰いでいるスコールがいる。


「スコール、風邪ひくぞー」


傍に近付きながらそう声をかけると、スコールは億劫そうに、ごろりと壁の方へと寝転がり、


「……ひく訳ないだろ。こんな暑苦しい部屋で」
「汗掻いたんだから、後で冷えるかも知れないだろ。ほら、ちゃんと布団被って」
「……いらない」


バッツが差し出したタオルケットを、スコールはちらりと見遣っただけで、すぐにそっぽを向いた。
少し機嫌が悪いなあ、とバッツは思ったが、原因はすぐに判った。
自分の体温がまだ下がっていない事も含めて、この部屋が暑いのが、環境に快適さを求めるスコールには不満なのだろう。

スコールの首筋に、また汗の粒が流れて行く。
その粒の傍らには、バッツが何度も吸って咲かせた蕾があった。
うずうずとした感覚に耐え切れず、バッツは徐に其処に顔を近付けて、肉厚の舌でぺろりと舐めてやる。


「ひっ……!何してるんだ、あんた!」
「美味そうなんだもん。もうちょっと頂戴」
「ばか、こら……っん……!」


枕で防御しようとするスコールの腕を掴んで、バッツは細身の躰をシーツに縫い付けた。
同じ場所にまた舌を這わせ、艶めかしいものが滑って行く感触に、スコールは口を噤む。
その喉奥で、官能の欠片を必死に堪えようとする音が聞こえるものだから、バッツは益々興奮してしまう。


「バッツ……!」
「なあ、もう一回」
「っしない!」
「むぐ」


スコールは枕を掴んでいた腕をもう一度振り回し、バッツの後頭部に当てた。
鼻先をスコールの肩に埋めたバッツを、スコールが体を起こして退かせる。
さっきは要らないと言ったタオルケットを掴んで包まり、威嚇する猫のように睨むスコールに、バッツは唇を尖らせた。

拗ねた顔をしながらも、一応は諦めて迫るのを辞めたバッツに、スコールは溜息を吐く。
重そうな体を揺らして、壁に背中を預けると、前髪の張り付く額を掻き上げた。


「ただでさえ暑いのに、ベタベタするな」
「そんなにつれない事言うなよ。確かに暑いけどさ」
「……あんた、毎年こんな所でよく寝ていられるな」
「いや、普段はこんなに暑くないよ。今日が特別暑いんだって」


バッツの言葉に、スコールは胡乱な目を向けた。
毎年毎年、記録的猛暑だの酷暑だのと言っているのに、今日だけが────なんて信じられる筈がない。

だが、バッツの言葉も強ち嘘ではないのだ。
真夏の蒸し暑い熱帯夜であっても、この地域の周辺は、高層ビルや大きな道路が少ない所為か、意外と夜は涼しくなる。
線路も遠いので騒音などは聞こえないし、精々、少し離れた飲み屋街から帰る途中の、酔っ払いの歌が聞こえて来る位だ。
だから窓を開けたり、扇風機の一つでも回していれば、快適とは言わないまでも、熱を凌いで夜を越すことが出来る。

しかし、今日はスコールが泊まりに来ているから、窓は締め切っていた。
まだ五月の始めとあって、扇風機も出していなかったし、そんな中でまぐわっていたものだから、空気がすっかり籠っている。
二人の体温の上昇と、蒸発した汗の匂いと、広くはない部屋をすっかり包む性の匂い。
それらが幾重にも交じり合っているものだから、普段以上に部屋の中は蒸し暑くなっていた。

スコールはうんざりした表情で、抱えた膝に頭を乗せる。


「……もうあんたの家でヤらない」
「えっ。なんで?」
「判るだろ。暑いんだ」


今はまだ初夏にもならない時期、それなのにこんなにも蒸し暑い。
毎回こんなにも暑いのなら御免だと言うスコールに、バッツは縋るように抱き着いた。


「そんな事言うなって。明日には扇風機出すから」
「こんなに暑いのに、扇風機くらいで解決する訳ないだろ」
「窓も開けるからさ。それだけで大分違うんだぜ」
「だったら尚更御免だ」
「なんで!?」
「判るだろ」


じろりと睨むスコールに、バッツは首を傾げる。
が、すぐにどうして今日窓を閉めたのかを思い出した。
元々は、セックスをするのなら窓を閉めろ、とスコールが言ったからだ。

安普請のアパートであるから、壁の厚みなんて大したものではないのだが、それでも窓が開いているか閉まっているかは大きな違いである。
スコールが感じ過ぎてしまうと声を抑え切れなくなってしまう事もあり、バッツもその方が良いと思って閉める事にした。
その時は、まだ部屋の中も今ほど熱気が籠っていなかったから、特に問題はなかったのだ。

遅蒔きながら、スコールが此処で過ごす事を嫌がる理由を理解したバッツだが、かと言ってスコールと過ごす夜を諦める事は出来ない。


「じゃあ、クーラー買ったら良いか?」
「……買えるのか?」
「小さい奴の中古とかなら。伝手もあるし」
「………」


見詰めるスコールの視線には、引っ越せば良いのに、と言いたげな色が含まれているが、彼はそれを口にはしなかった。
バッツが決して金銭的に余裕のある身ではない事も、自分の我儘でバッツに無理をさせるのも嫌なのだろう。
それを言えば空調の調達についても同じなのだが、バッツの家で今後も過ごすには、スコールとしてはやはりもう少し快適性が欲しい。
この部屋で二人きり、もっと熱の遣り取りをするのならば、尚更。


「……今日よりマシになるなら、それで良い」
「ほんと?じゃあまた来てくれる?」
「……マシになるならな」


スコールの言葉に、バッツはやったと諸手を挙げて喜んだ。
そのまま抱き着いて来るバッツに、スコールは暑苦しいと顔を顰めるが、判り易く嬉しそうな子供のような年上の恋人に、毒気を抜かれたように溜息を吐く。

裸のじゃれ合いは、長く続けると色々と支障が出て来るものだ。
それが初心な少年にばれてしまう前にと、バッツはスコールに風呂を促した。
腰を庇いながら立ち上がるスコールを支え、浴室へと送り出してから、バッツは一人、今後の生活を思い描いて楽しむのであった。





5月8日と言う事でバツスコ。
まだ5月なのに暑いですねと言う事で、暑い中でいちゃいちゃして貰った。

暑苦しいのが嫌なだけで、バッツと過ごすのは本音の所では嫌ではないスコールです。
スコールが独り暮らしでも、そうじゃなくても、そっちの方が絶対に快適なのは判っているけど、それでもバッツの家の方で過ごしたいバツスコです。
バッツ的には自分のテリトリーにスコールを入れている事に心地良さがあって、スコールの方はまだ色々葛藤とか自信の無さがあってか、自分の家に呼べる程ではないけど、自分がバッツの方に近付くのは良いと思ってる感じ。

[セシスコ]染まる無垢色

  • 2022/04/08 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF


ただいま、と言う習慣に、スコールはまだ慣れない。
けれど、帰ったらそう言ってくれると嬉しいな、と言われたから、それなら、と努力をしてみている。

独り暮らしがそれ程長いと言う訳ではない。
そう言う習慣を束の間忘れる位には、“独り”と言う生活に沈んでいた。
養護施設で育ち、高校入学を期に其処を離れ、自分の事を誰も知らない土地で暮らすことを選んだ。
勉強とアルバイトの両立は簡単ではなく、食事も忘れる位に目が回っていたのは、一年目の初めの頃のこと。
元々食にそれ程執着がなかった事も災いして、一日二日、何も食べずに過ごす事もあって、その所為で一度、アパートの部屋の中で目を回した。
受け身も取れずに昏倒したその日、隣人が何事かと心配し、大家を通じて部屋に入り、救急車で搬送されたのが、生活の変化の始まりだ。

搬送された翌日、スコールは見知らぬ病室で目を覚まし、医者からは疲労と睡眠不足、加えて栄養失調気味であると叱られた。
勉強と慣れないアルバイト、もっと言えば新たな環境に適応しようとするストレスや、元より人との交流が得意ではない所へ、アルバイト先の店長のパワハラ紛いの扱いに辟易していた事など、ざっくりと言えばスコールは“鬱”の真っ只中にいたのだ。
とにかくきちんとした休養と、出来るのなら生活を支えてくれるパートナーのようなものが必要であると言われたが、前者はともかく、後者はまるで宛てがない。
養護施設で世話になった人々には恩を感じているし、いつかそれを返せたらとは思うが、半ば強引に早い独り立ちを選んだ意地もあって、頼る気にはなれなかった。

それなら、と手を挙げたのが、セシル・ハーヴィだった。

彼はスコールが住んでいた部屋の隣室の住人である大学生で、詰まり、倒れたスコールを援けてくれた張本人だ。
それまで、早朝のゴミ捨てだとか、遅くに帰って来た時だとか、アパートの敷地前で稀に顔を合わせる事がある程度の、顔見知りと言うにも遠い関係であったのだが、彼曰く、「倒れた所を結果的には助けたんだ。今更放ってはおけないよ」とのこと。
それにしたって名も知らないような子供を───とスコールは思ったが、気付いた時には、セシルに面倒を見られる事が決まっていた。
セシルは「勝手に僕が君を気に掛けるだけだから、君はこれまで通りに過ごしていれば良い」と言ったが、それまで全くの“独り”であったスコールにとって、生活に変化が起こったのは事実であった。

先ずは、スコールが退院するまで、毎日のように病室にやって来て、自己紹介やら何やらと話して行った。
退院する時には付き添ってくれて、どうせ隣なんだからと、入院生活で使った荷物を持ってくれた。
アパートに戻ってからは、朝の挨拶を交わす頻度が増えて、「ご飯は食べてる?」「眠れてるかい?」と訊ねて来る。
スコールにとって、初めこそ聊か面倒で鬱陶しく感じられたのだが、昏倒した所を助けられた手前、露骨に無碍にも出来ずにいた。
挨拶には挨拶を、聞かれた事には取り敢えずの返答を、と言うのがスコールにとって出来る精々のコミュニケーションだったのだが、セシルはそれで満足そうだった。
そして偶に、「兄が送ってくれたんだけど、食べ切れなさそうでね」と乾物やら総菜やらを渡しに───見ようによっては、押し付けに───来る。
また栄養失調になったら良くないから、と言われると、突き返すのも気が引けて、スコールはされるがままに差し出されたものを受け取っていた。
時には、「食べに行こうと思うんだけど、一緒にどう?」と誘われ、そう言う時は大抵、スコールがアルバイト疲れて食事の用意も面倒になっていた時で、自発的に外食に行くのも足が重い所を、“誘われる”と言う形で促される事で辛うじて夕飯を口にする事に成功していた。

スコールとセシルの関係は、そう言う所から始まったのだ。
だからスコールは、長い間、セシルは随分と世話好きな奴なのだと思っていた。
その本質が、実は案外と真逆であると知ったのは、セシルの親友だと言う男と逢ってからの事。

やたらとスコールに甲斐甲斐しくしているのは、良い所を見せようとしているからだろう、と彼をよく知る男は言った。
セシルがどうしてそんな事をしてくれたのか、何をどうして、彼がそんな事をしようと思ってくれたのか、今でもスコールは知らない。
ただ、スコールが彼を認識するよりも早く、彼がスコールを見ていた事だけは確かなのだろう。
だからあの日、倒れたスコールを援けるべく動いてくれたのかも。

だからある意味、この形は、「納まるべき所に納まった」のかも知れない。
そう言ったのはセシルの親友で、それを受けたセシルはいつもの食えない笑みを浮かべていた。
それを見た時、スコールはなんとなくハメられたような気がしないでもなかったが、ではこの形に不満や不服があるかと言うと、そうではない。
慣れない感覚こそあれど、関係を否定するような感情は沸かず、寧ろいつかこの心地良さが消えたりしないと良い、とすら願っている。

知り合ってから一年、隣人として過ごし続けた二人の関係は、恋人と言う形に変化していた。
それに伴い、スコールは自身が住んでいた部屋を引き払い、セシルの部屋へと移り住んでいる。
どうせ隣なのに、と思わないでもなかったが、壁一枚の距離がなくなっただけで、“二人で”過ごしている感覚も強くなって、なんとも面映ゆいものがあった。

そんな中で、セシルが言ったのだ。


『これからは、“お邪魔します”じゃなくて、“ただいま”って言ってくれると嬉しいな』


此処は僕の家でもあるけど、これからは君の家でもあるから。
そう言ってふんわりと笑ったセシルに、スコールは眩しさと恥ずかしさで赤くなった。
誰かと一緒に暮らしている、自分の帰りを迎えてくれる人がいる───それがどうしようもなく、照れくさくて、嬉しかった。

しかし、どうにもスコールにその言葉はハードルが高い。
何故と言われると自分でも判らないが、どうしてか、その言葉を紡ごうとすると、いつも喉が閊えるのだ。
アルバイトを終え、新たに自宅となった部屋の前まで帰ったスコールは、今日も先ず息を整える。


(……よし)


息を吸って、吐いて、自分の鼓動のリズムを確認する。
心なしか逸っているのを、いつも通りだと無理やり飲み込ませて、スコールは玄関の鍵を差した。

最近、ようやく隣の部屋のものと間違える事がなくなった扉。
キ、と小さく蝶番が音を立てるそれを開けると、恋人が好んで合わせている、ラジオの音楽が流れていた。
然程大きくはないその音にうっかり負けないように、スコールは意識して声を出す。


「……た、だいま」


また閊えた、とスコールは思った。
が、奥からはいつもと変わらない、嬉しそうな返事が返ってくる。


「お帰り、スコール」
「……ん」


柔らかなウェーブのかかった銀糸が、部屋の奥の窓から差し込む西日を受けて、きらきらと光っている。
その眩しさに目を細めながら、スコールは迎えてくれたセシルの笑顔に、微かに唇を緩めた。

靴を脱いで部屋の奥へと向かえば、クラシックの音楽と一緒に、仄かに甘い香りが漂っている。


「夕飯は出来てるよ。食べるかい?それとも、先にお風呂?」
「……夕飯」
「じゃあ座っていて。すぐ用意するよ」
「俺も手伝う」


スコールの申し出に、セシルは眉尻を下げて笑う。
良いのに、と表情は告げていたが、どうにもスコールは人任せにするのが苦手だ。
それはセシルを信頼していないと言う訳ではないのだが、要は貸し借りを作る事に躊躇いがあるのである。
皿運びでも、茶を淹れるでも、何か一つ仕事をしておいた方が、気が楽になれるのだ。

セシルが料理を器に盛り、それをスコールが食卓のテーブルへ運ぶ。
以前、スコールが栄養失調で倒れた事を鑑みてか、並ぶ食事はいつも栄養バランスがよく考えられている。
一通りを並べ終えたら、向かい合って座って、手を合わせた。


「頂きます」
「……頂きます」


セシルに合わせて、スコールも食前の挨拶を言った。

この一言も、スコールは慣れていない。
養護施設にいた頃は、躾の一環もあり、皆が習慣づけている事もあって当たり前に行っていた筈なのだが、一人暮らしになるとぱったりと止めていた。
更に食事を採らない日も増え、食べてもパン一つとか、水一杯だとか、養母に知られたら怒られそうな位には食への意欲を失くしていた。
そう言う期間が、長くはないが集中した感覚の中で続いた為、スコールは幾つもの習慣と言うものを忘れていたのである。

セシルとの生活は、それを一つ一つ、取り戻していくような所があった。
セシルが言うから、セシルが言うなら───と、彼の希望に合わせる形で、忘れていた言葉を改めて身に付けていく。


「ちょっとレモンが強かったかなあ」
「……別に、悪くない」
「そう?それなら良かった。スコール、結構酸っぱいものは平気だよね。箸も進んでる」
「……普通だろう。そんな事覚えてたのか、あんた」
「大事なことだ。君の好きなものは何かなって、知っておきたいから。スコールが一杯食べれないと、また倒れてしまうかも知れないし」
「もうあんな事にはならないだろ。毎日ちゃんと食ってる。……あんたのお陰で」


セシルが毎日の食事を欠かさず作ってくれるお陰で、スコールの食生活は安定している。
彼が忙しくて台所に立てない日でも、弁当やパンを先んじて準備し、食べないと駄目だよ、と釘を刺されるので、少し面倒でもスコールはちゃんと胃に食べ物を入れる習慣が出来てきた。

────本当に、一つ一つの習慣が、セシルのお陰で戻ってきている。
若しくは、セシルと共に生活する事で、新たな習慣が身に付いて来る。
朝から晩まで独りで、時には学校のクラスメイトと挨拶すらも交わさず過ごしていた事が嘘のように、今のスコールの生活は充実していた。

食事を終えると、「ご馳走様」と言って席を立つ。
これもまた、セシルと一緒に過ごすようになってから、戻ってきた習慣だ。


「セシル、片付けは俺がやる」
「ああ、ありがとう。じゃあお風呂の準備をしておこうか。先に入る?」
「いや───」


後で良い、とスコールが言うよりも僅かに早く。


「じゃあ、一緒に入るかい?」
「……は?」


にっこりと笑みを浮かべて言うセシルに、スコールはぱちりと瞬きを一つ。
そんなスコールに、セシルは「悪い話ではないと思うよ。色々節約になるし」と言った。
確かに、そう言われるとそうだが───と一瞬考えたスコールだったが、


「何言ってるんだ、あんな狭い風呂で」
「はは、まあ、そうだね。じゃあ僕が先に入ろう」


眉根を寄せてスコールが返すと、セシルは笑ってそう言った。

お先に、と手を振って風呂場へ向かうセシルを見送って、スコールは溜息を一つ。
判り易く呆れた吐息であったが、その裏側で、彼の心臓はとくとくと早いリズムを刻んでいる。


(……何を意識しているんだ。馬鹿じゃないのか)


ただ一緒に風呂に入るだけなのに。
いや、入らないけど。
そんな話をしたけれど、どうせ冗談に決まっているのに。

そう思いながらも、俄かに意識してしまう自分が妙に不埒な存在に思えて、シンクの前で一人唇を摘まむスコールであった。





4月8日と言う事で、セシスコ!
セシスコで現パロって書いた事がなかったような、と思って。

知らず知らずのうちにセシルに染められていくスコールが見たい。
セシルはスコールの事を尊重しつつ、しっかりちゃっかりスコールが自分の方を向くようにしていると良いなと。
その為にも、スコールが喜んでくれそうな事は忘れないし、嫌がる事はしない。
でも押しの強さもあるから、スコールが本気で嫌がらないなら、ちょっと意地悪なことしてみたりその先もしてみたりするんじゃないだろうか。

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