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User: k_ryuto

[16/シドクラ]ホット・ショコラ・ショー



世の中が甘い匂いで溢れているような気がする。
それを実際に鼻孔で確認する程ではないのだが、なんとなく、雰囲気がそう感じさせるのだ。
街のあちこちに散りばめられた、チョコレートの祭典を公告するポスターや電子パネルは、昨今、老若男女の垣根を越えて効果を出している。
元々は製菓会社の陰謀だとも言うこの習慣は、今や海を越え、世界中に有名になった。
となれば、その腕を競い合う者たちも、この期がチャンスと一堂に会する事も増え、最早見逃せないシーズン行事として成長している。

お陰で今日のクライヴの鞄には、チョコレート菓子がいっぱいに詰め込まれることになった。
同じ職場で働くことになった幼馴染のジルを皮切りに、同僚たちがこれもどうぞと続々と詰め掛けた。
古くからの慣習に倣えば、それは女性から男性にと言う流れがあったが、近年ではそう言った枠もじわじわと失せつつあり、ガブやオットーからも労いの菓子を貰った。
クライヴの方はと言えば、忙しさに感けてすっかりそんな事は忘れていて、貰う一方になったことに申し訳なさを感じる。
となれば、ジルは「気にしないで」と気遣い、ガブは「来月のお返しが楽しみってもんだな!」と笑う。
有り難いもので、それなら一ヶ月後の今日には、きちんと礼を尽くさねばと思った。

名の知れたパティシエの店のものから、コンビニで売っている駄菓子まで、頂き物は種々様々。
行く先々で沢山のチョコレートが販売されていたことを思うと、これと決めるまでの選ぶ時間も、楽しんだ人々もいるだろう。
自分も偶にはそう言うものに参加しても良かったかも知れないな、と、帰り道の店先にあった、今日までのセールを報せる看板が仕舞われて行くのを見ながら思った。

家への最寄り駅から、いつものスーパーに立ち寄って、一通りのものを買い揃える。
と、会計レジの傍に、カートに乗せられた商品が、ふと目に着いた。
何気ない気持ちで手に取ったそれは、牛乳に溶かして飲む、ショコラドリンクだ。
普通の商品棚とは違う場所に置いてある其処には、今日と言う日を彩るポップが飾られ、成程これも確かにチョコレートの類だと納得する。


「……ふむ」


甘いものは特別好む訳ではないが、嫌いと言う事もない。
疲労を労う時、考え事で脳のエネルギーを入れたい時、何はなくとも欲しくなる時もある。
6袋入り一箱のそれを、クライヴは買い物籠の中へと入れた。

暦としては冬も終盤に近付いているようだが、空気はまだまだ冷たく、吐く息にも白が混じる。
悴む感覚を訴える両手をダウンジャケットのポケットに突っ込んで、クライヴの歩く足は早くなった。

帰宅すれば、自分よりも一足遅く会社を出た筈の同居人が、買い物をしている間にでも抜かれたか、先に帰っていた。
リビングダイニングの方から漂う匂いは、火を入れた特製ソースのもの。
なんでもさり気無く人に仕事を振る傍ら、当人も何につけても器用だから、キッチンに立った時には中々凝った料理が出て来る。
本人は「適当に放り込んでるだけだよ」と嘯くが、娘の為に栄養管理を怠らず、且つ新し物好きな父子が揃って飽きないようにと、手を変え品を変えて二十年近くも暮らして来た訳だから、この手のものは得意なのだ。
平時はクライヴの方が先に帰ることが多く、それで家事を引き受けているから、シドの手料理に与れるタイミングと言うのは、案外と限られている。
久しぶりにそれが楽しめそうだな、とクライヴは少々浮いた気分で靴を脱いだ。

リビングダイニングへの扉を開けると、食欲をそそる匂いが一層深く鼻孔を刺激する。


「ただいま」
「おう、お帰り」


じゅう、と言う焼き物の音と同時に、シドの声が聞こえた。
対面式のキッチンを見れば、思った通り、シドが今日の夕飯を作っている。
キッチンへと回り込んでみれば、既に幾つかの料理は完成しており、二人分の皿に盛り付けが成されていた。
今作っているのは、メインのポークカツレツの最後の一焼きだろう。

買い付けたものを必要な場所に収め、クライヴは私室に入って部屋着へと着替えると、シドが整えた料理皿を食卓へと運んだ。
シドも席へと着いて、いつも通りの夕食が始まる。
その最中に、シドがふっと思い出したように言った。


「お前、来月は大変だぞ」
「なんだ、藪から棒に」


話の切り出し方の唐突さに、クライヴが詳細を求めて返せば、シドはカツレツにフォークを刺しながら、


「バレンタインだよ。随分貰っただろう」
「ああ。ジルと、タルヤと、オルテンスと───ガブも。他にも沢山。俺も来年は用意していくべきかな」
「そりゃあ好きにすれば良い。だが、貰った分くらいは、来月はちゃんと答えてやれよ。あいつらもせがむ性質じゃないが、ま、円滑なコミュニケーションの一環って奴だ」


シドの言葉に、クライヴは「ああ、分かっているよ」と口元を緩める。

以前は、会社の中で、人同士のコミュニケーションなど、あってないようなものだった。
仕事に必要な連絡事項は行うものの、事務的なものばかりで、それも上からの無茶な打診の横行で、滞る事も多かった。
とても“円滑なコミュニケーション”だとか、“信頼関係の構築”などと言うものに、意識も時間も割けるものではなかったのだ。
長い間、そんな場所にいたものだから、そう言うものだとクライヴは諦めにも似た享受さえしていた。

あの頃に比べると、今はまるで別世界に来たような感覚で、ちょっとした時間の隙間に交わす、仲間達との何気ない会話が心地良い。
クライヴが受け取った沢山のチョコレートも、そう言う空気が成り立っているから出来る事だ。
くれた人の数、そのお返しの準備に必要な数を思うと、一人一人に品を選ぶのは聊か難しいが、せめて皆に配れるくらいのものは用意したい。
甘いものが好きな者、得意でない者、酒を好むメンバーと、さてどううするのが一番良いかと巡らせつつ、クライヴは夕食を平らげた。

夕飯を作ったのがシドなら、片付けるのはクライヴだ。
余程に疲れていると言う時でもなければ、家事はこうやって分担と交代で担う事にしている。
効率を上げる事で余暇を楽しむシドは、料理をしながらも手すきを見付けては調理器具の片付けも行うから、洗い物の数は食事に使った食器くらいのもの。
クライヴ自身も長い一人暮らしで───その内半分は、生活様式は聊か崩壊気味だったが───家事は慣れたものであるから、手早く洗い物は終わった。

さて、とクライヴはシンク下の収納からミルクパンを取り出し、冷蔵庫から牛乳を。
マグカップ一杯分の牛乳をパンに移して、弱火でじっくりと温める。
鍋の縁からふつふつと煮立った気配がした頃に、スーパーで買ったものを開けて、小分け袋が入ったその一つの封を切った。
ぱらぱらと零れ出すのは小さな粒のチョコレートだ。
温まったミルクの中で、チョコレートはとろとろと溶けて行き、クライヴはヘラを使ってそれをくるりと優しく混ぜた。

カカオとミルクが溶け合い、柔らかな茶色みに染まった液体を、スプーンで掬って一口舐めてみる。


(甘いな。でも、こんなものか?)


普段、あまり口にしないものであるから、良し悪しの基準はよく判らない。
とは言え、飲めないことはないだろうと、クライヴは出来上がったショコラドリンクをマグカップへと移した。

片付けをしている間に、シドはリビングのソファで寛いでいる。
テレビは流行の曲を生放送スタイルで送る音楽番組が流れているが、シドは興味があるのかないのか、その手元には本がある。
BGMに聞いてるだけなんだろうな、と思いつつ、クライヴはソファ前のコーヒーテーブルにマグカップを置いた。
ことん、と言う小さな音が鳴ると、シドが顔を上げる。


「ん?なんだ、こりゃあ」
「食後の一服かな」
「珍しいサービスじゃないか」


稀にシドが食後のコーヒーを嗜むことはあるが、クライヴはあまりそう言ったことをしない。
偶にあるとすれば、それは仕事を持ち帰っている時だが、近頃はその頻度も減っていた。

シドは、さて何の気紛れかねと思いつつ、先ずは有り難く貰おうと、マグカップに手を伸ばした。
口元までそれを持って行けば、鼻孔を擽るものが、想像と真逆の甘い香りである事に気付く。
クライヴは、シドの眉尻が微かに上がったのを確認したが、気にせずキッチンの残りの洗い物を片付けることにした。

シドは一口、マグカップの中身を飲んでみる。


「へえ。お前にしちゃ珍しいものを出してくれたな」
「まあ、そうだな」
「これがお前からの贈り物か?」


そう言ったシドの口元には、にんまりと楽し気な笑みが浮かんでいる。
今日が何の日だと言う事かは、彼も部下同僚から揃って沢山の贈り物をされたから、理解していた。
それでいてこの飲み物となれば、と言うシドに、クライヴは「さあ?」と肩を竦めて見せた。


「売っていたからさ。ついでに買ってみたんだ。偶には悪くはないだろ?」
「そうだな。悪くはないが────」


其処まで行って、シドは席を立つ。
おや、とクライヴが見守っていると、シドはリビングの棚の隅に置いていた、自分の鞄を開けていた。

シドが取り出したものを見せると、其処には、クライヴが購入したものと全く同じパッケージの箱がある。


「あ」
「煙草を買いに行ったら、売っててな。ついでに買ってみたんだよ」


今し方、自分が言ったものと同じ事をそっくりに言われて、クライヴは眉尻を下げて噴き出した。

シドはパッケージをダイニングのテーブルに置いて、どうするかねえ、と苦笑する。
一箱6本入りのこのショコラドリンクは、確かに手軽に作れるだろうが、シドとクライヴではそう進んで飲むことも少ないだろう。
今日は特別だから、シドもクライヴの入れてくれたものは喜んで頂くつもりだが、明日以降はどうしたものか。


「───まあ、保存期間もそこそこ長いものだし。糖分が欲しくなったら飲むよ。案外、どうにでもなるだろう」
「そんなもんだな。なんなら、幾つかミドにやれば良い。あいつは甘いものなら幾らでも飲むぞ」


言いながらシドはキッチンにやって来て、クライヴが片付けようとしていたミルクパンを取り上げる。
おい、とクライヴが言う間に、シドはそれをコンロに戻して、冷蔵庫からも牛乳を取り出した。


「折角だから、お前も飲め。開いてる方を使うけどな」


そう言って、調理台に置いたままにしていた箱から一袋、ショコラの素を取り出す。
牛乳をミルクパンに注ぎ、慣れた手つきで温め始めたシドに、クライヴも柔く唇を緩めて、完成を待つことにしたのだった。




大分遅れましたが、バレンタインのシドクラが書きたかった。
お互いにチョコレートを用意して、と言うほどの事はしないけど、今日に肖るちょっとした変化を。
と思ったら、同じような流れで同じようなことをしていた二人とか良いなあと思ったのでした。

[フリスコ]重なる時間に溶け合って

  • 2024/02/08 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



週末の居酒屋なんて何処も繁盛しているもので、フリオニールがアルバイトをしている所もそうだった。
特に学年末が近付いてくると、卒業祝いだの、追い出しコンパだので、毎日のように予約の電話が鳴りやまない。
客席は少人数のテーブル席から、宴会用の広間フロアまで満員御礼で、店員はひっきりなしに呼び出しベルが鳴るので、息をつく暇もない。
悪酔いした客に絡まれては、その仲間達がすいませんすいませんと平謝りするのを苦笑いで流しながら、フリオニールはとにかく仕事に打ち込んだ。
この居酒屋には長らく世話になっているし、こうした繁忙期真っ只中には、ボーナス的に給与にも色がつく。
今のうちにたっぷりと働いて稼いでおけば、振替として後日まとまった休みが貰えるのも有り難かった。

そうして、今日も今日とて、閉店時間の後の片付けまで引き受けて、ようやくの解放。
今日は大きなサークルの集まりが三部屋も入っていて、そのフロアを行き来するだけで結構な運動量になった。
人員がこの時期の忙しさに慣れた強者が多かったのは幸いだが、とは言え誰もが疲れない訳でもない。
目を回しながらあくせくと働いた分、今月の給料には期待したい所だ。

店中のグラスは使い切られ、複数台が供えられた食洗器だけでは収まり切らなくて、その分は手洗いし、布巾を敷いたテーブルの上に並べて置く。
明日の昼には仕込みの為に、店長と調理場担当の者が来るから、その時までには乾いているだろう。
最後にガスの元栓や各種電気の状態を指差しチェックし、店の鍵を閉める。
エレベーターで一階へと降りると、警備員と擦れ違ったので軽く挨拶をした。

普段は節約の為に、電車か徒歩に頼っているが、流石に今日は疲れていた。
早く家に帰って休もう、とタクシーを捕まえて乗り込む。
自宅の最寄にある、もう閉まっているであろう業務用スーパーの名前を告げると、タクシーは直ぐに走り出した。

労働による疲労感と、解放感と、車の揺れのセットで、うとうとと舟を漕ぐ。
忙しいあまりに食べる暇もなくて、空腹感もあった。
同居人はもう寝てしまったかな、と時計を見ると、片付けに思いの外時間がかかってしまった為に、23時を過ぎている。
朝に弱い彼のことだから、睡眠時間をなるべく確保する為に、もう寝床に入っていても可笑しくはないだろう。
起こさないようにしないと、と思いながら、窓の外をぼうっと眺めている間に、見慣れたスーパーの看板が見えていた。
車の中での小休止で、重さを自覚してしまった体を今少しと奮い立たせ、自宅までの短い距離を歩く。

フリオニールが日々を暮らしているのは、キッチンつきの小さなワンルームのアパートだ。
外観は年季が入ったものだが、中は居住者が入れ替わる都度に手が入っており、外から見るよりも現代的に整えられている。
壁が薄いのが少しばかり悩みであるが、幸いにもフリオニールの部屋は角部屋だ。
音が出るもの───テレビなどの配置場所さえ気を付けて置けば、それほど隣近所と揉めることもない。

元々は其処で一人暮らしをしていたフリオニールだったが、現在は同居人がいる。
フリオニールよりも年下で、また高校生の彼は、紆余曲折を経てフリオニールの恋人と呼べる関係となり、つまり、同棲しているのだ。
仲睦まじいこと、と事情を知る友人達から揶揄われることもある間柄ではあるが、その実、二人がゆっくりと過ごせる時間と言うのは限られている。
フリオニールは生活の為のアルバイトがあるし、恋人は大学受験の正に真っ最中であった。
家事分担はお互いの予定と擦り合わせ、適宜こなしているので負担は減っている方だが、忙しい身なのは変わらない。
特に恋人は、テスト本番が今目の前に来ている事で、ナーバスになっている一面もあり、フリオニールはそんな彼を出来るだけ支えてやりたいと思っているのだが、如何せん、居酒屋なんてものはこの時期こそが書き入れ時だ。
生活リズムが擦れ違い気味になるのも珍しくはなく、お互いに相手が寝ている顔しか見ていない、なんて日が続く事もあった。

そんな恋人と共に過ごす自宅へと帰ってくると、窓から灯りが零れている。
明日の為に寝ているのかと思ったが、まだ勉強しているのかも知れない。
邪魔しないようにしないと、と足元の音に気を付けながら、フリオニールはどうしても響く玄関ドアの鍵を、心持ちゆっくり、静かに、開けた。

キ、と蝶番が音を鳴らし、煌々と灯りのついた部屋に迎えられる。
思った通り、その真ん中に据えられた食卓用のテーブルについて、参考書を睨んでいる恋人───スコールの姿があった。

少しばかり迷ったフリオニールだったが、眉間に深い皺を刻み、煮詰まっている様子のスコールの顔を見て、


「……ただいま」
「────あ、」


控えめな声で帰宅の挨拶を告げると、スコールは一拍遅れてから、はっと顔を上げた。
蒼灰色の瞳が、銀糸に赤い瞳の青年を捉え、微かにその眦が緩む。


「…お帰り、フリオ」
「ああ。こんなに遅くまで勉強して、大丈夫か?」
「……」


フリオニールの言葉に、スコールは本棚に置いてある針時計を見た。
それから深い溜息を吐き、手に持っていたシャーペンを転がす所を見るに、どうやら時間を忘れて勉強に取り組んでいたらしい。


「眠れなかったから、暇潰しをしていただけだ」
「そうか」
「飯、温める。風呂入ってこい」
「ああ」


遅い夕飯の用意をしてくれると言うスコールに、有り難く甘えさせて貰って、フリオニールはバスルームへ向かった。

湯舟に入っていた湯は少し冷めていたが、熱めの湯を加えれば事足りた。
冬の帰り道で冷えた体をすっかり温め直し、濡れた髪をタオルで乱雑に拭きながら風呂を出ると、食卓には温かな湯気を立ち昇らせる食事が揃っている。
チキンソテーにソースをかけ、彩りに気を使ったサラダと、根菜とつくね団子の入ったポタージュスープ。
腹を減らしているだろうと言う気遣いか、判り易く山盛りにされた米茶碗に、フリオニールはいつも唇が緩む。

頂きます、と手を合わせてから食事を始める。
その向かい側の席に、スコールもホットミルクを入れたマグカップを持って座った。


「このスープ、美味いな」
「……レシピ通りだ」
「じゃあ、また食べれるな」
「……そうだな。簡単だったし、また作っても良い」
「後で俺にも教えてくれるか?」
「アドレスを送っておく」


スコールは何にしてもきっちりと計算通りにやりたい所がある。
料理のレシピはその判り易い所で、本やインターネットで見付けたレシピを遵守していた。
フリオニールは逆に、長い一人暮らし生活で身に着いた勘で、目分量や味見を頼りにして作る。
その為にフリオニールの料理と言うのは、その時々で味にバラつきがあるのだが、スコールはそれを「どれも美味い」と喜んでくれている。

フリオニールは夕飯を平らげながら、目の前にいる恋人を見ていた。
長い睫毛を伏せ気味にして、愛用のマグカップに入った乳白色を見つめる貌は、酷く整っていると同時に、勉強疲れからか少しばかり憂いがある。
それは同居しているフリオニールにとって、見慣れているようでいて、久しぶりに見る顔であった。
と言うのも、二人の生活リズムの違いにより、此処しばらくはお互いの寝顔ばかりを見ていたからだ。
起きて動いているスコールの姿を見れる、と言う事が何とも言えず嬉しくて、赤い瞳はついつい、目の前にいる恋人へと向いてしまう。

それが視線に敏感な質のあるスコールにとっては、少々煩かったのかも知れない。


「……なんだよ、さっきから」
「え」
「じろじろ見てるだろ」


眉根を寄せて、睨むように此方を見る蒼灰色に、フリオニールはバレていたと顔を赤らめる。
友人知人から、何かと判り易い男だと言われるフリオニールであるが、確かに今のはあからさま過ぎたと反省する。


「いや、その……なんと言うか。久しぶりだな、と思って」
「……何が」
「こうやって一緒に起きてるのが。俺が帰って来た時には、スコールは大体寝ているし、俺が起きる前に学校に行くだろ」
「遅刻する気はないからな。……あんたは疲れてるんだし、起こすのも悪いし」
「うん。俺もスコールが寝てたら、起こさないようにしようと思ってる」


それは、こうした環境で同居生活をするに当たっての、自然な配慮と言うものだろう。
どちらも周りへの気遣いを無視できる性格ではなかったし、相手を慮るからこその擦れ違いだ。
それはフリオニールは勿論、スコールも理解している事だった。

でも、とフリオニールは言って、


「判っちゃいるんだけど、しばらく、寝ている顔しか見ていなかったからさ。起きてるスコールの顔が見れるのが、嬉しいと言うか、ちょっと、新鮮と言うか」


スコールが寝ている時間に帰って来て、彼を起こさないようにとひっそりと遅い夕食を終え、必要以上に物音を立てないように静かに寝床へ入る。
同じベッドで寝ているから、時により眠りが浅いスコールを少しばかり目覚めさせてしまう事はあったが、それもほんの数秒だ。
身を寄せ合っていれば、案外と温もりに甘えたがる恋人は、程無く夢の世界へ戻る。
フリオニールは、そんなスコールを腕に抱きながら眠りに就くのが習慣になっていた。
そして翌日、フリオニールが目を覚ました時には、スコールは既に登校していて、フリオニールは一人で目を覚ますのであった。

思いを遂げた恋人と同棲しているのに、なんとも味気のない、と言われれば否定も出来ないが、かと言って迷惑をかけたくもないし、相手が嫌がるようなこともしたくない。
大学受験が大変だったことはフリオニールもまだ記憶に鮮明であったし、だからこそ、スコールを応援する為にも、彼の意識に邪魔をしてはいけない。
そう思っているフリオニールだが、時折、朝の挨拶も出来てないな、と少しばかり寂しく思う気持ちは否めなかった。

そんな毎日だからこそ、今日はちょっとしたサプライズを見た気分だ。
眠れない、と言うのは明日も学校があるスコールにとって良くない事だろうが、お陰でこうして、彼と会話が出来ている。
此処しばらく、ぼんやりと空いていた胸の奥にが、充足感で埋まって行くのをフリオニールは感じていた。


「悪いな、スコールは明日も早いのにさ。勝手に浮かれてしまって」
「………」


フリオニールの言葉に、スコールはマグカップを口に運びながら、視線を斜め下へと逃がしている。
ホットミルクを口に含んだ彼の頬は、じんわりと赤くなって、


「……別に。謝るようなことじゃない」
「はは、そっか」
「……」
「でも、眠りたかったんだろ。片付けは自分でやるから、スコールは先に寝て良いよ」


言いながらフリオニールは、すっかり空になった食器を手に席を立った。

几帳面なスコールがこまめに掃除をしてくれるお陰で、キッチン周りはいつも綺麗だ。
其処で皿を洗っていると、スコールが空になったマグカップを其処に加えた。
「洗っておくよ」とフリオニールが言うと、スコールは「……頼んだ」と言ってベッドへ向かう。

生活リズムが違うものだから、相手が寝ている間に帰ってくる、家を出る、と言うのは儘ある話だ。
その癖ワンルームと言う環境なので、ベッド回りには間仕切りで遮蔽が作られ、灯りや物音での睡眠の邪魔をなるべく軽減するように工夫している。

フリオニールが食器を片付け終えて、自身も寝床へと入ると、スコールはまだ起きていた。
セミダブルのベッドは、スコールと一緒に生活をするようになった時に誂えたもので、まだまだスプリングがしっかりとしている。
其処にすっかり身を沈めると、ベッドの奥側を陣地にしていたスコールが寝返りを打った。
身を寄せて来るスコールをフリオニールが受け入れれば、甘える子猫のように、柔らかい濃茶色の髪がフリオニールの肩口を擽る。
まだ起きているのに、こう判り易く甘えて来るのは珍しいことだ。
久しぶりに話が出来たからかな、とフリオニールが思っていると、


「……フリオ」
「ん?」


名前を呼ばれて返事をすると、暗がりの中でも見える、蒼灰色がすぐ其処にあった。
近いな、と何処か冷静にその距離を感じていると、唇に柔らかいものが重ねられる。
それがスコールの唇だと悟った時には、ぬるりとしたものがフリオニールの咥内へと滑り込んでいた。


「ん……」
「…ん、……ふ……っ」


零れる吐息は、どちらのものだったのか。
交じり合っているからよく判らなかったが、構わずにフリオニールの方からも舌を絡める。

毎日のように寝顔ばかりを見ているから、こんな熱の交わりを臨める瞬間も久しぶりだ。
そう思ったら、若い体に燈った熱はどうしようもなく走り出していた。




2月8日ということで、フリスコ。
同棲生活してる二人が見たかった。
生活時間としては擦れ違いも多いけど、フリオニールが休みを取れた日とか、スコールの休日と重なった日とか、いちゃいちゃしてるんだろうなと思います。

[ウォルスコ]過日に馳せた想いの丈に

  • 2024/01/11 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



記念日と言うものを、大事にしたがる人間がいると言うことは、知っていた。
今のスコールにとっては自分の誕生日ですらそれほど特別には思わないのだが、ことに父がそう言ったものをよくよく気にする人なのだ。
元々そう言う気質だと言うのもあるが、恐らくは、スコールが子供の時、誕生日を初めとして、様々な行事ごとを喜んでいたと言う思い出があるからだろう。
もうそんな子供じゃない、とスコールは思うのだが、誕生日プレゼントだとか、受験に合格した祝いだとか、入学祝だとか、それに必要なものを探し回る父は、存外と楽しそうで、其処に水を差すのは聊か憚られた。
幼い頃のように、無邪気に喜んで見せられない息子に、どうしてそんなにも、と思う事はある。
だが、差し出されたものを受け取った時、ほっと嬉しそうな表情を浮かべる父を見ていると、彼が飽きない間は付き合っても良い、とは思っていた。

そして子供の頃のスコールも、幼いなりに、父に喜んでほしくて、そう言った行事にあやかることもあった。
まだあの頃は素直だったと自分でも自覚があるので、お絵描きだとか、手作りの金メダルだとか、肩叩き券だとか───子供が一人で準備ができる範囲など知れているから、そう言うものばかりだったと記憶しているが、父はそれを随分と喜んだ。
息子からの贈り物を、大事にするよ、と言った彼は、その言葉通り、今でも幼いスコールが贈った手作りの品々を手元に残している。
経年劣化だって激しいだろうに、絵の具なんて変色もするのに、彼は大事に大事にしまい込んでいた。
スコールにしてみると、朧な記憶に思い出した品々は、照れ臭いのと恥ずかしいのと、あまりに稚拙なので処分してしまいたいのだが、黙って片付けてしまったら、父はきっと悲しむだろう。
だから、自分に見えない所にある分は仕方ないと割り切って、敢えて触れないようにしている。

成長するにつれ、こうした行事ごとへの関心は、スコールの中で薄れて行った。
年始にやってくる父の誕生日については、この時期に開いているケーキ屋を探して2ピースの誕生日ケーキを買い、年末までに確保して置いたプレゼントを渡しているが、それ位のことだ。
世には『某の日』と名を付けて、毎日のように色々な記念日が制定されているそうだが、ほぼほぼスコールにとっては関係のない話であった。

だが、今年からそれも少し変わった。
スコールにとって、唯一無二と言える、心を寄せる相手が出来たのだ。

父ラグナの海外での仕事が増加し、家に帰れる時間が減るにつれ、事実上の独り暮らしと言う生活になったのは、高校一年生になって間もない頃。
小さな子供ではないのだとスコールは問題のないつもりでいたのだが、どうにも過保護な所があるラグナである。
既に一ヵ月の半分も帰るのが精々と言う状態だったのを、ラグナは痛く心配し、自分が母国に不在の間、スコールの幼馴染であるウォーリアの下へと預けたいと言い出した。
判り易く子供扱いされているとスコールは反発したのだが、「だって最近って物騒だろ」と真剣に弱り切った顔で言う父親の後ろでは、正しく一人暮らしの学生を狙った窃盗事件が起きていた。
それなりにセキュリティの固い住まいではあるものの、それでも決して油断はできないのが世の常だ。
“一人にならない”と言うのは、安全を確保する上で十分に有効なことであり、未成年ならば尚のこと、大人の介添えがあることは大きな意味と、犯罪者への牽制として抑止力になる。
だからラグナは、大事な大事な一人息子を、最も信頼できる人物の下へと預けたのだ。

ウォーリアの方はと言えば、スコールよりも8つ年上で、既に社会人として働いている。
スコールは「急に転がり込むなんて迷惑だろ」と言ったが、ラグナはスコールに話す前に、既に彼と話をつけていた。
彼は迷う素振りもなく、あの真っ直ぐな眼差しで「引き受けよう」と言ったそうだ。

そうしてスコールとウォーリアの同居生活は始まった。
父が帰ってくる時は実家に戻るので、ウォーリアの居宅で過ごすのは、月の半分ほどであるが、二人の距離を縮めるには十分な時間が持てた。
元々スコールにとって、ウォーリアと言う存在は特別なのだ。
幼年の頃から、歳の離れた兄のように慕いながら、憧れに混じって無自覚の恋情があり、それが同居生活の中で急速に花開いて行った。
その生活はスコールにとって、時に息苦しく悩みの元ともなっていたが、ウォーリアがスコールの感情を全て受け止めてくれた事で、無事に昇華されることとなる。
不安症のきらいがあるスコールは、様々に過ぎる思いに自ら振り回されることも多いが、何よりもウォーリアが絶対の自信と信頼を持って、年下の恋人を包み込んでくれるのだ。
お陰で、最近はようやく、恋人と共に過ごせる時間と言うものを、スコールは受け止められるようになってきた。

だから少しだけ、特別な日と言うものを作って、意識しても良いかも知れない、と思ったのだ。
それはスコールにとって細やかな思い付きでしかなく、今後繰り返していくかも判らないものだったが、今年くらいは、と。
恋人同士と言う関係になってから、いつの間にか一年が過ぎようとしていたから、折角だから、と。


(……はしゃいでたな、俺)


人気のないリビングのソファに、項垂れるように座って、溜息と共に独り言ちた。

カレンダーの日付に、気付かれないようにと、ごくごく小さくつけた点の印。
色の薄い水色のマーカーで、近付かなければ判らないようにと描いたそれは、スコールだけが覚えていれば良いものだった。
だからそんな判り難い印にしたのだが、そんな事をするのも、今日と言う日を待ちわびるように浮かれていた自分を象徴しているように見えた。

その印がついた日から、三日が過ぎた今日、恋人宅で過ごす時間は酷く静かだ。
いる筈の家主はおらず、間借り的に同居している自分だけがいる空間は、実家で過ごす一人暮らし同然の日々と変わらない。
けれども、本来はそんな予定ではなかったのだ。
少なくとも、カレンダーの日付にマーカーのインクを乗せた時には。


(……そろそろ帰ってくる。飯を作ろう)


家主であり、恋人であるウォーリアは、三日前の朝、出張に行った。
それは急な連絡から決まったことで、病欠の同僚に代わって、席を埋めねばならない為のピンチヒッター。
彼がマーカーの印を、その意味を知らない以上は無理もなく、スコールも伝えるつもりはなかったから、優先すべき事柄で予定が上塗りされてしまうのは仕方がない。
だが、真面目な彼がそれを受け取ったことを聞いた時、スコールは自分が判り易く拗ねた顔をしていた自覚がある。
「すまない」と謝罪とともに頬に触れた手と、彼のアイスブルーの瞳に映る自分の顔の酷さに、喉まで出かかった我儘を飲み込むのが精一杯だった。

そして三日前、まさにマーカーに印がついたその日に、彼は家を空けた。
残ったスコールは、父も帰ってくる予定はないし、実家に帰った所で結局は一人であるから、束の間の一人暮らし再来だ。
たった三日、されど三日のその時間は、もうあと少しで終わるだろう。
帰って来た彼を迎える為にも、いつものように、夕飯を作っておかないと、とようやく重い腰を上げた。

スコールが来るまで、コーヒーを淹れる時くらいしか使われることがなかったと言うキッチン。
今ではすっかり生活臭のある其処で、いつものように料理の仕込みを始める。


(いつも通りの飯で良いよな、もう。どうせ大した日じゃないんだから)


三日前は、少しだけ張り切った食事でも用意しようかと思っていた。
特別に金をかけるようなことはないけれど、厚みのある肉を買っても良いなとか、時間がかかる煮込みものに手間暇をかけても良いなとか、そんな風に。
けれども、何もかもがご破算となり、印の日付も過ぎた今、スコールはすっかり冷静である。
寧ろ冷めてしまったと言っても過言ではなく、今改めて浮つく気にもならなくて、取り敢えず日常へ戻る為の準備をするのが精々であった。

仕事と遠方への往復で、きっと疲れて帰ってくるであろうウォーリアに、せめて温かいものを用意しておきたい。
スープ系で良いだろうか、腹の減り具合が判らないから、具は肉と野菜と織り交ぜて、出す時にどれくらい食べられるかを確認するのが良いだろう。
慣れた手で野菜を刻み、スープの出汁にしながら火を通す傍ら、挽肉にスパイスを混ぜて、一口サイズの肉団子を作っていく。
多めの油で肉団子の表面を焼いた後、スープの具に加えて、弱火でじっくりコトコトと煮込んだ。

実の所、こうしてスコールがキッチンに立つのは、二日ぶりのことだ。
一人で食べる為だけに食事を作ると言う労力をこなす気にはならなかったし、咎める者もいないから、小さなコンビニ弁当で十分だった。
朝はパン一つとインスタントのコーヒーで済ませ、昼については食べていない。
元々、自分自身が食事にこだわりがある訳ではなく、一食程度は抜いても問題ないタイプだ。
同居人が───父にしろ、恋人にしろ───心配するから、きっちり三食、食べられる程度に食べている、と言うのがスコールの食への意識である。
それに加え、恋人が向かいにいない、と言う環境での食事がどうにも落ち着かなくて、然程に食欲も沸かなかった。

でも、今日はもう日常に戻らねば。
今日の昼も食べていない、なんてことが恋人に知られたら、きっと困った顔をさせるに違いない。
彼はスコールを滅多に叱る事はなかったが、その代わり、なんと言ったら良いものか、と言った風に眉尻を下げる事があった。
傍目にはあまり表情が変わっていないように見えるそうだが、付き合いが長く、彼をよく知っているスコールにはすぐ判る。
ああ、困らせている───と悟った瞬間、スコールの心は急速に申し訳なさで萎むものであった。


(綺麗な顔してる癖に、あんな表情するから、すごく悪いことをしてるような気分になるんだよな……)


くつくつと煮込んだ鍋をくるりと掻き混ぜながら、スコールは思う。
元より自分の我儘が顔に出るのが原因であることは判っているが、あの顔であの表情はずるい、と。

メインのスープに、サラダの新しい作り置きも出来て、あとは予約時間に米が焚ければ良い。
あとは帰ってくるのを待つだけ、とキッチンの片付けも終えて、水気のある手をタオルで拭いていると、帰宅の合図に玄関の鍵が鳴る音を聞いた。


(帰って来た)


浮つく気持ちなどとうに萎えた癖に、急にそわりと足が動いた。
急ぐようにキッチンを出て、玄関へと向かえば、靴を脱いでいるスーツ姿の恋人───ウォーリアがいる。


「おかえり」
「ああ、ただいま」


普段から無精にしている銀色の髪が、今日はすこしばかり草臥れている。
疲れていると判る眦が、此方を映した一瞬、柔らかく細められたのを見て、スコールは少し嬉しくなった。

床に置かれていたウォーリアの鞄を拾って、いつものように、彼の上着も脱がせようとした時だ。


「スコール」
「なんだ」
「これを君に」


そう言ってウォーリアは、上着のポケットから小さな箱を取り出した。
シンプルな紺色で、ウォーリアの大きな手には収まるサイズのそれは、控えめで上質な光沢を帯びている。
恐らくはジュエリーボックスと思われるが、唐突に差し出された箱に、スコールはぽかんと立ち尽くした。

ウォーリアは、口を半開きにしているスコールの手を取り、そっと箱を其処に重ねる。
手のひらに触れたものの感触に、ようやくスコールがそれを握ると、ウォーリアの唇が優しく緩んだ。


「これ……なんだ?」


ぴったりと口を閉じている箱を見つめて問うスコールに、ウォーリアは三日ぶりの恋人の頬を撫でながら、


「指輪だ」
「は?」
「君が好むものとは趣が違うと思うが、良ければ受け取って欲しい」


突然の出来事に、益々目を丸くするスコールを、ウォーリアは細めた瞳でじっと見つめている。
平時、その顔の整いようも相俟って、目力の強さに他者を圧倒することが多いウォーリアだが、スコールを見つめる眼差しはいつも優しくて慈愛に溢れている。
それがスコールには、未だに気恥ずかしさを誘うものがあるのだが、今この時ばかりは、そんなことに意識を攫われる余裕もなかった。

スコールがそうっと箱の蓋を持ち上げてみると、贈り主の言葉通り、飾り気のないシンプルなシルバーの指輪が納められていた。
よくよく見ると刻印が施され、スコールとウォーリアの名がイニシャルで彫られている。
一切の曇りのない銀色の光沢は、その指輪がとても品質の良いものであることを示していた。


「……これ……」
「本当は、三日前に渡そうと思っていたのだが」
「……三日前?」
「あの日、朝か、帰った時にこれを君に渡そうと思って、鞄の中に入れたままにしていた。結局それが出来ずに、持って行ってしまっていたから、帰ったらまず先に渡さねばと思っていたのだ」


そう言えば、とスコールは朧な記憶を辿ってみる。

その日は、朝から慌ただしかった。
緊急の代理として仕事に向かわなければならないと決まったのは、前日の夜のことで、ウォーリアはものの数時間で出張に必要な物事を整えなければならなかった。
出発の時間も迫り、とにかく忘れ物がないことだけを、二人で再三に確認して、ようやく彼は家を出る。
あの時、家を出ようとする直前に、ウォーリアが何か物言いたげな顔をしていたような気がしたが、それより仕事を遅らせる方が良くないと、強引に背中を押し出した。
ウォーリアは玄関を出ると、既にマンションの下に止まっていたタクシーを見付け、急いで降りて行った。
だから、こんなものをウォーリアが持っていたなんて、スコールは全く知らなかったし、思いもしていなかった。

そう言った経緯があって、今此処に至るのだと言うウォーリアに、スコールは、


「……そう、か。いや、それよりあんた、三日前って」


突然のプレゼントが、どうして今この時に渡されたのか、それは判った。
だが、そもそも、ウォーリアが何故これを用意したのか、と言う点が不明瞭なままである。

スコールの脳裏に、カレンダーにつけていた密やかな印が浮かぶ。
けれど、その日は何か判り易いことがあった訳ではなく、ただ自分が勝手に意識をしていただけのもの。
きっと他の誰も気にしはしないと、スコールはそう思っていたのだが、


「一年前のあの日、君は私に自分の気持ちを伝えてくれた。だから今度は、私が君に伝えたいと思ったのだ。私にとってあの日はとても特別なものになったから、今度は君に、その喜びを感じてくれたらと」


ウォーリアの言葉に、スコールの瞳が徐々に大きくなって行く。
そんな彼の前では、ウォーリアが眉尻を下げ、「結局、酷く遅くなってしまったのだが…」と申し訳なさそうに呟いているが、それは殆ど聞こえなかった。

ばくばくと鳴る心臓の音が煩い。
ああ、こんな事ならちゃんとやる気を出して、あの日の本来の予定のように、もっと豪華な夕飯にすれば良かった。
浮つく気持ちが冷めていた自分に、何をやっていたのだと手のひら返しをしながら、スコールは目の前の男に抱き着いた。
スーツ越しにも分かる熱い胸板に顔を埋め、真っ赤になった顔を隠す少年を、ウォーリアはくすりと笑って、その背に腕を回す。


「スコール。私の気持ちを、受け取って貰えるだろうか」


問う声は、きっと敢えてのことではなく、真摯に聞いているのだろう。
指輪はスコールの趣味とは違うし、本来の予定からもズレているしと、ウォーリアにとってもきっと予定は滅茶苦茶になっているのだ。
それでも渡したいと、スコールに想いを伝えたいと、愚直なほどに真っ直ぐな眼差しに、スコールは胸の奥と一緒に目尻まで熱くなる。

問いの返事は、音に出来そうになかったから、無音と唇に乗せて明け渡した。




1月8日だったので。
諸事で書く時間が取れなくて完全に遅刻ですが、やっぱり書きたかったので書いた。

スコールは記念日と言うものは意識するほど意識しなくちゃいけなくなるので面倒臭い、ウォーリアは人の記念日ならば相手を尊重する気持ちで意識するけど自分個人のことには特別性を持たない。
と言う二人だった訳ですが、晴れて恋人同士になれた日のことは、思い返すとやっぱり特別だと意識するようになって、某かこっそり準備したりしてると私が楽しい。

[8親子]キープアウトの理由は秘密

  • 2024/01/03 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



コーヒーブレイクをしようとキッチンに行ったら、末っ子と娘に「入っちゃだめ!」と怒られてしまった。
だめだめ、入らないで、見ないで、とぐいぐいと押し出す力に、おやおやと思いながら後ろ足を数歩。
その時、キッチンの奥からは、ほんのりと甘い香りが漂っていた。

仕方がないので自室に戻り、休憩のつもりで途中にしていたパソコンの前に座り直す。
しかしどうにも集中できなくて、なんでも良いから摘まみたいなあ、と思っていると、ノックが聞こえた。
寂しがり屋の末っ子がいつでも入って来れるように、部屋のドアは滅多に鍵をかけていない。
今日も相変わらず鍵は開けたままだったから、「開いてるよー」と返事をすると、ドアを開けたのは長男だった。


「コーヒー、持って来たよ。俺が淹れたから、味はちょっと判らないけど」
「お。ありがとう、レオン」


気の利く息子の手には、コーヒーとクッキーを乗せたトレイがある。
パソコンの置いてあるテーブルの端にそれを置いて貰って、早速コーヒーに口をつけた。
普段、妻が淹れてくれるコーヒーに比べると、それは少しばかり苦味が強かったが、


「うん、美味いよ。レオンは何でも上手に出来るなぁ」


褒めちぎる父の言葉に、思春期なレオンは少しばかり恥ずかしそうに眉尻を下げて苦笑する。
ラグナはそんな息子の顔も気にはせず、淹れたてのコーヒーの香りと味を楽しんでいた。


「さっきキッチンに皆いたみたいだけど、何かしてるのか?」
「ああ───まあ、うん。色々と」


雑談の気持ちで言ったラグナに対し、レオンの返事は少しばかり拙い。
なんでも判り易く、はっきりと返事をしてくれるしっかり者の長男にしては珍しい反応だ。

レオンは閉じた部屋のドアを見遣って、ふむ、と口元に指を宛てている。
何かを考えている時の仕草だと、ラグナは彼の考え事が住むのを、クッキーを齧りながらのんびりと待つ。
クッキーは妻が子供たちの為に、週に一度は焼いてくれるもので、練り込まれたアーモンドの風味が美味しい。
残り二枚をさっさと食べてしまうのは勿体無いなと、コーヒーの当てにのんびり食べようと思う。


「……父さん」
「ん?」
「今日の仕事は忙しいか?」
「其処まででもないよ。どした、なんか用事ある?何処か行きたいなら、車は出せるよ」


年始のこの時期、いつも子供たちが遊びに行くような遊戯施設は、大抵、休みの看板を掲げている。
昨今は早い内に店が開くことも多いものだが、もう後一日くらいはしないと、平常の運営体制には戻らないだろう。
だからこそのんびりと休める人もいるものの、元気のあり余った子供たちにとっては、家で過ごすことに飽きてしまうのも儘あること。
ちょっと離れた場所にある運動公園なら、時期に限らず遊べるし、ラグナの気分転換も兼ねて、ちょっとドライブに出掛けるのも良いだろう。

と、ラグナは思ったのだが、レオンは緩く首を横に振った。


いや、そう言う訳じゃないんだ。ただ、その───」


レオンは少し言い難そうに言い淀み、言葉を探して視線を彷徨わせる。
が、結局は遠回しな言い方に意味はないと思い、一番判り易く言った。


「悪いけど、今日はキッチンとリビングには来ないで欲しいんだ。俺達が入って良いって言うまで」
「んん?」


息子の申し出に、ラグナはことんと首を傾げた。

レウァール家にとって、キッチンは一家の生活の中心である母レインの城である。
其処に在るのは、設備も道具も、レインがこだわって選んだものばかりだから、物によってはお触り禁止のアイテムもあったりする。
とは言え、基本的に躾の良い子供たち────母の手伝いに慣れたレオンは勿論、追ってそれを援けるエルオーネ、兄姉の真似事が楽しい年頃のスコールと、彼等が台所ものものを勝手にあれこれと触ることは先ずない。
そしてラグナはと言うと、台所には妻お気に入りの茶器が多くあることを知っているから、コーヒーを自分で淹れる時以外に、其処に入ることはなかった。

反対にリビングはと言うと、一家の憩いの場所として、其処にはいつも人の気配が絶えなかった。
子供達は既にそれぞれの部屋があるのだが、自分の部屋で勉強に集中することがあるレオンは別にして、エルオーネはまだまだ見守る目がないと宿題に手を付けない事が多い為、リビングで勉強道具を拡げていることが多い。
スコールは寂しがり屋で、一人で過ごすことが苦手だから、必ず誰かがいるであろうリビングにいた。
そしてラグナも、持ち帰った仕事に集中すると言う時を除けば、リビングで子供達と一緒にテレビを見たり、ゲームをしたり。

キッチンはともかく、リビングに入らないでくれと言うのは、中々珍しいお願いだ。


「入らないでくれって言うなら、そりゃあ構わないけど。なんで?」
「なんでと言われると、俺からはちょっと……」


純な疑問を訊ねてみれば、レオンはまた眉尻を下げて言い淀む。
弱り切った表情を浮かべる長男であったが、その表情は困ってはいるものの、切羽詰まっている程でもない。
ただ少しばかり、言い難い、或いはあまり言いたくない、と言う雰囲気が滲んでいる。

ラグナが首を傾げていると、コンコン、とドアをノックする音がした。
ラグナが「はーい」と返事をすると、ドアノブがカチャッと回って、開いた隙間からくりくりとした蒼灰色がそぉっと覗き込んで来た。


「おっ、スコール。どした?」
「……」


顔半分を覗かせる末っ子は、もじもじとした様子で此方を見ている。
円らな瞳が忙しなく動いて、どうやら父と兄とを交互に見ているようだった。
物言いたげなその様子に、ラグナは何度目か首を傾げていたが、兄の方は弟の視線の意味を察したらしく、


「ああ、すぐ戻るよ」
「うん」


兄の言葉を聞いて、末っ子はほっとした表情を浮かべる。
スコールはきょとんとしている父の顔を見ると、ひらひらと手を振って、ぱたんとドアを閉めた。

ぱたぱたと小さな足音が聞こえなくなってから、さて、とレオンが軽く伸びをする。


「じゃあ、俺も戻るよ」
「戻るって、キッチン?」
「ああ」
「何してるんだ?さっきも皆いた気がするけど」


どうやら今日のラグナはキッチンに立ち入り禁止令が出ているようだが、ついさっき、コーヒーを求めて入った時には、其処には家族皆が揃っていた。
キッチンの主であるレインは勿論、ラグナを其処から追い出したエルオーネとスコール、そして今こうして向き合っているレオンも。
皆がいるのに自分は入っちゃ駄目なんて、となんとなく寂しくなって拗ねた顔を作る父に、レオンはまた困ったように眉尻を下げて苦笑を浮かべる。


「何と言われても。秘密だから言えないんだ」
「秘密?」
「ああ。秘密」


そう言って肩を竦めるレオンの眼は、秘密があると明かす事で、これ以上の質問は勘弁して欲しい、と訴えている。


「キッチンが終わったら、次はリビングなんだ」
「次?」
「全部終わったら、ちゃんと呼ぶよ」
「うーん」
「順調なら夕方には終わると思う」
「夕方……」
「晩ご飯は作らないといけないし。だから多分、それまでだと思うんだ」


何をしている、とレオンは決して言わなかった。
なんとなく、そう言う風に妹や弟と約束しているのだろうな、とラグナは感じ取る。
まだまだ幼い二人に比べると、よくよく周りを見て気遣いの出来る兄だから、“何か”を楽しんでいる妹弟の邪魔をしたくはないのだろう。
その為に、少々仲間外れにする事を許して欲しい、と妻とよく似たお喋りな瞳は言った。

皆が一所に集まっているのに、自分は其処に行ってはいけない、というのはラグナにとってなんとも寂しいものだが、“何か”を精一杯に隠そうとしている子供達の気持ちを無碍には出来ない。
何より、今ばかりは仲間外れになってはいるが、母も傍にいるようだし、彼等のことだ。
決して悪いことを企むようなことはしないと信じているから、ラグナもまあ良いか、と思うことにした。


「行っても大丈夫になったら、呼んでくれるんだよな」
「ああ」
「判った。じゃあそれまで、此処でお仕事頑張ってるよ」
「ありがとう。コーヒーのお代わり、あった方が良いか?」
「いや、大丈夫。そんなに長くやるつもりもなかったからさ」


仕事は締め切りがあるからと手を付けたが、幸いにも、明日明後日までに仕上げなければならない程に急いではいない。
今日の内に出来ることも限られていたものだし、それだけ済ませて置けば良い。
後は、夕方までどうやって時間を潰すか、そんな平和な悩みが追加されただけだ。

父の言葉に、レオンは「そうか」と言って、今度こそ部屋を出ていく。
ドアを開けると、中々帰って来ない彼に焦れたのか、兄の名を呼ぶ妹弟の声が聞こえた。


「レオン、早く。生クリームが溶けちゃう」
「お兄ちゃん、お母さんがチョコペンのチョコ、準備できたって」
「悪い、今戻るよ」


レオンが返事をすると、スコールとエルオーネの「早くね」と言う声があった。

恐らくは、その声もラグナは聞かない方が良かったのだろう。
しかし高くてよく通る子供達の声は、部屋の奥にいたラグナの耳にもしっかり届いてしまっていた。


(生クリームと、チョコ)


子供達にとっては、大好きなおやつだ。
レインはよくそれらを使って、見た目も華やかなデザート作り、子供達の目と舌を虜にしている。
とは言え、おやつを楽しむ為に皆がキッチンに集まると言うのもないだろう。
それなら子供達はリビングにいるだろうし、ラグナだけ仲間外れにされる事もない筈。

何してるんだろうなあ、とラグナがパソコンに向き直ろうとして、その前に目に入ったのは、壁掛けのカレンダーだ。
三日前に新しくなった月別カレンダーの、今日を差す日付が、まるでラグナを導くように目に留まる。

ぱち、ぱち、ぱち、とまるでパズルのピースが嵌るように、ラグナの頭の中で、情報が一つの形を成していく。


「─────あ」


思わず零れた声は、ドアを目る間際の息子の耳に届いたらしい。
振り返ったラグナが見たのは、人差し指を口元に宛て、小さく笑う息子の顔だった。

静かな部屋に一人残されて、ラグナは頬が判り易く緩むのを堪ええられない。
きっと気付かない方が、思い出さない方が良かったのだろうと思うが、判ってしまったものは仕方がなかった。
ならばせめて、何も思い出していない事にして、次に子供達が呼びに来るのを待つとしよう。
そして子供達が一所懸命に準備してくれたものを見て、目一杯に驚いて喜んでやろうと心に決めた。



レオンが淹れてくれた少し苦いコーヒーを飲みながら、頭が冴えてしまったのはこれの所為なのかな、と笑った。




ラグナ誕生日おめでとう、と言うことでうちの8親子ファミリーで。

ラグナが自室で仕事に勤しんでいる間に、皆でケーキとおめでとうパーティの準備をしている訳です。
その真っ最中にラグナがキッチンにやって来たので、ケーキを焼いてた子供達が大慌てして、「入っちゃダメ!」になったんですね。
なんだかんだで察しちゃったラグナですが、どんなことをしてくれるのか、どんなケーキを頑張って作ってくれているのかは知らないので、楽しみに待ってる。

[16/シドクラ]変わらぬ日々に特別を



いつからソリを引いてやって来る白髭の存在を信じなくなったのかと言われると、さて、と思う。
そもそも、初めから信じていたのかさえ、思い返してみると曖昧であった。
ただ、それを真っ向から否定するような言を使った事もなかった筈だ。
それは一重に、5歳年下の弟の存在があったからで、彼がそれを信じている間は、決して否定はすまいと思っていた。
素直な弟は随分と長い間それの存在を信じ、今年は来てくれるかな、と無邪気な表情で兄に聞いていた。
その度に、お前は良い子だから来てくれるよ、と答えるのが常だった。

もう随分と昔のことだ。
弟も今では大学院生で、流石にあの頃のように無邪気な年齢ではないし、街の軒先を飾るリースを見て、夢物語に思いを馳せることもない。
自分に至ってはそろそろ三十路になる歳で、世間の其処此処で華やぐムードがある今日も、相も変わらず仕事をしている。
今日と言う日でも止まる事のない公共交通機関であったり、人々の生活を明るく照らす電気であったり、そう言うものに従事している人間は案外と何処にでもいるものだった。
それでも赤白緑と、この時期特有のカラーに飾られ、七色に光るイルミネーションに飾られた街の浮かれ振りを見る度に、ああなんでこんな日にまで、と憂う声も聞こえて来る気がした。

クライヴはと言うと、いつも通りに定時に上がって、会社を出た。
幾つか前倒しに終わらせようとしていた案件はあったのだが、社長であり、同居人であるシドから、「クリスマスだぞ。帰って美味い飯でも作っといてくれ」と追い出されたのである。

帰り道にある行きつけのスーパーで、普段よりも少しばかり豪華な買い物をして、自宅に帰る。
夕飯の準備をしていると、携帯電話が鳴ったので確認してみると、メールが二通。
一通は弟から、「プレゼントをありがとう」と言う一文と共に、新品のマフラーの画像が添えられている。
今日と言う日の為に、クライヴが彼に当てて送ったクリスマスプレゼントだ。
それから、年末までに何処かでディナーでも行こう、と言う誘いがあって、都合の良い日を教えて欲しいとあった。
本来ならば今日、と言う予定があったのだが、お互いに上手く都合がつかなくて先延ばしになった。
クライヴは改めて日程を確認し、返信メールを送っておく。

それからもう一通は、動画付きのグリーティングメッセージで、再生ボタンを押してみると、同居人の娘───ミドがクラッカーを鳴らして「メリークリスマス!」と高らかに謳った。
動画に映るミドが着ているカーディガンが、シドが唸りながら選んで贈ったものだと気付いて、クライヴの唇が緩んだ。
ミドのメールは、きっと同じものが同居人の元にも届いているだろう。
今日と言う日を祝う言葉と共に、返信のメールを送信した。

夕食を作る手を再開させ、二品目、三品目と出来た所で、ちょっと量が多いか、と気付いた。
クライヴはそれなりに食べる方だが、シドはと言うと、摘まみになるものはそこそこ食べるが、重くなるものは得意ではない。
それをぼやいていた時、歳か、と言ったら、お前も直にそうなるぞ、と脅して来た。
いずれは辿る道かも知れないが、今の所はそう言う気配もないので、その時の遣り取りは、クライヴが肩を竦めて終わった。
と言った会話も思い出したのだが、


(まあ良いか。クリスマスだし)


パーティを開く程にはしゃぐことはないが、さりとていつも通りの夕飯と言うのも詰まらない。
これ見よがしな鶏の丸焼きを出す訳でなし、品数が多い位は構うまい。
偶には華やかに見える食事を用意するのも楽しいものだと、開き直ることにした。

折角だからワインでも開けようか、と考えていると、玄関から家主の帰宅の音が鳴る。
キッチンからひょいと顔を覗かせてみれば、寒さに赤らんだ顔がクライヴを見付け、


「おう、帰ったぞ」
「ああ」
「良い匂いがしてるな。美味そうだ」
「あんたが作れって言ったからな」


シドはマフラーを解きながらダイニングに入り、其処に並んだ料理を見て苦笑した。


「お前、張り切り過ぎじゃないか?」


バジルソースを添えたトマトとチーズのカプレーゼ、バゲット入りのオニオンスープ、スーパーで今日の為とばかりに売られていた厚みのあるローストビーフに、ミートソースのパスタ。
加えてデザートにと、ヨーグルトにブルーベリーソースとシリアルを添えて並べた。
普段は主食に沿えてサラダとスープ、あとはもう一品軽いもの、と言う具合だが、今日は随分と賑やかな食卓だ。

呆れ気味の表情を向けて来るシドに、クライヴは開き直って、


「良いだろう、クリスマスだし」
「だからってな。ミドがいるならともかく、食い切れんだろう」
「明日も食えば良いさ」
「やれやれ。作るのが楽しかったんだな。仕方ない、無駄にならんようにするか」


眉尻を下げて笑いながら言うシドに、是非そうしてくれ、とクライヴも言った。

折角だから開けよう、とシドがセラーから出して来たワインを開けて、のんびりとした夕食の時間。
特別なのは並ぶ料理が少しばかり豪華と言うくらいで、其処で交わす内容が何か特別になる訳でもない。
それでもなんとなく、満足感と言うのか、幸福感と言うのか、そう言うものをじんわりと感じる。
くすぐったさまで感じさせるそれを、目の前にいる男に悟られないように、クライヴはいつも通りに食事を進めた。

食べ切れないと言った割りには、シドはそこそこ食べてくれた。
パスタは一人分よりも少なめに、あとは食べたい分だけ摘まめるようにしたのと、ワインのお陰だ。
余った分はタッパーに移し、冷蔵庫に入れて、明日の夕飯にすれば綺麗になくなるだろう。

さて、とクライヴが食器を片付けようとキッチンに向かおうとした所で、


「クライヴ。片付けなら俺が引き受けるから、お前はあっちだ」
「あっち?」


呼び止めたシドの言葉に、クライヴはことんと首を傾げる。
あっち、と言ってシドが指差した先には、リビングソファに置いたシドの鞄がある。
それはクライヴにも見慣れたものであったが、その傍らに、小さな白い袋が置かれていた。

シドがさっさとキッチンに行ってしまったので、クライヴは首を傾げつつ、袋を手に取った。
赤いリボンで封をされた袋には、薄い金のインクで『merryXmas』と印字されている。
クライヴはしばらくそれを眺めていたが、


「シド。これ、開けて良いのか」
「ああ」


一応の確認に訊ねてみれば、思った通りの返事があった。

リボンを解いて中のものを取り出すと、シンプルな黒の長方形のジュエリーボックス。
手触りの良い箱に、そこそこ良いものなんじゃないか、とクライヴは眉根を寄せた。
蓋を開けてみれば、鈍銀色のチェーンに、赤紫色に光る石が連なっている。
アクセサリーとしては渋い色合いだが、派手にならずに落ち着いた品位を漂わせたそれは、ファッションとしてもそれなりに上級者向けのデザインをしていた。
当然、クライヴにとっては馴染もないものであったが、決して安い値段でないことは分かってしまう。


「シド」
「お前に合いそうなモンを探してみた。ま、気が向いた時にでもつけてみろよ」
「それは───その、ありがたい、が。急にこんなもの」


戸惑う表情を浮かべるクライヴに、シドはくっと笑う。


「おいおい、クリスマスだぞ。恋人ヽヽにプレゼントを渡すのに、これ以上の理由はないだろう」
「……!」


シドの言葉に、クライヴの存外と幼さの残る顔に朱色が差す。
あ、う、と返す言葉に詰まって口籠る青年に、シドはくつくつと笑いながら、手許の食器の泡を流していた。

クライヴは赤らんだ顔をどうにか宥めて(それでもまだ赤かったが)、ふう、と一つ息を吐く。
落ち着いて手元の宝玉を見て、また別の理由で眉根を寄せた。


「俺、あんたに何も用意していない」
「ああ、気にするな。そいつも、俺の気紛れみたいなもんだからな」
「……だが……」


宥めるシドであったが、クライヴの表情は晴れない。
そんなパートナーに、大方の予想はしていたが、やっぱり律儀な奴だなとシドは呟いて、


「良いさ。お前からの分は、あとで貰うつもりだからな」
「あと?……だから、俺は何も───」
「別に物を渡すだけがプレゼントってもんでもない。色々あるだろ、色々な」


念を入れるように重ねて繰り返すシドに、クライヴはぱちりと瞬きを一つ。
それからしばらくの沈黙の後、シドの“あと”と“色々”の意味を理解して、収まりかけていた頬の熱が一気に再燃した。

沸騰したように赤くなった顔で、じろりと睨んで「……スケベ親父」と憎まれ口を叩くクライヴに、シドは理解したのならお互い様だと返したのだった。


クリスマスと言うことで。

基本的に家族を大事にする二人なので、それぞれジョシュアやミドと何か約束とかしてそうだなーと思いつつ。
それはまたの機会に書ければなと、今回は二人で過ごすクリスマスを書きたかった。
あと顔真っ赤にしたクライヴに「スケベ親父」って言わせたかった。察してしまったのでお互い様。

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