[ヴァンスコ]約束に夢見る
「スコールは、飛空艇って知ってるか?」
秩序の聖域に用意された、戦士達の為の屋敷の玄関前。
じっと自分の武器の調整に時間を費やしていたスコールに声をかけたのは、何をするでもなく玄関扉に寄り掛かっていたヴァンだった。
今日の待機番として聖域に残されたのは、スコールとフリオニールとヴァンの三名。
フリオニールは遅くに帰ってくるであろう仲間達へ、夕飯の下拵えの為にキッチンに篭っている。
スコールは特にする事もなく、取り敢えず見張りの体として、玄関前を居場所にした。
ヴァンは最初はリビングにいたのだが、キッチンから漂う香ばしい匂いが腹に多大なダメージを与え、昼食にはまだ早い時間だとフリオニールから摘まみ食いを制され、暇と腹の虫を持て余した末、玄関前にやって来たのだが、────何故“此処”なのか、スコールにはまるで理解が出来ない。
理解は出来ないが、しようと思っていないのも確かだったので、スコールは背中に感じる少年の視線は無視する事に決めた。
決めていたのだが、こうして名指しで声をかけられると、無視をし続けるのもばつが悪い……ような気がする。
「スコールは、飛空艇って知ってるか?」
一言一句、先と違わぬ言葉が振って来た。
普通、相手が何かに集中している時は、邪魔にならないように静かにしているものではないだろうか────とスコールは思うのだが、ヴァンはその辺りの事は気にしない性質らしい。
繰り返された言葉に、聞こえない振りをしたら、また同じ言葉が降ってくるような気がする。
かちゃ、と鳴った金属音は、ヴァンの足下の具足だろうか。
近付いて来る気か、とスコールは眉根を寄せた。
見下ろしていたガンブレードの銀刃に、微かに影が落ちて、彼が近付こうとしている気配に気付く。
スコールのパーソナルスペースは広い。
自分で自覚がある。
対してヴァンは、人と距離感を縮める事に(物理的にも精神的にも)拒否感を覚えないらしく、誰にでも遠慮をしない。
「なあってば。スコール」
ひょい、と隣にしゃがむ気配。
磨いていた銀刃に、スコールの顔を覗き込んでくるヴァンの姿が映り込んだ。
それだけではなく、銀刃を見下ろしていたスコールの視界にも、ひょいっとヴァンの姿が映り込んだ。
近い。
スコールは無言で訴えたが、ヴァンは気にせず問い続ける。
「スコールは、飛空艇って知ってるか?」
三度目の質問だった。
こうなっては、答えない限り彼が問い続けるであろう事は、流石のスコールにも判る。
スコールは近距離にあるヴァンの顔から離れるように、上体を逸らして数時間振りに口を開いた。
「…知っている」
「ホントか?」
スコールの言葉に、ヴァンの表情が明るくなる。
バッツやジタンとは別の意味で、小動物を思わせるその表情の変化に、スコールは眉根を寄せた。
「本当だ。…それがどうかしたか」
「じゃあ、高い所って平気か?」
─────Q&Aが成り立っていない。
マイペースに二つ目の質問をしたヴァンに、人の話を聞けよ、とスコールは胸中で呟いた。
スコールは一つ溜息を吐いて、手元の愛剣を手放した。
ふい、とヴァンのいる方向とは逆へと首を巡らせて、立てた膝に頬杖を突く。
「なあ、高い所」
「……特に問題はない」
足下が見えないほどの高場から下を見て、竦まずにいられると言う程の自信はないが、バッツのように極端な高所恐怖症と言う訳でもない。
次元城の無限の空や、バハムート要塞のような場所でも、スコールは特に高所である事を気にしてはいなかった。
その程度には、スコールにとって高所と言うものは深い意味を持つものではない。
それを端的にして応えれば、またヴァンの表情が緩んだ。
「そっか。じゃあ、大丈夫だな」
「……おい。さっきからあんた、何の話をしてるんだ」
胡坐を掻いて、満足そうによしよし、と頷いているヴァンに、話しが見えないスコールは不機嫌に眉を顰めて言った。
語尾が強くなったのは、目の前の少年の言動の意味が掬えない事と、それでも付き合わなければいけないと言う苛立ちの所為だ。
しかし、やはりヴァンはそれを気にした様子はなく、
「あのな、スコール。俺、空賊になるのが夢なんだ」
「………」
唐突に夢の話をされても、スコールには返事のしようがない。
夢の話をするなら、今日は彼も待機組だから丁度良いだろうし、フリオニールの所にでも行けば良い。
フリオニールでなくても、ノリの良いジタンなりバッツなり、ラグナなり、幾らでも話が弾みそうな仲間はいる。
少なくとも、夢だの希望だのと言う類の話は、自分に向けられるようなものではない、とスコールは思っていた。
だが、ヴァンは相変わらずお構いなしだ。
ヴァンは鶸色の瞳を上機嫌にきらきらと輝かせて、続ける。
「空賊になるには、飛空艇が必要なんだ。別に大きくなくても良いんだよ、一人二人乗れる感じのがあれば」
「……そうか」
「俺、一人乗りでも良いかなあって思ってたんだ。でも、それだと俺一人しか乗れないし。気楽だけど、つまんないかもなーって思って」
「……ふぅん」
「だから二人乗りが出来る奴かな。座席、並んでる奴がいいな」
楽しそうに話すヴァンに、スコールは相槌さえ打たない。
いつまでこの話は続くのだろう、誰でも良いから帰って来ないか、そうすれば適当に押し付けて行けるのに────とつらつらと考えるスコールの胸中を、ヴァンは知らない。
ヴァンの方も、相槌があろうがなかろうが構わないようで、ただただ喋り続けるばかり。
こういう作りの、こういう感じの、こういう風に飛ぶような。
語り続けるヴァンは、ひょっとして、飛空艇について語り合う相手が欲しかったのだろうか。
ヴァンの話を聞く限り、彼の知る“飛空艇”とは随分と発達した代物のようであるから、他の仲間達では話が通じない部分も多いのかも知れない。
異なる世界から召喚された仲間達は、それぞれ異なる文明レベルの中に身を置いていた為、同じ事柄について話をしていても、ジェネレーションギャップのようなものが起こる事は少なくない。
その中でも、スコールやライトニング、ジェクトの世界はかなり発達した文明レベルにあったようだ。
ライトニングは厳しい性格なので、ヴァンの無駄話的なこのような会話には興味がないだろうし、ジェクトは機械の構造云々と言う話はさっぱりだろう。
スコールも夢の話になど興味はないのだが、先の二人に比べると、同じ年齢であると何かの折に知った所為もあってか、白羽の矢が向けられるのも無理ないのかも知れない。
消去法で選ばれた人選に、無理はないかと思うだけで、スコールが彼の話に耳を傾ける理由にはならないが。
それにしても、フリオニールはいつまで夕飯の用意をしているのだろう。
ヴァンは空きっ腹を抱えていたようだし、フリオニールは世話好きだから、適当に菓子でも作って呼びに来そうなものだが。
どうせなら、さっさと回収しに来てくれないか─────と特に決められた訳でもない事を望んでいると、
「だからさ、スコール」
一頻り、飛空艇云々について語り終えてすっきりしたのだろう。
ヴァンは一つ呼吸して、強い声でスコールの名を呼んで、傍らの青灰色を覗き込み、
「俺が飛空艇手に入れたら、乗せてやるよ」
「……は?」
「一番最初に、俺の席の隣に」
真っ直ぐに覗き込んでくる瞳に、スコールは瞬きを繰り返す。
告げられた言葉の意味が判らずに呆けていると、
「約束な」
─────それが、この世界で、どれ程意味のないものか。
目の前の少年が判っているのか、いないのか、スコールにはよく判らないし、知りたくもない。
ただ、そう言って笑った少年の顔で、自分の世界で埋まった事だけは、判った。
12月8日なので、ヴァンスコ!
マイペースで無自覚押せ押せなヴァンと、無意識にヴァンにたじたじなスコールでした。