[ラグスコ]その匂いを確かめて
スコールにしろラグナにしろ、忙しい身である。
共に経緯としては半ばいつの間にか祀り上げられたものであったが、その立場は組織の或いは国のトップと言うもの。
おいそれと放り出せるものではなく、後進を見付けようにも簡単な話でもなく、ずるずると───ラグナに至っては17年も───その席を埋め続けている。
一応、どちらもある程度の自由は効くが、それもやはり“ある程度”と言うもの。
魔女戦争の終結以降、“月の涙”の影響もあって、SeeDには日夜沢山の依頼が舞い込んでおり、慢性的な人手不足が続いている。
スコールを始めとした主力メンバーが出張る事も多く、お陰でSeeDは指揮官不在と言う場面にも慣れたものだが、とは言え元々の母数がそれ程大きい訳ではないから、人材の不足は簡単に解消できない。
事務的な書類も溜まり勝ちになっていて、スコールは外に出ていない場合は、専らそれに缶詰になっている。
それ位の事をしないと、仕事が後から後から山のように蓄積されてしまうのだ。
ラグナの方はと言うと、エスタの国の組織作りからして、大統領自らが出なくてはならない場面と言うのは少なかった。
ただし、それも開国するまでの事で、魔女戦争終結後、外国に向かって様々な情報発信を行う傍ら、国のトップとしての外遊と言うものも始まり、此方は此方で忙しい。
勿論、内政を放置する訳もいかないから、補助は多くいるとは言っても、やはり大統領の捺印が必要と言う事柄は少なくなく、内にも外にも見るものが多くて大変な毎日を送っている。
そんな二人が面と向かって逢える機会と言うのは、先ずそう簡単には持てないものだった。
なんとかラグナが休みを確保しても、スコールの方が任務に出ていたり、スコールが休んでいる時には、ラグナが外交に出向いていたり。
スケジュールの擦り合わせがそう簡単に上手くいく筈もなく、擦れ違いの日々が続いている。
ラグナの移動の隙間だったり、寝る直前にメッセージを留守番電話に残したり、慰めと言うにも細やかな糸で繋ぎ止めるのが精一杯だった。
だから、お互いの休みが綺麗に被るなんて、奇跡のようなものだ。
それを聞いたラグナが、喜色一杯にして、それを告げたスコールが映るモニターに齧りつく位には。
『マジ?本当?』
「……ああ。このまま、緊急の案件でも入らなければ、だけど」
糠喜びに終わってしまう可能性はいつだって否めなくて、スコールは防御線を張るようにそう言った。
そうなれば休み自体が返上されてしまうと言うのは、ラグナも判ってはいる事だったが、その前にやはり偶然の一致は素直に嬉しいものだった。
『そうなったら、それはしょうがないって。でも、今のまんまなら、本当にゆっくり話が出来るんだろ?』
「……ああ」
『そっかそっか。じゃあ、その日はどうしようか。俺がそっちに行こうか』
「いや……俺がエスタに行く。その方がまだ面倒は少ないだろ」
休みとは言え、一国の大統領が自国から気軽に出て良い訳もない。
其処にはせめて護衛なりお目付け役がいるだろうから、二人きりでゆっくり、と言う時間には出来まい。
裏技的には、其処にスコールを指名して大統領警護の依頼を出しても良いが、それではスコールは仕事モードになるのが関の山であった。
“休み”であるからこそ過ごせる時間と言うものがあるのだから、ラグナは其処には拘りたかった。
だからスコールの言葉には素直に頷いて、
『判った。それじゃあ、その日はエアステーションに迎えに行くからな』
「……ん」
別に要らない、と言うのはスコールにとって簡単な事ではあったが、ラグナが迎えに行く事を楽しみにしているのなら、それも良いと思う。
水を差すような言葉は引っ込めて、スコールもすんなりと頷くのだった。
魔女戦争の後、その最も功労者たるSeeD引いてはバラムガーデンに対し、エスタからラグナロクが譲渡されている。
この世界で最も科学に秀でた国から、最新鋭とも言える、飛空艇を丸ごと渡されたのだ。
他国からすればオーバーテクノロジーにも等しい、宇宙船ともなるその艇は、現在多忙なSeeDの重要な足として重宝されている。
しかし、ラグナロク本体のメンテナンス等は、バラムガーデン単独では手に余るものだった。
この為、定期的にその機体はエスタのエアステーションへと預けられ、各部の調整修繕を行っている。
今回、運良くそのタイミングとスコールの休みとが重なった。
加えて、スコールは休暇をエスタで過ごす予定であったから、「ついでに行き帰りに使ってくれれば、手間が省けるわ」と言うキスティスの提案も後押しとなって、スコールは世界最速の飛空艇を使ってエスタへと到着した。
紅い機体が故郷とも言える国へと降りると、スコールは自身の入国と、機体を預ける為の諸々の手続きを済ませ、ようやくエアステーションの外に出ることが出来た。
短い空の旅は一人だったので気儘なものではあったが、閉じ篭った空間で過ごした後に吸う外の空気と言うのは、なんとなく旨い気がするものである。
ついでに、移動中はずっと座席に座って本を読んでいたので、背中や肩が凝っている。
それを軽く背伸びをして解していると、
「スコール!」
呼ぶ声のした方を振り向いてみれば、相変わらずラフな格好をした、一国の大統領の姿がある。
こっちだこっちだ、と手を振るラグナを、道行く人々は気に留めたり、いつも通りと流していたり。
後者はエスタの国民で、前者は最近この国でも姿が見られるようになった、他国からの観光客だろう。
そっくりさんじゃない、と観光客が囁いているのは無理もないが、あれは紛う事なき本物だ。
傍にキロスとウォードがついている事が、それを証左と示している。
スコールは荷物とガンブレードケースを持って、手を振る男───ラグナの下へ向かう。
「いらっしゃい!いやー、久しぶりだなあ、お前の顔見るの」
「……顔は三日前にも見ただろう」
「そりゃ通信越しの話だろ。ナマで見るのは二ヵ月ぶりだよ」
そう言ってラグナはスコールの頬を両手て包み、ふにふにと揉む。
スコールが顔を顰めてそれを払えば、ラグナは判り易く拗ねた表情をして見せる。
「つれねえなあ」
「車で来たんですか」
唇を尖らせるラグナを無視して、キロスとウォードに訊ねた。
キロスは頷き、あっちだよ、と駐車場の方を指差す。
「観光でもして行くかい?昼は済ませてしまったかな」
「いや、まだ。でも別に何処に行くと言う気分でもないから……」
「じゃあ家で良いか?」
スコールの言葉に、ラグナがころりと表情を変えて言った。
別に構わない、とスコールが頷くと、ラグナはじゃあ行こう行こうとスコールの背中を押す。
外食をする気分でもないが、とは言え時間からして腹は空いていた。
ウォードの運転で走る車は、途中でショッピングモールに入り、キロスがファストフードで適当なものを注文して運んできた。
スコールは急いで食べるつもりはなかったのだが、ラグナが「温かいうちが良いだろ!」と早速バーガーの包装を取ったので、釣られて食べる事になる。
食べている間も相変わらずラグナはよく喋るので、スコールはそれをBGM代わりに食事を進める。
以前は、少しは静かにしていられないのか、と思う事も多かったラグナのお喋りが、今は当たり前にあるものだと感じるようになっているから、不思議なものだ。
偶には静かにしていて欲しいと思うのは、相変わらず、偶に思う事ではあるが。
まるで毎日驚きの出来事が起きているかのように、なんでも喋りたがるラグナのお陰で、車中の時間はあまり退屈には感じなかった。
都市の中心地から離れた所に誂えられたラグナの私邸に着く頃には、食事もすっかり終わっている。
大統領の私宅なら、色々とセキュリティが頑丈な一軒家を想像し勝ちであるが、ラグナの家はこぢんまりとしている。
もっと大きいか、或いは立派である方が、その立場には相応しいのではないかと思うが、何せ其処で暮らしているのはラグナ一人だ。
雇いの警備員やハウスキーパーはいるが、彼等は家に直接寝泊まりはせず、敷地内に備えられている、所謂社宅と言うものに待機住まいをしているそうだ。
だからラグナは実質的に独り暮らしと言う状態だから、それであんまり大きな家では余り過ぎて寂しくなる、だとか。
その家の前に到着して、スコールとラグナは車を降りた。
では三日後に、とキロスが言い、スコールがぺこりと頭を下げると、ウォードはにこりと笑って車を再び発進させた。
遠くなる車にラグナが手を振って、門柱の角にその車体が隠れたのを確認してから、ズボンのポケットからカードキーを取り出す。
「部屋は前と同じ所、綺麗にしてあるから」
「……ん」
ラグナが玄関を開けて、スコールは荷物を持って敷居を跨いだ。
向かう部屋は、以前にもスコールが宿泊に使わせて貰った所だ。
「もうあそこ、お前の部屋にしちゃっても良いなあ」
「…そこまでしなくて良いだろ。月に一度だって来ない事の方が多いんだから」
「でも、専用の場所を作って置けば、お前もこっちに来易くもなるだろ?」
そう言いながら、ラグナは此処だ此処だと言って、ドアを開ける。
確かにそこは二ヵ月前にもスコールが泊まらせて貰った部屋で、あの時と全く変わりなく、ベッドシーツも綺麗に整えられた状態で使用者の到着を待っていた。
取り敢えずソファの足元に荷物を置いて、一息吐こうとスコールが思った時だった。
両手が空になったそのタイミングで、ぐい、と体が引っ張られる。
完全に油断していたスコールは、力の作用のままに連れていかれ、ラグナの腕に閉じ込めるように抱き締められていた。
「ちょっと、ラグナ……!」
「んー」
「!匂いを嗅ぐな!」
首筋に埋められた鼻先が、すん、と其処を嗅ぐくすぐったさを感じて、スコールは顔を真っ赤にした。
離れろ、とラグナの額を掴んでぐいぐいと押すが、ラグナは抱き締める腕の力を緩めない。
それ所か、ちゅう、と首筋を吸われるのを感じて、スコールは思わずビクッと肩を震わせてしまった。
「ラグナ……っ」
「うん」
「聞いてるなら離れろ!」
「うーん。それは、なあ。勿体無くてさ」
ラグナの言葉に、一体何がだ、とスコールが睨むと、翠の瞳がちらりとスコールの顔を見て、
「だって二ヵ月ぶりなんだぜ。お前に逢うの」
「それは判ってる。だからっていきなり……」
「これでも我慢してたんだぞ。あいつらも一緒にいたからさ」
あいつら────勿論、エアステーションから此処まで送ってくれた、旧友たちの事だろう。
彼等の目があったから、そうでなくとも人目の付くところではスコールが絶対に嫌がるだろうから、いつもの過剰気味なスキンシップは努めて堪えた。
しかし、彼等とも別れ、完全なプライベート空間に入った今、もうラグナが遠慮をする理由はない。
ラグナが先ほど吸ったばかりの場所に、温かいものが宛がわれる。
這うようにゆっくりと滑って行く感触で、それがラグナの舌だとスコールも直ぐに理解した。
ぞくぞくとしたものが首の後ろから背中を降りていって、堪らなくなって身を捩る。
「う、ん……っ!」
「……お前、きっと久しぶりの休みだろ?俺より働き者だもんな」
腹を抱くように回されていたラグナの手が、するすると滑って、スコールの腹を撫でる。
その手がシャツの下に侵入している事に気付き、スコールはその腕を掴んで咎めるが、耳元にかかる吐息は既に熱を持っていた。
若くてその熱を覚えたばかりのスコールの体は、容易く伝染するように熱を孕み始めて行く。
は、とスコールが押し殺し損ねた吐息を吐き出せば、ラグナは甘く耳朶に噛み付いた。
「んんっ」
「本当はさ。ゆっくり休ませてやりたいとは思ってるんだけど」
「ん……、だったら……あ……っ」
「……ごめんな。その前に、やっぱり俺が、お前を感じたくなっちゃって」
「……っ」
そんな風に囁かれたら、スコールにはもう何も言えない。
二ヵ月もの間、匂いも感じる事が出来ない画面越しでしか、話が出来なかったのだ。
体温の心地良さを知ったばかりの少年にとって、それは淋しさを思い出すには十分な時間。
そうしてようやく叶った逢瀬に、相手の全てを感じたいと思うのは、無理もなく。
スコールはきゅうと唇を噤んだが、それは程なく解けて、そろそろと蒼の宝玉が背後の男を見遣る。
白い筈の頬を沸騰しそうな程に赤くしている少年の姿に、ラグナは愛しさを詰め込んでキスをした。
偶にしか逢えないもんだから、逢ったら我慢できなくなるラグスコ。
ラグナが毎回こうだと、スコールもそれを覚えてそうなって行くんだろうねって言う。
人前では素っ気なくしたり、ラグナの方が甘え倒しているように見えて、二人きりだとラグナの誘導もありつつスコールも染められているととても楽しい。