[クラスコ]素直な猫のあやし方
一見すると大人びて見えるものだから、折々にその年齢を忘れることがあるのだが、スコールはれっきとした17歳だ。
シャープな印象を与える整った面立ちや、同年齢の少年少女達に比べ、聊か冷たく見えるほどの落ち着きぶりがあるので、大学生くらいに間違えられるのはよくある事だ。
フォーマル系の服でも来ていたら、既に成人していると言っても、余り違和感はないかも知れない。
だが、彼をよくよく知ってから見ると、見た目の印象に反して、存外と子供っぽいのだと言うことがよく分かる。
大人びて見える言動は、彼自身が少しでも早く大人になりたい、幼い頃の甘えん坊から脱却したいと足掻いた結果。
しかし根の部分はそう簡単に覆る程変われる筈もなく、見栄っ張りな部分や、負けず嫌いで意地っ張りな所、相手にも因るが、やられたらやり返さないと気が済まない等、年相応に幼い青臭さもしっかりとあるのだ。
そして、彼が言葉以上に頭の中でお喋りをしており、非常に感受性豊かである事は、ごく限られた人間の間でしか知られていない。
そんなスコールとクラウドが恋人同士になってから、そろそろ半年が経とうとしている。
付き合い始めて三カ月が経った頃、健全な一線も無事に越えて、身も心も繋がった。
以来、スコールは週に一回、多ければ二回と言う頻度で、クラウドの家に泊まりに来ている。
お陰で散らかり易くて幼馴染のティファにも呆れられたクラウドの自宅は、年上として少しはきちんとしているように見せなくてはと、そんな気持ちから多少なり整えられるようになった。
碌に使っていなかったキッチンは、スコールが来た時に手料理を作ってくれるので、半年の間に調理機材が着々と増え、今では立派に“キッチン”として稼働している。
一日三食、下手をすると一週間をカップラーメンで過ごし、ビールの置き場くらいにしか役立っていなかった冷蔵庫の中には、葉物に根菜、調味料、作り置きの料理の入ったタッパーなんてものも入り、見違える生活ぶりだ。
勿論、クラウドの生活サイクルにも変化はあり、ともするとゲーム廃人のような休日を送っていた以前に比べると、真っ当に健康的な生活習慣が完成している。
人は恋をすると此処まで変わるのだと言うことを、クラウドは我が身にしてしみじみと感じていた。
クラウドを其処まで変えてくれた年下の恋人は、今日もクラウドのアパートに泊まりに来ていた。
安普請なアパートで、エアコンも年代物で「風の強さが強と最強しかない」と言われるような環境は、恋人と熱い夜を過ごすには聊か不便もなくはない。
主には壁の厚みであったが、かと言ってスコールの家にクラウドが行くのは、お互いに少々抵抗があった。
と言うのも、スコールは幼い頃に母を失くして以来、子煩悩な父親と二人暮らしをしている。
仕事の都合でいない時の方が多いと言うその父親であるが、とは言え全く帰って来ない訳でもないから、其処で諸々をするのは流石に憚られるものがあった。
そもそもスコールは、クラウドと付き合っている事を、まだ父親に話していない。
いつかは────と思ってはいても、人との交友と言うものに積極的ではないスコールであるから、恋人を持ったのはこれが初めての事だった。
それが普通に同じ年頃の少女であればもう少し話は違ったのだろうが、しかしクラウドは男である。
既に体の関係も持っているとは言え、どんな顔して言えって言うんだ、反対されたら────と言う不安もあって、まだ二人の関係は父親に対して秘密にされている。
クラウドはいつでも腹を括って挨拶に行くつもりではあるが、スコールがそう言うならと、彼のペースに合わせるつもりだった。
だから、二人が共に夜を過ごすのは、クラウドのアパートでと決まっているのだ。
スコールが家に来てくれた日は、必ず彼が夕飯を作ってくれる。
仕事で疲れて帰ったクラウドの為、必ずボリューム満点の食事を用意してくれるのだが、これが中々凝っていて旨い。
更に、酒の当てになるものも作ってくれるから、クラウドはスコールが家に来るようになってから、少々体重が増えたような気がしている。
肉体労働の職種であるので、カロリーも消費するから、体型が大きく変わる事はないようだが、カップラーメンで日々を過ごしていた頃に比べると、胃袋の満足感が鰻上りになったのは間違いない。
夕飯を腹六分で済ませて、後は酒を飲みながらツマミを貰ったお陰で、クラウドはすっかり上機嫌だ。
酒は親友から、その親友はどうも仲の良い上司から貰った由来のあるもので、まだまだ薄給と言えるクラウドがおいそれと買えることのない高級品だった。
度数がそこそこ高いと言うのに、口当たりが柔らかいものだから、ついつい杯を重ねてしまう。
しかし、今夜はスコールがいるから、クラウドはまだ欲しい気持ちをぐっと堪えて、晩酌をお開きにした。
スコールが「俺が片付けておく」と言ってくれたので、食器を彼に預け、クラウドは風呂に入っている。
(中々良い酒だったな。全く、何処であんなものを手に入れて、それをポイと人に譲れるんだか)
親友と共通の上司の顔を頭に浮かべながら、羨ましいものだと天井を仰ぐ。
あれと同じ位の成績と出世をすれば、自分も同じような代物を手に入れることが出来るのだろうか。
そんな事を考えてみるが、一小市民な気概が染み付いた自分では、高級品は中々気後れして手が延びそうにない。
(……しかし、スコールと一緒に飲むなら、どうせなら美味い奴の方が良いな。良い酒だったから、いつかスコールにも飲ませてやりたいし)
スコールはまだ17歳だ。
誕生日がクラウドと近いと言っていたので、直に18歳になるそうだが、それを含めても彼の成人まではあと二年。
それまでにもう少し給料が上がっていると良いが、と少々世知辛い事を考えつつ、クラウドは湯から上がった。
この後も期待もあって、夜着に袖を通すクラウドは少しそわそわとしていた。
年下の恋人はこの手の事には極めて初心なのだが、最近少しずつ、クラウドと褥を共にする事に慣れてきている。
その傍ら、風呂に入る頃にその後のことを彼も意識しているようで、風呂が空いたぞ、と言うと赤くなりながらいそいそと風呂場に向かう後ろ姿に、クラウドは少し興奮していた。
「スコール。上がったぞ」
キッチンの方を覗き込みながらそう言ったクラウドだったが、其処にあった光景に目を丸くした。
流し台で食器を片付けていた筈のスコールが、その下で座り込んでいるのだ。
慌ててクラウドはスコールに駆け寄り、傍らに片膝をついて声をかける。
「おい、スコール。どうした?」
「……」
「スコール。気分が悪いのか?」
口元を手で抑え、俯ているスコールに、クラウドは体調が悪いのかと心配する。
しかしスコールからの反応はなく、揺すって良いものかと肩に沿えた手に力を込めつつも迷っていると、緩慢な仕草でスコールがやっと顔を上げる。
「……クラウド……?」
「ああ。大丈夫か?」
「……ん……」
何処か焦点の合わない、ゆらゆらと頼りなく見える蒼の瞳が、クラウドを見詰める。
眉間の皺が緩んでいる所為か、その表情は酷く幼く見えて、目元が薄らと潤んでいるものだから、クラウドは一瞬彼が泣いているのかと思った。
スコールの口元に当てられていた手が、ゆっくりと其処から離れ、恋人へと伸ばされる。
その手はクラウドに触れるか触れないかの所で止まり、迷っているようにも見えた。
クラウドがそれを掬うように握ってやると、心なしか安堵したように、スコールの眦が甘く和らいだ。
かと思ったら、スコールの頭がゆっくりと傾いて、目の前で跪く格好になっているクラウドの肩に、ぽすん、とその頭が乗せられる。
「スコール?」
「……んぅ……」
「……?」
名を呼んでみれば、むずがるような声が聞こえて、クラウドは首を傾げる。
スコールのこう言った仕草は、寝惚けている時に儘見られる可愛らしいものであるが、それをこんな時にするとはどう言う事なのか。
ひょっとして熱でもあるのか、ともう一度顔を確認しようとするクラウドだったが、スコールはクラウドの首に腕を回して、しっかと抱き着いて来る。
ぴったりと密着しているものだから、クラウドからはスコールの耳元が見えるのが精々であった。
しばし迷った末に、クラウドはそっとスコールを抱き上げて見る。
いつもなら恥ずかしがって離せ下ろせと暴れ出す、所謂お姫様抱っこと言うスタイルで持ち上げると、スコールは意外にも腕の中にすっぽりと納まってくれた。
それなりに身長がある───何せクラウドよりも少しだけ、ほんの少しだけ高い───から、長い足が狭い廊下の壁を擦っていたが、当人は全く気にせずクラウドにくっついている。
いやはやこれは、と益々の混乱を感じつつ、一先ずクラウドはベッドへと向かった。
朝の抜け殻の気配を残すベッドにスコールを下ろそうとすると、ぎゅう、と抱き着く力が強くなる。
「おい、スコール」
「…ん……」
「下ろすから、腕を」
「……んぅ……」
離してくれ、と言う前に、またスコールの腕に力が籠る。
これは無言の「イヤ」だ。
(……甘えているのか?それは、嬉しいが……)
スコールが判り易く甘えてくれるのは、滅多にない事だ。
それが見られるのは、朝に弱いスコールの寝起きか、熱い夜を過ごして彼をとろとろに溶かした時位のもの。
まだ夜の帷も入り口にならない内から、こんなにも抱き着いてくれるなんて、今までになかった事だ。
可能性として有り得るのは、何か嫌な事を思い出したとか、父親と喧嘩をしたとかで情緒不安定になっている時だが、夕餉の時も晩酌の時もそう言った様子はなかったから、恐らくどちらも違うのだろう。
本当に急な事に、クラウドはしばし戸惑っていたが、
「……ん?」
「クラウド……」
「……スコール。ちょっと」
「ふ……?」
すん、と鼻に覚えのある匂いを感じて、クラウドはスコールの口元を見詰める。
顎を指で捉えて、薄く唇を開かせた状態で、クラウドは鼻を寄せてみた。
────ついさっき、クラウドが飲んでいたばかりの酒の匂いがしている。
「……スコール。ひょっとして、飲んだのか?」
「………」
問うてみると、スコールはしばしの沈黙の後、ぷいっとそっぽを向いた。
叱られることを感じ取った猫の仕草だ。
(そう言えば、興味がありそうに見てたな……)
晩酌をしている間、クラウドが摘まみと一緒に飲んでいた酒。
スコールも作った摘まみを夜食に齧りつつ、ジュースを飲んでいたのだが、時折その視線はクラウドのグラスに向けられていた。
冗談交じりにクラウドが「飲んでみるか?」と言った時には、「未成年に奨めるな」と諫めてくれる位には真面目だったのだが、本心では気になっていたと言うことか。
そして片付けを引き受けて、クラウドが風呂に入っている隙に、グラスに僅かに残っていたアルコールに口を付けてみた、と言った所か。
クラウドは、そっぽを向きつつも、姫抱きの状態から逃げようとはしないスコールに、これ見よがしに聞こえる溜息を一つ。
スコールも自分がやった事への罪の意識はあるのだろう、びく、と小さく震えるのが伝わった。
逸らされていた顔が、そろそろとクラウドへと向き直り、伺うような蒼の瞳がじいっと上目遣いに恋人を見詰める。
「……どれ位飲んだ?」
「……のんでない」
「嘘を吐け。ちゃんと言わないと、怒るぞ」
「………」
語尾を少しだけ強めに言うと、スコールはいやいやと首を横に振って、クラウドにしがみ付く。
怒っちゃ嫌だ、と言うその姿は、駄々を捏ねる子供そのものだ。
酔うとこんな風になるのか、と少し新鮮な気持ちでその姿を見ていると、
「……ちょっと、舐めた、だけ……」
「本当に?」
「……苦かったから」
美味しく感じられなくて、スコールはそれ以上は口をつけていない、と言う。
それでこんなにも酔っ払うのかと、普段との言動の差もあって、クラウドは内心驚く。
これは相当弱いな、と思っていると、スコールはクラウドの頬に猫のように頭を擦り付けて言った。
「クラウド」
「ん?」
「セックスするんだろ」
しよう、とスコールはクラウドの唇にキスをする。
いつにない積極性に、これもまた酒の力か、と思っている間に、クラウドはベッドへと押し倒されていた。
スコールはその体の上に覆い被さるように乗って、クラウドの頬に首筋に、キスの雨を降らせている。
素直に甘えてくれる事は勿論、こんなにも積極的なスコールも珍しい。
人との交流と言うものに消極的なスコールは、初めての恋人関係と言うものも、どうして良いのか分からず、普段は専ら受け身である事が多い。
性的な事に関しては尚更で、いつも主導権はクラウドに任せており、自身は言われるように、されるがままに委ね切っていた。
回数を重ねるに連れて、少しずつ自らも行動するようにはなっているが、元々の恥ずかしがり屋や、理性が強い性格も相俟って、やはり基本的にはクラウドの合図を待っている所があった。
それを思うと、こんなにも積極的に求めてくれると言うのは、クラウドにとっても驚き一入に嬉しいものがある。
照れ屋な部分が、酒のお陰でその抑制が外されていると思うと、このまま雪崩れ込んでしまいたい気持ちはなくもない────が。
(……いや、それもどうなんだ。事故とは言え、酔っ払った未成年を相手に)
此方は良い年をした大人だ。
年齢は十も離れてはいないが、クラウドは一端の社会人のつもりがある。
幾ら可愛い恋人とは言え、流石に良くはないだろうと、ブレーキが働いた。
それに、すりすりと懐くように甘えてくれるスコールの様子は、本当に子供のようだ。
普段はこんな風に甘えたいのを、背伸びしたがる心が抑えているのかと思うと、反って庇護欲めいたものが刺激される。
「スコール。スコール」
「……ん……?」
名前を呼ぶと、スコールはとろりと蕩けた瞳を向けてきた。
熱を持っている時の表情に、クラウドも少しばかり欲望が疼くものがあったが、ぐっと堪えて細身の体を抱き締めてやる。
「クラウド?」
「こっちだ」
「う」
腹の上に乗っている重みを、クラウドは隣へと転がした。
ぽすん、とシーツに落とされたスコールは、きょとんとした表情でクラウドを見詰めている。
ゆっくりとその眉尻が下りて、心なしか不安そうな表情を浮かべるスコールに、クラウドはくすりと笑って濃茶色の頭をぽんぽんと撫でた。
「……しないのか?」
「そうだな……」
「やだ、する」
「こら」
ごそごそと身を寄せて、下肢に触れようとする腕を、クラウドはやんわりと捕まえる。
納得のいかない拗ねた顔で睨むスコールだが、クラウドはその目尻に柔くキスをした。
「するなら、俺のペースで良いか?」
「……あんたの?」
「ああ」
「……いい」
クラウドの言葉に、掴まれていた腕の、抵抗する力が抜ける。
拗ねた表情は早い内に引っ込んで、スコールは目を閉じ、また猫が甘えるようにクラウドに身を寄せた。
喉元に触れる唇の気配を感じながら、クラウドはそっとスコールの背中に腕を回す。
努めて優しく抱きしめて、体温を分け合うように密着し、ゆっくりと背中を叩いてやる。
規則正しい一定のリズムで背を叩く手に、スコールは心地よさそうに目を細めるのだった。
7月8日でクラスコの日。
良い大人としてちゃんとしているクラウドと、駄々っ子スコールが浮かんだので。
……ちゃんとしてるけど、手は出しているんだなあ。お互いの明確な意識で同意の上でね。