[セフィレオ]それは果たして過ちか
目覚めと同時に、鈍い頭痛を感じて、ああ二日酔いなのだと直ぐに気付いた。
昨晩は遅くまで飲んでいて、それ自体も先ずレオンにとっては稀な話だったのだが、加えて相手が気の知れた相手だった事も、また珍しい話だったと言えるだろう。
そもそもレオンが滅多に深酒をしないし、外で飲んだのなら尚更で、大抵は酔いが回る前に切り上げるようにしている。
その方が翌日に支障も出ないし、飲み相手の手を煩わせる事もないからだ。
しかし、気分が良ければやはり杯も進むもので、相手が彼ならとついつい気も緩んだ。
翌日の仕事が休みと言うこともあり、明日を気にする必要がないとなれば、やはりレオンも酒の誘惑には抗えず───結果、この頭痛と相成った訳だ。
重い瞼を擦りながら目を開けると、知らない天井が見えた。
ほぼ真四角で、それほど視界を動かさなくても一杯に見える辺り、ビジネスホテルであろうか。
シンプルで飾り気のない天井には、これもまたシンプルなLED電球が四つあるだけで、見様にによっては殺風景に見えるのかも知れない。
傍らには小さな滑り出しの窓があり、カーテンも引かれていたが、隙間から僅かに陽光が差し込んでいた。
光がそれ程強くない事から、まだ朝の時間としては早いのだろう、恐らく。
取り敢えず、正確な時間を確認しようと、レオンは時間を確認できるものを探した。
首だけを緩く回して、何処かに時計か携帯電話がないかと思っていた時、直ぐ傍らに、眩い程のプラチナブロンドが流れているのを見付けて、
「……────??!」
がばっ、とレオンは起き上がった。
自慢にもならないが、レオンの寝起きは悪い方だ。
仕事となれば覚醒用のスイッチが入るので、早め早めにアラームをセットする事も含め、浅い眠りからすんなりと浮上する程度の寝起きを得ることは出来るが、休みであれば話は別だ。
普段、そうやって仕事用の意識を徹底している所為か、休みの朝はそうして不足した睡眠を取り戻すように、覚醒までのエンジンが遅い。
どちらかと言えば低血圧気味だから、朝は余り急激な運動は控え、朝食を採るまでたっぷりと時間を採りながら行動する方だ。
そんなレオンであったが、今朝ばかりは違った。
ロケットスターターを踏んだように跳ね起きたレオンは、傍らにあるものを見て、更に目を見開く。
加えて、自分がすっかり裸である事に気付き、益々混乱が深まる。
(は?……何……え?)
古代の時代、とある国では床に広がる程の長い黒髪を持っている事が持て囃され、緑の黒髪と言う言葉が生まれた。
その黒髪は水が流れるように滑らかで、真っ直ぐ艶やかである事がより良いと言われ、それ故か、古文書に綴られた女性たちの多くは、そう言った言葉が似合うように描かれている。
現代では髪型は随分と自由になり、かくあれと言うようなイメージは、逆に個人の自由を奪っていると反論する声もあるのだが、それはそれとして、テレビCMでも度々見かけるように、しっとりと流れる長い髪と言うのは、やはり人々の羨望を集めるものであった。
その流れるように長い艶やかな髪が、今レオンの傍らに寝ている。
色は黒とは真逆の銀色であるが、その色であるが故に、黒よりも柔く光を反射させ、きらきらと眩く輝いている。
一本一本は酷く細い線のようで、それが幾重にも束になり、絡む事なく一本ずつが流れに沿っていく様子は、多くの女性の憧れを集める事だろう。
背中側からそれを見たレオンは、一瞬、酔った勢いで知らない女と寝たのかと思ったが、
(……セフィ、ロス?)
女でも早々見ないであろう、長く艶やかな銀髪の隙間から、しっかりとした背筋が覗いている。
均等に鍛えられ引き締まった筋肉は、フィットネスかボディビルでもしていれば別だろうが、女性のものとは明らかに違う。
時折身動ぎするその肩も、幅も、やはり男のものであった。
レオンの知り合いで、銀髪を持っている男と言えば、一人しかいない。
昨晩、一緒に飲みに出かけた、同僚のセフィロスただ一人だ。
一体どういう訳だとレオンが混乱するのは当然であったが、
(どうして、……ええと……あ……終電を逃して、一緒に泊まったのか?)
それなら納得がいく、とレオンはふと落ち着きを取り戻す。
昨日は珍しくセフィロスの誘いで飲みに行く事になり、良い店を見付けたと言う彼に任せていた。
案内された店は、ひっそりとした場所にあった隠れ家的なバーで、確かにレオンものんびりと過ごす事が出来たし、美味い酒にもあり付けた。
積もる話があったと言う程ではないが、会社の愚痴なり、案件の相談なり、レオンの家族の関する話なりと、意外と話題は尽きず、その間にそれなりに酒も飲んだ。
其処までは辛うじて思い出したレオンだが、やはり飲んだ量があった所為か、いつ店を出たのか、帰り路をどうしたのかは全く出て来ない。
現状として考えられるのは、終電を逃し、店の場所からしてタクシーで帰るのも聊か遠いだとか、レオンが潰れた事で近場のホテルで泊まることをセフィロスが選んだと言う所か。
それで納得がいく事は幾らもあるのだが、いやしかし、
(………なんで……裸なんだ?)
ベッドが一つしかない小さな部屋だと言う事は、空いている部屋が其処しかなかったのだろうと思う。
そこそこ体格の良い男が二人で並んでも全く窮屈に感じないと言う事は、ダブルかセミダブルだろうか。
それもまた、部屋が選べなかった上、意識の飛んだ酔っ払いを抱えて別のホテルを探す面倒を思えば、理解できる。
だが、どうして二人とも裸なのだろう。
裸で同衾しているなんて、まるで何かあったみたいじゃないか、とレオンがまさかと思った時だ。
(……何か……いや……それは……)
じん、とした感覚がレオンの体に滲んで来て、その違和感の部位を覚ってしまう。
それこそまさかと思うのだが、ではこの感覚の正体と由来は一体何なのかと問われれば、答えに詰まる。
正確な答えを知らないレオンは想像するしかないのだが、ともかく“そう言うものではないか”と思ってしまう位には、答えが一つしか浮かばなかった。
(酔って……吐いた?服の上にぶちまけたとか。それなら、脱がすのは、当たり前で……)
覚えはないが、ひょっとしたら吐いたのかも知れない。
酔っ払いが衝動で襲ってくる吐き気にできる対応など知れたもので、我慢できずに衣服を犠牲にするのはある事だ。
その際、飲み相手の服まで駄目にしてしまうと言う事も、残念ながら、起き得る事である。
そうなれば、服は脱がされ、着替えさせるまでは面倒にされて、裸のままベッドに放り込まれるのも理解できる。
だがレオンの方はそれで良いとして、どうしてセフィロスまで裸で寝ているのか。
眠る時には裸身でなくては落ち着かないと言う人はいるから、そう言うことだろうか、と当て嵌まる理由を探すように惑乱していると、ゆっくりと銀色が起き上がり、
「……ああ。起きたか」
ゆっくりと振り返った美丈夫は、不思議な虹彩を宿した翠にレオンを認め、そう言った。
普段の様子と全く変わらないその冷静振りに、レオンが反対に言葉を失っていると、形の良い指がゆっくりとレオンの頬へと伸ばされる。
寝癖のついた髪を指先で愛でるように滑らせた後、その手はレオンの耳の裏側を柔らかく圧した。
「辛くはないか。それなりに配慮はしたつもりだが」
「……え」
セフィロスの言葉に、レオンは意味が読み取れずに混乱する。
どういう意味だ、と問う事さえも忘れ、ただただ目の前の銀色美人を見詰めてフリーズしている間に、セフィロスはレオンの肩を抱き寄せた。
突然の力の作用に、これまたレオンが目を丸くしていると、セフィロスの手はレオンの腰の後ろに添えられる。
「痛むならこの辺りだと思うが」
「ちょ……セフィロス、待ってくれ」
止めるレオンの声などどこ吹く風と、セフィロスはレオンの肩口から背中を覗き込んでいる。
腰に添えられた手が、酷くやんわりとそこを撫でるものだから、レオンは俄かに妙な感覚に襲われた。
待ってくれ、ともう一度訴えるが、セフィロスは酷く真剣な顔でレオンの背中を見下ろしている。
「……見ただけでは分からんな」
「な、何を見ているんだ」
「後は……ああ、一番無理をしたのは此処だと思うが、どうだ?」
そう言ってセフィロスは、レオンの臀部をするりと撫でた。
労わっているのか、揶揄っているのか、よく判らないその仕種に、レオンは咄嗟にセフィロスの腕から逃げる。
後ずさって距離を取ったレオンは、掛布団を蹴り飛ばしていた。
布団はベッドの端に放られ、男二人がすっかり裸になっているのが露わになる。
案の定、レオンもセフィロスも、下着すら履かずに全くの裸であったことが明らかになり、どうして───とレオンが更なる混乱で言葉を喪うと、
「……覚えていないか。まあ、仕方がないとは言え、残念だな」
「な……」
「俺としてもそれなりに腹を括った話をしたつもりだったんだが」
「は……!?」
セフィロスは一体何をしているのか。
一体何を言っているのか。
昨晩、自分達は一体何をどうしたと言うのか。
幾つも浮かぶ疑問を、レオンは目の前の男にぶつけるべき言葉も探せずに、ただただ硬直する。
その傍ら、先も感じた躰の違和感が、じんじんとした信号を持って主張し始める。
まるで、答えはこれだと言わんばかりの感覚に、まさかそんな事はと、理性と常識と言う理屈がレオンを雁字搦めにしていた。
蒼くなって赤くなって、見当たらない記憶を必死に探るレオンに、セフィロスは肩膝を立て、其処に頬杖をつきながら、緩く笑みを浮かべて見せる。
「まあ、俺も昨日は多少なり酒が回っていたからな。その所為で口が滑ったようなものだったが、お前の方から構わないと言ってくれたのは、嬉しかった」
「……俺の方、から?」
「お陰で俺も変に張り切っていたかも知れないな。だが、離そうとしなかったのはお前だったし」
「……俺、が……」
「ああ。初めての事だから無理はさせたくなかったんだが、随分と情熱的に強請ってくれるものだから、俺も止められなかった」
何を、何が、とセフィロスははっきりとその単語を口にはしていない。
しかし、何をしたのか、何があったのか、それをレオンに匂わせ理解させるには、十分な言葉が使われていた。
ただそれを確定的にさせないのは、レオンの昨夜の記憶がない、と言う点のみ。
それ以外は、レオン自身がずっと感じている体の感覚も含めて、それが事実であると告げているようなものだった。
きしり、と小さくベッドのスプリングが音を立てる。
ベッドの隅に逃げていたレオンの下に、セフィロスはいつの間にか近付いていて、あの恐ろしく整った顔がレオンの目の前に迫っていた。
同僚として見慣れている筈だったその貌に、触れそうな程に近い距離で見詰められ、俄かにレオンの心臓が走り出す。
妙に距離感の近い所のある男だから、そんな距離に詰められるのはレオンにとって決して初めての事ではない筈なのに、まるで体が“何か”を覚えたかのように、じんじんとした熱が腹の奥で疼き出した。
吐息が届きそうな距離で、セフィロスはゆるりと笑って言った。
「お前が酒に弱いことを、もっと考えておくべきだったな。覚えていないのなら、それは仕方がない」
「……セフィ、ロス……っ」
「だが、それならもう一度、確かめてみるまでだ」
セフィロスの指がレオンの顎を捉え、まるで逃げるなと言うように、綺麗な顔へと向かされる。
幾人もの異性を虜にし、同性の嫉妬を集める、整い過ぎた貌が、どうしてよりにもよってこっちへ向けられているのかと、レオンの思考はずれた方向を向き始めていた。
逸る心臓は、今にも口から飛び出して行きそうだった。
それを塞ぐかのように、ゆっくりとセフィロスの貌が近付いて来る。
「なあ、レオン────」
告げる言葉を、自分は本当に、昨日の夜に聞いたのか。
それに何と答えたのか、必死に記憶を探るも、やはり答えは見付からないのだった。
ただ突き飛ばす事も出来ずに、その唇を受け入れていた時、目の前で閃く虹彩が、酷く満足そうに笑んだ事だけが判った。
7月8日なのでセフィレオ。
大人なのでね。酔った勢いでそんな事が起きたりもするかも知れない。
この件の後、レオンはしばらくぎくしゃくしてますが、セフィロスの方は拒否されなかったので良し良しと思ってる。
脈アリなのは確かなので、此処からはじっくり囲って行くんだと思います。