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User: k_ryuto

[セフィレオ]朝暮の境界にて

  • 2024/07/08 21:05
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



故郷の地は、今頃太陽に焼かれる毎日であろうが、其処から遠く離れたこの場所は、今日も肌寒い。
場所によっては永久凍土にもなっているこの地域は、夏と呼ばれるような期間もごく短かった。
経緯はそれほど変わらない位置なのに、緯度が違えばこうも環境は変わってしまうものとは、世界は不思議なものである。

仕事の関係でこの地で暮らすようになってから、もう四年が経つ。
言葉の日常使いに慣れる所から始まった生活も、それなりに慣れが来て、生活サイクルも此方の様式に合わせられるようになった。
年に一度、二度、実家に帰ると、あちらの存外と忙しなさに驚くが、此方も此方で、テレビに映し出されていた程、のんびりとしてもいない。
長い冬に閉じ込められることを前提に、僅かに暖かい今の内に、あれもこれもと準備を整えておかなければならないのだから仕方ない。

季節が変わると、この地では、太陽が顔を出している時間も大きく変わる。
故郷でもその傾向はあるものだったが、此処ではその差が更に顕著だ。
白夜と呼ばれるその現象の時期、太陽は見えなくとも空は明るさが残されていて、レオンは未だにそれを“夜”だと受け止めるまでに時間がかかる。
まだ随分明るいな、と思っても、時計を見れば故郷で言う宵の口になっていて、住み始めて間もない頃は、頭が混乱したものだった。
お陰で眠る時間と言うのが上手く調節できず、深い睡眠がとれなかった所為で、いつも寝不足気味だった。
こうした白夜の時期が終わると、今度は極端に陽の恩恵が短い期間が始まり、日中に仕事をしているのに、外は暗いと言う日々が続く。
これもまた、レオンが生きて来た故郷のサイクルにはないものだった為、暮らし始めて一年の間は、驚きと混乱と、体調不良の連続であった。

この地がそう言うものであることを一年かけてその身で学び、土地に合わせた対処法、生活リズムを教えて貰って、なんとか適応するに至った。
その間に、セフィロスと知り合ったのだ。
今では恋人同士となった彼から、この地で生きる為の知恵なり方法なりを教わって、一つ一つ実践してみたお陰で、今のレオンがある訳だ。
どうしてそんなにも彼が世話を焼いてくれたのかと言えば、なんでも、レオンと同郷であったから、らしい。
今では全く全てを卒なく熟す彼も、レオンより一足先に、レオンと同じように悩んでいた時期があって、だから同じ状態に見舞われているレオンを放っておく気にはなれなかったのだとか。

────それでも、彼も知らなかったらしい。
誰かと一緒に眠ると言う事が、こんなにも心地良く、安心するのだと言う事は。

夜でないようでいて夜の時間、示し合わせてどちらかの家に来て、閨を共にする。
時に緩やかに、時には昂ぶりを只管に発散するように、熱の交わりをして、その疲れに身を任せるように眠るのが癖になった。
とは言え誰でも良いと言う訳ではなく、レオンは目の前の銀色しか知らないし、あちらもレオン以外でこうやって眠れた経験はなかったらしい。
夏とは言っても、故郷の気温で言えば冬の入り口くらいの気温であるから、どうにも温もりが欲しくなる。
甘えているな、とレオンは常々思うのだが、抱く腕は存外と心地良いものだったから、益々この温もりが手放し難くなっていた。

中に注がれた熱の処理を待たずに、いつも意識を飛ばしている。
夜中にふっと目が覚めた時には、裸身の体は綺麗なものになっていて、毎回のことながら、手間をかけさせて申し訳ないと思った。
それを、偶々に起きていた相手に告げれば、


「構わんさ。お前に傷がないことを確かめているようなものだから」


と言って、恐ろしいほどに整った顔が柔く笑うものだから、レオンは眉尻を下げて唇を緩める他ない。
そんな顔にセフィロスはいつもキスをして、悪戯にならない戯れを始めるのがパターンだった。

頬に、耳元に、首筋にと降るキスの為に、レオンはくすぐったさを感じながら、


「あんたが俺を傷付けるなんて、一度もした事ないだろう」
「なら、良いんだがな」
「あんたはいつも良くしてくれる。仕事も、ベッドの中でも。贔屓されてるのがよく判る」
「仕事は適材適所だ。ベッドの中は、まあ、否定はしないな」


する、と形の良い手がレオンの腰を撫でる。
不埒なようでいて、今はそれ以上の所に届かない所から、これもただの戯れであることが判った。

ベッドの傍のカーテンの隙間からは、故郷の夜とは比べるべくも明るい、薄光が差し込んでいる。
それでも時計を見れば十分に真夜中と呼べる時間で、まだベッドを抜け出すには早過ぎた。
しかし、意識は寝起きにしてはクリアで、またうとうとと寝る気にもならず、レオンは肌に触れる男の手を感じながら、そのくすぐったさに目尻を細めながら、


「ちょっと寒いな」
「暖がいるか?」
「いる。けど疲れてる」
「お前が嫌ならしないさ」
「そういう訳でもないんだ」
「加減しろと?」
「あんただって疲れてるだろ?」
「まあな。だが、始めてしまえば、止まるかどうか」
「案外俗物だな、あんたは」


綺麗な顔をしている癖に、と社内外問わずに人を振り替えさせる美人が、他人が思っているよりもずっと欲に正直だと言うことを知っている者は少ない。
昔ながらの付き合いだと言う者を除くと、その中では付き合いの短いレオン位だろう。
その事に、微かな優越感を得ながら、レオンは腰を抱く腕に手を回した。

長身に、細身に見えるタイトなブラックスーツを隙なく着用する所為か、セフィロスはスマートな体系をしているように見える。
手足も長くバランスが取れているから、益々そう感じさせるのだろうが、思いの外その身体は逞しいものだった。
レオンとて華奢な訳ではないと自負しているから、そんな男二人がベッドでじゃれていると、どうにも狭い。
逃げ場のないシングルベッドで他愛のないじゃれ合いをしていれば、必然的に距離はゼロになって行くものだった。

止まないキスの雨に、首を巡らせて逃げようとした所で意味もなく。
耳朶の裏側に、ちゅ、と小さな音が鳴って、其処に厚みのある舌が這うのが判った。
官能の火照りに沈んでいたのは、今から一時間にもならない前の話で、そのスイッチの切り替えポイントを優しくノックされる。
一瞬詰めた吐息を意識して吐き出せば、はあ、と其処に熱の含みが混じった。


「ん……セフィ、ロス……っ」


まだ彼を受け入れていた感覚の残る場所が、じわりと疼き出すのを感じ取って、レオンは背後の男の名を呼んだ。
返事の代わりに男の手がレオンの肌を滑り、無駄なく鍛えられた胸筋を辿って、頂きの膨らみを指先で掠める。


「っ……」


ひくん、と体が震えて、セフィロスの喉が笑う気配があった。
耳の後ろで遊んでいた舌が、レオンの項へと移って、癖のついた髪の隙間から覗く生え際を擽る。


「セフィロス、……明日の、予定……」
「問題ない」
「本当に?あんた、前もそう言って───」
「ちゃんと休みだっただろう」
「あんたが勝手に、……休みに、したんじゃないか」
「問題も起きなかった。お前は真面目に仕事をし過ぎる」


言いながらセフィロスの手は、レオンの体の熱をゆるゆると上げようと企んでいる。


「お前がいなくては何もかもが回らない訳でもない」
「まあ……そう、だけど」
「なら休め。俺も休む」
「勝手だな……」


呆れ半ばに呟くレオンだが、そう言う彼も、背後の男の悪戯を止めようとはしない。
経験上、此処から止まってくれることは滅多にないと言う諦めもあったし、触れる手が嫌と言う訳でもない。
燻ぶるまでになった熱も、じわじわと温度を上げて、受け入れる為の器官が反応しているのが判る。
はしたなくなった自分の体に思う所はあるが、それはそれとして、肌寒さから逃れる理由も欲しかった。


「今何時だ?」
「……午前二時。十分猶予もあるな」
「だと良いんだが」


カーテンの隙間から覗く空は、夜と言うには余りにも明るい。
具体的な陽の光こそないものの、星も望めない程度には明度が保たれているものだから、やはりレオンは、今が夜だと言う気がしなかった。
故郷で言えば朝ぼらけの頃のような空で、此処からものの一時間もすれば、朝日が顔を出すだろう。

どの道、そんな空がある時間帯に、レオンが意識的に眠ることは難しい。
恋人との他愛のないじゃれ合いをしている間に、すっかり意識もクリアになってしまったし、此処から無為な寝る努力を費やすよりも、触れる温もりに身を委ねる方が心地良いことは知っていた。


「朝までは勘弁してくれ」
「お前次第だ。そう言うのなら、煽ってくれるなよ」


セフィロスの言葉に、そんなことをしたつもりはないが、とレオンは眉尻を下げて苦笑する。

レオンは体の向きを変えて、戯れる男と向き合った。
銀糸のかかる頬に手を添えて、そっと顔を近付けると、碧の瞳が満足げに笑みを浮かべる。
空恐ろしい程に綺麗な顔で笑う恋人に、レオンはゆっくりと唇を押し当てた。


「ん……」


静かに重ねられた唇が、段々と深く重ねられる。
衣擦れと、ベッドのきしきしと言う軋む音が、広くはない部屋の中で繰り返されていた。
シーツの隙間から滑りこんでくる冷たい空気を遠ざけるべく、其処にある体温に身を寄せれば、閉じ込められるように、背中に腕が回される。

セフィロスの手はレオンの背中を辿り、腰骨を撫でて、シーツの中で疼きを訴えている下肢へ。
指先が宛がわれるのを感じて、レオンは努めて体の力を抜いてその先を待つ。

静かだった部屋の中に、甘く蕩けた声が反響するようになるまで、それ程時間はかからない。
一度緩やかに蕩けた身体は、すぐに同じ温度まで上がって、その頃にはレオンも覆いかぶさる男に恥を忘れて縋りついていた。




7月8日と言う事でセフィレオ。
いちゃいちゃしている二人が書きたくなった。

慣れない環境に、朝なんだか夜なんだかよく判らなくて眠れない、ってなっていたレオンに、人肌と疲労感で寝ることを覚えさせたセフィロスでした。
悪いようにはしなかったので、そのまま親密な仲になり、今に至ると言う感じ。

[クラスコ]この一時を、もう少し、あと少し

  • 2024/07/08 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



明日の食料調達の為にコンビニに来たら、偶然にも恋人が其処に来ていた。
家が近い訳でもないのに、と思ってどうしてと尋ねてみると、友人たちに連れられて、この近くにある複合型施設で遊んだ帰りだとのこと。

季節として日が長い時期であるが、既に空はとっぷりと夜に暮れていた。
こんな時間まで学生が遊んでるもんじゃないぞ、とわざと年長者らしく言ってやれば、恋人───スコールの唇が分かり易く尖る。
其処には「判ってる」だとか、「子供扱いするな」だとか、そんな言葉が引っ掛かっているのだろう。
それから彼は、「バスが一時間に一本しかないんじゃ、待つしかないだろ」と言った。

尤もな話で、この辺りに通っているバスは、都会のように五分や十分で次の便が来るようなサイクルにはなっていない。
学生も休日を楽しむ遊戯施設があるのに、車を持っていない学生が行くには聊か公共交通の便が不親切なものだから、スコールのような少年少女は、いつも帰りの時間を気にして過ごすものだった。
夕方頃に帰るなら、その分予定を繰り上げなくてはならなかったり、映画の上映スケジュールによっては、レイトでしか扱っていなかったりして、終わったらタクシーで帰るか、そもそも見るのを諦めるかの二択になる。
門限を気にしながらものんびりと遊ぶなら、この複合施設はあまり薦められないと言うのが当事者たちの弁で、駅前のファストフードでだらだら喋っている方が良い、と言う者も。
しかし、買い物に、映画にゲームセンターに、おやつのフード店に、ついでに生鮮食品売り場も揃っているので、駅前よりも便利なのも事実。
結局、休日の学生や家族連れは、この複合型のアミューズメント施設にやって来るのだった。

そして今日のスコールは、友人たちと映画を見に来て、帰りのバスを一本逃した。
元より映画の放映時間終了の一分後にバスが出ると言うダイヤになっているものだから、スコールは最初から帰りが遅れることについては諦めていた。
方向の違うバスに乗る友人たちを見送った後、営業時間終了間際の施設を後にして、一時間も暇があるのならと、このコンビニまで歩いて来たと言う訳だ。
コンビニ近くのバス停が、スコールの帰宅方面に向かう路線と続いているから、施設のバス停まで戻る必要もない。
適当に何か摘まんで胃袋を慰めて、ちゃんとした夕飯を食べるかどうかは、帰宅してから腹の都合を見て考えれば良い、と言うのがスコールの今の所の予定だった。
其処で、ばったりとクラウドと逢った訳だ。

────と、こんな時間に一人でこんな場所にいた経緯について、スコールが少し面倒くさそうにしながらも丁寧な説明をした後、


「あんたは、なんで。あんただって家はこの辺じゃないだろ」


詰問のお返しとばかりに、スコールは言った。
自分が答えたのだから、其方も言え、と少し拗ねた顔をしているスコールに、クラウドも抵抗なく答える。


「仕事の帰りだ。此処の通りを真っ直ぐ抜けると、家までの近道になる」
「……ふうん」


問うては来たが、然程興味も意味もなかったからだろう、スコールの反応は愛想にもならない。
スコールは手元の籠に、クーラーボックスから取り出したペットボトルを加えて、レジへと向かった。
クラウドもミネラルウォーターのペットボトルを取ると、まだ選り取りみどりに残っていたコンビニ弁当の中から、スタミナになりそうなものを三つ選んでレジへ。

支払いを済ませてコンビニを出ると、一足先に外に出ていたスコールを見付けた。


「スコール」


名前を呼ぶと、少し胡乱気な顔が振り返る。
一見すると不機嫌にも見えるが、これは恐らく、友人たちと一日遊んで疲れているからだろう。
友人たちと一緒に遊ぶことに否やはなくとも、人混みが得意ではないスコールにとって、今日と言う日は存外と姦しかったに違いない。
それも終わってようやく帰路と言う所だから、表情が少々きつめに表れることについて、クラウドは割り切っていた。

それでいて、こんな所で恋人に逢えたと言うのは、こっそりと嬉しいものでもあって。


「乗って行くか、バイク」
「……」
「バスより早いぞ」


コンビニの駐輪スペースに停めたバイクを指差して言えば、スコールは無表情でじっと此方を見つめる。
頭の中で、バスに乗って帰る時間と、クラウドの厚意に甘えた場合の帰宅時間を比較しているのだろう。

バスは座っていれば到着するので楽ではあるが、便の到着まではまだ時間があったし、陽が沈んで日中よりも過ごし易いとは言え、段々と蒸し暑さが増す屋外でバスを待つのも面倒だ。
それに、バスは駅前までしか行かないから、其処から電車に乗り、最寄り駅からはまた歩かなければいけない。
クラウドのバイクなら、落ちないように注意は必要ではあるが、彼が自宅の真下まで連れて行ってくれれば随分と楽だ。
決まったルートしか走れない路線バスより、小回りが利くので、移動距離も半分で済む。


「……乗る」


くるりと踵を返して戻ってくるスコールに、クラウドの口端が緩む。

クラウドがバイクをタンデム仕様にしたのは、スコールと恋人関係になってからだ。
つまり、この後部シートはスコールの為に用意されたもので、折々にこうやって二人でデートをする為にある。
今夜はデートと言う程のものでもないが、最近中々会う機会が作れなかった身としては、ちょっとしたサプライズ的なイベントだった。

つい先日、スコールを連れてツーリングデートに行ってから、彼のヘルメットはリアバッグに入れたままにしていた。
うっかり出し忘れての事だったが、今日に限ってはラッキーだ。
取り出したそれをスコールに渡し、バッグにそれそれの荷物を入れて、バイクへ跨る。
耳元にある通話用のイヤフォンマイクのスイッチを入れると、ジジ、と言うノイズが小さく走った後、スコールのイヤフォンへと繋がった。


「他に何処か寄る所があるなら、ついでに行くぞ」
「……いや、良い。特にない」


遊び疲れたこともあってか、スコールは直帰で良いと言う。
明日は平日、学生であるスコールは学校に行かなくてはいけないし、今日は帰って休みたいのだろう。

後ろからしっかりとした密着感があるのを確認して、クラウドはバイクを発進させた。
最初の頃はぎこちない様子で縋っていたスコールだが、何度もツーリングデートを重ねたお陰で、今は自然体でクラウドに身を任せている。
そうでなくては危険だから、と何度も訓練するように重ねた結果で、尚且つスコールからの信頼を勝ち得たようで、クラウドはこっそりと嬉しい。
だからデートの際は、余程の遠方や道路の問題がない限り、バイクで出掛ける計画にしていることを、スコールは気付いているだろうか。

出来ればこの密着感を長く味わっていたいクラウドだが、寄り道の予定もないとなれば、やはり一時の味わいが精々だ。
なんとか延長できないかと画策して、


「スコール」
「……ん」
「うちに来るか?」
「……なんだ、いきなり」


クラウドの言葉に、インカムの向こうで、訝しむ声。
急な誘いは、完全にクラウドの思い付きであったから、スコールにしてみれば予定外の事を言われても困ると言った所だろう。

唐突な誘いの理由を問うスコールに、クラウドはなんと答えるか考えたが、結局は自分の気持ちに正直になる他は浮かばなかった。


「折角お前と逢えたから」
「意味が判らない」
「そのままだ。もう少し、お前と一緒に過ごしたくてな」


包み隠さず、気持ちそのまま口にすると、腰に捕まる腕がぎゅうっと力を増したのが判った。


「……意味が判らない」


もう一度重ねられた言葉は、一見すると鈍い反応だったが、クラウドは知っている。
これは彼の照れ隠しで、存外と初心で照れ屋なスコールは、クラウドの臆面のない一言に赤くなっているのだ。
後ろを見れないのが勿体ないな、と思いつつ、クラウドは赤信号にバイクを停める。


「スコール。明日の予定は?」
「予定も何も。学校だ」
「今日は急いで家に帰らないといけないか」
「別に。今日はラグナもいないし」


父子二人暮らしのスコールである。
普段なら、家事を引き受けている立場である為、朝夕の食事を作る為、そこそこの時間には帰るようにしている。
しかし、忙しい父親は出張等で不在になる事も少なくなく、そんな時は、今日のように少々羽目を外して過ごすこともあるのだとか。

今日が正にそうだったのだと聞かされれば、クラウドの唇がこっそりと緩む。


「じゃあ、問題ないな」
「……ある。勉強道具も全部家だ。朝に急いで帰るなんて面倒くさい……」
「なんだ、泊まってくれるのか」


其処までは言っていないのに、と笑みを交えて言うと、イヤフォンの向こうで沈黙が降りる。
それから十秒ほど経ってから、スコールも自分の思い込みに気付いたらしい。


「違、」


そんなつもりじゃない、あんたが明日の予定なんて聞くから───と赤くなっているであろう少年が言う前に、信号が青に変わる。
行くぞ、と言って走り出したバイクに、背中にしがみつく力が良い訳のように強くなるのが判った。





7月8日と言う事で。
バイクの二人乗りに慣れたスコールと、家に行くとなると当たり前に泊まることが前提になる関係なクラスコ。
デートは勿論、その時の送り迎えなんかも全部クラウドがバイクでしてるんじゃないかと思います。

[16/シドクラ]巡りに乗せて



どうだ、と言ってシドが見せて来たのは、彼お気に入りの銘柄のワインだった。

気軽に飲むならビールだが、一人嗜むのならワインが良い、と彼は言う。
確かに、飲み屋で皆と一緒に賑やかに過ごす時はビールを注文しているが、部屋で考え事をしている時だったり、寝酒に一杯飲むのならば、持ち込んでいるワインを愛飲していた。
だからシドがワインを人に勧める時と言うのは案外と限られている、らしい。
“らしい”と言うのは、存外とクライヴがシドにワインを勧められる機会があるからで、そんなに珍しいことなのか、と言う感覚があるからだ。
ガブにしてみれば、「シドがワインを勧めるなんて、そいつのことが気に入ったって言ってるようなものなんだぜ」だとか。

とは言え、シドの中でも色々とランク付けはあるのだろう。
ワインセラーに収められている酒の中でも、自分用、来客用、特に重要な賓客用と、その時々で彼が出してくるものは適宜変わる。
クライヴの場合は、同居していると言う関係故か、少しばかり特殊で、シドの自分用のワインを時々貰うことがあった。
後は、何某か景品だとか、貰い物だとか、余り名を聞いたことのないワインを手に入れた時の試飲感覚で、シドと一緒に瓶を開ける作業に加わらせて貰う。

クライヴ自身はと言うと、それ程酒に拘りはない。
そもそもが飲食の類にあまり執着がなかったので、シドと同居するまでは、ワインなんて赤ワインと白ワインがあることくらいしか覚えていなかった。
遠い昔、家族が寝静まったダイニングで、父がワインを飲んでいたこともあったが、クライヴにとってワインに関する思い出と言えばそれだけだ。
その頃、分かり易く優等生らしい生活をしていたクライヴであるから、父のワインを飲みたいなどと強請ったこともない。
成人してからは、折々に飲み会に出席する事も増えて、それなりに酒の味を覚えはしたが、それだけのことだ。
今でこそクライヴは幾つかの酒の銘柄を覚えているが、その切っ掛けを与えたのは、専ら周囲の言があっての話で、彼の中での酒の区分は、大雑把に“美味いか否か”と言った具合だった。

それでも、シドが勧めてくれるなら、それは良い酒だと言う事は知っている。
そして、拘りがないとは言っても、美味い酒と言うのはやはり味わえれば嬉しいものであった。

どうだ、と誘ってきたシドの手には、既にワイングラスがふたつある。
断ることを考えていないと言うか、断らせる気がないと言うか。
そんな同居人兼職場の上司に片眉を寄せて笑いつつ、クライヴは「良いな」と言った。


「初めて見るラベルだ。何処のワインなんだ?」
「まあそこそこの有名処だよ」
「あんたがそう言うと怖いんだよな」


クライヴがワインに詳しくないこともあってか、シドは余りそれの詳細を語らない。
しかし、安価なものならそう言うし、貰い物で一切の詳細が知れないのならそれも言う。
だが、値段が上がって来ると、今度は言わなくなる傾向があった。
宅飲みに付き合わせるクライヴが遠慮するのを嫌ってか、構えて飲むのが好きではないのか、そんな所だろうか。
だから、すっかり飲み明かした後で、クライヴが気まぐれにラベルの記載を頼りに調べてみると、結構な金額のものだと発覚することも儘あった。
本当は上客に出す為のものだったんじゃないか、とクライヴが言うと、シドは「良いんだよ」とからからと笑うばかりだ。

結局の所はシドが購入、或いは誰かから貰ったとかの代物であるから、それをいつ開けようと、それはシドの自由だ。
相手も勿論シドが選んでの事だから、クライヴが畏まった所で、大した意味もないのだろう。
ただ、高いものと言うのはやはり、それなりに分かった上できちんと楽しみたい、とクライヴは思う事もあった。

テーブルに置かれたグラスに、とくとくと注がれる白ワイン。
甘い香りがほんのりと漂うのを感じ取りながら、クライヴはパントリーを覗く。


「摘まみでも。何かあったか」
「冷蔵庫の中に用意してある。出してくれ」


シドの指示を受けて、クライヴは冷蔵庫を開けた。
棚の一番下に、スライスされたチーズとパストラミが並べられた皿を見付ける。
夕飯の時にでも作っておいたのか、準備の良いことだ。

摘まみの乗った皿をテーブルに持って行くと、シドはもう席に着いていた。
向かい合う席にクライヴが座り、それぞれグラスを手に取って、軽く当て合う。


「今日もお疲れ様」
「ああ。お前さんもな」


乾杯の代わりの労いは、今日も今日とて忙しかったことへ。
特段、何か事件があった訳ではないが、シドは社長業であちこちに顔出ししていたし、クライヴも営業として足を棒にしていた。
それを無事に終えての一杯と言うのは、やはり、身に染みるものがある。

まずは一口、とシドもクライヴも軽くグラスに口をつける。
淡色の液体はするりと優しい口当たりで、すっきりとした味わいの中に、ほんのりと甘味が感じられた。
美味いな、とクライヴが呟くと、シドの口角が分かり易く上がる。
飲み易さにつられて早々にグラスを空ければ、シドが直ぐに二杯目を注いでくれた。


「随分、機嫌が良いじゃないか」
「そうだな」


クライヴの言葉に、シドはグラスを傾けながら小さく笑う。
普段から気前良く振る舞うことはあるが、こう積極的に酒を勧めてくれるのは珍しい。
大抵は、お互いに自由なペースで飲んでいるから、合判している席であっても、それぞれ手酌で楽しんでいる事が多かった。

二杯目をそれ程間を置かずに飲み開けると、またシドがワインを手に取って、クライヴに差し出して見せる。
どうだ、と言う無言の問いかけに、クライヴはグラスを差し出して答えた。
やはり今日は特別に気前が良い。

クライヴは三杯目のワインに口をつけながら、冗談気分で言った。


「あんた、俺を酔わせたいのか?」


酒を注ぐペースは、クライヴのそれをみだりに乱すつもりはないようだが、シドの目は逐次、クライヴの手元のグラスに向けられている。
飲め飲めと無茶な絡みをする訳ではないが、クライヴのグラスを空かさないように意識しているのが伺えた。
気配りの細やかさはシドの染み付いた癖のようなものだが、それは職場であるとか、仕事付き合いの会食の席ならばともかくとして、自宅で同居人相手にまで発揮する必要のないものだ。
それが今日は随分とまめまめしく自分の世話を焼いてくれる上、美味い酒まで飲ませてくれるものだから、なんだかつられるようにして、クライヴも少しばかり気分が浮ついて来る。

そんな気持ちから言ったクライヴの言葉に、シドは「さてね」とまた口角を上げる。


「お前が本当に酔ってくれるんなら、それもありだろうけどな」


蟒蛇(うわばみ) だからなあ、とシドは付け足して言った。
クライヴはチーズを齧りながら、


「俺だって全く酔わない訳じゃない」
「そうかね。何処でどれだけ飲んでも、ケロッとしてるだろう。ガブみたいにフラフラになった事あるか?」
「どうだったかな。昔はあったかも知れない。覚えていないけど」
「忘れたって訳でもなさそうだがな」


シドの言葉に、クライヴは肩を竦めて返しつつ、


「確かに、余り酔ったことはないけど。この酒は美味いから、若しかしたら酔うかも知れない」
「上等な酒なら酔えるって?贅沢者め」
「やっぱり高いんだな?」
「さあな」


皮肉るように揶揄うシドの言葉に、クライヴがずっと気になっている点を突いてやれば、また躱される。

シドの表情は柔らかく、酒が入っていることもあるだろうが、分かり易く上機嫌であった。
相応の年輪が刻まれた顔が、ほんのりと赤みを浮かせて、グラスを持つ手もゆらゆらと液体を揺らして楽しそうにしている。
彼もそれなりにアルコールには強い筈だが、ひょっとしたら酔い始めているのかも知れない。
シドが酔うと言う事は、そこそこ度数が高いのかも知れないが、相変わらず、クライヴの意識はくっきりさっぱりとしたものであった。
だが、意識の酩酊はなくとも、クライヴも常よりも自分の機嫌が良くなっている自覚はあった。

シドのグラスが空いたので、クライヴは腕を伸ばして、ワインを手に取る。
察したシドがグラスを差し出し、とくとくと二杯目の酒精が注がれた。


「シド。この酒、今日で全部飲むつもりか?」
「なんだ、惜しいか?」
「まあ、少し。気軽に手に入るものでもなさそうだし」
「お前が気に入ったのなら、また手に入れるさ。そうだな、一年後くらいに」
「そんなに手の入り難いのか」
「伝手はあるから、どうにかなる。だが、そうしょっちゅう飲めるんじゃ、有難みも減るだろう」
「随分勿体ぶるじゃないか。でも、確かにそうだな。偶に飲むから沁みるものか」


美味い酒への名残はありつつも、その美味さのスパイスには、確かに希少性も関係するか。
そして、飲める時には、美味い内にそれをたっぷりと堪能するのが良いのだろう。

これを再び楽しめるのは、一年後。
そんなつもりでグラスを傾けると、喉に通って行くとろりとした液体が、酷く恋しいものに感じられる。
ボトルの中身はもう半分まで減っていて、今晩中に空になってしまうのは間違いなく、それは酷く惜しいのだが、また次回があると思えば喉が閊えることもなかった。

機嫌良くグラスを明かしてい恋人を、シドは終始、口元を緩めた顔で眺めている。
これなら、少々手間をかけてでも、用意した甲斐があると言うものだ。
そして今から一年後、今日と言う日がまた迎えられるようにと、今から算段を巡らせるのであった。




大分遅刻ですが、FF16発売から一周年を迎えられたと言う事で、シドクラでお祝いに飲んで貰いました。
この後は二人とも良い感じに気分良くなって、しっぽりしてたら良いと思います。

[ティナスコ]チルアウト・ラテ

  • 2024/06/08 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



ここ一年、ティナはとあるカフェに通っている。
週に二回、アルバイトのない曜日に其処を訪れては、カフェラテを飲みながらゆっくりと本を読む時間を作っていた。
軽食もメニューにあるので、時々、サンドイッチやケーキを注文する事もある。
頻繁に通うので、最近はすっかり店員にも顔を覚えられていて、席に座ると同時にカフェラテが出てくるくらいだ。
覚えられたと悟った時には、少し恥ずかしくなったりもしたが、さりとて通うのを辞めるには、其処で過ごす時間が心地良くて、手放してしまうには惜しい。
偶に他の店も探してみる冒険心も発揮してみたりするが、やはり、戻ってきてしまう位に、其処はティナのお気に入りの店になっていた。

今日もティナは、買ったばかりの本を数冊、鞄に入れて、その店へと向かう。

其処は少し入り組んだ住宅街の真ん中にあって、表通りからも遠く、ひっそりと隠れるように存在していた。
一見すると、普通の一軒家にも見えるから、其処がカフェだと知っているのは、近所に住んでいる人でもそう多くはないのではないだろうか。
年季の入った手作りの看板も、庭を囲む柵にころんとかけられているだけで、目立たせようと言う風もない。
けれど、休日になると何処からともなく常連客がやって来て、その時だけ注文できるランチメニューを求めて満席になるらしい。
アルバイトの都合もあって、ティナは休日に此処に来ることが出来ないが、いつかは噂のランチを食べてみたいと思っている。
だが、平日の日中から夕方の時間帯に行くと、流石に空席が多かった。
故にこそティナが、のんびり長い時間、テーブルを使わせて貰えるのだ。

綺麗な花々に彩られた庭の前を横切って、ティナはカフェの扉を開ける。
からんからん、とドアベルが鳴って、開けたドアの隙間から、コーヒーの香ばしい匂いが零れてくる。
いらっしゃいませ、と言う平坦な声が聞こえて、ああ今日はいるんだ、とティナは少し嬉しくなった。


「お邪魔します」
「……どうぞ」


ティナの挨拶の声に、シンプルな返事があった。
それを寄越してくれたのは、カウンターテーブルの向こうにある厨房に立つ、一人の少年だ。

深煎りのコーヒー豆に似た髪色の少年は、スコールと言う名前で、このカフェのオーナー兼店長をしている女性の息子だと言う。
ティナの一つ年下らしい彼は、高校生になった時分から、母のカフェ営業の手伝いをしているそうだ。
朗らかで明朗快活な母とは対照的に、笑顔も滅多に見せない、よく言えばクールな態度を崩さない彼は、始めこそ気難しい印象が強かった。
実際、言葉数は少ないし、よく「もうちょっと笑顔で挨拶しなさい」と母に口端を摘ままれている姿をよく見る。
そもそもは、どうにも彼は人と接することが苦手なようで、それを心配した両親に押し切られる形で、コミュニケーションの練習として、店の手伝いをする事になったのだとか。
手伝いを始めてから二年が経ち、笑顔は無理に作ると引き攣るから、結局諦めたと聞いた。
常連客が多い環境故に許されている所もありつつ、ウェイターの他、厨房仕事から帳簿類の管理まで、手広くカバーするお陰で、店長である母は大いに助かっているのだそうだ。

普段は母と息子が揃って店を回しているが、どうやら今日はスコール一人だけらしい。
客も店の奥でのんびりとコーヒーを傾けながら談笑している老夫婦が一組のみ。
いつになく静かな空間に、時折ノイズを混じらせるレコードが奏でるチルアウト・ミュージックが耳に心地良かった。

ティナがいつものカウンター席の端に座ると、スコールがカップを用意しながら、


「カフェラテで良いのか」
「うん。お願いします」


確認するスコールに頷くと、彼は直ぐに作業を始める。


「……他は」
「うんと、今は良いかな。でも、後で何かお願いするかも」
「判った」


鞄から本を取り出しながら答えるティナに、スコールの反応は端的だ。

通い立ての頃、あまりにシンプルな反応のみを返し、愛想とは程遠いスコールの態度に、怒らせてしまったかな、とティナは何度か思ったことがある。
その都度、母が息子を窘めてはティナに詫びていたものだった。
そんな傍ら、同じ場所に居合わせていた常連客だったり、スペースを借りて勉強しに来ていたスコールの同級生だったりが、彼の性格について教えてくれた。
確かに接客業をしているとは思えない愛想のなさはあるが、あれでも彼なりの努力で、酷い仏頂面にはならないように気を付けているらしい。
実際、同級生が学校で撮ったと言う画像を見せて貰った時は、眉間に中々深い谷が出来ていた。
そして、そんな幼馴染に憤慨しつつ、勉強を教えてくれとねだられては、律儀に応じている様子を見て、ティナも段々と“スコール”と言う人物を知ることが出来た。

そんな調子で一年も通っているから、ティナもスコールの態度にはすっかり慣れた。
差し出されたカフェラテに、可愛らしいリスのラテアートが描かれているのを見て、驚いた日が懐かしい。
元々は同級生のおねだりを発端に、凝り性を発動させて会得したと言う技は、今ではすっかり常連の間で、ひとつの名物と扱われている。

今日のアートは何だろう。
本のページを捲りながら待っていると、カウンターの向こうからスコールがやって来て、ティナの前に静かにカップを置く。
ちらりと其方を見ると、今日は猫の絵で、写実的なタッチで細かな毛並みまで描かれている。


「上手だね、スコールの絵」


静かな店内の雰囲気を崩さないよう、ティナは控えめな声で言った。
カウンターの向こうでそれを聞き留めたスコールは、母親譲りの蒼の瞳を少しばかり彷徨わせる。


「……別に。見たまま描いただけだ」
「それが出来ているのが凄いんだよ。私はこんな風に描けないもの」


ティナも手遊びに絵を描く事はあるが、こうもリアルな絵は無理だ。
才能が有るんだろうな、とティナはいつも感心しきりであった。

ティナの言葉に、スコールの瞳はまた彷徨う。
大人びた顔立ちの頬に、存外と分かり易く朱色が浮かんでいて、照れているのが判った。
そんな言葉にしない代わりの素直さに、かわいい、とティナはいつも思っている。

可愛らしい猫のアートに、崩すのが勿体ないなと思いつつ、温かい内に一口。
そっとカップの端を唇に近付けて、柔らかなフォームミルクとコーヒーを飲む。
口の中で、柔らかな苦みと、フルーティな酸味がじんわりと広がるのを感じながら、ティナはほうっと息を零した。


「おいしい。やっぱり此処のラテが一番好きだな」
「……どうも」
「ふふ」


褒めるティナに対して、スコールの反応は何処までも素っ気ない。
しかし、顔が熱いことにスコール自身も自覚があったのか、彼は逃げるようにバックヤードの方へと行ってしまった。
あれもまた、照れているのを気付かれたくない、思春期の少年の反射的な逃避行動だ。

ティナは苦笑しつつ、カップをソーサーに戻して、また本を開いた。
心地良いノイズを混じらせるレコードの音楽と、ひそやかに語り合う老夫婦の声が、緩やかな時間とともに過ぎていく。
気まぐれに口に運ぶカフェラテは、猫の頬が崩れた頃に、ティースプーンでくるりと混ぜた。
程よく熱の取れたコーヒーにミルクが溶け込み、まろやかな味わいを作り出す。

静かな時間が幾許か、読書に夢中になっていたティナは気にしていなかった。
その間に、老夫婦のお茶の時間は終わって、席を立つ音がする。
バックヤードにいたスコールが直ぐに戻って来て、会計レジで精算をし、夫婦は「レインさんによろしくね」と言って店を後にした。

客がティナ一人になった所で、スコールはキッチンへ。
カチャカチャと食器が小さな音を立てているのを、ティナは頭の隅で聞いていた。
特に気にするものでもなかったから、変わらず視線は本へと集中していたのだが、コト、と何かが視界の端に置かれて、顔を上げる。


(あれ……?)


半分ほどに中身を減らせたカップの傍ら、並べられているものを見付けて、ティナはきょとんと首を傾げる。

其処には、オレンジ色の果肉を乗せた、小さなタルトが1ピース。
後でおやつになるものを注文しよう、と思ってはいたけれど、まだ伝えてはいない筈。
そもそも、これはメニューにあっただろうかと、よく見る筈のメニュー表を思い出していると、


「……試作品なんだ。サービスするから、感想をくれると助かる」


カウンターの向こうから言ったスコールに、ティナは成程、と納得する。
この店のケーキは曜日ごとに日替わりするけれど、このオレンジのタルトは、メニューのラインナップにこれから入るかどうかと言う所なのだ。
ティナが見覚えがないのも無理はない。


「それじゃあ、頂くね」
「ああ」


ティナは本を閉じて、デザートフォークを手に取った。

一口食べてみると、艶やかな光沢に飾られたオレンジが、新鮮な酸味をいっぱいに主張する。
それを包み込むように、ココアアーモンドクリームの柔らかな甘味が訪れた。
生地はサクサクと小気味よく噛むことが出来て、触感を楽しむことも出来る。

ティナは藤色の瞳をきらきらと輝かせて、カウンターの向こうでじっと此方を観察していた少年を見て、


「生地がサクサクで、甘すぎなくて、後味がすっきりしてる。とっても美味しい」
「そう、か。……何か、引っかかる所はあるか?」
「えっと───好みかなとは思うんだけど。ちょっと酸味が強いのかなって。最初に食べた時に、こう、わって酸っぱい感じが来たの」
「成程。なら、もう少し熟れた奴の方が良いか……」


スコールはエプロンのポケットに入れていたオーダー用のメモ用紙を取り出して、ボールペンで走り書きのメモをする。
真剣な表情でぶつぶつと独り言をしているスコールに、ティナはタルトにフォークを差しながら、


「このタルトは、スコールが作ったの?」
「……ああ。貰い物のオレンジがあったから、消費のついでに、何か新しいメニューも……たまには考えた方が良いんじゃないかと思って」


このカフェのメニューは、昔ながらに続いているものが多いと言う。
休日のランチは、スコールの母が色々と工夫を凝らして新しいものも考案されるそうだが、カフェメニューは常連客に愛されたものが定着して久しかった。
別段、スコールもそれに不満があった訳ではないのだが、彼の友人であったり、ティナだったりと、新しい世代の若い客もぽつぽつと増えているらしい。
昔から変わらぬ味とはまた別に、新規開拓も考えて良いのでは、とスコールは思ったのだ。

ティナはオレンジのタルトを綺麗に食べて、後退く酸味も十分に堪能してから、カフェラテを飲み干して、言った。


「スコールはすごいね。絵が上手で、お菓子もこんなに美味しいものが作れるんだもの」
「別に、大したことじゃない。と言うか、あんたはなんでも褒めすぎだ」
「だって本当にそう思うんだもの。スコールはすごいって」


言いながらティナは、もっと具体的に伝えることが出来れば良いのにな、と思う。
ティナにとってスコールは、自分よりも年下なのに、店の手伝いと言って色々な所に目を配ることが出来て、人からの期待に応えようと努力を重ねて、沢山の技術を習得して───ひとつひとつを挙げていけばキリがない位に凄い人だ。
けれどもスコールは、どうにも人に褒められることに慣れていないのか、顔を赤くして眉間に皺を寄せるばかり。

本当よ、とティナが重ねて言うと、スコールの顔は益々赤くなる。
スコールはその顔を片手で覆うように隠しながら、反対の手のひらを見せてティナの言葉の続きを遮る。


「……判った。あんたの気持ちは判ったから、もう良い。十分だ」
「そう?」
「タルトの方は、参考にさせて貰う。………ありがとう」
「ふふ、どういたしまして。私の方こそ、美味しいタルト、ありがとう」


礼を言うのも、得意ではないと言うスコール。
けれども協力して貰ったのだから、と礼を述べるスコールに、ティナも感謝の言葉を返した。

それからしばらく後、買い出しに出ていたスコールの母が帰ってくるまで、店にはスコールとティナの二人きりの時間が続いた。
中々顔の赤みが引かないスコールは、きっと恥ずかしさで一人になってしまいたかったのだろうけれど、ティナはやはり名残惜しくて出来なくて、形ばかりに本を開いて過ごす。
存外と照れ屋な少年の様子を見守る時間の愛しさは、ティナの秘密の楽しみなのであった。





6月8日と言う事で、ティナスコ。
静かなカフェで話をしている、お客さんのティナと店員のスコールが浮かんだので。

弟属性のスコールにとって、お姉ちゃん属性orママ属性のあるティナ相手は、色々弱いと私が楽しい。
ティナも大人びた見た目してるのに、零れ見える素直じゃない素直さが可愛いなあって思ってると良いなって。

[バツスコ]ヒート・バイト・マーク

  • 2024/05/08 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



バッツが中々に噛み癖が酷いと言うのは、閨を共にするようになってから知ったことだ。
ことの最中、スコールはそれ所ではないので全く気付かないのだが、終わった後や、翌朝になって自分の体を見ると、其処此処に噛み痕が残っている。
肩だとか、腕だとか、腰のあたりだとか───服で隠れる場所であるのは幸いではあるが、時にはそれからはみ出た所に見える事もあった。
その都度、痕を残すな、とスコールは目尻を釣り上げるのだが、バッツは「判ってるんだけどつい」と頭を掻くばかりであった。

今夜もまた、それは同じであった。

二度、三度とまぐわって、スコールが意識を飛ばしてしばらくの後、目を覚ます。
汗と体液まみれになっていた体は、すっかりと綺麗に整えられ、水滴を大量に沁み込ませていたであろうベッドシーツも、そんな気配もない程に整えられている。
裸身で包まるシーツは、少しひんやりとした感触があって心地良い。
体の重怠さと微睡にかまけて、うとうととしていたスコールだったが、ふと自分の手首にあるものが視界に入って、


(……またやったな)


暗がりに慣れた目に映る、素手の手首。
其処に残る綺麗に揃った歯型に、はあ、とスコールは溜息を吐いた。

それが、スコールが起きていることを、傍らの青年に知らせたのだろう。
スコールを背中から抱いていた腕が、ぎゅう、と力を込めてスコールを抱き締めた。


「……暑苦しい」
「へへー」


肩越しに後ろを見遣って睨めば、それが露とも効いていない、上機嫌なバッツの顔。
そのまま睨んでいれば、バッツはスコールの頬に唇を押し付けてきて、ちゅ、ちゅ、とバードキスを繰り返した。
どうにもくすぐったいのと、そうして甘えじゃれてくる恋人に、どうして良いのか判らなくなって、スコールは肘で背後のくっつき虫を押し剥がそうと試みる。
当然ながら、それは大した意味も効果もなく、バッツは益々力を込めて抱き着いて来るのであった。

スコールをすっかり腕の檻の中に閉じ込めて、バッツは至極満足そうだ。
細身の癖に、流石生粋の旅人とでも言おうか、バッツの体力は底無しである。
そんな彼が満足するまで今夜は繋がり合ったので、確かに彼は機嫌が良いだろうが、反対にスコールの疲労も一入であった。

疲れているのでもう一度眠りたいのだが、頬に首筋に項にと落ちる唇が、どうにもそれを邪魔する。
やめろと言った所で聞かないのは判っているので、好きにさせてしまう事にした。
そのついでに、どうせ今すぐ眠れはしないのだから、言うべきことだけは言っておこう。


「バッツ。あんた、また噛んだだろう」
「ん。そうだっけ」


けろりとした反応に、スコールは今し方確認したばかりの手首を翳して見せる。
バッツはぱちりと瞬きした後、其処にくっきりと残っている歯型に気付き、


「あー。うん、そうだな、噛んだなあ」


ようやく思い出して、バッツはうんうんと頷いた。

バッツの手が伸びてきて、スコールの手首を柔く握る。
持って行かれるそれを抵抗せずに任せると、バッツはしげしげと手首の歯形を見て、


「うん、確かに俺の歯だ」
「判ったようで結構だ。痕を残すなって何回言ったら判るんだ、馬鹿」


手首を捻って握る手から逃れ、スコールはぺしんとバッツの頭を叩く。
いて、と本当は痛くもないだろうに、リアクションだけは律儀だ。

バッツは叱られた頭に手を遣り、ぽりぽりと掻く。


「判ってるつもりなんだけど、なんて言うかなあ。やっぱり、つい、なんだよな」
「つい、であんたは俺を噛むのか。あんたは人肉が食いたいのか?」
「いや、其処までチャレンジャーじゃないって」


バッツが生きて来た世界は、スコールにしてみれば酷く前時代的なもののようだった。
まさか人肉文化もあるのでは、と真新しい噛み痕のある手首を隠しながら眉根を寄せるスコールに、バッツも流石にそれはないと首を横に振る。
バッツの世界に未開の地と言うのは少なくはなかったし、足で行ける場所も限られたものだったから、若しかしたら何処かにあったかも知れない、と言う可能性はある。
が、少なくともバッツ自身は、余程の緊急時であっても、容易にそれが選択肢としては上がらない位には、忌避される事ではあった。

ならば、バッツのこの癖は何なのか。
痛みなどとうになかったが、スコールは歯形のついた手首を摩りながら、胡乱にくっつき虫を見る。
スコールの言わんとしている事を、バッツはその表情から概ね察して、うーんと唸った。


「なんて言うか……食べちゃいたいって言うか。美味しそうって思うんだよな、スコールを見てると」
「意味不明だ。そんな事で何度も噛むな。これだけ型がはっきり残るって事は、あんた、相当強く噛んでるだろう。いつか肉を持って行きそうだ」
「そんなに?じゃあ大分痛いよな。ごめんな、スコール」


詫びと一緒に耳朶の裏にキスをされる。
今そう言うのは求めていない、とスコールは頭を振って、キスの感触から逃げた。
そうすると、嫌がっちゃ嫌だと言わんばかりに、抱き締める腕の力が強くなる。


「ほんとに悪いと思ってるって。スコールに痛い思いさせたい訳じゃないしな」
「だったらもっと自重しろ」
「頑張るよ。って言うか、結構頑張ってるつもりなんだよ、これでも」


言いながらバッツの手が、スコールの噛み痕のついた手首を捕まえる。
指先が滑るように、スコールの手首を摩り、ほんのりと其処に温かい感触が集まって行く。

回復魔法の気配を感じて、この程度のことで、とスコールは眉根を寄せたが、一応、バッツの誠意の謝罪と言うことなのだろう。
手首は袖と手袋の隙間なので、肌身を晒さないスコールの服装の中では、ちらちらとではあるが、素肌が覗きやすい場所だ。
癒してこの噛み痕が目立たないものになってくれるなら、幸いではあった。

すっかり噛み痕が消えると、バッツはその手首を口元へと持って行って、キスをする。
その程度なら、この熱の名残のあるじゃれ合いの中で、拒否するものでもないと好きにさせた。


「綺麗になった。これで良いか?」
「ああ」
「あ~、勿体ないなあ。でも仕方ないか」


バッツは酷く残念そうな顔をして、癒したばかりのスコールの手首に頬ずりした。
何をしているんだか、と呆れていれば、ぬる、としたものが手首を辿る。
バッツの舌だ。


「っおい、」
「ん」


嫌な予感を感じてスコールは腕を引っ込めようとしたが、バッツの掴む力の方が早かった。
手首はしっかりバッツに捉えられ、ちゅう、と強く吸われる。
歯形の代わりと言わんばかりに、其処には赤い小さな鬱血が咲いた。

吸っては舌で舐め、また吸って。
逃げようとするスコールの身体を、バッツは上手く力の作用を受け流しながら、自分の体の下へと引きずり込んだ。
シーツを蹴るスコールに構わず、バッツは手首から肘、二の腕、肩とキスの雨と共に登って行き、やがてその唇は、まだ汗ばんだ気配を滲ませている首筋を吸った。


「ん……っ!」
「んぁ、」
「……っ!」


固い感触が、スコールの喉元に当たる。
噛まれている、柔く、けれど力を入れれば簡単に食い込んでくる歯が、皮膚一枚に触れている。
そう感じると、ぞくぞくとした感覚が、スコールの背中を駆け上った。

全身が総毛立つように汗が噴き出て、腹の底にじんじんとしたものが滲んでくる。
気付かれまいとスコールは身を固くしていたが、彼がそうやって緊張している時は、同時に躰が熱を開こうとしている時でもあると、バッツはよく知っていた。


「スコール、なあ」
「……っ」
「もう一回しよう」


首筋にかかる吐息に、スコールは窄めた瞳で天井を仰ぐしか出来ない。
口を開けば今直ぐにでも情けない声が漏れそうで、それを無理やり留めている喉がひくついている。
バッツは其処にゆっくりと舌を押し当てながら、スコールの戦慄く喉を食んだ。

体が完全に熱に持って行かれているのを、スコールも自覚している。
こうなってしまっては、もう眠る事など出来ない。
スコールは熱に浮かされた頭で、これだけは言っておかないと、と唇を動かした。


「……痕、は……駄目、だ……」
「うん」


震える声で辛うじて紡いだスコールに、バッツは判ってる、と頷いた。
その傍から喉仏を食まれて、どうせ聞いちゃいない、と言う事も判っていた。





5月8日と言う事で。
がぶがぶバッツ。怒ってるけど、実際そんな本気で怒ってる気配のないスコール。
バッツにしてみれば我慢してるけどマーキング感覚もあるし、噛むとスコールが興奮するのも判ってるので、本気で嫌がられない内は結局何回でも噛むんだと思う。

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