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User: k_ryuto
スコールが珍しく真っ当に休みを取ったのは、リノアの為だった。
何かと忙しいばかりで、変に真面目な気質がある所為で、日々を忙殺させているスコールだが、彼の本来の優先順位の第一位はリノアである。
そしてリノアは傍目に見ると奔放な所が多く、よくスコールを自分のペースで振り回しているように見られ勝ちであったが、その実、大事な所ではスコールの気持ちを優先してくれていた。
魔女になった彼女が、何処にも拘束をされる事なく、その事実も一部の人間しか知らない、と言う環境が赦されているのは、騎士となったスコールが“魔女戦争の英雄”として、また“バラムガーデンSeeDの指揮官”と言う公的立場を持っているからだ。
リノアの自由と安全の為にも、スコールは現時点で手元にあるカードを最大限に利用している。
その為の“指揮官”の席であり、肩書であったから、今はまだそれを剥奪されない為にも、この立場について回る義務は安易に放り出せないのだ。
しかし、そればかりを優先していては、リノアと共に過ごす時間は減るばかり。
“月の涙”の影響により、各地の魔物の凶暴化やテリトリー争いが激化した為、人々の生活圏までその脅威は食い込んでいる。
戦う術を持たない人々からは勿論、、軍の対応だけでは間に合わないと、他国からSeeDへの救援要請が増えたことで、スコールを始めとした主力ランクのSeeD達は忙しい日々を送っている。
任務から戻ったその日のうちにまた任務、と言う事も珍しくはなかった。
同時に、復興が進むトラビアガーデンへの助力も行っている為、人手は幾らあっても足りない。
こうした理由が重なる事により、スコールは益々休む暇と言うものを奪われて行くのだが、それではスコールの躰が死んでしまう。
そう言った理由もあって、幼馴染達の先回りの配慮で、スコールは折々に休みを取るようになった。
大抵、それはキスティスやサイファー、アーヴァインと言った面々が、スコールのスケジュールを密かに(勝手に、とスコールは言う)調整し、一日二日の休みを捻じ込むのが常であった。
しかし、今回のスコールは、自分から休暇申請を届け出ている。
スケジュールもしっかり確認して、緊急案件でも飛び込まない限りは、其処が空けていられるようにと調整した。
その日が何か特別な日だった、と言う訳ではないのだが、取るならこの日しかない、と思ったのだ。
申請を出した後、休みを取るから、とリノアに伝えると、彼女は飛び付いて喜んだ。
その笑顔を曇らせたくなかったから、スコールは何としてでも、その日だけは守るつもりであった。
かくして当日がやって来ると、スコールはリノアと連れたってバラムを発った。
たっぷりと時間をかけて休みを満喫するなら、出不精なスコールにとっては寮で過ごすのがベターであるが、それではリノアが詰まらないだろう。
それでも良いよ、とリノアは言ったが、折角の休みなんだから、と思ったのはスコールも同じだ。
折角、リノアの為に取った休みなんだから、彼女が喜んでくれる事がしたい────そう思った。
と言った所で、スコールに女子が喜ぶような甘酸っぱい計画が立てられる訳もなく、取り敢えずと言う気持ちでドールへと到着する。
此処を今日の場所に選んだのは、消去法で残ったからだ。
バラムは二人とも日々を過ごすので見慣れ過ぎているし、ティンバーはリノアがよく『森のフクロウ』に顔を出しに行っている。
デリングシティは少々遠いし、何より今のリノアは実家とガーデンを往復して過ごしているので、此処も彼女にとっては慣れた場所だ。
エスタは遠過ぎるし、二人で出掛ける為にラグナロクを飛ばすのもどうかと、選択肢から外した。
後に残ったのが、船一本でバラムと行き来の出来るドールであった。
だが、結果的にそれで良かったのだろう。
色々な種類の看板が石畳に連ねられたドール市街の街並みを歩き、両手に持った沢山の買い物袋の重みを感じつつ、スコールはそう思っている。
「あっ、あのお店可愛い!」
隣を歩いていたリノアが、向かう先に佇む店を指差して高い声を上げる。
小走りで軒先に駆け寄って行くリノアの手にも、店名の入った紙袋が揺れていた。
追って店前に辿り着くと、リノアがウィンドーに飾られたアクセサリーをしげしげと眺めていた。
クロスや天秤などをモチーフに、シンプルなデザインで作られたゴールドカラーのネックレス。
色違いにシルバーも添えられており、悪くはないデザインだとスコールも思った。
「うひゃあ、良いお値段」
「……買うか?」
「う~~~~ん」
「俺が」
「さっきも買って貰っちゃったからそれはダメ」
「……そうか」
リノアの遠慮に、別に良いのに、とスコールは思う。
確かにネックレスに紐付けられたタグには、そこそこ良い値段が書かれていたが、スコールの給料なら問題ない範囲だ。
カードとグリーヴァのアクセサリー以外に滅多に金銭を注ぎこまない上、忙しさのお陰で大して散財する機会もないスコールである。
興味もないものに投資のような真似事をする位なら、リノアが喜んでくれるものや、彼女に似合いそうな服やアクセサリーを買った方が良い。
スコールはそう考えているのだが、それをリノアに伝えた時、「私がスコールに甘え癖ついちゃいそうだからダメ」と言われてしまった。
甘えてくれてスコールは構わないのに、リノアは自身の線引きをしっかりと守ろうとしている。
それはスコールに迷惑をかけたくないからなのだが、今のスコールは、リノアにならどれだけ迷惑をかけられても良いと思っている。
(……昔と大違いだな)
欲しい気持ちと、財布の事情とで悩むリノアを横目に、スコールはそんな事を考える。
(あんたに振り回されるの、面倒臭いと思ってたのに。今はこんなに……嬉しい)
何気ないリノアの一言に、あっちこっちと目が忙しくなる。
彼女が何を見ているのか、何に喜んでいるのか、確かめて覚えなくてはと思う。
そう言う事を積み重ねて、ちょっとした事でリノアがころころと笑うのが嬉しかった。
だから今日はリノアの為に休みを取ったのだ。
彼女がしたいと言うことなら叶えてやりたくて、そうして笑ってくれるリノアの顔が見たかった。
悩みに悩んだ末、リノアは店に入るのを諦めた。
見る位良いだろう、とスコールは言ったのだが、
「入ったら欲しくなっちゃうし、スコールも買ってくれそうなんだもん」
「……別に良いだろう。ドールは滅多に来ないし、あの商品が次に来た時にあるかも判らないぞ」
「う~、そうだけどぉ。ほら、荷物ももう一杯だし。これ以上重くなったら大変でしょ」
「別に。殆ど服だし、軽いから問題ない」
二人の両手に抱えられた紙袋の中身は、殆どが服だ。
スコールがリノアの気に入った服を買い、リノアもスコールに似合いそうな服を買った。
その他、折角ドールに来たのだからと、幼馴染の面々たちにお土産を、と言うリノアの提案で、彼等にも合いそうなものを一点ずつ、此方は割り勘だ。
こうして二人の荷物は増えた訳だが、中身が服や小さなアクセサリーばかりなので、スコールにとっては嵩張りはすれども重さは気にならなかった。
それでも、良いの良いの、とリノアが言うので、スコールはそれ以上言うのは止めた。
遠慮していると判る彼女を前に、どう言う選択をすれば正解なのか、スコールにはまだ判らない。
甲斐性を見せる所だろうが、と頭の中で対象の傷を持つ男が背中を蹴った気がする。
帰ったら蹴り返そう、と勝手に仕返しを決意しつつ、スコールはリノアと並んで、オレンジ色の光に濡れる石畳を歩いて行った。
「帰りの船までまだ時間があるよね?」
「ああ。行きたい所でもあるのか」
「ん~……行きたいトコ、とかはないんだけど。ちょっとお散歩したいなあって」
そう言いながら、リノアがすす、と身を寄せて来る。
下から覗き込むリノアと目線を合わせれば、じい、とねだるような瞳がスコールを見詰め、
「……手、繋ぎたいであります」
「……塞がってる」
お願い、と小首を傾げて見せるリノアに、スコールは両手に持った買い物袋を掲げて見せる。
リノアもそれは判っていたのだろう、だよねぇ、と唇を尖らせた。
荷物云々は事実であるが、それでなくても、スコールは中々リノアと手を繋がない。
バラムガーデンでは周りの目線があるので仕方のない事だと、リノアも判っているつもりだ。
だからこうして、ガーデンから離れ、二人きりになった時位はと思ったのだが、荷物があるのでは仕方がない。
ついついはしゃいで買い込んでしまった自分を叱りつつ、でも散歩は出来る、と思っていると、
「……リノア」
「はーい」
「これだけ持ってくれ」
「ん?うん」
差し出された紙袋を、リノアは半ば反射的に受け取った。
薄手のシャツが二点入った軽い袋と、セルフィの土産にと買ったブレスレットの入った小袋。
それ以外の荷物を、スコールは既に物を持っている右手へと集め、空になった左手をリノアの前に差し出す。
「え?」
「………」
無言で差し出された、黒の手袋を嵌めた左手。
その意図を直ぐに理解できなくて、きょとんと眼を丸くするリノアに、スコールは薄らと赤くなった顔を反らしながら、
「……繋ぐんだろう」
そう言って、差し出した手を握ったり開いたり。
照れ臭そうなその仕種に、リノアの胸にむずむずと甘酸っぱくて温かいものが芽吹く。
リノアは直ぐに荷物を片手に集めて、右手をスコールの手に重ねた。
白くて細いリノアの指が、スコールの指の隙間にするんと入って絡み合う。
柔く握ってやれば、お返し、とばかりにぎゅっと握る返事があって、スコールの唇が和らいだ。
いちゃいちゃデートのスコリノ。
スコールは懐に入れた人間に対してガバガバになりそうなので、リノアに対して凄く甘いだろうなって言う。
それに遠慮なく甘えるリノアも好きですが、結構ちゃんと礼節を守ったり、誰かの迷惑にならないようにしようって頑張る子なので、際限なく甘やかしそうなスコールを宥めたりもしそう。
でも些細だけど一番のお願いをするっと叶えてくれるスコールに、やっぱり甘えたいリノアは可愛いと思います。
飲み会と呼ばれるような集まりに、セフィロスは先ず参加する気はないのだが、会社主導でそれが企画されると、流石に逃げるのは難しい。
仕事のスケジュールを理由に躱せればよかったのだが、毎回そう都合良くはいかない。
寧ろ、セフィロスのように飲み会の類を躱そうとする者程、今回はなんとしてでも参加させろ、と言う上の意思が働いたのではないだろうか。
そんな事を勘繰ってしまう位には、珍しい人間が揃っていた。
所謂今時の若者と言うのは、縦の繋がりよりも自然的な横の繋がりを求めつつ、尚且つ自分の時間は保持したい、或いはするべきと言う意識があるので、強制参加の飲み会や勉強会は余り評判が良くないのが現実だ。
しかし、飲み会によって構築される社員同士の信頼関係と言うのもあるので、企画される事自体は悪い話ではない。
出来れば其処に参加に関して自由意志にさせて欲しい、と言う声も多く出ているが、残念ながら、会社の上の方には中々それは届いていないらしい。
だから、セフィロスのように平時であれば間違いなく不参加を貫くであろう人間も、顔出しだけでも済ませておかなければならないのである。
会社主導とあって、飲み会の店はそこそこ良いランクで、更には大宴会場を貸し切ってと言う中々豪胆なものになっていた。
アルコールの豊富さは勿論、摘まみになる食事も豪勢で、その負担の多くは会社が出し、社員は最低限の参加費は必要だが、その金額が安く済んでいると言うのは幸運だ。
半ば強制参加とも言えるようなものであったから、せめてそれ位はして欲しい、と言うのは社員の当然の気持ちである。
セフィロスは今日の夕食分を腹に収めれば、早々に帰ってしまおうと思っていた。
が、自分と同じく運悪く参加する事になってしまった同類仲間を見付けて、少し気が変わった。
酒に強くないこと、悪酔いすると迷惑をかけるからと、どちらかと言えば真っ当に真面目な理由でいつも酒の席を断っていたその人物───レオンはセフィロスの同僚だ。
同じ時期に入社した事から始まって、それなりに近い付き合いを続けている彼とは、いつしかその関係に“恋人”と言うカテゴリが加わった。
男同士であるが、そんな事よりも、彼を腕に抱いた時の心地良さが忘れられなくて、セフィロスは彼を手放したくないと思っている。
レオンは余りそう言った事をセフィロスに伝えては来ないので、彼の胸中がどうなっているのかはセフィロスにも判らない部分はあるが、真面目で誠実な彼が別れを切り出さない事、ふとした折に見られる笑みが柔らかい事から、彼からもこの関係を望まれていると確信している。
そのレオンが、今回の飲み会に参加していたのだ。
入り口で顔を合わせ、「お前も逃げ損なったか」と言ったセフィロスに、レオンは苦笑いをしていた。
お互い運が悪かったのは判り切った話で、適当な所で抜けようとは思うんだ、とレオンは言っていた。
しかし、良くも悪くも真面目で押しに弱い所があるレオンは、上司も多く参加するこういった席で、中々誘いを上手く躱す事が出来ない。
だからセフィロスも、早々に逃げるつもりだった腰を落ち着けて、思った通り、絡みが面倒と定評のある上司に捕まっている恋人の様子を見守っていたのだが、
(限界だな)
何杯目になるか、件の上司が寄越してきた酒を、どうにか飲みほしたレオンを見て、セフィロスは席を立った。
隣に座っていたザックスが「お帰りか?」と言うので、片手だけを上げて返事をする。
どうせ途中退席するからと、参加費は先にザックスに預けてあるので、セフィロスがこのまま帰っても問題はない。
しかしその前に、回収するものは回収しなくては。
目的の場所へと向かう道すがら、セフィロスはあちこちから声をかけられた。
その殆どは上司、更には女性である事が多く、中にはセフィロスの手を引こうとする者もいる。
それを適当に往なし避けながら、セフィロスは目当ての人物に声をかける。
「おい、レオン」
「……んん……」
テーブルに突っ伏しているレオンの反応は、捗々しくない。
肩を揺らすと、嫌がるように腕がセフィロスの手を払う仕草をした。
揺らさないでくれ、と言う彼の後ろ髪の隙間から見える首は、見るからに赤らんで汗を掻いている。
そんなレオンの隣を陣取っていた上司は、もう一人、今回狙っていた人物が来た事に、喜色満面を浮かべた。
「おお、セフィロス。お前もほら、飲め!レオンも随分飲んだから、お前も一杯くらい良いだろう」
にこにこと上機嫌な上司は、悪い人間ではないのだが、逆に何事にも悪気がないのが性質が悪い。
部下の間で密かに囁かれているその評判は、全くもって的を射ている。
故に、適当に機嫌を取ったら後は物理的距離を取るのがベターであるのだが、レオンはどうにもその引き際が弱いのだ。
セフィロスはやれやれと言う気持ちで、差し出されたグラスを受け取った。
高さのあるグラス一杯分、なみなみと継がれている透明なそれを、一気に飲み干していく。
その潔さに、おお~、とテーブルから拍手が上がった。
そしてすっかり空にすると、セフィロスはグラスをテーブルに置き、ぐったりとしているレオンを抱え起こした。
「では、私はこれで。レオンも限界のようですから、ついでに帰らせますよ」
「おいおい、レオンはまだだぞ。お前より中々参加しないんだから、もうちょっと」
「殆ど意識がないので無理ですよ。では、失礼します」
引き留めたがる上司をさらりと躱して、レオンの荷物も回収し、セフィロスはレオンに肩を貸しながら、テーブルを離れて行く。
レオンは足元にも碌に力が入っていないが、暴れる訳でもないので、運ぶ分には楽な方だ。
宴会場を離れて店の出口となるエレベーターを待っていると、其処から見慣れた金髪───クラウドが現れた。
「タクシーを止めておいた。店の前で待っている」
「ああ」
セフィロスの動きをザックスから聞いたか、用意の良い後輩に一言だけを返して、入れ違いにエレベーターに乗り込む。
エレベーターの中で、セフィロスはレオンを背に負った。
耳元で唸る声がするが、まだ意識は戻りそうにない。
元々酒に強くないと言うのに、上司に薦められたからと断り切れずにお代わりまで飲んでいたのだから、潰れてしまうのも無理はないと言うもの。
これがパターンになっているから、平時のレオンは頑なに宴会への参加を固辞しているのに、強制参加の飲み会と言うのも考え物である。
クラウドが言っていた通り、タクシーは店を出て直ぐの場所で待機していた。
ドアが開けられ、レオンを奥に乗せてから、セフィロスも座席に深く座る。
どちらまで、と訊ねる運転手に、セフィロスは一瞬考えてから、自宅の住所を伝えた。
(あれだけ飲んでいたからな。家まで帰らせた所で、碌に動かんだろう)
レオンを彼の自宅へと送る選択肢もあったが、結構な酒量を飲んだレオンは、まだ目覚めそうにない。
結局家の玄関先まで自分が運ぶ事になるし、レオンがその後目を覚ますか、覚ましたとしてきちんと諸々の処理をしてベッドに入れるか、セフィロスは全く信用していなかった。
都会の車の波に乗って、タクシーが走り続けて三十分が経った頃、セフィロスが自宅としているタワーマンションが見えて来る。
閑静な住宅街に聳えるそれは、多くの人々から憧れの場所として見上げられているのだが、セフィロスにとっては通勤に便利な場所が其処だった、というだけの事だ。
それを言った時には、ザックスから「これだから根っからセレブな奴は!」と言われたのは記憶の隅には残っている。
レオンを背負ってタクシーを降り、マンションの玄関ロビーを潜る。
レセプションスタッフから郵便物を受け取った後、背負われた青年の様子を見て察したか、ミネラルウォーターのペットボトルを貰った。
起きたら飲ませた方が良いな、とまだまだその兆しの見えないレオンを背に、エレベーターへと乗り込む。
飲み会など進んで参加する事は先ずないので、セフィロスもそれなりに疲れている。
やはり酒を飲むのは一人でのんびりと傾けるか、気の知れた者とのみ飲み交わす位が丁度良い。
しかし、最近は仕事の忙しさも増している事もあって、自宅ですらあまり酒を開けていない気がする。
気が向いた時にでも少し良い酒を買って、レオンがまた泊まりに来た時にでも開けようか。
そんな事を考えながら、セフィロスは自宅の扉を開けた。
「……ふう」
「……ん……」
一つ息を吐いたセフィロスの背中で、もぞ、と荷物が身動ぎした。
「う……?」
「起きたか」
「……セフィロス……?」
薄らと目を開けて、きらきらと光る銀糸のカーテンに、レオンは眩しそうに眉根を寄せる。
名前を呼ばれたセフィロスは、短い返事をしながら、背負っていたレオンを下ろして立たせるが、
「う、ん、」
アルコールが回っているレオンの足元はふらふらと危なっかしい。
セフィロスはレオンの腰を抱いて支えながら、靴を脱ぐように促した。
レオンはセフィロスに掴まり、のろのろと靴を脱いで框を上がる。
「ここは……」
「俺の家だ。お前を帰らせても、碌な事にはならなさそうだったからな」
「……うん……」
「歩けるか」
「………」
レオンはセフィロスに捕まったまま、その手を放そうとしない。
酔いが抜けないものだから、自力で立っているのも辛いのか、縋るものを求めているようにも見える。
やれやれ、とセフィロスはそんなレオンを支えながら、リビングへと向かう。
レオンをソファへと座らせて、セフィロスは玄関ロビーで貰ったペットボトルを出し出した。
茫洋とした青の瞳が、ぼんやりとペットボトルの口を見詰める。
「飲んでおけ。大方、明日は二日酔いだろうが、少しは楽になるだろう」
「……ああ」
促された通りにペットボトルを受け取ろうとするレオンだったが、持った筈のその手から、すとんとペットボトルが落ちてしまう。
床に転がるそれを見詰めるのみの恋人に、仕方がないとセフィロスはペットボトルを拾った。
蓋を開けて水を口に含み、レオンの顎を捉えて上向かせ、唇を重ねる。
「ん……、ふ、」
濡れたセフィロスの唇の感触に、レオンは薄く相貌を細め、そっと唇を開けた。
少し温まったとろりとした液体が、レオンの咥内へとゆっくりと滑り込み、乾いていた舌を湿らせていく。
体の不足した水分を補おうと、こく、こく、と喉が小さく鳴る音が聞こえた。
含んだものを明け渡すと、セフィロスはもう一度ペットボトルを口へと運ぶ。
直接飲ませるのが手っ取り早いとは思うが、今のレオンにはペットボトルを渡した所でまた落とすだろうし、飲もうとして胸元をびしょびしょにしてしまうのがオチだろう。
手のかかる酔っ払いだ、と思わないでもなかったが、こうしたレオンの姿が見られるのは珍しいので、それを独占できる優越感もある。
そろそろと伸びて来たレオンの腕が、甘えるようにセフィロスの首に絡むのも、悪い気はしなかった。
ぴちゃ、ぴちゃ、と濡れた音を鳴らしながら、二人の舌が絡み合う。
もっと、と求める舌に応じる為に、一旦唇を離そうとすると、縋る腕がそれを嫌がった。
「んぅ……っ」
今度はレオンの方から、セフィロスへと口付けが押し付けられる。
湿った舌がつんつんとセフィロスの唇をノックして、明け渡す事を強請っていた。
望むままに応じてやれば、直ぐにレオンの舌が進入して来て、セフィロスのそれを絡め取る。
「ん、ん……っ、」
「ふ……、ん……」
「んむぅ……っ」
差し出された舌を啜ってやると、びくん、とレオンの躰が判り易く震えた。
ちゅるりと唾液を絡める名残の音を鳴らしながら、ようやっと唇を放せば、レオンの口からほうっと甘ったるい吐息が零れ、
「セフィ…ロス……」
レオンの手がセフィロスの頬をゆったりと滑る。
蒼の瞳が甘い甘い熱に染まり、見下ろす銀糸の男をうっとりと誘っていた。
セフィロスもレオンも、明日の仕事はない。
だから飲み会に捕まって逃げられなかったのだが、今となってはそれが非常に好都合だ。
明日になればきっと頭痛に悩まされるだろう恋人を想像しつつ、それよりも今は愉しんでやろうと、甘える腕を取るのであった。
7月8日と言うことで、セフィレオ。
レオンが酔っ払ってるので結構積極的だし、セフィロスもケロッとしてはいるけど酒を飲んでるので、色々燃え上がる夜になりそうです。覗きたい。
※ムーンシャイン(Moonshine):密造酒
一時、恋人同士の時間を持ちたくて、スコールを連れて秩序の聖域を離れた。
何をしたいと言う訳でもなかったし、そう言うものは夜に集約されていた所もあり、それが不満と言う事もなかったのだが、それはそれ、だ。
聖域には他の仲間の気配もある事から、恥ずかしがり屋の恋人は、どうしてもスキンシップの類に積極的ではない。
元々がそう言う性格である事は判っているつもりだが、それでも時々、スコールの方から接触を求めて欲しいな、と些細な我儘を持つ事はあった。
だからスコールを連れ出した訳だが────秩序の女神の恩恵が届く範囲から一歩でも離れれば、其処は何処であろうと戦場だ。
徘徊するイミテーションや魔物に襲われるのは日常の一部で、それらは此方の都合など鑑みてはくれない。
静かな湖畔の袂で、少し緊張した面持ちのスコールから、不慣れながらも精一杯のキスが貰えそうな所だったのに、茂みの奥から匂った魔法の気配に、甘い空気は吹き飛んだ。
現れたのはイミテーションの群れだ。
練度は高くないが、どれもが通当てを得意とする魔法タイプのものであったのが、二人にとっては厄介なこと。
魔女を司令塔に、少女、妖魔、道化と言う配置に、近接パワータイプであるクラウドとスコールは聊か不利である。
先ずは魔法に癖があって、本人とよく似た軌道の読み辛い道化を集中して叩き、破壊する。
次に少女と妖魔を分断し、彼女らの懐に潜り込み、魔法使いが得意とする遠距離の攻撃を殺した。
僅かな時間差で二体は破壊され、最後に残った魔女を追う。
他の三体に比べれば精巧な造りをした魔女のイミテーションは、己の有利な立ち位置と言う者を正確に把握しているようで、決してクラウド達と距離を縮めようとはしない。
追えば追っただけ逃げる魔女に、痺れを切らしたのはスコールだった。
「一気に詰める」
「無理をするなよ」
ガンブレードを構え直し、リボルバーに弾を込めると、スコールの全身から闘氣の圧が溢れ出す。
狙いを定めた一歩を踏み出した直後、スコールは爆発的に加速した。
力の流れを刃の切っ先に集約し、発生する氣の流れに乗って、一気に魔女との距離を詰める。
魔女は抵抗に矢の雨をスコールに向かって放った。
スコールの氣の圧力を切り裂いて、黒曜の矢が彼の躰を掠めるように貫いて行くが、スコールの進軍は止まらない。
あと一歩と言う距離で、スコールは次の踏み込み、そこからもう一段階加速する。
ゴウッ、と真空を切り裂いて迫った刃に、魔女は後退姿勢を取りながらもう一度詠唱を始めるが、遅い。
耳障りな断末魔と共に、人形は粉々に砕け散った。
スコールの走った軌跡の刻まれた後を追う格好で、クラウドも走る。
人形の末路である破片が、光の粒子を纏って塵も残さず消えた頃、クラウドは少年の下へと到着した。
「他に敵はいないようだ。終わったな」
「ああ」
ふう、とスコールがようやくの一息。
その足元が僅かに揺れて覚束ないのを見て、クラウドは眉根を寄せた。
「怪我をしたか」
「……別に」
「隠すな。ちゃんと見せてみろ」
「大したものじゃない」
「お前のそれは信用ならないからな」
もう一度、見せてみろ、とクラウドが促す。
するとスコールは、判り易く眉間に深い皺を寄せたが、じっと見つめる魔晄の瞳に敗けて、ズボンの裾を捲り上げた。
スコールの足は、矢が突き刺さった痕がくっきりと残り、出血している。
大漁出血、と言う程に大きなものではないが、このまま歩くのは辛いだろう。
「ポーションもないしな……ケアルは?」
「戦闘で魔力は使い切った。……応急処置だけ済ませる」
「俺がやろう。ちょっと座れ」
必要ない、自分でする、と言われる前に、クラウドはスコールに楽にするようにと言った。
案の定、スコールは「自分で」と言おうとしたのだろう、口が中途半端に開いたが、クラウドが応急処置用の包帯を用意するのを見て、大人しく腰を落とした。
地面に座り、ズボンを膝下まで捲り上げるスコール。
遠出のつもりなら水筒位は用意して出たのだが、今回は直に戻るつもりであったから、使える道具は然程ない。
スコールが持っていた布地で足を濡らす血を拭いたら、包帯で手早く周りを覆う。
後は早めに聖域に帰って、魔法で治療するのが良いだろう。
その為にも、とクラウドは、スコールの躰をひょいと抱いて立ち上がった。
「な……!ちょっ、おい!」
「ん?」
急な浮遊感に驚いて声を上げるスコールに、クラウドはけろりとした声で返事をした。
どうかしたか、と平然とした顔で訊ねる男に、スコールは赤い顔で近い距離にあるクラウドの顔を睨む。
「下ろせ!歩ける!」
「歩けはするだろうが、それだと悪化するだろう」
「問題ない!」
「まだ出血も止まってないんだ。安静にしておけ」
そう言って、クラウドは歩き出した。
出来るだけスコールの足を揺らさないように───と思っているのだが、抱えられている本人が暴れるものだからどうしようもない。
「あまり騒ぐな。落とすとまた怪我をするぞ」
「あんたが下ろせば良い話だ!」
「それじゃ傷が悪化する」
「平気────っ……!」
平気だ、と言おうとしたスコールの声が途中で途切れる。
足を引き攣ったように強張らせ、顔を顰めるスコールに、言わない事じゃないとクラウドは溜息を一つ。
「意地を張るからだ」
「……意地なんて張ってない」
「ああ、そうだな」
意地っ張りで負けず嫌いの少年は、図星である程それを認めたがらない。
クラウドが流す形で返してやれば、今度は拗ねた顔で唇を尖らせた。
抱えたスコールを出来るだけ揺らさないように、しかしのんびりとする訳にも行かないので、クラウドは急ぐ歩調で帰路を進む。
スコールは時折眉根を寄せ、痛みを堪える仕草を見せており、やはり歩かせなくて正解だったとクラウドは思った。
クラウドとしては、欠片でも自分に魔法の才があれば、もう少し痛みをなくしてやる事が出来たのにとも思うが、ないもの強請りをしても仕方がない。
ちょっとしたデートの気分で出掛けるにしても、ポーション位は用意しておくべきだったな、とそれは反省した。
聖域の気配が近付いてきた頃、おい、とスコールが声をかけた。
「なんだ?」
「……着く前に下ろせ」
その言葉にクラウドが足を止めて腕の中の少年を見れば、薄らと赤い顔が此方を睨んでいる。
恥ずかしがり屋の彼の事だ、このまま帰って誰かに目撃されたくないのだろう。
そんなスコールに、クラウドは俄かに悪戯心が擽られた。
「別に俺は疲れていないぞ」
「あんたの事を気にしてるんじゃない」
「怪我人を運ぶのは普通の事だ。恥ずかしがる事でもない」
「じゃあせめてこの運び方を止めろ」
「怪我人や病人の運搬には適した手法だと思うが」
クラウドはスコールの背中と膝裏に腕を通し、横抱きにしている。
これだと両手が使えなくなる為、戦場と言う環境には適していないと言えるだろう。
スコールは意識があるので、背負えば自分でクラウドに掴まる事も出来るし、クラウドも武器を持つ手が空くので其方の方が無難だ。
しかし横抱きにしていると、運んでいる人物の顔が確認し易い為、負傷者の容態を確かめながら運ぶことが出来るので、クラウドの言うことは事実である。
しかし、この体勢はクラウドやスコールの世界では、俗に“お姫様抱っこ”と言われる奴で、女性がロマンスを求めて憧れるスタイルでもある。
女性は抱える男性の腕に体をすっかり預け、男性は人一人をその腕のみで抱えなくてはならないので、腕だけでなく体幹にも十分な筋肉を求められる。
この時、女性がドレスでも着ていれば、それはそれは映える絵になるのだが、現実は中々難しかったりする。
それを平然とやってのけるクラウドの筋肉は伊達ではない───が、抱えられているスコールは男だ。
背に感じる腕の逞しさは力強く、頼り甲斐があるのだろうが、それにときめく心をスコールは持ち合わせていない。
「とにかく下ろせ。出血も止まったし、もう歩く」
「無理をするな」
「してない。もう、あんた、しつこい!」
スコールは腕を振り回して、クラウドの腕から逃げようとする。
しかし、この抱き方は、古くは花嫁を攫う為の手法として使われた、等と言う話もあり、抱えられた者が其処から抜け出す事が難しい。
何せ腹に力を入れようにも腹部が折り畳まれた状態で、膝は曲げられ、踏ん張りも利かないのだ。
由来については真偽の判らない事だが、スコールが幾ら暴れた所で、簡単に逃げられる訳もないのは確かだった。
クラウドの肩を掴んで腕を突っ張ったり、顎を押してみたりと奮闘するスコールだが、クラウドはけろりとしていた。
寧ろ、何処か微笑ましそうに魔晄の双眸が細められ、それに気付いたスコールが益々悔しくなる。
「くそ……」
「着いたら下ろすさ。それまで良い子にしていろ」
「子供扱いするな」
苦い表情で、最後の抵抗のように、スコールはクラウドのアシンメトリーに伸ばしたもみあげを引っ張る。
いたた、とクラウドが顔を顰めれば、ようやく幼い留飲が下がったようだ。
クラウドに全く下ろす気がない事、これ以上抵抗しても自分が疲れるだけだと悟ったか、スコールは一つ息を吐いて、体の力を抜いた。
クラウドの腕に感じる重力感が少しばかり増したが、気になる程でもない。
暴れてくれたお陰で楽なポジションから少しずれてしまった体勢を、クラウドは抱え直して整えてから、歩く足を再開させた。
規則正しい歩調のリズムに揺られながら、スコールはクラウドの肩に頭を乗せる。
歩かなくて良い事が楽であるのは事実だし、それなら利用させて貰おう、とようやく切り替えたのだろう。
肩を擽る柔らかい髪の感触を感じながら、クラウドは進む。
「痛みはどうだ?」
「……マシにはなった」
「次はちゃんとポーションを持って行った方が良いな」
「……ああ」
「まあ、俺はまた“これ”でも構わないが」
クラウドの言葉に、じろりと蒼が睨む。
絶対に御免だ、と言う音のない声を聞きながら、クラウドは傷のある額にキスをした。
真っ赤になって下ろせと再び叫び出したスコールを往なしつつ、やっぱりこの抱え方が正解だな、と思うのであった。
7月8日と言うことで、いちゃいちゃクラスコ。
戦闘中はどっちもそのスイッチが入ってるから、無茶するのもまあ仕方がない位の心構えだけど、終わったら甘やかしたいし大事にしたいクラウドでした。
誰かと熱を共有したのは、随分と久しぶりの事だったように思う。
ただ欲を発散するだけなら、それを生業にしている者を買った事もあるけれど、それとこの熱は別物だ。
触れ合う肌の存在すらも邪魔に感じてしまう程、蕩け合う心地良さに身を委ねる事が出来たのは、もう何年の昔の話───だった。
愛しい人を喪ったのはロックにとって深い根を張り、故に彼は“守ること”に固執する。
馴染みの付き合いとなったエドガーから、「気持ちは判らんでもないがね」と少し苦い笑みを向けられる位には、ロックの根は重く昏い所に食い込んでいる。
ロック自身も少なからずその自覚はあったが、だが、だからと言って、嘗て自身の自惚れや油断から、全てを捧げても良いと思った人を喪った事は、忘れ難いものだったのだ。
だから、誰かと深く繋がる事もしなかった。
職業柄もあって、人との繋がりや縁を作る事に抵抗はなかったし、だからこそロックはパイプ役として役に立つ事が出来た。
秘宝を求めて培った情報網が、帝国との戦いに役立ったのは、その帝国の攻撃に因って命を落とす事になった恋人への贖いをしているような気持にもなれた。
───そんなものを彼女が望んでいた訳でもないのだろうけれど、軛に繋がれ続けていた男にとって、それが生へのエネルギーになっていた事も確かである。
けれど、結局の所、それはそれ、と言うものだ。
パイプ役も、それを通じて得た人との縁も、ロックにとっては“役に立つもの”であったけれど、其処に特別な感情があった訳ではない。
けれど今、褥に組み敷いて繋がり合う少年との邂逅が、ロックのそんな垣根を越えさせた。
「あ……んん……っ!」
「……っ!」
ピアスが光るロックの耳元を擽る、甘い吐息。
平時の低く落ち着いた声色とは全く違う、判り易く上擦った声を聞きながら、ロックは少年───スコールの中へと自身の熱を吐き出した。
スコールはロックの熱を余す所なく受け止めながら、「あ、あぁ……!」と背中を仰け反らせている。
本能的な反応か、逃げを打つように捩られる細い腰を抱き寄せれば、薄い腹がビクッと跳ねた。
連動するように締まる中の感触が心地良くて、ロックは汗を滲ませながら、歯を噛んで競り上がる衝動が終わるのを待った。
はあ、はあ、と二人分の熱の籠った呼吸が繰り返され、灯りを消した暗い部屋の中で反響する。
絶頂の余韻か、ヒクヒクと震えて已まない中の感触が心地良くて、ロックはこのままでいたいと思う。
しかし、四肢を強張らせている少年の負担を考えると、流石にそれはと思い直し、ロックはゆっくりと体を起こして、スコールを開放した。
「あ……う……」
擦れる感覚にか、スコールが悩ましい声を零す。
抱いていた腰を掴む腕の力を緩めると、またスコールが身を捩った。
白い足が何度もシーツの波を蹴って、長い睫毛を抱いた瞼が、何かに耐えるように強く瞑られる。
それから幾何かして、濡れた唇から、ほう……と吐息が零れた後で、ようやくスコールが目を開けた。
「っは……はぁ……」
「……大丈夫か?」
「………」
ロックが声をかけると、蒼の瞳がゆぅるりと此方を見た。
いつも凛として、聊か尖った印象すらも与えるブルーグレイが、今は蕩けて柔らかい。
眦に滲む雫を、そっと指先で拭ってやると、スコールは猫のように両目を細めた。
動く気力もないであろうスコールの躰を抱き起こすと、スコールはそのままロックに寄り掛かって来た。
火照った肌に滲んだ汗が、降れる肌の温度を奪っているのか、触れ合う躰が僅かに冷たく感じられる。
さっきはあんなに熱かったのに、と思っていると、スコールの頬がロックの肩に寄せられた。
「……つかれた……」
「はは、そうだろうな」
「……こんなに、疲れるなんて……」
知らなかった、と呟くスコールの声は、少し掠れている。
良く喘いでたもんなぁ、と思いつつ、ロックはふと気になる事を思い切って訊ねてみた。
「なあ、スコール」
「……なんだ」
「ひょっとしてお前ってさ、こう言うの、初めてだったか?」
それは、触れ合う直前という段階になって、ロックが違和感に気付いた事だった。
こう言った事も考えられる間柄になってから、それなりの時間が経って、ようやく今日と言う日が来た。
男であれば、やはり好いた者への情欲と言うものが沸いて来る。
相手が男であってもそう言うものが沸くのかと、それはロックも初めての経験ではあったが、単純な性欲処理の目的ではなく、心から全て交わりたいと思っていたのは本当だ。
とは言え相手はどうかと、伺うように何度かに渡って確かめて、スコールも同じ気持ちである事を確認してから、ロックは彼を抱く決意をした。
そして今晩に至った訳だが、正にそれを始めようと言う所で、ロックはスコールが酷く緊張した面持ちをしている事に気付いた。
相手は同性であるし、抱かれる側となれば無理もないだろうと、出来るだけ優しく努めようと思ったロックであったが、どうやらスコールの緊張の下は、それ以前の問題であったように感じられた。
例えば、キスをする時に息を止めていたり、耳に触れると酷く驚いた顔をしたり。
胸に触れれば困惑した表情を浮かべたのだが、蕾に触れると可愛い声が出て、顔を真っ赤にして口を塞いだりもして。
固く閉じている秘部に受け入れて貰う為、解さなくてはと指を入れると、引き攣った声が出た。
其処で経験するのが初めてなら仕方のない事で、それなら傷付けないようにロックはこれ以上ない程、丁寧に宥めてやったのだが、それが彼の新たな扉を開いたらしい。
次第にスコールの躰は熱を帯び、快感を拾うようになり、それがまた快感の呼び水になったのか、いつしか彼は何処に触れても艶のある声を上げるようになった。
そして、感じれば感じるほどに、彼は困惑しては縋るものを求めてロックを呼び、繋がった時には既に前後不覚になっていた程。
それだけ感じていたのは、彼自身の躰が、触れられる事に対してまるで耐性を持っていないと言うのもあるのだろうが、それ以上に、快感と言うものに対して無防備であったからだ。
ロックが触れる度、体に湧き上がる感覚や衝動を往なす術と言うものを、スコールは全く知らなかったのだ。
行為の途中からそれに気付いたロックであったが、最中に問うのも無粋な気がして、それ以上に自身の昂ぶりにも浚われて、確認する事を後回しにしていたのだが、
「……悪いか」
ようやく訊ねたロックに対し、スコールは顔を上げずにそれだけ答えた。
詰まりは、ロックの問う通りだと言う訳で、ロックはやっぱりなぁと思いつつ、
「意外……」
「はあ?」
ぽつりと小さく零れたロックの呟きは、腕に抱かれた恋人にしっかり聞こえていた。
赤らんだままの顔を上げ、眉尻を吊り上げて睨むスコールに、ロックは迂闊な自分の口を抓りつつ、
「いや、悪い、そうだったな。お前の世界じゃ、お前はまだ大人じゃないんだっけ」
「……」
「俺の世界じゃ、お前くらいの歳には、もう経験してる奴が多かったから。お前も綺麗な顔してるから、モテるんだろうなと思ってたしな」
世界が違えば、その背景も違い、情勢は勿論、常識も変わる。
ロックはそれをこの闘争の世界に召喚されて知った。
ロックにとって、自立していればその年齢を問わずに───最も、10歳そこらであれば話は違うが───成人と見て良いと思っている。
しかし、スコールの世界では、20歳未満はまだ法の下に保護される立場であり、故に大人ではない制限も多いとのこと。
性的経験の類については、少なくとも“公的には”それを許される年齢には届いていないらしい。
それでも、大抵は個人個人で階段を上る例も少なくないそうだが、スコールは人の輪から離れて過ごしていたから、そう言った付き合いもなかったのだろう。
そう考えると、スコールの“初めて”が今日であったのは、当然と言えば当然と言えた。
想像が足りなかったと、自分の一言が聊か軽率であったことを詫びるロックを、スコールはしばらく睨んでいたが、やがて溜息を一つ吐くと、またロックの肩に額を乗せた。
甘える仕草で許してくれることを伝える恋人に、ロックも詫びの気持ちを込めて、濃茶色の髪を撫でる。
「そっか、初めてか」
「……何回も言うな」
「悪い悪い。ちょっと嬉しかったから」
そう言ってまだ火照りの引かない背中を抱き締めれば、ゆるゆるとロックの背中にも腕が回る。
疲れの所為だろう、抱くと言う程その腕に力は入らなかったが、肩に添えられた手が柔く甘えてくれているのが判った。
(───こんなの、久しぶりだな)
思いを通じ合った人と、こうして熱を交えて、終わった後もこんなにも甘くて緩やかな時間を過ごす。
随分と奥に置き去りにしたような感覚に、感慨深ささえも湧いて、同時に嘗ての喪った人への罪悪感も少し。
少しだけなのか、と存外と自分は薄情なのかとも思ったが、腕に抱いた少年の体温は心地良くて、知ってしまったらもう手放す事は出来ない。
どうか彼女に、自分は駄目でも、少年のことは許して欲しくて、ロックは記憶の中で静かに笑う彼女へと目を閉じる。
一つ、二つと呼吸して、ゆっくりと瞼を持ち上げれば、頬を掠める濃茶の糸が見えた。
柔らかい猫っ毛をしたそれを指の隙間に通しながら梳いて、後れ毛のある項に指が触れると、ピクッとスコールが身動ぎする。
「……やめろ」
「嫌か?」
「…くすぐったいんだ」
拒否するように言いながら、スコールはロックの手を振り払うことはしなかった。
それを良い事に、ロックはもう一度、スコールの項に指を滑らせる。
「んっ……」
ぴくん、とスコールの肩が震えて、小さく声が漏れる。
感じているのだと判るその反応に、やっぱり敏感だな、とロックは思った。
(初めてだったのに、あんなに感じてたもんな)
「……う…ロ、ック……」
(何処触っても感じてて───)
「触るなって、んん……っ!」
つ、つぅ、と指を滑らせ、項から背中へ。
窪みのある背筋をそのラインにそってなぞって行けば、スコールの躰は逃げようと仰け反った。
撓り沿った背中を抱きながら、ロックがスコールの首に吸い付けば、ひゅっとスコールの喉が息を詰まらせる。
そのまま二人の躰はベッドへと落ちて、ロックは腕に抱いた少年に再び覆い被さった。
「や、ロック……っ!」
「悪い。もう一回したい」
「あ……っ!」
ロックの手は更に下りて、小ぶりな尻を撫で、秘めた場所を目指す。
そこに触れてみれば判り易くヒクついたのが伝わって、スコールの顔が益々赤くなった。
抵抗するように白い足がシーツを蹴っていたのは、初めの内だけ。
あやすように首筋にキスをして、少しずつ位置を変えて上って行き、唇を重ねた時には、もうスコールは嫌がらなかった。
寧ろ求めるようにロックの首に腕を絡め、拙いながらに口付けに応えようとしてくれる。
普段は大人びた顔をしている癖に、初めての快感に蕩け切った少年の顔は、とても甘くて媚毒のように雄を惹きつける。
性に疎いこの躰が、これからどんな風に乱れるようになって行くのか、想像するだけで酷く興奮と高揚が滾るのを、ロックは感じていた。
6月8日と言うことで、ロクスコ。
Ⅵではロックが一番好きなので、昔からやたらと彼の設定資料の類を漁っていたのですが、結構濃い人生送ってますよね。それで25歳というのがまたね。
生粋のトレジャーハンターであり、リターナーの一員として一人帝国支配域に潜入したり、世界の崩壊後も秘宝を求めて一人フェニックスの洞窟まで行っていた彼ですので、ゲーム中ではコメディリリーフも努めますが(船酔いとか)、結構旅慣れてる上にやり手なんだろうなと思ってます。
となるとアレコレの経験もそこそこあるだろうし、そんなロックにしてみたら、箱庭育ちの17歳は初々しいもんだろうなぁと言う妄想。
バッツの世界にも傭兵と言う職業はある。
普段は旅人のように根無し草だが、金で雇われると、一時の雇用主の命令に従う関係を作り、その期間が終わればまた根無し草に戻る。
必要とするのは王族や貴族と言うよりも、商人が旅や仕入れの道中に魔物や盗賊に襲われないよう、護衛を求めることも多かった。
バッツは旅人であるが、路銀を稼ぐ為に、その真似事をした事もある。
その身を種に仕事を貰う訳であるから、中々に良い収入が得られる事もあるのだが、ケチな雇用主に適当な文句をつけられて、碌に報酬が支払われないトラブルも少なくなかった。
だから旅人や傭兵と言うのは、嫌が応にも、ある程度の人を見る目という物を養われる。
さもなければ、自分の働きに見合っていない、と言う理由で、雇用主である相手に圧をかけて報酬額を修正させる、と言う手段を使う必要がある。
その他にも、独自のコミュニティや情報網を持ち、誰それの仕事は美味い、誰それはやめておけ、と言う話にも耳を欹てていた。
そうしなければ、ハイリスクノーリターンの仕事ばかりになるから、それが嫌なら自分を守る為にも眼を磨け、と言うことだ。
だから、と言うのもあるのだろう、バッツが知っている“傭兵”と言うのは、見た目も判り易い無頼漢である事が多い。
よく栄え、法を守る事に敬虔な街でもなければ、海賊や盗賊ですら、堂々と酒場で飲めるのが罷り通っていたのが、バッツの世界と言うものであった。
金さえ落としてくれれば、その金の出所が何だって良い、と言った風潮が当たり前に存在していたのも大きいだろう。
故に、賊の類が街で悪さをした時に捕まえられるようにと、守り石のような目的で、強面の男を用心棒とする目的で、“傭兵”を雇っていた店も多かった。
勿論、見目の良い傭兵───そう言うのは大抵、元々は何処かの騎士として仕え、某かの理由で退役した者だった───と言うのもいたが、それはそれで、体には歴戦の記憶が刻まれていたものだ。
そう言うイメージが根強いバッツにとって、自身を“傭兵”と称したスコールは、不思議なものだった。
綺麗な顔をしていても、額に走る大きな傷があるので、そりゃあ傭兵なんだから傷の一つや二つあるよな、とは思う。
体にも傷は残っているし、特に肩を貫かれたのであろう、大きな裂傷痕を見た時には驚いた。
よく無事で、肩が今も問題なく動かせるなあ、と思ったものだ。
だが、そう言うものよりも何よりも、バッツが不思議に思ってしまうのは、スコールのシルエットの細さだった。
一見すると戦場に立つには頼り無くも見える線の細さであるが、脱いでみると意外とちゃんとした筋肉に覆われている。
ただそれが盛り上がるように頑健ではないだけで、彼は無駄なく引き締まった体躯をしているのだ。
だから彼の体が、遠目に見た以上によく鍛えられているものだと言うのは判るのだが、反面、未発達な青さも残っているのも事実。
そんな躰で戦場で残って行けるのか、と疑問を呈したくなったのは、きっとバッツだけではないだろう。
だが、スコールの世界では、彼のような人間でも十分に“傭兵”になれるらしい。
と言うのも、戦場の有り方と言うものが、バッツやセシルが想像するものとは大きく異なっているのが大きな理由として挙げられる。
体を鍛える事で得られるフィジカルの強さに依存しない、銃火器類や機械が発達しているスコールの世界では、剣の類は寧ろ衰退していく傾向があるらしい。
単体が切迫しての白兵戦は極力避けられ、敵が接近する前に銃や魔法で応戦するか、大型駆動の兵器を利用して圧をかけるのが主流であるそうだ。
そんな世界にあって、身一つで大型駆動の機械すらも制圧する、一騎当千の力を持つのが、スコールが自身を称する際に用いる、“SeeD”と言う傭兵なのだと言う。
傭兵と一口で言う中に、わざわざ”SeeD”と言う独自の呼称がつけられると言うことは、やはり特殊なものなのか。
バッツが訊ねてみると、スコールは「そうだな」と頷いた。
スコールが言うには、SeeDは“ジャンクション”と言う能力を使う技術を備えており、魔法力を装備品のように自身に接続する事で、身体能力の大幅な向上が可能であると言う。
これにより、並の人間では到達できないスピードで動いたり、細腕とは思えない腕力を発揮したりする事が出来るのだ。
そんなに便利ならどうしてSeeD以外が使わないのか、とバッツが訊ねると、スコールは「色々と理由がある」と言った。
そもそもの素養の問題であったり、適正であったり、接続する理屈は出来ていてもその運用に関してはまだまだ未解明な部分が多かったり。
スコール自身が余りその事に詳しくないのは、「俺は使い方を習っただけだから」とのこと。
正体不明の部分が多い事に、不安はないのかと訊ねたら、スコールは「……別に」と言った。
是とも否とも取れない反応は、本当に気にしていないのか、それとも、と思ったが、バッツにはまだ判らない。
何れにせよ、そう言う技術を使ってでも、強力な傭兵と言う存在が必要にされる位には、スコールの世界も殺伐とした所があると言うことだろう。
────と、暇潰しの雑談になんとなくで投げかけた質問に、意外と丁寧に答えてくれたスコールに軽い感謝を述べつつ、バッツはふと思った。
「傭兵って事はさ、スコールはお金で雇われる事もあるんだよな」
「ああ」
「やっぱりそれって、魔物退治がメインな感じ?」
訊ねるバッツに、スコールは開いていた本から僅かに視線を上げた。
思い出す為にか僅かに間を置いてから、いや、と答える。
「そう言う依頼も多いが、それに限った事はない。要人警護とか、催事の警備とか。緊急の類なら、敵対国やテロリストへの即時応戦や捕縛、と言うのもある」
「そんなに色々やるのか。専門でコレをやる、って言うのはないのか?」
「人材によってはそうする事もあるが、来る依頼は特に制限は設けてなかった筈だ」
「依頼が来るってことは、スコールが自分から選びに行くとかじゃないのか。胴元がいる感じ?」
「……まあ、そうだな。フリーランスなら、個人経営の事務所を構えて、依頼が来るのを待っているのもいるだろうし、斡旋所みたいな所に登録する奴もいる筈だ。依頼を迎えに行くタイプの奴は、傭兵稼業を始めたばかりの奴じゃないか。俺達SeeDはガーデンに属しているから、依頼が寄せられるのはそっちだ。そこからSeeD個人に仕事が割り振られる」
へえ、とバッツの感心した声。
「そのガーデンってとこが仕事のアレコレを管理してるんだな」
「ああ。ガーデンはSeeDにとって、マネジメントをする役割も持っていた。同時に、商品であるSeeDとして人材を育成する場所でもある」
「そんな大掛かりな事までしてるって事は、相当しっかりした胴元なんだろうな」
「……どうだか」
バッツの言葉に、スコールが溜息を吐く。
何処か鬱々とした空気を漂わせる表情に、おや、と思ったバッツであったが、なんとなくスコールからこれ以上の事は言いたくない、と言う空気が滲んでいるのは感じ取れた。
それより、バッツにとって大事なのは、
「って事は、スコールを雇いたかったら、そのガーデンってトコに依頼を出せば良いんだな」
「…そう言う事だが…あんた、俺を雇いたいのか」
意気揚々としたバッツの声に、ひょっとして、と訊ねるスコール。
そんなスコールに、バッツは勿論と頷いた。
「お金を出せばスコールを雇えるんだ。雇えたら、その期間はスコールはおれと一緒にいてくれるだろ?」
「そんな目的で依頼を寄越すな」
「良いじゃん、良いじゃん。で、そう言うのは可能?」
「……要人警護の類なら。だが、その分依頼料は高いぞ」
「マジ?幾らくらい?」
「……あんたと俺の世界で貨幣価値の基準が同じか判らない」
食い付くように顔を近付けて訊いて来るバッツに、スコールはその距離の近さに眉根を寄せながら答えた。
この世界に集められた十人の仲間達の中で、常識的と呼ばれる範囲の意識の差は大きい。
機械技術が当たり前にある世界、魔法技術が多様な世界、それらが入り混じった世界と、文明背景の違いも大きく、これが個々人の価値観に大きな違いを生んでいる。
金銭価値と言うのも総じて幅があり、ポーション一つが20ギル、と言う者もいれば、300ギル、と言う者もいた。
十倍以上の値の違いの理由は、アイテムやそれを作る素材が豊富なのか、技術の発展により少ない素材で大量生産が可能になったのか、そもそも1ギルに対する価値が違うのか、様々だ。
そんな中、スコールとバッツの世界と言うのも様々な違いが多いので、これを同基準にして説明するのは難しい、とスコールは思う。
スコールの指摘はもっともで、確かに、とバッツも納得する。
「じゃあ、この世界で言ったら幾ら位?モーグリショップに持ってったら結構良い値になるものってあるだろ。その辺で価値が合いそうな感じの奴で」
「………」
バッツの提案に、スコールは眉間に深い皺を寄せて俯く。
沈黙したまま、じっと考え込んでいる様子のスコールを、バッツはわくわくとした気分で待った。
───この世界に存在しているものなら、確かに価値観を共有できるから判り易いだろう。
だが、この世界の貨幣価値もまた独特なものなので、それに照らし合わせるとどうなるか、スコールにもはっきりとは判らない。
其処まで気にしていてはキリがないので、単純に数字が一致するものでいいか、とスコールは切り替えた。
しかしSeeDへの依頼料と言うのは、ある程度の基準を設けてはいるものの、後は依頼内容と派遣する人員を以て変動するものであった。
例えば、某国の首脳クラスの警護依頼と、小さな町の有力者の警護依頼とでは、天と地の差がある。
其処に求められる派遣人数の規模によっても、数字は変わって来るので、一概に「この値段で」と言い切るのは難しい。
況してや、“旅人”なんて職業をしている人間の警護なんて、スコールは聞いた事がなかった。
何処かのお偉方の子息を対象に、お忍び旅の警護なら有った気もするが、バッツにそれは当て嵌まるまい。
彼の求めるものと可能な限り照らし合わせるなら、遺跡や洞窟を調査する団体の警護と言う辺りになりそうだが、団体規模が大きければ派遣人数が増えるが、バッツ一人であれば……と言う所まで考えて、
(……いや)
ふ、と。
スコールの心に、ささやかな悪戯心のようなものが芽吹いたのは、その時だ。
ちらりと蒼の瞳がバッツを見れば、褐色の目がきらきらと輝いている。
そんなに自分を雇いたいのか、物好きな、と思いつつ、
「あんたが雇いたいのは、俺なんだな?」
「うん」
「指名するならその分、値段は上がるぞ」
「そうなのか。でも良いや、スコールが良い」
ガーデンやSeeDのシステムと言うものを、バッツは余り理解していない。
胴元のいる傭兵団、と言う雰囲気は判ったが、その中がどういった組織運営が成されているかはさっぱりだったし、此処でもやはり世界の違いと言うものが壁を作るだろう。
だが、そんな事はバッツにとっては大した問題ではない。
バッツはとにかく、“スコール”を雇いたいのだから、他の人員に来られても意味がない。
それなら、とスコールは続けた。
「あんたがこの間、モーグリショップで買うのを迷っていた武器があるだろう」
「ああ、うん。インフェルノソードだったかな」
「あれの十倍」
「えっ」
「それで一日だ」
先日、バッツがモーグリショップで見つけた、一本の剣。
素材も質も良く、華美にならない程度に飾られつつ、柄に埋められた魔法石も中々に良いものだった。
当然、値段もそれなりに張るもので、悩んだ末に、懐の侘びしさを理由に諦めていたそれを引き合いに出せば、バッツは判り易く目を丸くした。
その上に更に値段を吊り上げてやれば、えええ、と声を大きくする。
「そんなに?スコール、そんなに高いの?」
「一応。それなりの立場にいるからな」
そう言って口元に微かな弧を浮かべるスコールに、バッツはごくりと唾を飲む。
「ええ~、おれ幾ら持ってたかなあ……」
「本気で出す気なのか」
「だってそれだけ持ってればスコールと一緒にいられる訳だし。それに、おれが出せなくても、他の誰かが出せば、スコールは行く訳だろ?」
「依頼ならな」
「じゃあその前におれがスコールを雇わないと」
真剣に頭の中で算盤を弾き、貯金と相談しているバッツに、スコールの喉がくつくつと笑う。
楽しそうなスコールのその様子に、ひょっとして吹っ掛けられたかと思ったバッツだったが、しかし時折聞くスコールの話───彼が“指揮官”、即ち組織の中核を担う立場にいること───を思い出すと、強ち嘘ではないようにも思えて来る。
第一、傭兵と言うのは、貰える金額でどの依頼を受ける決める事が出来るのだ。
ガーデンと言う胴元がどのように仕事をスコール達に割り振るかは判らないが、依頼料が物を言うのも確かだろう。
それなら、スコールを確実に射止める為には、十分な蓄えが必要だ。
うんうんと真剣な顔で唸るバッツ。
あれを売ってこれを売って、とよく拾い集める素材の値段から計算を続けて行くバッツに、スコールは手元に開いていた本を閉じて、小さな声で言った。
「極稀な話でもあるんだが、依頼主の背景や、報酬の内容によっては、特別価格も考えない事もない」
「ホントか?」
ぱっと振り返って食い付いて来たバッツに、スコールがにんまりと笑う。
彼にしては珍しい、判り易く悪い笑みであったが、バッツはそれを気にしなかった。
それより、スコールを格安で確保できるなら、其方の方が大事だ。
「先ずは依頼内容の変更。派遣対象の指名を止めるか変更すれば、金額は変わる」
「それはナシ!来て貰うのはスコールじゃなきゃ」
「それなら、報酬の交渉だな。金額が足りないのなら、その分何かを上乗せする事だ。移動費や飲食に関わる費用の負担や、あんたが俺を雇う事による、俺のメリットの提示」
「うーん、難しいなあ。金は出すだけで精一杯だし。あ、飯ならおれが作ってやるよ。スコールの好きなもの、毎日三食、夜食付き!どう?」
「魅力がない訳じゃないが、報酬金額が足りないのは変わらないな」
「スコールは高いんだなぁ。でもスコールだもんなぁ。うーん、じゃあ他には……」
首を捻って、スコールを雇う権利を得るべく、真剣に考えるバッツ。
昼寝付きとか、と言ったりもしてみるが、護衛が昼寝をしてるってどうなんだ、と言われれば尤もである。
恐らく此処でスコールが有用と思う事───例えば地方豪族や貴族とのコネクションであるとか、ちょっと表には流せないものを手に入れられるルートを示す事が出来れば、有効な交渉手段になるのだろう。
しかし、バッツの世界ではそれが通っても、違う世界で生きるスコールにそれは有用になるものだろうか。
せめてこの世界で同等になるものを示さなければ、恐らくスコールの言う“足りない報酬への代替え案”にはならないだろう。
おれって案外何も持ってないんだなあ、と、自由である事が信条であるからこその不利を、こんな所で痛感しているバッツであったが、
「あんたが思いつかないなら、俺の方から報酬を指定しても良いか」
「ああ、良いぞ。スコールが欲しいものって事だろ?」
「……まあ、そうかもな」
バッツの言葉に、スコールは一瞬口籠りつつも、これを否定はしなかった。
それさえあればスコールが、と高揚した気分で待つバッツであったが、自分が特別に持っていると言う物は少ない。
スコールが欲しいもので、自分が持っているものがあれば良いんだけど、と思っていると、本を手放したスコールの指が、つい、とバッツの顔へと向いて、
「あんただ」
「へ?」
「護衛の報酬に、あんた自身を寄越せ。それで特別価格にしてやる」
真っ直ぐ向けられる指先と、薄く笑みを湛えた蒼の瞳。
滅多にお目に掛かれない、何処か楽しそうな色を抱いた瞳の輝きに、バッツは吸い込まれるように見入っていた。
余りに見入っていたものだから、バッツは自分が間の抜けた顔をしている事に気付いていなかった。
半開きになった口の下唇を、スコールの指がつんと触れる。
バッツがはっと我に返った時には、その手は既に退いていて、スコールは組んだ膝に頬杖をついて此方を見ている。
「俺を一日雇用する毎に、あんたの一日を報酬に貰う」
「えーっと。それ、例えばおれが一週間、スコールを雇ったら、」
「雇用期間が終わった後の一週間、あんたは俺のものだ」
「じゃあおれが一生分の報酬をあげるって言ったら?」
「……さあ?」
どうするかな、と嘯きながら、スコールの表情は判り易く楽しそうだった。
58の日と言うことで。
ビジネスの話をしているようでただいちゃついているだけです。
バッツの世界はまんま中世ファンタジー的な世界なんで、騎士や城仕えの兵だけでなく、傭兵もそこそこいるんだろうなあと思ってます。
ギルド的なものもありそうだけど、それよりは個人で稼いでるその日暮らしとか。
そう言うものに比べると、スコールの世界ではガーデンの仕組み然り、組合とか幇助団体とか、組織的な仕組みが現代と近い所もありそうな。SeeD取得を得ないまま卒業(放校?)した元生徒が、どういう経緯か、とある人から報酬を貰いながら小さな村に滞在している例もあるし。
そんな職業への印象・感覚の差もありつつ、なんとかスコールを個人的に雇って独占したいバッツが浮かんだのでした。
スコールを雇う金額について、吹っ掛けたのか正当な金額か。
どっちにしろスコールはお高い、と言う話。